Charles Brockden BrownのArthur Mervynと propertyの概念
著者 林 以知郎
雑誌名 主流
号 41
ページ 93‑113
発行年 1980‑03‑20
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014936
C h a r l e s B r o c k d e n Brown の A r t h u rMケv y n と p r o p e r t y の概念
林 以 知 郎
は じ め に
93
Charles Brockden Brownの ArthurMervyn (1799‑1800)は従来,
イニシエィションの物語として読まれてきた確かにこの小説は, R. W.
B. Lewisによれば1"純粋で無垢な青年がいたとしても, もし授が現実 の世界に入った場合p 何が起こるだろう
J 2
という問題を取り扱っている.しかし,無垢な状態から現実の世界に入ることによtって主人公が得る教訓 は極めて通俗的なものであり, 主人公の成長は Brownの眼によってア イロニカルに眺められている.無垢から経験の世界への移行という枠組だ けでは,主人公に対する Brownのアイロニカルな態度を十分に説明でき ない Brownが Arthur Mervynを通して描こうとしたのは,むしろ より社会的な次元での価値観の移行であったのではないだろうか.主人公 の倫理的な成長を描いた作品としては決して上出来のものとは言い難いこ の小説も,社会的な寓話として読めば,十八世紀末アメリカ社会における 価値観の変化を跡づける資料としての意味を持つ.本稿では,小説の中心 的なイメージとしての propertyに焦点をあててみたい
1
小説の舞台となるのは,黄熱病の蔓延する1790年代の都市Philadelphia である.故郷を捨てて Philadelphiaに辿り着いた主人公 Arthurの眼に,
都会は MiItonの伏魔践のように毒々しく輝いて見えるe 闇と輝きのキア
94 Char1es Brockden BrownのArthurMervynとpropertyの概念 ロスグーロ,絶えず揺れ動く光,というのが Arthurにとっての都市のイ メージならば,小説中に繰り返し現われる燭台の光は都市に対して主人公 が取る姿勢を象徴する.すなわち Thomas]effersonのような農本主義 者たちが,アメリカに市民的徳、を存続させるためには田園の理想が「聖な る火」として範を示さねばならぬ, と考えたように Arthurは,田園 生活によって培われた徳性によって都会の闇に光を投げかけようとする.
都会の闇を穿って燭台の光が彼の眼前に照らし出すものは何だったのだ ろうか.小説の冒頭で Arthurは見知らね若者の悪戯で他人の寝室に閉 じこめられるが,この場面で彼が見ることになるのは,富の象徴としての 豪華な屋敷の内部である Arthurはここで,自分が「他人の所有する 財産に係わりあう危険J (p. 113)を冒しているのではないか, という不 安を抱いている.彼は,自分を他人の家への侵入者と考えずに,むしろ他 人の財産としての屋敷が彼を閉じこめている, と感じている. さらに Arthurは, 他人の財産に係わりあうことがp 必然的に彼自身の側にも何 らかの代償を要求するであろうことを直観している.すなわち,屋敷から 無事脱出したものの,彼は「自分の持つ唯一の動産 (moveables)J (p.43) である古靴を失うことになる.このように, グロゼ、ットに閉じこめられた 主人公の体験を通して Brownは都会の生活を支配するものが財産の所 有権に他ならないということを示唆しようとする.
1790年代のアメリカ社会は,個人の財産所有の絶対性が,革命後の社会 の階層化現象によって脅かされつつある時期にあった 他人の財産に対 して Arthurが抱く過剰なこだわりは,この時期のアメリカ社会の変動が 生んだ社会的な緊張に他ならない Arthurが失った古靴が象徴するよう に,都会にあって人は財産所有の網の自のような絡まりから逃れられない.
Arthur Mervynは,財産と財産が人聞にとって持つ意味という社会的な 問題に主人公が目覚めていく過程として読むことができる.
CharI巴sBrockden BrownのArthu:rMervynとpropertyの概念 95
2
都会に幻滅した Arthurは田舎へ帰ろうと決心するが Welbeckとい う不思議な男の援助を得て都会に留まることにする Welbeckの豪邸を 日にした際の驚きと戸惑いを彼は次のように語っている.
Riches
,
therefore,
were his; but in what did his opul邑nce corトsist
,
and whence did it arise ? 羽Thatwere the limits by. which it was confined,
and what its degree of permanence? 1 was un‑ habituated to ideas of floating or transferable wealth. The rent of houses and lands was the only species of property which was,
as yet
,
perfectly intelligible. (p. 52)Arthurはここで, 財産には二つの形態があると考えている.ひとつは土 地に根ざした資産( fixedproperty勺であり, もうひとつは, Welbeck
の豪邸に象徴される流動する資産3 すなわち動産( floating or trans‑ ferable wea1th 勺 で あ る Arthurは,たんに財産の二つの形態を区別
しているだけではなく,これら二つの財産の在り方に対して道徳的な判断 をも下している.すなわち Welbeckの屋敷に対して Arthurは, それが永久に変わらない性質のものなのか,そしてその豪華な外観の背後 に,何か理解し難い不透明なものが潜んでいるのではないか, という戸惑 いをみせている.
二つの財産形態に対して Arthur がみせる倫理的な価値判断には,
Brownの時代に繰り広げられた論争が反映されている.新しいアメリカ 社会を支える経済構造をめぐる論争の根底にあったのは,この,土地に根
ざした資産と債券や株式などの動産というこつの対立する概念だ、った.い わゆる「連邦主義者の時代J(Federalist Era)に AlexanderHamilton に率いられた党派は,資産はその形態の如何に拘わらず,国家の手によっ
96 Charles Brockden Bro間 1のArthurMervynとpropertyの概念 て保護育成されるべきだと考えた.現実には,彼らは動産の価値変動によ って利益を得る階層と深く結び、ついていたのであり,彼らにとって最も価 値あるとみなされたのは債券等の流動する財産だった. それに対して,
Jeffer.sonたちの党派はp ある種の形態の資産は正当な手段によって得ら れたものでないが故に,公の力によって規制されるべきだと主張した.彼
らは主に農業に基盤を置く小地主たちの利益を代弁していたのであり,彼 らが社会的に是認しうるとみなしたのは士地財産と商業による利潤だけだ った
Je妊ersonたちの側から見れば,流動する資産は道徳的に暖味で危険な 性質を帯びていた.それは,動産という変動し易い資産形態が,みかけ上 の豪華さによって人々を欺き,投機へと駆り立てることを恐れたからだっ た。虚飾に満ちた都会は,まさに動産の本来的に危険な性質を象徴する空 間だった Brownは,動産の危険で暖昧な性格を彼の小説世界の中心的 なイメージ群として用いている Arthurの成長の過程そのものも,動産 の持っこの変動性と暖味さに深く結び、ついている.
3
Welbeckの世話になった Arthurは,勧められるままに田舎風の服装 を流行の衣裳に着替えるが,自分の姿を鏡で見た驚きを Arthurはこう語 っている.
Y ou may imagine
,
if you can,
the sensations which this instan‑ taneous transformation produced. Appearances are wonderfully inf1uenced by dress. . . . Sure1y some insanity has fastened on my understanding. M y senses are the sport of dreams. Some magic that disdains the cumbrousness of nature's progress,
has wrought this change. (pp. 48‑49)Charles Brockden BrownのArthurMervynとpropertyの概念 97 ここで Arthurが自分の外観の変化を魔術的なものに結び、つけているこ とに注目したい.すなわち Jeffersonたちが動産に不安を抱いたのは,
この種の資産の価値が外観に対する人々の評価のみに依存しており,それ らが自らの実体を明らかにしないままに,価値の変動によって魔術のよう に利潤を生むからだった.動産の価値が実体によってではなく外観に対す る人々の評価に応じて変動することが,外観と実体の転倒という悪影響を 及ぼすことを彼らは恐れていた
流行の衣裳をまとった Arthurもまた,たんなる外観の変貌と実際の自 分とを混同し始める.外観の豪華さに酔った Arthurは, Welbeckが自 分を死んだ息子の姿に
1 b l
せようとしているのだと空想する.さらに彼は,自分はやがて Welbeckの財産を相続するばかりでなく,星敷に住む外国 人娘 Clemenzaと財産絡みの結婚をするだろう, という夢想にふける (p. 54).外観がそれ自体で虚構の価値を帯び,一人歩きし始める.
しかしながら Welbeckは Arthurを上流階級の出身のように見せ かけることによって自分の詐欺行為のための小道具にしようという意図を 持っていた.彼は,外観を装いたてることによって人々から偽りの評価を 得る詐欺師であった.自分の半生を振り返って,彼は Arthurにこう告白 する.
The esteem of mankind was the spring of all my activity
,
theparent of all my virtue and all my vice. (p. 84)
さらに彼は,かつて偽金作りの罪を犯したことも告白する.紙幣という,
ある意味で「みせかけ」の価値に基く流通手段をめぐる論争9を人々がま だ記憶していたこの時代に,偽金作りがどのような象徴的意味を持ってい たかは指摘するまでもない. このようにp 動産の虚構性p 暖昧性が Wel司
beckという詐歎師を性格づけている.
98 Charles Brockden BrownのArthurl'vferuynとpropertyの概念
4
動産の虚構性を最大限に悪用してきた Welbeckは,自らの詐欺行為へ の情熱の故に自滅するがp それでは彼と Arthurとの関係をどのように見 ればよいのだろうか
J
ames H.J
usticeは, WelbeckとArthurを対 照さぜることで Brownは金銭がある者を徳行へ,また他の者を悪徳へ導 くという anovel about the generative power of money を書こう としたと指摘する10 確かに Welbeckという悪の権化のような人物の 誘惑に耐えることによって Arthurは道徳的な成長を果たした, と言えな いこともない11 しかしながら Welbeckと Arthurの聞には,みかけ 上の対照性の底に「運命の糸のごときもので結ばれたJ (p. 13) ような 同質性が見られる.このことは,他人の財産を限の前にした時の二人の反 応を見てみれば明らかになるだろう.WelbeckとArthurは,それぞれ偶然に Lodiという外国人の財産を その手に託される Welbeckは財産を正当な相続人で、ある Lodiの娘 Clemenzaに返すことが「聖なる義務J (p. 89)だと考えるが,結局金 の魅力に屈する.彼は Clemenzaが財産を管理する能力に欠けること を理由に,彼女の benefactorand protector " (p. 89)たらんという 名目で財産を私物化する.後になって Arthurもまた Lodi家の歴史 を記 した草稿の中に隠された金を発見する.この金こそが Welbeckがか つて偽造した偽金であったことが広めかされるが Arthur自身は金を持 主に返すことが社会正義に適うと結論する.しかし同時に,彼の心の中に は,財産はそれが社会的に有効に使われたかどうかによって価値が決まる,
という考えが芽生えている.
The accumulation of knowledge
,
and the diffusion of happiness,
in which riches may be rendered eminently instrumental
,
wereCharl巴sBrockden BrownのA円huri1Aervynとpropertyの概念 99 the only precepts of duty
,
and the only avenues to genuine felicity. (p. 121)黄熱病に苦しむ人々の悲惨な状態を見て Arthurは次第に財産の社会的 有効性という見方に傾斜していく.
Could this money be more usefully employed than in alleviating these evi1s? (p. 172)
そして Arthurは Lodi家の財産を患者の救済に当てようと決断する.
1 could not conceive any more bene五cial application of this property
,
than to the service of the indigent,
at this season of multiplied distress. . . . (p. 175)先に触れた,財産所有権に対する Arthurのこだわりを想起すれば,この 決断が彼にとってひとつの転回点であったことは確かである.
Arthurが財産所有の絶対性という価値観の呪縛から自らを解き放ちえ たのは,自分の意図の純粋さを確信していたからだった.
M y principles were true; my motives were pure: Why should 1 scruple to avow my principles
,
and vindicate my actions? (pp. 191‑192)確かにp 動産は Welbeckのような人物を悪徳に駆り立てるかもしれない.
しかし, I正しい原則と純粋な意図Jに基いて行動しさえすれば¥人は動 産を善用して他人の幸福に貢献することができる. I外観は常に援味だ」
というのが都会の経験から Arthurが得た教訓だとすれば,人はたとえみ かけ上は他人の財産を流用しているように見えても,究極的には社会への 貢献という市民的徳を実賎しうるのではないだろうか Arthurは,自ら
100 Charles Brockden BrownのArthurMervynとprop巴rtyの概念 は資産を所有してはいないが,他人の財産の真の価{直を引き出し,それを 行動を通じて社会の隅々に流通さぜる almoner" (p. 346) としての役 割を引き受ける.財産所有権の絶対性から財産の社会的有効性という価値 観へのこの転回を Arthurは「内部の革命的な変化J (p.280)と呼ぶ.
「内部の革命的な変化」を経た Arthurは,人々の幸福に貢献するとい う使命感を自らの行動を律する原理としていく Philadelphiaに来て間 もない頃の Arthurは,流動する資産の象徴としての都会が彼を閉じこめ る, と感じたが,いま,彼は自分に託された使命の名の下に,都市の内部 に,人々の私的な領域に侵入する権利を主張し始める.空間に閉じこめら れることから侵入することへの変化は,ここでは Arthurの内部における 価値観の転回に空間的な表現を与える隠験となっている.
しかしながら,財産の社会的有効性を引き出すことを Arthurは自分の 使命だと確信してはいるけれども,財産権に対するこだわりは彼の心から 完全に消え去ってはいない.したがって,他人の私的生活を覗きこみ,他 人の屋敷に侵入しようとする際に,彼の心の中では自分の行為を正当化し ようとする気持ちと財産権の呪縛とが葛藤を生じる Brownは Arthur のこの葛藤を,長い遼巡と決断という荘重な心理劇として描く.しかし,
小説の中で Arthurの使命感が余りに強調されて描かれているために,わ れわれはそこに何かアイロニカルなものを感じざるをえない.結局のとこ
ろ Arthurはひとりの peepingTomなのではないだろうか.
Arthur自身は, 自分がかくも他人の私的領分に係わりあうのは, 自分 の性格に根ざしている inquisitivetemper" (p. 59)が駆り立てるため だと考えている.
To these considerations was added a sort of charm
,
not easily explained,
and by no means justi五able,
produced by the very temerity and hazardness accompanying this attempt. I thought,
Charles Brockden BrownのArthurMervynとpropertyの概念 101 with scornful emotions
,
onthe bars and hindrances which pride and caprice,
and delusive maxims of decorum,
raise in the way of human intercourse. 1 spurned at these semblances and sub‑ stitutes of honesty,
and delighted to shake such fetters into air.. and trample such impediments to dust. 1 wanted to see a human being, in order to promote her happiness. (p. 303)Arthurのこの動機づけからもみてとれるように, 彼は,抗うことのでき ない,破壊的なものを秘めた力としての「好奇心」に衝き動かされて行動 に走りながら,最終的なところで自らを他人の幸福に貢献せんとする benefactorに仕立て上げる Arthurを駆り立てる「好奇心」には,彼 自身が意識している層と,その下に隠された意識されない層というこ重の 構造があるのではないだろうか.
先に,衣裳を取り替えた Arthurが物質的な成功を夢想する場面に触れ たが,ここのところで彼の「好奇心」の本質が明らかになる.夢想から我 に返った Arthurは言う.
This tumult of delicious thoughts in some time subsided and gave way to images relative to my present situation. M y curi困 osity was awake. (pp. 54‑55)
成功の夢が甘ければ甘いほど,現実の自分の状態との落差は限り無く感じ られる.そのような時に Arthurの内部にはこの落差を行動によって埋 めようとするエネルギーのごときもの Warner Berthoffの言葉によれ ば3 theanimal force
,
the speechless placeless power,
the vis re‑ novance" 12が生じる.彼を駆り立てる「好奇心」の根底にあるのは,こ の,行動へのエネルギーとでも呼べるものである.そして,この内部のエ ネルギーを行動へと転化していくことを妨げるいかなるものも排徐されな102 Charles Brockden BrownのArthurMervyπとprop巴rtyの概念 ければならぬ, という,いわばエネルギー効率の論理によって Arthurは 自らの感情世界を制禦していこうとする.例えば Arthurは父親の死に 対して悲しみにふけることさえ,効率の論理によって斥けようとする.
It is useless to keep alive the sad remembrance. . . . since reflec岨 tion could answer no bene五cialend to him
,
it was my duty to divert my thoughts into different channels,
and live henceforth for my own happiness and that of those who were within the sphere of my influence. (p. 377)Arthurの反応に特徴的なことは benefactorとしての使命感を前面 に押し立てることによって,他人の死,父の死を痛みとして感じることを 巧妙に回避しているという点である.そして,上の引用文中で, I自分の 周囲の人々の幸福」が「私自身の幸福」と並列されていることに注目せね ばならない.すなわち Arthurにとって,人々の幸福に貢献するという 使命感は,究極的には「私自身の幸福Jと不可分のものであった.問題は,
彼がこのように感情においても行動においても自己中心的でありながら,
意識の表面の部分では自分を benefactorとみなしているところにある.
「私の幸福」を追求しようとする衝動を「人々の幸福のために」という使 命感にすり替えていく Arthurの自己欺臓を Brownは部撤している。意 識されざる自己欺摘を犯しているという意味で, Arthurは善意溢れるも
うひとりの Welbeck,十八世紀アメリカの Tartuffeでもある.
しかしながら Arthurの使命意識と,彼をやみくもに行動へと駆り立 てるものとの聞に自己歎輔的な二重性があるとしても Brovvnが主人公 の行動力そのものに対して単純に倫理的な判断を下してはいないこともま た事実である.良くも悪くも Arthurの並み外れた行動力と物怖じの無 さは,結果的に彼自身に物質的成功をもたらすとともに周酉の人々に恩 恵を与えもするのである.そして,おそらし主人公に対する Brownの
Charles Brockden BrownのArthurMervynとpropertyの概念 103 暖昧な態度は,同時代のアメリカ社会に対する彼の見方に関連してくるの
ではないだろうか.すなわち, I私の幸福」を追求していくことが,必然 的に社会全体の幸福をもたらすというアメリカ社会の原型が形成されつつ ある時代を Brownは生きていた Arthur Mervynのアメリカは, も うひとりの行動的な主人公 poorRichardのアメリカでもあったのである.
この Arthurーアメリカというパラレルな関係を明らかにするために,
以下で,資産の価値に対する Arthurの見方の変化を Brownの時代の社 会状況に対応させてみてみたい.
5
先に Welbeckが Lodi家の財産を私物化したことに触れた.その場 合に,彼が自分の行為を正当化した論理とは,資産を最も効果的に管理す る者にその所有権が属する, というものだった.また, これと同様の論理 によって Arthurの 恋 人 目lza の伯父は彼女の相続財産を横領してい る.これら二人の横領者たちが用いた論理には,アメリカ社会の経済構造 の急速な転換を押し進めつつあった Hamiltonたちの政策に対する批判が こめられている.十八世紀末から十九世紀初頭のアメリカ社会において,
共和国の経済発展を促進するという国家目標は従来の農本主義的な所有権 の概念を根底から覆しつつあった.例えば,土地に根ざした農民が従来よ
り確保してきた水利権と,水力を利用して物を加工する業者の利益が棺反 する場合に,社会はそのどちらが経済発展により寄与しうるか, という尺 度で水流の占有権を定めた13 この時期における代表的な裁判の判例を引 用して Morton]. Horwitzは次のように言う.
Palmer v. Mulligαn represents the beginning of a gradual ac‑ ceptance of the idea that the ownership of property implies above all the right to develop that property for business pur
104 Charles Brockden BrownのArthurMervynとpropertyの概念 pose.・・・ [Variouslegal decisionsJ introduced into American com咽
mon law the entirely novel view that an explicit consideration of the relative efficiencies of conflicting property uses should be the paramount test of what constitutes legally justi五ableirtjury14.
すなわち,土地であれ水利であれ,資産はすべて社会的な有効性という物 差しによってその価値を判断された.そして,資産の社会的な有効性を最
もよく引き出す者にその所有権が帰属することがありえた.
Arthur Mervynにおける所有権の侵害の挿話が経済発展を金科玉条と して財産の所有権を犯しつつあったアメリカ社会の風潮に対する批判的な 戯画であることは明らかだろう.しかしながら,善意盤れるもうひとりの
「横領者」である Arthurに対する Brownの態度には,イデオロギー的 な反発だけでは割切れない暖昧なものが感じられる.主人公に対する Brownの態度の暖味さが何に起因するのかを考えるためには Hamilton 的な経済優先政策に対して Brownがどのような立場をとったのかをみて みなければならない.
6
土地という伝統的な資産形態に基盤を置く階層にとって,財産の社会的 有効性という新しい概念の台頭は自分たちの財産所有への侵蝕として映っ た.それは,経済発展の名の下に,現実には人々が土地を投機の対象とし て見るようになったからだった.しかしながら Hamiltonたちの政策は,
アメ Pカに共和制を存続させていくためには経済発展を優先してゆく以外 に方法はない, という現実主義的な認識に裏打ちされていた.すなわち,
連邦主義者たちは,伝統的な共和制を支える基盤である市民的徳と農本主 義の理想に致命的な脆弱さを感じとっていた.アメリカが安定した共和国 であり続けるためには,商工業という,より確実で効果的な経済活動にそ
Char1es Brockden BrownのArthurMervynとpropertyの概念 105 の基盤を求めなければならない.この現実主義的な認識の下に,彼らは経 済発展の促進という政策を押し進めたのだった.言い換えれば,共和制に
もろ
潜む宿病としての蹟さ,不安定さを見抜いていた Hamiltonたちは,共和 国が生き延びていくために必要な手段として経済優先の政策を選択したの である15
しかしながら,アメリカの十八世紀末という時代は,あらゆる社会的,
文化的営為が究極的には伝統的な共和国の理念に収散されねばならない,
というイデオロギー的な規制を持った時代であった.このような時代状況 の中で,経済基盤の転換をはかろうとした Hamiltonたちもまた,自分た ちの政策を支える支柱を共和国の理念の中に見出さねば沿らなかった.時 代的な必然として,彼らは理念的支柱を合衆国憲法の中に求めた.例えば,
the Bank of the United States設立をめぐる論争について John,C. Millerは次のように説明している.
According to his [Hamilton'sJ reading of the necessary and proper" clause, the word necessary" meant needful, requisite, incidental
,
useful,
or conductive to. Since a bank was necessary to the collecting taxes,
the regulating of trade,
and providing for the common defense,
it followed that the incorporation of the Bank of the United States was within the powers of Congress. Stated as a general principle,
Hamilton's doctrine gave the Fed‑eral government
,
as a sovereign power,
the right to employ all the means necessary and proper" to the attainment of such objec司 tives as wεre not forbidden by the Constitution or not contrary to the ends of society.16すなわち Hamiltonたちは,憲法条文中の「必要で最適な」という語句 をある意味で曲解することによって,自分たちの政策を擁護しようとした.
106 Charles Brockden BrownのArthurli1ervyπとpropertyの概念 共和国の経済基盤を転換させることが,共和制を存続させるために「必要 で最適な」手段であるならば,憲法という権威が自分たちの政策を是とし ているではないか. さらに彼らは, 憲法前文に誕われた「一般の福利」
(the general Welfareつという語句を拡大解釈することによって,自 分たちの経済優先政策が特定の階層の利益をはかるものではなく,社会全 体の幸福に貢献しようとするものであることを強調しようとした17
Hamiltonの政敵たちにとって, 彼の論理は憲法の曲解と拡大解釈の上 に成り立った敷臨的なレトリックの操作に他ならなかった.しかしながら,
共和国思想が市民に要求する公共心や利他心といった徳目と,本質的に利 己的で利益本位のものである経済発展へのエネルギーを共存させねばなら なかった Hamiltonたちの立場を考えれば,そのレトリックの欺騎性,二 重性は避けることのできないものだった.
Hamiltonたちの論理の款臨性,二重性を Brownの主人公の自己欺輔 的な性格に重ね合わせれば Brown自身の立場がどのようなものであっ たかが明らかになる.小説の始めに Arthurはある「遺伝的な病J(p. 15)によって夫折を宿命づけられていることが明らかにされる.共和制と いう脆弱で不安定な政治制度を生かし続けるためには経済発展が何よりも 優先されねばならなかったのと同様に,病を背負った Arthurが都会の中 で生き延びていくためには,自己の保身と「私自身の幸福」の追求を何よ
りも先にはからねばならない18 Arthurが実際には徹底して自己中心的 でありながら,他人の幸福に貢献するという使命を標携する自己欺輔を犯 しているとしても,それは彼が生き延びていくために「必要で最適な」手 段だった.
r
一般の福利」が「私の幸福」の追求よりも侵先されたこの時 代に,人が社会で生き延びるための努力は,多かれ少なかれ自己主主輔の相 を帯びざるをえない Arthurを遺伝的な病を背負った戸マンティッグな 主人公として描くことによって Brownは Arthurの自己欺踊を,そし て Hamiltonたちの論理の款繍性を免罪しようとした.Char1es Brockd巴nBrownのArthurMervyπとpropertyの概念 107
7
しかしながら Brownは Arthurが生き延びていくために身につけ た自己歎臓を免罪してはいるけれども,決して主人公の生き方を無条件で 肯定しているわけではない.確かに,プロットの上では Arthurはその 行動力と徹底した自己中心性の故に,都会に適応して物質的な成功を果た す.小説の最後に至って,被は金持のユダヤ人女性 Achasa と結ばれて3 社会的な地位と財産を手に入れる.しかしながら Arthurは,物質的成 功と引き換えに何らかの代償を支払わねばならない.都市の生活を支配す るものが財産の所有と交換という経済の論理である限り,成功の夢を果た すことに代償が伴うのは当然の帰結であろう.物質的成功と引き換えに Arthurが背負いこむことになるのは, 何者かに対するやましさの感情で ある Achasa との結婚の直前に Arthur は彼女の前の夫が自分を殺し に来る夢を見るが,この悪夢には彼が何者かに対して抱くやましさが投影 されている.
Arthur にとって Achasaは恋人であると同時に母のような存在でもあ る.優しく包容力に富んだ彼女を Arthurは mymamma" (p. 413) とさえ呼んでいる Arthurにとって Achasaが母的な存在であるのな らば,夢の中で彼を殺しに来る彼女の前夫は,象徴的な意味での父的な存 在と言えなくもないだろう.何となれば Arthurはそれ以前にも,彼の 周囲にいる年長の男たちに対して,あたかも父親に対するかのような態度 で臨んでいるからである19 これらのことから考えれば Arthurの心に 潜むやましさは,父的な存在に対する彼の心理に関係があるのではないだ ろうか.
Arthurの周囲にいる年長の男たちは Stevens,Vlelbeckそして Had‑
winの三人であるが,彼らと Arthurとは, 象徴的な意味で, 父親と息 子の関係を形づくっている Welbeckの前で Arthurは,自分が彼の死
108 Char1es Brockden BrownのArthurMervynとpropertyの概念 んだ息子の生まれ変わりであるかのように振る舞うし, また,彼は Had.目
Wlll の娘と結婚してその義理の息子となろうともする.このように,
Arthurはこれら三人の父親のような男たちの期待する息子像にあわせて 自らを変幻させる.ここでもまた,変動する動産のイメージが Arthurの 上に重ねられている.すなわち,他人の期待に応じて「良ぎ息子Jとして 振舞おうとする Arthurは,他人の評価に即して次から次へと虚構の役割 を自らに課していくのである. そんな Arthurに対して Hadwin や Stevensは様々な恩恵や機会を与えてやる.しかしながら, 自己中心的な Arthurは, 彼らから多〈の恩恵を受けながらも, もはや彼らから得るも のが無くなったとみるや,ただちに他の対象に乗り換えていく.ちょうど,
動産が人から人へと流動した果てに利益を生むように Arthurもまた,
次から次へと庇護者の下を渡り歩いた末に,物質的な成功をおさめるので ある. Welbeckを初めとして Arthurの前に現われた三人の庇護者たち は,彼に思恵や機会を授けたあげくに,小説の舞台から一様に姿を消して い し す な わ ち Welbeckと Hadwinは疫病によって死ぬし,また,
語り手である Stevensはp 小説の後半で Arthurが成功をおさめる段に なって,不可解にも語ることを突然やめてしまう.小説の結末において,
Arthurひとりが生き残り,彼を「息子Jとして庇護してきた三人の男た ちがすべて死ぬか,あるいは姿を消してしまうという事実は,たんなる偶 然とは思えない Arthurが物質的な成功を勝ち得るために三人の庇護者 たちを利用してきたと考えるのは極端にすぎるかもしれない.しかし,少 くとも Welbeckは,自分を庇護してくれる者に対する Arthurの態度に 極めて計算高いものが潜んでいることを見抜いている.
Thy qualities are marvellous. Every new act of thine outstrips the last
,
and belies the newest calculations. . . .Infamy and death are my portion.... but 1 did not think to
Charles Brockden BrownのArth1,fr1vfervynとpropertyの概念 109 receive them at thy hands
,
that under that innocent guise there lurked a heart treacherousand cruel. (pp. 246‑247)成功の夢を果たす直前になって Arthurが抱くやましさの感情は,三人の 父親のような男たちに対して自分が極めて計算高く,自己中心的に対して きた, ということへの Arthur自身の自己批判だと考えることができるだ ろう.
8
これまでみてきたように ArthurMervynにおける動産という財産 形態や都市の描かれ方から判断して, Brown自身が基本的には Jefferson 的な Countryoppositionの立場に強〈影響されていたことは明らかだろ
う.しかしながら,われわれは Arthur Mervyn 出版の後数年のうち に Brownが Je妊erson的な共和国思想に立脚した文学活動から,より
ナνヨナ現スティッタ
連 邦 主 義 的 な , い わ ゆ る screamingeagle "の立場へと一種の思想的 転向を果たしたことを知っている20. Brownが Jefferson的な農本主義 の立場を捨てざるをえなかったのは,土地財産に基盤を置く社会はいつま でたっても閉鎖的な地方性を脱却できない, と考えたからだ.小説の中で,
Brownは農本主義的な理想の限界について, Arthur の口を借りて次の ように語っている.
What was to be dreaded from them [rural ways of lifeJ
,
was,
their tendency to quench the spirit of liberal curiosity; to habitu闇
ate the person to bodi1y
,
rather than intellectual,
exertions; to supersede,
and create indifference or aversion to the only instru‑ ments of rational improvement,
the pen and the book. (p. 297) Brownをはじめとして, 建国期の芸術家たちが共通の目標としたのは,110 Char1es Brockden BrownのArthurMervynとpropertyの概念 アメリカに地域的な閉鎖性を越えた真の国民的文化を創出することだった.
このような任務を担った,いわゆる culturalnationalistとしての立場か ら21 Brownは Jefferson的な田園の理想よりも Hamiltonたちの推進 する経済優先政策を支持せざるをえなかった.真の国民的文化とは地域聞 の活発な交流と国民の一体感という基礎があってはじめて成立しうるもの である.経済的な効率の高い流通体制を築〈ことを目的とした Hamilton たちの政策は,その必然的な結果として,建国後間もないアメリカに地域 聞の交流と社会の一体感をもたらすであろう.このように Brownは Jefferson的な田園の理想に影響されながらも cUlturalnationalistとし ての立場から Hamiltonたちの経済構想を当面の急務として選択せざる をえなかった.それは苦渋に満ちた, しかし現実主義的な選択であった.
Brownのこの「転向」を予示するかのように Arthurは次のように語 っている.
Competence
,
fixed property and a sett1ed abode,
rural occupations and conjugal pleasures,
were just1y to be prized; but their value could be known,
and their benefits fully enjoyed only by those who have tried all scenes; who have mixed with all classes and ranks; who have partaken of all conditions; and who have vis‑ ited di妊'erenthemispheres and climates and nations. (p. 280)Arthurが父的な存在に対して抱くやましさは,おそらく
r
転向者」としての Brown自身に対して向けられたものでもあるのではないだろう か Brownのように,革命以後に成長した,いわゆる第二世代の人々に
とって,合衆国憲法に体現された共和国思想は父たちの世代が残した遺産 だった.少くとも Jeffersonに代表されるような,より伝統的な共和国 思想に影響されていた Brownにとって,父たちの世代が遺産として残し た制度や価値観を忠実に受け継いでいくことは共和国の継承者としての義
Charles Brockden BrownのArthurMervynとpropertyの概念 111 務だった.それに対して,先にみたように Hamiltonたちの政策は, レ
トリッグの上では合衆国憲法を理念的な後楯としながらも,実際には憲法 条 文 を 曲 解 し , 拡 大 解 釈 す る 思 想 の 歪 曲 行 為 で あ っ た Brown は, Hamilton的な経済構想にのっとって変動するアメリカ社会が, 父たちの 世代の遺産としての共和国思想を変質させつつあることを知りながら,こ の思想、の変質と歪曲を必然として認めざるをえなかった.しかしながら,
いかに Brownが cultural nationalistとしての使命を自覚していたとし ても,彼は自分たちが父たちの世代の遺志から離反しつつあるということ に苦しまずにはいられなかったに違いない.おそらし BrownはArthur Mervynを書くことによって, 自己のこの内面の苦渋を表白し, また同 時に,自分の現実主義的な選択を弁明しようとしたのではないだろうか.
そして,主人公にやましさの感情を抱かせることによって,自らの「転向 者」としてのやましさをそこに投影さぜた, と考えることができるのでは
ないだろうか.
注
1 R. W. B. Lewis, The American Adam: Innocence, Tragedy, and Tradi‑ tion in the Nineteenth Century (Chicago: The University of Chicago Press,
1955), pp. 92‑98; Leslie A. Fiedler, Love and Death in the American Novel (New York: Criterion Books, 1960), pp. 139‑143; Kenneth Bernard,Arthur Mervyn: The Ordeal of Innoc己nce,"Texas Studies 01" La匂 陶:geand Litera‑ ture, VI (1964), 441‑459などを参照.
2 Lewis,oρcit., p. 91.
3 十八世紀アメリカにおいて propertyという語はたんに物質的な財産という意 味以上のものを含んでいた.すなわち,それは人間が自己の不可侵の領域とみな すもの, 価値観, 生活様式, 徳性などと不可分であるべきだった.(Gordon S. Wood, The Creation 01" the American Republ ,i:r1776‑1787 (Chapel Hill: The University of North Carolina Press, 1969), p. 219) したがって,本稿で はpropertぁ財産,資産等の語を必要に応じて使い分けることにする.
4 Thomas Je鉦巴r回n,Notes on the State 01" Virginia, Query XIX," in The
112 Charles Brockden BrownのArthur.Mervynとpropertyの概念 Portable Thomas Jefferson, ed. Merri1l D. Peterson (New York: The Viking Pre,回 1975), p. 217.
5 Char1es Brockden Brown, Arthur J.i.fervy問 orJ.i.femoirs of the Year 1793, ed. Warner Berthoff (New York: Holt, Rinehart and Winston, 1962), p. 32. 以下,引用はこの版からによるものとし,本文中に引用頁数を括弧内に示す.
6 Wood,oρ. cit., pp. 219‑222参照.
7 John C. Mi1ler, The Federalist Era, 1789‑1801 (New York: Harper &
Row, 1960), pp. 116‑117.
8 動産が人聞の認識に及ぼす悪影響についての古典的な見解である Charles Dav巴nant(1656‑1714)の説に関して, J. G. Pocockは次のように説明している.
Credit hangs upon opinion" and depends upon our passions of hope and fear"; and this is because the objects of its knowledge are not altogether real. It is only in part our opinions of men and things which we declare and which shape our actions, for this theory pr巴supposesa society in which gold and paper have become the symbolic medium in which we express our feelings and translate them into actions, so that at the same time they acquire a五ctitiousvalue of their own.
(J. G. Pocock, The Machiavellian Moment: FlO1・entine Political Thought and the Atlantic Republiean 7トadition (Princeton: Princeton University
Pr巴ss,1975), p. 441.)
9 Kenneth Silverman, A Cultural History of the American Revolution (N巴W
York: Thomas Y. Cromwell Company, 1976), p. 514.
10 James H. Justice, " Arthur Mervyn, American," American Literature, XLII (1970), 314.
11 この見解の代表的な例は, Bernar ,dop. cit., p. 454に見られる.
12 Warn巴r Berthoff, Adventur巴s of the Y oung Man: An Approach to Charles Brockden Brown," American Quarterか, IX (1957), 425.
13 Morton J. Horwitz, The Tran宅formationof American Law, 1780‑1860 (Cambridg巴 HarvardUniversity Press, 1977), pp. 31‑62.
14 lbid., pp. 37‑38.
15 Hamilton自身は, 共和国の基盤の必然的な移行を次のような言葉で予言して し、る.
. . . as riches increase and accumulate in few hands; as luxury prevails in society; virtue will be in a greater degree considered as only a graceful .appendage of wealth, and the tendency of things will be to depart from
Charles Brockden BrownのArthurMerりnとprop巴rtyの概念 113 the republican standard. This is the real disposition of human nature. . It is a common misfortune, that awaits our state constitution as well as all others.
Pocock, op. cit., p. 530より引用.
16 Miller, op. cit., p. 59. 17 Ibid., p. 66.
18 i病」のイメージが共和制度の脆弱さ,不安定さに結びつけられていたという 指摘については, W ood, op. cit., pp. 413‑425参照.
19 例えば, ArthurはHadwinに対する彼の気持を次のように表わしている.
The behaviour of this good man五lled m巴 with gratitude and joy. Me‑
thought 1 could embrac巴 himas a father, and entrance into his house, ap回 P巴ar巴dlike return to a long制lostand much‑lov己d home. My desolate and lonely ∞ndition appeared to be changed for paternal regards and the tender‑ ness of friendship. (pp. 116‑117)
20 Brownの「転向」の経緯については Lawr己nc己J.Friedman, Inventors of the Promised Land (New York: Alfred A. Knopf, 1975), pp. 79‑103参照.
21 Brownのいわゆる culturalnationalistとしての使命意識については Cecelia Tichi, Charles Brockden Brown, Translator," American Literature, XLIV
(1972), 1‑12を参照.