クマム語の中動相
稗 田 乃
(アジア・アフリカ言語文化研究所)
Middle in Kumam
H
IEDA, Osamu
Research Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa
Middle is only one morpho-syntactic device that changes valence in Kumam. Middle sentences are divided into two subclasses, Middle 1 and Middle 2. Middle 1 and Middle 2 are defined relative to their corresponding transitive. The argument that would be the direct object of transitive verbs is the subject of the corresponding middle forms (Middle 1). The argument that would be the subject of transitive verbs is the subject of the corresponding middle forms (Middle 2). To be Middle 1 or Middle 2 is not only determined by semantic roles assigned by verbs but also by ‘distinguishability’ of connoted participants.
キーワード:中動相,「切り離し可能性」,クマム語,西ナイル語 Keywords: Middle, ‘Distinguishability’, Kumam, Western Nilotic
1.
はじめに2.
クマム語の中動相3.
まとめ1. はじめに
「結合価」の特集にウガンダ
Uganda
で話されている言語の1
つであるクマムKumam
語の中動相をとりあげる理由は,中動相をつくる形態統語論的操作がクマム語における動詞の「結合価」を変更する唯一の形態統語論的操作だからである。
クマム語には「結合価」を増やす,たとえば,適合形の形成のような形態統語論 的操作が存在しないし,また,「結合価」を減らす典型的な形態統語論的操作で ある受動化も存在しない。本論は,クマム語の中動相の意味がどのように決定さ れるかを動詞が本来もつ意味と文の構造の関係から議論することを目的とする。
1.1
クマム語クマム語は,ウガンダ中部,カベラマイド
Kaberamaido
郡,ソロティSoroti
郡,セレレ
Serere
郡,チョガKyoga
郡で話されている。話し手の数は,112,629人と記録されている1。クマム語は,ナイル
Nilotic
諸語を構成する西ナイル方言Western Nilotic
群に所属している。西ナイル方言群は,東ナイルEastern Nilotic
方言群と南 ナイルSouthern Nilotic
方言群とともにナイル諸語を構成している。ナイル諸語は,ナイル・サハラ
Nilo-Saharan
言語ファイラムに所属する言語グループのなかで言語 数,話者数の点で最大の言語グループである。クマム語は,西ナイル方言群の下位言語群であるルオ
Lwo
方言諸語のなかの南 ルオSouthern Lwo
方言諸語に所属する。クマム語の話し手は,かつては別の言語を話しており,現在の居住地に移動し た後に,現在話されている西ナイル方言群に所属する
1
言語であるクマム語を話 すようになったとの仮説がある。南ルオ方言諸語に所属するルオLuo
語,アチョ リAcooli
語,ランゴLango
語等も中動相をつくる形態統語論的操作をもっている2。しかし,これらの言語は,クマム語ほどに中動相を発達させてはいないと考え られる。クマム語が中動相を発達させたのがクマム語の話し手が言語交替をおこ なったことと関係あるかは将来の議論にゆだねたい。
1.2 クマム語の言語構造
クマム語は,いまだに十分に研究,記述されていない。辞書,文法書も出版さ れていない。そこで以下においてクマム語の中動相を議論するのに必要なだけの 言語構造上の情報を記述する。はじめに子音体系と母音体系を概観する。つぎに 声調体系について記述する。
クマム語は,アスペクトを声調だけで区別する。アスペクトは,中動相の意味 を決定する上でかかせないことから,アスペクトと関連するかぎりにおいて声調 を表記する。議論に必要でないところでは声調表記は省略することにする。
1.3 子音体系と母音体系
クマム語は,比較的単純な子音体系をもつ。両唇と歯茎と硬口蓋と軟口蓋の
4
つの調音点と,閉鎖音と摩擦音と側面音とふるえ音と鼻音と半母音からなる6
つ の調音法との組み合わせからなる。閉鎖音は,無声と有声の対立をもつ。摩擦音 の数は,極めて少ない。これは,西ナイル方言群に所属するすべての言語に共通 する特徴である。クマム語では,ただ1
つの摩擦音/s/が借用語において観察され る(表1)。
1 Gordon (2005: 211)による。
2 ルオ語,アチョリ語,ランゴ語の文法については,Tucker (1994), Crazzolara (1955), Noonan (1992)を参照。
表1 クマム語の子音体系
Bilabial Alveolar Palatal Velar
Stop p t c k
b d j g
Fricative (s)
Lateral l
Trill r
Nasal m n ɲ ŋ
Semi-vowel w y
クマム語は,示差的な
10
母音からなる母音体系をもつ(表2)。それらの母音
は,母音調和に関して,舌根の位置[ATR]によって特徴づけられる5
つの[−ATR]母音と
5
つの[+ATR]母音からなる2
つのグループに分かれる3。母音は,レキシコ ンにおいては長短の音韻的対立をもたない。ただし形態統語論的プロセスを経た 形式においては,長短が示差的対立をしめすことがある。母音の長短の音韻論的 対立は,統語論的機能を果たしていると考えられる4。表2 クマム語の母音体系 [−ATR] [+ATR]
Front Back Front Back High ɪ ʊ i u Mid ɛ ɔ e o Low a ɑ
1.4
声調体系クマム語には,音声学的に
6
つの声調,高声調,低声調,ダウンステップ高声 調,ダブルダウンステップ高声調,上昇声調,下降声調が観察できる。しかし,音韻論的には
2
つの声調素,すなわち,高声調素と低声調素を認めるだけで十分 である。これら2
つの声調素から,6 つの音声学的な声調の出現を説明すること ができる(表3)。
クマム語の声調単位
Tone bearing unit
は,音節であり,しかも,クマム語には音 節を形成する鼻音や子音は存在しない。したがって,6 つの音声学的な声調は,音節の核を形成する母音の上に補助記号をつけて表記すればよい。
音声学的声調と音韻論的声調素の関係を明示するために,超分節的理論の記述 法を採用する(Goldsimith 1979)。声調素を声調単位に結合線
Association line
によっ てむすぶことにより,声調単位が音声学的声調をともなって発音されることがし めされる(表4)。
3 母音の記述,特に,[ATR]素性にもとづく母音調和に関しては,Jacobson (1978), Stewart (1967)にしたがっ ている。
4 長母音は,記号の連続,たとえば,/aa/で表記する。
表3 クマム語の声調表記
Tone Transcription Abbreviation
Low [a] l
High [á] h
Falling [â] f
Rising [ă] r
Downstep high [!á] ds
Double downstep high [!!á] dds
表4 クマム語の声調体系 L → [l] L L
∣
wic → wic ‘head’
H → [h] H H
∣
dɔg → dɔ́g ‘mouth’
HL → [f] L HL L H L ∣ ∣⁄
bɑko → bɑkô ‘wife’s brother’
LH → [r] L H L H ∣⁄
nɛn → nɛ̌n ‘Look!’
H(L)H → [h!h] LH(L)H L H (L) H ∣ ∣ ⁄
sɑnduku → sɑndú!kú ‘box’
H(L)(H)(L)H → [h!!h] LHLHLH L H(L)(H)(L)H | | /
ɛ=nɛk-a → ɛ=nɛ́!!k-á ‘He killed me.’
音韻論的低声調素と結合線で結ばれる声調単位は,音声学的低声調をともなっ て発音される。高声調素と結合線で結ばれる声調単位は,音声学的高声調をとも なって発音される。
1
つの声調単位に高声調素と低声調素が結合線で結ばれると,その声調単位は,下降声調で発音される。声調単位に低声調素と高声調素がこの 順に結合線で結ばれると,上昇声調で発音される。高声調素の前に浮き低声調素 が先行するとき,ダウンステップ高声調で発音される。ただし,ダウンステップ 高声調が出現するのは,ダウンステップ高声調で発音されるべき声調素の前に別 の高声調素が先行するときに限られる。高声調素の前に浮き低声調素,浮き高声 調素,浮き低声調素の連続が先行するとき,ダブルダウンステップ高声調で発音 される。また,ダブルダウンステップ高声調が出現するのは,その前に別の高声 調素が先行するときである(表
4)。
声調素が声調単位に結合線で結ばれる声調素付与の原理は,「左から右へ声調 素を付与せよ」と「結合線は交差してはならない」である。これらの声調素付与 の原理を守ることのほかに,クマム語固有の声調規則「高声調素拡張規則」によ りクマム語の音声学的声調の実現を得ることができる。名詞にはそれぞれ固有の
声調素パターンをレキシコンに指定しなければならないが,すべての動詞は,つ ねに一定の声調素パターンをレキシコンにもつので,動詞それぞれに固有の語彙 的声調素パターンを指定する必要はない。
本論は,クマム語の声調体系を包括的に議論することを目的にしていない。動 詞形態論における声調のはたす役割についてのみ議論する。クマム語は,アスペ クトを声調だけで区別し,しかも,本論が目的とする中動相の意味は,アスペク トと関連しているからである5。
1.5
クマム語の声調とアスペクトクマム語の動詞複合体は,時制を表示することはないが,アスペクトを必ず形 態論的に,ただし,超分節的に表示しなければならない。完了アスペクト
Perfect aspect (PERF)と未完了アスペクト Imperfect aspect (IMP)が区別される。未完了アス
ペクトは,動詞複合体がアスペクトを表示する声調素を持たないことで特徴づけ られ,完了アスペクトは,動詞複合体がアスペクトを表示する低声調素をもつこ とで特徴づけられる。未完了アスペクトが声調素をもたないことで特徴づけられ ることを示すために,表5
においてφ
を用いて示す。表5 クマム語の声調とアスペクト Imperfect aspect
LH φ HL H L H H (L)H ∣ ∣ ∣ ∣ a=ted-o cam → a=tédó !cám 1SG=IMP:cook-TR food
‘I cook food.’
Perfect aspect
LH L HL H L H L H(L)H ∣ ∣ ∣ ⁄ a=ted-o cam → a=tédo cám 1SG=PERF:cook-TR food
‘I cooked food.’
主語クリティック
Subject clitic
は,レキシコンにおいて低声調素と高声調素を もつ。例えば,表5
の例における主語クリティックa= 1SG
は,低声調素と高声 調素をもつ。拡張をおこなわない単純な動詞語幹は,常に高声調素を,他動詞語 幹形成辞Transitive formative suffix (TR)は,常に低声調素を,レキシコンにもつ。
したがって,表
5
の例における動詞語幹ted-
は,高声調素を,他動詞語幹形成辞-ç
は,低声調素をもつ6。5 声調体系の詳細と名詞形態論における声調体系については,稗田(2009)を参照。ダブルダウンステップに ついては,Hieda (in preparation)を参照。
6 クリティックは,母音調和をおこなわない。クリティックと他の形態素との境界は,記号=で表記する。
接辞は,母音調和をおこなう。接辞と他の形態素との境界は,記号-で表記する。
完了アスペクトは,主語クリティックに後続する低声調素により表示されるの に対して,未完了アスペクトは,主語クリティックと動詞語幹の間に声調素が存 在しないことで特徴づけられる(表
5)。表 5
の未完了アスペクトの例において,主語クリティックと動詞語幹のあいだになんら声調素が存在しない。
1.6 クマム語の動詞形態論
動詞複合体は,必須の要素として主語と照応する主語クリティックと動詞語幹 から構成される。それらに加えて必須の要素としてアスペクトを表示する超分節 的形態素が付加される(表
5
の例を参照)。他動詞の場合は,他動詞語幹形成辞 が動詞語幹に接辞される。随意的な要素として目的語接尾辞Object suffix
が他動 詞語幹形成辞に後続する(表6)。
表6 クマム語の動詞構造
Subject clitic=Aspect:Verb stem-Transitive formative suffix-(Object suffix)
1.7 クマム語の文の構造
文における文法関係は,語順によって表示される。副詞的要素の語順がかなり 自由であるのに対して,文の主要要素である主語(S),動詞(V),目的語(O)の語順 は,かなり厳密に守られる。主題化を受けない文において,主語は,動詞の前に 置かれ,目的語は,動詞の後に置かれる。主語は,義務的な要素である。他動詞 文において目的語は厳密に義務的要素である。主題
Topic
の位置は,文の先頭で ある。受益者Benefactive
は,その位置が厳密に決まっているわけではないが,動 詞の直後の位置が好まれる。直接目的語は,受益者が存在するとき,受益者に後 続する位置に置かれる。前置詞句Prepositional phrase
は,その位置がかなり自由で はあるが,直接目的語の後ろに置かれるのが好まれる。時間や場所を表現する副 詞Adverbial phrase
は,その位置がかなり自由ではあるが,前置詞句の後に置かれ るのが好まれる(表7)。
表7 クマム語の語順
(Topic) S V (Benefactive) O (Prepositional phrase) (Adverbial phrase)
既にのべたように他動詞文においては目的語が義務的要素である。クマム語他 動詞は,いわゆる「自動詞的用法」をもたない。クマム語他動詞は,少なくとも
2
個の項をもつことを強く要求する。この要求がかろうじて緩和されるのは,他 動詞が不定形として用いられる場合に限られる。他動詞の不定形が目的語なしに もちいられるとき,それは,動名詞を形成していると考えられる。(1) a=ted-o cam
1SG=IMP:cook-TR food
‘I cook food.’
(2) *a=ted-o
1SG=IMP:cook-TR
‘I cook.’
(3) teedo a-rac cook:INF ATT-bad
7‘Cooking is bad.’
(4) a=tye teedo cam
1SG=IMP:stay cook:INF food
‘I am cooking food.’
(5) ? a=tye teedo 1SG=IMP:stay cook:INF
‘I am cooking.’
(6) a=ted-e
81SG=IMP:cook-TR:3SG
‘I cook it.’
(1)では,他動詞 ted- ‘cook’が目的語 cam ‘food’をともなっており,文法的に適格
な文をつくっている。(2)では,他動詞ted- ‘to cook’が他動詞にもかかわらず目的
語をともなっておらず不適格な文をつくっている。例文(3)は,teedo ‘to cook’が不
定形をしていて,他動詞にもかかわらず目的語をともなわなくとも適格な文であ る。他動詞不定形が動名詞を形成していると考えられる。(5)では,動詞の不定形 が目的語をともなわず,しかも,動名詞となっておらず,文の適格性は減少する。(4)のように,動詞の不定形が目的語をともなうと,適格な文になる。
目的語をともなわない他動詞文を,疑問文‘Do you cook food?’にたいする答えと してならクマム語の話し手は,許容する可能性がある。しかし,普通,目的語に なんら言及せず,行為のみに聞き手の注意を向ける文を,他動詞をもちいてつく るとき,クマム語は,他動詞語幹に
3
人称・単数目的語接尾辞-ɛ
を接辞した形式7 ATT: Attributive, INF: Infinitive.
8 他動詞語幹形成辞-ɔと3人称・単数目的語接尾辞-ɛのあいだで母音融合が生じている。母音融合の原則は,
連続する母音において先行する母音の脱落である(V1V2→V2)。
をもちいる
(6)
。これらの事実からクマム語の他動詞は,少なくとも2
個の項を強 く要求することが分かる。また,若干の他動詞は,形態論的に関連があると考え られる自動詞を対としてもっている。たとえば,他動詞neeno ‘to see’は,対をな
す自動詞をもつ他動詞の1つである。(7) a=nen-o atɪn
1SG=IMP:see-TR child
‘I see the child.’
(8) atɪn nɛɛnɔ
child 3SG:IMP:be visible:INTR
‘The child is visible.’
自動詞
nɛɛnɔ ‘be visible’と他動詞 nen- ‘see’は,母音の長さと[ATR]値が異なっ
ている。また,自動詞文(8)の主語atɪn ‘child’は,他動詞文(7)の目的語にあたる。
たとえ対をなす自動詞をもつ他動詞が存在しても,クマム語の他動詞が強く
2
つ 以上の項を要求することの反例にならない。2. クマム語の中動相
はじめにクマム語の中動相の定義をする。中動相という用語は,研究者により 様々に使われており,また,言語により様々な言語現象にたいして使われている。
通言語学的に共通する定義が存在しない。したがってクマム語の中動相を議論す るにあたって,クマム語の中動相とはなにかを定義する必要がある。
2.1 クマム語の中動相の定義
クマム語の中動相形は,他動詞語幹から形態論的操作により生産的につくられ る。ただし,すべての他動詞が中動相の形式をもつわけではない。動詞の意味に より中動相形がつくれたり,つくれなかったりする。
クマム語の中動相の形式は,他動詞語幹に中動相をつくる接尾辞
-ɛrɛ
が付加さ れて形成される。他動詞語幹形成辞の母音と後続する中動相接尾辞の初頭母音と の間で母音融合が生じる。動詞語幹が母音で終わるとき,中動相接尾の初頭母音 は,動詞語幹の母音と同化する。また,中動相接尾辞の母音は,動詞語幹の母音 と[ATR]値に関して母音調和をおこなう。表8 クマム語中動相形の形成法 nen-o-ɛrɛ → nen-ere ‘to see’
(Vowel Sandhi: o + ɛ → ɛ, Vowel harmony: ɛ → e) mo-o-ɛrɛ → mo-ore ‘to spread something to dry’
(Vowel Sandhi: o + ɛ → ɛ, Assimilation & Vowel harmony: ɛ → o)
(9) atɪn ɔ=nen-ere (Middle) child 3SG=PERF:see-MID
‘The child has been seen (by somebody).’
(9)では,他動詞語幹 nen- ‘see’は,中動相形接尾辞が付加されており,中動相形
となっている。定義として中動相形でなりたつ文を中動相文と呼ぶ。本論で扱う 中動相は,形態統語論的な中動相であり,意味論的な中動相ではない。クマム語の動詞中動相形は,けっして目的語をともなわない。中動相文の主語 は,
atɪn ‘child’であり,動詞には主語と照応した 3
人称・単数主語クリティックɔ=
が付加されている(9)。中動相の動詞は,動詞がとる項の数に関して自動詞と同じ 振る舞いをしている。
2.2 クマム語の他動詞文,中動相文,自動詞文
中動相文と自動詞文とのあいだに存在する機能的,意味的な違いについて検討 する。
(10) a=nen-o atɪn (Transitive) (=7)
1SG=IMP:see-TR child
‘I see the child.’
(11) atɪn nɛɛnɔ (Intraisitive) (=8) child 3SG:IMP:be visible:INTR
‘The child is visible.’
(12) atɪn ɔ=nen-ere (Middle) (=9)
child 3SG=PERF:see-MID
‘The child has been seen (by somebody).’
例文(11)は,他動詞
nen- ‘see’と対をなす自動詞語幹 nɛɛnɔ ‘be visible’をもちいた
自動詞文である。例文(12)は,他動詞語幹nen-o ‘see’に中動相接尾辞が付加された
動詞中動相形をもちいた中動相文である。自動詞と動詞中動相形は,動詞がとる 項の数に関して同じ振る舞いをしている。自動詞文(11)と中動相文(12)は,他動詞nen- ‘see’を介する「結合価」に関して等価の文であると考えられる。しかし,意
味的には自動詞文と中動相文は,明確な違いが存在する。自動詞文(11)は,自然発生的な出来事
Spontaneous events
を表現しており,なん ら行為者Agents
の存在を含意しない。一方,中動相文(12)は,不特定な行為者に よって引き起こされた出来事の状態States of events
を表現する。すなわち,中動相文(12)は,
atɪn ‘child’を見る何者かが存在することを前提 Presuppose
にする。も しatɪn ‘child’を見る何者かが存在しなければ,中動相文(12)は,論理的に不適格な
文になる。中動相文には出来事を引き起こした行為者の存在が含意されている。その結果として,中動相文は,語用論的には受動文と等価の文として機能する。
なぜなら中動相文(12)と対をなす他動詞文(10)の目的語
atɪn ‘child’が中動相文の主
語のスロットを埋めるからであり,また同時に,出来事を引き起こした行為者が 言語形式によっては表現されないけれど存在することが前提とされるからである。他動詞文において主語のスロットを埋める外部原因者
Causer
が不特定なもので あり,かつ,他動詞文の目的語のスロットを埋める受動作者Patient
と較べて重要 でないとき,主語は,語用論的な重要性が減じられる。その結果として中動相文 がもちいられる。なぜなら,中動相文では原因者が明示的に表現されず,たんに 存在することが前提となるだけだからである。たとえば,ドイツ語の中動相文‘Dieses Buch liest sich gut (This book reads well).’において,「本」を「読む」の は人間であるが,人間は文中において言語形式では表現されていない。しかし,
「本」を「読む」人間,すなわち,外部原因者が存在することが前提となる。ク マム語のこの種の中動相もこの点でドイツ語の中動相と似ている。
2.3 クマム語中動相とアスペクト
クマム語中動相とアスペクトの関係について議論しよう。
(13)は,完了アスペク
トをもつ中動相文であり,(14)は,未完了アスペクトの中動相文である。主語が3
人称単数のとき,完了アスペクトと未完了アスペクトは,声調で区別されるだけ でなく,主語クリティックでも区別される。完了アスペクトのときは,3 人称単 数主語クリティックɔ=
がもちいられる(13)
。(13) atɪn ɔ=nen-ere (Middle) (=9)
child 3SG=PERF:see-MID
‘The child has been seen (by somebody).’
(14) wɪɲɔ likɑ cik-ere (Middle)
bird not 3SG:IMP:trap-MID
‘The bird cannot be trapped.’
中動相文が完了アスペクトでもちいられるとき,文は,出来事の状態
States of events
を表現する。中動相が未完了アスペクトでもちいられるとき,文は,出来 事の実現可能性Possibility of events
を表現する。完了アスペクト中動相文は,存在が前提となる動作者により引き起こされた出 来事の状態「その子どもが誰かによって見られていた」を表現している(13)。未完
了アスペクト中動相文は,出来事の実現可能性「その鳥が(あまりに賢明である などの理由で)捕獲できない」を表現している(14)。
完了アスペクトにおいて動作者により引き起こされた出来事の状態を表現する,
また,未完了アスペクトにおいて出来事の実現可能性を表現する,クマム語中動 相文の意味的特徴は,中動相文の通言語学的に一般的な特徴と一致している。中 動相の通言語学的に一般的な特徴とは,中動相は,行為あるいは状態が動詞の主 語に関与すること,あるいは,主語の関心に関与することを表現するものである。
中動相は,主語の意図的な行為を表現するのではなく,動詞の主語に生じる状態 の変化を表現する。また,ドイツ語の中動相文‘Dieses Buch liest sich gut. (This book
reads well.)’が「読むこと」の容易さや困難さ,つまり,出来事の実現可能性を含
むことは興味深い。中動相文は,出来事の状態性や出来事の実現可能性と意味的な関連をもつので,
意味的に状態性や実現可能性を含まない出来事や行為を中動相で表現することは できない。
(15) a=bedo ɪ-ɔt (Intransitive) 1SG=IMP:stay:INTR at-home
‘I stay at home.’
(16) a=bedo Kampala (Intransitive) 1SG=IMP:stay:INTR Kampala
‘I stay in Kampala.’
(17) * Kampala bed-ere (Middle) Kampala 3SG:IMP:stay-MID
‘Kampala is suitable for staying.’
自動詞文(15)と(16)は,状態性や実現可能性を含まない出来事や行為を表現して いると考えられる。動詞に後続する固有名詞は,前置詞をともなわないが場所の 副詞と考えられる。場所の副詞として機能する,前置詞をともなわない名詞を主 語にして中動相文(17)をつくると,文法的に不適格文である。しかし,無理に解釈 を要求されると,クマム語話者は,中動相文(17)を出来事の実現可能性を含んだ文 として解釈する。この例は,クマム語中動相文が未完了アスペクトにおいて出来 事の実現可能性を含むことをよく示している。
中動相文(17)のアスペクトを完了アスペクトに置き換えると,その文は,クマム 語話者にとって文法的に不適格な文であるとともに解釈不能の文となる。中動相 文は,動作者によって引き起こされた出来事の状態性を表現するのであり,自動 詞が表現する動作者が引き起こす自発的な活動や出来事と矛盾する。
アスペクトは,特定の時間内での行為あるいは出来事の様態を表現する。未完 了アスペクトは,行為あるいは出来事がいまだに成し遂げられていないことを表 現する。成し遂げられていない行為あるいは出来事は,実現可能な行為であり実 現可能な出来事である。完了アスペクトは,時間のなかで行為あるいは出来事が 成し遂げられたことを表現する。成し遂げられた行為あるいは出来事は,動作者 によって引き起こされ,すでに成し遂げられた状態にある。
中動相は,主語に生じる状態の変化を表現する。変化を表現するとは,行為あ るいは出来事の時間的なとらえ方といえる。中動相が時間のなかでの行為あるい は出来事のとらえ方に関係するので,中動相は,必然的にアスペクトと関係する ことになる。
(18) pi ɔ=top-o cam (Transitive) water 3SG=PERF:rot-TR food
‘Water rotted food.’
(19) cam ɔ=tɔp (Intransitive) food 3SG=PERF:be rotten:INTR ‘Food is rotten.’
(20) cam ɔ=ted-ere (Middle)
food 3SG=PERF:cook-MID
‘Food was cooked (by somebody).’
(18)の他動詞 top- ‘rot’は,対となる自動詞 tɔp ‘be rotten’をもつが,この他動詞か
ら中動相形はつくることができない。原因者であるpi ‘water’が「腐る」原因とな
る行為をある時点で行う。それ以降に,被動作者cam ‘food’に,自然発生的に「腐
る」という出来事が出来する。自然発生的に出来する出来事は,自動詞文がもち いられ,中動相はもちいられない。行為者が「料理する」行為に関与するかぎり被動作者「食べ物」に「料理する」
という出来事が出来しているが,いったん動作者が「料理する」行為に関与する ことをやめた時点で出来事は終了する。「料理する」という出来事は,誰かの意 志なくしては生じない。つまり,自然発生的には生じない。誰かの意志によって もたらされた出来事は,中動相文で表現され,自動詞文はもちいられない(20)。た だし,自動詞文(19)と中動相文(20)は,表現する活動,出来事が特定の時間内で成 し遂げられたことは共通しており,ともに完了アスペクトが用いられている。
2.4 クマム語中動相の2つのタイプ
中動相形は他動詞に由来するため,たいていは対応する他動詞文をもつ9。クマ ム語中動相文は,対応する他動詞文との関係から
2
つに分類される。中動相文の 主語が対応する他動詞文の目的語とみなせるグループと,中動相文の主語が対応 する他動詞文の主語とみなせるグループである。また,動詞によっては,1 つの 中動相形が両方のグループに属する場合もある。(21) a=ted-o cam (Transitive)
1SG=IMP:cook-TR food
‘I cook food.’
(22) cam ɔ=ted-ere (Middle 1)
food 3SG=PERF:cook-MID
‘Food has been cooked (by somebody)’
(23) a=yet-o ɪcʊɔ (Transitive)
1SG=IMP:abuse-TR man
‘I abuse the man.’
(24) a=yet-ere (Middle 2) 1SG=IMP:abuse-MID
‘I abuse.’
中動相文(22)の主語
cam ‘food’は,対応する他動詞文(21)では目的語とみなされ
る。一方,中動相文(24)の主語a= ‘I’は,対応する他動詞文(23)では主語にみなさ
れる。中動相文の主語が対応する他動詞文の目的語とみなせる場合,その中動相 文を中動相1Middle 1
と名づける(22)。中動相文の主語が対応する他動詞文の主語 とみなせる場合,その中動相文を中動相2Middle 2
と名づける(24)。表9 クマム語中動相2つのタイプ
Transitive : A V O10
Middle 1 : S (← O) V Middle 2 : S (← A) V
中動相
1
文の多くは,語用論的に受動文と等価の文として機能する。なぜなら,中動相文では,行為者が言語形式では表現されないが,存在することが前提だか らである。
9 中動相形のみをもち,対応する他動詞形をもたないわずかな動詞が存在する。
10 Aは,他動詞文の主語を,Sは,自動詞文の主語を表す。
また,他動詞文で主語のスロットを埋める外部原因者が,不特定で,しかも,
他動詞文の目的語のスロットを埋める受動作者とくらべて重要でないとき,他動 詞文の主語の語用論的な重要性が減じられた結果として,中動相
1
文が用いられ る。中動相1
文では外部原因者は,明示的には表現されないが,存在することが 前提である。中動相文は,他動詞文の目的語のスロットを埋める受動作者に焦点 をあてるために,相対的に重要でない行為者を明示的に表現しない文である。し たがって中動相1
文の主語のスロットを埋めるのは,本来受動作者であるはずの ものである。中動相
2
文の多くは,再帰的相互的意味をもつ。中動相2
文では主語のスロッ トを対応する他動詞文の主語が埋める。他動詞文の主語は,原因者あるいは行為 者であることが好まれる。本来受動作者が埋めるはずの中動相文の主語のスロッ トを原因者あるいは行為者が埋めるため,1つのスロットを被動作者と原因者あ るいは行為者の2
つが同時に埋めているかに見える。なぜなら,中動相2
文では 本来受動者のためのスロットを原因者が表層において埋めるため,主語のスロッ トを埋める項は,原因者と受動作者の2
重の意味役割を担うことになる。その結 果,原因者と受動者が同一指示的Co-referential
となり,したがって,中動相2
文 の多くは,再帰的,相互的意味をもつことになる。自動詞と他動詞の区別は,動詞のとる項の数で決定されるが,中動相
1
と中動 相2
の区別は,動詞が項に付与する意味役割によって決定される。それでは中動 相1
をつくる動詞は,どのような意味をもっているだろうか。中動相2
をつくる 動詞は,どのような意味をもつ動詞だろうか。2.5
中動相と動詞の意味本論は,クマム語動詞全体の包括的な意味分類をおこなうことを目的にしてい ない。中動相に関与する限りにおいて動詞の意味分類を試みる。他動詞を,中動 相
1
をつくる動詞と中動相2
をつくる動詞に分類する。まず,表10
に中動相1
を つくる動詞を示す。表10 中動相1をつくる動詞
(1) 刺激物Stimulusをともなう知覚行為Perception動詞と認識行為Cognition動詞(動詞の表現する出来 事や活動には複数の関与者Participantsが存在し,それら関与者どうしが高度に切り離し可能であ るHighly distinguishable)
NIcɛrɛ ‘be looked’ < ŋɪc- ‘look at’, ʊdɛrɛ ‘be found’ < ʊd- ‘find’, nyaN- ‘be noticed’ < nyaŋ-
‘notice’, nɛnɛrɛ ‘be seen, visible’ < nɛn- ‘see’, somere ‘be read’ < som- ‘read’
(2) 情報的発話行為Informative speech act動詞
yamɛrɛ ‘be talked’ < yam- ‘talk with’, wacɛrɛ ‘be said’ < wac- ‘say words’
(3) 刺激物をともなう内的経験Inner experience動詞(動詞の表現する出来事や活動には複数の関与者が 存在し,関与者どうしが高度に切り離し可能であるHighly distinguishable)
genere ‘be trusted’ < gen- ‘trust’, tyetere ‘be divined’ < tyet- ‘divine’, pimere ‘be measured’ < pim-
‘measure’, marɛrɛ ‘be counted’ < mar- ‘count’, pwçrɛ ‘be thanked’ < pwɔ-‘thank’, porere ‘be compared’ <
por- ‘compare’, yɛrɛrɛ ‘be chosen’ < yɛr- ‘choose’, bɪlɛrɛ ‘be tasted’ < bɪl- ‘taste’, lʊbɛrɛ ‘(rule) be followed’ < lʊb- ‘follow rules’
(4) 過程や出来事を引き起こす動的な活動Dynamic action動詞
yarɛrɛ ‘be spread’ < yar- ‘spread’, banɛrɛ ‘be folded’ < ban- ‘fold’, umere ‘be covered’ < um- ‘cover’, yabɛrɛ ‘be uncovered’ < yab- ‘uncover’, goore ‘be locked’ < go- ‘lock’, ɲɪlɛrɛ ‘be torn off’ < ɲɪl- ‘tear off’, cegere ‘be closed’ < ceg- ‘close’, sʊtɛrɛ ‘be polished’ < sʊt- ‘polish’, ŋɔlɛrɛ ‘be cut’ < ŋɔl- ‘cut’, barɛrɛ ‘be split’ bar- ‘split’, bɪɪrɛ ‘be squeezed’ < bɪ- ‘squeeze’, kɔdɛrɛ ‘be held in’ < kɔd- ‘hold in’, makɛrɛ ‘be caught’ < mak- ‘catch’, bʊnɛrɛ ‘be grasped’ < bʊn- ‘grasp’
(5) モノや人に働きかけその姿勢,位置,状態を変化させる動的な活動動詞
byɛlɛrɛ ‘be carried’ < byɛl- ‘carry’, kelere ‘be brought’ < kel- ‘bring’, mɪnɛrɛ ‘be driven’ < mɪn- ‘drive’, kwɔɲɛrɛ ‘be taken’ < kwɔɲ- ‘take’, kɪsɛrɛ ‘be scraped’ < kɪs- ‘scrape’, dwɔkɛrɛ ‘be returned’ < dwɔk-
‘return’, wɛɛrɛ ‘be wiped’ < wɛ- ‘wipe’, dɔɔrɛ ‘be plucked out’ < dɔ- ‘pluck out’, kwaŋɛrɛ ‘be paddled’ <
kwaŋ- ‘paddle’, latɛrɛ ‘be thrown’ < lat- ‘throw’, tedere ‘be cooked’ < ted- ‘cook’, yɔkɛrɛ ‘be pounded’ <
yɔk- ‘pound grain’, cɛlɛrɛ ‘be fenced’ < cɛl- ‘fence’, sɛpɛrɛ ‘be thatched’ < sɛp- ‘thatch’, kedere ‘be woven’ < ked- ‘weave’, purere ‘be farmed’ < pur- ‘farm’, tetere ‘be forged’ < tet- ‘forge’, kʊnɛrɛ ‘be sewn’ < kʊn- ‘sew’, gwɛtɛrɛ ‘be shaken down’ < gwɛt- ‘shake down’
(6) 自らが行為者である動的な活動動詞(動詞が表現する活動には目標Goalや道程Pathが存在する)
dɔɲɛrɛ ‘be entered’ < dɔɲ- ‘enter’, geŋere ‘be avoided’ < geŋ- ‘avoid’, bɛnɛrɛ ‘be passed by’ < bɛn- ‘pass by’, ɪtɛrɛ ‘be climbed’ < ɪt- ‘climb’, ɲɔnɛrɛ ‘be stepped on’ < ɲɔn- ‘step on’, ɛmɛrɛ ‘be made through’ <
ɛm- ‘make one’s way through’, lʊkɛrɛ ‘be surrounded’ < lʊk- ‘surround’, cakɛrɛ ‘be started’ < cak- ‘start’, gɛɛrɛ ‘be begun’ < gɛ- ‘begin’, twɛrɛrɛ ‘be possible’ < twɛr- ‘be able to do’
(7) いわゆる「身繕い」Grooming動詞(動詞が表現する活動には複数の関与者が存在し,関与者どう しが高度に切り離し可能であるHighly distinguishable)
kurere ‘be combed’ < kur- ‘comb’, tucere ‘be phlebotomized’ < tuc- ‘phlebotomize’, bɪtɛrɛ ‘(one’s nose) be picked’ < bɪt- ‘pick one’s nose’, rʊdɛrɛ ‘(one’s teeth) be brushed’ < rʊd- ‘brush one’s teeth’
(8) 本来的に使役の意味をもつ行為動詞
pɪtɛrɛ ‘be fed’ < pɪt- ‘feed’, lɔgɛrɛ ‘be bewitched’ < lɔg- ‘bewitch’, cʊɲ sʊpɛrɛ ‘be encouraged’ < sʊp- cʊɲ
‘encourage’, pwɔɲɛrɛ ‘be taught’ < pwɔɲ- ‘teach’, bʊɲɛrɛ ‘be hurried’ < bʊɲ- ‘hurry somebody’, pʊgɛrɛ
‘be governed’ < pʊg- ‘govern’, surere ‘be attacked’ < sur- ‘attack’, lakɛrɛ ‘be saved’ < lak- ‘save’, bɛkɛrɛ
‘be hatched’ < bɛk- ‘hatch’
(25) atɪn ɔ=ʊd-ɛrɛ (Middle 1) child 3SG=PERF:find-MID
‘The child has been found (by somebody).’
(26) ɑwii ɔ=yab-ɛrɛ (Middle 1) kraal 3SG=PERF:open-MID
‘The kraal has been opened (by somebody).’
(27) mɑembe ɔ=gwɛt-ɛrɛ (Middle 1) mango 3SG=PERF:shake down-MID
‘The mango has been shaken down (by somebody).’
(28) kɑno dɔɲ-ɛrɛ (Middle 1) that place 3SG:IMP:enter-MID
‘That place can be entered (by somebody).’
(29) wi-ɑ ɔ=kur-ere (Middle 1) head-1SG 3SG=PERF:comb-MID
‘My head has been combed (by somebody).’
中動相
1
文が表現する行為や出来事には常に少なくとも2
個の関与者が内包さ れる。表10(1)のような中動相 1
文が表現する知覚行為や認識行為は,経験者と,経験者の内部で心的過程を引き起こす刺激物
atɪn ‘child’とが内包され,経験者
‘somebody’は明示的には表現されない(25)。
表
10(2)の中動相 1
文が表現する情報発話行為は,伝えられる情報を含んでいる か,あるいは,情報を受け取る聞き手の存在を前提としている。例文(26)が示すように,表
10(4)の中動相 1
動詞が表現する動的活動は,出来事 を引き起こす原因者あるいは行為者と,出来事がふりかかる被原因者,被動作者ɑwii ‘kraal’の存在を内包する。中動相 1
文において,英語訳‘by somebody’のような原因者あるいは行為者は,明示的には表現されない。原因者によって引き起こ された行為により,被動作者は状態の変化をおこす。
表
10(6)の中動相 1
動詞が表現する自らが行為者である動的な活動は,行為が向 う目標あるいは行為がたどる道程kɑno ‘that place’を内包している(28)。
表
10(7)のいわゆる「身繕い」動詞が表現する出来事は,2
個の関与者を内包し ている。関与者の1
つは,行為をおこなうものActor
であり,他方は,行為をこ うむる身体部分wi-ɑ ‘my head’ である。2
個の関与者が心理的に高度に切り離し 可能であるHighly distinguishable
ことが中動相1
の「身繕い」動詞の特徴である(29)。中動相
1
をつくる動詞の意味特徴は多岐にわたっており一般化は困難であるが,以下のようにまとめることが可能であろう。
中動相
1
文をつくる動詞が表現する出来事には,かならず2
個以上の関与者が 存在し,それら関与者は,物理的,心理的に高度に切り離し可能である。それら 関与者は,話し手と情報であったり,話し手と聞き手であったり,あるいは,経 験者と刺激物であったり,行為者と被動作者であったり,さらに,行為者とその 身体部分である。これら関与者のあいだに高度の切り離し可能性があることが,中動相
1
をつくる動詞が表現する活動あるいは出来事の特徴である。次に中動相
2
をつくる動詞を表11
に示す。表11 中動相2をつくる動詞 (1) 刺激物をともなう感情的な知覚行為,認識行為動詞
parɛrɛ ‘worry’ < par- ‘think about with worries’, kinere ‘spy’ < kin-‘spy’
(2) 刺激物をともなう内的経験動詞(動詞の表現する出来事や活動には複数の関与者が存在し,それ ら関与者は,心理的に低い切り離し可能であるLow distinguishable)
marɛrɛ ‘like each other’ < mar- ‘like’, dagɛrɛ ‘dislike each other’ < dagɪ ‘dislike’, parɛrɛ ‘feel homesick’ <
par- ‘feel homesick’, lworere ‘fear each other’ < lwor- ‘fear’
(3) 本来的な意味として相互的な意味をもつ知覚行為,認識行為,ならびに,発話行為動詞
ɲwakɛrɛ ‘be reconciled with’ < ɲwak- ‘get reconcile with’, ŋenere ‘know each other’ < ŋen- ‘know, understand’, mɔnɛrɛ ‘look for’ < mɔn- ‘look for’, mɔtɛrɛ ‘greet each other’< mɔt- ‘greet’, cɪkɛrɛ ‘order’ <
cɪk- ‘order’, cɪkɛrɛ ‘promise to each other’ < cɪk- ‘promise’
(4) 行為がむかう実在をともなう感情的な発話行為Emotional speech act動詞 yetere ‘abuse’ < yet- ‘abuse’, lamɛrɛ ‘lay a curse’ < lam- ‘lay a curse upon’
(5) 受動作者をともなう身体的機能Bodily functions動詞(複数の関与者は,心理的,文化的理由から低 い切り離し可能であるLow distinguishable)
laarɛ ‘urinate’ < la- ‘urinate’, ŋʊlɛrɛ ‘spit’ < ŋʊl- ‘spit’, ŋɔkɛrɛ ‘vomit’ < ŋɔk- ‘vomit’, dyɛbɛrɛ ‘have diarrhea’ < dyɛb- ‘have diarrhea’
(6) 動作が身体全体にむかう身体動作動詞Body action動詞 gwɛɲɛrɛ ‘scratch oneself’ < gwɛɲ- ‘scratch body’
(7) 固有の意味として再帰的,相互的な意味をもつ動的な活動動詞
dipere‘bump, knock over’ < dip- ‘bump, ‘knock over’, bapɛrɛ ‘clap hands’ < bap- ‘clap hands’, darɛrɛ
‘wait each other’ < dar- ‘wait for’, ɲɔmɛrɛ ‘get married’ < ɲɔm- ‘get married with’
(30) atɪn par-ɛrɛ (Middle 2)
child 3SG:IMP:worry-MID
‘The child worries.’
(31) ɔ=mar-ɛrɛ (Middle 2) 1PL=PERF:like-MID
‘We like each other.’
(32) ɔ=mɔt-ɛrɛ (Middle 2) 1PL=PERF:greet-MID
‘We greet each other.’
(33) a=la-arɛ (Middle 2) 1SG=IMP:urinate-MID
‘I urinate.’
(34) a=gwɛɲ-ɛrɛ (Middle 2) 1SG=IMP:scratch-MID
‘I scratch myself (whole body).’
(35) a=ɲɔm-rɛ kede (Middle 2) 1SG=PERF:get married-MID with:3SG
‘I get married with her.’
(36) a=yet-ere (Middle 2) 1SG=IMP:abuse-MID
‘I abuse.’
表
11(1)や表 11(2)のような感情的な知覚行為,認識行為動詞 par- ‘worry’,内的
経験動詞mar- ‘like’が表現する活動や出来事は, 2
つ以上の関与者を内包している。1
つは,経験者であり,他方は,刺激物である(31)(32)。関与者どうしは,心理的 に密接に結びついている。刺激物と経験者が密接に結びついているので,もし経 験者が異なると刺激物が経験者に与える経験は異なったものになる。たとえば,中動相
2
文をつくる内的経験動詞「好き」の場合,「私が好きなもの」と「彼が 好きなもの」が同じとは限らないが,中動相1
をつくる知覚行為,認識行為動詞「見る」の場合,「私が見るもの」と「彼が見るもの」は同じであるにちがいな い。中動相
1
文をつくる知覚行為,認識行為動詞の場合,刺激物と経験者が結び ついていないので,経験者が異なるものになっても,経験者が経験する活動,出 来事に変化はない。同じ知覚行為,認識行為動詞であっても,中動相1
と中動相2
をつくる動詞に分かれるのは,以上の理由からである。中動相
2
をつくる身体の活動動詞は,表11(6)のような身体全体に及ぶ活動を表
現する。活動する身体は,行為をおこなうものActor
から完全に分離されること は不可能である。「掻く」のは,行為をおこなうものの身体である(34)。中動相
2
文をつくる動詞が表現する活動,出来事は,次のようにまとめること ができる。中動相2
の動詞が表現する活動,出来事は,常に2
個以上の関与者を もち,それらの関与者は,物理的,心理的,文化的に低い切り離し可能性をもつ。最後に中動相形が中動相
1
と中動相2
いずれにも解釈されうる動詞を表12
に挙 げる。表12 中動相1と2をつくる動詞
(1) 刺激物をともなう知覚行為,認識行為動詞(複数の関与者がときには心理的に高い切り離し可能性を もち,ときには低い切り離し可能性をもつ)
wiɲɛrɛ ‘understand’ < wiɲ- ‘hear’
(2) 行為がむかう実在をともなう発話行為動詞(関与者はときには心理的に高い切り離し可能性をもち,
ときには低い切り離し可能性をもつ)
lwɔŋɛrɛ ‘call’ < lwɔŋ- ‘invite’, kwanɛrɛ ‘request’ < kwan- ‘ask’, peɲere ‘consult’ < peɲ- ‘ask’
(3) 身体動作動詞,あるいは,「身繕い」動作動詞(関与者はときには心理的に高い切り離し可能性をも ち,ときには低い切り離し可能性をもつ)
ryɛɲɛrɛ ‘stretch body’ < ryɛɲ- ‘stretch’, lwɔkɛrɛ ‘wash oneself’ < lwɔk- ‘wash’, gɔɲɛrɛ ‘undress oneself’ < gɔɲ-
‘undress’, twere ‘tie oneself’ < twe- ‘fasten’, lʊbɛrɛ ‘follow each other’ < lʊb- ‘follow’, gwakɛrɛ ‘embrace’ <
gwak- ‘embrace’
(4) 中動相2の文において本来的に再帰的,相互的な意味をもつ動的な活動動詞
ucɛrɛ ‘throw oneself, lose one’s business’ < uc- ‘drop’, rɔpɛrɛ ‘queue’ < rɔp- ‘connect’, ryamɛrɛ ‘chase each other’ ryam- ‘chase away’, wɪrɛrɛ ‘stroll’ < wɪr- ‘swing’, gwɛrɛ ‘kick each other’ < gwɛ- ‘shoot’, pokere ‘part with’ < pok- ‘share’
(5) もの,人に働きかけて,その状態の変化をもたらす動的な行為動詞(ただし中動相2の文においては,
これらの動詞が表現する行為は,本来的に再帰,相互的な意味をもつ)
dɛɛrɛ ‘suicide’ < dɛ- ‘choke’, wɛkɛrɛ ‘leave each other’ < wɛk- ‘part’, lɔkɛrɛ ‘turn one’s back’ < lɔk- ‘change’, porere ‘imitate’ < por- ‘try’, dɔtɛrɛ ‘kiss’ < dɔt- ‘suck out’
(37) wer wiɲ-ere (Middle 1)
song 3SG:IMP:hear-MID
‘The song can be heard (by somebody).’
(38) a=wiɲ-ere kede (Middle 2) 1SG=PERF:understand-MID with:3SG
‘I understood him. (I agreed with him.)’
(39) waŋ-a ɔ=lwɔk-ɛrɛ (Middle 1) face-1SG 3SG=PERF:wash-MID
‘My face has been washed (by somebody).’
(40) a=lwɔk-ɛrɛ (Middle 2)
1SG=PERF:wash-MID
‘I washed myself (a whole body).’
(41) mɑembe uc-ere (Middle 1)
mango 3SG:IMP:drop-MID
‘The mango can be dropped (by somebody).’
(42) a=uc-ere (Middle 2)
1SG=PERF:drop-MID
‘I threw myself. (I lost my business.)’
(43) egoe ɔ=por-ere kedɑ (Middle 1) cloth 3SG=PERF:try on-MID with:1SG
‘The cloth fits to me.’
(44) Stella por-ere kede Sylvia (Middle 2) Stella 3SG:IMP:try on-MID with Sylvia
‘Stella pretends to be Sylvia.’
(37)から(44)の例文は,同じ動詞でありながら,中動相 1
と中動相2
の両方の文 をつくる例である。例えば,表
12(1)のような動詞が表現する,例文(38)の刺激物「彼」は,経験者
「私」と心理的に密接な結びつきをもっている。経験者が異なると,刺激物が引 き起こす活動や出来事は,違ったものになる。経験者「私」は刺激物「彼」を理 解するけれど,別の人は「彼」に同意しないことがありえる。複数の関与者が心 理的に低い切り離し可能で結ばれている(38)。
(37)は,(38)と同じ動詞をもちいている。しかし,(37)の複数の関与者は,心理
的,物理的に切り離し可能である。関与者が高い切り離し可能性をもつので,た とえ経験者が異なろうとも,刺激物により引き起こされる活動や出来事は,同じ 結果になる。刺激物「歌」を「私」経験者が聞こうとも,他の誰かが聞こうとも,結果は同じである。刺激物「歌」は,経験者「私」から独立して存在する。
表
12(3)の「身繕い」動詞をつかった例において,「私の顔」は,行為を行う「私」
とは切り離された身体の一部である。関与者が高い切り離し可能性をもつとき,
中動相
1
の読みが与えられる(39)。行為を行う「私」と「洗われる身体全体」が低 い切り離し可能性をもつとき,中動相2
の読みが与えられる(40)。表
12(4)のような動詞の例として,「私」が「投げ出す」のは「身体全体」であ
る。動詞が表現する活動には複数の関与者が内包され,しかも,複数の関与者が 低い切り離し可能性をもつ(42)。慣用的にこの文は,「失敗する」という意味に用 いられる。動詞が表現する出来事に関与する関与者「マンゴー」と関与者「誰か」が高い切り離し可能性をもつとき,中動相
1
の読みが与えられる(41)。3
.
まとめ中動相
1
文が表現する発話行為,知覚行為,認識行為は,高い情報性という意 味的特徴をもつ。中動相1
文が表現する発話行為,知覚行為,認識行為は,伝え られるべき情報が含まれている。中動相1
文が表現する活動,出来事には,情報 を受け取る聞き手を必要とし,伝えられる情報が含まれる。「見る」行為には伝 えられるべき情報が必要とされるが,その行為には感情が含まれていない(25)。中動相
2
文が表現する発話行為,知覚行為,認識行為には,伝えられるべき情 報が含まれ,情報を受け取る聞き手を必要としている。しかし,情報や聞き手は,行為者と心理的に結びついている。「ののしる」という行為は,行為がふりかか る実在を必要とするが,その行為が運ぶ情報は,行為者と心理的に結びついてい る。行為は,高い感情性をもつが,運ばれる情報は,情報性が低い(36)。
表13 感情性,情報性 感情性 情報性 中動相1 低 高 中動相2 高 低
中動相
1
が表現する活動,出来事に内包される複数の関与者は,高い切り離し 可能性をもつ。「家畜囲い」とそれを開ける「誰か」は,高い切り離し可能性が 存在する(26)。中動相
2
が表現する活動,出来事には複数の関与者が内包されるが,それらの 関与者には物理的,心理的,文化的に低い切り離し可能性が存在する。結婚する「私」と「彼女」の間には,文化的に低い切り離し可能性が存在する(35)。
表14 関与者の切り離し可能性
物理的,心理的,文化的切り離し可能性 中動相1 高
中動相2 低
感情性・情報性の基準は,関与者の心理的切り離し可能性に含むことができる だろう。高い情報性は,関与者の高い心理的切り離し可能性に,高い感情性は,
関与者の低い心理的切り離し可能性に含めることができる。
ある中動相形が中動相
1
文あるいは中動相2
文をつくるかは,多くの場合,動 詞の意味によって決定されるが,全ての中動相形についてそのようにいえるとは 限らない。表12
に示したように,ある種の中動相形に関しては,中動相1,中動
相
2,両方の読みが可能である。この場合,中動相の読みは,動詞が表現する活
動そのものの性質ではなく,活動にかかわる関与者間の切り離し可能性によって 決定されると考えられる。
参 考 文 献
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