金 解 禁
︲ 問 題 の 一 前
︱︱井上準之助の立場をめぐって︱︱
山
本 稿 の課 題
︱︱ 井 上準 助之 の金 解 禁 認 識
︱︱ 一九 二〇 年 代 日本 の通 貨 制 度 と そ の
︱課題 二〇 年 代 末 大 蔵 省 の金 解 禁 問 題 への 対 応 井 上 準 之 助 の旧 平 価 復 帰 論 ど 大 蔵 省 む す び
I 本 稿 の課 題︱
︱ 井 上準 之 助 の金 解禁 認識
︱
﹁︹
︺ 一九 二九 年 月七 民︑ 政党 浜 口内 閣 の蔵 相 就に 任 たし 井 上準 之 助 は党 の基 本 施策 と して の﹁十 大政 綱
﹂︑ と りわ け金 解禁 政 策 に本 格 的 に取 り組 んだ 最高 責任 者と し 知て ら れ る︒ と ころ で井 上 原は 高・ 橋
・加 藤
︵友
︶の 代三 の内 閣
︵一 九 九一 年 月二
︱ 二三 年 月九
︶ 四年 半 よお び三 年 八 月カ の空 白 を お いて
︑ 申田 内閣 期 の 一三 月カ
︱間2 九 二七 年 二 月︱ 二 八年 月六
︶ の日 本 銀行 総裁 を務 めて いる
︒ そ てし 高 橋是 清 や政 友 内会 閣 期 にこ の要 職 にあ たっ こと から 丼 上 はど ちら かと いえ ば政 友 金解 禁問 題 の 一駒 一九 一
VⅣ Ⅲ ■ 1
法経 研究 三三 巻三
・四 号
︵一 九八 五年
︶ 一九 二 会系 と み られ て いた ので あ る︒
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︺ 井 上が 金本 位制 復 帰 を推 進 す る あに た り抱 いて いた そ の金 本位 制 観 に つい ては 通︑ 常︑ 古典 的理 解 と さ れ て い る︒ そ れ は︑ まず 金 本位 制 のダ ー ムの 理論
︑ す なわ ち 一国 の経 済膨 眼
← 入超
←金 流 出← 通貨 量縮 t小 経済 収縮
←出 超← 金 流 入←
⁝と いう 金 の自 調動 節 作 用 の存 在 を信 頼 す るも ので あ冗︵
︑ こ のこ と から 金 解禁 にか け た思 い も︑ 金解 禁 実施 段階 は た しか 緊に 縮 と景 気 不振 に陥 いる にせ よ︑ それ は 一時 的 なも のに とど まり そ︑ の後 には
﹁光 明
﹂を 迎え るだ ろう と うい も ので あ たっ
︒ こう した 認 識を 背 景 にす るそ の金 解禁 論 は︑ 日本 経済 の変 動 あに わ せて 一定 の変 化 を み せて いる そ︒ れ まは ず 第 一次 大 戦期 の膨 大 な金 流 入 あに た てっ ︑ 一般 論と てし 金解 禁 実 施が 可能 あで ると の理 解 をも ち つつ も︑ 大戦 後世 界 の帝 国 主義 的 対立 が いず れ東 アジ ア
・中 国 を めぐ てっ 展 開さ れ るで あ ろう と の予 測 の下 に︑ そ のた め には 中国 への 経済 進 出
︵投 資
︶ を はか る準 備 と して 金 正貨 を貯 め込 ん でお く べき であ り 金︑ 解 禁 よに てっ 金 流出 招を 来す る こと あが てっ はな なら い︑ と の 高 橋 是清 蔵 相 の理 解 と ほぼ 同 様 の見 地 あに たっ 考と え ら な発
︒ む ろ ん︑ 井 上が そ 見の 地を 積 極的 に押 出し し て いる わけ で はな く︑ 後 半 の回 顧 にお いて 当︑ 時 の当 局 者 の見 解 の紹 介 の形 間で 接的 に述 べ る とに ど ま って いる が
︑ これ を否 定 し て い な い点 で︑ 消 極的 なが ら支 持 した と考 え る こと が でき よう
︒ つい で︑ 東関 大震 災前
︵一 九 二三 年上 半期
︶ の経 済状 況 の下 で︑ 井 上 は金 解禁 の時 期が 到来 たし も のと 判断 てし いる
︒ そ れ 第は 一次 大戦 機を に拡 大
・膨 脹 した 日本 経済 が 戦後 の国 際環 境 の激 変 の下 で︑ 貿 易収 支 の悪 化 と金 流出 為︑ 替相 場 の 軟 調︑ 財界 急膨 脹 後 不の 良 経 営 の残 存 と いう 悪材 料が
︑ よう やく 貿 易収 支 の改 善 と 不良 経営 の 一定 整の 理 再編 の進 行 をみ たと いう
﹁財 界 の安 定
﹂状 況 下の で︑ 金 解禁 可能 と の判 断 を示 たし も での あ たっ
︒ 枠 れ は︑ この 時期 財に 界が 相当 の整 理 に成 功 して るい と 述 べ て いる こと でも 明 け かで あ ろう
︒ と ころ が 大震 災 を経 て︑ 一九 二五 年 の時 期 に至 ると 財界 未は 整 理
あで るが ゆえ 金に 解禁 の実 施 は 不可 能と たし ので あ る︒ そ
︲の後 を概 括的 にみ れば 一九 二九 年 金解 禁 の実 施 あに た てっ の発 言が あ り︑ ここ で は財 界 の整 理L と も に金 融 機関 の安 定 化 も︑ 一九 二七 年 金融 恐慌 以来 相︑ 当程 度達 せら れ て いる ので 金 解禁 に踏 み切 たっ のだ と︑ てし いる
︒ 彼 にと てっ は︑ みら れ る よう に金 本位 制復 帰 こそ 自 明 この と であ るが
︑ そ の実 施 時期 確の 定 あに た てっ のポ イ ント は財 界 の安 定と これ を支 え る金 融機 関 の強 化と が 前提 条 件と なる と いう も ので あ たっ
︒
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︺ と ころ で︑ よ り細 かく みる と ︑ 一九 二九 年 月五
︱ 月七 と いう 時 期 にお け る井 上 の活 動が 注 さ目 れ る︒ か れ 自 身
﹁財 界 世話 業
﹂と 称 す る︑ 日銀 総 裁職 辞任 後 にあ たる この 時 期︑ 井 上 五は 月 三〇 日 団に 琢磨 郷・ 誠之 助 とと も に三 土蔵 相 に会 見 し︑ 金解 禁実 施 を思 いと ど ま ら せる よヶ 働
︲き かけ たと され て いる そ︒ の経 緯 は およ そ うこ あで る︒ 一九 九二 年 月一 以 来 の海 外 金融 市場 の金 高利 が 政﹁ 府 の在 正外 貨補 充 唯の 一の 途 であ たっ 民 間外 債 の交 渉 を 頓 挫 せ し め﹂︑ また 本日 と 中国 の交 関渉 係が こじ れ︑ 月二 九 日 には 交 渉決 裂 の伝 え られ る にお よび
﹁︑ 貿 易 の前 途 を ます ます ノヽ 悲 観
﹂さ せる に至 り 金︑ 解 禁 は困 難と いう 雰 囲気 さえ 漂 てっ いた
︒ こう し て 二月 末 には 為 替も 四 五ド ルに 暴落 し︑ 政府 は二 月 二 六︑ 七二 日 日に 銀 横︑ 浜 正金 と の為 替崩 落 善後 策 の協 議 を行 たっ
︵正 金 には 四五 ド ル台 維 持 を命 ず る︶ が︑ 他方 政で 府 所有 の在 外 正貨 は いつ に九
〇
〇〇 万円 まに で減 少 し︑ 今後 一年 間 の政 府 経 常海 外 費用 さえ まか なえ ぬほ ど にな てっ まし たっ こ ︒ れ には 民間 外債 募 集 に不 利を も た すら 日銀 所 有在 外公 債 の売 却 よに る資 金補 充 の方 策 をと る こと は著 くし 困 難 と な り︑ つい 三に 月 対米 四 三ド ル台 まに 落で 込 んだ ので あ る︒ 平価 切 下げ 論が 勢 お いを 増 たし のは こう し た情 勢 の下 で のこ と あで たっ が 銀︑ 行家 は債 権債 務関 係 に動 揺 をも たら す この 方策 には おお む ね反 対 あで たっ そ︒ れだ け で はな く︑ 一 割程 度 為の 替下 落 あで てっ
︑ フラ ン ス︑ イ タ リ アほ 激ど し いも ので なは いか ら
︑ 平価 切 下げ はと るべ き で はな いと の判 断 も みら
金解禁問題の一酌
一九 三
法経 研究 三二 巻三
・四 号
︵一 九八 五年
︶ 一九 四 れ た︒ 日本 銀 行深 英井 副五 総裁 二は 月 一六 日 の朝 日新 聞 現で 状 は 一九 二五
︑ 二 六年 頃 とは 違 てっ 禁解 の衝 撃 にも 対 応じ う る 経済 実 力 をも って いる から 金︑ 解禁 が行 え ると の積 極 的意 向 を表 明 し た
︒ 月三 二八 日︑ 南京 済で 南 事件 が 解決 し︑ 三土 蔵 相 は これ をも てっ 金解 禁 を実 施す るも のと みら れ て いた にも か かわ ずら
︑ 月四 一二 日 の全 手国 交形 換 所聯 合懇 親 会 で抽 象 的 な演 説を 行う とに ど ま たっ
︒ 月四 一七 日︑ 中橋 商工 相は 三土 と の会 見の 後に 者記 に対 てし 蔵︑ 相が 必ず 金解 禁を 行う だろ うと 述べ 2 八日 付朝 日︶︑
一九 日三 土と 児玉 正金 取頭 とあ 会見 閣︑ 議で の金 解禁 問題 め懇 談を 経て 財︑ 界
︲に金融 恐慌 再来 の気 配を つく り出 した 二︒ 三日 大︑ 阪で の懇 親会 にお いて 三土 蔵相 は
﹁今日 の為 替相 場で は解 禁は でき いな
﹂と 言明 し︑ 二六 日京 都で たん に解 禁気
・構 え さで え こ のよ う な混 乱 をも たら す以 上︑ まだ 財 界 十に 分 の準 備が でき て いな いと 判 断さ れ る ので 解 禁 は困 難と の意 向 を示 し 0た 一七 日付 朝 日︶︒
月五 一六
■︑ 蔵 相 の車 中 談 と して 金解 禁 の実 施 は強 願い 望 あで り︑ そ のた め には 政 友会 の年 来 の方 針 あで る両 税委 譲 案 をも 放 棄 せざ るを え な いだ ろう と の見 通 がし 示 され た2 七日 付朝 桐
︶︒
これ が 証 券市
′場 に動 揺 を も たら す 因一 と なり 東︑ 京株 式 取引 所︑ 日本 商 工会 議 内所 でも 財界 安定 を優 先す る意 向が 強 まり
︑ 月二 解に 禁 即行 論 を主 張 し た郷 誠之 助 も︑ 政 府が 非解 禁 を表 明 財し 界安 定 を はか る べし と し︑ 与 党 政友 内会 の実 業議 員 も︑ 府政 は解 禁 対 策 を明 ら か
︐ にせよ と の意 向 を示 し︑ 幹 部 会 は これ 同に 調 たし
︒ 月五 二 一日 の閣 議 で︑ こ 欄の 題 の懇 談が あ り︑ 略森
幹事 長 から 幹 部会 の意 が向 伝 え られ たが 蔵︑ 相 現は 状 で 解は 禁 は 不 可能 と のこ と は明 白 な ので 声明 を出 す にお よ ば ぬと いう 態度 をみ せ︑ 二 四日 の定 例閣 議 で は この 主張 が 通 たっ o だが 既 述 のよ う に︑ 非解 禁 声 明 必要 論 者 あで たっ 郷誠 助之 東は 京株 式取 所引 よ り の要 請も あり
︑ 二九 日経 済聯 盟 名の の下 に︑ 団
︑ 郷 井︑ 上︑ 上方 久徴 串︑ 田万 蔵 藤︑ 山雷 太︑ 申島 知 久平
︑ 井 阪孝 十ら 名二 で会 合 し︑ 財界 不安 に つき 近く 政府 と懇 談す る と発 表 し︑ 翌
〇三 日︑ 交渉 委員 た る団 郷︑ 井︑ 上 の三 名 は三 土蔵 相と 見会 たし
︒
三名
﹁は 財 界 不安 の折 柄︑ 金解 禁 題問 をど う 扱 う かと い う質 問を 行 い︑ これ に対 蔵し 相 は
■政 府 の方 針 は⁝
⁝何 変等 る 所 はな い︒ 即 金ち の解 禁 は出 来 るだ け無 理 のな い状 態 の下 にお いて これ を実 行 せ んと す るも ので
︑ これ が た め に諸 般 の準 備 考を 究 して ゐ る ので あ る︒ 従 てっ 昨今 の如 き財 界 の状 態 の下
︲ にお いて は軽 々に これ 実を す行 る こと の出 来 な い こと 勿は 論 あで る
﹂と こた え たと 蔵 相 自 発ら 表 し て
﹂
︒ こ の三 名 の 一人 と して 井 上が 加わ てっ おり
︑ し かも 政府 に事 実上 の非 解 禁 声明 とも いう べき 蔵 相 発表 を ひき 出 した こと が 井︑ 上 の微 妙 な見 解 の変 化 と し て数 え 上げ られ る ので あ る︒ こ の活 動 が 一九 二九 年 五 月 三〇 日 に行 われ なが ら︑ 月七 浜 国内 閣 の蔵 相と な るや 井 上 は金 解 禁 実施 の方 向 を めざ たし だの から 豹変 と す評 る こと が でき よう
︒ そ れだ け では なく 冒︑ 頭 にも 述 べた 通 り︑ 従来 政友 会 に近 いと みら れ て いた 彼 の立 場 から 豹も 変 し たと い てっ よ い のか も れし な い ので あ純︵ 才︒ 気 換発 秀︑ 才型 とも 描 かれ る井 上 の人 物 像 から
︑ うこ たし 変 化が 納得 さ れる と いう べき かも しれ な い︒ だが 一方 では 頑 迷固 匝 さに え みえ る金 本 位制 信奉 者と し て の井 上と いう 評価 も 可能 のよ う もに みえ る︒ 私も か つて
︑ こ の硬 い金 本位 制 信奉 そこ あが の激 動 の時 代 正に 統 派的 な旧 平 価金 解禁 を実 施 さ せた 一要 因 あで たっ 述と たべ こと がか
が
︒ だが 果 して
︑ そう し た個 人 的信 条 の ベレ ルの み でも てっ 当︑ 該期 日 本資 本主 義 の最 重点 課題 とも いう べき 金解 禁割︵ 施 の契 機 すと る こと が でき る あで ろう か︒ また
も しも 個 人 の主 観 的立 場 を中 心 に捉 え てし まう と そ︑ もそ も金 本位 制が 否 定 され
﹁管 理通 貨制
﹂が 展望 さ れる べき 時 期 に︑
﹁古共 的
﹂︵実 態 そは う で なは い こと 注に 意4︵
︶金 本位 制 復に 帰 よし うと たし 発 想 それ 自 体が 時︑ 代錯 誤 だ っぱ と評 す る こと さえ 能可 あで ろう
︒
︺︹4 だ から
︑ 本稿 では き︑ わ めて 限 定的 に︑ 井 上 金の 解 禁 実施 至に る前 段階
︑ 三土 蔵 相
︵田 中 政友 会内 閣
︶ 下の で︑ 大蔵 省 内 にお いて のど うよ な金 解禁 問 題 の捉 え 方が 行 われ て いた かを まず あき ら か にし た い︒ いつ で︑ 井 上が 蔵 相 就に 任 す る直 前 主に 張 し た見 解が ど のよ う なも ので あり そ︑ し てそ れ は大 蔵 省内 検の 討と うど 関係 あし てっ いる かを 示し
︑ 金解 金解 禁問 題 の 一勘 一九 五