大学院研究年報 第20号 2017年 2 月
金 帥*
── 1978 年代以降の家庭教育を中心に──
東京における華僑華人子女の母語教育
1 .問 題 意 識
₁₉₇₂年の日中国交正常化から,両国の経済,文 化などの交流が頻繁になり,特に₁₉₇₈年に中国政 府が鄧小平の改革開放政策を実施した後,来日中 国人が急増し,その子女たちも増加傾向にある.
言語文化,社会適応,学校生活などにおける子ど もの教育問題が外国人に対する最も深刻な課題に なっている.特に子どもが母国文化を習得するこ とができないため,母語,母国文化と離れてきた.
母語教育に関しては,中華学校と日本の学校研究 が多いが,管見に及ぶ限り,華僑華人家庭教育の 角度から,母語,母国文化教育に関する系統的な 研究は極めて少ない.家庭教育はすべての教育の 出発点であり,学校教育,社会教育に相当する教 育構成部分である.海外に居住している華僑華人 は子どもの母語教育を学校教育と社会教育だけに 任せられない.家庭教育の角度から母語教育を再 検討する必要がある.
2 .研 究 目 的
本論文では,華僑華人教育の歴史と先行研究を 踏まえながら,以前の華僑華人の学校教育の研究
と異なり,華僑華人の家庭教育の角度から,東京 在住の華僑華人における母語・母国文化教育に対 する意識と実態を把握し,その問題点を明らかに する.また,多文化教育理論を用いて,広い視野 を持つ優秀な国際人を育成するための提案をする.
3 .研 究 方 法
研究方法は二つある.一つはアンケート調査で ある.東京在住の華僑華人の子どもの母語レベル と家庭内の言語教育現状を把握するため,華僑華 人子女が多く在籍している関東国際高等学校で₂₀ 名の生徒にアンケートを行った.またウェブ調査 での₃₃名,友人の紹介₃₇名,全部で₉₀名を調査対 象とした.アンケートの質問は以下の ₄ 項目を設 定した.①中国語のレベル,②中国語と中国文化 に対する態度,③中国語を習得する方式,④アイ デンティティ.もう一つの方法はインタビュー調 査である.対象は東京にいる華僑華人子女である 大学院生,大学生,高校生 ₅ 名である.一対一で 質問を行う.インタビューの質問は以下の ₃ 項目 から設定する.①中国語のレベル,②家庭で受け た中国語教育の経験,③中国に対する感情,④道 徳教育.インタビューの内容を通して,東京に住 んでいる華僑華人子女の母語教育に関する事例を 分析した.
* キン スイ 総合政策研究科総合政策専攻博 士課程前期課程修了
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4 .本論の構成
第 ₁ 章では,日本における華僑華人社会の歴史 を振り返った.華僑華人社会が,特に₁₉₇₂年以降 変わり,日中国交正常化,改革開放政策,および 日本の「留学生受け入れ₁₀万人計画」の影響を受 け,日本に渡ってくる中国人が急増してきた.定 住している華僑華人が高い知識と技術を持ち,職 業が多様化し,団体を遠ざけるという特徴が現れ てきた.一方,彼らの仕事に対する不満が高く,
文化差異による国際結婚の問題,及び子どもの教 育上の困惑等の問題を抱えている.その中,華僑 華人の子どもの教育問題が最も注目されているこ とが分かった.
第 ₂ 章では,横浜を中心とし,神戸,長崎,東 京,大阪における中華学校の長い歴史を振り返り,
自然災害,戦争や経済問題などの困難を乗り越え て,現存している ₅ つの中華学校の指導方針と変 容を見てきた.中華学校は国際的な教育方針の使 用,日本および他の国籍を持つ生徒の増加,日本 の学校への進学,および教育内容の多様化という
₄ つの変化があることが分かった.また,中華 学校は日本と中国の政策に影響されていると述べ た.中華学校は,日本の法規上は「各種学校」と 規定され,進学の入試などにもいろいろな制限が あるため,日本の学校で勉強する華僑華人の子ど もが多くなってきている.その子どもたちに対す る母語教育機構は週末学校と通信教育がある.週 末学校は平日の夜と週末の時間を利用し,安い学 費で中国語を学ぶことができるところは良いが,
資金問題と非常勤講師が多いことによって,学校 の不安定さを感じる.また,通信教育は利便性,
専門性と系統性という利点が揃っているが,生徒 の自律性への要求が高く,資金などの問題で,生 徒を管理するという点では充実していないことが 分かった.
第 ₃ 章では,中国の伝統的な家庭教育観をまと めた.それは,環境重視の早期教育,「言伝身教」,
礼・孝を重視する道徳教育である.そして,子ど ものアイデンティティと彼らが受けた家庭教育の 実態を把握するために, 東京に生まれ育った₉₀ 名の華僑華人の子どもに対して,母語,母国文化 のレベル,アイデンティティ,家庭教育の実態な どを統計分析した.結果を見ると,家庭教育は子 どもの中国語のレベルとアイデンティティに影響 を与えることが分かった.
そして, 中国の最大の新聞である『人民日報』
の,世界各地の華僑華人は子どもを母国の小中高 学校で勉強させるべきかどうかという論議を見て きた.中国本土で勉強すれば,本格的な中国文化,
風習を体験することができる.そのことは母語を 習得するのに有利であるが,幼い子どもの成長に 悪い影響を与え,外国語能力が下がる可能性もあ る.従って,居住国において家庭教育を中心とす る母語教育を再検討してきた.そこで,多様な文 化の差異を認めながら,文化の個性を尊重する平 等な教育である多文化教育を理念として,華僑華 人の家庭での母語教育の三つの問題点に対して,
解決方法を提案した.
5 .結 論
アンケートとインタビュー調査の結果に基づい て,華僑華人の家庭での母語教育の実態をまとめ た.₉₀名のうち,₄₅%の家庭ではよく中国語を話 す.₄₆%の華僑華人は子どもを中国語教室に通わ せたことがある.₃₆%は子どもを中国に送って学 校で勉強させることがある.₁₉%は家庭で定期的 に子どもに中国語を教える.一方,家庭での母語 教育をせず,子どもにアドバイスもしない華僑華 人は₃₆名であり,総人数の₄₀%を占める.家庭内 で中国語をあまり話さない家庭は半分以上を超 え,母語教育を重視しない華僑華人が少なくない ことが分かった.母語教育を重視する華僑華人は,
子どもを中国語教室に通わせ,中国の学校で勉強 させる人が多い.しかし,定期的に子どもに中国 語を教える華僑華人は非常に少ないことが分かっ
金:東京における華僑華人子女の母語教育 67 た.
さらに,東京在住の華僑華人における母語教育 の意識を分析した.まず,母語教育を重視する場 合では,華僑華人は子どもに中国語教育をする時,
言語環境を作ることを最初に考える.例えば,中 国に帰らせて中国の学校で就学させることや,週 末学校に通わせること,あるいは,家庭で中国語 を話す雰囲気を作ることである.これは環境重視 の早期教育という伝統的家庭教育観の影響を受け ていると考えられる.そして,華僑華人の親は中 国語を積極的に話したり,本を読んだりすること や中国の映画,ドラマを見ることを通して,中国 文化,中国語を学ばせる方法をとる.これは「言 伝身教」の伝統的な家庭教育観から生まれた教育 法であるとも言える.また,「尊老愛幼」,人を助 けるといった道徳教育を重視し,子どもにそのよ うな道徳観を身につけることを期待していること もうかがえる.これは礼・孝を重視する道徳教育 観に一致している.従って,海外に住んでいる華 僑華人たちが子どもに中国文化,中国語を教える 時,中国の伝統的な教育観を用いて,教育を行っ ていることが分かる.そして,母語教育を重視し ない場合は,国際結婚のケースが多い.異なる文 化が共存している家庭では,日本語を共通語とし てよく使用し,中国語を話す機会が少ないのが要 因の一つである.または,アンケート調査の結果 によると,中国に帰らないと決めている人は₈₃%
を占めると分かった.多くの人が子どもを完全に 日本人として育てたいのがもう一つの要因である と考えられる.そして,両親とも中国人の場合,
₂₉%の子どもは「両親が仕事で忙しくて,相談に 乗ってもらえない」と答えるため,仕事が忙しく て母語教育に対する意識が薄いことも分かった.
そこで,多様な文化の差異を認めながら,文化 の個性を尊重する平等な教育である多文化教育を 理念として,華僑華人の家庭での母語教育の問題 点に対して,解決方法を提案した.まず,両言語 のバランスが崩れることに対して,子どもが生ま
れてすぐ中国語の教育を始め,成長に従って日本 語の重視度も高め,さらに多言語の教育を導くこ とを提案した.₁₀歳以降,日本語の使用頻度はさ らに高くなるため,中国語の教育はずっと家庭で の言語教育の第一位にしなければいけないことを 提案した.そして,母語環境がない問題に対して は,言葉やメディアなどを通し,家庭での母語環 境をつくることを提案した.最後に,家庭内の定 期的な母語教育の方法に対して,₄ つの提案をし た.₁ つ目は母語教育の計画を制定することであ る.₂ つ目は母国文化の興味を育てることであ る.₃ つ目は母語の学習目標を設定することであ る.₄ つ目は母語の社会価値を教えることである.
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