社 会エ ネルギー論
(Socio―
energetics)
の構想
工 日 …・A T P は 〔生物が〕エネルギーを必要とするすべての状況で, エネルギー供給のために消費される共通の貨幣のようなものとい われています。… ――― メイナー ド=ス ミス I,は じめに :本稿の意図 理論社会学の社会 システム理論 においては,伝 統的に く構造 〉と く機能 〉 とい う2つ の観点か らの分析が行 われて きた。 この分析方針が,文 化人類学の 「構造 ―機能主義」 とともに,戦 前の生物学の 2分 法 ―― 解剖学 と生理学 一― に出来 していたことは周知の事実である。 ところで当の生物学では,戦 後,分 子 レベルでの理解が飛躍的に進展 し,か つて主要な観点であった “解剖学 と生理学"と い う荒 っぽいマクロ区分は もは や過去の もの となっている。にもかかわ らず,社 会 システム理論で く構造 〉と く機能 〉とい うとき,そ のイメージは相 も変わ らず古い “解剖学 と生理学"の ままである。 この現状 を打破 しなければならない。本稿の意図は,現 代の分子 レベルの生物学 を参照することによって,か つての社会 システム理論が く構造 〉 *拙 稿 「欲望のエネルギー論 (その 7)」 (『彦根論叢』第320号所収)に おいて,筆 者 は,続 編 (その 8)を 本号 (第323号)に 発表の予定, と予告 していた。 しか し,そ の後本号 は 両頭正 明教授退官記念号 として発干Jされることになった。 このため,連 載 ものは不適切 と の判断か ら,「その 8」 の本号への投稿 を見送 った ものである。なお 「その 8」 は第324号 に掲載の予定である。 石 里 小1 6 0 両 頭正明教授退官記念論文集 (第323号) や 〈機 能 〉の語 で表現 しようと していた内容 を現代 的社会理論 と して刷新 す る ことにある。 Ⅱ。分子 レベルの “解剖学" と “生理学" 今 日の分子 レベルの生物学 においては, 生 命の く構造 = し くみ 〉の源 はD N A やR N A な どによって担 われる遺伝情報であ り,ま た生命の く機能 =は た らき〉 の源はATPな どの高エネルギー分子である, とい う見解 に到達 している。 した が って今 日,
①生物の 「
構造分析」は,「遺伝情報からイカニシテ各種のタンパク質等の構
造が発現 してくるか」という問題に帰着 し,逆 にタンパク質等の形質の起源
を遡 ってDNAの 情報 に帰着 されれば構造分析 は成功 ,と 考 え られる。た と えば利根川進博士の免疫系の機序 に関する研究は,生 命の様 々な外敵への抵 抗力 を内的抗体 タンパ クの (構造的)多 様性へ帰着 し,さ らに抗体の多様性 を,そ れを産生するリンパ球細胞の多様性へ とさかのぼ り (1細 胞 1抗 体), その多様性 の起源 をDNA上 の “遺伝情報の組替 え"へ と帰着 し実証 した点 に成功のカギがあったのである。 ②生物の分子 レベルの 「機能 (生理)分 析」は,「生命はイカニシテATP(高 エネルギー分子)を 合成するか」(同化),あ るいは 「ATPの 化学エネルギー からイカニシテ各種の筋肉運動や能動輸送,細 胞分裂等の動 きが発現 して く るか」 (異化),と いう問題 に帰着する。 したがって逆にATPの 合成機序 を 解明 し,あ るいは生物の運動や発熱などのエネルギー論的作動機序 をATP 分子の化学エネルギーに帰着で きれば機能分析 は成功,と いえる。たとえば, 1 9 9 7 年にノーベ ル化学賞 を受賞 したウ ォーカー とボイヤーの業績 はATPの 生成機序 に関す る研 究であった し,生 命がATPか ら如何 に して各種 のエ ネ ルギー形態 を発生せ しめるのか, とい う研究 (例えば生物分子モーターの作社会エネルギー論 ( s o c i o ―e n e r g e t i c s ) の構想 1 6 1 動 機 序 の解 明 ) は まだ まだ発 展 途 上 にあ る。 今 日の生物学で,前 者① は 〈生体情報論 bioinformadcs〉,後 者② は 〈生体エ ネルギー論 bio―energetics〉と呼ばれる。 この両者が,現 代 における分子生物 学上のいわば 「構造 ―機能分析」 なのである。 この動 向 を踏 まえて社会 システム論 の現状 を見 る とき,生 物学 における 〈DNA→ 形質 〉の観点,す なわち 〈情報→ (貯蔵 ・伝達 ・変換)→ 構造 〉の 観点 は,社 会 システム論 において もすでに吉国民人氏 によって く社会情報論 socio―informatics〉として提唱 され,一 定の成果 をあげていると評価 しうる。 しか し, もう一方の く高エネルギー分子→活動 〉の観点,す なわち 〈エネルギー → (貯蔵 ・伝達 ・変換)→ 機能〉の観点 とその体系化は,社 会システム論の場 合 まった く手つかずの状態 にある。 したがってこれを展開することが急務であ る と考 えられる。 この分野 を筆者は 〈社会エネルギー論 sOcio―energedcs〉と 仮称することとしたぃ。そ して社会情報論 と社会エネルギー論の両者が揃 って は じめて,現 代的な 「構造 ―機能理論」が成立する,と い うのが本稿の主張で ある。 田.エ ネルギー論 とシステム論 〈エネルギー〉とは,一 般 に 「システムを作動 させる能力の総称」である。 この定義 は,物 理/化 学 システムにおいて も,生 物 システムにおいて も,ま た 社会 。経済 システムにおいて も有効である。逆 に,い かなるシステムであれ, 研究対象の系が動的な過程 を示す とすれば,そ こには必ずエネルギー現象が随 伴 している。 したが ってそこには必ずエネルギー的な観点 を見出すことがで き る。 システムの作動過程 に焦点 を当て,そ の機序 をエネルギーの変遷 という観 点 か ら解明す る科学の分野 を総称 し一般 に “エネルギー論 (energedcs)ルと 呼ぶ。 エ ネルギー論的観点か らシステムの作動一般 を見る場合,系 の性質を分類す
1 6 2 両 頭正 明教授退官記念論文集 ( 第3 2 3 号)
る上でどうしても踏まえてお くべ きこととして,さ しあた り次の 3点 を指摘 し てお く。
①開放系 (open syStem)か閉鎖系 (closed syStem)か。
開放系 とは,系 の内外で物質 ・エネルギーの収支が存在する系のこと。逆に 閉鎖系 とは,系 の内外に物質 ・エネルギーの収支が存在 しない系のこと。閉 鎖系においては,エ ントロピー増大によって系は平衡 (均衡 ;equllibrium) 状態に向かう。 〔cf.社会 ・経済システムにおける閉鎖平衡系の例 :「ワルラス的均衡」〕 ②平衡 (equnibttum)カリト平衡 (nOn_equnibttum)か。 非平衡 とは,開 放系においてエネルギーが不断に注入されることにより,エ ネルギーの分布や形態に空間的なマクロの不均等性が生 じている状態である。 かかるマクロの不均等状態が継続 して初めて,系 はマクロの挙動を示 し続け ることができる。閉鎖系の場合は,上 述 したように,系 の挙動 とともに不均 等状態は解消 し平衡に向かう。 したがって閉鎖系の場合,系 が挙動するにし てもそれは平衡に達するまでの一過的なものとなる。逆に,系 の挙動が持続 するのは,系 が非平衡開放系の場合に限られる。 ③エネルギー形態論。 エ ネルギー論 は一般 に,当 該のエネルギーがいかなる形に変化 し伝 えられて い くか,そ の過程 をあ とづ けてい く作業 となる。 これはマルクス経済学で 「価値」の形態 とその変化 を論ずる 「価値形態論」 と似た問題関心 といえる。 生体 エ ネルギー論 においては,ATP分 子 を媒介項 とす るエネルギーの変遷 過程の分析 に相当す る。
社会エネルギー論 (Socio―e n e r g e t i c s ) の構想 Ⅳ。生体 エネル ギ ー論 (bbenergttcs)の 基本原理 について く社 会 エ ネルギー論 〉の構 築 のため に,そ の プロ トタイプである 〈生体エ ネ ル ギー論 〉の基本原理 を押 さえてお く必要があ る。 ここで は生化学 の 「発 エ ル ゴ ンー吸エル ゴ ン共役系」 お よび 「エ ネルギー伝
移体」というコンセプ トについてのみ言及 しておく。
①発エルゴン(exergonic)反
応と
吸エルゴン(endergonic)反
応4
( a ) く発 エル ゴン〉とは,化 学分子が 自らに内蔵する化学エネルギーを所与の 条件下で放 出 し (自由エ ネルギー を消費 し,散 逸 し)自 発 的 に進行する 反応 をい う。燃焼等 の酸化現象 な どに見 られる く発熱反応 exOthermic r e a c t i o n 〉がその典型で,エ ネルギー論的には安定化,す なわち平衡 に向 か う反応 (=均 衡化)と いえる。 < 発 エルゴン反応 > A か らB へ の反応 にともない, エ ネルギーE が 放 出 される。 化学エ ネルギー : A = B t t E〔
例〕2H2+02 → 2H20
( 酸化 ・燃焼反応 ;放熱し自発的に進行する) ( b ) 一方 ,〈吸 エ ル ゴ ン〉 とは,発 エ ル ゴ ンとは逆 に,外 部 か らエ ネルギー を 与 え られ,こ れ を吸収 し取 り込 む こ とに よって進行 す る反応 をいい,無 機 の化学 で く吸熱反応 endOthermic reaction〉と呼 ばれ る もの に相 当す る。 1 ) “e r g o n " の語は, ギ リシア語で 「エネルギー」 を意味する。なお核物理学者は類似の 現象 に く吸エ ネルギー反応 e n d O e r g i c r e a c t i o n 〉お よび 〈発エネルギー反応 e x O e r g i c r e a c t i o n 〉という用語を用いることが多い。1 6 4 両 頭正明教授退官記念論文集 (第323号) エ ネルギー を吸収 す る結果 ,本 来エ ネルギー論 的 に不安定 な高エ ネルギー 分 子 を形成 す る ( = 非 平衡化 ) 。 したが って吸 エ ル ゴ ン反応 は単独 の 閉鎖 系 で は進行 しえず , 外 部 か らエ ネルギー を与 えられる開放系 の条件下での み可能であ る。 < 吸 エルゴン反応 > エ ネルギーE を 吸収す ることによ り, C か らD ヘ の反応が生ずる。 化学エネルギー : C t t E = D
〔
例〕2H20 →2H2+02
(たとえば電気分解反応 ;電気エ ネルギー を外か ら取 り込む) ②発エルゴンー吸エルゴン共役系。 生化学において く共役 coupling〉とは,「2つ の化学反応がエネルギーの 授受を伴って関連 して起 こること」を意味する。具体的には,一 方の反応が エネルギーを放出 し (発エルゴン),そ のエネルギーをもう一方が吸収 して (吸エルゴン)反 応する, という組合せである。 <発 エルゴンー吸エルゴン共役系 > (左図 を, このように書 く) り, C → D の 反応が進行 A → B の 反応で放 出 されるエ ネルギT E を 吸収す ることによ す る。化学エ ネルギーは, 結 果 として A → D へ と転移 される。 ここで,個 別の化学反応はむろん物理一化学の く法則 〉に従 う。だが,ど の発エルゴン反応 とどの吸エルゴン反応 とを共役させるのか, という問題は, 物理一化学法則 とは無関係な,生 命系独 自の “ノウハウ"で ある (吉田民人社会エ ネルギー論 (Socio―energedcs)の 構想 の く規則 〉=く プログラム〉)。この点 に留意 しなければならない。 ここにこ そ,物 理 一化学法則 に還元 されぬ生命現象の独 自性があるからである。 生命系 においては,こ れ らの化学反応が厖大なスケールで組合わさり (共 役 し),全 体 として化学的連鎖反応 の巨大 なシステムを形成 している。かか る 「発エル ゴンー吸エルゴン共役系」 は全体 として,エ ネルギーをその形態 を変 えなが ら受け渡 してい くシステム といえる。 こうして最終的に各種の生 命活動 (エネルギー形態)を 発生 させ るよう組み合わされた諸分子の仕組み を く分子機械 mOlecular machine〉と呼ぶ。この化学反応の連鎖 こそ, ドゥ ルーズ=ガ タリのい う くリゾーム〉にほかならない。 ③ エ ネルギー伝移体 (transducer)としてのATP。 生命系 は,エ ネルギーを受 け渡す共通 の一般的中間媒体 としてATP(ア デ ノシ ン3リ ン酸)を 採用 した。か くて生命の共役系 は,こ のATPを 基準 として大 きくATP生 産系 (同化 ;anabolism)とATP消 費系 (異化 ;catabollsm) とに区分することがで きる。この両者をひっくるめて広 く代謝 (metabolism) と呼ぶ。 ブ ドウ糖 十酸素 (例)筋収縮運動 二酸化炭素十水 ADP tt P (例)静止状態の筋線維 < A T P に よるエ ネルギーの共役 > ブ ドウ糖の化学エ ネルギーが,ATPを 媒介 として筋収縮の運動エネルギーヘ と転移 さ れる。 このような中間媒体が代謝を媒介することによって,化 学反応が く調節 r e g u l a t e , c o n t r o l 〉され, 生 命系はエネルギーが無意味に飛散すること (= 燃焼 b u r n i n g ) を防止することができる。A T P の ような一般的中間媒体は, 同 化 果 化
1 6 6 両 頭正明教授退官記念論文集 (第323号) い わば “在庫" さ れ る こ とが可能 で, こ れが化学反応 のバ ッフ ァー と して働 くからである。 V。 現代の社会科学的機能分析 ――― 「社会エネルギー論」の構築をめざして一一一 人間や社会の諸現象において,当 該システムを動かす原動力 (=エ ネルギー) とはいったい何だろうか。フロイ トはかつて く心的エネルギー psychic energy〉 という概念を提起 し,人 間心理のシステムを 「エネルギー論」的観点から考察 しようとした。筆者はこの く心的エネルギー〉を人間固有の く欲望 desire〉 に置 き,こ れがいかなる機序を通 じてマクロの社会を動かすのか,と いう点の 解明に焦点を当てた社会の現代的な 「機能分析」,つ まり 「社会エネルギー論」 を提案 している (文献 〔2〕)。 ここでは,Ⅳ 。で上述 した 「生体エネルギー論」 と関連する部分についての 基本構想 を述べることしかできないが,さ しあた り以下の諸点を指摘 しておき たい。 ①社会的な 「発エルゴン」 と 「吸エルゴン」。 「発 エル ゴン性 (エネルギー放出性)」 とは,社 会 ・経済 システムにおい ていかなる意味の現象 と解釈 しうるだろうか。ひとつの考 え方 として,そ れ は “消費的ルとぃ ぅこと,つ まリヒ トが欲望 を解放 し快楽する活動のことと 定義で きよう。 ここに “消費的"を ,ヒ トが貨幣 を放出 して財 を得,そ れを 使用 して効用 を得 る過程, と解釈すれば,こ こに貨幣 という形での欲望エネ ルギーの放出が見 られるか らである。 また逆 に,社 会的な 「吸エルゴン性 (エネルギー吸収性)」とは “生産的ル とい うこと,つ ま リヒ トが欲望 を直接解放することな く何 ものかに託 し,貯 蔵 して,快 楽 を先送 りす る活動のことである, と考 えられよう。 ここで “生 産的"と は,単 にモノを生産するだけでな く,そ れを貨幣 と交換 しようとす
社会エネルギー論 (Socio―e n e r g e d c s ) の構想 1 6 7 る活動 まで含めて考 えるのである。そ うすると,こ こで貨幣 という形での欲 望 の受け入れ と貯蔵,と い う現象が生 じていることになる。 この 「吸エルゴン的」な過程 によって,消 費によって放出される社会的エ ネルギーが保 たれ,運 ばれ,変 換 されて,社 会的に適切な作動形態へ と発現 す る可能性 を得 ることがで きる。 ②社会的 く共役 coupling〉。 生化学的な意味での く共役 〉現象は,継 続 して起 こる一連の化学反応の中 にエ ネルギーが保存 され,最 初のエネルギーを次の反応へ,そ のまた次の反 応へ,… etc.…, と受け継いでい く意味 を持 っていた。そ して,そ れぞれの 箇所で生物 にとって有益 な形のエネルギー形態 に変換 しているのである。 社会的な意味での く共役 〉において も,こ れ と同様 なことが考えられる。 つ ま り社会的な欲望のエネルギーは,生 産 と消費が結合 (共役)す ることに よって受け渡 され,保 存 されて,適 切な箇所 に適切な形で発現する可能性 を 得 るのだ,と 解釈 しうるのである。逆 に社会的に適切な く共役 〉が起 こらず, エネルギーが無為 に消費 されるケースは,と くに く浪費 〉と呼びえよう。 生産の過程 (吸エルゴン)と 消費の過程 (発エルゴン)と をうまく共役 さ せ ることによって,社 会 ・経済 システムはまた,単 純 に平衡=均 衡へ向かう 過程 とは異 なる社会 ・経済の実体 (構造 と過程)を 形成 しうるようになる。 共役 において,消 費 は必ず何 らかの意味での生産 を伴 ってお り,そ れな しに は成立 しえない。 これは,生 産がいわば “吸エルゴン的"な 過程であ り,消 費 とい う “発エル ゴン的"な 過程 と く共役 〉しなければ成立 しないことを示 しているが,こ こでは しか も,生 産 と消費 とが間断な く生 じている。生産 と 消費が間断な く生 じている系 は,平 衡 =均 衡 に到達せず,非 。平衡の状態の もとでいわゆる 「散逸構造」 (ハイエ クの 「自生的秩序」)を 形成する可能性 を持つ (文献 〔13〕)。 一つ一つの生産活動や消費活動は,そ れを個別に見れば,な るほど均衡理 論 (法則)が 述べ るような振舞い (均衡化 ・平衡化)を しているのか もしれ
1 6 8 両 頭正明教授退官記念論文集 ( 第3 2 3 号) ない。 しか し,そ れらがどのように組合わされ (共役 し),社 会 ・経済の実 体を形成 していくかという点は,均 衡理論の与か り知 らぬ,当 該社会にのみ 固有のノウハウ (プログラム)な のである。そ して,そ の結合は,不 断の生 産―消費によって維持 される。この共役こそ, ドゥルーズ=ガ タリが く接続 connexlon〉と呼んだ非 ・必然的な連関であ り,そ れらが必然性 (法則)を 超えた集合を形成 したものこそ,彼 らのいう社会機械であ り, リゾームであ る (文献 〔6〕)。 ③貨幣の社会的役割。 貨幣は,人 々によって欲望を託された,欲 望エネルギーの社会的な伝移体 (transducer)である。そ して貨幣のなかだちによってこそ,生 産 (吸エル ゴン)と 消費 (発エルゴン)と が共役 し,こ れを通 じて人々の欲望エネルギー が社会の隅々まで伝達 され,社 会の機能に供 されるのである。この意味で, 社会における貨幣の役割は,ま った く生物 におけるATPの それに模するこ とができる。まず次の指摘 を参照 されたい。 A T P は 〔生物が〕エネルギーを必要とするすべての状況で, エ ネルギー供 給のために消費される共通の通貨のようなものであるといわれています。 ( 文献 〔9 〕p , 1 0 0 ) これは生物学者 メイナー ド= ス ミス による表現であるが,生 物のATPを 貨 幣 に模する, 生 物学側か らのアナロジーは, 実 は生物学では初心者向けによ く行われる表現である ( 例 : 文献 〔5 〕p . 1 2 1 ) 。しか し逆に,貨 幣をATP に模する, と いう社会科学の側からの指摘は珍 しい。筆者の知る限 り,そ の 指摘は吉国民人によってなされていた。 …生体 のATPと 人間社会の貨幣 と 介項 と して, あ るいはエ ネルギー 能 を営 んでい る…。 は, と もにエ ネルギー処理 の必須 の媒 (ない し財 )の 流通形態 と して類似 の機 (文献 〔7〕p.56)
社会エ ネルギー論 ( S o c i o ―e n e r g e t i c s ) の構想 1 6 9 この先見性は注目されてよいだろう。 そして貨幣は,欲 望のエネルギーが間断なく供給され,ま た散逸 していく, という非 ・平衡の動的な流れの中に成立 し,そ のエネルギーを受け渡 してい く, という現象そのものなのである (文献 〔13〕)。 貨幣はまた,人 間の欲望の爆発が無意味なエネルギーの飛散にならぬよう 調節 し,社 会的秩序へ と変換するエネルギー論的な中間項 (バツフアー)で ある。いわゆるレギュラシオン学派のアグリエ ッタとオルレアンは,こ の貨 幣の性格について次のように述べている。 貨幣秩序 は まった く信 じられない ような論理 に したが つてい る。… これ ら の関係 の役割 は,富 へ の欲望 を静め,そ れ を漠然 とした将来 に先送 りす る こ とであ る。富へ の欲望 は経済主体 につ きまとってお り,こ の欲望が即座 に爆発すれば破壊的 になるほかない。貨幣の保証 は,こ の欲望 を迂回 させ, ね じ曲げ,こ の欲望 に世俗 の商 品 とい う二次 的な獲物 を提供す る。貨幣の 超越性 は衝動 的 な暴力行為 を一時的に断ち切 るがゆえに,富 への欲望 とい う横暴 で,気 ま く`れ な移 り気 か ら人間の創造力 を解 き放 つて くれる。富ヘ の強迫観念があ らゆる社会関係 を損 なわず にす むのは,ほ かな らぬ この条 件 においてなのである。 (文献 〔4〕p.129)
この指摘は,①②で述べたように,貨 幣が欲望の媒体として振舞うことを問
接 的 に指摘 した もの と理解 で きる ものであ る。170 両 頭正明教授退官記念論文集 (第323号 ) Ⅵ. お わ りに 社 会学 にお ける 「構 造 ―機 能」理論 の主導者 であ ったパ ー ソンズは, そ の晩 年 に 自説 を修 正 し新 た に 「構 造 一過程 ―機 能」 の理論 を示唆 してい た ( 文献
〔
11〕pp.25f.)。
これに対 しわが国におけるパーソンズ理論の第一人者 ・富永
健一は,こ の修正を避け,「構造―機能」理論を社会変動にまで拡張する 「
構
造―機能一変動」の理論を提案した (文献 〔
12〕)。
本稿 の内容 を踏 まえ,あ えて解釈す るな ら,パ ー ソンズ晩年の 「構造 ―過程 ― 機 能」 の図式―― 正確 にい うと “(構 造 一過程 )―機能"と い うべ き図式―― こそ,新 たな時代 の社 会 ・経済 システム理論 に相応 しい。 エネルギー論的に開放 ・非平衡の条件下にあるシステムは,ま ず,エ ネルギー の不断の供給散逸の もとで ダイナ ミックな構造 と過程 を自発的に形成する (自 己組織化)。 この段階では,シ ステムは未 だ機能的評価 (選択)を 受 けること がないので,“機能ルの語 を用いるべ きでない。そ してこの段階 までのシステ ムは,述 べ て きた ように,理 論上,情 報論的 (構造)お よびエネルギー論的 (過程)と い う2つ の観点 を必要 とす る。生物学的な機能的評価が働 くのは次 の段階で,構 造 ―過程の形成 に次いで事後的に,そ れ ら構造 と過程 とが所与の 環境の中で存在 しうるか否か,機 能によって評価 される (選択 される)の であ る。ある程度の長期 にわたって存続することので きない構造 ―過程 をもって し まったシステムは,洵 汰 によって排除 される。つ ま り,自 己組織化 (構造 ―過 程 の生成)と 選択 (機能)一 ― この 2つ の機序 を通 じてシステムは生成 ・変動 (進化)す るわけである。ちなみに,こ の 「自己組織化―選択」 というシェマは,カ ウフマンによる
「
複雑適応系」の視座 ( c f . 文献 〔
1 0 〕および 〔3〕)と 一致することを付言
しておくことにしたい。
社会エ ネルギー論 ( S o c i o ―e n e r g e t i c s ) の構想 1 7 1
【
参考文献】
〔1〕黒石 晋 (1995):「自己組織理論の現段階」,吉 国民人 ・鈴木正仁編 『自己組織性と はなにか』, ミネルヴァ書房。 〔2〕 黒石 晋 (1997-99):「欲望のエネルギー論」,『彦根論叢』(滋賀大学経済学会),第 306,307,308,310,312,313,320号。 〔3〕 黒石 晋 (1998):「『複雑適応系』としての社会理論に備わるべき形式について」, F社会 ・経済システム』(社会 ・経済システム学会),第 16号。 〔4〕M.ア グリエッタ &A.オ ルレアン (1991):『貨幣の暴力』,法 政大学出版会。 〔5〕R,マレイ他 (1997)i『ハーパー ・生化学』(原書第24版),九 善。 〔6〕G.ドゥルーズ &F.ガ タリ (1986):『アンチ 。オイディプス』,河 出書房新社。 〔7〕吉国民人 (1990):『自己組織性の情報科学』,新 曜社。 〔8〕吉国民人 (1990),F情報と自己組織性の理論』,東 京大学出版会。 〔9〕」.メイナー ド=ス ミス (1990):『生物学のすすめ』,紀 伊国屋書店。〔10〕 Stuart A.Kauffman (1993): Tん θ Oγづθぢ物sの 「Oγαθγ r SθttOttga物ぢβaけをοtt a%冴 Sθιθcけぢο句 乞%ど υοι切けをο物 Oxford Univ.Press.
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〔1 2 〕富永健一 (1986):『社会学原理』,岩 波書店。