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対応・凝着アプローチと脱産業化経済(陵水七十年記念論文集)

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対応・凝着アプローチと脱産業化経済

久保田

秀樹

1.はじめに  ペイトン=リトルトンの『会社会計基準序説』(以下では『序説』と略称する。) が公表された1940年は,ブラウンによれば,貸借対照表から損益計算書への, 利益計算の重点のシフトが完了した年だという。すなわち,「貸借対照表から損 益計算書への移行の証拠として,その他にも数多くの著書があげられよう。し かし移行のための基盤は,1920年代に敷かれ,1930年代に加速され,1940年ま でに完了したという点は明かである。」[3(翻訳書);46頁]  1920年代のアメリカでは,豊富な天然資源,フォードの新しい生産技術等, そしてテイラーの科学的管理法とが相侯って企業の生産力が飛躍的に高まりは じめた。それは,端的に言えば「モノ」の生産中心の経済成立の時代,つまり 産業主義確立の時代であった。産業主i義の時代にあって製造業の利益計算とし て成立した「対応・凝着アプローチ」(”matching and attaching approach”) は,その成立以来,パラダイム的役割を果たしてきた。  経済を支えているのは何も「モノ」の生産だけでなく,流通や金融・財務も 不可欠な活動であることはいうまでもない。しかし,産業社会の成立以来,現 在の物的「豊かさ」を実現した最大の要因は生産の拡大であったことは否めな い。そのため,少なくとも対応・凝着アプローチによる利益計算の適用が想定 される典型例が製造企業であることは当然の成りゆきと言えよう。  『序説』における会社会計の対象は,一貫して「生産的経済単位」としての 企業である。それは次のように述べられる。「企業実体および事業活動の継続性 の基礎概念は,企業的または制度的な観点を前提とするがゆえに,会計理論も

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同様に,第一に生産的経済単位としての企業を対象としており,第二義的にの み,資産にたいする法的な有権者としての出資者を問題とするのである。」[8 (翻訳書);17−18頁]  対応・凝着アプローチを理論的に確立した『序説』の公表から数えても半世 紀を越える今日,脱産業化の波に伴い,その「一般性」が希薄化しつつあるの は,ある意味で当然と言わねばならない。例えば,資産分類について,対応・ 凝着アプローチの根幹をなすのは,「棚卸・償却」という原価配分方法による資 産分類である。これは,損益計算書中心の対応・凝着アブP一チにおける,資 産に対する「将来の費用」としての位置づけの反映である。いわゆる費用性資 産こそが対応・凝着アプローチの中心にある。しかし,経済ないしは社会の情 報化によって,コンピューターのソフトウェアといった,従来の原価配分方法 による資産分類が妥当しないケースが生じ,また,これも情報化と密接な関係 を持つ経済の金融化によって,例えば資産の費用化計算自体を不要とするリー ス契約が普及している。そして,そもそも対応・凝着アプローチの説明能力の 寸止にあった貨幣性資産に属する新金融商品の問題がある。本稿は,製造業の 利益計算としての対応・凝着アブU一チについて脱産業化の波との関連で考察 することを課題とする。 II.製造業の利益計算としての対応・凝着アプローチ  原価計算を接合し,生産に重点をおいた対応・凝着アプローチも,その基本 にあるのは,商人的利益計算である。つまり,原価計算はあくまでも「疑似仕 入値」確定のために導入されたのであり,利益計算の骨格自体は商人的利益計 算である[11;p. 141]。この点を経済学者ピックスの説明によって確認してお きたい。実物資本は物理的な財から成り立っているのではなく,資金であると する人々を資金主義者と呼ぶピックスは,次のように述べている。 「会計は商人の仕事に起源を持っている。会計の分類は,現在でも商人的起源 のしるしを残している。最初の資金主義者は,商人であった。売るに適した財 の在庫に投下された資金として資本を扱ったのは商人であった。資本が『循環

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       対応・凝着アプローチと脱産業化経済  247 する』というのは,資金的な意味で用いられている。物理的財は循環しないが, 資金は循環する。『回転する』のは,資金である。商人が所有する財の在庫は, 商人にとって一つの関心事ではある(せいぜいのところ,資本が一時点にとっ た一つの形であることを認めるであろう)。その資本は,より永久的な重要なこ とであると商人は必ずいうであろう。」[7(翻訳書);204頁]  以上の引用によって,今日の利益計算が商人的利益計算を源とすることを確 認した。歴史的にも複式簿記は,商人の記録から生成してきたことは周知のこ とであるが,製造業への適用にあたって,「生産指向的」性格が付与され,特に 計算の説明においてはその点が強調されてきた。しかし,その基本になってい るのは商人的利益計算であることを確認しておきたい。  次に,産業主義時代に入ることによって生じた変化,すなわち会計レベルの 問題としては,資金を長期間固定化する機械や工場が会計上どのように処理さ れたかという点についてピックスの説明を見てみよう。 「機械の増加はすでに同じような問題を会計士に提起した。会計士はどのよう に対応したのか。…(中略)…  …機械のコストは,それが貢献した生産物の売上げ,あるいは売上げの一系 列に対して配分されねばならない。しかし,これらの売上げの一部は,今年度 の売上げであり,他の一部は次年度,また一部は前年度であるかもしれない。 このようにして,費用の帰属の問題が生ずる。今年度のコストにどれだけ配分 され,次年度以降のコストとしてどれだけ配分されるかという問題である。こ れは固定費の配分と同じ問題であり,この問題に対しては,よく知られている ようにはっきりした経済的な解決はない。       ・  会計士も解決を見出していない。名前と,(本質的には恣意的な)ルールしか ないのである。『減価償却の割合』は,合計して一にならなければならず,確実 に知られているのはこのことだけである。」[7(翻訳書);208−210頁]  上記のピックスの引用のうち,コストの配分について会計も恣意的な方法で しかないという点については,異義を申し立てねばならない。「経済的な解決が ない」コストの配分問題に対して企業会計は,単に恣意的なルールによって対

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処したわけではない。工場や機械の会計処理については,商人的利益計算への 原価計算の接合によって対処したのであり,原価計算の開発というイノベーシ ョンによって初めて製造業の利益計算という課題をクリア出来たのである。ヘ ンドリクセンは次のように述べている。「20世紀の初め30年間における原価計算 思考の進展が急速であったことは会計理論の発展に確たる影響を及ぼした。原 価記録を財務会計に組み込むことによって工企業の損益計算方法の改善は可能 となった。」[6(翻訳書);46頁]  産業主義の時代における大量生産の計算的把握としての原価計算は,その成 立自体がコスト認識ないし,それに基づくコスト削減による生産性向上に寄与 するイノベーションであった。そして,工場や機械の会計処理について,商人 的利益計算への原価計算への接合によって対処した。企業活動の中心が製造に ある産業社会では,製造というプロセスを外部取引の記録だけで跡付けること は不可能となる。そこで特に生産設備等への支出を収益への貢献といった非貨 幣的側面からの配分によって意味付ける必要が生じる。  対応・凝着アプローチは,修正現金収支計算であり,それは端的に言うなら, 貨幣の流れとしての収支に対置される「モノ」の流れによる収支の修正である。 さらに換言するなら,貨幣の流れに対する「モノ」による意味付けである。そ の点を少し子細に見ていきたい。企業活動の中心が企業外部との取引にある場 合,つまり商業の場合は,信用取引の決済を除外すれば,貨幣の流れと「モノ」 の流れとの対流を前提として意味付けるまでもなく,支出は「モノ」の仕入値 であり,収入は「モノ」の売値というように外部との取引の記録だけで十分で ある。  しかし,企業活動の中心が「製造」という内部的プロセスに移行すると,外 部との取引の記録だけでは,利益計算が不可能になる。最:も基木的なレベルで は,商業における利益計算では自明であった売上原価としての「仕入値」が, 製造業では計算によらねば得られない。つまり製品の売上原価たる製造原価は, 原価計算によって算定された「疑似仕入値」として確定される必要がある。そ して「凝着」概念は,この原価計算を観念的に表現したものと考えられる。

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       対応・凝着アプローチと脱産業化経済  249 「生産活動が,人間労働と機械力とを消耗して原料の形を変えるのにたいして, 会計はこれに歩調をそろえて材料費,労務費および機械に関する原価の適当な 部分を分類また集計し,製品原価を構成せしめる。換言すれば,原価が真に意 味をもった新しいグループに導入されるということは,会計に関して基本的な 概念なのである。正当に関係づけると,これらの諸原価が凝集力を有するごと くなのである。」[8(翻訳書);21−22頁]  さらに,貨幣計算としての会計に対して,会計の背後には「用役の潜在」が 存在するという「モノ」からの意味付けが行われ,経済学とのつながりが強調 される。 「会計が貨幣価格を用いるのは,それが各種の対象物や用役を同質的に表現す るうえに便利な公分母であり,また交換取引の交渉の結果を表現する通常の型 だからにすぎない。重要なのは『貨幣』(money)でもなく『価格』(price)で もない。『用役』(service)すなわち交換された場合には,その企業さらに他の 用役の潜在を供与する,かかる用役の潜在こそが,会計の背後にある重要な要 件なのである。  会計の数字の系列は,一般人によって価値,貨幣またはせいぜい価格を表示 するものと考えられがちであるが,その背後には各種の用役が有形無形に具体 化されている。それゆえ会計は,目的は異なりまたその表現方法たる価格総計 が経済的な推論の要因として欠けるところがあるにしても,なお強く経済学に 根をおいているのである。」[8(翻訳書);20−21頁]  「疑似仕入値」確定のために技術者的原価計算が商人的利益計算に組み込ま れ,少なくとも,その説明は「生産指向的」あり,貨幣計算の背後にある「モ ノ」が強調される。費用と収益に対して,それぞれ「努力」と「成果」という 形容がなされているが,これも背後にある「モノ」からの意味付けを意識した ものであろう。しかし,同時に生産物の「原価以上の価格での販売」という基 本枠も強調される。その事は,例えば『序説』の次の箇所に見て取ることがで きる。 「会計は主として残留額,残高,すなわち各企業にたいする一努力としての一

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費用と一成果としての一収益との差額を計算する手段として存在する。この差 額は経営能率を反映しており,資本を提供しまた最終的な責任をとるひとびと にたしてはとくに重要である。生産者の信念としてその企業が取得した原料, 労働その他の用役に付加しようと努めているはずの効用が,その生産物を原 価以上の価格で販売することによって確認されるまでは,その企業が事実何ら かの有効な経済的貢献をなしたかどうかを知る確たる基礎はないのである。  記録された価格総計,原価の凝着(cost attaching),費用と収益との対応,お よび差額としての利益,という諸概念は会計にとっては基本的なものであるが, 一般的な経済学的推論においては必ずしも同程度の重要性を持っていない。多 分この理由により経済学者たちは『見越』(accrued)および『繰延』(deferred) の二つの術語の重要性を十分に理解しかねるのであろう。これらの言葉は決定 的に対応(matching)の概念に関連しており,そのなかには会計理論中の相当量 の領域が圧縮されているのである。」[8(翻訳書);25−26頁] III.発生主義会計における「生産指向性」  対応・凝着アプローチは,自動車,電気,機械,化学といった巨大技術を要 する製造業を行う大企業体制確立という経済の大きな変化に対応すべく展開さ れた。したがって,その説明においても「生産指向性」が色濃く見られる。こ の傾向は,今日の発生主義会計に対する説明にも反映されている。すなわち, 発生主義会計について,現金主義会計との対比により説明されることが多い。 その際,現金の収支による現金主義とは異なり,発生主義会計は,「価値の費消」 の事実によって収益・費用を認識・測定すると説明される。しかし,結論から 言えば,この「価値の費消」の事実という説明が最:も妥当するのは製造プロセ スに投入された材料等の生産要素の記帳のケースであると思われる。その点を 少し詳細に見てみよう。  取得原価とは「支出額」を意味し,実現収益は「収入額」を意味する。そし て修正現金収支計算の「修正」とは「見越計上」と「繰延処理」であり,その 修正は「モノ」の観点からなされる。つまり,単なる収入・支出ではなく,財

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       対応・凝着アブm一チと脱産業化経済  251 貨・用役の費消といった「モノ」の側面から特に支出が修正される。しかし, 取得原価によって「モノ」は貨幣として表現され,「モノ」が貨幣化された時, 実現収益として計算に組み入れられる。そして,貨幣(収益)と貨幣(費用) とが「対応」されると意味で,言うまでもなく会計の本質は貨幣計算である。  発生原則の具体的適用類型として,(イ)前払・未払費用項目,(ロ)棚卸資産, (ハ)償却資産,(二)引当経理の四つのケースについて,この「価値の費消」の 事実との関連についてみていくことにしたい。 (イ)前払・未払費用項目  保険料等の支出,そして支払利息や支払家賃等については,時間基準の適用 によって見越・繰延経理が行われる。これが現金基準に対する源初的な発生基 準である。ここでは繰延経理つまり「支出・未費用」のケースだけを取り上げ る。期中において保険料を1年分支払った場合,以下のような仕訳がなされる。 (借方)保険料      ×××   (貸方)現 金   ×××  決算期を迎えて未経過分を繰越すための仕訳は以下のようになる。 (借方)前払保険料    ×××   (貸方)保険料   ××× 時間の経過〉 経過分 未経過分 →保険料(費用) →前払保険料(資産)  この場合は,文字どおり「時間の経過」によって配分がなされる。保険サー ビスに関する「価値の費消」という説明も不可能ではないが,些か説得力に欠 けるであろう。 (ロ)棚卸資産 棚卸資産の場合は,保有する商品が出ていくことをもって,敢えて「価値の 費消」と説明するまでもなく,棚卸減耗損ないし評価損を度外視すれば,「売却」 によって配分される。

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252 彦根論叢第283・284号 売却〉 売却分 未売却分 →売上原価(費用) →期末商品有高(資産) (ハ)償却資産  減価償却計算は,償却法の典型であり,また減価償却計算の成立は近代会計 の確立を意味するものである。この場合,実際の計算については時間基準とし ての定額法や定率法や生産高比例法といった配分方法が適用される。しかし観 念的なレベルでは「価値の費消」という説明が確かに説得力を有すると考えら れる。 「価値の費消」 〉 償却分 県償却分 →減価償却費(費用) →機械設備(資産) (二)引当経理  引当経理は未だ支出が生じていない金額の見越計上の問題である。例えば, 修繕引当金等の場合,ある程度観念的なレベルでは「価値の費消」という説明 が妥当するかもしれない。つまり,当期の支出につながらない「価値の費消」 に関する費用計上という説明である。  このように償却法や引当経理について,観念的なレベルでは「価値の費消」 という説明が妥当する。しかし,いずれも何らかの点で「生産」に関わるケー スでのみ説得力を有すると考えられる。その意味で「価値の費消」が最もうま く妥当するのは,製造プロセスに関わる仕訳のケースである。例えば,材料が 製造プロセスに投入される場合の仕訳を見てみよう。 (借方)材料費      ×××   (貸方)材 料     ×××

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対応・凝着アプローチと脱産業化経済  253 価値の費消〉 投入された材料 在庫の材料 →製造原価

ムコ壷謹推論産)

→資産  この場合こそが「価値の費消」という説明が実際の配分について最も説得力 を持つ。しかし,この段階での配分は費用と資産への配分ではない。あくまで 「製造プロセス」という内部的な事象に関わる記帳である。厳密な意味では部 分的にしか妥当しない「価値の費消」が発生主義会計全体の説明に用いられる のは,今日の発生主義会計が製造業をその適用の典型としていることの証左で あり,その事はさらに今日の経済が産業中心であることの表れであろう。  対応・凝着アプローチは,本来,製造業の利益計算であるという性格からそ の説明は「生産指向的」であるが,具体的計算は,およそ「生産指向的」では ないことが『序説』の説明にも伺える。例えば,「対応」という概念は,収益全 体と費用全体についてのみ成立しうるにすぎないことが言及されている。 「自明のことと考えられるが,原価会計士の仕事がいかに深まりまた行届いた としても,特定の費用と総収掌中の特定の部分との間に,信頼できる因果関係 を発展せしめる可能性はほとんどない。価格決定の観点からは,費用全体のあ らわす努力が収益全体の源泉だという一般的な主張さえもその妥当性に関して 決定的な限界を有している。…(中略)…生産努力という点について成果のなか に順序ないし順位が与えられることはない。」[8(翻訳書);202頁]  また,発生主義会計の中で重要な位置を占める減価償却に対する説明につい ても,「生産指向的」とはおよそかけ離れた「財務指向的」なものである。 「毎期の償却費を計算する方法は,具体化された用役原価の凝着,努力と成果 との対応の諸概念との摩擦を生じないかぎりは問題は比較的少ない。…(中略) …費用としての償却費は与えられた用役にたいする賃借料と同じ意味のもので ある。」[8(翻訳書);27頁]  配分の基礎が「モノ」の流れそのものでないことも『序説』において以下の

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ように説明されている。 「さきに示唆したように,外から見える物理的な関係が跡づけや配分の手段を 与えてくれることも多い。しかし,基本的な試標となるのは物理的な測定では なくて,すべて関連する条件を考慮したうえでの合理的関連性であるというこ とが強調されるべきである。たとえば,直接材料費の処理においてすらも,配 分は物理的な流れではなくて,経済的な流れの問題であることを認識せねばな らぬ場合がしばしばある。」[8(翻訳書);120−121頁] IV.対応・凝着アブ回一チの変則性と脱産業化  AAAの『会計理論および理論承認に関するステートメント』では,『序説』 で展開された対応・凝着アプローチがパラダイム的位置を占める理論であると 考えられていることが,下記の箇所によって推測しうる。 「(1)理論形成のための『対応及び付着』接近法に対する明白な合意が崩れつつ ある。;(2)その接近法のもとで目的適合性をもたないか,または解決しえない 問題が繰り返し生じ続けている。;及び(3)理論形成のための多くの代替的接近 法があるが,その接近法のどれもが,コストに基づく対応及び付着接近法の明 かな後継者として,浮かんでこない。」[1(翻訳書);90頁]  AAAのステートメントは,パラダイム・シフト後の新たなパラダイムを明示 することはなしえなかったが,近代会計学において少なくともパラダイムに類 似した役割を担ってきた対応・凝着アプローチに,それによって解決しえない 問題,つまり変則性が生じていることを指摘した。対応・凝着アプローチにと っての変則性を考える際,経済自体の変化に着目する必要がある。従来の原価 会計の限界の一つとして,ドラッカーは,「原価会計は,原材料を除く総製造コ ストのうち,ブルーカラーの労働コストが80パーセントを占めていた1920年代 の現実に基づいている。」と述べている[5(翻訳書);377頁]。前節迄で見たよ うに,原価計算を組み込んだ製造業の利益計算としての対応・凝着アプローチ は,生産指向的な装いにより,産業時代の利益計算として成立した。とすれば, ドラッカーの言葉は単に原価会計についてのみ妥当するのではなく,それを組

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       対応・凝着アプローチと脱産業化経済  255 み込んで成立した対応・凝着アプローチ自体についても妥当するように思われ る。  すなわち,対応・凝着アプローチの確立の前提となった大量生産一大量消費 システム,ピラミッド型ヒエラルキーによる企業組織テイラー・システムと いったいろんな側面で,大きな変化が生じている。いわゆる脱産業化時代の到 来である。その結果,生産自体の性格にも大きな変化が生じている。ドラッカ ーによれば,「1920年代の代表的工業製品だった自動車の場合,総コストに占め る原材料とエネルギーの割合は,60パーセントだった。しかるに1980年代の代 表的工業製品たる半導体マイクロチップの場合,2パーセント以下である。… (中略)…そして最後に,最新のエネルギーともいうべき『情報』は,原料やエ ネルギーを一切使わない。『情報』は完全に知識集約的である。」[4(翻訳書); 174頁]  例えば,「情報」が取引の対象となることによって生じる会計上の問題の一つ として,棚卸資産概念の拡大という問題がある。つまり,「ソフトウェアのよう な無形財もまた棚卸資産であり,ビデオカセットに含まれた情報もまた棚卸資 産であるというように,その概念が拡大した。それと同時に,棚卸計算で原価 配分するという点で,棚卸資産が固定資産と区別される基本的なメルクマール であったものが,棚卸資産についても償却法が適切な原価配分法となってき た。」[12;36頁]  対応・凝着アブU一チの中心は,棚卸資産や償却資産に対する「将来の費用」 としての位置づけにある。商業中心の時代には,「流動・固定」という資産分類 が確立された。もちろんその分類は今日なお連綿と引き継がれているが,今日 の企業会計におけるより本質的な資産分類の基本は,「棚卸・償却」という原価 配分方法による分類である。名称自体が計算方法を表しているにもかかわらず, 棚卸資産に対する償却法による原価配分というのは,単なる形容矛盾に留まら ない重要な問題である。  近代会計の成立にとって固定資産の会計処理は最大の問題であり,減価償却 の確立は,即,近代会計の確立と言うことも出来る。しかし,脱産業化の中で,

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256 彦根論叢 第283・284号 例えば固定資産に対する企業の関わりも大きく変化してきた。リース契約普及 の根本には,製造設備の所有がかつてのように利益の源泉の所有ではなく,資 金の長期的拘束によって利益の源泉を脅かしかねなくなったという経済自体の 変化がある。ライシュは次のようにいう。「古い大量生産方式の企業では,工 場,設備,商品,それに巨額の従業員給与のような固定費は,適切な管理と予 測を実現するために必要であった。高付加価値型製造企業においては,そんな ものは必要のない:負担である。」[9(翻訳書);121−122頁]  その結果,金融的観点から固定資産が扱われることになる。資産を将来の費 用とみなし,その利用に基づいて費用化するという,減価償却計算の根底にあ る擬制が,リース契約によって単なる計算上の擬制ではなく具現化されること になる。結果として,当然,その擬制を基礎にした減価償却という計算手続は 不要となる。近代会計における減価償却計算の重要性からすると,この問題も 極めて重要である。対応・凝着アプローチの根幹ともいえる,原価配分法によ る資産分類が妥当しないケース,あるいは原価配分法による費用認識を必要と しないケースが生じているのである。 V.結びに代えて  「モノ」の世界の変化に加えて,貨幣の世界にも大きな変化が生じている。 国際決済銀行により行われた調査によると,1989年4月における1日当りの世 界の外為市場出来高総額は,6,500億ドル近くになると推計しており,これを基 に年換算すると,世界全体の外為市場の取引高総計は,162兆ドルになるとい う。一方,世界全体の財・サービスの貿易取引(および貿易外取引)の実需取 引合計額は,5兆ドル程度であり,外国為替取引額が実需取引の32倍に達して いたという。[13;10−11頁] 「すなわち1970年代以降,世界経済を動かす力が,もはや財・サービスの取引 (実需取引)ではなく,金融面の取引に大きく移行したこと,換言するとモノ の経済にとってかわって,おカネの経済が世界経済のリーディング・ファクタ ーとなってきたことを有力に物語っている。」[13;13頁]

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       対応・凝着アプローチと脱産業化経済  257  もちろん,こうした傾向は,グローバル企業に最も影響を及ぼすものであり, 企業会計の対象がこうしたグローバル企業に限定されるわけではない。さらに, 「モノ」の経済と「カネ」の経済との分離,あるいは,金融活動の比重が増し たからといって,経済活動の中で生産活動が持つ重要性が減じたわけではない。 しかし,他方で,労働集約的生産ないし資本集約的生産のウエイトが減り,知 識集約型経済の重要性が増した点を無視するわけにはいかない。こうした変化 は,対応・凝着アプローチによる利益計算成立の時代には存在しなかった未曾 有の現象であり,対応・凝着アプローチによる利益計算の一般性の限定をもた らすには十分な変化といえるだろう。  対応・凝着アプローチの説明力は,最初から「モノ」の対流を前提としうる 範囲であり,資産については,費用性資産だけが説明の対象であった。つまり, 償却性資産に対する将来の費用としての意味付けこそが,対応・凝着アプロー チのポイントである。そこから更に繰延資産という「計算擬制資産」の計上, 及び引当金という「計算擬制負債」の計上というように展開する。しかし,貨 幣性資産については,最初から説明の対象から外されており,説明能力がない のは当然のことであると言わねばならない。[10;7頁]  新金融商品をはじめ貨幣性資産の問題については,会計の測定論的解釈の前 提となる忠実に写し取るべき「本体としての経済活動」が予め存在するのでは ないという事実が認識されねばならない。すなわち,企業会計の測定論的解釈 の基礎にある「本体一回体」関係という仮説が金融取引につていはうまく適用 できない。例えば,企業は,特定の金融取引をなす場合,オフバランス処理と 売却益の認識として扱われるのを望むか,含み損のある債権をオンバランスの 金融取引として扱い,潜在的損失の認識を防ぐような資産の流動化を望むのか によって取引の形式を選択する場合が存在する。つまり,忠実に写し取るべき 「本体としての経済活動」が予め存在し,その写体として会計数値が導かれる のではなく,特定の会計数値を導くべく逆に経済活動が生じる場合が存在する のである。  もちろん,「本体一写体」関係が比較的うまく適用しうる生産活動において

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も,例えば利益数値を操作する目的で,減価償却法のうち定額法と定率法とを 使い分けるといったことが行われる。しかしそれは単に程度の差に還元できな い。生産活動については,そうした制約にもかかわらず,まがりにも「本体一 輪体」関係を措定することができたが,金融活動については何が本体かを仮定 できない,というより本体が存在しないと言うべきかもしれない。いうならば, 写し取るべき本体としての新金融商品に係る行動が写体としての会計数値に織 り込まれてしまっている。  新金融商品に関する開示が主に注記をもって行われるのは,「本体一跡体」か ら漏れるといった上記の事情を反映しているとも考えられよう。そして,新金 融商品に関する情報開示の特徴は,注記による開示が中心である点と密接に関 連するが,リスクに関する情報が主体となる点である。後者については新金融 商品に関わる企業の行動は,新たなビジネス・チャンスによるパイの拡大を目 指すといった積極的なものではなく,そのため情報利用者にとってもリスク回 避という消極的なものにならざるをえない。  対応・凝着アプローチ確立は,計算書の観点から見るなら,損益計算書への 重点移行であり,それは従来の貸借対照表からは漏れてしまう変化,つまり「オ フバランス化」してしまう変化を損益計算書という新たな計算書を公表計算書 類の体系に組み込むというイノベーションによって「オンバランス化」するこ とであった。このように対応・凝着アプローチも結局,オフバランスとなる大 きな変化を「損益計算書」の導入という形で貸借対照表以外のところで「オン バランス化」させたと理解すれば,新金融商品の開示場所としての注記が,実 は当座の開示立所ではなく本来の開示場所としての認識されてもよいのかもし れない。この点に関する根拠の一つとして,有価証券の時価情報の開示は,「取 得原価」を基礎とする対応・凝着アプローチからの離脱なり修正ではないこと が,『序説』の記述の中に見ることができる。すなわち,損益計算書上での原価 の修正は無意味とされているが,貸借対照表上での,特に貨幣性資産に関する 時価情報の補足的提供についてはむしろ積極的に勧められている。有価証券の 時価情報の開示について以下のように述べられている。

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      対応・凝着アブm一チと脱産業化経済  259 「損益計算書の問題は別として,当面の財政状態の報告に関連して見積時価が 相当の重要性を持つことが多い。このことは『貨幣』資産,たとえば運転資本 の予備として保有されている市場性ある有価証券(marketable securities)のご とき,についてとくに真実である。記録された数字を市場の変動に応じて間断 なく改訂しようと試みることはあまりすすめられないが,毎期の貸借対照表中 に所有証券類の市場価値を括弧を付して示すことは,その市場価値の決定が信 頼しうるものである限り何ら不当ではない。」[8(翻訳書);208頁]  これは,貨幣性資産に関わる問題が対応・凝着アプローチ外の問題であるこ との表明と理解することもできる。その意味で貨幣性資産の時価の開示は,本 来,収益・費用型利益計算と対立的なものではないという見方もできよう。こ のように『序説』でも,当該アプローチの貨幣性資産に対する説明力の限界が 明らかにされている。  脱産業化の時代にあっても,生産が経済の重要な問題であることには変わり ない。しかし,情報集約的な生産は,労働集約的ないし資本集約的な従来の生 産とは異質の会計問題をもたらしている。また,金融活動も脱産業化の中で, 単に生産という主たる活動に付随する活動といった位置づけでは済まなくなっ ている。これらの変化は,産業主義の時代に成立した従来の対応・凝着アプロ ーチが適用しうる範囲の相対化ないし「一般性」の喪失を招来しているという 認識から,新たな「パラダイム」の模索が始められねばならない。       [文  献] [1]AAA;∠4 Stαtenzent on Accoπntingη∼θoηα%4 Theory/Accqptance, AAA,1977.(染  谷恭次郎監訳,『アメリカ会計学会 会計理論及び理論承認』,国元書房,1980年) [2]Anthony, Robert N,;Future Directions For Financial、Accounting,1984.(佐藤倫正  訳,『アンソニー財務会計論一将来の方向』,白桃書房,1989年) [ 3 ] Brown, Clifford D. ; The Emergence of lncome Reporting : An Histon’cal Study,  East Lancing, Michigan 1971,(田中i嘉穂・井原理代田,『損益報告制度の出現一その歴  史的研究一』香川大学会計学研究室,1978年) [4]Drucker, Peter F.;The IVew Realities, US.A.,1989.(上田淳生・佐々木実智男訳,   『新しい現実』ダイヤモンド社,1989年)

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260 彦根論叢 第283・284号 [5]Drucker, Peter F,;Managing for the Future, New York,1992.(上田淳生・佐々木  実智.男・田代正美訳,『未来企業』ダイヤモンド社,1992年) [6]Hendriksen, E1don S.;Accounting Theo?y,1965.(水田金一監訳,『ヘンドリクセン  会計学(上巻)2,同文舘,1970年) [7] Hicks, John Richard ; Economic PersPectives Further Esseys on Money and Growth,   Oxford University Press,1977.(貝塚啓明訳,『経済学の思考法一貨幣と成長についての   再論』,岩波書店,1985年) [8] Paton, William A., Littleton, A. C.; An lntroduction to Corporate Accounting   Standards,1940.(中島省吾訳,『会社会計基準序説[改訳版],森山書店,1958年) [9]Reich, Robert B.;The VVork of Nations, New York,1991.(中谷巌訳,『ザ・ワーク   ・オブ・ネーションズ』ダイヤモンド社,1991年) [10]久保田秀樹,「貸借対照表能力の変遷と背景」(土方久編,『貸借対照表能力論』,税務経   理協会,1993年,所収)。 [11]久保田秀樹,「産業主義時代の利益概念としての収益・費用型利益概念」,『彦根論叢』   第282号(1993年5月)。 [12]武田隆二,「オフバランス問題とディスクロージャー」『企業会計』第44巻第1号,(1992   年1月)。 [13] 宮崎義一,『複合不況』中公新書,1992年。

参照

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