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「デザインの知恵:情報デザインから社会のかたちづくりへ」

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(1)16. 特集:社会実践のデザイン学. 須永剛司 Sunaga Takeshi 公立はこだて未来大学. Future University Hakodate. 東京藝術大学. Tokyo University of the Arts. 「デザインの知恵: 情報デザインから社会のかたちづくりへ」 日本デザイン学会第66回春季研究発表名古屋大会 情報デザイン部会企画キーノート講演 The Wisdom of Design: From Information Design to Societal Design The Keynote Speech organized by SIG Information Design at JSSD 66th Annual Conference, Nagoya City University. 1.はじめに 本日は貴重な機会をいただきとても嬉しく思っています。3つのことを話 します。「情報デザイン」のはじまりの紹介、その領域づくりから見えたデ ザインの変遷とデザインの知、デザイン学の展望です。 このスピーチのタイトルは「デザインの知恵」。同じ題名の書籍を5月に 出版しました[注1]。そこに書いたのは、私が30年間やってきたことや学 んできたことです。まだデザインが参入していなかった「情報」世界の荒れ 図1 学会でのキーノート講演の様子. 野を開墾し、そこに「情報デザイン」という領域を開拓していく話です。 ぜひ読んでください。 1980年代、デザインの分野は「情報」という新たな対象を手にしました。 逆に、情報を扱う他の分野、たとえばコンピュータや認知科学などの学問か ら見れば、それまで関わりのなかった芸術を背景とするデザイン分野が近づ いてきたのです。そこからおよそ10年、いわば情報をあつかうデザイン領域 の孵化の時代があります。1990年代ですね。それを経て2000年代になると、 情報デザインやメディアデザインなどと銘打つ大学教育研究プログラムが 次々につくられることとなりました。 その本では、自分も参加した新たなデザイン領域の開拓と、そこに必要 だったさまざまな探究を文章にしました。するといろいろなことが見えてき たんです。そのひとつが、デザイナーが考えてきたこと、やってきたことの 根っこにある「知性」を見つめることと、それを明らかにすることの重要で す。今、デザインを実践する人たちにも、デザインに関心をもつ他の分野の 専門家たちにも「デザインの知」を示すことが必要でまた求められているの です。 ここにお集まりのみなさんがそれぞれの年齢でこの本を読むと、『あー、 それあった、あった』と感じたり『こういうことだったのか』とその意味を 手にするかもしれません。最近、デザインの世界に入った方々には、『なん だ、目の前のデザイン以前に、こんな世界があったのか』と今起きているこ との礎を知り、その本質を考える契機になると思います。デザインをやって いる若い人たちに、今、実践されているデザインの「源」を知ってほしい。 そういう思いがこの本づくりの起点にありました。. 1)須永剛司「デザインの知恵:情報デザインから社会の かたちづくりへ」フィルムアート社、2019.

(2) デザイン学研究特集号  Vol.27-2 No.102. 2.情報デザインがはじまる デザイン学会の SIG「情報デザイン研究部会(Info-D)」がうまれたのは、. 2001年の4月。そのきっかけは、1999年に開催した情報デザインの国際会議. 「VisionPlus7」でした。オーストリアに本拠がある、International Institute for. Information Design(IIID)が主催した会議です[注2]。同僚のアンドレア ス・シュナイダーと私が共同実行委員長となってその第7回を東京でやりま した。 多摩美術大学に情報デザイン学科を開学したのはその前年、1998年春です。 この学科をつくるのは容易ではありませんでした。当時「情報」は技術分 野の問題と考えられていました。学科設置認可をうけるために折衝を繰り返 した文部省(当時)で「美術学校が技術教育をやるんですか」と問われ覚悟 したことを覚えています。翌1999年には、武蔵野美術大学がデザイン情報学 科を開学、また、情報デザインコースを設置した理系の公立はこだて未来大 学、情報システム科学部が2000年に開学しました。これがわが国の組織的な 情報デザイン教育研究のはじまりです。もちろんその基盤として、産業界で の情報デザイン実践が広がりをみせていました。. 図2 2001大会「教育カリキュラムから描く情報デザインの地図」特集号35号. 2001年には日本デザイン学会の秋季大会がありました。会場となったのは 開学したばかりの「はこだて未来大学」です。大会のオーガナイズドセッ ション「教育カリキュラムから描く情報デザインの地図」を Info-D が主催し. ています。未来大学の真新しい講堂で、岡本誠(未来大)がオーガナイザー. となり、両角清隆(東北工業大) 、故渡辺保史(ジャーナリスト) 、長谷川敦 士(コンセント社) 、原田泰(筑波大) 、須永(多摩美大)が登壇。大和田龍 夫(NTT 研究所)が司会をつとめました(敬称略、所属は当時)(図2)。 2)情報デザイン国際会議 http://www.visionplus7.com/ 国際情報デザイン研究所 https://www.iiid.net/. 3)岡本誠、須永剛司、両角清隆、渡辺保史、長谷川敦 士、原田泰「教育カリキュラムから描く情報デザイン の地図 ─ デザインの課題と方法 ─ 平成13年度日本デ ザイン学会函館大会オーガナイズドセッションから」、 須永剛司、他編集『情報から次世代デザインを展望す る』デザイン学研究特集号 35、107-126、2002. そのセッションの議論をまとめた「デザイン学研究特集号35号」を発刊し. たのが2002年3月です[注3]。Info-D がその号の企画編集を担当。「情報. から次世代デザインを展望する」というタイトルのこの号は新たなデザイン 領域が開花する息吹に満ちたものとなりました。 特集号を開くと、セッションのなかで私がこんなこと言ってます。「情報 デザイン研究部会は2001年度4月にスタートした研究部会。1999年に情報デ. 17.

(3) 18. 特集:社会実践のデザイン学. ザインをテーマにした VisionPlus7をやった頃、情報デザインというフィール. ドを学的研究として育んでいく必要があるという声が湧いてきたので、研究. 部会設立にいたりました」と。またその記事のなかで、渡辺保史が「多分、 情報デザインというのが、デザインばかりじゃなくて新しい社会デザインの 一種の共通的なプラットホームになるんじゃないか」と展望してます(図2) 。 先に紹介した著書で私も同じことを書いています。この特集号をあらため て読んで「あー、同じことをずっと言ってきたんだな」と思いました。だか ら、「社会」がデザインの対象問題 issue になることは、「情報デザイン」と. いう領域がうまれたときからもうわかっていたんです。最近になって「社会 課題」がデザインの問題となったわけではないのです。社会的プラットホー ムというものがデザインの問題になると最初から展望していたんです。つま り、情報デザイン領域をつくってきた20年間とは、「情報とコミュニケー. 図3 2001大会「情報デザインの地図」. ションをかたちづくるデザインとは、いったい何か?」という問いにはじま り、実践と研究をつうじて「社会のかたちづくり」にその役割を見出そうと 懸命に探究してきた歴史だったということがわかります。 このセッションでは原田泰らがまとめたパンフレット「知の時代における デザインの実践と教育:情報デザインの地図(図3)」も配られました。自 分たちが始めた情報デザインの教育と学びの省察をとおして、情報デザイン 領域がどこへ向かおうとしているのかを展望しようとしたのですね。 同年5月、神奈川県相模原の女子美術大学で開催されたデザイン学会春季 企画大会は Info-D が主催しました。「情報デザインからみる企業と学校をつ. 図4 2002大会案内「使える知…を考える」. なぐ場所」です(当時は春が企画大会)(図4)。こんなところが「情報デザ イン」の始まりです。. 3.デザインの領域の変遷 2番目の話です。ここに示す図は、情報デザイン領域を開拓してきた私の 体験をふり返ることから、デザインの変遷を4つの観点で描いてみたもので す。①デザインが何に貢献したのか。②どんなデザイン領域がどんなステー ジをつくったのか。③各ステージでは何がデザインの問題 issues となったの. か。そして、④それぞれの問題を議論する「論点」は何だったのかです。変 遷の時間は左から右へながれています(図5)。 ①デザインの論点 デザインの主体:専門家ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー市民(非専門家) デザイン対象の様態:個体 individualーーーーーーーーーーーーーーーー網状 network デザインの立ち位置:つくり手ーーーーーーーーーーつかい手 デザイン対象の存在:実体ーーーー関係. ②デザインの問題. 人びとのつながり. 活動と経験. かかわり合い. 物. ③デザインの領域と ステージ. 情報 デザイン. プロダクト デザイン. ④デザインの貢献. ハードウエアを つくることへの貢献. 人びとがうみ出す 新たな営み. ソフトウエアを つくることへの貢献. 図5 デザインの変遷. サービス デザイン. 機能を 提供することへの貢献. コミュニティ デザイン. 人びとがつながりを つくることへの貢献. 社会を かたちづくる. 人びと新たな営みを つくることへの貢献.

(4) デザイン学研究特集号  Vol.27-2 No.102. 3.1. デザインの貢献とデザインの領域. 図の左から、情報デザイン領域を生み出すひとつの源はハードウェアをか. たちづくるプロダクトデザイン領域です。プロダクトデザインの仕事は、さ まざまな生産品であるプロダクトを私たち人間の身体と行動に適合するよう にをかたちづくることです。1950年代に専門領域としてスタートしわが国の 産業を支えてきました。 1970年代の終わりに、マイクロコンピュータが組み込まれた機械や道具が 普及しはじめます。そして80年代になると人びとはパーソナルコンピュータ に向かって仕事をするようになりました。そのなかで「ソフトウェアにもか たちを与えることが必要なんだ」とデザイナーたちが気づくのです。それは 「わかる」ことのデザイン、人工物が人間の思考と認識に適合することを目 標にするかたちづくりです。行動から認識へのジャンプがここに起きました。 私は1982年ごろにその世界があることに気づいたひとりです。英国王立美 術学校(RCA)のギリアン・スミス先生(Gilian Crampton Smith)もそのひ とりでした。私が多摩美大にソフトウエアのかたちをデザインする実験プロ グラムをはじめたのが1989年。ちょうど同じ年に彼女は RCA に Computer. Related Design というコースをつくっています。1990年代初頭、多摩美大に. 私たちがはじめた教育プログラムを見にきてくれました。新たなデザイン領 域は世界で同時多発していたのです。 ソフトウェアにかたちを与えるための情報デザインの教育研究プログラム をつくるには、芸術分野が工学や人間科学、社会科学などの学問と連携する ことが不可欠と考えました。それは物質のようには目で見ることができない ソフトウェアの仕組みも、人間の思考と認識の仕組みも、デザイナーが直感 的に把握することが難しい対象です。だからそれぞれの専門との連携共同が 必要なのです。 情報技術と人間をわかるために、さまざまな学問と出会いおたがいに学び 合うことから、ソフトウェアのかたちとふる舞いを創作するデザインの方法 とその理論をつくっていきました。その努力が徐々に実を結んでくると、情 報システムの開発に芸術分野のデザイナーの参加が不可欠になっていきま す。企業のデザイン部門の貢献がプロダクトの「堅い」かたちづくりから情 報の「柔らかい」かたちづくりに広がっていきました。. グラフィカル・ユーザ・インタフェース(GUI)のデザインがシステム開. 発に不可欠となったころ、グローバル化の掛け声とともにインターネットの 利用が一般に広がります。1990年代のおわりです。電子メールのやりとりを 入り口とし、ネット上に存在する膨大なそしてリアルタイムに変容する情報 コンテンツを人びとが机の上のパソコンで閲覧する日常に社会が変容します。 そのうちに、パソコンのなかにあったはずのアプリケーションが、ネット 上に存在するものになります。情報技術の高度化とともにスマートフォンが 登場すると、人々は手のひらにはいる「パソコン」を持ち歩き、そのときそ の場で使いながら活動することがこの社会のかたちになりました。 この頃から、製品の製造販売ではなく機能を「サービス」として提供する 仕組みが登場します。その広がりと呼応するように、ソフトウェアアプリケー ションを利用して人びとが起こす活動とそこでの経験、つまり人工物利用の コンテキストにもかたちを与えるデザインが必要なんだと、デザインの射程が 大きく広がります。ネットで書籍や商品を気持ちよく購入する行為の流れとそ の体験がデザインの対象になりました。サービスデザイン領域の登場です。. 19.

(5) 20. 特集:社会実践のデザイン学. さらにデザインの貢献は広がります。提供されるサービスの仕組みに利用 者が入り込み、そのなかで他者と「つながる」体験の面白さに人びとが気づ きます。特定のあるいは不特定の他者とのつながり、サービスが結びつける 関心や関係の共同体としての「コミュニティ」がデザインのもうひとつの対 象となったのです。コミュニティデザイン領域です。 さて、人びとはつながることでそこにどんな営みを起こしているのでしょ う。そんな問いが立てられました。見えてくるのは、つながることで人びと が自分たちで自分たちの日常に新たな営みを創出している事態です。人びと がつながるところにうまれるコミュニティにかたちを与えるデザインは、人 びとが主体的に創出する新たな営みの姿とそれが構築され持続するプロセス を知ることをとおしてはじめて可能となります。営みとは『デザイナーがつ くってあげるものではないんだ』とデザイン専門家たちが気づくのです。 これが、今日、浮かび上がってきている「社会」をかたちづくるという新 たなステージだと考えています。それぞれの社会をかたちづくっているのは そこに生きる人びとです。その人たちが自分たちの実践を自らデザインする こと。それをファシリテートするのがデザイン専門家たちの新たなテーマに なります。渡辺保史さんが17年前に語った情報デザインの構想はこのことを 予感させるものでした。 私はこのステージを上の図で、「社会デザイン」ではなく「社会をかたち づくる」領域としました。それは、社会をかたちづくる主体は常に市民にあ ると考えるからです。かたちづくりの専門家であるデザイナーだけで社会を かたちづくることはできません。つまりこのステージの意味を、「社会」が デザインの対象になったというのではなく、デザインを「社会的」な営みと して実践することが大事になった段階と考えたのです。 そのデザインは、デザイナーが産業からの注文への応答として自分のスタ ジオで実施することでは成立しません。そうではなく、デザイナーが対象と なる社会の中に入って行き、そこで活動する人びと出会い、彼らとゆっくり と協働しながら展開するデザインです。このやり方を私は「社会的デザイン. Societal Design」と呼ぶことにしました。. ここまで、デザインの貢献からみたデザイン領域を、プロダクト、情報、. サービス、コミュニティ、社会というステージの変遷として描いてみまし た。これを描くことで見えてきた「論点」に関する話を次にします。. 3.2. デザインの問題を議論する論点. さて、図の話の最後です。それぞれのデザイン領域の「問題 issues」を、. デザイナーたちがはどのように議論してきたのか、それぞれの論点を考えま す。論点を知ることはデザインの本質を考えることにつながります。 まず、プロダクト・デザインから情報デザインに領域が広がると、デザイ ンする対象が「物」から「かかわり合い(インタラクション)」へ変化しま した。情報デザインが着目した「インタラクション」というデザイン問題 は、人間とソフトウエア、あるいはソフトウエアを介在させた人間どおしの やりとりとかかわり合いを対象にします。このときデザイン分野は、動的で 変容する2者(複数者)の「関係」という事象をはじめてデザインの問題と してあつかうことになったのです。 この情報デザインのステージに立ち「関係」という問題に対峙したデザイ ナーたちはひとつの気づきを得ます。それは、プロダクトデザインのステー.

(6) デザイン学研究特集号  Vol.27-2 No.102. ジで自分たちが見ていたのは「実体」だったんだという気づきです。情報デ ザインのステージでデザインは「デザイン対象の存在形式:実体−関係」と いう論点を手に入れることができたのです。 次の情報デザインから拡張するサービスデザインの領域で、デザイナーた ちはデザインの対象を人工物にとどめることができなくなります。人工物の 利用における「活動と経験」という問題が現れたからです。そこに起きたの は「つくる」から「使う」への論点の転回です。サービスのかたちを構想し 描くためには、そのサービスの使用と、サービスを使って人びとは何をする のかを考えることが主題となります。 活動と経験が主題となるこのステージにデザイナーが立つとき、従来のデ ザイン議論の重心が実は「つくること」に置かれていたことに気づくので す。このステージで見出されたのは「デザインの立ち位置:つくり手−使い 手」という論点です。 次のサービスデザインから広がるコミュニティデザインのステージに入る と「つながり」という問題を手にすることになります。つながることのあり 姿をデザイナーたちが議論するための大事な論点は「ネットワーク(網状)」 概念でした。複数の関係が網目のようにつながる状態のなかに多様な経路が あるというビジョンが必要になったのです。そしてそれまでのデザインが常 に「個体」あるいは2者の関係を対象問題として認識してきたことに気づき ます。ここでデザインが手に入れたるのは「デザイン対象の様態:個体. individual −網状 network」という論点と言っていいでしょう。. もっとも直近の「社会をかたちづくる」というステージでも新たなそして. 大きな論点に出会います。デザインする主体は、デザイナーでなく市民だと いう気づきです。このときデザインの分野ははじめて、これまでデザインを やっていたのは自分たち専門家だったんだと気づきます。そして、このステー ジでデザインする主体は誰かという問いに対峙します。「デザインの主体: 専門家−市民(非専門家)」という論点をここに見いだすことになるのです。 以上が領域づくりからの変遷を俯瞰し、4つの観点からデザインとは何か という考えを述べたものです。ここまでの議論で興味深いのは、デザインの 変遷という流れのなかで、ステージを上がるとその前のステージであつかっ ていた問題 issues の議論点が、今手にしている論点との違いから相対的に明. らかになることです。自分が立っている場所の意味がわかるには、自分が前 いた場所から別の場所に移り、そこからふり返ることで、前にいた場所と今 いる場所の差異を知る必要がある。その差異から2つの場所の特質がはじめ てわかる。そういう認識つまり「意味は差異のなかにある」という原理がこ のデザインの変遷を見るときにもはたらいています。. 4.デザイン学の展望 デザインの問題 issues の論点からそれらを司るデザインの知とは何かを考. えます。そこからデザインの学を展望したいと思います。これが今日の最後 の話です。 デザイン知とはデザインすることを駆動している知性です。この探究にお いてはプロダクト、情報、サービス、コミュニティなどの領域には注目しま せん。対象の特性からそれにかたちを与える知を見出そうとするのではなく、 多様な対象をあつかうデザイン行為全般にわたる知性を見出したいからです。 最初に「デザイン」のふたつの定義をみます。ひとつは「デザインの科学. 21.

(7) 22. 特集:社会実践のデザイン学. The Science of Design: Creating the artificial」を論じたハーバード・サイモン. の著書「The Sciences of the Artificial」です[注4]。彼の主張はタイトルの. 「the Artificial」にあります。つまり、人が何かをつくりだす営みにある「人. 為性」に着目し、それが「デザイン行為」の特性だとしているのです。そし て、つくり出す対象を階層をもったシステムととらえモデル化することこそ がデザインの科学だと述べています。サイモンのいう科学はデザインのひと つの知性を指し示していると私は理解します。 もうひとつ定義です。哲学者の嶋田厚は、人類史のなかでヒトがイメージ の世界をもちそれを表現する知性を獲得したとき、人間が「企てること」の できる生物になったと指摘します。そして「企てること」こそ英語の design の意味であり、今日、人間の企てる力が巨大化し、そこに生じる「企てるこ と」の危うさに警鐘をならします[注5]。 デザインを「人為的 artificial なこと」「企てること」と考えるところから、. 私はデザインすることを次の行為で成り立つと考えます。「構想すること・. 造形すること・設計すること・(実装すること)」です。「実装すること」は、 これまで人工物の生産においてはエンジニアリングの仕事と考えられてきま した。括弧はその意味です。しかし、上に述べたデザインの変遷のなかで 「コミュニティ」や「社会」が登場すると、「実装」はそれをつくりそこに生 きる当事者たちの仕事となり「実装すること」は社会的なデザインのプロセ スのなかに組み込まれます。 この話をエンジニアリングの専門家たちにすると『おいおい須永さん、こ の順番おかしいよ。 「仕組」が先に構築され、そのあとに「造形」があるので は?』と問われます。 『エンジニアから見るとそうかもしれないけど、クリティ ブデザインでは、仕組みを考える前に造形をするんですよ。つくりだす産物 がこの世の中でいかに存在するのか、その「かたち」をつくることこそがデ ザインの中心課題なんです』 『望むものごとは、こういうふうに存在したらい いと思い描く「造形」が先にあって、それが見えたら、描かれたその存在を 実現する仕組みを考える「設計」がある。造形があって設計があるんです』 そう言うと、エンジニアたちはクスチョンマークを残したまま『あー、やっぱ り、デザインのことは分からないな』となってしまうことが多いのです。 さて、デザインの知の話です。構想する知があって、造形する知があっ て、設計する知がある。実装する知もある。それらの知性がデザインするこ とを駆動している。ではその知とは何なのだという問いです。 ここでこの話の型枠となる「デザイン知の構図」を示します(図6)。構 図の背景は左から右に「構想すること・造形すること・設計すること・実装 すること」がならびます。そのプロセスを支えるエンジンとして2種類の 知、「科学の知」と「芸術の知」があるというのが私の主張です。 まず、右側の「設計・実装」を駆動するメインの力は科学の知にあると言 いたい。それは「分ける」こと、「分析 analysis」や「分けて明確にすること. articulation」など説明の知です。. 分けることで見出した要素ひとつひとつを丹念にみつめ、そのメカニズム. や問題構造を見出し、個々の要素と要素間の関係をメカニズムとして対象を 4)Simon, Herbert A.“The Sciences of the Artificial” , The. MIT Press, 1969(稲葉元吉・吉原英樹訳「新版・シス. テムの科学」パーソナルメディア社,1987). 5)嶋田厚「企てることの危うさ」、須永剛司、他編集 『情報から次世代デザインを展望する』デザイン学研 究特集号 35、1-2、2002. 説明しようとします。説明のためには、着目した事象を「原因 ─ 結果」な どの論理で抽象化しモデル化することが有効です。そこで大事にされるのが 「量」を測ることです。その議論においては常に「正しさ」が求められ、そ のために合理的であることと批判的な視座が重視されます。.

(8) デザイン学研究特集号  Vol.27-2 No.102. こういう知的プロセスをたどることではじめて、対象を仕組みとして設計 し実装することが可能となります。デザインのこのプロセスを科学の知が駆 動する営みと考えます。 一方、図の左側、「構想」と「造形」を駆動するのは芸術の知です。その 基本は、ひとまとまりの全体を創成することを志向し、思考や表現を結びつ け重ね合わせる「シンセシス synthesis」の知性です。. シンセシスは、分けて説明することではなく表現する知によって展開されま. す。その展開はかたちによって具象化され、表現することと表現されたもの の良さを味わうことで展開されます。味わうのは、 「面白さ」つまり表現され た「かたち」のなかにある何かと何かの関連 relevance を見いだす感受性です。 量ではなく質の探究です。その展開のための議論は『そこに矛盾や問題が. あるよ』のような批判的 critical なものではありません。『そうなのか。あ、 じゃあ、こんなのもあるんじゃないの』のように、表現されたものを受け入. れ、そこに新たな思いやイメージを加え重ねていく創造的 creative なもので す。このような展開は物語る方法に支えられていると言えます。. さて、この「構想すること・造形すること・設計すること・(実装するこ と)」というデザイン展開の外側には現実があります。泣いたり笑ったりし ながら人が生活している世界のリアリティです。複雑で不確実で不安定で、 つねに価値の. 藤などの現象が起こっている対象世界の事態です。デザイン. は常に直結するリアリティと対話しながらものやことの創作をとおしてその 社会をかたちづくることに貢献します。それは、理念世界で「理想状態」を. 図6 デザイン知の構図. 23.

(9) 24. 特集:社会実践のデザイン学. 考えそこから解を導くというアプローチとは異なります。理念世界から求め た解を生活世界に適用することには、それら2世界の成立原理が異なること による齟齬がともなうからです。 そこにあるリアリティと常に交渉せざる得ないデザインは、上に述べたふ たつの知性を使っていると私は考えています。生活世界で私たちが何を望み 何を必要とするのか、それはそのときその場所でいかにあるべきなのか、そ れらの「構想」と「造形」を駆動するのは「芸術の知」です。そこでは、複 雑でリアルな現象を受け入れることが創発を促進します。芸術創造の産物に 正しいひとつのものはなく、社会の多様性と共鳴し複数の解をもち、技術の 革新や環境の変化とともに変容するものです。 一方、先に述べたように、仕組みを「設計」しそれを実現する「実装」を 駆動するのは「芸術の知」よりも「科学の知」がそれにふさわしいエンジン だと言えます。したがって、デザインプロセス全体を駆動する知性である 「デザインの知」は芸術と科学、両方の知をバランスよくはたらかせるハイ ブリッドなエンジンだと考えることができます。 このように「デザイン知の構図」を考えたとき、これまでのデザイン研究 の多くが、デザインを「科学の知」の概念と言葉で説明しようとしてきたよ うに見えます。あるいは、既成の学術として認められることを求めるために デザイン研究を「科学的探究」の鋳型に嵌め込んでいたのかもしれません。 そういう試みを超克し、デザインの営みを十全に認識するためには、芸術 の知が駆動するプロセスを「芸術的探究」の方法と概念で示すことが重要で す。またそうでなければデザインの真の意味をそこに見いだすことができな いままです。「構想」や「造形」のプロセスを科学の知で説明しようする試 みから本当の意味は見出せません。全体を構想し造形しているのに部分の正 しさを語る言葉でしゃべる。量を測り、合理的なメカニズムやモデルで説明 しようとする。そういうスタイルで、デザインの創造的なプロセスを科学の 議論のようにみせるのは、デザインを駆動するひとつの重要な知性である 「芸術の知」を無いことにしてしまっているからです。もったいないことです。 デザインを実践する人たちが、自分たちの実践を見つめその成り立ちを深 く吟味することから、そこにある知性を紡ぎ出すことはとても大事なことで す。それをできるのは当の実践者たちだけです。 いま必要なことは、デザインの実践者がやっていることのなかにある芸術 の知が駆動するプロセスをしっかりと言語化することです。そして、デザイ ンすることのなかで芸術の知と科学の知がこうやって相補うかたちで連携し ているのだということを言語化することです。デザインの実践者である私た ちがそれらをやらないと、いつまでたっても他の専門分野から「デザインっ てよく分からない」と言われ、多分野の相互越境による複合的な学術として のデザイン学をつくりだす機会はいつまでも訪れないと思うのです。 芸術の知は、人類史にみられる洞窟画にはじまり、7万年余りの時間のな かで表現する力として鍛えあげられた知です。近代科学の知の歴史は数百年 と言われています。芸術と科学のそれぞれの歴史的時間には大きな違いがあ ります。しかし、今の世の中は科学の知がどうしても支配的です。その理由 は、科学の知が歴史的に新しい産物だからです。私たちは後から出てきた新 しい知性に興味がありそれを大事にしたいのです。一方、人類みなが生まれ ながらにもっている芸術の知は、もっていて当たり前の知です。科学の知は トレーニングを受けないと身につかない。ある意味での希少性をもっていま.

(10) デザイン学研究特集号  Vol.27-2 No.102. す。科学の知への憧れは、ときとして内発する芸術の知の価値に気づく機会 を失わせてしまいます。それゆえに、この学会のメンバーである私たちの大 きな使命は、人類とともに長い歴史のなかで育まれた「芸術の知」をデザイ ンの実践とその省察をとおして明らかにすることです。そして芸術と科学の 相補的関係の意味と可能性をデザインの学として議論することこそ大事だと 考えるのです[注6]。 今日は3つの話、「情報デザイン」のはじまりと、その領域づくりから見 えたデザインの変遷とデザインの知、デザイン学の展望をお話しました。ご 清聴ありがとうございました。 ///////////////////////////////// 司会:ありがとうございます。少しだけ時間があるので、ぜひ質疑にも時 間を使いたいと思います。今日の講演の内容ですとか、手元にある本の内容 ですとかですね、それ以外にも、ぜひ皆さんのほうからもいろいろご発言を いただければと思います。いかがでしょう。 ・質問1  本当にありがとうございます。共感することばかりで、本当に感動してい ます。で、これ私の問題でもあるんですけども、共同体のデザインまでは何 かこう、予想がつくというか。自分でもこうトライアルできてるんですけど も、社会のデザインとなるとちょっと、自分のなかでもやもやしていて。ど うアプローチしたらいいのかなというところが、非常に迷っているところな んです。もし何か、教えていただけることがあれば。 ・須永  大事な質問をしてくれてありがとう。「社会」がデザインの対象になるこ とについてですね。 先にも述べたように、そのデザインを「社会デザイン」と呼ぶことに私は 違和感をもっています。これまでのデザイン領域、プロダクト、情報(ソフト ウエアアプリケーション) 、サービスの名称と同じように、社会をデザイナー がデザインする領域と読めてしまうからです。なぜなら、これまでのデザイン 対象は、私たちが利用する人工物です。それら人工物は独立した「生産品」 で、そのなかに人間は含まれません。しかし、新たなデザイン対象である 「コミュニティ」や「社会」を構成しているのは人間です。人間の活動を人 工物のようにその全てをデザインできる対象とみなすことへの違和感です。 人びとがかたちづくっているつながりやそこに生み出す新たな営みに、デ ザインの専門家たちが参加し、その参加に価値があることが世の中で認めら れはじめている。今、起きているそういうデザインの貢献を、新たなデザイ 6)須永剛司「芸術のデザインからデザイン学を展望す る」計測と制御 54(7)、計測自動制御学会、2015 7)須永剛司、水越伸「社会をより善くするためのデザイン: ヨーロッパのデザインスクールを訪ねて」  5 Designing. Media Ecology 04、『5』編集室、2015. 8)須永剛司「社会を形づくるデザイン・デザインするこ とを社会的なプロセスにすること」計画行政40(3)、 計画行政学会、2017 9)横溝賢、須永剛司、岡本誠「共創のうまれかた:人び とがもっている相互性と信頼がうまれるとき」共創学 会第3回年次大会概要集、共創学会、2019. ンと考え「社会をかたちづくる」領域としました。 社会をデザインするのではなく、さまざまなデザイン活動を「社会的」に やることががそこにみえていると言いたいのです。そのデザインを私は「社 会的デザイン」という言葉で表します。これまでのデザインを「産業的デザ イン」とすれば、それとは異なるもうひとつデザインのパラダイムが登場し ていると考えてるからです[注7、8、9]。 人びとがつながりそこに新たな営みを創生することは、人類が長い歴史の なかでやってきたいこと。スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙. 25.

(11) 26. 特集:社会実践のデザイン学. の旅」に描かれた猿たちの道具の発見から、あるいはネアンデルタールが洞 窟の壁に絵を描いたときから人類がやってきたことです。そういう長い長い 歴史をもつ社会づくりのなかに、デザインという専門性が関与することに、 一体どんなやり方があり、それはどんな意味をもつのだろうと、今、大きな 問いが立てられているということですね。 社会的にデザインするというのはスタジオの外に出るということです。デ ザイナーがその社会の中に入っていき、そこにある人びとと出会いつなが り、そこにうまれている営みに触れ、学び、その人たちの営みをつくる活動 にゆっくりと参加すること。そこにデザインの知恵と技を提供していくこ と。それが「社会的デザイン」のやり方です。 デザインを「社会的」にやるというのは、さらに素晴らしい可能性をもっ ています。今年の1月に九州大学でこのデザインの変遷について講演したと きに、古賀徹先生や谷正和先生との対話をとおして明確になったことです。 それは、デザインを社会的にやるという考えには、これまでのデザイン対象 もまた社会的にデザインするという地平が示されているということです。つ まり、コミュニティを、サービスを、ソフトウェアアプリケーションを、プ ロダクトを「社会的」にデザインするという地平です。それは、市民とデザ イナーが共創するデザインです。これまでのデザイン対象がなくなるわけで はなく、さまざまなデザインを社会的に展開するという新たなデザインのパ ラダイムをここに展望することができます。 もちろん、このことはスタジオでのデザインがなくなるということではあ りません。スタジオでも現実社会のなかでも、どちらでも必要に応じて展開 する新しいデザイニングが起きるのです。そのときこそ、私たちデザイナー が「芸術の知」の意味と価値を本当に理解し、その素晴らしさを伝えること が大事になる。たとえば量的因果モデルで説明しても、そこにいる生活者の 多くは共感してくれない。説明ではなく物語ることをとおして良さを味わう ことを望んでいるのです。そんな意味で社会的にやるということは「芸術の 知」を大いに活かすことなのだと思っています。 参考文献 須永剛司「デザインの知恵:情報デザインから社会のかたちづくりへ」フィルムアート社、2019. VisionPlus7、第7回情報デザイン国際会議 http://www.visionplus7.com/ 国際情報デザイン研究所 https://www.iiid.net/. 岡本誠、須永剛司、両角清隆、渡辺保史、長谷川敦士、原田泰「教育カリキュラムから描く情報 デザインの地図 ─ デザインの課題と方法 ─ 平成13年度日本デザイン学会函館大会オーガナイズド セッションから」、須永剛司、他編集『情報から次世代デザインを展望する』デザイン学研究特集 号 35、107-126、2002. Simon, Herbert A.“The Sciences of the Artificial” , The MIT Press, 1969(稲葉元吉・吉原英樹訳「新. 版・システムの科学」パーソナルメディア社,1987). 嶋田厚「企てることの危うさ」、須永剛司、他編集『情報から次世代デザインを展望する』デザ イン学研究特集号 35、1-2、2002. 須永剛司「芸術のデザインからデザイン学を展望する」計測と制御 54(7)、計測自動制御学会、. 2015 須永剛司、水越伸「社会をより善くするためのデザイン:ヨーロッパのデザインスクールを訪 ねて」 5 Designing Media Ecology 04、『5』編集室、2015. 須永剛司「社会を形づくるデザイン・デザインすることを社会的なプロセスにすること」計画. 行政40(3)、計画行政学会、2017 横溝賢、須永剛司、岡本誠「共創のうまれかた:人びとがもっている相互性と信頼がうまれると き」共創学会第3回年次大会概要集、共創学会、2019.

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