法政大学大学院理工学・工学研究科紀要 Vol.56(2015年3月) 法政大学
小型ファン騒音のトーン性評価法に関する研究
Study on evaluation method of the pure tone for small fan
山口峻生 Takao YAMAGUCHI
指導教員 御法川学
法政大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程
In the field of audio, visual and information technology equipment, small fan noise which includes many pure tones becomes annoying components. Pure tones are caused by the electromagnetic force of motor, the flow interference between blades and spokes, the acoustic modes of the structure and so on. These tones become not only the main contribution to the overall sound pressure level, but also unpleasant component. Some metrics for the pure tone have been presented, however the one which specified for small fan noise has not been developed. In this study, the new evaluation parameters so called T-TNR and T-PR are presented, in which the excess levels for multiple tonal components are calculated by the method of the TNR and PR and summed up the TNRs and PRs, and confirmed the effectiveness by using sensory test with 30 sample sounds.
Key Words: Small fan, Fan noise, Tonal components, Tone to noise ratio, Prominence ratio, Sound Quality
1. 緒論
情報機器や AV 機器から発生する騒音は,騒音レベル自 体は小さいが,静粛な住環境においては耳障りになる.こ の原因の主要なものに,騒音に含まれる純音(トーン)成 分がある.トーン成分は,冷却ファンやモーターの回転, 構造の音響モードなどにより生じ,オーバーオール騒音 レベルに対する寄与が大きいだけでなく,聴覚上も不快 な成分になる. トーン成分が聴覚に与える影響について はいくつかの評価モデルが提案されているが,複合的に 発生するトーン成分についての指標はまだ十分に吟味さ れていない.
そこで本研究では,トーン成分の評価法に関して主観 実験(官能検査)手法の一つである一対比較法を用いて聴 覚とトーン成分の関係を詳細に調べ,特に情報機器から 生じる騒音の評価方法を確立することを目指す.
2. ファン騒音について
ファンから発生する空力騒音は,トーン性の高い回転騒 音と乱れなどによって誘起される広帯域の乱流騒音とに 大別することが出来る1).
(1)回転騒音
回転騒音は羽の回転による周期的な圧力変動によって 発生し,その周波数は翼通過周波数(羽根枚数
z
と回転数n
の積)𝑓𝑟1と,その高次成分𝑓𝑟2, 𝑓𝑟3, 𝑓𝑟4,…である.これらは次
式のように表される.
回転騒音は高いトーン性を持ち,オーバーオール騒音レ ベルへの影響は大きく,非常に耳障りな音である.また,軸 流ファンにおいては羽根車後方の流れとスポーク,ステー ターの干渉によって発生し,遠心ファンに比べると高次成 分の発生がより複雑に表れる.
Fig.1 Noise spectra of axial fan
(2)乱流騒音
一方,乱流騒音はファンによって引き起こされる非定常
𝑓
𝑟𝑚= 𝑚𝑧 × n (Hz) (𝑚 = 1,2,3, … )
(1)な流れ,すなわちはく離流れや羽根車表面上の乱流境界層 によって引き起こされる.乱流騒音成分は通常は広帯域成 分となり,エネルギーは回転騒音に比べて小さく,オーバ ーオール騒音レベルへの影響は副次的である.
3. 騒音のトーン性評価
(1)既存のトーン性評価法
トーン性とは広義には音の純音性と捉えることができ, 尖鋭度など信号のピークの大きさを示すパラメータが考 えられる.しかしここで述べるトーン性とは,聴覚上の周 波数分解能すなわち臨界帯域をベースとしたパラメータ である.以下に各種のトーン性評価法について示す.
a)Tone to Noise Ratio (TNR)
TNR(ΔLt)は臨界帯域内のトーン成分と(𝑓𝑡)のパワー (Wt)とそれ以外(𝑓1− 𝑓𝑡, 𝑓𝑡− 𝑓1)のパワー(Wn)に対する比 の常用対数を 10 倍した物をデシベル表示した物と定義 される2).またECMA-74ではこの値が6dB以上となった 場合,その音をProminence Discrete Toneとしている.ま た,複数のトーン成分が同一もしくは隣接する臨界帯域に 存在する場合,TNR 値が極端に大きい,もしくは小さい値 を示す場合がある.TNR算出の一例を図2に示す.
Fig.2 Schematic view of TNR calculation
b)Prominence Ratio (PR)
PRはTNRにおいて臨界帯域幅の中に別の顕著なピー クがあった場合や,ピーク近傍のレベルが臨界帯域幅より 大きい場合または小さい場合に過小,過大評価してしまう ことがあるために開発された手法である.
離散周波数音を中心とする臨界帯域(𝑓1𝑀− 𝑓2𝑀)に含ま れ る パワ ー(WM)と,そ の 臨界 帯域 の 上下 に 隣接(𝑓1𝐿− 𝑓2𝐿, 𝑓1𝑈− 𝑓2𝑈)するパワー(WL, 𝑊𝑈)の平均との比の常用対 数を10倍し,デシベル表示した物であり2),PR算出の一 例を図3に示す. また,この値が7dB以上となった場合, その音をProminence Discrete Toneとしている.
TNR およびPRは,規格化されている量であり,情報機 器の騒音に関する判断基準として利用されている.
Fig.3 Schematic view of PR calculation
c)その他のトーン性評価法
調音性(Tonality)は,音にどの程度純音性があるかを評価 する量として知られている 3).周波数マスキング,最小可 聴値,トーン成分の割合などの複数の係数より重みづけさ れた値であり,やや複雑である4).
シャープネス(Sharpness)は主観的な音の甲高さを表 す評価量であり, Loudnessに次いで「耳障り感」と相関 が強いといわれている. Loudness密度N’(z)を重み付け
関数 g(z)と臨界帯域z で広域に重み付けをして積分した
値を, Loudness Nで規格化することにより求められる5). トーン性とは直接関係しないが,高周波数域に純音性のあ る騒音の場合は,Sharpnessが大きくなる.
(2)本研究で提案する評価手法
前述のTNR, PRは,Prominent discrete toneと見な されないトーン成分については評価ができず,また複数 のトーン成分が存在する場合の総合的な評価法ではない.
本研究では, 音源の中の複数のトーンについて TNR と PRの算出法により卓越レベルを求め,これらの総和によ り評価する方法を提案し,これらを Total Tone to Noise Ratio (T-TNR), Total Prominence Ratio(T-PR)とする.
すなわち,式2のように求める.
n
i
TNRi
TNR T
1 10
10
10
log 10
n
i PRi
PR T
1 10
10
10
log 10
(2)
4. 実験及び方法
(1)試験音の選定と作成
試験音は,IT 機器の冷却用として一般に幅広く用いら れるものとして,軸流ファン及び遠心ファンの騒音を用い た.また,意図的にトーン成分と広帯域音のバランスを変 化させたホワイトノイズ(WN)とサイン波の合成音を作 成した. 表 1 に試験音の概要を示す.
Table1 List of test pattern for evaluation test Test
No.
Sound source
Equalizati
on Remarks
1 Axial fan OASPL
Balance of tone and noise level was varied, 2 Centrifugal
fan
Loudness
3 Axial fan Loudness 4
Synthetic sound
Loudness Balance of tone and noise level was varied,
5 Loudness
Each tonal component level was varied independently.
6 N/A
Balance of tone and noise level was varied with decreasing Loudness
a)ファン騒音(試験No.1~3)
軸流ファン(オリエンタルモータ製MD825B-12)及び遠 心ファン(傳祥微電機製 PABD15010BH)の騒音の収録 は半自由空間での測定となるように半無響室の中で行っ た.ファンの吸い込み側正面より50cm離れたから場所か ら精密騒音計を設置し,周波数分析機とPCを用いて録音 した.
音源のファンは安定化電源により 12V で駆動され,こ のときのファンの回転数は軸流ファンが 3740rpm,遠心 ファンが1230rpmであった.
MATLAB で作成したプログラムを用いて,収録音を加
工した.まず,収録した音より異音が含まれない部分を 3 秒間切り出し,試験音 1 とした.その後,それぞれの試験条 件に合うようにピーク音成分を 2~5倍し,最後に試験音 1を基準としてOASPLもしくはLoudness が等価にな るよう調整を行った6).
作成した試験音のスペクトルを図4~6に示す.
Fig.4 Noise spectra for test 1 (Axial fan noise, OASPL equalized)
Fig.5 Spectra of test 2 (Axial fan noise, Loudness equalized)
Fig.6 Spectra of test 3
(Centrifugal fan noise, Loudness equalized)
b)合成音(試験No.4~6)
合成音は MATLAB で作成したプログラムを用いて作
成した.合成音は下記の3通りの組合せで作成した.
試験 No.4 では.大きさの等しいピーク音成分を 600, 1200, 1800, 2400, 3000Hzの5カ所に等間隔に設定し,試 験音毎にピーク音成分の1倍-5倍に変化させた.ピーク音 成分が 1倍の物を試験音1とする.その後,全ての試験音
のLoudnessが等しくなるよう,全体の音量を試験音1に
合わせて統一した. 試験 No.6 では,これらの試験音のピ ーク音成分が高くなるにつれLoudnessが低下するよう, 全体の音量を調整した.
試験No.5では,Bark尺度で2以上離れるよう,ピーク 音成分を720, 1440, 2880, 5760Hzの4カ所に設定し,全 てのピーク音成分の倍率を1倍にして試験音1を作成し た.次に,1次のピーク音成分を2~5倍に変化させ,全ての
試験音のLoudnessが等しくなるように2~4次のピー
ク音成分の倍率を調整し,試験音2~5を作成した.
作成した試験音のスペクトルを図7~9に示す.
-20 -10 0 10 20 30 40 50
0 1000 2000 3000 4000
Sound Pressure Level [dB]
frequency [Hz]
-20 -10 0 10 20 30 40 50
0 1000 2000 3000 4000
Sound Pressure Level [dB]
frequency [Hz]
0 10 20 30 40 50 60 70
0 4000 8000
Sound Pressure Level [dB]
frequency [Hz]
Fig.7 Spectra of test 4 (Synthetic sound, Loudness equalized)
Fig.8 Spectra of test 5 (Synthetic sound, Loudness equalized)
Fig.9 Spectra of test 6
(Synthetic sound, Loudness decreasing)
(2)官能試験
各試験音間の感覚的な相対距離を得るために,一対比 較法を実施した.試験においては,「耳障り-耳障りでな い」の形容詞を評価軸に用いた.一組の音からランダムに 選んだ2つの音を順番に聞かせ,最初の音(基準音)に対 して次の音(比較音)が異常かどうかを 5段階評価でシ ートに記入してもらった.また,提示順序の影響を調べる ために,すべての組み合わせを提示した7).一対比較法に よって得られた主観的な順位(被検者の平均値)と音質評 価パラメータ(メトリクス)とを相関分析した8).被験者 は無作為に選択した正常な聴覚を持つ大学生20人である.
5. 実験結果及び考察
各試験における T-TNR, T-PR と耳障り感との関係の グラフを図10~17に示す.
図からも明らかなように,T-TNR, T-PR は耳障り感と 高い相関があることがわかる.これより,トーン性の高い 成分を有するファン騒音の評価にこれらのパラメータを 用いることは有効であると考えられる.特に試験 No.1,2 においては,騒音の主観上の大きさの尺度である OASPL
または Loudness を一定としても高い相関性が出たこと
から, トーン成分は音の大きさとは別に耳障り尺度とな り得ることがわかる.さらに,試験No.6においては,T- TNR, T-PRを増加させつつ,あえてLoudnessを小さく するような音を提示したが,耳障り感はT-TNR, T-PRと 高い相関性を示した.今後は,Loudness と T-TNR, T-PR の耳障り度への寄与度についても検討すべきと考える.
Fig.10 Relationships between T-TNR and subjective annoyance
Fig.11 Relationships between T-PR and subjective annoyance
-20 -10 0 10 20 30 40 50
0 4000 8000
Sound Pressure Level [dB]
frequency [Hz]
0 10 20 30 40 50
0 4000 8000
Sound Pressure Level [dB]
frequency [Hz]
-20 -10 0 10 20 30 40 50
0 4000 8000
Sound Pressure Level [dB]
frequency [Hz]
R² = 0.9853
R² = 0.9708
-1.50 -1.00 -0.50 0.00 0.50 1.00 1.50
0.00 5.00 10.00 15.00 20.00
Subjective annoyance[-]
T-TNR [dB]
Test1 Test2
R² = 0.9786 R² = 0.9485
-1.50 -1.00 -0.50 0.00 0.50 1.00 1.50
0.00 5.00 10.00 15.00 20.00
Subjective annoyance[-]
T-PR [dB]
Test1 Test2
Fig.12 Relationships between T-TNR and subjective annoyance
Fig.13 Relationships between T-PR and subjective annoyance
Fig.14 Relationships between T-TNR and subjective annoyance
Fig.15 Relationships between T-PR and subjective annoyance
Fig.16 Relationships between T-TNR and subjective annoyance
Fig.17 Relationships between T-PR and subjective annoyance
R² = 0.9132
-1.50 -1.00 -0.50 0.00 0.50 1.00 1.50
0.00 5.00 10.00 15.00
Subjective annoyance[-]
T-TNR [dB]
Test 3
R² = 0.8967
-1.50 -1.00 -0.50 0.00 0.50 1.00 1.50
0.00 5.00 10.00 15.00
Subjective annoyance[-]
T-PR [dB]
Test 3
R² = 0.9837 R² = 0.85
-1.50 -1.00 -0.50 0.00 0.50 1.00 1.50
0.00 10.00 20.00 30.00
Subjective annoyance[-]
T-TNR [dB]
Test 4 Test 5
R² = 0.9907 R² = 0.8622
-1.50 -1.00 -0.50 0.00 0.50 1.00 1.50
0.00 10.00 20.00 30.00
Subjective annoyance[-]
T-PR [dB]
Test 4 Test 5
R² = 0.9841
-1.50 -1.00 -0.50 0.00 0.50 1.00 1.50
0.00 10.00 20.00 30.00
Subjective annoyance[-]
T-TNR [dB]
Test6
R² = 0.9992
-1.50 -1.00 -0.50 0.00 0.50 1.00 1.50
0.00 10.00 20.00 30.00
Subjective annoyance[-]
T-PR [dB]
Test6
6. 結論
1) トーン性を有する音の耳障り感の定量的評価法とし てT-TNR, T-PRを提案し,遠心ファン,軸流ファン,合 成音を用いた一対比較法を利用して有効性を検証し た.
2) T-TNR, T-PRは単純な計算で複数のトーン性の高い
騒音を有する騒音の評価として利用することができ, こ れ ら は 音 の 大 き さ に お け る 耳 障 り 指 標 で あ る
OASPL, Loudness が一定またはわずかに低下する
場合でも,耳障り度の指標となり得ることがわかった.
3) 今後は,耳障り度に指標であるLoudnessとの寄与度 比較や,マスキングを考慮した T-TNR, T-PR の算出 法などを検討する必要がある.
参考文献
1) 鈴木昭次, 西村正治, 雉本信哉, 御法川学,機械音響 工学,(1993),コロナ社
2) Standard ECMA-74 “Measurement of Airborne Noise emitted by Information Technology and Telecommunications Equipment”, (2010)
3) Aaron Hastings and Patricia Davies, Purdue University, An
examination of Aures‘s model of tonality, Proceedings of Internoise2002 (2002)
4) Ernst Terhardt, Gerhard Stoll and Manfred Seewann, Algorithm for extraction of pitch salience from complex tonal signals, J. Acoust. Soc. Am (1982)
5) DIN 45681 “Acoustics - Determination of tonal components of noise and determination of a tone adjustment for the assessment of noise immissions”, DIN (2005)
6) JBMS-79 “情報装置の定常音のラウドネス測定方法”,
(2013)
7) 日科技連官能検査委員会,新版官能検査ハンドブッ ク, (1973),日科技連
8) 難波精一郎, 桑野園子, 音の評価のための心理学的 測定法, (1998), コロナ社
9) Takao Yamaguchi, Gaku Minorikawa, Masayuki Kihara, Study on evaluation method of the pure tone for small fan, Proceedings of Internoise2014 (2014)