デザイン思考によるイノベーション教育プログラムの開発と事業創造人材診断指標による評価
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. ション」という言葉は、Schumpeter 1) により定義された「経済活動の中で. 生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」 という語義を回復しつつある。イノベーションは、新たな価値創出モデルの デザインとその実践のサイクルに他ならず、技術革新はその構成要素の1つ と位置付けられる。 この「イノベーション」の変容に伴い、社会で求められるイノベーション 人材像も大きく変容しつつある。すなわち従来の「設定された技術的課題の 解決能力を備えた人材」に代わり、「顕在化していない学際的な課題を発見・ 定義し、新たな関係性の構築を通じて創造的課題解決に導く0から1を生み 出すデザイン力を備えた人材」がより強く求められるようになっている。し かしながら、このイノベーションの要ともいえる「0から1を生み出す」創 造的なプロセスは、大学・産業界いずれにおいても十分に組織的教育がなさ れておらず、従来専ら個人の領域に委ねられてきたという危機感が共有され つつある2)。 このような背景から、0から1を生み出す創造的プロセスとされる「デザ. イン思考」3)が体系的イノベーション人材教育を可能にする国際汎用手法と して注目され、産業界・教育界、営利事業・非営利事業、先進国・新興国・ 途上国を問わず広く急速にその導入が進められている。大学におけるデザイ ン思考を導入した代表的なイノベーション教育実践事例は、平成25年版科学 技術白書4)において報告されている。 これらいずれのプログラムもデザイン思考をイノベーションの方法論と捉 え、チームプロジェクトを通じたデザイン思考の実践的な習得を目指してい る点で共通している。他方で、本研究のように2年間4科目の連続受講が全 学教養教育として選択必修化されているプログラムはみられず、多くのプロ グラムは、関連するワークショップ群あるいは科目群より受講生において個 別に参加あるいは履修を選択する構成になっている。こうした構成から生じ る時間的制約および(多くの場合、社会連携により解決可能である)必要な 資源の不足のために、デザイン思考プロセスの後半部分であるプロトタイ プ・テストを実践できない、デザイン思考の根幹であるプロセスの反復がで きない、あるいは、資金調達を含めたプロジェクトの実践ができないプログ ラムも少なくない。 本研究では、デザイン思考によるイノベーション教育プログラムを体系化 された2年間一貫の枠組で、また、社会連携および学際連携により得られる 教育資源を活かし、日本型イノベーションについて理論化された知識創造論5) を援用しつつ開発・実施し、フロンティア人材育成プログラムとして評価・検 証することを目的とする。. 1.2. デザイン思考. 本研究では、デザイン思考によるイノベーション教育プログラムを体系化. された2年間一貫の枠組で、また、社会連携および学際連携により得られる 教育資源を活かし、日本型イノベーションについて理論化された知識創造論5) を援用しつつ開発・実施し、フロンティア人材育成プログラムとして評価・検 証することを目的とする。 デザイン思考は、Human(顧客、ユーザー等)を中心に据え、共感(洞. 察)・課題定義・創造・プロトタイプ化・検証の各プロセスを迅速に往 復・循環することにより社会に新たな価値を創造する方法論である。ま. 13.
(3) 14. 特集:イノベーションデザイン論. た、d. mindsets(基本姿勢)として“Focus on Human Values(人々の価値観. に焦点を当てる)”、“Show, Don’t Tell(言うのではなく見せる)”、“Radical. Collaboration(徹底的な協働)”、“Be Mindful of Process(プロセスに注意を. 払う)”、“Embrace Experimentation(素早く形にする)”、“Bias Toward Action. (行動第一)”、“Craft Clarify(明快な仕事)”が強調される6)。. 各プロセスが人間中心の価値軸に沿って進められる点、共感(洞察)が重. 視される点、「思考」に身体性の知が多分に関与する点、多様な関係者の集 合知の相互作用による共創を基礎とする点に特徴がある。 イノベーションの鍵を握る、異なる背景を持つ個人・組織による共創は、 単なる交流の場の設定やコーディネートといった手法では困難であり7)、各 属性のインターフェースにおいて、媒介する創造的な「共通言語」として、 多様性を包含するデザインプロセスが求められる。デザイン思考はこのよう な機能を有する方法論としても有用である8)。. 1.3. 知識創造論の援用 1.3.1. デザイン思考と SECI モデル. 知識創造のメカニズムを Socialization(共同化) 、Externalization(表出化) 、. Combination(連結化)、Internalization(内面化)の循環、「暗黙知と形式知の. ダイナミックな相互変換運動」から生まれるとする SECI モデルを提唱した. Nonaka and Takeuchi 5)は、イノベーションは SECI スパイラルであり、SECI. の高速回転化が創造性と効率性をダイナミックに両立すると説明する9)。. 個々人が直接的な経験・共感を通じて対象から暗黙知を獲得し(共同化) 、 それを他者との対話や思索を通じて形式知化し(表出化) 、得られた形式知を 体系的にシステム化・理論化し組織知へと組み上げ(連結化) 、組織化された 組織知の実践・具現化を通じて個々人が新たな暗黙知を獲得し(内面化) 、さ らに新たな共同化へと高速に循環させるデザイン思考のプロセスは、イノベー ションを生み出す SECI プロセスと親和性があるといえよう7)。. 1.3.2. イノベーション教育プログラムのマネジメントとEnabling. Condition. イノベーション教育プログラムのマネジメントは、如何にあるべきか。創 造性、自律性が不可欠なイノベーションの性質から、知識伝達型教育でみら れるような、管理的・受動的な教育マネジメントとは本質的に異なるマネジ メントが求められる。 この点について、KROGH et al.(2000)は SECI スパイラル、すなわち知. 識創造推進条件 Enabling Condition として、Intention(意図)、Autonomy(自. 律性) 、Fluctuation / Creative Chaos(ゆらぎとカオス)、Redundancy(冗長 性)、Requisite Diversity(最小有効多様性)の5要素を提示している10)。. 本プログラムの開発に際しては、2.6および2.7において後述するように、. 学生の学びを形式的に把握・管理する一方で、実質的活動においては上の5 要素を取り込んだプログラムのデザイン・マネジメントを採用した。. 1.4. 事業創造人材(フロンティア人材). 経済産業省では、フロンティア人材として、現場と市場ニーズを結びつけ市. 場で売れる「価値」を生む事業を新たに生み出すことができる(白地に絵を描 ききる) 、すなわち0から1を創出できる人材を事業創造人材と定義し2)、その.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. ような人材に求められる能力・行動特性について、2フェーズ10側面35要素180 項目の4階層から構成される事業創造人材診断指標を提示している11)。 本論文では、事業創造人材診断指標を用いて本プログラムの教育効果を評 価・考察する。なお、ルーブリック評価での受講者の記述および学士力の観 点からの評価については別稿12)にて既に論じている。. 1.5. 主要な概念の関係. 本章で言及した主要な概念、イノベーション(1.1)、デザイン思考プロセ. スと d. mindsets(1.2)、ならびに SECI スパイラルと Enabling Condition(1.3). の関係を図1に示す。本研究では、いずれもイノベーション創出プロセスで. ある SECI スパイラルはデザイン思考プロセスを内包し(1.3.1)、プロセス. 実践主体に求められる基本姿勢が d. mindsets であり、そのプロセスにおいて. 整えられるべき環境が Enabling Condition と整理している。本プログラムの文. 脈に換言するならば、d. mindsets を保ちつつイノベーション創出の方法論とし. てデザイン思考プロセスを実践的に修得することが受講生に、教育の場のデ 図1 主要概念の関係. ザイン・マネジメントとして Enabling Condition を直接・間接的に維持するこ とが教員に求められる(2.7)。. 本プログラムは基本的にはアントレプレナーシップⅠ∼Ⅳにより構成され. (2.4)、アントレプレナーシップⅠ(3.1)による導入を経て、アントレプレ. ナーシップⅡ(3.2)では定められたフィールドでのチームプロジェクトを. 通じてデザイン思考プロセスおよび d. mindsets を理解し、アントレプレナー シップⅢ・Ⅳ(3.3および3.4)では自らが設定したフィールドにおいてデザ. イン思考プロセスを繰返し、より実践的なプロジェクトを展開する。後述の. ICT 利活用(3.2.3)、映像表現技術演習の導入(3.2.4)、情報技術演習の導. 入(3.3.2)は、これらデザイン思考プロセスによる取組みの幅を広げ深める ツールと位置づけている。. 本プログラムを通じて受講生が修得したイノベーションの方法論および基 本姿勢について、本論文では事業創造人材指標(1.4)を用いて評価する。. なお、後述の学士力(2.3)は佐賀大学学部教育体系における文脈であり、. 例えば学士力2−⑴はデザイン思考プロセスの一部および d. mindsets の一部 の実践力が対応するなど、上述の主要概念とは1対1対応はしないが、デザ. イン思考プロセスおよび d. mindsets の実践力が本プログラムが設定する学士. 力に対応することはその内容から明らかである。. 2.アントレプレナーシッププログラムの開発 2.1. アントレプレナーシッププログラムの位置づけ. 本プログラムは、佐賀大学全学教育機構インターフェース科目の1つとし. て位置付けられる。佐賀大学インターフェース科目は、 「現代社会が抱える諸 問題に目を向けて課題を発見し解決に取り組む姿勢を養い、社会に対応する ための知識・技術・技能や生きるための力を身に付けることにより、学士課 程教育で得た知識・技能を社会において十分に活かし、将来にわたり個人と 社会との持続的発展を支える力を培う」ことを教育目標とし、 「講義だけでな く、演習、調査、報告あるいは対話などを組み合わせたアクティブラーニン グを指向した教育」が求められる13)。学生は20超のプログラムの中から必修 科目としていずれかのプログラムを選択し履修する。各プログラムは、原則、 全学の2・3年次の学生を対象としⅠ∼Ⅳの2年間4科目により構成される。. 15.
(5) 16. 特集:イノベーションデザイン論. 本プログラムでは、以上の制約・趣旨に合致するよう、育成人材像・プロ グラム構造・評価等につき、次節以降に示すプログラムを設計した。. 2.2. 人材育成像. 起業家に限らず、社会のあらゆる分野でアントレプレナーシップ(起業家精. 神)を発揮できる人材、すなわち、自らの置かれた文脈において、積極的に新 たな価値創造に挑戦するイノベーション人材の育成を目指す。自立と連携、地 域と国際、創造的な柔軟性と着実なマネジメントの調和を実践的に修得した、 地方国立大学ならではのグローカル・リーダー人材の育成を目指す。. 2.3. 学士力の設定. 佐賀大学では以下に示す学士力を設定している14)。. 1.基礎的な知識と技能 ⑴ 文化と自然 ⑵ 現代社会と生活 ⑶ 言語・情報・科学リテラシー 2.課題発見・解決能力 ⑴ 現代的課題を見出し、解決の方法を探る能力 ⑵ プロフェッショナルとして課題を発見し解決する能力 ⑶ 課題解決につながる協調性と指導力 3.個人と社会の持続的発展を支える力 ⑴ 多様な文化と価値観を理解し共生に向かう力 ⑵ 持続的な学習力と社会への参画力 ⑶ 高い倫理観と社会的責任感 以上の学士力うち、アントレプレナーシッププログラムでは学士力2− ⑴、2− ⑶、3− ⑴、3− ⑵、3− ⑶を設定した。 アントレプレナーシップⅠでは、主体的情報収集により多様な価値観に触 れ、自らの社会観とキャリア指針を模索することで学士力3を、アントレプ レナーシップⅡ∼Ⅳでの産学・地域・国際連携プロジェクトを通じて基本的 なイノベーションの方法論やスキル・知識を修得し、デザイン思考プロジェ クトでの実践を通じて学士力2および3の修得を目指す。. 2.4. アントレプレナーシッププログラムの構成. アントレプレナーシッププログラムⅠ∼Ⅳは、以下のように体系づけられ. る。()内は、各段階で重視される社会関与形態であり、いずれも主体的に 学ぶ姿勢が求められる。 Ⅰ:多様な社会観とキャリア指針の形成(聴く) Ⅱ:課題発見・アイデア創出(対話) Ⅲ:アイデア実現のための事業デザイン(参画) Ⅳ:事業の社会実装に向けた挑戦(協働). 2.5. 教育支援体制. 本プログラムは、デザイン・情報工学・教育学・表現・医学・感性工学・. 農学・経済・化学・法務など、様々な分野の学内の教員ら10名と、県の新産 業・基礎科学課、地域の通信インフラ企業事業開発部門、クリエイティブの 法務を専門とする弁護士ら多様な実務家らが、チームプロジェクトの展開に.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. 合わせ、プロジェクトのステークホルダーらとともに、多様な視点から助言・ 支援している。また、情報技術やデジタル表現について、それぞれ専門の院 生が TA として演習補助・プロジェクト支援を行っている他、様々な民間・公. 的創業支援制度を活用している。. 2.6. 成績評価方法. 成績評価には、2002年から2006年にかけて著者らが取組んだアクティブ. ラーニングによるグローバル人材教育で使用した評価システム15)を参考に、 本プログラムのために調整および改善したものを採用している。 成績評価の50%を占める参画点は、各科目で修得すべき学士力に対応する 各評価項目に対して6段階の評価基準を事前に受講生に明示し、各項目の自 己評点および対応する具体的な根拠事実(自らの学習行動)を受講生自身に より記録させ、受講生同士のピアチェックを経て提出、最終的には教員との 合意を経て各評点を確定させるルーブリック評価を採用している。 また、成績評価の20%は、受講生が講義時間外に実施した各自の文脈にお けるアントレプレナーシップの探索活動について、レポートとして申告させ ている。対象となる活動は無制限としているが、当該活動がいかに本プログ ラムに対応づけられるかについて本人の意図を明らかにすることを加点の条 件としている。評点については原則時間換算とし、時間あたりの配点を講義 時間よりも高く設定することで自律的な探索行動を促している。これらによ り、講義時間内での学びを自らの文脈において主体的に捉え直すと同時に、 個別の学生において、借り物ではないアントレプレナーシップの醸成を促し ている。 残る30%については、中間・期末報告に対する評価である。その際、評価 の対象は、方法論をいかに理解し実践しているか、など形式的な側面のみに 限定している。各プロジェクトの実質的な内容については、学生の学びを 成績評価により動機付け・萎縮させないよう、様々な側面から助言・指導・ フィードバックを行うが、成績評価対象外としている。. 2.7. 創造的な場のマネジメント. イノベーション人材育成を目指す本プログラムでは、1.3.2で示した知識創. 造推進条件5要素を念頭においた創造的な場のマネジメントを行っている。 例えば、前節の成績評価算定式や提出物のマイルストーン等、幾つかのルー ルを事前に設定する他は受講生自らに自由に判断・マネジメントさせる(自 律性) 、2.5で示す教育支援体制を整え、受講生が学内外の多様なアドバイザー. やステークホルダーとの関わりの中で(最小有効多様性) 、デザイン思考プロ セスを行きつ戻りつ試行錯誤をすることを推奨する(冗長性) 、教員側から解 くべき課題を与え仔細に説明するのではなく、方法論についての最小限の説 明の後に、チームで共有に至った問題意識(意図)を手掛かりに、受講生自 らがフィールドや対象者から仮課題を探り出し解決のための仮説をたてプロ (ゆらぎとカオス) 、などが挙げら ジェクトを展開させる“learning by doing” れる。. もっとも、定期的なチーム面談を設定し、チームワークが成立している か、方法論に沿ったプロジェクト展開がなされているか、重要ではない障壁 で立往生していないか、浅い取組みで安易に形を整えていないか、あるいは プロジェクト展開に効果的な関係者への橋渡しを必要としていないか、など. 17.
(7) 18. 特集:イノベーションデザイン論. 教育意図に沿ったチームプロジェクト展開のための潤滑油の役割、また、実 際に取組んでいるプロジェクトでの展開を例に方法論を再度解説することに より、プロジェクト経験を他で応用可能な学びにまで昇華させる役割、など 外形的な指導は不可欠である。. 2.8. 共創の法務. デザイン思考による共創プロジェクトでは、対象とする協働段階や協働者. 同士の関係性が従来の典型的な枠組みとは異なる。そのため、知的財産をは じめ、定型的な枠組みでは捉えきれないケース、あるいは妥当性を欠く場面 が発生する。 そこで、新たな価値提案を表現する動画の著作権についてのオープンな取 扱いのニーズと、共創されたアイデアの権利化の可能性への配慮との間の調 整、また、共創されたアイデアが権利化される場合の権利の帰属と権利行使 の際の取扱いについて、あらかじめプロジェクト関係者間で協議し、合意を 得た上で実施した。知財出願手続きに必要な一定の秘密保持期間経過後のク リエイティブコモンズライセンス(CC BY-SA)の採用により、オープン・ クローズ双方のニーズを調整した。. 3.アントレプレナーシッププログラムの実施 3.1. アントレプレナーシップⅠ(2年次前期) 3.1.1. 価値循環の汎用性枠組・方法論の導入とアントレプレ ナーシップ理解 本プログラムでは、2.2で定義したように、自らの価値軸を醸成し、 「今ここ」. の文脈において、新たな価値創出に挑戦できる人材の育成を目指している。. しかしながら、プログラム開始時に受講生から示されるキャリア志望は、 漠然としたイメージに基づく大手企業への就職または公務員・教員採用に限 定されており、本プログラムが対象とする受講生の社会観・キャリア観は乏 しいといえる。そのため、導入として、多様で幅広い社会観・キャリア観を 涵養し、キャリアデザインへの動機づけ、指針を探る必要がある。 そこでまず、地域に拠点を持つ国際的技術系ソーシャルビジネスや中小企 業、地方自治体、若手起業家等、受講生が接点を見出し得る方々を通じて、 様々な分野・立場において発揮されているアントレプレナーシップに触れ、 デザイン思考の各プロセスや d. mindsets、また、価値循環モデルの汎用的枠 組(図2)としてのビジネスモデル・キャンバス16)に自ら落とし込みなが ら理解することにより、多様で幅広い社会観・キャリア観を醸成すると同時 に、アントレプレナーシップに底通する構造や応用展開可能な方法論を把握 する。 並行して、講義外学習として自らのアントレプレナーシップを探索すると 図2 ビジネスモデルキャンバス(価値循環 の汎用的枠組として導入). 同時に、様々な分野の10年単位の変遷から文脈を捉え、主体的に社会観を形 成する課題に取り組んだ。. 3.2. アントレプレナーシップⅡ(2年次後期) 3.2.1. 概要. アントレプレナーシップⅡでは、国際連携や地域連携により異なるバックグ. ラウンドを持つ人との混成チームを形成し、チームでのデザイン思考ワーク ショップを通じて方法論を習得する。.
(8) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. 本稿で研究対象としている受講生40名は、Ministry of Education, Korea(韓国. 教育部)による産学連携リーダー人材育成事業プログラム(LINC 事業)の 様々な学部の学生達やスタッフらとのデザイン思考ワークショップに取組ん だ(図3・図4)。 日韓の遠隔地間連携によるチーム作業を3ヶ月間経て、最後の3日間は、 韓国のスタッフおよび学生約60名が来日し、地域をフィールドとした国際デ ザイン思考ワークショップを開催した。最終日には、各チームにおいてプロ ジェクトを映像表現にまとめ、計10チームが映画館での上映発表を経験した。 図3 日韓デザイン思考ワークショップの様子. 3.2.2. デザイン思考ワークショップ. ワークショップでの実践を通じてデザイン思考の方法論やフレームワーク. を学び、以って指定学士力を修得するという位置付けから、受講生にはワー クショップのマイルストーンとなる8つのチーム課題を予め提出期限を付し て与えた。 具体的には、遠隔地間コミュニケーションスキルに対応するものとして、 ①作成したチーム紹介動画(動画表現技術の修得)の YouTube での共有お. 図4 日韓混成チームでのフィールドワーク. よび SNS を介した交流、デザイン思考プロセスに対応するものとして、②. フィールド動画の作成、③観察および着眼点の設定、④インタビュー・観察. 動画の作成、⑤ Empathy Map(共感図)の作成、⑥ビジネスモデル・キャン. バスの作成、⑦プロトタイプ動画1の作成・テスト、⑧ Why-How Ladder、 プロトタイプ動画の再作成を課した。. 最小限のデザイン思考の概念や知識は事前にガイダンスしているが、デザ イン思考は主体的に繰り返し実践することにより理解・修得できるスキル・ マインドセットである。②∼⑦ではデザイン思考の概念および今回のワーク ショップで使用するフレームワークを順に確認し、⑧で②∼⑦の一部または 全部を必要に応じて繰り返した。 ⑤の対象者への洞察およびその視覚化によりチームメンバー間で対象者像 を深く共有し、⑥の「価値を創出し・届け・回収する」仕組みの視覚化によ りチームでの新たな価値共創デザインを可能とする。⑧の Why-How Ladder. (梯)は、対象者を中心に据えた Why-How の問いを繰り返すことにより、 既存のアイデアへの執着から思考を解放し、より優れた課題解決案を模索す るためのプロセスである。 なお、各課題の締切りは、日韓教員間で事前に調整し、遠隔連携による チーム作業に支障がないよう設定した12)。. 3.2.3. ICT 利活用. 日韓の学生たちが実際に出会ってチーム作業を行ったプロセスは⑧のみで. ある。ビデオエスノグラフィおよびデジタル表現を採用したことにより、①∼ ⑦については Facebook、YouTube、Skype、Google docs、LINE 等の様々な ICT. ツールの利活用により、各チームにおいて同期的な遠隔連携での共創作業を進 めた。 多様なバックグラウンドを有する人との共創環境の整備は、デザイン思考 において極めて重要である。これら低予算で運用できる ICT ツールの組み. 合わせはプログラム展開の可能性を格段に広げ、次年度以降においても、地 図5 ICT 利活用で実現した複数遠隔地に所在 する「投資家」向けプレゼンテーション. 域事業者との連携プロジェクトや、遠隔地の適切な専門家からの助言指導等 に拡張利用され、プログラム充実の基盤となっている(図5)。. 19.
(9) 20. 特集:イノベーションデザイン論. 3.2.4. 映像表現技術の導入. デザイン思考に有用な様々なツールの1つとして映像表現が挙げられる6)。. 本プログラムではアントレプレナーシップⅡ冒頭において、映像表現技術演 習を集中講義形式(3コマ×90分)で実施している。本プログラムにおける 筆者らの映像表現技術の導入意図を、デザイン思考プロセスごとに分け、以 下に示す。 共感(洞察) デザイン思考では、表層的な観察や会話にとどまらない対象者への共感 (洞察)が鍵となる。ビデオエスノグラフィと呼ばれる動画による記述・解 釈は、言語化されない表情や声のトーン、対象者が置かれている環境など、 膨大な非言語情報を連続的に記録できる点で極めて優れている。また、反復 再生が可能であることから、通常一度の観察では埋もれてしまう刺激の低い 情報、あるいは解釈に時間のかかる複雑な情報からも気づきを得ることが多 く、洞察を深めるのに極めて効果的である。さらに、今回のように遠隔地間 の双方で撮影されデジタル表現化された映像を YouTube 等のインターネット. 上の動画共有サイトを通じて共有することにより、通常であれば時間・場所 を共有することが困難な海外の学生との連携も低コストで実現でき、より多 様な視点による洞察が可能となる。 課題定義・創造 撮影行為・編集行為いずれも意識的に行われる。そのため、両作業を繰り 返しつつ核となる場面を抽出する過程において、言語のみでは抽象度が高く. 曖昧になりがちな課題が明確に定義される。課題が明確に定義される結果、 創造フェーズの質量が高められる。 プロトタイプ・テスト デザイン思考は「0→1」、すなわち社会において未だ現存しない新たな 価値の実現を目指す。それゆえ、現存しないアイデア(仮説)が実際に対象 者にどのように受け止められるか、簡易かつ擬似的に経験できるようプロト タイプを試作・試行し、対象者からのフィードバックを得ることにより仮説 を検証する。映像表現は、言語・非言語、多様な情報を表現できるのみなら ず、編集技術を経てより本物に近い経験価値を対象者に与えることが可能で あり、プロトタイプ・テストにおいても極めて有効な技法といえる. 3.3. アントレプレナーシップⅢ(3年次前期) 3.3.1. 概要. アントレプレナーシップⅢでは、前年度に習得した方法論を用いて、自主. テーマでの事業創造プロジェクトに着手する。また、アントレプレナーシッ プⅡでのプロジェクト経験により適用場面のイメージが備わったこの段階 で、ようやく事業創造に関わる資金調達・法務・組織づくり・ファブ社会・ 知識創造論などのイノベーションに関わる基礎的知識・概念を学ぶ。 また、アプリによるサービス提供を構想するチームが多いものの、受講生の 大半は技術的背景を持たない。そのため、アントレプレナーシップⅢの冒頭で は、アプリプロトタイピング演習クラス、PicoBoard と連動させた Scratch によ. るプログラミング演習クラスのいずれかを選択できる情報技術演習を配置して いる。 その後、受講生が自らのテーマを掲げ、受講者間で相互に交渉しながら. チームを構築し、アントレプレナーシップⅠ∼Ⅲで習得した知識・スキル・.
(10) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. 経験を総動員し、主にアントレプレナーシップⅣで本格的に展開するデザイ ン思考による実践プロジェクトの原型をデザイン思考により形成した。 このプロジェクトの原型を元に、各チームにおいて、プロジェクト概要書 (目的・目標・スケジュール概要・必要経費)と簡易なロードマップ(統括・ 資金調達・法務・組織・技術)を作成し、実践プロジェクトに着手した。 期末報告では、「投資家」役の共同研究先企業に対してプロジェクト概要 や得たい支援についてプレゼンテーションを行い、フィードバックおよびメ ンタリングを経て、資金提供はじめ実装へ向けた支援を受けた。. 3.3.2. 情報技術演習の導入. アプリサービスのプロトタイピングの際に有用な技術の獲得、プログラミン. グの基礎的概念の理解により、社会実装に不可欠な技術者とコミュニケーショ ンの手がかりを形成し、専門外である技術分野に対する心理的敷居を軽減する ことを意図した、以下の情報技術演習を集中講義形式(3コマ×90分)で実施 した。 アプリプロトタイピング アプリプロトタイピングツール(本プログラムでは FileSquare を使用)は、プ. ログラムコードを書くことなく、表示画面と画面間の遷移関係を定義するだけ でアプリプロトタイプを作成するツールである。 簡単な例題の後、各自においてアプリの企画およびそのプロトタイプを作 成する課題に、web 上の開発環境を利用して取り組んだ(図6)。. Scratch と PicoBoard によるプログラミング. Scratch17)はプログラミング経験のない人にも、プログラミングを導入しよう. とするもので、子どもでも学習しやすいように設計されている。ブロックを並 図6 受講生によるアプリプロトタイピング例. べることで、プログラミング(動作指示)を行う。Scratch は、動きのあるス. トーリー・ゲーム・メッセージカード・科学的プロジェクト・シミュレーショ ン・センサーによるアート等、様々なプロジェクトの作成に利用できる。. PicoBorad は、Scratch のインターフェイスを 実 世 界 に 拡 張 する。Scratch. 単体ではキーボードやマウスからの操作しかできないが、USB ケーブルで. PicoBoard を接続することにより、音・光・スライダ・ボタン・電気抵抗によ. る入力を実現する(図7) 。. 簡単な演習の後、PicoBoard のセンサーを入力として利用し、動作するプロ. ジェクト(=アプリケーション)を作成する課題に、それぞれが取り組んだ。. 3.4. アントレプレナーシップⅣ(3年次後期) 3.4.1. 概要. アントレプレナーシップⅣでは、各チームにおいてアントレプレナーシッ. プⅢで形成したデザイン思考による実践プロジェクトの原型を起点に、学内 外の多様な人との関わりの中で社会実装に挑戦する。 まず、当該プロジェクト最初のプロトタイプテストの場として、学内外の ステークホルダー・支援者を多数招いた中間報告会を実施した(受講生を含 め、3日間の来場者数のべ1,464名)。受講生はチームごとに会場でプロトタ. イプ・テストを展開した他、ポスター形式に加え、口頭・ワークショップ・ 展示・上映等、様々な形式で実践プロジェクトの経緯と現状を表現・報告 図7 Scratch プログラミング例(上)と PicoBoard(下). し、多様な視点からのフィードバックを得た。 最終報告ではなく中間報告に重点をおいたのは、デザイン思考が、低コス. 21.
(11) 22. 特集:イノベーションデザイン論. トなプロトタイピングと検証を反映したリデザインを動的に繰り返すことに よってイノベーションの成功確率を高める動的な方法論であること、また、 プロジェクトが未熟な初期段階からステークホルダーとの共創関係を構築す ることにより社会実装が推進されるデザイン思考の副次的効果8)を期待し たためである。 この中間報告での検証結果・フィードバックをもとに、各チームでデザイ ン思考によるリ・デザインを繰り返し、実践プロジェクトの精度を高め、社 会実装に取り組んだ。. 3.4.2. 多様な展開. 2.7で示した自律的展開を促すマネジメントの結果、資金調達や知財申請. に挑戦したチーム、FabLab や技術者の力を借りてプロダクトやサービスを 実装することを目標としたチーム、事業体の組織づくりやユーザー獲得に注 力したチーム等、方法論は全チームで共通しているにもかかわらず、各チー ムが取り組んだテーマやプロジェクト展開の際に重視した分野は多様なもの となった。この異なる方向性でのチーム展開がチーム相互に刺激を与え合 い、(例えば、資金調達・技術展開・組織作りなど)最終的には全チームが 2∼3の分野に挑戦した。. また、自ら創り出したプロジェクトへの思い入れから、2年間の本プログラム 終了後のプロジェクト継続の希望が少なくない。2.5で示した教育支援体制を活. 用し、大半のチームプロジェクトについて引き続きアプリリリースなど社会実装. が進められている。. 4.評価および考察 4.1. 事業創造人材診断指標による評価 4.1.1. 受講生の事業人材診断指標の推移. アントレプレナーシップⅠからⅣの各期末の調査に回答した12名の受講生. について、2フェーズ10側面の指標推移を示す(図8)。以下で「伸び率」 とは、6段階で表現される事業創造人材各指標(Bn:n=1、……、180)のア. ントレプレナーシップⅣ期末時点における受講者平均値 M(BⅣn)よりアン. トレプレナーシップⅠのそれ M(BⅠn)を引いた差を M(BⅠn)で除し百分. 率に直したものである。同様に、フェーズおよび側面の伸び率は、アントレ プレナーシップⅠおよびⅣ期末時点における、各フェーズおよび各側面に属 する指標平均値の和に基づき伸び率を算出している。 」 「実行 まずフェーズ別の指 標としては「発 想を生み出す思考(12.6%). (8.8%)」、いずれも上昇が見られ、「発想を生み出す思考」が「実行」より 伸び率が高い。. 次に、各フェーズを構成する側面ごとの伸び率については、「思考を支え る特性(13.1%)」「発想を生み出す外部との関わり(17.0%)」、 「動員する力. を支える特性(17.7%)」において高くなっていることが見て取れる。概ね 全ての側面において伸びが見られるものの、実行フェーズの「イノベーショ ンのエネルギー」側面についてのみ、ほぼ横ばいを示している。 最後に、各側面を構成する35の要素レベルの観点からは、 「ユーザーへの共 感(24.2%) 」 、 「論理的思考力(22.6%) 」 、 「外向性(21.6%) 」 、 「捨象(21.3%) 」 、. 「定量志向(21.2%) 」の伸び率が目立ち、 「成果に対する自負(18.9%) 」 「実. 験・試行錯誤(18.8%) 」 「自尊心(17.7%) 」 「身軽さ(16.2%) 」 「形にする力.
(12) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. 発想を生み出す思考フェーズ. 実行フェーズ. 図8 受講生の事業創造人材診断指標の推移(図中「entr1・同2・同3・同4」は「アントレプレナーシップⅠ・同Ⅱ・同Ⅲ・同Ⅳ」を表す). (15.4%) 」が続く。逆に、ほとんど伸びが見られなかった要素としては、 「懐 疑的思考(1.0%) 」 「知への渇望(2.3%) 」 「計画力(1.9%) 」 「達成への執念. (1.0%) 」が挙げられる。. 4.1.2. 評価および考察. 4.1.1の結果を踏まえ、指標の階層(フェーズ・側面・要素)ごとに評価・. 考察する。. フェーズレベル 「発想を生み出す思考」「実行」いずれのフェーズについても指標の伸びが みられたことから、イノベーション創出に必要な能力・行動特性(以下、イ ノベーション力)は、教育によって伸ばすことが可能といえる。 イノベーション力が学習可能な能力・行動特性であることは、本研究にお いてイノベーション力に高い伸びの見られた学生が、出席や期限内の課題の 着実な提出など持続的な学習行動を求める学士力3− ⑵についての評価が高 い学生に集中していることからも裏付けられる。少なくとも本プログラムで みられた事業創造人材診断指標4∼5近辺のレベルにおいては、いわゆる「地 道で着実な学習行動」がイノベーション力向上にも有効であるといえよう。 また、アントレプレナーシップⅢ・Ⅳ以降で「発想を生み出す思考」フェー ズの伸び率が高まっていることから、自律的な実践プロジェクトの教育効果は 「実行」フェーズに限定されず、むしろ「発想を生み出す思考」フェーズにも有 効であると考えられる。 側面レベル 実行フェーズの「動員する力を支える特性」 「イノベーションのエネルギー」 を除いた9側面いずれについても、アントレプレナーシップⅡではなく、アント レプレナーシップⅢ・Ⅳで大きく伸びている。このことから、1度目のデザイン 思考チームプロジェクトを経験したアントレプレナーシップⅡでは全体像を実 感できないままスキルや方法論の習得を追いかけるに留まり、アントレプレナー シップⅢ・Ⅳでの2度目のチームプロジェクトで初めて、デザイン思考プロジェ クトとして自律的に展開することができたものと考えられる。このことから、本 来のデザイン思考プロジェクトとしての教育効果を得るには、同じ方法論を経. 23.
(13) 24. 特集:イノベーションデザイン論. 験・体得するための予備的なワークショップが別途必要であるといえよう。 なお、 「動員する力を支える特性」 「イノベーションのエネルギー」につい ては、他の側面群と異なる推移傾向が見られるが、要素レベルでの指標推移 および受講生の自由記述や面談時の発言等から、 「動員する力を支える特性」 の伸びについては定量志向を育成する他科目の影響も大きいことが考えられ る。また、 「イノベーションのエネルギー」については「達成への執念」の1 要素のみで構成されているため要素レベルで分析したい。 要素レベル 伸び率の高かった要素は、 「成果に対する自負」 「自尊心」を除き、いずれも1.2. で示したデザイン思考の各プロセスや d. mindsets に直結している。このことから. も、イノベーション教育の方法論としてデザイン思考を採用することは極めて有 効であるといえる。 「成果に対する自負」「自尊心」の伸びについては、主に知識創造推進条件 (1.3.2)を重視した場のデザイン・マネジメントの結果といえよう。具体的. には、アントレプレナーシップⅠ期に実施した調査において、「自ら社会で 新たな価値創造ができると思うか。」という設問に対し、全受講生が「でき ない」と回答していたにも関わらず、その後のアントレプレナーシップⅡお よびⅢ・Ⅳでの2回のデザイン思考プロジェクトでは、全チームがプロジェ クトを完遂し、実際に資金調達に成功する、サービスやプロダクトの原型を 実現する、外部コンテストで受賞する、知財申請をする等々、一定の客観的 成果を得た。これについての、受講生の代表的な記述を1つ紹介する。. 「今まで、新しいモノ、システムを作り出すことはとても難しく、才能が ないとできないと思い込んでいた。しかし、実際にやってみると、アンケー トを取ったり、プロトタイプをつくったり、地道で時間と手間のかかること ではあったが、自分が思っていたよりも難しくはなかった。そして、社会人 と連携しながら何かモノを作り出したり、コンテストに応募、入賞というの は初めての経験であった。中でも、韓国の学生たちと一緒に作業し、賞を 取ったことは一番の思い出になった。また、これらの経験は自信にもつな がった。この授業で学び身に付けた、モノを開発するプロセスは実験や日常 生活などでも応用できると思うので、取り入れていきたい。」 チームプロジェクト初期には、教員からの助け舟が与えられることを期待 して不十分な検討で面談に臨むチームも多いが、2.7既述のとおり教員は方 法論についての指導や社会への橋渡しの協力に止め、プロジェクトの内容に はあえて介入しない。他方でプロトタイプ・テストという受講生自らによる 具体的な行動が事前に予定されているため、受講生は「腹を括り」主体的に 動き出す。教員の指導で実現できたというのではなく、受講生の内から創り だした自らのプロジェクトという認識を受講生に抱かせることを重視しての ことである。 受講生自らの創造性や自律性を発揮した実践プロジェクトにおいて、全く の白紙の状態から課題を定義し、その解決のためのビジネスモデルをデザイ ンし、それに基づき、多様なステークホルダーとの関係性の中で社会実装に 挑戦した結果、前述の通り一定の客観的成果を得た。プログラム終了後の自 由記述やアントレプレナーシップⅣのチーム面談(2.7)において全てのチー. ムが指摘した「まさか本当に自分たちにできるとは思っていなかった」成果 を出せた経験の獲得によるものと考えられる。. 他方で、伸び率が低かった要素については、アントレプレナーシップⅠ・Ⅱ.
(14) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. にかけて伸びたもののⅢ・Ⅳで鈍化・低下した要素と、アントレプレナーシッ プⅠ∼Ⅳを通じて横ばい傾向の要素に分類できる。 「懐疑的思考」 「知への渇 望」 「達成への執念」は前者に、 「計画力」は後者に分類できる。前者につい ては、受講生の自由記述や面談時の発言および3.1.1で既述の受講生の保守的. なキャリア観を考慮すると、アントレプレナーシップⅢ・Ⅳと同時期に活発化. し始めた就職活動の影響が考えられる。後者の「計画力」ついては、本プロ グラムでは1.1で示すように、イノベーションのフェーズの中でも「0から1を 生み出す」段階を対象としていることに起因すると考えられる。一定の方向性. が定まり「1から N まで発展させる」段階に比して「計画力」の意義は低く、 本プログラムでは、むしろ実現可能性を裏付ける根拠事実に乏しい計画にか. けるコストを圧縮し、市場のニーズに臨機応変する柔軟なマネジメントの重要 性を強調した方法論を採用したため、 「計画力」に伸びが見られなかったと考 えられる。. 5.おわりに 本研究では、低予算で運用できるデザイン思考によるイノベーション教育 プログラムを開発・実践し、その教育効果について事業創造人材指標により 評価・分析し、以下の知見を得た。 ⑴ 少なくとも事業創造人材診断指標4∼5レベルの範囲においては、 イノベーション創出に必要とされる能力・行動特性は、教育により向 上しうる。 ⑵ 本プログラムにおいて、地道な持続的学習行動を重ねた受講生は、 イノベーション創出に必要な能力・行動特性についても高い伸び率が みられた。 ⑶ デザイン思考プロジェクトの教育効果を得るには、事前に方法論を 体得するための予備プロジェクトの実施が必要である。 ⑷ 知識創造推進条件5要素が適切にマネジメントされたデザイン思考 プロジェクトは、イノベーションの実行力のみならず、思考力を向上 させる。 ⑸ 少なくとも事業創造人材診断指標4∼5レベルの範囲においては、 イノベーション力の一部の要素について、一度向上しても保守的な就 職活動等の経験により低下しうる可逆的な性質がみられた。 イノベーション創出には特殊な素質や経験の必要性が指摘されることもあ るが、少なくとも事業創造人材診断指標4∼5レベルの範囲内では、方法論 や場のデザイン・マネジメントの適切な採用を前提に、地道な学習行動によ りイノベーション創出に必要な能力・行動特性を向上させ得ることが明らか となった。. 謝 辞 本稿は一部 JSPS 科研費16K16309および16H03015の助成を受けて執筆され. た。. 本プログラムを担当教員として共に御指導・運営くださった佐賀大学中 村隆敏先生、同 堀良彰先生、同 松前進先生、同 大渡啓介先生、同 Saliya de. Silva 先生をはじめとする学内外の先生方、また、社会実装の観点から受講. 生の学びを様々な形で御支援・御協力くださった九州通信ネットワーク株式 会社・佐賀県をはじめとする地域の皆さまに感謝申し上げます。. 25.
(15) 26. 特集:イノベーションデザイン論. 【参考文献】 1)SCHUMPETER, J.,(1934(1911))The Theory of Economic Development: An Inquiry into Profits,. Capital, Credit, Interest, and the Business Cycle(Theorie der wirtschaftlichen Entwicklung), Edison. 2)経済産業省(2012)フロンティア人材研究会報告書. http://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/frontier-jinzai/chosa/innovation23.pdf (参照日2016. 02. 03). 3)須藤 順(2014)0から1を創り出すデザイン思考. http://www.buildinsider.net/enterprise/designthinking/02 (参照日2016. 05. 14). 4)文部科学省(2014)科学技術イノベーション実現のための人材育成,平成25年版科学技術白 書,1:129-139. (1995(1996)) Knowledge Creating 5)NONAKA, I. and TAKEUCHI, H.( 野 中 郁 次 郎, 竹 内 弘 高 ). Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation.(知識創造企業),Oxford. Univ Pr(東洋経済新報),Oxford(東京). 6)Hasso Plattner Institute of Design at Stanford(2011)bootcamp bootleg. http://dschool.stanford.edu/use-our-methods/ (accessed 2016. 02. 02). 7)文部科学省(2013)大学発イノベーションのための対話の促進について,産業連携・地域支 援部会 イノベーション対話促進作業部会報告等. http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu16/003/houkoku/__icsFiles/afieldfile/2013/06/06/ 1335413_1_1.pdf. 8)MATSUMAE, A. and BURROW, K.(2016)Business Model Canvas as a Method to Develop. Customer-Oriented Service Innovation, Serviceology Designing for the Future, Springer(LNCS). 9)野中郁次郎(2010)実践知のリーダーシップ. http://www.slideshare.net/hiranabe/agilejapan 2010 -keynote-by-ikujiro-nonaka-phroneticleadershipagilejapanjapanese (参照日2016. 02. 03). 10)KROGH, G., ICHIJO, K. and NONAKA, I.(2000)Enabling Knowledge Creation: How to Unlock. the Mystery of Tacit Knowledge and Release the Power of Innovation, Oxford Univ Pr, Oxford.. 11)経済産業省(2013)事業創造人材診断指標. http://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/frontier-jinzai/chosa/innovationHRtest.pdf/. (参照日2016. 02. 03). 12)松前あかね,中村隆敏,堀 良彰,松前 進(2015) インターフェースにおけるデザイン思考の共創メディア性に関する考察 ─ 学際・国際・地域 連携による共創 ─ ,佐賀大学全学教育機構紀要,3:137-153.. 13)佐賀大学(2014)インターフェース科目. http://www.sao.saga-u.ac.jp/admission_center/interface.html (参照日2016. 02. 03). 14)佐賀大学(2014)佐賀大学学士力. https://www.saga-u.ac.jp/koho/2010gakushiryoku.htm (参照日2016. 05. 14). 15)HAAS, S. and BIRT, N.(2005)Deprogramming Passive Learners: Designing and Introducing a. Participation Point System in a Compulsory Intensive English Program, JALT 2004 Conference Proceedings, 1: 1210-1231.. 16)OSTERWALDER, A. and PIGNEUR, Y.(2010)Business Model Generation, Willey, Hoboken.. 17)MALONEY, J., RESNICK,M., RUSK, N., SILVERMAN, B. and EASTMOND, E.(2010)The. Scratch Programming Language and Environment, ACM Trans. on Computer Education, 10..
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