『就実大学大学院教育学研究科紀要 2016(第1号)』 抜刷 就実大学大学院教育学研究科 2016年3月31日 発行
石原 みちる ・ 山 本 力 ・ 北 川 歳 昭 ・ 山 田 美 穂 下 山 真 衣 ・ 岩 佐 和 典 ・ 高 橋 文 博
不登校の子ども支援を再考する
─就実大学大学院教育学研究科・就実大学心理教育相談室 開設記念行事の報告─
Reconsidering about support to school non-attendant children
-A report on the opening events of Graduate School of Education, Shujitsu University and Shujitsu University Psychological Clinic-
就実大学大学院教育学研究科紀要 2016(第1号)
不登校の子ども支援を再考する
─就実大学大学院教育学研究科・就実大学心理教育相談室 開設記念行事の報告─
石原みちる・山本 力・北川歳昭・山田美穂・下山真衣・岩佐和典・高橋文博
Reconsidering about support to school non-attendant children
−A report on the opening events of Graduate School of Education, Shujitsu University and Shujitsu University Psychological Clinic−
Michiru ISHIHARA, Tsutomu YAMAMOTO, Toshiaki KITAGAWA, Miho YAMADA, Mae SHIMOYAMA, Kazunori IWASA, Fumihiro TAKAHASHI
Ⅰ.はじめに
学校における子ども支援において,不登校の課題は昭和30年台から提起され,半世紀に わたって様々な検討と支援が重ねられてきた。ことに岡山県は全国に先駆けて不登校事例 が報告され(佐藤,1959),その発生率も全国平均を上回り続けている(本シンポジウム での平田善久室長の発言等)。一般的に言って,近年は発達障害のある子どもと家族の支 援に大きな脚光が当てられ,相対的に不登校の子どもと家族への関心が背景に退く傾向も なくはない。しかし,子どもが学校に行けない,行かない状態は,子どもの将来を見通し たとき,子どもの生き方に様々な影響を与えていく。ここで改めて不登校の子どもの支援 について軽視することなく,しっかりと再考していくことに意義があると考え,教育学研 究科及び心理教育相談室の開設記念行事のテーマとして企画立案したものである。
さて,就実大学大学院教育学研究科及び就実大学心理教育相談室は平成27年4月に開設 された。教育学研究科教育学専攻には5つのコースが設けられている。初等教育学,幼児 教育学,養護教育学,特別支援教育学,教育臨床心理学の5コースである。また,心理教 育相談室は地域に開かれた相談施設であるが,教育臨床心理学コースの実習施設の機能も 兼ねた施設である。
本報告では,平成27年8月に開催された就実大学大学院教育学研究科並びに就実大学心 理教育相談室の開設記念行事について,学問的な内容に係わる概要を報告したい。(なお 本稿は石原が草稿を作成し,山本が加筆修正したものである。)
Ⅱ.記念行事のプログラムと概要
1.日程:2015年8月29日(土)13時30分~16時30分
2.会場:就実大学S館1階 S101教室(アカデミックホール)
3.主催:就実大学,後援:岡山県教育委員会 4.プログラム
総合司会 岩佐和典(就実大学講師, 臨床心理士)
1) 開会挨拶 高橋文博(就実大学大学院教育学研究科長)
2) 第Ⅰ部 講演(13:40~15:10)
演題:「私のスクールカウンセリング実践から−不登校のこころ」
講師:伊藤 美奈子 先生(奈良女子大学 教授, 臨床心理士,教育学博士)
3) 第Ⅱ部 シンポジウム(15:20~16:30)
テーマ:「不登校の子どもたちへのチーム支援」
企画者:山本 力(就実大学大学院教授・就実大学心理教育相談室長)
シンポジスト:伊藤美奈子(再掲),
平田善久(岡山県教育庁義務教育課生徒指導推進室・室長),
石原みちる(就実大学教授,臨床心理士),
山本 力(再掲)
司会・進行:北川歳昭(就実大学教授,臨床心理士)
4) 就実大学心理教育相談室の見学会
記念行事では,まず高橋文博研究科長より新たに開設された教育学研究科の説明がなさ れたあと,山本力室長より講師の紹介があった。その後,伊藤美奈子先生の基調講演「私 のスクールカウンセリング実践から−不登校のこころ」(写真1),次に,シンポジウム「不 登校の子どもたちへのチーム支援」を行った(写真2)。以下に講演内容とシンポジウム の発言趣旨を紹介したい。講演会参加者は,学校関係者,臨床心理士他91名であった。シ ンポジウム後に行われた就実大学心理教育相談室見学会への参加者は15名であった。
写真2 シンポジウムの様子 写真1 基調講演の様子
Ⅲ.基調講演・「私のスクールカウンセリング実践から-不登校のこころ」
奈良女子大学教授:伊藤美奈子 先生
はじめに,不登校などの「問題」対応に求められる基本姿勢として,(子どもからの問 題提起行動と捉えて)その「問題」の中に隠されている意味やメッセージを読み取ること が必要だと考えている。スクールカウンセラー(以下SC)として出会ったケースでその ことを教えられた。
今日の不登校・ひきこもりに対する姿勢としては二つある。子どもの想いを尊重し,自 発的な「再生」の瞬間を待つという基本姿勢と,アセスメントに基づいて適切に働きかけ 積極的に関わるという新しい姿勢とが併存している。基本姿勢の一つは,不登校・ひきこ もりの状態に対して,「さなぎ」の時期と象徴的に前向きな意味を捉えることである。さ なぎは,幼虫から蝶に変身するために,かたい殻にこもり,いったん細胞がドロドロになっ て生まれ変わるという大変な作業を行うという発達の移行期である。殻の中ではまさに「死 と再生」が展開されていることを,子どもが実際に蝶を羽化させた体験を通して実感した。
さなぎの殻をこじ開けては,新しい命が死んでしまう。「休むこと」が必要なケースなら,
安心して休める時間の保障も大切。
一方,不登校の背景要因は多様化しており,発達障害や虐待,いじめが背景にあるケー スも多々ある。「待つ」だけで解決しないケースもある。見守りつつ「待つ」のが良いのか,
積極的に働きかけるのがよいのか。不登校への新しい姿勢では,子どもと背景のアセスメ ントをしっかり行い,それに合った柔軟な関わりが必要とされている。
SCとしての子どもとの関わりから,不登校の子どもが感じている「こころ」について 伝えたい。一つは, 〈そっとしておいて〉 ,でも 〈忘れないで〉という矛盾し,葛藤し たこころでいること。だから,周囲がどうすればよいかは難しいが,そういう矛盾したこ ころを抱えているこということだ。また,多くの子どもから不登校になった理由を何度も 聞かれるのは苦痛だと聞く。自分のこころに迷いがある状態で,「何で?,どうして?」
と理由を何度も聞かれると,我々大人でも嫌になったり,腹が立ってきたりするものだ。
また,不登校の子どもたちは,小さな周囲の反応,例えば,お母さんのため息,時計の秒 針の音にまで,敏感になっていることもある。調子のよい時は気にならないようなことが,
心に突き刺さるように体験されているのだ。登校するようになると周囲は安心するが,1,
2年たっても「まだ"まだら"だ」(注:元気になったこころの間に,まだ不登校のここ ろがまだら状に残っている)と不安を語る高校生の話を聴いた。そう簡単なものじゃない のだと教えられた。
家族への一番の思いとしては,訊かれるのでなく,聴いてほしい。「わかってほしかった」
という声がよく聞かれる。しかし,悩みの中身は一人一人違うし,本人も簡単に言葉で説
でいる。
次に,通信制高校の協力を得て行った不登校経験者の「その後」の調査から紹介する。
現在高校に通う不登校経験者と不登校経験のない高校生で,自尊感情にほとんど差はな かった。しかし,過去の不登校経験を肯定的に評価しているかどうかで比較すると,過去 の経験を肯定的に評価している不登校経験者は現在の自尊感情が高いが,否定的に評価し ている不登校経験者は現在の自尊感情が低いことがわかった。また,現在の高校生活に対 して満足が高い不登校経験者は,過去の不登校経験を肯定的に評価している結果となって いる。文部科学省の追跡調査でも,「あの経験があったから今の自分がある」などと語ら れている。さらに,現在の高校生活で自信ができてきたとする不登校経験者は,過去の不 登校経験を肯定的に評価している結果であった。
アンケートの最後で「将来への自信」を尋ねたところ,過去の不登校経験を肯定的に評 価している不登校経験者は「将来への自信」が高いが,否定的に評価している不登校経験 者は「将来への自信」が低いことがわかった。
この集計結果を因果関係として解釈するのは厳密な意味では無理があるが,推測的に希 望的に解釈するならば,「過去」が「今」を決めるのではなく,不登校のその後の出会い や生き方,つまり「今」の生き方が,「過去への認識」を変えるのだと,私は考えたい。
さらに,「今」への自信が,「将来」への展望を広げるのだと,不登校に関わるものとして は肯定的に捉えたい。
最後に,《ロープの先》というエピソードを話したい。大学院生の頃にフリースクール で関わった子どもの話である。自分と学校の先生がそれぞれロープの先を握っているとい う。その子は,「今,先生に引っ張られても,自分は学校に出て行けないから,ロープを 放してしまうだろう。だから引っ張らないでほしい。自分が元気になったら,自分からロー プをそっと引っ張って,先生に知らせるから,その時に引っ張り返すとか,会いに来てほ しい」と。先生が,引っ張るでもなく,放すでもなく,たるみ過ぎでもなくロープを持ち 続けることはとても難しいこと。顔も見えないけど,いつも忘れないで,関係を切らずに いて欲しいという,アンビバレントな難しい要求だと,今はわかる。しかし今,多くの子 どもが先生と一対一の関係を求める傾向が強いと思う。そういう子どもたちと関係をつな げていく時に,この《ロープの先》という象徴的なイメージを思い描いて対処の仕方を考 えてもらえると示唆的ではないかと思う。
【参考文献】
・伊藤美奈子(2000).思春期の心さがしと学びの現場 北樹出版.
・伊藤美奈子・明里康弘編(2004).不登校とその親へのカウンセリング ぎょうせい.
・伊藤美奈子(2009).不登校 その心もようと支援の実際 金子書房.
Ⅳ.シンポジウム「不登校の子どもたちへのチーム支援」
司会・進行:北川歳昭 北川:(司会)
今回のシンポジウムの企画趣旨について,山本先生からお話しください。
山本:(シンポジウム企画者)
学校での「連携」は以前から重視され,〈「情報連携」から「行動連携」へ〉というスロー ガンも生まれたが,実情は必ずしもうまくいっているわけではなく,難しい現実もある。
文部科学省からは「チーム学校」という新しい方針も出された。そうした背景を踏まえ,
不登校に係わる学校教育相談での連携や協働の大切さと課題を再確認するという趣旨でシ ンポジウムを企画した。
北川:では,それぞれのお立場を踏まえて順にお話しください。
平田:(教育行政の立場から)
岡山県の不登校の現状は,小学校470名,中学校1328名,それぞれの出現率が0.45%,2.4%
となっており,県内のSCの延べ対応件数は21,000件となっている。平成7年に,SC配 置が国費3校,県費2校で始まってから,現在では,全中学校と65小学校に配置されるに 至った。配置が始まった当初は,パラシュートで敵陣に降り立つかのように例えられ,教 師とSCのお互いの理解が乏しかったが,現在では,SCと教員が相談することが当たり 前になっており,これから両者がチームとしてやっていくと考えている。
チームというのは,そこにいればよいのではなく,何かを一緒にすることである。SC と教員は違った専門性で,それぞれができること,できないことを埋め合わせる相互作用 のあるチームである。SCに期待するのは,直接支援はもとより,見立てをわかりやすく 教えてくれること,どの専門機関やリソースにつなげばよいか提案してくれることである。
学校の中では,学校はSCを組織の中に位置づけ,情報を伝えていくことが必要だが,S Cの方からも声をかけ,お互いに情報を伝えあうことが必要だ。SCにお任せではなく,「一 緒にやっていく」発想が大切だと思う。
石原:(SCの立場から)
最近「チーム学校」と言われているが,チームで頑張れば不登校は解消すると考えてし まうと,担任,本人を追い詰めることになる。不登校には,精力的なチーム支援は合わな い時期もあるだろう。進路など,本人とも目標が共有できるようになれば,精力的に取り 組めるが,まずは下地となるしっかりした「土」が必要だと考える。そうした「育む土」
とは,さまざまな要素,多様な専門性が,その子に合ったバランスで入っていること,ほ どよい水分がある,チームメンバーが,じんわりつながっていて,空気が通り,メンバー それぞれが生きている「土」だと考える。
ティ心理学の山本和朗は,欧米の文化ではあっさりした契約関係が成り立つが,日本人同 士は親しみをもたないと,仕事が進まないと指摘している。子どもを支えていくには,日 本的な割り切れなさを生かした,じわっと,メンバーの気持ちがつながっている「土のよ うなチーム」が必要なのではないだろうか。
山本:(スーパーヴァイザーの立場から)
石原先生が言われた,連携の前提としての「土」,育みの「土壌づくり」はとても大切 だと,私も思う。また,心理臨床における「連携」とは単に専門機関に繋ぐとか,SCと 繋ぐという狭い意味に止まらない。教育相談の働きとして「(学校の土壌を)耕すこと,
つなぐこと」が含まれている。さらに家族と繋がること,子どもの強みや好きなことなど の内的リソースを発見して,その隠されたリソースと繋がることも「つなぐ教育相談」と して大切な視点だと思う。
人的な連携においては,現実の進め方として連携・協働してチームで動くことは相当に 困難なことでもある。①自分でやった方が早いと思うこともあり,綿密な連携を行うには
「多大な時間とエネルギー」が必要になる。②情報共有をしつつ,守秘義務への配慮も同 時に必要になる。③自分の力量の限界を自覚して「仲間に相談し,上手に頼れる強さ」も 必要となる。
大事なことは,困難なケースを一人で抱え込まないこと,一人でしょいこまないこと。
そして,当事者(不登校の子どもや家族)の側が周囲の人的環境から理解され,守られて いると薄々でもいいから感じられるようなチームケアが必要になる。さらに支援者の側も ケースを一緒に考えてもらって,心の負担を分かち合えってもらえる仲間がいると実感で きることが大切だ。双方が「守られ感」をもてることで,自分の潜在力を発揮することが できる。守られて,安心できて,ようやく前に一歩を踏み出すことができるようになる。
伊藤:(招待講師の立場から)
教師が丸抱えにしても,丸投げにしてもダメだが,ちょうどよい連携が難しいところで ある。校内チーム支援,連携が成功する条件として,学校の中に「みんなで見ていこう」
という空気があること,困った時に,周囲に伝えて大丈夫,お互いが開いても大丈夫だと いう空気があることだと考える。そうした空気のために必要なものとして,「時間」,「空間」,
「仲間」の三つの「間」を挙げたい。時間は,手間をかけられるだけの時間があること。
空間は職員室などに,雑談できる空間があること。仲間は,教師同士,専門職と教師,家 族との関係のことである。3つの「間」は,管理職だけで作れるものではないが,やはり 管理職の出す方針は影響する。出された方針を,先生方で育てていく必要があるだろう。
外部機関との連携では,他の専門機関の専門性を理解することが必要。ここでも学校が 開かなければならず,そのためには「安心感」が必要。相互に開くための工夫がいる。
* * *
北川:これまでの相互の発言から,それぞれが思うところを追加してご発言ください。
平田:チーム作りのリードは管理職に期待している。そのためには時間が必要だが,行政
として事務職等を補充して教師に「時間」ができるようにしているところだ。また,チー ム作りには中堅のつなぎ役・連携調整役ができる人材が必要と考えている。SCからも声 をかけて,双方向でチーム作りを進められるとよい。
石原:支援がうまくいっている時に,SCが役立っていることもあるが,教員へのインタ ビューをした際に,失敗した時やうまくいかない時こそ,支えられる意味が大きいと聞い た。うまくいかない時,失敗したときにこそ,頼れるメンバーが要るのだと思う。
山本:働く風土,学校の風土は,なかなか変わらない。自分で何ができるかと考えたが,
感謝の気持ち,一緒にさせてもらっているという気持ちで関わっていると,自然と仲間に 入れてもらえる体験をしてきた。雑談もそのためのツールとして使うことができる。学校 臨床では「思いやりのある,配慮のある厚かましさ」も必要だというのが,SCを経験し ての知恵だ。そしてそれぞれの主体性を認め合った「緩やかな連携」が現場で求められる のではなかろうか。
伊藤:お互いの方針,考えを知ることが大事だ。SCも自分の考えを伝えないといけない し,SCの方から関心を持って教員に声をかけ,知っていくことで,大事な話にすっと入 れる。普段のさりげない話が,大事な話をする準備状態を作っている。外部との連携では,
顔と顔がつながることが必要。1回でよいので,実際に会って,こういう人が,こういう ところで仕事をしていると知っていれば,「有機的連携」になる。ちょっとした努力は必 要だと思う。
(以上)
文献
佐藤修策(1959).神経症的登校拒否行動の研究 岡山県中央児童相談所紀要,4,1-15.