生命保険の販売チャネルにおける 信頼性に関する一考察
田 中 隆
■アブストラクト
日本における生命保険の普及は,営業職員を中心とする販売チャネルから 供給されてきたが,それらのチャネルが,消費者の保険選択に有効であり続 けてきた要素についての検討は,稀少であった。本稿では,営業職員チャネ ルを中心にした分析から,販売チャネルにおいて消費者から重視される信頼 性の存在する構図について,さらに角度を変えて考察を進めた。
本稿では,とりわけ営業職員チャネルの有効性に関しては,リレーション シップ・マーケティングの概念を分析手法に用いて考察を試みた。考察の結 果,日本の生命保険販売が,営業職員チャネルによるものが大半である現状 から,情報の非対称性下において機会主義的行動の可能性におかれる消費者 にとって有効な行動は,営業職員を信じることであった。またリレーション シップ・マーケティングにおける交換的次元と共同体的次元の概念は,優良 営業職員が築いてきた営業における言動に確認されることが示された。
■キーワード
販売チャネル,信頼性,営業職員
Ⅰ.はじめに
本稿の目的は,営業職員を中心とする生命保険販売チャネルにおける本質
/平成22年8月31日原稿受領。
的な分析から,販売チャネルにおいて消費者から重要視される 信頼性 と いう要素が存在し得る構図について,リレーションシップ・マーケティング の視点を新たに加え,この構図の理論的な普遍性を示すことである。
今日まで,日本における生命保険を中心とする保険商品は,営業職員を中 心とする販売チャネルから供給されると共に,現在はそれ以外のチャネルも 出現する現状となっている。その一方で,消費者の保険選択行動において大 きく作用してきた営業職員中心の販売チャネルについての考察は,田村
(1990,1995),水島(2006)等 で議論されてきたが,全体的には稀少であ る。
本稿では,生保業界の発展を支えてきた営業職員チャネルを含めて,生命 保険の販売チャネルにおいて,消費者が重要と認知する 信頼性 が存在し 得る構図について,特に田中(2009)の議論を基盤に,商学分野において近 年提唱されるリレーションシップ・マーケティングの理論を援用して考察す る。ここでは,保険論でこれまであまり議論されなかったこの理論の本質的 側面に触れた分析を新たに加える。そして,リレーションシップ・マーケテ ィングの理論的観点から,営業職員チャネルにおいて前述の信頼性が存在す る構図を改めて確認することで,この構図が観点を変えても成立するという ことを提示する。
Ⅱでは,現在においても日本の生命保険販売は,営業職員チャネルによる ものが大半であること,消費者の保険選択においては,保険商品の知識が乏 しくとも,営業職員を信じることで成立してきた構図を指摘する。
Ⅲでは,消費者の生命保険購入が,機会主義的行動の可能性も含まれる状 況での 他人 との契約である一方で,情報の非対称性下において保険を購 入する消費者には,信頼される営業職員の存在が有効であることを指摘する。
1) 営業職員に関する研究については,田村(1990,1995),水島(2006),田中 (2009)等の議論が存在する。米山(1997)は,戦後生保システムにおいて営 業職員チャネルを議論している。本研究における生命保険マーケティングの研 究には,佐藤(1996,2003),金(2004,2005)等の議論が存在する。
Ⅳでは,リレーションシップ・マーケティングの概念においては,消費者 から信頼性を認知される交換的次元と共同体的次元の方向性が存在する一方 で,優良営業職員は従来からこれらを実践し,このマーケティングの要素を 満たしてきた構図を指摘する。
生命保険の普及が,ターンオーバーに巻き込まれる傾向の強い営業職員の 力によって支えられたことが所与とされてきたためか,生保販売チャネルが 有する本質的な重要性とその構図に関する検討は,稀少であると思われる。
本稿では,生命保険販売チャネルについて,消費者に作用し,販売チャネ ルが有する信頼性という本質的要素が存在し得る構図について,リレーショ ンシップ・マーケティングからの議論を新たに加味し,その構図の理論的普 遍性を提示する。
Ⅱ.生命保険販売と販売チャネルの現状
1.生命保険販売の現況と販売チャネル
販売チャネルは,どのような商品を販売する際においても,必然となるも のであるが,特に生命保険販売においては更なる重要性が要求される。近年 の生命保険販売における割合としては,インターネット等の通信販売チャネ ルが登場しているが,人的な販売チャネルは未だ圧倒的な存在を占めている。
生命保険文化センター(2009)によると,生命保険の直近加入チャネル
(平成21年調査;平成16〜21年に加入)については, 営業職員 が68.1%と 7割近くを占めて最も高く,次いで 通信販売 が8.7%, 郵便局の窓口や 営業職員 が2.9%, 銀行窓口 2.6%となっている(図表1)。また平成18 年の加入チャネルについては, 営業職員 が66.3%, 通信販売 が9.1%,
銀行窓口 3.3%となっている(図表1)。
一方,非人的要素チャネルの典型的存在である 通信販売 による加入は,
インターネットを通じて が平成18年の1.8%から平成21年の2.9%に増大 しているが, テレビ・新聞・雑誌を通じて は,7.3%(平成18年)から 5.7%(平成21年)に低下している。逆に全体としては,平成18年の9.1%か
ら平成21年の8.7%に低下している。平成9年の0.6%,平成12年の3.3%か らは増大しているが,消費者が合理的に変化していると思われる近年におい て,伸びは目立たない。この現状から,テレビやインターネットが我々の生 活に大きなウェイトを占める現在においても,通信販売において生命保険を 購入する消費者が劇的に増大してはいないことが確認される。
人的要素の典型である 営業職員 は, 通信販売 が存在しない平成9 年の88.5%から66.3%(平成18年)に低下したが,平成21年においては68.1
%と再び上昇に転じており,現在も7割近くを占めている 。
(図表1)直近加入契約(民保)の加入チャネル(主要なもの)
①平成21年 ②平成18年 ③平成15年 ④平成12年 ⑤平成9年 生命保険会社の営業職員 68.1% 66.3% 71.8% 77.6% 88.5%
(家庭に来る営業職員) 52.5% 51.0% 51.3% 49.7% 54.2%
(職場に来る営業職員) 15.7% 15.3% 20.4% 23.6% 28.9%
通信販売 8.7% 9.1% 5.7% 3.3% 0.6%
(インターネットを通じて) 2.9% 1.8% 0.8% 0.2%
(TV・新聞・雑誌を通じて) 5.7% 7.3% 4.9% 3.1%
生保会社の窓口 1.9% 2.1% 2.7% 2.9% 1.6%
郵便局の窓口・営業職員 2.9%
銀行・証券会社を通じて 2.6% 3.3% 1.7% 1.3% 1.2%
保険代理店の窓口・営業職員 6.4% 7.0% 6.7% 8.8% 4.0%
勤め先や労働組合等を通じて 3.0% 5.2% 6.4%
各年①,②,③,④,⑤については,それぞれ,①平成21年調査(平成16〜21年 に加入),②平成18年調査(平成13〜18年に加入),③平成15年調査(平成10〜15 年に加入),④平成12年調査(平成7〜12年に加入),⑤平成9年調査(平成4〜9 年に加入)となっている。
出所:生命保険文化センター(2009)p.44参照。
2) 銀行等での外務員の利用者は,全体的に少ないが,定期預金と生命保険の利 用比率においては高く,外務員については年収の高い人が使う比率が高い(郵 便貯金振興会,2007,pp.14‑15)。また生命保険における外務員の利用は増大
かつての登録営業職員数は,450,284人(平成2年度)を数える時代があ ったものの(インシュアランス,1991,p.114),近年の営業職員数は減少す る傾向にあり,平成19年度の登録営業職員は,237,096人と,ピーク時の半 数近くに低下している(インシュアランス,2008,p.206)。しかしながら,
営業職員数自体の減少傾向は確認されるものの,営業職員を介した販売チャ ネルは,主力チャネルの座を占め続けていることが確認されるのである。こ の現状から,ダイレクト販売やインターネットによる契約締結という方法が 導入されても,保険営業の主流は,顧客の生活保障に向けた提案と説得・合 意を得た販売にある(水島,2006,p.221)という状況が改めて確認される。
日本における生命保険の普及は,販売の中心勢力としての営業職員の活動 により,拡大したところが大きいとされ(刀禰,北野,1995,p.184),営業 職員チャネルが生命保険の普及に貢献してきた事実は周知となっている。そ して現在においても,通信販売が目立たない一方で,営業職員チャネルによ り,生命保険が消費者に販売される状況が,未だに,圧倒的な割合を占めて いるのである。
2.生命保険販売と営業職員チャネル
現在においても,営業職員チャネルを通した販売が優勢な割合を占めてい る現状は,生命保険販売における本質的要素を考察する上での切り口となる。
営業職員チャネルが優勢な根拠としては,生命保険商品における無形性と 弱需要性という要素が存在しているという指摘がある(國崎,1977,
p.177;
佐藤,1996,pp.9‑10)。國崎(1977)によると,生命保険の商品特性によ り,多数多量の契約を集める保険経営において需要の喚起が要求されること になり,それゆえに生命保険の営業職員は,その主要な担い手になるとされ る(p.177)。そして生命保険商品の販売は,商品特質の関係もあり,自動車 等と比較しても外務員の力が極めて大きいとされ,それも訪問販売による成
傾向にあり,高齢者の利用比率が高い(同,p.45)。銀行等においても,生命 保険に関しては外務員に依存する傾向が高いことを示している。
果が圧倒的ウェイトを占めている(佐藤,1996,pp.12‑13)という指摘が,
生保販売の説明として妥当となる。ここでは,無形・弱需要である生命保険 商品における営業職員の役割が確認される。これらの指摘を参考にすると,
生命保険販売において消費者への需要の喚起,無形の商品の説明がなされる としても,ここでは営業職員自身が消費者との接点となることを意味する。
一方で,気づかされることは,生命保険商品を理解することは,消費者に とって必ずしも重要だとは思われにくい消費者の行動である。例えば,植村
(2007)は,保険商品には無形で理解しにくい面があり,営業職員任せの契 約者が少なくなく,契約後においても商品内容に理解や関心が薄い状態を指 摘している(植村,2007,p.58)。
生命保険文化センター(2009)によると,加入契約が平成13年から平成21 年までの世帯での生命保険加入理由において,選択肢を 商品要因 , 加入 機関(会社)要因 , 営業職員要因 , その他 と統合して提示している。
ここでは, 商品要因 が51.8%, 営 業 職 員 要 因 が47.9%, 加 入 機 関
(会社)要因 が22.0%を示している(図表2) 。
消費者が生命保険に加入する際,知識を有した合理的な消費者であるなら,
3) 各要因における統合前の個別の項目については,生命保険文化センター
(2009)を参照のこと。
(図表2)直近加入契約(民保)の加入理由(要因別)(複数回答)
各調査においては,平成21年調査(平成16〜21年に加入),平成18年調査(平 成13〜18年に加入),平成15年調査(平成10〜15年に加入),平成12年調査(平 成7〜12年に加入)となる。
出所:生命保険文化センター(2009)p.40。
①商品要因 ②加入機関(会社)要因 ③営業職員要因 ④その他 ⑤不明 47.9%
47.2%
51.2%
51.5%
22.0%
23.4%
17.0%
16.2%
51.8%
51.0%
51.2%
51.6%
平成21年調査 平成18年調査 平成15年調査 平成12年調査
1.2%
0.7%
0.6%
0.2%
18.6%
17.4%
17.8%
17.5%
保険商品自体について検討することが考えられ,特に近年の消費者ならば,
保険商品に関する知識や保険選択における合理的な判断が増大していると想 定される。しかしながら,ここで加入理由としての商品要因はさほど上昇し ておらず,横ばいの状態であることが確認される。
また,加入理由としての営業職員要因は平成12,15年から減少したものの,
一定の割合を維持し,ある程度の高い割合を占め続けている。また図表2の 統合された加入理由以前の直近加入契約の加入理由では, 営業職員や代理 店の人が知り合いだったので は20.9%(平成18年調査)から19.6%(平成 21年調査)となっているが, 営業職員や代理店の人が親身になって説明し てくれたので は,15.9%(平成18年調査)から20.0%(平成21年調査)に 上昇している(生命保険文化センター,2009,p.39)。このことから近年に おいても,消費者への保険販売において,営業職員チャネルが影響を与えて いることが確認される。これらの指摘と現状から,生命保険購入に関しては,
営業職員を要因として生命保険に加入している消費者が,未だに少なくない ことが確認される。
この現状に対する理論的説明としては,田村(1990)の指摘が興味深い。
田村は,契約者が外務員や代理店を個人的に 信じた ことが,日本が世界 有数の保険大国になった理由であると指摘する。そして保険それ自体は良く 理解できなくとも,友人や知人,親戚が進める以上,間違いはないとの信頼 感があり,つまり保険ではなく 人間性 を信じ,そのついでに契約する会 社も 信じた のであろうと主張する(田村,1990,pp.34‑35) 。この植 村や田村の指摘等から,消費者にとっての生命保険商品の購入は,商品自体 に対する理解が不十分であっても,営業職員を信じたり,営業職員に任せた りすることで,ある程度成立するのである。
4) 田村(1995)は,契約者に直接に接触し,生命保険を説明して加入を呼びか ける外務員こそ生命保険業の唯一の代表者であり,良きにつけ悪きにつけ契約 者は外務員を通じてのみ生命保険を知り,加入の機会を得ると指摘している
(p.147)。
有形な商品においては,販売チャネルの存在が重要であっても,商品の有 形性ゆえに,消費者の認知は,主として商品に向けられると考えられる。し かしながら,商品自体が無形な生命保険商品においては,商品に向けた認知 が弱く,需要の喚起に加えて,販売チャネルにおける営業職員の存在は,単 なる販売行為以上の影響を消費者にもたらす。そして田村が指摘するように,
保険商品の無形性や難解さゆえに,その商品自体も営業職員を通じて消費者 に認知される構図が浮かび上がることになる。それに加えて強調することは,
営業職員チャネルにおいては,商品の説明と共に消費者に営業職員が信じら れて,保険商品が購入される構図が確認されるのである。
現在においても,営業職員チャネルによる生命保険販売が大勢を占めてい る以上,消費者の保険選択において営業職員を何らかの形で 信じる こと は,程度の差はあっても存続していることが考えられるのである。
Ⅲ.生命保険販売と消費者において信じられる対象
1.生命保険販売と 契約 の存在
近代保険の一つの特徴は,保障内容や条件が明記され,保障を得るための 契約 の存在にある(田村,1990,p.190)。人々が保障を得たいのであれ ば, 契約 を結ばねばならないし,得られる保障の内容や条件もすべて契 約によって明確に規定されている(田村,1990,p.190)。そして生命保険商 品の販売は,生命保険契約の締結とイコールである(佐藤,1996,p.10)こ とから,生命保険販売においては, 契約 という要素は無視できない存在 である。さらに保険におけるこの部分は,保険者と消費者の接点となる部分 でもある。
この契約という要素が,本質的にどのような意味を有しているのかを分析 することは,興味深い部分がある。Durkheim(1974,1989)や巻口(2004)
の指摘を参考にすれば,保険契約を含む財貨取引に目立つ契約類型は,近代 社会的な諸機能の分業を含む協同・専門化や経済生活の発達を伴った 諾成 契約(Durkheim,1974
, p.233) や 誠意契約(Durkheim,
1974, p.
244)等となる。
一方,この財貨取引に主要な契約類型についての説明を行うと,近代以前 における 目的契約(Weber,1974,p.121) という名称にも相当する。
この目的契約は,経済的要素等の具体的な諸給付や諸効果のみを目的とした 他人 との契約であり,関係当事者の信頼性の有無への考慮が薄い契約で ある(Weber,1974,pp.123‑124)。そして保険も含まれ得る財貨取引的契 約は,本来的に機能的で,契約当事者各自の利益を優先した ドライ な契 約である一方で,関係当事者の信頼性が考慮されにくい契約である。これら の議論を参考にすると,近代社会における大抵の 契約 には,従来的に,
信頼性に配慮しない 他人 のエレメントが内包され,機会主義的行動が発 生する余地が存在している。
一方,これに反した強い信頼性を有する 契約 は,原生的契約となる。
この原生的契約は 身内 を生み出す契約であり,宗教的な儀式や儀礼に強 く裏打ちされた契約である。Weber(1974)の指摘する 身分契約 ・ 兄弟 契約(Weber,1974
, pp.
121‑122) やDurkheim
(1974)が指摘する 要式 契約(Durkheim,1974, pp.
224‑225) が代表例となる。ここで採り上げる 原生的契約は,前近代社会における共同体社会で顕著であるが,現代におい ても,閨閥等の存在とそこに組み込まれる意味の重さは,最も信頼できる存 在が 身内 であり続けることを強く物語っているのである。現在の保険契約等の契約が強く 目的契約 的に締結されることはないも のの,保険商品を含めた金融商品等において販売側と消費者におけるトラブ ルが存在することにも気づかされる。上述のような財貨取引的契約と原生的 契約に関する議論を参考にすると,この種の被害が起き得る一つの理由は,
財貨取引的契約が本来的に
Weber
の 目的契約 の要素を含んでいること にある。そこに信頼性を保証し得ない 他人 が介在している限り,機会主 義的行動が発生する余地を削除できない性質が存在していることになる。現代の消費者は,自分達の生活保障の確保のために,当然のように生命保 険を購入し,契約を締結する。だが,現代の消費者は,生活保障という人生
における最重要な要素を, 身内 ではなく,完全には信頼し得ない 他人 と契約を締結することで確保しなければならないのである。
2.生命保険の購入と信頼できる存在
生命保険販売においては,商品における性質から,加入者が商品・価格に 関する知識や理解が十分でない場合も少なくない (鹿島,2006,p.120)。そ れゆえに生保販売では,営業職員が見込み客を訪問し,信頼関係を作り出し ながら個別の情報提供を継続するというプロセスが必要となる(鹿島,2006,
p.
120)。ここで消費者における生命保険購入の意思決定は,営業職員の提言 と援助というコンサルティング・セールスにより成立することになる(佐藤,1996,p.12)。これらの指摘から,生命保険の契約においては,相対的に知 識が少ない契約者が相対的に知識の豊富な営業職員のサポートを受けて,保 険者と契約する状況が大半である構図が確認される。
この現状から,顧客が保険に加入する場合,保険商品を供給する側は商品 に関してプロであり,顧客は保険商品に関して素人である構図が確認される
(山越,2006,p.180)。保険商談の当事者において,相手側の情報が不足す る状態が情報の非対称性となるが,保険企業と顧客間にはこの情報の非対称 性が存在している(山越,2006,p.180)。また保険契約者は,保険者の財務 内容,保険契約ないし商品それ自体の内容について十分な判断力を有しては いない一方で,保険者は保険取扱に熟達した専門家であり,保険取扱の知識 や能力に関して,契約者に対して優位にある(岡田,2006,pp.128‑129)。
すなわち保険情報に関しては,顧客<営業職員(保険代理店)<保険企業と いう構図が成立する(山越,2006,p.180) 。岡田や山越の指摘は,顧客が 保険商品に関して保険者や営業職員よりも情報の非対称性下におかれる構図 が不可避であることが確認できる。これは通信販売等の他の販売チャネルに
5) 一方で,保険商品とは別に,顧客情報に関しては保険企業に向かうほど情報 が不足し,顧客情報は,顧客>営業職員(保険代理店)>保険企業となる(山 越,2006,p.180)。
おいても同様の構図におかれる 。またⅡの2で指摘したように,契約後に おいても商品内容に理解や関心が乏しく,営業職員任せの契約者が少なくな い状態は(植村,2007,p.58),契約後においても情報の非対称性が維持さ れる構図も示している。このように,加入段階や加入後においても,生命保 険商品に関して,消費者が供給側よりも高い知識や情報を有することは困難 であることが確認される。今後において,情報格差を縮小する消費者は増大 するであろうが,消費者が情報の非対称性下におかれる基本的な構図が消え ることはないのである。
保険販売においては, 契約 という要素が存在する一方で,この契約に おける要素は,信頼性が基本的に希薄な 他人 との 目的契約 的な要素 を含んだ財貨取引的契約であることが確認された。そして,その 契約 に おいては,供給者側と消費者側との間に解消できない情報格差が存在してい る。すなわち消費者は,情報劣位の立場におかれながら,契約当事者の機会 主義的行動がゼロとはいえない状況で生命保険を購入することになる。これ は販売チャネルの種類に関係なく存在する構図であり,特に生命保険販売に おいては,製品の性質上,この構図が強く消費者に影響しているのである。
ここで,情報劣位におかれても,機会主義的行動をゼロに近づける有効な 選択が,信じられる営業職員,知り合いの営業職員を介して生命保険を購入 する行為となる。すなわち相手が他人でも,このような営業職員を通じて生 命保険商品を購入すれば,情報劣位においても機会主義的行動にさらされな い対応を受けることができる。これはⅡの2で,契約者が保険自体を理解で きなくとも,外務員や代理店の 人間性 を個人的に 信じた という指摘
(田村,1990,pp.34‑35)とも符合するものである。
販売チャネルの中軸で有り続ける営業職員チャネルが,現在でも大きな有 効性を有している理由は,商品等の説明に加え,情報の非対称性下で商品の
6) 通信販売等における非対面性は,店舗販売と比較して,取引相手に対する信 頼度の高低が顕在化しやすいことから(丸山,2007,p.15),情報の非対称性 下における顔が見えない関係は,消費者への不安を喚起させる要素である。
内容を知らずとも,機会主義的行動を受けないという消費者の選択にマッチ していることにある。この従来的な販売チャネルの有効性については,さら なる検討の余地が存在しているのである。
Ⅳ.生命保険販売チャネルに垣間見られる信頼性
1.生命保険販売とリレーションシップ・マーケティング
消費者が生命保険の購入・契約を行うにあたり,消費者にとって営業職員 を信じた行動は,一つの有効な手段であった。
現在の大手生保は,数年前から営業職員チャネルの立て直しに取り組み,
時間をかけて新人層を育成し,無理に目先の新契約を追わせずに,固定給の 比率を高めて既契約者の訪問に力を入れているとされる(植村,2009,
p.
33)。また稲葉(2004)は,今後の生保マーケティングでは,顧客活動と いう従来の活動に加えてメンテナンスという顧客維持の考え方を明確に持ち,双方のバランスを意識し,顧客との信頼関係構築の具体策に取り組むべきで あると指摘する(稲葉,2004,p.73)。このように,生保業界において顧客 の維持・顧客との関係性の維持という方向性が選択されるならば,顧客との リレーションシップの構築・維持が,重要性を増すことになる(稲葉,2004,
pp.64‑67)。そして金(2005)は,生保会社のマーケティング活動の中心は,
新規顧客獲得から既契約者との良好な関係性の構築に移行すると指摘する
(金,2005,p.168) 。
この指摘から,生保業界においては,新規契約獲得指向から,既契約維持 の方向性に変化したリレーションシップの構築と,営業職員チャネルの有効 性を活用していく方向性が再確認される。生保業界において,顧客とのリレ ーションシップが重要であるとの認識が拡大する一方で,リレーションシッ プ(関係性)・マーケティングについての検討は,営業職員チャネル等の販売
7) 金(2004)は,1990年代に入ってから情報技術の発達が伴い,顧客との長期 にわたるリレーションシップを志向する関係性マーケティングが強調されるよ うになったと指摘する(p.115)。
チャネルにおいて見過ごされてきた要素を再確認できる手助けとなる。
久保田(2003,2008)は,リレーションシップ・マーケティングの再検討 を行っている。ここで,リレーションシップ・マーケティングとは,顧客と の間にリレーションシップと呼ばれる友好的で持続的かつ安定的な結びつき を構築することによって,長期的に見て好ましい成果を実現しようとする,
売り手の活動とされる(久保田,2008,p.135) 。
リレーションシップ・マーケティングの理解は容易ではないが,久保田
(2008)によると,リレーションシップ・マーケティングの中には, 交換 的 と 共同的 という二つの次元が暗黙裏に仮定されている(久保田,
2008,p.139)。そしてリレーションシップ・マーケティングにおける 交換 的 次元では,売り手と買い手の間に信頼関係を構築し,機会主義的な行動 に対する動機づけが低下するように試みられる(久保田,2008,p.140)。こ こで交換的次元に着目した場合,リレーションシップ・マーケティングとは 不確実性が高い状態においてそのまま取引関係を持続するのではなく,部分 的に不確実性の低い状態を作ろうとするものである(久保田,2008,p.141)。
またそれは,契約後の臨機応変な適応によって一層優れた交換成果が生み出 される関係を意思(機会主義的行動の低減)と能力(十分な能力の育成)の 双方から作り上げることにより,顧客から見た当該関係の魅力を高め,結果 として彼等から肯定的な行動を導き出そうとする(久保田,2008,p.141)。
このような交換的次元における不確実性が低減する方向性は,財貨取引的契 約から本来的に排除し得ない機会主義的行動の可能性を低減させてくれるも のである。
保険業界でリレーションシップ・マーケティングの重要性が指摘される中,
このマーケティングにおける交換的次元の概念は興味深いものである。ここ では,消費者に対して不確実性の少ない状態が促進され,消費者にとっては
8) 顧客満足型のマーケティングが交換対象に焦点を合わせるのに対し,リレー ションシップ・マーケティングは交換主体間の関係に焦点を合わせており,両 者はその着眼点において大きく異なるとされる(久保田,2003,p.16)。
認知された信頼性を増大させてくれるのである。
2.リレーションシップ・マーケティングにおける共同体的次元
リレーションシップ・マーケティングは,交換における不確実性を低下さ せているだけではない。もう一つの方向性は,売り手と買い手の間に愛着や 親しみといった言葉で表される,より精神的な結びつきを生み出す効果があ り,このような共同体的状態を生み出す側面が 共同体的 次元である(久 保田,2008,p.139)。この共同体的次元とは,顧客が売り手に対して愛着を 抱いたり傾倒したりする可能性があることを念頭に置いた上で,彼らがその ような状態になるように努力し,それによって肯定的な行動(利他的・献身 的行動)を期待するものである(久保田,2008,p.143)。久保田によると,
このような売り手に対する愛着や傾倒,あるいは利他的あるいは献身的とい った行動は,同一化(identification)によって生じると説明される(久保 田,2008,p.143) 。同一化によって,その存在が自己概念の一部を形成す るようになると,人はそれを肯定的に評価したり,それと共にあることに喜 びや楽しさを感じたりし,それに対して献身的に関わる傾向が増大する(久 保田,2008,p.144)。商的関係においては,それは部分的な同一化であるが,
部分的な同一化であっても利他的行動が誘発するとされる(久保田,2008,
p.
144)。このようにリレーションシップ・マーケティングにおける共同体的 次元には,顧客のアイデンティティの一部を形成し,自分らしさの認識を助 ける機能が存在している(久保田,2008,p.144)。さらに前述の交換的次元 とこの共同体的次元は互いに排他的ではなく,いずれの関係に対して相対的 に高い価値を感じさせる効果があるため,どちらも関係の継続をもたらすと される(久保田,2008,p.146)) 。9) 久保田(2008)によると,同一化とは,その対象が自己概念の一部を形成す るようになることであり,同一化が進むと,その対象が自分自身を語る際に欠 くことの出来ない存在となる。また自己と他者の区別が弱くなり,両者は我々 に合併され,相手との一体感が生じる (pp.143‑144)。
10) 久保田(2003)によると,ビジネス活動の現場において二つの次元(経済的
このような 共同体的 次元の方向性は,精神的な結びつきにより共同体 的状態を生み出している。そして,この共同体的状態の形成は,共同体社会 にみられる原生的契約の性質から,一定以上の信頼性を醸成することになる。
リレーションシップ・マーケティングにおいては,それぞれ異質な,交換 的次元における機会主義的行動が抑制されていること,共同体的次元におけ る社会的紐帯という原生的な方向での関係が志向されていることが,併存し ている。この機会主義的行動の低減と共同体的状態の方向性は,消費者サイ ドにおける信頼性の認知とその信頼性の増大をもたらす方向性を有している のである。
3.リレーションシップ・マーケティングと営業職員チャネル
生保業界において要求されるべきリレーションシップ・マーケティングの 概念と方向性を検討することは,従来からの営業職員チャネルにおける有効 性を理解する鍵を提供してくれる。その鍵に従ってみると,リレーションシ ップ・マーケティングで指摘されている交換的次元と共同体的次元の概念に おいては,興味深いことに,営業職員チャネルにおいて行われてきた行動と 相当の部分が相似することになる。それは,優良営業職員の姿勢や営業にお ける言動から確認される。
佐藤(2007)は, ご加入いただいたお客様はすべて私の親戚 をモット ーにし,新規契約同様に,既契約のフォローにも同様の力と情熱を注いでき たことを述べている(佐藤,2007,p.57)。次に長谷川(2004)においては,
営業所長の推めで開催した 後援者会 に既契約者を招待して親しく接し,
保険以外における既契約者のサポートを行ってきた(長谷川,2004,pp.58‑
59) 。そして川島(2003)は,特別なことに頼らず,顧客が何を望んでい アプローチと社会的アプローチ)を完全に区別して実践することは困難である とされる(p.25)。
11) 長谷川(2004)は,同氏の活動を後援者に支援してもらう代わりに,同氏も 後援者の仕事を手伝っている。ここでは,ある顧客に別の顧客を紹介したり,
顧客と一緒に仕事の手助けをしている(p.59)。つまり,直接的に保険販売と
るのか,顧客にどうやったら喜んでもらえるのかを,心の底から真剣に考え て営業に取り組んでいると述べる(川島,2003,p.51,p.54)。
このように,優良営業職員における機会主義的行動と縁遠い言動からは,
自分たちの利害とは離れたところでのサポートの継続,顧客を 身内 と認 識すること,顧客のために真剣に尽くすという 利他的 な行動,が確認さ れる。この営業職員達の言動は,契約者サイドに強い信頼性を認知させる。
このような信頼性が,認知されていた通りに維持されれば,情報の非対称 性下におかれても消費者は機会主義的な行動を心配することはない。またお かれたとしても,心配することではない。そして,この信頼性ゆえに優良営 業職員との関係は継続し,この優良営業職員に自分の知り合いを紹介する等 の自発的な行動に移る消費者も出現するであろう。そして前述の 後援者 会 のように,リレーションシップ・マーケティングで指摘されるような共 同体的状態となる余地が生じ得る。この共同体的状態であることは,まさに 身内 に近づいていくことであり,そこには部分的ではあっても,前述の 身内 となる原生的契約のエッセンスが含まれた関係に接近していく。ま さに優良営業職員における信頼性に満ちた言動には,機会主義的行動の削除 と共同体的状態の現出をもたらしているのである。
また営業職員サイドから検討すれば,ターンオーバーが一般的とされた生 命保険販売において,営業職員にとって限定された 地縁 のみか,拡大し ていく 人脈 を得られるかは,優良営業職員の姿勢や営業能力が,決定的 な要素となる。残念な部分として,哀願型のセールスや義理募集等によって 縁故者を頼る(水島,2006,p.220),限定された 地縁 はいずれ限界に達 する。しかしながら前述のような優良営業職員は,自らの人間性に基づいて 顧客の信頼性を確保して,長期にわたる関係を構築し,その信頼性を基盤に また 人脈 を拡大できる能力を有している。そして優良営業職員に見られ
関係のない場合においても,顧客をサポートし続けている。ここでの活動は,
リレーションシップ・マーケティングの概念に相似するものであり,部分的な がら,共同体的状態が現出している。
る機会主義的行動の排除や共同体的言動は,リレーションシップ・マーケテ ィングにおいて指摘される要素を,既に営業活動の中に内包して行動してい るのである。
リレーションシップ・マーケティングは,生命保険業界の有力な方向性で あろうが,その概念を注視すると,優良営業職員が築いてきたものが再発見 される。従来通りに,優良営業職員の行ってきた営業における言動には,結 果的に,リレーションシップ・マーケティングの概念と相似した要素が,存 在していることが確認されるのである。
Ⅳ.むすび
本稿では,営業職員を中心とする生命保険販売チャネルにおいて,消費者 から重要視される 信頼性 という要素が存在し得る構図について,リレー ションシップ・マーケティングからの議論を新たに加えた分析から,この構 図が観点を変えても成立するということを提示した。
まず,現在でも日本の生命保険販売は,営業職員チャネルによるものが大 半であり,従来までの消費者の保険選択においては,保険商品の知識とは別 に,営業職員を信じることで成立してきた構図を説明した。次に,消費者の 生命保険購入とは,機会主義的行動の可能性も含まれる状況での契約を含ん でいる一方で,情報の非対称性下において保険購入を行う消費者にとって有 効とされるのが,信頼性を有する営業職員の存在であることを指摘した。そ して,生保業界が指向するリレーションシップ・マーケティングにおいては,
信頼性を認知させる交換的次元と共同体的次元の概念的な方向性が存在する 一方で,このマーケティングにおける要素は,優良営業職員にとっては従来 から実践してきたものであることを指摘した。
消費者において,生命保険商品を購入することは,多くが知識の欠如した 状態で,判断を行うことを意味しており,保険者サイドとしては,コスト的 な側面も考慮しながら,販売チャネルを整備していくことが必要となる。通 信販売等のチャネルの台頭もあるが,リレーションシップ・マーケティング
の概念と相似する優良営業職員による営業は,無形商品である生命保険の販 売において,今後さらに要求されるものとなる。ターンオーバーの問題と混 同することなく,優良営業職員が有するリレーションシップ・マーケティン グ的要素を最大限に発揮した方向性が有効な選択となり得るのである。
今後も, ウェット な消費者, ドライ で合理的な消費者いずれにおい て,保険選択においては,程度の差はありながらも,限定された知識におい て行うことを余儀なくされる。リレーションシップ・マーケティングの要素 を有する営業職員に対して,ドライな消費者は機会主義的行動の低さや丁寧 なフォロー等による信頼性を認知するであろうし,ウェットな消費者は 身 内 的な社会的紐帯感により信頼性を認知するであろう。消費者においては,
程度の差はあっても保険選択において納得のいく信頼性を求め,信頼できる 要素を希求する姿勢に変わりはない。
今後の生命保険販売市場においては,リレーションシップ・マーケティン グ的要素を有した優良営業職員の能力を再確認し,その営業職員達を軸とし た販売チャネルの整備が,希求すべき方向性となるのである。
(筆者は兵庫県立大学経営学部准教授)
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