彦根論叢の近代経済学
乗 果 木 玉 少 な くも分析科 学 として,法 則 を求め る学問 としての 経済学 に於 ては,複 数の学問はな く,国 際共通の一つの 学 問 だ けが あ る。 一一高田保 馬☆★―一 I1.l Modern Economics あ
るいは,そ の訳語に当たる近代経済学 とい
う用語には確定 した定義はない。 もつ とも広い意味ではマルクス主義でない経
済学の総称 として使用されることがあり, もっと狭い意味では,L.И 妨俗 (1
834∼1910)によって切 り拓かれた一般均衡の経済理論の呼称 として使用され
ることがある。
経済学説史の古い通説にしたが うならば,近 代経済学の産声は1870年代の,
W.S,ユ ″θ
%S(1835∼1882)。C.〃 夕
竹』
ヮγ (1840∼
1921)・L.ワ ルラスによる,
限界革命であった。そうして, ここでの限界革命 とは,こ れら二人の先駆者達
1 ) がプ ライオ リテ ィを競 った,限 界効 用価値 説の提 唱 とそ こか ら演繹 され た経済 学体 系 を構築 す るこ とであ って,労 働価値 説 を基礎 とす る古典 学 派 の経済学 か ★ 平 成八年二月の発行 を もって,滋 賀大学経済学会 の学会誌 「彦根論叢」の号数 は第300 号 を数 えた。 この号数 の区切 りを記念 して,編 集者 の依頼 に よって,纏 め られ たのが こ の review論 文 である。 この種 の論文の通例 に したが って諸先生の氏名の敬称 を省略 して い るこ とをお許 し戴 きたい。 また,こ の大役 を指名 して下 さった編集者 に感謝 しなが ら も,十 分 には,編 集者 と経済学会員 の方々の期待 に応 えるこ とがで きなか った こ とをお 詫び してお きたい。 ★☆ 高 田保 馬著 『経済学説の展開』 (有斐 閣,昭 和26年)51頁 。 1)こ れ らの事情 につ いては,例 えば,安 井琢磨編著 「近代経済学 と私」 (木鐸社,1980.) 第二部 の I等 を参照の こ と。らの 訣 別 を意 味 して い た。 け れ ど も, J . R . 協 な ( 1 9 0 4 ∼1 9 8 9 ) に よ るワル ラ 2 ) ス理論 の再構成 とその後 の理論経済学 の展開 は,限 界効 用理論 と限界生産 力 を 二本 の柱 とす る,一 般均衡理論 の基礎 の確 立 こそ限界革命 の 中身であ る とい う 現代 の解釈 を醸 し出 して きて い る。 この立場 か らは二 人の限界革命者 の 中か ら ジェボ ンズ とメンガ ーが脱 落 して,残 った L.ワ ル ラス とA.財 7物 α〃 (1842∼ 3 ) 1924)が 限界革命 の主人公 にな る。形式的 には,マ ーシャルの部分均衡 の理論 4 )
はワル ラスの一般均衡の理論に包摂 され るか ら,近 代経済理論はワルラスか ら
始 まるとい うことができる。 この レビューでは近代経済学 をこの ような近代経
済理論 を意味す るもの として理解す る。
1.2 経
済学 は,す べての社会科学 と同様 に,経 済の理論 ・政策 ・歴史の
2)こ の再構成 は ヒックスの 協 物夕α%冴 働″物〃,1939(安 井 ・熊谷訳 『価値 と資本』,岩波 書店,1951.).に よってなされた。 3)こ こで も安井編著の前掲書の第二部の I・IIを参照せ よ。 4)こ の よ うに言 うこ とには若子の抵抗があ るか も知 れない。 ワル ラスを受容 す るこ とに マ ーシャルにはある種類の抵抗があったか もしれない (安井編著,前 掲書の第二部 I・II) が,「 マア シャルか らヒックスに至 る動 きは正統経済学の内面的発達 いはば理論 の 自律 的進展 であ る。」 (高田,前 掲書,65頁 )と い う見方 も存在す る。 5)近 代経済理論 をこの よ うに理解 す るこ とはケインズの経済理論 を近代経済理論 か ら除 外 す るこ とでは ない。近代 経済理論 とい う用語 は新 古典 派の経済理論 とい う用語 と代替 的に使用 され るが,P.A.動 物%夕なθ物が使用 した意味での新古典派的総合 ではな くて,よく知 られた ヒックスの論文 [Mr.Keynes and Classics, 1937.]や D.免 滅沈ガ%の 著書 [舟イοれヶ あ物%容サα%冴Fttθ夕sfム%励 ,c帥″ο%ゲ ノИο%夕筋伊 α%ブ レ物物タロん夕θり,2 nd ed. (New York:Harper and Row,1965);貞 木展生訳 『貨幣 ・利子お よび価格』,1966, 日 本評論社 ]の 線 に沿 った新 古典 派的総合 はケインズの理論 を新古典 派の経済理論 の 中に 包摂 している。 その手際の よい紹介 としては,た とえば,H.P.〃 物sblの著書 [S物うグ〃 2-ゲ%どα%υ 俗ルう彦Ecθ%θ物ノ,,1986,Yale University,chap.5。6;吉 野 ・浅 田 ・内田訳 『金 融不安定性の経済学』 (1989年,多 賀出版)第 5・ 6章 ]を 参照せ よ。 6)森 鳴 はマル クスをも近代経済学者の中に算入で きるこ とを示唆 した上 で,現 代 のマル クス主義 の経済学 を近代経済学の中か らは除外 してい る。森鳴通夫著 『思想 としての近 代経済学』 (日本放送 出版協会,平 成 5年 )9頁 。 7)た だ,こ の よ うに近代経済学 を理解す るとき,近 代経済学 に関 しては,滋 賀大学 は不 毛 の場 であ った。 したが って,こ の レビューで取 り上 げ られ る論 者のすべ てが必 ず しも 近代経済学者であるとは限 らない。 た とえば,2.1で 取 り上 げ られ る石 田興平 は本文 に定 義 した意味 での近代経済学者 ではなか った。
彦根論議の近代経済学 1 9 二部 門か ら構 成 され る。 この経済 の理論 を,い ま上 に定義 した意味 での近代経 済理 論 と理解 した とき,こ の理論 と組 み合 わ され る経済史 と経済政策 とが存在 す る。 こ こでの経 済史は 「あ る時代 。あ る場所 での個 々の経済現象に関す る知 D
識」 と定義 され るが,近 代経済理論の場合 とは異なって,滋 賀大学はこの分野
では豊饒 な場 であった。 このことは,固 有の経済史の分野だけではな くて,経
済学の全分野について も同様 である。 た とえば,経 営史の研究で文化功労者 と
なった宮本又次は滋賀大学の前身である彦根高商の教授であった し,近 江商人
の研究で学士院賞 を受賞 した江頭恒治は開学当初か ら定年で退官 される昭和41
年 まで滋賀大学の教授 であった。 また,経 済政策の伝 田功,金 融論の片山貞雄,
国際金融論の有 馬敏則の諸教授はそれぞれの分野で質量 ともにす ぐれた論文 を
発表 してお られ るが,そ の本領は経済制度 ・事情 ・歴史の分野にある, と思わ
れ る。経済政策に関 しては後に述べ る。
2. 1 II l 石 田果平 は 多産 な論文製作者 であ った。石 田は昭和18年満洲建 8)こ の定義 は 「経済史は一定 の時間的空間的条件の下に生起 したる経 済的事象 その もの の知識」 とい う高田の定義 に依 存 している。高 田保 馬著 『経済学原理』 (日本評論社,昭 和22年 )8∼ 9頁 。 9)江 頭教援 の経歴 ・著書 ・論文 の リス トは 「彦根論 叢」第70。71・72号 (江頭恒 治博士 還暦記念論文集)に 詳 しい。 10)伝 田教授 の著書 ・論文 の リス トは 「彦根論叢」第285・286号 (伝田功教授退官記念論 文集)に 詳 しい。 11)片 山教授の著書 ・論文の リス トは 「彦根論叢」第299号 (片山貞雄教授退官記念論文集) に詳 しい。 12)有 馬教授の業績 につ いては,『 国際通貨発行特権 と国際通貨制度』 (滋賀大学経済学部 研究叢書第 5号 ,昭 和54年,滋 賀大学経済学部),『国際金融政策 と国際通貨制度改革』(昭 和54年度文部省科学研究費補助金奨励研究 (A)研 究報告,昭 和55年),『国際通貨発行特 権 の史的研 究』 (昭和59年, 日本学術振興会),F内 外金融 システムの変化 と対外不均衡』 (滋賀大学経済学部研究叢書第14号,滋 賀大学経済学部)等 を参照せ よ。 13)す ぐ後に紹介せ られ る石 田 も,金 融論 と経済原論 第 I部 の担 当者 であったが,膨 大 な 満鉄 史の研究 『満洲 におけ る植 民地経済の史的展望』 (ミネルヴァ書房,昭 和39年)を 遺 してお られ る。国大学 か ら彦根 高商 に転 じ,新 制滋賀大学 の創 設 に尽 力 し,金 融論 と経済原論 第 I部 とを担 当 した。彦根論 叢第 1号 (昭和24年)か ら昭和40年に大 阪大学 に 転 出す るまでの間 に40篇の論文 を書 いて い るが,そ の間,著 書 『再 生産 と貨幣 経 済』 (昭和27年)に よって学位 を取得 した。論文 の タイ トルには 「再 生 産 的 理 論 と貨幣経 済」(「彦 根 論 叢」 第 7号 )の よ うに再 生産 の言葉 が 目立 つ が,論 文 「再 生産 の論理 と経 済学」 にお いて 自己の経済学 を次 の よ うに紹介 してい る。 人 間の社会 的生活 は…………財 貨 の連続的 な消費 において維持 され展 開 さ れ る。 …………財 貨 の連続的消 費はその連続的 な生産 す なわ ち再生産 を前 提 とす る。 人間生活 の物 的基礎 は,物 的生活資料 の連続的生産即 ち再生産 に あ る といわねば な らない。 2.1.2 具 体 的 には,再 生産 はマル クスの再 生産表式 に よって把握 され て い る。 い ま,産 業 を資本財部 門 と消 費財部 門に三分 し,そ れ ぞれ, 1と 2の 番 号 で区別 す るこ とにす る。各産 業 の不 変 資本 ・可変 資本 ・余剰価値 ・生産物 を,そ れ ぞれ,G'vl・ mi・B(i=1, 2)で 表 す と,マ ル クスの再 生産 表 式 はつ ぎの二式 で与 え られ る。 1 4400cl―+1100vl―+1100Hll=6600pl I1 1600c2+ 800v2+ 800H12=3200p2 1 は ,資 本財産業 にお いては,資 本家が4,400の不変 資本 と1,100の可変 資本 を投 入 して1,100の余剰価値 を獲得 し,全 生産物 は6,600であ るこ とを表 して い る。 II は ,消 費財産 業 にお いては,資 本家が1,600の不変 資本 と800の可変 資 14)滋 賀大学 では,ご く最近 まで,近 代経済学 の経 済原論 は 『経 済原論 第 I部 』 とい う科 日で講義 されていた。 15)石 田教 授 の経歴 ・著書 ・論文 の リス トは 「彦根論叢」第113・114号 (石田果平教授還 暦記念論文集)に 詳 しい。 16)「 彦根論 叢」第27号。 なお,こ の引用文 は同論文 1頁 か らの ものであ るが,ま た,こ の論文 は「(著書)『再生産 と貨幣経済』に論 じた ところを………,前 の著書は難渋 だ とい う声 を聞 いたの で,… …わか りやす くとい う念願 の下 に叙述」 (同論文,17頁 )し 直 され た ものである。 17)石 田は単純再生産 のケースのみ を図式化 し,拡 張再生産 のケースは文章 で言及 してい るだけであ るが,こ こでは拡張再生産のケースを図式化 しておいた。
彦根論叢の近代経済学 21 本 を投 入 して8 0 0 の余 剰 価 値 を獲 得 し, 全 生産 物 は3 , 2 0 0 であ る こ とを意 味 して い る。
資本財産業の資本家は余剰価値1,100のうち600れを消費 し,残 額 である貯蓄
500角の うち400が不変資本 的cに,100が 可変資本 的vに追加 され るもの とす る。
同様 に,消 費財産業の資本家は余剰価値800のうち500れを消費 し,残 額 である
貯蓄300色の うち200が不変資本 22cに100が可変資本 q矛に追加 され るもの とす
る。 これ らの関係 を表式化す るとつ ぎの通 りである。
1 1,100ml=50021+600ゑ
50021=40021c+10021v I1 800m2=30022+500れ 30022=20042c+10022v この数値例 に よる と,資 本 財 産 業 の 資本 家 は6,600plを4 , 4 0 0 Q と4 0 0 2 ■に投 入 し,残 額 の1,800は消 費財産 業 の1,600c2と2 0 0 a / 2 c に販 売 す る。他 方,消 費財 産 業 の 資本 家 は3 , 2 0 0 p 2 を自産 業 の労働 者 の消 費800v2と100ら と資本家 の消 費 5 0 0 めに,残 額 の1,800は資本 財 産 業 の労働 者 の消 費1,100vlと100的vと 資本 家 の消 費600nに 販 売 され る。 資本財産 業 にお いて も,消 費財 産 業 にお いて も生 産 物 の需給 に過 不 足 は ない。 この拡 張再 生産体 系が維持 され るための一般 的 な 均衡 条件 は次式 で与 え られ る。 C 2 + 砲c=vl+21v十ゑ2.1.3 こ
の拡張再生産体系は前頁下のような経済循環図表に表現 しな
おすことができる。
このように再生産表式を経済循環図表に表現 しなお した後で,石 田は次のよ
うに述べている。
このように再生産表式は経済循環図表に表現 しなおされる。………この
循環図表によって…………貨幣経済的分析の最初の手がか りが与えられて
1 9 ) くる。 関係 す る諸 々 の個 別 資本 の循 環過程 に資金 の供 給 ない し需要 をそれ ぞれ 生ぜ しめ る と ともに他 方家計 にお いて も収支 の過不 足か ら同様 に資金 の供 給 ・需要 を発 生せ しめ,こ こに これ を弾力的 に (信用創造 に よって)媒 介 す る金 融過程 を生ぜ しめ る。 か くの如 く金 融 な る問題 は各企業 お よび各家 計 が ………… それ ぞれ収支 の不均衡 に陥 る ところに生 ず る と共 に再 生産 の 動 態的展 開 はかか る金 融 を媒 介 としてのみ可能 とな る。……… …金融理論 は動 態理論 にお いて こそ固有 の領域 を もち,稔 り多い展 開 を来 たす といわ 2 0 ) ね ば な らない。 これ らの文章 か ら石 田の金 融理論 は上 の経済循環 図表 の資本勘 定 の分析 にあ る こ とが分 か る。 2 . 1 . 4 以 上 が石 田の経 済学 の基線 であ るが, 『 再 生産 と貨幣経 済』 の 公刊後 間 もな く, 石 田は金 融史の研 究 に関心 を移 した。 けれ ども, こ の こ とは 別 に して, 結 局 , 石 田は近代 経 済学 者 には な り得 なか った。 この こ とはマ ル ク スの再 生産表式が石 田の経済学 の基線 であ るか ら とい う型式的 な理 由か らでは 18)貯 蓄500を不変資本の追加400と可変資本の追加100に分割す るのは,資 本財産業 におけ る資本構成 cl:vl=4:1の 仮定 を置 いてい るか らであ る。消費財産業において も資本構 成不変 の仮定 を置 いてい る。 19)同 論文13頁。 20)同 論文15頁。 21)試 みに,前 掲の 「彦根論叢」 (石田果平教授遠暦記念論文集)の 論文 リス トを参照せ ら れたい。 また,こ れ らの金融史の諸研 究が 『満洲 におけ る植 民地経済の史的展望』 (昭和 39年, ミネルヴァ書房)と なって結実 しているこ とは前に も記 した (脚註13)を 見 よ。彦根論叢の近代経済学 2 3 な く,石 田の経済学 の基礎 が労働価値 説 であったか らであ る。一つ だけ例 を挙 げ てお くな らば,近 代 経 済学 の道具 を使 用 して労働価値 説 を理解 しよ うとした 論文 にお いて,石 田は,当 然の こ ととして,価 格 を労働 時間に等置 してい る。 これが学生時代 に心酔 した学 問か ら抜 け 出 るこ との で きなか った石 田の限界 で あ った。 2.2.1 山 崎 良也 は洗練 され た近代経 済学者 であ った。系譜的 には,直 接 の恩 師 ・栗 山雄 吉 を通 して高 田保 馬に繋 が る。昭和36年か ら在籍 し,昭 和45 年 に熊本 大学へ転 出す るまで経 済変動論 と経済原論 第 I部 を講義 した。 その間, 昭和 41年には 『景 気循 環 と加 速度 原理 』 を出版 してい る。 当時の 出崎 の研 究課 題 は加 速度 原理 の学説史的研 究 であった。 投 資 の加 速度 原理 は1913年に W.C.ミ ッチ ェルが発見 した, (1)資 本財生産 の転換点が消 費財生産 の転換点 に先行 し, 修)資 本財 の価格 と生産 の変動 が消費財 の それ に比 しては るか に激 しい,
とい う統計的事実の説明のために J.M.ク ラークによって提出せ られた。
この投資原理 は,や がて,ケ インズの乗数理論 と組み合 わされてハ ロッ ド王
ドーマ ーの成長理論 とサムュエル ソン=ヒ ックスの景気循環論 となって経済変
動論 で主役 を演ず ることになるが,1950年 代以降の景気循環論は加速度係数一
22)「 再生産 と価値」(「彦根論叢」第29号)18頁 。 23)石 田は京都大学大学院 で高 田保 馬の経済学概論 の講義 を聞 き (高田保 馬博士追 想録刊 行会編 『高 田保 馬博 士 の生涯 と学 説』,創文社,昭 和56年,268頁 ),近代経済学に も多大の 関心 を持 っていた。人間的には,若 くして親鵜に傾倒 した念仏 の信 者 であったが,多 感 な青年時代 を≪社会主義へ の開眼≫ し≪マル クス主義へ の傾倒≫ して過 ご した学 究 で も あ った。 これ らの石 田の学問遍歴 につ いては前掲 の還暦記念論文集 お よび 自伝 『危機 に おけ る宗教 的体 験』 (百華苑,昭 和48年)に 詳 しい。 なお,こ の証 におけ る≪社会主義ヘ の開眼≫ と≪マル クス主義への傾倒≫は 自伝の中の章題 である。 22)山 崎良也著 『景気循環 と加速度原理』,東洋経済新報社,昭 和41年。 23)こ の論争 につ いて,山 崎はつ ぎの よ うに述べ てい る。 「・………単純 な形におけ る加速 度 原理 は捨 て去 られ,投 資行動 の種 々の要 因 を体 系に含 む ような投資関数 が それ に とっ て代 わ って くる。 そ して,こ の投資関数 は本来の加速度原理 の形態 を全 く留め得 ざるま でに複雑化 して きたのである。」 (同書,25頁 )定 とい う仮説 をめ ぐる論争で もあった。 山崎はこれ らの論争 を整理 して,最 終
的には,L.A,メ
ッツラー型の投資関数 を採用 しヒックスの景気循環論 を修正
・拡張 している。
この業績は加速度原理 に関す る意欲的 ・包括的な力作であ り,こ の分野の研
究者の必読の書であるが,そ の後 い くつかの論文 を書 き,次 のテーマ を模索 し
ている間に滋賀大学 を去 った。
2.3.1 松
鳴敦茂 は,経 済学者 としては L.ワ ルラスの後継者であ り,
L.ワ ル ラス とJ.R.ヒ ックスの中継者であ り,同 時に,偉 大な社会学者であっ
た,V.パ レー トとの出遇いについて次の ように記 している。
出会 い とい うものは しば しば偶然的な ものであるが,私 とパ レー トとの
出会 い もどちらか といえば偶然的なものであった。
一 見lllk調で必然的 に さえ見 え る出会 いで も,そ の割 には,つ きあいの深 ま らぬ場合 もあれば,そ れ とは反対 に,出 会 いは偶 然的 であ って も,そ の 後 のつ き合 い を通 じて,徐 々に相 手 の魅 力 にひ きつけ られてい く場合 もあ る。 幸 い私 のパ レー トとの出会 いは,こ の第二 のケ ースであった。 パ レー トとの出遇 いは偶然 であったが,そ の後の研究 は着実 であった。 その 業 績 の うち,主 として彦根論 叢 に発 表せ られ た, 7篇 の論文 に加筆 して公刊 し た ものが最初 の著 書 『経済か ら社会へ』 であ る。この著書 は序章 と第 I・ II・III部か ら構成せ られてい るが,第 I部 ではパ レ ー トの生涯 と社会思想の編年的展開が跡づ け られ,第 II部ではパ レー トの経済 学 が,第 III部では経済学者 であ りつつ も社会学者 となったパ レー トの経済 ・社 会 思想 の基本 的特徴 が議論せ られ てい る。 24)「 彦根論叢」に発表せ られた,こ れ らの業績 につ いては [彦根論議総 目次 ・著者別索 引 (昭和55年,滋 賀大学経済学会)]を参照せ られたい。 25)V.乃 ″わ (1848∼1923) 26)松 鳴敦茂著 『経済か ら社会へ』 (みすず書房,昭 和60年。)「あ とが き」343頁。 27)こ の著書は≪パ レー トの生涯 と思想≫の副題 を持 っている。
彦根論叢の近代経済学 25 第 II部にお いて,パ レー トの経済学 はその編年 的展 開 ・師 ワル ラスの経済学 との比較 ・パ レー トのマル クス批判 の三つ の側 面か ら検討せ られてい るが,前 二者 に関 しては,パ レー トの著書 『経済学講義』 (1896)と 『経済学提要』 (19 06)の 間に論文 「純粋 経 済学 の問題」 (1898)を 介在せ しめて,次 第に (1)「 パ レー トが 『限界効 用理 論 』 を完全 に放棄 した」 こ とと, 修)「 経 済現 象 におけ る相互依 存性 の重視 」 をよ リー 層徹底 してい った こ と,
がパレー トの功績であるが,そ れにも拘 らず,「 パレー トの経済学は,… ……,
ワルラスの設定 したパラダイムの 『問い方』や 『
答え方』を部分的に修正 ・拡
充 ・発展させ ることを通 じて,こ れを純化 ・完成せ しめたと評すべ きであるよ
うに思われる。
」と述べている。
第II部における最後のテーマはパレー トのマルクス批判である。この問題 を
労働価値説の批判に絞って要約すると次の三″
点になる。
① 経 済現象において,経 済主体の主観的要素の果たしている役割の重視。
② 異 質的 ・複雑労働の同質的 ・単純労働への還元の可能性の否定。
③ 経 済均衡の諸条件の総体の分析の重視。
そうして,② はベーム=バ ヴルク以来繰 り返 してなされている近代経済学から
28);29)と もに,前 掲書,155頁 。 なお,(1)に関 しては,異 論 が あ り得 る。一,二 の異論 を 記 してお くと次の通 りであ る。 「夕ヾレ トの創見 は効用不可測の論拠か らの効用説弁護 に成功 した として も,実 質 に於 い ては選択以上 に不用 の前提 を立てた といふ批判 を免れが たいであろ う。そ こで効 用 又は 福 利 といふ不用 の概 念 を排 除 し,確 実 に して現実 に営 まれつつ あ る行動 としての選 択 だ けか ら出発 す るこ とが,分 析科学の進路 といよべ きであ ろ う。………此一 歩 を進 め た も のは ヒックスであった。」(高田保 馬著 F経済学説の展開」,有斐閣,昭 和26年,59∼ 60頁。) 「パ レー トの発見はただ扉 を開 くのみ で,… ………,相 変 わ らず 旧式 な思想か ら導 き 出 され た諸概 念 を使用 しつづ け た………。 その理 由はお そ ら く次 の点 に あ った。す なわ ち彼 はその経済学上の仕事 の どち らか と言 えば遅 い段 階では じめて到達 した命題 に照 ら して, 自分 の初期 の結論 を研究 し直すだけの労 をとらなか ったのである。」 (Jo R.ヒック ス,前 掲書,P.P.18∼ 19.;邦訳,24∼ 25頁)。 30)前 掲書,197頁 。 31)前 掲書,209頁 。の批判 と同一 の ものであ るが,こ の点 に関す る松 鳴 自身の見解 は次の通 りであ る。 「マ ル クス経 済学者 の側 か らの反批判 に もかか わ らず, この点の実践的 ・ 具体 的解 決 は きわめ て 困難 な よ うに思 われ る。」 「パ レー トが行 っているマル ク ス価値論批判 とは,マ ル クスの交換価値論 の批判 として読 まれねば な らない。 た だ し,そ こに問題 が ないわけ では ない。」 (労働価値 説の)「真 の貢献 は…… …価値形態論,労 働 力の社会的存在形態論……な どにこそその独 自性 とメ リッ トは あ るの では なか ろ うか。」 経 済学者 としてのパ レー トが求め た一般均衡 はパ レー トに よって 「理論 的均 衡」 と呼 ばれ てい る。パ レー トに よれば,こ の理論 的均衡 は「『逐 次 的均衡』 の 方法 に よって………,経 済現象 の相 互依 存性 の抽象的分析 か ら, ヨ リ複雑 な, 社会 現 象 の相 互依 存性 の分析へ の移行 」 を しなければ な らない。 この≪社会現 象 の相 互依 存性一 一 ― 「具体 的均衡 」一一一 の分析へ の移行≫がパ レー トに よ って く社 会学〉 または応用経済学 と呼 ばれ た。 この 問題 に関 して,理 論 的均衡 は個 人の 「合理 的」 (=「 論 理 的」)行為 を と お して実現 し得 るが,≪ 社会 の効 用 の極大≫ ・≪所得 の分 配ヅが論理 的には一 意 的 に決定 され得 ない こ と,そ もそ も社会 的行為 に 「合理性 」 は成立 し得 ない 32)前 掲書,211頁 。 33)前 掲書,213頁 。 この引用文 は③ の く転形問題〉に関す る第 3節 か らの ものであ る。た だ し,こ の第 3節 が書かれた意図は私 には明瞭 でない。215頁の末尾か ら引用せ られてい る 「石炭 の生産 費」に よってパ レー トの批判 を紹介す るこ とが 目的 なのか,「 石炭 の生 産 費」が意味す る自己回帰的生産構造が ワル ラス=パ レー トの 「単 一期 間の需給均衡分 析」 と矛盾す るこ との指摘が 目的 なのか明瞭でないか らである。 34)前 掲書,222頁 。 ただ し,(労 働価値 説の)と い う言葉 は引用者の ものである。 この引 用文 は 〈パ レー トの社会主義像〉 と題す る第 4節 か らの もので あ るが,第 2節 の冒頭 に 引用せ られ たパ レー トの文章へ松 鳴 自身が挿 入 した用語か ら (労働価値 説の)と い う用 語 を挿 入す るこ とは許 され るであろ う。 ただ,こ の価値形態論 ・労働 力の社会的存在形 態論 が 「真理 と相容 れぬ イデ オ ロギー的建 造物」 (227頁)に 結 びつ くこ とはないのであ ろ うか ? こ れが近代経済学者の素朴 な疑間である。 35)前 掲書,144頁 。 36)前 掲書,179頁 。 37)パ レー トは合理的行為 を,む しろ,論 理的行為 と呼んでいる。前掲書,302頁 。
彦根論叢の近代経済学 27 こ とを論 証 して,「 パ レー トの学 問 的 貢 献 の 第一 は,『 理 論 的均 衡 』 と 『具 体 的均 衡 』 とを明確 に 区別 し,経 済 学 の 『社 会 学 』 へ の 『総 合 』 を試 み た こ とで
あるこ とは言 うまで もあるまい」が,「 パ レー ト経済学は社会学体系の中に整
合的かつ有意味な形で 『
総合』 されているとは言い難い」 とい うのが松鳴の結
論 である。 この論証は説得的である。
2.4.1 近
代経済学 におけ る経済政策は,経 済に関す る特定の 目的 を設
定 して この 目的 を達成す るために経済理論 を応用す るとい う,応 用経済学であ
る。 このことは,そ の時々の政策的関心事 によって発展 ・提唱せ しめ られて き
たマ クロ経済学において も,政 策的関心事 との関連性はそれ程明確 ではない ミ
クロ経済学において も同 じように当てはまる。1930年代の大不況に ともな う大
量の失業 を契機 としてケインズの 『
一般理論』が提唱せ られ,1980年代のスタ
グフレーシ ョンを契機 としてマ クロ経済学は大 きく変容 したが,失 業の救済 ・
スタグフレーションの克服のための政策が納得 して是認せ られ るためにはこれ
らの理論の発展 ・提唱 を待 たねばならなかった。
ミ クロの経済学においては,
ワル ラスー般均衡理論の産業運関論への展開 ;A.マ ーシャル ・E.H.チ ェンバ
リン ・J.ロ ビンソン ・E.A.G.ロ ビンソンによる部分均衡理論の産業組織論ヘ
の応用がその例 として挙げ られ る。 この産業組織論の 日本への導入 。発展に越
38)前 掲書,262頁 。 39)こ の著書以後 の,「 彦根論叢」に発表せ られた,松 鳴の業績 の幾 つか を拾 ってみ る と 次 の よ うであ る。 『「科 学 史」 としての経済学 史」,第234・235号。 :「『極 大満 足 説』 と功 利主義的経済学」,第257号。 :「ミーゼスの 『人間行為学』をめ ぐつて」,第 273・274号。 : 「経済学 と時間」,第 300号。 そ うして,こ れ らの論文 は, 日次 を見 る限 りでは,最 近著 『現代経済学史J(名 古屋大学 出版会 ・平成 8年 5月 31日発行)に 取 り入れ られてい るよ うに思 われ るが,こ れ らについて触れ ることは他 日に期 したい。40)E.H.て 労物α物あ夕妨 夕,効 夕助 夕θ宅ノゲ 〃θ%のθ然筋 働 切吃ク冴 カ タ,Hatterd Uni Press,1933 (青山秀夫訳 『独 占的競争の理論』至誠堂,1966年 )。
41)J.妃οう物sθ物,効 夕Eσθ%θ物施 ゲあリタタ 冴働 ″ 夕″″θ%,Macmillan,1933(加藤泰男訳 F不 完全競争の経済学』文雅堂書店,1966年 )。
42)E.A.G.妃 θ筋体θ%,効 夕S初死筋″ ゲ 働 物ル ″″υ夕あ 冴%sり ,Camb.uni.Pre弱 (黒松巌訳 『産業の規模 と能率』有斐閣,1969年 )。
後 和 典 は大 きい 足 跡 を残 した。 越 後 は 昭 和 三 十 年 か ら始 ま る研 究 生 活 の最 初 か ら産 業 政 策 に 関 心 を示 して い 43) 44) たが,ほ ぼ十年 の蓄積 を公刊 した 『工 業経済』 で学界へ の実質的 なデ ビュー を 呆 た した。 この著 書 の副題 は≪産 業組 織論 ≫ であ るが,さ らに また,ほ ぼ,十 年 を経 て 自らが編集 者 とな って ま とめ たテ キス トの≪産業組織論 の前進 の ため にヅ と題 す る最終章 でその抱 負 を次 の よ うに述べ てい る。 現代 の経済社会 には,産 業組織論 に よっては,本 来解 明で きない問題 が 少 な くない。執筆 者 は この こ とを認め るのに春 か ではない。 しか し,産 業 組 織論 が未熟 なため に本来解 明 され るべ き性格 の問題 であって も,十 分解 明 で きず に放 置 されて い る問題 が 多い。 この二種 類 の問題 を混 同 した り,
後者の問題 を前者の問題 であるかの ように誤認 してはならない。現在の と
ころ産業組織論は,ま だ揺藍期 を脱 してはいない。 したがって,こ の学問
が夫逝す るか成長す るかは,む しろわれわれの今後の研究にかかっている。
2.4.2 産
業組織論の旗手 として学会 にデ ビュー し,産 業組織論が 「
夫
逝す るか成長す るかは,む しろわれわれの今後の研究にかか っている。」と宣言
した越後は,こ の宣言の,ま た,ほ ぼ十年後に著書 『
競争 と独 占』 を公 に した。
この著書は昭和五十八年一月か ら昭和六十年二月にかけての彦根論叢に発表 し
た 7篇 の論文に≪市場経済一一一新 オース トリア学派の立場≫ と題す る序章 を
付 して著書 とした ものであるが,≪ 産業組織論批判ヅ とい う副題 を付せ られて
いる。 この間の事情は越後 自身によって次の ように記 されている。
43)越 後教授 の経歴 ・著書 ・論文 の リス トは 「彦根論 叢」第273・274号 (越後和典教 援退 官記念論文集)に 詳 しい。 44)越 後和典著 『工業経済一一一産業組織論―一一』,ミ ネルヴァ書房,昭 和40年。 45)学 界におけ る,こ の著書に対す る評価 は高か った。 た とえば,早 坂 ・正村 は次 の よ う に述べ てい る。 「・……この領域 では,越 後和典 氏が,『 産業組織論』の手法 を積極的に 導入 しよ うと試みて (『工業経済一一一産業組織論』昭和40年)注 目されていた………」(早 坂 ・正村共著 『戦後 日本 の経済学一一 人 と学説 にみ る歩み一一J(日 本経済新 聞社,昭 和 49年,119頁 )。 46)越 後和典編 「産業組織論」 (有斐 関,昭 和48年),276頁 。 47)越 後和典著 「競争 と独 占一一一産業組織論批判一一一」,ミ ネルヴァ書房,昭 和60年。彦根論叢の近代経済学 29 私 は1960年代 の初 め 頃か ら,1970年 代 の 中頃 にか け て,本 書 で批判 した ベ イン型産業組織論 と独 占禁止政策の理論的 ・実証的研究 に没頭 した経験 を有す る者 であ る。 この研 究過程 で,私 は この学 問が依 拠す る競争 と独 占 に関す る既成理論 に,基 本 的 な″点で欠陥が あ るこ とに気づ き,ベ イン型産 業組 織論 の学 問的有効 性 に疑 間 を抱 くに いた った。 しか もこの私 の疑 問 は, 新 オ ース トリア学 派 の業 績 を研 究 す るに及 ん で決定 的 とな って しまった。 。 自分 の産 業組織論 に対 す る,お そ ら くは少数 意見 とで も
い うべ きもの を,率 直に提示す ることが,学 徒 としての責任 を果たす所以
ではなか ろうか, と考 えるにいたったのである。
2.4.3 越
後の基本的な視点は序章 。第 1章 。第 2章 に詳 しい。 この視
点か ら産業組織論 を批判 した ものが第 3章 と第 4章 であ り,独 占の概念 と独 占
禁止法 を批判的に吟味 しているのが第 5章 と第 6・ 7章 である。
越後 に よれば,新 オース トリア学派の市場経済観 は次の二つの命題 に要約せ
4 9 ) られ る。 1 . 市 場経済 は個 人の間に広 く分散 ・所有 されてい る知 識 ない し情報 を, 社会 的 に動 員 ・活用 で きる唯一 の秩序形態であるこ と。 2 . そ れ は 自発 的 に形成 され た秩序 であ るこ と。 この こ とは, 市 場経済が 人為 的 な設計 の産物 でないか ら, 特 定 の 目標 を与 え られていない こ とを 意味す る。 3 , そ れ は個 人的 自由の基礎 をなす こ と。 48)同 書,「 は しが き」 3頁 。 49)同 書,12∼ 13頁。 50)同 書 「は じが き」14頁。 なお,こ の こ とと関連 して,越 後 は主流派経済学 は,経 済学 を 「所与の資源 の最適配分 を取 り扱 う」 (13頁)学 問であ り,経 済 とい う言葉 を 「資源が 既知 の 目的に応 じて意識的 に配分 され る組織」 (16頁)と 定義 して使用 してい る, と指摘 され てい るが,こ の理解 は必ず しも普通的 ではない。 この定義 を とる者 には,た とえば, L.Rθ防ガ%s,A%垣 紙の θ%筋 夕%α物″ α%冴Sを%"cα%Cタゲ ECθ%θ物″ 壺彦%ク,1932;P.A. 動 物″夕なθ%,Eσθttο物な ,6 th.ed.1948;熊谷尚夫,『 経済原論』 (岩波書店,昭 和58年) 等が あ るが,こ の定義 とは異 な って,た とえば,森 鳴通 夫 は経 済学 を「(人々の)物 質的 生活が互 いに どの よ うに競合 し,ど の よ うに依 存 しあってい るか の関係 を明 らか にす る /この市場観 の基礎 には,市 場 を構成す る個 人 は, 目的合理 的 な整合 的 な知 識 の所有 者 では な くて,「 科学 的 と呼ぶ こ とので きない,非 体 系的 な知 識」 の所
有者であるとい う人間観がある。 この ような科学的でない,非 体系的な知識 を
十分 に利用す るためには市場 を構成す る 「
現場の人間」に最終決定 をゆだね る
以外 に方法はない( 1 )。 この ような最終的決定 をゆだね られた,非 体系的
な知識の所有者である 「
現場の人間」によって構成せ られている市場 は必恭的
に特定の 目的 を持つ ものではな く( 2 ),こ
の ような 「現場の人間」が 自由
に交換 で きる市場 においてのみ個 人的 自由が保証せ られ る( 3 )。 自由に最
高の価値 を認め るのが新 オース トリア学派の基線なのである。
この ような市場観に裏打 ちされて,科 学的でない,非 体系的な知識の所有者
によって構成 され る市場の参加者が,参 加者の本当の情報に気付 いて,他 に先
ん じて利潤獲得 の機会 を 「
発見す る過程」が≪競争ヅであって,こ の利潤獲得
の機会 を機敏 に利用す るのが≪企業家≫である。 この企業家の活動が保証 され
るためには,市 場は 「政府によって妨害 されない自由市場」でなければならな
い。 これが産業組織論の批判 と独 占の概念および独 占禁止法の批判的吟味の根
拠 であ る。 その文章 と論 旨が平易 で明快 であることは教育的です らある。
2。 4.4 以
上の要約が,産 業組織論の曾ての旗手による,産 業組織論の
批判の労作の真意 を損 っていないことを念 じなが ら,一 。二の コメン トを付 し
ヽ学問」(『無資源国の経済学』岩波書店,昭 和59年,10頁 )と 定義 してい るが,こ の定義 は 「生活の為 に必要 なる物資 を獲得す る行為」の 「切 り離 しが た き一体」(F経済学原理』 日 本評論社,昭 和22年, 1頁 )を 経済 と定義す る高 田保 馬の定義 に まで湖 るこ とが で き, 高 田は物 資の獲得 と目的合理 性 とを結 びつけて経済の本質 を見 ようとす る説 を否定 して い る (同書, 2頁 )。 尚,こ の こ とは私 の近著 『経 済 の循環』 [多賀出版,平 成 7年 ,第 1章 のと16)参 照] で も触れておいた。私 は新 オース トリア学派の市場観 に賛成す るものである。 51)同 書,39∼ 40頁。 52)こ の意味 での企業家 は,積 極的 ・能動 的に 自らが経済の変化 を誘 導 してい くシュムペ ーターの意味での企業家 とは異なる。 53)同 書,87頁 。 54)産 業組織論 の批判,独 占の概念 お よび独 占禁止法の批判的吟味 の詳細 につ いては,直 接,同 書 を参照せ られ たい。 ここでは詳 し く紹介す る余裕 はない。彦根論叢の近代経済学 31 て この 項 を終 わ る。
まず,直 接的には産業組織論に対する批判の形をとってはおられるが,批 判
の根拠 となっている新オース トリア学派の基線は経済政策そのものに対する無
用論 として理解できるのではないか。著書の第 6章 で紹介 ・吟味せ られている
ロスバー ドの国家論は容易にここに結びつ くが,越 後 も指摘 しているように,
「
みずから責任 を負 う能力に欠け,市 場のゲームに参加できない人びとの生活
が無政府状態のもとで十分に保証 され うるだろうか。」 あるいはまた, もっと
広い意味で新オース トリア学派は 「
貧困の問題 をどのように考えているのだろ
うか。 とりわけハンディキャップを背負っているために,市 場に参カロできず,
経済的に著 しく不利な状態にある個人に対 してどのような理解 を示 しているの
だろうか」という問題は最後 まで残るのではないであろうか。また,外 部性 (公
害)に 関 して,「 従来不明確であった財産権 を拡充」することによって 「
効果
的な解に到達する」ことができると述べ られてあるが,短 期的には,現 実はそ
うはなっておらないという不満 も残る。
2.5.1 産
業組織論の立場か らすれば,比 較経済体制論は 「
主流派経済
学によれば,… ……所与の資源 を配分する方式に市場経済方式 と計画経済方式
があるというよ うに議論 を進め,こ の代替的方式の技術的優劣を論 じる」学問
であるが,福 田敏浩は,≪ 形態論的アプローチ≫ という, より根本的な立場か
55)同 書,178頁 。 56)同 書,36∼ 37頁。 57)同 書,26頁 。 58)越 後,前 掲書,13頁 。 59)福 田は,論 文 の発表に関 して極 めて精 力的であ るが,著 書の公刊 に関 して も精 力的 で あ る。 い ま,滋 賀大学へ移籍以後約10年間に公刊せ られた著書 を掲 げてみ る と次 の通 り であ り,最 後の もの を除いてはすべ て単著 である。 『比較体制論原理』,晃洋書房,1986年 。 『現代 の経済体制論ぁ晃洋書房,1990年 。 『体制転換 の経済政策――→社会主義か ら資本主義ヘーーー』晃洋書房,1996年 。 『ひ とつの ドラマの終わ リーーー共産主義の倒壊一一一』,晃洋書房,1991年 。 これ らの著書 は,主 として 「彦根論叢」に発表せ られ た,既 発表 の論文 をほ とん ど書 /ら数 多 くの論文 を発表 し,社 会 主義経済体制 に批判的 な比較経済体制l論を構成 5 9 )
しつつある。
2.5,2 福
田によれば,市 民革命 と産業革命 をもって特徴づけ られる
「
激
動の時代」の18世紀 ・比較的平穏 の うちに事態が推移 した
「
平和の100年」の19
世紀に続いて,20世 紀は 「二度の世界大戦,ロ シア革命,中 国革命,世 界経済
恐慌,東 欧の人民民主主義革命,西 欧支配下の植民地および半植民地における
60) 61)民族独立運動,第 3世 界の台頭」に象徴せ られる
「
経済体制実験の時代」であ
った。 著 書 『比較体 制論 原理 』 の論 点 は《経 済体 制 実験 の時代"を 備観 し,比 較 経 済体 制論 。経 済体 制 形 態論 を学 説 史的 に検 討 した後 で,福 田 自身に よる経 済体 所 有方式 相 互 調整 方式 上下調整 方式自由資本主義
私 有 市場 経 済 自由放任誘導資本主義
私 有 市場経済 誘 導 管理社 会 主義 公 有 中央管理 経 済 指 令市場社会主義
公 有 市場経 済 誘 導制分類の基準 を確立す るこ とにあったが,そ の基準は
「
所有,相 互 ・上下調整
の三元論」 と呼ばれて,上 表のように要約せ られている。
この分類基準におけ る市場社会主義経済のケース ・スタディとして,福 田は
1968年か ら70年代未 までのハ ンガ リー経済の実情 を紹介 ・分析 しているが,80
ヽ き下 しに近 いほ どに加筆修正 して纏め られた ものであるが,こ れ らの原論文 に関 しては, 各著書 の引用 ・参照文献 を参照せ られたい。 60)『 比較体制論 原理』,1頁 。 なお,こ の文章 は 「体 制 転換 の経 済政 策」 では 「二 度 の世 界大戦,ロ シア革命,中 国革命,東 欧の人民民主主義革命,東 欧革命 そ して ソ連 の消滅 ……・」 と追加修正せ られてい る。 (同書,序 文) 61)『 比較体制論 原理』,3頁 。 62)前 掲書,195頁 。彦根論議の近代経済学 33 年代初 頭 の経 済 の低 成長率 を指摘 して 「国民はいつ まで も低成長に甘ん じるこ
とができるであろ うか。……・
ハ ンガ リー経済のゆ くえは案外 この点の解決にか
か っているといえるか もしれない。」と結論 している。
この著書が公刊せ られた 3年 後の経験 を福 田自身はつ ぎの ように記 している。
1989年の東欧革命は,現 存社会主義の体制動向に関心 を寄せ ていた筆者に
とって,生 涯忘れ ることので きない衝撃的な事件 であった。研究対象その
ものが ドミノの ご とく次々に崩壊 してい くように思われた。
一時は放心状
態に陥 ったが,気 を取 り直 させ て くれたのは東欧革命後の現実の動 きであ
った。新 たに登場 した連立政権が資本主義への体制転換政策 を開始 したの
である。社会主義か ら資本主義への転換 とい うのは,史 上類例のない実験
である。好機到来 と思 えるようになった。
研究の関心が 「
比較経済体制論」か ら 「
体制転換の経済政策」に転換す るので
あるが,社 会主義経済の崩壊 を目の当 りに見た福 田は,最 新の著書の中で,管
理社会主義 を否定す ると同時に 「国有 と市場の非成立」 を意味す る≪ワンセ ッ
ト思考≫ を提唱 し,市 場社会主義の将来 をも次のように予言 している。
市場社会主義論 は,20世 紀の経済体制の実験 を踏 まえた方法論的工夫 を
怠 ってお り,相 変わらず旧来のモザ イク的方法に回執 している。効率の面
か ら所有方式 と資源配分方式 をワンセ ッ トの形で考察す るとい う視点が欠
落 しているのである。私的所有 よ りも公的所有の方が市場経済の作動 に と
ってよ り適 しているとい うことを証明 しない限 り,市 場社会主義論は支持
を失 うだろう。
2.5。
3 自 由放任の資本主義市場 を動かす神の
“
見 えざる手
"は
市場参
63)前 掲書,271頁 。 64) 「 体制転換の経済政策」,序文iti。 65)前 掲書,第 3章 第III節。 66)こ の言葉 は前掲書,第 3章 第 v節 の表題 であ る。 67)前 掲書,218頁 。 68)前 掲書,95頁 。 69)前 掲書,75頁 。6 8 ) 加 者 の利 己心 で あ った。 国有 の生 む無責任性 も管理社 会 主義 の管理機 関 におけ る責任 の最小化 と権 限の最大化 も共 に,経 済学 とは次元の異 なった分 野の用語 の使 用 が許 され る とすれば,先 の市場参加 者 の利 己心 と同様 に人間の業 (ゴウ) で あ る。 この人間の業 を容 認す る限 り, 自由放任 の資本主義市場 に比 しての管 理社会 主義 と市場社会 主義 の非効率性 は 自明の理 であ る。 その こ とを主張す る 福 田の論 調 は独 断的 とも思 え るほ どに明快 であ るが,そ の主張 を20世紀 に継起 した≪経済体制1の実験≫ を精 力的 に追跡す るこ とに よって論証 しよ うとしてい る姿勢 は学 ば なければ な らない。 2.6.1 玉 木果 乗 の著 書 『経 済 の循環』 は この レビューの最初 に紹介 し た石 日の論文 の現代 版 であ る。石 田は先 に公刊 した主著 の梗概 を説明す るため に この論文 を書 いたが,玉 木 は先 に 「彦根論 叢」に発表 していた論文 「新 SNA と産業連 関表」 を,平 成 3年 の国民経済計算年報 の資料 を利用 して,拡 充 して 著 書 に した。 2.6.2 新 SNAと 呼 ばれ る現行 の国民経済計算 の体 系 は国際連合 に よ って作 成 され た もの で あ る。 日本 の 国民経 済計 算年 報 も昭和54年か らこの新 SNAに ほぼ準拠 して公 表 され て い るが,こ の新 SNAを ,社 会 会 計 学 を最 初 に体 系づ け た, ヒ ックスの 『経 済の社会 的構造』 と関連づ けて理解 しよ うとし たのが玉 木 の論文 であ る。社会会 計学 を体 系づ け た この ヒックスの著書 の タイ トルか ら も明 らか な よ うに, ヒ ックスは社会会 計学 を く経済の構造〉 を理解 す る経済解剖 学 として位 置づ けてい る。 国民経済計算 を,経 済計算 としてではな くて,『 経 済の循環』 を解剖 す る社会会計学 として理解 しよ うとい うのが玉木 70)玉 木果乗著 『経済の循環』,多賀出版,平 成 7年 。 71)2.1お よび脚註16)参照の こ と。 72)「 彦根論叢」第197号。 73)J.R.監 熱 :Tん夕駒 び力″乃物″切θ力,2 nd.ed.,1952.(酒井正三郎訳 『経済の社会的構 造』,同文館,昭 和35年)。 74)私 は私 の著書 を石 日の論文 の現代版 であ ると記 した。 この表現 に したが うな らば石 田 の金融理論 を国民経済計算の資本調達勘定 に関連せ しめて理解す るこ とが で きよ う。 こ の こ とに関 しては, 2.1.3を 再読せ られたい。
7 4 ) の意図 で もあ った。 彦根論叢の近代経済学 この 著 に対 す る評 価 は私 の仕 事 で は な い。 I I I 3。 1 与 え られ た紙数 は ここで尽 きた。先 に,私 は 「近代 経済学 に関 して は,滋 賀大学 は不毛 の場 であ った」 と記 したが,そ れ で も,滋 賀大学 には この 稿 で取 り上 げ るべ きであ った先 輩 ・同僚 の近代 経 済学 者 が幾 人か在籍 した。 3.2 滋 賀大 学 の創 設期 には永 島清,吉 田靖彦 が いたが,永 島は助教 授 に な って 3年 後 に大 阪府立大 に転 出 した。吉 田は,昭 和47年に青 山学院大 に転 出 す る まで比較 的長期 に亘 って在籍 し,近 代 経 済学 的手法 を用 いてす る社会 主義 経 済分析 の論文 を精 力的 に発表 していたが,社 会 主義諸 国が崩壊 して しまった 現在 の研 究課題 は どうな ってい るのであろ うか。 大 学紛 争 の時代 に は三 辺誠 夫 と松 下正 弘が在籍 したが,留 学期 間 を除けば, 滋 賀大学 での研 究期 間はそれほ ど長 くはな く,そ れ ぞれ,広 島大 と青 山学院大 へ転 出 した。 昭和50年代 か らは明石 芳彦,小 佐 野広,佐 伯 啓思が いた。 明石 は,産 業経済 論 の新鋭 であ ったが,程 無 く大 阪市大へ転 出 した。大 阪大 と京都大 に転 出 した 小 佐 野 (現 ・京都大)と 佐伯 は,現 在,既 に理論経済学 と社会 経済学 の分 野 で 著名 な研 究者 になってい るが,滋 賀大学在籍 中か ら業績発表 の場 は,「 彦根論 叢」 を通 り越 して,「 理論経 済学」 。「季刊 現代 経 済」等の全 国誌 であ った。 他 に,マ ル キ シア ンではあ るが,近 代 経済学 の手法 に習熟 した近藤学が い る。 最 後 に,梶 田公 は,昭 和40年 以 来 在 籍 し,P.ス ラ ッフ ァ を根 底 に お い た独 自の数理経 済学 を講 じてお られ るが,梶 田につ いては稿 を改め て論 じてみ たい 75)吉 田教授の業績につ いては 「彦根論 叢一――総 目次 ・著者別 索引」 (滋賀大学経済学会, 昭和55年)を 参照せ られ たい。 76)梶 田教授 は平成九年二 月に定年御退官の予定 である。滋賀大学 では,定 年 の年には 「彦 根論叢」の定年退官記念論集 を献呈す るのが習わ しになっている。 77)滋 賀大学 にファイナ ンス学科 が設置 され た頃 (平成 5年 )か ら,滋 賀大学 に も近代経 済学 の若 い人々が増 えて きた。 これ らの方々の業 績 につ いて この稿 では触 れ な い。 これ らの若 い人々に「『彦根論 叢』 の近代 経済学」の将来 を託す るこ との で きるの は老兵へ の 天与の贈 り物 である。