10-01014
情報通信の進展と調達の国際化
代表研究者 舘 健 太 郎 駒澤大学 経済学部 准教授 共同研究者 渡 邊 泰 典 多摩大学 グローバルスタディーズ学部 准教授 1 我が国の政府調達 1-1 政府調達に関する法令 本研究は、情報通信技術の進展と国際取引の拡大が、政府や企業による調達にどのような影響を与えるの かについての理論的および実証的検証を試みたものである。とりわけ、インターネットと総合評価方式を用 いた一般競争入札による政府調達に重点をおいて、その経済的意義について考察した。 最初に、我が国の政府調達の制度とその現状についての概要を説明する。一般に、物品や役務の調達手続 きとしては大きく分けて「随意契約」と「競争入札」の二つがあるが、さらに競争入札は「指名競争入札」 と「一般競争入札」に区別される。 ここで、随意契約とは政府が受注先企業を一社決定し、交渉によって価格を決定する方法である。また、 指名競争入札は、政府が受注先企業の候補をあらかじめ選定しておき、その後選定された企業の間だけで競 争入札を行う方法であり、一般競争入札は、取引を希望するすべての企業が自由に参加できることを前提と して競争入札を行う方法である。こうした方法のなかで、政府がどのような条件のもとで、どのような調達 手続きを用いるかということは、政府にとって最も基本的な方針となる。 表1:政府調達の分類 取引方法 売り手 政府調達の分類 交渉 1人または少数 随意契約 特定の参加者 指名競争入札 オークション 不特定の参加者 一般競争入札 我が国においては、調達手続きと契約の基本原則に関して財政法や会計法、地方自治法などの法律が制定 されている。そして、国の調達については、会計法第 29 条の3のなかに、原則として一般競争入札によらな ければならないこと、ただし供給可能な企業が単独または少数である、緊急を要するなどの契約の性質に応 じて、指名競争入札および随意契約を行うことができることなどが定められている。また、地方公共団体の 調達についても、地方自治法に同様の原則が定められている。 詳細な入札と契約の手続きについては、国の各省庁や地方公共団体によって大きく異なっており、例えば 国の各省庁においては契約事務取扱規則などの省令が定められ、さらに数多くの入札・契約関連の通達が出 されている。 1-2 政府調達の国際的ルール 戦後の世界経済の貿易自由化は、関税および貿易に関する一般協定(GATT)とそれを継承した世界貿 易機関(WTO)という多国間協定と国際機関によって促進されてきた。また、近年は貿易の自由化のみな らず、投資や労働の分野においても自由化の議論が及び、交渉の対象範囲が飛躍的に拡大してきた。 そして物品や役務の政府調達についても、輸出相手国の政府調達の運用方法が「非関税障壁」となってい るとして、外国政府が当該国企業を調達手続きにおいて差別しないよう政府に強く要請する声が大きくなっ てきた。このように調達手続きに関する国際的なルールの必要性が高まるなか、世界貿易機関(WTO)に おいて「政府調達に関する協定」が締結された。 この協定のなかでは、1件あたりの発注金額が基準額以上となる物品や役務の政府調達に関しては「内外 無差別」や「内国民待遇」などのルールを適用し、外国企業も例外なく参加できる形の一般競争入札によっ て発注先企業を決定しなければならないことなどが定められている。 例えば、国の物品等の調達については、IMFの特別引出権(SDR)を単位として 13 万SDR以上(日 本円に換算して 1600 万円以上)、建設工事は 450 万SDR以上(同5億 8000 万円以上)、地方公共団体の物品等の調達は 20 万SDR以上(同 2500 万円以上)、建設工事は 1500 万SDR以上(同 19 億 4000 万円以上) などというのが基準額となっている。なお、我が国で協定を適用するための円換算額は、WTO政府調達委 員会の決定に基づき、直近2年間のIMF統計による円・SDRレートの平均値を用いて、2年毎に見直す ことになっている。また、さらに公正性や競争性の高い手続を確保するために、内外無差別、内国民待遇の 適用基準額をWTOの政府調達協定よりも低くするなどを政府の「自主的措置」として定めている。 以上のように、国内外を問わず、一般競争入札が最も基本的な調達手続きと考えられていることが分かる。 2 調達制度の見直しとその背景 2-1 政府調達の歴史的変遷と近年の変化 一般競争入札を基本とするという原則自体は非常に古くから存在し、明治 22 年に制定された会計法のなか にはすでに定められている。それにも関わらず、その後の実績や変遷を調べていくと、長年にわたって一般 競争入札の件数は少数にとどまっており、件数が増加するようになったのは近年になってからである。 大正 10 年には会計法が全面改正され、例外的措置としつつも指名競争入札と随意契約が法律上明確に認め られるようになり、その後これらの調達手続きによる発注が増加した。さらに、昭和 12 年には戦時体制のも とで、随意契約の範囲が大幅に拡大された。 また戦後期に入ってからも、指名競争入札や随意契約が調達手続きの中心であった。例えば、建設工事の 入札に関しては、国と地方公共団体のどちらの場合についても、平成6年以前はほとんど指名競争入札のみ であり、一般競争入札はまったくといっていいほど使われていない。 しかし、平成6年以降、この傾向に大きな変化が見られる。大規模な工事について一般競争入札の件数が 増加し、さらに近年になって小規模の工事についても増加するようになった。また、建設工事以外の物品、 役務についても同様の傾向が見られる。 2-2 入札関連犯罪の抑止 調達手続きの変化の大きな契機になったと思われるのは、平成5年に起きた公共工事の指名競争入札をめ ぐる不祥事と、その後の政府の制度見直しである。茨城県、宮城県、埼玉県などで起こった「ゼネコン汚職 事件」は、いずれも地方公共団体が発注する公共事業をめぐって、指名競争入札参加者に指名するなどの便 宜を図った謝礼として政治家が建築会社から現金を受取った贈収賄事件だった。これら一連の事件は、政府 調達に関する従来の慣行に対して強い反省をうながし、入札制度の大幅な見直しを迫るものだった。 一方、このときにはGATTのウルグアイ・ラウンドの交渉が行われ、先ほど述べたWTOの政府調達に 関する協定が締結された時期とも重なっていた。 これらを背景として、平成6年1月に「公共事業の入札・契約手続の改善に関する行動計画」が策定され、 このなかで一定金額以上の取引については一般競争入札を用いることが明示された。これにより、外国企業 も含めて実績のない企業の入札への参加が容易になった。 2-3 ゲーム理論による入札の比較 行動計画に関連して、経済理論の観点から重要と思われるのは、政府の行動計画によって示されたような 入札制度における指名競争入札から一般競争入札への変更が、果たして談合などの入札関連犯罪を抑止する 上で有益なのかどうかということである。 このことについて、我々はゲーム理論、とりわけ繰り返しゲームに関する研究を応用しながら考察を行っ た。ここで繰り返しゲームとは、固定的なメンバーであるプレイヤー同士が、同じゲームを何度も繰り返し 行い、それぞれのプレイヤーが各回のゲームにおける利得の合計を最大にするように行動する状況をモデル 化したものであり、ここではプレイヤーは「入札参加者」、各回のゲームは「一回分の入札」として解釈する ことができる。そして考察の結果、一般競争入札のほうが談合の抑止、したがって価格の抑制という点から 効果があるだろうという結論を得られた。 一般競争入札で談合が起きにくい理由としては次の二つがあげられる。一つは、参加人数が多くなる一般 競争入札の方が入札価格に関する談合を行うという協調行動を取りにくいということである。これは繰り返 しゲームの理論においては、プレイヤー同士が集団で協調行動を取ろうとするときには、なるべくゲームの 参加人数が少ない方が成功しやすいという結果に由来する。 もう一つは、一般競争入札では入札に参加する企業が通常固定的でなく毎回入れ替わるということである。
そうすると、協調行動を維持する目的で、約束に違反した企業に対して他の企業が私的制裁を課すことが難 しくなるため、結果的に企業による約束違反が起きやすく、談合が成功しにくくなる。この特徴は、入札参 加者が潜在的なプレイヤーの中から毎回実際に入札に加わるメンバーが入れ替わる可能性があるという変則 的な繰り返しゲームを定式化することによって確かめられる。 2-4 取引費用の低下 実際、入札・契約制度における一般競争入札の適用範囲の拡大にともなって、全体として落札率(予定価 格に対する落札価格の割合)も低下する傾向が見られる。そして、これは財政再建のためにできるだけ支出 を削減したいと考えている国や地方公共団体にとっては大きな利点となるだろう。 しかし、こうした費用面だけから見ても、落札価格の低下がすぐに適用範囲の拡大という判断につながる とは限らない。なぜならば、参加する企業が少数に限られ、しかも繰り返し取引する可能性が高い指名競争 入札のほうが、入札や契約を実施したり、業務の依頼内容を説明したりするための費用が少なくてすむと考 えられるからである。経済学ではこのような費用を「取引費用」と総称する。したがって、価格の低下によ る支出削減分が、取引費用の増加分を上回らない限り、費用面では指名競争入札が依然として有利であるこ とになる。 逆に言えば、入札を実施するための取引費用が大きく低下したことが、国や地方公共団体の判断に影響を 与え、近年の一般競争入札の件数の増加につながったとも考えられる。そして、この取引費用の低下に大き く寄与しているのが、電子入札あるいはインターネットオークションの発達である。こうした技術の発展が、 これまで随意契約で調達していたような少額の取引についても、一般競争入札を導入させる推進力になって いると思われる。 最近の具体例としては、平成 22 年 7 月、国が政府調達の手法としてインターネットを用いたリバースオー クションあるいは競り下げ方式の試行を行う方針を閣議決定したことがあげられる。ここで、リバースオー クションとは、発注者が初めに価格をつけてその後入札の参加者が徐々に価格を競り下げていき、もっとも 低い価格を提示した参加者と取引を行うというものである。国は試験実施期間中に 13 件で 16%あまりの経費 削減効果が見られたなどの結果から、インターネットを用いたリバースオークションの導入を事業仕分け以 上の経費削減が期待される政策として高く評価している。 地方公共団体では、世田谷区が平成 24 年度から公共施設で使用するすべての電気について、東京電力との 随意契約から一般競争入札による調達に変更した。また、東京大学や京都大学などの教育機関でもリバース オークションの施行運用が開始されており、京都大学では 500 万円未満のすべての調達案件について適用す るとしている。 2-5 調達の国際化の動向 WTOの「政府調達に関する協定」や我が国の「自主的措置」によって、基準額をこえる政府調達につい ては原則、外国企業も含めたすべての企業の入札参加を前提に一般競争入札を行うことになっている。しか し、その後も建設工事などでは、外国企業による受注状況にはそれほど大きな変化は見られていない。 この原因として一つには、多数の取引先との間の複雑な調整を要する建設工事については言語や慣習など の壁があって、実際には外国企業の受注が難しいということがあるだろう。また、発注者が調達の取引費用 を回避するために、建設工事の調達内容をいくつかの単位に分割し、基準額を上回らないようにしている可 能性もある。もし後者が原因となっている場合には、先ほど述べたインターネットオークションの普及にと もなって調達の取引費用が低下し、調達の国際化が進展するのではないかと思われる。 3 品質の確保と総合評価方式 3-1 品質の確保の必要性 これまでは一般競争入札の導入による「価格の低下」という利点を中心に論じてきたが、一方で企業が物 品や役務の品質を犠牲にして費用を削減しようとするのではないかという「品質の低下」についての懸念も 広く指摘されてきた。そして、まさにこの品質に対する不安が、我が国で長らく指名競争入札が調達の基本 となってきた大きな要因でもあるだろう。 一般競争入札のなかで、とくに受注価格のみに基づいて落札者を決定する方法のことを「価格競争方式」 という。この方式でも、物品や役務が十分に標準化されているか、あるいは仕様がきちんと明示されている 場合には品質に関してそれほど問題は起きないだろう。しかし、公共工事などのように、品質に関して情報
の非対称性がある場合については、価格競争方式ではダンピング受注や不良工事の問題が発生するおそれが ある。 3-2 総合評価方式と評価値の算出方法 この品質の確保という観点から、費用削減と談合の排除、ダンピングの防止、不適格業者の排除の両立を 目指し、平成 17 年4月に「公共工事の品質確保の促進に関する法律(公共工事品確法)」が施行された。こ の法律では、一般競争入札を用いた公共工事の受注先企業の選定について、価格以外の入札者の技術や実績 を落札者の決定に反映させる「総合評価方式」を原則として用いるとされている。経済学では、価格以外の 要素を評価して受注先企業の選定をする方法を「スコアリングオークション」と呼ばれるが、総合評価方式 はこのスコアリングオークションの考え方にもとづいた制度である。公共工事品確法が施行されて以来、多 くの物品、役務の調達について、総合評価方式によって実施されるようになった。 一方、米国の連邦政府及び州政府においても、価格競争方式にもとづく一般競争入札ではなく、価格以外 の要素も考慮に入れた「交渉入札方式」と呼ばれる総合評価方式と同様のスコアリングオークションによる 調達が一般的となっているようである。 我が国は調達制度の改革に際に米国の制度を参考にしたといわれていることもあって、日米で一般競争入 札の実施方法に関して多くの類似点が見られる。一方で、価格以外にどのような要素が評価基準に用いられ るのか、またそれらがどのように評価点の重み付けがなされるかなど、具体的なスコアリングの方法につい てはさまざまな面について相違点が見受けられた。 日米の評価制度のもっとも大きな違いは、評価値を算出するための方式の違いである。 一般に、総合評価方式における評価値の算出には、主なものとして以下の二通りの方式が考えられる。一 つは「除算方式」と呼ばれるものである。これは、価格以外の要素を数値化し、標準点と加算点からなる技 術評価点を入札価格で割って評価値を算出する手法である。除算方式で算出される評価値は、価格当たりの 工事品質を表す。 除算方式の評価値 = 技術評価点 ÷ 入札価格 = (標準点+加算点) ÷ 入札価格 もう一つは「加算方式」と呼ばれるものである。この方式は入札価格にもとづいて作られる価格評価点と 価格以外の要素を数値化した技術評価点を足し合わせることによって、評価値を計算する方法である。 加算方式の評価値 = 価格評価点 + 技術評価点 = 100 ×(1-入札価格÷予定価格) + 技術評価点 そして、これら二つの方式のうち、米国の交渉入札方式では主に加算方式が採用されているのに対して、 日本の総合評価方式では、ほとんどすべての政府調達で除算方式が採用されている。 もう一つの違いが、スコアリングオークションにおいて重要な位置を占める技術評価点の評価項目である。 米国では、一定金額以下の物品、建設工事などの役務の調達について、少数民族や中小企業、女性オーナー 企業の受注機会を増やすためにこれらの事柄を考慮し、優遇する方針をとっている。 これに対して、我が国では、施行計画や技術者などの施工能力に関するものや手持ち工事量などに加えて、 「地域内に本支店、営業所があるかどうか」という地理的条件、「災害協定等による地域貢献の実績があるか どうか」、「ボランティア活動による地域貢献の実績があるかどうか」という地域への貢献実績などが評価項 目に入っている事例が見られることが分かった。また、これらの項目が技術評価点として認められることは、 国が定めた「国土交通省直轄工事における品質確保促進ガイドライン」のなかでも明記されている。 このように、日米ともに同じスコアリングオークションによる一般競争入札を用いているという共通点は あるが、評価値の算出方式や技術評価点の評価項目に大きな違いが見られる。技術評価点の評価項目の自由 度が高く、さまざまな項目を加えられるようにしていることは、物品や役務、地域の特性や各省庁や地方公 共団体の目的などを考慮して一般競争入札を設計できるという点では一定の合理性があると思われる。 一方で、発注者が特定の評価基準を用いることにより、恣意的かどうかに関わらず、結果的に一部の業者 が有利となり、指名競争入札の場合に指摘されたのと同じような問題が起きる可能性はないのだろうかとい う懸念は残る。この点については、国土交通省も平成 21 年2月の報告書「総合評価方式の総点検」でも「過 度な技術提案や恣意的な評価が行われているのではないか」、「受注者や発注者への負担が大きいのではない
か」などとその問題点を指摘している。 3-3 総合評価方式による入札のモデル分析 ところで、スコアリングオークションに関する理論の既存研究では、いずれも加算方式を想定したモデル であったのに対して、日本で多く採用されている除算方式に関する研究はこれまでほとんど行われていない。 そこで、我々は、除算方式で評価した場合の総合評価方式の入札結果に関する数値例による分析を行った。 その結果、価格競争方式と総合評価方式で入札結果を比較したところ、総合評価方式は価格競争方式に比べ て落札価格は高くなる一方で、品質の問題については緩和されることが確かめられた。すなわち、総合評価 方式による一般競争入札は、価格と品質の両立をはかる上では、バランスのとれた方式になっているといえ るだろう。 また、総合評価方式のなかで、加算方式と除算方式の二つの方式による結果の違いを比較したところ、ど ちらの落札価格が高いかについては、一様には結論づけられなかったものの、除算方式に比べて加算方式の ほうが、低価格の入札が事業者の選定に影響を与えにくいという特徴を持っていることが確かめられた。
【参考文献】
Asker, J., and E. Cantillon (2008) "Properties of Scoring Auctions," RAND Journal of Economics, 39, p 69-85.
Milgrom, P. (2004) Putting Auction Theory to Work, Cambridge University Press.
公共工事入札制度研究グループ(2010) 『最新公共工事入札制度ガイド―そのしくみと運用の実務』清文社 郷原信郎(2006) 『入札関連犯罪の理論と実務―談合構造解消に向けての捜査のすべて』東京法令出版 国土交通省(2010)「国土交通省直轄工事における品質確保促進ガイドライン」