産研論集 42・43(2012.3) 〔論 文〕 67
福島原発事故から日本の電力政策と危機管理を再考する
江 志 平
(札幌大学経営学部) いものの.いずれも20メートル級の大津波に 襲われていた。 福島第1原発の津波対策の甘さは,度々指 摘されてきた。海抜わずか10メートルだったので,事故を起こしてしまった。東電が「津
波の高さは想定外だった」と言っているが. 本当は「想定」が間違っていたというべきで あろう。 また,日本の「安全設計審査指針」が.「長 期間にわたる全電源喪失を考慮する必要はない」としていた。その意味で,今回の原発事
故は人災であり,指針は間違いだったと,内 閣府原子力安全委員会の委足長班目春樹氏は認めている。電源やポンプが配置を含め,き
ちんと多重化されていれば.大事故は防げた かもしれない。 原発推進を国是とする中で,日本政府も電 力会社も,絶対安全という不幸なフィクショ ンで,立地自治体を説得した以上,問題があっても認めることはできない。だから,万一の
事故が発生した際の対応はほとんど練られて いなかった。 注目すべきことは.今回の大震災において 東北電力の女川原子力発電所は,地域の避難所になった。その違いは,津波への意識が高
かった東北電力では,備えを強イヒして,海抜 14.8メートルにかさ上げして建設したのであ る。2.日本はなぜ原発大国となったのか
日本は世界でも代表的な地震国であるにも かかわらず,運転中の原発基数は第3位であ る(表1)。しかも驚くべきことに,世界で2011年3月11日に,東日本大震災に襲われ
た東京電力福島第1原子力発電所で発生した 事故は,史上最悪の原発災害に発展した。 全世界が「フクシマタイイチ」を注目し, 事故の推移を注意深く見守っていた。中国の テレビでは,一部のチャネルが24時間日本の 原発動向を追っていた。中国の国民は,日本とほほ同時に情報が入っていた。国営の
CCTVでは「大地震・津波・原発事故は,日
本で発生したが,これは人類共通の災害・事 故だ」と流していた。塩の買い占めはすぐ収 束したが,北京では雨が降るとみんな傘を差 すようになった。中国のマスコミや市民の間 でも,「フクシマ」の文字が飛び交うことが 多かった。 25年前.旧ソ連時代にチェルノブイリ事故 が起きた時,中国で稼働している原発は全く なかったが,今は6つの発電所で13基の原子 炉が稼働している。中国政府も市民も今回の 福島原発事故に対する関心は極めて高くなっている。そこで本稿は,戦後日本における原
発推進政策の歴史や問題,電力の産業政策, 「原子力村」の利権構造,そして原発事故の 損害賠償問題などを整理してみた。1.福島の原発事故を「天災」で済ま
していいのか 今回の東日本大震災は,確かに地震の規模 としては,869年の貞観地震以来の1000年に 1度のものである。ただし,日本東北の三陸 地方は,もともと地震と津波の多発地帯であ り,1896年の明治三陸地震や,1933年の昭和 三陸地震では,地震の規模こそ今回より小さも稀なくらい原発集中化が進められてきた
(図1)。 日本のエネルギー政策が原子力推進に大き く舵を切った背景には,1970年代の2度の石 油ショックの影響がある。1973年の第1次石 油ショックの前後では,日本の電力構成で. 7剖を石油が占めていた。 エネルギーの安定確保を図るためには,石 油への依存を減らすしかなかった。そこで原子力が脚光を浴びることになった。これに加
えて近年,原子力は温暖化対策の切り札として浮上してきた。京都議定書で掲げられた温
室効果ガスの抑制目標を達成するためには, 二酸化炭素ガス排出量の多い電力業界の努力 が欠かせない。日本政府はこれらの前提のも とに.官民一体の「国策民営」体制で原発事 業を推進してきた。表1 原発上位国の比較
遥転中 総発電皇に占める ▲三喜・・・ 計画中 国 別 (基) 原発の割合(%) (基) (基) アメリカ 104 19.7 8 フランス 59 76.2 日 本 54 ヱ4., 3 1ヱ ロシア 27 16.9 10 7 韓 国 20 35.6 6 2 イギリス 19 13.5 カナダ 18 14.8 ドイツ 17 2S.8 インド 17 2.0 6 8 ウクライナ 47.4 2 中 国 2.2 26 10 …主:迎10年1月岨花,日本のみ劫lO年j月末のデータ. 出所:『エコノミス日加11年4月19日等,4コ∼4】頁より墾性情成. 図1 日本の原発立地状況表2 日本の原発稼働開始の時期と数
1970−74年 7基 1975−79 1980−84 6 1985−89 10 1990−94 12 1995−99 4 2000−04 2005−09 4 2010−14 2 出所:F福島原発事故の記録 エコノミスト臨時増刊』 2011年7月11臥 71貫より整理作成。 出所:F朝日新聞」2011年3月31日福島原発事故から日本の電力政策と危機管理を再考する(江 志平) 69
3.日本における電力会社の地域独占
体制00年前にGHQ(連合国軍総司令部)が日本
列島を9分割し,各地域に発電・送電・配電 事業を一手に担う独占会社を作るよう指令し た。以来,9電力(北海道・東北・東京・中部・ 北陸・関西・中国・四国・九州の9社)の地域 独占体制が一度として揺らいだことはない。 現在は沖縄を加えて10社となっている(図2)。 高度経済成長期に内需の牽引車であった電力会社が変質したけっかけは.1970年代の2
度にわたる石油ショックであった。それま
では,電力を国家管理しようとしていた当時 の通商産業省(現経済産業省)と,独立性を維持したい電力会社は,緊張関係にあった。
1970年代前半まで,電力料金は全社一斉に改 訂されていたわけではなく,単独で値下げし た電力会社もあった。擬似的なパフォーマン ス競争のメカニズムが働いて,電力会社の競 争意識は高かった。 しかし,石油ショックの時に,電力会社に 対する通産省の発言力が強くなっていった。 また,火力発電所の公害が社会問題となり, 立地場所を確保するには,国の介入が必要に なった。図2 電力会社の地域独占
と確保できなくなったのである。原発の推進は国策となったため,国と電力会社が接近
し,おかしくなった。 石油ショック以降,電力料金を上げる時も下げる時も,全社一斉の横並びになってし
まった。いつの間にかテリトリーを守りあ
い,お互いに不可侵条約を結んでいるような状況で,しかも国とも癒着してしまった。も
ともと民間企業としてスタートしたはずの電 力会社が,地域独占の下で,民間企業なら当 然あるべき競争もなく,官僚的である。 石油ショック以来,電力会社と通産省(経 産省)とのよく言えば協調,悪くいえば癒着 の体質が重なり,電力業界が閉鎖的なムラ社 会になってしまっている。4.電力会社特有のビジネスモデル
これまで日本には,電力料金の「総括原価 方式」と強力な地域独占体制により,世界最 高クラスの電力システムが構築できた。少な くとも大震災に伴う混乱以前は,日本の電力 供給では世界でトップであったといわれる。 他の先進国と比べて,停電の頻度は非常に少なかった。電気事業連合会によれば,日本の
停電時間は年間9分と世界で最も短い。これ
に対してフランスは57分,アメリカは73分で ある。 しかしその裏で,電力価格に歯止めをかけ る理由はほとんどなかったため,日本の企業 や一般世帯は先進国の中でも最高クラスの電力料金を支払っている。地域独占と規制に
よって,「原価+適正利潤」で電気料金が決 まるため,電力会社にはイノベーションでコ ストを下げるインセンティプがない。独占産 業で収益を上げるもっとも効率的な方法は, 政治力を利用して独占を守ることである。 「絵括原価方式」の下で,原発施設建設のコストが上昇すればするほど,電力会社に
とって利益が増え,通産省(経産省)にとっ ても予算拡大につながる。また政治家にとっ て,それは原発が立地される沿岸農村部に対 する巨額の交付金を生み出し,電力会社から の強力な選挙支援が期待でき,「原子力フア 、一し一−・ −W ̄ b ′ __ 中部 」 ∴西 」〝」 ノ 扉沖縄 出所:r週刊ダイヤモンド」2011年8月㌘日号,弘貢。 その介入をさらに大きくしたのが原発であ る。原発の立地について.国の力を借りないミリー (原子力村)」には好都合であった。 しかし1990年代に入って,国際的にみて割 高な日本の電気料金が企業の足を引っ張って
いる,という不満が渦巻いていた。財界首脳
を輩出してきた東電として,産業界の声は無 視できなかった。その結果,過去10年間で規 制積和の脅威により,電気の価格は次第に下落してきた。1994年度に1キロワット時あ
たり17.1円だった東電の産業用電力料金は,2009年度には13.6円へと,約20%下がってい
る。それでも国際エネルギー機関(IEA)の 統計によれば,日本の産業向け電力の顧客は キロワット時当たり16セント(約13円)支払っ ており,米国や韓国の2∼3倍である(図3)。 現在,日本には独立系の発電事業者(PPS) は50社近くあるが,大部分はガス会社や重厚長大産業などの財界系企業なので,互いに協
力して業界秩序を守ろうとしている。これ
を変えるには,既存の大企業とは違うベン
チャーや外資の参入が必要であるが,発電事
業に必要な設備投資は最低でも100億円とい
われ,新規参入は容易ではない。 日本の電力業界の産業構造を変えるには, 市場で電力会社と対等に闘える企業が出てく るとともに,利用者も自己責任で自衛する必要がある。それができるかどうかは,日本社
会の問題である。図3 電気料金の国際比較
産業向け 匿8e∈輌(Sね○〔k lnd胆t血座l∝t血㈹=血路針目膚鮒dd20吼鱒rMb㈹慎bur
家庭向け Highly【harged 触油【胤ぬ鵬如鵬.2010 U;脚也鉾一脚−.細山di喝加 0 5 10 1ら 細 2ら !旨
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SouthKorea[二]l 如:I油卿融和痩身即配属阿閏 如他血㈹血醐如か卿扉闇 出所:TheEconomist.2011.9.17 原発立地自治体一交付金という「麻薬」 電源立地に向けた最大の政治対応は,1974 年に制度化された「電源三法交付金」である。 同交付金は,電気料金に課税される「電源開 発促進税」(現在1キロワット時当たり0.375 円)を財源とし,主に原子力立地自治体の地域振興を支援してきた。電源三法に基づき,
原発立地市町村には様々な名目で,電源立地 地域対策交付金が給付されている(表3)。5.日本における原子力村の利権構造
唯一の被爆国であり,核に対して相対的に 敏感な日本では,原子力の利用について一般 国民の意見が厳しい。原発が立地する地域の 中には,当然のことながら多くの反対派住民がいた。しかし,過去に反対派の声が自治体
の政策に反映されたケースはほとんどない。 その背景には,電源立地地域対策交付金とい う「甘い罠」の存在がある。福島原発事故から日本の電力政策と危機管理を再考する(正 志平) 71 表3電源立地地域対策交付金が支出される 主な柏崎市の事業(単位:万円) 基に加え,さらに2基の増設を東電に求めて きた。 原発のおかげで.柏崎市は潤ってきたが, 柏崎市の財政自体が原発収入に依存する体質 になり.多くの事業が交付金なしには存続不 可能な状況になっている。まさに地方自治体 にとって,原発は「麻薬」のような効果がある。 交付金のほか,東京電力が20年以上にわた り年平均で約20億円の予算を組み,原発など がある3県の関係自治体に総額400億円余り の寄付をしてきた(表4)。東電の寄付では, 福島県のサッカー施設「Jヴィレッジ」(130 億円)の寄贈や新潟県柏崎市と刈羽村の公園 施設整備費(計100億円)など,大型施設へ の寄付などは例外的に公表されている。これ ら以外にも福島県双葉町のステーションビル 建設費(7.5億円).同県楢葉町の認定こども 園建設費(10億円)などが報道されている。
表4 東電からの寄付金(1990∼2009年度)
項 目 事業費 うち対策交付 縁額 金からの支出 道路維持管理運営事業 3224 1900 元気館管理運営事業 15038 13000 学校教育施設管理運営 40644 事業 35500 保育園運営事業 76820 75000 老人保護措置委託事業 13084 8000 高齢者予防接種事業 4717 4059 特別支援学級介助事業 3246 2500 注:2009年度決算。元気館は市の保健・医療関連部 暑が入居する設施。学校教育施設管理運営事業は主 に光熱費を負担する事業。保育園運営事業は保育士 の人件費負担事業。老人保護措置委託事業は養護老 人ホームの委託料など。 出所:「日経ビジネス」2011年4月25日号.31頁よ り作成。 青森県 新潟県 福島県 合 計 18億円 130億円 199億円 347億円 例えば,新潟県の柏崎市は,7基もの原発 が集中立地する東京電力柏崎刈羽原発の所在 地である。柏崎市には,原発1号機に着工し た1978年度から2009年度まで,累計1133億円の交付金が投下された。さらに,原発の固定
資産税と東電に対する法人住民税,そして使 用済み核燃料税(市税)という安定税収が大 きい。これらを加えると,1995年度には,市 の歳入総額の34.5%にも達している。 しかし電源立地促進対策交付金相当とされ ている部分は,原発着工から運転開始後5年 目までで交付が終わる。原発の固定資産税も 建設後,時間が経過し減価償却が進むにつれ て減少していく。1995年度に127億500万円も あった原発の固定資産税は,2009年度には39 億6000万円に低下している。この結果,2008 年度には,柏崎市の歳入総額の原発関連収入 は11.2%に急落している。福島原発事故発生後の2011年4月10臥 県
議選・柏崎市刈羽郡選挙区の開票の結果,地元で原発反対運動を展開してきた暑が敗れ
た。推進派の固い地盤を崩せなかったともいえる。原発推進派は2010年5月から,現行7
出所:F朝日新聞J2011年9月14日より作成 政官学メディアによる安全神話づくり 世界のエネルギー政策の潮流は,「脱原発」 へと大きく傾いていくが,日本は黙々と原発 を作り続けてきた。日本が54基の原発が稼働 する世界第3位の原発大国になったのは,「安 全神話」という錦旗があったからである。海 外で様々な原発事故が起きるたび,推進派は 「このような事故は絶対に日本では起きな い」という常套句を繰り返した。安全神話を 過信した政治家・官僚らの運命共同体を.誰 も崩せなかった。政・官・産・学・メディア の五角形が安全神話というおとぎ話を作り出 した。 安全神話は与野党と経産省,電力会社を中心に,学界・マスコミが協力して作った。自
民党は電力会社から献金を受け,民主党は電 力会社の組合から票をもらい,自治体も原発 誘致当初は,交付金と固定資産税の増加とい電は,官界・政界での足場固めに,多大な労
力を注いできた。戦後経済を動かす政官の勢
力と手を結び,主要経済3団体に何人もの要職を送り出してきた。たとえば,木川田一隆
(1961∼71年社長,1971∼76年会長)は経
済同友会代表幹事,平岩外四(1976∼84年
社長.1984∼92年会長)は日本経済団体連
合会会長を務めていた。また,学界には寄付
講座を通じて接近し,東京大学向けの寄付総
額は7億円に及ぶ(表5を参照)。 う恩恵を受けた。経産省は公益法人に電力会社から資金を出させて天下り,原子炉メー
カーや建設会社は原発工事で儲けた。大学の 原子力研究者は,電力会社から研究費をもら い,マスコミは電力会社や電気事業連合の巨 額の広告宣伝費をもらって,安全神話をふり まく一方,原発の危険性については,見ざる・ 言わざる・聞かざるの報道姿勢を続けてきた のである。 規制産業としての電力業界の盟主である東表5 東電の政官財学界に行き渡る勢力
日本経済団体連合会(経団連)で東電トップの役職 菅頑之助(会長) 評議員会議長(1956∼68年) 平岩外四(社長,会長):副会長(1978∼90年), 那須翔(会長,相談役):副会長(1994∼99年), 荒木浩(会長):副会長(1999∼02年) 勝俣恒久(社長):副会長(2004∼08年) 清水正孝(社長):副会長(2008∼) 会長(1990∼94年) 評議員会議長(1999∼02年) 経済同友会で東電トップの役職 木川田一隆(社長,会長):代表幹事(1960∼62,63∼75年) 那須翔(社長):副代表幹事(1985∼91年) 荒木浩(社長):副代表幹事(1994∼99年) 南直哉(社長):副代表幹事(1999∼02年) 官界・政界など ●小林正夫(参議院議鼠 2004年∼。現厚生労働政務次官):元東電労働組合中央書記長 ●加納時男(元参議院議月,1998∼2010年。福田内閣時に国土交通副大臣):元東電副社長 ●石田徹(前資源エネルギー庁長官):2011年1月より東電顧問。 ●笹森晴(日本労働組合総連合会顧問):元東電労働組合委員長。 ●森本宜久(日本銀行政策委員会審議委員):元東電副社長。 ●青山伶(元東京都副知事):2003年より東電取締役。 ●林貞行(元駐英大便):2004年より東電監査役。 ●桜内義雄(元衆議院議長):元東電会長新井幸治の息子は義弟。 ●白川進・元通産相基礎産業局長,中島正剛・元東京都環境保全局長が東電の取締役だった。 ●小宮山宏(元東京大学総良 現三菱総合研究所理事長):2009年より東電監査役 東電の主な寄付講座・研究助成 ●東京大学 ●東京工業大学 建築環境エネルギー計画学.都市持続再生学,ユビ 高機能エネルギーシステム. キタスパワーネットワーク.核燃料サイクル社会工 エネルギーマネージメント 学.低炭素社会実現のためのエネルギー工学 環境助長損傷制御学 ●筑波大学 ●慶応義塾大学 電気・エネルギーー般研究, 先端医療・環境情報科学, 電気関連の基礎研究 環境・エネルギー先導建築・都市システム ●横浜国立大学 先進電力機器 出所:『週刊東洋経済J2011.4.23,41頁より整理作成。福島原発事故から日本の電力政策と危機管理を再考する(江 志平) 73 のお金で育てられた逸材を受け入れることの どこが悪い」(勝俣恒久会長)と言ってのける。 経産省は天下りなどを通じて,電力会社と 利害を共有している。東電だけでも,石田 徹・資源エネルギー庁長官,白川進・基礎産 業局長,川崎弘・経済企画審議官,増田賓・ 通商産業審議官.石原武夫・事務次官ら経産
省OBが天下っていた。現在.電力11社に判
明しているだけで,経産省出身者が13人も天 下っている(表6)。四国電力や電源開発は, 原子力安全・保安院の経験者を迎えており, 取り締まる側が取り締まられる側に平然と転 じる露骨さである。電力業界は,経産OBたちの天下りだけで
なく,経産省幹部(局長や部長級)の子女も受け入れている。もちろん,情実入社ではな
く,本人の実力で採用試験をくぐり抜けたのかもしれない。しかし,父親が経産省幹部で
あると,東電の面接官が気づけば,阿件の呼 吸であろう。 電力業界の経産省工作 国家公務員倫理法が2000年に施行される以 前は,東電による料亭での接待や接待ゴルフ は当たり前のように繰り広げられてきた。東 電の企画部門には,経産省をロビングする渉 外担当幹部を複数配置し,旧通産省や資源エ ネルギー庁を日参し,将来を嘱望される若手 官僚たちを勉強会名目で誘い出した。 会場は,東電の人しか使わないという歌舞 伎座近くの銀座の割烹であった。東電側は副 社長や企画書肝勺の幹部たち,通産側はエネル ギー庁の電力・ガス事業部長と当時の若手た ちであったという。宴会代は東電のグループ会社や下請け会社に回しているようであっ
た。こうしたずぶずぶの関係で,政策はどう
しても電力業界に甘くなる。 電力業界は,経産省にとっておいしい天下 り先である。石田徹・元資源エネルギー庁長官は,退官してわずか4ケ月彼の2011年1月1
日付で,東電の顧問に天下りした。いずれ副
社長に就くと予想されている。東電は「国家表6 経産省から電力業界への主な天下り
北海道電力 関西電力 山田範保(常務.札幌支店長) 迎陽一(常務) 2000年 経産省経済協力部長 2004年 経産省商務流通審議官 東北電力 四国電力 非公表 顧問 中村進 (取締役) 元 通産官僚 2001年原子力安全・保安院首席統括安全審査官 北陸電力 中国電力 荒井行雄 (常務) 平野正樹 (執行役貞) 1998年 国土庁長官官房審議官 2006年 経産省通商政策局通商交渉官 東京電力 九州電力 石田徹 (顧問) 掛林誠 (海外事業部長) 2008年 資源エネルギー庁長官 2004年 経産省通商政策局通商交渉官 中部電力 沖縄電力 水谷四朗 (虚聞) 遠藤正利 (取締役.東京支社長) 1997年経産省生活産業局長 1998年 資源エネルギー庁海洋開発室長 小川秀樹(顧問) 20似年経産省中部経済産業局長 電源開発 太田信一郎 (副社長.国際事業本部長) 藤冨正晴 (常務) 2002年 特許庁長官 2001年 経産省原子力安全・保安院審議官 出所:『AERA』2011.4.10,38頁より整理作成。み込み,電気料金として需要家から回収した。
図4 原発利権の五角形
く原発利権ペンタゴン>
電力業界の政界工作 2001年,経産省が「発送電分離」「′ト売全 面自由化」を目指す第3次自由化に乗り出した。当時の経産省内には,電力会社と対立し
てでも,電力自由化を進めようとする動きが あった。 しかし東電は,発送電分離と小売全面自由化を断念させる政治工作を水面下で展開し
た。東電が最も抵抗したのは,発送電分離で
ある。送電網のネットワークを独占する9電
力は,競争相手に割高な送電料金を強制し, 参入障壁となっていた。経産省と電力業界の 全面戦争が始まるはずであった。 そこで2期12年務めた元東電副社長の加納 時男は,自民党のエネルギー総合政策′ト委員 会事務局長として,「エネルギー政策基本法」 を2002年6月に成立させていた。この法律に は,日本のエネルギー政策は,安定供給や地 球環境への配慮を重視しながら,規制綬和を 進めるべきだという基本方針を掲げ,原発の 位置づけを高める狙いがあった。 さらに,自民党のエネルギー族議員が,経 産省に圧力をかけ,同省内の自由化推進派を駆逐した。以後,経産省は原発の積極推進路
線を明確化していった。 2003年10月にエネルギー基本計画,2005年 10月に原子力政策大綱,2006年8月には原子 力立国計画を次々と決定した。さらに,2010 年10月には,2030年までに現在54基の原発を 14基以上増設するとした新エネルギー基本計 画まで策定した。原発を日本のエネルギー需要の半分を満たす安定電源と位置づけ,も
はや原発推進の流れを逆戻りさせないよう に.画策したのである。このように,東電に とって政治対応は必要悪であった。原発の建 設推進には政治の力が不可欠だったからであ る。電力会社から中央・地方の政治家への実 質的な資金提供は,多くの場合ゼネコンが代 行した。原子力立地をめぐる地元有力者の国 内外視察の際も,ゼネコンが飛行機やバスを チャーターし,宿泊費・接待費も肩代わりし, 原子力施設の建設見積もりに上乗せして,東 電へ請求した。東電はこれらを総括原価に組 出所:川端幹人「金と権力で隠される東電の闇− マスコミ支配の実態と御用メディア&文化人の大 罪」『別冊宝島』1752号,2011年5月12日 電力業界のマスコミ工作マスコミも,原発のマネーに蝕まれてき
た。東電の宣伝広告費は年間222億円(2008
年度)に達し,原子力・電力業界がメディア に流しているカネは年間2000億円に迫る。現在,広告出稿量第1位のパナソニックが771
億円,強大な広告圧力でメディアから恐れら れているトヨタが507億円なので,この金額 がいかに大きいものであるかがよく分かるで あろう。 電力会社は地域独占であり,他業種のように商品宣伝をして他社と競争する必要がな
い。にもかかわらず宣伝広告費が多いのは,
主にマスコミを懐柔して,国民に安全神話を 信じさせるためである。電力会社は総括原価 方式なので,広告費もかかった分だけ電力料 金に組み込める。そうやって国民から徴収し た電気料金を,マスコミは宣伝広告費として 享受し,原発の危険性に頬かむりしてきた。 今回の事故が起きた時,東電の勝俣恒久会長は新聞各社のOBや雑誌の編集長らと中国
訪問中であった。約1週間の訪中でマスコミ
側の負担は,一人たった5万円である。こう福島原発事故から日本の電力政策と危機管理を再考する(正 志平) 75
株主総会は,炎天下のなか前年の3342人の3
倍近い過去最多の9309人が出席し,会場の廊 下まで溢れ返った。個人株主からは経営責任 を問う発言や原子力発電事業に関する様々な 議題が提出され,総会は怒号とヤジが飛び交 う中6時間9分と過去最長に及んで,異例の展 開となった。 株主総会で最も注目されるのは,任期切れ となる取締役17人のうち,16人が賛成多数で 再任されたことである。つまり経営陣は総会 後もほぼ変わりない。引責辞任は清水正孝前 社長だけである。過半数の株主は「今までの 取締役に.今後も東電の経営を任せる」とい う意思表示をしたのである。 出席した個人株主からは,「事故処理の遅 れなどは,東電サイドの人災だ」と糾弾され ている。それにもかかわらず,東電の6割以 上の株式を持つ法人株主は現経営陣の続投を決議し,「脱原発議案」を否決した。重大事
故を引き起こして,会社に兆円単位の賠償負 担をもたらしたばかりでなく,10万人規模の 福島の周辺住民に避難生活を強いている現状 だけを考えても,なぜ彼らが更迭されないの か,不思議でならない。 その背景には,有力企業経営者間の一種の 「仲間意識」のもたれあいの構図がある。企 業経営者の立場から見れば,今回の大震災は まさにどうすることもできない天災であり, それによって経営責任を問われるのは不合理との感覚が働いたのであろう。それが,多数
の株式を保有する法人が経営者に有利な委任 状を送ることによって,総会で経営者擁護の 側に回ったと考えられる。 しかし大きく株価が下落し,今後の東電の 進むべき明確な道も示すことができない経営 陣に,過半数の株主が賛同したことは.海外 の投資家から「日本株式会社」のもたれあい の構図に失望していることであろう。 日本では,「温厚なことなかれ主義」が重 要なカルチャーの1つであった。しかし,そ れに固執するあまり,経済合理性や責任の所 在の意識が甘くなっては,社会全体の経済活 動の効率は上がらない。少子高齢化が加速す したツアーや接待で,骨抜きにされたマスコ ミ人は少なくない。 安全対策のコストをカットしても,政治家 やメディア対策に金をつぎ込め,という空気 が電力会社内を支配するようになった。つま り.メディアは単に原発の安全性チェックを スポイルしただけでなく,電力会社の危険な 体質も助長してきた。 電力業界の学界工作 事故発生直後に「原発は爆発しません」と 言った班月春樹・原子力安全委貞会委員長(元 東大工学部教授)ら,学界の御用学者たちも, 安全神話作りに積極的に加担してきた。 彼らは政府と電力会社から研究費や学生の就職先などで,手厚い保護を受けてきた。原
子力土木委員会津波評価部会の委員の大半
は,こうした学者と電力会社幹部で占め,お手盛りの津波対策を作り,想定外の津波に
よって日本を危機に陥れた。 これに対し,原発の危険性を指摘する学者は,原子力村への反逆者と見られて冷遇さ
れ.出世への道を閉ざされた。「要注意人物」 として電力会社から日常的に活動を監視され た学者もいる。 たとえば,安着育郎・立命館大学名誉教授 は,東京大学工学部原子力工学科の第1期生 の1人である。原発推進に対して,疑問の声 を上げると,露骨なアカデミック・ハラスメ ントが始まった。研究発表さえさせてもらえない。研究預算も集まらない。他大学へ移ろ
うにも移れない。安着氏は20年近く東大で助 手を務めた後,専門を変えて,立命館大学へ と移ったのである。6.原発事故後の真電の境主総会
震災やそれに伴う原発事故によって,東電 の株価が大きく下落し,企業価値が著しく毀損した。その全てが経営責任とは言えない
が,原発事故の処理などについて,東電側に 問題があったことは専門家からも指摘されて いる。2011年6月28臥 注目を浴びる東京電力の
る中で,そうした意識を変えないと,日本企 業は国際市場での競争力を失うことになるで あろう。
7.事故後の電力不足は如何に解決さ
れたのか 東日本大震災やそれに伴う原発事故の影響 で,東京電力管内の電力供給は,危機的な状 況に陥っていた。震災直後に,福島第1・第2 原発に加え,火力発電所8カ所が緊急停止し た。東電の供給力は震災前の5220万キロワッ トから,震災直後に約31(カ万キロワットまで 低下した。4月上旬には4∝X)万キロワットま で回復したが,東電は夏の需要ピークは5500 万キロワット程度と見ているから,なお1∝X) 万キロワットの供給力が不足可能性があった。 この電力不足をどのように解決したのか。 まず,東電は他の電力会社や自家発電機を持つ企業から,可能な限りの電力を集めてい
た。さらに,長期停止中の横須賀火力発電所
を運転再開した。また,東電は一部の工場や
事業所と,需給逼迫時に供給量を減らす「随 時調整契約」や,土日の休業日を平日に振り 向けてもらう「計画調整契約」を結んでいた。 これらの適用拡大を各企業に要請し,平日の 電力需要を抑えた。それでも.東電の供給力は7月段階で4650
万キロワット程度にとどまる見通しであっ
た。一連の施策を総動員したとしても,ピー
ク時には850万キロワットの不足が見込まれ ていた。 夏場の大停電を防ぐには,電力需要全体の 38%を占める家庭の節電に加え,34%を占め る産業(工場など)用,27%の業務(オフィ スなど)用の需要を如何に抑えるか,特にピー クになる午後1時から3時頃までの需要抑制 が鍵になる。 最初は,需要のピーク時間帯の電気料金の 値上げによる需要抑制策も考えられたが,与党内の反発でやめた。さらに,企業に対して
の夏休みの延長や分散取得,工場の操業時問 の短縮や夜間シフトなども議論されていた。 政府は企業に対して,強制的に使用最大電 力を制限する「電力使用制限令」を発動する 方針も考えた。石油危機時の1974年以来のこ とである。 しかし,強制的な需要削減に産業界の反発が大きかった。企業や業界の生産計画に基づ
いた節電努力が大前提と考え,日本経団連は業界ごとの自主的な節電計画作りに着手し
た。各業界ごとに,複数企業間で工場の操業
日時を調整する「輪番操業」の実施で,ピー ク時の電力需要を抑制する。表7 主な電力需給対策
企業・公共機関 ●夏休みの延長と分散 化 ●工場やオフィスの操 業.小売店の営業時 間の短縮 ●関東圏以外の生産拠 点の活用 ●使用電力の上限設定 ●ガスの活用支援 東京電力 <短期的な対応> ●火力発電の復旧や再稼 働 ●自家用発電設備からの 電力購入の拡大 ●短期間に建設稼働可能 なガスタービン発電設 備の新設 <中長期的な対応> ●他電力会社から電力 を融通しやすいネッ トワークの構築 ●火力発電の新設・増設 ●太陽光発電の導入促進 家庭 ●省エネ横器普及の支 援 ●冷房温度を上げるな どこまめな節電 出所:『エコノミスト』2011年4月19日号,24頁よ り整理作成。 たとえば,伊藤忠商事の本社ビルでは,こ の夏の節電対策として,自社カフェテリアの食器洗い樺の稼働時間を電力ピークから外
し,オフィスの机にLED卓上スタンド照明
を導入して天井照明を消すなどの施策を実施 した。これにより30%近い電力削減を実現す ることができた。 一般家庭も節電に積極的に取り組んで,で きるだけピーク時に電力消費の多い電化製品 (電子オープン,ドライヤーなど)を使わないで,洗濯などを深夜に行うように努めた。
これらの対策によって,東電管内のピーク時の電気需要は前年の6000万キロワットから
4900万キロワットに低下し,夏の計画停電を 回避できた。9月9日に,日本政府は「節電」 運動の終了を宣言した。福島原発事故から日本の電力政策と危横管理を再考する(正 志平) 77
8.原発事故の損害賠償
日本では原子力事故が発生した場合の損害 について,賠償のルールを定めた法律「原子 力損害賠償法」は,1961年に成立した。この 法律は,原子力事業者(今回でいえば東京電 力)が,事故の発生による損害について無過 失賓任を集中して負うことを定めている。自 分の落ち度による事故でなくても,賠償責任 を一手に引き受けるのである。 賠償が円滑になされるように,原子力事業 者は保険会社との間で保険契約を結び,保険 会社が引き受けたがらない種類の損害につい て,政府との間で補償契約を結ぶことを義務 づけられている。 1961年にこの法律が誕生した時点で,まだ試験的な原発さえ完成したものは日本にな
かった。その時の責任保険額と責任補償額は ともに50億円であった。賠償額がそれを超え たらどうするか,法文では事業者が賠償でき るように国は「支援する」という曖昧な表現 となった。 最初に商業用の原子炉が完成したのが1970 年(関西電力・美浜原子力発電所)であった。 その後の50年間に責任保険額と補償額は引き 上げられてきたが,現在でも一事業所あたり わずか1200億円である。 しかし福島の原発事故による損害は土壌汚 染,住民の退避,漁業・農業の被害,原発の 廃棄費用などを含めてすでに5兆円を超えるといわれている。他方,計画停電や節電によ
る減収,原発停止による燃料費増,廃炉費用 計上による東電の財務劣化は免れない。債務 超過の危機が迫り来る。表8 福島第1原発事故による損害
避難・屋内退避対象者は14万人超. 休業補償や生活支援 将来の健康被害に対する脅威 周辺地域の企業が休業 農作物や魚の出荷停止や風評被害 観光業への打撃 周辺の不動産価格の低下 広範囲な土壌・海洋・大気の汚染 広範囲で発生する放射線測定費用 日本ブランドの毀損 東電の株価が8割下落で株主に損失 出所:新聞報道などに基づいて整理作成。 ここから東電への支援問題が出発する。現 在成立している「原子力損害賠償支援機構法 案」は,事故の際に賠償に回すことができる資金のプールを,10電力会社によって9月12
日に発足した「原子力損害賠償支援機構」が 管理し,政府の保証を受けて民間から資金を 借り入れ,東電の賠償に回す(図5)。 これまで,東電の資金調達は高い信用力を背 景にした直接金融に依存してきた。有利子負債 残高の約7割を社債が占める。事故直後に,市 場の警戒感は高まり,株価は約5分の1に暴落し た。東電の社債残高は約5兆円で,東電債を含 む電力債稔残高は約13兆円に上り,事業債60兆 円市場の約4分の1を占める。東電債がデフォル トすれば,多くの機関投資家が損失を被り,金 融システムの混乱は必至であろう。図5 「原子力損害若僧支援横筋法案」の概要
出所:経済産業省(www,metLgojp/earthquake/nuclear/taiou_honbu/pdf/songaibaisho_110614_02.pdL)キャッシュが稼げない場合,東電は料金値上
げで返済原資を確保することになるであろ
う。資本注入にせよ,値上げにせよ,カネの出し手は結局,どちらも国民なのである。
おわりに今回の福島原発事故が日本に与えた影響
は,原子力発電技術の安全性への不安が高
まったこと,国の安全規制体制や,事業者へ の信頼感が失われたこと,情報提供の仕方や 原子力安全・保安院と資源エネルギー庁が同じ経済産業省の下にあることへの不信感な
ど,多岐にわたる。これらの社会的な信頼の
喪失は深刻なもので,回復までには相当な努
力と時間が必要となる。 また,福島第1原発の事故収束が長引くに 連れ,原発に対する日本国民の視線が厳しくなっている。その一方,原発に代わる電源と
して太陽光,風力発電などの再生可能エネル ギーが注目を浴びている。 一方,現在中国では13基の原発が稼働して おり,27基が建設中,さらに50基程度の建設が計画されている。ところが,中国人に自国
の原発について聞いてみると,「どこにある か分からない」という声が大半である。最低限の情報公開すら十分でなく,日常的な安全
管理も,中国が日本より優れているとは思え ない。 それだけに,日本の原発事故の行方が気に なるのである。中国が原発から撤退すること はありえないが,福島の事故が中国の原発積 極策に警鐘を鳴らしたのは確かであろう。 補足:最近の動向東電は2012年3月期で約5763億円の最終赤
字を見込み,純資産は7088億円と1年前の2
分の1以下に減少する見通しである。自己資
本比率も6%台に低下し,資本増強が喫緊の 課題であるが,格付けの低下で市場からの資 金調達は困難と見られる。今後膨らむ除染費 用や事故炉の廃炉費用の規模が判明していく 過程で,債務超過に陥るのは確実と見られて いる。2011年3月末日,8取引金融機関が1.9兆円
の緊急融資に応じ 資金調達難の東電を支えた。しかし.銀行個々のリスクで貸し続ける
には,限界がある。そこで浮上したのが電力
会社による相互扶助方式である。電力が共同 出資する「原子力損害賠償支援機構」が東電 へ劣後(他の債権より支払い順位が劣る)ロー ンの供給,あるいは劣後債を購入することで 広義の資本を増強し,多額の損失計上による 債務超過を回避する。東電はおよそ10年をか け分割返済する。機構の資金が不足した場合 は金融機関から融資を受けるが,国が債務保 証を付ける。 政府内には,直接出資による一時国有化案や新旧会社分離案などがあった。しかし,国
の財政負担を最小限にとどめる一方で,東電 の自己責任を極大化するための最適案は,こ の機構設立とされる。東電の株主責任の追及 が必要だという指摘に対しては,東電の株主 は約100万人で,その多くが銀行預金と同様 の安全運用先として,東電株を保有していた 個人株主であることを重視せざるをえないと いう判断に,政府は傾いていたのである。 東電に対する日本政府支援の仕組みが明 らかになった5月頃から,米ウォール・スト リート・ジャーナルなど海外メディアでは, 「支援機構は社会主義的政策」といった批判 記事が掲載されている。自立能力を失い淘汰 されるべき企業が政府の支援によって市場に とどまり,政治家の言動などで信用力が乱高 下するような事態こそ,海外投資家にとっては不透明この上ないことは容易に想像でき
る。 また,機構構想は業界の旧秩序維持という 側面もあるため,送配電の分離など電力自由 化政策を促進するには障害となるとの批判も ある。 2011年8月に国会で成立した「原発賠償支 援法」では,資本注入を受けた東電は徹底したリストラを求められ,長期間にわたって
「特別負担金」を払って国からの支援金を返 済するとされている。被綻に瀕した企業がリ ストラを徹底するのは当然であり,それでも福島原発事故から日本の屯力政策と危機管理を再考する(江 志平) 79 岡部貴典「原発安全神話は完全に崩壊 エネ ルギー政策の根本的見直し」Fエコノミスト』 2011.4.19 秋本裕子「夏の大停電阻止」『エコノミスト』 2011.4.19 橋川武郎・米倉誠一郎「福島第一原発事故が 明らかにした日本の電力業の大問題」『一 橋ビジネスレビューj 2011年・夏号 山崎康志「原発処理を迷走させる東電組織の 裏面」『週刊東洋経済』2011.4.23 真壁昭夫「“日本株式会社”を支え続ける優し い仲間意識の罪」http://diamond.jp/ articles/−/12974 郷原信郎「電力会社には独立した監視機関が 必要」『週刊東洋経済』2011.12.17 安西巧「東電“延命”のコストとリスク」『日本 経済新聞』2011.10.13 「東電を庇護する経産省の責任」『AERA』 2011.4.10
<東電>実質国有化へ 政敵公的資本1兆
円注入『毎日新聞』2011.12.8 「東京電力株主総会 高まる株主の脱原発志 向無視できない存在に」『エコノミスト』 2011.7.12 原子力損害賠償支援機構(http://www.ndf. go.jp)“EnergyinJapan:The new government
should break upJapan■s electricity
monopolies”,TheEconomist,Sep17th
2011