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外国人学生のための日本経済論(投稿原稿(査読付))

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Academic year: 2021

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Ⅰ.はじめに

 筆者は 2007 年度より,拓殖大学大学院国際協力学 研究科博士前期課程の国際開発専攻において,「Japan Studies (Industrial Development)」という科目を担 当している。当専攻の講義は日本語と英語で開講され ており,学生の言語能力に応じて,入試から修士論文 まで日本語だけ,英語だけ,または両者を組み合わせ て修了できるようになっている。  その指導経験を中心に,経済学ないし日本研究の専 攻ではない外国人学生に日本経済論を教授する場合の 課題と解決策などを実践記録としてまとめた。

Ⅱ.講義の概要

 筆者には以前に経済学や日本研究の専攻ではない外 国人学生に日本経済論を講じた経験もある。1989 年 に,当時通商産業省の管轄下にあった貿易研修セン ターにおいて,Japanese Economy を担当した。1) のときは,180 分の講義を 12 回行った。対象は,大学 に職を得たばかりの外国人若手教員と日本の企業人で, 半年ほど 1 つの寮で生活しながら勉強するという取り 組みの一環であった。当時は,日米貿易摩擦が深刻な 一方,外国では日本的経営に対する関心が高まってお り,このような取り組みが成立したのである。  外国の大学教員の専攻はほとんどが経営学関連であ り,経済学専攻の者は10名中1名しかいなかった。日 本の企業人の学生時代の専攻については不明だが,経 済学専攻であっても,それほど深く研究した者はいな かったであろう。要するに学生のほとんどは経済学の 予備知識が十分ではなかった。

 このときは,Yamamura et. al. eds.(1987)と

Ino-guchi et. al. eds.(1988)をテキストに用いた。また, 日本の企業人のためを思って,Komiya et. al. eds. (1984)を副読本にした。講義が始まる前に教務担当 の事務の方から,リーディング・アサインメントを多 めにして,少し負担を重くしてくれと指示されたため であるが,実際に開講してみると少し重すぎた。  また,前任者が,歴史的にアプローチしていたので, 筆者も明治時代からの日本の産業の発展などを取り入 れようと試みたが,これもうまくいかなかった。何よ りも,筆者の能力不足と歴史に対する関心の低さが原 因であった。外国の大学教員もまた明治維新と言う言 葉くらいは知っているが,その後の日清戦争や日露戦 争,大正デモクラシーとか米騒動とかについては,ほ とんど関心を示さなかった。  貿易研修センターでの経験だけではなく,筆者が本 務校以外で英語で日本経済論を講じた経験としては, 2011 年度と 2012 年度に,マレーシアの Universiti In-dustri Selangor(セランゴール工業大学)で,電気工 学,機械工学の 2 専攻の学生を対象にした「日本の経 済と経営」の集中講義がある。これは,日本の大学と のツイニング・プログラムで,3 年前後マレーシアで 日本語と工学の基礎を学んだ後,日本の大学で 2 年間 専門を学ぶのである。2)  日本語を学んでいる途中の学生たちへの講義なので, 英語と日本語を使っての講義となる。学生が履修する のは,この科目以外,ほとんどが日本語と工学という ことで,経済と経営自体には関心はないようで,息抜 きのような気持で講義に出席しているようであった。 ここでは,テキストを用いず,英語と日本語が入り混 じったパワーポイントとプリントを中心に講義を行っ た。  拓殖大学における講義もテキストは用いず,プリン トを中心に行っている。もし,経済学専攻の大学院生

Instructional Practice

The Journal of

Economic Education No.32, September, 2013

実践記録

外国人学生のための日本経済論

Japanese Economy for Non-Japanese Students

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を対象にしたものであれば,M. E. Sharpe が 1972 年 秋に創刊したジャーナル,The Japanese Economy や, Elsevier が 1987 年に創刊したジャーナル,The Japa︲ nese and International Economies などから論文を抜 き出して講義することができよう。しかし,国際開発 専攻の大学院生の多くの関心は,個別の開発プロジェ クトであるとか,NGO の活動にあり,大学院で定め た教育の指針でも「現場力」が強調されており,経済 学の予備知識には欠けている。学生は,国民所得の推 計方法,貨幣の定義,為替相場の建て方などを一般的 には知らない。したがって,成長会計,実質 GDP と 名目 GDP の相違,ゼロ金利政策,円安が物価に与え る影響などをいきなり話しても全く理解できない。講 義では経済学における因果性の解明などには立ち入れ ないのが現実である。  そのような制約のもとで作成した授業計画が表 1 で ある。3)たとえば財政が取り上げられておらず,マク ロ経済学の標準的な体形を前提とすると,網羅性に欠 けるという欠点がある。 表1 日本研究(産業発展)の講義内容(2013年度) 第 1 講 人口,宗教,地理 第 2 講 明治時代以降の経済発展と失われた 20 年 第 3 講 教育と経済発展 第 4 講 労働市場と格差 第 5 講 ポスト日本的経営 第 6 講 金融,貯蓄と投資 第 7 講 為替レートと対外経済政策 第 8 講 ライフスタイルとソフトパワー 第 9 講 農業と食料自給率 第 10 講 貿易と FTA 第 11 講 多国籍企業と外国直接投資 第 12 講 政治状況と経済 第 13 講 受講者のプレゼンテーション 第 14 講 アジアの中の日本経済(1) 第 15 講 アジアの中の日本経済(2)  受講者は,年度によって大きく変わるが,2012 年 度については,インドネシアからのツイニング・プロ グラムの留学生14名が履修した。他は,タイ人が2人 いた以外,すべて 1 人ずつで,中国人,サウジアラビ ア人,トルコ人,米国人,ベトナム人の合計 21 人で あった。他に,インドネシア人と日本人の聴講生が 1 名ずついた。例年,10 名以下で講義しているが,こ の年度に限ってはインドネシア人が多く登録した。

Ⅲ.授業計画と学生の関心

 2007 年度の開講当初の授業計画は,表 1 とはまった く異なっており,マクロ経済学をベースにしたもので あった。冒頭,デフレーションを説明するために, GDP の名目値と実質値の違いを理解させようとした が,学生によって理解度が全く異なった。もちろん, 筆者の説明の仕方も悪かったのだが,基準年を変える と実質値が変わることが分かりにくいようだった。何 よりも分かりにくかったのは,日本では物価が趨勢的 に低下しているという事実であった。そのような事態 を受講者のだれもが経験していなかった。これは分か りにくかったと同時に,日本経済の特異性を強く印象 付けることになった。その意味では,日本経済論に関 心を向けさせる上で有効だった。  財政を取り上げないのは,制度的な論点が多く,説 明が厄介であるし,経済学専攻でない学生が外国の財 政の詳細を理解することに大きな意義はないからであ る。制度的な論点には,所得税率の累進性や消費税率 の妥当性とか,自動車税,自動車取得税,自動車重量 税の違いとか課税の根拠などがあり,専門にしていて もなかなか難しいのではないか。ただし,相続税は, 日本の税制の 1 つの特色であり,異時点間の富の分配 の衡平に貢献しているので,第 4 講で格差是正の政策 手段として取り上げている。  講義内容を学生の関心とともに要約すると以下のよ うになろう。  第 1 講では,日本の仏教信徒と神道信徒を合計する と総人口を上回ることに興味を持つ。ここで,特定の 宗教にこだわらない一般の日本人の心性を説明すると ともに,Morishima(1982)を紹介する。また,丙午 の 1966 年に出生率が低下したことにも大きな興味を 持つ。十干十二支の説明を加えると,ほぼ 90 分を使 いきってしまうので,日本地理については,白地図を 渡し宿題とする。十干十二支で最小公倍数の議論をさ せると学生の数学の習熟度がわかる。  第 2 講では,明治時代の識字率や初等教育の就学率 などを米国などと比較すると,高い関心を持つ。また, 1980 年以降の日米中 3 カ国の米ドル建て名目 GDP の 推移をグラフとして提示し,2010 年に中国の GDP が 日本のそれを上回ったことを示す。経済学の予備知識 のない学生たちは,日本よりも中国の方が経済規模が 大きいことに驚くことが多い。  第 3 講では,日本の教育制度,進学率,財政に占め

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る教育支出,家計が負担する塾の費用などを示すが, とくに塾については興味を持つ。一応バローの Barro (1997)をはじめとする,教育と経済成長に関する文 献を紹介はするが,それらを読むまでの関心は持たな いようである。  第 4 講では,ジニ係数を説明し,諸外国との比較に おいて日本はマクロ的には格差が小さかったことをま ず示す。学生が最も強い興味を持つのは男女間の賃金 格差の大きさである。そこにはさまざまな背景がある が,1 つは年功制,終身雇用制を特徴とする日本的経 営が影響したことを説明しておく。  第 5 講では,日本的経営と,トヨタ生産方式,松下 幸之助の経営理念などを概説し,失われた 20 年と言 われる中で,日本的経営が変質したことを例示する。 サムスンとハイアールを比較の対象とする。学生の関 心は,日本的経営より日本人の労働倫理の高さに向か うことが多い。明解に答えにくいことも多いので,自 由に議論させておく。  第 6 講では,日本の金融制度を簡単に説明する。そ の後,商品別の長期的な物価動向を示す。日本人の貯 蓄性向が高いことを,平均個人金資産保有高が 1400 万円程度であるという事実を示す。その点には,多す ぎる,いや物価を考えるとそうでもないと,議論にな るので,これも自由に話をさせておく。  第 7 講では,物価と為替レートの関係を購買力平価 説などを用いて示すが,興味を持つ学生とそうでない 学生がはっきりと分かれる。日本国内で留学生に教え る場合は,為替レートは気になるようだが,マレーシ アで教えた際には,実感が伴わないせいか,あまり興 味をひかなかった。  第 8 講では,家政婦を雇うといくらかかるかと言う ところから話を始める。多くの学生は母国で家政婦を 雇っているためである。ここで,賃金,物価,為替 レートを復習するが,数字が苦手な学生には因果関係 と言うところまでは理解しがたいようである。ソフト パワーとしての漫画やテレビ番組などについて,学生 に語らせる。2012 年度は,NHK 大河ドラマの「平清 盛」を少し見せて,韓国ドラマとの国際競争力につい て議論させようとしたが,「平清盛」があまりにも退 屈で議論にならなかった。  第9講では,日本の農業者の平均年齢が65歳を超え ていることから始め,米を中心に保護の状況を説明す る。日本人の 1 人当たり米消費量が 55kg 程度で,こ の50年間で半減したこと,ベトナムの1人当たり米消 費量が 200kg を超えることなど,コメに関するトリ ヴィアのような情報には外国人学生は興味を持つ。主 要農産物については,スライドを見せて理解を助ける。  第 10 講では,日本が石油をほぼ 100% 輸入に依存し ており,その輸入が輸入総額の 30% 前後に達するこ とには,外国人学生の関心が高い。とくに資源豊富国 からの留学生には日本の経済構造が偏っているように 思えるようである。FTA(自由貿易協定)については, 自由貿易地域の考え方を説明しているが,あまり興味 をひかないようである。  第 11 講では,味の素やマンダムなどの消費財産業 を中心に,日本の大企業の海外進出の態様を説明する。 内外価格差や為替レートの復習を兼ねる。  第 12 講は,課題発表前の準備のような位置を占め ている。政治に関しては,英語での報道が少ないので, 外国人学生は細かい点を理解していない。東南アジア の学生は,共産党が合法化されていることなどに興味 を持つ。2012 年については,民主党のマニフェスト の中から FTA や農業,普天間基地移設に関する部分 を取り上げたが,あまり関心はないようであった。  第 13 講では,学生にタームペーパーを要約して発 表してもらう。少子高齢化,サービス産業の成熟,女 性の経済的地位,私鉄の発達,米の保護などがテーマ として取り上げられた。中には,講義と無関係な「日 本人の本音と建前」というようなものもあるが,特に 経済学を教えているわけではないので,参考文献に依 拠した学術的な内容と考えられれば認めている。  第 14 講と第 15 講は,学生がタームペーパーを仕上 げるための時間を与える意味を持つ。ほとんどの外国 人学生がアジアから来ているので,第 14 講では明治 以降の日本の対アジア関係,第 15 講では日本に住む 外国人について解説している。2012 年度は,アジア 太平洋戦争が始まった経済的な原因やブロック経済と しての大東亜共栄圏構想,またそれと現在の FTA や TPP(環太平洋経済連携)との類似点や相違点などを 話した。それぞれの国で歴史教育を受けてはいるが, 日本の見方を知ることで,理解は深まったようであっ た。歴史については,矢野(1975)を参考にして話し ている。日本に住む外国人については,在日中国人, 在日韓国・朝鮮人の経済的なステイタスから始めて, 近年のフィリピン人,インドネシア人,ベトナム人の 看護師候補者,介護福祉士候補者の受け入れ,また実 習生の受け入れの課題などを紹介する。世界の華僑・ 華人の経済的なステイタス,フィリピンの外国人労働 力送り出し政策などについても,とくに準備すること なく話している。

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 最後の 2 つの講義は,いわばエピローグのようなも のだが,学生たちも気心が知れてくるので,この講義 を母国を見る鏡のように位置付けて,自らの感想や経 験を語るようになる。第 14 講は,外交上は対立する ような論点を含んでいるが,講義の中で混乱したり対 立したことはない。日本に来る大学院生であるから, 感情的になるようなことはないのかもしれない。第 15 講では,マレーシアで働くインドネシア人家政婦 や,台湾におけるベトナム人花嫁のような経済的理由 での国際結婚などの話題が出たりして,にぎやかにな る。  以上が,拓殖大学における講義の概要と外国人学生 が関心を持つトピックである。  マレーシアでの工学系の学生に対する講義は,180 分の講義が 10 回なので,分量としてはこれよりも多 くなる。また,学部学生であること,数学の素養があ ること,日本に行ったことがないことなどから,多少 内容を変えている。具体的には,産業構造と産業連関 分析を 180 分かけて教えて,線形代数を使って逆行列 係数表を求めさせる。学生にとっては,息抜きのよう な位置づけかもしれないが,3 行 3 列の例題を与える と夢中で取り組んでいる。  マレーシアでは試験の実施が義務付けられているが, 試験の前に講義の感想を 1 人ずつ日本語で発表しても らう。これは日本語の練習程度の意味しかないが,学 生はかなり緊張するようで,1 分間程度の発表内容を 暗記してくる。その内容から,どのようなトピックに 関心があったかを知ることができる。学生が最も驚い たのは,日本では石油をはじめとする鉱物性燃料をほ ぼ 100% 輸入しなければならないということであった。 マレーシアでは日本の技術力の高さなどはよく知られ ているが,意外と資源賦存やエネルギー政策について は知られていないようであった。彼らは,日本の大学 で 2 年間を過ごすことになるが,大学の所在地によっ て気候や経済構造が異なる。そのようなことについて もあまり思いをはせたことがなかったようで,日本中 がお台場のような刺激に満ちた都会ではないかと考え ている学生もいた。1 年目にそのようなことが分かっ たので,2 年目の 2012 年度には地域経済の講義を盛り 込んで,過疎の問題などを取り上げた。

Ⅳ.課題とその克服

 講義の経験からいうと,拓殖大学において 6 年,マ レーシアにおいて 2 年でしかないが,その間自前で教 材を準備し,外国人学生に日本経済論を教える上で, また逆に言うと外国人学生が日本経済論を学ぶ上で 様々な課題が見えてきた。 1.教科書の不足  日本経済論と銘打った英文書籍があまり多くない。 日英対訳やジャーナリスティックな解説本を含めても 十指に満たないのではないだろうか。経済学専攻の大 学院生を対象とする書籍としては,Ito(1992)があっ たが,今日ではすでに古すぎる。大学院生または学部 上級生対象ということであれば,Flath(2005)がある。 これらの目次を表 2 と表 3 にまとめた。  Ito(1992)は,マクロ経済学を日本経済分析に適用 したもので,理路整然としており,たとえば,かつて 標準的な教科書とされていた Romer(1996)などと併 用することによって,相当な学習効果が出るであろう。  Flath(2005)は,平易な記述で Ito(1992)よりは 内容が多岐に及んでいる。第 12 章,第 14 章,第 16 章 などは,経済学の予備知識は必要としない。説明もメ インストリームなものであり,著者独自の分析という ものはなく,学部学生には適当な教科書と言えるであ ろう。  これらのテキストを用いることも考えたが,いずれ にしても新しいデータや補足事項などを用意する必要 があるので,結局自ら簡単なレジュメを用意すること にして,表 1 のような講義内容に決めた。 表 2 Ito(1992)の目次 第 I 部 準備 第 1 章 序 第 2 章 日本経済の歴史的背景 第 II 部 経済分析 第 3 章 経済成長 第 4 章 景気循環と経済政策 第 5 章 金融市場と金融政策 第 6 章 財政と財政政策 第 7 章 産業構造と産業政策 第 8 章 労働市場 第 9 章 貯蓄と資本費用 第 10 章 国際貿易 第 11 章 国際金融 第 III 部 現代の論点 第 12 章 日米経済摩擦 第 13 章 流通システム 第 14 章 資産価格:土地と証券

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表 3 Flath(2005)の目次 第 1 章 現代日本人の所得と厚生 第 2 章 経済史 I 1868-1912 年 第 3 章 経済史 II 1912-1945 年 第 4 章 経済史 III 1945-1964 年 第 5 章 貯蓄 第 6 章 マクロ経済 第 7 章 国際金融 第 8 章 国際貿易 第 9 章 産業政策 第 10 章 財政 第 11 章 環境政策 第 12 章 産業組織 第 13 章 金融 第 14 章 マーケティング 第 15 章 労働 第 16 章 技術 2.英語情報の不足  最大の課題は,英語情報を入手できないことである。 紙媒体だけでなく,インターネット上にさまざまな情 報が蓄積されていても,必要な情報が十分には入手で きないのが現実である。具体的には,とくに財政に関 して英語の情報が乏しい。これは当然のことで,たと えば日本の政府債務が世界経済に影響を与える可能性 もあるが,自動車重量税を廃止するかどうかという議 論に関心を持つ外国人はわずかであろう。次いで英語 情報が乏しいのは,農業である。農作物の名称からし て難しい。農林水産省が毎年出している『食料・農 業・農村白書』が Annual Report on Food, Agricul︲ ture and Rural Areas in Japan として,要約版が発表 されているが,日本語版が出されてから英語要約版が 出るまで 1 年ほどかかるようである。情報としても古 くなるし,要約版ではタームペーパー程度はどうにか 書けるが,修士論文の情報としては不十分であろう。 さらに都道府県や市町村に関する英語情報が乏しい。 「外国企業を積極的に誘致しています」とウェブサイ トに書いているような地方自治体でも,経済構造や財 政に関する英語情報がウェブサイトにない。外国人登 録の方法や公団住宅の入居資格などについての生活情 報は充実しているが,観光協会などのイヴェントの紹 介や土産物の紹介などになると,日本語だけになるよ うである。日本語を解さない外国人学生にとっては, なかなか高いハードルである。  ここでは,財政,農業,地方自治体だけを挙げたが, 教育や労働についても同様である。タームペーパーを 執筆するにあたっては,EBSCO などで学術的な文献 を検索し,それをもとにして今日的な統計や制度情報 は,ウェブ上,または Japan Times などの英字新聞で 補うように指導した。 3.歴史と地理の比重  歴史の比重を下げるというと,歴史を専攻している 方は不愉快に思われるかもしれないが,限られた時間 内に日本経済の実態を学んでもらうには,時系列情報 にこだわる必要はないようである。学生によりけりだ が,外国人学生の中にはあまり歴史に関心のない者も いる。もちろん逆に歴史に詳しい者もいる。時間的因 果関係の理解も重要だが,経済学の予備知識がない学 生に与えられた時間内に理解させるには困難なことも 多い。  たとえば,日本円の対米ドル為替レートの動向を, アジア太平洋戦争前の金本位制離脱や 1971 年までの 1 米ドル= 360 円の固定相場制時代から話していたら, 現代までたどり着かない。そこで,過去を語るのは, 受講している学生が生まれて以降に限定するように注 意を払った。結果,講義で取り上げるのは失われた 20 年と呼ばれる 1990 年代以降が中心となった。  為替レートの場合も,日本の歴史的経験よりも,対 米ドルでの日本円の推移とたとえばインドネシア・ル ピアの推移を並べて見せるような比較の方が理解しや すいようである。自国の通貨でなくとも,片方が切り 上がり,もう一方が切り下がるというように対比させ れば,関心も高まるのではないだろうか。  これは筆者の指向性によるのかもしれないが,講義 全体に,地図を渡して空間的な理解を促すように心が けた。たとえば,日本人学生に日本経済論を教える場 合,貿易の章で,貿易港・空港別の貿易額などを示す ことはまずないであろう。しかし,外国人の場合,新 東京国際空港での通関額の多さを示し,日本が貿易し ている商品を類推させることで,日本経済をより身近 に感じるようである。 4.制度・政策の説明  経済分析を行うにあたって,各国固有の経済制度を どの程度強調するか,取り上げる対象にもよるだろう が,教員の考え方が分かれるところであろう。たとえ ば,医療保険制度や年金制度,税制などについては, ある程度の説明をしたほうがよいと思われる。しかし, このようなトピックの英語情報源が少ないのが現実で あり,教える側の負担は大きくなる。

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 とくに,政府など政策当局の一貫性を欠く行動を説 明するのは極めて難しい。たとえば,消費税の簡易課 税制度や 2000 円札の発行など,制度や政策の趣旨が 理解しにくいものもあって,説明に苦労する。国民年 金の記録管理がずさんであった問題なども同様で,問 題の発端などは説明しえても,現在どこまで解明され ているのか,というレベルの問題になると,専門家で ない限り答えがたい。外国人学生は,このようなト ピックに強い興味を持つようである。  制度が不合理と言うほどではなくとも,制度それ自 体とそれが適用される際のルールとが異なることはあ りがちである。たとえば,国民皆保険を謳いながらも, 保険に加入していない個人は相当にいるはずで,その 数を簡単には調査しえず,講義ではうやむやになって しまい,説得力をなくす場合がある。

Ⅴ.まとめ

 わずか数年間の講義の経験をまとめてみたが,今後 日本で,また外国で英語で日本経済論を講義する機会 は増えるものと思われる。筆者は共通語としての英語 の使用を推進するようなつもりは全くない。すでに日 本に来る多くの留学生が,日本語を学ぶことなく卒業, 修了している現実を考えると,そのニーズがあろうと いうことである。また,拓殖大学をはじめ,多くの大 学では 18 歳人口の減少傾向を受けて,外国人留学生 の受け入れを促進している。  そのような需要にこたえるべく,日本経済論を講じ る教員が,現代的な日本経済論の英語テキストをつ くってくれることを心から願っている。今日ではオ ン・デマンド出版や電子書籍での販売も可能であり, 少部数での発行も可能と聞いている。それまでは,レ ジュメによって対応していかざるを得ない。 註 1) 当時の事業の詳細は記されていないが,一般財団法人貿 易研修センター:IIST のウェブサイト,http://www.iist. or.jp/ を参照されたい。 2) 制度の詳細については,特定非営利活動法人日本国際教 育大学連合のウェブサイト,http://www.jucte.org/ を参 照されたい。 3) 詳細なシラバスは,拓殖大学のウェブサイトの大学院の 講義要項に掲載される予定である。2012 年度までの URL は,http://syllabus.takushoku-u.ac.jp/index.html で あ っ た。 参考文献

[1] Barro, Robert J. (1997), Determinants of Economic Growth: A Cross-Country Empirical Study, MIT Press, Cambridge.

[2] Flath, David (2005), The Japanese Economy, Second Edi-tion, Oxford University Press, Oxford.

[3] Inoguchi, Takashi & Daniel I. Okimoto eds.(1988), The Political Economy of Japan Volume 2: The Changing In︲ ternational Context, Stanford University Press, Palo Alto. [4] Ito, Takatoshi (1992), The Japanese Economy, MIT

Press, Cambridge.

[5] Komiya, Ryutaro, M. Okuno & K. Suzumura eds. (1984), Industrial Policy in Japan, University of Tokyo Press, Tokyo.

[6] Morishima, Michio (1982), Why has Japan‘succeeded’?: Western Technology and the Japanese Ethos, Cambridge University Press, Cambridge.

[7] Romer, David (1996), Advanced Macroeconomics, MaGraw-Hill, New York.

[8] Yamamura, Kozo & Yasukichi Yasuba eds. (1987), The Political Economy of Japan Volume 1: The Domestic Transformation, Stanford University Press, Palo Alto. [9] 矢野暢(1975),『「南進」の系譜』,中公新書。

※本稿は,平成 24 年度拓殖大学政治経済研究所個人研究助成 「外国人が学ぶための日本経済論の教材開発」の成果の一部で

表 3 Flath(2005)の目次 第 1 章 現代日本人の所得と厚生 第 2 章 経済史 I 1868-1912 年 第 3 章 経済史 II 1912-1945 年 第 4 章 経済史 III 1945-1964 年 第 5 章 貯蓄 第 6 章 マクロ経済 第 7 章 国際金融 第 8 章 国際貿易 第 9 章 産業政策 第 10 章 財政 第 11 章 環境政策 第 12 章 産業組織 第 13 章 金融 第 14 章 マーケティング 第 15 章 労働 第 16 章 技術 2.英語情報の不足  

参照

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