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在日華僑華人の家庭教育に関する一考察

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はじめに

本研究の目的は在日華僑華人の家庭教育の実態を明らかにし,母親の育児環境に関する日中の文化 の違いに起因する葛藤を焦点に異文化に適応する上での課題を検討することである。

近年,グローバル化が進み,訪日中国観光客が急増することに象徴されるように,日中間の人的往 来も拡大しつつ,特に高学歴や高い技能を持つ人材または投資家たちが中国大陸や台湾地域などから 日本で定住し,新移民の層が形成されるようになったといえる。彼らは日本の少子高齢化を解決する 一つの可能性ともなりえるが,彼らを如何に導き,新華僑を真の日本社会の構成員として安住させる かは今後,日本社会が検討すべき重要な課題であろう。しかしながら,新移民が日本社会に貢献し,

深く関わっていくプロセスは異文化適応の過程であり,様々な問題に直面しなければならない。

在日華僑華人は「日中社会の排除と包摂のはざまで生きる現代人の縮図」(1)として,1980年代か ら注目され,政治,経済,教育,社会学などの角度から研究されてきた。とはいえ,その家庭教育は 看過されやすく,関連の研究はまだ少ない。いうまでもなく,家庭教育は「すべての教育の出発点で あり,人間としての基礎的な資質や能力を育成する上で重要な役割を果たす」(2)ものである。子ども の教育はどの家庭においても最大の関心事といっても過言ではなかろう。子どもたちのアイデンティ ティ形成の葛藤,教育環境,異文化コミュニケーションなど,多くの具体的な現実問題が迫っている。

一方,家庭教育に関する研究は,客観的・統計的なデータの取得困難さもあって,必要性が認識さ れながらも十分な蓄積がなされているとは言いがたい。

そこで,本稿は日本に居住している華僑華人の家庭教育を考察するために,母親の育児環境に関す る日中の文化の違いに起因する葛藤に焦点を当てる。また家庭教育をよりリアルなものとして把握す るため,インタビューを用いて,現代家族における家庭教育の実態と課題を検討する。

本稿はまず,先行研究を整理し,分析の枠組みを提示する。次に,本調査の概要について述べる。

それから,調査結果を分析する。最後に,本稿のまとめと今後の課題について論じる。

1.先行研究

在日華人華僑の家庭教育問題に関しては,概ね

3

種類に分けることができる。まず,育児ストレス に関する研究である。例えば,楊文潔・江守陽子(2010)は在日中国人母親における育児の問題点お

在日華僑華人の家庭教育に関する一考察

育児環境と母親の葛藤を焦点に

孫   暁 英

(2)

よび育児のストレスを明らかにする目的でアンケート調査を実施し,在日中国人母親は就職率が低 く,保育園の利用が難しいため,「子どもの世話で他にやりたいことができない」という育児ストレ スを感じる母親が一番多いと指摘した。

次に,育児形態の研究で,鄭(2006)は日中両国における育児役割,母親役割の違いに着目して,

実際に利用している育児援助を考察した。その結果,「在日中国人家庭は,家族・親族ネットワーク と地理的条件に恵まれないにもかかわらず,乳幼児期の育児においては,基本的に家族・親族の共同 育児を行っている。特に,子どもの

0-3

か月の間に顕著である」(3)という点が指摘された。

それ以外に,日中の比較調査や国際比較調査の関連の先行研究もなされている。日中の育児におけ る母性意識の国際比較を通して,「日本では,血縁を重視する意識との関連性が高い一方,中国では,

生みの母親への愛着形成にはこだわっていないことが示唆された」(4)という。また,張(2017)は日 本,韓国,タイ,アメリカ,フランス,スウェーデンを対象にした国際比較調査と同じ調査を中国で 実施した結果,「中国の親は

7

か国の中で子どものしつけが一番甘くて,しつけ意識も一番低かった」

ということが分かった。また,張(2017)はしつけの甘さと違って,「子どもへの期待は

7

か国の中 で一番高い」(5)と指摘した。

以上の先行研究は,在日中国人母親の育児ストレスや育児形態を明らかにし,日中の母性意識や子 どもへの期待としつけ意識の相違などについてよい示唆を与えてくれた。しかし,在日華僑華人家庭 教育が異文化に適応する上での特有な悩みや多様な状況への考察はまだ欠けている。

前述の視点を補う分析枠組みをつくる上で示唆的である先行研究として,川崎・麻原(2012)が 挙げられる。川崎・麻原(2012)は

8

名の在日中国人の母親にインタビューを実施し,彼女らの育 児経験の中で,困難と対処のプロセスについて考察した。その結果,「中国と違う日本の育児を知る ことで,在日中国人の母親の中で常識としてきた世界が崩れていき,拠り所を失っていた」(6)と指摘 し,「在日中国人女性が困難への対処を繰り返すプロセスで行っていたのは,試行錯誤学習,観察学 習,模倣学習であり,その結果,日本と中国の文化特性を持つ母親像を確立していた」(7)と述べた。

川崎・麻原(2012)はこの結果を困難の各段階でみられた在日中国人女性の心の変化や対処に着目し たところ,Pedersen の

5

段階モデル(蜜月段階,排除段階,再統合段階,自律段階,創造段階)と 類似していたことから,育児を始めることで文化変容を迫られ,母親になると同時に異文化適応を経 験していることが示唆されたと指摘している。

川崎・麻原(2012)の研究から分かるように,華人華僑の家庭教育に共通する課題として,中国文 化から日本文化への育児環境の変化により,中国文化特有の生活習慣や道徳観念はそのまま通用せ ず,日本社会や文化に合わせて変容することが迫っていることである。すなわち,育児の環境として 日本を選ばなかったら,母親たちはこのような葛藤がなかったはずである。しかし,それにもかかわ らず,育児環境として日本を選び,定住していく。彼女らは一体何を求めて,すなわち日本という育 児環境の良さは一体どこにあるのか,先行研究では日本での育児環境の評価については言及していな い。また,母親たちは母国文化と異国文化の衝突,調和の中で,具体的にどのように異文化とぶつか

(3)

り合いながら,いったいどんな葛藤を経験しどのように乗り越えて育児していくかについても十分に 把握されているとは言えない。そこで,本研究は議論の前提条件となる育児環境の選択を踏まえた上,

そこで初めて発生した母親の葛藤を焦点に当て,在日華僑華人の家庭教育の実態を明らかにし,異文 化に適応する上での課題を考察していく。

2.分析枠組み

実証分析に入る前に,在日華人華僑の家庭教育を論じるための分析枠組みを検討したい。浅井

(2017)は

Berry(1990)異文化適応行動について文化受容態度の 4

つのタイプ,すなわち ① 統合

(integration),②同化(assimilation),③分離(separation),④周辺化(marginalization)の分類を 引用し,フィリピン人母の日本社会・文化への適応過程を考察した。

その結果として,「<日本という異国での暮らしの中で多くの戸惑いや苦労を経験する>ステージ,

<日本社会へ自ら飛び込んでいき,自身の成長と進化を遂げる>ステージ,そして<日本の社会に溶 け込み,強い信念を持って子育てをしていく>ステージである」(8)ことが分かった。このように,こ の

4

つのタイプは人が異文化と出合った時,どのような態度で自文化と異文化に向き合うか,またど ちらの文化に重きを置くかに着眼し分類されている。まず,「統合」は,異文化と自文化の両方に価 値を見出す態度である。「同化」は,異文化にのみ価値を見出す態度である。それとは逆に「分離」は,

自文化のみに価値を見出す態度である。そして「周辺化」は,異文化と自文化のどちらにも価値を見 出さず,無関心な態度である(9)。浅井(2017)はフィリピン人母の日本社会・文化への適応過程を 焦点に,2名の文化適応の成功事例のみを取り上げ,そのステージを中心に考察したが,ほかのタイ プについては究明しなかった。

しかし,Berry(1990)の異文化適応行動について文化受容態度の

4

つのタイプは在日華人華僑に も当てはまり,本研究に良い示唆を与えるものである。在日華僑華人の家庭教育も文化適応の過程で あり,この分類は本研究の母親の葛藤に適していると考える。

そこで,本稿では,母親の葛藤について,Berry(1990)が提出した

4

つのタイプ ①統合(integra-

tion),②同化(assimilation),③分離(separation),④周辺化(marginalization)の分類に関する概

念を応用し,現代の在日華僑華人の家族が抱える育児と教育の困難を分析する。

3.調査概要

調査目的

本研究は,まず日本における育児の長所と短所を調べ,社会的・文化的な視点から比較考察する。

また,母親としての葛藤と悩みを分析する。最後に,母親像の構築について検討する。

調査協力者

対象者の条件は,日本で出産し子どもを育てた経験を持つ,首都圏在住の中国出身の在日華僑華人

(4)

の母親とした。属性はできるだけ出身地が重ならないよう配慮し,さらに多言語教育の状況を比較す るため,中国少数民族の事例も含まれるようにした(表

1

を参照)。

調査方法と調査内容

筆者は

2018

10

月から

12

月にかけて

11

名協力者に半構造化面接を

1

1~ 3

回行った。質問内 容は,育児について中国との相違をどのように受け止め対処したか,日本で育児する中で困難と不安 を感じたこと,困難への対処のプロセスを経て得られたものなどである。インタビューの内容は協力 者の同意を得て録音し,文字化した。

なお,この調査では,

30~40

代の母親を

11

名に限定した理由として,彼女らは育児の最中であり,

母親としてのアイデンティティを確立し,家庭教育について意識し始めるからである。そして彼女ら は日本で高等教育を受け,比較的経済的には恵まれた教育熱心な層でありながら,やはり現地への適 応に戸惑っている。本研究の事例は在日華僑華人の家庭教育の形態を一般化できないと断っておく。

したがって本調査は,更なる精緻な実証分析の枠組みをつくるための問題発見的な調査として位置づ ける。

4.結果分析

(1)育児環境の評価

① 長所

インタビュー対象者たちは日本に長期滞在する理由として,仕事や配偶者の諸事情の他に,一番大 きいのは子どもにいい環境を提供するためを挙げている。今回の調査では,日本での育児の良さは以

表 1 インタビュー調査協力者の概要

番号 調査時間 出身地 年代 学歴 国籍 配偶者 子ども数

A 2018年10月30日,11月7日 北京市 30 修士 中国 日本人 2 B 2018年10月30日 雲南省 30 修士 日本 日本人 3 C 2018年10月30日 黒竜江省 30 学部 日本 中国人 1 D 2018年10月31日 山東省 30 博士 中国 中国人 1 E 2018年11月1日 遼寧省 30 博士 中国 中国人朝鮮族 1 F 2018年11月6日 遼寧省 30 博士 中国 中国人カザフ族 1 G 2018年11月6日 山東省 30 博士 中国 中国人 1 H 2018年11月6日 山西省 30 修士 中国 中国人 1 I 2018年11月11日 江蘇省 30 修士 中国 中国香港 1 J 2018年11月13日 北京市 30 学部 中国 中国人 2 K 2018年10月30日,11月7日,12月3日 河北省 40 博士 日本 中国人 2

(5)

下のように述べた。

F

は「日本の育児環境は安全,安心ですね。例えば,飲食,自然環境,医療,教育,公共施設など」

と語った。また,Gは「中国の医療費は高い。また,最近「医徳」(医者の道徳)問題が深刻になり,

医薬品の安全性も保障できていない。そして,教育面では親の競争意識が高く,子どもをいろんな塾 に通わせている。それから,食品の安全や大気汚染も気になる」と語り,日本と比べると中国の子ど もの医療,教育,生活環境への懸念を示した。それから,Hは「日本は子育ての環境がいい。どこへ 行っても,子ども向けの無料の施設,児童館や公園などがある」と社会教育環境の整備の良さについ て語った。

また,人間関係の面において,日本で育児の良さについて話した。例えば,中国では祖父母の育児 への干渉に悩み,苦情を吐いた協力者もいる。Jは「日本なら親戚と遠く離れているから,自分の方 針で子どもを教育できる。中国だと,祖父母の気持ちも配慮しないといけない。自分の両親はまだい いが,特に姑との付き合いは心が疲れる」と語った。

逆に,国際結婚した

A

は日本人の姑とはこういう悩みが少ない。Aは「日本人は姑が子育てに一 切口を出さないから。家庭の主婦である姑は自分の子育てのストレスも体験したため,私のことを よく理解してくれる。『時間がある時に,遊んできて,ストレスを解消してください』と言ってくれ る。私がコンサートを見に行った時,子どもの面倒を見てくれた姑は『ゆっくりと遊んでください』

と言ってくれた。逆に,もし自分の母親にこんなことが知られたら,きっと『2人の子どもの母親で しょ! 遊ぶ場合じゃない』と叱られる」と日中の祖父母の育児へ干渉の違いを語った。

② 短所

一方,在日華僑華人にとって,日本での育児の短所もある。親戚や祖父母は育児に一切干渉しない ことは自由で,気が楽であると同時に,寂しいという複雑な感情を語った。

E

は「一番困難を感じるのは仕事との両立が難しいことである。例えば,子どもが小さい時,母親 の仕事上での出張はまず無理である。また,子どもは午後

4

時から

6

時,週

2

回のペースで塾に通っ ている。この時間帯の仕事はまた無理である。さらに,週

1

5

時から

5

時半,ピアノを習っている。

冬だと,1人で通わせるのは心配で送迎をしている。特に,子どもが病気になると,主人と

2

人で交 替して仕事を休まないといけない。それに,土曜日のイベントが多く,運動会や公開授業もある。中 国国内なら両親の手伝いがあるが,日本では,どうしても母親

1

人でがんばらなくちゃいけない」と 語った。

G

は「日本では友達が少なく,親戚がいないので,孤独を感じる。国内なら親戚や友達がたくさん いて,にぎやかだ」という心情を語った。鄭(2006)によると,「1949年新中国成立後,女性が生産 労働に従事しない限り女性の解放はないという『マルクス主義女性観』が一貫され,さらに『男女同 一労働,同一賃金』の労動制度の下で,育児を外部化し,双方の親族による『家族・親族の共同育児』

も一般化するようになってきた」という(10)。また,保育の制度がないため,子どもが幼稚園に入る

(6)

までは母親・父親・祖父母世代・ベビーシッターなど複数の大人が育児を行っているのが中国の実情 である。日本が「血縁を重視する意識」と結びついているのに対して,中国では,「3歳まで」と「家 庭で」育てることを重要と認識しているが,母親一人が子育てを担うことを想定していないことが,

両国の育児における母性意識への違いの一端を映し出している(11)

また,Fは「日本社会,日本文化への理解度が足りない。高等教育は日本で受けたが,子どもへの 教育はまだ中国で自身が受けた教育に留まっている。例えば,前は油断して電車の中で

2

回も注意さ れたので,今はできるだけ他人に迷惑をかけないようにどこへ行っても,『静かに,静かに』と神経 質になり,子どもの本性を束縛している。日本ママの『暗黙の了解』は分からない。ありのままの自 分を非常識に思われることがいやで,一方的に合わせるのもいや」と文化適応の葛藤について語った。

在日中国人の母親は,在日年数や日本語の能力に関係なく,「育児を開始するまで日本人とのかかわ りを持つ機会が乏しく,日本文化に基づく考え方や習慣などについての知識や理解が十分でなかっ た」(12)ことが分かる。

このように,祖父母や親戚の助けがなく,日本文化への理解の不足しているため,日本での育児は 心身とも疲労の限界を感じている母親が多いことがうかがえる。それにもかかわらず,日本で育児を していくのは日本の育児環境の良さが絶対的な優位を占めていることがうかがえる。

このように,日中の育児環境の比較を通して,在日華僑華人の母親たちは日本の医療,教育,自然 環境,社会施設などを求め,日本で育児することを決めた。しかし,育児環境の選択に伴い,様々な 悩みと葛藤が現れている。次項では,母親たちの共通している悩みと葛藤について考察していく。

(2)母親の葛藤と対策

今回の調査では,在日華僑華人の母親たちが最も悩んでいる問題は子どもの言語とアイデンティ ティであることがわかる。言語的にも文化的にもマイノリティとして生活する中で,如何に子どもに 自分のルーツを意識させ,肯定的な自己イメージを育てていくか各自で試行錯誤している。その中,

中国の少数民族の家族は多言語を取捨選択しながら,日本・中国の文化に適応し,日本社会の生活に 馴染んでいく事例が興味深い。本稿では,Berry[1990]が提出した自文化と異文化に対する態度に より,文化受容態度の

4

つのタイプ①統合(integration),②同化(assimilation),③分離(separation),

④周辺化(marginalization)を次のように定義する。「統合」は日本文化と中国文化の両方に価値を 見出す積極的な態度である。「同化」は,日本文化にのみ価値を見出す態度である。それとは逆に「分 離」は,中国文化のみに価値を見出す態度である。そしてここでの「周辺化」は,日本文化と中国文 化ではなく,少数民族の民族言語・文化への態度である。

① 統合(integration)

子どもの日本語及び中国語教育に両方とも力を入れている

D

は,周囲の華僑華人の子どもの言語 習得について観察し,自分なりの対策を実行している。Dは「日本語の勉強はもちろん重視してい

(7)

る。今強制的にやるのは中国語だ。4年生以上になると,もし文字が分からないと,ヒアリングしか 維持できない。中国語を維持させるため,3歳から中国語の文字を教え始め,子どもは

5

歳半の時点 ですでに

1500

字ぐらいマスターした。また半年ごとに,中国から両親を呼んでいる。1つは中国語 を維持させるため,もう

1

つは,祖父は自然が好きで,子どもを連れていろんな虫を一緒に観察する。

この教育は受験の成績に大きく左右するものではないが,健全な人格を育成するにはいいと思う」と 語った。

このように,母国語の中国語と日本語,中国文化と日本文化を共に尊重し,子どもたちに両方の言 語と文化をバランスよく継承したいと考え

D

は自分なりに実践している。

② 同化(assimilation)

次の事例は子どもが同化していく傾向が見られる。Aは配偶者が日本人であり,「長女がずっと中 国語を習っていた。主人は日本人とは言え,家では子どもに中国語で声をかけている。しかし,聞き 取れるが,返事は日本語だ。年少から小

3

まで中国語を勉強していた。その後,やめた理由は中国語 の簡体字と日本の漢字を混合してしまったから」と子どもの中国語学習歴について話した。また,同 じく配偶者が日本人の

B

は「私は家では意識して日本語しか使っていない。母語の基礎をしっかり してからまた中国語を教えた方がいいと思う」という自分の教育方針を話した。

そして,Kは「日本の教育を受けると,自然に中国語を話さなくなっていった。中国語を勉強させ ることを諦めた。主人も中国人ですが,家ではいくら中国語で話しかけても返事は日本語だ。娘は自 分が日本人だと思っている。おばあちゃんは悲しくても仕方がない。これは現実だ。今の子どもたち は交流と言って,中身を重視している。子どもが祖父母との交流は食事以外に,ほとんどないから,

つまらない,交流の意欲がない。共通の話題もない」と同化した現実について語った。

③ 分離(separation)

G

は言語とアイデンティティについて,「おそらく共通の困惑だと思うが,私が迷っているのは子 どもの言葉と帰属感の教育である。たくさんの日本で生まれ育てた子どもは日本人化して,中国人と してみられたくない。『あなたたち,中国人』と自分の親のことを否定している先輩や友達の子ども を見ると,自分の子どもの将来が目に浮かび,悲しくなった」と語った。このようなことを避けるた めに,Gは「子どもに自分は中国人,大人になっても,アイデンティティを揺さぶらないように育て たい。しかし,日本社会はまだ中国を蔑視している。それを心配しているから,今後帰国するか,子 どもを中華学校に通わせるか悩んでいる」と話した。

実際に子どもを中華学校に通わせる事例もある。Jは将来帰国することに備えて,「中国語を忘れ ないように,子どもを小学校から中華学校に通わせるようにしている。子どもは都内の台湾系の中華 学校に入学し,1年間千葉から片道

1

時間半もかかり通学していた。子どもの

2

年生の時,通学の利 便性を考え,都内に引っ越しをした。中華学校は中国国内ほど厳しくないが,日本の公立学校に比べ

(8)

るとやや厳しい。宿題は多く,試験も毎週ある」と語った。

④ 民族言語の周辺化(marginalization)

最後に,在日中国人少数民族の事例を挙げる。彼らは民族言語,中国語,日本語,英語の

4

か国語 に追われて,取捨選択しないといけない状況に追われている。朝鮮族の

E

は「私と主人は朝鮮族だ けど,あまり朝鮮語がうまくできない。だから,家では中国語でコミュニケーションをし,祖父母が 来日しても朝鮮語を禁止している。今,子どもの中国語のヒアリングは大丈夫だが,しゃべるのは難 しいから,祖父母とは片言の中国語で交流している。子どもにとって母語はもう日本語になっている。

週末は中国語学校に通わせている。宿題がたくさんあるので,家では中国語の環境があるし,効果が 高い。それに比べると,英語の学習はあまり効果がない」と語った。

配偶者が中国のカザフ族である

F

は,「保育園でコミュニケーションが取れるように,家では中国 語と日本語を半々使っている。カザフ語は民族の誇りと自尊心を持てるように,簡単な日常用語を教 える予定である。たくさん教えると,また混乱してしまうから」と話した。

以上のように,在日中国少数民族は,自民族のアイデンティティと中国人としてのアイデンティ ティの二重文化を持っている。日本で生まれた子どもは,さらに日本文化の影響を受けて,家庭の中 で両親が持つ

2

つの言語・文化を加えられ,3つまたはそれ以上の言語・文化を持つことになる。そ こで,E,Fの事例のように,実際の状況により取捨選択をしないといけない。結局,周辺化された

表 2 調査結果のまとめ

項 目 分 類 内  容

育児環境

長所 飲食,自然環境,医療,教育,公共施設などが整い,安全,安心。

祖父母から育児への干渉が少ない。

短所

仕事との両立ができない。

寂しい。

日本ママの「暗黙の了解」が分からない。

葛藤のタイプ

統合

(integration) 日本語教育も重視していると同時に,中国語の文字を教え,中国 から両親を呼ぶ。

同化

(assimilation)

中国語の簡体字と日本の漢字を混合してしまうから辞めた。

家では意識して日本語しか使っていない。母語の基礎をしっかり してからまた中国語を教えた方がいい。

中国語を勉強させることを諦めた。

分離

(separation)

自分は子どもの中国人のアイデンティティを揺さぶらないように 育てたい。

子どもを中華学校に通わせる。

少数民族言語の周辺化

(marginalization)

家では中国語でコミュニケーションをし,祖父母が来日しても朝 鮮語を禁止している。

カザフ語は民族の誇りと自尊心を持てるように,簡単な日常用語 を教える予定である。

(9)

のは民族言語である。民族言語と文化の伝承は諦め,最終的に自分の民族言語・文化との断絶になっ てしまう可能性もある。

本調査から,育児環境としては,日本は自然環境と食の安全,医療と教育の安心から,在日華僑華 人が子どもにいい環境を提供するため,永住又は定住していることがうかがえる。しかし,彼らが 定住に伴い,子どものことばやアイデンティティの教育について葛藤が生じる。母親はこのような 葛藤を経験しながら,自己反省と配偶者との衝突を通して母親像が構築されていくことが明らかに なった。

おわりに

家庭教育は社会の安定に重要な役割を果たしている。しかも,家庭教育は外部の力で変え難い。親 は子どもの最初の先生であり,親の思考・行動様式は子どもの生活習慣,性格,人間性そして価値観 にも影響を与えている。本研究の調査を通して,在日華僑華人の家庭教育の在り方の一端を提示した。

在日華僑華人の母親たちは日中両国の育児環境を比較し,客観的に各自の長所と短所を評価し,取捨 する動きが看取される。共通課題としての言語教育は各自の状況によって対応策を取り,日本での育 児プロセスを通して,母親として成長してゆく様相が浮かび上がった。

彼女らは日本における育児経験を通して,日本と中国の両方の文化特性を持つ母親としての考え方 や行動の仕方などを身につけ,新たな枠組みを持つ自己を認識することができ,日本と中国の文化特 性を持つ母親像を確立する。中には,育児を

1

人で成し遂げたことによる自信が生まれ,自分を認め ることができるようになったという人もいた。彼女らは中国だけで育児をしていたら,成長を遂げた 新しい自分を得られなかったとして,日本での育児に特別な意味づけをしていた。

子どもは未来である。在日華僑華人の子どもは日本の未来を支えていく重要な一部になり得よう。

ゆえに,今から在日華僑華人の家庭教育を注目し,系統的に研究することは社会の安定,日中両国,

そして世界の平和にも寄与できるものと考える。在日華人華僑の家庭教育の課題を解決するには,在 日華人華僑の育児のコミュニティを構築し,情報交換,悩み相談,先輩ママの経験を共有することが 求められている。今後の研究課題としたい。

注⑴ 鐘家新『在日華僑華人の現代社会学:越境者たちのライフストーリー』ミネルヴァ書房,2017年,6頁。

 ⑵ 市井茜・佐々木貴子・住田和子「大学生の家庭教育に関する意識」北海道教育大学紀要(教育科学編)第 57巻第1号,2006年,223~224頁。

 ⑶ 鄭楊「乳幼児をもつ在日中国人家庭の育児形態―関西在住の中国人の事例研究から」家庭教育研究所紀要

(28),小平記念日立教育振興財団日立家庭教育研究所,2006年,51頁。

 ⑷ 金田利子・伊藤葉子・齋藤政子・水野恵子・劉蓮蘭・一見真理子・劉郷英・宍戸健夫「日本・中国の育児 における母性意識の国際比較」家庭教育研究所紀要 (29),小平記念日立教育振興財団日立家庭教育研究所,

2007年,5頁。

 ⑸ 張梅「国際比較調査からみた中国の家庭教育の現状と特徴 :子どもと子育ての考え方を中心に」(国際アジ ア文化学会二十五周年記念号) アジア文化研究(24)国際アジア文化学会,2017年,3頁。

(10)

 ⑹ 川崎千恵・麻原きよみ「在日中国人女性の異文化における育児経験―困難と対処のプロセス―」日本看護 科学会誌 32(4),公益社団法人 日本看護科学学会,2012年,54頁。

 ⑺ 川崎千恵・麻原きよみ,同上論文,61頁。

 ⑻ 浅井直子「外国人母の日本社会・文化への適応過程フィリピン人母の語りから読み解く異文化適応行動」

日本オーラル・ヒストリー研究13(0),2017年,188頁。

 ⑼ 浅井直子,同上論文,174頁。

 ⑽ 鄭楊,前掲論文,47頁。

 ⑾ 金田利子・伊藤葉子・齋藤政子・水野恵子・劉蓮蘭・一見真理子・劉郷英・宍戸健夫,前掲論文,14頁。

 ⑿ 川崎千恵・麻原きよみ,前掲論文,57頁。

参考文献

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金田利子・伊藤葉子・齋藤政子・水野恵子・劉蓮蘭・一見真理子・劉郷英・宍戸健夫「日本・中国の育児におけ る母性意識の国際比較」家庭教育研究所紀要 (29),小平記念日立教育振興財団日立家庭教育研究所,2007年,

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川崎千恵・麻原きよみ「在日中国人女性の異文化における育児経験―困難と対処のプロセス―」日本看護科学会 誌 32(4),公益社団法人 日本看護科学学会,2012年,52~62頁。

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鐘家新『在日華僑華人の現代社会学:越境者たちのライフストーリー』ミネルヴァ書房,2017年。

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鄭楊「乳幼児をもつ在日中国人家庭の育児形態―関西在住の中国人の事例研究から」家庭教育研究所紀要(28),

小平記念日立教育振興財団日立家庭教育研究所,2006年,44~53頁。

鄭楊「在日中国人家庭における『家族・親族の共同育児』の変容―育児援助の事例研究から―」教育学論集32,

2006年,23~34頁。

楊文潔・江守陽子「在日中国人母親の育児ストレスに関する研究」日本母性衛生学会日本プライマリ・ケア連合 学会誌33(2),2010年,101~109頁。

蛎崎奈津子「国際結婚した中国人女性と日本人男性の家族関係構築にむけた知恵に根ざした諸行動―妊娠・出 産・育児期に焦点をあてて―」日本看護研究学会雑誌 33(5),2010年,15~24頁。

李剣・木村留美子・津田朗子「在日中国人母親の子育てとその家族からの支援の特徴に関する研究」金沢大学つ るま保健学会誌 39(1),2015年,109~117頁。

参照

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