1 徳島大学大学院医歯薬学研究部(薬学域)衛生薬学分野 (〒770‒8505 徳島県徳島市庄町1丁目78‒1)
2 静岡県立大学大学院薬学研究院医薬生命化学講座(〒422‒ 8526 静岡県静岡市駿河区谷田52‒1)
3 帝京大学薬学部(〒173‒8605 東京都板橋区加賀2‒11‒1) Development of a new therapy for ischemic stroke by use of lipo-somal drug delivery system
Tatsuya Fukuta1, 2 and Naoto Oku2, 3 (1 Department of Pharmaceu-tical Health Chemistry, Graduate School of Biomedical Sciences, Tokushima University, Shomachi 1, Tokushima 770‒8505, Japan, 2 Department of Medical Biochemistry, School of Pharmaceutical Sciences, University of Shizuoka, 52‒1 Yada, Suruga-ku, Shizuoka 422‒8526, 3 Faculty of Pharma-Science, Teikyo University, 2‒11‒1 Kaga, Itabashi-ku, Tokyo 173‒8605, Japan)
本論文の図版はモノクロ(冊子版)およびカラー(電子版)で 掲載. DOI: 10.14952/SEIKAGAKU.2019.910399 © 2019 公益社団法人日本生化学会
脂質微粒子リポソームを用いた脳梗塞治療法の開発
福田 達也
1, 2,奥 直人
2, 3 1. はじめに 脳梗塞は,死因別死亡率,および要介護に至る原因疾 患の上位である脳血管障害の約6割を占める.その標準治 療として,組織プラスミノーゲン活性化因子(tissue plas-minogen activator:t-PA)製剤を用いた血栓溶解療法が適 用されており,速やかな血流再開は脳を一時的に障害から 保護することができる.しかし,t-PAや外科的手術により 血流を再開できたとしても,酸化ストレスや炎症による二 次的な障害,脳虚血/再灌流障害が生じ,運動機能不全な どの患者予後不良につながる.また,t-PAは投与開始が遅 延するに伴い,副作用である脳出血や神経毒性を惹起する ことから,有効な治療可能時間(therapeutic time window: TTW)は脳梗塞発症後4.5時間以内と限定されている.日 本を含む限られた国においては,ラジカルスカベンジャー であるエダラボンが脳保護薬として認可されているが,世 界的に用いられる脳保護薬は存在せず,上述したような問 題を改善する新たな脳保護薬の開発が望まれている1). 脳への薬物送達においては,脳への物質輸送を厳密に制 御する血液脳関門(blood-brain barrier:BBB)を越える必 要がある.しかし脳梗塞時には,種々の因子によって虚血 巣周辺のBBBを構成するタイトジャンクションが傷害さ れることで,脳血管透過性が亢進することが実験等物およ びヒトにおいて報告されている2).筆者らはこの特殊な病 態に着目し,ドラッグデリバリーシステム(DDS)のキャ リアーである脂質微粒子リポソームを用いた脳梗塞部位へ の薬物送達と治療を試みてきた.本稿では筆者らの研究成 果を中心に,リポソームをはじめとするナノ粒子を用いた DDSによる脳梗塞治療の有用性について紹介する. 2. 脳虚血/再灌流部位へのリポソームの集積 リポソームの脳虚血/再灌流部位における分布を解析 するにあたり,脳梗塞モデルとして汎用される一過性中 大脳動脈閉塞(transient middle cerebral artery occlusion:t-MCAO)ラットを用いて検討を行った.本モデルは,中大 脳動脈の起始部へとナイロン栓子を挿入することで物理 的に脳虚血を,またそれを引き抜くことで再灌流を引き起 こすことが可能である.虚血時間を1時間に設定し,蛍光 標識したポリエチレングリコール(PEG)修飾リポソーム を再灌流0, 1, 3, 6, または24時間後に尾静脈内投与し,そ れぞれ投与1時間後の脳スライス中の蛍光を観察した.な お,リポソームの脂質組成は,安定な組成として汎用さ れるジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)/コ レステロール(Cho)/ジステアロイルホスファチジルエ タノールアミン(DSPE)-PEG2000=10/5/0.5(mol%)とし た.その結果,再灌流後早期(0∼3時間後)に投与した リポソームの集積が虚血側脳半球(右脳)においてのみ 認められた.一方,脳細胞死を可視化する2,3,5-triphenyl-tetrazolium chloride(TTC)染色を行ったところ,虚血/再 灌流による目立った脳細胞死は再灌流3時間後以降に観察 された.このことから,虚血/再灌流に伴うBBB破綻は, 顕著な脳細胞死が生じる以前の早期から生じ,障害が拡大 する前から,リポソームによる脳実質への薬物送達が可能 であることが明らかとなった3).また,再灌流直後に投与 し,脳実質へ移行したリポソームがその24時間後におい ても蓄積しているようすが観察された.がん治療を目的 としたナノDDSにおいては,腫瘍新生血管の透過性亢進 とがん組織の未発達なリンパ系の構築に基づいたenhanced permeability and retention(EPR)効果によるパッシブターゲティングが広く知られており,Doxil®のように実用化さ
れている製剤や,臨床試験中の製剤も多く存在する.脳虚 血/再灌流後の破綻したBBBの間隙を介した患部へのリ ポソーム集積も,がん組織におけるEPR効果と同様の機
構により生じていると考えられる. 3. リポソーム化脳保護薬による脳虚血/再灌流障害の 治療 脳保護薬としてエリスロポエチン(EPO)の代謝体で あるアシアロエリスロポエチン(AEPO)をリポソームに 搭載し,脳虚血/再灌流障害に対する有効性を検討した. AEPOは神経細胞や脳血管内皮細胞の表面に発現するEPO 受容体に結合し,下流のシグナルを活性化することで脳 保護効果を示す.糖タンパク質であるAEPOはリポソーム 内水相に封入することも可能であるが,リポソーム表面へ 外挿することで,脳実質へ移行した後の速やかな受容体 への結合と薬効発揮が期待できる(図1A).また,AEPO は血中半減期がきわめて短いことが問題とされていたが, DSPC/Cho/DSPE-PEG2000=10/5/0.5(mol%) で 構 成 さ れ たPEGリポソームのPEG末端に修飾することで,血中滞 留性と患部への移行性が有意に向上した.t-MCAOラット に対して,虚血/再灌流後にAEPOリポソームを投与し, その24時間後における脳保護効果をTTC染色により評価 したところ,対照のPBS投与群,遊離のAEPO投与群と 比較して,脳細胞傷害を有意に抑制した(図1B).一方, AEPOを修飾していないPEGリポソームを投与した場合に は治療効果が認められなかったことから,脳組織へ到達し たAEPOが薬理効果を発揮することで脳保護効果を発揮し たことが明らかとなった.さらに,AEPOリポソームの脳 内挙動を観察したところ,虚血側脳半球において脳血管へ の結合(図1C),そして神経細胞周辺への顕著な集積が認 められた(図1D).脳虚血に応答してEPO受容体の脳血管 内皮細胞や神経細胞表面での発現が亢進することから,リ ポソーム表面のAEPOは受容体への結合による脳保護効果 のみならず,虚血/再灌流部位への標的化素子として機能 することが示唆された.また,脳梗塞患者が要介護に至る 一因として半身麻痺などの運動機能不全があげられる.t-MCAOラットに対してAEPOリポソームを投与し,虚血/ 再灌流7日後まで運動機能を評価したところ,対照群と比 較して運動機能不全の有意な改善効果が認められ,AEPO リポソームの脳保護薬としての有用性が示された3, 4). また筆者らは,脳保護効果が知られる低分子医薬品のリ ポソーム製剤を構築し,脳梗塞治療へ応用してきた.一 つは,免疫抑制剤として上市されているカルシニューリ ン阻害剤タクロリムス,もう一つは,くも膜下出血術後の 脳血管攣縮およびこれに伴う脳虚血症状の改善に用いられ るRhoキナーゼ阻害剤ファスジルである.詳細は割愛させ ていただくが,いずれのリポソーム製剤も,虚血/再灌流 後に生じる炎症などを抑制することで高い脳保護効果を示 すことを明らかとした5, 6).脂質二分子膜で形成され内水 相を有するリポソームは,化学結合などを利用した薬物の 脂質膜表面への修飾や,脂質膜中あるいは内水相への封入 が可能である.実際に,さまざまなタンパク質製剤や低分 図1 AEPOリポソームの脳虚血/再灌流部位への集積と脳保護効果
(A) AEPOリポソームの模式図.(B) AEPOリポソームによる脳虚血/再灌流障害の抑制効果.AEPOリポソームは 1時間の虚血,再灌流直後に静脈内投与し,その24時間後に脳保護効果を評価した.(C, D) AEPOリポソームの虚 血/再灌流部位への集積.蛍光イメージングにてAEPOリポソームの集積が認められた脳切片に対して組織免疫染 色を行い,脳血管内皮周辺(C),および神経細胞周辺(D)におけるリポソーム分布を共焦点顕微鏡により観察した. 文献3, 4より改変して引用.
子化合物のDDSキャリアーとしてリポソームを用いた例 が近年多く報告されている.エダラボンに次ぐ脳保護薬と してこれまでに開発されてきた候補化合物は,脳への非特 異的な分布による副作用や,BBBの存在に起因する低薬 効などが問題となり,臨床応用が困難とされてきた.その ため,脳梗塞部位への選択的な薬物送達を可能とするリポ ソームDDSは,従来脳梗塞に対する有効性が報告されて きた種々の候補化合物に適用できる可能性がある. 4. 血栓溶解剤t-PAとリポソーム化脳保護薬の併用療法 臨床の脳梗塞治療における問題点として,脳虚血/再灌 流障害に加え,t-PA血栓溶解療法の適用患者の限定があげ られる.t-PA製剤は世界的に用いられる唯一の脳梗塞急性 期の治療薬であり,外科的手術でも除去できない血栓に も適用可能である等の利点もある.ゆえに,t-PA処置によ り誘発される脳出血の抑制や有効なTTWの延長は,適用 患者の増加につながり,脳梗塞患者の予後改善につながる ことが期待される.脳梗塞時のBBBの透過性亢進は,再 灌流後のみならず,脳虚血時においても生じることが報 告されている7).そのためt-PAによる血流再開前の虚血時 から,リポソームによって患部へ脳保護薬を効率的に送達 できれば,虚血/再灌流障害の抑制のみならず,t-PAの上 記問題点の改善が期待される.筆者らは,t-PAを用いた血 流再開を再現可能な脳梗塞モデルとして,光増感反応に より脳血管内に血栓を形成可能なphotochemically induced thrombosis(PIT)法によるMCAOラットを導入し,リポ ソーム製剤とt-PAの併用療法の検討を行った.まず,粒 子径約100 nmの蛍光標識PEGリポソームをPIT法による 血栓形成後に静脈内投与し,一定時間後の脳内分布を観察 することで,虚血時に投与したリポソームの患部への送達 を評価した.その結果,虚血による顕著な脳細胞死が生じ る以前の時間帯から,虚血側脳半球におけるリポソーム集 積が認められ,さらにその集積量は経時的に増加した.同 様の結果が,栓子法によるt-MCAOラットを用いた場合で も得られており8),t-PAによる血流再開前から,リポソー ムによる脳梗塞部位への薬物送達が可能であることが示唆 された. そこで,脳保護薬としてRhoキナーゼ阻害剤ファスジル を用い,t-PAとの併用効果を検討した.脳梗塞時にはRho キナーゼが活性化し,血管内皮細胞の傷害や炎症細胞の浸 潤が生じること,またt-PAにより生じたプラスミンがRho キナーゼを活性化し,脳出血に関与するmatrix metallopro-teinase(MMP)-2,-9の活性化やBBBの破綻が促進される. ゆえに,ファスジルによるRhoキナーゼ阻害は,脳保護の みならず,t-PAが誘発する脳出血の抑制につながることが 図2 血栓溶解剤t-PAとリポソーム化脳保護薬の併用による脳梗塞治療 (A)リポソーム化ファスジル(FA-Lip)の模式図.(B)エバンスブルーを用いたBBB透過性(上図)と,脳切 片におけるMMP-2, -9活性(下図,in situ zymography)の評価.FA-Lip, t-PAはそれぞれ梗塞1, 3時間後に投与 し,梗塞開始24時間後にそれぞれの評価を行った.(C) t-PA/FA-Lip併用療法の脳保護効果.梗塞24時間後に脳 を摘出し,TTC染色により治療効果を評価した.***P<0.001 vs. PBS (t-PA(−)), *P<0.05 vs. FA-Lip (t-PA(−)), PBS (t-PA(+)). 文献9より改変して引用.
期待される.リポソーム化ファスジル(FA-Lip)は,リポ ソーム内外水相の硫酸アンモニウム濃度勾配を利用したリ モートローディング法により作製し,リポソームの脂質組 成はジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)/Cho/ DSPE-PEG2000=10/5/1(mol%) と し た(図2A).AEPO リポソームの調製時にはDSPCを基本脂質としていたが, FA-Lip調製時には,リポソーム内水相からのファスジル のリリースを考慮し,相転移温度がDSPCと比較して低い DPPCを用いた.ヒトにおいてはt-PAのTTWは4.5時間で あるが,PIT法によるMCAOラットでのTTWは梗塞2時 間後程度であることがTTC染色の検討から同定されたた め,FA-Lipおよびt-PAの投与時間をそれぞれ梗塞1, 3時間 後に設定した.なおラットにおけるTTWは,文献を参照 に,梗塞24時間後に摘出した脳スライスのTTC染色の結 果から,有意な脳保護効果が認められるt-PAの投与時間 とした9).t-PA処置は,虚血側脳半球においてBBBの透過 性亢進と,広域にわたるMMP-2,-9活性の増大を引き起こ した一方,FA-Lipの虚血時投与によってそれらが顕著に 抑制された(図2B).さらに,t-PA/FA-Lip併用療法は,梗 塞24時間後において各単独投与群と比較して有意に高い 脳保護効果を示した(図2C).また,t-PAの投与時間を梗 塞3時間後から4.5時間後にした場合,また,FA-Lipの投 与をt-PAと同時に梗塞3時間後に行った場合にもt-PA/FA-Lip併用群は対照群と比較して梗塞24時間後における脳細 胞傷害を有意に抑制し,2時間程度であるTTWを少なくと も2倍に延長できる可能性を示した10).筆者らは,t-PAの 投与が虚血部位へのリポソーム集積を向上させるという結 果を得ており11),これによりリポソームに内封されたファ スジルの患部への移行量が増加することで,高い脳保護 効果を発揮したと考察している.以上の結果より,FA-Lip とt-PAの併用療法は,t-PAにより誘発される脳出血の抑制 と,TTWの延長を可能とすることが明らかとなり,脳梗 塞治療における問題の改善につながることが示唆された. 5. ナノ粒子を用いた脳梗塞治療 筆者らの知見を中心に,脂質微粒子リポソームを用いた 脳梗塞治療について紹介したが,他の研究チームによるナ ノ粒子を用いた近年の報告をいくつか紹介する.主なアプ ローチとして,ナノ粒子表面への脳梗塞部位標的化リガン ドの修飾によるアクティブターゲティングが報告されてい る.Agullaらは,虚血巣周辺にてヒートショックプロテイ ン(HSP)72が高発現することを見いだし,抗HSP72抗体 をPEGリポソームに修飾することで,高い標的化能を発 揮できることを明らかとした12).またZhaoらは,脳血管 内皮細胞に高発現するトランスフェリン受容体(TfR)に 対する標的化ペプチド(HAIYPRH)と,in vivoファージ ディスプレイ法により見いだされた虚血部位の神経細胞 標的化ペプチド(CLEVSRKNC)という,二つのペプチド をPEGリポソーム表面に修飾した複標的化リポソームを 報告している.治療薬剤を搭載した複標的化リポソーム は,それぞれのペプチドを単独で修飾したリポソームに比 べて有意に高い脳梗塞部位への集積性を示すとともに,高 い脳保護効果を発揮した.二つのリガンドを修飾するこ とで,リポソームが脳血管内皮細胞上に高発現するTfRへ 結合した後,トランスサイトーシスによってBBBを突破 し,さらには神経細胞へと効率的にリポソームが送達され たためであると考察している13).一方,生体内で細胞間 情報伝達を担っており,リポソームと同様に脂質二分子膜 から構成される細胞外微粒子,エクソソームを応用した例 もある.間葉系幹細胞由来エクソソーム(MSC-Exo)は抗 炎症効果を有し,かつBBBを透過できると報告されてい たが,脳への標的性が不十分であるとされていた.Tianら は,脳虚血後にBBBで高発現するαvβ3インテグリンに対 する標的化リガンドcyclic-RGDをMSC-Exoに修飾するこ とで,脳梗塞部位への標的性を付与し,さらには抗炎症効 果を有するクルクミンをcyclic-RGD修飾MSC-Exoに封入 することで,MSC-Exo単独と比較して,有意に高い抗炎 症効果を発揮するナノ粒子の構築に成功している14).エ クソソームがBBBを突破するメカニズムはいまだ不明な 点が多いが,脳への転移性を有するがん細胞由来のエクソ ソームがBBBを突破する際に関与するmicroRNAや受容体 が明らかとされつつある15, 16).今後こうした知見が蓄積さ れ,BBB突破に関与する因子をリポソームに組み込むこ とで,脳梗塞部位へのより効率的な薬物送達を可能とする DDSの開発が期待される. 6. おわりに 本稿では,脂質微粒子リポソームを用いた脳梗塞治療に ついて解説した.脳梗塞時のBBBの透過性亢進はヒトに おいても生じると報告されていることから,リポソームを 用いた治療法はヒトへの応用も期待できる.リポソームな どのナノ粒子を用いた脳梗塞治療に関する研究は近年展開 され始めたばかりである.今後,DDSを用いた治療戦略 の有用性が蓄積されるとともに,筆者らの知見が,新たな 脳保護薬開発に向けた一助となることを祈念している. 文 献
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