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「首都 圏 改造 」 と市 民 生 活

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(1)

「首都 圏 改造 」 と市 民 生 活

岩 男 耕 三

は じめ に

1970年 代 の構 造 転 換

1980年 代 にお け る新 しい動 向 と東 京 一 極 集 中 都 心 の空 洞 化

地 価 ・住 宅 問題

は じ め に

1980年 代 前 半 を通 して ・ 次 第 噺 しし・国 土 政 策 が 姿 を現 して きた.「 国 際 化 」・ 塙 度 情 報 化 」 の か け声D)下 で 凍 京 の 「世 界 都 市 」 化 と

,そ れ1こよ る 日本 の 国際 的地 位 の 向 上 が 強 調 され な 力雪ら,新 た な形 の東 京 集 中 が 図 られ よ う と して い る・それ は・す で に深 刻 な限 界 ウこ逢 着 して い る都 心 部 の過 密 を"緩 和"(周 辺 地 域 へ 拡 散)し な が ら,同 時 に,新 しい次 元 で の"集 中"に よ っ て 首 都 機 能 の効 率 を一 層 高 め る た め の基 盤 づ く り¢は うにみ え る

。 そ の主 要 な 眼 目 は,激 動 す る国 際 経 済 の 中 で の 日本 経 済 の 活路 を き り開 くこ とにあ る と み て い いで あ ろ う。

鯨 大 都 市 圏 の総 合 的 該 本 的 な改 造 ・整 備 の指 針 として作 られ た 国 土庁

『首 都 改造 計 画 』1985は ・ 「棘 中心 部 の整 備 」につ い て

,次 の よ う購 想 し て い る。「東 京 中心 部 は,都 心 三 区 を中 心 と して

,首 都 として備 え る必 要性 の 高 い政 治'行 政 的 諸 機 能 あ る い は国 際 的 ,国 内 的 中枢 機 能 遡 う と と もに,

(2)

大都市 中心部へ の立地 の必 要性 の高 い金融 ・情報系 を中心 とす る経済 的中枢

機 能,文 化 的 中心機 能 を担 い・ また ..?樽 ・.今後 進 むで あ ろ う高 度 情 報 化,国 際 化 に対 応 した高 次 の意 思 決 定 部 門 に特 化 した機 能 を 担 っ て い くこ とに な るが,今 後,こ れ らの機 能 が+分 に発 趣 れ るた め の諸 条 件 整 備 を図 る必 要 が あ る.こ の場 合,そ の他 の諸 機 能 の立 地 につ い て は・

業 務 核 都 市 等 へ の立 地 ・講 を図 り凍 京 中 心部 に お け る良 好 嫌 務 空 間 ・ 居 住 空 間 の創 出 を図 る」(同 書P.65,傍 点 は岩 男)と ・ そ して ・ これ に呼 応

して,「 多 極 分 散 型 国 土 の形 哉 」(r第 四次 全 国総 合 開発 計 画 』・987)・ 「轡 圏 域 型 連 舗 欄 構 懇(r首 都 改 造 計 画 』1985,r第 二 次 新神 奈 川 計 画 』1987

な ど)が 提 起 され,関 連 自治 体 は そ の具体 化 を急 ぎ,あ るい は諸 事 業 を進 め て い るの で あ るO

こ こで はす で に,1970年 代 まで の,三 大 都 市 圏(過 密)対 地 方 圏(過 疎) とい う国土 問題 の構 図 は,「 東 京J対 「そ の他 の地 域 」 とい う一 極 構造 に転 換 して,新 しい軌 道 を走 りは じめて い る とみ な けれ ば な らな い で あ ろ う。

しか し,こ う した"経 済"偏 重 の 「都 市 活 性 化 」政 策 の 中 で,道 路,公 園, 居住 環境 な ど,市 民 の 日々 の 生活 の た め の都 市 基 盤 備 は・ や や もす れ ば と

り残 され よ う と し,あ るい は忘 れ 去 られ よ う と して い る。 東 京都 心部 で はす で に課 刻 な住 宅 難 交 通 問題 の なカaで,市 民 の間 の 「定 住 意欲 の喪 知 ・「コ ミュニ テ ィの 危機 」 の拡 が りが 懸 念 され る にい た って い る。一 方,常 住 人 口 の減 少 に伴 っ て地 元 商 店 街 の衰 退 が 問題 化 し・ さ ら に地 域 社 会 崩 壊 の兆 しが 見 られ る と もいわ れ て い るの で あ る。

上 記 の 『首 都 改 造 計 画 』に は,「 固 定 資 産 税 に つ い て 見 れ ば,他 の地 域 に比 べ土 地 価 格 が 高 く,そ の負 担 が 大 き くな る東京 都 心部 にお いて は,例 え ば国 際 金 融 こ係 る業 務 等 都 心部 に立 地 す る こ とに真 に メ リッ トの あ る機 能 以 夘 こ

対 し池 に立地蜥 を求 め させ る轍 を生 じさせ・ その穂果 として・都 心部

の 機 能 の 純 化 とい う 方 向 で 作 用 し て い る面 も 見 受 け ら れ る 」 と述 べ られ て い る。 地 価 の 高 騰 が,淘 汰 の 作 用 を通 して 資 力 の な い も の を排 除 し,そ の 結 果

(3)

国 土 計 画 ・首 都 圏 改造 ・地 域 計 画,調 査 な ど(主 な もの)

・国土庁大都市圏整備局 「首都 改造構 想 素案」(1)

・国 土 審 議 会 調 査 部 会 「三 全 総 フ ローア ップ作業報告」㈲ ォ

・国土庁大都 市圏整備局 「首都 改造基 本構 想」㈲

・国土庁計画調整局 「大都 市地域 にお け る活力 の維持 方策 に関 する調査」

(8)

・国土庁計画調整局 「日本21世 紀への 展望 」(四全総長期展望作業 中間 とり

ま とめ)⑪

・国土庁大都市 圏整備局 「首都改造計 画」㈲ 〈多核多圏域型連 合都 市圏構 想 〉

・国土庁 「第 四次首都 圏基本計 画」(6)

・同 「首都 圏整備計 画」(12)(東京大都 市圏 とそσ)周辺地域)

・「第 四次全 国総合 開発計画」(6 .30閣 議 決定)く 多極分散型 国土 の形成》

1988・ 「多 極 分 散 型 国 土 形 成 促 進 法 」(6>

1989・ 国 土 審 議 会 政 策 部 会 第1次 報 告 「当 面 の 国 土 政 策 の 方 向 に つ い て 」(国土 庁 計 画 調 整 局)㈲

・経 企 庁 総 合 計 画 局 「東 京 の 世 界 都 市 化 と地 域 の 活 性 化 」(7)

・「東 京 都 長 期 計 画 ・マ イ タ ウ ン 東 京 21世 紀 を め ざ して 」(12)〈多 心 型 都 市 構 造 〉

・横 浜 市 「み な とみ ら い21」 事 業 着 工

・神 奈 川 県 「第 二 次 新 神 奈 川 計 画 」(3)《多 核 多 圏 域 型 構 想 ・神 奈 川 自立 都 市 圏 》

・東 京 都 「臨 海 部 副 都 心 開 発 基 本 構 想 」 (「東 京 テ レ ポ ー ト」)(6)

・東 京 都 企 画 審 議 室1一 極 集 中 と東 京 問 題 」(首都 機 能 調 査 研 究 会 報 告 書)⑥

・横 浜 市 「よ こ は ま21世 紀 プ ラ ンー一一 横 浜 市 総 合 計 画 ・基 本 計 画 …一 一」(見直 し) (11)《多 核 多 圏 域 型 地 域 ・業 務 核 都 市 》

・東 京 都 都 市 計 画 局 「東 京 の 都 市 づ く り 1990〔3)

・東 京 都 都 市 計 画 局1東 京 集 中 問 題 調 査 報 告 書1(3)

・東 京 都 長 期 計 画 懇 談 会 「中 間 報 告 」(東 京 都 企 画 審 議 室)(5)

・東 京 都 企 画 審 議 室 「東 京 の 土 地1989(土 地 関 係 資 料 集)」 ⑤

》 は,各 計 画 の 基 本 構 想 概 念 。

「首都 圏 改造 」 と市 民 生 活gg

(4)

都 市 の機 能 が 「純 化 」 す る とい うの で あ る。 まず は じめ に淘 汰 され るのが 一 般 市 民 で あ ろ う こ とは疑 い な いが,「 住 む 人 」が 去 る こ とで純 化 され る都 市 の

機能 と は,ど ん な機 能 で あ ろ うか。

80年 代 にな って 出 され た数 多 くの国 土 計 画,都 市 改 造 計 画 ・構 想 の 中 で は, 都 市 とい う こ とば に,「 人 び との生 活 の共 同」とい う内容 が きわ め て稀 薄 に な

った の が特 徴 で あ る。都 市 概 念 か ら都 市 社 会 が 見 失 わ れ て きた とい って もい いで あ ろ う。 「世 界 都 市 」東 京 とい わ れ る と き,そ れ は まず な に よ りも世 界 の 情 報 ・金 融 セ ン ター と して の東 京 で あ り,か つ て な い世 界 史 の新 しい段 階 が 開 か れ よ う と して い る中 で,そ こ に は,そ れ ぞ れ の 歴 史 的個 性 と文 化 を背 負 っ た諸 国 の人 々 の 豊 か な人 間 交 流 の場 として の東 京 の姿 は,な か な か 見 えて

こな い ので あ る。

首 都 圏 問題 をめ ぐって,「 集 中 か分 散 か 」の議 論 に関 心 が 集 ま る中 で,い つ の 間 にか 忘 れ られ て い る"高 度 世 界 都 市 機 能"か 市 民 生 活 基 盤 か の ジ レ ンマ を,い か に克 服 す るか が今 わ れ わ れ の 最 も大 きな課 題 に な っ て い る とい え よ う。 そ こで は又,変 貌 す る現代 大 都 市 を前 に して,都 市 とは何 か が 問 わ れ て

もい るの で あ る。

本 稿 で は,と くに市 民 の 「生 活 基 盤」 に視 点 をお い て,現 代 大 都 市 の変 貌 の実 情 を首 都 圏 を中心 に探 り,か つ,い くつ か の都 市 再 開 発計 画 が 何 を求 め て い るか を明 らか に した い。

1970年 代 の 構 造 転 換

1970年 代 初 頭 の 石 油 シ ョ ッ ク は,国 際 的 経 済 環 境 に大 きな イ ンパ ク トを与 え,わ が 国 の経 済 社 会 もこれ を契 機 に転 換 を余儀 な くされ る こ とに な っ た。

この変 動 は,60年 代 の高 度 成 長 を主 導 した臨 海 工 業 地 帯,ベ ル ト地 帯 を直 撃 して,そ れ まで ほ ぼ10年 にわ た った 「地 方 圏 か ら大 都 市 圏 へ 」 とい う人 口 の 大 移 動 に も転 機 を与 え(図1),わ が 国 の地 域 社 会 構 造,と くに大都 市 圏 の構

(5)

図1‑a三 大 都 市 圏 ・地 方 圏 別 靴 入 人 ・の 推移(昭 稗 〜57年) (千人)

13・0

1,2231,2321,27・ 貞278〔 数 字 の 鞘 ま千 人 〕

撫 讐 蕪 駕8227?0

6005966211651

5174951も02582 500429/5494別

 1詳31雛4604培 ・42942539229。

三 大 都 市 圏 へ の 転 人 超 過208 zoo

114 100q17)

3911△01;3256△010172953 昭和2930313233343536373839404142434445464748495051525354555657(年)

図1‑b三 大 都 市 圏 へ の 転 入 超 過 人 口 の 推 移(昭 和50〜63年)

(万論)

1。//\ 一 \東京圏

1一 一 一̲̲ ̲̲名 占 屋 圏

一10

fl召禾050 5960616263(年)

首 都 圏 改 造 」 と 市 民 生 活101

(6)

〔資 料 〕 昭 和29〜57年 は総 理 府 統 計 局 「人 ・ 緻 報 告 」・ 昭 和59〜 は 自 治 省 行 政 局 翻 平 成 元 年 版 全 国 人 口 ・世 帯 数 表,人 口 動 態 表 』 国 土 地 理 協 会,1989年 。

〔注 〕1)圏 別 内 訳 は,三 大 都 市 圏 間 の 移 動 を 含 む 。

2)昭 和47年 以 前 は沖 縄 県 を含 ま な い(48年 の()内 は 沖 縄 を 除 い た 数 字)。

3)地 域 区 分 は 次 の とお り。

東 京 圏 … … … 埼 玉,千 葉,東 京,神 奈 川 三 大 都 市 圏 名 古 屋 圏 … … … 愛 知,三 重

大 阪 圏 … … … 京 都,大 阪,兵 庫 圏:三 大 都 市 圏 を 除 く地 域

   

〔出 所 〕 国 土 講 舗 酬 会r三 全 総 フ オ ・ 一 ア ツ プf礫 報 告 』昭 和58年p.5・ 大 阪 市 立 大 学 経 済 研 究 所,世 界 の 大 都 市7r棘 大 阪 』199・ 壬F,PP・44〜45に よ り作 図 ・

造 に広 範 な動 揺 を もた らす こ とに な っ た。 近 年 の首 都 改 造 計 画 は,さ か の ぼ れ ば こ こに 由来 す る とみ られ るの で,ま ず,こ の70年 代 中葉 の 臨海 工 業 地 帯 の変 動 を明 らか にす る こ とか ら始 め よ う。

この時期 の臨海 工 業 地 帯 の激 変 に つ い て は,神 奈 川 県 川崎 市 を対 象 とす る

詳細 嫉 態調査 ・分耕 が なされ てい るので,そ の報告 に拠 っ倶 体 的な実相

を明 らか に し よ う。

川 崎 市 は京 浜 工 業 地 帯 の一 角 に あ って,高 度 経 済 成 長 期 に は,戦 前 ・戦 中 の軍 需 ・重 工 業 の遺 産 の上 に旺 盛 な蓄 積 を進 めて きたが,そ れ だ け よ り鋭 く 石 油 シ ョッ クの打 撃 を受 け る こ とに な る。 製 造 業 就 業 者 数 の は げ しい変 化 に

よ って この点 を見 よ う。製 造 業就 業 者 お よび重 化 学 工 業 部 門 就 業 者 の,56〜80 年 の推 移 を見 る と(表1‑a,b),全 国 平 均 に比 べ て川 崎 市 の特 徴 が 浮 か び 上 が る。 まず 第1に,重 化 学 工 業 化 率 が,全 国平 均53〜54%で あ る の に対 し

て,川 崎 市 で は じつ に87〜90%と 異常 に高 く,そ れ はほ とん ど全 面 的 な重 化 学 工 業化 を示 して い る こ とで あ る。 そ れ だ け に70年 代 中葉 の構 造 転 換 は,製

造 業 全 体 を直 撃 す る こ とに な り,こ の間 の増 減 率 は製 造 業 と重 化 部 門 が 同 じ 足 並 で推 移 す る。 全 国 平 均 の推 移 と比 べ る と,そ の増 減 の は げ しさが 浮 きぼ りに な るで あ ろ う。 従 業 者 数 の ピー ク年 次 に対 す る80年 の比 率 が 全 国平 均91

%に 対 して,川 崎 で は69%で あ る こ と も工 業 都 市 川崎 の う けた 波 浪 の きび し さ を示 す もの で あ る(同 書,pp.19〜27)。

(7)

こ の よ う な 産 業 の 衰 退 は,川 崎 市 の 人 口 動 静 に そ の ま ま反 映 さ れ る こ と に な る(表2)。1965年 を境 に 川 崎 市 の人 口 は

,そ れ 迄(50年 以 降)5年 毎 に ほ と ん ど35〜40%の 激 増 を つ づ け て い た も の が,70年 以 後 は 一 挙 に3〜4%に 落 ち こ み,47〜65年 の20年 間 は 年 平 均 増 加 率7 .5%を 維 持 して い た の に 対 し て,65年 以 後 は1.2%へ と,ほ 表1‑a

と ん ど現 状 維 持 水 準 に 低 下 し た の で あ る。 こ の人 口 変 化 の 背 景 と し て は,差 し当 り次 の 2点 を 考 慮 す る 必 要 が あ る だ ろ う。 そ の 第1は,い う まで もな く さ き に 見 た,と くに70 年 代 に お け る構 造 転 換 に よ る 川 崎 市 の 就 業 構 造 の 変 化 で あ る(表3)。1950年 か ら70年 の 20年 間 に 就 業 者 総 数 は37 .6万 人 増 加 し,50年 の4倍 を越 え

る規 模 に な る 。 こ の う ち 製 造 増 業 就 業 者 は,16.5万 人 増,増 減 加 率 も4.2倍,さ ら に 第1グ ル ー プ 就 業 者 は14万 人 増

,同 じ く4.2倍 で あ っ た 。 しか し,70 年 を越 え る と状 況 は一 変 し, 80年 ま で の10年 間 に就 業 者 総 数 は 僅 か3.6千 人 増 に と ど ま

る な か で,製 造 業 就 業 者 は一 挙 に6.6万 人 減 少 す る こ と に な る 。 そ の た め 減 少 率 も,農

製 造 業 従 業 者 の 推 移(1956〜1980年)

1

}

年 製造業

従業者(計

1956 89,557 60 ユ69,653

65 202,87.5 70 222,667 75 173.44 80 155,79fi

fiO/5fi 189

65/60 12070/s5 110 75/70 78

率 XO/75 90 80/ピ

ク 年 次 69('69}

表1‑b

川 崎 市

第1グ ル ー プ (重 化 率%) 人

80,888 (90.3) 155,751

(91.8) 183,612

(90.5}

2QQ,704 (90.1) 153,19?

(88.5) X37,795 (88.5) X93 118 109 76 90 68('S9}

全 国,製 造業 従 業 者(計)

人 天

6,047,664 8,1fi9,484

9,921,002 11,679,680 11,296,209

10,932,041

135 121 118 97 97 91ぐ73)

重 化 学工 業 化 率(従 業 者 べ 一 ス) iO 年

9O000O1

川崎 市 全国平均

05

OJρ00GOO

54.2 53.4

〔資 料 〕 「工 業 統 計 調 査 」

〔出 所 〕 島 崎,安 原 編 『重 化 学 工 業 都 市 の 構 造 分 析 』 1987年,PP・20〜21に よ り作 成 。

「首 都 圏 改 造 」 と市民 生 活103

(8)

表2川 崎 市 人 ロ の 推 移(1946^1984年)

年次 人 口 各期 間の人 口増 加率(%) 各期間 の年平均人[増 加率(%)

194s 204,895}23

.412.8

47 252,923}26

.28.1

50 39,226}39

.66.9Y7.5

55 445,520}42

.17.3

60 632,975}35

.16.2'

65 854,86fi}13

.92.6'

ハU

〔0

7

7」

973,486}4

.30.8 1,014,951・1.2}2

.50.5

{) 1,040,802}3

.70.9一

84 1,079,701

〔資 料 〕

〔注 〕

〔出 所 〕

「国 勢 調 査 」,た だ し,46,47,84年 は 市 統 計 。

46,84年 は1月!日 現 在,他 は10月1日

表1に 同 じ,p.235に よ り 作 成 。

林 漁 業 に つ い で 第2位 の30%

を記 録 し,総 数 に 占 め る製 造 業 の 割 合 は60年 の49.3%か ら 30.2%に 落 ち こむ の で あ る 。 製 造 業 の う ち こ の10年 間 に 減 少 率 で 高 か っ た も の は,鉄 鋼(54%),非 鉄 金 属(36

%),一 般 機 械(36%),電 気 機i械(41%),窯 業(42%)な

どで あ っ た 。 これ に対 して, 60年 か ら80年 に か け て 第3次 産 業 就 業 者 の 割 合 は35.4%か ら55.8%へ,う ち サ ー ビ ス 業 は14.0%か ら20.1%へ と飛 躍 し,製 造 業 の 後 退 に代 っ て 前 面 に 登 場 し た こ と は い う まで も な い 。

表3川 崎 市 常住 就 業 者 数 の 増 減(1950〜1980年)

(常住地 に よる) 就 業 者 の 増 減

業1950‑1960‑1950‑1970‑

60年70年70年80年 の 指 数

1950年 就 業 者1970年 就 業 者 を100と す る をgooと す る 1970年 就 業 者1980年 就 業 者

の 指 数

総 数

農 林 漁 業 鉱 業

建 設 業

製 造 業

卸 小 売 業

金融保険不動産業 運 輸 通 信 業 電 気 ガ ス 水 道 業 サ ー ビ ス 業

公 務

3次 産 業 小 計

171,118

△5,634 18,674 92,51

28,052 4,391 12,100

745 21,414

△1,196 67,898

204,432

△3 ,049 16,971 72,603 47,412 10,49.

17,10 761 37,505

4,221 117,500

375,550

△8 ,683 35,645 165,354 75,464

×4,882 29,20

1,5Q6

×8,919 3,025 183,006

3,646

×2,331 7,7ao

△66,222

23,389 8,247 158 129 30,741

965 63,629

445.0 44.1 450.5 415.3 576.4 x,299.2 496.8 184.5 629.6 140.9 508.9

100.7 66.O llfi.8

69.6 125.6 151.2 100.4 103.9 143.9 109.3 127.9

〔資 料 〕 「国 勢 調 査 」

〔出 所 〕 表1に 同 じ,p.240。

(9)

195560 65 流 出通勤者(市 外 へ)

流入通勤者(市 外 よ り) 流出超過通勤者数

44,71378,869 50,997105,674

‑一 ̄fi

,284‑2fi,SO5

133,fi 132.2

1.3

表4川 崎 市 の 流 出入 通 勤 者 数 の推 移(1955〜1980年)

7075

1fi3,724191 ,879 162,478169,267

1,24622,612

〔資 料 〕 「国 勢 調 査 」

〔出 所 〕 表1に 同 じ,p.241に よ り 作 成 。

80 215,826 178,051 37,775

第2に は,こ う した就 業 構 造 の変 化 とあ る意 味 で は背 中 合 せ の関 係 に あ る 流 出入 就 業 者 の動 きで あ る(表4)。1980年 の市 外 へ の流 出就 業 者 は21 .6万 人

(う ち,第3次 産 業 就 業 者 が か な り多 い とみ られ る) ,流 入 就 業 者 は17.8万 人 で,そ の差 ・流 出超 過 は3 .8万 人 にの ぼ っ て い る。 プ ラ ス ・マ イ ナ ス零 で あ っ た60年 代 中 葉 以 降,顕 著 に 流 出超 過 へ と傾 斜 して い き,55年 時 点 に比 べ て ち ょ う ど逆 転 した形 で あ る(同 上,p .235〜241)。 住 民 に対 して 「動 民 」 とい う こ とばが 使 わ れ て い るが,次 項 に見 る よ うに,こ の流 出超 過 は いわ ゆ る 「東 京 集 中 」(地 域 格 差 の拡 大)を 示 す,つ ま り70年 代 中葉 の変 動 が

,東 京 対 そ の他 地 域 の格 差 拡 大 の契機 に もな っ た こ とを,こ こで は注 目 して お きた い。

三 大都 市 圏(計)へ の地 方 圏 か らの転 入超 過 人 口 は,75年 を境 に一 時 マ イ ナ ス に転 じるが,そ の 内訳 は,大 阪 圏,名 古 屋 圏 で の落 ち こみ に対 して東 京 圏 で はプ ラス(70〜75年12.1%,75〜80年6 .1%)を 持 続 して い るの で あ る(図

1‑a,b)。 次 に見 る80年 代 の はげ しい東 京 一 極 集 中 に先 が け て,70年 代 に す で に大 阪,名 古 屋 圏 との格 差 の拡 が りが は じ まっ て い る こ とに注 目 して お きた い。60年 代 の地 域 変動 が,重 化 学 工 業 主 導 の 高度 成 長 に よ るベ ル ト地 帯 へ の集 中 で あ り,こ れ が構 造 不 況 に当 面 して終 息 す る

,し か しそ の背 後 に は, 一 貫 して 同 時 にわ が 国 に きわ め て特 殊 で 強 固 な 中央 集 権 的行 財 政

シ ス テ ム の 機 能 が 存 在 した こ とは,次 々 に構 想 ・施 行 され た 「全 国 総 合 開発 」 他 を持 ち 出 す まで もな く,数 多 くの事 実 の 示 す と こ ろで あ る。 国 土 計 画,都 市 改 造 な どをめ ぐる議 論 に際 して,戦 後 は げ し く変転 した産 業 構 造 の転 換 を明 らか に す る こ と は,基 本 的論 点 で あ る こ とに違 い な い が,そ れ と並 ん で,あ る い は

「首都圏改造」と市民生活105

(10)

む し ろそれ 以 上 に地 方 自治 の未 成 熟 に注 目す る こ とが 必 要 で あ る。80年 代 の ラデ ィカル な東 京 集 中 で は,「 民 活 」,「規 制 緩 和 」そ して 「首 都 改造 」な ど中 央 政 府 の専 制 が 露 骨 に表 面 化 す るが,こ の 歪 め られ た中 央 集 中 の メ カ ニ ズ ム

を理 論 的 に明 らか に す る こ とが 重 要 で あ ろ う。

1980年 代 に お け る新 しい 動 向 と東 京 一 極 集 中

1980年 代 に お い て 注 目 さ れ る新 し い 動 向 の 一 つ は,国 際 レ ヴ ェ ル で の 企 業 活 動 の い ち じ る し い 進 展 で あ ろ う。 た と え ば,東 京 区部 へ の 外 資 系 企 業 の 進 出 は,金 融 業 以 外 の 分 野 で も急 増 し て お り,1970〜79年,1980〜87年 の 二 つ の 時 期 に つ い て 進 出 企 業 数 を比 べ て み る と,製 造 業(基 礎 資 源 型,加 工 組 立 型 の 計)で は そ れ ぞ れ167,157,卸 売 業 で は319,352,サ ー ビ ス 業106,131で,

卸 売 業,サ ー ビ ス 業 の 増 加 が 著 し く,金 融 業 を ふ くむ 全 業 種 で は762,840を 記

7)

録 して近 年 の 活 発 な企 業 活 動 国 際 化 の一 端 を示 して い る。 一一方,わ が 国 企 業 の グmバ ル化 も顕 著 で あ る。 経 済 企 画 庁 の ア ンケ ー ト調 査(1989年,東 京

さ  

圏 に本 社 の あ る上 場 企 業 を対 象)に よ る と,輸 出 ・輸 入 業 務 を行 って い る企 業 はす で に6割 を越 え,海 外 に営 業 拠 点 を設 置 して い る もの,海 外 企 業 との

業 務 提 携 の あ る もの も,そ れ ぞ れ54%,57%に 達 して お り,さ らに,企 業 内 で グ ローバ ル戦 略 を明 確 に位 置 づ け て い る企 業 が25%,企 業 の意 志決 定 を世 界 戦 略 べ 一 スで 実 施 して い る企 業 も15%に 達 して い る とい わ れ る。 こ う した 活 発 な活 動 を背 景 に して,東 京 の金 融市 場,資 本 市 場 と して の規 模 もい ち じ る し く拡 大 して そ の今 後 に期待 が よせ られ て い る。 又 これ と併 せ て,貿 易 構 造 の面 で は,円 高 の も とか つ て の鉄 鋼,造 船 に代 り,さ らに近 年 は 自動 車,

機 械 に も代 っ て,先 端 技 術 産 業 の進 出 が 目ざ ま し く,そ れ は,情 報 ・調 査 ・ デ ー タ処 理 な どの サ ー ビス業 を も伴 っ て成 長 を リー ドす る にい た った。

こ う した新 しい動 向 の 中で,1984年 以 降 の 金融 自由 化,円 高 を も背 景 に し て,東 京 圏 経 済 は世 界 有 数 の 国 際 金 融 セ ンタ ー に成 長 す る と とも に,国 際 化

(11)

とは切 り離 せ な い高 度 情 報 機 能 の 中枢 と して の側 面 を も強 め ,東 京 へ の新 し い 中枢 管 理 機 能 集積 を もた ら して い る。80年 代 に お け る東 京 集 中 の特 徴 は

, 60年 代 を中心 に展 開 した物 的 生 産,人 口 に代 っ て,金 融 や 企 業 の 中枢 管 理機 能 が これ を リー ドす る に い た っ た こ とで あ ろ う。 さ らに これ ら は,企 業 の新 しい戦 略 を誘 発 す る こ とにな り,や が て は,東 京 の 「世 界 都 市 」 化 の た め の 条 件 整 備 が 国 土 計 画 の重 要 な柱 と もされ る こ とに な っ た の で あ る。

こ う して,技 術 開発,国 際 化,情 報 化 が80年 代 の 特 徴 的 な潮 流 と して ク ロ ー ズ ・ア ップ され,又 国 際 セ ン タ ー として の東 京 が格 別 に注 目 され る こ とに もな っ た。 『四全 総 』の 内容 を方 向 づ け る こ とにな った 『日本21世 紀 へ の 展 望 』 にお い て は,「 世 界 都 市 」東 京 が次 の よ うに位 置 づ け られ て い る。 まず情 報 化

との か か わ りで は,先 端 技術 の開 発 に 支 え られ た国 際 的 な高 度 情 報 化 の進 展 に よ って 「我 が 国 は世 界情 報 通 信 ネ ッ トワー クの 重 要 な拠 点 の一 つ として, 情 報 発 信 機 能 の充 実 を図 る こ とが 求 め られ る よ う に な る」 と。 又,金 融 国際 化 の 中で は,「金 融 の国 際 化 は,日 本 経 済 の国 際 化,円 評 価 の上 昇 等 に よっ て

… … 」急 速 に進 展 し,「 国際 金 融 市 場 と して の東 京 の役 割 は,我 が 国 の 経 済 力 や政 治 的,社 会 的 安 定性,ニ ュー ヨ0ク とロ ン ドン の 中間 に位 置 す る地 理 的 優 位 性,情 報 通 信 を は じめ とす る諸 機 能 の 集積 等 か ら ます ます そ の重 要 性 を 高 め て お り,将 来,世 界 の 中 心 的 鍬 市 場 に成 長 す る可能 性 が 高 い1)と 躍 され る。 『四全 総 』で は さ らに これ が,そ の 冒頭 「国 土 計 画 の基 本 的 課 題 」の 最 も重 要 な柱 と して,一 層 明 確 に次 の よ う に規 定 され る。「国 際化 と世 界 都 市 機 能 の再 編 成:我 が 国 経 済 は,国 際 的 相 互 依 存 関係 を強 め つ つ世 界 の経 済 活 動 の1割 以 上 を 占 め る に至 り,国 際 社 会 に お け る地 位 と役 割 は大 きな もの と

な っ て い る。 この た めs我 が 国 は従 来 に も増 して 国 際社 会 との調 和 や そ の発 展 へ の貢献 を図 っ て い く こ とが不 可 欠 で あ り,今 後 本 格 的 国 際 化 の時 代 を迎 え,世 界 に開 か れ,世 界 とと もに歩 む 国土 づ く りを進 め る こ とが 強 く求 め ら れ て い る。 … …特 に,東 京 圏 は,環 太 平 洋 地 域 の拠 点 と してiま た世 界 の 中 枢 的 都 市 の一 つ と して,国 際 金 融,国 際 情 報 を は じめ と して,世 界 的規 模,

「首 都 圏 改 造 」 と市 民 生 活107

(12)

水準 の都 市機能(世 界都市機能)の 大 きな集積 が予想 され,世 界的 な交流 の

10)

場 として の役 割 が増 大 す る」(傍 点 は岩 男)と 。

東 京 は ま さ に 「世 界 都 市 」 で な けれ ば な らな い の で あ る。80年 代 の 国土 計 画 の 中 で そ こに作 られ る もの は 「国 際 都 市 機 能 」 で あ る。 こ こに描 か れ て い

11)

る そ れ は,す で に 首 都 東 京 で は な く,国 際 レ ヴ ェ ル で の 「支 配 の 集 約 点 」 と も い え る も の で あ ろ う。

次 に,こ の よ うな 新 しい変 化 の下 で,ど の よ うな 「東 京 集 中」 が進 ん で い るか,そ の特 徴 的 な一端 を80年 代 前 半 の時 期 につ い て,明 らか に しよ う。

大 都 市 へ の集 中 に強 い 関心 が 集 ま り,多 方面 の議論 が な され てす で に久 し い。 しか し,そ の実 態 お よび集 中 の メ カニ ズム は きわ め て複 雑 で,な お そ の 解 明 に は遠 い とい うの が 実情 で あ る。 確 か に 「集 中 」は第1に は,「 集 積 の利 益 」 を求 め る市 場 メ カニ ズ ム に よ って ひ き起 され,60年 代 い らい の わ が 国 の 社 会 変 動 の大 きな 要 因 が,こ こに あ っ た こ とは否 め な い で あ ろ う。 しか し, 80年 代 に は,そ の上 に新 た な要 因 が 加 わ った。 その 重 要 な もの は,内 需 拡 大, 民 間 活 力利 用,金 融 自由化,規 制 緩 和 な どの景 気 拡 大 策 で あ り,又 企 業 活 動

の国 際 化 の展 開 で あ った とみ られ よ う。 これ ら は又,上 の集 積 に よ る市 場 原 理 を一 層 強 め る と と もに,集 中 の場 を よ り東 京 一 点 に移 す こ とに もな った の で あ る。 それ は さ らに,従 来 の 「大 都 市 圏 対 地 方 圏」 問題 を 「東 京 圏対 その 他 」 問題 に変 え る こ とに もな っ た の で あ る。

この 「東 京 一極 集 中」 を も っ とも鋭 く示 して い るの が,金 融機 能 の集 中で あ ろ う。 図2に よ る と,東 京 圏 にお け る そ の所 在(あ る い は機 能)の 対 全 国 シ ェアが 最 も高 率 で あ るの は,外 資 系企 業 の立 地,お よび手 形 交 換 高 で あ り, そ れ ぞれ87%,85%の 高 さで あ る。 そ の シ ェアが ほ ぼ60%の 大 企 業(資 本 金 100億 円以 上)本 社 数,全 国 銀行 貸 出残 高 が これ につ づ い て お り,巨 大 資 本 は ほ とん ど一 点 集 中状 況 を示 す。 又,こ の 間数 年 の シ ェア の伸 び につ い て み る と,こ の高 位4件 で は金 融 機 能,お よび外 資 系 の活 動 の それ が と くに高 い こ

(13)

図2東 京 圏 へ の集 中状 況(全 国 シ ェア) (%}

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サービス業従業者数

事業所従業者数

n業製品出荷額

人口

事業所数

面積

〔資 料 〕

〔 注 〕

〔出 所 〕

全国銀行貸出残高

L場企業本社数

大学生数

商業販売額

預貯金残高

金融・保険業従業者数 外資系企業数

r形交換高

資本金百億円以Lの企業本社数

面積:総 務庁 「国勢調 査」(各 年10月1日 現在)

事業所数:総 務庁 「事業所統計 調査」(各 年7月1日 現在) 人 口:厚 生省 「人 口動態統計」(各 年3月 末 日現在)

工 業製品出荷額:通 産省 「工業統計 表」(暦 年)

従 業者数:総 務庁 「事業所統計調査 」(各 年7月1日 現在)

サー ビス業従業者数1総 務庁 「事業所統計 調査 」(各 年7月 ユ日現在) 金 融 ・保 堕 業 従 業 者 麩:総 務 庁 「事 業 所 統 計 調 査 」(各 年7月1日 現 在) 預 貯 金 残 高:目 本 銀 行 「都 道 府 県 別 経 済 統 計 」(各 年3月 末 日現 在) 商 業 年 間 販 売 額1通 産 省 「商 業 統 計 表 」(54年:53 .6.1〜54.5.31,60年:

59。6.1〜60,4.30)

大 学 生 数:文 部 省 「学 校 基 本 調 査 」(各 年5月1日 現 在) 上場 企 茎 本社 数:東 洋 経 済 新 報 社 「会 社 四季 報 」(各 年秋 号)

全国銀行 貸出残高: 日本銀行 「都道府 県別経 済統計」(各 年3月 末 日現在) 資本金 些O億 円以上ρ 企業本社 数:東 洋経済新報社 「会社四季報」(各 年秋号) 手形交換raFY=日本 銀行 「都道府県別経済統計」(暦 年)

纏灘織 鷲鞭 灘 辮 鑛墾鷲 驚版より 械

経 済 企 画 庁 総 合 計 画 局 『東 京 の 世 界 都 市 化 と地 域 の 活 性 化 』 平 成 元 年 ,p.52。

「首 都 圏 改 造 」 と市 民 生 活109

(14)

図3資 本 金100億 円 以 上 の 上 場 企 業 の 本 社 立 地状 況(全 国 シ ェア) (%)

70 so 50 40 30 20 10

日召禾05863(i#.)

皿 東 京 圏 團 東 京 都 匡…ヨ23区

〔資 料 〕 東 洋 経 済 新 報 社 「会 社 四 季 報 」

〔出 所 〕 図2に 同 じ,p.62。

と に も注 目 して い い で あ ろ う。 な お, こ の よ う な 東 京 圏 へ の 集 中 は,東 京 都 の 範 囲 で は集 中 の 程 度 は よ り高 ま

り,区 部 に 限 る と さ ら に 高 くな る の で あ る が,こ の 開 き は じ つ は,予 想

され る ほ ど大 き い もの で は な く,と く に東 京 へ の 集 中 度 の 高 い場 合 ほ ど, 開 き は 少 な くな る 。資 本 金100億 円 以 上 の 巨 大 企 業 本 社 の 場 合(図3),東 京 圏,都,区 部 の シ ェ ア は そ れ ぞ れ 622%,58.1%,57.5%で(63年),

圏 域 と 区 部 で は そ の 差 は わ ず か4.7

%で しか な い の で あ る 。 これ は,こ れ ら大 企 業 の ほ と ん どが 事 実 上 区 部 に 集 中 立 地 し て い て,東 京 周 辺3県 へ の 立 地 は僅 少 で あ る こ と を示 し て い る わ け で あ る。 東 京 圏 と い う単 純 な イ メ ー ジ と は異 な り,周 辺 県 は し ば し ば む

し ろ そ の 圏 外 の"過 疎"状 態 に 近 い こ と を こ こで 指 摘 して お こ う。

さ て,こ の よ う に し て,面 積3.6%(対 全 国 比)の 地 域 に25。2%の 人 口,28

%の 製 造 業 従 業 者 が 集 中 し た 地 域 と は,ど の よ う な 姿 を呈 す る の で あ ろ う か 。 図4は,東 京 圏,11大 都 市(平 均),東 京 都 区 部,都 心 区(平 均)の,そ れ ぞ れ の 第 二 次 産 業,公 務,サ ー ビ ス 業 な ど8部 門 の 従 業 者 構 成 比 の,全 国 平 均 を100と す る特 化 係 数 を比 較 図 示 し た も の で あ る。た と え ば,不 動 産 業 就 業 者 の 総 就 業 者 に対 す る割 合 は,全 国 平 均 を100と す る と都 心 区 で は 約212,つ ま り不 動 産 業 者 の 比 重 は 全 国 平 均 の2倍 以 上 と い う わ け で あ る 。 こ れ に よ る と, 都 心 区 の 場 合a全 国 平 均 に 比 べ て 公 務 員,サ ー ビス 業,商 業 ・飲 食 店,不 動 産 業,金 融 ・保 険 業 で は,こ の 順 に よ り大 き な比 重 を も ち,第 二 次 産 業,電

気 ・ガ ス ・水 道 ・熱 供 給 業,運 輸 通 信 業 で は そ の 比 重 は極 度 に 小 さ い こ とが

(15)

図4東 京 区部,都 心区の産業構造 の特性 産業別従業者構成 の特化 係数

二次産業

不動産業

公 務//"

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金融 ・保 険 業

〔 注 〕 都 心 区 は,千 代 田a中 央,港,新 宿,渋 谷 の5区 。

〔出 所 〕 東 京 都 企 画 審 議 室 『一 極 集 中 と東 京 問 題 』(首 都 機 能 調 査 研 究 会 報 告 書)平 成 元 年,p.26。

わ か る。 又,こ こに掲 げ られ た東 京 圏 か ら都 心 区 まで の4都 市部 を比 べ る と, よ り中枢 的都 市 部 で あ る ほ ど全 国平 均 との 乖 離 が 大 き く,し か しいず れ も互 い に相 似 で あ る こ とが 明 らか に され た。 この 図 を作 成 した首 都 機 能 調 査 研 究 会 は,こ れ を 「都 市 型 蝶 離 の 究勧 姿12」)とい い,そ れ 以 上 の評 価 はそ こ に は示 され て い な い。 しか し,そ の特 徴 は何 で あ ろ うか。 それ は な に よ りも,

この社 会 の産 業 機 能 が 不 生産 的 機 能 に極 度 に偏 っ て い る こ とで あ り

,そ の 限

「首都圏改造」と市民生活111

(16)

りで寄 生 的性 格 の強 い社 会 とい う こ と もで き よ う。 これ を裏 側 か ら見 れ ば, 第 二 次 産 業 の場 合 に代 表 され る よ うに生 産 機 能 をい ち じ る し く低 下 させ た社

会 で あ り,又 商 業 ・飲 食 店 な どを含 め て対"生 活"機 能 の衰 退 が 特 徴 ともい え よ う。 この 点 に つ い て はな お,職 業部 門 別 の比 重 そ の他 な ど,詳 細 な分 析 が これ か らの課 題 で あ るが,こ こに は,い わ ゆ る中枢 管 理 機 能 集 中都 市 の一 面 が 明 らか に され て い る。

都心の空洞化

近 年 の 国 際 的規 模 で の新 しい経 済 社 会 の変 化 はyわ が 国社 会 に も,と くに 東 京 を中心 とす るか つ て な い変 動 をひ き起 した。 それ は しか し,活 発 な都 市 開 発,旺 盛 な企 業 活 動 を よ び起 しなが ら,他 方 で は又,異 常 な地 価 の 高騰 や 住 宅,交 通 問題 な ど深 刻 な東 京 問 題 を誘 発 す る こ とに もな っ た。 これ らの都 市 問題 は,ほ ぼ1980年 ご ろを境 に して新 し い段 階 に入 っ た との議 論 もな され て い るので あ る。 そ こで次 に,と くに都 心部 に お け る顕 著 な人 口 の動 きを も

に らみ なが ら,近 年 の地 価,住 宅 問題 な どの動 向 を明 らか に し よ う。

東 京 の人 口動 態 は,こ の約10年,な か ん ず く最 近5年 間 に非 常 な激 しさ を み せ て い る と ともに,東 京 都 全 体 とその うち の 区部,さ らに は いわ ゆ る都 心 5区(千 代 田,中 央,港,新 宿,渋 谷)の 人 口 の それ ぞれ の動 きに顕 著 な違 い の あ る こ とが 特 徴 的 で あ る(図5)。 昭 和50年 以 後 の15年 間 の 推 移 を み る

と,東 京都 計 で は最 初 の5年 間 に僅 か で はあ るが減 少(減 少 は戦 後 は じめて で あ る)し た あ とは,微 増 傾 向 をつ づ けて い る。 これ に対 して,区 部 の人 口 は この 間一 貫 して減 少 して きた。 しか し,東 京 の業 務 地 区 の 中心 で あ る都 心 5区 で は,な だれ の よ うな人 口流 出 が み られ,と くに千 代 田 区 で は,50年 時 点 の人 口 の ほ ぼ%に 相 当 す る約2万 人 が減 少 して お り,5区 全 体 で約19万 人 減 とな っ た。 図5に み られ る よ う に,千 代 田 区 を先 頭 に 中央,港 の3区 の減 少 が 最 も激 し く,そ の あ とを渋 谷 区,新 宿 区(今,新 都 庁 舎 新 築 を契 機 に開

(17)

図5東 京都心5区 の夜間人 口の減少

(昭 和50年 を100と す る 指 数)

東 巧て者1〜討一

"\§ ・ ヤ ー ミ

・、新宿、̲渋 谷

中央

日召505560斗 乏2

〔資 料 〕 東 京 都 総 務 局 『人 口 の 動 き』

〔出 所 〕 東 京 都 企 画 審 議 室 『東 京 の 土 地1989』 平 成2年 ,p.57 に よ り作 図 。

発 が進 ん で い る)が 追 っ て い る形 で あ るが ,こ れ は,オ フ ィス ビル建 築 の 手 が い よ い よ渋 谷,新 宿 に まで 及 ん だ こ と,し か も近 年 の それ が いか に激 しい

もの で あ るか ・ いわ ゆ る"都 心 空 洞 化"の 急 進 を示 す もの で あ る

区部 の床 面 積 利 用 状 況 を,住 宅 床 と商 業 ・業 務 系床(住 商併 用 を ふ くむ) に分 けて み る と,1986年 に は全 体 で,後 者 が25%を も占 め る に至 っ た。 これ を 区別 に見 る と(図6),練 馬,杉 並 ,世 田谷 な どで住 宅 率 が 高 くて70〜80%

粘 で あ るが・千代 駆 で は{勤 こ1・%・中央 区 で も2・%と い う低 樺 で

あ る。 こ う して都 心 部 で は,居 住者 と住 宅 の激 し い駆 逐 が 行 なわ れ て い る一 方・ 昼 間人 口 は ち ょ う ど これ と逆 に激 増 を つづ けて い る(図7)

.そ れ は,居 住 者 を駆 逐 して侵 入 した 商 業 ・業 務 活 動 の増 加 と歩 を そ ろ えて お り

,か くて

都心部 は 「 住 む街 か ら,働 き遊 緬 裂 」 と変貌 してい るので ある

.今 鯨

「首 都 圏 改造 」 と市 民 生 活113

(18)

図6各 区 の住 宅 床 の 率(1986)

〔 コ0…49 050‑59

四60‑69 圏70‑79 瞳 翻80‑一

〔資料 〕 『土地利 用現況調査』(1986年)

〔出所〕 東京都都 市計 画局 『東京集 中問題調査報告書』 平成2年,p.47。

都 で は,鈴 木 都 政 の 『東 京 都 長 期 計 画 ・マ イ タ ウ ン東 京 一 一21世 紀 を め ざ し て一 一』に も とつ い て,2,000年 を 目標 とす る大 規 模 な 都 市 開 発 が 進 め られ て い る 。 そ の 目 玉 と し て,「 世 界 都 市 東 京 の 国 際 化,情 報 化 に 対 応 し た 拠 点 づ く

り を行 う た め,最 先 端 の 機 能 を 備 え た 〈東 京 テ レ ポ ー ト〉 や 〈東 京 国 際 コ ン ベ ン シ ョ ンパ ー ク〉 を難 す る 」15)とい うn,,V面積448へ 〃 一 ル に お よぶ い わ ゆ る 「臨 海 部 副 都 心 」 開 発 が 進 め られ て い る。 こ れ は東 京 を ニ ュ ー ヨ ー クi ロ ン ドン と並 ぶ 規 模 の 国 際 金 融 ・資 本 セ ン タ ー とす る こ と を 目標 に,財 界 か

ら提 起 さ れ た 「大 東 京 国 際 化 計 画 」 を 契 機 に 計 画 化 さ れ た とい わ れ て い るが, す で に 事 業 は 着 々 進 行 し て お り,又,そ れ に伴 っ て"空 洞 化"を 一 層 促 進 す

る こ と に な る で あ ろ う。

近 年 の こ う し た 開 発 ブ ー ム は,い う ま で も な く大 規 模 な オ フ ィ ス ビ ル 需 要

(19)

図7東 京都心5区 の昼間人 口の増加

下・代 川

ノ中央 東京 都計 区部計

li召45505560・ ド2

〔資料〕 東京都総務局 『東京都 の昼 間人 口』(平 成2年 は推計)に よ り作図

。 を誘 発 し,東 京 都 心 部 で は今,か つ て な い 勢 い で オ フ ィ ス 着 工 床 面 積 の 拡 大 が 進 み,89年 に は 区 部 全 体 で 計500万m%こ もな ろ う と し て い る と い わ れ て い る。 そ の 都 心 部 に お け る 区別 の 動 向(図8)を 見 る と

,特 徴 的 な こ と は,業 務 地 区 の 本 丸 と もい え る都 心3区 に比 べ て,新 興 副 都 心3区 の 伸 び が 著 し い

こ とで あ る。 そ の 最 も大 き な 理 由 は,千 代 田 区 を先 頭 に し て 都 心3区 で は, そ の 新 設 の 余 地 が い ち じ る し く小 さ くな っ て い る こ とで あ ろ う

。 オ フ ィ ス 着 工 地 が 都 心3区 か ら急 速 に 外 周 部 に拡 散 し て い るわ け で

,そ の た め,千 代 田 区 に 隣 接 し,副 都 心 開 発 が 進 め られ て い る新 宿 が 飛 躍 的 な 伸 び を示 す こ と に な る 。1989年 そ の 面 積 は,全 区 の ほ ぼ5分 の1に も相 当 す る83万 ㎡ と な っ そ い る の で あ る 。80年 代 に お け る"東 京 集 中"が

,こ れ を 押 し 上 げ た こ と は 間 違 い な い で あ ろ う。 都 心3区+新 宿 区 の オ フ ィ ス 床 面 積 は,こ れ と ほ ぼ 同 じ 区 域 面 積 を もつ マ ンハ ッ タ ン の そ れ を す で に 上 回 っ て お り,80年 代 の 増 加 面 積 で は,前 者 が儲 の2.7倍 で あ っ た と もいわ れ て い るの で 認 。

「首 都 圏 改 造 」 と市民 生 活115

(20)

図8東 京都 心 部 で 急 増 す るオ フ ィス着 工 床 面 積

(1983年 を100と す る 指 数)

1983 85 87 89

〔資 料 〕 東 京 都 『建 築 統 計 年 報 』 各 年 版

〔出 所 〕 大 阪 市 立 大 学 経 済 研 究 所,世 界 の 大 都 市7『 東 京 大 阪 』1990,p.141に よ り作 図 。

都 心 周 辺 区 の み な らず,東 京 都 自体 に とっ て も 「定 住 人 口 の 回復 」 が 切 実 に期 待 され るな か で,ビ ジ ネ ス空 間 は逆 に一 層拡 大 して い く。 こ こに は,す で にみ た 「世 界 都 市 機 能 」 整 備 優 先 政 策 の み な らず,「 地 方 自治 の未 成 熟 」を

み な い わ け に はい か な い で あ ろ う。

地価 ・住 宅 間 題

は げ しい業 務 地 域 の開 発 は,当 然,東 京 を中心 とす る地価 高騰 を招 くこ と に な っ た。 そ して今 回 の 高騰 の 特徴 は,と くに大 都 市 圏 で,そ の上 昇 率 が短 期 間 に異 常 な高 さ に な っ た こ とで あ ろ う。

戦 後 の地 価 高 騰 は今 回 で3回 目で あ る(図9)。 そ して今 回 の高 騰 率 は,47 都 市 平 均 で は,高 度 経 済 成 長 期 の1970年 代 前 半 の そ れ につ ぐ もの だが,大 都 市 部(東 京 区部,大 阪 市 な ど)で は これ を は るか に凌 駕 す る。 さ らに東 京 都

(21)

図93大 都 市 の 鵬 路 緬 格(対 前 年 上 昇 率)の 推 移一一一一1970〜1988年 ̲ (%)

§巡 諺

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横浜市

197071727374σ5‑76)7780818384858688(年)

〔資 料 〕 国 税 庁 餓 の 舗 市 鵬 路 線 価(各 年 次 新 聞 記 事 に よ る)

〔注1) 。

1974年 癬 灘 響 価 は74年 と'1!i:.2)1971年 まで は46航3)

〔出所〕

表樽 欝 隙 編 『デー タでみる大阪繍6・ 年』東京大 学鵬1989集

区 内 の特 定 地 区(区 舗 西部 な ど)に つ いて み る と1年 間 に上 昇 率 が ほぼ1。0

%(昭 和62年1月)燵 して お り,こ の 高 さ は,昭 和45年 に地 舩 示制 度 が 発 足 して い らい例 を見 な い もの といわ れ2 .土 地 問題 は,と くに今 日の大 都 市 部 にお け 撮 も深 刻 な都 市 問 題 とな って お り,住 宅,交 通 樋 勤 問題 の根 源 を な して市 民 の生 活 の根 底 をお びや か して い る といって い い だ ろ う.上 に 参 照 した 『鯨 の土 地1989』 は・ 「都 市 の魅 力1こ溢 れ て い る まち棘 は

,全 て の人 が住 ん で み た い と想 う街 で な け細 まな らな い

.一 ・に もか かわ らず,昨 今 の東 京 の状 況 は・ こ こ に住 む人 々 に不 安 感 と焦 燥 感 を

,ま た住 も う と して い る人 々 に は・や や もす れ ば纏 感 を与 え て い る 望)と述 べ て い る

.r首t造 計 画 』(1985)・r第 四 次 全 国 総 舗 発 計 画 』(1987)は

,新 し い フ 。 ン テ ィ ア を 求 め て 東 京 周 辺 地 域 の 開 発 を進 め よ う とす る もの で あ る が

,現 状 か ら み る

「首都圏改造」 と市民生活117

(22)

図1a‐a地 価 上 昇 の 要 因 分 析(商 業 地)

地価 変動率 匡ミヨ経済活動要因

50一

A□ 金融要因

S

40一

1

1、 口 期待要因

1

1̲推 定値

30一

V

l‑一 観 測 値

20一

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10一

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...

譲 嚢護 ミi 謹 壽 轟 謹謹

§ 謹 謹

H召 和灘 繍 臨 舗 繭 繍錨(年)

〔注 〕1)企 酪 灘 「土地利用及 び地価形成要因 に関 す るeay̲.・」 よ り作成 ・

2)棒 グ ラフは地価麟 率 の.:.の 内訳 で ある・ ・を趣 る と地価 変動率 はプ ラス となる4

〔出所〕 棘 都企画審議室r棘 の土地1989(土 地 関f績 料集)』 平成2年 ・P・172・

か ぎ り 「住 む 人 々 の 不 安 感,焦 燥 感,絶 望 感 」 を東 京 周 辺 か ら,首 都 圏 全 域 に ま で 拡 げ る こ と に な り は し な い か,今 本 格 的 な 点 検 が 必 要 で あ ろ う。

地 価 高 騰 の メ カ ニ ズ ム は も と よ り極 め て 複 雑 で,な ん ら か の 政 策 要 因 が こ れ に 関 わ っ て い る場 合 に は,こ れ を 明 らか に す る の は一 層 至 難 で あ ろ う。 今 回 の 高 騰 は明 らか に,こ う し た 要 因 が 関 わ っ て い る場 合 の 一 つ で あ る が,こ

こで はその関連 を凍 京都 の調 査繕 を手掛 りに して探 り,地 価 と醗 の関

(23)

図1Q‑‑b地 価 上 昇 の 要 因 分 析(住 宅 地)

地価 変動 率 圏 所得要因

50一

口 金融要

40一

1 口 波腰

'

'1 一 推定値

f

30一

1

一一一 観 測 値

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『 融 一洗 一一噸 一棚 一 畔

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§ 箋箋 ll §

ti

H召・手n555657

前 後 前 後 前

期 期 期 期 期

後期

58前期

後期

59fiO61

前 後 前 後 前

期 期 期}胡 期

63

62

〔注 〕,〔 出 所 〕 図10‑aにi司 じ,p .173。

係 の一 端 を明 らか に して み よ う。

図10‑‑aは,昭 和60年 か らの 商 業地 価 高 騰 に対 して,金 融膨 脹 が そ の要 因 と して い か にか か わ っ た か,62年 に は それ に代 っ て,い わ ゆ る期 待 要 因 が ど の よ うに関 係 した か,そ して,住 宅 地 価 高 騰 に対 して は(図10 ‐b) ,商 業 地 価 に よ る波 及 要 因 が62年 を ピー ク に して いか に圧 倒 的 で あ った か を示 して い る。 つ ま り,住 宅 地 の場 合 は価 格 形 成 要 因 は,短 期 的 に み る限 り,ほ とん ど 波 及 要 因 で 説 明 で き る とい うわ けで あ る。 金 あ ま りの 中,金 融 の 自 由化,国 際 化 は東 京 の 国 際 的機 能 を高 め,土 地 生 産 性 の上 昇 期 待 が昂 進 して都 心 の事

「首 都 圏 改造 」 と市 民 生 活119

(24)

務 所 需 要 を ふ く ら ませ,土 地 投 機 を あ お っ た こ とが,こ こで は 明 らか に され て い る 。 こ の 報 告 に よ る と,60年 〜64年 の 間,都 心3区 で は 巨 大 な 資 金 力 を

もつ 法 人 所 有 の 土 地 が じ り じ り増 加 し て 個 人 所 有 分 を駆 逐 し,法 人 所 有 比 率 は こ の 間,58.6%か ら69.1%に ま で 膨 脹,そ れ は 当 然 土 地 価 格 を つ り上 げ た 。 し か も,国 土 庁 の 調 査 報 告(『 土 地 保 有 移 動 調 査 』)に よ る と,法 人 が 購 入 ・ 保 有 して い る 未 利 用 地 の 未 利 用 理 由 は(昭 和59年 に 購 入 し平 成 元 年 に 保 有 し

て い る土 地 の 場 合)じ つ に50%ま で が,「 当 初 か ら利 用 す る意 思 な し」 と さ れ て い る こ とか らす る と 当 然,「法 人 所 有 増 の 背 景 に は … … 投 機 目 的 が 含 ま れ て い る」 も の とみ な け れ ば な ら な い で あ ろ う。

か くて,80年 代10年 間 に,東 京 区 部 の オ フ ィ ス床 面 積 は 激 増 し,そ の 増 加 面 積1,506ha(取 り壊 し な ど に よ る減 少 分 を 差 し引 き後)は,1都3県 の 全 業 務 核 都 市(横 浜 ・川 崎,千 葉,立 川 ・八 王 子 ・ 大 宮 ・浦 和)の オ フ ィ ス'ス

ト ッ ク の 合 計 面 積1,540haに 匹 敵 す る 規 模 に 達 し た の で あ る 。 平 成2年 の 公 示 地 価 か らみ た 現 状 は,商 業 地 ・工 業 地 と も に ピ ー ク時 以 上 の 高 水 準 で 推 移 し て お り,全 用 途 平 均 で は,「 下 げ 止 ま り,か つ 高 値 横 ば い の 傾 向 」を 見 せ て い る とい う。

地 価 高 騰 は住 宅 取 得 費 を押 し上 げ,今 東 京 都 で は平 均 勤 労 者 に は,か れ ら の 購 入 限 度 額 内 に残 っ て い る地 域 は,唯 一 西 多 摩 だ け に な っ て し ま っ た 。

ま ず は じ め に,今 回 の 地 価 高 騰 が は じ ま っ た1984年 以 降,80年 代 後 半 の 平 均 勤 労 者 の 住 宅 取 得 可 能 性 の 変 化 を た ど っ て み よ う(表5)。

住 宅 地 価 は,一 ・応 最 小 限 の 宅 地 規 模 と し て100㎡ 当 りで み る とs近 年 と くに 86,87年 の都 内 の 高 騰 は す さ ま じ い ば か りで,区 部 平 均 で は85年 か ら87年 の わ ず か2年 間 に4,000万 円 か ら1億3,000万 円 へ と3.3倍 に も な っ た こ とが 知 ら れ る 。 中 心 区 部 で は5.3倍,な ん と5億 円 と も い わ れ て い る 。全 都 平 均 で も 同 じ時 期,3倍 の9,000万 円 に な り,市 民 の 生 活 の 第1の 基 本 条 件 が 市 民 の 手 に は届 か な い も の と な っ て し ま っ た の で あ る。 さ き に み た 一 般 地 価 の 動 き と 同 様,こ の 住 宅 地 価 も87年 以 降 は,こ の 高 水 準 が ほ とん ど そ の ま ま維 持 され

(25)

衰5 住 宅地価 格 と 「購入限度額」 の推移 (東京都) (万 円)

年次 住 宅 地 価 格(100㎡ 当 た り) 勤労者世帯 「購入

中心区

1区 部平剃 舞 平均 「

全都平均 平均年収 限度額」

1984 7.66 3,6711,983 2,773 566 2,83Q

85 9,3$s 3,9922,031 2,954 6Q2 3,Q10

8fi 23,515 6,4732,228 4,,307 623 3,115

87 49,363 13,3424,652 8,9Q3 642 3.20

88 47,350 13,2944,842 8,914 663 3,315

89 45,844 12,7554,714 8,:135 fi81 3,405

〔資 料 〕 東 京 都 財 務 局 「基 準 地 価 格 」(各 年7月1日) ,同 総 務 局 「都 民 の く ら し む き」

〔 注 〕 「購 入 限 度 額 」 は,平 均 年 収 の5倍 と し て い る。

〔出 所 〕 東 京 都 企 画 審 議 室 『東 京 の 土 地1989』p .48に よ り作 成 。

て い る。 勤 労 者 世 帯 の住 宅 地 購 入 限 度 額 を,か りに平 均 年収 の5年 分 とす れ ば,区 部 平 均 で す で に84年 以 前 に絶 望 とな り,北 多 摩,南 多摩 で は とも に87 年 に か れ らの 手 か ら離 れ,わ ず か に西 多摩 のみ 可 能 性 が残 され て い る こ とに

な っ た。 で は,マ ン シ ョン な ら ど うか。 都 内 の マ ン シ ョ ン価 格(一 応,60㎡

で み る)は,1989年 区部 で は,住 宅地 価 に比 べ て約30%ほ ど安 いが

,購i入 限 度 とい う点 で は同 じ状 況 で あ る。

住 宅 に 限 らず,道 路,公 園,遊 び場 な ど都 市 の生 活 基 盤 整 備 に は まず 用 地 の 取 得 が第1前 提 で あ るが,最 近 の大 都 市 事 情 の 中 で は,こ れ が 最 初 の ネ ッ ク とな っ て,公 共 住 宅 の建 設 をふ くめ て生 活 基 盤 整 備 を至 難 に して い る の で あ る。 東 京 都 の場 合,投 資 的 経 費 に占 め る用地 費 とそ の割 合 は(表6) ,1987

表s投 資 的経 費 に占め る用地費 の割合(東 京都一般会計) (億円,%)

19876,8122

,022 88ユ0,3114

,170 8914,3965

,645

9QJ17,8337 ,277

〔資 料 〕 財 務 局 『予 算 案 の 概 要 』(各 年 度 当 初 予 算)

〔出 所 〕 東 京 都 企 画 …審 議 室 『東 京 の 土 地1989』p.42。

29.7 40.E 392 40.8

「首 都 圏 改 造 」 と市民 生 活121

(26)

年度 に対 して1990年 度(当 初 予 算)に は,金 額 で3.6倍,投 資 的経 費 に 占め る 割合 で は30%か ら40%へ と急 膨 脹 す る にい た った 。近 年,住 宅 ロー ン の利 用 率 が,と くに土 地 資 産 保 有 の相 対 的 に低位 で あ る30歳 〜40歳 台 の部 分 で顕 著 に低 下 して い る とい わ れ て い るが,住 宅 取 得 の絶 望 的 な事 情 は,市 民 の生 活 を,と くに若 い 層 の間 で 直 撃 して い るの み な らず,東 京 に住 む意 欲(住 民 意 識)の 衰 退 に もつ な が っ て い る とされ て い る ので あ る。 都 市 と は何 か,が あ

らた め て 問 わ れ て い る とい え よ う。 「都 市 の活 力 」が 高 ま るに応 じて,住 民 の 生 活 意 欲 が後 退 す る現代 大都 市 と は,0体 何 か,深 刻 な課 題 が提 起 され

て い るので あ る。

『国土 利 用 白書 』 に よ る と,1987年 度,世 田谷 区 の土 地 購 入 者 の約3割 が 都 心5区 か らの転 入 者 で あ り,そ の大 半 は購 入 資 金 を不 動 産 売 却 代 金 に よ っ て まか な っ た とい う。 都 心 部 で の業 務 地 拡 大 が,こ う して そ の住 民 を よ り周 辺 部 へ と駆 逐 して い く。 国土 計 画,首 都 改造 が都 市 の新 しい 「活 力 」 を生 み 出す,然 し その 「活 力 」 は市 民 に とっ て はそ の ま ま"圧 力"に 変 るの で あ ろ うか 。 民 間経 済 調 査機 関 の調 査 に よ る と,平 成 元 年,東 京 を中心 とす る首 都 圏 で,1億 円以 上 の不 動 産 資 産 を保 有 して い る世 帯 は,調 査世 帯 総 数 の22%

を 占 め,と くに中高 年 の50歳 台 で は%世 帯,60歳 台 以 上 で は約40%で あ っ た とい わ れ る警〕)1985年(「鴎 調 査 」)時 点 で 凍 京 都 区部 の人 ・ 中,5・ 歳 以 上 層 は約26%(世 帯 主 の比 率 で は これ よ りか な り高 くな るで あ ろ う)で あ るが, 大 まか に み て か りに この 層 の%を,当 面 住 宅 保 有 とい う点 で 「安 定 層 」 とみ

る とす れ ば,こ の 層 が今 後 年 々減 少 して10年 先 に は都 民 の住 宅 事 情 は どうな る ので あ ろ うか 。 都 心部 に生 まれ た空 洞 化 が,今 後 急 速 に拡 が ろ う と して い る と き,い か に 「安 定 定 住 層 」 を形 成 す るか が現 代 大 都 市 の 深刻 な課 題 とな るで あ ろ う。(1990.10.9)

(27)

1)『 首 都 改造 計 画 』の計 画対 象 地域(東 京 大 都 市 圏)は ,東 京 圏(東 京 都,埼 玉 県,千 葉 県,神 奈 川 県)と 茨 城 県 南 部(土 浦,古 河,石 岡,竜 ヶ崎 ,下 妻,水 海 道,取 手,岩 井 の8市 と筑 波,稲 敷,新 治,結 城,猿 島 ,北 相 馬 の6郡)と

され る。

2)『 四 全総 』の提 唱 す る 「多極 分 散 」に つ い て は,そ の 実施 法 た る 『多極 分 散型 国土 形 成 促 進 法 』(昭63.6)が,具 体 的 に次 の よ う に明 らか に して い る。 国 は, 東 京 都 区部 にお け る人 口,行 政,経 済,文 化 等 に関 す る機 能 の過 度 の集 中 の是 正 に資 す る た め,国 の行 政 機 関 の 東 京都 区部 か らの移 転 に努 め な けれ ば な らな い(四 条)。 又,内 閣 総 理 大 臣 は,東 京都 区部 にお け る これ らの機 能 の 東 京 圏 に お け る適 正 な配 置 を図 るた め,「東 京 圏 にお け る東 京 都 区部 以 外 の地 域 」(『首 都 改 造 計 画 』 の い う 「業 務核 都 市 」 を さす)に 「事務 所,営 業 所 等 の業 務 施 設 を 集 積 」 させ る よ う努 めな けれ ば な らな い(二 二 条)と 。 す な わ ち,「 多 極 分 散 」 の 施 策 の重 点 目標 は,東 京 都 区部 か らの 一 定 の諸 機 能 の東 京 圏 内 で の分 散 で あ

り,従 っ て それ は,東 京 圏 へ の よ り高度 の一極 集 中 を準 備 す る もの で あ る とい え よ う。

3)「 多核 多圏 域 型 連 合 都 市 圏 」 とは,『 首 都 改 造 計 画 』 に よ る と,東 京 大 都 市 圏 に お け る東 京 都 心 部 を頂 点 とす る従 来 の一 極 依 存 構 造 に か わ っ て構 想 され る,

「分 化 を基 調 と した,複 数 の核(業 務 核 都 市)と 圏 域(自 立 都 市 圏)を 有 す る」

多核 多 圏域 型 の連 合 都 市 圏 と され,そ の5つ の 圏域 は次 の とお りで あ る。

圏 域

範 囲1

多摩自立都市圏 おお むね三多摩地域 神奈川 自立都市圏

埼 玉自立都市圏 千葉 自立都市圏 茨城 南部 自立都 市圏

〃 神奈川県地域

〃 埼 玉県地域

〃 千葉 県地域

〃 茨城 県南部 地域

業務核都市 立 川市 ・八一E子市 横浜市 ・川崎 市 大 宮市 ・浦和 市

F市

土浦市 ・筑波研究学 園都 市 4)『 第 二 次 新 神 奈 川 計 画 』に つ い て は,拙 稿 「東 京 一極 集 中 と神 奈 川 県 の社 会 構

成 」(神 奈 川 大 学 国 際 経 営 研 究 所 『国 際 経 営 フ ォー ラ ム 』1,pp .125〜,1990年) を参 照 され た い。

5)国 土 庁 大 都 市 圏 整 備 局 『首 都 改 造計 画 』1985年,p .105。

6)島 崎 稔,安 原 茂 編 『重 化 学 工 業都 市 の構i造分 析 』 東 京 大 学 出版 会,1987年 。

「首都 圏 改造 」 と市 民 生 活123

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