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山岡元隣『宝蔵』箋註(五) : 巻三(一)~(八)

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(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

山岡元隣『宝蔵』箋註(五) : 巻三(一)~(八)

川平, 敏文

http://hdl.handle.net/2324/4742045

出版情報:雅俗. 15, pp.64-74, 2016-07-30. 雅俗の会 バージョン:

権利関係:The pictures in this paper are hided because of copyright protection.

(2)

◉研究ノート

山岡元隣『宝蔵』箋註(五)   ―巻三(一)~(八)   川平   敏文

 •  底 本 、 挿 絵 は 国 会 図 書 館 蔵 本 『 宝 蔵 』( 請 求 番 号   午

- 5 れた文章、会話文には「」を付けた。 い。但し今号より、注釈箇所に番号をつけた。また本文中に引用さ  •  翻字、注釈方針は『雅俗』第一一号所載の拙稿凡例をご参照願いた 65 ) に よ る 。 -

• 本稿は、九州大学大学院における演習の成果を基としている。今回 掲出分の礎稿作成者は以下の通り(数字は項目番号に対応) 。 (一) 工藤いずみ、 (二) 村上義明、 (三) 工藤いずみ、 (四) 趙晶、 (五) 平山聖悟、 (六) 明石麻里、 (七) 閻紹婕、 (八) 村上義明 こ れ ら の 礎 稿 を も と に、 川 平 が 本 文・ 注 釈 の 全 内 容 を 確 認・ 追 補・ 修正した。諸賢の御教示を乞いたい。

たから

ぐら

巻三之目

もく

ろく

一    衾

ふすま

二    火

をけ

三    行

あん

どう

四    碁

ばん

五    莨

菪盆

ぼん

六    菓

くは

ぼん

七    塵

ぢん

八    銭

ぜに

ばこ

九    十

ばん

十    腰

こしの

さげ

もの

十一   目

がね

十二   杖

つえ

十三   半

はん

きう

十四   鼠

ねずみつき

突 十五   三

せん

宝蔵巻之三

(一)

(1)

ふすま

(2)

こゝのとせがほど、 壁

かべ

にむかはせ給てかぶらせ給ふは、

(3)

そもさん か 仏

ほとけ

く さ き か、 あ か く さ き か。

(4)

かの

たい

へい

の 天 子 の、 「 旧

ふるき

ふすま

ふるき

まくら

」 と したはせ給ふは、 さぞ陽

やう(ママ)

妃の袖

そで

の香

やのこるらんと、 今も御いた はしくこそ。なぞらへて思ひよするも、そらおそろしく、またかたは ら い た き 事 な れ ど、 た れ と て も

(5)

め ん〳〵 の 陽

やう

妃 な き 身 に し も あ らざれば、

(6)

はたとせ斗

ばかりすぎ

過にしゆめのたゞぢ、 ふと思ひ出れど、 たゞ

(7)

さむしろのころびねにこそ。

(3)

(8)

花の袖

そで

とはなす夜はなき臥

間哉

(9)

ガク

ソウ

イレテ レ

ヒザヲ

コヽロヨフス 二

アンキョヲ

 一

    覚

サマス レ

ネムリヲ

セイ

フウ

スヽム レ

ミルコトヲ レ

ョヲ

 

10

寒 賤 雖

 レ

労 何 借 衣

)( カンセンイフトモイタツガハナンカリギセン

 

11

黔 婁 内 儀 悪

 二

斜 余

 一キンル(ママ)ナイニクムヨヲ

【語釈】(

( フ」(『訓蒙図彙』巻六)。   寝るときに上から掛ける夜着。「被ふすま。被ハ古ノ寝衣也。今睡襖ヲ用 すいあう

1

)衾

( 雪は座禅の衾哉」(『続山井』冬発句、山石)。 達磨の面壁九年の故事。ここは座禅のときに被る座禅衾のこと。「九年母の

2

)こゝのとせがほど、壁にむかはせ給てかぶらせ給ふ

( 生)」は、禅僧の問答の際、疑問詞としてよく使われた。 仏臭いというべきか、垢臭いというべきか、いかに。▼「そもさん(什麼

3

)そもさんか仏くさきか、あかくさきか

(    にせん(旧枕故衾誰与共)」の一節はとくによく知られた。 玄宗皇帝と楊貴妃の故事。『長恨歌』のなかの、「旧き枕、故き衾、誰とか共

4

)彼太平の天子の~袖の香やのこるらん

( 第二、世話付古語)。 と。人の好みはそれぞれということわざ。「めん〳〵のやうきひ」(『毛吹草』 各人がそれぞれに自分の妻や恋人を、楊貴妃のような美人だと思い込むこ

5

)めん〳〵の陽貴妃

文章、元隣自身の身の上を述べたものか。 む」(『古今集』恋二、藤原敏行朝臣)。「衾」と「夢」は縁語。このあたりの うための道。「恋ひわびてうち寝るなかに行かよふ夢の直路はうつゝならな 二十年ほど前の恋愛。▼「夢の直路」は、夢の中で恋人の許へまっすぐに通 ただ

6

)はたとせ斗過にしゆめのただぢ (

( い筵。独り寝による「寒し」の意が掛かっている。 さむ (いまは)一人寂しくごろ寝するだけだ。▼「さむしろ(狭莚)」は、幅の狭

7

)さむしろのころびねにこそ

( であるよ。▼「臥間」は寝室であるが、表題の「衾」の意も掛ける。 ふす まるで華やかな衣服の袖であるかのように、離す夜とてない、私の寝間の衾

8

)花の袖とはなす夜はなき臥間哉

( 辞」、『古文真宝後集』巻一)。 りて以て寄慠し、膝を容るるの安んじ易きを審らかにす」(陶淵明「帰去来 狭い書斎の窓のもと、膝を容れるようにして座り、安息する。▼「南窓に倚

9

)学窓容膝慊安居

( か。▼「労(イタツガワシキ)」(『文明本節用集』)。 寒さと貧しさはつらいけれども、どうして人に衣服を借りることがあろう

10

)寒賤雖労何借衣 じ」(『仮名列女伝』巻二「魯黔婁妻」)。 「なゝめにして、あまりあらんよりは、たゞしくしてたらざらんには、しか があまるよりは、真っすぐにかけて丈が足りない方をよしとした故事。 黔婁(『二十四孝』の一人)の妻が、夫が死んだとき、衾を斜めにかけて布 きんろう

11

)黔婁内儀悪斜余

(二)

(1)

をけ

(2)

「 五 畝

の 宅

たく

う ゆ る に 桑

くは

を 以 て す る 時 は、 五

十 の 翁

をきなきぬ

帛 を か づ き、 鶏

けい

とん

こう

てい

の畜

やしない

、其時を失

うしな

はざる時は、七

なゝそじ

十の翁

をきな

、肉

しゝ

をくらふべし」といへ るは、 王

わう

だう

の政

まつりごと

にして、

(3)

すう

こく

せい

こう

の教

をしへ

なり。さはいへど、 今の世

よの

なか

、帛

きぬ

も肉

しゝ

も、ともしきにはあらざんめれど、共

とも

に其価

あたい

むつかしくし て、

(4)

す紙

がみ

の紙

かみ

よりうすき身のほどなるものゝ、 たやすく求

もと

めつべ

(4)

きにもあらざれば、 亜

せい

こう

の教

をしへ

(5)

さか

れるにこそ似

はんべ

れ。 こゝにひと つの掘

ほり

いだ

しもの有。其

その

を火

をけ

といへり。其価

あたい

おばゝのへそくり銭

ぜに

を 以

もつ

て 求

もと(む)

る に も や す く、 焇

きえ

ずみ

い さ ゝ か ふ き た て ゝ、 ひ る は い だ き て

(6)

かゞまり

し手

をのばし、 よるはそひぶして凍

こほれ

る膚

はだへ

をあたゝめて、 天

てん

の老

らう

をやしなふにたれり。 なを、

(7)

とし

なり

きやう

は常

つね

になえたる 束

しやうぞく

をきて、 桐

きり

をけ

を手まさぐりて、和

をながめ給へりしと伝

つた

へきくこそなつかし けれ。

(7)

其形

かたち

をうつしとめて、 今も人々のもてはやせるは、 よのつね のよりはいとちいさく侍るぞ。猶

なを

あい

らしき姿

すがた

なりけらし。

(8)

をけ

には月花もなし老

おひ

の友

とも

(9)

ヲケ

アカウ

ガク

モン

アヲ

  

10

詠 吟 可

 レ

恥 不 亡 霊

エイギンハヅバウノタマ

11

五条 三位 六条 叟

)( デウノデウノヲキナ

12

歌 道 主 人 連 誹 丁

ダウノジンレンパイノヨボロ ( 【語釈】

( を食ふべし」(『孟子』梁恵王上)。 以て帛を衣るべし。鶏豚狗彘の畜、其の時を失ふ無くんば、七十の者以て肉 食べることができる。▼「五畝の宅、之に樹うるに桑を以てせば、五十の者 せて、適当なときを考えてこれを殺すならば、七十歳くらの人はいつも肉を をきて暮らすことができる。また、鶏や子豚、犬や母豚のようなものを飼わ 五畝の宅地に桑を植えて養蚕を行わせれば、五十歳くらいの者はいつも絹

1

)五畝の宅うゆるに~肉をくらふべし

「孟子ヲバ大賢ト云。又ハ亜聖ト云」(『塵添壒嚢鈔』巻一 「騶」は鄒に同じ、「亜聖」は聖人に次ぐ人。すなわち鄒の人、孟子のこと。

2

)騶国亜聖公

- 七)

。(

( す」(『雍州府志』巻七「紙衣」)。 す。中古、清水坂の人亦た之を造る。是を清水紙子と謂ひ、又素紙子と称 紙に柿渋を引かずにつくった質素な衣服。「洛下白山通り四条辺に之を製

3

)す紙子

(   へだたること。「迂(サカル)又遠闊離、並同遠義」(『合類節用集』)。

4

)迂れる

( 巻上冬「雪」、菅原道真)。 「庭上に立てば頭鶴となり、坐して炉辺に在れば手亀らず」(『和漢朗詠集』 かゞま

5

)亀し手をのばし

( 案じ給ひける也」(『正徹物語』)。 「俊成はいつもすゝけたる浄衣の上計りを打懸けて、桐火桶に打ちかゝりて

6

)俊成卿は常に~和歌をながめ給へりし 図版参照。

7

)其形をうつしとめて~いとちいさく侍るぞ

巻三挿絵(1):火桶で手を温めながら書に向か うさま。

著作権保護のため図は非表示

(5)

(   なし老の友

‌ ‌ 8

)火桶には月花も   火桶には月花のような風流はないが、老人にとっては一番の友だ。▼「火桶

- 老

ヨリ」(『俳諧小傘』)。(

9

)火桶火丹学問青   火桶の火は赤いが、私の学問は青い(未熟な)まま。(

( を恥じるばかり。 火桶を前にすると、俊成卿の不滅の歌魂が思い出され、みずからの拙い詠吟

10

)詠吟可恥不亡霊

( 儒仏兼学の老人あり」(『百物語評判』序)。「而慍斎」は元隣の別号。 と号す」(『百人一首拾穂抄』)。「六条あたりに、而慍斎先生とて和漢の達者、   「五条三位」は俊成、「六条叟」は元隣。▼「皇太后宮大夫俊成五条の三位

11

)五条三位六条叟

考節用集』)。 彼は歌道の主人、私は連俳の下僕。▼「丁(ヨブロ) 又云下部」(『書言字

12

)歌道主人連誹丁

(三)

(1)

あむど

ともしび

(2)

を 日 に つ ぐ そ な へ に し て、 諸

もろ

人 こ の か げ に よ ら ず と い ふ 事 なし。しかあれど、

(3)

ごと

に風

かぜ

なきにしもあらざれば、 そのまたゝく がうるさゝに、まはりをかこひて、紙

かみ

をもてこれをよそひて、もて行

あり

く便

たより

ともせり。彼

かの(4)

の何

なに

がし常

つね

が、 世

に出しゆふべにも、 合

あは

せ て三ヶの庄

しやう

、相

さう

あらざる自

ひつ

の状

じやう

、行

あん

にとりそへ給はりしなどき けるは、

(5)

なが

らう

にん

の心の闇

やみ

をもてらせとにや。 此もの、 むかしは

(6)

四 角

かく

な る ば か り 有 け ら し。 ふ る き 女 の わ ら は の な ぞ〳〵 に も、 「

(7)

四 方

はう

しらかべ中

なか

ちよろ〳〵」などこそ云

いひ

つれ。

(8)

三四五十年以

ぜん

、 天

あめ

が下

した

の数

人の御作

さく

に、丸

まる

あんどゝいふものこのみ給てより、今はまろ きも世にひろまりつ。

(9)

物ずきも 新

あたらしき

月や丸

まる

あむど

   

10

炎 天除

 レ

幄 尚 如

 レ

)( エンケドモトバリヲナヲゴトムセルガ

 

11

眠 気 難

 レ

堪 忽 枕

 レ

ネムガタフタエタチマチマクラトスヒヂヲ 12

連 夜 可

 レ

期 見

 二

黄 巻

 一

涼 風 当

 レ

腠 不

 レ

 レ

レンゴスミルコトクワウクワンヲリヤウフウアテ丶ハダヘニアテトモミニ

【語釈】(

( (『軽口御前男』巻三)。 笠からでも有まい。おれは行灯の引出しからでるとほか思はぬ』と云た」 あん 行灯(あんどう、あんどん)。「六つばかり成子がいふやう、『畳からでも編 なる

1

)あむど

( 夜を朝につなぐための道具。

2

)夜を日につぐそなへ

( 部屋ごと。

3

)間毎 合はせて三箇の荘、子々孫々に至るまで、相違あらざる自筆の状、安堵に取 を安堵されたという話。「その返報に加賀に梅田、越中に桜井、上野に松枝、 が、旅の僧(じつは北条時頼)をもてなした恩賞として、後に時頼から本領 謡曲『鉢木』を踏まえる。一族から所領を横領され落魄していた佐野常世

4

)佐野の何がし常世が~行灯にとりそへ給はりし

八百富神社蔵『俊成卿画像』(部分)。土 佐光芳画、近世中期成立。蒲郡市立博 物館提供。

著作権保護のため図は非表示

(6)

り添へ賜びければ」(『鉢木』)。「安堵」を「行 あん」にとりなした。(

( 長い間の落魄生活で生じた心の闇を、行灯にて照らせということか。

5

)長牢人の心の闇をもてらせとにや

( 四角行灯。直方体型の行灯。

6

)四角

( 伊・土佐)(東京堂出版『ことば遊び辞典』)。 行灯のなぞなぞ。「四方しらかべ(に)中ちょろちょろ」(伊勢・能登・紀

7

)四方しらかべ中ちよろ〳〵

( 始て之を制す。故に俗に遠州行灯と曰ふ」(『和漢三才図会』巻三二「行灯」)。 丸行灯は円筒型の行灯。茶人・小堀遠州の創製といわれる。「小堀遠江守正一、

8

)三四五十年以前~世にひろまりつ

( 遠州は数寄者らしく物好きにも、丸行灯という新しい月を作り出したことだ。

9

)物ずきも新月や丸あむど

( 字考節用集』)。 炎天下の夜は、帳を外してもまだ蒸せるように暑い。「幄(トバリ)」(『書言

10

)炎天除幄尚如蒸 眠気は耐えがたく、すぐに肘枕をして寝込んでしまう。▼「子曰く、疏食を飯 くら

11

)眠気難堪忽枕肱 ひ、水を飲み、肱を曲げて之を枕とす。楽 たのしみも亦其の中 うちに在り」(『論語』述而)。(

黄巻と曰ふ」(『書言故事』巻一一「黄巻」)。 人書を写すに皆黄色紙を用ゆ。黄檗を用ひて之を染め、以て蠹を辟く。故に 毎夜、書物を広げて勉強することにしよう。▼「黄巻」は書物の異称。「古

12

)連夜可期見黄巻

(四)碁

ばん

(1)

しゆ

だん

の わ ざ は か ら く に ゝ 始

はじま

り し を、

(2)

大 臣 の き び よ く 伝

つた

へ と り 給 ひてより、此くにゝおほくひろごりて、諸

もろ

びと

これをもてあそべり。法

ほう

(3)

せい

大とこあれば、 女に

(4)

をうつせみの君

きみ

有。

(5)

どころ

の家

ふう

に は 世

を 渡

わたり

手 を あ ん じ、

(6)

しん

だい

が け の 恋

れん

に は 命

いのち

を か け つ ぎ に し、

(7)

お ぼ る ゝ 人 は 律

りつ

そう

な ら ず し て 一 食

じき

を つ と め、

(8)

山 ぶ し な ら ず し て 日待

まち

をあかせり。此人々の掟

をきて

にこそ、

(9)

けん

かう

ほう

も四重

ぢう

五逆

ぎやく

よりはに く む ら め。 又、

へには引 つれ。などてか、 さのみはにくみはてん。

ひき 10

「 十 を す て て 十 一 の 石 を と れ 」 と こ そ、 も の ゝ た と

とをいし

11

猶 すみ〴〵に石

なをいし

をたてゝ、 むかひなる石

いし

をはじくにも、 「こゝなるひじりめをすぐには じけば、必

かならず

あたる。万

よろづ

の事外

ほか

にむきて求

もとむ

べからず」など、世をさとせ る益

ゑき

も侍り。

12

象 戯 の気 づまりに、 双 六のさはがしきに、 静 成 友 の問

しやうすごしづかなるともとひ

きたり

て、

13

子 声 丁 々 と うちならせるも、つれ〴〵わするゝわざにこそ。

せいたう〳〵(ママ)

14

風 よりも花のうらみんかけ碁哉

かぜ

巻三挿絵(2):碁を囲んで楽しむ人々。

著作権保護のため図は非表示

(7)

   

15

交 堅 固 定 石 朋 達 世 事 不

 二

聞 入

 一

 レ

マジハリケンゴナリデウセキノトモダチセイザルコトキヽイレニタリミヽイタルニ

16

音 曲 鼻 歌 依

 二

仕 合

 一)( ヲンギヨクハナウタヨツテアハゼ(ママ)

17

相 碁 井 目 死

 二

盤 中

 一アヒセイモクバンチウ

【語釈】(

( 「棊」)。   囲碁の芸。▼「手談晋の支公が名づくる所」(『和漢三才図会』巻一七

1

)手談のわざ

( た、「きびよく」に「気味よく」を掛けるか。 「きび」は吉備真備。「世に伝ふ、囲碁は吉備公、始て伝来也」(同前)。ま

2

)大臣のきびよく伝へとり

( (法名寛蓮)のこととし、「碁の上手なるによりて、碁聖といへり」とある。 セイ (『源氏物語』手習)。『湖月抄』所引『花鳥余情』注に、「碁聖大徳」を橘良利 囲碁や将棋の名人。「いと碁聖大徳になりて、さし出でてこそ打たざらめ」

3

)碁聖大とこ

( 「空蝉」の掛詞。 0 とげに見えてきは〳〵とさうどけば」(『源氏物語』空蝉)。「碁を打つ」と 00 「うつせみ」は源氏物語の登場人物、空蝉。「碁打はてて、闕さすわたり、心

4

)碁をうつせみの君

( と「渡手」の掛詞。 0 界の総取締りを任された者の称号。「渡手」は囲碁の手の一つ。「世を渡り」 00 碁所の家風にあっては、渡手によって世渡りの策を案じ。▼「碁所」は、碁

5

)碁所の家風には世を渡手をあんじ

の一つ。 執着心か。「命を賭け」と「かけつぎ(掛粘)」の掛詞。「掛粘」も囲碁の手 0000 体を張った恋慕にあっては、命を賭けて。▼「恋慕」は、囲碁への愛着心・

6

)身体がけの恋慕には命をかけつぎにし (

( こと。囲碁に溺れて空腹を忘れるさま。 「律僧」は律宗の僧侶。「一食」は仏家の食法で、午前中に一度だけ食事する

7

)おぼるゝ人は律僧ならずして一食をつとめ があり、「月待 ……等の逸興有り」(『日次紀事』巻一「正月」)。似たような行事に「月待」 ……高貴の家には管弦、拍子、十炷香、競物、香具合、双陸、囲碁、将棋、   「日待」は人々が一所に集まって夜を明かし、日の出を拝む行事。「日待

8

)山ぶしならずして日待をあかせり

- 山ぶし」

(『類舩集』)の付合がある。(

( す」(『増補鉄槌』第一〇五段)。 五逆罪は、父を殺し、母を殺し、阿羅漢を殺し、和合僧を破り、仏心血を出 ふ」(『徒然草』第一一一段)。「四重は、殺生・偸盗・邪淫・妄語をいふ。…… 「囲碁・双六好みて明かし暮らす人は、四重五逆にもまされる悪事とぞ思

9

)兼好法師も四重五逆よりはにくむらめ

( を捨てて、十一につく事は難し」(『徒然草』第一八八段)。 くが如し。それにとりて、三つの石を捨てて、十の石に就くことは易し。十 「例えば、碁を打つ人、一手も徒らにせず、人に先立ちて、小を捨て大に就

10

)十をすてて十一の石をとれとこそ、ものゝたとへには引つれ

( 草』第一七一段)。 の事、外に向きて求むべからず。ただ、ここもとを正しくすべし」(『徒然 が手許をよく見て、こゝなる聖目を直に弾けば、立てたる石、必ず当る。万 「碁盤の隅に石を立てて弾くに、向ひなる石を目守りて弾くは、当らず。我

11

)猶すみ〴〵に石をたてゝ~求べからず

( 用集』)。「気づまりに」は将棋を「詰める」という言い方に掛ける。   将棋は気が詰まり、双六は騒々しいけれど。▼「象戯将棋」(『書言字考節 ヤウ

12

)象戯の気づまりに、双六のさはがしきに 碁石を碁盤にちょんちょんと打ち鳴らすのも。▼「碁を囲むに宜しく子声丁

13

)子声丁々とうちならせるも

(8)

丁然なり」(王元之「黄州竹楼記」、『古文真宝後集』巻四)。(

( 碁ばかりに熱中して自分を見てくれないと、花が囲碁に嫉妬する体。 花が恨むのは、風よりも賭碁だろう。▼「賭碁」は金品を賭けて行う碁。囲 かけ

14

)風よりも花のうらみんかけ碁哉

( 石の際にできる決まった型。 定石を楽しむ友との交わりは、石だけに堅固である。▼「定石」は囲碁の布

15

)交堅固定石朋達

( 戦局次第では音曲や鼻歌も出る。

16

)音曲鼻歌依仕合 力の者がいるということ。 の腕の場合(相碁)と、九目のハンデをつける場合(井目)。いろいろな実 強い者も弱い者も、碁盤上で死ぬ覚悟で熱中する。▼「相碁井目」は、対等

17

)相碁井目死盤中

(五)

(1)

菪盆

ぼん

(2)

れい(ママ)

きに

いはく

、「 夫

それ

れい

はじめは

はじまる 二

諸 飲

いん

しよ(に) 一

」 と い へ り。

(3)

りん

の 交

まじはり

、 朋

はう

ゆう

の 中 も、 茶

ちや

を た て 酒

さけ

を す ゝ む る を よ ろ こ ぶ と に は あ ら ね ど も、 其

(4)

心いりをめでゝ、 そのしたしみをませるは、 よのつねの習

ならひ

、 なべて の心なり。されどもあからさまに 「御茶申さん」 「酒きこしめせ」 など は、 打

うち

いで

ん 事 も か た か る べ き に、 人 を と ゞ め ん よ し な き 折 に も、 「 ま づ、 たばこ一ぷく」などいへらんは、 万のしたしみのもとひなるべし。 彼

かの

をひ

らくのねざめがちなるよる〳〵、

(5)

おふとなぶらにむかひて、 此 事あらんは、 さながら

(6)

むねのけぶりもふき出せる心ちして、 万のう さ、わするゝわざにこそ。又机

つくへ

のほとりにをきて、学

まな

びにつかるゝ折 ふしには、 いとめさむるわざにぞ侍る。又花をおもふとて、

(7)

さがし き岩

いは

ねふみわくるにも、

(8)

わりご、 さゝえやうの物はふもとの里にや すめて、友

とも

もやつこもしたがふ事あたはざるみねによぢのぼりて、木

かげに

(9)

しりうだきしても、

10

火なはこそ友よ。

11

雁 くびや花を見すてぬ山路かな

がん

12

一草 刻 初 慶 長 比 当 時 見 学 嗜

 二

家 々

 一サウキザミソムルケイチヤウノコロタウマネニナムイエ〳〵

13

万 民 推 並 作

 レ

仙 否 毎 日 飲 籠 一片 霞

バンミンナメナルセントイナヤマイニチノミコムペンノカスミ

【語釈】(

( 喫煙具一式をのせる容器の総称。

1

)莨菪盆

( (『礼記』礼運)。 飲し、蕢桴して土鼓するも、猶ほ若くして以て其の敬を鬼神に致す可し」 かくのごと 「夫れ礼の初は、諸を飲食に始まる。其れ黍を燔き、豚を捭き、汙尊して抔 これ

2

)礼記云、夫礼之初始諸飲食

( にある村落」(『邦訳日葡辞書』)。 隣の里に住む人との交わり。▼「リンリ(隣里) 隣の在所、または、近く

3

)隣里の交

( 心根。「心いれ」に同じであろうが、確証となる用例は未見。

4

)心いり

( 大殿油の省略形。もと高貴な人の寝室で用いる灯火を指す。 おおとのあぶら

5

)おふとなぶら 胸の中に煙のようにわだかまった、憂鬱な気持ち。▼「胸の煙 ケブリ

6

)むねのけぶり

- たばこ」

「煙

- むねのおもひ」

(『類舩集』)。

(9)

( 辞書』)の用例を参考に、濁点を付した。   険しい岩場の峰。▼底本「さかしき」だが、「サガシイヤマ」(『邦訳日葡

7

)さがしき岩ね

( さえ」は(小筒・竹筒)竹の筒。酒などを入れて携帯した。 「わりご(破子・樏子)」は中仕切りのある容器で、弁当箱として用いた。「さ

8

)わりご、さゝえ

( (『文明本節用集』)。腰掛けること。 「しりうたぎ」の誤刻か(濁点の位置)。「踞(シリウタゲス/ウズクマル)」

9

)しりうだき

( (図版参照)。 煙草に火をつけるために用いた つように加工された縄。火縄銃や 「火なは(縄)」は、火種を長く保

10

)火なは

( 勢)。「雁首」は煙管の煙草を詰める部分。 やならへる」(『古今集』春上、伊 見すててゆく雁は花なき里に住み ることはないよ。▼「春霞たつを 共にあるから、山路の花を見捨て まれるが、この雁首はいつも私と くび 古来、雁は花を見捨てて帰ると詠

11 ‌‌

)雁くびや花を見すてぬ山路かな

( は慶長年中といへり」(『煙草記』「時代」)。 「ある草紙に慶長十年に異国より日本へたばこ始てわたると。諸書の説多く

12

)一草刻初慶長比

万民が仙人になろうとでもしているのか。毎日、一かけらの霞を飲み込んで

13

)万民推並作仙否、毎日飲籠一片霞 いる。▼「霞

仙人。……仙人はかすみを食てをるとかや」(『類舩集』)。

(六)

(1)

くは

ぼん

(2)

の実

を果

くは

といひ、 草

くさ

の実

を蓏

といへり。

(3)

日のもとの習

ならひ

にて、 五 穀

こく

を以

もつ

てまろめたるをもなべて果

くは

とぞいへりける。うへ〳〵もきこ しめし、 した〴〵もくだされて、 共

とも

(4)

五穀

こく

をたすけ人の身をやしな へり。孔

こう

の三つの御志

こゝろざし

にも、 「

(5)

らう

しや

をば安

やすん

ぜん、 少

せう

しや

をば懐

なつ

けん」 とのたまへれば、 たくはへをきてわらはべなどにさし出して、

(6)

しほ のめわらひがほなど見たるこそ、いきのぶる心ちすれ。

(7)

まもりか木ずゑにのこる月のりん

(8)

セウテイ

亭閑

ヅカニ

コヽロ

サン

グハチ

 レ

カマハ 二

ケンヲ 一

イス 二

ワガ

ラウヲ 一

(9)

クハ

ボンハ

 二

ヨモギノ

マナル 一

トウ

ユンハ

ツミ レ

タチバナヲ

  夏

ウハ

モヽ

【語釈】(

( 本節用集』)。図版参照。 「菓子盆(クワシボン)」(『黒本

1

)菓子盆

( ノ」(『黒川本色葉字類抄』)。 草実を蓏と曰ふ」(『本草綱目』巻二九、果部六類)。「蓏(ラ)…クサクダモ 「李時珍曰く、木実を果と曰ひ、 蓏といへり

2

)木の実を果といひ、草の実を 五穀は米、麦、キビ、アワ、豆など(種類には諸説ある)。「梅枝、桃枝、餲

3

)日のもとの習にて~なべて果子とぞいへりける

『人倫訓蒙図彙』(元禄三年刊)巻三

『女用訓蒙図彙』(貞享四 年刊)巻一

著作権保護のため図は非表示

(10)

餬、桂心、黏臍、饆饠、子、団喜、之を八種唐菓子と謂ふ」(元和古活字版『和名類聚抄』巻一六、飯餅類第二百八)。(

( り。五果は助穀の資」(『医心房』巻三〇、五穀部第一)。 「大素経云、五穀は養を為す。五果は助を為す。…注云、五穀は養生の主た

4

)五穀をたすけ人の身をやしなへり

( は之を信じ、少者は之を懐けんと」(『論語』公冶長)。 「子路曰く、願はくは子の志を聞かんと。子曰く、老者は之を安んじ、朋友

5

)老者をば安ぜん、少者をば懐けんとのたまへれば

( めわらいがほ」で一語か。 世近世歌謡集』二二五頁、狂言歌謡「兎角子共達」)。但しここは、「しほの にも使う。「てうち〳〵あわゝ、傾頭〳〵しほの目」(岩波・旧古典大系『中 「しおのめ(塩の目)」は、目を細めてかわいく笑うさま。子供をあやすとき

6

)しほのめ

(   キマブリ)樹上ノ残リ実」(『書言字考節用集』)。 果樹に一つだけ残った実。ふつう「キマモリ」と言う。「果(キマモリ/ 梢の先にかかっている月輪は、あたかも木守のようだ。▼「木まもり」は、 まもり

7

)木まもりか木ずゑにのこる月のりん 五 なる顔つきかまへ、貧乏花盛り、待つは今の事なるべし」(『日本永代蔵』巻 年が十三ヶ月もあると思うような暢気な気分。「まして工商の家に、十三月 松の植えてある庵は静かで、心はゆったりとしている。▼「十三月」は、一

8

)松亭閑意十三月

- 二)

。(

は仙島なれば、その名とするならし」(『日本歳時記』巻一)。 さねて、これをなむ歳初に来る賀客にも是をすゝむ。是を蓬莱といふ。蓬莱 へ、栗、榧、海藻、海蝦、みかん、かうじ、たちばな、米、柿などをつみか かやいせえび 菓子盆はまるで正月の蓬莱のようだ。▼「盤上に松竹、鶴亀などを作りてす

9

)果子盆唯可蓬嶋

(七) 塵 壺

(1) ぢん

(2)

「 お ほ く て 見 ぐ る し か ら ぬ は 文

ぐるま

の ふ み、 塵

塚 の ち り 」 と は 侍 れ ど も、 文

ぐるま

に は お ほ か ら で、 塵

ちり

づ か に の み つ も れ る は、 い か が は せ ん。 此器

うつはもの

(3)

一座

のちりづかなればとて、 山もりならんは本

ほん

ならじ。 塵 や芥は払ふこそいみじけれ、

(4)

とても払はゞ、 此つぼより、 はらはま ほしきもの社

こそ

あめれ。

(5)

ちり

にまぶしあくたにふれなむねの月 平

ヘイ

ゼイ

ユウニ

 二

ズイ

ジンス 一

一箇

コノ

ザイ

テキス 二

ジンニ 一

(6)

 レ

ヱス

 レ

ミツ

ラウ

クンノ

ミチ

 

(7)

ウル

ヤハラゲ レ

ヒカリヲ

矣匣

ハコハ

ヲナジウス レ

チリヲ

【語釈】(

( 塵を入れる壺。▼中国でいう唾壺。図版参照。

1

)塵壺

( なり」(『増補鉄槌』第七二段注)。 有。大火などの時はやく引き出さん為の用   せた台車。「文車今禁中に有。又東寺にも 『徒然草』第七二段の一節。文車は書物を載 塵塚のちり

2

)おほくて見ぐるしからぬは文車のふみ、

( 座敷のなかの塵塚であるからといって。

3

)一座のちりづかなればとて にしたほうがよいものがあるだろう。 どうせきれいにするのであれば、この壺に入れる塵や芥よりほかに、きれい

4

)とても払はゞ、此つぼより、はらはまほしきもの社あめれ

『訓蒙図彙』巻一一

著作権保護のため図は非表示

(11)

( にまみれるとはいえ、心の月までを汚れさせてはならない、の意。 塵」の思想(自分の才徳を隠して世間と交わること)を踏まえたもの。塵芥 塵にまみれさせ、芥に触れさせてはならぬぞ、心の月は。▼老子の「和光同

5

)塵にまぶしあくたにふれなむねの月

( 塵壺を見て、老子の説く道を会得し、参看すべきだ。

6

)可会可看老君道 した「和光同塵」の思想。 塵壺の表面に塗られた漆は光を和らげ、入れ物は塵と同居している。▼前述     

7

)漆和光矣匣同塵

(八)

(1)

ぜに

ばこ

(2)

木どりうすからず、 鎖

じやうまへ

前きびしき箱

はこ

有。見るから心

こゝ

よし。古

じん

の 曰

いはく

(3)

「 筐

はこ

を 胠

ひら

き、 樻

ひつ

を 発

あば

く も の ゝ そ な へ に 扃

きよくけつ

鐍 を か た く す れ ば、 大 盗

たう

至れる時は、却

かへり

てその扃

きよくけつ

鐍のかたからざる事を恐

をそ

る」と弁

べん

ぜり。さ れども我箱

はこ

よ、鎖

じやう

をろしても大盗

ぬすびと

のたすけともならず。をろさでも小 盗

ぬすびと

の 幸

さいはひ

ともならず。とにもかくにも用

よう

じん

よろしきは其故

ゆへ

いかん。其 中

なか

に物なきが

(4)

わざなるべし。ある時、 婦

にはかりて曰、 「君見ずや、

(5)

かき

の 木

な ど い へ る も の ゝ

(6)

とし

ぎ り せ る に は、 節

せち

ぶん

の 夕

ゆふべ

に、 一 人 斧

をの

をとりて 『此木

をきらん』 と

(7)

いらなめば、 又一人其木

に替

かは

りて 『明

みやう

ねん

より年

とし

ぎりせまじ。ゆるし給へ』 など

(8)

口がためせる時は、必

かならず

みやう

ねん

より年

とし

ぎりせる事なし。

(9)

まてしばし、 節

せつぶん

分にいたらば、 我斧

をの

をひ つ さ げ、 『 此 は こ、 う ち わ ら ん 』 と、

10

き そ く し の ゝ し ら ば、 君 、 箱

きみはこ

にかはりて、明

みやうねん

年より年ぎりすまじきよしをいへ。其時ゆるして其事 まじなはん」といへり。婦

の曰

いはく

、「呼

はかなしや、 先

せん

せい

が言

こと

。其

その

かき

の 木とやらんは、 一とせ実

なるを

上、 古 人 の語 にも

じん

もふに年ぎりとはいふべからず。たゞ一生 ぎりとこそいふべけれ。其

しやう

ども、いづれの年をかあて所となして、口がためのしるべにせん。お なるべし。われ先生に嫁 してより、あまたの年月を経 て、万うしろめ

11

あて所として、 ならざる年をこらす

らば、 たゞ

( 12

『君 子 安

 レ

貧 、 達 人 知

 レ

命 』 とこそ承つれ。しか

くんしはやすんじひんをたつじんはしるめいを

むれば、おもなくて。 ぬかるゝを幸 とせずして、なんぞや箱に実 のなき事をはかる」と恥 し

さいはいはぢ 13

ものぎはに難 題 の短 尺 付 られずして、 凶 年 にも死 亡 をま

なんだいたんざくつけけうねんばう

14

銭 箱 に宿 かれ月のしろ鼠

ぜにばこやどねずみ

フウ

ヨリ レ

ムカ

ニクム 二

15

疑 性

 一() セイヲ

16

万 事 人 任 一 守

 レ

バンヒトマカセモツパラマモルグヲ

ナカレ レ

アヤムコト

ナラツテ レ

ユニ

カタクスルコトヲ 二

キヨク(ママ)

ケツヲ 一

アニ

ウレヘンヤ レ

ヌスビトヲ

イサヽカ

ハヂケラ 二

ゼニ

ナキヲ 一

巻三挿絵(3):銭箱を斧で打ち割る真似をす る主人。

著作権保護のため図は非表示

(12)

【語釈】(

( 金銭を保管するため、縁を鉄板などで補強し、錠をつけられるようにした箱。

1

)銭箱

( 木材の仕立て。

2

)木どり

( よくけつ」とある。また、狂詩中では「局鐍」とする。 0 盾。なお、「扃鐍」はふつう「ケイケツ」と読むが、本文の振仮名には「き 錠前。箱を堅固にすることで、大盗賊が運びやすくなってしまうという矛 扃鐍の固からざるを恐るるのみ」(『荘子』胠篋)。「緘縢」は縄、「扃鐍」は して巨盗至れば、則ち匱を負ひ、篋を掲げ、嚢を担ひて趨らん。唯、緘縢・ はし 則ち必ず緘縢を摂し、扃鐍を固くせん。此世俗の謂ふ所の知なり。然り而う かんとうけいけつ 「将に篋を胠き、嚢を探り、匱を発く盗の為にして、守備を為さんとすれば、 ひらあば

3

)筐を胠き~かたからざる事を恐る

( 工夫。

4

)わざ

( 本民俗事典』)。時期は、節分とも小正月とも、諸書によって違いがある。 ら、その傷に小正月の小豆粥を塗る、というのが一般的な形」(弘文堂『日 樹皮にすこし傷をつける。他の一人が『成ります、成ります』と答えなが 手にして果樹に向かい、『成るか成らぬか、成らねば伐るぞ』と唱えながら 「成木責め」の民間習俗をいう。主として柿の木に対して、「一人が鋸や鉈を なり このあたり、果実の実らなかった果樹に対して、翌年の豊作を祈って行う

5

)柿の木などいへるものゝ~必明年より年ぎりせる事なし

( 長頭丸)。 果実が実らないこと。「木の実ならで歳切するか時鳥」(『崑山集』巻五・夏、

6

)年ぎり

叱責すれば。▼「あやまつてうちわりでげるを、露ばかりもいらなむけしき

7

)いらなめば なかりけるを」(『小さかづき』巻四

- 五)

。(

( 約束。▼「(クチガタメヲ)スル」(『邦訳日葡辞書』)。

8

)口がため

( ところで、少し待っていろ、くらいのニュアンス。

9

)まてしばし

( 気色ばんで。

10

)きそくし

( 目処として。基準として。

11

)あて所として

(   るべし」(王勃「滕王閣序幷詩」、『古文真宝後集』巻三)。 「頼む所は、君子は貧に安んじ、達人は命を知る。老いては当に益々壮んな まさ

12

)君子安貧、達人知命

( は」(『大坂独吟集』巻下、由平)。 請求書などを喩えたものか。「借銭を仰はさにて候へど/先書に申入る物ぎ いる 「ものぎは(物際)」は、盆前や歳暮など。「難題の短尺」云々は、借金取の

13

)ものぎはに難題の短尺付られずして

( の月の白鼠」(『崑山集』巻一二・冬、詠者未詳)。 鼠)は大黒の使い(『雅俗』第一一号、八一頁参照)。「果報まつやねまつり わが家の銭箱に宿を借りてくれ、富をもたらす月の白鼠よ。▼「しろ鼠」(白

14

)銭箱に宿かれ月のしろ鼠

( 未詳。人を疑うことか。

15

)疑性 ること無かれ。愚を守るは聖の臧する所なり」(崔瑗「座右銘」、『文選』)。 よみ 何事も人任せでひたすら愚かなままでいる。▼「名をして実に過ぎざらしむ

16

)万事人任一守愚

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