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海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 利用統計を見る

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海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」

著者

坂本 頼之

著者別名

Yoriuki Sakamoto

雑誌名

東洋大学中国哲学文学科紀要

21

ページ

169-195

発行年

2013-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00004182/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

一六九 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」

海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」

 

 

 

はじめに

  陵( 1755 1817 の「 想、 に『 が見られることは、先行する研究が指摘するところであ (1   この『韓非子』は、 中国ではあまり読まれず、 江戸時代の日本において盛んに読まれ研究された。しかしその研究 は、 て、 く、 めの「古言」の同時代資料としてであり、 或いは『韓非子』の持つ独特な言い回しや、 美しい文章にひかれてのこと であっ (2 。このような限定的な、 いわば思想内容を無視した 『韓非子』 評価の傾向の中で、 『韓非子』 の法思想に着目し、 これを自己の思想に取り入れ展開している青陵は、特異な存在ということができる。   しかし従来の研究は、 その特異性についての研究、 つまり青陵の法思想に見える『韓非子』法思想の影響に焦点を あてたものがほとんどであり、 青陵の思想の全体の中で『韓非子』に影響された法思想がどのような意味を持つのか については、 詳細に論じられてこなかったと言って良いだろう。特に青陵の思想にみられる心性論との関連について、

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一七〇 主題として正面から取り組み、論じた研究は、管見の及ぶ限りではない。   そこで本稿では青陵の法思想と心性論の関係を、 彼の著述『経済話』に見られる「法」と「情」との関係への言及 し、 (3 に『 は、 る法の問題について、 「情」と「法」との関連の中で具体的に或問の形式で述べられているためである。   この法思想と心性論という一見相反する思想を、 青陵がどのように連関させ、 思想世界に内包していたのかが明ら で、 り、 である青陵が、どのような位置づけをなされるべきかを提示する一助としたい。   以下に論じる際に引用した青陵の著作は、 蔵並省自氏編 『海保青陵全集』 (八千代出版   一九七六年九月) (以下 『全 』) い、 を『 た。 た『 交じり文であるが、読者の理解の便宜のため、本稿では筆者により漢字と平仮名文にした。 (注 1) と『 が、 究として、 拙稿 「法家思想 海保青陵の場合 」( 『東洋大学大学院紀要』 第三十七輯   二〇〇〇年   文学研究科) 、および韓東育氏 『日 本近世新法家研究』 (中華書局   二〇〇三年一月)がある。 (注 2) る『 は、 稿「 る『 」( 刊第九十六号   二〇〇六年四月)に詳細にまとめ、発表済みである。参考にしていただきたい。 (注 3) 『経済話』 の原書名は不明であり、 その書名については 「海保儀平書並或問」 (『日本経済大典』 )「経済大意同或問」 (長山直治氏 「加 」(  

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一七一 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 一九八七年) )等諸説有る。 この著作の書名については蔵並省自氏 『海保青陵経済思想の研究』 (雄山閣出版   一九九〇年) の第二章 「著 中( p.27 ~28 る。 稿 る『 い『 統一した。また 『経済話』 の成立年代についても 『海保青陵経済思想の研究』 内で蔵並氏が考察しており p.26 ~28 )、 それによれば、 『経済話』 末尾には 「此外種々に存じ付たることあれども、 旅行せまりたれば此巻まで書記せり」 (『全集』 p.352 とあり、 この 「旅 三( 1805 の「 」( p.27 め、 前の文化三年秋と推定されている。

一.

『経済話』での法思想の展開

  『 ば、 (1 いて青陵の意見が述べられたものであるが、 その中でも本稿で中心に扱うのは、 加賀藩の現行法の問題点をあげた 「簡 と、 に、 ある。その或問で設定されている問題とは 「或問て云。娼妓は国の害なりや。風俗をあしうするものなりや。 」( 『経済話』 『全集』 p.348 というものであり、 言うなれば「娼妓」の存在を公認すべきか、 また公認するのであれば「娼妓」にどのような価値 を認めてのことなのかを問うものである。それに対して青陵は娼妓の公認設置を主張し、 娼妓が持つ価値について答

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一七二 える形でこの或問は推移していく。また青陵には 『経済話』 とは別に 「娼説」 と題する論があり、 谷村一太郎氏編 『青 』(   (2 の「 し、 の価値について述べてい (3   これらの論の中で青陵の思想における「情」と「法」との関係が明らかにされているのではあるが、 より具体的な 内容で説明がなされているのは、 或問形式をとる『経済話』の部分であり、 よってここではまず、 少々長くなり煩雑 ではあるが、 『経済話』における或問部分の青陵の回答の内容を、 「娼説」その他による説明を絡めながら、 確認して おきたいと思う。   は「 り。 」( p.348 る。 して 「昔は乱を防ぐ為に娼妓を置けり。 今は風俗の弊をすくふ為に娼妓を置けり。 智者は国を富す為に娼妓を置けり」 (『経済話』 『全集』 p.348 て、 る。 は、 が「 」「 について、 「人情」の面からの説明を述べる。 「凡そ人情止むことを得ず、 第一に大ひなる物を食とす。食を喰はねば餓死する故なり。第二に大ひなる物を色と す。色を禁ずれば病を成なり。古より飲食男女は、人の大慾存すと云へり。色食は性也と云へり」 (同上)

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一七三 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 このように 「食」 と「色」 は「人情止むことを得ず」 なものであり、 それは 「食」 をやめてしまうと餓死してしまうし、 「色」 をやめてしまうと病気になってしまうからであって、 それ故に古来から「飲食男女は、 人の大慾存す」 「色食は性也」 と述べられていると古典の引用例を挙げ (4 。このことについてはまた「娼説」においても同様に 「食與色、 大欲之所在、 乃不能忍而不為也 (食と色とは大欲の在る所なり。乃ち忍びて為さざる能わざるなり) 」( 「娼 説」 と「食」 「色」とが並べて提示されている。そして『経済話』では続けて 「故に節するものにて、 絶つ物に非ず。心腹を養ふものにて、 心腹に飽過さしむる物に非ず。唯、 人情の得て止め られぬもの也」 (『経済話』 『全集』 p.348 と「 も「 て、 る。 と「 ようなものであるため 「古より乱の起るは食色の二つ」 「人の恥を乞物、食色より大ひなるは無く、急なるはなし」 (同上)

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一七四 と古来乱の起こる原因になるとされる。しかしながら「食」と「色」とは異なる点がある。青陵の指摘に拠れば 「食は一人にて拵へ設くる物なれども、 色は必ず配偶を待ちて慾を養ふ物なれば、 乱を醸し争を生ずるは、 食より も大ひなり」 (同上) れ、 な「 が、 る「 る。 で、 今の時代において「食」の争奪の争いが古よりも少ないのは、 「食」を己の金で買うことが出来るからであり、 「色」 も同様に何処でも己の金で買うことが出来れば、 争奪は起こらないはずである。これが青陵が挙げる娼妓を公認する ことの利点であ (5   で「 は「 」( p.348 る。 は「 ば「 」( り、 る。 た「娼妓」は幕府においても公認されている。 「江戸には御免の遊女あり。買う人罪なし。品川 新宿 板橋抔には、 食盛女を免さる。買う人罪無し」 (『経済話』 『全集』 p.320 このように幕府で公認されている「娼妓」を禁止して、 禽獣以外はどこの諸外国であっても禁止している不正な男女

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一七五 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 る「 は、 れ、 で「 る。 して青陵は続けて「法」を 「法と云ものは情を養ふものにて、情を誣ゆるものに非ず」 (『経済話』 『全集』 p.348 と定義し、その上で 「情を養ふ法は行はるる也。情を誣ゆる法は、決して行はれぬ也」 (『経済話』 『全集』 p.348 349 とする。ここでいう 「養」 とは、 青陵の別の著作 『養心談』 などで 「培養」 (『養心談』 『全集』 p.407 とされる 「養」 と、 使 る。 は「 」( が、 だ「 く「 也。 」( 』『 p.913 と、 として在るモノに対して、 人為によってそのモノをある一定の方向へと生育培養することをさ (6 ここから 『経済話』 での「養」もまた、ただ無制限 無方向に「養う」ことをいうのではないと考えるべきであろう。それはまた既に挙 げた『経済話』の一文において て、 ず。 て、 」( 』『 p.348

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一七六 と、 と「 れ、 も、 関わるものであることがわかる。つまりここでいう「情を養ふ」とは、 自然に在る「情」を、 人為的にある方向へと 育・ る。 の「 は、 るものだと考えられる。   そしてそれとは逆に 「情を誣ゆるものに非ず」 (同上) とされる 「誣」 とは、 この場合 「養」 と対置されていることから、 人為的に「ゆがめる」 「歪曲する」という意味で使われていると考えるべきだろう。それはまた 「情を養ふ法は行はるる也。情を誣ゆる法は、決して行はれぬ也」 (『経済話』 『全集』 p348 ~349 とあることでも、 「誣」が「養」の対置であることが見て取れる。   では 「決して行はれぬ」 とはどういうことであるのか。 「色」 「人情止むことを得ず」 (『全集』 p.348 の一つであり、 そのため 「娼妓」 を禁止しなければならないとしたら 「姦淫」 を許さなければならず、 「姦淫」 を許すのであるならば、 い。 る。 いう現行の加賀藩の状態では 「両方禁ぜらるれば、 両方破るるなり。今御城下の有様を見るに、 両方共にやぶれたるやうに見ゆる也。両方共に 破るるは、人情を見合さずに滅多無性に法を立たる物成べし」 (『経済話』 『全集』 p.349

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一七七 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 といった状況に陥る。そもそも青陵によれば「法」とは 「法は破れぬ様に立ねば、法の甲斐なし。破れぬ故に法なり」 (同上) とされるものであり、現行の加賀藩の状態ではまさに「無法」の状態となっていると青陵は指摘す (7   の「 」「 の「 は、 と、 り「 ことを指すのではない。それはその直後の例に 「唯、 役人の心を用ゆることは、 法の破れぬ様に破れぬ様にとかこふやうにする也。今、 罪人に向ひて、 罪人の命 を助けんとすること、 甚悪きことなり。法の破れん様に取扱ふことなり。罪人は自身の作りたる罪なれば、 其身の 成したる罪の通りに刑せらるれば、 怨むることならぬなり。人の命には構ふべからず。法のゆがまぬ様にと心掛く べきこと也」 (同上) とあることでわかる様に、 「法」 の執行者側によって 「法がゆがめられる」 ことを指す。そもそも人情に逆らう 「法」 を立てると、 人は 「人情止むべからざる」 ものがあるため、 どうしても 「法」 に違反する者が増える。例えば青陵は 『経 済話』の「簡法厳刑」の中で、加賀藩の法令の現状の問題点として

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一七八 今、 し。 り。 に、 女を買う人を禁ぜらる。出合茶屋をする人を禁ぜられずに、 出合茶屋に行く人を禁ぜらる。是は片手打の仕方なり。 遊女があれば、 若き者は買はねばこらへられぬが人情なり。出合茶屋があれば、 出合はねばこらえられぬが人情な り」 (『経済話』 『全集』 p.320 と、 加賀藩では買春が禁止されていていることを挙げ、 その一方で江戸では売春が禁止されていることを挙げている。 売るものがいれば買ってしまうのが人情なので、 買う方を禁止するのではなく、 売る方を禁止せねば、 法に違反する 者が増えるばかりだと説くのである。その結果どうなるかというと 「如此守り難き法ゆへに、 法を犯す人多し。法を犯す人を一々執へて見たらば、 御府内は執らへられぬ人、 一人も あるべからず」 (『経済話』 『全集』 p.320 という状態に陥る。とはいえ府内全ての人を捕らえて、 法の通りに罰することなど現実に出来ようはずもない。そし て結局それは 「故に見のがす理になるなり。見のがすは、己れが法己が曲て見すること、甚だ悪きこと」 (同上) ということになる。人情に逆らう「法」を設置することにより、 「法」が大量に犯されることとなり、 結果として「見

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一七九 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 逃す」 「法を曲げる」 ことになる。それが青陵の言う 「法が破れる」 という状態である。ではそれが何故 「甚だ悪 きこと」かと言うと「信」が立たぬからである。 「孔子の語にも、 兵も棄られぬことは無ひ、 食も棄られぬことは無ひ、 信は棄られぬなりと云へり。信とは此厳刑 のことなり。ヶ様の罪を犯せば、 ヶ様の刑に処せらるると仰せ出されて有ながら、 其罪を犯すに、 其刑に処せられ ぬは不信なり。不信あれば民疑ひて何もかも疑ふ」 (『経済話』 『全集』 p.322 このように青陵は孔子の言を挙げて、 「信」であることの価値を強調す (8 。この「信」を説明する「厳刑」とは、 「厳とは和語の急度したると云処へ当る。寸分も撓まぬことなり」 「厳刑とは当たりまへの刑よりも重くする事也」 (『経済話』 『全集』 p.319 で、 の『 た「 」「 (9 て「 ためには、 「簡法」でなければならない。 「簡法」とは 「簡とは竹の節の間の遠きことなり。事ずくなと訳す」 り。 」( 』『 p.319

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一八〇 であり、 つまり「情を養う法」のみを「法」とすることだと思われ (10 。そして「厳刑」は「簡法」であってはじめて 成り立つ。 「厳刑は法簡でさいあれば出来ること也。人情に合せて、 守らるることを守れと云ふに、 守らぬは下の人の罪なれ ば、急度御約束の通りに、寸分も撓めずに刑する也」 (『経済話』 『全集』 p.322 に「 ば、 り「 ば、 は「 」( る。 ろが青陵が述べるには、 最初から「法」が無いのはまだよいのであって、 「法」があるにも関わらず、 「法」を「破」 れば、民に侮られる。 「法を立ながら其法を行わぬは、 民の侮る第一なり。下々にて上を侮りては、 何事も行われぬ也と知るべし」 (『経 済話』 『全集』 p.322 「何事も行われぬ」 となれば政治が上手く機能するはずもない。つまりこれが 「娼妓」 を禁止することによって 「姦 淫」が増えると「法が立ぬ始め」であり、 「法さへゆがまねば、 国は乱るることきづかひなし。淫乱は亡国の風なり。乱国の風なり。この亡乱を救ふは、

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一八一 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 妓より近きはなし。故に娼妓無きは、 淫を民に教ゆる也。淫を民に教るは、 自亡自乱と云ものなり。恐るべきこと にては無きや」 (『経済話』 『全集』 p.349 と、青陵が「娼妓」の必要性を結論づける理由でもある。   以上『経済話』の或問部分を中心に青陵の法思想を見てきたが、 そこから見えてくる青陵の「法」と「情」との関 係は次のようにまとめることが出来るだろう。   青陵における「法」とは「情」を「養う」ものであり、 そうでなければ「法」は「法」として成り立たない。なぜ ならば 「法」 「信」 でなければ、 つまり 「簡法厳刑」 でなければならないが、 「法」 「情」 「誣」 いる場合、 「情」 の行き場がなくなり、 人は「法」を犯す。しかしそれでは誰でもが「法」を犯すことになり、 結果として「法」が為 政者側によって 「破」 られる。 「破」 られないからこそ 「法」 として、 人の 「情」 「養う」 ものと成りうるのである。 これが青陵の「法」である。 (注 1) 「は 3で り、 氏『 』( p.26 ~28 る。 究「 の「 2   」( p.4 6 )、 氏「 」( 102 2号     p.232 をあげて同じ説をとっている。 (注 2) 陵「 た『 り、 が『 の「 る。 し『 は『 く、 る。

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一八二 容、 は、 稿「 陵「 稿 」( 16号   二〇一二年三月)を参照していただきたい。また以下に「娼説」から引用する際には、 「海保青陵「娼説」訳注稿」を用いた。 (注 3) 『経 び「 り、 三( 1820 に、 た。 は、 氏「 賀藩関係者との交遊とその影響について 」( 『石川県立金沢錦丘高等学校紀要』十五号   一九八七年)の p.18 に詳しい。 (注 4) 「飲食男女は、 人の大慾存す」は『礼記』礼運篇「飲食男女、 人之大欲存焉」から、 「色食は性也」は『孟子』告子上篇「食色性也」 からの引用と思われる。 (注 5) の『 は「 り。 」( p.348 という 「古」 「今」 「娼妓」 の利点の相違がよく理解できない。その違いについては 「娼説」 に詳しく説明がなされて る。 と、 も「 と「 が、 原因となることは「夫食之階乱、 古今不易轍也(夫れ食の乱を階するや、 古今轍を易えざるなり) 」( 「娼説」 )と今も昔も変わりない。 し「 は、 て、 が、 く、 る。 が、 は「 者、 也( は、 )」 (「 」) と、 る。 に「 を儒者がとりあげることが念頭に置かれてのものである。 (注 6) 『養 は「 て、 て、 」「 て、 人、 」( 』『 p.407 と、

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一八三 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 元来 「養ひようにて色々様々になるもの」 (同上) である 「心」 を、 人為的に 「取附処」 を設定することによって、 ある方向に制御し、 を「 る。 し「 り、 ば「 は「 して否定されている( 『老子国字解』 『全集』 p.912 )。あくまで人為的な方向づけを指すのであり、 「養」自体に無条件な価値が認め い。 た『 の「 ~」 は『 篇「 西 急。 緩。 心緩。 故佩弦以自急 (西門豹の性は急なり。 故に韋を佩びて以て自ら緩にす。 董安于の心は緩なり。 故に弦を佩びて以て自ら急にす) が元だと思われる。 (注 7) 青陵は 「今この御城下に娼妓なき故に、 淫風甚行はるる也」 (『経済話』 『全集』 p.349 として、 加賀藩の藩内で 「陪臣には町家へ来りて、 人の妻と姦する人有なり」 (同上)のように、風紀が乱れていることを指摘している。 (注 8) は『 用。 は「 政。 曰、 食。 兵。 矣。 曰、 去、 先。 曰、 兵。 曰、 去、 先。 曰、 食。 死。 立( う。 く、 め、 め、 と。 く、 る、 と。 く、 と。 く、 る、 と。 く、 る。 り。 民信無くんば立たずと) 」。 (注 9) る「 て、 の「 の『 は、 稿「 保青陵の場合 」を参照していただきたい。 (注 10) 青陵は、 加賀藩では歴代藩主の法が時代に合わなくなった以降も、 掟としてそのままにされたことが積み重なり、 現状では「煩法」 で、 を、 也。 云ひ、 誰にても出来ることを御法に定むるなり」 (『経済話』 『全集』 p.322 )として「是を簡法と云なり」 (同上)としている。この

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一八四 ことも「情を養う法」のみを「法」とすることが「簡法」であることを示しているだろう。

二.青陵の「法」と「情」

  に、 の「 て「 」「 る。 」( 』『 p.348 は、 な、 法・ 文法だけが法であるとする法実証主義よりも、 「人情」に基づく自然法の影響を予想することは容易であろ (1   しかしながら青陵の 「法」 も単純な 「情」 に基づいているわけではない。 「情」 をある一定の方向へと 「人為的に」 培養するものではあっても、 すなわちそれが「情」そのものを法源とすることを意味するわけではないのである。そ が「 」「 を、 る。 に『 外の青陵の著作の中で、青陵が「情」 「人情」についてどのように述べているのかを見ていこう。   著『 て、 」( 』『 p.600 に「 」「 とについて、このように述べている。 「人情にあわぬ事は民人が合点せぬなり。民人の合点すると合点せぬとは、 民人の気儘の通りにせぬと、 気儘の通 りにするとの事にはあらず」 (『洪範談』 『全集』 p.599 つまり 「情」 「人情」 といっても、 それは 「気儘」 とは違うのである。その例として 『洪範談』 で青陵は 「灸」 をあげる。

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一八五 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 灸をすえるのは病を治すためであるが、 熱い。病は皆が嫌うことであるから、 皆灸をすえる。しかし熱いことも皆が 嫌がることである。だからといって灸をすえなければ病が治らない。そのため 「あつき事は民きろふゆへに、 灸はすへぬがよいといふは、 民人の情にあわぬといふものなり。灸はあついものな れ共病がなふなるゆへに、すゆるがよいと云ふが民人の情にあふなり」 (同上) このように 「情」 に合うというのは、 「気儘」 に合うというのではない。では 「気儘」 ではない 「人情」 とは何かというと、 それは 「人は性を天に得たるものなれば、 天理と人情とは同じ事なり。ゆへに天理にふるれば人情にあわぬなり」 (同上) 「天理」 と合致する 「人情」 を指して言うのであ (2 。そのため 「やたらに民人のうけよきが人情に合ふたるにはあ 」( 』『 p.599 る。 は「 が「 か。 それと対置される「気儘」とあわせて考えるとよく理解でき (3 。「気儘」の「気」とは、青陵によれば り。 」( 』『 p.611

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一八六 とされ、 「心」と対置されるものであり、 「人でいへば喜と怒とは陽にて、 哀と懼は陰なり」 (『洪範談』 『全集』 p.613 と「感情」ともされる。そして 「喜怒のまだ心中に発せぬを中といふといへり。 これは心の字の解なり。 心には喜怒はなきなり。 静なるを心とい ふ。動くを気といふなり」 (『洪範談』 『全集』 p.613 とされる。つまり「気儘」とは、 この「気」のままの願いということであり、 それは「心」からの願いではない。 「今 大願を発起するは心なり。人々大願なきものなし」 (同上)であるが、その大願が成就しないのは 「或は金銀財宝の為、 或は婦人女子の為にこの心をとげず、 或は飲食遊遨の為に心を取り失ふといふは、 皆気が心 をへさへつけて、己が権をふるふたるなり」 (『洪範談』 『全集』 p.613 「気」 によって 「心」 が引っ張られてしまうからである。先の灸の例で言うならば、 熱いを嫌がり灸をすえない 「気 儘」ではなく、病を治す灸をすえることが「人情」に合うというのは 「なぜならば、 つまるところが民の願に叶ふゆへなり。あついのは民の願にあらず。病のないよふになるは民の願 ひなり」 (『洪範談』 『全集』 p.599

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一八七 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 と「願い」に叶うことだからであり、 それはつまり民の「気」の願いではなく「心」の願いに叶うということだと考 えられる。   それはまた 「天理」 「心」 との関係を考えればより一層はっきりとす (4 。青陵は 「徳」 という定義に関連して、 「心」 と「天理」の関係に以下のように触れる。 「徳の古字は悳の字なり。 直心なり。 天より賜りたるままの心を悳という。 自己流のない事なり。 天のままにて人 のこしらへ心の入らぬをいふなり。直はなほしと訓ず。まがらぬ事なり。天より賜はりたるままの心は、 一向に人 作なきゆへにまがらぬなり。甚直きなり。天理の通りなり」 (『洪範談』 『全集』 p.600 「徳は悳の字なり。直心と云ふ事なり。天より下されたるままの心、 一向に自己流のなき事なり。天より下された るままの心はよき心なり。人々天より下されたる心あり。され共人心にくらまされて、 彼天授の直心うすらぎてあ しふなるなり。かへつて始め天より下されたる心、 どこへかまぎれて無なるよふになる事なり。 」( 『洪範談』 『全集』 p.647 既に上にあげたように、 「人は性を天に得たるものなれば、 天理と人情とは同じ事なり」 (『洪範談』 『全集』 p.599 「天 理」 と同じとされる 「人情」 とは、 つまり 「天から賜りたる心」 「天理の通りの心」 に基づく 「願い」 であって、 「気」 =「人心」が「心」を支配した「気儘」に従うことではないのである。   では「天理」=「人情」を「養う」とはどういうことなのか。それは以下の記述が参考になるだろう。

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東洋大学中国哲学文学科紀要   第二十一号 一八八 「政とは正に従ひ、 攴は従ふ。正しからぬものを正しふする事なり。天の理に従はぬものを矯て直ふして、 天の理 にあわすが政の字義なり。天の下のあらゆるものの性命を、 天より賜はりたるよふに天命を終らせんと思はば、 て、 り。 」( 』『 p.598 文ママ) が「 が、 ば「 て、 り。 」( 』『 p.629 り、 と「 れ、 ともなる。   つまり青陵のいう 「法と云ものは情を養ふもの」 とは、 民の 「人情」 つまり 「天理」 「心」 からの願いを、 「天理」 に合うような方向へと培養していくことであり、それが故に「法」となりうるということなのだと考えられ (5   に、 が「 る「 」「 は、 の「 は異なり、 「天理」 と同じ 「人情」 である。その 「天理」 「人情」 が、 真に欲する方向に沿うように、 「天理」 たる 「人 情」 を培養していくのが 「法」 ということになるだろう。そしてそれはすなわち単純な自然法を青陵が主張している る。 ば「ヶ 」「 使 に、 であることが必要だからである。   青陵は「法」について、 己が心を己で取りまわす、 つまり二心論の初期段階における「取附」の役割を考えてい (6 「心は元来空なるものなれば、何か取附きばが無れば取まはされぬ也」 (『養心談』 『全集』 p.407

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一八九 海保青陵『経済話』にみる「情」と「法」 故、 り。 ず」 (『養心談』 『全集』 p.409 この 「己の心を己で取りまわす」 に当たって必要なのは、 拠り所となる取り附き場である。そしてそれは 「取り付く」 外的なものである必要がある。青陵の挙げる例でいえば 「礼」 であり、 例えば 「祖父の遺訓」 であり、 例えば 「弓矢」 である。そして例えばそれは「天理」である。 「孟子の言るは、 浩然の気をば直を以て養と。 直とは天の理也。 天の理を己が腹中に収て、 此理を大切に守り居れば、 天下に恐ろしき事は無と云心なり。唯、 事につき、 物によりて心動く故、 此天理を守る事を忘れて、 心は心の居る べき地に居らず、末にはしる事人の情也」 (『養心談』 『全集』 p.410 (7 ではその「天の理」とは具体的にどのようなものかといえば、青陵は「曲尺」を「天理」の例としてあげる。 「曲尺は四角なるものの手本取付也。曲尺に取付て居ば心畏れず、 心おちつきて迷はぬなり。 」( 『養心談』 『全集』 p.410 て、 う「 ば、 い。 に「 がなければ、 どんな名人でも「あぶなき也」とする。この曲尺が「法」であり、 あちこちと運用するのが「術」であ

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式目おいて「清十即ついぜん」は伝統的な流れの中にあり、その ㈲

これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,

ヒュームがこのような表現をとるのは当然の ことながら、「人間は理性によって感情を支配

このような情念の側面を取り扱わないことには それなりの理由がある。しかし、リードもまた

(自分で感じられ得る[もの])という用例は注目に値する(脚注 24 ).接頭辞の sam は「正しい」と