発信型コミュニケーションと相互理解をめざしたビ デオ交流授業
著者 阪堂 千津子
雑誌名 言語文化
巻 7
ページ 167‑187
発行年 2004‑07‑30
権利 同志社大学言語文化学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004691
発信型コミュニケーションと相互理解をめざした ビデオ交流授業
1阪 堂 千津子
1 授業の目的
ここ数年、日本の大学における朝鮮語2受講者は、ワールドカップ共催、
韓国ドラマ・映画などによる「韓流ブーム」の影響等で急速に増加しつつあ る。私は毎回、朝鮮語を選択する学生に対してアンケートを実施しているが、
その多くが「会話能力の向上」という要望をあげている。さらに具体的に見 ると、ビジネスや就職など実用面での会話よりも、旅行先や海外留学先で出 会った韓国人との会話、ドラマのセリフの聞き取り、仕事や留学で日本に来 ている韓国人とのコミュニケーションなど、身近な場面での会話表現を希望 する学生が多い。
確かに朝鮮語は、英語のように互いの母語を理解しない者同士の媒介とし て用いられる「国際的なコミュニケーション手段のための言語」というより も、「異文化間でのコミュニケーション手段としての言語」という見方が今 のところ一般的であろう。関口(1993:27)は、だからこそ言語運用能力と 同時にその言語の背景にある社会や文化を深く理解することがより必要にな ってくると述べている。
しかし、その言語の名称をとってみても未だに日本国内で統一されていな いように、朝鮮語は歴史的に日本と深い関係にありながらまた、さまざまな 問題を抱えた対象でもある3。現地の人たちとのコミュニケーションを円滑 に行なうには歴史的・文化的な知識を持つべきことは言うまでもない。しか し、会話を望む学生の中で、さらにこうした分野に興味をもっている学生た ちがどれほど多いかは疑問の余地がある。
「言語文化」7-特集号:167−187ページ 2004.
同志社大学言語文化学会©阪堂千津子
全米外国語教師協会(ACTFL)と4つの外国語教師会が連邦府教育省の 支援をうけて、1993年に発足したナショナルスタンダーズ実行委員会は、そ の後、日本語や中国語を含む7つの外国語教師会が加わって、1999年に『外 国語学習スタンダーズ』を発行し、外国語を学ぶためのナショナル・スタン ダ ー ド ( ガ イ ド ラ イ ン ) と し て 、 5 つ の C ( C o m m u n i c a t i o n 、 C u l t u r e s , Connections, Comparisons, Communities)、すなわち、「コミュニケーション、
文化、他領域との連携、比較、地域社会」を設定している。言い換えれば、
コミュニケーション能力と目標言語に対する文化的知識を養い、それによっ て目標言語を通じて母語話者には得られないような知識を連携させ、母語と 目標言語の文化との比較によって言語と文化への理解を深め、さらに目標言 語を使用する地域社会と関わりを持ち世界を広げていくということを外国語 教育の目標領域として提唱しているのである。
また、鈴木(2000:244−248)によれば、コミュニケーション能力取得に 重点においた教授法の総称といえるコミュニカティブアプローチにおいて は、言語形式の正確さや発音の正確さよりも、自分の伝えたいことを相手に 伝え、相手の言いたいことを理解することを優先し、状況や場面、人間関係、
社 会 的 ・ 文 化 的 背 景 に お い て 適 切 な 言 語 表 現 が で き る か と い う 適 切 性
(appropriateness)が、言語習得の重要な原則としてとりあげられている。
いずれにも共通するのは、コミュニケーション能力を向上させるためには、
背景となる文脈や文化を理解すべきであるという点であろう。
一方、コミュニケーション能力とは、聞き取りや読解などの受動的な活動 だけでなく、自発的に情報や感情を伝えようとし、自ら積極的に相手との相 互作用を行おうとする活動が伴わなくてはならない。鳥飼(1996:76)によ れば、大学生の英語が話せない原因は「しゃべることに対する意欲の欠如」
であり、自分の意思を主張させない日本の伝統的な教育によるところが大き い。鳥飼は人の言うことを鵜呑みにするのではなく、自分なりに分析して、
その上で賛成するなり反論するなり、自分自身の意見を相手にわかるように 表現することが発信型コミュニケーションであり、今や日本人に求められて いる「使える」コミュニケーション能力とは、こうした発信型コミュニケー ションを身につけることであると述べている(鳥飼1996:39−40)。
こうした従来の受動的な授業形態に対する反省からこれまでに松田他
(1993)は「学習者中心の語学教育」という視点を取り入れ、コミュニケー ションを実体験させるタスクやアクティビティ中心の「発信型」語学教育を 行ってきている。しかし、「発信」した先の「受信」者は教室に訪れる教師 にすぎない。また、関口(1996, 2000)によれば、慶応大学湘南キャンパス では、コミュニケーションの「技能・道具」としての外国語の習得に重点を おき、ネイティブスピーカーとの応用練習の日を設け、学習した言語を使っ てコミュニケーションするというシュミレーション環境を整えている。「使 える」コミュニケーション能力の向上と相互理解を促進させるためには、こ のように学習した言語を使用する相手と直接交流のできる環境を用意するこ とがもっとも有効ではあると思われるが、教室での学習者とネイティブスピ ーカーの人数のバランスや授業時間等の制約で、実際には望ましい環境を手 に入れるにはなかなか難しい。
そこで筆者は、日本と韓国に住む学生同士が、互いにビデオを製作して交 換するというビデオ交流授業を試みた。交流を行うことにより、発信型のコ ミュニケーション能力の向上や相互文化理解を促進させるような授業ができ ないかと考えたからである。まずは、韓国側からメッセージを発信してもら ってこちらが受信する。さらにそれに答えた形で日本からメッセージを発信 する。同世代の大学生がこうして互いに「発/受信」することによって、お 互いが刺激を受けあい、積極的なコミュニケーションにつながっていく。発 信型コミュニケーションに慣れていない日本の学生も、こうすれば相手から の質問や要望に答える形で参加してもらえるだろうと考えた。いくつかの経 緯から、韓国ソウルの西に位置する仁川市にある仁荷大学の日語日文科の学 生と交流することになった4。日本側は東海大学で外国語科目としてコリア 語を選択した2〜4年次の学生たちである。
2 実施理由と製作過程
2−1 ビデオ教材を選択した理由
ビデオ教材は発音練習や聞き取り練習に使用される以外にも、異文化理解 の授業などで一般的によく活用されており、特別に目新しい媒体ではない。
しかし、この手法はビデオを観賞用教材として受動的に活用するのではなく、
製作する過程をも外国語習得のプロセスに組み込んでいくという点で、大き な違いがある。
ビデオを利用するにあたっては、次のような長所が考えられる。
1)学習にたいする動機づけ
学習者がビデオを自ら製作するという点で具体的な目標と自発性が要求さ れる。目標言語を使って何を伝えたいか、いかに伝えるかという題材選定か ら製作過程に携わるので、参加への動機づけも高まる。単に目標言語が「使 える」だけでなく、目標言語を使って自らが表現したいものは何かを気づか せることは、発信型コミュニケーション習得への重要なポイントの1つであ る。
2)客観化の機会
ビデオとして記録を残すことにより、メッセージを伝えることができるだ けでなく、自分や他の出演者を見ることにより自らを客観化できるので、た とえば発音矯正などの外国語学習の役に立つ。また、記録に残すことによっ て、時間が経過した後でも何度でもフィードバックとしての自己修正が可能 である。
3)保存性
言うまでもなく、ビデオに録画編集することで、授業活動は保存され記録 される。メッセージを効果的に伝えるための編集が可能である。こうした交 流の記録を残していれば、互いの文化理解、相互理解につながると考えられ る。
4)豊富な情報量
ビデオはその映像から言語以外の様々な情報をも与えてくれる。画面に映 し出される非言語的情報は、学生たちに特別な説明をしなくとも文化理解の 上で大きな役割を果たすであろう。また、視覚的な方法を用いての文化紹介 が可能であるため、より深い理解が得られると考えられる。
以上のような点を踏まえながら、ビデオの作成にとりかかった。
このようなビデオの特性を活かした授業は各地でもすでに行われている。
たとえば先に述べた関口(1996, 2000)によれば、慶応大学湘南キャンパス
では、各言語でスキットなどを収めたビデオ教材を作成し、それを見た学生 たちが同じような流れのドラマを作り自ら演じるという授業が行われてい る。
また岩井(2002)は、ドイツ語の授業で学生たちが作った3分程度のスキ ットをグループで演じさせ、ビデオに録画してそれを授業で鑑賞し、発音や 表現方法の矯正などコミュニケーション訓練に活用している。5
今回の試みは、このような授業と同じようにビデオの特性を活かしつつ、
さらに相互交流という手法を加えようとしたことが特徴である。
2−2 実施した時期と学生
韓国側は日本語専攻科の日本語会話授業選択者の1〜4年次が行った。日 本側は内容上、全くの初習者には難しいので、1年以上コリア語を既習した 2〜4年次が選択するクラスで実施した。実施年度は1999年の秋学期から 2001年の秋学期までの2年半である。日韓両大学とも1年に2セメスター制 を導入しているため、基本は1セメ単位の交流であるが、日本側の授業配分 は、教科書に沿った従来型の授業を約4分の3、ビデオの題材決定から鑑賞 までを4分の1に割り当てて行った。ただし、韓国では新学期が3月と9月 から始まるため、日本とは1ヶ月のずれが生じる。従って、作成されたビデ オはリレー式に次の学期の新しく入ってきた学生に引き継がれ、返礼ビデオ を作成することもある。韓国側は日本語専攻生なので、年度が変わっても希 望者は引き続きビデオ作成に参加できるが、日本側は第2外国語として選択 する学生が大部分なので、1セメ単位の履修で終わってしまうこともあり、
その場合は、自らが作成したビデオにたいする返礼を鑑賞できないこともあ る。
2−3 ビデオ製作の流れ
ビデオの作成は、これまで数回にわたって行ってきているが、日本側では 毎回おおむね次のような手順に沿って行っている。
1)題材の決定
何をテーマにビデオを製作するかディスカッションする。韓国側から要望
があったときにはなるべくそれに沿ったテーマを考える。
題材については、最初に双方の学生たちが知りたい内容についてのアンケ ートを行った。日本側からは、韓国の若者が良く食べるものと良く集まるソ ウルの場所を紹介してほしいと言うリクエストが、韓国からは日本の大学や 大学生の日常生活の紹介などが要望として出されたので、これらの希望に沿 ってビデオを作成した。
2)台本の作成・キャスティング
まず、全員でブレインストーミング風にアイディアを練る。次に、まとめ 役がこれを調整し、撮影場所を決定、人数が多い場合には、各グループで分 担を割り当てる。グループごとに撮影場所にあった台本を考案し、これを次 回の授業までに翻訳してくる。少人数の場合はそれぞれの分担を振り分けて、
次回までに各自が原稿を考えて書いてくる。
3)台本の決定、読み合わせ
各自持ち寄った台本をまとめ、完成させる。既習の文法項目になるべく合 わせ、言いやすいように原稿を変更する。ただし、自然な会話の流れのため には、教科書には出てこないような相づち表現や慣用表現を挿入していく。
実用的な会話練習につなげるねらいもある。座談会の場合は、持ち寄られた 意見をつき合せ、会の流れに沿って発言の順番を決定する。続いて全員で読 む練習をする。
4)台本の暗記と練習
台本が決定したら、ビデオ撮影が円滑に行われるために、なるべく暗記す るように指導する。後に述べるが、この際、複数の教師が台本(全員分)を 役割分担して音読したものを録音したテープやMDを各学生に渡し、耳から も覚えるように指導するのが望ましい。こうして練習してきたものを、授業 中にあわせる。
5)撮影
ビデオの完成度を左右する最も大切な作業は撮影である。持ち運びが便利 で編集も簡単なデジタルビデオを利用している。
当初は教師がつきそって撮影を行ったが、だんだんと学生たちが自主的に ビデオを持って出ていくようになり、中にはシナリオになかった場面をアド
リブで付け加えたり、自主的に友人たちにインタビューを(日本語または朝 鮮語で)行ってきたりした学生もいた。
6)編集
編集作業は複数の学生で行われるのが望ましいが、実際には時間や機材の 関係で個人が請け負わざるを得ない場合が多い。
韓国側は編集を得意とする別科の学生たちに依頼したグループもあって、
専門家並みの実力で市販のビデオ教材かと思うほどの完成度の高い作品もあ った。日本側は教師が担当した。
7)鑑賞、交換
できあがったビデオを鑑賞する。聞き取りの練習と異文化理解につながる。
ビデオに出演している自分の姿を見ていると、自ずと友人たちや相手方の発 音、イントネーション等を比較するようになり、自己のコミュニケーション 能力を矯正する契機になる。完成したビデオは相手方に送る。
8)フィードバック
自分たちのビデオ作成に関するアンケートと、送られてきたビデオに関す るアンケートを行う。映像から感じたことを文字化することで感想や意見、
問題点や質問などを明確にし、次の交流に活かすようにする。相手方のビデ オに関するアンケートは、まとめて送付してビデオ作成にあたった学生たち に読んでもらうようにする。希望者はメールアドレスも添付する。
2−4 作成されたビデオ
こうして今までに作成されたビデオは次のようなものである。( )内は およその完成時間である。基本的に、韓国側は日本語で、日本側は韓国語で 作成するようにした。
<韓国側から送られてきたもの>
・「大学紹介 仁荷大」(30分)
・「日本文化開放をどう考えるか」(60分)
・「仁イン寺サ洞ドンにいってみよう」(25分)
・「若者たちが集まるところ」(30分)
・「伝統結婚式」(15分)
・ミュージックビデオ「GOD」(5分)
・「ようこそ 東海大学へ〜新入生歓迎〜」(5分)
(仁荷大学の学生たちが東海大のコリア語選択者向けに作成したもの)
・「テッキョン」(20分)
(伝統武術の1つ、「テッキョン」を解説、実演。)
・「韓国の食べ物」(30分)
・ドラマ「彼と彼女の一日」(30分)
このほかに、韓国のドラマやヒット曲を録画したビデオと日本語による解 説、韓国の祝日や風習にかんするレポート、各グループの写真と自己紹介文 なども送付されてきた。
<日本側から送ったもの>
・「私たちの大学紹介」(30分)
・「自己紹介」(15分)
・「文化祭」(20分)
・「フリーターを考える」(20分)(座談会風討論。)
・寸劇「平凡な一日」(10分)
(韓国人留学生クラスに扮し日本の大学の授業風景を再現したもの)
3 実施結果
3−1 授業の意義
相手側のビデオに対する評価は両者ともにおおむね好意的であった。韓国 側から寄せられた意見の多くは、「韓国に関心をもった日本人の若者がいる ことを知ってうれしい」「互いの顔を見られるので親近感がわく」といった ようなものであった。一方、日本側からは、韓国の学生の日本語の実力や編 集技術、積極性などを賞賛する感想が多くみられた。以下、日本の学生のア ンケート結果の主なものを紹介しながら、ビデオ交流の意義を論じてみるこ とにする6。
ビデオはセメスターが替わるごとに鑑賞させ、その都度アンケートを実施 しているが、2年半にわたってのべ56人に回答してもらった。自らのビデオ
作成作業についてのアンケートは、第1回目の12人にしか行わなかった。7 な お、学年はアンケートを実施した当時のものである。
1)発信型コミュニケーションの訓練
「ただ教科書やプリント相手に勉強するだけだったのが、こうやって 実際に使ってみるとあらためて「言葉」を習っているんだなあと実感 する。こういうのもいいと思う。向こうの人がペラペラと日本語を使 っていると、けっこう刺激になるし。」(史学科2年・男)
「とてもおもしろかったが、自分の語学力のなさを実感した。台本作 りが大変だった。自分で文を作り、それを話すという総合的な学習が できる。さらに相手の国のこともわかります。時間が少なかったので、
このためのクラスをつくってほしいです。」(学科学年不明・男)
同じように、自分で原稿を考えて作ったことで作文能力が向上したと答え た学生が3人いた。台本を作る過程で、自分が表現したいことを、学習者の 持っている知識の中から組み合わせて文章として構成していく訓練が行われ ていく。こうして習得された台詞は自分のものとなり、授業が終わったあと でも定着しやすいようである。その理由として、1つには緊張した中で何度 も練習が重ねられることで集中して記憶されること、また、場面や文脈を理 解しながら身につけられることなどがあげられる。
いずれにしろ、「聞く」「話す」時間が重点的に与えられることにより、聞 くことや話すことに対する自信が生まれ、授業でも積極的に発言できるよう になる。また、実際のコミュニケーションに必要な表現をすぐに習って使え るので、会話を勉強したいという学習者のニーズにも叶っていると思われる。
2)学習者主体の授業
「面白かったが、もっと韓国語を勉強して上手になりたいと改めて思 った。」(史学科3年・女)
「良いものにしたいと思ったので、普段使っていない頭を使った。撮 りなおしが多かったので、終わりの方は少々発音などがうまくなって いた気がする。座談会で声がこもっていて自分で何を言っているのか わからなかったので、もう少し大きな声でしっかり発音できればと思 う。作っている自分たちの側からすれば、かなり得る物はあったと思
う。もう少し時間をかけて練習等をしたかった。」(文明学科2年・男)
撮影を始める前は、カメラを向けられることに慣れていないので恥ずかし がって何もしゃべらなくなるのではないかと危惧していたが、映像世代の彼 らはカメラをあまり意識しないことに驚いた。むしろカメラを向けることで 程よい緊張感が走り、授業にメリハリができる。最終的には編集され作品と して仕上がるという具体的な目標が明示されると、おのずから真剣に取り組 むようになる。また、自分の役割について明確な意識をもち、学習にたいす る自立性が高まる。自己紹介を書かせても、いろいろな道具を使って自分を アピールしたり、日ごろからの疑問を直接語りかけたり、自分なりの意見を 言うなど「伝える」ことを意識したコミュニケーションを図るようになる。
一方、相手側のビデオをみて学習の動機強化につながる意見も出された。
「私はあなた方から送られたビデオを見て、日本語がかなり上手に話 せるので驚いた。短期間でそこまで上達するには、かなりの努力を要 したと思う。しかしながら、私達はまだまだ会話や筆話もできる程の レベルにまで達していない。これからは皆さんを見習って我々も勉強 して、韓国語を話せるように努力したい。」(経済学科2年・男)
このように、学習に熱心に取り組む相手の姿が励みになったという学生は、
日韓双方に見られた。
3)クラス内の一体感と達成感
「みんなが一生懸命に喋っていることに感動した。ビデオを作るにあ たって、最も印象に残ったことは授業の仲間との連帯感を感じたこ と。」(政治学科4年・男)
「コリア語のメンバーとたくさん話すことができた。こういう授業を もっとやりたい。その理由→メンバーとの交流」(動力機械工学科2 年・男)
「自分以外の人も自分と同じような気持ちで撮影していると感じた。
(ビデオを作ってみてよかったこと・楽しかったことは)みんなで何か をやるということ。」(史学科2年・男)
ビデオ製作は、1つの目標にむかって授業を進行するいわば「プロジェク トワーク」なので、練習を重ねるうちに自然とクラス内の他の学生との一体
感が形成される。また、終わったあとの達成感は緊張している分だけ高まる。
言い換えるならば、これはクラス内部での相互交流が図られた結果である と考えられる。概して発表後のクラスには、誰でも発言しやすい環境が形成 されるので、ペアワークやグループワークなどの活動時にも発言が増え活気 が出て、授業参加への動機づけがさらに高まるようである。特に、ドラマな ど1つの作品をつくりあげたような場合は、なおさらこうした傾向が強いよ うに感じられる。
4)相互交流と文化理解の契機
「自分らのためにわざわざビデオをつくってもらえてすごくありがた かった。韓国をちがう視点から知ることができた気がした。」(生活学 科2年・男)
「ほぼ100%アドリブっぽくって(芝居がかってなくて)素の韓国社会 を手にとれた。回数を増やせば、もっとお互いの社会への理解度がま すのではないか。誤解していたことも正しく認識できるだろう。ビデ オの作り方で、日本人との多少の性格での差異は感じられた。韓国人 の方が積極性に富んでいる。すばらしいビデオレターをありがとう。」
(政治学科4年・男)
「韓国の学生の日本語がとてもうまかったので驚いた。あまりのテン ションの高さにはついていけないかも。こんな風にビデオレターの交 換をすることで生の韓国語が聞けてリスニングにもなるし、日本語が うまいのが悔しくて、こちらもがんばろうという気持ちになってくる。
今度はビデオで一方的に案内するのではなく、一緒に仁寺洞を歩いて みたいと思った。」(学部学科不明・女)
違和感ともいえる感覚から、実際に相手の文化に接触してみようという興 味を抱かせたようである。このようにビデオの交換は、お互いが知らない相 手の文化を知ることによって、交流のきっかけにもつながる。また、同年代 の韓国人が、街を案内したり伝統文化を紹介したりする姿を見て親近感を覚 え、韓国に興味が沸いたという感想も多い。ビデオを見て「韓国に行ってみ たい」と書いた学生が9名いた。
5)新しい好奇心の喚起―新たな交流へ
ビデオによって刺激された感覚は、新たな好奇心を呼び起こし、次々と質 問や要望が生み出される。以下、日本側から出された要望について紹介して おく。
「韓国の方々がいろいろな日本文化を知っている事に感心しました。
日本アニメの事などとても詳しいらしくて、自分でも知らないような 事まで知っているみたいなどで、韓国の方々の日本文化への関心の高 さがうかがえます。日本文化はまだ開放されていないみたいですが、
なぜこれほど多くの日本文化が浸透しているのでしょうか?それと日 本文化のどこに魅力を感じていますか?反対に自分は韓国の文化につ いてよく知りませんが、一番素晴らしい文化は何ですか?例えば有名 な曲とか。後、なぜ韓国の人はお酒が好きなのでしょうか?」(北欧 文学科4年・男)
「今回のビデオ大変面白く、またためになりました。特に料理を紹介 する場面がありましたが、あの場面では実際その場にいなくても何と なく料理のにおいや味が分かったようになるくらい、りんじょう感あ ふれる実況で面白かったです。私は韓国のスポーツに興味があるので、
もし次にビデオを送ってくれるなら韓国の伝統的な格闘技であるテコ ンドーやアジア屈指の実力を持つサッカーの特集などをやって欲しい です8。」(北欧文学科4年・男)
「今回ビデオを見て、日本の漫画やアニメの普及率の高さに驚きまし た。逆に日本では韓国の漫画やアニメを見る機会がほとんどありませ ん。チャンスがあったら一度見てみたいと思います。またキムパプや トッポッキ9は一度食べてみたいと思います。あと、僕はプロ野球が 大好きです。日本でも韓国出身の李鍾範選手や趙成
è
選手が活躍して いますが、韓国のプロ野球ではどんな選手が人気がありますか?ぜひ 教えてください。」(経営学科2年・男)このように出された要望の中から、ビデオの題材としてふさわしいものを 選び、新たにビデオを作成していく。こうした交流が続けば、相手側の文化 への深い理解につながっていくのではないだろうか。
また、日本側の学生に、「このようなビデオが相手国の理解や語学力向上
に役に立つと思うか」というアンケートをとったところ、45人中「大変役に 立つ」が15人、「役に立つ・少しは役にたつ」が26人、「相手国の理解にはな るが語学実力の向上には役に立たない」が4人、「全く役に立たない」が0 人という結果であった。ほとんどの学生たちがコミュニケーション能力の向 上や文化理解をする上で有効であると考えたようである10。また、上記のよ うな学生たちの感想から判断すると、交流という点からみても成果があった ように見受けられる。
3−2 ビデオ交流授業の問題点
一方、ビデオを授業に取り入れることが、良いことばかりではない。この ような授業を行うにあたって、問題となる点として次のようなものがあげら れよう。
1)学生や教師への負担が大きい
作成にあたった学生を対象にしたアンケートでは、12人のうち5人の学生 が「もう少し時間をかけて練習したかった」と答えている一方で、「授業時 間以外に多くの時間がかかって大変だった」など時間的負担を感じたという 学生も5人いた。「こういう授業をもっとやりたいか」という問いに対しては
「もっとやりたい」6人、「やりたくない」3人、「別にどちらでもいい」3 人であった。
教科書に沿った課題をこなしていくような授業と違い、このような授業は、
共同で台本や配役、演技などをスケジュールに沿って進行させていかなけれ ばならない作業を要する。学生たちには大変申し訳なかったが、授業の都合 上、2週間程度で原稿作成から撮影まで行ったときもあった。このような場 合、学生たちの相当の努力とやる気とノウハウが必要とされる。
また、選択科目(自由科目)として履修している学生は、他にもたくさん の専門科目や必修科目を消化しなければならないことを考えると、負担感は 大きい。同じ学生が次セメスターも継続履修をすることの多いクラスでは、
時間がたつにつれクラスがまとまってくると、何か1つの完成度の高い作品 をつくろうとする傾向がでてくるが、アルバイトや他の専門科目との時間割 等との関係で、なかなかそこまではたどり着けないのが実情である。
さらに、「時間がかかりすぎて、このようなやり方は普通の授業より役に 立たないと思う」という意見も出た。このような活動は、リーダーシップを とる学生や教師が作成のノウハウとスケジュールをきちんと管理し、効率的 に行えるかどうかが重要な要素になる。そのための技術や経験も必要であろ う。
実際には筆者が全て行うのは無理なので、台本の修正や台本テープの録音 時などで、多数の教師に協力していただいている。周囲の方々の協力体制や 学生の熱意なしには、とうていこのような授業は成立しないだろう。
2)学習者やクラスの適性
「原稿を作ったり、それを読むのは役に立つと思う。しかし、それを 見る方にはお笑いの種にしかならないでしょう。もうかんべんしてく ださい。」(史学科2年・男)
「自分が出ているので恥ずかしい。自分が撮られるのは嫌だけど、相 手側のビデオはたくさん見たい。少しでも相手国の文化や風習を知り たいから」(文明学科2年・女)
ビデオ撮影が「楽しかった」と答える学生もいれば、「人の目が気になっ た」「自分の演技が下手だった」「恥ずかしかった」という学生もいる。ビデ オを撮影するということは、人目にさらされることである。中にはグループ 活動を好む学生もいれば、独りで活動するのを好む学生もいるので、こうし た活動に抵抗感を持つ学生も当然出てくる。発信型コミュニケーションは、
受信型よりもより多くの努力と勇気を要する。学生自ら進んでこのような活 動に参加してもらえるよう、日ごろからタスクやペアワークを取り入れた授 業を行い、学生間のコミュニケーションを円滑に図れるように準備しておく ことが必要である。
しかし、学習者とクラスの個性やニーズにあわせた表現方法を選択するこ とも重要である。教師は学生に成績という無言の圧力を有しているので、心 の中では嫌であっても表情には出さない学生もいる。このような学生に強要 することは学習者中心の授業と言えない。実は、ビデオ撮影を行ったクラス と行わなかったクラスがあり、ビデオ鑑賞だけを実施したクラスもある。筆 者は、相手側のビデオを見せたあと、クラス全体の実力と反応を見て撮影を
実施するかどうか判断することにしている。
3)真の文化理解になっているか
「このようなビデオを送ることは学生同士の交流にはなると思うが、
個人同士のような深い交流にはなりにくいと思う」(史学科3年・女)
「自分はサッカーをよく見るんですけど、日本が韓国と試合する時は 特に燃えて、絶対負けて欲しくないです。この前の試合で負けたのは 本当に悔しかった。つい最近、めしや丼という店でプルコギ定食を食 べたのですが、とってもおいしかったです。」(経済学科3年・男)
アンケートの中には、ビデオの内容とはあまり関係ない感想を書くものも いた。上の例もサッカーの話題はビデオでは一切触れられていない。自分の 興味のない話題では、刺激を受けないということだろうか。また、「相手国 を理解するには短いビデオでは無理がある」といったような回答が2名あっ た。確かにビデオ交流だけでは、こうした限界があることを認めざるを得な い。
4)発信力の問題
「テーマをフリーターにしたのはやはりこちらの一人よがりになって しまったと思う。もう少し身近で広いテーマにして、分かりやすい形 にしたらいい。それと、韓国の人たちの語学の参考にしてもらうのな ら、討論会はテーマだけ決めて日本語で自由に話し合う形にすれば、
生きた日本語が聞けていいと思う。」(史学科2年・男)
「韓国のビデオは間をつなぐのにすべて日本語で、日本のビデオと違 ってカチカチしてなくて見てて楽しかった。日本のビデオの場合、セ リフを暗記して読んでいるだけだったので、比べてみてしまうとつま らないかなと思う。」(芸術学科2年・女)
ビデオを通して、双方の学生はお互いの一生懸命さと楽しさを十分に感じ ている。しかし交流を重ねれば、だんだんと画質や音質の良くないビデオに 対して興味を失ってくるし、表現形式についても、普段から映像に親しんで いる彼らには、演技力や演出の稚拙さが目についてきてしまう。
さらに、受け手の反応を考えないで、題材や内容を決めてしまうこともあ った。そうなると、相手を理解させようとするよりも、いわゆる「内輪うけ」
的な作品になってしまう。
偶然にも2001年末に交換したビデオは、日韓双方とも平凡な大学生の一日 を自分たちが再現するという内容になった。そのような内容に移行していく 理由として、1)授業という制約から、教室外の撮影には限界がある。2)
レポート式に編集されたビデオは単調になりがちで、見る側を退屈させてし まう。3)手ごろに紹介できるような題材は、すでに先輩たちが製作済みで ある、4)自分たちが興味のある題材をそのまま伝えようとする、といった ような事情が考えられる。しかしそのビデオに対する反応は、双方ともあま り芳しいものではなかった。
5)撮影・編集技術
日本側のビデオにたいして画質の悪さや音質の悪さ、画面が単調で編集が 良くないという指摘が多かった。これは学生がビデオカメラの操作に不慣れ なこと、マイクなどの装置が充実していないこと、教師がビデオ編集ソフト の扱い方に慣れていない、などの理由による。
ビデオ交流授業を続けていくためには、このような課題に積極的に取り組 んでいかなければならない。画質や編集等の技術的問題は、ここ数年でビデ オ編集ソフトも飛躍的に進歩し、それほどの技術がなくてもある程度は解決 できるようなってきたと思われる。問題はむしろ、肝心な伝えたい内容と表 現方法の再検討ではないだろうか。最後に、このような授業を継続していく ためには、どのような内容をいかに表現するべきか考えてみたい。
4 継続させるための今後の課題
韓国側は台本を見ながら演じているときでも、アドリブを交えた出演者同 士の自然なコミュニケーションが感じられた。一方、日本側は原稿を棒読み する学生も多く、「やらせっぽい」と感想を述べた学生もいた。
大学の構内や大学生の一日を紹介するときに、あるいは座談会風に意見を 交わしていくときに、各自が準備した原稿を棒読みしている様子では、見て いてあまり面白くない。聞き手にいかに「通じるか」を考えるならば、目の
前に相手がいることを想像しながら、ジェスチャーや声の大きさ、抑揚、発 音などに注意すべきである。しかし総じて、日本側は韓国側と比べると、声 が小さく動きも少なくてメッセージが伝わりにくい。これは、日本の学生が
「伝える」という表現方法にあまり慣れていないからではないだろうか。
Stewig&Buege(1994)は、ドラマを授業に取り入れることによって、自 由な感情表現の方法とコミュニケーション行為が適切に行われているかどう かの推理力を養うことができるとし、演劇的表現方法の訓練は、総体的な言 語教育に等しいと述べている。確かに、演劇に必要な「集中力」「理解力」
「自己表現力」という作業は、コミュニケーション能力に求められているも のと共通している。
このような面から考えると、外国語教育では、演劇的表現の訓練は効果的 な手法である11。表現が未熟な日本人学生には、ビデオ撮影のためにも、ま た、コミュニケーション能力を高めるためにも、こうした訓練を行うことは 必要であるように思われる。しかし、ただ単に演技をすればよいというもの ではない。
ビデオ交流をする意義は、等身大の相手の姿を見ることにある。舞台のよ うな設定された環境の中では、ときには文化的背景からみて不自然な行動を とることもある。このような行動は見る側に「しらけ」や「やらせ」を感じ させ、鵜呑みにしてはいけないという心理的制御を働かせる。演技をすると いうことは表現を誇張するということではない。
ここで松尾忠雄(2000)の言葉を借りれば、演劇的表現の「自己を他者と し、その他者を自己のものとして自己表現するプロセス」が重要であるとい えよう。すなわち、相手の問題提起を受け止め、自分なりに解釈し、自分の 表現を他者の身になって評価・改善していく。この段階で客観的な資料や討 論が必要なら研究や話し合いを重ね、その結果を表現していく過程としての
「演劇的表現」である。
言い換えれば、相手からの要望や問題提起を自分なりに解釈した学生は、
自分なりに考えたことを受信者の身になって発信する努力をするということ である。時として、作られた原稿よりもアドリブが面白いのは、他人から投 げかけられた台詞を自分のものとしてキャッチし、発信者に投げ返すという
このようなプロセスがきちんと行われているからであろう。
さらには、目標言語ですらすらとコミュニケーションできる他者になりき ろうと試みることで、目標言語習得のイメージトレーニングになる。大切な ことは、受信者になりきってみることである。語学劇をやったことのある人 であれば、誰でもこの「なりきる楽しさ」を味わったことがあるのではない だろうか。
受信者の気持ちになって発信してみる。目標言語の母語話者と「なりきる 楽しさ」を発信しあい、交換する。そしてそれを鑑賞することによって、自 己を客観化、他者を自己化できるようになる。まさしく、これは文化理解の プロセスである、といっては言い過ぎであろうか。
発信型コミュニケーション能力を向上させるためには、こうしたプロセス までも視野に入れることが必要だと思われる。
5 ビデオ交流授業の発展をめざして
外国語学習とは新たな自分を作りだすことである。母語表現にはない表現 を身につけて新しい自己表現を習得する。この方法としてふさわしいものが、
時にはドラマだったり、時にはレポートや座談会だったりするかもしれない。
これまで述べてきた交流型のビデオ授業は、外国語教育の最終的な目的で はない。学生の学習動機を高める1つのきっかけとしてこの方法を使用する が、交流が生まれた後は、直接訪問するなり、Eメールなどの違う媒体を使 うなりしてお互いの交流を深めていくことが必要であろう。
今後のビデオ交流の形として「同じテーマでビデオを作りあってやるのも 面白い」(精密機械工学科2年・女)などという提案もある。外国語を使っ てどこまで相手にメッセージを伝えられるかをお互いに競い合うのも、自己 表現の練習と外国語学習の励みになっていいかもしれない。
交流型の授業はまだまだ少ない。これからも学生たちによって、いろいろ な試みが行われることを期待したい。
注
1 この交流授業は、仁荷大学日語日文学科の桜井恵子教授と東海大学非常勤講師 の尹男淑先生の多大な協力と貢献によって行われたことを記しておく。桜井先生 は学生たちに積極的な動機付けを行い日本側の学生たちに多くの刺激を与えるビ デオを提供して下さった。尹先生は学生たちの原稿の翻訳チェックや撮影など多 岐に渡って学生の面倒を見、ビデオ作成の実質的な指導者であった。お二方に深 く感謝の意を表す。
2 この言語については、朝鮮語、韓国語、コリア語、ハングル、韓国・朝鮮語な どさまざまな名称で開講されているが、ここでは朝鮮半島で使用されている言葉 の総称として朝鮮語を用いる。
3 こうした言語名称については、内山(2004)を参照されたい。ビデオ交流を行 った東海大学では「コリア語」という名称で開講されている。ただし、本稿はア ンケートの中ででてきた言語名称については原文のまま記載している。
4 これらの経緯については桜井・阪堂(2001)を参照のこと。
5 同様の試みを2004年3月の朝鮮語教育研究会文化分科会で、新潟県立女子短期 大学の波田野節子氏も行っていると伺った。また、岩井(2004)によれば、慶応 義塾大学の関口一郎氏もすでに1980年代からビデオカメラを取り入れた授業を試 みていたという。おそらくビデオ撮影を取り入れた授業は全国的に行われている であろうと考えられる。
6 アンケートの記入は日本語である。韓国側からのアンケートは日本語のものと 韓国語のものとがあるが、そのままコピーして日本側の学生たちに配布した。
7 複数のセメスターで履修している学生は重複している場合もある。韓国側、日 本側ともに、より詳細な分類によるアンケート結果は桜井・阪堂(2001)を参照 のこと。
8 このような要望があったので、このあと韓国側から伝統武道である「テッキョ ン」を実演、説明したビデオが送られてきた。
9 キムパプは韓国式のりまき、トッポッキは上新粉で作られた細長い餅に甘辛い ソースをからめた食べ物である。どちらもビデオの中で紹介された。原文はハン グルで書いてある。
10 韓国側にも同様の質問を行った結果、「大変役に立つ」8人、「役に立つ・少し は役に立つ」21人、「相手国の理解にはなるが語学実力向上には役に立たない」
13人、「全く役に立たない」1人であった。語学実力向上には役に立たないと答え た中には、「日本側のビデオが韓国語で作られているため」と回答した学生がい た。この学生はビデオ鑑賞することだけを念頭に置いて回答したようである。
11 実際にほとんどの外国語大学や外国語学部で「語劇」は行われているし、ドラ
マ(劇)作品そのものを作りあげていく過程と外国語教育を結びつけた「ドラマメ ソッド」教授法などはその効果が良く知られている。
参考文献
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星野昭彦・貫井正納・吉田雅巳・柴崎順司・山下修一(1999)『新訂視聴覚を刺激す るメディア活用』東洋館出版社
井上和子監修 フランシス・ジョンソン著 平田為代子(2000)『コミュニカティブ な英語授業のデザイン』大修館書店
岩井弘樹(2002)「ビデオを活用したドイツ語授業―コミュニケーション訓練とビ デオ撮影―」Trosten Schlak・ 岩井弘樹・末弘美樹・我田広之『異文化理解教育と しての外国語授業』大阪大学言語文化部・大阪大学大学院言語文化研究科
(黄正鉉訳(2004)『総体的言語教育 教育演劇(総体的言語教育のための教 育演劇)』ピョンミン社, ソウル)
金谷憲・谷口幸夫編 直井一博(1993)『英語教師の四十八手第3巻 AV機器の利 用』研究社出版
櫛田磐・土橋美歩(1999)『新訂 視聴覚教育―視聴覚メディアと教育コミュニケー ション』学芸図書株式会社
松田まゆみ他(1993)『発信型英語教育の実践』三修社
松尾忠(2000)「人間形成のための総合学習における演劇的表現の学習理論」日本 演劇学界「演劇と教育」研究会発表資料
National Standards in Foreign Language Educational Project,1999 Standards for Language Learning: Preparing for the 21stCentury.
(聖田京子(2002)『21世紀の外国語学習スタンダーズ』国際交流基金日本語国際セ ンター)
桜井恵子・阪堂千津子(2001)「ビデオレターによる交流授業」『日本語教育研究』
第2輯、日本語教育学会、ソウル
佐野正之(編著)(1990)『英語劇指導マニュアル』玉川大学出版部 関口一郎(1993)『慶応湘南藤沢キャンパス 外国語教育への挑戦』三修社 関口一郎(2000)『「学ぶ」から「使う」外国語へ』集英社
Stewig, John Warren, & Carol Buege. (1994). Dramatizing Literature in Whole Language Classrooms―2ndedition, Teachers College Press, New York.
鈴木睦(2000)「コミュニカティブ・アプローチ」鎌田修・川口義一・鈴木睦(編 著)『日本語教授法ワークショップ 増補版』凡人社
職業訓練研究センター(1986)『自作ビデオ教材製作に関する考察〜教材改善のた めの評価方法、主に情報収集法を中心として〜』職業訓練研究センター訓研調査 研究資料第64号
鳥飼玖美子(1996)『異文化を超える英語 日本人はなぜ話せないか』丸善ライブ ラリー
内山政春(2004)「言語名称「朝鮮語」および「韓国語」の言語学的考察」法政大 学国際学部『異文化5 尹学準先生追悼号』