氏名(本籍)
学位の種類 学位記番号 学位授与年月日 学位授与の要件 学位論文題名
論文審査委員
栗林尚志(東京都)
博士(学術)
乙第18号
平成20年10月8日 学位規則第3条第3項該当
Neutralizing activity of bovine coiostral antibody against verotoxin derived from entrohemorrhagicεsoんθ泥10力 a oo〃0157:H7 in mice
(マウスにおける腸管出血性大腸菌0157:H7由来べ口毒素に対するウシ 初乳抗体の中和作用に関する研究γ
(主査)山本静雄
(副査)福山正文
本 田 政 幸
論 文 内 容 の 要 旨
はじめに
腸管出血性大腸菌0157:H7(E coJfO157:H7)に起因する食中毒は、1982年にアメリカ合衆国でハ
ンバーガーによる集団食中毒として初めて報告された(Riley, LW.θ≠砿, N. Eng1. J. Med.,308,681,
1983)。一方、わが国では1996年に大阪府堺市の小学校において世界で類を見ないほど大規模なE60〃
0157:H7に起因した学校給食による集団食中毒が発生した。その年には、全国で17,877名の且co1∫
0157:H7感染者が発生し、8名が死亡した。 E 60〃0157:H7はべロ毒素(Verotoxin:VT)を産生し、
これがヒトの溶血性尿毒症症候群や脳症などの重篤な合併症の原因となる。E60〃0157:H7による感 染症の治療に抗生物質を用いると殺菌された死菌体からVTが多量に放出され、合併症を惹起させる恐 れがあることから抗生物質による積極的な治療が敬遠されている。
そこで、腸管内でVTの中和に用いることを目的にVTを乳牛へ免疫して抗VT初乳抗体(免疫初乳
抗体)を作製し、それによるVTの毒素中和作用をマウスで評価したところ、免疫初乳抗体がVTの中 和に有効に作用する結果を得た。
本研究の概要は以下の通りである。
供試菌株とべロ毒素
本実験には、動物から分離されたVT1とVT2の両毒素を産生するE60〃0157:H7、ヒトから分離さ れたVT1あるいはVT2を産生するEcoJ∫0157:H7の3株を用いた。 VT1及びVT2の量は市販の逆受身 ラテックス凝集反応用キット(デン一生研株式会社)を用いて測定した。
ウシの免疫初乳抗体の作製とその中和抗体価
VT1とVT2の両毒素を産生するE60〃0157:H7の培養上清あるいは精製したVT2の約300月過を分娩 3〜4ヵ月前の乳牛へ7日間隔で12〜14回免疫を行い、免疫初乳抗体を調製した。分娩1〜5日後まで の初乳を採取し、脱脂、脱カゼインを行って免疫初乳抗体を含有している乳清を得た。これをウシの 免疫初乳抗体として供試した。免疫初乳抗体のVTに対する中和抗体価は、ベロ細胞を用いた中和試験 で測定した。
VT1とVT2で免疫したウシの免疫初乳抗体の中和抗体価は、分娩1日後にVT1に対して1:512、 VT2 に対しては1:256と最も高く、以後経日的に低下して5日後にはそれぞれ1:8、1:4となった。また、精 製したVT2で免疫したウシの免疫初乳抗体の中和抗体価は、分娩1日後に1:64であった。本実験には、
分娩1日後に採取した最も中和抗体価が高い免疫初乳抗体を用いた。
VTを経ロ投与したマウスへの免疫初乳抗体の投与及びその効果
動物実験には、VTに感受性を有する離乳直後のICR系マウス(雄、3週齢、日本チャールズ・リバ ー株式会社)を用いた。
最初に、VTを経口投与したマウスへ∫,〜〃伽。でVTの中和活性を示す免疫初乳抗体を投与してその効 果を検討した。投与実験の18時間前から絶食させたマウスヘゾンデを用いて0.5ml/匹のVT1あるいは VT2を含有する培養上清(以下、単にVT1、 VT2と略記)を経口投与した後、対照群と免疫初乳抗体 の単回投与群では1時間後に同量の滅菌生理食塩水あるいは免疫初乳抗体を、免疫初乳抗体の反復投 与群では1、2、3時間後にいずれも0.5ml/匹の免疫初乳抗体を経口投与し、その効,果をマウスの生存 率で評価した。その結果、VT1投与群の生存率は、対照群が78.6%(11/14)であったのに対して、免 疫初乳抗体の単回投与群が100%(16/16)、免疫初乳抗体の反復投与群が90.0%(18/20)であった。
他方、VT2投与群の生存率は、対照群が全例死亡して0%(0/17)であったのに対して、免疫初乳抗 体の単帯投与群が75.0%(9/12)、免疫初乳抗体の反復投与群が100%(14/14)であった。
マウスへVT1あるいはVT2を投与した後に、これらに対する免疫初乳抗体を投与することによって マウスの生存率が、対照群に比べて、高い結果が得られた。とくに、毒素活性の強いVT2を投与した マウスでその効果が顕著に認められた。これらの結果は、ウシの免疫初乳抗体が蛋白質分解酵素が分 泌されるマウスの腸管内においてもVT1あるいはVT2に対して有効に毒素中和作用あるいは毒素吸収 阻止作用を示したためと考えられた。
Eco〃0157:H7を経ロ接種したマウスへのfosfomycin投与の影響と免疫初乳抗体投与の効果
Eco〃0157:H7を経口接種したマウスにおける抗生物質投与の影響及び免疫初乳抗体投与の効果を 検討するため、投与実験の18時間前から絶食させたマウスへ1×108CFU/mlに調製したVT2産生性E 601fO157:H:7を03ml/匹経口接種し、無処置で14日間生死を観察した。その結果、生存率は88.2%
(15/17)であった。さらに、投与実験の18時間前から絶食させたマウスへ1×108CFU/mlのVT1ある
いはVT2産生性EcoJ♂0157:H7をそれぞれ0.3ml/匹経口接種し、その2時間後に、 fosfomycin(和光純 薬株式会社)500μg/g体重及び免疫初乳抗体を0,3ml/匹ずつ1日3回5日間経口投与してマウスの生存 率を確認した。対照群へは免疫初乳抗体の代わりに同量のスキムミルクを投与した。その結果、マウ スの生存率は、VT1産生性E601ガ0157:H7接種群では、対照群が63.6%(14/22)、 VT1に対する免疫 初乳抗体投与群が80。0%(16/20)で、VT2産生性E co∫∫0157:H7接種群では、対照群が20.0%(2/10)、
VT2に対する免疫初乳抗体投与群が83.3%(10/12)であった。
VT1あるいはVT2産生性のE 60〃0157:H7の生菌を経口接種したマウスへfosfomycinを経口投与す ることによってマウスの死亡率が高くなった原因は、fosfomycin投与によってEcoJf O 157:H7が殺菌 され、死菌体からVT1あるいはVT2の放出量:が増加したことを示唆している。また、この場合にも免 疫初乳抗体の効果が顕著に認められており、抗生物質による治療に免疫初乳抗体を併用することが有 用であると考えられた。
以上のように、ウシの免疫初乳抗体がVTあるいはE60〃0157:H7を投与したマウスの腸管内におい てVTを中和あるいは吸収阻止することによってマウスの生存率を高めることを明らかにした。また、
∫〃伽。で抗生物質を経口投与することによってE60 fO157:H7の死菌体からVTの放出量が増加する可 能性を示唆する結果を得た。蛋白質分解酵素が分泌されているマウスの腸管内でVTを中和あるいは吸 収阻止する機能を有するウシの免疫初乳抗体は、牛乳にアレルギーを有するヒトを除いたE.oo〃
0157:H7感染症患者の受動免疫に応用できる可能性が高いと考えられた。
論文審査の結果の要旨
腸管出血性大腸菌0157:H7(瓦60〃0157:H7)に起因する食中毒は、1982年にアメリカ合衆国でハ ンバーガーによる集団食中毒として初めて報告され、わが国では1996年に大阪府堺市の小学校で発生 した大規模な学校給食による集団食中毒として認められた。その年には、堺市の小学校を含め全国で 約18,000名のE,60」∫0157:H7感染者が発生し、8名が死亡した。 E.60〃0157:H7はべロ毒素
(Verotoxin:VT)を産生し、これがヒトの溶血性尿毒症症候群や脳症などの重篤な合併症の原因とな る。そのため、E 01 0157:H7による感染症の治療に抗生物質を使用すると殺菌された死菌体から多 量のVTが放出されて合併症を惹起させる恐れがあることから、医療現場では抗生物質による積極的な 治療が敬遠されているのが現状である。
著者は、腸管内におけるVTの中和に用いるための基礎実験として、 VTを乳牛へ免疫して抗VT初乳 抗体(免疫初乳抗体)を作製し、その免疫初乳抗体がVTの中和に有効であることをマウスを用いた動 物実験で明らかにした。
本研究の概要は次のとおりである。
菌株、ベロ毒素及び実験動物
本研究には、動物から分離されたVT1とVT2の両毒素を産生するE601∫0157:H7、ヒトから分離さ
れたVT1あるいはVT2を産生するE60〃0157:H7の3株を用いた。 VT1及びVT2の量は市販の逆受身
ラテックス凝集反応用キットを用いて測定した。
免疫初乳抗体の効果を評価する動物実験には、VTに感受性を有する離乳直後のICR系マウス(雄、
3週齢、チャールズ・リバー社)を用いた。
ウシの免疫初乳抗体
免疫初乳抗体は、VT1とVT2の両毒素を含有しているE60〃0157:H7の培養上清あるいは精製した VT2の約300μgを分娩前の乳牛へ7日間隔で12−14回免疫して作製した。分娩後、初乳を採取し、脱 脂及び脱カゼインを行って免疫初乳抗体を含む乳清を得た。この乳清をウシの免疫初乳抗体として本 研究に用いた。免疫初乳抗体のVTに対する中和抗体価は、ベロ細胞を用いた中和試験で測定した。
VT1とVT2の両毒素で免疫して作製した免疫初乳抗体の中和抗体価は、分娩1日後に最:も高く、VT1 に対して1:512、VT2に対しては1:256で、以後経日的に低下した。また、精製VT2で免疫して作製し た免疫初乳抗体の中和抗体価は、分娩1日後に1:64であった。マウスを用いた本実験には、最も高い 中和抗体価を示した分娩1日後の免疫初乳抗体を用いた。
VTを経ロ投与したマウスにおける免疫初乳抗体の効果
1π〃伽。でVTの中和活性を示す免疫初乳抗体が、ガπ伽。でも同様の効果を示すか否かをマウスを用 いて検討した。
18時間前から絶食させたマウスヘゾンデを用いて0.5ml/匹のVT1あるいはVT2を含有する培養上清
(以下、単にVT1、 VT2と略記)を経口投与し、その1時間後に、対照群へは滅菌生理食塩水を、免疫 初乳抗体の単回投与群へは免疫初乳抗体を1回いずれも同量投与した。免疫初乳抗体の反復投与群で は、VT投与の1、2及び3時間後にいずれも免疫初乳抗体を0.5ml/匹経口投与した。免疫初乳抗体の効 果はマウスの生存率で評価した。その結果、次の成績を得た。
VT1投与群の生存率は、対照群が78.6%(11/14)であったのに対して、免疫初乳抗体の単回投与群 が100%(16/16)、免疫初乳抗体の反復投与群が90.0%(18/20)であった。他方、毒性の強いVT2投 与群の生存率は、対照群が全例死亡して0%(0/17)であったのに対して、免疫初乳抗体の単回投与 群が75.0%(9/12)、免疫初乳抗体の反復投与群が100%(14/14)であった。
VT1あるいはVT2を経口投与したマウスへVT1あるいはVT2の中和作用を有する免疫初乳抗体を投
与することによってマウスの生存率が、対照群に比べて、高い結果が得られた。とくに、毒素活性の 強いVT2を経口投与したマウスで免疫初乳抗体の効果が顕著に認められた。これらの結果から、ウシ の免疫初乳抗体が蛋白質分解酵素が存在するマウスの腸管内において、VT1あるいはVT2に対して有 効に毒素中和作用あるいは毒素吸収阻止作用を示したことが考えられた。
εoo〃0157:H7を経ロ接種したマウスにおけるfosfomycinの作用と免疫初乳抗体の効果
E60〃0157:H7の生菌を経口接種したマウスにおける抗生物質投与の影響及び免疫初乳抗体投与の 効果を検討するため、18時間前から絶食させたマウスへ1×108CFU/mlに調製したVT2産生性且60κ 0157:H7を0.3ml/匹経ロ接種し、無処置で14日間生死を観察した。その結果、生存率は88.2%
(15/17)であった。さらに、同様に絶食させたマウスへ1×108CFU/mlのVT1あるいはVT2を産生す るE60〃0157:H7をそれぞれ0.3ml/匹経口接種し、その2時間後に、 fosfomycin(和光純薬株式会社)
500μg/g体重及び免疫初乳抗体を0.3ml/匹ずつ1日3回5日間経口投与してマウスの生存率を確認し た。対照群へは、免疫初乳抗体の代わりに同量のスキムミルクを投与した。その結果、マウスの生存 率は、VT1産生性且ooJ∫0157:H7接種群では、対照群が63.6%(14/22)で、 VT1に対する免疫初乳抗 体投与群が80,0%(16/20)であり、VT2産生性E coJ∫0157:H7接種群では、対照群が20.0%(2/10)
で、VT2に対する免疫初乳抗体投与群が83.3%(10/12)であった。これらの結果は、且coκ0157:H7 を経口接種したマウスへ抗生物質を投与することによってE60〃0157:H7が殺菌され、死菌体から放 出されるVT量が増加してマウスの死亡率を高めたことを示唆するものであり、それに対しても免疫初 乳抗体が有効に作用して生存率を高めたことを裏づけるものである。
以上述べたように、本論文はウシの免疫初乳抗体がVTあるいはE oκ0157:H7を経口投与したマウ スの腸管内において、蛋白質分解酵素が存在するにもかかわらず、VTを中和あるいは吸収阻止するこ とによってマウスの生存率を高めることを明らかにし、さらに魏吻。で抗生物質を経口投与すること によってEcoκ0157:H7の死菌体からVTの放出量が増加する可能性についても論究したものである。
本研究の成果は、ヒトのEoo1ゴ0157:H7感染症のみならず腸管感染症における受動免疫の基礎的研 究に大いに寄与するものと考えられ、博士(学術)の学位を授与するにふさわしい業績であると審査 員全員が高く評価した。