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基層信仰と密教の融合 : 日本における不動明王の 受容について

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(1)

基層信仰と密教の融合 : 日本における不動明王の 受容について

著者 川野 憲一

雑誌名 文化學年報

号 62

ページ 383‑400

発行年 2013‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027747

(2)

基層信仰と密教の融合 : 日本における不動明王の 受容について

著者 川野,憲一

雑誌名 文化學年報

号 62

ページ 383‑400

発行年 2013‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027747

(3)

基 層 信 仰 と 密 教 の 融 合

│ 日 本に お け る不 動 明 王の 受 容 につ い て

││

川 野 憲 一

はじ め に

本 稿 の目 的 我

が国 で 信 仰さ れ て いる 仏 教 の 尊格 の な かで

︑観 音

︑地 蔵 と 並ん で 多 くの 人 々 に今 な お︑ 驚 く 信仰 さ れ て い る の が

!お 不動 さん

"

と 呼ば れ︑ 親し まれ てい る不 動明 王 では な い だろ う か︒ 全 国 各地 の 寺 院︑ 修行 場 は もち ろ ん︑ 街 角 の祠 に も様 々な かた ちで 祀ら れ︑ その 前で 祈り を捧 げる 人々 の姿 が絶 える こと はな い︒ 観音 や地 蔵の よう に人 々に 対し て優 し い姿 で接 する 仏と 異な り︑ 背に 火炎 を負 い︑ 剣と 魔を 縛る 索を 身に 帯び る不 動が 何故

︑こ のよ うに 人々 に信 仰さ れる の だろ うか

︒ 本 稿の 目 的 は︑

!平 安 時 代か ら 現 代 まで

︑何 故

︑不 動 明王 が こ れほ ど ま で 日本 人 に 信仰 さ れ る に い た っ た の か"

を︑ 巨 視的 に明 らか にす るこ とに ある

︒限 られ た紙 数の なか で︑ 厳密 な考 証を 欠く 点も あろ うが

︑日 本に おけ る不 動明 王受 容 を俯 瞰的 に論 じた 一試 論と して ご容 赦い ただ き︑ 最後 まで おつ きあ い願 いた い︒

― 383 ―

(4)

.

﹁ 不 動明 王

﹂ の誕 生 と 日本 へ の 請来 まず

︑日 本に 伝来 する 以前

︑不 動明 王と いう 尊格 がど のよ うに 誕生 した かに つい て論 じ︑ その 図様 と性 質・ 属性 を把 握 し︑ 不動 明王 受容 に関 する 考察 の前 提と する

︒ 日本 に最 初に 不動 明王 をも たら した のは

︑弘 法大 師・ 空海 であ る︒ その イメ ージ は︑ 師・ 恵果 が抱 いて いた それ であ っ たこ とは

︑空 海が 唐か ら請 来し た彩 色曼 荼羅

︵恵 果懸 用曼 荼羅 の転 写本

︶を 空海 の生 前に 書写 させ た神 護寺 蔵﹃ 紫綾 金 銀泥 両界 曼荼 羅﹄

︵ 通称

﹃高 雄曼 荼羅

﹄︑ 図1

︶中 の不 動明 王に よっ て明 らか であ る︒ 真言 密教 では

︑こ の空 海請 来の 不 動明 王の 姿が 後の 世ま で尊 ばれ た︒ では

︑こ の空 海に よっ て日 本に もた らさ れた 不動 明王 のイ メー ジは どの よう にし て 成立 した のだ ろう か︒ 不動 明王 とい う尊 格の 原形 は︑ イン ドで 形成 され たと 考え られ てい る

︒渡 辺 照 宏氏

!

に よる と

︑そ の サン ス ク リ ット 名 は︑ アチ ャラ

・ナ ータ と言 い︑ 発音 によ って 二種 の 意 味が あ る︒ 語 尾の 上 が る 発音 は

︑山 に 鎮ま っ て いる 自 然 の 神︑ 語 尾の 下が る発 音は 不動 尊そ のも のを 指す と言 う︒ また

︑不 動明 王が 坐す 瑟瑟 座と 言わ れる 岩座 は︑ 仏典 に出 てく る大 雪 山= エヴ ェレ スト を指 して いる と言 う︒ 即ち

︑イ ンド にお ける 不動 尊は

︑山 の如 く動 かざ る尊 格と いう イメ ージ から 出 発し たと 言え る"

︒ これ が︑

﹁ 不動 明王

﹂と いう 尊格 とし て成 立 し︑ 日本 に 請 来さ れ る 姿 に整 え ら れた の は︑ 中 国・ 唐代 の 不 空︑ 恵 果の 時 代と 考え られ る︒ まず

︑テ クス ト上 で﹁ 不動 明王

﹂と いう 言葉 の初 出を 探索 して みる

︒す ると

︑不 動尊 を説 いた 最古 の 経 典 であ る

﹃不 空 羂索 神 変 真 言経

﹄︑

﹃ 大 日経

﹄に こ の 名 称 は 表 れ ず︑

﹁ 不 動 尊﹂

︑﹁ 不 動 使 者

﹂と 記 さ れ る

︒﹁ 不 動 明 王

﹂と いう 名称 が初 めて 記さ れた テク スト は︑ 善無 畏︵ 六三 七〜 七三 五︶ が﹃ 大日 経﹄ を翻 訳す る際 にそ れを 補佐 した

基層信仰と密教の融合 ― 384 ―

(5)

一 行 禅 師︵ 六八 三

〜七 二 七︶ 筆録 の

﹃大 日 経﹄ の 注 釈 書﹃ 大 日 経 疏﹄ で あ る︒ こ の こ と か ら

︑一 行 禅 師 周 辺 で

﹁不 動 尊

﹂が 明王 族の 中心 的存 在・

﹁ 不動 明王

﹂と なっ てい った こと が窺 える

︒ この こと は︑ 不空

︵七

〇五

〜七 七四

︶の 曼荼 羅イ メー ジ を 伝 える

﹃胎 蔵 旧 図様

﹄中

!

図 3︶ の 不動 と

︑善 無 畏 の曼 荼 羅 イ メ ー ジ を 伝 え る﹃ 胎 蔵 図 像﹄"

︵ 図4

︶中 の そ れ と の 大 き な 隔 た り か ら も 推 察 さ れ る︒

﹃ 胎 蔵 図 像﹄ の 不 動 は︑

﹃胎 蔵旧 図様

﹄に みら れ︑ 日本 にも たら され た 初期 の 不 動明 王 で 一 般的 な

︑1.

弁 髪 を左 方 に 垂下 す る︑ 2. 歯 を むき だ しに した 怒り の表 情を 持つ

︑3.

ふ くよ かな 体つ きを して いる

︑4.

炎 をま とう

︑5.

上 半身 に条 帛︑ 下半 身に 裳を 着 す︑ など の特 色は みら れな い︒ この こと は︑ イン ドの マガ ダ国 の王 家の 血を 引く と言 われ る善 無畏 が持 って いた イン ド の青 年貴 族の よう な不 動の イメ ージ が︑ 不空 の時 代に 炎を 身に まと い︑ 怒り を顕 にし た荒 々し く︑ ふく よか な体 つき を した 明王 族の リー ダー とし ての 不動 明王 に変 化し たこ とを 物語 って いる

︒で は︑ 不空 は︑ どの よう にし て荒 ぶる 仏・ 不 動明 王の イメ ージ を獲 得し たの であ ろう か︒ その 詳細 は別 稿に 譲り たい が︑ 端的 に言 えば

︑こ れに は︑ 不空 の一 生が 関 係し てい ると 私は 考え てい る︒ 不空 は︑ 北イ ンド 出身 のバ ラモ ン階 級の 父と 西域 人の 母の 間に 生ま れ︑ イン ド僧

・金 剛 智 に 師事 し た︒ し かし

︑開 元 二 十 九年

︵七 四 一︶ に 師が 没 し たた め

︑密 教 を 究め ん と イ ン ド に 向 か っ た

︒求 法 の 旅 は

︑イ ンド 南部 から セイ ロン 島︵ スリ ラン カ︶ に及 んだ

︒天 宝五 年︵ 七四 六︶ に長 安に 帰り

︑多 くの 密教 経典

︑図 像を も たら し︑ それ らを 漢訳 し︑ 時の 王朝 に尊 崇さ れた

#

︒ 先に

﹁胎 蔵旧 図様

﹂に 見た 不動 明王 の荒 々し いイ メー ジは

︑不 空が イン ド巡 錫の 旅の 途次 に接 した

︑1.

イ ンド の精 霊

・ヤ クシ ャ︑ 2. 守門 神︵ 図2

︶︑ 3. シ ヴァ 神︑ 4. 戦 士な ど の イメ ー ジ か ら生 み 出 され た と 私考 す る︒ 即 ち イン ド の土 着的 イメ ージ

︑荒 々し い俗 なる 尊格 のイ メー ジが そこ には 息づ いて いる ので ある

︒こ こに おい て﹃ 胎蔵 図像

﹄に み られ た︑ 貴族 的な イン ド伝 来の 聖な る尊 格と イン ド土 着の 俗な る尊 格が 融合 し︑ 日本 に請 来さ れた 不動 明王 のイ メー ジ が確 立し たと 考え られ る︒ そし て︑ その 姿は

︑大 日如 来の 化身 とい う最 高の 聖性 を有 しな がら

︑慈 悲の みで は導 き難

― 385 ― 基層信仰と密教の融合

(6)

い 衆生 を教 化す るた めに 敢て 怒れ る姿 をと ると いう

︑密 教の 根本 経典

﹃大 日経

﹄が 説く 不動 明王 の性 格と も一 致す る︒ 以上 みた よう に︑

﹁ 不動 明王

﹂と いう 尊格 は︑ ヤマ のカ ミ とい う 属 性を 持 つ ア チャ ラ

・ナ ー タと い う イン ド の カ ミか ら 出発 し︑ 中国

・唐 代に 不空

・恵 果ら によ って 大日 如来 の化 身と して の力 を行 使し うる 明王 族の 王と して

︑聖 俗双 方の 性 質・ イメ ージ を融 合さ せる こと で生 み出 され たの であ る︒ その よう にし て成 立し た﹁ 不動 明王

﹂は

︑先 述の よう に恵 果の 弟子

・空 海に よっ て日 本に もた らさ れた

︒こ の尊 格を 最 初期 に受 容し た平 安時 代の 貴顕 や僧 侶た ちは

︑1.

こ れま で日 本に 存在 しな かっ た︑ 自分 たち の願 いを かな える 巨大 な 呪力 をあ たえ る尊 格︑ 2. 密教 の根 本仏 であ る大 日如 来の 化身 であ り︑ 悟り への 門に つな がる 尊格 とし てこ れを 理解 し

︑受 容・ 信仰 した と考 えら れる

︒東 寺講 堂の 木造 不動 明王 坐像 など は︑ まさ にこ のよ うな 信仰 の中 で造 像さ れた 仏と 言 える だろ う︒ し かし

︑注 意 し なけ れ ば なら な い の は︑ 不動 明 王 を信 仰 し た のは

︑上 流 階 級や 中 央 の学 僧 だ け では な い と い う 事 実 だ

︒こ の尊 格は

︑日 本に もた らさ れた 直後 よ り︑ 日 本全 国 の 様々 な 階 層 で︑ 急速 に 受 容・ 信仰 さ れ てい っ た

︒そ し て︑ そ れに 対す る信 仰は 今日 まで 続い てい る︒ 何故

︑こ のよ うな 現象 が起 きた のか

︒そ の理 由を 明ら かに する こと が︑ 先に も 述べ たよ うに 本稿 の目 的で ある

︒そ こで

︑次 章か らは

︑い くつ かの 大き な視 点か ら︑ 日本 にお ける 不動 明王 受容 の理 由

︑様 相を 探っ てい くこ とと する

基層信仰と密教の融合 ― 386 ―

(7)

.

不 動 明王 受 容 の背 景 と 実態

│ 造形 的 側 面・ 観 想

︑感 得 に 適し た 人 間及 び 密 教以 前 の 仏と 近 い 姿

︵一

︶密 教に おけ る視 覚イ メー ジの 役割 とそ の実 態│ 観想

︑感 得仏

︑図 像仏 ここ では

︑不 動明 王の 姿│ 造形 的側 面│ から

︑日 本に おけ る不 動明 王受 容の 背景 を考 えて みた い︒ その ため の前 提と し て︑ 不動 明王 を説 く密 教に おけ る視 覚イ メー ジの 役割

・性 質│ 観想

︑図 像仏

︑感 得仏 など の概 念│ など につ いて 若干 説 明し てお く︒ 不動 明王 など を造 像す る仏 教の 一派

・密 教で は︑ イメ ージ はテ クス ト 以 上に 重 要 とさ

#

︑仏 像・ 仏 画な ど の 視 覚イ メ ージ は︑ 単な る礼 拝の 対象 以上 の意 味を 持つ

︒即 ちそ れは

︑密 教の 最終 目標 であ る即 身成 仏を とげ るた めの 行法 であ る 身密

・口 密・ 意密 を用 いて おこ なう 三密 加持 のう ちの 意密 にあ たる

!観 想"

を行 う際

︑不 可欠 なも のと 把握 され てい る の だ︒ よ って

︑そ れ ぞ れの 宗 派︑ 流 派 にお い て 伝え ら れ た仏 の か た ち= 図像 は 殊 更に 重 視 さ れ

︑忠 実 に 受 け 継 が れ る

︒こ れは 一重 に悟 りに つな がる 行法 であ る観 想を 正し くお こな うた めで ある

︒し かし

︑そ の一 方で

︑法 力に 優れ た高 僧 が修 法・ 観想 の最 中︑ 仏と 一体 とな った 状態 で化 学反 応を 起こ した よう に忽 ちの うち に心 の中 に得 ると いう 仏の イメ ー ジも また

︑観 想を 行う 際に 受け 継が れる 図像 同様 に価 値あ るも のと して

︑密 教に おい ては 尊重 され る︒ この 時に 得ら れた イメ ージ に基 づい て制 作 さ れた 仏 を! 感 得仏

"

︵密 教 で は意 楽 の 仏と も 呼 ぶ︶ と呼 び

︑感 得 の 実相 は

︑高 僧伝

︑説 話集

︑寺 院縁 起な ど仏 教関 係の 史資 料に 散見 され る︒ この 感得 仏の 最大 の特 徴は

︑経 軌に しば られ ない

初 発性 の高 さ︑ 逸脱 した 造形 にこ そあ る︒ 通常 とは 大き く異 なる 造形 が︑ 常人 には 窺い 知れ ない 聖者 の奇 跡的 体験 の証 と して 尊ば れる べき であ ると いう 精神 がそ こに はあ る$

― 387 ― 基層信仰と密教の融合

(8)

これ に対 して

︑先 に述 べた

︑観 想の ため に用 いる

︑法 流に 受け 継が れた

︑テ クス ト︑ イメ ージ に忠 実に 制作 され た仏 を 図像 に忠 実と いう 意味 で! 図像 仏"

と呼 ぶ︒ 空海 が唐 から 請来 した イメ ージ を忠 実に 立体 化し た東 寺講 堂の 木造 不動 明 王坐 像な どは

!典 型的 な図 像仏

"

で ある

︒ 但し

︑こ こで 注意 しな けれ ばな らな いの は︑ 一見

︑対 立し てみ える この 造像 に関 する 二つ の概 念が 実は 表裏 一体 の関 係 にあ ると いう こと だ︒ すな わち

︑長 い間 法流 に伝 えら れ︑ 重ん じら れて きた 観想 のた めの 図像

︑そ の図 像も また

︑発 生 当初 は高 僧の 感得 仏で あっ た事 例が 想定 でき るか らだ

︒感 得仏 が長 い年 月の 間︑ 多く の人 々に 信仰 され

︑様 々な 利益 を もた らし 重ん じら れる よう にな り︑ 観想 の対 象と なる 視覚 イメ ージ=

図 像と して 定着 し︑ 図像 仏と して 流布 して いく と い う 構図 で あ る︒ 感得 仏 の 代 表例 と し て人 口 に 膾 炙 し て い る 滋 賀 県・ 園 城 寺 蔵 国 宝・ 絹 本 著 色 不 動 明 王 画 像#

︵通 称

︑黄 不動

︶は

︑篤 い信 仰を 集め

︑多 数の 模本

・模 像を 生み だす

︒そ の代 表と 言え る京 都・ 曼殊 院蔵 国宝

・絹 本著 色不 動 明王 画像

︵図 5︶ は︑ 感得 仏と して の黄 不動 が持 つ逸 脱の 造形 を図 像と して 受け 継ぎ

︑極 めて 洗練 され た作 風と して 昇 華さ せて いる

︒感 得仏 が観 想の 対象 であ る図 像仏 にな って いく 好例 と言 えよ う$

︒ 感得 仏の 系譜 は︑ 奈良 時代 から 平安 時代 初期 にか けて

︑日 本古 来の 山岳 信仰 に道 教や 古密 教が 混淆 した 修行 を山 中や 海 辺を 舞台 に行 い︑ その 呪術 的な 力で 庶民 を救 った 聖が 関わ って 造立 され た像 に多 くみ られ るこ とが 井上 正氏 によ って 指 摘さ れて いる

%

︒ 中期 密教 と呼 ばれ る体 系的 な密 教が 伝来 した 後の 平安 時代 の仏 教美 術を

︑密 教美 術と して それ 以前 の奈 良時 代の 仏教 美 術と 区別 して 研究 する 傾向 が仏 教美 術史 には ある

︒確 かに 多く の入 唐僧 が命 がけ で持 ち帰 った 新し い図 像に 基づ く新 規 な図 像仏 が︑ 本邦 の仏 教美 術に 豊か な華 を咲 かせ たこ とは 重要 な歴 史的 事実 であ る︒ しか し︑ また

︑そ のこ とだ けに 眼 を向 ける と物 事の 半分 を見 失う こと にな ろう

︒何 故な ら︑ 最澄 にせ よ︑ 不動 明王 をも たら した 空海 にせ よ︑ その 生涯 の 前半 は平 安遷 都以 前の 世界 に属 し︑ 従来 の大 寺の 仏教 に飽 き足 らず

︑山 林仏 教︑ 聖の 修行 の道 に身 を投 じる とこ ろか

基層信仰と密教の融合 ― 388 ―

(9)

ら 己の 道を 歩き 始め から だ︒ 若き 日の 彼ら は︑ 古密 教の 徒が 参集 する 寺院

・道 場で 多く の! 感得 仏"

を目 の当 たり にし て いた こと だろ う︒ 彼ら が︑ その 出発 の時 点で 役小 角︑ 行基 など の系 譜に 連な る存 在で あっ たこ とは

︑民 俗学

︑仏 教史 学

︑歴 史学 上の 碩学 がそ ろっ て指 摘す ると ころ であ る#

︒ こ のよ う に 考え て く ると

︑中 期 密 教 の代 表 的 仏で あ る 不 動明 王 の 受容 の 問 題を 取 り 扱 う際

︑密 教 の 行法 に 不 可 欠 な

!観 想"

のみ なら ず︑ 密教 伝来 以前 から 日本 列島 に住 ま う人 々 に よっ て 尊 重 され て き た! 感得

"

と い う 概念 も ま た 重要 で ある と言 えよ う︒

︵二

︶観 想︑ 感得 に適 し︑ 受け 入れ やす い人 間及 び密 教以 前の 仏と 近い 姿 では

︑そ のよ うな 観想

︑感 得と いう 概念 を用 い︑ 密教 伝来 以前 から の日 本列 島に 生き た人 々の 信仰 を踏 まえ

︑不 動明 王 の造 形的 側面 から

︑そ れが 受容 され た理 由を 考え ると

︑不 動明 王の

﹁一 面二 目二 臂二 足で 人間 に近 い姿

﹂が 重要 な要 素 とな って いる と言 えよ う︒ まと める と以 下の よ う にな る

︒1.

行 者 が一 体 と な るべ き 存 在と し て 観想 し や す い︒

︵複 数 の頭

︑眼

︑手 足な どを 持つ 尊格 が密 教に は多 数存 在す るが

︑そ れら と自 らが 一体 とな ると いう こと はイ メー ジし にく い

︒︶

︑ 2. 感得 とい う行 為が おこ りや す い︑ おこ な い やす い

︒︵ 上 記と 同 じ 理 由で 感 得 が起 こ り やす い

︒︶

︑ 3. 一 般の 人 々に とっ ても 異様 さが 少な く︑ 受け 入れ やす く︑ 感情 移入 しや すい

︑4.

そ れ以 前に 親し まれ てい た薬 師如 来や 観音 菩 薩と 大き く異 なら ない 姿・ かた ちで 受容 しや すい

$

︒ この よう に︑ 不動 明王 の比 較的 人間 に近 い姿 は︑ 密教 の行 法の 核で ある 観想

︑密 教以 前か ら重 んじ られ た神 秘体 験・ 感 得に も適 し︑ また

︑古 来︑ 日本 に住 した 一般 の人 々に も受 け入 れや すか った と推 察さ れる

︒こ の不 動明 王受 容に 関す る 造形 上の 理由 は︑ 単純 に思 える かも しれ ない が重 要で ある

︒不 動明 王が その 初期 から

︑幅 広い 層に 受け 入れ られ

︑図 像 仏は もち ろん

︑様 々な 感得 仏が 造像 され たこ とは

︑残 され た多 くの 作品 が物 語っ てい る︒ かつ て筆 者は

︑そ のこ とに

― 389 ― 基層信仰と密教の融合

(10)

つ いて 論じ たが

#

︑こ こで それ を詳 細に 触れ る紙 数は ない

︒そ こで

︑平 安時 代以 前 か ら造 像 さ れた き た 感得 仏 の 内 でも 特 に重 要な 位置 を占 める

﹁霊 木化 現仏

﹂の 系譜 が不 動に 受け 継が れて いる 点の みを 指摘 して おく こと とし

︑日 本に おけ る 不動 受容 の実 態の 一様 相を 浮き 彫り にし たい

︵三

︶感 得仏 の一 典型

│霊 木化 現仏 とし ての 不動 明王

│ 霊木 化現 仏と は︑ 仏教 伝来 以前 より 日本 列島 に住 した 人々 が育 んで きた 樹木 に対 する 信仰 を背 景と して 成立 した 仏の 呼 称で ある

︒古 来︑ 日本 列島 に住 した 人々 は︑ 人間 より 遥か に長 い年 月を 生き る樹 木に は︑ 神秘 的な 力が 宿り

︑カ ミが 拠 りつ くと 考え

︑聖 なる もの とし て信 仰し

︑そ の前 で祭 祀を おこ なっ てき た︒ そし て︑ 日本 に仏 教が 伝来 した 際︑ ホト ケ を異 国の カミ とし て捉 え︑ 自ら が培 って きた 樹木 信仰 の中 で︑ カミ 同様 聖な る存 在で ある ホト ケも また

︑樹 木に 宿る と 考え るよ うに なっ た︒ 井上 正氏 は︑ その よう な信 仰を 背景 に︑ ある 日︑ 僧侶

︵井 上氏 によ れば 行基

︶が

︑こ のよ うな 聖な る樹 木・ 御神 木・ 御 霊木 から ホト ケや カミ が出 現す る瞬 間を 見

︵感 得 し︶

︑霊 木 か らホ ト ケ︵ カ ミ︶ が 出現 し つ つあ る 奇 跡の 過 程 を 表し た 仏像

︵神 像︶ がつ くら れる よう にな った と主 張さ れた

$

︒井 上 氏 は︑ この よ う にし て 造 られ た 仏︵ 神︶ を! 霊 木 化現 仏

︵神

︶"

と 名付 け︑ 永年 にわ たる 地道 な調 査の 結 果︑ それ ら が 広く 全 国 に 造立 さ れ てい る こ とを 示 し た︒ そ して

︑そ の 特徴 とし て︑ 1. 素木 の一 木造

︑木 の節 をも 尊重 する 造形

︒立 木仏 など

︒2.

荒 彫の 段階 で刀 を止 める

︵未 完成 の状 態

︶造 形︒ 3. ノミ 痕を 水平 方向 に 揃 えて 目 立 たせ る 造 形︵ い わゆ る

﹁鉈 彫﹂

︶︑ 図 6︶

︒ 4. 左右 に 大 きく 歪 ん だ 造形

↓ 霊木 のか たち を尊 重し た造 形︵ 図7

︶︒ 5. 正 面を 通 常ま た は︑ そ れに 近 く 仕 上げ

︑背 面 を 荒彫 ま た は略 体 彫 と する 造 形︵ 図8

︶︒ 6. 眼

・耳

・螺 髪・ 宝髻

・頭 上面 など を化 現相

︵出 現の 過程 にあ る状 態︶ とす る造 形︵ 図9

︶︒ など を挙 げ た︒

基層信仰と密教の融合 ― 390 ―

(11)

今︑ ここ で挙 げた よう な霊 木化 現仏 とし ての 特徴 を持 つ不 動明 王と して

︑ノ ミ痕 を残 し︑ 全体 的に 略体 彫と する 福井 県 越前 町・ 大谷 寺蔵 木造 不動 明王 立像

︵図 10︶︑

体が 右 に大 き く 歪む 造 形 を 持つ

︑天 台 き って の 不 動の 験 者・ 相 応 和尚 感 得と 伝え る滋 賀県 近江 八幡 市・ 伊崎 寺蔵 木 造不 動 明 王坐 像

︵図 11︶︑ 眼 を 彫 ら ず︑ 後頭 部 の 一部 に 髪 筋を 表 さ な い比 叡 山延 暦寺 一山 蔵木 造不 動明 王坐 像︵ 12図

︶な どを 典型 的な 例と して 挙げ るこ とが でき る︒ しか し︑ 今︑ ここ に示 した 例 はほ んの わず かで あり

︑こ の他 にも 密教 伝来 以前 から 続く

!霊 木化 現仏

"

の 思想 を背 景と して 生み 出さ れた 不動 明王 は 数多 く 存 在す

#

︒こ の こと は

︑不 動 明王 と い う イン ド で 生ま れ た 尊格 が

︑日 本 人 にと っ て 真に 聖 な る存 在 と し て︑ 受 容さ れた こと を物 語る

︒ 以上

︑こ こま で不 動明 王の 造形 に注 目し

︑そ れが 日本 列島 に住 した 人々 に受 容さ れた 理由 及び 様相 をみ てき た︒ その 結 果

︑不 動 明王 の 人 間に 近 い 姿 が︑ 一般 の 人 々に 受 け 入れ や す く︑ 観 想と い う 密教 行 法 の核 に 適 し てい る の み な ら ず ず

︑感 得と いう 密教 以前 から 日本 人が 重視 した 神秘 体験 をも 引き 起こ しや すい とい う結 論を 得た

︒そ して

︑そ の感 得仏 の 中で も重 要な 位置 を占 める 霊木 化現 仏の 思想 を背 景と して 造像 され た不 動明 王が 多数 存在 して いる こと を確 認し

︑深 い 精神 の部 分で 不動 明王 が日 本人 に受 容さ れて きた 実態 をみ た︒ それ では

︑次 に不 動明 王と いう 尊格 の持 つ性 質・ 属性 に 注目 し︑ 引き 続き 日本 にお ける 不度 明王 信仰 隆盛 の理 由を 探っ てい くこ とと する

︒ 三

.

不 動 明王 受 容 の背 景 と 実態

│ 精 神的 側 面 人間

は︑ 自分 たち が持 って いる 思考 の枠 組み で新 しい 知識 や現 象を 理解 する

︒驚 くべ きこ とだ が︑ 不動 明王 ほど

︑日 本 人が 培っ てき た精 神構 造に 合致 した 仏は 存在 しな かっ たと 言え る︒ 以下

︑不 動明 王の 持つ 性質

・属 性と 日本 人の 基層 信 仰の 一致 をみ てい くこ とに しよ う︒

― 391 ― 基層信仰と密教の融合

(12)

︵一

︶ヤ マの カミ とい う属 性を 持つ 点 第一 章で みた よう に︑ 不動 は当 初︑ イン ドの ヤマ のカ ミと して 出発 した

︒そ して

︑日 本人 も古 来︑ ヤマ を人 智を 超え た カミ

︑聖 なる 存在 が息 づく 特別 な場 とし て考 え︑ 尊崇 して きた

︒具 体的 には

︑1.

刻 々と 表情 を変 化さ せる 山を

︑獣 そ の も のと し て 畏れ

︑敬 っ た!

︒2.

円 錐 状 の 山 を 古 来 の 神・ 蛇 が と ぐ ろ を 巻 く 姿 と 考 え た

︒3.

カ ミ が 降 り 立 つ 場 所

︑天 上と 地上 をつ なぐ 場所 と考 えら れた

︒4.

太 陽が 生ま れ︑ 太陽 が死 ぬ場 所と 考え た︒ など が挙 げら れる

︒イ ンド の ヤマ のカ ミ・ 不動 明王 は︑ ヤマ を数 万年 前か ら神 聖視 し︑ 崇拝 して きた 日本 人に とっ て自 然に 受け 入れ るこ との でき る 存在 だっ た︒

︵二

︶イ ワと 密接 な関 係が ある 点 不動 は︑ 密教 の根 本経 典・

﹃ 大日 経﹄ に﹁ 大盤 石 に坐 す

﹂と 記 され

︑実 際

︑不 動 明 王と 岩 と は切 っ て も切 り 離 せ ない 関 係に ある

︒二 章で 述べ た樹 木同 様︑ 古来

︑岩 をカ ミが 依り つく もの とし て神 聖視 し︑ 崇拝 して きた 日本 人に とっ て受 け 入れ られ やす い性 質で あっ た︒ 具体 的 に は︑ 1. 縄文 時 代 より 続 く 磐 座で の 祭 祀︒ 2. 神道 で の 影向 の 思 想︒

︵ 上賀 茂 神社 での 影向 石︒ 熊野 のゴ トビ キ岩 など

︒︶ 3. 朝 鮮半 島で 生 まれ た 岩 から 神 仏 が 姿を 表 す とさ れ る 霊石 化 現 思 想の 影 響︒ など が挙 げら れる

︒ こ れ ら の 思 想︑ 特 に 巨 石 に カ ミ が 依 り つ き

︑そ こ か ら 出 現 す る と い う 信 仰 に 根 ざ し た 感 得 仏︵ 神︶ を 霊 木 化 現 仏

︵神

︶の 類似 概念 とし て霊 石化 現仏

︵神

︶と 呼ぶ

︒こ れ らは

︑先 に み たよ う に 日 本人 が 古 来︑ 聖な る 場 とし て 信 仰 した ヤ マの 岩肌 に彫 られ るい わゆ る磨 崖仏 に典 型的 にみ られ る︒ 磨崖 仏と 言え ば︑ 山中 で修 行す る行 者の ため に制 作さ れた と 考え るの が一 般的 であ り︑ それ も一 面に おい て正 しい

︒し かし

︑よ り根 源的 にそ の造 像目 的を 考え ると

︑そ れは

︑聖 な るヤ マ︑ その 中で も特 に山 の力 が集 中し 放射 され ると 考え られ た岩 肌か ら︑ ヤマ

・イ ワに 依り つい た仏

︵神

︶が 出現

基層信仰と密教の融合 ― 392 ―

(13)

し てい る瞬 間を 表す ため に造 形化 した もの とい う結 論に いた る︒ そし て︑ その 磨崖 仏に 最も 相応 しい 仏が

︑ヤ マの 神で あ り

︑イ ワ と密 接 な 関係 に あ る 不動 明 王 とい う 尊 格な の で あ る︒ 全国 に 造 立さ れ た 磨崖 仏 の 約 八割 は 不 動明 王 で あ る が

︑こ れは

︑磨 崖仏 を︑ 古よ りの 日本 列島 に根 付い たヤ マ・ イワ への 信仰 を背 景と した 霊石 化現 仏と して 捉え るこ とに よ り︑ 合理 的に 理解 でき る︒ その 中で も特 に強 い力 を感 じさ せる 磨崖 仏と して

︑立 山信 仰の 聖地

︑富 山県 日石 寺の 不動 明 王磨 崖仏

︵図 13︶︑

九州 にお ける 山岳 修験 の聖 地︑ 国東 半島 の熊 野不 動明 王磨 崖仏

︵図 14︶ を挙 げて おく こと とす る︒ ま た︑ 木彫 像で はあ るが

︑山 の岩 肌の 前に 安置 され

︑石 彫像 を思 わせ る大 分県 竜岩 寺の 不動 明王 坐像

︵図 15︶ もこ の系 譜 上に 位置 づけ うる と私 は考 えて いる

︵三

︶蛇 と密 接な 関連 があ る点 不動 明王 が持 つ剣 には

︑国 宝・ 青蓮 院蔵 絹本 著色 不動 明王 二童 子画 像︵ 通称

︑青 不動

︶や 国宝

・絹 本著 色明 王院 蔵不 動 明王 画像

︵図 16︑ 通称

︑赤 不動

︶の よう に龍 が巻 きつ く場 合が ある こ!

の 龍は

︑倶 利 伽 羅大 龍 と 言わ れ

︑不 動 明 王の 化 身と 説か れる

︒古 来︑ 日本 では

︑龍 とは 蛇が 成長 した 姿︑ もし くは その 巨大 なも のと 捉え られ てい た︒ そし て︑ これ は 世界 の古 代社 会に 共通 する こと であ るが

︑日 本人 も古 来︑ 蛇を 信仰 して きた

︒そ の信 仰の 実態 を次 に挙 げる と︑ 1. 縄 文土 器な どに 蛇が デザ イン され てい るこ とで 知ら れる 蛇信 仰︒ 2. 出雲 大社

︑諏 訪大 社︑ 三輪 大社 など 日本 にお いて 有 数の 歴史 を持 つ古 社に 蛇信 仰が 息づ いて いる 点︒ 3. 稲作 を生 業と した 農耕 民に とっ て水 の神 とし ての 蛇信 仰︒ 4. 仏 教伝 来後

︑蛇

↓龍 への 読み 替え が各 地で おこ る︵ 寺院 開基 の物 語︒ 例と して 白山 の開 基伝 承な ど各 地に みら れる

︒龍 が 登場 する 寺院 の開 基伝 承が 存在 する 地域 に は︑ か つて 蛇 信 仰が 息 づ い たと 考 え られ る

︒︶ 事 実︒ 5. 各地 の 峠 に 残る 倶 利伽 羅峠 など の地 名か ら窺 える 蛇信 仰に 替わ る不 動信 仰の 定着

︒な どと なる

︒ この よう に︑ 蛇と 密接 な関 係を 持つ 不動 明王 は︑ この 点で も古 より の日 本人 の精 神構 造に 合致 して いた と言 える

― 393 ― 基層信仰と密教の融合

(14)

︵四

︶火 炎と 密接 な関 連の ある 点 不動 明王 と言 えば

︑燃 え盛 る火 炎を 背に 負う 姿が 真っ 先に イメ ージ され る︒ 不動 明王 と火 炎の 関係 性は 強い

︒こ れも 世 界の 古代 社会 に共 通す る特 色で ある が︑ 古来

︑日 本人 も火 に対 する 信仰 心を 持ち 続け た︒ 具体 的に は︑ 1. 原始 祭祀 と の関 連↓ 文明 の象 徴と して の各 地の 火ま つり=

出 雲大 社の 祭・ 火継 式な ど︒ 2. 穢れ を焼 く火 の思 想と の関 連︒ など が 挙げ られ る︒ いず れも

︑日 本の 基層 信仰 であ る︒ 燃え 盛る 火炎 を背 にし

︑火 を御 す存 在と して の不 動明 王は

︑日 本人 の精 神構 造に こ こで も合 致し てい るの であ る︒ ここ で詳 細に は論 じら れな いが

︑民 俗学 との 関連 で︑ 古来

︑製 鉄業 を営 んだ 人々 の不 動 明王 信仰 にも 興味 を引 かれ る︒ 谷川 健一 氏に よれ ば︑ 古来

︑製 鉄業 を営 んだ 人々 は︑ 製鉄 の最 中︑ 火炎 を見 つめ つづ け

︑そ の色 によ って 作業 工程 を管 理し てい たた め︑ 徐々 に視 力を 奪わ れ て いっ た と 言う

!

そ し て︑ 片 目の 視 力 が 衰え る と

︑も う 一方 の 目 で炎 を 見 つ めた と 言 う︒ 谷川 氏 は︑ 一 つ目 小 僧 や 全国 に 伝 わる 隻 眼 の神 の 足 跡 を た ど り

︑そ れ ら が

︑製 鉄を 生業 とし た一 族の 伝承 を伝 える もの であ ると い う 説得 力 の ある 説 を 提 示し た

︒私 が ここ で 興 味を 持 つ の は︑ そ れら 製鉄 を生 業と した 人々 が不 動明 王を 篤く 信仰 して きた こと であ る︒ これ は︑ もち ろん

︑火 を制 し︑ 剣を 持つ とい う 不 動明 王 の 性質 が 鍛 冶を お こ な う人 々 に とっ て 信 仰 する に 相 応し い 存 在で あ っ た ため で あ ると 一 般 的に は 考 え られ る

︒し かし

︑も う一 つ重 要な 理由 があ ると 私は 確信 して いる

︒そ れは

︑先 程︑ 述べ た鍛 冶氏 が隻 眼の 存在 とし て語 られ る と い う点 で あ る︒ 不動 明 王 も﹁ 十 九観 様

﹂不 動 が広 ま っ た後 は

︑そ の ほ とん ど の 作例 が

︑左 目 を 閉 じ る 形 で 造 ら れ る

︒製 鉄に 携わ り︑ 視力 を失 った 人々 にと って

︑こ の不 動の 姿は まさ に自 分達 が信 仰す るに 相応 しい 仏と 映っ たの では な いだ ろう か︒ 詳細 は別 稿に て論 じた いが

︑こ こに も日 本に おけ る不 動受 容の 一断 面を 見る 思い がす るの であ る︒

基層信仰と密教の融合 ― 394 ―

(15)

︵五

︶怒 れる 神と 関連 のあ る点

│怒 れる 仏・ 明王 族の リー ダー とし ての 不動 明王

│ 不動 明王 と言 えば

︑魔 を降 伏す る明 王族 のリ ーダ ーと して

︑絶 大な る力 を持 つ怒 れる 仏で ある

︒そ の面 相は

︑眉 がつ り あが り︑ 眼を かっ と見 開き

︑歯 や牙 をむ き出 しに した 姿を とる

︒こ のイ メー ジは

︑日 本人 が持 って いた 荒ぶ るカ ミの そ れと 一致 する

︒具 体的 には

︑1.

古 来︑ 日本 のカ ミは

︑敬 えば 恵み をも たら し︑ 無礼 をは たら けば

︑不 幸を もた らす 優 しさ と恐 ろし さを 兼ね 備え た存 在で あっ た︒ つま り︑ 怒れ るカ ミと いう 概念 が古 来︑ 存在 した

︒2.

ス サノ オノ ミコ ト など はそ の代 表例

︒ま た︑ 各地 に残 る男 神の 神像 には

︑厳 しい 表情 をし てい るも のが 多い

︒ この 怒れ るカ ミ︑ 荒ぶ るカ ミと いう 概念 が︑ 怒れ る仏

・不 動明 王の イメ ージ と結 びつ く︒ この 点で も不 動明 王は

︑日 本 人の 基層 信仰 と密 接に 結び つい てい るの であ る︒

︵六

︶言 霊思 想と 関連 のあ る点

│力 ある 言葉

﹁明

﹂の 王と して の存 在│ 不動 明王 は︑ 古代 イン ドで 信じ られ て い た言 葉 の 神秘 的 な 力・

﹁ 明﹂ を尊 像 化 した

﹁明 王 族﹂ の リー ダ ー で ある

︒絶 大 な言 葉の 力を 統御 する 王と して の性 質を 不動 明王 は持 って いる

︒こ の性 質は

︑日 本古 来の 言霊 思想 と合 致す る︒ 日本 人 も古 来︑ 言葉 には 神秘 的な 力が 宿る と信 じて おり

︑良 いこ とを 言え ば良 いこ とが 起こ り︑ 悪い こと を言 えば 悪い こと が 起こ ると 考え てい た︒ 結婚 式な どで 唱え られ る祝 詞に その 名残 をみ るこ とが でき る︒ 言葉 に現 実を 動か す絶 対的 な力 を 認め

︑そ れを 尊重 する

︒こ の点 でも 不動 明王 は︑ 日本 の基 層信 仰と 見事 なほ ど合 致す る仏 なの であ る︒ 以上

︑不 動明 王の 持つ 性質

・属 性に 注目 し︑ 日本 人の 基層 信仰 との 一致 をみ てき た︒ その 結果

︑不 動明 王が 有す る六 つ の 属 性が 日 本 人の 精 神 の 奥深 く に 刻み 込 ま れた 基 層 信 仰と 見 事 に一 致 す るこ と が 確 認で き た︒ 造 形的 側 面 のみ な ら ず

︑そ の性 質・ 属性 にお いて も不 動明 王は 日本 人に 受容 され るべ き必 須条 件を 十全 に備 えて いる こと は最 早明 らか だろ う

― 395 ― 基層信仰と密教の融合

(16)

おわ り に

│基 層 文 化と 密 教 の融 合

!何 故

︑不 動明 王が これ ほど まで 日本 人に 信仰 され るに いた った のか

︒"

冒頭 に掲 げた この 問い を明 らか にす るた めに 造 形的 側面

︑精 神的 側面 双方 から

︑不 動明 王と 古来

︑日 本列 島に 住し た人 々の 関係 性を みて きた

︒そ の結 果︑ 日本 人の 心 の奥 深く に育 まれ てき た核 の部 分と 不動 明王 の姿

︑性 質が 驚く ほど 合致 して いる こと を確 認す るこ とが でき た︒ 恐ろ し げな 容貌 を持 ちな がら

︑篤 い信 仰を 集め 続け てい る不 動明 王︒ イン ド︑ 中国 では それ ほど 広ま らず

︑日 本に おい て永 く 幅広 い層 に信 仰さ れ続 けた 理由 は︑ 日本 人の 奥深 くに 根付 いた 基層 にそ の存 在が 響い たか らに 他な らな い︒ 今後 もこ の 神秘 的な 尊格 の多 様な 魅力 につ いて 引き 続き 研究 を進 めて 行き たい

# 註 渡 辺 照 宏

﹃ 不 動 明 王

﹄︵ 朝 日 選 書 35

︶ 朝 日 新 聞 社 出 版 局 一 九 七 五

$ こ の よ う な イ ン ド に お け る 不 動 の 原 形 イ メ ー ジ を 求 め る 時

︑ 注 目 さ れ る 視 覚 イ メ ー ジ と し て

︑ グ プ タ 期 に 制 作 さ れ た ア ジ ャ ン タ ー 第 十 七 窟 の 主 廊 後 壁 を 挙 げ て お く

︵ 図 2

︶︒ そ れ は

︑ 入 口 の 向 か っ て 左 下 に 描 か れ た 山 岳 を 背 負 う 守 門 神 形 の 尊 像 で あ る

︒ こ の 尊 像 は

︑ 青 黒 色 で 丸 い 髻 を 結 い

︑ 条 帛 と ド ー テ ィ ー の み を 着 し

︑ 供 物 を 捧 げ る 姿 で 描 か れ る

︒ 中 で も 背 中 に 負 う 抽 象 化 さ れ た 山 岳 表 現 の 形 態 は 秀 逸 で

︑ 不 思 議 な 魅 力 に 満 ち て い る

︒ お そ ら く こ の 人 物 の 持 つ パ ワ ー を 視 覚 化 し た も の だ ろ う

︒ ま さ に

︑ こ の 尊 格 は

︑ ア チ ャ ラ

・ ナ ー タ

︵ 山 岳 の 王

︶ の イ ン ド に お け る イ メ ー ジ を 示 し て お り

︑ 不 動 明 王 の 遠 い 原 形 を 想 起 さ せ る も の で あ る

% 円 珍 が 在 唐 中 の 大 中 八 年

︵ 八 五 四

︶︑ 開 元 寺 で 書 写 し た

︒﹃ 大 正 新 修 大 蔵 経

﹄ 図 像 篇

︵ 以 下 大 図 と す る

︶ 二 巻 所 収

&

開 元 十 二 年

︵ 七 二 四

︶︑ 善 無 畏 が

︑﹃ 大 日 経

﹄ を 漢 訳 す る 際

︑ 自 ら が 持 っ て い た 曼 荼 羅 の 尊 格 の イ メ ー ジ を 図 示 し た も の と 言 わ れ る

︒ 円 珍 が

︑ 大 中 九 年

︵ 八 五 五

︶︑ 西 安 で 書 写 し た

︒ 大 図 二 巻 所 収

基層信仰と密教の融合 ― 396 ―

(17)

* 不 空 に つ い て は

︑ 佐 和 隆 研 編

﹃ 密 教 辞 典

﹄ 法 蔵 館 一 九 七 五 な ど を 参 照 さ れ た い

︒ + こ の こ と を 端 的 に 示 し た 言 葉 と し て

︑ 空 海 が 師

・ 恵 果 の 言 葉 と し て 記 し た

﹁ 密 蔵 の 教 え は 深 玄 に し て 翰 墨 に 載 せ 難 し

︒ 図 画 を 仮 て 悟 ら ざ る に 開 示 す

︒﹂ が あ る

︒︵ 空 海 著

﹃ 御 請 目 録

﹄ 所 載

︒ 原 文 漢 文

︒ 書 き 下 し は 筆 者

︒︶ , 人 口 に 膾 炙 し た も の と し て は

︑ 役 小 角 感 得 と 言 わ れ る 蔵 王 権 現

︑ 智 証 大 師 円 珍 感 得 の 黄 不 動 な ど が 挙 げ ら れ よ う

︒ い ず れ も 部 分 的 に 一 致 す る 先 行 の イ メ ー ジ ソ ー ス こ そ 指 摘 で き る も の の

︑ 確 実 な 経 軌 上 の 典 拠 は 存 在 し な い

︒ - 秘 仏 で あ る た め

︑ 図 版 に つ い て は

︑﹃ 秘 仏 金 色 不 動 明 王 画 像

﹄ 園 城 寺 朝 日 新 聞 社 会 二

〇 一 を 参 照

︒ . 図 像

︑ 観 想

︑ 感 得 な ど に つ い て 有 効 な 示 唆 を 与 え て く れ る 論 考 に 次 の も の が あ る

#井 上 正

﹁ 日 本 彫 刻 史 の 編 年 と 感 得 像

﹂︵

﹃ 学 叢

﹄ 二

〇 京 都 国 立 博 物 館 所 収

︶ 一 九 九 八

$泉 武 夫

﹁ 画 像 と 行 法 を め ぐ る 形 と 意 味

﹂︵

﹃ 講 座 日 本 美 術 史

﹄ 三 東 京 大 学 出 版 会 所 収

︶ 二

〇 五

%森 雅 秀

﹁ 感 得 像 と 聖 な る も の に 関 す る 考 察

﹂︵

﹃ 仏 教 美 術 と 歴 史 文 化: 真 鍋 俊 照 博 士 還 暦 記 念 論 集

﹄ 法 蔵 館 所 収

︶ 二

〇 五

&

森 雅 秀

﹃ 仏 の イ メ ー ジ を 読 む マ ン ダ ラ と 浄 土 の 仏 た ち

﹄ 法 蔵 館 二

〇 六 '拙 稿

﹁ 図 像 と 感 得 の 間 で

│ 同 聚 院 蔵 不 動 明 王 坐 像 の 位 相

﹂︵ 安 藤 佳 香 編

﹃ 不 動 明 王 像 造 立 一 千 年 記 念 誌

﹄ 所 収

︶ 東 福 寺 塔 頭 同 聚 院 二

〇 六 (拙 稿

﹁ 感 得 さ れ た! 力"

│ 正 智 院 蔵 木 造 不 動 明 王 坐 像 の 造 形

︵﹃ 美 学 芸 術 学

﹄ 第 二 十 九 号

︶ 二

〇 九 )井 上 正

﹃ 続 古 佛

﹄ 法 蔵 館 二

〇 一 二 / そ の 特 徴 と し て は

︑ 1. 自 然 主 義 に 基 づ い た プ ロ ポ ー シ ョ ン の 破 綻

︑ 2. 畏 怖 の 相 と 量 感 の 強 調

︑ 3. 左 右 の ゆ が み

︑ 4. 仏

︑ カ ミ が 霊 木 か ら 出 現 す る 過 程 を 表 す サ イ ン と し て の 未 完 成 表 現 な ど

︑ い ず れ も 通 常 の 円 満 具 足 な 仏 の 相 好 と は か け は な れ た

︑ 個 性 あ ふ れ る 造 形 が 挙 げ ら れ る

︒ こ れ ら の 像 に 共 通 す る 調 和 よ り も 逸 脱 を 志 向 す る 造 形 は

︑ い ず れ も! 感 得"

と い う 聖 者 の 宗 教 行 為 を 想 定 し な け れ ば

︑ そ の 造 形 の 真 の 意 味 は 掴 め な い

︒ 写 実 的 か 否 か と か

︑ 人 体 と し て の プ ロ ポ ー シ ョ ン が 整 っ て い る か ど う か と か い う 物 差 し だ け を 当 て は め る こ と は

︑ こ れ ら の 像 の 聖 な る 造 形 を 稚 拙 な 造 形 と 評 価 し

︑ 貶 め る こ と に な り か ね な い

︒ 井 上 正

﹃ 古 佛

│ 彫 像 の イ コ ノ ロ ジ ー

﹄ 法 蔵 館 一 九 八 六 同

﹁ 神 仏 習 合 の 精 神 と 造 形

﹂︵

﹃ 図 説 日 本 の 仏 教 6 神 仏 集 合 と 修 験

﹄ 新 潮 社 一 九 八 九 所 収

︶ 同

﹃ 岩 波 日 本 美 術 の 流 れ 2 7

│ 9 世 紀 の 美 術

﹄ 岩 波 書 店 一 九 九 一 他

︑ 註. に 挙 げ た 井 上 氏 の 一 連 の 論 考 を 参 照 さ れ た い

︒ 0 次 に 挙 げ る 文 献 な ど を 参 照 さ れ た い

― 397 ― 基層信仰と密教の融合

(18)

!渡 辺 照 宏

・ 宮 坂 宥 勝

﹃ 沙 門 空 海

﹄ 筑 摩 書 房 一 九 六 七

"

上 山 春 平

﹃ 空 海

﹄︵ 朝 日 評 伝 選

︶ 朝 日 新 聞 社 一 九 八 一

#松 長 有 慶

﹃ 空 海

│ 無 限 を 生 き る

﹄︵ 高 僧 伝 四

︶ 集 英 社 一 九 八 五

$宮 崎 忍 性

﹃ 私 度 僧 空 海

﹄ 河 出 書 房 新 社 一 九 九 一

%五 来 重

﹃ 空 海 の 足 跡

﹄ 角 川 書 店 一 九 九 四

&

松 岡 正 剛

﹃ 新 版 空 海 の 夢

﹄ 春 秋 社 二

〇 五 ) 密 教 伝 来 以 前

︑ 即 ち 不 動 明 王 伝 来 以 前

︑ 魔 を 降 ろ す 尊 格

︑ 巨 大 な 呪 術 力 を 持 つ 存 在 と し て 尊 崇 さ れ た 尊 格 が 薬 師 如 来

︑ 観 音 菩 薩 で あ っ た

︒ 私 は

︑ こ れ を 荒 ぶ る カ ミ の イ メ ー ジ が 仏 に 反 映 し た 結 果 で あ る と 捉 え

︑ ホ ト ケ の カ ミ 化 と 呼 称 し て い る

︒ そ の 代 表 例 は

︑ 神 護 寺 本 尊 薬 師 如 来 立 像 や 勝 尾 寺 本 尊 薬 師 三 尊 像

︑ 観 菩 提 寺 本 尊 観 音 菩 薩 像 な ど で あ る

︒ こ れ に つ い て は

︑ 註'

︑ 註 (で 挙 げ た 井 上 論 文 及 び 安 藤 佳 香

﹁ 勝 尾 寺 薬 師 三 尊 像 考

﹂︵

﹃ 佛 教 芸 術

﹄ 一 六 三 号 一 九 八 五

︶ を 参 照 さ れ た い

* 註' 参 考 文 献%

︑&

を 参 照 さ れ た い

︒ + 井 上 正 氏 の 霊 木 化 現 仏 に 関 す る 研 究 は

︑ 註'

︑( で 挙 げ た 文 献 を 参 照 さ れ た い

︒ , そ の 他 の 多 く の 作 例 に つ い て は

︑ 註' 参 考 文 献 の 拙 稿 を 参 照 さ れ た い

︒ - 町 田 宗 鳳

﹃ 山 の 霊 力

﹄ 講 談 社 二

〇 三 . こ れ は

︑ 平 安 時 代 中 期 以 降

︑ 広 ま っ た

﹁ 不 動 十 九 観

﹂ と い う 観 想 法 の 第 十 八 観 想 に 不 動 明 王 が 倶 利 伽 大 龍 に 変 化 し

︑ 剣 に ま き つ く と い う 記 述 が あ る こ と か ら

︑ 一 般 的 に 広 ま っ た と 考 え ら れ る

︒ / 谷 川 健 一

﹃ 青 銅 の 神 の 足 跡

﹄ 集 英 社 一 九 七 九 を 参 照 さ れ た い

︒ 謝 辞 私 が

︑ 本 稿 で も テ ー マ と し て と り あ げ た 不 動 明 王 を 卒 業 論 文 の テ ー マ と し

︑ 現 在 も 尽 き せ ぬ 魅 力 を 感 じ て 研 究 を 続 け る こ と が で き て い る の は

︑ 太 田 孝 彦 先 生 の あ た た か い ご 指 導 が あ っ た お 陰 で あ る

︒ 何 も 分 か ら な い 学 部 の 頃 よ り 今 日 に 至 る ま で

︑ 本 当 に 様 々 な も の を 与 え て い た だ い た

︒ こ こ に 深 く 謝 意 を 表 し ま す

基層信仰と密教の融合 ― 398 ―

(19)

1 不動明王『高雄曼荼羅』

2 守門神? アジャンター第17窟

3 不動尊『胎蔵旧図様』

4 不動尊『胎蔵図像』

5 黄不動 曼殊院

9 阿弥陀如来 面部 太平寺 図7 十一面観音

下半身 克軍寺 図6 十一面観音 城崎・温泉寺

8 薬師如来 背面 日向薬師

― 399 ― 基層信仰と密教の融合

(20)

10 不動明王 上半身 大谷寺

11 不動明王 伊崎寺 図12 不動明王

頭部 延暦寺

13 不動明王磨崖仏 日石寺 図14 不動明王磨崖仏 熊野

15 不動明王 竜岩寺

16 赤不動 明王院

基層信仰と密教の融合 ― 400 ―

図 1 不動明王『高雄曼荼羅』 図 2 守門神? アジャンター第17窟 図 3 不動尊『胎蔵旧図様』 図 4 不動尊『胎蔵図像』図5黄不動 曼殊院図9阿弥陀如来 面部 太平寺図7十一面観音下半身 克軍寺図6十一面観音 城崎・温泉寺図8薬師如来背面 日向薬師― 399 ―基層信仰と密教の融合
図 10 不動明王 上半身 大谷寺 図 11 不動明王 伊崎寺図12不動明王頭部 延暦寺図13不動明王磨崖仏 日石寺図14不動明王磨崖仏 熊野図15不動明王 竜岩寺図16赤不動 明王院 基層信仰と密教の融合 ― 400 ―

参照

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