2018 年 4 月 20 日受理 連絡責任者:寺石政義([email protected])
アコースティックエミッション法によるダイズ発芽時冠水耐性の評価
近藤卓也・渡辺祐基・寺石政義・藤井義久・奥本 裕
京都大学大学院農学研究科(〒 606-8502 京都市左京区北白川追分町) 要旨:ダイズ種子の冠水障害の一因として急激な吸水による種子の物理的な崩壊が挙げられる.本研究では,ダ イズ種子の物理的な組織破断を非破壊的に観測して冠水耐性との関係を明らかにすることを目的として,組換え 自殖系統を用いて冠水時のダイズ種子内部における微小破断に伴う弾性波(アコースティックエミッション:AE) の累積発生数の計測を行い,冠水耐性との関連の有無について検討した.正常発芽個体群および発芽不良個体群 の間の AE 発生数の平均値は有意に異なっていたが,AE 発生数と冠水耐性との相関を認めることができず,また, AE 発生数に関する QTL を検出できなかった.今後は子葉節に発生する致命的な破断のみを把握できるように装 置を改良し,冠水耐性に関わる種子吸水特性の把握を試みる. キーワード:ダイズ,冠水耐性,アコースティックエミッション緒言
ダイズは冠水ストレスに弱い作物である.我が国におい ては,総作付面積の約 80%(農林水産省「平成 28 年度 大 豆の作付面積(乾燥子実)」,2016)が水田転換畑であり, さらに本州以南の地域においては播種が梅雨の時期と重な るため,発芽時冠水による被害が大きな問題となっている. 発芽時における冠水障害は,冠水による酸素欠乏の影響 よりも,急激な吸水によって生じる種子の物理的な崩壊が 大きな要因であるが,種子の含水率の調整や吸水速度の緩 和 に よ っ て 冠 水 障 害 を 軽 減 で き る こ と( 中 山 ら 2004, 2005)が報告されている.それゆえ,ダイズ種子に生じる 物理的な組織破断を継時的に観測することができれば,冠 水障害の機構解明および冠水耐性品種の育成に大きく貢献 できると考えられる.Acoustic Emission(以下 AE)とは,荷重下の材料内で 発生する微小破壊に由来する弾性波であり(藤井 2002), AE 検出は非破壊検査手法の一つとして活用されている(長 谷 2012).本研究では,冠水直後のダイズ種子から発生し ている AE 発生数を検出し,冠水耐性との関連性について 検討した.
材料および方法
植物材料 タマホマレ(冠水耐性弱)とエンレイ(冠水耐性強)お よびこれらの組換え自殖系統(TE-RILs)87 系統を供試した. 実験に供試するダイズ種子は,あらかじめ湿度を高めた 密閉容器内に静置することで含水率を 9 ± 0.5% に調整し た.含水率の測定には,穀物水分計(ケット研究所,PM-830-2)を用いた. AE 計測 冠水時にダイズ種子から発生する AE を検出するために, 図 1 のような装置を組み立てた.AE センサの上にはグリー スを塗布し,金属製容器の底部と密着させた.容器内に種子 を一粒ずつ置き,その上に重石として脱脂綿を乗せて,容器 を満たす量の水道水を加えた.容器内でダイズ種子から発生 した AE を,AE センサで検出し,AE テスタとカウンターを 経由して,パソコンに記録する.冠水開始から 6 時間以上に わたって計測を行い,AE の発生数を記録した.1 反復あたり ダイズ種子 5 粒を供試し,1 系統につき 2 反復行った.種子 の吸水速度を緩やかにした場合の AE 発生数を調べるため, 任意の TE-RILs8 系統に対し,300 g/L ポリエチレングリコー ル 6000(PEG)を水の代わりに加え,AE 発生数を記録した. AE 䝔䝇䝍 䝟䝋䝁䞁 AE䝉䞁䝃 AE 䝔䝇䝍 AE 䝔䝇䝍 AE 䝔䝇䝍 AE 䝔䝇䝍 䜹䜴䞁䝍䞊 ィ ჾ ✀Ꮚ ⥥䠄㔜▼䠅 図 1.AE 検出装置の概略図 発芽時冠水耐性試験 AE 計測に供試したダイズ種子を,一枚当たり 40 mL の 蒸留水を吸水させたペーパータオル 2 枚で挟み,ビニール 袋に入れて温度 25℃,明期 12 時間/暗期 12 時間の条件 下で静置した.静置 6 日後に幼根 - 胚軸長が 5cm 以上になっ た種子を正常発芽種子とみなし,下記の式に従い,VSR(正 常発芽率)を求めた.また,冠水によって胚軸が脱離した 種子数を計測した.論 文
ሺΨሻ ൌṇᖖⓎⱆ✀Ꮚᩘ ✀Ꮚᩘ ൈ ͳͲͲ ⤫ィฎ⌮ ⤖ᯝ࠾ࡼࡧ⪃ᐹ 統計処理 系統を区別せずに,供試した TE-RILs の全種子を,正 常発芽種子と不発芽・発芽異常種子とに分けて,両グルー プにおける冠水時間と AE 発生数に関して検定した.次に, V-ave を正常発芽種子の平均 AE 発生数,N-ave を不発芽・ 異常発芽種子の平均 AE 発生数,A-ave を全種子の平均 AE 発生数および Sub を N-ave から V-ave を引いた値とし て定義し,これら 4 特性値を系統ごとに算出した.
ま た,A-ave,N-ave,Sub お よ び VSR の 4 特 性 値 に つ いて QTL Cartographer Ver.2.5 を用いて SIM(Single-marker interval mapping)法による QTL 解析を行い,LOD 閾値を 2.5 として QTL 領域を推測した.QTL 解析には,全長 7837.4 cM,マーカー数 192,連鎖群数 20,マーカー間平均距離 46.8cM の連鎖地図(櫻井 2012)を用いた.
結果および考察
正常発芽種子群と不発芽・発芽異常種子群の間において, 冠水終了時における AE 発生数の平均値に有意差がみられ (表 1),不発芽・発芽異常種子は正常発芽種子よりも AE 発生数が多く,冠水障害と AE 発生数の間には関連がある ことが示唆された. 表 1 発芽種子と不発芽種子における累積 AE 発生数 (冠水開始 9 時間後) 不発芽・発芽異常種子 正常発芽種子 平均値 339.8(21.6) 188.6(14.5) 分散 2.54X105 8.69X104 t 値 5.43** **; 1%で有意差あり 平均値のカッコ内は標準誤差を示す. 種子を水に浸した場合と PEG 溶液に浸した場合の AE 発生数を図 2 に示した.水に浸した場合は AE 発生数が時 間とともに連続的に増加したが,PEG 溶液に浸した場合, AE はほとんど発生しなかった.この結果は,吸水速度の 低下により発芽障害が著しく軽減された,という中山ら (2005)の結果を支持していた.つまり,PEG は水の浸透 圧を低くする性質があり,ダイズ種子への吸水が大きく緩 和されて,細胞および組織の急激な膨張による組織破断が 生じなかったと推測される. 0 50 100 150 200 250 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5 5.5 6 ⣼✚$(Ⓨ⏕ᩘ㸦ᅇ㸧 ෙỈฎ⌮㛫㸦K㸧 Ỉ PEG 図 2.水および PEG に浸したダイズ種子の累積 AE 発生数の推移 冠水時の正常発芽種子と不発芽・発芽異常種子の累積 AE 発生数を比較すると,30 分過ぎから 6 時間の間におい て不発芽・発芽異常種子の AE 発生数が正常発芽種子より も増加し,その後双方とも増加率が穏やかとなった(図 3). 正常発芽種子および不発芽・発芽異常種子の両方に共通す る累積 AE 発生数の増加パターンは,含水率および種子サ イズの増加パターン(Koizumi et al. 2008)に類似し,吸水 30 分過ぎから膨張による物理的な破断が種子に生じる(中 山ら 2005)ことを示している.この時間帯は,種子が外 部から内部へと湿潤していく状態変化が起こっており,こ の変化に伴って発生する内部破断が少ないほど冠水耐性が 高いことを示唆している. 0 50 100 150 200 250 300 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ⣼✚ AE Ⓨ⏕ᩘ (ᅇ ) ෙỈฎ⌮㛫䠄h䠅 ⓎⱆⰋಶయ ṇᖖⓎⱆಶయ 図 3.正常発芽種子および不発芽・発芽異常種子の 累積 AE 発生数の推移 (正常発芽種子は 122 個体,不発芽・発芽異常種子は 187 個体を供試) しかしながら,N-ave,A-ave および Sub と VSR に対す る相関を調べたところ,寄与率は,それぞれ 7.0 × 10-4,0.13 および 2.8 × 10-3 となり,VSR に対する相関を認めるこ と は 出 来 な か っ た( 図 4). 親 品 種 お よ び TE-RILs の A-ave,N-ave,Sub および VSR の頻度分布を図 5 に示した. A-ave,N-ave,Sub および VSR の頻度分布は連続的であり, 超越分離がみられたことから,各形質が遺伝的要因に制御 されていることが期待されたが,QTL 解析では A-ave には遺伝子型がエンレイ型のときに AE 発生数が上昇するこ と に な り, 冠 水 耐 性 の 表 現 型 と 相 反 す る こ と に な る. qAave1 は,櫻井(2012)および西田(2014)が検出した 冠 水 耐 性 QTL と 同 じ 第 4 染 色 体 に 座 乗 す る. ま た, Soybase(www.soybase.org)では,開花初期の冠水耐性に 関 す る QTL,Flood tolerance 4-8 お よ び Flood tolerance7-3
が第 4 染色体に座乗する.qAave1 は上記 QTL と異なる染 色体領域に検出されており,既知の QTL とは異なること が示唆された.以上のことから,第 4 染色体には冠水耐性 に関わる耐性・感受性双方の遺伝子が複数座乗しているこ とが示唆された. R²=0.0007 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 0 200 400 600 800 1000 VSR(%) NͲave(ᅇ䠅 R²=0.1319 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 0 200 400 600 800 VSR(%) AͲave(ᅇ) R²=0.0028 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 Ͳ400 Ͳ200 0 200 400 600 800 1000 VSR(%) Sub(ᅇ䠅 T T T E E E 0 100 200 300 400 500 0 5 10 15 20 25 ⣔⤫ᩘ AͲave䠄ᅇ䠅 Ͳ500 Ͳ300 Ͳ100 100 300 500 700 0 5 10 15 20 25 ⣔⤫ᩘ Sub䠄ᅇ䠅 0 100 200 300 400 500 0 5 10 15 20 25 ⣔⤫ᩘ VͲave䠄ᅇ䠅 0 20 40 60 80 100 0 5 10 15 20 ⣔⤫ᩘ VSR(%) 䝍䝬䝩䝬䝺 74.9 䜶䞁䝺䜲 127.6 䜶䞁䝺䜲 66.9 䝍䝬䝩䝬䝺 103.9 䝍䝬䝩䝬䝺 Ͳ145.0 䜶䞁䝺䜲 75.9 䜶䞁䝺䜲 51.7 䝍䝬䝩䝬䝺 219.6 䝍䝬䝩䝬䝺 20.0 䜶䞁䝺䜲 80.0 0 200 400 600 800 1000 0 5 10 15 20 25 30 35 ⣔⤫ᩘ NͲave䠄ᅇ䠅 図 4.N-ave,A-ave および Sub と VSR の相関 E と T の〇印はそれぞれエンレイおよびタマホマレの値を示す。 図 5.TE-RILs の N-ave,A-ave,V-ave,Sub および VSR に関する頻度分布 表 2 A-ave について検出された QTL 形質 QTL 名 染色体 番号 最近傍 マーカー マーカー 位置(cM) LOD 値 寄与率(%) A-ave qAave1 4 Satt646 66.41 4.07 14.76
本研究において,正常発芽種子群と不発芽・発芽異常種 子群の AE 発生数の平均値では大きな差が認められたが, 系統別では AE 発生数と発芽率との間に相関を認めること はできず,また有望な QTL を検出することもできなかっ た.AE の発生は種子内部の組織破断の発生を検知してい るが,組織破断が必ずしも不発芽・発芽異常を引き起こす のではないことが示唆された. 我々は,子葉と胚軸の接続部位である子葉節での傷害が 冠水耐性に大きな影響を及ぼすことを報告している(西田 ら 2014).感受性系統は冠水時に子葉節の傷害により胚軸 が脱離しやすい.本研究においても胚軸の脱離は不発芽・ 異常発芽種子群で多く観察された(図 6).組織破断には 不発芽・発芽異常に直結するものや影響を及ぼさないもの まで様々な破断があると考えられる.現状の AE 測定装置 では,発芽に影響のない組織破断に起因する AE も含めて 観察していることが,AE 発生数と冠水耐性との関係を明 らかにできなかった要因であると推察している.子葉節で 生じる組織破断は不発芽・発芽異常に対して大きな影響を 与えると考えられることから,今後は,子葉節など致命的 な破断になりうる部位を局所的に観測できるように AE 測 定装置の改良を試みる. 371 47 0 100 200 300 400 ṇᖖ ゎ㞳 ✀Ꮚᩘ ṇᖖⓎⱆ✀Ꮚ 56 494 0 100 200 300 400 500 600 ṇᖖ ゎ㞳 ✀Ꮚᩘ Ⓨⱆ䞉␗ᖖⓎⱆ✀Ꮚ 図 6.子葉節が脱離した種子数
謝辞
本研究は,ゲノム情報を活用した農産物の次世代生産基 盤技術の開発プロジェクト(SFC1004)(農林水産省)の 支援を受けて実施した.引用文献
長谷亜蘭(2012)アコースティックエミッション計測の基 礎 精密工学会誌 78: 856-861. 藤井義久(2002)AE モニタリングによるシロアリ食害の 非破壊探知 材料 51: 594-595.Koizumi, M., K. Kikuchi, S. Isobe, N. Ishida, S. Naito and H. Kano (2008)Role of seed coat in imbibing soybean seeds observed by micro-magnetic resonance imaging. Ann.Bot. 102: 343-352. 中山則和・橋本俊司・島田信二・高橋 幹・金 榮厚・大矢 徹治・有原丈二(2004)冠水ストレスが発芽時のダイズ に及ぼす影響と種子含水率調節による冠水障害の軽減効 果.日本作物学会紀事 73: 323-329. 中山則和・島田信二・高橋 幹・金 榮厚・有原丈二(2005) ダイズ種子の吸水速度調節が冠水障害の発生に与える影 響.日本作物学会紀事 74: 325-329. 西田昌弘・白井利奈・寺石政義・築山拓司・奥本 裕(2014) 低酸素緩和および吸水緩和がダイズ発芽時冠水耐性 QTL に及ぼす影響.育種学研究 16(別 2): 155 農林水産省「平成 28 年産大豆(乾燥子実)の作付面積」 (2016)http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/ menseki/attach/pdf/index-6.pdf 櫻井宏樹・白井利奈・平田香里・佐山貴司・石本政男・築 山拓司・寺石政義・奥本 裕(2012)ダイズ品種「エン レイ」が有する発芽時冠水抵抗性は農林 2 号に由来する. 育種学研究 14(別 2): 712
Evaluation of seed fl ooding tolerance using acoustic emission method
Takuya Kondo, Yuki Watanabe, Masayoshi Teraishi, Yoshihisa Fujii, Yutaka OkumotoGraduate School of Agriculture, Kyoto University (Kitashirakawa, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan)
Summary:Acoustic emission (AE) method was applied to assessment of soybean flooding tolerance at germination .
Frequencies of elastic waves, accompanied by microfracture inside the immersed soybean seeds, were counted and evaluated its relationships to seed germination ratio after one-day water immersion using recombinant inbred lines. There was a signifi cant difference in the AE frequencies between the normal germinated population and the poorly germinated population, but no relationship between the AE frequencies and the fl ooding tolerance was found and no valid QTL was detected. We expect localized AE frequeicies, such as in cotyledonary nodes not whole seed, manifest the relationships to fl ooding tolerance.
Key Words:Soybean, Flooding Tolerance, Acoustic emission
Journal of Crop Research 63: 9-13 (2018) Correspondence: Masayoshi Teraishi ([email protected])