John Donne: 'The Exstasie,'一つの解釈
著者 坂本 完春
雑誌名 主流
号 34
ページ 1‑19
発行年 1972‑11‑20
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016745
1
J o h n Donne: The E x s t a s i e , ' 一つの解釈
坂 本 完 春
1
この詩の解釈をめぐって, 過去に数多くの批評活動がなされてきた.
GriersonはDonneの愛の形而上学を知るこの上もない資料で, intercon‑
車
工lectionand mutual dependence of body and soul"のマニフェストと の解釈を示した.いわゆる霊肉相互依存のスコラ哲学流の弁証法だという のだが, ζの流れの解釈の特徴は, Coleridgeや E.Poundにも見られる ように,哲学的なマニフエストとする説にある.一方, P. Legouisは哲学
占
的マニフエスト説とは真向から対立してロ説きのうた'と反論する.
新しいところでは, H. Gardnerが exploreim旦ginatively the notion of ecstasy9 月と言って, Donneの観念的な 4遊び'を強調する様子がうか がえる.
これらの解釈を整理してみると,Donneの観念的な傾向と,理屈っぽい 知性にのみ目を奪われてしまった印象を受けるのは筆者のみではないだろ う Donneがその詩により現代の読者の知性や感性に訴えかけるものを 持っているとするならば Donneのζの理屈っぽい知性の一面だけでな くて,むしろ血の通った,それも激しく流れる血と,強靭な知性をもった 人間であったためではないだろうかと考える. この点で P.Legouisの説
も一面的ではあるが,ある人には説得力を持つのが首肯ける.
ではヲ Donneの生命の息吹きはどこに発見できるのかと言えば, それ は彼の知的活動ばかりでなく,彼の心の畏の一つ一つに鮮明に焼きつけら れた大小の振幅運動の跡からえられると予測する.'The Exstasie'には
2 John Donne: 'The Exstasie,'一つの解釈
Aristot1eもPlatoも顔をのぞかせているが, Aristotleか, Platoか,霊 が肉体より上位なのか,またはその逆か,あるいは同等なのか,さらには プラトニヅクな純愛か性愛か,のいずれかを決定することより,激動の時 代に一つの生き方を選択しなければならなくなった時に Donneの心の中 で生起した葛藤の軌跡に光をあてることの方がζの小論の目的にかなう.
だからと言って,その軌跡が Donneの伝記的な事実と一致することを明 らかにしようとするものでないばかりか Donneの詩作意図を付度する ものでもない.
視点をかえてみる.社会学的には人間は宮廷社会や宗教界など異なった
。
意床体系に帰属するたびに自画像の書き変え作業 (alternation)を行なう@
Donneでは直線的に行なわれずに
J
転位J(displacement)事という心理現 象をともなった心理学で言う「昇華J (sublimation)8 として書き変え作業 が行なわれた.題名 'TheExstasie'のなかにある,eks句sis'の意味はこの移行の姿に表現を与えたものだろう.
この小論ではp 錬金術のイメージを中心にして上述の解釈を示そうとす るのが目的である.
2
ecstasy という言葉が呼び起こす内容は神秘的なベールで包まれた世界 である.だから, 'The ExstasIe'に神秘性をかぎとらない者がないほど,
この詩は一種特異な雰囲気を発散している.その原因は一般にネオプラト ニヂグの神秘思想にみられる ecstasy観に帰せられている Donneの詩 行を引用してその ecstasy観を合成すると次の様な状態を指す.幽閉され ていた霊('a great Prince in prison lies.' ‑ The Exstasie'; 1.68)が肉 体を離脱('thinke thy Soul色 hatch'd but now.'一一 TheSecond Anni同
versary '; 1. 184)し,絶対者との霊的な合ーを果たした時の法悦,
The ExstasIe'の ecstasyがこのような意識の異常な昂揚から起る神
John Donne: 'The Exstasie,'一つの解釈 3 秘性をたたえていることは言うまでもない.問題はフ ζの詩では, ecstasy の神秘性がこれにとどまらないということである Aristotleにもとづい た中世スコラ哲学との関係で発達した錬金術の科学的な操作もさることな がら,それにも増して,神秘的な思弁による錬金術のイメージがかもしだ す雰囲気がこの詩の神秘的な ecstasyの世界をっくり出しているのを指摘 することは案外少ない.
この二つの神秘的な世界の中, The Exstasie'にこの錬金術のイメー ジが充満していることは後に論ずるとしてタ ネオプラトニックな ecstasy 観(霊が肉体から離脱する現象〕の認識だけに終らず,さらに基本的な意 味,ギリシャ語の ekstasis' に接近させることからこの詩の世界を考え
てみたい.
'ekstasis'とは,まず,あること,または,ものからの離脱であって,ー つの 'stasis" あるいは複数の,st羽田'からの離脱であったり,一つの 'stasis'からもう一つの stasis'への離脱・移行を意味する.言葉をかえ れば,一つの status,または stateからの離脱か,もう一つの status,あ るいは stateへの移行現象として捉えなければならない. したがって,
複数の意味体系,または多元的な価値観の存在を認めなければならない.
そして,その意味体系とか多元的な価値観とは,ある与えられた社会にお ける身分地位であってもいいだろうし,また複数のイデオロギーであった り,世界観であったり,さらに宗派であったりしてもいし、だろう.個人が 帰属する意味体系を,stasis 'と考える.
Donneにおける 'ekstasis'はカトリヅクからアングリカンへの改宗だ とかp いわゆる JackDonneから DoctorDonneへの変貌とか,さらに は宮廷社会への仕官から法曹界や宗教界への組みこみなどが主たるもので あろう.
しかし,Donneはこのような伝記的な事実ばかりでなし彼の詩作活動 において,特に TheExstasie'において ekstasis'が霊が肉体から離
4 John Donne: 'The Exstasie,'一つの解釈
脱したり,霊が肉体に移行したりする現象として詩に定着しているが,霊 が一つの ζstasis'から離脱し, 'to advance their state' (1. 15)とい う目的を明瞭に宣言しているように, 'ekstasis'を神秘的な心奪われた忘 我の状態とだけで認識していないことは強調しておいていいだろう.夢う つつの,いわゆる慌惚の状態というよりは,さらに積極的な内包をもつも のとして認識している.ecstasyがギリシャ語の ekstasis'に意味上近蝕
していることとあわせて, 間接的ではあるが BritishMuseum所蔵の Landsowne MS. 740やH.Gardner等のようにこのタイトルを Exstasie'
と撮る事情にも在意、をしておきたい.
霊の ζヨtasis'に'degree'があることは当時の精神共同体を参考にして みれば明らかである Aristotlε やスコラ哲学流の霊には vital soul' ,
6田nsitivesoul', 'rational soul'と三種の存在を認めラ 'rationa1sou1 'は 人間にのみ存在するという Donneは The Exstasie'で霊が三つの degreeあるいは stateを段階的に昇っていくなどと主張しているのでは ない6 人間の二つの霊が相結ぼれることでよりすぐれた霊になると,逆説 的な離脱・移行をうたっている.Donneによれば?霊は
Our soules
,
(which to advarice their state,
Were gorte out, • •• (11. 15‑16) と肉体から 'ekst部is'しながら,
So must pure lovers soules descend T'a妊巴ctions,and to faculties,
That sense may re証chand apprehend,. . . (11. 64‑66) とふたたび肉体に ekstasis'している. このパターγはキリストが神の 国から人間となってこの地上の世界に君臨し,復活してふたたび神の国に 帰られたパターンと逆のものであるばかりでなし質的にも同じとは言え ない.また, Plato流に神から与えられた霊が肉体を離脱して神の国へ回 帰するパターγと同じでなし異質なものになっている.この点について
John Donne: The Exstasie,'一つの解釈 DOl1ne自身にもう少し詳しく語らせてみよう.
As 'twixt two equal1 Armies, Fate Suspends uncertaine victorie, Our soules
. hung 'twixt het, and mee. (11. 13‑16)
5
ここには ecstasy'とか 悦惚'という訳語の概念の片鱗すら読みとるの が困難なほど霊の ekst部 is'が 客 観 的 に 描 写 さ れ て い る . 一 般 的 に 悦 惚'とは,霊が離脱する状況をつぶさに意識することはないと考えられる.
したがって, Donneが
iVithin convenient distance stood. (1. 24)
とたたみかけるのを知るじ 悦惚'とか ecstasy'では表現できない世 界を Donneが創り出していることが理解できる.Donl1eが描くこの世 界は 慌惚'とか 'ecstasy'でなく, 'ekstasis'の世界と言えよう.
ζのことから第ーに読みとることができるのは ekstasis'の社会的な 側面である.一つの意味体系からフもう一つの意味体系への離脱・移行が 外的に記述・規定できる時はよいとして〉一つの意味体系に帰属している ためにもう一つの意味体系を冷静に検討・評価する客観性を欠く時ラその 帰属している意味体系からある程度の距離をおいて観察する位置が必要と 怠る. この点からして Withinconvenient distance stood'こそ理想的 な客観性を約束している.
第二に,
If any, so by love re五n'd,
That he soules language ul1derstood, (11. 21‑22) とか,
And if some lovet
,
such as wee,
Have heatd this dialogue of one
,
Let him still marke us
, . . .
(11. 73‑75)6 John Donne: 'The Exstasi巴 つ の 解 釈
と第三者を設定することで社会的な現象として顕現する以前の心理的側面 をこの,ekstasis 'に効果的lこ用いられている. いわゆる psychomachia を客体化したりp あるい1,ま心理的振幅現象を客観的に観察するための位置 なども9 一つの意味体系に帰属せずヲ離脱していることにより得られるも のである だから3 第三者の設定とは,ekst田is?を擬人化したものとか,
客観的な臣離をおいて検討 e評価する役割を演ずる Dramatispersonaに ほかならないa
それでは?なぜ、このような客体化されたものが ζTheExstasie'の中に 必要なのだろうかを次に考えたい.
3
, ekst丑SlSフによって達成しようと試みる目標ば一つの焦点に収鉄される.
人間完成こそがその目標であってヲぞれが錬金術のfメージで語られてい るのがこの詩の特
i
設になっている.頭金1ftiで 巴kstasis' として考えられるものは? これまでの説明からあ る程度推測できるであろう.錬金術の場合,elixirとかが1ilosopher'sstone を使って混ぜタ
But as all several soules contain色
お1ixtur己 ofthings. . . . (11. 33‑34)
卑金高( drosse円‑1.56)を貴金属や al1ay" (1. 55)に変え,さらには 一つの金属から他の金属に,stasis 'を変成し9 転(立はisplacement)する
ことを指す.
ところがp 錬金術では錬金術師が営々辛苦して会得した奥義は誰にでも 伝授されるというものでなかったa というのはヲ諌金術師を志す者が真の 築金術師になるとは,霊的にすく'hi:二人間になることであり,逆に,霊的 にすく、わした人間でなければ、錬金術に精通することもできなかったからであ る.それゆえにラ集金術の秘術は霊的にすぐれた人にひそかに授けるもの
John Donne: 'The Exstasie,'一つの解釈 7 とされていた.
このように,錬金術は金属の変成を意図しながら,究極的には,人間完 成3 すなわち,人聞を錬金することを目論んでいた.そして,論理を展開
させるなら Donne における 'ekstasis'が ζto advance their (i. e., soul's) state 'であるから,金属の錬金とは霊の錬金でもあったと言えよう.
だから, 'The ExstasIe'において,霊が toadvanc巴theirstate 'する のは9 一つの state' (' stasis うを離脱し,霊を錬金することだったので ある.すなわち, Mixtureof things'の霊を That abler soule' (1. 43) に錬金することであった. この錬金操作で利用される elixir とか philosopher's stoneの機能をもつものが,
Love, these rnixt soules, doth rnixe againe,
And rn呂kesboth one, each this and that. (11. 35‑36) の Love'であり,この Love'カ1
When love, with one another so Interinanirnates two soules
,
That abler soul,号which thence doth flow, . . . (11. 41←43) と That abler soule'に錬金ずる.そして,
A single violet transplant,
The str巴ngth,the colour, and the size, (All which before was poore, and scant.)
Redoubles sti11, and rnultiplies. (11. 37‑40)
と'violet'が,rnultiplies 'するが,錬金術の用語で,rn ulti plic呂tion'と は transrnutation,alchernical preparation of gold, artiIIcially induced growth of gold月を意味し, 錬金の化学操作が暗示されている.その操 作を錬金術では fusionあるいはsolutionと呼んでいる.その上ヲその策 金する対象が金属でなく,霊であるところに注意を喚起しておきたい.こ の錬金操作のイメージは錬金の対象である violet'と共に一層強化され
8 John Dotlne: 'The Exstasie,'一つの解釈
ている.なぜなら, violet'とは, H. Gardnerが ananalogy with the
I~
cteation of a neW soul"と指摘しているように9 錬金された霊9 新しく 生まれた霊と結びついたイメージだからである.
さらにヲ錬金術のイメージはほとんどの場合,人間とのアナロジーで作 られるのが当時の習慣である.二つの物質の結合は結婚であり,金属のた る特性,あるいは活動力を喪失するのは死,新しい金属の生成は誕生,蒸 発気が上昇する現象は霊が肉体から離脱することであり9 操作による最終 の目標が人間の最終的な段階9 新しく清められた肉体のなかによりすぐれ
13)
た霊ができるというもの.
だから 'A singl色 violet'は女性の霊である 'A Pregn旦ntbanke' (1. 2)に,transplant 'されたものでありラそこで化学変化が起ることを 意味する.その変化が起る,A Pregnant banke'がタ ここでは錬金操作 のための容器と無関係でないだろう. というのはラ その容器が phil060‑ pher's egg と呼ばれることがあるので,形の上から容器が卵形で,姐婦 の状態に等しいというアナロジーが撒く.また,結婚が受胎との関係で考 えられたことなどとあわせて,容器そのものの形象化を無視できない.ち な み に 物 質 が 鮮 化 す る 卵 に た と え ら れ た り , 出 産 間 近 い 寝 台 の あ る 部
1事
屋にたとえられた。」というのは,この事情を物語るものであろう.Donne も,だから9 LovesAlchymie'において 'pregnant pot' (1. 8)と呼 んでみた札 A N octurnall 'で 1,by loves limbecke, am the grave (1. 21)と呼んだりする.また,
Whete, like a pi1low on a bed, A Pregnant banke swel' d up, to r色st The violets reclining head, • • • (11. 1‑3)
と, JIIとか水のイメージを用いるのもやはり錬金術操作で考えられるもの である.次の引用の中にこの事情が語られている.
マイケノレ・メージャーの『自然の化学的な秘密~ (1687)には,太陽
John DonneゾTheExstasie,'一つの解釈 9 と月がレトルトのなかを象徴する洞窟の前で抱擁しているとζろを示 すおもしろい銅版画がある.それには,つぎのような説明がついてい る Iかれは水中で身ごもられ3 空中で生まれる.かれが赤い色にな
l:j)
ると水の上を歩く。J
この引用中の9 太陽と月は,それぞれ金と銀とを指し, レトルトとはさき ほどの philosopher'seggのことで為る.
鎮金された霊〔 Thatab1a1' sou1eうである新しい霊('this new sou1eラ
‑2.45)をうるためには結婚のイメージだけでは説明しつくせない. この ことは錬金操作においてもEしい.そこには,結婚の延長線に来るものが,
現代のものと異なるからである.すなわちp 現 代 で は タ 結 措 受 胎 出産 の願で連想が連鎖反応を起すが,中世では受胎,出産が後に復活が続く死
16)
として象徴されたようである.オシリスの植物再生神話やヲ ヨ ハ ネ12章24
・25節等にあるように,種子は新しい芽を出すために一度姿を消さねばな らない.新しい生の誕生はp このように9 腐敗現象である死を経なければ ならなかった. これを錬金操作で言うならばラ ca1cinationで,一つの金 属が他の金属と結合して,そのもとの金属の特性を失いラ新しい特性にそ の 'stasis'を変成するまでの「照焼」と呼ばれている. この操作では物質 をひとまず非金属の状態にする.これも,ekst旦sis'であることは言うまで もない.Donneの
And whil'st our soules negoti且tethereョ
Wee 1ike sepu1chrall statues 1ay; . . . (11.17‑18) はputrefaction,錬金術の死のイメージであり,男女それぞれの頭が二っつ
いた一つの身体が墓に横たわりヲ 日は二つずつ,四つありラ手は一つずつ
l方
二つしかない錬金術のグロテスクな死の寓意画は, Donneの Our・eye‑beamestwisted, and did th1'ed
Our eyes, upon one double st1'ing,
10 }ohn Donne: 'The Exstasie,'一つの解釈 So to' entergraft our hand, as yet
Was all our meanes to m旦keus one, . • . (11. 7‑10) がつくる映像とを重ね合わせるとよく一致する.そして3 復活と結びつい た死と考えるならば9 結婚は性的な死をも意味する.
Calcination (こ続いて起る諌金操作は "tomake us one" (1. 10)と形 象イじされラ さらに,
Love, these mixt soul巴s,doth mixe againe,
And makes both one, each this and that. (11. 35‑36) と定着された fusionあるいは solutionと呼(まれる操作である.そして,
この calcinationとsolutionとの間に sublimation(昇華〕の操作があり,
蒸発するもの(霊〉と凝固するもの(肉体〉とが分離される.すなわち9
霊がたえず神の許に回帰しようとする性質が揮発注のものであるならp 一 方ラ地上にとどまる肉体が凝固1生のものなのである. この両者が分離され るとは,一般に肉体が,drosseタと考えられるために,その drosse'の 'stasis'こ沈殿しているところの霊を分離し? 霊のもとの 'stasis"神へ の回帰を可能にするのを意味する.さもなければ,
He
lv1ight th己ncea new concoction take,
And part farr巴purerthen he came. (11. 25‑28)
ということも起り得ない.第三者が 旦 newconcoction'と sublimation の操作を通過するためには 'vVithinconve孔ientdistance stood' と,一 つの,stasis 'から離脱しないとえられない. したがって, sublimationは 諌金操作の中で分離し,昇華させるものでなければならない.
4
芭cstasyの意味は,課金?なの操(下によって説明すればラ sub1imationで操 作は完了することになる。霊が肉体を離れ,神の許{.こ「昇華Jすればいい
John Donne; 'The Exstasie,'一つの解釈 11 から.ところが, TheExstasie 'では,錬金術と同じく, sublim昌tionで 完了しない.
錬金術操作とは,最初が C乱lcinationで最後に Tincturaを得るとされ ているが,その間 sublimationとか solution,disti1l抗ion,coagulョtionを も含めて,実際に,貴金属らしきものに錬金するためには,複雑に組み合 わされた操作を何度も繰り返し経なければならない.そして,またフその 結果,かならず卑金属が貴金属になると保証されていなかった.
だから, 'ecstasy'と錬金術とを対応させるとき, ecstasy'が錬金術の この複雑な操作を経た結果のものと対応するとは言えない.錬金操作の目 標が霊の錬金でもあったのだから,上のように sublimationまでの単純
なパターンの操作で終らないことも明白になる. というのは,人間の完全 な状態は, soul'と spirit'とが(錬金術では 'sulphur'と mercury' とである〉神へ向うとするが(揮発性=昇華), 'body'において結合され る状態を言う.すなわち,'soul'と spirit'は結ばれねばならず('Spiritsラ
as 1ike soules as it can'~1. 62),またフ soul'と 'body'とを結ぶの は 'spirit'なのである.
As our blood labours to beget Spirits
,
as like soules as it can,
B己causesuch五ngersneed to knit
That subt1e knot, which makes us man: (11. 61‑64) と人間の完全な状態がえられる.卑金属を貴金属に変成するさいに金属変 成の動因として philosopher'sstoneがあるように, 'spirit'は soul'と body'とを結合し,両者を調和させるもので,この両者の中間的な性質を 帯びる.だから9 肉体のないところに人間の完成はおぼつかない.つまり,
, spirit'は body'がなければ 'makeus man のための Thatsubtle knot'を結べなくなる.
したがって, The Exstasie'のパターンは霊が肉体から離脱しながら,
12 }ohn Donn巴: TheTxst<lsie,'一つの解釈
ふたたび肉体に回帰する.回帰するのは神の許へというより,肉体だ,
To'our bodies turne wee then, (1. 69) とするところにこのパターンの複雑さがある.
しかし,問題は,この霊の錬金操作で人間完成を目ざすのなら,肉体に 回帰するとしながらも,肉体そのものが最終目標かどうかである.Donne は肉体に回帰すると言っているが,肉体が最終目標であることを明瞭に否 定しているともとれる.
They'are ours
,
though th己y'arenot wee,
(1. 51) 視点をかえてみよう.sublim乱tionまでの 'ecstasy'が霊は地上から神 に ekstasis'するのであったが,では, 'The Exstasie 'の霊がζのパタ ーγを地上から神,さらに地上へと延長しただけのものであろうか.そう であるなら9 目ざすものは肉体でなければならない.一度はOn man heavens infiuenc巴workesnot so
,
But that it first imprints the ayre
,
Soe soule into the soule may fiow
,
Though it to body五rstrepaire. (11. 57‑60)
と肉体にもどるが,目ざすのは肉体を通Lて霊を結合し, 新しい That abler soul'を作ることである.その結果, 霊が肉体にもどっても質的な 変化はないとする.質的な変化はすでにその前に起っていて,現実に起る 外的な変化と量的に等しくない,と Donneは論じる.
. he shall see
Smal1 change
,
when we'are to bodies gone圃 (11.75‑76) 量的な変化は質的な変化に追いつ、けないでいるかに見える.Loves mysteries in soules doe grow
,
But yet the body is his booke. (11. 71一72)
しかし, Donne はここで霊と肉体とそれぞれにおいて起る質, 量の変化 の等式関係を真面白に言っているのではない.それよりも,霊と肉体との
John Donne: 'The Exstasi巴J一つの解釈 13 関係が比例の関係でも,反比例の関係でもなく,実際の質的な変化の量を 正確に計量しようというものでない.霊が昇華して肉体を離れるときの比 重と, その霊が蒸溜 (disti1h).tipn)されて肉体にもどる時の比重が等しい の,等しくないのと判断はできないし,判断をしてもこの詩の解釈に関係 ない. このような論理に錬金術におけると同じような mutationが起って いることに注目すればよい.
霊は肉体から,ふたたび肉体へと直線的に往復していない.
This Extf!.sIe dQth unperplex
(We said) <lI1d te11 t!.s wh<lt we 10ve, Wee s己eby this
,
it was not sexe,
Wee see, we saw not what did move: (11. 29‑32) 霊と霊との結びつきでえたものが3 肉体と肉体との結び、っきからうる霊と 霊との結びつきとはほとんど同質であるとの伏線がこの節である.事実ラ
この 'TheExstasie'の 1‑28行までは lower sense'としての肉体と 肉体とが
Our hands were firmely cImented
With a fast balme, • " (11. 5‑‑6)
と結びつき,錬金術の結婚,すなわち, solutionの操作を暗示するが,霊 は肉体から昇華してはいるが,霊と霊との結びつきはまだ行なわれていな い. ところが,29‑48行において霊と霊との結びつきが完成し, Thatab1er s0111 'になっている.それでいて?なお,これは完全な状態でないという.
完全な状態とは4g.,...76行で達成されている. それは,手と手,目と目など による結びつきから霊と霊との結びつきを導き,さらにp 肉体と肉体が手 や目だけでなく,完全に一身同体となっている.霊と霊との結びつきから
That <lbler soule 'という新しい霊が生れる. ここに金属変成に等しい変 成, mutationが起る.その mutationは Donne流の知的操作に起り,
心理的な「転位」に通ずる.
14 John Donne: 'The Exstasie,'一つの解釈
錬金術は霊の錬金でもあり,人間の完成をも目ざすものであった. とこ ろが,霊の錬金( to advance their state勺のためには愛の錬金が必要 であるという強靭な論理の展開が TheExstasie'に見られる.錬金の目 ざすものが愛の完成だという論理の展開である.霊の錬金は肉体なくして はありえず,人間の完成は愛の完成なくしてはありえないとするものであ
り,その愛が,
Loves mysteries in soules doe grow
,
But yet the body is his‑booke. (11. 71‑72)
と霊の中で完成するところに論理の mutationがかくされている.霊は肉 体から昇華して,肉体に蒸溜され9 凝固して始めて新しい霊となる.
... they thus,
Did us, to us, at nrst convay.
Yeelded their forces, sense, to us, . . . (11. 53‑54) 錬金の対象は霊でありながら,霊から肉体に転位したところに49‑76行の 肉体を経た新しい霊の質的な変成 (mutation) をつくり出す要因があっ た. 肉体の結びつきは手だけであろうと sexe であろうと,いずれも sense に依存している.その S己nseが愛の錬金には有用なのである.
5
愛の錬金をめざしながら,霊から肉体に錬金の対象を転位させた論理の 軌跡をたどることにより結論としたい.
霊から肉体に対象を転位させたと言っても9 霊の錬金が完全に否定され たという意味でない 'TheExstasie'の主人公はあくまで霊の錬金を諦 めたわけでない.諦めなかったとするなら,実際,どのように錬金された のかに答えなければならない.
まず,はじめに3 霊の錬金とは霊としての statusを高めることである に違いない. これには霊が肉体から ekstasis'するとか,神の許へ回帰す
John Donne: The Exstasie,'一つの解釈 15 るのを連想するのが一般の反応の仕方であろう.sulphurの昇華を霊の昇 華と呼ぶように錬金の昇華操作がこれに相当する.
ζの出来合い反応に対して,人間の完成をめざす錬金術と同様に,この 詩では神への回帰よりは,人間としての昇華操作が求められている.とい うのは, The Exstasie'が起るのは霊が神との神秘的な合ーを成し遂げ ることの前に,一人の男の霊と一人の女の霊とのめぐり合いから始まるか らである.しかし,神とでなく,人間とであろうと,昇華操作である事実 には変りない. 霊の statuSを高めるだけなら,神とでも9 人間とでも9
その区別なく昇華操作だけで事は足りると考えられているようだ.霊が合 ーする対象が人聞か神かの相呉で問題になるのは,人間との愛を語るとき である. 霊は愛を, その愛も霊的でない, 人間的な愛に結ぼれたものを That abler soul'に錬金するのだからs この霊のためには,人聞を完全 なものにする一つである肉体を高めること9 肉体の昇華,すなわち,錬金 する作業から始める必要がある.
だから,愛の錬金がおこなわれるのは肉体からなのである.霊の錬金も 貝とか手とかの senseを通してから出発する. 愛の錬金術における昇華 操作の際には9 愛はプラトニヅグな純愛 'whatwe love' (1. 30)で人 が満足するとは限らない.'what we love'とは,霊が,our soules nego‑ tiate there' (1. 17)と結ぼれていても9また, 'Our hands were五rmely cimented' (1. 5)と手がふれることがあってもp 性的な肉体の結びつき でなく('it was not sexe '‑1. 31),そこから生れるのは9
And pictures on our eyes to get
Was all our propagation. (11. 11‑12) だけである.肉体はなおざりにされている.
さて,昇華操作だけで不十分な点が二つある。第一に,プラトニヅクな 純愛を錬金術の秘伝を伝授するように第三者に教えなければならない点と,
第二に,すでに指摘したように人間であるという点である.
16 John Donne: 'The Exstasie:一つの解釈
教えるためにはう Butyet the body is his booke.' (1. 72)とあるよう に,人間であることの証である肉体なしでは
Weake men on love reveal'd may looke; (1. 70)
と,霊と霊との合ーからえた whatwe love'を伝授することができず多 できるのは whatwe love'と同じ bylove refin'd' (1. 21)の者だけ にである. この事実は,錬金の秘術が人間的にすぐれた者のみに缶授され る事実と符合する.
さらに, 昇華, 合ーだけで性的な欲求を捨象した形になっているのが 'wh旦twe love'の内容だが,肉体を求めるエネルギーが物理的に昇華さ れずに残っている.しかし,
Our bodies why doe wee forbeare? (1. 50)
と修苦手的な疑問をなげかけて肉体に帰ることを呼びかけたり, 自 や 手 が senseなら sexe もsenseであって,霊を高めるのは愛であり,その愛 を高めるのは肉体である,そのような霊による愛は肉体を経ても質的に変 化しないとか,また,目や手, さらに 'sexe'でも肉体を経なければ霊 は引き合い,高められないと叫ぶのは,教えるためだけであろうか.肉体 がなければ教えられないと説き,その肉体が
They'are oursぅthoughthey'ate not wee, • • . (1. 51) と強弁し,
Loves mysteries in soule吉doegrow,
But yet the body is his booke. (11. 71‑72)
と言って,それが霊の錬金のためであっても,肉体を求めるエネルギーは,
結果的には,物理的に昇華される.
そこに残るのは,昇華する時に作用した心理的な規制が何らかの形で除 去され,物理的にだけでなく,心理的にも昇華されねばならない.
, any' (1. 21)とか Weakemen' (1. 70)で代表される 'He'(1. 25) に愛の本質を伝授するというのは,自ら人間である事実が想起され9 霊と
John Dohne: 'The Exstasie,'一つの解釈 17 肉体とを融和した一人の完全な人間とp もう一人の同じように完全な人間
とが肉体的に完全に結ばれ,霊と霊との結びつきであった純愛の時と同じ し 一 層 'able'な霊は不純なものに化学変化しないということを伝授す る.
このように9 説得される対象は第三者であるが,その実,この第三者は {昔り物にすぎない. ekstasis'の Dramatispersonaとでもいう第三者の 中に,人間であることから来る肉体の錬金に対する心理的な反応を客体化 させ, その第三者を説得しようとしているのだが 'He'は詩人の alter egoであって,そのalteregoを説得しようとしているのだと考えられる.
その意味で,第三者に愛の本質を伝授するという行為の中に,伝授する側 の心理的昇華が用意されていると言っても言い過ぎではないだろう.
肉体を昇華させることにより愛を錬金し,さらに,霊をも錬金する. こ れは心理的な「転位」現象だが9 あたかも金属を変成することで貴金属を 得ようとしながら得られないことがあるように, この theExstasie'で は,霊の錬金は肉体に転位した.そして,この「転位」した原因は9 性的 なエネルギーを物理的にだけでなく,心理的にも宗教的なエネルギーに昇 華させていることにある.
したがって, Plato流の肉体に幽閉された霊とか, Aristot1巴流の人間に おける肉体と霊との融和の中で, 'ekstasis'によって愛のための anew concoction' (1. 27)を調剤するのは9 ほかならぬ自己の心理的昇華が無 意識裡になされるためであった.言葉をかえれば,霊肉二元論を霊肉一元 論に昇華させたカトリシズムが彼のアングリカン・カトリシズムであった だろうしフそれが心理的には性的エネルギーを宗教的エネルギーに昇華さ せたものであろう.そしてp このことがζの詩に神秘的な零囲気を作った 一因を説明してくれる.
しかし, 注意しておかねばならないのは Donneのこの詩が彼の伝記 的な事実と全く表裏の関係にあると主張するものでない Donneの意図
18 John Donne: 'The Exstasie,'一つの解釈
が 何 で あ っ た か は 別 問 題 と し て Donneは こ の 詩 を 書 く こ と で 心 理 的 に 昇華した. すなわち,この詩は, Donneの 心 の 動 き を 無 意 識 裡 に そ の 強 靭 な 知 性 に よ っ て 表 現 し た も の で あ る .
注
1
) John Donneの The Exstasie'からの引用は H. Gardner (ed.)の John Donne The Elegies and the Songs and So冗nets(London; Oxford Univ. Press, 1965)による.ただし, The Second Anniversary'のみは H. J. C. Grierson (ed.)の ThePoems 01 Jo加 Donne(London: Oxford Univ. Pr己ss,1953)に
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d、つ I~.
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H. J. C. Grierson (己d.),op. cit., vol 1. p. 41.
3) H. Gardner は Joh刀 DonneThe Elegies and the Songs and Sonnetsの Appendix D'において TheExstasie'の批評史を概説しているが, ここに Coleridg邑 や E.Poundの解釈について言及している.
事 Coleridgeや E. Pound等に対立する解釈として P. Legouisの見解にも E Gardnerはふれている.Cf. H. Gardn巴r,01り.cit., pp. 259‑260
5) H. Gardnerの見解として抽出できるもの Cf.H. Gardner, ρ. 0 cit., p. 261 6) Peter L. B巴rgerは社会学的な見地から,人間が社会,文化的な環境に適応す るために種々の相勉するような意味体系の中から一つの可能性を選択する行為を alternation'と名づけ, 社会における人間の生き方について論じている Cf. Peter L. Berger, Invitation to Sociology: A昂 仰anisticPerspective (New York: Doubleday and Co., Inc., 1963).
わ 心理学における「転位J(displacement)は無意識のメカニズムによって願望の 対象を移す現象を言う.詳しくは,宮城音弥:W精神分折入門~ (東京:岩波書応?
1970) 及び『心理学入門~ (東京:岩波書庖, 1970)を参照されたい.
8)
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昇 華J(sublimation)は錬金術でも,心理学でも用いられている.心理学では,願望の「転位」が起る時,宗教,芸術,科学等,社会的に価値のあるものに「転 位」するのを「昇華」と呼んでいる.宮城音弥の『精神分析入門』と『心理学入 門』参照.
9) P. L. Bergerは ecstasy'について
By this we refer not to some abnormal heightening of consciousness in a mystic sense, but rather, quite literally, to the act of standing or stepping outside (literally, ekstasis) th巴taken‑for‑grantedroutines of society.
John Donne: 'The Exstasie,'一つの解釈 と敷街している.Cf. Pet巴rL. Berger, 0ρcit., p. 136. 1$ Cf. H. Gardner, op. cit., p. 59.
19
11) E. J. Holmyard, Alchenザ (Harmondsworth:P巴nguinBooks Ltd., 1968), p. 278.
12) H. Gardner, op. cit., p. 262.
13) F. S. TaylorがTheAlchemistで詳しく論じている. ri世界ノンフィクショ ン全集~ (東京:筑摩書房, 1961), vol. 12に所載の平田寛〔訳):ri錬金術師』
参照.
l占平田寛(訳):ir錬金術師~, p. 463.
15) 平田寛(訳):ir魔法ーその歴史と正体~ (東京:平凡社, 1970),
r
世界教養全 集~ 20, p. 150.16) 平田寛(訳):ir錬金術師~, p. 461.
iち この寓意画は平田寛訳の『錬金術師~ pp. 462‑463に
r
錬金術の死」として,「錬金術の結婚J,