翻刻飛脚関係摺物史料(四)
藤村潤一郎
飛脚関係摺物史料の翻刻を﹁史料館研究紀要﹂一六・一七号︑
三‑二一五を収録した︒翻刻許可された関係各位に深謝します︒ ﹁創価大学人文論集﹂五号に掲載したが︑本号には一四 翻刻飛脚関係摺物史料(四)
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書誌的事項を記す︒
三井文庫所蔵高陽文庫
一四三大坂順番飛脚中増願口上は竪二一二九ミリ×横三三八ミリ(以下︑竪︑横︑ミリを略す)で︑請求番号高陽二一六
八﹁(飛脚賃銀値上げ口上)﹂である︒端裏天に﹁沢吉様﹂と墨書がある︒
一四四井筒屋大坂飛脚年中休日早出定は二四六×四〇七で︑請求番号高陽二一六九﹁大坂飛脚年中休日早出定﹂であ
る︒
一四五京飛脚問屋︑米市早飛脚出日休日定は三五五×四四八で︑請求番号高陽二一八三﹁(飛脚便休日定他)﹂である︒
一四六京飛脚天満屋三条大橋東西南北は二六九×三五六で︑請求番号高陽二一二九﹁(京都方位︑里程表)﹂である︒東
西南北の文字は三条大橋を中心とする一二角形の中心部分にあり︑その中心の外側に子丑などの方向を記し︑その外側に
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二重に社寺などの文字がある︒なお﹁花﹂に一四ヶ所︑﹁紅葉﹂に二ヶ所里丁を墨書しているが略す︒
一四七諸州国々飛脚便宜鑑柏屋・三好板は三六〇×四八八で︑請求番号高陽二二〇五﹁諸州国々飛脚便宜鑑﹂であ
る︒なお橋本輝夫編著︑日本郵便の歴史﹂六七頁に金子一郎所蔵文書による写真があり︑これにより﹁史料館報﹂二六号
に翻刻したことがある︒
一四八諸州国々飛脚便宜鑑柏屋板は三五一×四七九で︑請求番号高陽二一七四﹁諸州国々飛脚便宜鑑﹂である︒
一四九柏屋︑車屋︑美濃屋︑堺屋賃銭改正口上は二四九×一六七で︑請求番号高揚二一八八﹁(飛脚便賃銭値上げの口
上)﹂である︒
一五〇命米飛脚柏屋改名口上は二三九×=二で︑請求番号高陽一=八七﹁(命米飛脚柏屋口上)﹂である︒
一五一北国筋米飛脚︑紀州定飛脚︑江戸定飛脚出所︑道中取次所休日出日は二八三×四〇二で︑請求番号高陽二一八
四﹁(北国筋米飛脚毎日出所道中取次仲間一覧他)﹂である︒
一五二命諸国米飛脚出所渡海屋休日定は約二七六×三九四で︑請求番号高陽二一六〇﹁(諸国米飛脚出所飛脚休日定他)﹂
である︒
一五三諸国米飛脚出所休日定は二四二×三三五で︑請求番号高陽一=五八﹁(諸国米飛脚出所飛脚休日定︑銭相場割方
他)﹂である︒
一五四米飛脚出所︑西国筋早飛脚所堺屋休日定︑出刻は二四三×三四二で︑請求番号高陽二一六七﹁(兵庫灘西国筋米
飛脚出所年中休日定他)﹂である︒
一五五西国筋早飛脚出所美濃屋行程︑出日休日は二五一×三二三で︑請求番号高陽二一八〇﹁(西国筋毎日早飛脚出所
営業案内)﹂である︒
一五六美濃国西国筋米飛脚休日録は二四九×三三七で︑請求番号高陽二一八一﹁西国筋米飛脚休日録﹂である︒
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一五七東国筋西国筋早飛脚出所︑大阪両替手形便覧は三四九×一〇一で︑請求番号高陽二二一〇﹁東国筋西国筋早飛
脚出所大阪両替手形便覧﹂である︒
一五八定飛脚問屋兵庫田葉粉屋各道行程︑年中休日は二四八×三四三で︑請求番号高陽二一五九﹁(東海道・中仙道・
善光寺道里程表)﹂である︒
一五九徳島早船問屋口上︑状賃定は二四三×三三四で︑請求番号高陽二一六三﹁(船便案内広告他)﹂である︒
一六〇倉諸国早飛脚出所︑大阪両替手形便覧は三五六×四八四で︑請求番号高陽二二一二﹁倉諸国早飛脚出所大阪両
替手形便覧﹂である︒
一六一町飛脚川崎上宿鴨屋口演は一九四×二三九で︑請求番号高陽二一九〇﹁(町飛脚鴨屋口演)﹂である︒
一六二富山飛脚処請取書は二四一×一〇七で︑請求番号高陽﹁(飛脚受取)﹂である︒
一六三美作国中郵伝賃銭表は二七二×三九七で︑請求番号高陽二二四二﹁郵便賃銭表﹂である︒
三河国御油宿竹屋土井家文書
土井家文書は豊川市御油町土井名津子所蔵文書で︑豊川市御油町の御油公民館内御油の松並木資料館に寄託されている
﹁温古帖
一六四
一六五
一六六
一六七
一六八
一六九 仮綴一御油土井﹂に収録されており︑土井家では﹁三度飛脚営業諸摺物﹂として整理している︒
江戸御状賃略書は一七四×一九七である︒
定飛脚所三州御油宿竹屋口上は一七三×一=二である︒
江戸京大坂定飛脚取次所竹屋口上は二八〇×二〇四である︒
定飛脚所竹屋名前書は二三四×一五〇である︒
竹屋口上は二三四×一五五である︒
竹屋請取覚は一五〇×二三四である︒
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一七〇竹屋封筒裏名前書は一八七×七二であり︑糊代を開くと二〇六×七二になる︒これは一六八の白紙部分に張付
けてある︒
東京都後藤末吉所蔵文書
一七一定飛脚所嶋屋・津国屋江戸三度飛脚出日井二休日は三〇八×四六〇である︒豊橋市二川宿本陣資料館に寄託さ
れており︑同館編集・発行﹁豊橋市二川宿本陣資料館‑展示案内1﹂(平成四年刊)四八頁に写真がある︒
大坂府池田市正智寺所蔵摂津国川辺郡小坂田村鹿島家文書
一七二江戸定飛脚仲間賃銀書は約二三八×一五八で︑表紙共五丁の冊子である︒﹁B21119﹂のラベルがついて
いる︒
日本国有鉄道中央鉄道学園図書館旧蔵交通博物館所蔵文書
一七三江戸屋江戸表道中筋飛脚出日定は︑日本国有鉄道中央鉄道学園図書館編集﹁図書目録(日本交通史料)﹂一九七
一年刊には八一・一法規の項に﹁大阪江戸屋平右衛門江戸表道中筋飛脚出日定﹂とある︒
一七四江戸三度定飛脚問屋江戸屋口上は約一一八×一=二である︒文字の位置からすると竪は下部が裁断されている
かもしれない︒﹁図書目録(日本交通史料)﹂では﹁江戸屋新三郎他江戸三度定飛脚問屋連中口上書﹂とある︒なお両史
料共に﹁中央鉄道教習所図書之印﹂が捺印されている︒
山梨県甲府市林陽一郎所蔵文書
一七五江戸屋江戸飛脚出日定は三二三×二三四で︑林陽一郎﹁飛脚状﹂郵趣三四巻八号︑通巻三七七号二八頁所載の
写真﹁定飛脚出立表﹂による︒
一七六真誠講三都美家計序は表紙約一八三×一二七︑序︑本文約一七八×一二〇で︑四目綴である︒林氏から恵与さ
れたコピーによる︒﹁真誠講三都美家計全﹂(三井文庫所蔵︑請求番号C七二〇1新1九五)により確認した︒序二丁︑本文
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二一丁であり︑本文末尾に﹁此書ハ三府東海道筋各駅町真誠講休泊所へ配分いたし置候間御望之御方ハ右講名中へ御尋可
被下候明治八年十月発行東京日本橋敷寄屋町十四番地真誠講元舎其作人佐々木荘助蔵板﹂とある︒本文は東京
之部︑西京之部︑大坂之部からなっている︒東京で郵便と日本橋についての部分は次の通りである︒
ゆうびんべんりつうしんはとう其便利よき第一の郵便ハ内地はおろか千万里波濤をへだつる国くへも自在に達する通信の本御役所ハ四日市軌纈附孔
じようきせんえきろはつあし雌嫌塒謝煙蕨糺献曙触蝿鑓的櫨励環櫓嘘好租膳鰍聴礎好吸発する馬車や蒸気船駅路ハ早脚工≧サミサ籔万の書状を一日に残しるくまなく
はつちやくせいそくごとくわいくわてつどうきミなと発着ハ実に万民の声息を該通開化の基本なり人につばさの鎮道ハ謎加噺雛帆の横はま港へ一時毎継躰榔綿⁝酬騎往返絶へずで
じんそくうをここんしんき棚鄭蠣灘軽赦乳棚ρ船躰百里以外を一時の問に通ずる迅速の程は何ともたとへなし(中略)日本橋蜘納艸髪に名高き魚
いちばさないちようどしよぷつくわていそうげうだいこくつううんぐわいしやかいうんづめ市場(中略)西手に佐内町袋にふらほの㊧ハ長途諸物貨逓送業内国通運会社なりその北通りかぶと町海運ばしの東詰
"コ︑本名フラク︑こくりうぎんニうニカしけんちくたへしようしやカようひばしあミてりふり第一国立銀行ハ五階無類の建築故立見る人の絶まなく其かたはらに米商社東に架せし鎧橋渡るむごふハ小網町照降町
ぶなせとものむうつゴしんちくしやうハうミせのふ也小舟丁伊勢丁すぎて瀬戸物丁室町通り四ツ辻と西に続きし駿河町美事に出来し新築は是ぞ大商三ツ井組商法店の暖
れんかいせう簾は當時三越と改称す此南北が大通り北手は上野本郷より南のかたハ品川まで凡三里の家つ"き
一七七甲府京屋請取書は約二一二八×=四であり︑捺印は﹁甲府︑釜︑京屋︑弥兵衛︑請取﹂である︒林氏から恵与
されたコピーによる︒
一七八(甲府)京屋請取書は約二五〇×八七であり︑捺印は﹁甲府山田町︑京弥︑定飛脚問屋﹂である︒林氏から恵
与されたコピーによる︒
一七九信州飛脚鈴木屋六五郎口上は約二四一×一六八である︒林氏から恵与されたコピーによる︒
大阪府岸和田市出口家所蔵文書
一八〇かうらい橋ぞうりや近在近国諸方町飛脚は約三三六×二二一である︒出ロ龍芳氏の許可を得て︑薮内吉彦氏か
ら恵与された再コピーによる︒なお薮内吉彦著﹁日本郵便創業史﹂四四〜四五頁に翻刻︑写真が掲載されている︒
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三井文庫所蔵文書
一八一江戸屋江戸大地震は二四一×↓六八で︑請求番号一四七︑嘉永七年寅八月吉日﹁聞書﹂五番三井店の安政二年
の項に張付けてある︒この木版摺の前にコ十月七日江戸屋平右衛門より板摺二而差掛候二付︑後覧之ため張置也﹂とあ
る︒
一八二大坂廻漕会所御試蒸気飛脚船仮運賃は約二四四×三四四で︑請求番号別二二六〇1七﹁御試蒸気飛脚船仮運
賃﹂である︒
逓信総合博物館所蔵文書
一八三京屋・山田屋当分飛脚賃之覚は二四〇×三四一で︑整理番号一八六五ー一=五﹁飛脚屋書付﹂である︒史料奥
に﹁是ハ安政元甲寅年十一月大地震後︑江戸飛脚問屋6取引店々江差出候書付也﹂と朱書がある︒
一八四江戸三度定飛脚屋仲間口上は二二一×三二八で︑整理番号一八六五‑一四﹁飛脚屋書付﹂である︒史料袖に
﹁●嘉永七甲寅年十一月四日巳剋︑駿遠両国大地震之節︑大坂表飛脚問屋6差出ス書付︑大坂象宗殿6下し金封紙二有之
二付︑珍書故鍍ヲ延如此ス﹂と朱書がある︒桑村憲賛編︑橋本輝夫執筆﹁日本の郵便﹂(同盟通信社︑昭和四六年刊)=二六
頁に写真が掲載されている︒
一八五嶋屋・京屋口上書は三〇五×二一〇で︑整理番号一八六五ー一五﹁飛脚屋書付﹂である︒嶋屋の捺印はコ局崎
/命嶋屋/肢ビ﹂︑京屋は﹁上州高崎/釜京屋/定飛脚問屋﹂である︒﹁日本の郵便﹂=二六頁に写真が掲載されている・
一八六定飛脚問屋大坂屋請取書は二九二×一七〇︑二四五×一七三で︑整理番号一八六一‑二︑九﹁飛脚屋引受証
書﹂である︒両者共に木村金五郎宛である︒
一八七定飛脚問屋京屋請取書は三二二×一五三で︑整理番号一八六一‑三七﹁飛脚屋引受証書﹂である︒捺印は﹁室
弐/定飛脚/京彌﹂である︒