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協働的な実践におけるメンタリングの可能性の追究 : 教師の成長を支える教師集団のあり方を求めて

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Academic year: 2021

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協働的な実践におけるメンタリングの可能性の追究

―― 教師の成長を支える教師集団のあり方を求めて ――

福 永 和 樹 *・堀 江

伸 **

The Possibility of Mentoring in Teachersʼ

Collaborating Practice

―― To be Teachers Team Sustaining Teacherʼs Growth ――

Kazuki FUKUNAGA and Shin HORIE

キーワード:メンタリング、同僚性、教師の成長、授業研究、実践のサイクル Ⅰ 問題の所在と目的 「教師の成長」に大きな役割を果たすものと して、校内外での研修・校内研究・OJT・自己 研鑽等が挙げられる。それらは意図的・無意図 的なものとして、教師生活全般にわたって根ざ しているといえるが、その中でも大きな要因と なるのが、学校改革に関わる、同僚性を基盤と した「協働的な実践」にあると考える。 このような同僚性・協働性をキーワードとし た教師集団のあり方は、日本の学校教育の優れ た伝統の一つとして、国際的にも評価されてい る。油布 (1994) によると、教師集団の機能と して、①仲間意識の高揚による職場生活の円滑 化、②職場生活の不満の吸収機能、③若い教師 の成長を促す機能、④教師個々の自己啓発およ び教育実践水準の決定、⑤専門職的自律性の確 保と官僚制の浸透の阻止機能を指摘し、日本の 学校を支えるものとして評価している。 これらの機能にあるように、学校現場での教 育実践を支える教師集団のあり方を追求してい くことは、学校改革を進めていく上でも重要な 視点である。 しかし近年の政治主導の教育改革の下、教師 の置かれている状況は説明責任や目標管理とい う管理的・義務的側面が重視され、例えば「教 員評価」「主幹教諭の設置」等々の上意下達方 式の官僚制化への道をたどっている。 その問題点として、油布 (2007) は、職階制 の導入による官僚的指揮命令系統が入り込み、 教師個々人が目的合理性にかなう組織の成員と して、合理的な経営システムの中に構造化され つつあり、教師は個人化されて組織の中で役割 遂行のエージェントとして位置づけられる方向 で変化していると指摘している。 この官僚制化への道のりは、資質・能力向上 のための教師教育、さらには教師集団のあり方 に大きな影響を与えている。山崎 (2002) はイ リッチの「価値の制度化」という概念を提起し ながら、教師の日々の実践の追究と検討につい て、日常の中でインフォーマルに機能していた ことが、研修の体系化の中に次々と組み込まれ ることによって、枠内でのパッケージ化された ものへと矮小化されているとし、発達サポート 機能1 )の低下を指摘している。「研修の体系化」 によって、各ステージ研修など義務研修も多く * 滋賀県小学校教師 ** 滋賀大学教育学部

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なり、仕方なくの出席や形ばかりの報告書づく り等で時間が取られ、多忙化につながっている 面もあり、現場を離れる日数も増えることによ る疲労感だけが残るといった現状もある。 「教員評価」も本来は、資質・能力向上が第 一目的である。しかし、目標管理下では、その 目標のみに集中してしまう可能性も否定できず、 子どもたちに関わるための、幅広い意味での資 質・能力向上への意識は、薄らいでいく。 また、「主幹教諭の設置」に関しても、「教員 評価」との関わりから、先輩や同僚教師との フォーマル・インフォーマルな交流から様々な ことを学んでいくという従来のよき同僚性の機 能が、評価する・される関係へと変わることで、 「教師の成長」を支えていく基盤が揺らいでい るともいえる。 さらに、協働的な組織が構築されにくい要因 として、私生活重視に走る「プライバタイゼー ションの浸透」の問題 (油布 1999)、そして教 師集団内の年齢構成のアンバランスさが考えら れる。これらは、利己追求型の個人主義がはび こり、集団への貢献価値意識の低下を招いてい る。特に 40 代の教師が少なく、本来、管理職 と若手のつなぎ役として学校内外での中心的役 割を担うミドルリーダーとしての負担増も考え られ、本来の教師集団のもつ機能のよさや協働 的な関係が形成されにくい状況に置かれている。 こうした現実の中で何に可能性があるのだろう か。学校・家庭・地域社会の多様な価値観の変 化の波が押し寄せている今、教育課題も多岐に わたり複雑化している。だからこそ、教師には 多様な資質・能力が期待され、その課題に向 かって一丸となって取り組んでいかなければな らない。 そのためには、目の前の子どもの姿を常に念 頭において、相互の実践を学び合う交流が豊か にある教師集団を創り上げ、仲間同士で教え合 う、学び合うという「メンタリング」の要素を 教師集団内に位置づけることが重要である。 さらに「協働的な実践」の中に、メンタリン グの要素を取り入れることは、集団で学んでい く、発展していくという視点が常にそこにはあ り、教育実践に対するビジョンの共有、そこか ら新たなビジョンの創造が生まれる。それは、 決して一時的なものではない、持続可能な実践 として発展し、そこにいる教師集団の文化とし て、実践が受け継がれていくことになる。そこ に「メンタリング」の要素を「協働的な実践」 の中に強化していく価値があると考える。 よって、本研究では、同僚性を基盤とした 「協働的な実践」において、それを支えるもの として「メンタリング」の要素に着目し、理論 的な整理を踏まえて再定義することで、著者・ 福永の勤務校において、その現状を明らかにし ながら、複雑化していく教育問題に対応できる 教師集団を創り上げると共に、そこでの協働的 な実践を通じて「教師の成長」につながる「同 僚性の質・関係性」を追究していく。共著者の 堀江は、研究の計画に責任をもつとともに、授 業研究の検討を福永と行い、記録の吟味を共同 ですすめた。 Ⅱ 本研究における理論的基盤 1.メンタリングについての再定義 (1) メンタリングの概念整理 「メンター」という言葉はギリシャ神話に登 場するメントールを語源とし、今日では人生経 験が豊富な人であり、指導者、後見人、助言者、 教育者または、支援者という役割をすべて果た す人を意味する言葉として使用されている。ま た、メンターと対として用いられる「プロテー ジ」の語源はフランス語にあり、被支援者、被 後見人、子分としての意味をもち、メンタリン グやメンターについては、多くの研究者によっ て様々な定義づけがなされ、存在している。 メンタリングの定義 メンターと同様、メンタリングに関して、 様々な定義が混在する。山田 (2003) は、メン ターとプロテージ間の関係性を、3 つの観点 (上下関係・関係の個別性・関係の継続性) に 注目し、整理をしている。これら 3 つの観点で 整理したものをみると、それぞれの観点で、違 う立場の定義も見られ、例えば、上下関係で言 うと、近年では、同僚や同世代の友人など上下 関係がないピア関係のメンターの存在も指摘さ れていたり、関係の個別性では、師弟関係のよ

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うな 1 対 1 のような関係でなく、複数のメン ターが、それぞれの分野において部分的に関わ るメンタリングも考えられるなど、メンタリン グの変化がみられるという。 メンタリングの機能 メンタリングの機能について、もっとも系統 的かつ詳細に研究したのが Kram (1983) であ る (表 1)。Kram はメンタリング行動を「キャ リア的機能」と「心理・社会的機能」の 2 つの 機能で捉え、9 つの下位概念によって構成され るとしている。 (2) メンタリングについての再定義 「メンタリング」に関して 3 分野 (経営学領 域・看護学領域・教育学領域) の先行研究をも とに、教育学領域で可能な「メンタリング」の 視点を明確にし、再定義しておきたい。 「メンタリング」に関しては、経営組織を中 心に、様々な機能や効果が多くの研究で実証さ れているが、日本においては、久村 (1997) に よると 1990 年代に入り、ようやく始まったこ ともあり、「メンター」「メンタリング」という 言葉も認知される段階に至っていないのが現状 であるという。また、合理化を極限にまで追求 する近年の経営組織では、情緒的、心理・社会 的側面への支援は人的資源開発の議論において は隅に置かれる傾向があるという。OJT、目標 管理、階層別研修といった人的資源開発手法に 基づいて「訓練」「育成」「指導」という行動が 日常的に行われてはいるが、人間関係、組織の 文化や価値観、ストレス軽減などの精神健康の 向上を促す支援が公に行われたり、評価された りすることは少なく、支援による人的資源開発 手法としてメンタリングは今後の課題であると 指摘している。 また、中根 (2007) は、看護学領域における メンタリングの現状と課題を明らかにしており、 看護学領域ではメンタリング研究が少ないこと、 そして今後の研究課題として、メンターである と同時に、プロテージでもあると考えた研究も 必要で、メンターは地位や年齢が上位の者とい う従来の古典的なとらえ方から、同僚のような 同等と考えるものまで、拡大して考える必要が あり、メンタリングは 1 人のメンターから受け たものでだけでなく、複数の人々から受けた複 合的なものとしてとらえ、メンタリングを促進 する教育や環境を検討する必要があるとしてい る。 一方、教育現場では、教師教育に関わっての 校内研究や各種研修等、久村 (1997) の言う 「訓練」「育成」「指導」のイメージが強く、教 育学領域においても、メンタリングに関する研 究は、きわめて少なく、特に学校現場において、 教師間にメンタリングという言葉を意識するこ とは稀である。しかし、主たるテーマとしては いないが、メンタリングが機能していることや 可能性について明らかにしている研究はある。 小柳は、2008 年から奈良教育大学教職大学 院において、「ミドルリーダーの役割とメン ターリングの手法」[原文ママ]という科目を 通じて、「メンタリング力育成プログラム」を 検討する中で、メンタリングの効果を向上させ る様々な要因に関する実証研究を行い、ミドル リーダーを育成する視点でメンタリング研究を 展開している。 また、石川・河村 (2002) もメンタリングを 支えるミドルリーダーに注目している。石川は、 大学助手としてメンターとなり、中堅教師にメ ンタリングをすることで授業者の内面の変化、 表 1.メンタリングの機能 メンタリング行動 「キャリア的機能」 「心理・社会的機能」

・支援 (sponsorship) ・役割モデル (role model)

・推薦と可視性 (exposure & visibility) ・容認と確認 (acceptance & confirmation) ・訓練 (coaching) ・カウンセリング (counseling)

・保護 (protection) ・友好 (friendship) ・仕事の挑戦性の向上 (challenging assignments)

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特にメンターの果たす役割として、「気づきの 促し」「受容」「興味」「批判的姿勢」の要素を 検討し、信念の自覚化にメンタリングが有効で あることを描き出している。 いずれにしても教育学領域は看護学領域と同 様、経営学領域に比べるとメンタリングに関す る研究は少なく、今後、メンタリング研究を積 み重ねていくことは、本研究の柱としている 「教師の成長」や「協働的な実践」を支えるも のとして重要な位置づけができると考える。 よって、先に述べた中根 (2007) の指摘を参 考に、教育学領域において、また、本研究の 「協働的な実践」を支えるメンタリングの視点 を明確にするため、次のようにメンタリングを 再定義した。 ① 1 対 1 でのメンタリング関係ではなく、複 数のメンターが存在する形態、つまり、 メンターがプロテージに対して、部分的 に関与している関係。 ②メンタリングは、常に目の前の子どもを念 頭においた日常的な取り組みであること。 一時的な関係性ではなく、継続的な関係で あり、自発的な関係である。 ③メンターには、年齢や経験といった要素も あるが、同僚間での教え合いや学び合い、 支え合いが中心の、ピア関係のメンタリン グ、つまり相互に学び合う関係性をもつ。 ④ kram のメンタリングの機能を前提としな がらも、キャリア的機能を「教師の成長」 つまり、資質や能力向上を主軸とする。 ⑤「協働的な実践」を通じて、子どもたちへ の指導や教師集団の変容から「教師の成 長」につながるというサイクルのもと、 プロテージ、メンター、学校組織の三者 に対して効果がある。 上記の 5 点を本研究における「メンタリン グ」として、「協働的な実践」「教師の成長」と ともに検討していく。 2.「同僚性」(collegiality)「協働性」 (collaboration) に関わって 油布 (2007) によると、教師が職場で互いに 自分たちの実践を交流しあい、協働して様々な 問題に取り組むという我が国の「協働の文化」 は、個人主義化した文化が浸透している欧米の 教師社会にとってひとつのモデルとなり、同僚 性 (collegiality) の重要性が改めて認識されて いるとし、わが国において、「同僚性」を基盤 とした教師集団による実践を評価している。 「同 僚 性」研 究 の 第 一 人 者 で あ る A. Hargreaves (以下ハーグリーブスと記述) は、 教師文化の形態を 5 種類2 )に分類し、特にモザ イク型は、力量ある教師同士が互いに切磋琢磨 しながら全体の質を高めている推奨すべきモデ ルとして紹介している。それに対して、今津 (1996) は、協働文化は自発的に生まれにくい ものなので、その過渡的処置として「策定され た同僚性」を無理にでも導入することが学校改 革や教師の発達に連なるというように前向きに 捉えている。しかし、「協働的な文化」は自発 的に生まれにくいということに共感できる部分 もあるが、「同僚性」に限らず、制度的なもの を無理に導入することは、様々な弊害が生じる と考える。例えば山崎 (2002) は校内研究体制 を一例として、研究指定校制度化が推進される ことによって、それに巻き込まれる個々の教師 にとっては、少なからず自分の実践遂行の阻害 物としか感じられなくなってきており、教師自 らの問題意識の解決を図り、実践遂行上の指針 を獲得していくためのものから、いつしか学校 の外に向かって研究成果を発表すること自体を 自己目的化したものへ変質させがちになってき ていると指摘している。 そう考えると、「同僚性」を無理にでも制度 的なものとして導入することは、現場では抵抗 がある。管理的・義務的でない、そこの部分を クリアにするためには、本来の「同僚性」のよ さを感じること、そのためには「協働的な実 践」がキーとなり、自らの実践は同僚間で支え られていることを実感できることにあり、それ が協働文化への自発性を生み出す根幹であると 考える。 この点に関して、ハーグリーブス (2015) は 「同僚性」の価値を「学習する組織」「専門職の 学び合うコミュニティ」としていることは重要 な捉え方である。予測困難で、刻々と変化し続

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けていく状況の中で、組織の全てのメンバーは、 部分と全体とがいかにして相互に関連づけられ ているのか、特定領域での行為がいかにして別 の領域で重要な結果を生み出すのかを理解しな がら、自分たちの組織の「大きな絵」を把握し ていくと述べている。「大きな絵」を把握する ことは、学校全体の実践、つまり「協働的な実 践」に対して、部分的な関与ではないことを示 す。教師集団が、目の前の子どもたちに対して、 どのような力をつけさせるのかというビジョン の共有・創造は「大きな絵」を把握することで あり、その中での実践は、本来の「同僚性」を 構築した教師集団の実践であるということが言 えるのではないだろうか。そこでは、「同僚性」 の力強さを実感することができ、やがて自発的 な協働文化が根付いていくと考える。 しかし、「同僚性」という言葉は、幅広い意 味で使われ、その定義もわかりづらいものであ る。そこで本研究においての「同僚性」を次の ように捉えたい。 学校現場で一番大切にしていきたいことが、 目の前の子どもたちの姿を念頭においた実践、 そして、その実践に対するビジョンの共有、創 造である。そこには、実践に対して、部分的な 関与ではなく、ハーグリーブスの「大きな絵」 と記されているように、協働で取り組むことで、 個と個の実践をつなげ、学校全体として子ども たちに関わっていくことである。その教師集団 内には、決して一時的なものではない、持続可 能な実践として発展させようと、集団で学んで いく、集団で発展していくという学び合い、支 え合いの視点が常にある。さらに、そこから教 育実践に対するビジョンの共有・創造が生まれ ると考える。こうした視点を本研究では「同僚 性」として捉え、「同僚性」の価値を教師集団 内に構築していく過程にこそ「教師の成長」が あると考える。 また、「同僚性」を支えるキー概念として、 ハーグリーブスは「協働性」には二つの相対す る形態、「協働」(collaboration)3 ) と「わざと らしい同僚性」(contrived collegiality)4 ) があ ると述べている。 ハーグリーブスの「協働性」から考えると、 「教師の成長」は、管理的・義務的になりがち な「わざとらしい同僚性」にとどまるのではな く、自発的、発展志向的、時間と空間に広がり をもつ「協働文化」の中から生まれることが、 より現実的な方略といえる。 学校現場では、毎年のように様々な面で変更 していくと混乱が生じるのは当然である。しか し、一方では、「例年やっていることだから」 というように、なかなか思い切った精選や変革 ができない現状もあり、それが多忙化に加えて、 実践に対してあまり意味を感じられず、疲労感 だけが残ることにつながる要因にもなっている。 逆に、生徒指導のように、共通理解・共通実 践のもと進んでいかなければならない場面では、 足並みが揃わないこともあるなど、「協働」し ていく難しさがある。 しかし、大切なことは、実践に対して「教育 価値」を共有し、創造していくことが、「協働」 する前提にあるのではないだろうか。その価値 を共有・創造することなしに、やらされ感の残 る仕事は、自己の実践に対して納得のいくもの とならず、「教師の成長」にもつながりにくい。 「協働」のためには、その実践に対する教育価 値を語り合うことの意義を再確認する必要があ る。 つまり、教師の成長を「協働的な実践」に結 びつけて考えることは、一時的なものではない のである。持続可能な実践として発展させよう と、集団で学んでいく、集団で発展していくと いう学び合い、支え合いの視点が教師集団内に 生まれ、現場での課題解決や対応を重視した 「教師の成長」が期待できる。 3.教師の成長及び資質・能力に関わって 「力量形成上の諸契機」「ターニングポイント」 ライフコース研究の山崎 (1984・1989) の調 査結果では、「自分の教育実践や教育に対する 考え方に影響を及ぼし、変化を生み出したと思 われる事柄」として、どの年齢層においても 「学校内でのすぐれた人物との出会い」「教育実 践上での経験」が多く集中していることが認め られる。その理由として、山崎は、それぞれの 教師が、様々な条件の中で、様々な特徴をもっ た子どもと出会い、様々な試行錯誤を繰り返し ながら自分なりの考えや方法・技術を身につけ

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ていくことによって次第に力量形成を果たして いるという手応えを感じているからとし、教師 の成長過程において、同僚との実践は大きな影 響を与えていること、そして制度化されていな い教師間の関わり合いの重要性を指摘している。 この調査において注目したい点は、「教育実 践上の経験」の影響が、年齢が上がるにつれ少 なくなっている点である。これは管理職につく など職務上の役割の変化が大きな要因となって いると思われるが、一方では、実践上での停滞 感やマンネリ化も予想されるのではないだろう か。ミドルリーダーとして若手教師の指導的な 立場にありながらも、管理職とのつなぎ役とし ての役割もある。年齢が上がるにつれ、仕事が ルーティン化することで、新たな力量形成へと は、つながりにくいと予想される。このミドル リーダーにとっても、「協働的な実践」を意識 することは、大きな意味があると考える。 「職場でのフォーマル・インフォーマルな交流」 次に制度化されていない実践上の交流の一つ として、田沼 (1994) による「職場でのフォー マル・インフォーマルな交流」の調査結果をみ てみたい。首都近郊の F 市の幼稚園 (1 園)・ 小学校 (33 校)・中学校 (16 校)・高等学校 (1 校) を対象に、1337 名の空き時間の会話の程 度、相手、内容をたずねたデータ (1991 年調 査) である。 会話が「しょっちゅうある」(52.2%)「何度 かある」(39.3%) と 9 割を超えている。また、 会話の相手も「管理職や主任クラス」ではな く、「その他一般教員」がほとんどである。そ の会話の内容も「問題のある児童・生徒の話」 (71.1%)「教科指導の内容や指導法」(31.7%) 「学校行事の打ち合わせ」(25.0%)「クラス経 営」(22.5%) と な っ て お り、「問 題 の あ る 児 童・生徒の話」が他を引き離し大半を占めてい ることからも、学校内の様々な諸問題に対して、 同僚と連携しながら問題解決する様子から、前 項の山崎の調査結果にみられる「教育実践上で の経験」が教師の成長過程・力量形成につな がっていることが見てとれる。 また、話し相手も、「その他の教員」つまり 同僚教師が大半を占めていることも、本研究で 想定している「メンタリング」の相手や内容に 合致するところである。「教師の成長」を検討 していく具体的内容の一つとして、教育実践上 の経験、つまり、「協働的な実践」の中での経 験から獲得した信念や見識の変容を本研究では 「教師の成長」として捉えていく。 「教師集団の成長から個の成長へ」 今津 (1996) は、教師の成長に関わる教師教 育のあり方を、次の 2 つのモデルを対比して挙 げている。 「個人教師モデル」では、教員養成を終えた 段階でかなり完成された教師が求められること になり、教員選抜に力点がおかれる。また、現 職教育を行うにしても、学校以外の場での各個 人ごとの研修でよいことになる。 他方「学校教育改善モデル」では、完成され た教師よりも、教師になってから教育実践や学 校教育の問題解決を目指すなかで、同僚ととも に相互の自己研鑽を続けていくことのできるよ うな基礎的知識、技術、態度が教員養成段階に 求められる。そして現職教育の方がむしろ重要 であるとみなされ、この現職教育を通じて、教 師は常に成長を遂げていくのだという考えがそ こにあるという。 様々な諸問題を抱えている学校現場において、 問題解決していく過程での「教師の成長」は、 より教育の成果が子どもたちに直接返るという 点で現実的であり、また、そこから得られた経 験や教師としての成長は、教職生活全般にわ たって何よりも大きなものであることは、これ までの自分の中の経験においても大いに感じる 所である。 また、この後者の「学校改善モデル」は、教 師個人の能力差を問題とするのではなく、その 教師集団、学校全体の実践力として捉えている ところが重要である。能力差は現実的にあるの は否定できないが、目の前の子どもたちに関 わっては、皆同じ教師である。その子どもたち に教師集団としてどのように関わるかの視点を 忘れてはならず、子どもたちの成長に関わるビ ジョンの共有や創造、支え合いがない教師集団 の実践は、力強さを感じない。 また、学校全体の指導力向上の具体の姿とし

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て、日々の授業実践に関わる校内研究もその一 つである。教師の成長や資質・能力の形成に関 わって、授業研究を中心に膨大な研究の成果が 蓄積されており、中には校内研究のマンネリ 化・形骸化などの課題もあるが、「教師の成長」 に大きな役割を果たしてきたものとして間違い ないと言える。 油布 (1999) は、「教師集団内部には、すぐ れた力をもつ熟練教師が多く存在するが、多く の場合それは、その教師個人の職人芸と見なさ れ評価される場合が多い。しかしながら、そう した個人的な実践的知識をそれぞれが交換する ことにより、教師集団内部に実践的知識のス トックをつくりあげ、さらにその共有を図るこ とにより、相互の力量を磨くことが可能にな る」として、教師自らの実践力を磨いていく相 互啓発の場としても、教師集団は重要であると いう。 本研究においては、油布のいうメンタリング 過程に依拠しながらも、熟練教師に注目すると いうより、より現実的なピア関係の同僚をメン ターとして捉え、「協働的な実践」を通じて、 ビジョンの共有や創造していく過程を検討して いきたいと考えている。 このように「教師の成長」は、日常の「協働 的な実践」の過程から獲得していくものである。 個々の教師の力だけでは、複雑化している教育 課題に対応できない現状があるからこそ、「協 働」することによって支え合いが必要であり、 つまり同僚間にメンタリング関係を築いていく ことで、そこから教師は相互に学び合っていく のである。 4.本研究の方向性 本研究では、「協働的な実践」を通じて、教 師集団の高まりから個々の教師の成長を結びつ けることで「教師の成長」を捉えていく。 また、「協働的な実践」を「学校を改善する」 といった悪いところを改めてよくする「改善」 のイメージ、つまり、学校現場における教育実 践に対して、PDCA サイクルのもと効率性や 合理性を追求するのではなく、目の前の子ども たちを常に念頭において、実践に対して本来の よさや価値をめぐる協働のあり方を追究してい くという「学校改革」として、教師集団の高ま りから「教師の成長」を捉えていきたいと考え る。 メンタリング研究の大半は、経営学領域が中 心であり、必ずしも経営学中心のメンタリング をそのまま適用できるとは限らないと考える。 経営組織と教師集団とでは、組織構造に大きな 違いがあり、経営学でいうところのキャリア発 達の考え、特に昇進や報酬といった側面からみ ても、産業界でのメンタリングの機能をあては めるのは、無理がある。 また、これまでの研究は、メンター側の視点 の研究が中心であり、プロテージ側の成長過程 における要素を研究したものや学校改革や組織 力向上という教師集団とメンタリングを結びつ けた視点での研究も見当たらない。 学校現場において最も重要な使命が、子ども たちの豊かな成長に関わるということである。 それは決して、合理的や生産的に行うものでも なく、子どもたちの予測困難な思考過程に応じ た指導の繰り返しと考える。そのためには、目 の前の子どもたちを常に念頭に置いた「協働的 な実践」なくしては、メンタリングが成立しな いと考える。 そこで、本研究では、経営学で見られるよう な、上司と部下の関係、キャリア発達に目をむ けたメンタリングではなく、「教師集団」や 「協働的な実践」を支えるためのメンタリング としての機能を捉え直すことで、豊かな同僚関 係の中から、個々の「教師の成長」や学校全体 の総合的な実践力の向上への可能性を追究して いく。 Ⅲ 教師の成長過程におけるメンタリン グの実態と可能性 ―A 教諭と B 教諭のライフストーリーを通じて― 2 人の教師 (以下 A 教諭、B 教諭と表記) の ライフストーリーから、「協働的な実践」を通 じて、教師の成長や変容過程における「メンタ リング」の実態と可能性を明らかにしていく。 2 人は、福永の勤務校の同僚である。

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1.インタビューについて 研究の対象 女性 A 教諭 (5 年目) と女性 B 教諭 (2 年 目) を対象にインタビューを行った。 A 教諭に関わるメンターの存在について (表 2) A 教諭は、インタビューの中で、はっきり とメンターの存在を感じている。メンターとし ては、次の 3 名である。1 人目は初任期を支え た A 教諭の小学生時代の母校の恩師。2 人目 は、2 年次、同じ高学年部の 6 年担任 (A 教諭 は 5 年担任)。3 人目は、同じ学年所属の Ac 教諭である。 B 教諭に関わるメンターの存在について (表 3) インタビューから、メンターの存在は、確認 できない。 ・普段から具体的にこういう人になりたいと かなくて…… ・1 年目とかでも、どの教科を専門でやると かも、どういう風になりたいとかあんまり 思ってなくて、教科もそれぞれ好きで、ぼ んやりしたままやっていた。校務分掌の生 活主任もあったが、ほとんど自分のことし か…… インタビュー内容 インタビューは半構造化面接法を用い、IC レコーダーに録音。インタビュー内容を使用す る際、時系列に沿いながら、発話の内容の切り 替わりに応じて区切り、同じ分類にまとめたも のを使用した。 インタビュー内容は、自分の教育実践や教育 に対する考え方に影響を及ぼし変化を生み出し たと思われる事柄を中心に、メンターの存在や 経験、教師にとって必要な資質や能力、教育実 践上大切にしていること等を振り返ってもらっ た。インタビューデータは、ポイントとなる キーワードで分類・整理し、対象者の経験構造 を捉えていくことにした。 A 教諭をインタビューしてみると、子ども をどのように育てたいかという教職に対する信 念を多く語ることができる。また、学生時代の 経験、初任期の子どもたちの出会いから、「協 働的な実践」を意識しており、後の自身の力量 形成において大きな影響があることがよく表わ れている。 一方、B 教諭は、2 年目に入り、一見、仕事 も順調であり、子どもたちとの関係も良好であ る。しかし、インタビューの中でも語られてい るが、自分をあまり出さず、同僚との関わりも 少ない。 「勤務校での課題解決」や「協働的な実践」 という点で見た時、さらには教師の成長やその 変容過程における影響を考察するにあたって、 2 人を検討することで、制度的な協働関係の限 界 (各種研修、初任者指導等) を超えた関係を 表 2.A 教諭プロフィール (20 代女性教諭、教職 5 年目) 年 数 学年所属 学年構成および所属メンバー 主な校務分掌 1 年目 2 年生担任 2 クラス初任者指導 50 代男性教諭50 代女性 Aa 教諭 2 年目 5 年生担任 3 クラス30 代男性 Ac 教諭50 代男性 Ab 教諭 社会、国際理解 3 年目 6 年生担任 3 クラス30 代男性 Ad 教諭30 代男性 Ac 教諭 社会、国際理解 4 年目 (転勤) 6 年生担任 2 クラス 30 代男性 Ae 教諭 外国語、国際理解 5 年目 5 年生担任 2 クラス 40 代男性 Af 教諭 外国語、国際理解 表 3.B 教諭プロフィール (20 代女性教諭、教職 2 年目) 学年 学年所属 学年構成および所属メンバー 主な校務分掌 1 年目 2 年生担任 2 クラス初任者指導 50 代男性教諭50 代女性 Bg 講師 音楽 生活主任 2 年目 3 年生担任 2 クラス 40 代女性 Bh 教諭 書写 情報教育主任

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築くための要素、つまりメンタリングの実態と 可能性を明らかにすることができると考えた。 インタビューの表記については、……は中略、 ( ) 内は筆者による加筆。また、インタビュー 内容において、着目したい箇所や考察を加えた い箇所については、下線を引き、さらに、キー ワードとしたいものについては、ゴシック体と した。 2.インタビューの結果と考察 メンターの存在、成立過程 A 教諭の初任期の学級は、外国籍の児童が 4 人、そして自閉傾向の児童がいたということで、 日本語教室の先生や特別支援の先生も学級に入 り、また、学年構成も 50 代 Aa 教諭のベテラ ンと組むことで、初任期を支える体制は感じて いたという。しかし、学級内での外国籍の児童 に対しての指導方法に戸惑い・迷いが生じ、指 導体制にも疑問を感じていくこととなる。 ・外国籍の子らがいることで (学習が) 止ま るって感じもいややし、でもそうせなあか んのかなって迷う。人権 (教育) はずっと やってきたから、その 4 人は自分の中でも 危 機 感 が あ っ た。(国 籍:ブ ラ ジ ル ぺ ルー フィリピン) 学校内の相談では、外 国籍の子は話をしても通じないから、その 子らは次や。とにかく日本の子や発達障害 持っている子を何とかせなあかんっていう 感じがした。分かるんやけど、一つのこと を順番にする、初任やから分かるんやけど、 そこに自分の悔しい思いもあって、どうな んかなと。29 人いたら 29 人の子を一人ひ とり大事にしたいなと思って、教師になっ ているのに。すごく簡単な言葉でいうと、 後回しみたいになって。相談にのってくれ やるけどそういう言葉でかえってきたりと か、違和感も感じていた。 そのような疑問や葛藤を乗り越えるためのメ ンターとして繋がるのが、A 教諭の母校の恩 師である。 ・学校以外にもつながりがあって、母校の自 分の恩師に相談して、なんかあったらしゃ べりにきいやと。地域の活動も高校の時か らしているので、その関係で母校の先生は みんな知り合い。私の考えも知っててくれ るので、そこに相談することが多かった。 ・同じ学校の先生も話を聞いてくれやるんや けど、それでいいんかなということもよく あって。そんな時は、自分の芯の部分をき がねなく話せる先生は地元にいてくれやっ たので、8 時とかに行ってもいてくれやる し、7 時までに電話してくれたら待ってた るでいつでも何かあったらかけておいでと。 学校内だけでなく、学校外にもあちこちに いてくれやった。納得できない時に、地域 に戻って相談にのってくれやったのでよ かった。 「芯の部分を気兼ねなく話せる」。自分の価値 観、信念を含んだ部分を理解し合える関係、そ のような人物の存在が、自分の実践の支えとな る。 そのような関係を築くことは言葉で言うのは 簡単であるが、現実にその存在を得るのは困難 である。勤務校でのモデルとなる人材の実態、 制度的な体制の限界等様々な要因が関連してい るのは確かなことである。しかし、その存在に 出会おうと自発的、能動的に行動する A 教諭 から多くのヒントを得ることができるのではな いだろうか。 勤務校で感じている違和感を、別の場所では あるが、聞いてもらえることは、初任期の A 教諭にとって大きな存在である。特に「芯の部 分をきがねなく話せる」このことはパーソナル な関係を築くための最も重要な要素である。そ の要素や存在が、教師の成長や教職生活の危機 におけるバーンアウト等の問題を防ぐ大きな価 値あることとして間違いない。 A 教諭には、自分の育ってきた生い立ち、 地域での経験が、信念として根底にある。 ・(外国籍の児童は) 1 学期悩んでたけど、 吹っ切れる瞬間があって、1 学期はやり方 もわからんし、学校に合わせなあかんと

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思ってて、でもそこにひっかかりを感じて いたが、どこでも思うようにしって言うて くれはって、そのことは自分が育ってきて 大事やと思うことやからそこはぶれんとい きやって、応援してるで言うてくれはった。 あんたが違うと思うなら、 (他の先生は) 最後まで責任持とうとしてないのやから、 あんたが最後、担任やから腹くくらなあか んのやで。お前が思っているようにしと言 うてくれやった…… ・2 学期から普通学級でみんなでポルトガル 語を覚えたりと巻き込む形で始めた。他の 子らも巻き込めばいいんやと思って、その 子ら (外国籍の児童) がいるから勉強でき ることもあるんやでと、まわりが大事やと 思った。 A 教諭にとって「他の児童も巻き込んで、 一緒に」という考えは、A 教諭の教育実践上、 重要なキーワードなっている。 A 教諭は、地域での活動 (人権関係) のお 手伝いを学生時代から続けており、インタ ビューした現在も、自ら人権教育関係の学習会 や研究大会等に参加している。「自分が育って きて大事と思うことやから……」この恩師の言 葉は、A 教諭の小学校時代の学校の様子を表 している。人権教育に力を入れている地域とい うこともあり、A 教諭自身も小学校時代に受 けてきた教育を感じながら実践しようとしてい る。芯の部分を語り合える関係、何でも知って る関係であるからこそ、メンターからの言葉は A 教諭にとって心強いものなっている。 常に実践を児童中心に置きながら、児童理解 を深めるという信念が A 教諭を支える土台と なっている。「まわりが大事」という信念、つ まり子どもたち同士の自発的な支え合いは、学 級の仲間を助けることだけではなく、子どもた ち自身の学びにもつながるという価値を A 教 諭は確信し、現在の実践にも活かしている。 A 教諭はその時を振り返って、 ・わたしがモヤモヤしている部分をすっきり させてくれる。思っていることをやりって 後押ししてくれる。こっち (勤務校) は、 そんなことしても意味ないでってなる。ど うせ親が気持ちないやん。価値観が違う。 そんなネガティブなところもひっかかって て。 ・アドバイス的なことも言ってくれるし、ど うしたいねんって厳しいことや核心にせま ることも言ってくれる。 ・すごく聞いてくれる。ほんまはこう思って るんやなとか、自分がとにかくばーっと しゃべって。 (恩師は私が) 子どもの時か ら、私の性格をしってくれているので、で もお前はこう思っているんやなとか、受け 止め、理解してくれる。ぶれそうな時、軌 道修正してくれる。 A 教 諭 の 信 念 は、葛 藤 や 疑 問 か ら、メ ン ターである母校の恩師のメンタリング、特に実 践に対しての「問い直し」を一緒にすることで、 A 教諭にとって揺るぎのない信念として自覚 化できたものといえる。 A 教諭の語りの中から見えてくる要素 (指 導やアドバイス、勇気づけ、新たな気づき、傾 聴、促し) などは、A 教諭の実践に対しての 「問い直し」につながっており、一方、ネガ ティブ・否定的・責任転換等の否定的な要素は、 やはり協働関係の阻害要因となっている。母校 の恩師との関係が、A 教諭にとって、根拠の ある自信となり、疑問・不安・葛藤を乗り越え た信念として、実践を支えていたといえる。 協働関係の難しさ・阻害要因 一方、B 教諭は、指導上の悩みとして、次の ように語っている。 ・初めは子どもが好きやと思って教師になっ たけど、この学校にきて、すごく子どもに ギャップを感じて、かわいくないって思っ た。なんか情がうすい子たちやなって思っ て、思っていたのとは違うと 1 学期感じた。 ・何もかも初めてだったから、わからないこ とだらけ。教えてもらうしかないなって。 これをしてもいいのか、何をすればいいの か、いきなり担任は大変なんだなって。

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子どもにギャップを感じる、つまり、理想と 現実の違いということは、初任期や転勤時によ くある話である。ギャップとともに、どのよう に子どもを理解し、実践につなげていくかのビ ジョンがないのも、初任期では予想できる。 また、仕事に対しても見通しが全く立たない ことで、流されるまま、子どもに向き合うこと も実際によくあることであろう。 さらに当時を振り返って ・子どもは好きやけど、1 年目思ったのは、 そんなに仕事に重きを置いていない自分が いたのもあって、それこそ結婚したとして も、仕事も大切やけど、家庭も大切にした いという思いでいてたから、仕事に重きを 置くという考えではなかった。休みは絶対 休もうと。5 時からも。 B 教諭の仕事に対する姿勢も、否定はできな い。しかし、B 教諭の子どもへの悩みに対する 視点を変えるメンタリングを行うことがあれば、 初任期だからこそ感じる価値のあること、今後 の成長につながるものを獲得できた可能性はあ るのではないかと考えたい。 子どもへのギャップをどのように考え、実践 に活かしていくのかを多様な視点でアプローチ できたとするならば、子どもたちに違った豊か な接し方ができたかもしれない。さらには、そ れが励みとなり仕事に対する考え方も変化が あったのかもしれない。子どもへのギャップや 指導に対する不安、悩み、葛藤を感じることは、 自分を大きく成長させるチャンスでもある。一 人ではどうにもならないことを、多様な視点か らみることができたならば、新たな方向性に繋 がる。 これらは、あくまで仮定ではあるが、A 教 諭の子どもをどう理解し、実践につなげていく のかという信念、そしてそれに関わるメンター の存在による「問い直し」は、現時点の B 教 諭に必要なことではないだろうか。 さらに、豊かな協働関係を築いていく難しさ を A 教諭はインタビューの中で語っている。 本来なら、自身の勤務校内に相談する相手が いることが望ましいが、「わたし (A 教諭) も 相談してる (母校の恩師) ことはあんまり言っ たらあかんなって思って。気をわるくする。な んでそこまでするんとか? (私が) 理解されに くいとこもあって……」というように、他校の 教師に相談していることに対して負い目を感じ ながらの実践は、不安や不満が募るものであっ たろう。 また、(Ad 教諭の) 学級内で生徒指導上の 問題が生じた時、学年会での相談の様子も「最 後まで、相談する中で手応えなく、流れるまま に……しんどいって言わない……3 人 (学年所 属) って難しい関係。」というように、学年内 での意思疎通の難しさがあったという。自分た ちがやろうとしている実践への思いや苦しい胸 の内を互いに語ることができない関係もまた、 協働的な関係を築きにくい。このケースでは、 Ad 教諭も転勤後、すぐに 6 年生を担当したと いうことで、その学校の雰囲気が分からないま ま高学年を任されたことに対して、不安や不満 があったという。それに対して A 教諭は「こ の先生も悩んではる。」という思いをインタ ビュー中、語っており、その悩みに対して学年 会を開いて語り合うことを繰り返し提案してい たという。 教師も得意分野・不得意分野があり、能力差 も当然ある。それによって校務分掌の偏り、重 点学年の教師の配置など、学校運営のための教 師たちの役割の違いは、様々な場面で生じる。 子どもの関係、担任の特徴、様々な要素を考慮 し、学校全体を考えたバランス (指導力・年齢 構成等・学校内の人間関係) を踏まえ、ベスト な体制をとっていく。 しかし、Ad 教諭のケースのような、転勤後、 すぐに 6 年生を任されるといった自分では納得 がいかなかった場合の学年の体制、クラス担任 の決定時の不満は大きい。こういった内容は フォーマルな場ではなかなか出せず、イン フォーマルな場で潜在的な不満となるため、な かなか解決の糸口に繋がらず、これもまた協働 的な関係を築いていくための阻害要因となって いる。 しかし、それを乗り越えるため、居心地の良 さが感じられる協働の場を創り上げることは、 勤務校において実践や課題解決していく上で、

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重要な位置を占めている。互いの立場や状況を 知り、寄り添い支え合える関係を築くことが協 働への第 1 歩である。 そのヒントとして、「この先生も悩んではる」 という言葉が、別場面の教諭に対しても度々で てくる。 ・(Ae 教諭は、子どもに対して) 自分の考 えがあるんやろうけど、こうしいやとかこ れ間違ってるでっていうわけでもなく、ほ やなって感じやった。私はそういう時間が 必要やと思っているんですけど、 (疑問に 思っていることを) 先生どうですか?って ためてから聞いた。たぶん Ae 教諭もいろ いろ迷っていたと思う。 相手の立場、気持ちになって考える。言葉で は簡単であるが、実際の現場ではどうだろうか。 下線部にある A 教諭の姿勢は、自分の思いを 語ること、そして相手の思いにふれることの大 切さを常に意識している。 学校の体制、校務分掌や仕事量の偏りへの不 満解消は、組織づくりには不可欠なことである。 しかし、ある意味、そのような仕方がないとい うべき現状を打開するのは、やはり目の前の子 どもに対して、学校全体としてどのように取り 組むかという建設的な話し合いができる教師集 団を創り上げることを目指すことである。 A 教諭のように、「この先生も悩んではる」 という仲間への気づき、共感的に意思疎通を図 ろうとすることが、協働の始まりではないだろ うか。 さらに協働関係を築きあげるために、ふれて おきたい視点がある。多くの現場では、生徒指 導上の問題を中心として、担任が多くのこと抱 えすぎている。担任自身も、それを支える周り の教師も問題や課題に対して真摯に向き合おう としており、向かっている方向は同じである。 しかし、A 教諭にとっては「危機感が感じら れなかった」「いっぱいしゃべったけど意思疎 通が難しい」という思いであり、Ad 教諭との 同僚の関係の難しさを語っている。このケース では、流れるままに過ぎていってしまったと、 A 教諭もどうしようもなかったと当時を振り 返っている。教師のバーンアウトの大きな原因 と考えられるのが、子どもとの関係、保護者と の関係である。私見であるが、特に保護者との 関係が難しくなってきている。 しかし、このような問題を考える時、大切に したいことが、教師の力量の差と捉えてはいけ ないと考える。A 教諭も Ad 教諭も、学校や学 年体制に当初から、不満を持っている。先に述 べた、仕事量の偏り、それを受け入れながらも、 子どもたちに向き合うことが、何より大切なこ とであり、教師の本分である。そのためには、 個人の能力ではなく、教師集団、学校全体の実 践力として捉える視点をもって、Ad 教諭に関 わる必要がある。 これに関連して、B 教諭からも、自身の要因 で協働関係を築く、難しさを語っている。 ・何をしたらいいか分からず、何を先にした らいいか、(Bg 教諭) は、聞いたら教えて くるが、結構自分でやっといてくれはる。 初任で大変と思って。土日にたぶん学校に 来て、気づいたら出来上がってて、申し訳 ないないなと。(Bg 教諭に) 負担がすごい かかっているなと。でも先が見えへんし、 こまったなというか迷惑やなと。 ・悩んでいたのは、結構、放課後エネルギー がきれるので、早く帰りたいんですよ。 ……わたしがあんまり相談しないのかも。 自分の中で消化する。家族とかが (相談す ることが) 多い。 ・性格的に年上としゃべるのが苦手で、殻を やぶってあんまりしゃべれない。同期ぐら いがしゃべりやすい…… B 教諭の、先の見通しが見えないのは、初任 期や転勤時には当然である。また、Ad 教諭の ケースとは、経験や問題点等、異なるものであ るが、Ad 教諭も先が見えない、どうしたらい いのかわからない状態であったことは察しがつ く。実践に対して見通しがもてず、一緒にじっ くり方向性を検討していくことが難しい関係は、 協働していくことが困難となる。

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次の A 教諭のケースは、指導方法や考えは それぞれの教師が違うのは言うまでもないが、 学校に違和感を感じながらの実践もまた、協働 関係を成立させる問題点として浮かび上がる。 ・たとえば○○君が英語の先生をからかうよ うなことがあった。まわりもふざけていた。 ゆるせなかった。わたしは他の子らをス トップしても、その子らとしゃべったりす る時間がすごく必要と思っている。そうす ると他の子らはどうするんや? って。た しかにそうやけど。今この子が課題に持っ ているものがあって、先生はそれに向き 合っているんやなという姿を見せることも 大事やと思ってて。一回去年も飴をなめて いた。他もなめていた。どうやら 5 年もそ んなことがあったらしく。……一回朝から 話したろって思って、朝の会から「しゃべ りたいので誰か入ってくれないですか?」 と頼んだら、そんな人を使ってまでしゃべ らなあかんことなんか?って感じで入って もらえなかった。…… (前の学校ではできてた?) できました。やってたし、じっくりしゃ べったりしてた。他の子も今、(その子を) 待たなあかんなとか、信用できるし。ほう いうのができへんのやなって思って。じゃ あ内緒でしようと…やってますけど。なん かすごい窮屈。 協働して取り組む中で、担任とは立場がちが う人との指導に対する思いや考えの相違から、 思うようにできない、また、校務分掌上の協力 する体制としてはあるのだろうが、思うように 機能していないことへの苛立ちを A 教諭は感 じている。 このような考え方の違いは、様々な場面にお いてもあるもので、それをどう自分の指導につ なげるか、子どものためという揺るぎない信念 や譲れない思いと、その考えが受け入れてもら えないことは、教師生活において大きな葛藤、 悩み、障害となる。 そういった常にある場面では、やはり、互い の指導の振り返りとしての「問い直し」の時間 が言うまでもなく必要ある。そしてその「問い 直し」には、一般論ではなく、目の前の子ども をどうするかの視点が重要で、多様なアプロー チ方法の検討、柔軟な対応を検討するための話 し込みが求められる。 協働関係の促進要因 ・私のキーマン (Ac 教諭) って考えている んやけど、1 年目はそこまで相談できな かったが、2 年目では毎日よくしゃべって、 ……1 年目は、単に実践がすごいなって感 じで、2 年目はキーマンって感じ。この人 も私に対する考えもあるんやろな。 (仲良くなったきっかけは?) なんでしょ? 自分の意見をだしあってし ていこっていう姿勢。この人も (転勤して きて) 2 年目やから自分を出してきやった のもある。 ・(Ae 教諭は、子どもに対して) 自分の考 えがあるんやろうけど、こうしいやとかこ れ間違ってるでっていうわけでもなく、ほ やなって感じやった。(でも) いっぱい子 どもの話もしようなって言ってたので、そ こらへんはすごいよかった。こんなことが あって、こう言ってやったとか放課後いっ ぱい話をした。 ・(Af 教諭とは) 自分の目の前の子どもと照 らし合わせてもっとしゃべっていく必要は あるかなと。自分が第三者的な立場である なら上手なことも言えるし、いかにも考え てそうなことも言えるかもしれんけど、ク ラスの子の中でってなったとき、自分のこ とになったとき、自分は子どもたちをカテ ゴリーに当てはめてみてないかとか、そう いうのも人権感覚の一つやと思うんですけ ど、自分が当事者になった時きっとにげや る。そういうのが感じられてて、子どもに も伝わってへんかなと思う。でもしゃべっ ていったら…… (わかりあえるようになっ た) 教師集団が協働的に機能するためには、油布

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(1999) は「相補性」と「情報冗長性」をキー ワードとして挙げている。相補性とは、職場で の人間関係を示す概念で職場でのさまざまな地 位や職種を越えて「参加者の平等」を意味して おり、また冗長性とは、個と個の間で相互に余 剰の情報をもちあうことよって、相互に異なっ た視点から有意義な問題に気づくことができる ようになるという。さらに、こうした特徴をも つ集団のよさとして、多様なあり方が肯定され 存在でき、集団の不断の活性化が期待できるこ とで集団の底力が示されるという。 A 教諭もこれまでの語りからも、「相補性」 「情報冗長性」の必要性を痛感しているとみえ る。また、勤務校での教育実践にあたって、部 分的な関与ではなく、学校全体として関わって いくためには、「相補性」「冗長性」がきっかけ となろう。 しかし、さらに「教師の成長」につなげるた めには、「相補性」や「冗長性」から一歩踏み 込んだ「協働」のためのものが必要になる。つ まり、「協働的な集団」として機能するために は、「相補性」「冗長性」を出発点としながらも、 実践に関わるビジョンの共有、創造をするため に、互いの実践を尊重しながら理解し、自分の 実践を捉え直すという「問い直し」が重要な位 置を占めると考える。それが「教師の成長」に つながる芽となるのではないだろうか。 A 教諭のメンターの一人である母校の教師 のことを「芯の部分を気兼ねなく話せる」こと、 協働的な関係を成立させるには、これが大きな きっかけになるだろう。 しかし、さらに「協働」や「教師の成長」へ と発展させるには、A 教諭の「自分の目の前 の子どもと照らし合わせて、もっとしゃべって いく必要はあるかなと。自分が第三者的な立場 であるなら上手なことも言えるし、いかにも考 えてそうなことも言えるかもしれんけど、…」 という語りにもあるように、この語りは、Af 教諭に対しての語りであるが、このインタ ビュー時点の A 教諭なら、Ad 教諭の学級崩壊 のケースでは、Ad 教諭のメンターとして寄り 添うこともできたであろう。A 教諭にとって も、Ad 教諭との過去の経験からの「問い直 し」をしたことで、確実に A 教諭の見識とし て積み上がってきたからこその語りであると言 える。 A 教諭に 5 年間で一番自分に力がついたと 思う時期、つまりターニングポイントについて 聞いてみた。 ・2 年目の後半から 3 年目にかけて (5 年生 担任) (なぜ?) 特活で 6 年送る会を主で持った時と、6 年 に向かって、頑張ろうとする引き継ぎの時 期やったし、全校を動かすのが初めてだっ たので、初めての取り組みをしようとした 時期なので…… (全校を動かす経験が大きい?) ・大きいです。他の先生に頼んだりとその時 も (6 年担任:2 人目のメンター) が教え てくれた。すごい大事に教えたろってして くれた。「今はパソコンやから日付けだけ 変えて提案するけど、初めての時は、俺は 打ち直すねん。自分の中でシュミレーショ ンしてから提案するねん」とか言ってくれ はった。そういうことも初めてで、ほんま の大きな行事やから…… (ここらへんがターニングポイント) 楽しいなって思いました。 教師の成長にとってターニングポイントなる 出来事や出会い、その他、様々な要素が存在す る。A 教諭にとっては、全校を動かしていく、 そしてメンターの存在をはっきり認識している。 A 教諭の信念や見識の形成過程には、過去の 出来事や経験から、疑問や葛藤を乗り越えるた めに、自分の実践に対して向き合う「問い直 し」をすることで、確実に力量を高めている。 そのような経験を同僚と積み重ねる意識のあ る教師集団は、勤務校においての課題解決だけ でなく、教師の力量形成に大きな役割を果たし ていると言えよう。

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メンターの共通点・協働関係の重要な要素 メンタリングの成立過程を検討していく上で、 A 教諭がモデルとしているメンターの共通点 をあげてみると、子どもをどのように理解する のかということを出発点に、それを実践につな げている所である。それは単に技術的なことだ けでない、それを超えた教師と児童とのつなが り、見えない部分を読み取ろうとしながら実践 へとつなげていることである。 ・(6 年生担任:2 人目のメンター) その先生 も子どもの話をじっくり聞こうとしている。 力ももっているから。外国籍を巻き込んだ 仲間作りとかその子らが生き生きしながら の学級経営、保護者からの信頼もあつい。 何をしてもできやる。 ・(Ac 教諭) 子どもをやさしく受け止めよ うとしている。お家の人のなやみとか、そ の子がこういう行動する背景をみて (指導 する) 共感できる。いつも子どもに、それ はどんな意図があってやったこととか?子 どもらはどう思ってんのとかすごい毎日、 子どもらが自発的に感じやったことを伸ば していきたいと考えている人…… このように実際に指導方法等に共感がないと メンターとしての存在にはなりにくい。目の前 の共通の子どもに対して、どのように取り組む かのビジョンの共有や練り上げができる関係が メンタリングを成立させる重要な要素の一つで ある。そしてそれは、教師の成長過程に大きく 貢献し、過去の協働での経験が根拠のある自信 へとつながり、やがて見識として積み上がって いく。 次の A 教諭の語りは、インタビューとは別 日の校内研究会後の本時において大切にしてい る点について、著者との省察時の語りである。 今までの A 教諭のライフストーリーからつな がる信念や見識がよく表れている。 ・クラスの子が支えてくれる環境の中で、○ ○君自身の学力も上がってくるのではない かと思っている。取り出しの 1 対 1 でする とだらっとしてしまう姿が 4 月、5 月あっ て、それよりかはクラスで同じ課題にむけ てできることで向かっていけたらいいなと。 ・問題を解く競争したら、○○さんはめちゃ 速かったわと報告してくれたり。○○さん を見直す場面があったりと。○○君や○○ さんの頑張りを受け止めながら、まわりも 応援する子が多い。 ・自然な感じで、私もできんから頼る場面も あるし、お互いができる所とできん所が あって、ほんまの意味で待ってあげたり、 上から目線じゃない関わり方をしてほしい と思っている。 ・あと、しんどさを言えたらいいなと思って いて、ここ分からんから教えてとか……友 だちに対して、しんどさを言えやったら。 ・子どもらが何でそう思ったんと突っ込んで いきやったらいいなと思ってて…… A 教諭は、低位の子どもが参加できる方法、 そしてみんなで一つの方向に向かって取り組む 価値を捉えている。そしてそれは、まわりの友 だちの支えがあってこそ成り立つものであるこ とを確信して実践に取り組んでいる。語りに あった、外国籍の子どもたちの経験が思い浮か ぶのではないだろうか。これは、ごく一部の抜 粋であるが、過去の経験からの「問い直し」が 確実に A 教諭の専門性に磨きをかけ、様々な 実践へと展開している。 これらの語りは、子どもたちに対しての思い であるが、この語りを、同僚の教師集団にあて はめて考えてみると面白い。 そう考えると、教師集団と学級集団は同じで はないが、未熟な集団からスタートし、そこか ら発展的な集団に変容する可能性もあるし、そ のままの場合もあろう。毎年の学級や学年、校 務分掌編成、人事異動等、常に変化のある集団 を 1 年間で発展的に成熟させる集団づくりには、 管理職はもちろん、その学校でのリーダー的な メンターとなる存在が大きい。それらのものが 教師集団をどのように捉え、支えながら実践し ていくのか、またどのように発展的な組織とし て成熟させていくのかという視点をもつことが 「協働的な実践」を支える重要なポイントであ る。

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自分で実践を「問い直し」することで新たな 方向を見出す。そしてその「問い直し」の先に は、常に子どもの姿がある。松本 (2009) は、 子どもの目線にたって自己の知識・技能につい て振り返る時、こういう教師になりたい、こう いう実践をしたい、そんな自己に関する人生設 計が、子どもたちの目線に立つことを支え、知 識・技能を磨こうとする自己を形づくるという。 教師の力量形成、成長過程において、それぞれ の子どもたちの姿があり、それに合わせた、そ の子どもたちの数だけ様々な実践がある。子ど もたちの姿を常に念頭に置いて、教師の成長の 要素も捉えていかなければならない。 A 教諭の実践を間近でみていると、「子ども とともに」という強い信念を感じる。じっくり 時間をかけ、粘り強く子どもと向き合う姿勢に、 感心させられる。現在も学校全体の指導体制に は疑問を感じながらも、折り合いをつけながら、 高学年を引っ張るリーダー的存在である。「今 年は楽しいのは楽しい。去年は自分も (学校全 体が) わからへんから、今年の方が楽しい。今 年の方がもっとやりたいことは、やってるなっ て感じです。」と笑って語ってくれた。 A 教諭の言葉から、同僚との協働関係を築 く中で、感じたり学んだりしたことは、今後、 A 教諭自身がメンターとして様々なことを同 僚に伝えていくことができる力強さにつながっ ていくと確信している。 最後に B 教諭のターニングポイントの語り である。 ・2 年目は、(Bh 教諭) と会話は増えた。性 格の変化というより、仕事に対する意欲が 高まったから増えた。 ・2 学期ぐらいから、子どもとの信頼関係が でてきたみたいで、すごい子どもがかわい く感じて、子どものことを思ってやってき たら、子どもも応えてくれるのかなって ……私の中で変化もあったけど、子どもの なかでも変化があっったんやなってうれし かった。 ・1 年の流れがわかって、そしてこの学校の スタイルもわかったので、ここで何をして、 という流れがわかる分、気持ち的に楽なの と見通しを持って仕事ができるから、去年 より相担の先生にちょっとでもできること はできているかなと。 ・研究授業が何であるのかなと。普段からそ れができるわけではないし、それに時間を かけるなら、普段の授業を改善した方がい いと思っていた。今は、それで成長できる かなと考えが変わってきた。いろんな年代 の人の授業がみれるので、その違いでいろ いろと学べる。 B 教諭は、去年は一時期、おもしろくない、 やめたいと思う時もあったけど、今は楽しいと 笑顔で語ってくれた。2 年目ということで、こ れから様々な子どもたち、同僚に出会うことを 通して、成長していくことであろう。 B 教諭も、子どもたちの変化を捉えながら 日々実践をしている。子どもたちをこれからど のように理解していくのか、その子どもたちの 変化の裏にあるものを考える経験の積み重ねが、 やがて信念となり、幅広い見識に広がってい く。 そして語りの中の他の言葉からも、自らの実 践の「問い直し」につながっていく期待を感じ させる部分も多くあった。「協働的な実践」に おいて、一人ではできないことも、同僚ととも に知恵を絞り、練り合う協働する体制に支えら れた実践は、決して借りものではない、少しず つ根拠のある自信・信念・見識を生み出す。 教師個人のライフストーリーを紐解いていく と、時と場が違っても、過去の経験から獲得し た知識や技能は、新たな実践に再び組み替えら れていることがよくわかる。つまり、別の事象 に対して、過去に経験したものがあてはまり、 そして新たな見識が生まれるという実践のサイ クルが「教師の成長」に大きな貢献を果たして いく。その教師の経験を点とすると、「協働的 な実践」の中のメンタリングによって、同僚間 での点が線となり、集団で発展する自発的な教 師集団となって力強い実践、底力が発揮されて いる。 本研究でのメンタリングをⅡ-(2)で再定義し たわけだが、インタビューから、それら 5 つの

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