〔綜 説〕
(辺幅卵塔禦携拶謂)
生物統計学的にみアこ男女の差異について
東京女子医科大学衛生学教室(主任吉岡博人教授)助教授 諸
モロ岡 妙 子
オカ タエ コ(受付昭和29年4月20日)
は し が き 古来男女の優劣を論じ,差異を述べた論説は, 社会的,心理的,丈学的各:方面に無慮数えるとこ ろを知らない。医学的生物学的には,近世に及ん で雌雄両性の遺伝癸生学的決定機構が判明した。 解剖学的,内分泌学的には,古くから両性の差異 が明かにされている。しかし男性的形質と女性的 形質とは,明瞭な差異が認あられる反面,発生的 にその未分化叉ぱ中間型も存在し,伺幾多未解決 の問題がある。雌雄両性の特色ぱ各個体に現れる が,生物統計学的大量観察にもとづけば,個体観 察では見出されなかった男女両性の特色或は差異 が明かにされるであろう。 男女の大数的観察を,相当信用するに足る資料 を用いて試みた最古のものは,有名なズユースミ ルビの”神の秩序”(詳しくは”その出生,死亡及 び繁殖より証明せられたる人闇種:族の諸変動にお ける神の秩序”)である。彼は当時亜欧諸国の出 生表と死亡表より L 男性と女性の数がほぼ同数であるごと。神の聰 明な摂理は,入聞の増殖が正常に進行する様に,そし て又各の男が一人の内助者を,各の女が一人目夫を見 出す様に,両性の繁殖を整備レ給うたこと。 2,又殆んどいつでも女児よりも多くの男児が生れ ること,更に驚嘆するととには男児は女児に対して常 に一定の比率を以て毎為ること,即ち女卑「1,000ノ∼に 対し男児は最高1・06σ人.最低1,040〈であるζと。 3.男児のこの出生超過ぽ,死亡及び他の災禍によ つでとり去られ,両性ぼ均等状態にもたら.ざれるこ 「と。男子のより多い死亡は〆労働,四苦,不節制等に あり。まさにごれらの原因どそ,神の摂理が女子よb. も多くの男子を生れしめ絵う藪因である。神の摂理は 入間の死亡と同じく,その出生をも支配し,それらを 特定の意図に従って整備し給う。その結果,両性はぼ ぼ同数に存続し,男はただ一入の妻を,女はただ一こ 口夫をもつ一夫一婦制のみが残る様に分配し給うので あると説いた。 以上は僧侶であるズユースミルヒが,自然に於 ける大数現象を,秩序ある神の摂理に帰した神秘 的解釈であって,もとより現代人の自然科学観を 満足させるものでばない。しかしズ=L一スミルビ の指摘した事柄ぱ,あくまで統計資料にもとづV・、 た厳然たる事実であって,今日の正確な統計で判− 然実証できる所であるQただ男子が女子よりも少 しく余計に生れ,余計に死ぬとbうことの原因と なると,神の御心では片附けられなV・。科学的検 討を加える必要がある。 ズユースミルビにつづいて,ケトレーも男女の 死亡率を論じた。これら古典的著述は暫く措くと しても,男女の差異について生物統計学的に老察 した述説は数多あろう。ここでは筆者手持の日本、 の資料について,医学的見地から,男女の差異に つき検討を加えたV・。但し,胎児期から乳児期に、 かけての死亡性比につV・ては,資料が彪大となる/t ので,別の機会に発表をゆすることとする。 1.人口の男女別構成 大多数の動物に於て雌雄両性がほぼ等しV・数に 生産されるとV・う事実は,ズユースミルビの云.う 如く神秘的なものでばなく,性決定の機構が遺伝 細胞学的に説明される今日ではダ至極当然のこと である。.即ち一方の性が雌性を造る配偶子と雄性1 を造る配偶子とを等しい数にこしらえ,他方の性、 の醍偶子はダすべて相等しいのであるから,両性. に由来する配偶子の結合によって生れて来る子孫一: ¢)雌雄の割合はほぼ等しい数となる筈である。所「’が.元来全く等しかるべき男女の均等は,V・ろい ろの影響にタρ{おおい隠されてしまう。たとえ 』ば一:方の性SS他方の性よりも抵抗に乏しい。最近 の日本の死亡性比(女の死亡数を100とした血合 の男の死亡数)はほぼ107∼110であって(第1表) 男の方が余計死ぬ。女よりも死に易b。ほぼその 差異は幼少の時に最大で,老年まで引ぎつづいて 認められる。その結果老年女子の数は老年男子の 数より多V・。60才以上の女子5人に対し男子は4 人,70才以上の女子3人に対し男子2人,80才以 上は女子2人に対し男子ぱ1人しか生き存えて ヒv・なv・。 eg ・1図生命存続期間における男女の割合 等き 量 謬 li き i’id’ 誌 Il・ { 生血の男性の割合よりいくらか高いことが予想さ れる。 第1表最近の日本入の死亡性比,出生性 比,死産性比 e[生比一瓢・…) 年 コ 次 死亡性比i出生性比…死産性比 昭和22年 ,t 23 tx ri 24 ’i ,/ 25 ,1 1947 1948 1949 1950 109.8 1 1058 108.0 105.8 107.5 104.8 106.7 i 106.1 123.0 124.3 126.7 128.1 I i s 一一一一@註弧
該
饗生 受勝 門・’s.’鴨.■.’■” . ’ 出生時日本の男女の割合はほぼ105∼106:100 tt ナある(第1表)。出生前には出生後に於けるよ りも死亡率の差は更に著しV・。即ち日本では出生 前の死亡即ち死産(届出のある限り)の割合ぱ, .女100に対しはほぼ男120御130である(第1表)。 ・1と1れよりして母胎内にある胎児の男性の割合は出 模型的に生命存続期間における男女の割合を示 すと(第1図),下端の受胎期に於でぱ男性の割 合は頗る高いが,その開きは次第に小となり,15 才に及んで男女同数となり,それ以後は女性の方 の割合が次第に大となるのである。 2. 最近の日本人ロの男女別構成 最:近の日本では男女の割合はどうかとV・うに, 第2表にみる様に戦後の日本人口の性比は95∼96 で,男の割合は女の4%程少h。これは大戦争で 多数の男子を失った異常な人口である。大戦前我 国の人口性比ぱユ00∼ユ01∼ユ021⊂止り,わナかに 1∼2%男子が女子より多いのが常であった。第・表・本の人・恒硬蹴一癖・…)
年 次1入口性比
1 明 治 31年v 36 ,i
fl 41 ,1 大 正 2 〃 ,1 9 ,1 /, 14 ,1 昭 和 5 〃. ,1 10 ,l r/ 15 fi 昭 和 22 年 tl. 25 ,/ ’/ 26 t/ 1898 1903 1908 1913 1920 1925 1930 1935 1940 1947 1950 1951・ 102 102 101 100 100 101 101 101 100 95. 96 96 昭和26七度につき年令を準うて男女の割合を 比較すると,第2図にみる様に,生れたばかりの 赤ん坊は勿論男の子が多い。その後20才までぱ 男子が多いが,20∼25才階級から女子の方が多く なる。30∼40才の間ぱ最も男女の差が継ぎV、。即 ち男子の青壮年層が戦争で最も大きな犠牲を出・し た結果が如実にここに表れてhるQ戦争の直接の 一一W2一
影響のさほど大きくなかった45才以上になると 庶女は殆んど同数となるが,60才以上は平時と変 第2図 最近の日本入口の男女別構成 1951 (自訴禾0 26 年) 窮,
潔
、!怨 繋 7 ‘葦; /’ 讐 ノ ./ 美 ユe ES 茜 To 63 ge 4e 5e )p to o Te )e so 4e ge Ce 70 入Ωの千分・bt ちす,老八女子が老人男子より多くなる。上述の 青壮年男子の陥凹は戦後の変態的現象であって, 平時には第1図の如く,生後少年期までは男子が 多く,その後次第に男子の死亡する割合が大き く,年をとるにつれて女性が男性より多くなるの である。 3.第一一.R性比の推定 我々が最も正確に知り得るのは,生れた時の性 Skであるが,それまでに各個体は母胎内で10ヵ 月を経ている。生れた時の性比を第二次性比とい い,受精時の性比を第一次性比という。第二次性 比は出生届により,日本でぱ105∼106というこ とが明かであるが,第一次性比即ち受胎時の性比 は何人にも判らない。推定する他ない。出生前の 死亡(死産)では男児と女児は120∼130:100の 割に死ぬ。しかも妊娠6月以上の死産性比は118 ∼119に対し,妊娠4∼6月の性比は160∼165 である(第3表)。即ち妊娠月数の若い程男児の 死ぬ割合が大きい。そこで受精時の性比は判らな 第3表 妊娠月数別死産性比 (・ltk比一塁・…) 年 昭和22年 e 23 ,/ ,1 24 ,1次遮・月以上購・一・月
1947 1948 1949 118.4 119.1 118.4 164.9 160.5 161.3 いとしても・届出のある妊娠4月目の胎児の性比 は推定可能である。即ち死産と出生とを加えた子 供の数の性比が,妊娠4月の胎児の性比といえ る。それを計算すると106∼107となる。日本人 の第一次性比は,統計資料のある範囲では妊娠4 月の胎児の性比を以て代える他なく,106∼107と いうことになる。もっと受胎期に近く遡れば,性 比は上ることはあっても,下ることはない。妊娠 月数のわかい程死産性比ぱ高いから。 かように男児の:方が受胎される割合が多いとい うことは,Y一染色体をもつた精虫の方がX一染色 体をもつた精虫よりも,より多くの卵子を受精さ せる能力があるというより由ない。男性になるべ き精虫と女性になるべき精虫の数は全く等しく生 産される筈であるが,女性となるべき方に何らか の障碍があるらしく,男性となるべき精虫の受胎 率が高いのである。 第一次性比がすでに理論値より偏り,100以上 に現れる原因についてはlY一精虫の頭部がXに 比べて小さく,運動が敏活で,輸卵管上の競争に 於てX・精虫よりも早く成熟卵に達し,これを受 精せしめる機会が多いという説がある。これは必 ずしも架空の想像ではなく,豚や馬,昆虫の精虫 の頭部の長さの変異曲線は明かな二峰曲線を示 す。長い方が雌を生じ,短V・:方が雄を生するわけ である。その他にも男性となるべき配偶子の受胎 率が高い理由につXtAては諸説あるが,ζこでは触 れない。 4.母の年令及び出産順泣と性比 以上の如く第一次性比から推定される様に,男 性の生活力ぱ,生命の始まり即ち受胎期に点てば 女性よりも旺盛である。即ち女性より多くの生命 をごしらえる。ところがその後の生命存続期間に 於ては,即ち母の胎内にある時から,出生後老人 になるまで,女性よりも抵抗性に乏しい。出生後 の寿命は1951年日本では女子64・8才に対し, 男子は漸く60・4才で,女が4・4才長生きである9 男性の抵抗が女性よりも少いという事に関して は,いろbろの事実がある。その一つは男児の生 れる割合は,母の年令及び出産順位とともに少し つつ低くなる(第3,4図)。女児ρ方から云えば, 女児の出生が多くなるQこれは母親によって生れ ない先の子供らのために提供される母胎内の環境 が,年令及び既往の妊娠回数とともに,だんだん と悪化して来るための結果に他ならない。抵抗力 の少い男児ぱ,より多く.その影響を蒙るわけであ る。結局死産や流産がだんだんとふえる。その中 の高率を男性が占めているから,結果として女児の出生が多く.なるのである。 第3図 母の年令別出生性比 120 生tl◎ ・1生 loe
比
9c 日 1938 (日召禾0 13 年)X−X一一
◎ 墨82ら賜3338舶 や・・斡 第4図 出産順位別出生性比 1950(昭和25年) 抗力が弱いから,受胎時には女性よりもわすかに噛 数が多かった男性もだんだん数が減って来る。生二 後の死亡の状況を年令別死亡率曲線にみると(第: 5図),男性死亡率が女性より少し低V・か或は女・ 性と殆んど変らないのは1P∼20才の聞だけで, その他の年令ではすべての男性の死亡率が女性よ りも高い。その程度を死亡率性比(男子死亡率力 女子死亡率×100)によってみると(第6図),乳三 児期から少年期にかけて一旦死亡率性比ぱ下り, 第5図 男女の年令別死亡率 1950(昭和25年レe
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出生前め健康と安全な分娩にとって有利である 様な事柄ぱ,すべて男児の生れる割合を高める。 叉出生前の健康を脅かす条件は男児の死産の割合 を高める。とにかく受胎時には男児の比率が高い が,その後生命の損傷を受ける割合も男児が高 b。妊娠中の摂生と小児期の衛生が増進すれば, 男児の生命を殿損きれる割合は減するであろう。 即ち死産率や乳児死亡率が減れば,性比は之に反 して高くなるであろう。これ.はLenzやSchirmer が唱えた所である。即ち保健衛生がすすめば,素 質的本来の姿にかえって,男性の抵抗の弱さが現 れて来るとV・うのである6 5.生後の死亡率性比 男性が女性よりも生活力が旺盛なのは,生命の 始まりの瞬間即ち受胎期だけであって,その後外 的環境から生命の脅威をうければ,男性の方が抵 ac. eeo iO,eoe 31::: 一三:犠
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t. geeklVl.].4e se 6e TO 80 与 令 第6回 年令別死亡率性比 1950(昭和25年)/ tlp 誓‘30 率 lao 惟llo 上ζIOot
馳死e・・ 叉 Xl。弓 女み叉tオ( 一r “’x. lx 9e, 80 こ口 ユ。3。 tθ ぢ96。1.や Sg」 .?等 黛
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牲比100以下即ち男性死亡が女性死亡より低くk るが,その後は年令とともに死亡率性比ぱ上る。 卸ち男性の死亡の程度が女性に対してよ’り高くな り,60才まで匠頂点に達する。即ち青壮年,初老 :期にかけては,男性ぱ女性に比し,生命の脅威を 受けることが年令とともに甚しくなるわけであ る。より高言即ち60才以上は,頂点より下り坂で, それ程でもなくなるが,それでも依然として,八 二は女性よりはるかに多い割合で死亡する。 6・疾患別死亡率性比 生命が形成された以後,男性は女性より抵抗が 溺いのであるが,種々の疾患に対して男性と女性 の抵抗は如何。又種々の病気に対して社会地域的 環境たとえば都市と農村といったものが,男性と =女性に如何に作用するか。疾患別の死亡率性比を 1都市と農村について比較してみたい。
1.結 核
ます,永いこと日本で死因の第一等を占めてい 旋結核死亡の性比は,全国的には明治中葉以後90 治より盛年低くなり,大正半ばには最低80∼85 に達した。即ち女性死亡が男性死亡を遙かに凌駕 していたのである。その後次第に性比が高まり, 漸く昭和の始めに性比100即ち男女同率に達す る。この明冶,大正年間に於て女性死亡が男性に 比して高率なことは,都会に於てより顕著であっ て,明治末年には性比70台という低さであっ 距。所が都会では明治末年以後,全国的には大正 半ば以後性比は次第に上昇し,昭和の始め以後ぱ 男性死亡が女性死亡を越える様になり,戦前には著しb高性比即ち全国で120∼125を示してい
る。その傾向も亦,都会により著しい。結核につ V・ての男女の死亡率の差は,日本の過去半世紀を 通じて全く社会的事情によるものである。即ちか の”女工哀史”に訴えられた如き,日本の近世流 産業の勃興期における紡績女工の悲惨な犠牲が, この結核死亡率性比に如実に現れている。結核に よる女性への惨害ぱ特に都会地に甚しい。しかし :大正年代を過ぎ昭和に入る中に女性の結核死亡超 過は次第に勢を衰え,即ち比較の上で男性死亡が ば 次第に増す様になって来た。昭和10年以後ぱ全 く前時代と反して,男性死亡が猛烈な勢で河曲始 め,性比は急激な上昇線をみせている。これこそ ・日本が満洲事変以後戦争に突入して,女工を主体 とした軽産業から,男工による重工業へと転じた 社会変遷が,:女性から男性へと国家の重荷を転嫁 したいきさつを物語る縮図である。結核につbて は,以上の様に社会的影響が甚大で,本来の男性 と女性の本疾患に対する抵抗性はおおいがくされ て,中々知りがたV、。 2.頭蓋内.血管の損傷 次に現在日本で最も多い死亡原因である”頭蓋 内血管の損傷”忙ついては如何。これは断然男が 多い。即ち性比は過去50年間115∼130の間で あった。併し大正末期の132∼3を頂点として, 性比線は下る傾向がある。最:近は100を少しく越 える程度にすぎない。男性が女性よりも”頭蓋内 .血管の損傷”即ち脳盗血,中風に対して悪い条件 にあることが窺われる。素質的のものか又は男女 の社会的生活様式の差から来るものか判らなV・。 男性が脳出』血に対し悪い状態にあることは,都会 よりも殊に田舎で甚しV・。 3, 老 衰 老衰(死因統計上の)による死亡は,断然女性 に多V・。全国で性比は70前後。これは男に比べ て女に高二者が多いためである。この程度は特に 都会に於て甚しh(性比40∼55)。 4.癌及びその他の悪性腫瘍 最:近死因の第二位に昇って来た癌死亡は,全国 的lcは男性が悪い状態にある。性比は100∼1056・ しかしこれを分析すると,男性が悪いのは農村で あって,都会では:女性の方が癌で死ぬ割合が高 い。即ち都会の性比は85∼95。5.心臓病
心臓病は女性に多いことが知られている。即ち 性比は100以下で80∼95である。しかもこの傾向 は都会により顕著で,性比は農村よりやや低V・。6.腎臓炎
腎臓炎も女性に多いことが知られ,ている。性比 は全国的には90∼100。大正中期に数年間100を 越えたごとがあった。性比の低さ即ち女性の腎臓 :炎に対する弱さは都会に著しい。即ち都会の性比 .は80∼g5。 7.下痢,腸炎 下痢及腸炎も女性死亡が多いとV・われる。性比 は全国的に90∼95。殊に都会は性比が低く,明 治末年にぱ65位だつたのが,漸く昇って戦前ま でに95程度になった。下痢,腸炎に対しても女 性が弱く,しかも都会の女性が弱v・ことになる。8.肺 』炎・ 肺:炎:死亡は全国的には断然男が多Vi 6性比105 ()120。しかも近年上昇の傾向がある。 しかし都 会では明治末期から大正半ばにかけて100以下80 までの時期があった。大正末期以後は都会でも男 の死亡が多くなり,やはりこの傾向は顕著となる 様子である。 以上八つの大ぎな死因について,男女の各疾患 に対する抵抗を死亡率性比によって比べると, 男性が悪状態にあるのは, 昭和以後の結核,殊に都会の結核 脳盗血殊に農村の脳盗血 癌殊に農村の癌 肺炎殊に農村の肺炎:o 女性が悪状態にあるのは, 朋治∼大正末期までの都会の結核 老衰殊に都会の老衰 都会の癌 心臓病及び腎臓炎は都鄙共,殊に都会 下痢,腸炎も都鄙共,殊に都会 とV・うことになる。 7, 疾患別訂正死亡傘 各疾患に対する男性と女性の素質的並に社会的 抵抗の差は以上の如きものであるが,人間の生命 を奪う上記の疾患は結核を除いては何れも老人に 多い疾病である。そもそも生命の存続ということ に対しては女性が優勢なのであるから,即ち女の 高令者が男の高虚者より多いのであるから,老人 病で死ぬ女の死亡率は,男の血合よりも過大に現 されることになる。先述の性比ぱ一応人口全体に 対する粗死亡率で算出したものであるから,老年 疾患では,女性の状態がより悪く現れ過ぎた傾向 があるわけである。そこで仮に男女を同じ年令構 成とみたら,男女の差異はどうなるかを計算して みねば,本当の男女の差異は判らない。次に八大 各死因について,男女の訂正死亡率を算出して1 男女の比較をすることとする(第4表)。訂正死亡 率算出に用いた標準入口は昭和5年全国人口であ る。 1.結 核 ’結核は昭和初期までは女性が悪く,昭和以後男 性が悪いことは先述した。結核死亡では男女の年 令構成を訂正しても,男女の関係は殆んど変らな いα即ち軽工業の時代には女性がより高率であ り,重エ業め戦前及び戦後にかけて,男性がよIS 多く結核のとりごとなる。 2.頭蓋内血管の損傷 ’戦前戦後を通じて粗死亡率でぽ男性がより多く ”頭蓋内素面の損傷”即ち脳盗血に胃される。人 口構成を男女同じとすると,男子ぱ粗死亡率より より高位に,女子はより低位に訂正される。即ち 実際は粗死亡率でみる差よりも樹余計に男性が脳 盗血に対し,女性よ}3繊弱でであるごとが判るQ 3.老 衰 粗死亡率では戦前戦後を通じ,女性が高位であ・ る。しかし男より女の方が長生きであるから, ”老衰”という診断名で死亡する女性の死亡率が; より高く現れるのは当然であろう。よってこれを・ 訂正すると,大正中期までは男女の差が余程狭め られ,少しの差で,やはり女性の老衰死亡率が高1 かつたが,大正中期以後は:男女逆転して,却って 男の死亡率が女より高位となる。近年でぱ,男性 の方が女性よりも余計”老衰”で死ぬ。即ちみか. け上女の老衰死亡が高いのは嘘であって,昔こそ 男よりやや悪かったが,近年では男の方が余計老 衰で死ぬことが判る。 4.癌及びその他の悪性腫瘍 粗死亡率では男女の差は非常にわすかで殆んど すれすれであるが,大体男が高い。訂正するとこ の差は大となる。昔から現在に到るまで断然男が1 悪い状態にあり,その差は昔より今が大ぎい。
5.心臓病
心臓病が一般に女に多いというのは粗死亡率に 現れることであるが,訂正すると,あにはからん や,大正中期まで女の高率な時期があったが,そ の後は現代に到るまで男が高位なのである。交点 生活がみかけとは反対に,女子よりも男子の心臓 に負担をかけることが判る。6.腎臓炎
腎臓炎も女子が高率なことが知られているが, 訂正すると,意外にもこれ亦心臓病と同じく,か、. つてぱ男女すれすれであったものが,近年に及ん で,男が劣悪であり,女との差が顕著になって来 ている。腎臓炎にも,女子よりも男子が余計悩む こととなる。 7・下痢,腸炎 これ亦女性に多いとされている疾患である。討 正すると,大正末期までは,すれすれとは熔え, 一86一一一女子が男子よりわすか高かった形跡がみえるが, 昭和以後は差は殆んどなくなり,戦後は男子が却 って高くなった。 8.肺 炎 肺炎は粗死亡率でも訂正死亡率でも,戦前戦後 を通じ,明かな差を以て男子が高い。 かくて,男女の人口構成を一定とすれば,大正中 期(1920年)まで社会的に女子に重荷のかかった ”結核”と,所謂”老衰”と,わっかな差で”心臓病 ”と,”下痢,腸炎”が,女子にとって悪状態であ ったのみで,他の疾患はこの半世紀を通じて,又上 記の疾患も1920年以後現在に到ってはことごとく 男子が悪い状態にあることが判明したのである。 む す び 現在では以上のあらゆる疾患が,素質と環境の
第4表
結 如何なる配分に於てか明かではないが,男予に対へ してより多い犠牲を強要してhるのでφる。果し て男性は女性に比して,素質的に虚弱,繊細であ るか,叉は社会的環境が男子に酷なのか,その何1 れであるかは判らない。恐らく両者が相侯って, 男性に多くの麗死者を出すのであろう。男性はそ・ の生命の始まりに於て僅かに女性よりも多く形成二 されるが,胎内生活に始まる生命の存続期間を通. じて,常に女子より生命の脅威に曝され,現代の・ 文明生活はあらゆる疾患を通じて,男子に酷に作: 用し,より大なる犠牲を堆積しつつある6今後文: 明の進歩は巣して男性のこの重荷をとり払い得る か。.或は社会経済の逼迫は,女性をしても過去及 現在の男性のうけた脅威をうけざるを得なくさせ一 るか。今日軽々しく予測を許さぬところである。.疾患別男女訂正「死亡率 人口10万対
L 核 年 次 全 国男剣好
都 市 男子 女子 農 村 男子i女子 明治32年[・899 i148.4 〃 36 〃 ユ903 1 166.6 1 ,t 41 ,i 11908 1・ 188.8大正2術9・3瞬・
c,r 9 ri [1920 ,t 14 ,/ 11925 膏召和5r! 1930 t,A 10 ,/ ! 1935 ), i,’ ,, li,461 ,t 22 tt 1 1947 i tl 25 ,1 11950 153.9i 192.9P
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男副好剃好男子好/
185.11 206.2 227.5, 181.41 190.3 225.7 1 i 193.3 189.5 231.4 1 1 218.9 197.8… 1 1 210.5 164.5! 140.5 130.1 1 1 175ユ 164.3 161.9 138.9 181.5 [ 199.3[ 196.i igglgil ・・3P
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