◇なぜ、厚生労働省の医系技官をえらんだ
のでしょうか。
学生時代に公衆衛生の実習レポートを書く ために当時の厚生省を訪ねた際に、丁寧な説 明と参考資料をいただき役所には良い印象を 持っていました。臨床にも研究にも興味があ ったので入省したのは卒後7年目です。その 間、内科医としてのアルバイト先が厚生省の 医務室だったことから、医系技官の役割につ いて熱心な説明を受ける機会もあって、入省 試験を受けました。◇入省後、実際に仕事についてみていかが
でしたか。
最初に配属されたのは統計情報部で、行政 施策の羅針盤ともいわれる統計調査の正確性 を保つために、たいへんな努力を重ねている ことを知りました。初めは役所の文化に馴染 めなくて、大学に戻ろうかと迷ったこともあ りましたが、次第に仕事がおもしろくなって、 長期展望に立って行うマクロレベルでの医 療、事務官や他職種の技官等とチームを組ん で総合力で立案する施策等に、やりがいを感 じていきました。◇これまで経験された仕事の中で、特に印
象に残っているものはありますか。
湾岸戦争のときに国際課課長補佐、エイズ 訴訟和解の後に血液対策課長、輸入牛肉再開 協議のときに食品安全部長、新型インフルエ ンザ対策行動計画策定のときに技術総括審議 官でした。いずれも政府全体の課題でもあっ たので印象に残っています。また、NHKス ペシャル「日本のがん医療を問う」に二晩出 演して、患者さんや医師に囲まれて対話した 際は、がん医療についてダンボール一箱分の 事前勉強をし、まずは相手の立場にたって考 えることの大切さを痛感しました。医系技官を目指す皆さんへ
厚生労働省医政局長外口 崇
(とぐち たかし) 昭和58年 厚生省入省(大臣官房統計情報部管理課疾病傷 害死因分類調査室長) 昭和61年 保険局医療課長補佐 昭和62年 大分県環境保健部保健予防課長 平成 2 年 大臣官房国際課長補佐 平成 5 年 石川県厚生部長 平成 8 年 薬務局企画課血液事業対策室長(9年から医薬安 全局血液対策課長) 平成10年 医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構研究 振興部長 平成13年 老健局老人保健課長 平成15年 大臣官房参事官(政策医療・医薬食品担当) 平成16年 医薬食品局食品安全部長 平成17年 大臣官房技術総括審議官 平成18年 健康局長 平成19年 現職1
平成20年度 厚生労働省 医系技官Inter
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今、このパンフレットを手にしている皆さんは、
「医系技官」という未知の職業に興味
を抱きつつ、ページをめくっているのではないかと思います。なかには、臨床や研究の
道に進むべきか、医系技官の道に進むべきか、真剣に悩んでいる方もいるかも知れませ
ん。ここでは、医系技官の大先輩である外口崇医政局長に、御自身の経験に基づいて医
系技官の魅力などについて伺いました。
◇医系技官の仕事の魅力は何だと思われま
すか。
入省当時、尊敬する上司と会食した際に、 「小医は病を癒す、中医は人を癒す、大医は 国を癒す。」という言葉があると教えられま した。「国を癒す」という志を持つ立派な臨 床医はたくさんいますが、直接、国の制度づ くりに関わる機会は限られています。よりよ い保健・医療・福祉を実現するためには、国 全体を対象とし、長期展望に立った医療施 策・衛生行政を担当する専門家が必要です し、我々医系技官には、その役割と使命があ ると思っています。 また、多くの分野の仕事を経験できるのも 魅力です。国際保健、危機管理、地域医療、 先端医療、医薬品開発、食品衛生、予防医療、 医学教育、医の倫理等と担当分野の幅は広い です。自治体へ出向できることも良い経験で、 私も大分県の健康対策課長、石川県の厚生部 長のときに家族で赴任しましたが、大分県、 石川県を家族ともども第二の故郷と思ってい ます。◇どのような「医系技官」を理想とすれば
良いのでしょうか。
医系技官には、行政官としての能力と技官 としての見識を兼ね備えていることが求めら れていると思います。行政官としては、将来 構想力、win-winの関係を目指す調整力、生 活感のある市民感覚が、技官としては科学的 判断能力や最新の医療知識が必要です。行政 は、個人よりも組織で行う仕事ですのでチー ムワークは何よりも大切です。◇最後に、医系技官を志す方に一言お願い
します。
日本の医療の現状に問題意識を持つ方、途 上国の健康水準を改善したい方、全国レベル で予防医療を推進したい方等、厚生労働行政 に関心があり社会のために働きたい方は、ま ずは厚生労働省を訪問してください。行政は 未来を創る仕事です。医
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平成20年度 厚生労働省 医系技官 (聞き手:柏木知子)日本は終戦後急速に国家が成長し経済力も 高揚し、国民はレベルの高い文化的国家にな りました。 しかし今後の見通しは超高齢化すると共に 少子化が続き総人口は減少するという国家的 危機に直面しています。このような時に医学 校出身で何年かの臨床研修を終え、日本の保 険診療と介護保険中心の医療の実体を直接見 た経験をもつ医師が、健康国家を目指して、 どのように今日の医療と福祉のシステムを再 編成すべきかをEBMの立場から検討して、 新しい政策をデザインする能力ある要員が大 いに期待されます。 将来このような保健福祉行政を国際的立場 からも研究し、また実地にこれを実践するこ とに深い関心のある若手医師がぜひ今般の医 系技官募集に応募されることを強く期待しま す。 世界は、以前にも増して変化のスピードを速めて いる。そして、世界の結びつきは、現場や地方の瞬 きが世界全体に影響を及ぼすほど緊密になってい る。そうした中、厚生労働省は、将来の新しい日本 を創り、そして支える重要な役割を担う機関である。 私は、離島の診療所での数年を含む外科の臨床、 大学研究室でのウイルス研究、そして旧厚生省から 世界保健機関(WHO)とキャリアを積んできた。 それぞれのキャリアで求められた能力は異なってい た。WHOの仕事は文化・習慣・価値観の違う人々 との交渉を進めていく上で不可欠な「人間力」であ る。 いま、厚生労働省で求められているのも、そうい った多様な価値観や考え方を持つ人々に囲まれて も、自分のすべきことを見据え、流されることなく、 責任を持ってやり遂げるという気概を持つ人材では ないか。それには、専門性に加え、社会への洞察力 や高いコミュニケーション能力といったものが不可 欠である。しかし、それだけではだめで、最後はそ の人が語るべきものを持っているか、すなわちその 人の生き様といったものが「人間力」を形作ること になる。 厚生労働省が求めているのはそういう人材であ り、そして厚生労働省は、また自分自身をそういう 人材に変えてゆくのに十分な機会を与えてくれるで あろう。これまで私は西太平洋地域からのポリオ根 絶やSARSの制圧といった仕事の機会を与えられた。 たまたま国際社会が舞台の仕事であったが、これも 旧厚生省での経験があったからこそ達成できたもの と考えている。夢と希望と確固たる気概をもち、そ して努力を惜しまない、そのような人材がどんどん 厚生労働省に参画し、そういった人々の手で、将来 の日本が、すべての人々にとって真にゆたかな国に なってゆくことを切に願っている。
21世紀の医療システムを
デザインする技官志望の方に
聖路加国際病院理事長日野原 重明
(ひのはら しげあき)「人間力」が試される場、
厚生労働省
世界保健機関西太平洋地域事務局長尾身 茂
(おみ しげる)3
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私は昭和49年に発足した筑波大学で一人前 の人間に、医者に、教師に、育てていただい たと思っています。その理由は実に簡単で、 「それまでの大学」が持っていたすべての制約 を一旦はずして物事を考えることが許されて いたからです。例えば、教授、助教授、講師 は(助手はありませんでした)、研究、教育、 診療の全ての場面において「同格」と見做さ れました。ですから、割り当てられる研究費 も全て同額でした。けれどもさすがにこれに は特に教授から反発が強く、しばらくたって 多少の差をつけることになったのは仕方がな かったと思います。また、教授も含めた全て の教職員を「任期付き」にしようという意見 が出て、真剣に議論されました。5年ごとに業 績をお互いにチェックし合って、再任するべ きかどうか決めようとまで議論しました。今 から30年前の話ですから、驚かれると思いま す。これも、多くの大学でやるのならやって も良いが、筑波大学だけで実行するには荷が 重過ぎる、という現実論が結局勝つことにな ったわけです。 このように当時の筑波大学には進取の気性 が漲っていて、それは教官だけでなく学生諸 君にも伝わっていたように思います。その証 拠に、医学部を卒業したといっても医者にな るだけが能ではないという、やや自由な考え 方も学生諸君にありました。ですから、行政 の世界に入って広い社会的な視野で医療のあ り方を検討し実行することを夢見て厚生省へ 入省する諸君が毎年何人かいたものです。辻 村信正君、三宅智君、梅田珠実君、福田祐典 君、池田千絵子君、依田紀彦君など、今厚生 労働省とその関連機関で医系技官として大い に活躍中の人たちが、こうして筑波大学から 育って羽ばたいて行きました。そして現在の 厚生行政を実質的に支えています。ささやか ながら彼らに教えた身として、こんな嬉しい ことはありません。一人の患者を救うのも大 切でありますが、行政を動かすことによって 今の患者だけでなく将来の多くの患者のため になることを行うことも同じくらい、あるい はそれ以上に大切なことです。その意味で、 彼らの益々の活躍に期待しています。 今、医療の現場では大きな難問を抱えてい ます。問題は沢山有りますが、その一つが医 療不信に基づくと考えられる医療崩壊への懸 念です。医者が患者さんから信頼されなくな っています。そして、それによって医者が逃 避行動を開始したことです。例えば、大学や ナショナルセンターや総合病院のように手の かかる厄介な患者さんを診るのに疲れて、開 業して昼間だけ働く医者が増えていることは その一つの現れです。正常に生まれて当然で、 ちょっとでも問題が起こると訴えられる産科 を希望する医者が減ってしまったこともその 一つです。これらの問題は、一朝一夕には解 決しにくい問題であろうとは思いますが、こ ういう問題こそ、現場をある程度経験し、か つ行政的な目を十分に培った医系技官の諸君 によって解決の糸口をつかんで欲しいと思う のです。 私の師匠であります東大神経内科初代教授 の故豊倉康夫先生が残されたお言葉に、「あせ らず、背伸びせず、百年後のために」という ものがあります。行政的な決断は百年後の姿 (実際には少なくとも十年後でしょうか)を心 に描きながら行うべきものではないかと思い ます。それにはできるだけ多くの若い人たち が医系技官の道に進んでくれて、そういう人 達が力を合わせて知恵を絞って頂くことが必 要であると思います。心から期待しています し、君達が頼りなのだ、と叫びたい思いです。
君達が頼りなのだ!
宮内庁長官官房皇室医務主管 国立精神・神経センター名誉総長金澤 一郎
(かなざわ いちろう)医
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平成20年度 厚生労働省 医系技官医学部卒業後に最初に基礎研究の教室に入り ましたが、社会の動く仕組みを直接に見てみた いという思いが強くなり、厚生省に就職しまし た。社会というブラックボックスを理解するに は、行政という場が適当なのではと思ったので す。 本省内外の職をいくつか経験する合間に、フ ランスに留学する機会を与えられたことは、日 本の事物や仕事のやり方を相対的に眺める良い 訓練になりました。留学の意義は、狭義の勉学 だけでなく、相手国の社会や文化に直面し、日 本との違いや共通点を学ぶことにもあります。 帰国後には「外国かぶれ」にも罹りましたが、 やがて、世の中に最善の行政システムなど存在 しない、どの仕組みにも長所と短所がある、ま た、長所の多くは短所と表裏一体なのだという 平凡な真理を悟りました。 さて、国際機関内部の仕事の流儀は西欧流で、 上司−自分−部下という縦の関係が中心です。 頻繁な会議を通じて水平方向の情報共有を重視 する日本流とは異なります。そのため、日本か ら初めて国際機関に飛び込む場合、最初の一年 は悪戦苦闘する覚悟が必要でしょう。つまり日 本人は言語の問題以外にもハンディキャップを 負っています。 私とちがい、計画的に国際公務員を目指す人 には、次の助言がお役に立つかも知れません。 (一)英語の文法力、書く能力を養うこと。(二) 英語以外の国連公用語を習得すること。学生時 代に始めないと、就職後には学習時間が十分取 れません。(三)学位の取得。修士号、博士号が ないと管理職に進むのは困難です。(四)思い切 りのよい性格を養うこと。一旦外国で働き始め ると、永久雇用や年金の保証もありません。(五) 良い役人になること。国の行政で力を出せない 人が国際機関ならば能力を発揮できるというこ とはありません。(六)現場を経験すること。国 際機関の本部勤務になると、現場との距離を途 方もなく遠く感じます。(七)多角的な視野を養 うこと。人間社会の価値観はさまざまです。私 の場合は英国やフランスのニュース週刊誌を読 むことで努力しています。 今の仕事は、食品の衛生基準や品質基準をめ ぐる国際交渉を事務局として支えることです。 170余りの加盟国によって採択された国際基準に 強制力はありませんが、世界貿易機関によって 認知されて国際標準化の物差しとして扱われま す。したがって、事務局としては完全な中立を 保ちつつ、国際交渉の触媒の役目を果たさねば なりません。毎年、食品添加物、残留農薬、食 品表示など20余りの政府間会議を世界各地で主 催し、その事務局を務めます。日本も開催国の ひとつとなり、その運営について諸外国から高 い評価を受けたことは、日本人として嬉しい限 りです。会議中には開催国出身の議長を補佐し、 交渉の落としどころを探ります。他の国際機関 との連絡調整会議に出席することもあれば、北 米と欧州の貿易紛争を審議する世界貿易機関の 仲裁パネルに呼ばれて証言することもありまし た。また、途上国の政府担当者のための研修の 講師を務めたり、さまざまな出版物の企画をし たりすることも仕事の大切な一部です。 公務員という言葉よりも、役人(フランス語 でfonctionnaire)という言葉のほうに、われわ れの職業の本質がよく現れています。行政の中 枢では、自分と同じ仕事をしている人、自分と 同じ責任を負わされている人は、ほかには誰も いないのです。その意味で、唯一無二の機能 (fonction)を担っているのだといえます。全国 あるいは全世界の人々の信託を受けているとい う意味で、重い責任があります。その一方で、 もし自分がここに存在しなかったとしたら、必 ずや誰か別人が今の自分の仕事をしているであ ろうことも事実です。果たして今の自分は、空 想上の競争相手よりも質の高い仕事をしている といえるのか。この問いを時々自分に発しなが ら、仕事をしています。
ふと気がついたら国際公務員
国連食糧農業機関/世界保健機関合同食品規格委員 会事務局長(在イタリア)宮城島 一明
(みやぎしま かずあき) 昭和61年 厚生省健康政策局計画課/児童家庭局母子衛生課 昭和63年 同 保健医療局精神保健課 平成 2 年 同 健康政策局計画課 平成 3 年 同 健康政策局医事課試験免許室 平成 4 年 国立公衆衛生院衛生行政学部公衆衛生行政室 平成 6 年 厚生省保健医療局精神保健課 WHO派遣 平成10年 京都大学助教授(公衆衛生学) 平成15年 現職5
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この医系技官募集のパンフレットを手にして いる皆様は、同級生より進路の選択肢が多くな っているのかもしれません。また、医師免許を 有した者が、厚生労働省などでその専門性を生 かして活躍していることを初めて知った方もお られるでしょう。 医学部を卒業すると、臨床医学、基礎医学、 大学院などの分野に進み、やがて開業、勤務医、 研究者として身を立てていくのがごく普通のイ メージでしょう。各分野ともやり甲斐のある素 晴らしい分野です。 さて、医系技官の道はどうでしょう?医学の 専門知識をもとに、保健医療から福祉、介護、 労働、そして環境に至るまでの広い場面で活躍 する機会が増えています。と言うのは、これら の分野は人の健康に密接に関わっているからで す。少子高齢化の進展でこれらの分野では多く の医学の専門知識を持った人材が求められてい ますが、供給が追いついていないのが実情でし ょう。 私は現在、東京医科歯科大学の大学院で医療 政策学の講座を開設していますので、もう少し 詳しく厚生労働省などの行政機関で働く医師の 役割を分析してみます。 医療を経済的活動と対比したときに、どのよ うな姿が見えてくるでしょうか?医療は供給者 である“医師”などの医療従事者・施設側と消 費者である“患者”によって構成され日常診療 が行われています。しかし、さらに視野を広げ て医療政策の観点から捉えるとどのようになる でしょうか?医療政策を立案し、供給する“行 政側”とそれを受容し実行(消費)していく “医療側”へと構図は変化します。もちろん政策 の消費者としては、国民や医療産業などの関係 者が存在しますがここでは述べません。 まず、政策の消費者である医療側を見るとさ まざまな社会問題があります。医師の地域や診 療科による偏在や不足、診療報酬の単価の引き 下げ、看護基準の変更、病床削減、医療機能に 関わる情報の国民への公開、さらに医療広告の 規制緩和など枚挙に暇がありません。 これらの政策変更には、消費者である医療従 事者の間に数々の不評・不満があることは新聞 報道等にも示されています。政策は単一商品で すから消費者が気に入らないからといって、す ぐに他の人気のある商品を消費者側は選択でき ないのです。同時に代替できる他の商品は存在 しないのです。ですから、政策を策定するとき には、科学的根拠や経済性、効率性、公平性な どを担保し議論を尽くすことが重要です。もち ろんその結果、消費者に人気がない政策が流通 することになっても、それは仕方ありません。 医療政策の策定は非常に大切であるにもかか わらず、政策の供給側である行政は、未だ人材 を十分に確保しているとは言えません。特に政 策という商品開発に医学部卒業者があまり従事 していないことが、医療全体の更なる発展を妨 げている一因かもしれません。 ここで私の自己紹介をさせていただきます。 私は1986年に当時の厚生省に入省し、2000年に 現在の職場に移るまで、地方への出向期間も含 めて14年間医系技官として厚生行政に従事して きました。出向中に短期間ですが医療現場にも いましたから、政策の供給者と消費者の両者を 経験し、今はこの2つを第三者の立場で客観的に 見ています。また、厚生労働省の医系技官のみ ならず経済産業省の職員なども私の教室では社 会人大学院生として受け入れています。臨床医 と大学の出身医局などとの関係のように、医系 技官と大学との関係もこれからの厚生行政を支 える上で極めて重要です。今後、貴重な時間を 生かして大学で学び、得た知識を実務としての 厚生行政に適用していくことも一層強く求めら れます。 最後になりますが、医学部を卒業して厚生行 政に身を投じることは、臨床医学や基礎医学の 分野に進むのと同等の重みと仕事のやり甲斐が あります。ぜひ、この医系技官募集のパンフレ ットを読まれている新進気鋭の前途ある若い学 徒には、厚生労働省に勤務することを選択され ることを切に望んでいます。 厚生労働省は私を育んでくれたところであり 愛着を感じるとともに、現在は東京在住という こともあり、厚生行政を大学人の立場でお手伝 いさせていただく機会も多々あります。そして 大学に身を置く立場の人間としても、もっと医 学の専門知識を持った人材が厚生労働省に奉職 するように努力しているところです。 諸君の健闘を祈念しております。
さて、医学部を卒業してどこで働くか?
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 環境社会医歯学系専攻 医療政策学講座 政策科学分野 教授河原 和夫
(かわはら かずお) 昭和61年 厚生省健康政策局計画課 長崎県保健部医薬総務課 昭和63年 大阪府 平成 3 年 国立病院医療センター情報企画課長 平成 4 年 厚生省保健医療局国立病院部政策医療課 平成 6 年 福井県福祉保健部健康増進課長 平成 9 年 厚生省保健医療局健康増進栄養課 平成10年 同 医薬安全局血液対策課 平成12年 現職医
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平成20年度 厚生労働省 医系技官7
平成20年度 厚生労働省 医系技官Y
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失敗した――。 パソコンに向かいながら、いくら親しい技官 に頼まれたからといって、つい安易に、この原 稿を引き受けてしまった自分を恨み、頭を抱え ている。 というのも、考えても考えても、何を書いて いいか、さっぱり思い浮かばないのだ。「医系技 官募集パンフレット」というからには、「よし、 厚生労働省で働いてみるか」と奮い立つ何かを 感じさせねばならないのだろう。しかし、いま や医系技官は、産科医と並ぶ“絶滅危惧種”だ という。すでに医師として社会で活躍できる術 をもつ優秀な皆さんに、いったい何を言えば、 医療現場から転じて「医療をより良くするため (たとえ国民やマスコミになかなか理解してもら えず、財務省に金はないと睨まれ、政治家に訳 もなく呼びつけられるようなことが続き、睡眠 を削って体に鞭打つことになろうとも……そん な)行政の世界に身を投じよう」などと、奮起 してくれるのだろうか。 仕方ないので、視点を変えて「医系技官に望 むこと」を考えてみた。すると、やはりまず思 うのは――月並みすぎて恥ずかしいので書くの が嫌なのだが――「医療を志した思いを、現場 での経験を、医療政策に生かしてほしい」とい うことだ。 超高齢社会に突入するというこのご時世、医 療は“社会保障財政の伸び抑制”といった財政 論、制度論とともに語られることが多い。そん な中で、医療行政は、ともすれば永田町や霞が 関の論理に囚われて利害調整に汲汲としてしま いがちだ。しかし、人気ドラマの言葉を借りれ ば、「事件(医療にまつわる課題)は会議室で起 きてるんじゃない!(不安を抱える患者・家族 と、支え助けようと力を尽くす医療者のいる) 現場で起きている!」のだ。財政や制度論だけ では、患者・国民が安心できる、また医療者が 誇りをもって働ける、医療体制はつくれない。 現場経験に基づく問題意識を生かして、現場の 声を聞き、考え、議論して、医療政策に魂を吹 き込んでいく――。それこそが、医系技官が担 うべき役割だと思うし、医療を志す者のもう一 つの醍醐味ではないだろうか。 そんな風に思うのは、私は2002年に乳がんが 見つかり、がん患者の切実な思いを身をもって 体験している。現在もがんと闘っている身だが、 その自らの体験も生かして医療を良くするため に何らかの役に立ちたい――。と願う一人であ るからだ。 私たち記者も行政官も、表現系は違いこそす れ、医療を良くしていきたいという、目指す方 向は同じはずだ。もちろん、両者の間には一定 の緊張関係はある。それでも一緒にお酒を飲み ながら、「医療の質をどう計り、どう上げたらい いか」「患者が望んでいるのは臨床能力のある医 師だ」「では、医学教育はどうあるべきか」とい った議論もする。まるで医療業界の利益代弁者 のような情けない意見には厳しいことも言う。 こちらが取材も浅く一方的な見方で突き進めば 批判も受ける。一方で、様々な制約の中でも 「こんな理想に向かって進めていきたい」など意 欲的な姿には、「一緒にやりましょう」と応援の 気持ちも沸き起こるというものだ。 先に述べたように、医療行政の課題は山積で ある。そんな問題に、医師としての現場経験を 生かして取り組んでいこうという“心ある人” が増え、医系技官の絶滅が回避されることを期 待したい。ただ、経験に引きずられた医療者の 論理だけでも、現状に流された行政官の論理だ けでも、人の心に響かない。立場の違う様々な ステークホルダーから幅広く意見を聞くことも 忘れないでほしい。そして、私たち記者とも (一線を画しながらも)「これからの、あるべき 医療の姿」を語り合い、議論を戦わせましょう。 現実の多くの壁に疲れ果て、その思いを忘れな いためにも――お互いにね。記者が技官に望むこと
読売新聞社会保障部記者本田 麻由美
(ほんだ まゆみ)平成20年4月に「学校生活管理指導表(アレル ギー疾患用)」と、その手引きである「学校のア レルギー疾患に対する取り組みガイドライン」 ができました。 これにより「わが子だけの疾患」として対応 をお願いしてきたアレルギーは、「アレルギー疾 患の児童生徒が学校やクラスにたくさんいるこ とを前提として学校に取り組みが求められる疾 患」となりました。手引きの冒頭には「すべて の児童生徒が安心して学校生活を送ることがで きる環境づくりをめざして」と書かれています。 これにより平成14年度に立ち上げたNPO法人 「アラジーポット」(http://www.allergypot.net) が目指した「教育現場でのアレルギーの正しい 理解」による「子ども達が楽しく通え、親が安 心して送りだせる教育環境の整備」は実現に大 きく近づくことができました。 このことは、平成16年10月から文部科学省に 出向した医系技官の方などが、医療・教育・親 が協働する場を作ってくださった成果であり、 特に食物アレルギーによるアナフィラキシーシ ョックから唯一命を救う「エピペン」の位置付 けを、各方面と調整し、整理してくださった医 系技官の方のご尽力には深く頭が下がります。 また、疾病対策課のアレルギー検討会におい てアレルギーはガイドラインによるセルフケア 可能な疾患とされ、喘息死ゼロを目指す活動が 始まっています。 「患者参加」とは、言葉では簡単に言えても、 実践には多くの困難が伴います。それを乗り越 え、患者が委員として「検討会」という医学の 専門家たちと同じ土俵で話す機会を、とご提言 くださったのも医系技官の方々でした。 つい数年前まで診療ガイドライン(以下GL) は「医療者が作り、医療者が使うもの」―そう 考えられていました。GL作成への参加が可能と なったのは、医療制度改革の中で「患者参加」 がうたわれたこと、そしてそれを生かすべくGL の作成に患者参加の必要性を文書にして盛り込 んでくださった医系技官の方々の思いが学会の 先生方を後押ししてくださったおかげです。そ の時踏み出してくださった一歩が、現在進んで いる患者が作り日本小児アレルギー学会が監修 する「患者さんとその家族のためのぜんそくハ ンドブック2008」の製作へと実を結んでいます。 GLは、患者と医療者のコミュニケーションツ ールとして、これからの医療を変えていってく れると思っています。 平成19年4月には、「日本患者会情報センター」 (http://www.kanjyakai.net)を立ち上げました。 私自身が患者の立場で行政の場に参加した経験 から、同じような方々のお手伝いや行政との橋 渡しができればと考えたからです。立ち上げに は東京大学医療政策人材養成講座で現役の医系 技官の方々と議論し、調査した事を生かしてい ます。行政への参加を望み、その機能を有する 患者団体のデータベースを構築し、患者会の持 つ協働できる機能を明らかにするとともに、参 加した患者さんがその力を十分に発揮できるよ うにコーディネート機能を持たせています。よ り多くの患者と医療者が病気と向き合う環境を 良くするために、厚生労働省という場が有用に なるようにと、行政や患者がともに力を合わせ ていけることを願っております。 法律や制度は、社会の在り方や価値観を大き く変えることができます。医学を学んだ皆様が 今抱えている「現場だけでは解決できないこと」 を、行政の中で解決するためにも、選択肢の一 つとしての「医系技官」を是非、考えていただ きたいと思います。
法律や制度は、社会のあり方を変えることができます
特定非営利活動法人アレルギー児を支える全国 ネット「アラジーポット」専務理事 日本患者会情報センター代表栗山 真理子
(くりやま まりこ)医
系
技
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平成20年度 厚生労働省 医系技官今、入省を考えているみなさんは、どこで この仕事を知りましたか?私は、たまたま大 学に公衆衛生の講義に来た医系技官の話を聞 いて、初めてこの仕事を知りました。当初、 入省するつもりはなかったのですが、話だけ は聞いておこうと思ったのが運のつきで、気 がつけば職員になっていたというのが正直な ところです。こんな感じでしたので、入省の 動機といえるようなものは特になかったので すが、実際に働いてみると想像以上に面白い 職場です。 2年少々の間、埼玉県で勤務をした後、最 初に配属されたのは結核・感染症対策室、現 在の結核感染症課でした。初出勤の日、案内 された机の上は書類の山で、「これ、やっと いて」といわれた時は途方にくれました。夜 0時を過ぎた頃に「今日は初日だから、もう 帰っていいや」といわれ、びっくりした覚え があります(今はそんな不親切な先輩はいな い?と思いますのでご心配なく)。仕事が忙 しく寝る時間が少なかったせいか、もうこれ 以上続かないと思ったこともありましたが、 その後、20年くらいここで働いています。た ぶん、たいへんな以上に面白いからだと思い ます。そういえば、その頃、医系技官の先輩 から「給料をもらって大学へ行っていると思 えば有り難い職場だ」といわれた覚えがあり ますが、確かにそういう意味ではたいへん有 り難い職場です。 結核・感染症対策室勤務の後、国際協力、 母子保健、医療計画、医療安全、自治体、他 省庁など1∼2年ごとに異動があり、さまざま な部局、分野を担当し、現在、私は国立感染 症研究所に勤務しています。 当研究所では、新型インフルエンザ対策や WHOの提唱するポリオや麻疹根絶計画への 参画など、感染症に関する課題が山積してい ます。私の仕事は、研究所の専門家による仕 事と行政との調整を行うことと感染症関係の 研究の企画、評価などです。約18年ぶりに感 染症対策に戻ってきたわけですが、研究内容 や検査の手法等が18年前とは全く異なり隔世 の感があります。また一から勉強ですが、厚 生労働本省とは異なり、研究所ではさらに専 門的な知識が提供されます。日々の仕事の中 で新しい知識や情報を得て、それを仕事に還 元できるとてもクリエイティブな職場だと思 います。これらの情報や各分野の専門家の協 力をいかに対策に生かすかが医系技官の仕事 であり醍醐味だと思っています。
入省希望のみなさんへ
国立感染症研究所企画調整主幹北島 智子
(きたじま ともこ) 昭和61年 埼玉県衛生部医療整備課 昭和63年 厚生省入省(保健医療局疾病対策課結核・感染症対策室) 平成 2 年 大臣官房統計情報部衛生統計課 平成 4 年 文部省体育局学校健康教育課専門員 平成 6 年 山梨県厚生部健康増進課長 平成 9 年 児童家庭局母子保健課長補佐 平成11年 青森県健康福祉次長(13年から部長) 平成14年 医政局指導課医療計画推進指導官 平成16年 医政局総務課医療安全推進官 平成17年 医薬食品局食品安全部基準審査課新開発食品保 健対策室長 平成18年 現職9
平成20年度 厚生労働省 医系技官Messa
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(筆者は右から3番目)このパンフレットを眺めているあなたは、 厚生労働省で医師がどんな仕事をしているの か、実感できますか。私は、大学の公衆衛生 学の講義で、厚生労働省の医系技官の存在を 知りました。その後、臨床実習でいろんな診 療科を見学しましたが、いろいろ悩んだ結果、 保健や医療の問題を解決するためには、国の 制度を変える必要があると考え、厚生省(当 時)で働こうと決めました。 私が企画・立案に携わった仕事で、国民に 大きな影響を与えたものが2つあります。 1つ目は、国立病院部(当時)に勤務して いた時に、保険局との共同で、国立病院8病 院において、診療報酬の疾患別定額払い方式 (DRG)の試行を開始させ、現在、多くの病 院で導入されているDPC制度に道筋を開きま した。 2つ目は、山口県に勤務していた時に、県 内の農場で鳥インフルエンザが発生し、鳥の 殺処分をしている職員への予防接種、薬の予 防投与など、健康管理対策の指揮を執り、新 型インフルエンザの発生を食い止めました。 厚生労働省の行う業務は、他の府省に比べ、 国民の生活に密着したものが多く、政策に対 する意見、批判、訴訟は多いですが、誰かが 日 本 の 保 健 ・ 医 療 制 度 を 改 革 し な け れ ば 、 「医療崩壊」、「健康格差」を解消することは できないのです。 私は、厚生労働省こそが保健・医療政策に 関する「国内最大のシンクタンク」であり、 医療機関、大学、研究機関の方々や、海外の 関係機関とのネットワークを作り、科学的根 拠に基づいた膨大な情報を収集・整理し、関 係する機関・団体と調整し、国民の生命・健 康を守る政策を、厚生労働省が企画・立案・ 実施・評価をしていく必要があると考えてい ます。 医系技官は、医学の専門家としての働きが 求められているため、仕事の量と幅は広く、 決して楽な仕事ではありませんが、関係者か ら「いい制度を作ってくれてありがとう」と 褒めてもらうこともあり、そんな時には「こ の仕事を続けていてよかった」と実感してい ます。 私は、このようなやりがいのある仕事に一 緒に取り組み、充実感を共有できる同志が、 数多く厚生労働省の門を叩いてくれることを 望んでいます。
入省希望者へのメッセージ
健康局総務課がん対策推進室長前田 光哉
(まえだ みつや) 平成 4 年 厚生省入省(保健医療局精神保健課) 平成 6 年 秋田県福祉保健部保健衛生課 平成 8 年 児童家庭局母子保健課 平成 9 年 保健医療局国立病院部経営指導課経営管理 専門官 平成11年 大臣官房厚生科学課長補佐 平成12年 大臣官房政策課長補佐 平成13年 山口県健康福祉部健康増進課長 平成16年 健康局結核感染症課長補佐 平成18年 関東信越厚生局健康福祉部医事課長 平成19年 健康局総務課地域保健室長補佐 平成20年 現職入
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平成20年度 厚生労働省 医系技官卒業して5年で厚生労働省の入省試験を受 けてから、あっという間に8年経ちました。 入省してからを振り返ると、勤務時間が長い など、ひどい目にあったと思うことも多いで すが、霞が関に来るまでは知らなかった国や 社会の仕組みを体感できるという非常に貴重 な経験ができたと思っています。 入省してから、感染症対策(予防接種)、 臓器移植対策に関わり、その後、消防庁で救 急対策(病院ではなく救急車)、現在は、医 療体制についての仕事に携わっています。 厚生労働省での医系技官の仕事は多岐にわ たっており、一言では言えませんが、私が経 験した中で、例として、制度の企画・立案の 流れについて簡単にご紹介します。 制度を考えなければならない時の理由とし ては、現場の課題に対する対策を考える場合、 我が国の将来を考えて必要な体制を考える場 合等がありますが、いずれにしても最終的に は、必要な制度を作って運用することを目標 とします。 実際に仕事をする際には、必要な資料を調 べ、関係者と十分議論し、関係者が納得でき る対策や制度を考えることが必要になりま す。厚生労働省で仕事を進めるためには、省 内では、医系だけではなく、事務官、薬剤師、 看護師など、背景が異なる人と、省外では、 その分野の専門家だけでなく、実際の現場で 働いている人(救急車であれば救急隊、医療 体制であれば病院勤務医や研修医など)、国 民の意見を代表する人(患者関係のNPOの人 など)など異なった立場の人と議論し、すべ ての立場の人が納得する形の解決策の立案 や、制度作りを目指します。解決策を考える のは難しいことですが、いろいろな人と話し 合い、協力し、少しでも良い解決方法を見つ けていくことが、この仕事の面白いところだ と思います。 厚生労働省で働くメリットは、国の仕組み や、社会の動きを体感することで、なかなか 進まないこと、難しいことの原因や、制度が 作られた理由(「臓器移植がなぜなかなか進 まないのか」、「臨床研修制度がなぜ作られた のか」といったこと)など、多くの考え方や 視点を踏まえて、理解できるようになること かもしれません。 正直なところ、厚生労働省の職場環境は厳 しいですが、肉体的にも精神的にも過酷な環 境に耐えながらも、我が国の将来を少しでも 良くする仕事に携わることに価値を見いだせ る人に入省していただけることを願っていま す。
霞が関での仕事
岩手県奥州市健康福祉部長井内 努
(いうち つとむ) 平成13年 厚生労働省入省(健康局結核感染症課予防 接種専門官) 平成15年 健康局疾病対策課臓器移植対策室長補佐 平成16年 消防庁救急救助課救急専門官 平成18年 医政局医事課長補佐 平成20年 現職11
平成20年度 厚生労働省 医系技官Messa
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(筆者は左)医師国家試験合格者の約3割を女性が占め、女 性の医系技官も続々と採用されています。“ワー キングマザー医系技官”も今後さらに増えてい くでしょう。出産・育児に関する支援制度につ いて、昨年第一子を出産し現在は育児休業中で ある私の体験を例にご紹介いたします。 ◆妊娠の時期 通勤ラッシュを避ける制度や深夜勤務制限制 度などが整っています。私は保健統計を担当し ている時期に妊娠しましたが、突発的な対応が 少なく計画的な時間配分が可能な業務内容であ ったことや、周囲の職員の方々が配慮してくだ さったおかげで、幸いにも十分に制度を活用す ることができました。 ◆出産の時期 産前6週、産後8週の休暇、男性は配偶者出産 休暇(2日)、育児参加休暇(5日)を取得できま す。私の夫はこの休暇を取って出産に立会い産 院に寝泊りして子育ての第一歩を夫婦で一緒に 踏み出しました。情報や経験を当初から共有し たことで、夫の子育てに対する自信や積極性に つながりましたし、家族の絆を一層強くする貴 重な機会でした。 ◆育児休業 男女を問わず最長で子が3歳になる誕生日の前 日まで休業できます。実際の取得状況は、一般 職国家公務員では、平成17年度の育児休暇取得 率は男性1.0%、女性92.4%で、期間の平均は1年 でした(人事院調べ)。ちなみに民間事業者を対 象とした調査では男性0.57%、女性88.5%です (厚労省「平成18年度女性雇用管理基本調査」)。 医系技官では、私の知る限り男性の取得例は無 いですが、女性はおそらく希望通り取得してい ると思います。 ◆育児休業から復帰後 早出・遅出勤務や育児時間制度があります。 厚生労働省内には保育施設はありません。未経 験なので想像ですが、大半の職員が長時間労働 する状況下では、残業できないこと等で周囲に 不便をかけるマイナス面を補いプラスに転じる だけの何らかの貢献ができるかどうかが仕事を 続ける鍵になりそうです。医系技官の仕事をし ていく上でワーキングマザーであることはハン ディキャップなのか。苦労は増えるでしょう。 だからyesかもしれません。でも見方を変えると、 母として子どもと向き合う経験があるからこそ 生まれる志やできる仕事があるかもしれません。 もし子どもがいなかったら自分自身の弱さ故に 破れない殻、越えられない壁が、子どものおか げで乗り越えられるという不思議な奇跡も起こ るかも知れません。責任の重い仕事と育児を両 立していくことを考えると不安で一杯ですが、 力強く母乳を飲みながらこちらを見上げる黒々 とした子どもの眼を見ていると、そんな奇跡を 信じてみようかな、覚悟を決めるしかないかな、 という気持ちです。臨床医でも企業勤務でも、 ワーキングマザーは皆、困難にぶつかり悩みつ つ、懸命に自分なりのやり方を模索して頑張っ ているのは同じだと思います。一緒に支えあう “ワーキングマザー医系技官仲間”が増えること を願っています。 ◆参考情報 人事院による情報提供ウェブサイト http://www.jinji.go.jp/saiyo/jyosei/toppage.htm http://www.jinji.go.jp/ikuzi/toppage.html
出産・育児を支える職場環境
大臣官房厚生科学課長補佐(育児休業中)北村 薫子
(きたむら かおるこ) 平成12年 厚生省入省(保険局医療課) 平成14年 ロンドン大学公衆衛生熱帯医学大学院 平成15年 大臣官房国際課国際協力室国際協力専門官 平成15年 医政局医事課試験免許室試験専門官 平成16年 大臣官房国際課国際協力室国際協力専門官 平成17年 大臣官房統計情報部人口動態・保健統計課 保健統計室長補佐 平成19年 現職入
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平成20年度 厚生労働省 医系技官◆留学という選択肢 臨床の道に進む医師と同様、医系技官にとっ ても、それぞれの職場で自分の力を発揮してい くために継続的な知識の更新と能力向上のため の努力が欠かせません。 毎日の業務の中で遭遇する様々な問題につい て、自分で資料や文献を調べる、専門家に教え を請う、また統計部局に相談して過去の統計デ ータを参照するなどの作業が常に発生します。 よって、仕事を行っていくこと自体が日々勉強 であるとも言えます。一方で、収集した情報を どのように判断し取り扱うかについて悩むこと も少なくありません。また、必要なデータが存 在しないことも往々にしてあり、そのような場 合には情報収集方法の検討も必要となります。 医系技官には、このように職務上必要なスキ ルを体系的に学ぶ場として、海外の大学院への 留学の機会が用意されています。ここでは一例 としてイギリスへの海外留学について紹介させ ていただきます。 ◆ロンドン大学公衆衛生学修士 1年目は公衆衛生発祥の地ロンドンで、医療政 策、医療経済を中心に学びました。本コースで は毎年200名ほどの学生が学んでおり、学生の国 籍は様々ですが、各国の行政分野で働く医師が 多く学んでいるのが特徴です。特に、イギリス で公衆衛生を専門分野とする医師の1年目のトレ ーニングとして公衆衛生学修士を取ることが義 務付けられており、コース全体が公衆衛生分野 で働く人々の基礎的教育という視点で貫かれて います。講義の合間にもお茶をしながら同級生 と各国の医療制度・政策についての話題で毎回 大いに盛り上がり、そこでの議論は自分の大切 な財産となっています。 ◆ケンブリッジ大学疫学修士 13世紀末に創設されたケンブリッジ大学は、 ニュートン、ダーウィン等々、自然科学の基礎 を確立した多くの人々を輩出してきた歴史を持 ちますが、疫学分野もその例に漏れず、現在も 第一線の成果を出し続けています。私は現在疫 学と統計学を中心に学んでいますが、講義の担 当教官の多くはBMJやLancetの常連で、教育に も非常に熱心です。コースでは、慢性疾患、感 染症、環境等、様々な分野の疫学がカバーされ、 講義と対で行われるデータ解析の実習も医系技 官の業務との関連性も強く非常に実際的です。 ◆志望者へのメッセージ このように入省後も自己研鑽の一つの場とし て、希望する人には海外の公衆衛生関連大学院 への留学の道も開かれています。志を同じくす る皆さんと一緒に働けることを楽しみにしてい ます。
海外で学ぶ
大臣官房厚生科学課長補佐(留学中)堀 裕行
(ほり ひろゆき) 平成13年 国立病院東京災害医療センター 平成14年 国立病院東京医療センター 平成14年 環境省環境保健部環境安全課 平成15年 環境省環境保健部特殊疾病対策室 平成16年 厚生労働省保険局医療課 平成18年 ロンドン大学公衆衛生熱帯医学大学院 平成19年 ケンブリッジ大学公衆衛生研究所13
平成20年度 厚生労働省 医系技官Messa
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平成20年度 厚生労働省 医系技官医系技官募集ポスターの人物は誰?
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明治時代に、23歳の若さで愛知県病院長兼愛知医学校長(現名古屋大学医学部)になった医師がいまし た。彼は、暴漢に襲われた板垣退助(「板垣死すとも自由は死せず」の事件です。)を診察したことで日本 中に名を馳せた医師でしたが、それだけでは飽きたらず、26歳の時に「個々の病人をなおすより、国家の 医者となりたい」という志を胸に、行政官の道に進むことを決心しました。「彼」とは・・・後に内務省 の第二代衛生局長に就任する後藤新平であり、我々医系技官の大先輩に当たる人物です。 後藤新平は、医師ならではの視点で科学的な行政・政治を実践し、多くの業績を残しました。陸軍検疫 部では、日清戦争後の23万人もの帰還兵に対する検疫事業を指揮し、国内にコレラなどの伝染症が持ち込 まれるのを防ぎました。これほどの大規模な検疫は史上初めてのことであり、当時のドイツ皇帝が賛辞を 惜しまなかったと言われています。 また、台湾総督府民生長官時代には、鉄道・港湾の建設、銀行の設立、砂糖産業の振興など、台湾の近 代化に尽力し、衛生関係でも、上水・下水整備による伝染病の激減、阿片漸禁策による阿片一掃などの成 果をあげました。 その後、満鉄初代総裁、鉄道院総裁、逓信大臣、内務大臣、外務大臣、東京市長などの要職を歴任し、 関東大震災後には内務大臣兼帝都復興院総裁として首都東京の復興計画を立案しました。今でも残る、墨 田公園をはじめとする数十もの公園、吾妻橋・言問橋などの隅田川にかかる橋、横幅44メートルの昭和通 りなどはこの計画によるものです。 晩年は、少年団日本連盟(現ボーイスカウト)初代総裁として青少年の健全育成に精力を注ぎました。 最期に残した言葉は、「金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。」 であったと伝えられています。 このような後藤新平の生き様に共感できるような人材に、是非、課題が山積する厚生労働行政の担い手 として活躍していただきたいと願っています。 (文責:パンフレット編集担当)医系技官は、その専門的能力を背景として、厚生労働省をはじめとして、他府省、国際機関 等国内外を問わず、幅広い機関において活躍しています。
(1)厚生労働省本省
次頁の組織図にあるとおり、保健・医療・福祉・労働に関する部局において、その専門知 識を発揮する技術系行政官として、事務系行政官とともに厚生労働行政を担っています。(2)厚生労働省附属機関
検疫・防疫の第一線機関である検疫所、試験研究機関である国立保健医療科学院・国立感 染症研究所、国立高度専門医療センターである国立がんセンター・国立循環器病センター・ 国立精神・神経センター・国立国際医療センター・国立成育医療センター・国立長寿医療セ ンター、地方支分局である地方厚生局において、我が国の健康安全、科学技術政策の向上の 一翼を担っています。(3)他府省
国家公務員の健康安全対策推進に関する分野 安全保障、危機管理に関する分野 我が国の総合的・基本的な科学技術政策の企画立案及び総合調整に関する業 務(総合科学技術会議)、原子力の安全確保・防災・緊急時対応・環境モニ タリングに関する業務(原子力安全委員会)、食品の安全確保のためのリス ク評価に関する業務(食品安全委員会) 救急搬送体制等救急救助に関する分野 矯正施設収容者の保健・衛生・医療に関する分野 大学医学部における医学教育、学校保健やエイズ教育等の学校健康教育分野、 放射線安全の分野、ライフサイエンスに関する研究振興分野 農林水産物の消費・安全に関する分野 有害化学物質等の環境に起因する健康影響の調査・研究や環境安全に関する 分野、公害病患者の救済・予防等の環境保健分野、自然環境分野 自衛隊員の衛生管理に関する分野(4)関係機関
国際協力機構、国立病院機構、医薬基盤研究所、宇宙航空研究開発機構、医薬品医療機器 総合機構等、保健医療科学や厚生労働行政と関係する機関(5)海外
大使館・政府代表部(国際連合日本政府代表部、在フィリピン大使館、在スリランカ大使 館)、WHO(世界保健機関)、UNAIDS(国連合同エイズ計画)、UNSIC(国連インフルエン ザ対策調整事務局)医系技官の活躍する部局
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平成20年度 厚生労働省 医系技官W
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人 事 院
内 閣 府
内 閣 官 房
総 務 省
法 務 省
文部科学省
環 境 省
農林水産省
防 衛 省
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平成20年度 厚生労働省 医系技官 医 政 局 健 康 局 医薬食品局 労働基準局 職業安定局 老 健 局 保 険 局 年 金 局 政策統括官 社会・援護局 職業能力開発局 雇用均等・児童家庭局 大 臣 官 房 総括審議官 技術総括審議官 審議官 参事官 総務課 雇用政策課 雇用開発課 雇用保険課 企画課 高齢者雇用対策課 障害者雇用対策課 需給調整事業課 外国人雇用対策課 労働市場センター業務室 高齢・障害者雇用対策部 医系技官が局長・部長・課長・室長である部局 医系技官が課長補佐以下の職にある部局 総務課 人事課 総務課 広報室 総務課 指導課 医療安全推進室 医師確保等地域医療対策室 医事課 医師臨床研修推進室 看護課 経済課 医療関連サービス室 試験免許室 歯科保健課 研究開発振興課 治験推進室 医療費適正化対策推進室 医療機器・情報室 国立病院課 総務課 疾病対策課 臓器移植対策室 結核感染症課 生活衛生課 感染症情報管理室 肝炎対策推進室 新型インフルエンザ対策推進室 生活習慣病対策室 国際食品室 がん対策推進室 地域保健室・保健指導室 水道課 総務課 医薬品副作用被害対策室 審査管理課 安全対策課 企画情報課 検疫所業務管理室 新開発食品保健対策室 基準審査課 監視安全課 監視指導・麻薬対策課 血液対策課 総務課 監督課 労働保険徴収課 計画課 安全課 労働衛生課 化学物質対策課 労災管理課 補償課 労災保険業務室 企画課 勤労者生活課 会計課 地方課 国際課 国際協力室 厚生科学課 企画課 健康危機管理対策室 社会統計課 賃金福祉統計課 雇用統計課 人口動態・保健統計課 保健統計室 総務課 雇用均等政策課 家庭福祉課 育成環境課 保育課 母子保健課 職業家庭両立課 短時間・在宅労働課 総務課 保護課 地域福祉課 福祉基盤課 援護企画課 援護課 業務課 企画課 障害福祉課 精神・障害保健課 総務課 介護保険課 計画課 振興課 老人保健課 総務課 保険課 国民健康保険課 医療課 調査課 総務課 年金課 国際年金課 数理課 医療指導監査室 医療観察法医療 体制整備推進室 認知症・虐待防止 対策推進室 企業年金国民年金基金課 参事官 政策評価官 能力開発課 育成支援課 能力評価課 海外協力課 障害保健福祉部 統計情報部 安全衛生部 食品安全部 労災補償部 勤労者生活部 厚生労働審議官 事務次官 政務官 副大臣 大 臣厚 生 労 働 省
(平成20年4月1日現在)厚生労働省は、主に国内の保健施策を進め る省ですが、昨今、鳥・新型インフルエンザ をはじめとする感染症対策などのように国境 を越えた対策が必要な課題、医薬品・医療機 器の知的所有権のように国益を確保するため に国際交渉が必要となる課題などが、国際保 健分野において重要性を増してきています。 また、国内施策を進める上でも、厚生労働行 政の妥当性が司法の場で問われた際に、問題 発生時点での外国政府の対応との比較が、妥 当性判断の要素の一つとなるなど、国際的な 対応は今まで以上に不可欠となっています。 こうした中、国際課において私がどのよう に仕事を進めているのかを紹介しましょう。 例えば新型インフルエンザ問題において世 界は現在新しい局面を迎えています。通常鳥 インフルエンザは、自然界で鳥同士が感染し、 種の壁を越えて人に感染することはありませ んでしたが、近年、東南アジアを中心に世界 で既に200数十名が死亡しています。国内対 策としては、結核感染症課において、法改正 やガイドラインづくり、ワクチンやタミフル のような薬剤の備蓄などパンデミックに向け た準備を進めています。一方で、国際課にお いては、WHO(国際保健機関)の枠組みを 通じて、日本からの拠出金や日本の研究者の 高い技術力を活かし、新型インフルエンザが 発生したときにいち早く把握するためのサー ベイランス体制の確立や、迅速に封じ込める ための訓練等を進めています。また、WHO が主催する多国間会議においては、世界が新 型インフルエンザの危機に備えるための国際 的な諸問題に関する議論に、日本政府の代表 として積極的に参加しています。 本年は、第4回東京アフリカ開発会議(5年 に1度)、我が国が議長国を務めるG8北海道洞 爺湖サミット(8年に1度)といった厚生労働 行政にも深い関わりのある重要な国際会議が 目白押しになっており、まさに歴史的な年と いえます。こうした世界の首脳が集まる場で、 気候変動や経済問題と同様、もしくはそれ以 上の重要性をもって国際保健分野の議論が行 われることは、大変意義のあることです。こ のため、国際課としては、国際会議において 中心的な役割を果たす外務省と連携し、G8各 国 や W H O 、 U N I C E F 、 ビ ル ゲ イ ツ 財 団 、 NGOなど関係機関と議論しながら、重点をお くべき国際保健課題を整理・提示していま す。 厚生労働省において、このように大きく動 きつつある国際保健分野で皆さんと一緒に働 くことを楽しみにしています。
国際課での医系技官の仕事
大臣官房国際課長補佐鷲見 学
(すみ まなぶ) 平成 9 年 厚生省入省(保険局医療課) 平成12年 環境庁企画調整局環境保健部環境安全課 (13年からリスク評価専門官、14年から保健専門官) 平成15年 ハーバード大学公衆衛生大学院 平成16年 医薬食品局食品安全部基準審査課長補佐 平成17年 社会・援護局障害保健福祉部精神保健福祉課長補佐 (18年から精神・保健福祉課長補佐) 平成19年 現職17
平成20年度 厚生労働省 医系技官W
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皆さんは、日本の医療についてどのような 印象を持っていますか? 日本の医療制度は、現場で働く医療関係者 の貢献もあり、世界最長の平均寿命をはじめ とする高い保健医療水準を達成するなど、国 際的に高く評価されてきました。一方、最近 では、救急医療や医師不足などに対する不安 が高まっているのも事実であり、医療に関す る問題が連日報道されています。 医政局では、このような医療にかかわる諸 問題を様々な視点から分析・評価し、法の整 備や事業を通じて医療体制の充実を図ってい ます。
◆医療を支える人材について
急速な高齢化、医療に対する要求の高まり 等医療をとりまく環境は大きく変化していま す。医療従事者は、人の生命を守り、健康な 生活の手助けをするという重責を担ってお り、そのために高度な知識と能力が求められ ます。このため、医療従事者は生涯にわたる 研鑽が必要であり、その能力を十分に発揮し てもらうための勤務環境の改善も急務となっ ています。現在、医政局では、医師確保対策 などを通じて、医療従事者が誇りを持って働 けるような環境の整備に取り組んでいます。◆効率的な医療体制について
日本の医療の特徴として、病床数が多く、 平均在院日数が長いことが指摘されていま す。また、MRI等の高度な医療機器が普及し ていること、医師の診療回数が多いこと等が 特徴としてあげられます。このため、医療機 関等の役割分担をより明確化し、限られた医 療資源を有効に活用していくことが求められ ています。たとえば、各医療機関が得意とす る診療分野をはっきりさせ、連携を保ちなが ら医療を提供することが求められています。 この点については、他の先進諸国と比べ、対 策の遅れが指摘されており、医政局ではより 効率的な医療提供体制の確立に向けて努力し ているところです。◆先進的な医療の推進について
医政局では、国立がんセンターなど高度専 門医療センターや全国146の国立病院機構に よる先端的な政策医療の体制整備を行ってい ます。また、医薬品・医療機器の国際的な競 争を見据えた振興を図るとともに、進歩が著 しい情報処理技術や通信技術を応用した医療 情報システムの構築等の施策を推し進めてい ます。◆最後に
現在、日本の医療はさまざまな意味で転換 期を迎えているといえます。将来を見据えた 医療の姿を考えるためには、医学を学び、臨 床現場を経験した皆さんの力が必要です。簡 単な仕事ではありませんが、医師としてやり がいのある仕事です。あなたの熱意と誇りを 未来の医療につなげていきましょう。医政局での医系技官の仕事
医政局総務課長補佐大竹 輝臣
(おおたけ てるお) 平成10年 厚生省入省 (大臣官房統計情報部保健社会統計課保健統計室) 平成12年 保健医療局エイズ疾病対策課 (13年から健康局疾病対策課) 平成14年 文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課専門官 平成16年 岐阜県健康福祉環境部保健医療課長 平成18年 ピッツバーグ大学公衆衛生大学院 平成19年 現職仕
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平成20年度 厚生労働省 医系技官 (筆者は前列右端)健康局は、がん、心臓病、脳卒中などの生活 習慣病やエイズや肝炎などの疾病対策、新型イ ンフルエンザや麻しんなどの感染症対策に都道 府県・保健所・市町村と連携して取り組んでい ます。また、日常生活に身近な理美容などの生 活衛生関係営業の振興、建築物の環境衛生の確 保や水道の整備や水道水質の安全確保など健康 に関する幅広い役割を担っています。その中で 医系技官が主として関わっている、最近の仕事 を紹介します。