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所有と市場 : 市場社会主義の失敗に寄せて(蜷木實教授追悼号)

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所 有 と 市場

 市場社会主義の失敗に寄せて一

田  敏  浩

1.は じ め に  (1)市場社会主義(Marktsozialismus)という言葉を初めて使ったのは,ド        1) イツの社会主義者ハイマン(E.Heimann)であった。第1次世界大戦終了後のド イツおよびオーストリアでは一時期,社会民主党が政権を取り,それを機に社 会化論争が開始され,社会主義建設への関心が高まった。そうした時代状況の 中でハイマンやポラニー(K.Polanyi)やランダゥアー(C. Landauer)は,1920       2) 年代に市場社会主義の構想を提示した。新自由主義者ミーゼス(L.v. Mises)に よって口火を切られた社会主義批判(経済計算不可能論)は社会主義者の理論武 装に一役買い,1930年代になると,英語圏を中心に市場社会主義の同調者も数 を増やした。テイラー(F.M. Taylor),ディッキンソン(H. D. Dickinson)およ びランゲ(0.Lange)がその代表であった。  (2)第2次大戦以後になると,市場社会主義の歴史に転機が訪れた。それ までの市場社会主義論が理論(モデル)のレベルに留まっていたのに対し,戦後 の市場社会主義論は実践と結ぶ経済政策構想の色彩を強めるようになった。し かも,戦前の市場社会主義論が主としてドイツ語圏および英語圏の非マルクス 主義者によって展開されたのに対し,戦後のそれは主として東欧のマルクス主 義者によって担われるようになった。 1)ヌチによれば,ハイマンがこの語を初めて使ったのは1922年である。Nuti〔27〕p 20.な お,市場社会主義の同義語に社会主義的市場経済(sozialistische Marktwirtschaft)があ るが,チコーシュ=ナジによれば,この語はアルフレート・ウェーバー(Alfred Weber) が1950年に初めて使用した。Csikos−Nagy〔5〕S.387. 2)詳しくはChaloupek〔3〕を参照。

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58  蜷木實教授追悼号(第276・277号)  (3)東欧の中でいち早く市場社会主義の体制構想をデザインし,その制度 化に踏み切ったのは,ユーゴスラヴィアであった。この国ではカルデリ(EKar− delj)をはじめとする党理論家たちによって労働者自主管理を中核とする市場社 会主義モデルが構想され,1951年からその制度化が開始された。ハンガリーで も1953年のスターリン(1.V. Stalin)の死を機に市場社会主義に対する関心が高 まった。ペーター(G.Peter)やコルナイ(J.Kornai)やチコーシュ=ナジ(B. Csikos−Nagy)らが現存体制の欠陥を指摘し,ベーターは代案として「規制され       3) た社会主義的市場経済」構想を世に問うた。かれらの構想は直ちに実現を見る には至らなかったが,10年後の経済改革論議に影響を与え,ニエルシュ(R. Nyers)らの党理論家によって策定されたNEM(New Economic Mechanism) 構想の下地となった。そのNEMは1968年から実践に付され,ハンガリーはそ の後20年間,市場社会主義のモデル国として世界の注目を集めた。  1960年代になると,チェコスロヴァキアにおいても,党の理論家シク(0.Sik) やセルツキー(R.Selucky)らが中心になって市場社会主義モデル(労働者自主管 理+規制された市場経済)が構想された。この国では,このモデルをベースにし て1968年目「人間の顔をした社会主義」の体制改革が実施されたが,政治改革 をも射程に入れていたため,ソ連の軍事介入を招いて挫折したことは,周知の ごとくである。  (4)その後市場社会主義の実験を行っていたのはユーゴスラヴィアとハ ンガリーであるが,しかし両国の実験は,結局,挫折してしまった。1989年の 東欧革命と1992年のユーゴスラヴィアの解体とがこのことを如実に証明してい る。ユーゴスラヴィアのばあいは40年で,ハンガリーに至ってはわずかに20年 で,市場社会主義の歴史に終止符が打たれた。なぜか。ハンガリーを例にとっ て,その原因の一端を指摘しようとするのが,本稿の狙いである。 II.市場社会主義論の基本構造 上に見たごとく,市場社会主義論はおよそ70年の歴史を持つ。もとより,そ 3)この点はLdsch〔20〕S. 84−88に詳しい。

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       所有と市場  59 の内容は一様ではなく,論者によって異なることは論をまたない。反面,それ らにはいくつかの共通点があるのも事実である。筆者の理解しえた限りでは, 次の三点がそうした共通点である。  (1)筆者は,経済体制の基本的構成要素として,生産手段の所有方式,需 給の相互調整方式およびその上下調整方式(つまり国家の経済への干渉方式)の三        4) つを挙げることにしている。いま,この筆者の「所有,相互・上下調整の三元 論」の立場から,多くの論者によってデザインされた市場社会主義像に共通す る基本構造を整理して示しておくと,次のごとくである。  ①まず,所有方式であるが,市場社会主義が社会主義である以上,生産手段 の共有を構成要素としていることは言うまでもない。もとより論者によって支 持する共有の内容には違いがある。たとえば,ランゲやハンガリーの論者たち は国有を,ユーゴスラヴィアの論者たちは社会有を,シクは労働者集団による       5) グループ所有(Miteigentum)を支持しているといった具合である。共有を擁護 するゆえんは,それが碁会主義露寒価値一平等,意思決定への参加(民主主 義),公正,搾取の排除,人間疎外からの解放など一を実現するのに最適というと ころにある。私有は社会主義の理念に惇るとされ,全否定されたり,またはシ        6) クやハンガリーの論者たちのように,それを認めるとしても共有の補完として 位置づけられたりしている。  ②次に,相互調整方式であるが,これについては市場社会主義という言葉が 示しているように,どの論者も例外なしに市場経済を支持している。価格形態 としては自由価格が,市場形態としては競争市場が最適と考えられていること も共通する。市場経済を擁護するゆえんは,それが最も効率的な資源配分を可 4)筆者の説の細目については福田〔8〕第6章および福田〔9〕第1章を参照されたい。 5)シクは企業成員の共有になる企業をMitarbeitergesellschaftと呼んでいる。Sik〔32〕S. 32. 6)Sik〔32〕S.30−37.ハンガリーの経済改革の父と呼ばれたニエルシュは,小規模私企業 の意義を認めているが,しかしそれはあくまでも国有および協同組合セクターを補完する ものでなければならないとしている。Nyers〔28〕p.10.また,アンタルらもほぼ同様の議 論を展開している。Antal, et al.〔1〕.

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60  蜷木實教授追悼号(第276・277号) 能にするというところにある。戦時統制経済やソ連経済の柱を成した中央管理 経済(計画経済)は効率原則に惇るとされ,どの論者によっても退けられてい る。  ③最後に,上下調整方式であるが,これについてはほとんどの論者が誘導方 式を支持している。ここに誘導方式とは,国家による個別経済活動の間接的誘 導を意味する。この方式が採られるゆえんは,それが個別経済活動の自由を保 証しつつ市場経済の限界を補うことができるというところにある。レッセ・フ ェールの自由放任方式は市場経済の限界を補えないがゆえに,その対極にある 指令方式は個別経済活動の自由を否定するがゆえに,したがって市場経済と対 立するがゆえに,退けられる。  以上からして,市場社会主義の基本構造は,共有+市場経済+誘導方式であ ることが知られよう。  (2)第2の共通点は市場経済観である。市場社会主義論者は一般に市場経 済(市場メカニズム〉を資本主義に固有の構成要素ではなく,資源配分の手段と 見る傾向がある。言い換えると,市場経済は体制中立的であり,それゆえ社会 主義でも使用可能なトゥールと考えられている。ロートシルト(K.W. Roths− child)は,このような立場を取る論者を「用具論者」(instrumentalist)と呼ん 7︶ だ。このことに関連するが,市場社会主義論者はまた,市場経済を没価値的な      8) 「技術的装置」(technical device)として,したがってメカニズムとして捉える 傾向がある。この意味で市場社会主義論者の立場は,社会工学的であると言え よう。そのような立場はことに東の市場社会主義論者に顕著に見られるが,そ れは,市場経済と社会主義の非両立を説く守旧派マルクス主義者からの攻撃を かわすための論理的操作を余儀なくされた結果であった,と言えよう。  (3)第3の共通点は,所有と相互調整の組み合わせ方にかかわる。すでに          9) 別稿で指摘したように,市場社会主義論者は所有と相互調整とをいわばワンセ 7) Rothschild (30) p.162. 8) Shand (31) p,65, 9)福田〔10〕を参照されたい。

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       所有と市場  61 ットとして考察するのではなく,両者を別個に考察し,しかるのちに双方を組 み合わせるという論法を取ってきた。まず,所有の問題はもっぱら社会主義的 価値に関係づけて論じられ,その実現に与かる最適の所有方式として共有が選 定される。次に,相互調整の問題はもっぱら効率の面から考察され,高効率の 実現に与かる相互調整方式として市場経済が選定される。そして最後に,二つ の最適形態たる共有と市場経済がいわば機械的に組み合わされて,市場社会主 義像が形成される。かくて市場社会主義は一方で社会主義的価値を実現し,他 方で効率的な資源配分を実現するのだから,人間学的にも経済学的にも申し分 のない最適の経済体制である,ということになる。後に見るように,市場社会 主義の実験の失敗の原因の一端は,このような立論方法にあったと言わねばな らない。 III.国有と市場の非両立  (1)1960年代のハンガリーの経済改革(NEM)のベースになったのは,「誘      10) 導市場モデル」(guided market model)であった。言うまでもなく,これは市場 社会主義モデルなのであるが,その基本構造は,筆者の立場からすると,国有 +市場経済+誘導方式をもって特徴づけられる。もう少し立ち入ろう。  まず,所有方式であるが,これについては従来通り国有方式を保持すること が決定された。ハンガリーでは,たとえばユーゴスラヴィアにおけるような国 有から社会有への転換は目指されなかったのである。  相互調整方式については中央管理経済(物忌バランス方式)から市場経済への 全面転換が目指された。その市場経済は自由市場ではなく,ゲームのルールが        11) 国家によって定められる規制された市場と規定された。  市場経済の導入に伴い,上下調整方式も全面的に改められることになった。 すなわち,指令方式から誘導方式への転換が目指されたのである。具体的には, 10) Csapo C4) p.237. 11)ガドーは「計画によって規制された社会主義的市場」(plan−regulated socialist mar−  ket)と呼んでいる。 Gado〔ユ4〕p.17.

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62  蜷木實教授追悼号(第276・277号) 第1に義務的指標の廃止,第2に企業の自立化,第3に経済的規制用具(eco−       12) nomic regulator)による企業活動の間接的誘導方式の導入が計画された。  (2)ハンガリーでは以上の改革案をベースに,1968年からNEMの名のも とに経済改革が実施された。その後の経過は,改革の第1ラウンド(1968−73 年),改革の後退(1974−78年),改革の第2ラウンド(1979−84年)および改革の 第3ラウンド(1985−1989年)の四つの時期に区別できる。第1はほぼ改革案に 即して改革が行われた時期であり,第2は石油ショックによって国家統制が強 められた時期であり,第3は当初の改革路線が復活し,その一層の徹底化が行 われた時期であり,第4は経済および政治の民主化が前面に出てきた時期であ る。第1から第3の時期の改革のウェイトは経済効率の改善に置かれていたが, 第4の時期になると,改革の主眼は効率と民主主義の両立に置かれるようにな った。  以上の期間に展開された市場社会主義の制度化は政権党たるハンガリー社会 主義労働者党によって推進されたが,それは一応1989年の政治革命による同党 の下野で終了したと見なければならない。そろそろ,20年にわたる市場社会主 義の実験の総括を行っても尚早ではない時期に到達したと思われる。以下筆者 の総括の一端を示しておこう。  (3)筆者の考えではハンガリーの市場社会主義の実験は失敗した。とりわ け経済効率の改善の面で失敗したと言わねばならない。このことは市場社会面 i義の実験の後半10年(70年代末一80年混晶)の統計数字に端的に示されている。 すなわち,当該期間の国民所得の成長率は3%を越えたことがなく,東欧革命 の起こる前年の1988年にはインフレ率15%(89年16%),対外債務残高160億ドル を記録したのである。市場社会主義の導入は本来,ソ山型管理社会主義(国有+ 中央管理経済+指令方式)の低効率の克服を目指したのであってみれば,このよ うなおもわしくない経済実績は致命的であった。市場社会主義の存在理由がな くなってしまったのである。筆者は,こうした事態を招いた究極の原因は市場 社会主義の構造にあった,と見る。より正確には,国有と市場を組み合わせた 12)詳しくは福田〔8〕第8個日参照されたい。

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       所有と市場  63 ところに問題があった,と考える。立ち入ってみよう。  (4)ハンガリーの市場社会主義のデザイナーたちは当初,国有の堅持で社 会主義の原則を保持しておいて市場経済を導入すれば,効率が改善され,国民 福祉が増進される,と考えた。先に述べたように,国有と市場を無造作に組み 合わせたのである。だが,NEMの実践はこのような考えの不当さを証明した。 筆者の理解では,国有はこれを国民経済的規模で制度化すると,市場経済の機        13) 能にとってマイナスの影響を及ぼすのである。このことを具体的に解明してみ よう。  ①市場経済は個別経済の自由を前提とする。すなわち,国家からの解放と自 主的意思決定という二重の意味での自由である。ハンガリーでの市場経済の制 度化にさいしてもこのような前提条件は考慮され,そのための制度改革が行わ れた。それは具体的には上下調整方式の改変という形を取った。すなわち,企 業の活動内容(投入,産出,販売)を直接決定してきた指令方式から,企業の環 境条件(価格,利子率,税率,補助金など)のみを政府が操作する誘導方式への転 換が行われた。具体的には,義務的指標システムおよび資材・機械補給制の廃 止,投入・産出・販売の決定権の企業への付与などの企業の自立化にかかわる 措置が講じられた。  また,これと並行して経済への政府干渉の手段たる経済計画の改革も行われ た。従来のミクロ計画・短期計画・指令的計画の性質を有する経済計画から, マクロ計画・中長期計画・指示的計画の性質を有する経済計画への転換が目指 された。経済計画の達成手段も行政的手段(ノルマ)から経済的規制用具(財政 的手段,価格政策的手段,投資政策的手段,信用政策的手段など)という間接的な経 済的手段への転換が行われた。  ②しかし,以上によって企業の自立化が100%達成されたのではなかった。む       14) しろ,コルナイが強調してきたように,企業に対する国家の影響は依然として 残り,管理社会主義時代に見られた国家(省)と企業との間のパターナリズム関 13)この点については福田〔10〕を参照されたい。 14)コルナイ〔15〕第2章,第3章を参照。

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64  蜷木間教授迫悼号(第276・277号) 係やそれからくる企業の予算制約のソフト化(企業の赤字の省による補填)という 現象は,弱まったとはいうものの,存在し続けたのである。投資,価格,信用        15) および補助金などに関して「間接の官僚的調整」(コルナイ)が行われたのも事 実である。筆者は,このような現象をもたらした究極の原因は国有制の温.存に あった,と見る。企業が国有である限り,その経常活動に対する中央省庁の影 響を排除することはできない。社会主義国となってから一貫して国有制を採用 してきたハンガリーであってみれば,なおさらそうである。  ③市場経済は企業に自主決定と自己責任を要求する。しかし,NEM導入後, 企業はその投入・産出・販売について自主的に決定できるようになったものの, 活動結果に対する責任についてはこれを回避するような行動を示した。予算制 約のソフト化の現象がそれを端的に示している。国有企業の経営の失敗を省が カバーするというパターナリズムのあるところに,市場経済が要求する合理的 な企業行動(最大収益の最小費用の行動)を期待することはできない。  また,市場経済は破産という脅迫システムを必要とするが,ハンガリーでそ のことが自覚されて破産法が制定されたのは,NEMの実験が終幕を迎えよう としていた1986年目ことであった。しかも,破産法は国有企業および中央省庁 の抵抗にあって適用を阻害され,その効力を発揮しえないままに終わってしま った。ここにも国有制の壁があったのである。市場経済のメリットは「悪貨を 駆逐する」ところにある。高費用・低収益の企業を排除し,資源の浪費を防止 するのが市場経済のメリットなのだが,国有制はそれを打ち消す役割を演じた のである。  ④国有制の存続はまた,企業を監督する中央省庁の権限の大幅な縮小を阻ん だ。指令方式から誘導方式への転換によって省庁の権限縮小と整理統合が行わ れたにもかかわらず,利潤規制,賃金規制,価格規制などの形で企業の経常活       16) 動への行政的干渉が行われたのである。こうした干渉を許したのも国有制であ った。国有企業は国家行政システムから完全に独立することはできない。企業 15)コルナイ〔15〕第1章,第2章を参照。 16)詳しくは福田〔8〕第8章を参照されたい。

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       所有と市場   65 の市場経済への依存と市場経済の機能の十分目発現のためには,行政的干渉の 最小化が不可欠である。ハンガリーでもこのような考えから誘導方式が導入さ れたのであるが,それは国有制を温存したがゆえに却って市場経済にとってブ レーキとなった。このようなハンガリーの経験から,国有制と誘導方式は両立 しえないという教訓を導き出すことができよう。  ⑤市場経済の拡大は,官僚の経済行政の範囲とその権限の縮小を伴う。ハン ガリーで市場経済が思うように拡大せず,ことに生産要素市場の導入は大幅に 遅れ,1980年代の後半になってようやく資本市場(株式・債券市場)および労働 市場の形成が開始されるようになった背景には官僚の抵抗があった。また,市 場経済の機能に不可欠の自由価格の導入に時間がかかったり,各種の価格規制 (固定価格・最:高価格・ゾーン価格の制定)が行われた背景にも官僚の抵抗と既得 権益の保守があった。国有制は官僚の権力基盤となる。国有企業と中央省庁と の問のパターナリズム関係の形成によって前者は後者の支持集団となり,官僚 は強力な権力を獲得する。この権力によって官僚は市場経済の拡大に立ちはだ かったのである。その意味でも国有制は市場経済と両立しえない。  ⑥市場経済の機能にとって最も適した市場形態は競争市場であることは,教 科書の教えるところである。ハンガリーの改革者たちもぞうした認識に立って       17) 競争促進政策を推進してきた。ハンガリーでは60年代の初めに,企業の合併政 策が展開されたため,特に加工産業部門で独占企業体制が形成された。NEMの 導入後に各種の競争促進策が取られたが,思うようにはかどらず,独占市場や 寡占市場が支配した。1980年以後国有大企業の分割の措置が取られたにもかか わらず,このような状況に根本的な変化は生じなかった。スワン(W.Swaan) の言うように「1980年代の企業分割は,企業と部門省の抵抗により,さしたる       18) 成果をもたらさなかった」のである。競争市場の形成は市場経済の優位をもた らし,行政的調整の余地を狭めると判断されたのである。ハンガリーの経験に 拠る限り,国有制は競争市場の形成にブレーキとなる,と言える。 17)1980年から1983年目かけて25の巨大企業が解体され,208の独立企業が形成されている。 18) Swaan (33) p.525.

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66  蜷木實教授追悼号(第276・277号)  ⑦市場経済の本来の機能を引き出すには,市場への参入の自由を広範に認め ることが必要だが,ハンかり一では国有制が生産サイドへの参入の幅を狭めて きた。企業の新規参入は官僚によって実質的に決定され,規制されたからであ る。’ N業の自由および営業の自由が広く国民に保証されるばあいにのみ,市場 への参入の自由が実現されると同時に,市場経済の精神的ベースたる企業心や 企業家精神や競争的心性が醸成される。20世紀の経験が示しているように,起 業の自由を実現するには所有方式の多様化が,少なくとも私有の導入が,必要 である。  (5)1980年代になると,ハンガリーでは所有改革が開始されるようになっ た。このことは,市場経済に対する国有制のブレーキ効果がNEMの実験の過 程でハンガリーの改革者によっても自覚されるようになったことを物語ってい る。1982年の労働共同体という企業内ベンチャー(国有資産のリース制)および 従業員30人までの小規模民営企業の公認を皮切りに,所有方式の多様化の措置 が取られた。こうして,1989年には西ドイツの会社法に倣った新会社法が施行 され,従業員500人までの私企業の設立が公認されるに至った。また外資法の制 定によって西側企業との合弁企業の設立も認められた。さらに,1989年の企業 転換法によって政府による国有企業の私有化が行われるようになり,同時に自 発的私有化(spontaneous privatisation)と呼ばれる企業マネージャー主導の私        19) 有化も実施されるようになった。このように,NEMの実験の最後の10年間は市 場経済の拡大・深化のために,私有化の方向での所有改革が実施されたのであ る。NEMの実験は,計らずも,市場経済に最も適した所有方式は私有であるこ とを実証したと言えよう。 19)政府主導の上からの私有化は,1990年3月に設立された国有財産庁によって推進されて  いる。また,企業マネージャー主導の下からの自発的私有化は,マトルチィの言葉を借り れば「静かなる所有改革」であり,1988年から開始された。Matolcsy〔21〕p. 2,9.ハンガ  リーの最近の所有制改革についてはMizsei〔25〕およびNeumann〔26〕も参考になる。

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所有と市場   67 IV. NEMの教訓  20年にわたるハンガリーのNEMの実験は,経済体制論にとって数々の貴重 な教訓を残してくれた。最後に,以上の論述を踏まえてそのうちの主なものを 指摘しておこう。  (1)第1の教訓は,所有方式と相互調整方式はワンセットの形で考察すべ きだということである。既述のように,ハンガリーのNEMのデザイナーたち は当初,国有で社会主義原則を保持し,その中で市場経済を利用すれば,効率 的資源配分が可能となると考えた。「国有企業があたかも市場アクターとして行       20) 動しうると確信してきた」(コルナイ)のである。市場経済の機能条件として国 有が最適かという問いはかれらにはなかった。効率の観点から所有の問題を捉 えるという姿勢も見られなかった。国有と市場を機械的に組み合わせたNEM の構想は,いまから思えば,無理があり,その実験の成功は見込みのないもの であった,と言える。むろん,NEMの後半になると,ハンガリーの改革者たち は,市場経済の拡大のためには私有の導入が必要であることを経験の中から学 び取り,前述のように私企業の設立に着手した。しかし,ハンガリーの改革者 たちは,社会主義へのこだわりから私有に対しては国有の補完の地位しか与え       21)ず,国有の優位を最後まで主張したのである。  ついでに述べておけば,NEMの後半になると,ハンガリーの改革者たちの私 有観に変化が現れた。私有に対する見方がプラグマティックになったのである。 私有は本来,社会主義に対立する。私有の優位を認めると,社会主義を放棄せ ざるをえない。そこで,改革者たちは一方で国有の優位を説くことで社会主義 の一線を守り,他方で私有の問題を価値のレベルから切り離し,経済効率改善 のトゥールとして位置づけるという論理操作を行った。いわば私有の中性化の 論法である。これは論理的には苦しい操作だが,改革派マルキストの間で,聖 域視されてきた所有問題について一私有に限られていたとはいえ一市場経済 20) Bossanyi {2) p.317. 21) Antal, et al. (1), Nyers (28]

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68  蜷木實教授追悼号(第276・277号) に対するのと同様のプラグマティックな把握が行われるようになっていたので ある。NEM以後の現在では,マルクス主義の呪縛から解放されたため,このよ うな効率的アプローチが主流を占めるようになり,一層の私有化が推進されつ つある。  (2)所有方式と相互調整方式ばかりでなく,両者と上下調整方式もワンセ ットの形で考察すべきことをNEMは教えている。ハンガリー型市場社会主義 の国有+市場経済+誘導方式という組み合わせば,効率的に見て,難点が多い ことについては指摘したとおりである。国有は,市場経済のみならず,誘導方 式にとってもブレーキとなることが分かった。20世紀の経験によれば,市場経 済と誘導方式との組み合わせにとって最適の所有方式は,私有のほかにない。 このことは,西側諸国に制度化されている私有+市場経済+誘導方式の組み合 わせから成る誘導資本主義の効率面での成功に,端的に示されている。  (3)ワンセット思考の必要性は実は,新自由主義者によって夙に主張され ていた。ミーゼスは市場経済と私有のセットでなければ合理的な経済計算は不     22) 可能と説き,オイケン(W.Eucken)は,所有方式と相互調整方式の間ばかりで なく,経済と他の生活諸領域(社会秩序,国家秩序,法秩序,文化秩序など)との 間にも相互依存の関係がある,という諸秩序相互依存(Interdependenz der Ord−       23) nungen)の原則を提示した。皮肉な見方をすれば, NEMは新自由主義者の主張 の確認のための壮大な実験であり,かれらの見解の正しさを裏付けるものであ ったと言えよう。これもまたNEMの教訓に含められるだろう。ついでに言え ば,最近コルナイもNEMの経験を踏まえて,所有方式と相互調整方式の相互       24) 依存に着目し,国有と市場,私有と官僚的調整との非両立を主張している。か れの説も内容的には新自由主義者と同様である。  (4)ハンガリーのNEMばかりでなく,ソ連の管理社会主義の実験および 22) Mises (24) p. 104, pp. 111−112. 23)Eucken〔7〕S,180−184.これについては福田〔11〕をも参照されたい。 24)Kornai〔17〕pp.44−50.コルナイは最近出した大著の中で,私有と市場的調整との間,  公有と官僚的調整との間に親和的関係があることを指摘している。Komai〔18〕pp. 447−  450, pp. 497−500.

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      所有と市場  69 ユーゴスラヴィアの市場社会主義の実験は,所有方式を効率的観点から扱うこ との必要性を提起した。国有にせよ,社会有にせよ,それを国民経済的規模で 制度化すると,経済効率にマイナスの影響を与えるという事実を経済学的に論 証する必要があろう。これについてはすでに,共有を一種の公共財と見立てて       25) その低効率を論証しようとしたデムゼッツ(H.Demsetz)の先駆的業績がある が,いまや社会主義諸国での経験を踏まえた一層体系的な所有の経済学的分析 が急務である。それもまたNEMの教訓である。  (5)NEMの失敗はもとより,ユーゴスラヴィアの市場社会主義の失敗も, 市場社会主義論者の立論方法に問題があることを示した。市場社会主義では, 共有(国有,社会有)が市場経済および誘導方式に対してブレーキ効果を発揮 し,結局,効率の破綻が生じてしまうのである。洋の東西を問わず,従来の市 場社会主義論は,もはや存在理由を失ってしまったと言えないだろうか。最近, イギリスのフェビアン協会派のル・グラン(J.Le Gran)やエストリン(S. Estrin) やミラー(S.Mi11er)らが,現存社会主義の崩壊に危機意識を抱き,社会主義の       26) 再生のために「市場社会主義」(market socialism)という代案を提示した。しか し,このばあいも協同組合的グループ所有が柱を成し,そこでの民主的意思決 定が強調されているだけであって,効率の観点は背後に退いている。生産現場 での自主管理的な民主的決定は,これを国民経済的規模で制度化すると,効率       27) に悪影響を与えることはユーゴスラヴィアの例が示している通りである。20世 紀の経験に照らす限り,フェビアン協会派の「市場社会主義」にも期待が持て ない。筆者の考えでは,相互調整方式として市場経済を,上下調整方式として 誘導方式を選択する限り,それちと効率的に両立する所有方式はいまのところ 私有しかない。  (6)20世紀は社会主義実験の時代である。ロシア革命以後,東の国々でさ 25) Demsetz (6]. 26)Le Grand, Est血〔19〕,Miller〔23〕. 27)ミラーは,社会有の規定があいまいで財産の使用に最終的責任をもつ主体が不明瞭であ  ることが低効率を招いたと考えている。また,ペヨビッチは,自主管理システムはイノベ  ーションにとってブレーキとなることを論証している。Miller〔22〕,Pejovich〔29〕.

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70  蜷木實教授追悼号(第276・277号) まざまなタイプの社会主義の制度化が試みられた。しかし,ヌチ(D.M. Nuti)        28) が指摘するように「ソ連型経済体制は滅び,市場社会主義は失敗した」。1989年 の東欧革命,1991年のソ連の消滅および1992年のユーゴスラヴィアの解体がこ のことを如実に証明している。経済体制論にいま突きつけられているのは,社 会主義の失敗の原因の究明である。東の社会主義の実験は多大の資源の浪費ば かりでなく,人権の抑圧と人間の尊厳への翁漬をもたらした。効率と道徳の両 面での失敗である。そうした過ちを繰返えさないためにも,また21世紀への経 済体制の建設のためにも,そのような原因の究明は急務である。本稿は,そう した課題に対する筆者のさしあたっての解答を述べたものである。もとより, 本稿で委曲を尽くしたと言うつもりはない。ソ三型管理社会主義およびユーゴ スラヴィア型市場社会主義の失敗の原因の究明は,今後に侯たねばならない。        参 照 文 献 ( 1 ) Antal, L., Bokros, L., Csillag, 1., Lengyel, L, Matolcsy, Gy. : Change and Reforrn,  in : Acta Oeconomica, Vol. 38 (3−4), 1987. ( 2 ) Bossanyi, K. : An lnterview with Janos Kornai, in : Acta Oeconomica, Vol. 42 (3−  4), 1990. (3) Chaloupek, G. K.: The Austrian Debate on Economic Calculation in a Socialist  Econorny, in: Histois, of Political Economy, 22: 4, 1990. (4) Csapo, L.: Central Planning in a Guided Market Model, in: Acta Oeconomica,  Vol. 1, 1966. ( 5) Csikos−Nagy, B. : Sozialistische Mdrfetwirtschaft, Wien 1988. (6) Demsetz, H, : Toward a Theory of Property Rights, in: The American Economic  Review, Vol. LVII, No. 2, May, 1967. ( 7 ) Eucken, W. : Grnndsdt2e der WirtschaftsPolitile, 4. unveranderte Auflage, Tttbingen,  ZUrich 1968. 〔8〕福田敏浩『比較経済体制論原理一形態論的アプローチー』晃洋書房,1986年。 〔9〕福田敏浩『現代の経済体制論』晃洋書房,1990年。 28)Nuti〔27〕p.18.市場社会主義の実験が失敗に終わったと捉える論者は比較的多い。筆  者やヌチのほかに,コルナイやガブリッシュやラスキや福田亘教授がそうである。Kornai  〔16〕p.58,Gabrisch, Laski〔13〕p.15,福田亘〔12〕.福田亘教授の論文はハンガリーの  NEMの失敗の原因を多面的に捉えており,市場社会主義の研究に貴重な貢献をなしてい  る。

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      所有と市場   71 ’   〔10〕福田敏浩「所有と調整一ワンセット思考の必要性一」,『彦根論叢』,第273・274号,1991      年。   〔11〕福田敏浩「諸秩序相互依存パラダイムの応用一一現存社会主義の崩壊に寄せて一」,『彦根      論叢』,第275号,1992年。   〔12〕福田亘「市場社会主義の理論と実際一ハンガリーの経験からの教訓一」,『経済学研究』       (神戸大学)年報38,1991年。   (13) Gabrisch, H., Laski, K.: Transition from Cornmand to Market Economies, in:      Havlik, P. : Dismantling the Command Economy in Eastem Europe, Boulder・San      Francisco・Oxford 1991.   (14) Gado, O.: lntroduction to O. Gado (ed.): Refonu of the Economic Mechanism in      Hunga2 y, DeveloPment 1968−1971, Budapest 1972,   〔15〕 J.コルナイ (盛田常夫編訳)『経済改革の可能性一ハンガリーの経験と展望一』岩波書      店,1986年。   (16) Kornai, J.: The Road to a Free Economy, Shtfting from a Socialist System, The      Erample of Hunga71y, New York 1990.   (17) Kornai, J. : The Affinity between Ownership and Coordination Mechanisms : The      Common Experience of Reform in Socialist Countries, in : Bogomoiov, O. T. (ed.) :      Market Forces in Planned Economies, London 1990.   〔ユ8〕 Kornai, J.:The Socinlist System’The Political EconomPt of Communism・P「in−      ceton 1992.   (19] Le Grand, J., Estrin, S. (eds.) : Marleet Socialism, Oxford 1989.   C20) L6sch, D. : Sozialistische Wirtschaftswissenschaft, Die VVirtschaftstheon’e im So2ialis−      mus und ihre Bedentung遊γ 1麗漉6励一z〃¢4 GesellschaLfifqウolitik, Hamburg 1987.   (21) Matolcsy, Gy. : Defending the Cause of the Spontaneous Reform of Ownership, in :      Acta Oeconomica, Vol. 42 (1−2), 1990.   (22) Miller, F. M. : Theoretical and ldeological lssues of Reform in Socialist Systems :      Some Yugoslav and Soviet Examples, in : Soviet Studies, Vol. XLI, No. 3, July, 1989.   C23) Miller, S.: Marleet, State, and Community. Theoretical Foundations of Market      Socialism, New York 1989.   (24) Mises, L. v. : Economic Calcu!ation in the Socialist Commonwealth, in : Hayek, F.      A. v. (ed.) : Collectivist Economic Planning, London 1935.   (25) Mizsei, K. : Privatisation in Eastern Europe : A Comparative Study of Poland and      Hungary, in: Soviet Studies, Vol. 44, No. 2, 1992.   (26) Neumann, L. : Small Business Off−Shoots from Large Manufacturers−A Privat−      jzation Option, in : Acta Oeconomica, Vol. 42 (1−2), 1990.   (27) Nuti, D. M. : Market Socialism : The model that might have been−but never was,      in : Aslund, A. (ed.) : Marleet Socialism or the Restoration of CaPitalism ?, Cambrid−      ge 1992.   (28) Nyers, R. : Efficiency and Socialist Democracy, in : Acta Oeconomica, Vol. 37 (1一

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72 蜷木實教授追悼号(第276・277号)    2), 1986. (29) Pejovich, S. : Freedom, Property Rights and lnnovation in Socialism, in : Kylelos,    VoL 40, 1987. C30) Rothschild, K. W. : Socialism, Planning, Economic Growth, Some Untidy Remarks    on An Untidy Subject, in : Feinstein, C. H. (ed.) : Socialisnz, CaPitalism & Economic    Growth, Essays Presented to Maurice Dobb, London 1967. (31) Shand, H, D.: The CaPitalist A lternative: An lntroduction to Neo−Azastrian Eco−    nomics, London 1989. 〔32〕 Sik,0,:Die sozialgerechteルfarletwi7tschaft−Ein恥g遊70s彦θz6ηρα, Breisgau 1990. (33) Swaan, W. : Prices and Market Behaviour in Hungary in the Early Stages of the    Transition to a Market Economy, in : Soviet Studies, Vol. 43, No. 3, 1991. 1992 ・ 6 ・ 28

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