ロ ア プ ロ ー チ 徳 冨 蘆 花 口 『
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【 九 九 一 年 度 研 究 テ ー マ は 「 現 代 史 と し て の 文 学 史ー
文 学 史 事 象 と し て の 大 逆 事 件 」 。 『 灰 燼 』 『 思 出 の 記 』 『 謀 叛 論 』 『 自 然 と 人 生 』 な ど の 作 品 が と り あ げ ら れ た 。 『 思 出 の 記 』 は 十 一 月 例 会 か ら 冬 季 合 宿 研 究 会 に か け て 。 今 回 の 共 同 研 究 を 通 し て 、 蘆 花 文 学 の 魅 力 を 再 発 見 す る こ と が で き た 。 こ の こ と は 、 多 分 、 私 だ け で は な い だ ろ う 。 『 思 出 の 記 』 に 関 し て 言 え ば 、 冒 頭 部 分 で 大 き く 立 ち 止 ま っ た こ と が 、 私 に と っ て の 、 作 品 の 読 み 直 し の き っ か け に な っ た 、 と 思 っ て い る 。 立 ち 止 ま る こ と で 、 根 っ か ら の ど ん 底 生 活 と は 違 う 「 零 落 し た 人 間 の 貧 乏 の 特 殊 性 、 そ の 苦 し み 」 ( 熊 谷 孝 氏 ) に 目 が 向 き 、 印 象 の 追 跡 の 構 え が 明 確 に な っ た 。 こ の 作 品 は 自 己 の 幼 少 時 代 を 零 落 者 の 苦 し み と し て 回 想 す る 神 経 の 持 ち 主 に よ る 、 回 想 記 な の で あ る 。 構 え が で き た と こ ろ で 、 「 慎 太 郎 と 学 校 」 「 慎 太 郎 と キ リ ス ト 教 」 「 慎 太 郎 を め ぐ る 女 性 群 像 」 と い う 柱 を 立 て 、 そ の 側 面 か ら 慎 太 郎 の 世 代 形 成 過 程 を 探 ろ う と し た 。 そ こ で 話 し 合 わ れ た こ と を 中 心 に 、 作 品 論 と し て ま と め る の が 私 の 仕 事 で あ ろ う 。 が 、 今 回 は 『 思 出 の 記 』 の 改 稿 を め ぐ っ て 執 筆 す る こ と に し た 。 面 白 い 作 品 だ な 、 と 感 じ 出 し て い た か ら で あ ろ う 。 例 会 で の 次 の よ う な 熊 谷 孝 氏 の 呼 び 掛 け に す ぐ 、 応 じ て し ま っ た 。 「 文 教 研 で は 、 芥 川 文 学 、 井 伏 文 学 な ど 、 初 出 と の 校 合 を 徹 底 的 に 行 い 、 そ の 改 稿 過 程 を 探 っ た 。 蘆 花 文 学 に 関 し て も 、 そ う し た 基 礎 的 研 究 が な さ れ る 必 要 が あ る 」 云 々 。 こ の 作 品 が 「 国 民 新 聞 」 に ど の よ う な 形 で 掲 載 さ れ て い た の か 、 研 究 云 々 と い う よ り む し ろ 、 好 奇 心 か ら さ っ そ く 国 会 図 書 館 に 出 掛 け る こ と に し た 。 「 国 民 新 聞 」 の 復 刻 は 進 ん で い る が 、 明 治 三 十 年 代 に は未 着 手 と の こ と 。 マ イ ク ロ フ ィ ル ム と に ら め っ こ す る こ と に な る 。 さ ま ざ ま な 興 味 あ る 事 実 に 出 会 い 、 意 外 と い う か 驚 き を 感 じ て い る 段 階 で あ る 。 改 稿 過 程 を 知 る こ と で 、 印 象 の 追 跡 の あ り よ う が よ り 意 識 的 に な ろ う 。 現 時 点 で の 私 の 切 り 取 っ た 事 実 と 、 そ の 考 察 の 一 端 を 記 し た い 。 『 思 出 の 記 』 は 周 知 の 通 り 、 明 治 三 三 年 三 月 二 三 日 か ら 「 国 民 新 聞 」 に 掲 載 さ れ た 。 「 国 民 新 聞 」 は 「 徳 富 猪 一 郎 ( 蘇 峰 ) が 一 八 九 〇 ( 明 治 二 三 ) 年 二 月 一 日 か ら 、 大 ・ 小 新 聞 の 中 間 的 編 集 を め ざ し て 発 行 し た 日 刊 新 聞 ( 平 凡 社 世 界 大 百 科 事 典 ) 」 で あ る 。 新 聞 小 説 と い う と 、 現 在 目 に し て い る も の を ど こ か 固 定 化 し て イ メ ー ジ し て い た 私 は 、 初 出 を 見 、 初 版 ( 明 治 三 四 年 五 月 民 友 社 刊 ) 。 流 布 本 と の 校 合 を す る 中 で 意 外 と 思 っ た こ と が 何 点 か あ っ た 。 順 不 同 だ が 列 挙 し て み る 。 一 初 出 紙 で の 、 掲 載 位 置 が 一 定 の 場 所 で は な い 。 『 思 出 の 記 』 は 五 面 の 下 半 分 ( 一 日 分 は 八 面 、 一 面 は 六 段 、 一 段 は 五 八 行 、 一 行 は 二 二 字 ) に 掲 載 さ れ て い る こ と が 多 い 。 が 、 と き に 五 面 の 上 半 分 ( 一 段 〜 三 段 ) に 掲 載 さ れ た り 、 三 段 か ら 始 ま っ た り 、 ま た は 他 の 面 に 掲 載 さ れ て い る こ と が あ る 。 二 初 出 紙 で の 一 回 分 の 長 さ も 一 定 し て い な い 。 見 出 し を 含 む 全 文 は 、 例 え ば 一 回 目 は 一 段 分 、 二 回 目 は 一 段 と 三 〇 行 、 三 回 目 は 一 段 と 二 八 行 、 四 回 目 は 二 段 と 四 〇 行 、 五 回 目 は 一 段 と 五 三 行 と い う よ う に 、 日 に よ っ て 文 章 の 量 が 違 う こ と が 一 見 し て 分 か る 。 三 一 . 二 回 目 に は 「 清 芳 居 士 述 / 蘆 花 生 筆 記 」 。 三 回 目 か ら 「 蘆 花 生 」 と 記 さ れ て い る 。 五 回 目 か ら 、 題 名 の 右 に 「 小 説 」 と い う こ と わ り 書 き が 入 る よ う に な る 。 四 長 期 の 休 載 が あ る ( 資 料 1 参 照 ) 。 五 初 版 刊 行 の 際 、 新 聞 一 回 分 を 全 文 削 除 し て い る 所 が あ る 。 そ れ は 次 の 二 個 所 で あ る 。 一 の 巻 の 一 ( 冒 頭 ) 三 の 巻 の 二 十 ( 初 版 ・ 流 布 本 三 の 巻 亠 ⊥ ハ と 十 七 の 間 ) 六 初 出 の 三 の 巻 ま で に 多 く あ っ た 「 で す ・ ま す 体 」 が 初 版 で は 「 で あ る 体 」 に 直 さ れ て い る ( 資 料
2
参 照 ) 。 改 稿 さ れ ず に そ の ま ま の 所 も 何 個 所 か あ る 。 三 の 巻 以 降 で は 「 で す ・ ま す 体 」 で 書 か れ る こ と 自 体 が ほ と ん ど な く な っ て い る 。 七 読 点 を 句 点 に 、 句 点 を 読 点 に 、 数 多 く な お し て い る 。 ま た 、 読 点 の 挿 入 が 多 く み ら れ る 。 八 改 稿 は 初 版 刊 行 の 際 に 大 幅 に な さ れ 、 そ れ 以 後 の 改 稿 は ほ と ん ど な い と 言 え る 。 一 17一・資料
1
・ 明 治33
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月2324252728293031
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巻 九 巻十 *33
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外 外 外 外 外 外 (『想出の記』休義 代わりに) 余 が最初の燕尾籔 一18
一二 か 月 休 載 の 意 味 別 掲 く 資 料 正
V
「 国 民 新 聞 」 掲 載 一 覧 を 参 照 願 い た い 。 明 治 三 三 年 四 月 後 半 に 入 っ て 、 休 載 の 日 が 出 だ す 。 そ の 後 、 五 月 と 六 月 に わ た っ て の 長 期 の 休 載 。 七 月 の 執 筆 は 五 回 、 八 月 は 三 回 。 連 載 が 復 活 す る の は 九 月 下 旬 で あ る 。 こ の 休 載 は 三 の 巻 執 筆 前 と 執 筆 中 の こ と で あ る 。 こ の 三 の 巻 に は 初 版 刊 行 の 際 に 新 聞 一 回 分 の 全 文 削 除 が あ っ た り 、 初 出 の 二 回 分 が 一 章 に ま と め ら れ た り 、 章 立 て の 上 で も 変 動 が 多 い 。 長 期 の 休 載 は 「 国 民 新 聞 」 掲 載 の 他 の 小 説 に も 見 ら れ る こ と な の か 、 マ イ ク ロ フ ィ ル ム を 繰 り な が ら 注 意 し て み た が 、 他 で は な い よ う で あ る 。 蘆 花 固 有 の 現 象 の よ う だ 。 な お 、 別 掲 一 覧 の 日 付 を 順 に 追 っ て 行 く と 、 一 週 間 に 一 度 の ブ ラ ン ク が あ る こ と に 気 付 か れ る と 思 う 。 一 日 の ブ ラ ン ク は 休 刊 日 と 思 っ て い た だ い て よ い ( 休 刊 と 休 載 の 区 別 も い ず れ 明 記 し た い と 思 っ て い る ) 。 つ い で に も う 一 つ お こ と わ り を さ せ て い た だ く 。 明 治 三 三 年 四 月 一 日 、 十 二 月 二 六 日 三 四 年 二 月 二 一 日 分 は 「 欠 」 と 記 入 し た 。 こ の 日 の 新 聞 は 四 面 ま で し か マ イ ク ロ 化 さ れ て い な い 。 『 思 出 の 記 」 掲 載 面 は 紛 失 し て し ま っ た の で あ ろ う か 。 従 っ て こ の 三 日 分 は 未 確 認 の ま ま で あ る 。 例 会 の 折 、 長 期 の 休 載 が あ る こ と に つ い て 発 言 し た と こ ろ 、 休 載 は 「 長 編 小 説 と し て 、 あ た た め て い る た め で あ ろ う 」 と い う 、 た い へ ん 貴 重 な 助 言 を 得 る こ と が で き た 。 周 知 の よ う に 、 一 の 巻 で は 菊 池 慎 太 郎 が 、 地 方 の 豪 家 の 一 人 息 子 と し て の 何 不 自 由 な い 生 活 か ら 零 落 者 の 苦 し み を 味 わ う 、 そ の 感 情 が み ず み ず し く 描 写 さ れ て い る 。 二 の 巻 で は 、 野 田 伯 父 の 紹 介 で 西 山 塾 に 入 り 、 中 西 先 生 の 個 性 の 行 き 渡 っ た 凛 と し た 空 気 の 中 で 、 零 落 の 身 を 忘 れ さ せ る い き い き と し た 生 活 が 描 写 さ れ て い る 。 松 村 清 磨 と 知 合 い 、 そ の 妹 と も 出 会 っ て い る 。 二 の 巻 の 九 で 明 治 一 四 年 の 西 山 塾 の 閉 塾 を 書 い た 後 、 四 日 ほ ど 休 載 。 三 の 巻 に 入 る 。 三 の 巻 の 執 筆 状 況 を あ ら す じ を 交 え な が ら た ど っ て み よ う 。 分 か り や す く す る た あ 、 各 パ ー ト を 章 と 名 付 け 、 一 章 、 二 章 と よ ぶ こ と に し た ( 流 布 本 の 章 立 て に よ る ) 。 ( 月 ・ 日 ) 四 、 二 四 一 章 「 明 治 十 四 年 七 月 の 僕 は 十 二 年 四 月 の 僕 と す べ て の 点 に お い て 変 わ っ て い た 」 と 自 己 確 認 し て い る 。 四 、 二 五 二 章 伯 父 の 家 に 帰 る 。 四 、 二 ⊥ ハ 三 章 ( 前 半 ) 伯 父 の 娘 鈴 江 君 と 僕 と の 交 流 。 鈴 江 君 の 兄 が 東 京 に 遊 学 し て い る の を 羨 む 。 一19
一伯 父 の 臨 時 秘 書 官 に な る 。 五 月 、 六 月 休 載 七 、 一 七 七 七 、 、 、 五 四 二 七 、 六 八 、 四 八 、 八 、 一 亠 ハ ( 四 月 二 十 六 日 の 紙 面 に 続 く ) と い う 断 り 書 き が 最 初 に あ る 。 三 章 ( 後 半 ) 再 び 国 会 開 設 の 運 動 、 燃 え 上 が る 。 来 客 の 多 い 伯 父 の 家 は 慎 太 郎 に と っ て 政 治 思 想 、 時 事 問 題 の 間 接 教 場 と な る 。 四 章 松 村 の 遊 学 を 知 り 、 落 涙 、 失 望 。 五 章 私 立 育 英 学 舎 入 学 ( 明 治 一 四 年 一 〇 月 ) 六 章 校 舎 は 立 派 で も 、 西 山 塾 の あ の は り つ め た 空 気 は な い 育 英 学 舎 。 西 山 塾 を 偲 ぶ 。 六 章 ( 後 半 ) 学 舎 次 第 に 乱 れ 出 す 。 あ ま り 面 白 く な い の で 、 伯 父 に 相 談 に 行 き 、 眉 目 清 秀 の 美 丈 夫 に 出 会 う 。 七 章 伯 父 の 惚 れ 込 ん だ 美 丈 夫 〔 後 の 駒 井 先 生 ) 八 章 ( 前 半 ) 駒 井 先 生 、 育 英 学 舎 の 主 幹 に 。 生 徒 一 同 は 冷 淡 を 以 て 新 主 幹 を 迎 え る 。 八 章 ( 後 半 ) 二 、 三 か 月 間 、 駒 井 先 生 の 主 幹 と し て の 苦 闘 は 続 く 。 九 、 二一 二 九 章 駒 井 先 生 と 生 徒 と の 百 日 間 戦 争 の 終 了 。 こ の 日 以 降 、 連 載 続 く 。 西 山 塾 の 中 西 先 生 と と も に 、 慎 太 郎 の 世 代 形 成 過 程 に 決 定 的 な 意 味 を 持 つ 、 つ ま り 、 慎 太 郎 の 生 涯 に わ た っ て 内 な る 対 話 の 相 手 と し て 暖 め ら れ て い る 人 物 、 駒 井 先 生 と の 人 格 的 な 触 れ 合 い が 始 ま っ て か ら 、 連 載 は 再 開 さ れ て い る 。 長 期 の 休 載 は 駒 井 先 生 と い う 人 間 像 を 創 造 す る 苦 し み 、 従 っ て そ の 駒 井 先 生 と の 触 れ 合 い の 中 で 創 ら れ て い く 慎 太 郎 と い う 人 物 、 そ の メ ン タ リ テ ィ ー を じ っ く り 発 酵 す る ま で 待 つ 期 間 だ っ た の で あ ろ う 。 「 長 編 と し て あ た た め る 」 と い う の は 、 こ う い う こ と で あ ろ う か 。 後 述 す る よ う に 、 清 芳 居 士 述 で は な く 、 蘆 花 の 創 造 し た 蘆 花 と 同 年 齢 の 慎 太 郎 に 託 し て 、 そ の 回 想 を 通 し て 、 自 己 の 世 代 の 課 題 を 探 ろ う と す る 構 え が 、 す で に 新 聞 掲 載 三 回 目 か ら 蘆 花 に 準 備 さ れ 始 め る 。 そ の 構 想 を 明 確 に す る た め 、 内 な る 仲 聞 の 組 み 替 え 、 そ の 仲 闇 と の 長 い 期 間 の 対 話 が 必 要 に な っ て の 、 休 載 。 中 西 先 生 は 時 代 が 変 わ っ た と は 言 え 、 一 人 の 人 間 と し て の 自 立 と い う 、 失 っ て は な ら な い も の を 私 た ち に も 気 付 か せ て く れ る 。 先 生 は ま た 、 自 分 に 厳 し い 人 で も あ っ た 。 自 ら 西 山 塾 を 閉 塾 す る 決 意 を す る 。 そ の と き 塾 生 に 言 い 渡 し 一 20一
た 言 葉 は 鮮 や か な 印 象 を 私 に 残 し て い る 。 「 今 日 の 様 に 日 々 新 の 世 の 中 に 、 老 生 の 様 な 老 朽 が 諸 君 を 教 育 の 任 に 当 た っ て 居 て は 、 人 の 子 を 賊 ふ 恐 れ が あ る 。 … … … 諸 君 は 随 意 に よ き 師 を 求 め て 、 外 国 語 な ど も 修 め て 、 一 廉 世 に 有 用 な 人 物 と な っ て 貰 い た い 」 云 々 。 慎 太 郎 の 心 を と ら え た 中 西 先 生 の 後 を 継 ぐ 、 新 し い 時 代 の 新 し さ と は 何 か に 応 え る 人 物 と し て の 役 目 を 担 っ て 、 駒 井 先 生 は 私 た ち の 前 に 登 場 し た 。 初
出
冒 頭 削 除 の 意 味 こ こ ま で 書 い て く る と 、 四 ペ ー ジ 前 の 、 初 出 冒 頭 の 削 除 の 意 味 が 明 確 に な っ た と 言 え よ う 。 『 お も ひ 出 の 記 」 ( 初 版 刊 行 の 際 『 思 出 の 記 』 に 改 め る ) は 清 芳 居 士 述 、 蘆 花 生 筆 記 と い う 形 で ス タ ー ト し た 。 清 芳 居 士 な る 人 の 述 べ る と こ ろ に よ れ ば 「 先 日 僕 が 誕 生 日 に 子 供 を 集 め て 昔 話 を し て 居 た の を 弟 子 の 蘆 花 生 が 物 好 き に も 珍 し が っ て 、 つ い 斯 様 国 民 新 聞 の 余 白 を 仮 る こ と に な っ た 」 と い う わ け だ 。 こ の 居 士 は 、 「 よ く 云 え ば 先 頃 の 日 曜 講 壇 で 蘇 峰 先 生 に 誉 あ ら れ た 『 平 凡 な る 生 活 』 を し て 居 る 日 本 の … … 兎 に 角 僕 は 無 名 氏 で す 」 と 自 称 す る 「 子 供 三 人 も 有 っ て 居 る 髯 男 に は 些 不 似 合 の 様 だ がー
気 恥 ず か し い か ら で す 」 と 言 っ て さ っ ぱ り 正 体 を 明 か し て く れ な い 。 そ れ で い て 、 「 さ あ 、 蘆 花 君 、 筆 記 の 用 意 は 宣 か ね 」 な ど と 、 こ と さ ら 、 蘆 花 は 筆 記 者 で あ る こ と を 強 調 す る 。 蘆 花 は 居 士 の 弟 子 と い う 設 定 で あ り 、 以 後 、 登 場 す る 人 物 は 蘆 花 ( 蘆 花 世 代 ) と は 無 縁 と い う こ と で 展 開 す る は ず で あ っ た 。 明 治 三 十 年 初 め の 「 国 民 新 聞 」 掲 載 の 小 説 、 特 に ” 講 談 調 ” に は 某 々 講 演 、 某 速 記 と い う 形 式 の も の が 多 い 。 明 治 三 十 一 年 十 月 二 九 日 か ら 連 載 の 始 ま っ た 『 堀 部 安 兵 衛 高 田 の 馬 場 』 は 「 立 斎 文 晁 講 演 、 社 員 速 記 と 記 さ れ て い る 。 蘆 花 は 当 時 よ く 使 わ れ て い る 手 法 を 用 い よ う と し た の か も 知 れ な い 。 が 、 書 き 進 め る 中 で 、 創 造 主 体 の 蘆 花 自 身 、 「 清 芳 居 士 」 が 述 べ る と い う 形 で は も ど か し く な っ て き た の で は な か ろ う か 。 慎 太 郎 の 年 齢 は 蘆 花 と 同 じ 。 い つ の ま に か 慎 太 郎 と と も に 自 己 の 世 代 の 課 題 を 模 索 し 始 め る 。 虚 構 精 神 に よ る そ の と ら え 直 し 。 新 聞 小 説 の 運 命 と 言 う べ き か 、 冒 頭 は す で に 発 表 ず み で あ る 。 初 版 刊 行 に 際 し 、 は っ き り 削 除 と い う 形 を と っ た の で あ ろ う 。 そ の こ と で 「 零 落 者 の 視 点 」 が 読 者 に 印 象 づ け ら れ る よ う に な る 。 言 文 一 致 の 模 索 三 の 巻 は 、 初 出 に 多 く 見 ら れ た 「 で す ・ ま す 体 」 が 姿 を 消 し て い く 境 目 に も な っ て い る 。 三 の 巻 ま で の 「 で す ・ ま す 体 」 の 多 く は 「 で あ る 体 」 に 初 版 刊 行 の 際 改 稿 さ れ て い る 。 〈 資 料2V
は そ の デ ー タ で あ る 。 一21
一参 考 ま で に 初 出 に お い て 「 で す ・ ま す 体 」 が ど の よ う に 使 わ れ て い た か 、 巻 一 の 一 章 を 例 と し て あ げ て み よ う 。 * ( ) 内 が 初 出 ・ 二 葉 よ り 芳 し の と 云 ふ が ( 云 ひ ま す が ) ・ 自 伝 の 第 一 章 を 飾 る 可 き 事 を 有 た な い ( 有 た ぬ の で す ) 。 ・ 記 憶 す べ き 年 で あ っ た ( 年 で し た ) 。 ・ 其 年 の 秋 に 僕 は 父 を 喪 っ た の で あ る ( 喪 っ た の で す ) 。 ・ 云 は ば 僕 が 故 郷 の 気 象 台 だ ( 気 象 台 で す ) 。 ・ 谷 は 一 面 の 田 其 田 を 無 理 に ( 一 面 の 田 で す 。 其 田 を ) ・ 水 の 清 い の と 、 稲 の 美 し さ で あ る ( 美 し さ で す ) 。 ・ 夏 の 月 な ど 、 ち っ と 聞 て 居 る と 実 に 好 い ( 好 き で す な ) 。 三 の 巻 の 十 三 章 以 降 は 次 の 一 個 所 を 除 い て 会 話 文 以 外 に 「 で す ・ ま す 体 」 が 使 わ れ な く な る 。 そ の 個 所 は 四 の 巻 十 三 章 の 終 わ り に 近 い 部 分 の 「 其 前 後 は 如 何 し て も 差 支 な い ( 僕 に は 大 に あ り で す ) と い う と こ ろ 。 こ の 「 あ り で す 」 が 、 「 あ る 」 に 改 稿 さ れ て い る 。 『 思 出 の 記 』 は 、 例 会 の 折 、 指 摘 さ れ た よ う に 、 特 に 西 山 塾 や 育 英 学 舎 、 関 西 学 園 な ど の 学 校 生 活 は 「 男 の 子 固 有 の 世 界 」 が 描 か れ て い る 。 そ の 頃 の 瑞 々 し い 感 情 で な け れ ば と ら え ら れ な い も の を 見 落 と さ ず 、 ま た 、 そ の こ と が 、 三 十 余 歳 の 慎 太 郎 の 眼 を 通 し て と ら え 直 さ れ て い る 。 そ う <資料
2
> 『思出の記 』改 稿 初 出の 「です ・ ます 」体を 「で ある」体に改めた個所 * 数字は初版 ・ 流布本の巻 ・ 章を示 す (1
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章」の 意味) 巻 章 個 所 巻 章 個 所 巻 章 個 所1
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一い う 描 写 が 実 現 し て い る と 思 う の だ が 、 そ れ に ふ さ わ し い 言 葉 操 作 と し て 「 で あ る 体 」 に 改 稿 さ れ た の で あ ろ う か 。 休 載 後 は ほ と ん ど と い っ て よ い ほ ど 、 初 出 に お い て も 「 で す . ま す 体 」 は 姿 を 消 し て い る 。 改 稿 さ れ ず そ の ま ま の 形 で 「 で す ・ ま す 体 」 が 残 さ れ て い る と こ ろ を 列 挙 す る 。 . 「 も っ そ う 」 の 底 見 た よ う な 谷 は 、 僕 の 揺 籃 で す 。 一 の 一 . 都 人 士 に 見 せ も し た い 。 実 に 見 せ た い で す よ 、 一 の 一 . 今 で も 夏 に な る と 、 僕 は 一 入 故 郷 を 忍 ぶ の で す 。 一 の 一 . 生 ま れ て 初 め て 淋 し い 正 月 を し ま し た 。 一 の 八 . 鰕 は 皆 赤 い も の と 思 っ た の で す 。 二 の 七 . 僕 は 鈴 江 君 と 少 な く と も 冖 の 趣 味 を 同 ふ し て 居 た 其 は 菓 実 の 趣 味 で す 。 三 の 三 こ の 他 、 ま だ 見 落 と し が あ る か も し れ な い が 、 今 の と こ ろ 気 が つ い た の は 以 上 で あ る 。 改 稿 さ れ ず に 残 さ れ て い る 意 味 に つ い て は 、 こ れ か ら 考 え て い き た い と 思 っ て い る 。 初 出 の 三 の 巻 の 前 半 ま で に 「 で す ・ ま す 体 」 が 多 い の は 多 分 に 「 清 芳 居 士 述 / 蘆 花 生 筆 記 」 と い う 形 で 書 き 出 し た こ と と 関 係 が あ る よ う に 思 わ れ る 。 こ の 形 は 「 当 時 の 新 聞 で 人 気 の あ っ た 講 談 」 ( 佐 藤 嗣 男 ) 形 式 を 一 見 思 わ せ る 。 「 講 談 」 速 記 は 当 然 の こ と な が ら 「 で す ・ ま す 体 」 で 書 か れ て い る 。 清 芳 居 士 述 で あ る 以 上 「 で す ・ ま す 体 」 が 基 調 に な る の も う な づ け る 。 が 、 二 つ の 「 で す ・ ま す 体 」 の も つ リ ズ ム 感 覚 は 全 く 異 な っ た も の で あ る 。 因 み に 『 高 田 の 馬 場 』 の 冒 頭 を 引 用 さ せ て も ら お う 。 「 今 般 は 御 社 の お 望 み に 従 ひ ま し て 、 赤 穂 義 士 の 随 一 人 堀 部 安 兵 衛 武 庸 の 正 伝 を 申 し 上 げ ま す る 、 之 は 私 が 平 生 得 意 に 致 し て 講 演 い た し 、 旁 々 い た し ま し て 芸 州 様 お 屋 敷 へ 度 々 罷 り 出 で ま し て 、 只 今 の 根 津 の 清 水 町 に 在 ら せ ら れ ま す る 従 一 位 候 爵 浅 野 長 勲 様 に お 目 通 り を 戴 き ま し て 、 様 々 義 士 の 本 文 伝 記 等 も 拝 見 い た し 、 又 講 演 の 為 に お 盃 等 も 頂 戴 致 し ま し て ご ざ り ま す る は 、 ハ ヤ 私 な ど の 身 分 に 取 り ま し て は 、 誠 に 有 り 難 い 仕 合 せ で ご ざ い ま す 、 然 る 処 ( 略 ) さ て 此 堀 部 安 兵 衛 武 庸 と 云 へ る お 方 は 、 書 風 は 細 井 先 生 と 云 へ る 其 頃 比 の 名 人 に 従 ひ ま し て 、 好 く 、 覚 え ま し た 、 夜 討 の 際 に は ( 後 略 ) 」 ( 一 立 斎 文 晁 講 演 / 社 員 速 記 ) 読 点 だ け で 、 句 点 は 使 わ れ て い な い 。 当 時 の 国 民 新 聞 は 、 こ う し た 講 談 調 あ り 、 報 道 記 事 は 文 語 で あ り 、 ま さ に 文 種 見 本 の 観 が あ る 。 そ う し た 中 で の 蘆 花 の 創 作 活 動 で あ り 、 新 し い 文 体 創 造 の 営 み で あ っ た 。 蘆 花 が 国 民 新 聞 に 『 不 如 帰 』 の 連 載 を 始 め る 一 月 前 に 発 刊 さ れ た 「 ホ ト 丶 ギ ス 」 東 京 版 第 一 号 ( 明 治 三 一 年 一 〇 月 ) を 想 起 す る 。 こ の 雑 誌 も ま た 文 種 見 本 の 観 が あ っ た 。 一
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一文 教 研 で は 一 九 八 〇 年 代 に 、 正 岡 子 規 が 主 宰 し 、 子 規 没 後 は 高 浜 虚 子 が 主 宰 し た 雑 誌 「 ホ ト 〜 ギ ス 」 誌 を 中 心 と し た 〈 近 代 散 文 の 可 能 性 〉 に つ い て 、 熊 谷 孝 氏 の 次 の よ う な 示 唆 を 受 け て 、 精 力 的 に 取 り 組 ん で い る 。 「 実 際 に 文 章 を 書 く 過 程 で 、 実 際 に 使 っ て い る 、 ま た 使 わ れ て い る よ う な 、 話 し 言 葉 に よ る 言 葉 操 作 の 仕 方 を 、 よ り 正 確 で 、 よ り み ず み ず し い も の に 変 改 し つ つ 、 同 時 に ( ま さ に 同 時 的 に ) 文 章 表 現 と し て 適 切 で 的 確 な 言 葉 の 選 択 と 配 列 の 仕 方 を 考 え る 、 と い う の が 言 文 一 致 の 表 現 へ 向 け て の 現 実 の 行 程 で あ り ま し ょ う 。 〈 言
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と 〈 文 〉 と は 重 な り 合 う 面 の あ る こ と は 言 う ま で も な い と し て 、 や は り 、 〈 文 〉 は 〈 文 〉 な の で あ っ て 、 〈 言 〉 と は 別 個 の も の な の で す 。 ( 略 ) 寅 彦 や 三 重 吉 や 漱 石 た ち は 、 あ り あ わ せ の 東 京 言 葉 を 間 に 合 わ せ に 使 っ て い る わ け で は な い の で す 。 ( 略 ) 寅 彦 や 漱 石 は 、 東 京 山 の 手 の 知 識 人 の 言 葉 を 下 敷 き に し て 、 い わ ば 別 個 の 山 の 手 言 葉 を 創 造 し て み せ た の で あ り ま す 。 そ れ は 一 種 の 山 の 手 言 葉 で あ る と 同 時 に 、 ま た そ れ こ そ 普 遍 的 な ( 教 養 的 中 流 階 級 者 に と っ て 普 遍 的 な ) 日 本 語 の 基 調 と な る も の で あ り ま す 。 」 ( 熊 谷 孝 「 言 文 一 致 と 近 代 散 文 の 可 能 性 」 本 誌 一 二 六 号 / 一 九 八 三 年 十 一 月 刊 ) 『 団 栗 』 ( 寅 彦 / 明 治 三 八 ) 、 『 千 鳥 』 ( 三 重 吉 / 明 治 三 九 ) 、 『 草 枕 』 ( 漱 石 / 明 治 三 九 ) な ど 以 前 に 、 蘆 花 も ま た 『 思 出 の 記 』 に お い て 、 「 で あ る 体 」 を 取 り 入 れ 、 文 章 表 現 と し て 適 切 で 的 確 な 言 葉 の 選 択 と 配 列 の 仕 方 を 考 え る こ と で 、 言 文 一 致 の 表 現 を 模 索 し て い る 。 「 で す ・ ま す 体 」 を 「 で あ る 体 」 に 変 え る こ と を 含 め 、 長 期 の 休 載 と 初 版 刊 行 の 際 の 大 幅 な 改 稿 に よ っ て 、 プ チ ・ ブ ル ・ イ ン テ リ ゲ ン チ ャ 慎 太 郎 の 回 想 に 見 合 う 言 葉 操 作 が 実 現 し た と 言 え よ う 。 蘆 花 の 模 索 の 過 程 を 知 る 意 味 で 、 い つ 頃 か ら 「 で す ・ ま す 体 」 「 で あ る 体 」 を 使 い 始 め た の か 、 現 在 、 手 元 に あ る 『 思 出 の 記 』 以 前 に 口 語 で 書 か れ た 作 品 を 見 て み よ う 。 『 ト ル ス ト イ 』 ( 明 治 三 〇 年 四 月 刊 ) 「 で あ る 体 」 で 一 貫 し て い る 蘆 花 全 集 に は 同 時 に 収 め ら れ て い る 『 ゴ ル ド ン 将 軍 伝 』 ( 明 治 三 四 年 十 二 月 刊 は 文 語 で 一 貫 ) 『 外 交 奇 譚 』 ( 蘆 花 譯 述 明 治 三 一 年 三 月 + 六 日 か ら 四 月 六 日 ま で 国 民 新 聞 掲 載 ) 三 月 廿 三 日 ま で 文 語 会 話 は 候 文 も 時 に 入 る 廿 四 日 か ら 四 月 二 日 ま で 口 語 「 で あ る 体 」 そ の 後 、 再 び 文 語 に 戻 る 『 み だ れ あ し 』 ( 明 治 三 一 年 一 〇 月 国 民 新 聞 に 一 九 回 連 載 ) 地 の 文 は 文 語 会 話 は 口 語 「 で す ・ ま す 体 」 そ の 一 例 「 旦 那 、 御 気 の 毒 だ が 、 下 り て 戴 き ま せ う か 、 車 止 の 札 が 立 っ て ま す ぜ 」 ( 冒 頭 ) 「 急 に 寒 く な り ま し た ね エ 。 」 一 24一『 不 如 帰 』 ( 明 治 三 一 年 + 一 月 二 九 日 か ら 国 民 新 聞 に 連 載 ) 地 の 文 は 文 語 会 話 は 口 語 「 で す ・ ま す 体 」 『 灰 燼 』 ( 明 治 雲 二 年 三 月 三 日 か ら 国 民 新 聞 に 連 載 ) 地 の 文 は 文 語 、 会 話 は 口 語 「 で す ・ ま す 体 」 一 部 に 「 で あ る 体 」 『 雨 後 の 月 』 ( 明 治 三 二 年 八 月 刊 『 自 然 と 入 生 』 所 収 ) 年 寄 っ た と 思 わ れ る 一 人 の 女 性 の 、 回 想 談 「 で す ・ ま す 体 」 で 一 貫 し て い る 。 『 外 交 奇 譚 』 に お い て 、 前 日 ま で 文 語 で 書 い て き た の に 急 に 口 語 で 書 く な ど 、 一 見 文 語 、 口 語 を 自 由 に 使 い こ な し て い る と い う 印 象 を 受 け る 。 が 、 文 種 見 本 が 紙 上 に 並 ぶ 時 代 に あ っ て 、 大 胆 な 実 験 を 重 ね 、 自 己 の 言 文 一 致 を 模 索 し 蘆 花 は 苦 闘 し て い た 、 と 言 え よ う 。 『 灰 燼 』 で の 徹 底 的 書 換 え を 通 し て 、 描 写 文 体 の 勘 を つ く り 、 『 思 出 の 記 』 に お い て 蘆 花 の 言 文 一 致 は あ る 成 立 を 見 た 、 と 言 え る の で は な い だ ろ う か 。 佐 藤 嗣 男 氏 の 次 の 指 摘 に 注 目 し た い 。 「 『 金 色 夜 叉 』 に 触 発 さ れ て 『 不 如 帰 』 を 書 い た 蘆 花 も ( 略 ) 東 京 山 の 手 の 小 市 民 ー 中 流 知 識 人 の 言 葉 を 下 地 と し て 描 い た 『 思 出 の 記 』 を 発 表 し て い る 。 『 思 出 の 記 』 の 出 現 は 、 は っ き り と 、 〈 言 〉 の 下 地 を 東 京 山 の 手 の 教 養 的 中 流 階 級 者 の 言 葉 に 求 め た と い う 点 で 、 真 正 言 文 一 致 へ の 道 が 新 し く 切 り 開 か れ た こ と を 物 語 っ て い る 」 ( 本 誌 一 四 〇 号 「 蘆 花 と 龍 之 介 」 ) 改 稿 過 程 に み ら れ る 特 色 『 思 出 の 記 』 の 改 稿 個 所 は 、 句 読 点 な ど の 表 記 法 も 含 め て だ が 、 九 百 三 十 余 個 所 に わ た る 。 蘆 花 は ひ ら が な の 「 し 」 の 字 を 真 っ す ぐ に 書 く 癖 が あ っ た の だ ろ う 。 が 「 し 」 に 改 め ら れ て い る と こ ろ が 何 個 所 か あ る 。 こ う い う こ と も 含 め て の 右 記 数 字 で は あ る が 、 一 の 巻 、 三 の 巻 の 改 稿 が 際 立 っ て 多 い 。 因 み に 一 の 巻 は 一 八 一 個 所 、 三 の 巻 は 二 五 四 個 所 に わ た る 。 前 述 し た よ う に 「 で す ・ ま す 体 」 を 「 で あ る 体 」 に 直 し て い る こ と も あ る が 、 そ の 他 削 除 が 多 い こ と が 一 つ の 特 色 と 言 え よ う 。 読 点 の 削 除 、 単 語 あ る い は 一 か ら 二 文 節 単 位 も さ る こ と な が ら 、 次 に あ げ る よ う な 文 単 位 の 削 除 が あ る 。 書 換 え 、 挿 入 は 少 な い と い え よ う 。 〈 削 除 さ れ た 部 分 〉 の 一 例 ( 一 の 巻 ) ・ 申 兼 ね た 事 だ が よ く 今 の 政 治 家 に 此 様 な 男 が あ り ま す ね 一 一 章 二 段 落 目 「 他 の 家 に 移 る の が 癖 で あ っ た が 」 の 後 ・ 此 は 父 の 叔 父 で 僕 が 九 歳 の 年 死 ん で し ま っ た 二 章 二 段 落 目 「 節 分 に は 大 叔 父 11 」 の 後 ・ 尤 も 叔 父 に 資 産 を 分 け た 後 は 身 代 も 半 分 に な っ て い た が 二 章 三 段 落 目 「 さ し も の 大 身 代 11 」 の 後 一 25一
. 顔 は 流 石 争 は れ ぬ も の で 、 亡 父 に 似 て 居 た が 、 其 口 ! つ い 先 日 上 野 の 動 物 館 に 子 供 を 連 れ て 行 っ た 時 、 ボ ル ネ オ 産 の 大 蛇 が 斯 様 鎌 首 を あ げ て 、 眼 を ね ぶ っ て 、 閉 じ た 口 か ら ペ ロ リ ペ ロ リ 細 長 い 鋭 い 舌 を 出 す の を 見 る と 、 雷 の 如 く 思 ひ 出 た の が 叔 父 の 口 元 で あ っ た 。 忍 、 貧 、 鄙 劣 − 実 に 吾 子 の 肉 で も 平 気 に 食 ひ そ う な 口 元 だ 。 三 章 五 段 落 目 「 日 陰 に で も 入 っ た 様 で 心 地 が 悪 か っ た 。 」 の 後 . 惟 ふ に 僕 と 同 様 の 感 情 を 有 た る 丶 諸 君 が 、 必 ず 世 聞 に 鮮 か ら ぬ こ と を 信 ず る 。 七 章 七 段 落 目 「 同 情 に 堪 へ ぬ の で あ る 。 」 の 後 三 の 巻 に は 新 聞 一 回 分 の 削 除 が あ る 。 そ の 個 所 は 先 に 記 し て お い た 通 り で あ る が 、 そ の 部 分 と い う の は
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明 治 十 六 年 秋 期 、 育 英 学 舎 の 名 声 が 高 ま り 、 随 分 の 新 入 生 が あ っ た 。 そ の 中 に 慎 太 郎 と 同 郷 の 田 中 君 が い た 。 故 郷 を 離 れ て か ら 六 年 、 「 絶 へ て 久 し き 過 去 の 記 憶 を 喚 び 起 す 所 以 と な っ て 」 、 慎 太 郎 は 田 中 君 に 質 問 を 重 ね 、 延 年 寺 の 和 尚 様 の こ と や 、 勝 助 爺 の こ と 、 そ の 娘 の お 重 、 叔 父 の 家 の 様 子 、 新 五 の こ と を 聞 き 出 す 場 面 で あ る 。 田 中 君 と の 対 話 、 田 中 君 か ら 聞 い た 話 は 全 文 削 除 さ れ る 。 田 中 君 の 入 塾 す ら な か っ た こ と に な る の だ か ら 、 こ の 後 の 田 中 君 に 関 わ る と こ ろ は 矛 盾 す る こ と な く 削 除 、 あ る い は 部 分 的 に 書 換 え ら れ て い る 。 慎 太 郎 の 眼 で と ら え る こ と で 一 貫 さ せ よ う と し た の で あ ろ う か 。 初 出 と の 校 合 の 結 果 を 全 文 に わ た っ て 示 す べ き で あ る が 長 編 の こ と ゆ え 、 そ れ は 紙 幅 の 上 か ら も 無 理 で あ ろ う 。 も う 少 し 時 間 を か け て 、 改 稿 の 意 味 を 分 析 し て み た い と 思 っ て い る 。 が 、 現 在 気 が つ い た こ と を 、 一 、 二 記 し て お く 。 . 一 の 三 の 第 二 文 「 薩 軍 の 一 隊 が 」 が 初 出 で は 薩 賊 と な っ て い る 。 ・ 数 字 の 訂 正 が な さ れ て い る 。A
年 齢 . 三 の 巻 十 三 第 六 文 笠 松 後 家 四 十 位 初 出 で は 五 十 位 . 四 の 巻 の 八 第 五 文 西 内 平 三 郎 四 十 二 歳 初 出 で は 五 十 歳B
金 銭 ・ 三 の 巻 の 二 十 三 五 段 落 目 二 時 闇 ば か り 立 っ て 、 二 円 な に が し の 金 を 初 出 で は 一 円 あ ま り の 金 を ・ 三 の 巻 の 二 十 三 終 わ り か ら 三 段 落 目 僕 を 東 京 へ 連 れ て 行 く 六 円 の 金 は 、 初 出 で は 七 円 未 満 ・ 四 の 巻 の 二 二 段 落 目 五 円 丈 本 に は さ む で 一 26一初 出 で は 五 円 五 十 銭 丈 ・ 四 の 巻 の 二 十 二 三 段 落 目 貯 の 金 は 十 三 円 初 出 で は 十 一 円 と な に が し
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そ の 他 ・ 四 の 巻 の 九 三 段 落 目 恐 ろ し い 猛 犬 が 二 匹 も 三 匹 も 初 出 で は 四 匹 も 五 匹 も 終 わ り に 五 月 九 日 の 研 究 例 会 で 『 思 出 の 記 』 の 改 稿 に つ い て 報 告 し 、 私 自 身 考 え あ ぐ ね て い た 問 題 の 助 言 を も ら お う と 思 っ て い た 。 が 、 例 会 と 平 行 し て 熊 谷 先 生 の 緊 急 入 院 、 そ し て ご 逝 去 。 あ ま り 急 な こ と で 、 ま だ 、 気 持 ち の 整 理 が つ か な い ま ま で あ る 。 で も 、 ど う し て も 書 い て お き た い こ と が あ る 。 先 生 の こ の 作 品 に 寄 せ る 思 い が 強 か っ た と い う こ と を で あ る 。 企 画 部 会 で 「 蘆 花 に 取 り 組 み ま し ょ う 」 と 提 案 さ れ た の は 、 昨 年 の 全 国 集 会 の 直 後 で あ っ た と 記 憶 し て い る 。 例 会 プ ラ ン が 決 ま っ た 段 階 で 、 「 僕 は 『 思 出 の 記 』 の メ ン バ ー と し て 報 告 し た い 」 と お っ し ゃ っ た 。 「 『 自 画 像 』 に 書 い た こ と の 書 き 直 し を し た い 」 と い う お 気 持 ち を 強 く お 持 ち の よ う だ っ た 。 一 作 品 の 研 究 メ ン バ ー に な ら れ る と は 、 何 を ど う さ れ る の か 、 見 当 が つ か な か っ た が 、 係 の 性 質 上 、 先 生 と 連 絡 を と る 機 会 が 多 く 、 ま た 、 あ ま り 役 に は 立 た な い け れ ど 助 手 ら し き 仕 事 も さ せ て も ら っ て い た 関 係 上 、 私 も こ の グ ル ! プ に 入 り 、 お 手 伝 い さ せ て い た だ く こ と に な っ た 。 「 こ う し な さ い 」 と い う 指 示 で は な い が 、 こ の 作 品 に こ う 取 り 組 み た い と い う ユ メ を よ く 話 さ れ て い た 。 思 わ ず 「 そ う し ま し ょ う 」 と 賛 成 し た こ と の 一 つ が 、 タ テ 軸 か ら の 側 面 分 析 と い う 印 象 の 追 跡 。 例 会 後 の グ ル ! プ 会 で 、 メ ン バr
が 各 自 の 希 望 で 報 告 分 担 を 決 め て い た と き ( わ ざ わ ざ 先 生 を お 呼 び し な い で ) 、 先 生 が グ ル ー プ の 輪 の 中 に 入 っ て こ ら れ て 、 「 幼 少 時 代 を 希 望 す る 入 が い ま す か 」 「 誰 も い ま せ ん 」 「 で は 、 僕 が そ こ の 報 告 を し ま す 」 。 こ の よ う な い き さ つ で 、 先 生 に よ る 冒 頭 部 分 の 報 告 が 決 ま っ た 。 ご 自 分 の 幼 少 の 頃 の 回 想 、 体 験 を ふ ま え て の お 話 。 後 に 「 あ れ が 報 告 と 言 え る か ど う か わ か ら な い が 、 報 告 と は こ う い う も の だ と 形 が 決 ま っ て し ま う の は 、 つ ま ら な い 。 少 し ノ ン キ で 、 だ け ど ホ ン ネ を 語 る 報 告 が あ っ て も い い で す ね 」 と 語 っ て お ら れ た 。 先 生 に 媒 介 し て も ら う こ と で 、 慎 太 郎 の 胸 の う ち に 目 が 向 き 、 私 の 場 合 、 メ ン タ リ テ ィ ー の 文 学 と し て 、 こ の 作 品 と の 対 話 が 始 ま っ た 。 五 月 五 日 の 運 営 委 員 会 。 蘆 花 パ ー ト の タ イ ト ル を 「 蘆 花 文 学 の 再 評 価 」 に し よ う と い う 亠 咼 田 正 夫 氏 の 案 に 対 し 、 先 一27
一生 は 即 座 に 賛 成 さ れ た 。 「 蘆 花 文 学 の 発 見 と い う 意 味 で の 再 評 価 で す よ ね 。 」 「 蘆 花 の 中 か ら 『 思 出 の 記 』 を 大 き く 取 り 上 げ る と い う こ と 。 こ れ は 絶 後 と は 言 わ な い ま で も 、 空 前 で す よ ね 。 そ う い う 発 見 … … 」 。 あ る 作 家 の 作 品 の 中 か ら 、 ど の 作 品 を 選 ぶ か 、 選 び 方 自 体 が そ の 人 の 研 究 姿 勢 を 示 す も の で あ り 、 作 家 論 の 基 本 と も な る 。 『 灰 燼 』 『 思 出 の 記 』 は 一 九 七 一 年 刊 の 『 自 画 像 』 で 、 『 謀 叛 論 」 は 一 九 七 八 年 の 国 立 音 大 芸 術 祭 で の 講 演 で 、 先 生 は と り あ げ ら れ て い る 。 熊 谷 孝 氏 の 播 か れ た 種 の 文 教 研 と し て の 第 一 次 収 穫 が 今 次 集 会 と な る 。 そ れ と と も に 、 も う 一 つ の ダ イ ジ ナ こ と 。 「 全 国 集 会 で 自 分 が 担 当 す る 作 品 が 最 高 の 文 学 と な り か ね な い で す よ ね 。 そ れ は イ カ ン で す 」 。 と い う わ け で 、 『 太 宰 治