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国際紛争処理機関の並存に関する一考察 : ラグラ ン事件を素材として

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(1)

国際紛争処理機関の並存に関する一考察 : ラグラ ン事件を素材として

その他のタイトル The Parallel Existence of International Institutions of Dispute Settelement

著者 吉原 司

雑誌名 關西大學法學論集

巻 53

号 2

ページ 390‑433

発行年 2003‑07‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00023355

(2)

ーラグラン事件を素材として

l

第一章ラグラン事件及び領事援助通告事件の考察

第二章国際紛争処理機関の並存と

1 C J

第一節国際紛争処理機関の並存の現状とその問題点

第二節国際紛争処理の並存と

1 C Jの役割

(l ) 

現代国際社会における国際紛争の多様化に伴って︑多様な国際紛争処理機関︑たとえば国際司法裁判所︵以下︑

吉 国際紛争処理機関の並存に関する一考察

0)

(3)

CJ )

のような地理的管轄・事項的管轄において最も広範な法的紛争を扱いうる普遍的な紛争処理機関︑欧州人権裁

EC HR )

または米州人権裁判所︵以下︑

IA CH R)

などの地域的・専門的紛争処理機関︑または国

際海洋法裁判所︵以下︑

IT Lo s)

もしくは世界貿易機関︵以下︑

WT

O)

の紛争解決パネルなどの専門的紛争処

(2 ) 

理機関が存在する状態を生じさせることとなった︒また最近国際刑事裁判所︵以下︑

IC

C)

も規程が発効するに至

り︑今後の活躍が注目されている︒さらに︑これにとどまることなく様々な紛争解決機関または条約制度ごとの紛争

処理制度が存在している︒このような状態が生じたのは︑国家から部分的ながらも個人をも含めた国際法主体によっ

て構成される国際社会において多様かつ複雑な側面を有した紛争が生じていることから︑﹁これらを平和的に解決す

(3 ) 

るシステムにも多紐詮iが求められている﹂ことがその主な契機となったのである︒ただし︑多くのこれらの機関の間

(4 ) 

においてまたは制度の間において︑若干の例を除いて階層性が定められておらず︑またその関係も法的に明らかにな

(5 ) 

るものかどうかさえ明瞭ではない︒いわば︑各機関がそれぞれ並存している状態であるといいうるであろう︒このこ

とは国際法における基本的な構造的特徴を現したものであるといえる︒

このような並存状態に関するこれまでの議論において︑様々な紛争解決機関が多く存在し︑活動を行うことは一般

的に積極的な評価を得てきたことに疑いがないであろう︒しかし一方でこのような状態を捉えて︑このような状態が︑

国際紛争処理または国際法それ自体にどのような影響を及ぼしているのかに関して議論が存在している︒

この議論に関して︑まず一方で︑このことが国際法の統一的発展及び一貫性の確保の困難性や法の多元化を生じさ

せるという問題提起がなされている︒また他方で︑このような状況において各紛争処理機関による競合によって国際

(7 ) 

法の統一が促進されうるという議論も存在している︒さらに国際法委員会︵以下︑

IL

C)

によって︑﹁国際法の断

(4)

第五三巻二号

§ 

片化ーー国際法の多様性及び拡大から生じる問題点ー

(F

ra

gm

en

ta

ti

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o f   I n t e r n a t i o n a l   La

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D i f f

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  Ar i s i n g  

(8 ) 

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om

  th e i v   D e r s i f i c a t i o n   and   Expans

io

n  o

f   I n t e r n a t i o n a l   L

aw

﹂といr)つ宰U趨でこの問題が取り扱われることとなった︒

ILC

において扱われる議論は以下のようなものである︒すなわち︑い特別法

( l e x

s p e c

i a l i

s )

規則の機能及び範囲

ならびに﹁自己完結制度

( s e l

f

c o n t a i n e

d r e

g i m e

s ) ﹂の問題︒⑯国際法及び国際共同体の関心における一般的な発展

一部の当事国間のみの の文脈における﹁当事国間の関係において適用可能なあらゆる関連規則﹂に照らした条約解釈︵ウィーン条約法条約第三0条︵三︶︶︒団同一事項に関する後の条約の適用︵ウィーン条約法条約第一︱

1 0

多数国間条約の修正︵ウィーン条約法条約第四一条︶︒い国際法における階層性︒抵触する諸規則としてのユス・

( j g  

c o g e

n s )

︑対世的義務

( o b l i g a t

i o n

e r g a

m   o

ne

s)

0三条︒これらのように国際紛争処理

機関の並存状態から様々な問題が生じる可能性が内包されていることが示唆される︒これらの問題提起を見る限りに

一見して両者の主張とも妥当するように考慮されるが︑また同時に現存する紛争処理機関を網羅的にかつ詳

細に考察することなくこれらの問題を包括的に論証することは非常に困難であるように考えられる︒ただし︑このよ

うな問題の要因として問われるべき中心的な事項のひとつは明らかであろう︒すなわち︑これらの問題点のうち国際

(9 ) 

紛争処理においていわゆる同種の事案を扱う際︑機関によって条文などの解釈・適用手法が異なる可能性︑またはそ

こから導かれる結論が異なる可能性が存在することである︒さらに︑法規範として認識されるようなある紛争処理機

関の判断が︑他の紛争処理機関の紛争処理の過程において︑様々な要因によってそれとは相容れない判断がなされる

( 10 )  

場合が存在するなど︑国際社会における法としての不一致が生じる可能性ひいては法的安定性を損なう可能性が存在

することも挙げておかねぱならない︒国際紛争処理という文脈において紛争処理︑とりわけ国際裁判は確かに基本的

(5)

る ︒

( 11 )  

に先例拘束性

( st a d e r e c i s i s )

が排除されていること︑拘束力が紛争当事国にのみ及ぶこと及び決定が原則として終

結性を有するというこれらの理由のため︑あくまでも個別紛争の解決をその基本的な目的としていることが導かれる︒

( 1 2 )  

しかしながら一方で

ICJ

またはIACHRにおける勧告的機能など︑その諮問機能を含め︑裁判それ自体において

具体的な法規範が明らかにされ︑宣言される過程が存在するという︑裁判における必然性を排除することができない

ことを考慮すれば︑ある法規範に関して相容れない判断がなされたことが︑国際紛争処理という文脈において︑個々

の紛争が個別具体的に当事者にのみに関連を有するものであるから問題とはなりえないという回答をもって疑問に答

えたものとみなすことはできないであろう︒加えて法の一貫性に関連して︑法の明確性・予見可能性の観点を考慮す

れば︑複数の紛争処理機関において相容れない判断がなされるということがどのような法的帰結をもたらすのか︑ま

( 1 3 )  

た国際法秩序に一定の影響力を持つ可能性を有する﹁先例﹂が何を意味し︑どのような機能を果たしうるのか︑これ

らの問題に答えることなく紛争処理機関の並存に関して議論しえないということにも留意する必要がある︒

本稿は

ICJ

において争われたラグラン事件及びIACHRにおける法の適正手続の保障の枠組における領事援助

通告事件勧告的意見︵以下︑領事援助通告事件︶という同時期に同一条文に関して争われた事例を中心に考察し︑国

際紛争処理機関︑とりわけ司法機関

(W T0

のような準司法機関も含む︶の並存または紛争処理制度の存在が︑議論

となっているような国際法における法の一貫性確保の困難性を生じさせているのかどうか︑またそのような並存が国

際紛争処理︑とりわけ

ICJ

の紛争処理にどのような影響を与えているのかを考察し︑明らかにすることを目的とす

(6)

標記の事件はほぼ同時期に同一条文に関して争われた事例である︒これらの事例は一方がドイツ及び米国によって

争われた争訟事件であり︑また他方が勧告的意見である︒その意味では比較対象として一見不適当な事例のようにみ

えるが︑前述したようにIACHRの勧告的機能の性質を含め︑裁判における判断それ自体︑国際紛争処理という文

脈だけでなく︑法規範が明確にされ︑宣言されるという側面を考慮すれば考察に値する事例であると思われる︒また

( 14 )  

両事件とも同時期に︑米国を事実上の当事者として︑また領事関係に関するウィーン条約︵以下︑領事関係条約︶第

三六条に関する解釈を示した事例であるという点で︑両判断の絡み合いが本稿における関心事項にとってどのような

位置づけであるかを判断するのに適した事例であるといえる︒このことはIACHRにおける勧告的意見制度が管轄

( 15 )  

権を受諾していない国家に対する事実上の訴訟の性質を有すること︑すなわちIACHR勧告的意見制度が本来なら

( 16 )  

争訟手続で争うべき事項を勧告的意見制度の中において扱う可能性を内在しているという点を考慮すればなおさらで

領事関係条約第三六条との関連で︑まず両事件の請求事項または諮問事項において生じた相違は︑ラグラン事件の

場合︑米国政府が領事関係条約第五条及び第一二六条によって規定されるその独自の権利において︑そしてその国民の

外交的保護権において︑それらのドイツ人に対する国際的な法的義務に違反したことを

ICJ

に宣言するよう求めた

( 17 )  

な人権保護に関する規定を含むものとして解釈されうるかどうか︑また人権諸規定に照らして当該規定の違反がどの

関法

一方領事援助通告事件の場合には︑領事関係条約第三六条が米州における法の適正手続を保障するよう

(7)

( 18 )  

ような法的帰結をもたらすかに関して︑IACHRに判断を求めたものである︒このことは︑請求主題または諮問事

項の構成によって結論に相違が現れることを示唆している︒事実︑

ICJ

は請求以後のドイツの主

に関して米国にO O

( 20 )  

よる領事関係条約違反の認定を行ったことを理由に審理しなかった︒

また本稿との関連で取り上げられるべきそれぞれの判断に関する相違は︑ラグラン事件において領事関係条約第三

( 21 )  

六条一項が個人の権利を認めるに止まったのに対し︑領事援助通告事件において領事関係条約第三六条一項

( b

)

( 22 )  

個人の権利であり︑当該権利の違反が人権諸規定の侵害を構成すると判断したことである︒

判断の相違が請求事項または諮問事項の相違によって生じた可能性は前述したが︑このような帰結を生じさせた要

因は他にも存在する︒これらの事件は﹁国家間の紛争いわば水平的紛争を専ら扱う

ICJ

と個人の人権を扱う米州人

( 23 )  

権裁判所で領事関係条約の同一条項についてほぼ同時期に異なる解釈が採られる可能性が出現した﹂といわれる︒し

かし︑ラグラン事件の請求訴状においては当該条文が人権規定かどうかの判断は求められておらず︑その点で領事援

助通告事件と異なっているが︑他方で︑当該事件との整合性も米国の領事関係条約違反を認めたという点でほとんど

( 2 4 )  

差がないといえよう︒しかしながらそれはあくまでも個別紛争の処理という文脈に限った観点であるといえる︒本稿

の議論からすれば︑単に

ICJ

判決の拘束性を根拠に領事関係条約第三六条の読み方を

ICJ

の判断に依拠するのみ

にとどめるのが適当であるといいうるのであろうか︒

( 25 )  

このような判断の差が生じる要因として各機関における任務の性質及びその解釈手法の相違が挙げられる︒国際司 第一節

(8)

第五三巻二号

法裁判所規程第三四条一項に規定されるように︑国家間紛争を取り扱う

ICJ

に対し︑人権を取り扱うIACHR

人権に関する米州条約︵以下︑米州人権条約︶第六四条一項において﹁機構の加盟国は︑この条約または米州諸国に

おける人権の保護に関するその他の条約の解釈に関して︑裁判所に諮問することができる﹂と規定されている︒さら

に﹁機構の加盟国﹂とあるように必ずしも米州人権条約の締約国でなくとも勧告的意見要請が可能であり︑さらに勧

告的意見を付与する範囲は米州人権条約にとどまらず︑米州諸国における人権の保護に関する他の一切の条約にも及

ぶとされている︒さらに人権に関する事項のみを扱っているかどうかに関係なく︑多数国間条約または二国間条約の

( 2 6 )  

人権に関する規定を解釈しうるとされている︒

これらの制度的な相違を踏まえた上で両事件における領事関係条約の解釈を考察することとする︒

考察に入る前にIACHR勧告的意見において︑IACHRが採用したいわゆる人権アプローチ︑すなわち︑自由

( 27 )

2 8

)  

権規約委員会の一般的意見六または﹁判例﹂において示された解釈を領事関係条約第三六条に直接反映させた点に着

( 29 )  

IACHRのトリンダーデ裁判長の同意意見はこのことを明確に述べている︒このように︑国家間紛

( 30 )  

争を扱う

ICJ

と人権を扱うIACHRとの解釈手法の相違にも着目する必要がある︒

まずラグラン事件に関して︑

I C

Jは領事関係条約第三六条一項

( b

)

関法

第二節

の﹁その者︵外国人被拘禁者︶がこの

( b

)

の規定に基づき︑有する権利﹂という文言の文理解釈に基づき当該条文が個人の権利を規定していると判断し

( 31 )  

た︒その判断自体の合理性に疑義がないとしても︑条約の解釈に関して争いがある場合︑起草過程の審理を行っても

(9)

差し支えはなかったであろう︒この点に関して︑シー

(S hi )

判事及び小田判事はそれぞれその個別・反対意見の中

( 32 )  

で言及しており︑条約の構成及び起草者の意思という観点から

ICJ

の多数意見に反論している︒当該条文の解釈に

ICJ

は前述したように個人の権利を認めるに止まったことが留意される︒

IACHRにおける当該条文の解釈も基本的に文理解釈であったものの︑以下のような意味も付与されてい

た︒すなわち︑領事関係条約第三六条一項

( b

)

が個人の権利を定めていることを国際法の伝統的な主体概念の注目

に値する前進であると捉え︑また当該条文の

( C )

項に規定される﹁明示的に反対するときは﹂という文言を個人の

選択によってのみ制限されるとみなされることを︱つの根拠として︑個人の権利を定めた条文であると判断したので

( 3 3 )  

IACHRはさらに︑このことが市民的及び政治的権利に関する国際規約︵以下︑自由権規約︶第一四条の公

平な裁判に密接に関連しており︑そして拘禁された外国人の訴追が死刑に関連する場合︑当該規約第六条の生命に対

( 3 4 )  

する権利が領事関係条約第三六条と密接不可分の関係となると捉え︑領事関係条約第三六条が法の適正手続を定めた

人権規定であると判断したのである︒

この両機関における判断の相違は︑前述したように︑解釈手法の相違によって生じたものと考慮しうる︒

ICJ

判断は﹁個人の権利と人権を区別し︑個人の権利というカテゴリーの中に︑人権というカテゴリーが入ると考えてい

( 35 )  

た﹂とみることができる︒よって︑その後当該条文が人権かどうかという判断を差し控えることが可能になったとみ

ることもできるであろう︒

ICJ

の解釈の妥当性に疑義はないものの︑IACHRで取られた人権アプローチと対比

すると興味深いことが明らかとなる︒すなわち︑領事関係条約第三六条が刑事裁判に直接関連する被拘禁外国人の権

利を定めることそれ自体によって人権諸規定との関連性が不可分なものとなるということが︑言い換えれば︑個人の

(10)

権利と人権の間に概念的な差異がないという点が

ICJ

の判断との大きな相違となって現れるのである︒ドイツのロ

( 3 6 )  

頭手続における主張は︑まさにこのことを述べたものであった︒このようなことからすれば︑

ICJ

は当該条文が人

権かどうかという問いに対して回答する必要があったともいいうるであろう︒

I C

Jのこのような解釈手法に対し人

( 3 7 )  

権アプローチを採る論者は︑

I C

Jによる個人の権利と人権との区別が﹁人為的であり︑放棄されるべきである﹂と

非難する︒また両機関における判断を領事関係条約及び国際法の人間化

( h u m

a n i z

a t i o

n )

と評価しながらも︑本来な

( 38 )  

らば人権機関に付託されるべき事項を

ICJ

が取り扱ったとする論者もいる︒これらのことから想起されるのは︑人

権アプローチによって人権機関における﹁先例﹂が積み重ねられてきた中で︑はたして

ICJ

がこのような事例を扱

うことが適当であったかどうかという問題点である︒同時に︑たとえこれまで﹁先例﹂があるにせよ︑IACHR

領事関係条約のような一般的な多数国間条約の規定を扱うことが適当であったかどうかという問題も提起される︒す

なわち︑どの紛争処理機関に事件を付託するのが適当かという問題である︒そこで︑ラグラン事件の仮保全措置命令

﹁裁判所が個人の運命に直接介在するのであれば︑このことは本来諸国家間の権利及び義務に関する国家間紛争

を解決するために設立された国連の主要な司法機関の機能からの離脱を意味しうる︒私は︑本件が裁判所の歴史

における先例とならないよう切に望む︒私は国際司法裁判所が世界でより頻繁に利用されうると考慮する一方︑

( 39 )  

人権保護の口実の下︑上記のような事項のために裁判所を利用することを許容することができないと考える﹂

本章の考察において︑機関の専門性という要因︑機関の機能または性質という要因及び機関の解釈手法という要因

の相違によって︑条約上の権利義務に関する解釈・適用に関して相容れない判断がなされることにより法の一貫性確 における小田判事の意見に触れておきたい︒

(11)

保の困難性を生じうる可能性が存在することが明らかになったように思われる︒同時に︑とりわけIACHR

機関としての性質を理解しうるとしても︑はたして領事関係条約のような一般的な多数国間条約の解釈に関して人権

に関する規定が含まれているからといって︑直ちに人権アプローチを採用することが妥当であったのかどうか︑ひい

IACHRのような地域的機関にこのような紛争を付託するのが適当であったのかどうか︑言い換えれば︑紛争

をどの紛争処理機関に付託するのが適当かという紛争処理機関の選択という問題も残されたように思われる︒

IACHRへの準備書面提出の際︑米国は

ICJ

において同様の事距が係属中であることを理由に︑以

下のような注意を喚起すると共に︑IACHRにおける審理を控えるよう要請した︒すなわち︑両事件の付託事項が

同様かまたは若干の点で同一であるため︑IACHRの勧告的意見が当事国の法的立場に有害な混乱を生ぜしめ︑国

連の主要な法的機関である

ICJ

IACHRの間の判断に不一致が生じ︑IACHRの解釈によって︑多数の国家

( 41 )  

が当事国である領事関係条約に問題が生じると述べたのである︒結局︑勧告的意見がラグラン事件本案判決の前に付

与されることとなったのであるが︑このような同一の当事者が一方の当事者のみとはいえ︑同様の事項に関して異な

る機関において同時並行に審理されるという事態において︑米国が主張した内容は本稿の論点をまさに指摘したもの

一定の示唆を与えるものと思われる︒

(12)

題を生じさせるかに関して︑ギョーム こうした国際紛争処理機関の並存状態は︑多様な法的側面において影響を及ぼしているといわれる︒各紛争処理制

度は︑基本的には具体的な紛争を有する紛争当事国間においてのみ適用されるものであり︑その決定ないし措置がそ

の他の国家に何ら法的な拘束力を有するものではない︒したがって︑紛争処理の文脈において︑これらの機関の決定

ないし措置が他の法的な側面において影響を及ぼすということは基本的にないものといわれが︑︒しかしながら︑前に

ICJ

におけるラグラン事件及びIACHRにおける領事援助通告事件の比較によって︑相容れない

解釈の生じる可能性が指摘された︒またさらに︑紛争処理機関による決定ないし措置に︑たとえば﹁先例﹂としてど

︵ 滋

のような法的位置付けを付与すべき力など︑他の法的側面を有する可能性を考慮した場合︑相容れない解釈の生じる

可能性をどのように捉えるかによって︑国際紛争処理機関の並存が国際紛争処理に及ぼす法的な影響に加えて︑国際

法秩序それ自体に与える影響を考慮しうるように思われる︒このような国際紛争処理機関の並存状態がどのような問

( f o r

u m

sh op pi ng )

及び管轄権の重複による裁判の競合という現象によって国際法秩序が不安定化することであ

( 4 4 )

る ︒  

第二章

国際紛争処理機関の並存と

ICJ

( G i l

b e r t

  G u i

l l a u

m e )

判事によって指摘されたのは︑ 第一節国際紛争処理機関の並存の現状とその問題点

︵ 四

00

)

フォーラム・ショッピン

(13)

紛争処理機関選択の問題

これらのこと考察するためには︑国際紛争処理機関の並存がどのような場合に︑どのような問題を生じさせるかを

考しなければならない︒これらのことがどのような場合において生じるのかを分類する上で︑この問題の基本的な

要因が︑紛争当事国による請求主題の構成︑ならびにどの紛争処理方法または紛争処理機関を選択するかにあること

に留意すぺきであろう︒これまでも述べてきたように︑階層性のない国際紛争処理機関の一般的な特徴を考慮に入れ

て国際紛争処理機関の並存を考慮すれば︑紛争処理機関の人的・事項的管轄及びその機関の慣行によって許容される

限りにおいて基本的に紛争当事国はあらゆる紛争に関して様々な紛争処理手段を選択することが︵時に二度以上にわ

( 45 )  

たって︶可能であるから︑ある国際紛争が請求主題の構成または紛争処理方法の選択によってその紛争処理の帰結が

異なる可能性もしくはそこで宣言される法が異なったものになる可能性を含んでいることは︑前述したような機関ま

たは制度の専門性等の要因もしくは解釈手法を考慮すれば否定しえないし︑またその状能を治癒するか︑調整するこ

とが困難であることも明らかである︒では︑ここで第一章において明らかとなった機関の専門性または地域性等の要

因︑機関の機能または性質及び機関の解釈手法という要因に照らして︑若干の事例を考察することによって国際紛争

処理機関の並存がどのような場合において︑どのような問題を生じさせるのかを考察することとする︒

( 46 )  

まず︑この点から想起されるのは紛争処理機関選択の問題︑とりわけ︑フォーラム・ショッピングという現象であ

る︒ここでこの問題を扱うのは前述したように︑紛争当事国が紛争の主題の立て方によって現存する様々な紛争処理

方法または機関を選択しうるということが︑本稿の考察対象に関連する非常に大きな要因であるためである︒次に

フォーラム・ショッピングの事例を挙げると共に︑それらの事例で問題となった事項に若干触れながらみてみること (1) 

︵ 四

01

)

(14)

第五三巻二号

みなみまぐろ事件

︵ 四

01

)

ある紛争処理制度において︑いくつかの紛争処理機関がその紛争処理を扱う機関として定められており︑紛争当事

国による紛争処理機関の選択が可能な場合が存在する︒このことは︑近年国際公法の分野においても︑フォーラム・

( 47 )  

ショッピングと呼ばれるようになってきた︒近年実際に︑海洋法の分野においてこのことが議論されてきている︒た

( 48 )  

とえばみなみまぐろ事件において︑﹁当事国が実際に法廷を選択するという問題に直面した﹂といわれる︒本件にお

いて原告国たるオーストラリア及びニュージーランドは︑海洋法に関する国際連合条約︵以下︑国連海洋法条約︶上

の高度回遊性魚種保存のための協力義務に違反したとして︑日本を相手取り︑日本の調査漁獲計画︵以下︑

EF

P)

の国連海洋法条約違反の宣言及び

EFP

の漁獲量を日本の国別割当から差し引くこと等を求め︑ITLOSに紛争を

( 49 )  

付託したのである︒これに対し︑管轄権に関する日本の先決的抗弁は︑本件がみなみまぐろ保存条約︵原告国も条約

当事国である︶上の紛争であること︑

適用されること︑及びたとえ当該紛争が国連海洋法条約上の紛争であるとしても原告国が国連海洋法条約第一五部の

( 50 )  

要件を満たしていないというものであった︒

当該事件に関連してここで問題とされうることは︑みなみまぐろという同一の対象に関して︑原告国も当事国であ

るみなみまぐろ保存条約上の紛争処理手続でなく︑国連海洋法条約上の紛争として第一五部の手続を利用することを

試みたこと及び原告国の国連海洋法条約上の紛争という主張がいかなる論拠によって排除されうるのかという二点で ① 

関法

一般法である国連海洋法条約に優先して特別法であるみなみまぐろ保存条約が

(15)

当該事件の仲裁判決において︑原告国が実質的内容においてみなみまぐろを対象としたものとして争ったにもかか

わらず︑国連海洋法条約上の紛争として争ったのはもっぱら紛争当事国の意思によるものであるが︑そのような国家

( 51 )  

の意思こそが﹁戦う場所の選択が通常原告国の戦略的考慮に依存される﹂といわれるフォーラム・ショッピングの主

( 52 )  

要な︱つの要因であり︑このことと﹁ほとんどすべての魚種にそれぞれの地域協定が存在する﹂という要因とともに︑

( 53 )  

﹁世界規模で散在する国際的な紛争解決手続を自国の恣意によって主題を確定し選択する﹂という現象を生じさせる

紛争処理機関の選択の際︑機関の機能または性質など訴訟経済という要因を考慮しなければならないであろう︒ま

た︑およそ紛争当事国にとって﹁紛争付託は︑公平な決定を求める願望以上のものを意味﹂し︑﹁規則または原則に

( 54 )  

基づき特定の方法で正当化される﹂ことを望むものであるから︑当該紛争においてITLOSを選択する際︑それら

( 5 5 )  

が大きな動機のひとつであったと考慮される︒

I C

JITLOSを比較すれば︑事実ITLOSが︑たとえば国連

海洋法条約第二九0条の暫定措置または国連海洋法条約第二九二条の船舶及び乗組員の速やかな釈放で非常に短期間

の間にその措置を決定してきたことは明らかである︒原告国の立場からいえば︑実効的かつ迅速な措置がこの場合必

要であったのである︒

ICJ

でのラグラン事件に眼を転ずれば︑はからずも

ICJ

の手続の限界と︑他方でそ

の発展が看取られた︒一方でそれはラグラン事件の仮保全措置段階において前例のない職権による仮保全措置指示が

( 5 6 ) ( 5 7 )  

行われたこと及び後の本案において仮保全措置が拘束力を有するということが言明されたことに関連している︒しか

( 58 )  

し︑他方でみなみまぐろ事件をみてみれば︑紛争の付託先として

ICJ

を選択しえた可能性が存在するにもかかわら

( 59 )  

ず︑原告国がITLOSを選択した理由は︑

I C

Jの手続の限界も大きな要因の︱つであった︒すなわちラグラン事

一 四 一 ︱

︵ 四

0三 ︶

(16)

託するのが適当かという問題が提起されている︒

第五三巻二号

ICJ

における仮保全措置は拘束力に関する言及がなかったし︑また多くの﹁先例﹂から︑仮保全措

( 60 )  

置申請から命令の発出までに基本的に長い時間を要するというのも︑その実行上明らかなことであった︒この二つの

要因によって原告国は

ICJ

への付託をためらったといわれている︒

︵ 四

0四 ︶

このような現象は︑選択される紛争処理方法によって条約上の権利義務に関する解釈・適用に関して相容れない判

断がなされる可能性及びそれによって法の一貫性確保の困難性を生み出すという︑前述したラグラン事件及び領事援

( 61 )  

助通告事件における考察において導かれた可能性を生ぜしめる︒このような現象に関連して︑ITLOSが﹁海洋に

おける世界平和の維持及び海洋資源の持続的な開発に国連海洋法条約が主要な役割を果たすのであれば︑国連海洋法

( 62 )  

条約は一貫して解釈される必要があるので︑ITLOSがその役割に関して本来の候補者である﹂という主張がある︒

しかしながら︑国連海洋法条約が一貫して解釈される必要性は認められるとしても︑その役割を担うのがITLos

であるということは必然的な結論であるとはいえないであろう︒ITLOSの設立時においてさえ︑この役割をむし

( 6 3 )  

ICJ

に担わせるべきであるという主張も存在した︒ここでも︑第一章第二節でみたように︑どの機関に紛争を付

他方︑原告国の国連海洋法条約上の紛争という主張がいかなる論拠によって排除されうるのかという論点は︑次の

ように言い換えることができる︒すなわち︑﹁普遍的レジームと地域協定が同一主題につきそれぞれ独自の紛争解決

( 64 )  

手続を有しているときに︑いずれが優先するかという﹂ことである︒本件において︑仲裁裁判所は︑みなみまぐろ保

存条約第一六条が明文の規定で国連海洋法条約第一五部の規定を排除してはいないけれども︑強制的手続を排除する

( 65 )  

趣旨であると判断したのであるが︑ここで問題となるのは︑国連海洋法条約及びみなみまぐろ保存条約の要件を満た

(17)

( 66 )  

した場合︑どちらが優先されるのかという問題である︒本件において︑仲裁裁判所は︑日本のみなみまぐろ条約が特

別法︑国連海洋法条約が一般法という主張を認めず︑それぞれ実施条約︑枠組条約として︑条約法に関するウィーン

( 67 )  

条約︵以下︑条約法条約︶第三0条三項に依拠して︑両者を両立するものとしたのである︒しかしながら﹁判決は︑

専ら国連海洋法条約とみなみまぐろ保存条約の紛争解決条項の解釈によって結論に達しているだけであって︑それを

( 68 )  

他に一般化できるかどうかは︑現段階では確言することはできない﹂といわれるように︑

は条約の適用関係︑とりわけ条約法条約第三0条に関して曖昧なままであるといえよう︒

ただし︑みなみまぐろ事件の考察において推察されるのは︑少なくとも国連海洋法条約を枠組条約と捉えた場合︑

1 0

条に関する議論は定まっていないとしても︑これらの適用関係によって︑またたとえ

ば国連海洋法条約第二八二条に規定されるような︑国連海洋法条約と地域協定もしくは二国間協定との位置付けを明

確にする規定によって︑適用条文の問題または紛争処理機関の選択という問題に一定の調整機能が存在していること

( 69 )  

であり︑この点は留意されなければならないであろう︒

フォーラム・ショッピングといわれる現象を生じさせたもう︱つの事例としては︑チリ・欧州共同体︵以下︑E

( 70 )  

C)

間において争われたメカジキ事件を挙げることができる︒当該事件は︑

E

C船舶によるチリの港湾内におけるメ

カジキの積み替えを妨げるチリの行為が︑関税及び貿易に関する一般協定︵以下︑

GA TT )

第五条の通過の自由及

び第一一条の数量制限の一般的廃止に違反するかどうかに関して︑

E

C

WT0

の紛争処理手続に付託を行ったもの

E

Cによるこの行為に対し︑チリは公海漁業の実施措置に関連する国連海洋法条約の

E

Cによる違反を

I T

︵ 四

0

五 ︶

一般法と特別法の関係また

(18)

て判断されるぺきものであると考慮したように︑ 第五一二巻二号

E

C側から見れば貿易に

LOS

に付託する事態となった︒もっとも︑ITLOSにおける事件は両紛争当事国による付託合意によって行われ

たものであるため︑この点に関してみなみまぐろ事件における原告国の選択した手段よりは﹁より協力的な方法を代

( 71 )  

わりに選択した﹂との評価が与えられている︒しかしながら両紛争当事国の争点が︑

関する国際法の観点に照らして判断されるべきものであり︑他方でチリ側から見れば海洋法に関する国際法に照らし

︱つの紛争が一見して別の問題として分離可能ないくつかの側面を

有しているとみなすことが可能であることから︑紛争当事国がどのフォーラムを選択するのがより有利かという問題

( 72 )  

が生じたのである︒

ところで本稿の主題との関連で︑︱つの紛争がいくつかの法的側面を有していることが特に問題とされているもの

( 73 )  

WTO における紛争処理がある︒キハダマグロ事件以来︑とりわけ貿易と環境という観点から︑この問題が 大きな議論となってきた︒本件は︑漁獲した魚を米国に輸出する際︑﹁イルカ保護基準﹂に合致することを自ら証明 できない場合︑当該輸出国からのすべての魚種の輸入を禁止しなければならないという﹁米国海洋哺乳類保護法﹂

(M

MP

A)

に関して︑メキシコ産マグロがイルカ保護基準に合致していないことを理由に米国が禁輸措置を取った

メキシコがGATT

第︱一条の数量制限の一般的廃止及び第一三条の数量制限の無差別適用に違反する

として

WT0

の紛争解決手続に付託したものである︒GATT

0

( b

)

項及び

( g

)

項の一般的例外によれば︑

それぞれ締約国が﹁人︑動物または植物の生命または健康の保護のために必要な措置﹂ならびに﹁有限天然資源の保 存に関する措置﹂を採用または実施することを妨げるものではないと規定しているが︑本件の裁定においてたとえ天 然資源の保護を目的とする措置であっても生産工程における環境への影響を理由とする貿易制限措置を認めえないこ

︵ 四

0六 ︶

(19)

と及び自国の管轄外に及ぶような措置の適用が他の締約国の一般協定の下での自己の権利を害されずに済まないとい

( 74 )  

うことからもかかる措置を正当化しえないという判断がなされたのである︒

当該事件を契機として︑貿易に関する国際法と環境に関する国際法との間に抵触が生じたという議論がなされてい

( 75 )  

る︒当該事件に照らしていえば︑自国の環境保護政策がGATT協定という貿易に関する国際法の違反を構成したと

いうことが問題となるのである︒またこのことから︑このような貿易に関する事項とそれに隣接する事項が結合した

( 7 6 )  

ような事項が︑この場合であれば

WT0

のような専門的な紛争処理手続に委ねられることが適当であったかどうかと

( 77 )  

これらの問題に関して︑いわゆるエビ・カメ事件上級委員会報告は︑多数国間条約に基づく米国による輸入禁止措

( 7 8

)  

GATT

0

( g )

項の﹁有限天然資源の保存に関する措置﹂に当たると判断し︑協定の解釈手法によって

( 79 )  

生産工程における環境への影響を理由とした措置が当該条文によって正当化される可能性を示している︒このことに

よって貿易と環境の問題が一定程度解決されたと評価することが可能であろうか︒

WT0

の紛争処理制度は︑ある程

( 8 0 )  

度﹁自己完結的制度

( s e l

f , c

on

ta

in

ed

  reg

im

e)

﹂的側面を有するといわれ︑﹁一定の範囲・類型の紛争については常に

当該手続によって一元的・実効的に処理されるという保障があり︑それによって紛争当事国に︑ある程度の予測可能

( 81 )  

性と︑ひいては信頼性が与えられているものでなければならない﹂といわれているが︑そもそもGATT協定第二〇

( b

)

項及び

( g )

項は環境という幅広い利益の保護を対象とはしていなかったこと︑ならびにあくまでも措置を

( 82 )  

とる国家の国内を管轄の範囲としていたことからも明らかなように︑当該条文の規定が﹁環境保護のための措置を貿

( 8 3 )  

易自由化原則の例外として位置づけるためには不十分である﹂と指摘される︒すなわち︑適用法規が

WTO

協定また

いうことが問題となるのである︒

︵ 四

0七 ︶

(20)

第五三巻二号

︵ 四

0八 ︶

GATT協定など一部の協定︑もしくはせいぜい条約法条約に限られるということから導かれる︑ある種の法の欠

( 8 4 )  

鋏によって環境という法益侵害が救済されない可能性を残すといわれるのである︒また

WT0

のような専門的な紛争

処理手続に委ねられることが適当であったかどうかという問題に関して︑上記に挙げた紛争の性格に照らして

I C

J

( 85 )  

ITLosまたは生物多様性条約の下の仲裁裁判所等様々な選択肢が指摘されていることにも留意されねばならない

しかしながら︑メキシコと争われたキハダマグロ事件において︑必ずしも国内的な環境政策またはそのために協力

︵ 涸

する権利に影響を及ぼすものではなしと小委員会が述べ︑また

E

Cと争われたキハダマグロ事件において︑﹁締約国

( 8 7 )  

間の権利義務バランス﹂が損なわれるため︑GATT第二0

( g )

項を適用しない根拠となった点に注目する見解

( 8 8 )  

がある︒小寺教授によれば︑GATT.WTO紛争処理手続の存立根拠が︑権利義務のバランスの回復にあることが

紛争処理制度の性質から導かれ︑キハダマグロ事件が環境と貿易の問題を全体的に処理したものではなく︑﹁ガット

上の権利義務バランス維持の有無を︑ガット作成当初に考慮された環境政策に照らして判断するためのもの﹂である

と指摘される︒またエビ・カメ事件上級委員会において︑

WT0

前文において環境保護がうたわれていることなどへ

( 89 )  

の言及を考慮した上で︑GATT第二0条﹁柱書きの要件に読み込んで︑実質上その多数国間協定をガットに優先さ

( 9 0 )  

せることができるのである﹂と指摘される︒このような指摘を考慮すれば︑環境政策に関する一方的措置がGATT

上︑必然的に問題を生ぜしめるとはいえないであろう︒すなわち︑貿易と環境という法規範の抵触自体が必ずしも生

じるわけではな●と考慮することが妥当と思われる︒

これらのことからも︑

WT0

の紛争処理制度においては︑隣接する法規範の整合性の確保を解釈によって担保する

側面を有しているといえるであろう︒その意味で︑紛争処理機関選択やそのことによって生じるといわれる法規範の

(21)

自由権規約委員会による﹁同一の事案﹂の定義は︑当初﹁同一の個人に関して他の国際機関においてそのものによ

( 9 4 )  

りまたはその者の名で行為する資格を有する他の者によりなされた同一の要求﹂というものであった︒したがって︑ る ︒

が判断するという事実は重要な要素である︒ これらの事件を見てきたことによって︑

︱つの有用な方法を示しているといえ フォーラム・ショッピングの問題を考慮する際︑当事国の戦略的な意思を

図る要素の一っとしてこのようなフォーラムを選択する際の実際的考慮を見る必要があることがわかる︒あるフォー

ラムが訴訟経済またはその他の観点も含めて︑どの程度紛争処理の手段として適切かもしくは適切でないかを当事国

また︑法規範または制度間における抵触が紛争処理において存在する場合︑いずれの紛争処理機関に紛争を付託し

ようともそれは当事国の意思によるが︑そこから生じうる法規間の抵触の可能性に一定の手当てが存在する場合もあ

ることが明らかにされた︒このような制度はこれらにとどまらず︑たとえば︑﹁同一事案﹂の可能性に一定の手当て

を行う制度も存在している︒たとえば市民的及び政治的権利に関する国際規約の選択議定書︵以下︑選択議定書︶第

( 9 1 )  

五条二項

( a )

に関して︑自由権規約委員会は﹁同一の事案が他の国際的調査または解決の手続の下で審議されて﹂

( 9 2 )  

いるような手続が競合している場合︑事案を受理しえないとされる︒また選択議定書を受け入れた一部の欧州諸国に

よって︑欧州人権委員会においてすでに検討した事案に関して自由権規約委員会の管轄権から除外するための留保・

( 9 3 )  

解釈宣言がなされ︑自由権規約委員会はこれらの留保・解釈宣言を認めた︒このことは留保または解釈宣言を利用し︑

国家自らがフォーラム・ショッピングに一定程度敷居を設けるという意味で︑ 抵触を比較的厳密に処理しうる制度であるとの評価をしうる︒

︵ 四

0九 ︶

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