不況期における
ワークシェアリングの可能性
合 力 知 工
はじめに
㈵.日本における雇用形態の変化 1.人員削減による失業率の悪化 2.(全社的)賃下げの導入
㈼.従業員に対する企業の社会的責任 1.従業員というステイクホルダー 2.社会的責任投資の潮流
㈽.日本における新しい雇用形態としてのワークシェアリング 1.背景
2.定義
3.望ましい方向性
㈿.ヨーロッパにおけるワークシェアリング 1.ドイツモデル
2.オランダモデル
㈸.日本におけるワークシェアリングの現状と今後の課題 1.日本におけるワークシェアリングの事例
2.日本におけるワークシェアリングの今後の課題 結 び
は じ め に
総務省の発表した今年7月の労働力調査では,完全失業率が5.3%で前年 同月比0.1%減,また完全失業者数は342万人で前年同月比10万人減となって おり,これらのデータは雇用環境の改善を示しているといえる 。しかし,1)
5.3%という完全失業率が高水準であることに変わりはなく,また「勤め先 都合」で離職した求職者数が,7月では111万人(男80万人,女31万人)と
「自己都合」の103万人(男57万人,女46万人)を上回っていることからし て,実質的な雇用環境は,今なお厳しい状況にあるといえよう。
主な産業別就業者数を前年同月と比べると,サービス業,医療・福祉,運 輸業では増加が見られるが,製造業,建設業,飲食店・宿泊業では減少して いる。その増減の要因を分析してみると,例えば,サービス業における就業 者数の増加は,業務の外注化(アウトソーシング)を背景とした人材派遣や 業務請負業が相対的に安定しているということが関係しており,また,製造 業におけるその減少は,より安い人件費を追求してのアジア各地への生産拠 点シフトによる空洞化が主因であることは明らかである(製造業の就業者数 は1992年の1569万人をピークに減り続けている)。特に,中国は賃金が日本 の15分の1と言われるほど低いうえに,生産技術も向上し,加えて WTO
(世界貿易機関)に加盟した頃から「世界の工場」「世界の(潜在的)市場」
と化している。
高度成長期以降,日本企業は不況期にあっても,なるべく人員削減は行わ ずに,賃金も高止まりさせてきた。しかし,長引く不況を背景に,「雇用も 賃金も従来どおりに維持する」という企業は少なくなり,希望退職の募集,
新規採用の削減,転籍,あるいは(強制的)整理解雇など,いろいろな形で 人員削減が進んでいる。
人員削減を深刻化させている要因のひとつは,企業側の年齢制限雇用であ り,これにより多くの中高年層が再就職できない状況にある。一般に,企業 の人事担当者は「仕事はあるがミスマッチが問題だ」と口を揃えるが,実際,
中高年層に雇用情勢が厳しいのは,その能力というより「年齢による差別」
の方が大きいといえる。
多くの企業の人事戦略は,不況期においてもやがてくる好況を見据えて正
社員を維持するという「高賃金維持型」から,必要なときに必要なだけ正社 員を減らしアウトソーシング(パートや人材派遣の活用)という形で労働力 を調達する「人員(正社員)削減型」,または人員削減は行わない代わりに 労働時間を変えずに(あるいは増やして)賃金を低くする「賃下げ型」の方 向に変わりつつある。しかし,その一方で,2年ほど前から,「ワークシェ アリング」という手法がにわかに注目され始めている。
現在,多くの日本企業によって推進されている「人員削減型」や単なる
「賃下げ型」には,「従業員のモラールを低下させる」という限界があり,
企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility: 以下,CSR)という観点 からしても,社会的評価を下げる危険性がある。
そこで本稿では,そのような点を踏まえ,企業に持続的成長をもたらす人 事制度として「ワークシェアリング」の可能性を検証していきたい。
㈵.日本における雇用形態の変化
1.人員削減による失業率の悪化
人員削減の中心は,企業にとってコストの高い正社員である。その一方で,
雇用調整のしやすい契約期間1年未満の臨時雇いの枠はどんどん拡大されて いる。この状況は,中小企業から大企業に至るまで同様である。
数年前,新しい雇用創出の場として期待された IT 関連分野も,世界的に かつてないほどの不況に見舞われている。日立,東芝,松下といった最大手 企業から NEC,富士通といった通信・情報の老舗,またソニー,京セラと いった成長企業までもが業績低迷に悩み,大規模な人員削減の実施に踏みき った。
中小規模の企業が,親企業から仕事を減らされ,生き残るために日本国内 での雇用を控え,生産拠点を海外に移して安い人件費で賄うというのはやむ を得ないかもしれないが,まだやりようによっては十分に国内雇用が可能で
ある大企業までも,とにかく「人件費削減」のために「右へ倣え」で展開す る生産拠点のアジアシフト(特に中国シフト )には歯止めをかける必要が2) ある。
コスト削減を追求し,利益を確保しようとする「自己利益追求型」の経営 スタイルは,多くの企業が当然のこととして取り入れているものであり,実 際,それは企業にとって必要なスタイルであるが,それだけに過度に固執す ることは「社会性」を見失うことになり,長期的には社会的な評価を下げる ことになりかねない(多くの企業は,人員削減の後,残った従業員の時間外 労働を増やすという経営を行う。時間外労働に関する基本的なルールが曖昧 なため,残業代がつかない管理職に,人員削減をした「しわ寄せ」が来たり,
いわゆるサービス残業の増加につながったりしている。社会経済生産性本部 の調査によれば,日本企業がサービス残業をなくした場合,130万人の雇用 が生まれるという)。
現在,当然のように行われている大企業の人件費削減を意図した人員削減 は,明らかに「社会問題」化している。多くの労働者が失業・減給の不安を 抱えるなか,それを「産みの苦しみ」という経営者の無責任な一言で片付け てしまう風潮は「異常」と言わざるを得ない。実際,産業心理学的に見ても,
労働者が不安を感じながら携わっている仕事における労働生産性はきわめて 低いと考えられる。
また,モルガン・スタンレー証券の幹部は,「人員削減による収益改善効 果は1年限りで2年目以降は効かない」と断言し,有能な経営者の要件とし て「株主,従業員などのステイクホルダーをしっかりと認識し,明確な経営 目標のもとで,ユーザーが必要とする商品を開発し,安く効率的に生産・販 売し,その結果として高い収益を確保できる」ということを挙げている(山 本高稔[2001],p.19)。
人員削減は,あくまで「企業の論理」に立ったものであり,そこに「従業
員(というステイクホルダー)の視点」は全く考慮されていない。かつての 松下電器のように「不況期にも解雇は行わない」という姿勢を企業が堅持し 表明している場合などは,従業員は「このような厳しい時期にも,企業は自 分の雇用を守ってくれている」として,企業に対しての忠誠を高めたりする が,企業が当然のように人員削減を繰り返し行うようになってくると,従業 員は,企業内に「残された」からといって,企業に対する忠誠心を高めたり はしない。それどころか,常に「自分の番が回ってくるのはいつだろうか」
という不安と背中合わせに仕事を行っているために,本来の実力が発揮出来 なくなってきたり,自分のキャリアをより高く買ってくれる同業他社の探索 に力を注ぎ込むようになってきたりするのである。
また,企業として取り扱う仕事が減ったためにやむを得なく人員削減を行 うというのではなく,企業としての仕事量は減ってはいないが,従業員一人 あたりの労働生産性を上げるために人員削減を行うということもある。この 場合に生じる,残された従業員への仕事の「しわ寄せ」がもたらす(企業に 対する)不満と(仕事に対する)モラールダウンは,数値化は出来ないが相 当なものであると考えられる(実際,莫大な内部留保をしていたり,政治献 金は欠かさないという姿勢を保ちながら,その一方で人員削減を断行したり する企業は多い)。
2.賃下げの導入
人件費削減の方法は,人そのものを減らす「人員削減」という方法だけで はない。一般に,企業は,その業績が悪化した際に,まず役員・管理職の賃 金カットを行うが,それを一般社員にまで拡大した企業も増えている。
全社員を対象にした,いわゆる「賃下げ(賃金の切り下げ)」であるが,
現在,民間企業に限らず,公務員についても賃下げの人事院勧告が出され始 めている。
この「(全社的)賃下げ」という人件費削減の方法は,前節の「人員削減」
とは異なり,可能な限り雇用を守って現在の苦境を乗り切ろうというもので ある。例えば,賃下げを実施した鉄鋼大手の経営者は「鉄鋼業で雇用を守る のは大前提であり,希望退職は頭の中になかった。グループ会社への転籍は 進めるが,広い意味での雇用は守り抜く」と言い,雇用維持へのこだわりに 関して「従業員のモラールや技術力の向上に役立ち,企業にとっても社員に とっても価値がある。企業が過剰雇用を抱えると産業構造の転換が遅れると 言われるが,失業率がこれだけ多いなかで,わざわざ失業を作り出すことは ない」と言及している。
1999年あたりから現在に至るまで,全社員を対象とした賃下げの動きは活 発化しているが,注意しなければならないのは,この方法はあくまで「一時 的に経費を減らす即効性がある」というだけのものに過ぎず,これで根本的 な問題が解決されるわけではない。むしろ,何度も繰り返し利用したり,
「定着」させたりすれば,従業員のモラール低下をもたらす危険性が高くな ってしまうであろう。
また,賃下げが一般化されれば,従業員は,カットされた分を「労働時間 の延長(超過勤務)」で補おうとするし,逆にそうした従業員の意欲を利用 して「時間あたり仕事量」や「サービス残業」を増やす企業も出てくるであ ろう(実際に,そのような企業は増えている)。しかし,これが時代に逆行 する状況であるのは言うまでもない。
「日本人の労働時間の長さ」に対して ILO から勧告を受けて,1987年に 政府は「労働基準法」を改正し,「1日8時間,週40時間労働」制とした。
しかし,実際の時短は進まなかったため,さらに91年に残業や休日労働を減 らすことをおり込んだ「所定外労働削減要綱」を策定した(2001年10月に,
この改訂版が策定された。内容は以前のものとほとんど変わっていないが,
「大企業の所定外労働の削減」を要請している点は注目される)。
現在の残業時間の長さは,労働基準法第36条で「労使協定」に委ねられて いるところにあるので,労基法が改正されない現状では,この「所定外労働 削減要綱」が,企業の所定外労働に歯止めをかける「基準」となるべきであ るが,不況期にある日本企業の多くは,これを歯牙にもかけないでいるし,
また,「背に腹は変えられない」として「時短よりも労働」を優先したいと 考える従業員も多いといえる(01年の ILO の調査で,日本の労働時間はア メリカ,メキシコ,オーストラリアに続いて4位とされているが,日本の場 合はサービス残業が年間300時間以上と推計されていて,実質は依然として 世界最長と考えられている)。
本来,時短を促す「(全社的)賃下げ」が,逆に「(所定外労働を含む)労 働時間の延長」につながっているところに,この方法のデメリットが集約さ れているといえよう。
㈼.従業員に対する企業の社会的責任
1.従業員というステイクホルダー
企業が様々なステイクホルダー(株主・顧客・従業員・地域社会・政府等)
と相互に連関するオープン・システムである限り,当然,その行動は自己利 益だけでなく,社会的利益をも考慮したものでなければならない。しかし,
市場における経済的効率性を過度に追求するあまり,自らの「社会性」を軽 視するような行動(商品やサービスに対する偽装工作,労働者の人権を無視 した無計画な人員整理,環境破壊などの反社会的行動)をとる企業は多い。
これまで相対的に株主以外のステイクホルダーの声はマイノリティとして 力を持たなかったが,1990年頃から企業の反社会的な行動に対する批判が欧 米を中心として世界的に高まり,CSR の遂行を企業に求める動きがにわか に活発化し始めてきた。この動きは,単なる社会運動という形にとどまらず,
株主など投資家を巻き込んだ形で展開されてきており(例えば社会的責任投
資,後述),従って CSR を十分に遂行しない,すなわち企業にとっては自己 利益性があるからといって,社会に対して不利益をもたらすような反社会的 行動を取り続ける企業は持続困難となってきているといえる。つまり,企業 を社会と関連づけ,経済業績と社会業績を同時に高めるような経営戦略−自 己利益と社会的利益との有機的連関を図る社会戦略−を策定すること(社会 的評価経営: Socially Evaluated Management)が企業にとって不可欠となって きている。
ところで,CSR を遂行するということは,単に法令遵守(コンプライア ンス経営)を実施するということではない。それは,ステイクホルダーとの 関係にもっと投資する(誘因を提供する)ということを意味する(松野弘,
合力知工[2003],pp.78−80)。従来,CSR の遂行は,企業にとってコスト 負担という考え方が一般的であったが,近年の研究により,むしろそれは企 業の競争力を向上させるものであるという見方が一般化しつつある。
例えば,環境問題に力を入れるために
ISO14000シリーズを取得しようと
する企業では,そのプロセスにおいて,それまでの非効率な部分が見直され ることとなり,結果的にコスト削減効果が生じ,低成長でも利益確保を実現 している。また,人員削減は短期的にはバランスシートの改善を図るかもし れないが,長期的には残された従業員の心理的不安をかき立て,企業の競争 力を低下させることにつながりやすくなる,ということに経営者は気づき始 め,従業員の満足を得るための投資が生産性の向上につながるということを 経験的に認識しつつある。従業員というステイクホルダーのニーズ充足の重要性に気づき始めた企業 では,現在,従業員の生涯学習,エンプロイアビリティ 向上,家庭と仕事3) の両立などの支援をはじめ,採用に関しても種々の面での「差別なき採用」
を心がけている。
そして,長引く不況のなか,企業が直面しているもっとも大きな課題のひ
とつが,「人員の調整をどのように進めるか」ということである。これは日 本だけでなく,欧米をはじめ世界各国の最大関心事でもある。本稿では,企 業にとっての人員削減の必要性を否定しているわけではない。経営戦略上,
不要な人材を抱えておくだけの余力は,現在の企業には残ってはいない。問 題は,その中身(内容)である。自己利益の追求のみを考えた人員削減は,
社会戦略上好ましくない。社会は,従業員というステイクホルダーのニーズ を充足させるような社会戦略的な視点に立つ人員削減を求め,それを実行す る企業に高い評価を与えるようになってきている(次節参照)。
現在実施されている,多くの人員削減は自社のコスト削減,生産性向上と いう目標を達成していないどころか,社会的コストを高める形となっており,
これを修正するような人員削減の模索が,社会から求められているのである。
2.社会的責任投資の潮流
CSR 遂行に対する社会の関心の増大とともに CSR に取り組む企業が増え つつあるが,CSR と企業業績の間に正の関係性が表されるようになってく る と,資本市場に「CSR は利益を創出する。それはコストではなく投資の4) 機会である」という考え方が芽生えはじめてきた。それが「社会的責任投資
(以下,SRI)」の基本的な考え方である。
SRI とは,投資家が財務的指標だけでなく,CSR 活動を評価した社会的指 標と併せて,企業を選んで投資する手法である。SRI 促進のためのネットワ ークとして設立された SIF(Social Investment Forum)の調査によると,米国 における SRI 資産残高は,1985年に650億ドルにすぎなかったものが,2001 年には2兆3,396億ドルと伸び(SIF「2001 Trends Report」参照),総運用資 産に占める SRI 運用資産は12%を越えている。また,イギリスでは年金基金 の運用にあたって SRI を考慮しているかどうかについて情報公開することが 義務づけられたことから,年金基金の約8割(運用残高)が SRI 手法を導入
するまでに至っている(経済同友会編[2003],pp.39−40)。
SRI のための基準づくりは,企業評価・格付け機関 によって進められて5) いるが,それらは企業の公表する企業行動基準や報告書などを参考につくら れていく。従来は,環境報告書がその中心であったが,近年,トリプル・ボ トムライン(triple bottom line: イギリスのサステナビリティ社が提唱したも のであり,企業の持続的発展のためには「経済(利益の確保)」のみならず,
「環境(環境保全)」・「社会(地域社会,従業員の満足度の確保)」を含め た視点から企業を捉える必要があるとする考え方)を押さえた「サステナビ リティ・レポート」が広がりはじめている。
具体的に言えば,企業評価・格付け機関が,企業の発行する環境報告書や サステナビリティ・レポートの他,企業へのアンケート調査の結果,情報公 開の程度などによって企業評価を実施し,それにもとづいた投資信託ファン ドなどが登場している。上述のように,現在,企業を評価する場合の共通項 としてポイントになるのが,トリプル・ボトムラインをコンセプトとした
「経済性」,「環境(適合)性」,「社会(適合)性」の3方向評価であり,そ の観点から総合的に評価して銘柄選定をする投資行動が,最近のSRIの主流 となっている。
さて,この流れが一般化してくると,「経済性」ばかり追求し,「環境性」
「社会性」を軽視する企業は評価に値せず,淘汰されていくということにな るであろう(だからといって,「環境性」「社会性」ばかりに気を配って,
「経済性」を軽視していては企業として成り立たないのは当然のことである)。 投資家が投資先を決定する際に,企業の財務的指標だけでなく,社会的指標 を考慮するということが一般化してくると,企業は社会的評価システムをそ の経営戦略のなかに積極的に取り込まざるを得ない。
企業は,企業的利益と社会的利益が相反するのではなく,相互の利益が創 出されるような戦略を策定する必要があり,人事戦略もその例外ではない。
㈽.日本における新しい雇用形態としてのワークシェアリング
さて,㈵章では,悪化する業績を改善するための人事戦略として,「人員 削減」や「(全社的)賃下げ」を見てきたが,前者は「不安定な雇用環境か ら生じる仕事へのモラールの低下」,後者は「所定外労働の増大」というデ メリットを伴うために,それらが今後も実施し続ける人事戦略として効果的 であるとは言い難い。
また,前二者の最大の問題点は,それらが「雇用創出につながらない」と いう点である。「人員削減」を避けて「賃下げ」の導入に踏み切る企業が増 えているが,賃下げは「雇用維持」の効果はあっても,「雇用創出」までに は至らない点で,時代に則しているとは言えない。
日本が現在の不況からなかなか抜け出せない一因として,よく「消費の冷 え込み」が挙げられ,実際,政府はそれを刺激するような「経済的」方策を 実施してきたが,その効果はあまり出ていないようである。この先,どこま で同様の「経済的」刺激策を実施するかは定かではないが,筆者は,この不 況を抜け出すカギは,「経済的」刺激策よりもむしろ,各企業の「経営的」
刺激策にあると考えている。
当然のことであるが,ある企業の従業員は,別の企業にとっては「消費者」
である。つまり,ある企業の従業員が解雇されるということになれば,それ は別の企業の消費の機会が奪われることになるのである。しかし,たいてい の経営者はそんなことなど考えずに,自社の経営コストの削減だけを考えて 整理解雇などを行う(また,仮に解雇に至らずに,「賃下げ」で留まったと しても,消費への影響は多大である)。
筆者は,「消費の冷え込み」の主因はここにあると考えている。従って,
各々の企業が,人員削減や賃下げという形ではなく,「雇用創出」をもたら すワークシェアリングを導入することが社会的評価へとつながり,この不況
を抜け出す近道となるのではないだろうか(しかし,現段階において,民間 企業の場合,そのワークシェアリングのほとんどは「賃下げ」を伴う「雇用 維持型」である)。そこで,ここでは「ワークシェアリング」の可能性につ いて考察してみることにする。
1.背景
「ワークシェアリング」は1980年代以降にヨーロッパで広がったが,わが 国の大手民間企業のなかでこれを最も早く取り入れたのは日野自動車である と言われている。1999年度から約10ヶ月間,55歳以上の事務職約250人を対 象に行われ,所定内勤務時間1時間の短縮に伴い,その分のボーナスを含め た賃金がカットされた。同社では,トラック需要の低迷で業績が大幅に悪化
(ピーク時,19万台生産していたものが7万台にまで落ち込んだ),99年3月 期決算で366億円の赤字を計上した。部品調達でのコスト削減やパート削減 などを行ったが赤字解消のめどが立たなかったため,ワークシェアリングの 導入に踏み切った。
しかし,同社の場合,雇用創出を狙うというワークシェアリング本来の目 的を意図したものではなく,「対象者を絞った賃下げで中高年層の雇用維持 を行った」という認識を示している。また,同社がワークシェアリングを導 入する際にネックとなったのが,年功賃金制であった。同社のワークシェア リングの対象者が55歳以上の事務職に絞られたのは,所得の低い若年層の賃 金を年功者と同様に1割カットすれば生活に支障をきたすことになり,また 管理職には年俸制が導入されていたからである(結局,同社は,2000年3月 にワークシェアリングを終えた後,希望退職を募っている)。
その後,TOWA,富士通,三洋電機などの大手民間企業もワークシェアリ ングに着手しているが,そのほとんどが「雇用維持型」である。しかし,
1999年に兵庫県で公務員に導入された「兵庫型ワークシェアリング」は,課
題を抱えながらも若者の雇用創出を実現しており(詳細は㈸章を参照された い),民間企業でも,今後,このような「雇用創出型」のワークシェアリン グが期待される。
さて,このような形で日本でも導入され始めたワークシェアリングである が,本格的に注目されるようになったのは,日経連(現日本経団連,以下同 様)が2000年1月に労働問題研究委員会報告で,ワークシェアリングの検討 を打ち出してからである。
当初,「労働時間の短縮に応じて賃金を引き下げる」ワークシェアリング という日経連の提案は,「賃上げ」も「雇用安定」も当然の要求とする連合 など労働側には受け入れられなかったが,01年11月になって連合は,「所定 内労働時間が減った分の給料が減るのは,ある程度やむを得ない」と従来の 方針を転換する姿勢を明らかにした。
一方,「雇用重視」を経営者の最大の役目としてきた日経連は,公的サー ビス分野での雇用の拡大を政府に早くから求めるなどして,積極的な姿勢を 示してきていた(政府の総合雇用対策を導き出すのにも貢献した)。
他方,厚生労働省は,同年10月までは消極的であった(同省が10月にまと めた内部資料には,ワークシェアリングに関して「単純に導入すれば,社会 的コストが高まる可能性がある。〈パートなど〉不安定な雇用・収入の増大 を招き,さらに,十分な能力・スキルのある人材の育成・獲得を難しくする おそれがあり,本件は慎重に検討すべきだ」と結論づけていた)。しかし,
10月末に9月の失業率が5.3%になったことが発表されたのを受けて(前月 比0.3ポイントの急激な悪化),同省は11月初めの政労使雇用対策会議で積極 姿勢に転換し,首相も政労使の検討会議の設置を表明するに至っている 。6)
しかし,政労使それぞれの内部には異論もある。例えば,財務大臣は「導 入で生じる労使の損失を国の予算で穴埋めしてもいい」と政策的に後押しを する考えを示したが,政府の事務レベルでは「雇用維持のための補助金は産
業構造の転換を遅らせる」(経済産業省)と否定的である。また,労働組合 にも温度差があり,国内の過剰労働が深刻な電機業界の電機連合や金属機械 産業の労組の集まる JAM は前向きであるが,構造不況で人員削減をかなり 進めてきた鉄鋼や造船重機などはワークシェアリングには消極的である。
2.定義
ワークシェアリングという言葉の厳密な定義はなく,例えば,上述した日 経連と連合でも解釈に違いがあるようである(日経連−「就労時間を減らし,
その分,賃金を下げて雇用を維持する手法〈「労働問題研究委員会報告 200 0年版」〉。連合−「雇用と賃金と労働時間の適正配分により,中長期的に良 質な雇用を創出していくことを意味するもの〈「2002年春季生活闘争方針よ り,Weekly れんごう No.468. 2001年11月」〉」。
また,厚生労働省は「雇用機会,労働時間,賃金という3つの要素の組み 合わせを変化させることを通じて,一定の雇用量を,より多くの労働者の間 で分かち合うことを意味する」としている(厚生労働省[2001])。
ワークシェアリングの定義は他にも多数あるようであるが,本稿では,
「仕事をする人の数を減らすのではなく,一人当たりの仕事量を減らし−分 かち合い−,その分の賃金を下げることで,雇用の維持・創出を実現する手 法」ということにする。
では,これを「雇用維持」の場合と「雇用創出」の場合に分けて考えてみ よう。
雇用維持の場合 1
例えば,これまで40人が1日8時間労働でやっていた仕事(320時間分の 仕事量)の全体量が25%減ることになるとする(240時間分の仕事量になる)。 一人8時間労働を維持しようとすれば,必要な労働者は30人でいいことにな
る(240÷8=30)。つまり,10人を解雇せざるを得ない。しかし,一人当た りの労働時間を2時間減らして6時間にすれば,40人すべての雇用は維持さ れることになる(6×40=240)。
雇用創出の場合 2
例えば,労働者40人が50時間かけてやる仕事があるとする。単純計算する と40×50=2000仕事量である。これを,各人の労働時間を20%減らして40時 間にすると,2000仕事量÷40時間=50人となる。つまり,この場合,一人当 たりの労働時間を20%減らせば,10人の雇用を新たに創出することができる のである。
ところで厚生労働省は,2001年4月にまとめた『ワークシェアリングに関 する調査研究報告書』のなかで,ワークシェアリングを目的別に以下の4つ のタイプに分類している。
雇用維持・緊急避難型 1
一時的な景況の悪化を乗り越えるため,緊急避難措置として,従業員一人 当たりの所定内労働時間を短縮し,社内でより多くの雇用を維持する(現在,
日本企業が導入しているワークシェアリングの多くは,このタイプである)。
雇用維持・中高年対策型 2
中高年層の雇用を確保するために,中高年層の従業員を対象に,当該従業 員一人当たりの所定内労働時間を短縮し,社内でより多くの雇用を維持する
(公的年金の支給開始年齢引き上げなどに伴い,60歳代の継続雇用を図るた め,短時間の就業機会を提供するというのが一般的である)。
雇用創出型 3
失業者に新たな就業機会を提供することを目的として,国または企業単位 で労働時間を短縮(法定労働時間の短縮)し,より多くの労働者に雇用機会 を与える(長い間,高失業に悩まされてきたヨーロッパ諸国で幅広く採り入 れられている)。
多様就業対応型 4
正社員について,短時間勤務を導入するなど勤務の仕方を多様化し,女性 や高齢者をはじめとして,より多くの労働者に雇用機会を与える(失業率の 低下を実現したオランダのものが有名である)。
3.望ましい方向性
日経連,連合は,前節に挙げた4つの類型のうち「多様就業対応型」をワ ークシェアリングの柱に据えているようである。
しかし,わが国の場合,正社員とパートタイム労働者との処遇格差は非常 に大きく,今後,多様就業対応型のワークシェアリングの導入にあたっては,
この格差の是正が大前提となる必要がある。
連合が先進例として参考にしているオランダでは,パートなど就業形態の 多様化によって仕事を増やして,2%台の低失業率を実現しており,最近の パート比率は40%近くに及んでいる(1980年代から90年代にかけて,「同一 労働・同一賃金」という原則に立ち,パートタイム労働者の賃金や休暇,社 会保険制度での格差をなくしながら,パートタイム労働の推進を中心とした 労働市場の柔軟化を進めた。その結果,82年に9.7%だった失業率は90年代 後半には2%台に下がった)。
パートタイム労働化の増加という点では日本も同様で,総務省の労働力調 査によると,労働者に占めるパートタイム労働者・派遣社員など非正規職員・
従業員の比率は1997年で23.3%だったものが,2003年1〜3月平均では30.3
%と7ポイントも増えている。しかし,オランダと日本ではパートタイム労 働者の処遇には大きな違いがある。
オランダでは,パートタイム労働者と正社員との時間給の格差はほとんど なく,社会保険なども同等に適用される。むしろ,「短時間正社員」と言う べき形態で,違いは労働時間の長さだけだと見てよい。
一方,日本のパートタイム労働者の時間給は,女性の場合,先進国のなか では最も格差が大きく,男性にも同様の傾向が見られる。しかも,社会保険 など適用されないことが多い状況からして,わが国の企業は,福利厚生費
(社会保険料,社宅など)など賃金以外のコストを削減するためにもパート タイム労働者を増やしてきたといえよう。
しかし,もし格差を是正しないままで就業形態を多様化すると,それが導 入されればされるほど差別的構造が拡大されることになるので,企業として は,よりオランダ型に近い形にする必要があるであろう。「短時間勤務の正 社員」という考え方は,福利厚生など正社員の身分が保証されるのであれば,
希望者はかなり多く,格差是正の徹底度に伴い,労働生産性も上昇すると思 われる。
さて,先の『ワークシェアリングに関する調査研究報告書』では,上述の
「非正規従業員と正規従業員との間の賃金格差の是正」も含めて,「ワーク シェアリングを導入する場合における課題」として以下の5つを挙げている
(厚生労働省[2001])。
労使の合意形成の必要性 1
わが国における終身雇用制を軸とした日本的雇用慣行は,徐々に見直しの 動きが広がりつつあり,労使間で雇用管理のあり方等についての合意形成が 必要となっている。
こうしたなか,ワークシェアリングの導入を検討する場合においては,負 担の分かち合いが必要であり,その目的・効果について労使で十分な議論を 尽くし,共通認識に立つことが重要である。
労働生産性の維持・向上 2
ワークシェアリングが導入された場合,業務の引継等の問題から労働生産 性が低下する場合も考えられるが,こうした労働生産性低下をできるだけ解 消するよう業務手法等の見直しを行っていく必要がある。
時間を考慮した賃金設定に対する検討と理解 3
ワークシェアリングがその類型にかかわらず,これまでの労働時間と賃金 の組み合わせを変化させるものである以上,導入に当たっては,労働時間と 賃金との関係を明確にする必要がある。
しかし,わが国の場合,多くの企業が月給制を採るなど,必ずしも時間を 考慮した賃金設定がなされていないのが実情であり,ワークシェアリングを 導入する場合には,労使において時間を考慮した賃金設定のあり方について 検討を行い,理解を深めることが必要である。
職種による差の考慮 4
定型的な業務を繰り返すような職種(生産・現業職,事務職等)では,時 間を考慮した賃金の設定が比較的容易であるが,創造性や判断力が重視され る職種(専門・技術・研究職,管理職等)においては,時間を考慮した賃金 設定は困難であり,個別の業績を基準にするなど他の方法を検討する必要が ある。
時間を考慮した賃金設定の検討に当たっては,こうした職種による差を十 分考慮する必要がある。
パートタイムとフルタイムの処遇格差の解消 5
ワークシェアリング導入の結果,生み出されるパートタイム労働者(パー トタイム労働者についての定義は国際的に必ずしも一致していない。日本で は,「主たる仕事について調査週に35時間未満働いたもの」をパートタイム 労働者としている。なお,OECD では,ふだんの労働時間〈usual working h ours〉が週30時間未満の労働者としている)については,勤務時間数が異な るのみでフルタイム労働者との間には職務内容に違いはない。このため処遇 の決定方式や水準について両者の間のバランスをとることが必要である。
また,現在,パートタイム労働者については,一定以下の短時間勤務とな る場合には社会保険などの取扱いが異なることから,このような制度につい ての検討も重要となる。
さらに,ワークシェアリングは,「1+1=2+α」(労働生産性がプラス に生じる形)となるようなものでなければならず,「1+1=2−α」とな るものでは意味が無い。後者の形になってしまうと,「会社に依存する者の 丸抱え」となってしまい,これでは「護送船団方式による弊害」の繰り返し になってしまうであろう。
ワークシェアリングに批判的な意見のひとつとして,「若年層の不公平感」
が挙げられるが,ワークシェアリングによって,本来得られるべき報酬を失 う有能な若年層は,それだけでも不満の種となるのに,その上に,「職を失 わないで済んだ」人々が「効率の悪い仕事」しかできないとなれば,全体の モラール低下をもたらしかねない。
従って,ワークシェアリングを導入する際には,従業員に対して,「依存」
的な意識を払拭して「自立」的な意識を持たせるようにし,その方策が「弱 者を救済するための消極的措置」ではなく,それが「新たな雇用を創出し,
新たな人生設計を促すような積極的刺激策」であると認識できるような「意
識改革」を促す必要があるであろう。
㈿.ヨーロッパにおけるワークシェアリング
1.ドイツモデル
ヨーロッパのワークシェアリングで有名なのが,1993年にフォルクスワー ゲン社(以下,VW)で行われたものである。
当時,ドイツの失業率は11%,400万人以上の失業者が溢れていた。10万 人の従業員を抱える同社は,当初3万人の人員削減を断行する予定であった が,労使間の雇用保障協定(「雇用安定化のための労使協定」)で,2年間に 限り,週35時間制を28.8時間に短縮し,原則週4日勤務(週休3日制)にす ることで合意した。労働時間20%短縮,年収10%ダウンにより,余剰人員3 万人の解雇を回避したのである(ちなみに自動車の販売価格も5〜10%下げ ることに成功している)。
VWのワークシェアリングは過去の産物ではない。2001年,VWは労働時 間の延長と残業手当の廃止で総賃金を抑え,5000人の雇用を創出する新賃金
・勤務制度の導入で,IGM(ドイツ金属産業労組)と合意した。
VWが導入を目指していたのは,ミニバン工場を対象に月給を一律5000マ ルク(約28万円)にして5000人の雇用を生み出す「ベンチマーク・プロダク ション5000×5000」である。これは,従来の週5日の三交代制から土曜日も 含む週6日の三交代制に移行し,工場の稼働時間を延ばして雇用機会を拡大 する一方で,夜間・週末勤務手当を廃止する構想である(ドイツの失業者数 は2000年末に380万人を切ったが,2001年になって再び増加。7月には約387 万人に達した。シュレーダー政権は,2002年秋までに失業者を350万人に減 らす公約を掲げ,自動車業界に雇用拡大の要請を強めた)。
また,VWは2003年7月に,同社のブラジル5工場の従業員2万4800人中,
3933人を整理すると発表したが,直接解雇を避けるため,金属加工関係のア
ウトヴィゾン社を創設し,部品業界,再販店その他への再就職口を探す方針 を示している 。7)
またその他,ドイツでは,1996年に「高齢者パート就労法」を改正し,55 歳以上の労働者を,年金が支給されるまでパート就労に移行させ,政府がそ の賃金の20%を補助し,高齢者の早期退職と,若年雇用対策を組み合わせた 制度が実施されている(以前は,58歳以上の労働者を解雇し若年層を雇用す ると助成金が支給される政策がとられていたが,高齢者の引退抑制に転換し た)。
しかしながら,ドイツではワークシェアリングによって,雇用維持は実現 できているとはいえ,失業率がそれほど大幅に改善されているわけではない というのが現状であり,新たな雇用創出が今後の課題と言える。
2.オランダモデル
1980年代半ば,オランダの失業率は2ケタに上り,「オランダ病」と言われ るほどに雇用環境は深刻化していた。そこで,82年に政労使が協議し,㈰賃 金上昇率の抑制㈪パートタイム労働者の雇用促進㈫派遣労働にかかわる規制 緩和,を柱とする「ワッセナー合意」を締結し,積極的にフルタイム労働か らパートタイム労働ヘのシフトが進められたが,この「パートタイム労働」
の増加がオランダのワークシェアリングの特徴であるといえる(83年に12%
だった失業率は,85年には8.3%,90年には6.2%,92年には5.6%と順調に 下がったものの,93年には6.6%,94年には7.1%と上昇し,再び上昇傾向に 向かうかと思われた。しかし,95年は6.9%,96年は6.3%と以後下がり始め,
98年には4.1%,そして2001年には2.4%にまで下がっている〈OECD[2002]〉)。 オランダでは,先の「ワッセナー合意」にみられるように,政労使の対話 が積極的に行われており,それは「社会コーポラティズム」あるいは「ネオ
・コーポラティズム」呼ばれている(根本孝[2002],pp.102−103)。政労8)
使それぞれの動きを観てみよう。
まず労働組合は,失業率の改善策を検討する過程で意識調査を行い,その 結果,育児や介護,あるいは自己実現などのために,フルタイムよりもパー トタイムを希望する声が大きいことが分かった。それを受けて,労働組合は,
パートタイム労働者をフルタイム労働者にすることを経営側に求めるという 方針を転換し,パートタイム労働の促進に賛成する意向を示した。
次に企業は,フルタイムとパートタイム間の労働時間の差別を自主的に修 正し,両者を均等に取り扱っていくという合意に基づき,それを積極的に実 施していった。
そして政府は,1996年11月に,フルタイムとパートタイム間の労働時間の 差別を禁止する法的措置を導入した。
こうして差別が禁止され,均等待遇原則が受けられるようになり,パート タイム労働者が 急増していった(OECD 主要国の就業者に占めるパートタ イム労働者の比率については,図表㈿−1を参照。オランダのパートタイム 労働者の比率が飛び抜けて高いことが分かる)。そして,その結果として,
ワークシェアリングが登場するに至ったのである。
それまでは,多くの国の労働組合にとっては,ワークシェアリングはフル タイム労働者の時短によって行うという考え方であったが,その形では実際 にはあまり大きな成果を上げないできた。
しかし,オランダの場合は,パートタイム労働の促進によってワークシェ アリングが発生し,雇用が増え,失業が急速に減少することによって,消費 が増加し,経済が成長することとなった。
現在では,オランダの人々は,主として3つの働き方をもっている。1週 休2日で週35〜38時間の労働,2週休3日で週30〜32時間労働,3週半分の 約20時間労働の3つの労働パターンからの自由な選択である(長坂寿久
[2000])。
図表㈿−1 OECD主要国の就業者に占めるパートタイム労働者の比率(%)
年 国
1990 1998 1999 2000 2001
男 女 男 女 男 女 男 女 男 女
日 本 9.5 33.4 12.9 39.0 13.4 39.7 11.8 39.4 13.7 41.0 アメリカ 8.3 20.0 8.2 19.1 8.1 19.0 7.9 18.2 8.1 18.2 カ ナ ダ 9.1 26.8 10.6 28.8 10.3 28.0 10.3 27.3 10.4 27.1 イギリス 5.3 39.5 8.2 41.2 8.5 40.6 8.4 40.8 − − ド イ ツ 2.3 29.8 4.6 32.4 4.8 33.1 4.8 33.9 − − フランス 4.4 21.7 5.8 25.0 5.8 24.7 5.3 24.3 5.1 23.8 オランダ 13.4 52.5 12.4 54.8 11.9 55.4 13.4 57.2 13.8 58.1 出所:OECD Employment Outlook 2002 より作成
注:a.パートタイム労働者とは,「ふだんの労働時間(usual working hours)が週30時間未満の労 働者」をさす。
b.日本の場合は,「主たる仕事について調査週に35時間未満働いたもの」をパートタイム労 働者としている。従って,他国と同様に「週30時間未満」でデータを出すと,比率は上記 の数字よりもかなり下がることとなる。
また図表㈿−1からも分かるように,現在のオランダでは,女性のパート タイム労働の比率が高いだけでなく,男性の比率も他国に比べて近年非常に 高くなっている。この傾向が続けば,次第に夫も妻もパートタイムで働くと いうパターンが増えてくるであろう。これは,「夫婦共働き」という点では,
「ダブル・インカム」型ということになるであろうが,オランダのものは時 間と賃金の考え方が「ダブル・インカム」型とは少し異なる,言わば「セミ ダブル・インカム」型である(根本[2002],p.62)。
一般に「ダブル・インカム」型とは,アメリカに多く見られるように,夫 婦共にフルタイム労働をすることをさすが,「セミダブル・インカム」型は,
夫婦どちらかがフルタイムで1.0働けば,他は0.5働く,あるいは夫婦それぞ れが0.75ずつ働いて,2人合わせて1.5人分働くというもの(「1.5稼ぎタイ プ」)である。実際,オランダでは,夫婦共にフルタイム労働の「ダブル・
インカム」世帯は他国に比べて極端に少数であり,「セミダブル・インカム」
世帯の比率が圧倒的に多くなっている(OECD の Employment Outlook 2001 によると,1999年における夫婦共にフルタイム労働の世帯の割合は,
アメリカ36.5%,イギリス19.5%,ドイツ20.9%,フランス31.3%に対し,
オランダは4.2%に過ぎない)。
以上のように,オランダでは,パートタイム労働を非常に重視してきたの で,必然的にパートタイムの労働条件の改善が段階的に進められてきている。
具体的には,1993年の労働法改正,96年1月の労働時間法改正を経て,同 年11月の労働法改正によって,フルタイム労働者とパートタイム労働者との 間で,時間当たりの賃金,社会保険制度への加入,雇用期間,昇進などの労 働条件,ならびに休暇・老齢年金,失業保険,損害保険などに関して格差を つけることを禁じ,両者を労働時間数に比例して平等に扱うことを義務づけ た。
また,2000年には労働時間調整法が施行され,労働者が使用者に対して,
労働時間数の増減を要請した場合,労働者はフルタイムからパートタイムへ,
あるいはパートタイムからフルタイムへ移行することが認められることとな った。
もちろん,このモデルが万全というわけではなく,いくつかの問題も有し ている(次章を参照)。しかしながら,わが国においても,労働者側からす れば「自由な働き方の選択肢がほしい」,経営側からすれば「労働者のモラ ールを高めたい」,あるいは徐々に「CSR の一環として実施する必要がある」
などの理由から,積極的にワークシェアリングを検討する企業が増えてきて おり,政府も関連法の整備に乗り出し,そうした点からすれば,「オランダ モデル」における政労使間の合意による賃金抑制策,フルタイム労働とパー トタイム労働の均等待遇原則化など,学ぶべき点は多いと思われる。
㈸.日本におけるワークシェアリング導入の模索と可能性
さて前章では,ヨーロッパのワークシェアリングについて概観してきたが,
本章では,日本において,実際にワークシェアリングがどのように展開され ているか,また今後,ワークシェアリングを効果的に実施するためにはどの ような点に留意すべきかについて考察していきたい。
1.日本におけるワークシェアリングの事例 TOWA
1
京都に本社を置く工作機械メーカーの TOWA は,2001年10月から国内3 工場に週休3日制を導入した(対象者は,約590人の全社員のうち,営業や 総務などを除く約260人)。
同社は,半導体チップを保護するための樹脂封止装置で世界トップシェア を持つ企業であったが,1979年創業以来ほぼ一貫して上向きだった業績が IT 不況で急速に落ち込み(仕事量はピーク時の3〜4割減った),役員報酬 のカットなどの合理化策でも追いつかず,ワークシェアリングに踏み切った わけである。
具体的には,週休3日制(金曜休日)で,賃金に関しては金曜4回中1回 が有給休暇扱い,他の3回は基本給2割カット(一人当たり月3%の減収)
という形がとられた。
この導入に際して,同社が「将来,半導体市場は必ず回復する。そのとき に備えて雇用は守る」と強調していたところからも,同社のワークシェアリ ングが「雇用維持・緊急避難型」ということが分かるが,休みとなった金曜 と土曜を利用して,中間管理職の研修などを実施し,仕事量が減っても,そ れを逆手にとって従業員のスキルアップを目指すなどしていた。
しかし,同社の業績低迷はなかなか回復せず,2003年8月,全社員の約1
割にあたる50人の希望退職者を9月に募集するという決定を下した。半導体 市況低迷への対応が遅れて2期連続の大幅赤字となっており(03年3月期の 当期赤字は24億円),責任を明確にするため経営陣の降格も決めた(希望退 職に伴い,04年3月期の人件費は1億500万円,来期以降は2億5000万円の コスト削減を見込んでいる)。
三洋電機 2
三洋電機は,生産部門の海外移転などに伴い余剰として生じてくる人員に 対して,他社が一般的に行っている希望退職などを募らずに,社員一人当た りの労働時間を短縮することで雇用維持を図るという形でのワークシェアリ ングを導入し,制度化するということで,労使間において合意に至り,2002 年4月の労働協約改定に盛り込んだ。日野自動車が55歳以上限定で労働時間 を1時間ずつ削減したケースなどとは異なり,対象を限定しない職場全体で のワークシェアリングの制度化は大手企業初である。
労使間では,㈰単位労働時間当たりの賃金は下げない㈪賃金縮小幅に限度 を設ける㈫経営側に雇用力のある新事業開拓の努力を促すために制度適用を 最大3年間とする,など単純な賃金カットにならないための歯止めを取り決 めたが,転籍などを伴わない本格的な導入を決めたのも,大手企業では初め てのことである。
対象は,本体と主要関係会社5社の約3万人だが,実際の実施は全社一斉 ではなく,約1000の部門のなかで余剰人員を抱えて制度適用が必要となっ たところだけが実施されることとなった。単なる賃金カットにならないよう,
単位労働時間当たりの賃金は下げず,削減幅にも限度が設けられた。
期間は6カ月以上3年以内で,その間に余剰人員を活用できるような新規 事業の立ち上げを図る。また,これまで派遣労働者でまかなっていた仕事な ども可能な限り正社員に回すようにした。
現在,日本企業で導入されているワークシェアリングの多くが「緊急避難 型」であるのに対し,同社のワークシェアリングは労働協約で制度化された という点が特徴的である。ヨーロッパと異なり,日本の現段階でのワークシ ェアリングは,人件費削減目的など経営主導型のものが多いのが実情である が,同社の場合は,適用条件を労使間で厳しくルール化している。
兵庫県の「兵庫型ワークシェアリング」
3
兵庫県の雇用情勢は,阪神・淡路大震災後に急激に厳しくなり,1999年4 月,有効求人倍率は0.32倍にまで落ち込んだ。これは全国でワースト3の数 値であり,阪神大震災直後をも下回るものであった。
この厳しい雇用情勢に対応するため,同年6月,政労使(兵庫県・連合兵 庫・兵庫県経営者協会)の三者で,「兵庫県雇用対策三者会議」を設置し,
三者が協力して,失業の実態の把握・分析を行うとともに,雇用の維持・安 定・創出の対応策をはじめ,ワークシェアリングのあり方に関しての検討を 始めるに至った。
そして同年8月,同三者会議は,㈰雇用の創出・確保と新産業の形成・産 業集積の強化,㈪社会資本整備による需要創出,㈫円滑な労働移動に向けた 職業能力開発と職場体験の積極的な推進,㈬雇用の維持・安定のためのさら なる取り組み,を柱とする「雇用創出・安定プラン(労使によるワークシェ アリング・ガイドライン)」を策定した(佐藤幸一[2000])。
また同年12月には,7項目からなる「兵庫型ワークシェアリングについて の合意」が調印された(資料A参照)。このモデルとなったのは「オランダ モデル」であり,政労使が継続して協調する「コンセンサス形態」が,その 基本にある。しかし,フルタイム労働とパートタイム労働者との均等待遇を 法制化し,男女共同参画のパートタイマー化を促進し,家事・育児・介護な どを分担しあう「コンビネーション・シナリオ」を試みているオランダと状
況が異なる日本で,今後,どのように適用していくかがネックとなるであろう。
では,県の具体的な取り組みとして,「ひょうごキャリアアップ・プログ ラム(雇用確保推進プラン)」を見てみよう。
これは,県職員の残業を減らして新たな雇用を生み出すことを目的として おり,2000年度は120名がこのプログラムで県庁に採用された。身分は非常 勤嘱託員であり,労働時間は週4日30時間に限られ,月給は15万5000円(2003 年4月現在で15万2000円)の定額制とされた。期間は原則1年で,最大でも 1年しか延長されない。財源は,知事部局の約8000人の職員の残業代を年間 5%(約2億円)削減したものである。これをもとに,就職先が見つからな い新卒や既卒の若者を雇う。
このプログラムの趣旨は,厳しい雇用情勢や様々な就業志向が生じている ことを踏まえ,雇用機会の創出を図るため,公務部門においてワークシェア リングを推進することである。新規学卒者等若年層の雇用状況が厳しいとい う現状を踏まえ,若年層(18歳以上29歳以下)の求職者を非常勤嘱託員とし て採用し,県における職務経験を通じてキャリアアップを図ることが主目的 である。
実際は,自分の希望する部署に配属されることは稀なので,必ずしもキャ リアアップにつながるとは限らないが,週3日の休暇があり,出勤日も定時 に終わるため自分の時間がゆっくりとれるので,仮に希望の部署に配属され なくても,空いた時間を有効利用し専門学校へ行くなどして,別の形でのキ ャリアアップは可能となる。
導入に際しての職員の声は様々であり,「自分の時間が持ててありがたい」
とする者もいれば,その一方で「時短になっても仕事の絶対量は減っていな いのに,残業代だけが削られる。仕事の忙しさが増したようである」「正職 員のサービス残業が増えた」との指摘もある。
もし今後,後者の指摘が一般化するようなことになれば,それは経費削減