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潜在呈示した情報が選択判断時の視線の動きに与える影響

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.35.1

潜在呈示した情報が選択判断時の視線の動きに与える影響

田 根 健 吾

a,

*・道 又  爾

b

a上智大学大学院総合人間科学研究科

b上智大学総合人間科学部

Implicit information differentially influences gaze bias

in a two-alternative forced-choice task

Kengo Tane

a,

* and Chikashi Michimata

b a Graduate School of Human Sciences, Sophia University

b Faculty of Human Sciences, Sophia University

Participants performed an association-learning task between colors and geometric figures. In the explicit pre-sentation condition, the color and the figure were fully visible. In the implicit prepre-sentation condition, a continuous flash suppression technique was used so that the pairs were not consciously visible. After the learning procedure was complete, participants performed a two-alternative, forced-choice task in which they were to choose the learned pairs. In one-third of the trials, unlearned pairs were presented (the non-presentation condition). During the choice task, participant’s eye movements were monitored. Results indicated that in all three conditions, there was a gaze bias toward the chosen pair prior to the response (gaze cascade effect, e.g., Shimojo, Simion, Shimojo, & Scheier, 2003). The gaze bias in the implicit presentation condition was higher than in the non-presentation condition. Moreover, the gaze bias started earlier in the implicit presentation condition than in the other conditions. These re-sults supported the hypothesis that the gaze cascade effect reflects the process by which implicit information is used in making conscious decisions. Possible mechanisms of the gaze cascade effect are discussed.

Keywords: eye movements, gaze cascade, two-alternative forced-choice, continuous flash suppression, implicit

presentation, consciousness 導   入 人間は視覚優位の動物であるといわれる(岡田・廣 中・宮森,2006)。視覚を担う感覚受容器である眼球は 随意的あるいは非随意的に運動を繰り返しており(彦 坂,1984),このような眼球の動きは当人の言語化でき ない認知的処理の影響を受けていると考えられている (竹田,1976)。 視線の動きと認知処理の関連について,19世紀末に はすでに文章を読む作業における視線測定が試みられて おり(Huey, 1897; レビューとして古賀,1998),その後 1970年代ごろから現在に至るまで,視線の動きを「心の 窓」とみなして,洞察問題や意思決定,選択判断などの ような問題解決場面の認知処理プロセスを対象とする研 究がなされている(Allopennna, Magnuson, & Tanenhaus, 1998; Grant & Spivey, 2003)。問題解決のような高次の認 知処理においては,刺激の入力から最終的な反応までに 様々な処理の段階がある。それぞれの処理に関わる神経 回路の発火頻度は10 ms以下であるが,それが繰り返さ れることによって100 ms 程度の時間単位で段階的に 処理が進むとされている(Newell, 1990)。そのため, 100 ms以下の細かい時間分解能を持つ視線測定は,高次 認知処理の観察に適しているとされている(大野, 2002)。このような,視線の動きを通して認知処理過程 を解明する研究の発展として,選択課題中の視線の動き が意思決定において能動的な役割を持つ可能性を示した 実験がある。

Shimojo, Simion, Shimojo, & Scheier (2003)は強制 2 択 Copyright 2016. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. * Corresponding author. Graduate School of Human

Sciences, Sophia University, 7–1 Kioicho, Chiyoda-ku, Tokyo, 102–8554, Japan. E-mail: k-tane@eagle.sophia.ac.jp

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式判断課題中の参加者の眼球運動を記録した。課題の内 容は,2つの顔刺激のうち好きだと思う顔を選択する選 好判断課題と,より丸に近い顔を選ぶ丸さ判断課題で あった。参加者は2つの顔を自由に見比べ,自らの判断 が決まったら速やかに解答キーを押すことを教示されて いた。刺激呈示から判断までの視線の動きについて,各 試行の判断時点を え,そこから逆行する形で選択刺激 が注視された確率を分析したところ,選好判断課題での み判断の約 600 ms前から選択刺激へ視線が偏り始め, その偏りが非常に大きくなった時点で判断キーが押され ていることが示された。Shimojo et al. (2003) は, このよ うな視線パターンは,一方の刺激に対する注視時間が 徐々に長くなり,もう一方の刺激を精査する時間が短く なることによって生じると解釈し,“Gaze Cascade Effect” と名づけた。その後日本語文献である下條 (2008)にお いて同現象を「視線カスケード現象」と呼称しているた め,本稿ではこちらの表現を用いる。また,視線カス ケード現象についてはその定義について統一的な見解が ないが, 本稿では以降, 判断直前にチャンスレベル以上 の確率で選択刺激が注視されていることを指して視線カ スケード現象と呼ぶ。 Shimojo et al. (2003)はさらに,この視線カスケード 現象における視線の偏りには,選好判断を行ううえで能 動的な役割がある可能性を想定し,操作的に生じさせた 視線カスケードが顔刺激に対する選好判断と丸さ判断に 与える影響について検討した(Shimojo et al., 2003)。顔 刺激を画面の左右に1つずつ交互に呈示し,さらに一方 の顔を長く呈示することによって参加者に視線カスケー ドが生じている際の視線の動きを体験させたうえで,顔 に対する選好判断と丸さ判断を行った。この実験パラダ イムでは2つの顔で注視される時間の合計が異なり,単 純接触効果(Zajonc, 1968)の影響が生じる可能性があ るため,呈示時間の違いはそのままに,画面中央で2つ の顔を交互に呈示する条件,つまり視線の移動が生じな い条件を統制条件として行った。実験の結果,選好判断 においては視線を偏らせた方の刺激がチャンスレベル以 上に好まれたのに対し,丸さ判断や統制条件では選好の 偏りが生じなかった。このことから,一方の対象に目を 動かして長時間注視するということが選好に影響を与え ることが示された。以上 2つの実験結果からShimojo et al. (2003)は選好が意識的に知覚される過程について 1つの仮説を提唱した。それは,意識的な判断に先立っ て潜在的な選好が生じており,その対象に目を向けると いう運動(選好注視)と,対象を見ることで生じる単純 接触効果が,正の強化連鎖を形成し,この2つの入力が ある閾値を超えたときに選好が顕在化され,主観的に知 覚されるというものである。Shimojo et al. (2003)はこ れをPositive feedback loop仮説と名付けた。また,その 後の実験研究において,顔刺激に対する丸さ判断と選好 判断を行う際,参加者の注視点の近辺のみが見えるよう にして判断をさせた場合に,選好判断でのみ視線カス ケードが生じたことに加え,視線カスケードの継続時間 が大幅に長くなることを報告した(Simion & Shimojo, 2006)。さらに別の実験では,参加者の選好判断が下さ れる以前や以後に刺激呈示を終了した場合に,刺激呈示 が終わっていても視線カスケードが継続することや,そ の逆に刺激が呈示されていても判断後には視線カスケー ドが消えることを報告した(Simion & Shimojo, 2007)。 これらの結果は,視線カスケードが単に情報収集のため の視線運動によって生じているのではないことを示し, Positive feedback loop仮説を支持するものであった。

しかし,その後の研究により,Positive feedback loop仮 説では説明がつかない現象がいくつも報告された。例え ば,Glaholt & Reingold (2009a)では,さまざまな種類の 芸術写真(風景や人物,人工物など)を刺激としてペア で呈示し,より最近撮られた写真だと感じる方を選択す る新旧判断と選好判断を行っている場合で視線カスケー

ドを比較した。その結果,この2条件下ではよく似た視

線カスケードが見られることを報告した。さらに,Gla-holt & Reingold (2009b)では,直接的にPositive feedback loop仮説を検討するために,強制8択式の選好判断課題 と典型性判断課題において半数の刺激を先に呈示し,接 触経験の違いが視線の偏りに与える影響を調べた。典型 性判断課題とは,呈示された芸術写真の中から,参加者 が最も普通ではないと思う写真を選ぶ課題であった。 Positive feedback loop 仮説が正しいなら,接触により好 意度の上昇した刺激に対して視線が偏ると考えられるた め,先に呈示された刺激群の方が注視されやすく,ま た,選択されやすくなると予測される。しかし実験の結 果,どちらの課題においても先に呈示した刺激群は注視 されにくくなるという逆の結果になり,また,先に呈示 した刺激群が選択されやすくなるという効果も見られな かった。加えて,典型性判断課題においても選好判断課 題とよく似た視線カスケードが生じることが示された。 これらのことから,視線カスケードにおいて選好が不可 欠な要因ではないことが示され,また,Positive feedback loop 仮説への反証が示された。以上の結果を踏まえ, Glaholt & Reingold (2009b)は Positive feedback loop 仮 説 を否定し,課題における処理の深さが視線カスケードの 生起に関わっている可能性に言及した。しかし,具体的

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な生起メカニズムの考察には至っておらず,また,Shi-mojo et al. (2003)で示された視線操作の影響については 説明がつけられていない。 そこで本研究は,視線カスケードが生じるうえでどの ようなメカニズムが働いているのかについて,Glaholt & Reingold (2009b)とは別の観点から検討する。 視線カスケードが生じるメカニズムを推論するうえで 最も重要な手掛かりは,視線カスケードが生じなかった 課題(顔の丸さ判断課題)と,視線カスケードの生じた 課題(選好判断課題,新旧判断課題,典型性判断課題) における相違点である。両者の相違点は様々考えられる が,その一つとして,判断の根拠が参加者にとって明確 かどうかという点が挙げられる。視線カスケードの生じ なかった顔の丸さ判断は,刺激の物理的特徴から一義的 に正解が決まるため,選択肢を見比べることで明確な根 拠を得たうえで解答することができる。これに対し,視 線カスケードの生じた課題のうち,選好判断課題と典型 性判断課題はそもそも正解・不正解が存在せず,また, 新旧判断は正解・不正解は存在するものの,選択肢を見 比べるだけでは明確な根拠を得ることができない。つま り,視線カスケードが生じた3つの課題においては,回 答する際に明確な根拠が得られないまま判断しなくては ならない状況であったと考えられる。この,言わば「直 感的」な判断が行われることと,視線カスケードの生起 が関連している可能性がある。ここでいう「直感」とは, 人間の情報処理過程には顕在的過程と潜在的過程があ り,それらが常に相互作用しているという考え方と関係 が あ る。 認 知 処 理 に お け る 二 重 性 は 古 く か ら 注 意 (Posner, 1978)や視覚的意識(Weiskrantz, 1986)の文脈 で研究されてきた。そして近年,意思決定の文脈におい ても論じられるようになり,例えば Kahneman (2003) は認知機能に2つのモードを特定し,システム1とシス テム2と名づけた。システム1は処理が速く,自動的で, 連合的,潜在的であり,一方システム2は処理が遅く, 連続的で,努力を要し,顕在的にコントロールされてい る。潜在・顕在という言葉は研究分野により様々な用い られ方があるため,本稿ではこの2つのシステムの違い を踏まえて,当人の努力や意図にかかわらず意識できな いものを指して潜在的と呼ぶ。そして,2つのシステム の関係に関しては“システム 1は,印象,直感,意志, 感触を絶えず生み出してはシステム2に供給する。シス テム2がゴーサインを出せば,印象や直感は確信に変わ り,衝動は意志的な行動に変わる”(Kahneman, 2011 村 井訳 2012, p. 38)とされている。このことから,システ ム1の処理結果は常にシステム2に入力されるが,最終 的な判断はシステム 2において決定されると考えられ る。このモデルに従って考えるならば,参加者にとって 明確な根拠がある場合,つまりシステム2で取り扱える 情報がある場合は,システム1からの入力はあっても, 根本的にはシステム2で情報の処理と判断の決定が完結 可能だと考えられる。一方で,明確な根拠がなく,シス テム2だけでは判断に十分な情報が処理できない場合, システム1からの入力が重要になり,それがシステム2 による最終的な判断に強く影響すると考えられる。そし て,このようなシステム1(潜在的処理システム)から システム2(顕在的処理システム)への入力が,視線の 動きを介して行われている可能性がある。 そこで,本研究は潜在的処理が視線の動きを介して顕 在的処理による最終的な判断に影響を与えること,そし てその過程において視線カスケードが生じる可能性を検 討する。上記の仮説を検討するために,顕在的処理のみ で判断が可能な場合と,潜在的処理が顕在的処理に作用 する必要がある場合で視線カスケードの生起の仕方を比 較する。ただし,課題や刺激の種類によって視線カス ケードは影響を受ける(Liao & Shimojo, 2012; Park, Shimojo, & Shimojo, 2010)ため,従来の研究のように,異なる課 題間で比較することは避ける必要がある。そこで,条件 間で同課題,同刺激を使用できる方法として,対連合学 習課題を実験課題とし,学習を顕在的に行う条件(顕在 呈示条件)と潜在的に行う条件(潜在呈示条件)で回答 時の視線カスケードを比較する。顕在呈示条件において は,参加者は正解対についての知識を顕在的に持ってい るため,顕在的処理のみで判断を決定することが可能だ と考えられる。一方,潜在呈示条件においては,参加者 は正解対についての顕在的な知識がないため,潜在的処 理の結果を手がかりとした判断を行う必要が生じると考 えられる。

潜在呈示はContinuous Flash Suppression (CFS)パラダ イム(Tsuchiya & Koch, 2005)によって行う。CFSとは, 一方の眼球に動的で高エネルギーの画像を呈示すること で,もう一方の眼球に呈示された視覚刺激の視覚的意識 を抑制する手法である。抑制側の刺激は通常であれば高 次の認知処理(物体知覚や意味処理等)に十分な時間呈 示されているにもかかわらず,参加者はそれを意識的に 知覚できなくなる。CFSによって抑制された視覚情報が どの程度処理されるかという点についてはまだ議論が続 いているところではあるが,Functional magnetic reso-nance imaging (fMRI)を用いた脳イメージング研究の知 見より,CFSパラダイムによって抑制された刺激は視覚 経 路 の う ち 一 次 視 覚 野 を 通 り 背 側 経 路(Fang & He,

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2005) や 桃 体(Pasley, Mayes, & Schultz, 2004; Vizueta, Patrick, Jang, Thomas, & He, 2012)における水準まで処理 を受けることが示されている。また,抑制された刺激が その後の参加者の行動に変化を与える例として,Kanai, Tsuchiya, & Verstraten (2006)では,抑制刺激として呈示 されたある傾きを持つガボールパッチが,その後に呈示 される同様の傾きを持つガボールパッチの処理を促進す ることを示した。ほかにも,抑制された刺激によるプラ イミング(Almeida, Mahon, & Caramazza, 2010)や知覚学 習(Seitz, Kim, & Watanabe, 2009)といった現象が起こる ことが報告されているため,対連合学習に必要な,形態 の知覚と学習は十分可能と考えられる。CFSによる潜在 呈示が成功したか否かは,主観的指標と客観的指標の2 つの基準により確認する(Tsuchiya & Adolphs, 2007)。主 観的指標とは,参加者が刺激について見えたかどうかを 直接回答するものであり,一方の客観的指標とは,呈示 した刺激をいくつかの選択肢の中から強制選択させ,そ

正答率をチャンスレベルと比較するものである(Chee-seman & Merikle, 1984; Reingold & Merikle, 1988)。参加者 の内観報告として刺激が見えなかったことを確認し,か つ,強制選択の結果がチャンスレベルであった場合に潜 在呈示が成功したとみなす。ただし,その場合,潜在呈 示条件において学習が全く行われず,一切情報を保持で きなかった場合に,それを区別がすることができない。 そこで統制条件として,学習段階で呈示されていない刺 激をテスト段階で呈示して判断させる条件(無呈示条 件)を設定し,実際に正解についての情報を一切有して いない場合の視線の動きを計測する。 実   験 問題と目的 本研究は潜在的処理が視線の動きを介して顕在的処理 による最終的な判断に影響を与えること,そしてその過 程において視線カスケードが生じる可能性について検討 する。対連合学習を課題とし,顕在呈示条件と潜在呈示 条件,無呈示条件の3条件で,視線カスケードの生起の 仕方が異なるかを,視線の偏りの大きさと視線カスケー ドの開始時点の2つの観点から比較する。 視線の動きが判断の手がかりとされる際には,選択刺 激に対して頻繁な視線の移動と長時間の注視が生じると 考えられるため,選択刺激に対する視線の偏りが大きく なる,あるいは視線カスケードの開始から判断までの時 間が長くなることが予想される。偏りの大きさの比較は Shimojo et al. (2003),Liao & Shimojo (2012)に準拠し,2 標本コルモゴロフ・スミルノフ検定で行う。視線カス ケード開始時点については,選択刺激を注視した確率の 95%信頼区間の下限がチャンスレベルを超える時点を視 線カスケードの開始時点と定義し,条件間で比較する。 本研究の仮説通り,潜在的処理が視線の動きを介して 顕在的処理による最終的な判断に影響を与えており,そ の過程において視線カスケードが生じるのであれば,以 下の2つの予測が立てられる。第一に,潜在呈示された 情報が視線の動きに影響すると考えられるため,潜在呈 示条件と無呈示条件の間で視線カスケードに違いが生じ ると予測される。第二に,潜在的処理による入力が最終 的な判断に大きく影響すると考えられる潜在呈示条件の 方が,そのようなプロセスを必要としない顕在呈示条件 よりも,視線カスケードが大きく,また,開始時点が早 くなると予測される。 方 法 実験参加者 上智大学の学部生14名(男性2名,女性 12 名)が実験に参加した。平均年齢は 20.14 歳(SD= 0.83)であった。同大学の授業において参加希望者を 募ったため,その授業の男女比を反映した偏りが生じた が,実験内容に対する性別や性的嗜好の影響は大きくな いと考え,追加の募集は行わなかった。 各参加者の利き目の調査は,鈴木・福田(2013)に準 拠した。両手を使って穴を作らせ,両眼を開け,腕を伸 ばした状態で,その穴を通して離れた位置にある対象物 (天井のスプリンクラー等)を見るよう教示した。その 手と顔の位置を固定し,片目ずつ閉じた際に対象物が見 えなくなったほうの目を利き目とした。利き目が右の参 加者が10名,左の参加者が4名であった。 ヘルシンキ宣言の精神に則り,実験前にインフォーム ドコンセントを行った。実験内容の潜在呈示に関わる点 以外を開示し,参加者の精神と身体の安全性に十分配慮 していることを説明したうえで,参加中止や拒否の自 由,取得したデータの管理方法について理解して実験に 参加する旨の同意書に署名を得た。実験終了後に潜在呈 示についてのディブリーフィングを行った。 実験前の課題説明において,実験に使用する赤と緑の 色刺激を呈示し,その弁別が可能であることを確認した 上で実験を開始した。 課題 課題は抽象図形と色刺激の組み合わせを記憶す る対連合学習課題であった。Shimojo et al., (2003) では 各条件 19試行であったが,それを参考にしたうえで, 位置や色のカウンターバランスを完全にするために,各 条件24試行とした。また,20名の参加者(男性8名,女 性12名,平均年齢19.7歳 SD=0.66)で行った予備実験

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において,学習段階の正解対呈示を一回にしたところ, 十分な正答率が得られなかったため(顕在呈示条件: 60.21%,潜在呈示条件: 53.71%),より学習成績を高め るために正解対の呈示を3回行うこととした。 刺激 左右対称で命名困難な抽象図形72種類と,赤 と緑の2色の色画像を刺激として用いた。抽象図形はコ ンピュータプログラムによって生成し,白背景の上に黒 色で描画した。抽象図形の抽象度について1を「非常に 抽象的ではない」,7を「非常に抽象的である」とする 7件法で測定したところ,各図形の抽象度の平均は4.24 (SD=0.80)であった。色刺激については,RGB色空間 値によって赤を[255, 0, 0],緑を[0, 255, 0]と定義し, 各色を白背景の中央に境界をぼかした円として描画し た。作成された色刺激について,実験用モニタに呈示し た際の輝度を輝度計(AS-100,ミノルタ製)で計測し, 2 色がほぼ同輝度(4.8 cd/m2)になるよう Adobe Photo-shop CS6を用いて調整した。また,妨害刺激として,黒 背景の上に三色の円(黄色[255, 255, 0],水色[0, 255, 255],ピンク色[255, 0, 255])と,実験に用いなかった 抽象図形から切り取った一部をランダムに配置した画像 を10種類作成した。3色の円は上記の色刺激と同程度の 径とし,1つの妨害刺激につき各色2つずつを黒背景上 の任意の位置に,重なり部分が各円の面積の三分の一程 度を超えないようして配置した。抽象図形の一部につい ては,1つの妨害刺激につき2∼3つを任意の角度に回転 させたうえで,3色の円と重なるようにしてランダムに 配置した。上記すべての刺激画像は視角5°×5°の正方形 で呈示された。 装置 刺激の呈示や反応の記録は,アプライド社製コ ン ピ ュ ー タ(WS5-I321A2H500)上で作動する Psycho-physics Toolbox 3 (Brainard, 1997)を使用して記述された プログラムによって制御した。BenQ 社製 23.6 インチ LEDモニタ(XL2410T)上に刺激呈示し,学習段階の間, 参加者はSTEREO AIDS社製の実体鏡(SA200LT)を通し て画面を見た。また,反応取得にはELECOM社製テン キーパッド(TK-TCM002WH)を用いた。テスト段階に おける視線の計測は Cambridge Research System 社製の GazeTrackerによって行い,視線データの収集や分析は Video Eyetracker Toolbox 2.1を用いて行った。

手続き 参加者は1名ずつ実験に参加し,暗室内に設 置された LEDモニタの前に座って,課題を遂行した。 参加者と画面の距離は,GazeTrackerを固定したあご台 を用いて,57 cmに固定した。参加者があご台に下顎を 固定した後,実体鏡を参加者と画面との間に設置し,実 体鏡を通して画面が見られるように位置を調整した。こ の際,左目には画面の左半分のみが,右目には画面の右 半分のみが,それぞれ入力されていることを確認した。 抽象図形と色の組み合わせを48組記憶する学習段階 と,その記憶についてテストするテスト段階に分けて実 施した(Figure 1)。

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1. 学習段階 参加者ごとに,72種の抽象図形の中からランダムに 48種選択し,学習段階で呈示した。48種の抽象図形の それぞれに対し,2種の色刺激のどちらか1つを組み合 わせた。各刺激についてどちらの色が組み合わせになる かは,参加者ごとにランダム化した。この48組の刺激 対を1組につき4000 msずつ呈示し,参加者に記憶させ た。半数の試行を潜在呈示条件,もう半数を顕在呈示条 件とした。潜在呈示にはCFSパラダイムを用いた。実体 鏡を利用し,参加者の利き目に高輝度,高コントラスト の動的なノイズとなるように,10 種類の妨害刺激を 100 msずつ連続呈示した。もう一方の眼球には学習すべ き刺激対を呈示した。これにより学習すべき刺激対が抑 制されたことの操作チェックとして,潜在呈示試行後に 毎回刺激対が見えたかどうかをキー押しで内観報告さ せ,見えたと回答された刺激対については分析から除外 した。一方,顕在呈示条件では両眼に学習すべき刺激対 を呈示し,正解となる刺激対が参加者の視覚的意識に上 るよう操作した。すべての組み合わせ(48組)の呈示 が終了した後,各組合せの呈示条件は同一のまま,呈示 順だけをランダム化してさらに2ブロック行った。つま り,各組合せは同じ呈示条件で3回ずつ呈示された。 2. テスト段階 学習段階で使用した実体鏡を撤去し,画面の全体が両 眼で見られる状態にしたうえで実施した。学習段階で使 用しなかった24種の抽象刺激を追加し,無呈示条件と した。画面の左右に正解となる刺激対と不正解となる刺 激対を呈示し,どちらが正解の対だと思うかをキー押し で選択させた(無呈示条件においては,正解,不正解と いう区別はなかった)。各色が呈示される位置や,正解 対が呈示される位置については,参加者内でカウンター バランスされるよう調整したうえでランダム化した。ま た,各条件が行われる順番についてもランダム化した。 参加者がキー押しで解答するまでの視線の動きを計測 し,従属変数とした。視線の計測は,50 Hz,つまり 20 ms に 1 サンプルずつ取得した。本研究は原則的に サッケード前後の停留位置を興味の対象としており,同 様の分析を行っているShimojo et al. (2003)では30 msに 1 サンプルだったことに加え,停留時間は一般的には 100 msから300 ms程度である(大野,2002)ため,上記 のサンプリングレートで十分であると判断した。 データ解析 視線データの解析はShimojo et al. (2003) に準拠した。まず,各参加者のそれぞれの試行におい て,選択された刺激対が左右どちらだったかという情報 を基に,各サンプリングポイントの視線データを,「選 択した刺激対を注視していた」,「非選択の刺激対を注視 していた」,「刺激対以外の部分を注視していた」という 3種類にコーディングした。次に,コーディングされた データについて,参加者ごとに,各呈示条件に含まれる 24試行の視線データを,終了時点,つまり参加者が判 断を下した時点を原点として揃えた。そして最後に,そ の原点から逆行する形で,20 msごとの各サンプリング ポイントにおいて,参加者が各試行で選択した刺激対が 注視されていた確率(選択刺激注視率)を算出した。 結 果 まず初めに,潜在呈示条件において刺激が見えたと報 告された試行を分析から除外した(5名の参加者の該当 データ計21試行)。本研究の課題が学習不可能な難易度 ではないことを確認するために,顕在呈示条件の課題正 答率をチャンスレベルと比較した。参加者ごとに顕在呈 示条件における正答率を算出し,それを参加者間で平均 した(M=81.85%, SD=11.85)。この平均値についてチャ ンスレベルの50%に対するt検定を行ったところ,有意 差が見られ,チャンスレベルより高い確率で正答してい たことが示された(t(13)=10.05, p<.001, r=.94)。この ことから,本研究の課題が学習不可能な難易度ではな かったことが示された。一方で,潜在呈示が成功したこ とを確認する客観的指標として,強制選択の成績はチャ ンスレベルである必要があるため,潜在呈示条件におけ る課題正答率をチャンスレベルと比較した。顕在呈示条 件同様に,参加者ごとに潜在呈示条件の課題正答率を算 出し,参加者間で平均した(M=49.70%, SD=12.28)。 これについてチャンスレベルの50%に対する t 検定を 行ったところ,有意な差は見られなかった(t(13)=0.09, p=.929, r=.02)。このことから,本研究の定義におい て,潜在呈示が成功したことが確認された(無呈示条件 においては正解が存在しないため,課題正答率は算出さ れなかった)。 判断課題時の参加者の視線の動きについて,まず,視 線カスケードが生じていたかどうかを確認した。参加者 ごとに算出した各条件の選択刺激注視率を参加者間で平 均し,各条件の選択刺激注視率の推移を求めた(Figure 2a)。判断前50サンプル(1秒間)の平均について,チャ ンスレベルの50%とt検定で比較した。その結果,すべ ての条件でチャンスレベルより有意に高い直前選択刺激 注視率であり,視線カスケードの生起が確認された(顕 在呈示: M=69.36%, SD=12.32, t(13)=5.88, p<.001, r=.85; 潜 在 呈 示: M=68.94%, SD=9.08, t (13)=7.80, p<.001, r=.91; 無呈示: M=65.83%, SD=8.98, t (13)=6.59, p<.001,

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r=.88)。 各条件で生じた視線カスケードについて,その大きさ を比較した。各条件の判断前1秒間(50サンプル)の選 択刺激注視率について,2標本コルモゴロフ・スミルノ フ検定を行った。その結果,無呈示条件と他の2条件と の間にそれぞれ有意な差が見られた(顕在–無呈示: d= 0.30, p=.022; 潜在–無呈示: d=0.30, p=.022)。一方で, 顕在呈示条件と潜在呈示条件の間には差が見られなかっ た(顕在–潜在: d=0.22, p=.178)。このことから,正解 についての情報を与えられた顕在呈示条件と潜在呈示条 件においては,どちらも無呈示条件より大きな視線カス ケードが生じていたと言える一方で,本研究で予測して いた,潜在呈示条件の方が顕在呈示条件より大きな視線 カスケードが生じるという結果は得られなかった。 Figure 2. (a) Gaze likelihood curves locked at the decision moment. (b) Gaze likelihood curve locked at the decision

mo-ment in the Implicit presentation condition. Error bars represent the 95% confidence interval. The black arrow indicates the starting point of the gaze cascade. (c) Gaze likelihood curve locked at the decision moment in the Explicit presentation condition. Error bars represent the 95% confidence interval. The black arrow indicates the starting point of the gaze cas-cade. (d) Gaze likelihood curve locked at the decision moment in the Non-presentation condition. Error bars represent the 95% confidence interval. The black arrow indicates the starting point of the gaze cascade.

Figure 3. (a) Gaze likelihood curves locked at the decision moment in the Implicit presentation conditon devided into cor-rect trials and incorcor-rect trials. (b) Gaze likelihood curves locked at the decision moment in the Explicit presentation condi-ton devided into correct trials and incorrect trials.

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また,視線カスケードの開始時点を比較するために, 各サンプリングポイントにおける選択刺激注視率につい て,95%信頼区間を算出し,その下限がチャンスレベル の50%を超え,その後下回らなくなった時点を求めた (Figure 2b–2d,黒矢印の位置)。その結果,潜在呈示条 件は−1180 ms,無呈示条件は−920 ms,顕在呈示条件は −760 msの時点から視線カスケードが生じていることが 示された。このことから,本研究の予測通り,視線を手 がかりとして判断をすると考えられる潜在呈示条件で最 も長い視線カスケードが生じていたと言える。 また,本研究の潜在呈示条件と顕在呈示条件におい て,学習された情報に沿った視線パターンが見られるか という観点から,参加者が正解対を選択した場合,つま り正解試行の視線カスケードと,不正解対を選択した場 合,つまり不正解試行の視線カスケードを比較した。 顕在呈示条件と潜在呈示条件に関して,正解試行と不 正解試行を分けたうえで,各条件における選択刺激注視 率の推移を求めた(Figure 3a, 3b)。両条件における正解試 行と不正解試行の間で,判断直前1秒間(50サンプル)の 選択刺激注視率の分布を2標本コルモゴロフ・スミルノフ 検定で比較した結果,どちらも正解試行の方が高い選択 刺激注視率であった(顕在/正解–顕在/不正解: d=0.38, p=.001; 潜在/正解–潜在/不正解: d=0.40, p=.001)。 このことは,選択刺激と正解刺激が一致するときには視 線の偏りが大きく,一致しない場合は視線の偏りが小さく なったことを示している。これはつまり,顕在呈示条件の みでなく潜在呈示条件においても,参加者は正解刺激に ついて与えられた情報の一部を保持しており,その情報 が選択判断時の視線の動きに影響したと考えられる。 考 察 本研究は,潜在的処理の結果が視線の動きを介して顕 在的処理による最終的な判断に影響を与えること,そし てその過程において視線カスケードが生じる可能性につ いて検討した。対連合学習を課題とし,正解についての 情報を顕在的に与えられた顕在呈示条件と潜在的にのみ 与えられた潜在呈示条件,全く与えられていない無呈示 条件で,強制2択式判断中の視線の動きを比較した。 実験結果は,すべての条件で視線カスケードが生じた ことを示していた。また,視線カスケードの大きさと長 さについて条件間で比較したところ,無呈示条件とその 他2条件との間で視線カスケードの大きさに差が見られ た。視線カスケードの長さに関しては,潜在呈示条件が 最も長く,次に無呈示条件,顕在呈示条件という順に短 くなった。 本研究の1つ目の予測は,潜在呈示条件と無呈示条件 の間で視線カスケードに違いが生じるというものであっ た。本実験の結果は視線カスケードの大きさ,開始時点 ともに違いを示すものであり,予測と一致した。潜在呈 示条件と無呈示条件における違いは,参加者が正解につ いての情報を潜在的に持っていたかという点であり,両 者の視線カスケードの違いはこれによって生じたと考え られる。さらに,この考えを支持する事実として,潜在 呈示条件の正解試行と不正解試行を比較した際,正解試 行の方が大きい視線カスケードを示したことも挙げられ る。これは参加者が不正解の刺激対を選択した不正解試 行において,もう一方の刺激対,すなわち正解対を注視 しながら判断を行っている試行が相対的に多くなってい ることを示している。つまり視線は,当人の自覚してい る判断とは乖離して,選ぶべき対象を注視していたとい うことである。これとよく似た知見が,誤信念課題 (Wimmer & Perner, 1983)に取り組んでいる幼児の視線 研究でも示されている。誤信念課題は,他者の持つ状況 認知を推測する課題であるが,他者の考えを想像する機 能が未成熟な3歳から5歳の幼児が誤信念課題を行って いる際に,言語応答としては誤った解答をしているにも かかわらず,視線方向は正解の選択肢を示す傾向にある ことが報告されている(Clements & Perner, 1994; Ruff-man, Garnham, Import, & Connolly, 2001)。この知見と並 び,本研究の結果は非自覚的な正解への気づきを視線が 示す一つの顕著な実例であると言える。 また,2つ目の予測として,潜在呈示条件の方が顕在 呈示条件よりも視線カスケードが大きく,また,開始時 点が早くなることを予測した。本研究の結果は視線カス ケードの開始時点については予測と一致した一方で,大 きさについて条件間で違いが生じなかった。まず,開始 時点に違いが見られたことから,顕在呈示条件に比べ潜 在呈示条件の方が,視線が偏り始めてから判断までの時 間が長かったと考えられる。これは,選択刺激に向かう 視線の偏りを頻繁に,あるいは長時間体験した後に判断 することによって生じるパターンであり,本研究の,潜 在的処理の結果が視線の動きを介して顕在的処理による 最終的な判断に影響を与えるという仮説を支持するもの であった。一方で,潜在呈示条件と顕在呈示条件で視線 カスケードの大きさに違いが生じなかったことに関して は,予測と一致しなかった。特に,顕在呈示条件でも視 線カスケードが生じたことは,視線が潜在的処理結果の 入力として働く過程によって視線カスケードが生じると いう仮説に反する結果であった。ただし,このことと, 条件間の視線カスケードの開始時点の違いについて,改

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めてKahneman (2003)の二重処理モデルを用いて解釈 が可能であると考えられる。 視線カスケードの開始時点は潜在呈示条件が最も早 く,次いで無呈示条件,最も遅いのが顕在呈示条件とい う順であったが,これは各条件の試行において,システ ム1と2の間の葛藤の強さ,つまりシステム間の競合の 大きさを反映している可能性がある。まず,3条件の中 で最も葛藤が少ないと推測されるのは顕在呈示条件であ る。顕在呈示条件においては,両方のシステムが処理で きる形で情報が与えられている。そのため,各システム が個別に導き出す答えは一致することになり,競合はほ とんど生じないことが予想される。そして,次に競合が 少ないのは,おそらく無呈示条件であると考えられる。 無呈示条件においては全く情報が入力されていないが, それによって2つのシステムは全く機能しなくなるので はなく,今までに体験した様々な情報を基に,少しでも 妥当な答えを出すべくそれぞれに処理が行われるはずで ある。このとき,過去の経験は両システムで共有されて いると考えられるため,あまり大きな競合は生じないと 考えられる。これに対し,潜在呈示条件においては,シ ステム1だけが正解の情報を持っているという,不均衡 な状況である。これにより,他の2条件と比較して,シ ステム1とシステム2の間に大きな競合が生じると推測 される。競合が大きければ大きいほど,システム1は繰 り返しシステム2へと入力を与える必要が生じる。その ため,システム1によって一方の刺激へと視線が頻繁に 向けられ,それを何度も体験したうえで判断がなされる ことで,視線カスケードが長くなったと考えられる。ま た,たとえ顕在呈示条件のようにほとんどシステム間に 競合が生じない状況であっても,そもそも2つのシステ ムは,システム1は速く働き,システム2は遅く働くとい う特徴を持つ。そのため,その時間的なずれの分だけ顕 在呈示条件においても視線が入力として働き,それが短 い視線カスケードとして表れた可能性がある。これはつ まり,顕在呈示条件における視線カスケードの長さは, システム1とシステム2の処理速度の違いを反映してい る可能性があるとも考えられるため,この点に関しては 例えば個人間比較を通して個人の認知処理速度を計測す るなど,今後の応用的発展が期待できる知見である。加 えて,本研究の視線カスケードの違いについては,各シ ステム間の競合の強さを基に合理的な解釈が可能である と言える。これまで様々な研究分野で認知処理における 二重処理の問題が扱われてきたが,本研究はシステム間 の相互作用に視線の動きが重要な役割を果たしている可 能性を示した点で,重要な知見であると言える。 ただし,本研究にはいくつか慎重に取り扱うべき問題 や課題も残されている。まず,潜在呈示条件と無呈示条 件の比較において,先の考察では正解についての情報を 持っているか否かという違いを中心に論じたが,これに つ い て, 単 純 接 触 に よ る 知 覚 的 流 暢 性(Bornstein & D’Agostino, 1992)の違いでも解釈可能だという反論が想 定しうる。刺激に繰り返し接触することで認知処理にお ける負担が減る,つまり知覚的な流暢性が高まると考え られている。これに基づけば,本研究の潜在呈示条件と 無呈示条件の違いとして,刺激に接触しているか否かと いう点も挙げられるため,結果に知覚的流暢性が影響し ているという可能性は一見妥当である。しかし,本研究 のテスト段階では,同じ抽象図形に赤と緑の各色を組み 合わせた2つの刺激対を選択肢として呈示しており,各 選択肢を構成する要素について考えれば,選択肢間での 接触回数は均等であると言える。そのため,この知覚的 流暢性という概念で本研究の結果を説明することは困難 であると考えられる。 次に,本研究の潜在呈示条件では,視線データが無呈 示条件との間に差異を示したことから学習の効果があっ たと結論づけたが,この点に関して,それが十分な強度 だったのか,あるいは別の要因の影響による見かけ上の 学習効果ではないのか,といった批判も想定される。こ れについては正解試行と不正解試行の比較からも傍証が 得られてはいるが,決定的な説得力を持つとは言いがた い。そこでこの点に関しては,学習効果を視線以外のデー タから評価できる工夫をすることを今後の課題としたい。 以上より,本研究はいくつかの課題が残されてはいる が,視線の動きには参加者の有している潜在的な情報が 反映される可能性と,意思決定を行う際にその視線の動 きが判断に影響を与えている可能性を示した点で,重要 な知見であると言える。視線カスケード現象は,反応 キーを押す前にすでに複雑な情報処理過程が生起してお り,なおかつ人間はそれに自覚的でないことを示す,極 めて興味深い現象である。この現象に,CFSのような心 理物理的方法論を組み合わせ,そのメカニズムを検討す ることは,人間の内部で生起する情報処理活動の理解に 決定的な役割を果たす可能性がある。例えば今後,計測 する視線運動をより不随意的な成分,例えば固視微動な どに限定することで,意思決定における潜在的な情報処 理の詳細について明らかにしていくことが期待される。 引 用 文 献

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Figure 1. Procedure of the Experiment.
Figure 2. (a)  Gaze likelihood curves locked at the decision moment.  (b)  Gaze likelihood curve locked at the decision mo- mo-ment in the Implicit presentation condition

参照

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