金融政策と経済学―レジメ 2017年4月19日 西川 博恭 ⦁ 貨幣数量説 A.フィッシャーの交換方程式 MV=PT と アベノミクス 一定期間における経済活動の取引総額は、実質取引数量をT、 財・サービスの平均取引価格をPとすると、PTとなる。取引に先立 って存在していた貨幣量をMとすると、その貨幣で取引総額を 賄うのにPT/M=Vだけ貨幣が回転しなければならない。これを 貨幣の流通速度Vという。両辺にMをかけると、MV=PTという 事後的な恒等式が成り立つ。これをフィシャーの交換方程式という。 ここで VとTを一定と仮定し、貨幣の供給量と物価上昇率の間に 因果関係があるとする学説がある。アベノミクスは、簡単に言ってしまえ ば、この論理で考えている。 この学説には、異論が多い。 なお、フィッシャーの学説には、実質利子率=名目利子率―インフレ率という重 要な方程式がある。 この式と、数量方程式を組み合わせる。 貨幣供給量の増加➡物価の上昇➡(貨幣の中立性を前提とすると 実質利子率は、貨幣の増加には影響されないので)➡名目利子率 が上昇する、という事になる。 B.ケンブリッジ現金残高方程式 交換方程式でVが与えられている時、Mに等しい貨幣残高が存在する事 を示した方程式である。 M=κPYである。名目所得PYの一定割合(κ) に相当する大きさだけ、貨幣の形で保有されるという関係を示している。κはマー シャルのκである。κ>1なら、実体経済の必要を超えて貨幣が需要されている 事を意味している。インフレである。 フリードマンのκ%ルールは、この式の変化率を求めたものである。 ⦁ ケインズの流動性選好理論 貨幣需要の動機 取引動機と予備的動機、 まとめて取引貨幣需要という。 投機的動機・・債券市場において将来の予想から利益を得る 目的で貨幣を需要する事である。 取引動機は、所得の増加関数、投機的動機は、利子率の減少関数。 利子率がある水準まで、低下すると、市場に参加する人々が全て、 利子率が上昇し、債券価格は下落すると予想する場合が生じる。 ここでは、全ての人が弱気になるので、市場参加者は全て、債券を手 放して貨幣を保有するようになる。これを、流動性の罠という。
⦁ ヒックスのIS-LM分析:浅子和美、須田美矢子ほか著「経済学とファイナンス(第 2版)」 2004年7月東洋経済新報社 財政政策の効果 政府支出が増加した場合、IS曲線は右にシフトする。この時ISとLM の交点は、EからE”へと移る。Yが増加し、rが上昇する。それは、所得 の増加によって取引動機に基づく貨幣需要が増加する為である。利子 率が増加しなければ、YはY‘の水準まで増加したはずであるが、実際 はLM曲線に沿って利子率が上昇し、Yの増加は、Y”までにとどま る。Y’→Y”の減少は、利子率の上昇によって民間投資と消費が抑制さ れた結果である。この現象をクラウディング・アウトと呼ぶ。 金融政策の効果 名目貨幣供給量増加の効果を考える。物価水準が一定であるから、 それは、実質貨幣供給量M/Pを増加させ、LM曲線を右下方へシフト させる。同時に、M/Pの増加は実質総資産A/Pを増加させ、消費も増 加させる効果をもつ。このためIS曲線をも右方へシフトさせる。 つまり、LM曲線とIS曲線の右方へのシフトを合わせた効果をもつ。 Yは常に増加するが、利子率rが(最終的に)上昇するか低下するかは明 らかでない。LM曲線のシフトの方が相対的に大きければ利子率は低下す るが、逆に、資産効果が大きく、IS曲線のシフトの方が大きくなれば、利子 率が上昇する可能性もある。 [金利については、短期的な影響(流動性選好理論)と長期的な影響(所 得効果とフィッシャー効果)を識別する必要がある。] 流動性の罠の問題 ・1998年のクルーグマンの提言: 「4%のインフレ率を15年間続ける。」 金融政策によってインフレ率が高まってもそれには無責任になる (放任する)ことを公約する→期待に働きかける。 ・岩田規久男のリフレーション政策 インフレ目標政策+無制限の長期国債買い切りオペ ・黒田日銀総裁の非伝統的金融政策 2013年4月の量的・質的金融緩和 ⦁ 2%の「物価安定の目標」の早期実現を強くコミットする事で「デフレ マインド」の抜本的な転換を図り、予想物価水準を引き上げ る。 ⦁ 大規模な国債買い入れを行う事によって、短期金利だけでな く、イールドカーブ全体にわたって名目金利に低下圧力を及ぼ す。 その後、2014年10月に質・量両面での拡大テンポの引き上げ、2016年1 月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を行い、9月にこれまでの 「総括的な検証:」を行い、新しい枠組みである「長短金利操作付き量 的・質的金融緩和」を決定した。これは、政策の操作目標が「量の拡
大」から「金利」へと転換、いわゆるリフレ派の敗北とする見方が多い。 [財政政策と金融政策の統合] シムズ理論とヘリコプター・マネー 消費税増税延期、プライマリー・バランス改善目標のサスペンド リカードの等価定理(中立命題) 参考資料 白川方明 著 「現代の金融政策―理論と実際」2008年3月 日本経済新聞出版社 (2008年4月から日銀総裁) ⦁ テイラー・ルール テイラーは、1987~92年の米国の金融政策を対象に次式を推計した。 フェデラルファンド・レート=均衡実質金利+目標物価上昇率+α(物価上昇率- 目標物価上昇率)+β(需給ギャップ)・・・・ この式において、均衡実質金利=2%、目標物価上昇率=2%と前提した 場合、αの推計値は1.5、βの推計値は0.5であった。この式は、この時期の 米国の金融政策を比較的良好に説明しているが、他の国についても総じて 説明力は高い。この式は、現実の金融政策を描写したものであり、望ましい 金融政策を表現したものではないが、金融政策を評価する際の一つのベン チマークとして利用されることが多い。その理由は... 第1に、変数として短期金利が採用されていることから、政策分析に フィットする。それ以前の学界における議論では、マネーサプライが政策変数とし て採用されることが多かったが、そうした取り扱いは、短期金利の変数とい うかたちで金融政策を運営している中央銀行からみると、現実の行動にも 思考様式にもフィットしていなかった. 第2に、中央銀行は、物価上昇率だけ をみて行動しているわけではなく、物価と景気の動向にも配慮しているが、 そうした金融政策行動が、政策金利の変更は、現実の物価上昇率のギャッ プ、および、需給ギャップに応じて行われるという形で定式化されている。第3 に、長期的には均衡水準が意識されている。すなわち、政策金利では、短 期的には景気(需給ギャップ)や物価動向に応じて変更されているが、長期 的には均衡実質金利と目標物価上昇率を合計した水準に金利がセットされ ている。インフレ心理の高まりを反映した名目金利の上昇を金融引き締まりと 誤認することが金利ルールの欠点として指摘されることが多かったが、そうし た危険はテーラー・ルールでは回避できる。第4に、 物価上昇率の変化に対する反応度が1を超えていることである。「テイラー・プ リンシプル」と呼ばれる。反応度が1を下回っていると、物価上昇率が高まる (低下する)ときに実質金利は低下(上昇)し、経済の不安定化をもたらすが、 推計結果をみると、中央銀行は、物価上昇率の変化以上に短期金利を動 かしている。 このように、テイラー・ルールが有用であるのは、物価上昇率と成長率という、中 央銀行が金融政策運営上実際に意識している変数に照らして、金利の適
正水準を評価している点に求められる。 しかし、同時に次のような限界があり、現実の金融政策として機械的に適用 することはできない事も認識しておく必要がある。 第1に、物価上昇率や需給ギャップに対する最適な反応度は分かっていな い。α=1.5 β=0.5は、米国の特定の時期の金融政策を最も良好に説明す るが、これが他国にも、また他の時期にも普遍的に妥当すると考える理由 は存在しない。第2に、テーラー・ルールは、需要ショックと供給ショックの区別をして いない。需要ショクと供給ショックでは、金融政策の最適な対応は異なる。 第3に、均衡実質金利、目標物価上昇率、需給ギャップのいずれについて も、計測の不確実性が存在する。目標物価上昇率については様々な考え 方がある。第4に、短期金利は一定であっても、信用スプレッドの変化等によ り実質的な金融緩和(引き締め)の状況が変化することが起こり得るが、そ の結果としてファイナンシャル・コンディションが変化する場合には、もっぱら 短期金利に焦点をあわせたテーラー・ルールでは金融政策を描写できない。 ⦁ フィリップス曲線 物価上昇率の決定メカニズム、特に短期的な物価の変動メカニズムに関して、現 在、満足すべき理論が存在するわけではない。現在学界で主流となってい る理論は、ニューケインジアン経済学に立つフィリップス曲線の理論であるが、実証 的なパフォーマンスは必ずしも良くない。現実の中央銀行による分析や議論をみ ても、ニューケインジアン経済学の影響は受けつつも、必ずしもこれに全面的に依 存している訳ではなく、折衷的なアプローチを取っている。 ニューケインジアン経済学に基づくフィリップス曲線の理論 ニューケインジアン経済学では、企業が差別的な財・サービスを生産し、独占的な 競争状態にある状況を想定する。そこでは、企業は、差別的な財・サービスを 供給しているため、個々の市場ではある程度の価格支配力をもつが、 代替的な財・サービスとの競争関係にもあるので、一方的な価格引き上げを行 うことはできない。企業の利潤最大化は、価格が伸縮的である場合は、限界 費用と限界収入が一致する点で実現するが、限界収入の決定要因である 需要動向やコストは日々変化しており、そうした変化に合わせて価格を日々 変更するには、様々なコストがかかる(価格改定のコストは「メニューコスト」と呼ばれ るが、文字通りメニューを書き換えるコスト以外のコストを含む概念である)。 また、企業の中には、ある一定期間同一の価格の下で取引をするという契 約を結んでいる先もあるだろう。このような状況では、企業は今期価格を改 定する際には、価格を来期以降も毎期改訂することはできない可能性も考 慮に入れる。言い換えると、企業は価格を改定する際には、足元の短期的 な需要動向やコストだけでなく、将来の需要動向やコストの変化も予想しなが ら、今期のみならず将来も含めた利益の割引価値を最大にするような価格 を設定していると考えられる。 以上のようなニューケインジアン経済学に立つ物価の決定理論の特徴としては、
第1に、フォワード・ルッキングな予想が重要な役割を果たす。これは、価格の 粘着性がある下で、現在から将来にわたる予想利益の割引現在価値を最 大化するという企業の行動原理を反映している。例えば、将来、他の企業が 価格を引き上げると予想する(すなあち、インフレが高まると予想する)場合、 今期価格を改定する企業は現在の需要動向やコストに変化がなくとも、 価格を引き上げる。これは、将来実際にインフレが高まった時に自らが価格を 改定できない可能性を考慮した行動である。言い換えると、今期の物価上 昇率は、将来の物価上昇率に依存する。第2に、限界費用が物価上昇率を 決定する上で重要な役割を果たす。これは、一定の価格支配力をもつ企業 (独占的競争企業)が限界費用の変動に応じて価格を設定するという行動 原理を反映している。生産関数に一定の仮定を置くと、実質限界費用は ユニットレーバー・コストに等しくなる。また、労働市場に硬直性がないという前提の 下では、実質限界費用の変動と需給ギャップの変動との間には一定の比例 関係が存在する。その意味で、需給ギャップとユニットレーバー・コストの間には密接 な関係がある。~物価上昇率の決定メカニズムにおいて予想が重要な役割を果 たす事については中央銀行・学界を問わず広範な合意があるが、予想がど のようにして形成されるかについては、合意は得られていないのが現状で ある。 なお、この当時の日銀金融政策の評価については、植田東大教授と殆ど同じ 意見で、「量的緩和政策の景気・物価に対する刺激効果という点では、中心的な 効果は、時間軸効果であり、量の拡大は殆ど効果を発揮しなかった。」と、してい る。 補足:経済の仕組み(ケインズ・ヒックス型) モノ カネ ヒト IS曲線 LM曲線 労働 総需要曲線 総供給曲線(フィリップス曲線) AD・AS分析(所得と物価の同時決定―短期の変動) (注)ニューケインジアンでは、経済主体の将来予想が大きな役割を果たしている。 LM 曲線に変わり、テイラー・ルールが使われている。 以 上