『釈摩訶衍論』に見える第九識と第十識の解釈
―『釈論』 釈書の理解を中心に―
金 知
1.問題提起
『釈摩訶衍論』(以下,『釈論』)はかなりの個性を持つ『大乗起信論』(以下,『起 信論』)の 釈書である.例えば,元暁や法蔵などの 釈書には見ることができな い「大総持如来蔵」のような用語を創り出して,新しい解釈を提示している.こ のような独創性は『釈論』第二巻において,十種心量を提示する部分と複数の経 に基づいて識を十に分類する部分からも窺える.『起信論』には言及されていな い1),心量の第九多一識心と第十一一識心,及び識の第九唵摩羅識2)と第十一切 一心識が登場するからである. しかし,四つの識に関する詳細な説明がなく,唵摩羅識を除いた一切一心識・ 多一識心・一一識心は『釈論』で初めて使用される概念である.また『釈論』に 引用された『一心法経』では一切一心識が多一一識として表現されており3),心 量の第九多一識心と混同される.これにより,『釈論』で四識の関係が多一識心 =唵摩羅識と一一識心=一切一心識,あるいは多一識心=一切一心識であるか, 更に後者であれば,唵摩羅識や一一識心はいかなる位置を持つのか等の疑問が生 じる. 識の関係についての説明が『釈論』にはなく,これに関する議論もほとんどな されていないが,『釈論』 釈書を検討することによって,ある程度解明できる と思われる.したがって,法悟の『釈摩訶衍論賛玄疏』(以下,『賛玄疏』),普観の 『釈摩訶衍論記』(以下,『普観記』),志福の『釈摩訶衍論通玄鈔』(以下,『通玄鈔』), 頼瑜の『釈摩訶衍論開解鈔』(以下,『開解鈔』),宥快の『釈摩訶衍論決択集』(以下, 『決択集』)の解釈を検討したい.これは心量と二門の関連性,多一識心と一切一 心識との関係,唵摩羅識の位置を考察して識の関係を明らかにしようとする試み である.2
.心量と二門の関連性
『釈論』は『起信論』の「心真如者…離言説相離名字相離心縁相」4)の「心縁相 を離れた」を説明しながら,十種類の心量を提示する. 【釈論1】心量有十,云何為十,一者眼識心…八者阿梨耶識心,九者多一識心,十者一一識 心.初九種心不縁真理.後一種心得縁真理而為境界5). 心量のうち,第一眼識心から第八阿梨耶識心までは多くの経論で述べられてい る.一方,第九多一識心と第十一一識心は『釈論』で初めて登場するものである が,詳細な説明がないため,いかなるものであるかは理解に乏しい.ただし第九 識心は真理を対象とせず,第十識心は真理を対象とすると明かしており,それぞ れが生滅門と真如門の領域であることが窺える.一方,『釈論』は,様々な経典 で提示する心識の種類を十に分類する. 【釈論2】凡集一代諸聖説中異説契経総有十種.…一者立一種識総摂諸識此中有四.云何為 四.一者立一切一心識総摂諸識.所謂以一心識遍於二種自在無所不安立故.一心法契経中 作如是説.… 仏告文殊言.我唯建立一種識.所余之識非建立焉.所以者何.一種識者多 一一識.…九者立九種識総摂諸識云何為九謂前八中加唵摩羅識故.…十者立十種識総摂 諸識云何為十謂前九中加一切一心識故…6). 第六から第十まで見ると,第一眼識から第八阿梨耶識までは【釈論1】で述べ られる心量の,前八の識心と同じであり,九番目と十番目はそれぞれ唵摩羅識と 一切一心識であり,心量のそれとは異なることが分かる.ならば,心量と十の心 識の第九と第十は,それぞれいかに繋がるのだろうか. 【決択集】然真門中此一一心外不建立心識也.…真如門內不生不滅甚深真体境唯以自所依 一一心.…且如増数十識於生滅門中亦明十種識.若加真如則応亦成十一種数量7). 『決択集』では,『釈論』の心量を解析しながら真如門にはただ一一心だけが成 り立つとし,心識を説明しながら十の識すべてが生滅門の領域に属すると規定す る.つまり,『釈論』は第十心量を提示してはいるものの,十の識と関連がある のは第一から第九心量までである8).したがって,十の心識の第九唵摩羅識と第 十一切一心識に繋ぐことができる対象は第九多一識心のみである.では,これら の関係はどのように理解できるのであろうか,次に見ていくことにする.3
.多一識心と一切一心識の関係
識の関係を明らかにするためには,まず心量の第九多一識心を見る必要があ る.『釈論』の 釈書は多一識心に対して,『釈論』の独創的理論の一つである二 種本法の十種類の名称9)のうち,第六如来蔵と第十一心の二つの観点から接近す る.最初は多一識心を一切一心識と解釈する. 【通玄鈔】多一識心者即前所入法十名中第十一切一心也.故下該摂安立門中明文指定是所 入法也10). 【賛玄疏】第九識心即前所入法十名中第十一切一心也11). 『通玄鈔』と『賛玄疏』は「多一識心」を「一切一心」と定義するが12),これ は十心識の一切一心識ではない.『釈論』が二種本法,即ち一切摩訶衍[真如門] と自体自相自用摩訶衍[生滅門]に与えた十種の名称のうち第十一心を「是一是 一一心」と「是一切是一切一心」を説明することに基づいている.特に,『釈論』 が経証として提示した『一心法経』では,是一切是一切一心は生滅の一心として 「多」に因ずるので「一」であると言う13).しかし,上記の記述だけでは二種本 法の一心の一切一心が心識の第十一切一心識を指示するか否かは確定できない. 第二は,多一識心を如来蔵と解釈するもので,『釈論』の「彼多一心亦名如来 蔵故」14)という文章に基づく.これに対して『普観記』と『賛玄疏』は二種本法 の十の名称のうち,第六如来蔵に関連づけ,更に『釈論』の十の如来蔵15)に, その解釈を拡張する. 【賛玄疏】三与行与相生滅所入多一心体.…二遠転遠縛真如所入一一心体.…十隠覆此有 二解一多一心体法身如来徧諸染浄不顕現故二本覚浄心法身如来 沒染中未出現故16). 『賛玄疏』と『普観記』17)では,十の如来蔵のうち第三与行与相如来蔵を生滅 門の多一[識]心に,第二遠転遠縛如来蔵を真如門の一一[識]心と定義する.続い て二つの 釈書18)は第十隠覆如来蔵とは多一心体と本覚浄心の法身如来が染法 に覆われて顕現できていない状態だと説明しながら,再び「多一心」に言及す る.この他にも『普観記』では与行与相如来蔵を多一心と定義している. 【普観記】四立四種識於前更加与行与相多一識心而成四故.…十立十種識謂加所依与行与 相如来蔵心説名一切一心識故19).上記の引用は,十の心識説(【釈論2】)に対する解釈であり,『普観記』は第四 の四つの識を立てる所で阿梨耶識,末那識,意識に加わる「一心識」を「与行与 相如来蔵心」と明かす.続いて,第十の十の識を立てるの箇所では「与行与相如 来蔵心」を「一切一心識」であると言う. これをまとめてみると,「与行与相如来蔵」は「多一識心」であり,『普観記』 では「与行与相如来蔵」を「一切一心識」として理解するので,多一識心は即ち 一切一心識になる.第十一切一心識の異名である多一一識(『一心法経』)を「多 一一識者 …准十種心量云多一心識」20)であると明かす『開解鈔』の言及からも 立証される. 4
.唵摩羅識の位置と阿梨耶識
『釈論』では,心識説を整理しながら第九唵摩羅識に言及するが,上で検討し たように 釈書では,心量の第九多一識心を心識の第十一切一心識に繋げる.な らば唵摩羅識は具体的にどこに位置すべきであろうか. 【普観記】九立九種識奄摩羅識謂即本覚21). 【賛玄疏】九九識前八識上加本覚識唵摩羅者此云本覚22). 【通玄鈔】唵摩羅者此云本覚次下偈云白白唵摩羅等23). 【開解鈔】問.余敎所立奄磨羅識何識所摂乎.…答.第九奄磨羅第八梨耶所摂也.奄磨羅 此云本覚.故本覚又生滅門所摂故24). 『普観記』,『賛玄疏』,『通玄鈔』,『開解鈔』は,すべて唵摩羅識を本覚である と定義する.更に『開解鈔』では唵摩羅識は第八阿梨耶識の所摂であると明かし ているが,この解釈は,唵摩羅識が「白白唵摩羅」を指示するとした『通玄鈔』 の説明と通じるものである.「白白唵摩羅」は『釈論』が提示する阿梨耶識の十 種の名称に含まれるからである25).「白白唵摩羅」の他,「唵摩羅」が入る阿梨耶 識として「黑白唵摩羅」がある.白白唵摩羅と黑白唵摩羅はそれぞれ淸浄本覚阿 梨耶識と染浄本覚阿梨耶識を指示するもので,十種の阿梨耶識のうち,この二つ にのみ「本覚」が入る.このように, 釈書では唵摩羅識を本覚識として,第八 阿梨耶識として理解していることが分かる. 5.おわりに
これまで『釈論』の十種の心量のうち,多一識心と一一識心,及び十の心識説 のうち,唵摩羅識と一切一心識の関係について考察してきた.『釈論』の理解によると,一一識心は真如門であり,識を立てることができない.そのため十の識 は第一に置いて第九心量に限定されるが,『釈論』の 釈書は第九唵摩羅識は第 八阿梨耶識心に含まれ,第十一切一心識は第九多一識心に該当すると解釈する. 第九と第十心量を顕教と密教を基準にして分類する解釈もあるが,これに関して は精緻な研究を待つ他ないので本稿では言及しない. 『釈論』がこのように十の心量と十の心識説を説いた理由を推測してみると, 『釈論』が独創的に立てた不覚相と関連があると思われる.『釈論』は無明業相を 独力業相,独力随相,倶合動相に細分化したので26),これに対応される識の範囲 もまた拡張する必要があったと考えられる.『釈論』の顕密に拠る理解及び心識 説と不覚相に関する詳細な研究は,別な機会を待つことにして本稿を終えたいと 思う. 1)『起信論』には,阿梨耶識・和合識・意識・業識・転識・現識・智識・相続識・分離 識・分別事識のみ言及されている.『起信論』T32,576b; 577b(阿梨耶識),576c(和合 識),577b; 579a(意識),577b; 578a–b; 579b–c; 581b(業識),577b; 579b; 581a(転識), 577b(現識,智識,相続識,分離識),577b; 578b; 579b(分別事識). 2) 釈書では「奄摩羅識」と表記されることもあるが,本稿では原文を引用する場合を 除いては,「釈論」に倣って「唵摩羅識」と表記する. 3)『釈論』T32,611a. 4)『起信論』T32,576a. 5)『釈論』T32,606b. 6)『釈論』T32,611a–612a. 7)『決択集』日蔵46,291a–292c. 8)『開解鈔』日蔵44,263c–264a;314aにもこれについて述べている. 9)『釈論』T32,603a–604a. 10)『通玄鈔』新纂続蔵46,126b. 11)『賛玄疏』新纂続蔵45,862a. 12)『普観記』新纂続蔵46,53a–bでも述べている. 13)『釈論』T32,603a–604a. 14)『釈論』T32,608a.これは『起信論』の「心生滅者.依如来蔵故有生滅心」(T32, 576b)を解釈する文章である. 15)『釈論』T32,608a–609a. 16)『賛玄疏』新纂続蔵45,866a–b. 17)『普観記』新纂続蔵46,50b. 18)『普観記』の内容は『普観記』,新纂続蔵46,54bを参照. 19)『普観記』新纂続蔵46, 57c–58a. 20)『開解鈔』日蔵44,314c. 21)『普観記』新纂続蔵46,58a. 22)『賛玄疏』新纂続蔵45,869b. 23)『通玄鈔』新纂続蔵46,131c.
24)『開解鈔』日蔵44,263c. 25)『釈論』T32,612b. 26)『釈論』T32,616c. 〈一次資料〉 『大乗起信論』T32. 『釈摩訶衍論』T32. 『釈摩訶衍論賛玄疏』新纂続蔵45. 『釈摩訶衍論記』新纂続蔵46. 『釈摩訶衍論通玄鈔』新纂続蔵46. 『釈摩訶衍論開解鈔』日蔵44. 『釈摩訶衍論決択集』日蔵46. 〈参考文献〉 那須政 1992『釋摩訶衍論講義』成田山佛教研究所. 森田龍僊 1969『釋摩訶衍論之硏究』文政堂.
(This work was supported by the Ministry of Education of the Republic of Korea and the National Research Foundation of Korea (NRF-2017S1A5B5A02026674))
〈キーワード〉 釈摩訶衍論 釈書,多一識心,一一識心,唵摩羅識,一切一心識 (金剛大学学術研究教授,文博) 新刊紹介 船山徹 著