飛鳥・藤原 宮発掘調査概報 6
昭 和
51年 5月
奈 良国立文化財研 究所
飛鳥・ 藤原宮発掘調査概報
6
正 誤 表頁 行 誤 正
3
″ 4
″
″
″
″ 5 6 9 22
″ あ
″ 38 46 47
″ 48 50 56
↓5
↓10
↓6
↓7
″
↓11
↓15
↑6
↓13
↓6
↓3
↑1 地図
11
地図
↑2
↓6
↓7 実測図
↓7
↓2
S F1832
″ ク
〃
S F1831 S F1832 方堡北
S F1832 S B1819 1318
‑到
石 寸 ア
大宣大寺 弥生武 第14次
左京一坊十二条 堀立柱
暗丞沖質土 S A051 発 堀
墨りこんだ
S F 1732
″
″
″
S F1731 S F1732 方攣 ヒ
S F1732 S B1820 1828
■羞
石寸 マ
大宣本寺 弥生送 抹消
右京十二条二坊 掘立柱
噴握粘質土 S B051 発掘 盤りこんだ
網:調査 地 数 字:鯛査 次数
1
飛 鳥
藤 原 宮 発 掘 調 査 概 報
藤原宮 第16次 (南 )の 調査 ――一――十一 ― 一一―十 3
藤原官 第17次 の調査 一 ―――――――十一―一―――一―‑10
藤原宮 第18次 の調査(附18‑7次 )―――一十 ― ―一―‑16
大 官大寺 第2次の調査 ―一―一――一一―――――十一―――‑25
和 田廃寺 第2次の調査
――一――十一十一一一―キーーーーー38
田中遺跡 の調査
一一――――――――――――――一―一―一一一‑47
本薬師寺 西南隅 の調査
一一―十 十一十一――――一―‑49
川 原寺 の調査 ――――一――十一――十一十一―――――――‑55
飛 鳥・藤 原宮跡 発掘調査部 は
,昭
和 50年 度 の調査 と して,藤
原 宮,大
官大 寺, 和 田廃 寺,本
薬 師 寺,チキ1原寺,田
中遺跡 等 の発掘 を実 施 した。藤 原官 で は
,第
18次まで の調査 を終 了 した。 第18次調 査 にお いて は,藤
原 宮北面 中間 の確 認 とい う所 期 の 目的 を達 成 する と と もに
,朱
雀 大路 官 内延長 部 の 遺 構 を検 出 し,藤
原京条坊 の復原 について の重要 な資料 を得 る ことがで きた。大官大 寺の調査 は
,中
門・ 南 門・ 回廊遺 構 の確認 を 目的 と して実施 し,南
門 跡 こそ確認 し得 なか ったが,中
間及 び南 面 回廊 の遺 構 を検 出 した。和 田廃 寺で は ,「 大野塚 」を中心 と した一 帯 を発 掘 し,「 大野塚 」の土壇 が 塔跡 で あ る こ とを確認 した。 また
,7れ
10世紀 にわ た る多数 の掘立 柱建 物跡 を 検 出 したが,そ
れ らの性格 の解 明については なお問題 を残 してい る。本薬師 寺の調査 は
,市
営 住宅 へ の進 入路建 設 に伴 って実 施 し,藤
原 京 内で初めて大路 の存在 を確認 す ることがで きた。
田中遺 跡 の調査 は家屋 の新築 に伴 う事 前調査 と して実 施 した もの で あ る。
‑1‑
表紙カット解説
この鬼板は、奥山久米寺塔跡付近で採集 したものであ る。全体のt/3あまりの破片で、1現存部の大きさは縦24.5 働、横 20:5印 、厚さ約3αである。復原すると縦約33側 、 横37働程になる。紋様は、かつて奥山久米寺か ら出上 し たものと同一である。裏面はハケによちて平滑に調整 し ている。下端には弧状の決 りがある。凍端に固定するた めの装置はなぃ。下端の左右に換 りのある鬼板は、わが 国では従来例を見ないが、降り棟に用いる鬼板として百 済 にその例がある。奥山久米寺の例は、百済例を参考に 降り棟用の鬼板として復原 したものである。