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日本人の特性 を活かす英語の習得法

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(1)

日本人の特性 を活かす英語の習得法

は じめに

わが国の英語教育 は,戟後,アメ リカの構造 主義言語学 と行動主義心理学 に基づ くオーラル アプローチ

( Or a lAp p r o a c h)

が導入 され, また 視聴覚 メデ ィアによる指導 も盛 んになった。 し か し,その後,チ ョムスキー等 による変形生成 文法 と認知心理学の批判 によって, オーラルア プローチは,認知記号学習理論 に基づ く教授法 に取 って代 られることにな り,その結果,わが 国の英語教授法 は,経験主義 ・行動主義か ら理 性主義 ・認知主義へ と変化 し,教 師中心か ら学 習者 中心 の指導法へ と軸 足が移 った しか し,

この ような英語教育の動 きはいずれ も欧米 を中 心 と した,欧米 人のための指導原理 であ って, それが 日本 人にその まま当てはまる と考 えるの は,人間 を十把‑か らげに扱 う無謀 な態度であ ろ う。情報産業 の発達 によ り,世界経済がボー ダレス化 し,グローバ リゼーシ ョンが進展す る 今 日,極端 な普遍思想 や平等主義のため,個人 の特性が埋没 して しまうかに見 える

現代社会は

,

「個 人」 を無視す る

「一般的 な人間」 だけを考慮 に入れる。そ して普遍的 性格の実在 を信 じ,人 を抽象概念 として扱 う。

個 人 と一般的な人間の概念 を混同す ることに よって,産業文明は人 を規格化す る とい う根 本的な過 ちを犯す に至 っている。

(ア レキシス ・カレル

,2 9 2

,1 9 8 0 )

水野 晴光

英語 は今 や, われわれが グローバ ル に考 え, ローカルに行動す るためのグローバル ・ランゲ ージとして,地球規模 の分布 と普及度 を持つ真 の意味での国際共通語 の地位 を確保 してい る。

しか も

1 0

年前 に, グラ ッ ドル

( Gr a d d o l ,1 9 9 7 )

は,世界人口に占める英語常用 人口が,過去

1 0

年 間で

2

倍 強 にまで膨 れ上が り

,1 5

億 人 に達 し ている と述べ た。つ ま り,66億 の世界人口か ら 子供 の数 を

2 0

億 と推定 し, これ を差 し引 けば,

3人 に一人が英語 を常用 してい るこ とになる。

しか もこの流 れ は年 々加 速 す る こ とはあ って ち,おそ らく留 まることはないだろう

しか しなが ら, 日本人の英語力 の低 さは,世 界で もひ ときわ悪名高 い。 われわれ 日本人の英 語学習 に対す るモテ ィベーシ ョンは決 して低 く はないが

,TOEF L

の英語力テス ト得点のデー タ では,語嚢,文法,聴解力,読解力のいずれ に おいて も,日本人は世界平均 よ り

1 0 %

ほ ど低 い。

また,平成

1 9

年 に文科省が 「英語が使 える 日本 人」育成 のための行動計 画進捗状況 の一つ と し て,東京都 内の中高生 に実施 した「英語力」調査 によれば

,1 0 7

万 人の中学三年生 の 66% は,英 検3級 の水準 以 下 で

,7 8

万 人 の高校 三年生 の

7 0%

は,英検2級 の水準 に達 していないのであ る。 この ように今 日,実際 に英語が使 える 日本 人が極 めて少 ない。 この事実 は, これ までの英 語教育 に方法論上 の改善すべ き点が多 々あるこ との何 よ りの証拠 であろ う。 しか し,マス コ ミ 誌上の専 門家 による論調 には,開 き直 りとも見

られる意見が未だに後 を絶たない。

(2)

神奈川大学心理 ・教育研究論集 27 (2008年3月31日)

孫子 の こ とばに「敵 を知 り,己 を知 らば百戟 危 うか らず」 とあるように,何事 も確実 な成功 を収め ようとす るな ら,その対象の実態 を明確 に把握 し, 自己の弱点 を十分認識 して,それ を 補強す ることか ら始めねばならない。

私 は,英語冠詞の使用 に関 して, 日本の成人 を対象 に,対象分析 と誤答分析 の弱点 を補完 し た一連 の 中 間言語 分析 を実施 した (Mizuno, 1985‑ 1996)。 その結 果, 日本 の成 人英語学習 者の多 くは,中 ・上級 レベルになって も,英語 冠詞の使用 に自信 を持 てないでいることが明 ら かになった。この事実 は,日本の英語教育では, 冠詞が文法的観点か らのみ指導 されて きたこと

に重大 な原 因がある。 もし学習者 に英語冠詞の 意味 ・語用論 的な知識があれば,冠詞のエ ラー は,彼 らの中間言語か ら消滅 していた筈である。

中間言語分析 で得 られた示唆の下 に,教育現場 のマルチ レベルの検証 か ら, 日本人 に最適 な英 語指導法 を目指 して開発 されたのが, この 「バ イ リンガル ・セ ンテ ンス ・アナ リシス (BSA)

(Mizuno,1998)である。本稿では, このアプロ ーチか ら,以下 に 日本人 として知 るべ きこ と, 最低限実行すべ きことを手短 に述べ る。

日本 人の英語 コ ミュニケーシ ョンを考 える際 に まず考慮 すべ きは,「日本語 で コ ミュニケー シ ョンする場合で も,日本人は性格が消極的で, 恥ずか しが り屋であるため,教室の授業でデ ィ スカ ッシ ョンやデ ィベ ー トな どの言語活動が非 常 にや りづ らい」 とい う問題 と

,

「英語 をその 場の状況 に応 じて 自由 自在 に表現す る能力 を如 何 に身につけるか」 とい う問題が区別 されるこ

とな く論 じられて きた とい うことである。

前者の性格 に関す る問題 は,英語以外 の教科 で も十分取 り上 げ るに値 す るテ ーマで あ るか ら, ここではこの問題 にあ ま り多 くの時間 を割 くことは しない。 しか し,人間の性格 を直す と い うことは,向上心の高い一部 の人 には可能で はあ って も,か な り困難 なこ とは事実 であ り, 一般の国民 には要求で きることではない。 した が って,今 日,外 国語教育で話題 になっている

「対 人的 な相互交 渉」 を授 業 の中心 に据 える替 わ りに, ここでは後者の個 人的な努力で, 日本 人が達成 で きる現実的な方法 に絞 って詳 しく論

じる。

Ⅰ. 人 は どの よ うに こ と ば を身 に つ け るの

現在 の ところ,人が どの ように して ことばを 身につけるのか とい う問題 は, まだ十分 に明 ら か になったわけではない。高等動物 といわれる 猫や犬 に して も,長年共 に同居 していて も,人 間の ことば を身につけることはない。 また,坐 物学上で人 に最 も近い といわれる類人猿 に して も,学習 させればある程度 の単語 を覚 えさせ る ことはで きるが,人 間の ように文章 に してこと ば を喋 ることはで きない。 しか し,われわれ人 間は,わずか な期 間に何 の苦 もな くこ とばを覚 えて, 自由にコミュニケー シ ョンす るまで にな る。 したが って, ことばは,他 の動物 にい くら 教 育 して も習得 され ない人 間固有 の能力 であ り, しか も人か ら直接 その文法 を教 え られな く て も, また,個 々の幼児がそれぞれ異 なった環 境 に置かれて,耳 にす ることばの内容が全 く異 なっていて も,ほぼ四歳頃 までに通常の幼児 は, 母語 を身につけてその言語で コ ミュニケーシ ョ

ンす ることが可能 になる。 この ような母語獲得 の事実か ら,生れつ き人間の体 内には言語習得 を可能にする装置 (LanguageAcquisitionDevice: LAD)が存在 す るこ とを仮 定せ ざる をえない。

チ ョムスキーは,この装置 を普遍文法(Universal Grammar:UG)と呼び,ある言語のパ ラメー タ 値 を変 えることによ り,世界 中の さまざまな言 語が生 じた と仮定 している。

つ ま り, この

L A

Dは,人の誕生 とともに幼児 がある言語の インプ ッ 吊 こ接触す ることによっ ては じめて,その成長発達 のプロセスの中で, 普遍文法 に基づいて特定の母語の文法 を構築 し てゆ くと考 え られる。 したが って, 日本人 を両 親 に もつ場合 で も,その幼児の誕生後の言語環 境が英語であれば,その幼児が獲得する母語は,

(3)

日本語ではな く英語 となる。 また,幼児の誕生 後 に全 く言語のインプ ッ トが無 ければ,LADは その機能 を十分 に発現で きないこともこれ まで の幾つかの調査研究か ら明 らかになっている。

この

L A

Dのメカニズムによって,幼児 は親か ら 直接 その言語の文法 を教 わることもな く, しか も限 りある言語 デー タしか与 え られないに も拘 らず, 自分 の周囲で用い られている言語 を短期 間の うちに習得 し,ほ とん ど無限に近い文 の発 話や理解が可能 になる とい う事実 は実 に驚 くべ

きことであろう。

日本語のネイテ ィブであるわれわれは, 日本 語の 「てにをは」 を意識 しな くて も,正 しくそ れ らの助詞 を使 うことはで きるが,その文法 ル ールの説明 を求め られる と,即座 に説明で きな い人が少 な くない。だか ら,実際の コミュニケ ーシ ョンは,文法の知識 の有無 とは関係 ない と いえる。

これ まで語菜や文法項 目の漸進的 な蓄積 を目 指 して きた文法 シラバスは,学習 を容易 に しよ うと して学習項 目を選択 し,配列 したのだが, 文法項 目が細分化 されるにつれて,却 って ます

ます複雑 な ものになって しまうとい う危険性 に 落 ちいった。 これでは,学生 の労力 を大 きくす るだけであ り,彼 らが生得的 に持 っている 自律 的 な文 法 能力 の発 育 を阻害 す る こ とはあ って

ち,学習 を促進す ることにはならない。

外 国語の授業では,教 師が文法の解説 にあ ま り時 間を割 く必要 はな く,む しろ適切 な英語 の サ ンプル を学習者 に もっと提供す ることが よ り 重要 になる。英語 は

,

「慣用 的 な言語」 であ る か ら,単語 と文法だけで文 を組み立ててみて も おか しな文 になるだけである。英語 の発想法が 欠落 しているか らである。人工的な文法 は必ず しも万能ではない。エ ドワー ド ・サ ピア も 「あ らゆる文法 は漏れる」 と述べ ている。 コ ミュニ ケーシ ョンは, 自然かつスムーズでなければな らない。文法 な ど考 えている と時間がかか って しまい,何 かのルールで蹟緒すればす るほ ど, ス トレスが上が り,金縛 り状態 に陥 る羽 目にな

る。 ある韓国人が

,

「英語 は絶対勉強す るな !

とい う本 を書 いて よ く売 れてい るそ うであ る。

彼 も私 と同 じような点 を衝 いてい るのか もしれ ない。

ある言語の学習者 に とって,最 も必要 なこと は,ある言語 の形式 と,それに対す る意味の結 びつ きを頭 に入 れ るこ とであ る。 したが って, 教室で例外ず くめの小賢 しい理屈 (学校英文法) をこれ以上並べ るのは止 めて,平易で簡潔で典 型的な英語 と日本語 の表現 を学習者 に観察 させ て,それ らの発想 の違 い を しっか りと認識 (了 解) させ ,原語 の例 文 を走着 させ る ことこそ, 英語 の教 師に課せ られた大切 な役 目である。 た

とえば

,

「お早 うござい ます」 に対応 す る英語 は, "Itisearlyinthemorning."で は な く,

"Goodmorning!"であ り

,

「今 日はいかがですか」

ならば,英語では "Howareyoutoday?"になる とい うことを覚 えることであ り,一語一語 を文 法 的 に分析 して詮 索 して もナ ンセ ンスであ る。

われわれは,私達 の思 い を,無意識下でめ ま ぐ る しく言語処理 してい る脳 内の 「普遍文法」 の 機能 に もっと信頼 して 自信 を持つべ きではなか ろ うか。か ってアメリカの言語学者 クラツシェ ン (1985)ち, そ の 「イ ンプ ッ ト仮 説 」 で ,

「人 間 には,生得 的 に言語習得装置が内在す る がゆえに,情意 フ ィル ターが低 く,学習者 に適 切 で理解可能 なイ ンプ ッ トを与 え さえす れば, 第二言語 は必ず習得 される」 と述べ ている。 し たが って,われわれ 日本人 も言語習得のTPOに 従 った正 しい学習法 を実践 してゆ くな らば,必 ず母語 の ように自然 な第二言語の コ ミュニケー シ ョン能力 が個 々の学 習者 に実現 す る筈 で あ る。

Ⅱ.日本語 と日本人の特質

ロン ドン大学の音声学者,

A.

C

.

キムソンによ れば,アルフ ァベ ッ トを使用す る西欧の諸言語 で使用 され る音素 の数 は,少 な くとも1,500音 以上であるが, とりわけ英語では多 く,その使 用音素数 は, はなん と1,880音 に もなる とい う

(4)

神奈川大学心理 ・教育研究論集 27 (2008331日)

(Gimson,A.Cリ1989)。他方,われわれの 日本語 の使用音素数 は,わずか102音 で しか ない。一 般 に,表音文字言語 の ヨーロ ッパ の諸言語 に比 べ て,表意文字言語である漢字文化圏の諸言語 は,音素数が圧倒 的に少 ない。 た とえば, 中国 請 (北京方言)の昔素数 は,約430の基本音素 に対応 す る四声 を考慮 して も,せ いぜ い650音 である。 また,朝鮮語で 日常使用 される基本音 素数 は,550音程度 であ るか ら,英語 の音素数 がいかに多いかがわかる。

この ような使用音素数の絶対 的 な差異が意味 す る ものは,極 めて大 きい と考 え られる。人間 の赤 ん坊 は,生後10カ月になると世界のあ らゆ る音 を聞 き分 け られる可塑性が消 える と言 われ ている。その時点で個 々の幼児 には,外界 の言 語刺激のイ ンプ ッ トに応 じた各言語 固有のパ ラ メー タの形成が始 まる。その結果,母語の言語 システムが ほぼ確立す ると考 え られる四歳児以 降の 日本人 と英米人の音声識別能力 には,著 し い差が生 じる と考 え られる。た とえば, 日本語 で は,/1/と/r/の違 いが意味 の違い をつ くること はない。 しか し, これ らの音 は英語では異 なっ た意味 を持つ別個 の音素であるか ら, 日英 の音 素体系 の この大 きな違いのため に, 日本 では/1/

と/r/の識別が困難 な人が多 い。 この ように言語 に よって使用 され る昔素数 の絶対 的 な差異 は, 人の成長発達のプロセスにおいて,知覚的 なあ る種 の刷 り込み (インプ リンテ ィング)効果 と なって作用 し,加齢 と共 に固有 の認知的特質 を 形成す ると考 えられる (水野,1995,2001,2004)0 その結果,漢字文化圏の学習者 は,アルファベ

ッ ト文化圏の学習者 とは異 なった認知パ ター ン を形成することになる。

つ ま り,表音文字言語の西欧人 は,複雑 な意 味 を表現す るために, よ り多 くの異 なった音素 を必要 とす ることになるため,それ らの多様 な 音声 を識別す るの に必要 なよ り繊細 な聴覚 を発 達 させ た と考 え られる。他方,絵文字か ら発達 した湊字文化圏の言語では,文字 と意味の結 び つ きが強固なため,その意味 を視覚的にイメ‑

ジ しやす く,それほ ど多 くの異 なった音素 は必 要 としない。 その結果,英米人の認知パ ター ン が聴覚的であるの に対 して, 日本人 は視覚的で ある と考 え られる。換言すれば, 日本人の学習 者 は,視覚優位 であるが,聴覚的 には極 めて識 別力の低 い認知パ ター ンをもっている と考 え ら れ る。 しか し,私 が この事実 を指摘す るの は, 日本語 と英語 の優劣 ,あるいは 日本 人 と英米人 の優劣 を論 じるためではない。本稿 の冒頭 で も 述べ た ように, これ まで成功 して きた とは言 え ないわが国の英語教.青の現状 を鑑みて, 日本人 が英語学習 に確実 な成功 を収めるために,孫子 の諺 を引用 して,われわれ 日本人 は醒めた 呂で しっか りと現状 認識 す る こ とが必 要 なので あ る。日本人の英語力が国際的に不評 な現状では, われわれの立場 を客観 的に認識 し,改めるべ き 処 は改め,補 うべ き処 はこれ を補 わなければな らない。 この期 に及 んで,開 き直 って自己弁護 してみた り,感情論 に走 って人の偏見 な どを気 に している場合ではあるまい。

Ⅲ.英 語 は なぜ 聞 き取 りに くい の か なぜ 通 じな いの か

日本人の学習者 に とって,/1/と/r/の識別が困 難 なのは,単 にこれ らの音が似 て聞 こえる とい う原 因だけでな く, 日本語 と英語の音素体系 の 違いに も大 きな原 因がある。 さらに, 日本語 の 母音 は,ア, ィ, ウ,エ,オの5母音 だけであ るが,英語の母音 は約30種 もあるため,外来語 の英語 の音声 を 日本語 に変換す る際 に,無理が 生 じて全 く異 なった音 にな らざるをえないので あ る。 したが って,わずか102音 しか使用 しな い母語 を もつ 日本 人 と,母語 で常 時1,880音 を 使用 している英米人 との音声識別能力 の差が著 しく大 きい ことは明 白である。 したが って, こ の ような母語 の使用音素数の絶対 的差異 は,知 覚上の優劣 を決定す る と考 えざるをえない。す なわ ち,102音 の母語 を使用す る 日本人 の幼児 は,生後10ケ月で音声識別能力がかな り制約 さ れて くるが, た えず1,880音 を母語 で使 用 して

(5)

いる英米人の音声識別能力 には,殆 ど制約 はか か らない。

外 国語の学習では, この ような学習者 の認知 的特質 を活かす ことが望 ましい。つ ま り, 日本 の成人英語学習者 は,視覚優位 であ るが,音声 を分析 した り,識別す る能力が他民族 よ り低 い ばか りではな く,音声か ら言語 を連想す るよ り ち,む しろイメージか らことばを連想す る傾 向 が強い ことを自覚す る必要がある。したが って, 欧米人が耳 を通 して こ とばを学習す る手順 で, この休 眠状態 に等 しい 日本人の耳の情報処理能 力 を,欧米人並 みに活性化 させ るためには,膨 大 な時間 と涙 ぐま しいほ どの努力 を要す ること は明 白である。 したが って,聴覚型 の学習者 に は,外 国語の学習 を音声か ら導入す ることが望 ま しいが,視覚型の学習者 には,文字か ら導入 す るほ うが, はるか に素晴 らしい効果が期待 で

きる と考 えられる。

人の ことばの発達 は, ことばの音声 を聴 くこ とか ら始 まる。赤 ん坊 は胎 内で,あるいは出世 後数 日以内に,母語の韻律 (抑揚,強勢, タイ ミングな ど) をある程度覚 える。その後,生後 6ケ月 まで に母語で‑ まとめ に扱 う音 を一つの 音素 として区別 し始める。幼児が人の ことばの 音声 に関心 を持 ちは じめ ると,話す人の唇 を注 視 してその音声 の差異 を識別 しようとす る傾 向 が生 じる。 この ように幼児 は,母語の音声 を身

につけるのである。

しか し, E]本譜の音 と英語 の音 は,本質的 に 全 く異 なった ものであるため, 日本 人な ら誰 し も日本語 は解 るけれ ども,英語 を聞 くと解 らな くなるのである。 このあた りの事情 は,英米人 で も同 じである。英語の音声 と日本語の音声 は, 発声の仕方か ら本質的に異 なっているか らに他

な らない。

日本人の幼児 は,何度 も何度 も試行錯誤 しな が ら, 日本語の発声の仕方 をおぼえて, 日本語 を しゃべ るようになる。英米 人の幼児 も,英語 を しゃべ るようになる時期 までに,やは り英語 の発声 の仕方 をおぼえるのである。 この ことは

極 めて重要である。音声 を正 しく聞 き分 け られ るようになるため には, 自分の口で発声 した音 を, 自分 の耳で しっか り把握 で きるようにな ら なければな らない。 したが って,そのために十 分練習す ることを怠 ってはな らない。 と りわけ 英語 は,音声 を中心 に発達 した ことばであるか ら, 日本人が考 えているほ ど生易 しい もので は ない。一週 間かそ こら発音 の練習 を した ところ で追 い付 くもので はない ことを肝 に銘 じておか なければな らない。 ちなみ に, アメ リカの言語 教育学者のア ツシヤーによれば,母語並 みの音 声識別能力 を身につ けるために毎 日5時 間英語 を聞いて も,10年 はかか る とい う。 ま してや, 英米人の1/18の音声識別能力 しか ない 日本人が 満足 に,英語 を聞いて理解で きる状態 になるた めに, どれだけの時間を要す る ものか よ く考 え てお く必要があ る。 わが 国の諺 に

,

「得手 に帆 を挙 げろ」 とか

,

急 が ば回れ」 とい う句 があ るように,英語 を理解す るための最低 限の音素 をマス ター した ら,他 は後 回 しにす るこ とが, 当面の賢明な対策 とい うことになろうか。

ことばの音声 を分析す る と,世界の どの言語 で も, ア,ィ, ウ,エ,オな どの母音 と,そ れ以外 の子音, ときには半母音 な どか ら成 って いることがわか る。 日本語の「柿」は, ローマ字 表記す れば,/kaki/とな り,ア行以外 の仮名一 文字 は,子音 と母音か ら出来 てい ることが わか る。 これ を拍 (モー ラ) と言い, ほぼ英語の単 語の最小単位 である‑音節 (syllable)に相当す る。 しか し,モー ラは音 の時間的 な単位 である が,音節 は音 の最小単位 であるか ら,英語 の よ うに子音 だけで音節 になることもある (その場 令 ,通常 の 開音節 に対 して, 閉音節 とい う)。

日本語の音の最後 は,いつ も母音で終わるので, 子音 だけで発音 される英語 を正 しく喋れない 日 本人が多 い。た とえば, ロン ドン市 内で, 日本 人 とイギ リス人が,別 々に足 を滑 らせ てマ ンホ ールに落 ちた としよう。 そこで 日本人は,英語 で助 けを求めて叫ぶだろ うが,誰 も助 けに来 な いだろう。その イギ リス人 も助 けを求めて叫ぶ

(6)

神奈川大学心理 ・教育研究論集 27 (2008年3月31日)

と,直 ちに多 くの人がや って きて,助 けて くれ ることだろ う。 なぜ な ら, 日本 人 も助 けを求め て,"Help!"と叫ぶか もしれないが,多 くの 日 本人 は 「へ るぷ !」 と日本語の音 で叫ぶであろ う。 しか し, このnelp!'は,‑音節であるか ら, それ を≡音節で叫んだ として も,無意味である。

もともと音声 と意味 の間には必然的 な関係 はな い。 た また まある言語 の共 同体 の成員が,その 社会ではある音 と意味 を結 びつけて使用す るこ とに しているに過 ぎないのである。そ こで,あ る言語 を使用す る場合,その言語社会で期待 さ れてい る音声 を使用 しなければ,相手がその意 味 を理解 しないのは当然である。 日本人が英語 を叫 んだつ もりであって も, 日本語の音声で発 声 している限 り,英米人は理解 しないのである

日本 で も,大阪の十三 を 「ジュウサ ン」 と言 っ た り,名古屋 の御器所 を 「ミキ ドコロ」 な どと 読 んだ りすれば,多 くの人 は判 断 に苦 しむに違 いない。

他方,̀help'とい う語 をよ く見 る と, この文 字 の前後 を子音が取 り囲んでい るのが わか る。

これが 日英 の音声の根本的な違いである。つ ま り, 日本語 は一般 に,母音が優勢 な言語 である が,英語 を特徴づ けるのは,母音ではな くて子 音である。英語の子音 は,腹部か ら肺圧 によっ て上昇 したイキが声 門を通過 し,口唇,歯,舌 な どの器官 にぶつか って作 られる音 である。英 語の子音 は,独立 した音 として発音 して も,す ぐに空 中で消 えて しまうため,聞 き手の耳 には 届かない ことが多い。 したが って, と くに 日本 人は,英語 の語尾 の子音 を下手 に発音 しないほ うが,英語 として立派 に聞 こえるのである。

英語の単語 を見 る と,一つの母音 を前後 か ら 子音が取 り囲んでいた り,連続子音 をもつ語が 少 な くない。他方, 日本語 の単語 は,子音 の後 に必ず母音 をしたが える開音節の ものが殆 ん ど であ るか ら,子音 は後の母音 に助 け られて大 き く響 く。その結果,高い音 になるのである。一 般 に子音 は無声音が多 く,その背後 に母音 など の有声音が ない と響 くことがで きない。 と くに

英語では,閉音節が よ く使 われるが,一般 に閉 音節 は暗い昔 になる したが って,英語 は概 し て 日本語 よ りも音声が低 くなるのである。

今, 日本 の中学や高校 の英語指導で音読が注 目を集めているが,英語 のテキス トをただ声 を 出 して読 んでい るだけでは駄 目である。 日本語 と英語 の音声 の本質的な違 いを しっか りと理解 した上で なければ,学習の向上 にはつ なが らな い。一般 に 日本人は胸式呼吸で発音す るが,英 米人は複式呼吸 で発声す る といわれる。 この こ とは,母音の発声法 と深 い関係 がある。 日本 人 は英語 を日本語 に訳 して意味 を取 るが,英語 を 読 む ときも日本語の音 で英語 を読 んでいる。 し か し, 日本語の音で英語 を読 む と,音声が高 く な りす ぎて,英語のネイテ ィブには耳障 りにな って しまう。英語 のイキの音声 は, 日本語 の音 よ り低 い音 である。英語が通 じないか らとい っ て 日本 人が大声 で英語 を発音すれば, さらに高 い音 になって,英米人の不快感 が一層高 じるこ とになる。 日本語の声 には勢 いがな く穏やか な 響 きがあるが,英語 のイキの音 は,錐 で突 き刺 す ような強 さと,前 に飛 びだす ような勢 いがあ るのである。

日本語 は, もともと高低 アクセ ン ト(pitch) が 中心 の言語であるが,英語 は強弱のアクセ ン

トを中心 に,高低 の ピッチが複雑 に入 り交 じっ ている言語である。 したが って,アクセ ン トの ある英語の単語 に,アクセ ン トを付 けないで発 音 して も,英米人 には全 く別の単語 に しか聞 こ えないのであ る。 日本語 で も

,

「ハ シ (檎 )が 折 れ て爆 発 した」 とい う場 合 と

,

「ハ シ (箸 )

を下 さい」 の意味の違 いが出るのは, アクセ ン トか ら判断 されるのである。同様 の例であるが, 英米人が発音す る 日本 の地名が,わか りに くい の も,アクセ ン トの位置が 日本人の発音か らず れているか らに他 な らない。 ちなみに,外人が 日本 の都市名 を発音す る ときの特徴 は,≡母舌 の地名 な ら原則 として,中央 にアクセ ン トを置 くことが多 く,四母音以上 の場合 は語尾か ら二 番 目の母音 にアクセ ン トが置かれる。

(7)

さらに重要 なことは,スペルの上 では同 じで あって も,辞書 に記載 されている発音記号 の通 りに発音 されることは少 な く,それ らが発音 さ れると,その音声が伸縮 した りするだけでな く, その声 の音調や抑楊で,その意味 も微妙 に変化 す るのである。た とえば,Ibegyourpardonノ と上 げれば

,

「もう一度言 って くだ さい」 とい う意味であ り,Ⅰbegyourpardonヽ と下げれば,

「すみ ませ ん」 の意味 になる。声 には調子 とい うものがあ り,私達 は,文 を音読 しているとき で も,黙読 している ときで も,心の中で無意識 に リズムをつけて読 んでいる。 これは,音 を聞 くことによって,脳が その ことばの意味 を判断 す るためである したが って,英語 の発音 をカ タカナ表記す ることも, この ような 日英 の音質 の違 い を暖味 な もの に して しま う危 険性 が あ る。 と くに,英語の意味 を決定す る因子 は,普 声であ るか ら,正 しい音 と一緒 に文 を理解 した り,覚 えた りす ることが極 めて大切 になるので ある。話 し手が,音声 を上 げ下 げ した り,強弱 を付 けた りして, 自分の感情 の起伏 を表現す る イン トネーシ ョンは,話 し手の心 を伝 えるエ ッ セ ンスであ り,細かい文章の意味やニュアンス ち,すべてイン トネーシ ョンとして表われる。

要す るに,英語 はス トレスの強弱 リズムで発 声す るイキの音であるが, 日本語 は ピッチの高 低 リズムで発声す るコ工の音 なのである。 しか し,英語 のイ ン トネーシ ョンは,文章単位 の ピ ッチの連続 的変化であるか らこの点が一筋縄 で はいか ない ところであ る。 また,英語 は子音優 位 の言語であるか ら,子音 を明瞭に発音 で きる ようしっか りと指導 しなければな らない。上記 で述べ た点 に戻 れば,英語 を理解す る上での最 低限の音素 とは,/1/,/r/,/t/,/n/,/仇 /v/,/♂/, /6/,/i/,/6/ae/W/(/8/,/6/はthの音) な ど

である。他 の音素 については,ネイテ ィブの音 声 を絶 えず シャ ドーイ ングすれば,限 りな く英 語 の音声 に近づ く筈 である。 シャ ドーイ ング と は,意味 も何 も分かる前 に,テープを聞 くは し か ら繰 り返す ことである。英語 と日本語 の音 に

は,同 じものは一つ も無いのだ と肝 に銘 じ,普 だけに集 中 して繰 り返すのである。この練習は, 意味 を取 る前 に口が動 いているので, 日本語の 音 に置 き換 える危険性が少 ない。 また,集 中 し

ない と繰 り返せ ないので,短時 間で も効果が大 きい。

さらに,英語の文 中では,省略,弱化,短縮, 連結,同化,脱落 な どの さまざまな音声変化現 象が頻繁 に生 じることも指導上忘れてはな らな い点である。 しか も,英語の音声 を正 しく発音 で きなければ,正 しく聞 き取 ることもで きない ことを学習者 に しっか りと認識 させ る必要があ る。以上の諸点 を踏 まえて, 日本人の発音上の 歪み を是正す るには, ネイテ ィブの発音 をシャ ドーイングすることが不可欠である。その場合, 聴 き逃 した り,識別 し難い音声があれば,テキ ス トの文字 を見 て確認 した上で, 自分で何度 も 発声練習すれば よい。

Ⅳ 基本語嚢の意味の多様性

英米 の 日常英語 の コ ミュニケーシ ョンで は, 基本語嚢が約85パーセ ン ト以上 を占めるといわ れている。英語 の基本語菜 とい えば,中学校 で 覚 えた

1 , 5 0 0

語程 度 の ものだか ら,大 した こ と はない と考 えて,英語 の単語 の意味 を一対一対 応 させ てい る 日本 人が多いが, これは大変危険 なこ とであ る。基本語 は短 い単語 であ って も, 豊富 な意味 を もってい るため, 同 じ単語 で も, さまざまな場面で用い られているため,異 なっ た意味 になってい る。裏返 して言 えば, さまざ まな場面で用 い られているある単語 を,一つの 意味 だけで理解 しようとして も,理解で きない ことが多いのである。 したが って,ある文章の 85パ ーセ ン ト以上 を基本語条が 占めているのは 事実 として も,同 じ語が異 なった意味で用 い ら れているので,英文 は 日本人 には きわめて理解

しづ らい。 この ように, 日本人 は,基本語葉 の いろいろな意味 を知 らないため,表面 的には見 慣 れた語 であ って も, この ような基本語の多様 な意味が原 因で,相手 の会話 についてゆけなか

(8)

神奈川大学心理 ・教育研究論集 27 (2(泊8331日)

った り,話の内容 を誤解 した り,理解 に時間が かか るな どの トラブルが決 して少 な くないので ある。

た とえば,通常の レベルの大学生であって も,

"Goodevening"と"Goodnight"を混同す る人が 少 な くない。 あ る とき,私 が学生達 にevening

とnightの違 いをたずねると,彼 らは

,

「̀evening' は夕暮れ時で,̀night'は 日が没 してか らの時間」

な どと応 える。学生 は,英語の意味 を,誤 った 日本語訳 で覚 えて しまっているために, この よ うな混 乱 が 生 じて い る と思 わ れ る。 英 語 の

̀evening'は,夕暮 れ どきを指す だけではな く, 日本語では夜 と考 える時間 まで も含めて,ベ ッ

ドに就 くまでの長い時間であるの に対 して,莱 語の̀night'は,就寝時間以降の時間を指 してい るのである。 この ことが しっか り認識 されてい れ ば , 「お 休 み な さ い

の つ も りで "Good evening"と言 った り

,

「今晩わ」 の意味で"Good night"な どと言 うことはな くなると思 う。 この

ように 日本人の私達 は,ある単語 について,知 っているただひとつの意味 を,全 ての英文 に当 てはめて,たえず誤解 していることが少 な くな

い 。

では,つ ぎの英文 は, どんな意味 だろ うか。

Thisflatletsfor$700amonth.

この ̀flat'は

,

「アパー ト」の ことである。for の意味 は

,

「交換」 で,動詞 は 「放任」 のletで ある。 したが って, この文 は

,

「毎 月700ドルで このアパ ー トを住民 に放任す る」,つ ま り

,

「こ の アパ ー トは,毎 月家賃700ドル」 とい う不動 産広告である。では,つ ぎの英文 は, どうい う 意味 になるだろうか。

Theyweresittingtogetheralone.

この文 のaloneを

,

「ひと りばっちで」 とい う 意味 にとって も,文意 は通 らない。 この語 を除 外 して考 えれば

,

「ひ と りば っち」 と矛盾す る か らであ る。 この場合 のaloneは,後 か ら全 文 を修飾 して

,

「si仕ingとい う状態以外 の ことはな か った」 と表現 しているのである。一語で置 き 換 えるのであれば,onlyに相当す る。 この よう

な基本語でつ まづいていたのでは,英語で会話 な どで きないだろ う。では,つ ぎの場合 は どう だろう。

Isay!It'snearlyeighto'clock.

このIsay!とい う文 は

,

「私 は言 う。」 とか, もっ と強調 して 「私 は宣言す る

」 とい う意味 で もない。 この句 は驚 きをあ らわ して

,

「おや

まあ」 とか 「あれ っ !」 とい った意味 であ る。

この ような誤解 は,基本語の ひ とつの意味 しか 知 らない事 か ら生 じるのである。では,つ ぎの 英文 は どんな意味 になるだろ うか。

Mysonneverletmedown.

この文 は

,

「私 の息子 は,私 を決 して軽蔑 し ない

」 とい う意味 で はない。 その ような意味 を表現す るならば,̀let'を̀look'に しなければな らない。 この文 の話 し手 は,む しろ相手 を信頼 してい て

,

「せ が れ は決 して私 を裏切 らない

と念 を押 しているのである。 日本人は,letとい う語 を正 しく使 えない人が多 いが, この語 は,

「じっ と押 さえて離 さない ようにす る」 とい う keepの反意語 で

,

「許 してや る,放任 す る」 と い う意味である。 ここのlet‑downは,山登 り な どを していて,先 に登 った人が,後か ら来 る 人 をツナで引 っ張 り上 げてや る ような場面 で, 上 にい る人が その ツナ を下 ろす (downす る) な らば,後 か ら来 る人は墜落 して しまう。 した が って, ここか ら 「裏切 る」 とい う意味が派生 したのである。 また,ある辞典 に,つ ぎの よう な英文が載 っていた。 その意味 は どうなるだろ うか。

Megwouldn'ttakeanymoney,soImade apaymentinkindbyglVlngherabasketof tomatosfromthegarden.

この文の難 しい ところは,"inkind"であろう。

この句 の意味 は,前後 の文脈 か ら,つ ぎの よう に解釈 で きれば,か な り英語のセ ンスが身 につ いている方 と思 う。

「メグは どう して もお金 を受 け取 ろ うと しな いので,彼女 に庭で採 れた トマ トを‑か ごあげ た

。 」

(9)

inkindは, この場合 「現物で」 とか

,

「物納 で」 とい った意味 であ り, この句 の反意語 は,

"incash"になる。では,つ ぎの英文 は どんな意 味 を表 しているのだろうか。

Hisvoicehaschangedanddownhassproutedon hisupperlip.

この文の難 しい ところは,̀down'以下である。

この̀down'は,名詞 で

,

「うぶ毛」 とい う意味 である。 ところで, この̀down'が 「うぶ毛」 だ として も,文意がす っき り通 らない。 じつはこ の̀lip'の意味範囲が, 日本語 と英語 では食い違 っているか らである。す なわち,̀lip'は, 日本 語の唇 よ りも広 い領域 を表 し,鼻の下か らアゴ の部分 までの広い領域 を表す。 この ことを理解 すれば,上記の英文 に違和感 を覚 えることはな い。つ ま り,上の英文 は

,

「彼 は声変 わ りして, 上唇 の上 に うぶ毛が生 えて きた。」 とい う意味 である。和英辞典 の意味 だけを見 て,解 ったつ も りになっていて も,正 しい英語のセ ンスは身 につかない。 こんな場合,英英辞典で̀lip'を引 けば,詳 しい解説が出ている。

この ように,基本語の意味 に習熟 していない と,英文 を理解す る際 に,誤解の原 因になるだ けでな く,国際場面では,多 くの 日本人の英語 が通 じなか った り, ひん しゅ くを買 う原 因に も なっているのである。 このあた りの事情 は,私 達が英語 を使 う段 になると,さらに深刻 になる。

た とえば, 日常 の場面で

,

「どう したの」 とい う場合,Whatisthema仕erwithyouPとい うのは, いかに もか しこまった表現で,場違 いな感 じに な る。 普 段 の くだ け た 調 子 で 言 う な らば ,

「what'sup?」 である。 ご く親 しい間柄で交わす 言 い回 しも,難 しい単語や,長い単語 を使 わな くて も,基本語 だけで十分表現 で きる。特 に, 英 語 の基 本 語 は,表 現 力 が 旺盛 で あ るか ら, 1,000語以 内の短 い単語 の意味 に精通す るだけ で,いろいろなことが表現で きる。 さらに,英 文 を理解す る際 に,未知 の語 にぶつか って も, 英文の8割以上 を占めるそれ らの語が,前後左 右 か ら未知語 の意味 を推測す る手助 けを提供 し

て くれるのである。

日本 の中学校 ,高校 で行 われている英語教育 は,単語 を一つで も多 く覚 えればいいかの よう な考 え方 に立 っている。 しか も滅多 に使 わない 単語や,小説家が凝 りに凝 った表現で使 うよう な,500年以上 も前 の古 びた単語 まで も詰 め込 もうとす る。 しか も学校 で教 える基本動詞の意 味 は,一つか二つに制約 されている。その結果, 表面上 (字面 の上) では,基本語菜が8割以上

を占める英文 を読 もうとして も,実際 に使 われ ている基本語の意味が,彼 らが学習 した基本語 の知識以外 の意味で使用 されている場合が多い ため,その英文 を容易 に読 めない。その ような 無駄 な時間 とエネルギーがあれば,基本動詞 と at,in,on,withな どの機能語 を効果的に組み合 わ せ た 日常 表現 のベ ス トイ ング リ ッシュの例 文 を,覚 えて しま うほ うが はるか に有益 であ り, 実際の役 に も立つのである。 これ らの基本語菜 は,実生活で もっとも使 う頻度が高 く,それ ら を使 い こなせ れ ば, 自分 の身の 回 りの ことは, 何不 自由な く片付 け られる と言 って も過言では

ない。何度 も声 に出 して読み, 自然 に英語が 口 を衝 いて出るようになれば,英米人 と意思の疎 通 を図るのに役立つ筈 である。

英語 の膨大 な語 を,全部覚 えることは,学習 者 に とって不可能であるばか りか,その必要 も ない。外 国語 の学習では,ただ単語 を数多 く覚 えることが,その ことばを習得す る近道である かの ように考 えが ちであ るが,外 国語の基礎 的 な学習 に必要 なことは,その ことばの正 しい発 声法 と,基本 的な構造 に基づ く語の使 い方 に習 熟す る こ とであ る。 その語 の用法 か ら離 れて, いたづ らに単語 の数 を増 やそ うとす るこ とは, 却 って学習 に有害 な結果 を引 き起 こす ことにな る。つ ま り,学習の基礎段階 には,最 も使用頻 度の高い語桑 に絞 って学習 し,その文の構造 に 基づ く単語の使 い方 を,身につけることが先決 である。その ような学習が,後 日多 くの語桑 を 活か して使 う基礎 にもなるのである。とりわけ, 英語の中で も基本語童 は,最 も英語特有の特徴

(10)

神奈川大学心理 ・教育研究論集 27 (2008331日)

を発揮す る語であるが, また,多様 な意味 をも っているか ら,その意味 と使 い方 を しっか り身 につけることが大切である。

ケ ンブ リッジ大学の心理言語学者 C.K.オグデ ンは,その革新 的言語理論 に基づいて,国際 コ ミュニケーシ ョンに役立たせ る目的で,国際補 助語 「BasicEnglish」 を考案 した。 この システ ムは,文法 も通常の英語 と何 ら変 わることな く, 英語の慣用 的な性質 を深 く理解す る上で も,多 少の欠点 を除けば, これほ ど便利 なシステムは ない。 オグデ ンの意図は,英語の学習者 に最 も 負担 になる述部の活用変化 を,少 しで も軽減す

ることにあ った。そ こで彼 は,英語 の動詞の中 か ら,16語 の基本動詞 を選定 し,at,in,withな どの語 と組 み合 わせ る ことに よ り,約2,000語 以上 もの動詞の意味 を表現で きるシステムに し たのである(水野光晴著 『基本語英会話Be,Have, Go!Go!』増進会出版,2003を参照)0

したがって, このBSAアプローチで も,オグ デ ンの この意思 を尊重 し,基本語葉の多様 な意 味が習熟で きるように工夫 された 日英対比例文 720を使用 して, 日本語 と英語 の表現上 の相違 を了解 させ,英語の発想法 に気づかせ る発見学 習 を採用 している。

Ⅴ 日英の発想法のギ ャップ

人は言語 によって認識 し,思考す る。 したが って, 日本 人の認識や思考 は, 日本人が用 いる 言語 によって制約 される。つ ま り,私達の 日本 語の思考の背後 には, 日本 の文化や風俗 ,習慣 が絡 みついている。 しか し,この 日本流 の思考 を,その まま英語の単語 になお して持 ち込 んで ち,英語の コ ミュニケー シ ョンは成立 しない。

た とえば,人に贈 り物 をす る際 に,たいていの 日本人 は, 「私 の手製で,あ ま り巧 くで きませ んで したけ ど,貰 っていただけ ますか。」,「つ まらない ものですが, どうぞお受 け取 りくだ さ い。」 な どとい う。 これ をその ままの英語 にな お して表現 すれば,英米人の相手 は,「なんで つ まらない もの,不 出来 な もの を俺 によこすの

だ。恨 みで もあ るの か。」 と立腹 す るだ ろ う。

この ような事態 で は,英米 人 な ら,「僕 が作 っ たんです け ど,巧 くで きま したので,貰 って く だ さい。」,「これは大変 いい もの なので, きっ と貴 方 に喜 んで もらえる と思 うわ

」 な どと, 自然 に考 え,"Thisissomethingforyou.Takeit please."

と表現するのだ。

日本 には 日本特有 の思考パ ター ンがあるよう に,英米人に も,その風土,習慣 に根 ざ した考 え方 と表現のパ ター ンがある。だか ら,英語の コ ミュニケーシ ョンでは,彼 らのルールに従 わ なければ,その コミュニケー シ ョンが成立 しな いのである。郷 に入 っては郷 に従 え (whenyou areinRome,doastheRomansdo.)なのである。

た とえば,税 関等で国籍 を問われれば,米国 人 な ら "Ⅰ'm anAmerican."と答 え, 日本人 な ら

「日本人です。」 と答 えるのが当然 である。 この ように, 日本語では,一般 に主語が省略 される が,英語の主語 は, よほ ど打 ち解 けた雰囲気 に な らない限 り,省略 されない。その点,英語 は 厳密 な文法構造 を要求す る言語 だが, 日本語 は その場 の状況」 (文脈 , コンテ クス ト) に よっ て,対話 の相手 に了解済みであることを,明示 しない習慣がある。 ここで,英語 と日本語の語 順 を見 てみ る と,英語 では主語 "Ⅰ"のつ ぎに動 詞,そ して補語の順 になってい るが, 日本語 に は主語が な く,い きな り補語,動詞 の順 に置か れ る。 しか も,英語 と日本語 の述部 の語順 は,

V

Oと

O

Vになってお り,完全 な鏡像 関係が成 り 立 っている。 この語順 の違 いは,英語 と日本語 の性格 を明瞭 に示 している。つ ま り,英語 は主 語 によって文が リー ドされ,つ ぎに断定 を示す be動詞が くるのである。 これは力強 く自己 を主 張す る構造であるのに対 して, 日本語では,主 語 はないわけではないが,文の背後 に隠 されて, 補語 と助動詞 だけが ,発話 の全面 に出てい る。

つ ま り,英語 と日本語 では, 目の前 の世界 を切 り取 る世界認識 のパ ター ンが,鏡 の実像 と虚像 の ように全 く逆 の関係 にな ってい るのである。

(11)

外 国語習得が, この ようなパ ター ンの違 いに馴 染む ことである とすれば,英語 と日本語 の間の 大 きな違いが,英語 の習得 を困難 な もの に して いる と考 え られる。

一般 に英語の主語 は,余 ほ ど打 ち解 けた間柄 でない限 り, まず省略 されることはない。つ ま り,英文 は,主語 その もの を説明す るための構 造であ り,主語 は英文の最 も重要な要素である。

しか も,英語の論理 は,重要度の高い ものか ら, 低 い もの‑ と指示 してい く 「逆 ピラ ミッ ド型思 考」で,この順序 は文か ら始 ま り,パ ラグラフ, 文章全体 にわたって一貫 している。他方, 日本 語 の論理展 開は,起承転結 といわれ,最初 にテ

」マ を述べ てか ら,具体的な事実や考 えを述べ, 最後 に最 も重 要 な主 旨を述べ る 「ら旋型思考

である。つ ぎの例文 では,同 じ意味 内容の英語 と日本語である。

1a.Youwillbeintimeforthetrainifyougo quickly.

1b.急げばその電車 に間に合 うよ。

la.の̀Willbetime'では,一語一語が別の単語 に 分かれてお り,相互 の関係が はっ きりしている 分析 的表現 で あ るが , それ に対応 す る 日本 語

「間に合 う .‥だろう」 では,動詞 に助動詞が密 接 に結 びついているため,分 かち書 きしない限 り,要素 間の関係がわか らない。 この ように 日コウ 本語 は,豚着的表現 をとる。この ような特徴 は, つ ぎの例文で一層 はっ き りす る。 日本文 で は, 動詞の後 に六つの助動詞が結 びついているのが わかる。

1C.Itissaidthat,shehadnodesire tobetransfe汀edtotheKobebranch atthattime.

ld.彼女は当時,神戸支店 に転勤‑サセーラレ一夕 クーナカ ッ一夕ーソウダ。

日本語 には主語 の ない非人称構文が多 いが, 英語では必ず主語 を立 て,主語が明示で きない 場合で も,つ ぎの例 に見 られるように,形式的 にItやThereを立てる。

2a.ItonlytwoweekstoChristmas.

2b.Thereisnoge仕Ingaroundthequestion.

これ らの文 には,行為者 としての人間は登場 しないため,文法上の主語 を立 て られない。 し か し,英米人 に とって,主語の ない文 は座 りが 悪 い と考 え られてい る。 そ こで,ItやThereを 立 てて形式 をそろえるのである。 と くに,産業 革命 以後,欧米では,物 よ りもむ しろ人 に関心 が払 われる傾 向が強 くな り,人 間をテーマ に選 ぶ ことが流行 した と言 われている。特 に英語 で は,行為者 を前面 に出す人称構文が普通で,つ ぎの ように人間を主語 に した間接受動文が発達 したのである。

2C.Heissaidtobeagreatscientist.

この ような構文 は, フランス語や ドイツ語 に は未だ見 られない。

他方, 日本語では,行為者 をあえて文の表面 に出 さない ことによって,奥 ゆか しい とす る話 し手 の心理 か ら,2d〜2gの よ うに,人称主語 を表現 しない習慣が生 じたのである。

2d.寒 くなった。急 に暗 くなった と思 った ら, また電気がついた。

2e.夏 になった。かゆい。痛 い。 くす ぐったい よお

2

f. もう少 しの ところで,墜落す る と思 ったほ どだった。

た しかに,英語 には人称構文が圧倒 的に多い。

これは,西欧では, 自己主張 して対立す る個 人 が

,

「契約」 に よってお互い に結 びつ いてい る 社会だか らであ る。他方, 日本語 に主語の無 い 文が多いのは, 日本 では, 自己の主張 を押 さえ て,相互の (和 )を尊ぶ,家族 的集団構造 を反 映 しているため と考 え られるのである。

西欧近代化の 自由放任政策,民主主義の根底 には

,

「個 の論 理」 が あ って, そ こで は (個 ) が社会の中に確立 されているが,日本人の (個 ) は,集団の中に埋没 して しまう傾 向があ る。換 言すれば,西欧の (個 )は,神 の前では平等 な 個 人であ るが,個 と個 は利害 において対 立 し, 我 と汝の関係 として非連続であ り,断絶がある。

他方,私 たち日本の国民 は,皇室 を族長 とす る,

(12)

神奈川大学心理 ・教育研究論集 第 27号 (2008年3月31日)

一大家族集団の論理 に支配 されている。 日本人 は

,

家」を くウチ )と して把握 してお り,(ソ ト)とは裁然 と区別 されるのである。 この (ウ チ )の概念 は,家か ら始 ま り, 自分が所属す る 村,学校 ,会社,県か ら日本民族全体 にまで及 ぶ ことがある。この ような日本人の精神構造 は,

「思 いや り」

,

「控 えめ」

,

「いたわ り」 な どの繊 細 な心情 を発達 させ る一方で,家 を一歩出れば, 仇敵 に取 り囲 まれている, と覚悟 す るような非 社交的な心情 を伴 い,公共生活であるソ トにお け る義 務 や権 利 の 自覚 を不 毛 に した (和 辻 , 1935)ことは確かである。

た とえば,英語の 日常の挨拶では, 2g.Howareyou,Charles?

の ように,文尾 に相手の名前 をつけて言 うの が一般 的であるが,わた したち 日本人 には, こ の ように始終名前 をつけて言 う習慣が無い。初 対面の場合で も,英語では ̀TIowdoyoudo,Mary?"

の ように必ず相手の名前 を文尾 につける。 とこ ろが,わた したち 日本人は,多 くの場合,名刺 を交換 し合 って名前 を確認す るので,相手の名 前 に注意が向かない。

さらに,西欧の挨拶 には,握手,抱擁 ,キ ッ スな どの風習があるが, 日本 の挨拶 は,本来 は 会釈 であって,手 を今 日の ように接触 させ るこ とはなか ったのである。西欧では,キ リス ト教 の「愛」の精神が浸透 してお り

,

「汝 を愛す るご と く,汝の隣人 を愛すべ し」 とい う聖書 に見 ら れる共感 の精神か ら,相手 を喜 ばせ,人 を助 け ることが尊重 されて きたのである。他方,わが 国では,徳川幕府 の御用学問 となった,儒教の 精神が 日本文化 に浸透 してお り,そこでは何 よ りも,他 に対 して迷惑 をかけない とい う

,

礼」

の精神が重視 され,そのクライマ ックスである 武士 の割腹 に見 られるような, 日本人の恥の意 識 を形成 して きたのである。 この ような文化 的 風土 の違いか ら,た とえば,見知 らぬ人が道 を 尋 ねた場合,西欧では,その場面 の近 くにいる 人は, こぞ ってそれぞれに手助 け しようとかか るけれ ども,日本 では,誰かが対応 していれば,

他 の人 はそれ を傍観 してい るか,それ以上関わ ろうとは しないのが通常であろう。この ように, 西欧の対人的対応 はポジテ ィブ (陽)であるが, 日本の場合 は, ネガテ ィブ (陰)であるといえ る。た とえば, 日本語では,誰かが怪我 を した 際 に

,

痛 くなか ったかい」 と否定疑 問文 でた ずねるところを,英語では,

2h.Didithurtmuch?

と肯定疑問文で聞 く。 この ような英語 と日本語 の論理構造 の背後 にあ る ものは, 日本語 で は,

「痛 か ったで しょう。 お気 の毒 に」 とい う憐 れ み,同情 であるが,英語では,"Ihopeitdidn't hurtmuch"とい う個人的な希望の暗示 なのであ

る。英米 の社 会 では

,

「憐 れみ, 同情」 な どに は価値 を認 めず,む しろ希望 に大 きな価値 を認 め るの に対 して, 日本社会 で は

,

「同情」 に大

きな価値 を置 くため, この ような表現上の違い が生 じるのであ る。 オープン ・ソサ イエテ ィー と言 われ る西欧 の黄金律 , 「汝 の欲 す る ところ を汝の隣人 に も施 すべ し」 とい う格言 や

,

「汝 の敵 を愛せ よ」 とい う言葉 に象徴 されているの は

,

「愛」 の精神 をベ ース に した西欧の人 間関 係 である。他方, 日本の人間関係 の基調 は,儒 教 的倫理観 に育 まれた,礼儀 としての恥の意識 が,強 く刻印 されてお り,武士道 に も一脈通 じ る 日本人の精神で もある。 しか し,最近ではそ の裏返 しの心理か らか,他 人 に迷惑 をかけなけ れば,それで よ しとす る閉鎖的 な人間関係 が助 長 されているようである。 日本が クローズ ド ・

ソサ イエテ ィー と言 われるゆえんであろう。

そ うい うわけで個 と個が対立す る西欧の社会 では,人 間関係 は非連続 的 な ものにな らざるを えない。英語の̀others'は, 自己以外 のすべ て の人 を指 し,親,兄弟 とい え ども他人 なのであ る。その補償作用 として,西洋では,相手 を喜 ばせ る接待技術 が重視 されてお り,上手 に客 を もてな した り,相手 を喜 ばせ ることが,妻 の大 切 なエ テ ィケ ッ トとみ な されてい るのであ る。

それ に対 して, これ までの (ウチ )を中心 とす る閉 ざされた 日本の社会で は,人間関係が連続

(13)

していて,(ウチ )の世界 に他 人 を含 む こ とは なか った。 日本の社会では,妻 は控 えめな存在 と して客 と接 す る こ とが 良い とされ,(ウチ ) の仝集団が一つの生物 の ように (ソ ト)に対 し て反応 し,他 に対 して迷惑 をかけない ように適 応す ることが強調 されて きたのである。その こ とは,動物 も例外 ではなかった。仏教 には,輪 廻 の思想 があ って,衆生 は畜生界か ら天界 に至 る三界六道 を迷い,その生死 を幾度 とな く駆 け 巡 る とい う。 「猿蟹合戦」 や 「桃太郎」 な どの 日本の童話で は,人間 と動物が村等の レベルで 扱 われてい るが,西 欧で は,聖書 の 「創世記

に見 られるように,動物 は人間 とは違 って,精 神 や魂 を もた ない下等 な存在 とみ な され てい る。だか ら,英国では,不要 になった り,回復 の難 しいペ ッ トを,その飼 い主は,薬物や ピス

トルで殺すのである。

日本語では,ある行為 をす る人 を表面 に出 さ ないで, ときにはその主語 を省略 して,あたか も 「自然 な成 り行 きで次第 に,あることがある 状態 に至 った」 とい う調子 で表現す る傾 向が見 られる。つ ま り,わた したち 日本人 は,あたか も自然 の成 り行 きで ことが運 んでい った とい う 表現 を好 む。 この こ とは, 日本 人の価値観 が, 一般 に 「事 をスル」 ので はな く

,

「事 が ナ ル」

の をよ しとす るところに根 ざ していることを示 している。他方,英語では,人 を前面 に出 して,

「ある人がある行為 をす る」 とい う表現 を好 む。

この捉 え方 は, 自我 の強力 な主張 に基づ く西欧 文化 の特徴 である。 この ような 日本語 と英語 の 表現法か ら, 日本語 は 「ナル」的言語であるの に対 して,英語 は 「スル」 的言語であるとい う 指摘 が , これ まで広 く行 われ て きた (篠 原 :

1 9 6 8

,板坂 :

1 9 7 1

,荒木 :

1 9 8 0

,池上 :

1 9 8 1

, 安藤 :

1 9 8 6 )

0

日本語 で は, 自然現象 を表現す る以外 に も, つ ぎの例 に見 られるように,当事者の意思で決 定 され るはずの行為 です ら

,

「ナル」 的 に表現

しようとす る傾 向が見 て取 れる。

3a.弊社 は来月 より,下記住所 に移転す ること

にな りま した。

3b.私 たちは六月 より,ハ ネムー ンで一 ケ月間, 欧州旅行 に出かけることにな りま した。

通例

,

「スル」 的言語 は,haveを用 いて

「 ‑

を持 つ」 と表現す るの に村 して

,

「ナル」 的言 語 は,beを用いて

〜がある」 と表現す る。

3C.Sylviahasthreechil血en.

3d.シルビアには,子 どもが三人ある。

さらに,つ ぎの例 に見 られるように,英語 は, 動詞 一目的語の語順 をとる

V

O言語であるため, 修飾語が後か ら名詞 や動詞 にかか る。 しか し,

O

V言語 の 日本語 は,その道の語順 を取 るため, 前か ら名詞や動詞 を修飾す る傾 向が強い。

3e.Hetookawalkupanddowntheroom,deepln thought.

3f.彼 は考 え事 に夢 中になって,部屋 の中 を行 った り来た りした。

3g.Therewereagreatnumberofbooksonthe shelvesallroundthewallsofhisroom.

3h.彼 の部屋 の一面 に取 り付 け られた書棚 には 沢山の本が並 んでいた。

名詞の捉 え方 に して も,英米人 と日本人の間 に は,根 本 的 な相 違 が あ る。 英 語 の名 詞 は,

「モ ノ (物 )」 を指示す るが, 日本語 の名詞 は,

「コ ト (辛)」 を指示す るか らである。この場合, モノ とは,存在物全般 を意味 し,無の中の絶対 的な存在 を主張す る ものだが,日本語の名詞 は, た とえば

,

「本」 の書 き手 がいて,売 り手が お

り,買 い手 が い て,お金 を出 して買 った その

「本」が,今机 の上 に置 いてある とい う具合 に, 相対 的な関係 の中の 「ある事」 と して把握 され ている。つ ま り,英語 は,世界 の存在 を前提 と しないで,常 に 「モ ノ」 それ 自体 の存在 を有か 無かの基準で絶対 的 に把握 しようとす る。その 結果,その 「モ ノ」が,すで に言及 された もの か否か,あるいは単数か複数か とい う事実 を絶 えず問題 にす る。そ して, この ような名詞 を限 定す る機能 をもつ ものが,英語 の冠詞 に他 な ら ない。 これに対 して, 日本語 は,世界の存在 を 前提 としてお り,名詞 をいろい ろな関係の連続

(14)

神奈川大学心理 ・教育研究論集 27 (2008年331日)

の 中の 「あ る事 」 と して捉 えてい るため,名詞 を表現 す る際 に, その 内容 の新 旧や数 な どは問 題 にな らないのであ る。

この ような英語 と日本語 にお ける認識 上 の違 い は,否定疑 問 に対 す る応答 の仕方 におい て一 層 際立 った もの になる

4a."Don'tyouliketoplay?""Yes,Ⅰlikeit."

4b.「遊 ぶ こ と好 き じゃないの

「いい え,好 き です

。 」

英語 で は, その質問が肯 定 で あ って も否定 で あ っ て も, そ の 内 容 が 事 実 か 否 か に よ っ て , YesとNoがハ ツキ リと決 まる事 実志 向の表現 を 取 るが , 日本 語 で は

,

「好 き じゃないの」 と聞 か れ た場 合 , そ の質 問が勧 誘 と考 え られ れ ば,

「は い,好 きです」 と答 え る。 しか し,相 手 が 否 定 の答 え を期 待 して い る と考 え られ る な ら ば

,

「い い え,好 き じゃあ りませ ん」 と答 える こ ともあ る。 日本語 の 「はい,いい え」 は, こ の ように,相手 の立場 に よって決 まる立場志 向 の表 現 で あ る (水 谷,1985)。 これ は, いつ も 相対 的 な関係 を配慮 す る 日本語 の特徴 であ る。

さ らに, つ ぎの例 に も見 られ る よ うに

,

「モ ノ」 的認識 をす る英語 は,̀aslip'や̀afall'とか,

̀asweetvoice'の ように,個体 中心 の名詞表現 を 好 むが

,

「コ ト」 的認 識 を基本 とす る 日本 語 で は,動 詞 や形容詞 に よる情 況 中心 の表現 が好 ま れ る。

4C.Shehasasweetvoice.「あの娘 は声が きれい だ。」

4d.MyfootgaveaslipandIalmosthadafall

.

「足 が滑 って,転 びそ うになった

。 」

日本 人の 自己認 識 は,子 どもか大 人 か,男 か 女 か, ウチか ソ トか とい った区別 を前提 に成 り 立 ってい て

,

「物 」 と 「人」 は全 く別 の 関係 と して理解 され てい るが

,

「モ ノ」 の絶対 的存 在 を主 張 す る英 語 で は ,存 在 物 と して の 「物 」と

「人」は対等 と見 な され てい る。 その結果

,

「人」

が 文 の主 語 に立 つ の と同様 に

,

「物」 が文 の主 語 と して文頭 に立 つ こ とはめず ら し くない。 そ れが英文 に頻繁 に見 られ る無生物主語文 に他 な

らない。 しか し,英 語 で は

,

「無」 とい う概 念 ち, ひ とつ の実在 と して主語 の位 置 に立 つ こ と が で きるの だ。 それが 日本 人泣 かせ の否定 主語 で あ る。 つ ま り,英米 人 に とって,否定主語文 は

,

「有」 の否 定 で は な く, む しろ 「無 」 の存 在 を強力 に主 張す る表現 なので あ る。 この よう な無 生物 主 語 は, つ ぎの例 に見 られ る よ うに, 日本語 で は,情況 的,副詞 的表現 になる。

4e.Whatmakesfishsohighpriced?

「どう して魚が そん なに高 いのですか

。 」

4f.MyyearsarestartlngtOhavetheireffectonme.

「私 も年 を感 じる ようにな って きた。」

4g.NothingglVeSmemorepleasurethanlooking roundadepartmentstore.

「百貨店 を見 て回 るのが私 の何 よ りの愉 しみ です。」

一般 に,英語 で は,視 覚 的 に鮮 明 な イメー ジ 表現 を好 み, 日本語 に よ く見 られ る観念 的 な表 現 を好 まない。実 際 に,観 念 的 に表現 され た英 文 もない わ けで は ないが , そ の よ うな英 文 は, 大体 が悪文 であ る。 た とえば

,

「しっか りしろ」

とい う場合 ,英語 で は, 5a.GetagoodgrlpOnyOurSelf!

とな る。 この よ うな場 合 , 日本 語 の表 現 で は, 具 体 的 に視 覚 イ メ ー ジ を描 くこ とは 困難 で あ

る。 また

,

「新 幹 線 が で きて,在 来 線 は影 が 薄 れて しまった。」 とい う場合 ,英語 で は, 5b.TheShinkansenputtheoldlinesintheshade.

と表現 され,視覚 的 に鮮 明 な イメー ジが浮 かぶ。

他 方 ,観 念 的 な 日本 語 の表 現 , た とえば

,

「時 代 に逆 行 しよ う と して も無 駄 だ よ

」 とい う文

を,英語 で は,

5C.ItisnogoodattemptlngtOputbacktheclock.

となる。 この表現 な ど,時計 の針 を逆 に戻 して い る イメー ジが浮 か び上 が って,視 覚 的 に鮮 明 な描 写 とな ってい るのが わか る。 さ らに

,

「彼 女 は涙 を抑 え る こ とが で きなか った。」 とい う 場合 も,英文 では,

5d.Shewasunabletoputthe血Opswhichcame sprlnglngintohereyes.

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