九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
Aβ線維由来神経障害性アロディニアに関与する脊髄 後角表層神経サブセットの特定
田島, 諒一
http://hdl.handle.net/2324/2236167
出版情報:九州大学, 2018, 博士(創薬科学), 課程博士 バージョン:
権利関係:やむを得ない事由により本文ファイル非公開 (3)
Aβ 線維由来神経障害性アロディニアに関与する脊髄後角表層神経サブセットの特定
ライフイノベーション分野
3PS16015P 田島 諒一
【序論】
神経障害性疼痛は糖尿病やがんなどに伴う神経損傷や変性が原因の慢性疼痛で、触刺激さえも強い痛みとして感じ るアロディニアを主症状とする。モルヒネなど既存の鎮痛薬が著効せず、発症メカニズムも解明されていない。その中で脊 髄後角ニューロンは複雑な神経回路網を形成し体性感覚情報を調節する役割を担うが、近年になって、脊髄後角介在ニ ューロンは分子発現や局在性の違いによって多様なサブセットへの分類が報告されており、感覚様式特異的な神経回路 の存在が想定される。しかしながら、脊髄後角介在ニューロンのサブセットが感覚情報をどのように処理・統合しているか、
その脊髄後角内神経回路の全容は未だ不明である。
我々は最近、触刺激を伝達する一次求心性 Aβ線維の活動を制御可能な光遺伝学を研究に取り入れた。具体的には、
Aβ神経線維にチャネルロドプシン 2(ChR2:青色光で活性化する興奮性イオンチャネル)が発現した遺伝子改変ラット
(W-TChR2V4ラット)を用い、神経損傷後に触刺激を伝達する一次求心性Aβ線維の活性化によりアロディニアが誘発さ れることを世界で初めて証明した(Tashima et al., 2018)。さらに、Aβ線維刺激で脊髄後角第I層ニューロン(脳へ痛覚を 伝達)が多シナプス性に興奮することも見出した。従って、Aβ線維から第I層ニューロン間に存在する神経回路の動作異 常がアロディニアの中核を担うと考えられるが、そのメカニズムは明らかになっていない。
これらの不明点を解決するため、ニューロペプチド Y(NPY)およびダイノルフィン(Dyn)を発現する抑制性介在ニュー ロンサブセットに着目した。脊髄後角のニューロンサブセット選択的なラベリングまたは機能制御を実現するために、当研 究室で開発したマウス脊髄後角実質内遺伝子導入技術(Kohro et al., 2015)をラットに応用し、ラットの脊髄後角にアデノ 随伴ウイルス(AAV)を微量注入することで腰髄ニューロン選択的な遺伝子発現法を確立した。本研究ではAβ線維由来 のアロディニアに関与する神経回路メカニズムとして、NPYあるいはDynプロモーターを用いて、これまで未解明であった 二つの抑制性介在ニューロンサブセットの役割を明らかにすることを目的とする。
【方法】
使用動物
雄性W-TChR2V4ラットを使用した。
脊髄実質内投与
L1と第13胸椎(T13)の間の筋肉を割き脊髄実質を露出させた後、ガラスマイクロキャピラリーを脊髄実質内へと挿入し、
AAVをFemtoJet Express(Eppendorf)を用いて50-60秒かけて注入した(液量:約800 nl)。
免疫組織染色
4%パラホルムアルデヒド溶液で固定したラットの腰部脊髄を摘出し,スクロース置換後O.T.C. compoundに包埋した。ク
ライオスタットにより組織切片を作成し,一次及び二次抗体処置後,共焦点顕微鏡で画像を取得した。
電気生理学的記録
W-TChR2V4 ラットの腰部脊髄から、L4 後根付脊髄矢状断スライスを作製し、ホールセルパッチクランプ法によりシナプ
ス伝達変化の解析を行った。
アロディニア評価法(von Frey法、光刺激法)
von Frey法はラットの後肢測定部にvon Freyフィラメントで軽度機械刺激を加えた際の逃避行動の有無を確認し、50%
後肢逃避閾値を算出することで解析した。光刺激法は W-TChR2V4ラットの足裏に 470 nmの青色光を照射して動物の 光源から足を退ける行動(後肢逃避行動)をスコア化し解析した。
神経障害性疼痛モデルラット作製法
W-TChR2V4ラットの第5腰髄脊髄神経を結紮および切断することで神経障害性疼痛モデルを作製した。
【結果】
脊髄後角NPYプロモーター制御下ニューロンの発現パターンと除去・機能制御時のAβ線維刺激への応答性の変化 NPY プロモーターの下流に蛍光タンパク質 tdTomato を搭載したアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを脊髄後角内に 導入したところ、tdTomatoは脊髄後角第II層に限局していた(Fig. 1a)。さらに抑制性ニューロンのマーカーであるPAX2 と共局在を示し(Fig. 1b)、電気生理学的な検討から抑制性ニューロンに特徴的なTonic型の発火パターンが観察された
(Fig. 1c)。さらに、一次求心性Aβ線維からNPYプロモーター制御下ニューロンへの入力を調べるため、W-TChR2V4ラ ットの脊髄スライスを用いて後根を光刺激したところ、興奮性シナプス応答(EPSC)が認められた(Fig. 1d)。NPYプロモー ター制御下ニューロンがどの脊髄後角ニューロンに投射し機能制御しているか調べるため、NPY プロモーターの下流に 順行性トレーサーである小麦胚芽レクチン(WGA)を搭載したAAVベクターを作製・投与した。すると脊髄表層でのWGA 発現は投射ニューロンのマーカーとして知られるNK1受容体(NK1R)との共局在を示した。これよりNPYプロモーター制 御下ニューロンは投射ニューロンに入力する、脊髄後角第II層に限局する抑制性介在ニューロンであることが示された。
脊髄後角 NPY プロモーター制御下ニューロンの機能的な役割を明らかにするため、NPY プロモーターの下流にジフ テリア毒素(DTX)の受容体DTRを発現するようにAAVベクターを作製した。このAAVベクターを用いたNPYプロモー ター制御下ニューロンの除去によって触刺激に及ぼす影響について検討した結果、von Frey フィラメントによる機械刺激 閾値の有意な低下(Fig. 2a)および光刺激による逃避行動の有意な増加(Fig. 2b)が観察された。また、NPYプロモーター 制御下ニューロンの慢性疼痛における役割について検討するため、NPY プロモーターの制御下に PSAM-5HT3を導入 した AAV ベクターを作製し、W-TChRV4 ラットの脊髄後角実質内投与後、神経障害性疼痛モデルを作製し検討を行っ た。PSAM-5HT3はキメラ陽イオンチャネルで、リガンドのPSEMが結合することで、ニューロンを脱分極させ活性化する。
神経障害性疼痛モデル作製後のPSEM投与により、von Frey法(Fig. 2c)および光刺激法(Fig. 2d)どちらにおいても一 過性の応答性の有意な減弱が見られた。これらの結果から、NPYプロモーター制御下ニューロンがAβ線維と連関した脊 髄神経回路の一部を構成しており、神経損傷によるアロディニアの発症に関与していることが示唆された。
NPYおよびDynプロモーター制御下ニューロン両除去時のAβ線維刺激への応答性の変化
次にDynプロモーターの下流に蛍光タンパク質EGFPを搭載したAAVベクターを脊髄後角内に導入したところ、脊髄 後角第 I層に限局し(Fig. 3a)、投射ニューロンマーカーNK1Rの一部(Fig. 3b)と抑制性介在ニューロンマーカーPAX2 の一部(Fig. 3c)と共局在を示した。NPYプロモーター制御下ニューロンから Dynプロモーター制御下ニューロンへの入 力があるか否かを確かめるため、NPY-WGAとDyn-EGFPのAAVベクターを同時に投与したところ、NPYプロモーター 由来のWGAとDynプロモーター由来のEGFPが共局在する様子が観察された(Fig. 3d)。これより、Dynプロモーター制 御下ニューロンはNPYプロモーター制御下ニューロンから直接的に入力している可能性が示唆された。
NPY、Dynこれら二つのニューロンサブセット間の関連性について明らかにするため、NPY-DTRとDyn-DTRのAAV
ベクターを脊髄実質内に共投与して DTX 投与することで同時に除去した時の触刺激伝達の変化を調べた。その結果、
NPY-DTR単独投与群とNPY-DTR/Dyn-DTR投与群を比較してvon Frey法では変化が見られなかった(Fig. 4a)のに対
して、光刺激法では共投与群において有意な逃避スコアの減少が見られた(Fig. 4b)。NPYプロモーター制御下ニューロ ンの除去によるAβ線維性のアロディニアがDynプロモーター制御下ニューロンの除去により消失したことから、Dynプロ モーター制御下ニューロンはNPYプロモーター制御下ニューロンからの入力を受け、Aβ線維性の神経回路に関与する 可能性が示唆された。
【考察】
これまでの我々の研究から、Aβ線維を含む大型神経線維選択的にChR2を発現させたW-TChRV4ラットを用いること で、神経損傷後の青色光刺激によりアロディニアが誘発されることが明らかとなった。さらに、神経損傷後の光刺激により 脊髄後角表層ニューロンが多シナプス性に活性化したことから、 Aβ線維が複数のシナプスを介して脊髄後角第I層に存 在する投射ニューロンを活性化したためアロディニアが出現した可能性が高い。本研究の結果から、NPYプロモーター制 御下ニューロンがそれを仲介するニューロンである可能性がある。実際に、NPY プロモーター制御下ニューロンの一部は Aβ線維からの直接の入力を受け活動電位を発生させることから Aβ線維由来の神経回路上に存在すると思われる。さら に、DTR-DTXによるNPYプロモーター制御下ニューロンの除去でAβ線維性のアロディニアが発症した。また、NPYプ ロモーター制御下ニューロンがNK1R陽性ニューロンに入力していることを踏まえると、NPYプロモーター制御下ニューロ ンは投射ニューロンの活動を直接的に制御し、Aβ 線維刺激による痛み誘発を生理学的なレベルで抑制していることが示 唆される。さらに、神経障害性疼痛モデルでNPYプロモーター制御下ニューロンをPSAMで薬理学的機能亢進させるこ とで、機械性およびAβ線維性のアロディニアが抑制されたことから、NPYプロモーター制御下ニューロンがAβ線維性の 神経障害性アロディニアに関与していることの必要十分性が証明された。今後は NPY プロモーター制御下ニューロンが 神経損傷後に脱抑制しているか否か、さらにその影響で Aβ線維性の刺激が投射ニューロンに入力しているか否かを電 気生理学的に検討することが必要である。
ゲートコントロール説(Melzack & Wall, 1965)において、痛覚伝達ニューロンは末梢からの侵害受容器やAβ線維から 入力を受け取り、触刺激などの非侵害性刺激が脊髄後角第Ⅱ層の抑制性介在ニューロンを活性化し GABAなどの抑制 性神経伝達物質を放出することで痛みを抑制しているとされる(Braz et al., 2014)。本研究の結果をまとめると、この抑制性 介在ニューロンがNPYプロモーター制御下ニューロン、Aβ線維性の回路における痛覚伝達ニューロンがNK1R陽性か つDynプロモーター制御下ニューロンであろうと推察できる。さらに、NPYプロモーター制御下ニューロンが Dynプロモ ーター制御下ニューロンに入力し、Aβ線維性の神経回路選択的に機能制御していることが想定される。実際に、NPYプ ロモーター制御下ニューロンと Dyn プロモーター制御下ニューロンの両方を除去した場合、NPYプロモーター制御下ニ ューロン単独除去で見られたAβ線維性のアロディニアが消失していたことがこの説を支持している。また、von Frey法に よる機械性のアロディニアは消失しなかったことから、機械刺激は Dyn プロモーターによって制御下にない、NK1R 陽性 ニューロンによって伝達されている可能性が示唆された。本研究成果により、Aβ 線維と連関した脊髄後角神経回路の解 明ならびに介在ニューロンのサブセットを標的とした新たな疼痛治療構築につながる可能性が期待される。
【引用文献】
Braz, J., et al. Transmitting pain and itch messages: a contemporary view of the spinal cord circuits that generate gate control.
Neuron, 82, 522-536(2014).
Kohro, Y., et al. A new minimally-invasive method for microinjection into the mouse spinal dorsal horn. Sci Rep, 5, 14306(2015).
Melzack, R., et al. Pain mechanisms: a new theory. Science, 150, 971-979(1965).
Tashima, R., et al. Optogenetic Activation of Non-Nociceptive Abeta Fibers Induces Neuropathic Pain-Like Sensory and Emotional Behaviors after Nerve Injury in Rats. eNeuro, 5(2018).