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「化学結合論の視覚的教育法」

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Academic year: 2021

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「化学結合論の視覚的教育法」

著者 山辺 信一

雑誌名 奈良教育大学教育工学センター研究報告

2

ページ 31‑36

発行年 1979‑03‑30

その他のタイトル A Visual Method to teach the Concept of the Chemical Bond

URL http://hdl.handle.net/10105/4669

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「化学結合論の視覚的教育法」

山辺信一(教育工学センター)

A Visual Method to teach the Concept of也e Chemical Bond

Shinichi Yamabe {Educa tional Technology Center)

Abstract

The need to adopt a visual method for teaching the nature of the chemical bond is postulated.

By the use of the simple species in chemistry (ethane, ethylene and ammonia), contour maps of the electron distribution is drawn and the way of how to use these teaching materials is ex‑

plained. The aim of this work is to make students understand intuitively and quantitatively the feature of the chemical bond.

Key words: Visual method Chemical bond

(I)研究目的

今の学生に教育して感じることは,彼らにはねぼり強い論理的思考力(待久力)に欠けてお り,そのかわり直観力,視覚的感受性にすぐれていることである。それは情報化社会でのテレ ど,劇画に慣らされているせいであろうが,教育の方法論もある程度,この学生の体質にあわ せる必要がある。すなわち,話の筋道における論理性を少々捨てても,直観的な印象を与えて 把握させる方が良い場合がある。

ところで,バイトラーとロンドンが水素分子の結合の成因を量子力学の手法を用いて明らか にして以来, 「量子論」が化学の分野に進出して久しい。いわゆる量子化学なる方法論が,原子 分子の物理化学的性質を証明するための本質であることは,いまや論を待たない。そこで,量 子化学的思考法が中学や高校にまで持ち込まれることは時代の要請として自然のなりゆきであ る。ただしだからといって長い歴史を要して構築された化学の経験的あるいは現象論的射生格 をないがしろにし,何でもかんでも微視的,量子論的観点からの説明を高校生に与えなければ ならないとする …流行"は困った傾向である。1)特に化学Ⅱの教科書の量子論の記述はいささ か初学者の学習範囲を逸脱しており,執筆者が各専門分野においてあまりにも高度な内容をも り込み過ぎたきらいがある。何も高校生に量子化学の適用例をすみすみまで教える必要はない と思う。事実,現場の教師は教え方にとまどい,またほとんどの生徒は消化不良をおこしてい る。今の生徒が論理性より直観力にたけていること,および現在の中学・高校の教科書の説明 が難解であることの二つの問題点が浮びあがる。そこで高校生や大学初学年の学生に教える化 学結合論は,もっと視聴覚的な方法を徹底し,煩雑な記載は省略すべき必要があると考える。

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一方,電子計算機と分子軌道法の発達した現在,分子内にひろがった電子雲の形を plot す る技術が一般化し,化学結合の様式について定量的把握ができるようになってきた。それにも かかわらず,そのplotting された図が量子化学の教育の手段として普及していないのは惜し い気がする。そこで本稿では,量子化学の研究分野では盛んに利用されている plotting によ る電子密度の地図を教育の教材として応用し,生徒の結合概念の理解を助けになるかどうかの 試みを述べてみたい。

(Ⅱ)研究方法

本研究では,簡単のため比較的小さい分子内の結合を示す電子雲のひろがりを分割して示し た。すなわち,分子の持つ全電子はそれぞれの結合の生成に関与するが,その各部分の電子雲

を別々に示した。この分割表示により,結合の類似性,相違が明確にあらわれると期待される。

分子軌道(MO)はCNDO法2)を用いて,大型計算機により計算された。その結果の結合次 数により,ある断面における電子雲の等高線が措かれた。それらの図において,通常の地図の 山の等高線と同様,線の密な場所は電子の存在確率が高いことを示す。

Figurel(a)エタンのC−CJ 結合の電子雲のひろがり。等高線の値は外側より,

0.1,0.2,0.3,0.5,1.Oe/i3。以下の図の等高線も同じ値で描かれている。

(Ⅲ)研究結果

Figl(a)にエタン(C2H.)のC−C飽和結合の生 成に関与する電子雲のひろがりを示す。この分布 の生成過程は下図のような二つの炭素のSp3 混 成軌道の重なりにより説明される。これが Lewis の電子式でC:Cと記述される一重結合の定量的 表現であり,結合というものが存在確率の大きい

飲⊃ト⑳○

⑳⊂⊃+(二二>忽→ニLCC

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「化学結合論の視覚的教育法」

所として定義されることがわかる。拝に教育上の観点からは,C−Cと書く横線は,実はこの 電子密度の高い所(いわば,等高線の山の尾根づたい)を代表してひいたにすぎないと生徒に 説明すべきである。現在の高校化学Ⅱの教科書においてこの説明の欠如のため,化学結合論と 有機化合物の構造論の間の連結がうまくいっていない印象を受ける。Figl(a)より,また,結 合に関与する電子雲は結合方向に極端な局在化をしておらず,ある程度なだらかな山のすそ野

も有していることがわかる。これは sp3 混成軌道の形が細長いというより大小の だんご を重ねたものに近いことが原因である。ここで,「分子の半径」なる概念は,この等高線がある 値以内に含まれる大きさの尺度ではかられることで理解される。

次に同じエタン分子でC−H結合に関与する電子雲をFigl(b)に示す。C−H結合もC−C と同じく sp3 混成軌道より成っており,そのためひろがりの形はFigl(a)とFigl(b)でほぼ 同じである。Figl(a)とFigl(b)を生徒に示した段階で,化学結合は結局原子の間で電子密

Figurel(b) エタンのC−Ho 結合の電子雲のひろがり。

度の高い所という直観的な受け取めができるであろう。また,混成軌道も決して有限な領域に とどまらず,原理的には全空間にひろがっているところの電子の存在確率であるとの概念も理 解しやすいと期待される。

Fig2(a)と Fig2(b)にエチレン(C2H4)分子のC−C結合を形成する電子雲を示す。エチ レンはH2C=CH2 の2本の横線で示される不飽和結合を有するが,これらの線の性質が異な ることを生徒に理解させるために,Fig2(a)とFig2(b)が別々に描かれている。すなわち,

前者では分子平面内のsp2 混成軌道同志の重なりで生ずるα結合をあらわす。Figl(a)の

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C−Cも0 結合であったが,Figl(a)はsp3,Fig2

(a)はsp2混成軌道同志の重なりである。その差はC−

Cの結合領域の外側のひろがりにあらわれている。これ はp軌道の成分がsp2 より sp3混成軌道においての 方が大きいことによる。

さてエチレンのC=Cの1本の結合はFig2(a)の0 結合であることがわかったが,次にもう1本の結合はい かなる性質をもっているのか? それを Fig2(b)に示 す。これは二つの炭素原子の(分子面に直交する)p軌 道間の重なりによって生じたもので方結合と呼ばれる。

この段階で,生徒にはFig2(a),Fig2(b)がそれぞれ α結合と方結合を示し,それらは よこ重なり と た て重なり として明確に差が把握できるであろう。方結 合は,J結合に比べて,C−Cの間にたまる電子の密度 が小さく,従って結合の仕方も弱い。この弱い結合が,

いわば現在の化学工業の原動力であり,ポリエチレン,

塩化ビニル,スチレンなど現在の生活物質の源というこ

Figure2(b) エチレンのC−C77結合の電子雲のひろがり。

Figure2(a) エチレンのC−Co 合の電子雲のひろがり。

とができる。つまりエチレン方 結合の反応性が貴重な高分子物 質をつくり出す鍵であることを 生徒に教えることも重要と思わ

れる。

3つめの分子としてアンモニ ア(NH。)を扱う。これを選択 した理由は,アンモニアが非共 有電子対(lone・pair electrons)

を持っており,この電子雲がど のようなひろがりを示すかは,

今まで述べたα,方結合との比 較において,興味あると思われ るからである。 Fig3(a)に NH3 の一つのN−HJ結合を 形成する電子雲を示す。この図 のひろがりは,Figl(b)のエタ ンのC−H♂結合のそれと比較で きる。それらはほぼ同じ形をし ているが,Fig3(a)のN−H結 合の大きな密度の場所がN−H 軸のNの方に少しかたよってい

ることがわかる。この結合に沿

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「化学結合論の視覚的教育法」

っての電子密度の 垂心 の場所 がC−HとN−Hで異なるのは,

炭素と窒素原子の電気陰性度の差 が原因である。つまりC−Hは の結合であり,N−Hはある 程度 イオン性 の結合という性 質の違いがみられる。しかしとに かく,この図によっても1本の線 であらわされる♂結合は,電子雲 の密な方向を示しているのだと生 徒には理解されるであろう。

Fig3(b)はlone pair の電子 のひろがりを示す。一般にH3N:

の黒点で書かれる2個の電子がこ

の図のような確率分布を示すが, Figure3(a) アンモニアのN−Ho一結合の電子雲のひろがり。

それはFigl(b)のC−H結合,Fig3(a)のN−

H結合の電子雲に比べてかなり横に幅をもってひ ろがっている。これだけの大きな電子雲のひろが

りが外側に張り出しているから,容易にカチオン

(陽イオン)性の原子に攻撃されやすいはずであ る。事実,例えば,塩化アンモニウムはH3N←

HClのような接近により,電子不足気味のHCl の水素がNH,のlone pair電子に配位して形成

される。

(Ⅳ)議論,結論,今後の課題

今まで日本の量子化学の研究分野で大きな貢献 があったにもかかわらず,その成果が教育の分野 に十分発揮されているとはいい難い。あまりにも 記述的な,あるいはち密な説明により初学者を当

惑させているのではないかと心配される。この方 Figure3(b) アンモニアの窒素原子上の 非共有電子付のひろがり。

面の視聴覚的に多彩な教材は外国のテキストにお

いてはかなりの工夫がこらされており,専門家と教育者の間で密な交流がなされていることが 察せられる。3)ただし,外国でもここに紹介した図示法はとり入れていないようである。しか し電子計算機の発達により,現在においては,本稿での方法も容易に実行でき,これらの図の 電子雲の具体的表現が生徒に提供できる時代になってきたと思われる。分子内電子分布を模式

的ではなく定量的にあらわすことは,配位結合における方向性,分子間相互作用の様式などの より高度な量子化学的内容の教育に進むために必要であり,かつその図を初学者に慣れ親しま せることに抵抗があるとは思えないので,将来の化学結合論の教材としてぜひ用いられるべき

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と考える。

図のplot に協力していただいた京都大工学部の湊敏氏,および大阪市大理学部の長村吉洋 氏に感謝する。MO計算は京都大学の大型計算機FACOM M・190 を用いて行なった。

(Ⅴ)文   献

1)堀雄二 化学(化学同人)第33巻,966(1978)

2)J.A.Pople and D.L.Beveridge, Approximate Molecular Orbital Theory

(McGraⅣ−HiJJ,New York,1970)

3)W.T.Lippincott,A.B.Garrett and F.H.Verhoek,A Study of Matter, Chemistry

(John Wiley & Sons,NewYork,1968)

参照

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