563.7
希塩酸および塩化第二・鉄溶液中での純鉄の陰極挙動
長 船 忠 夫*
(昭和49年9月30日受理)
Cathodic Behavior of lron in Dilute Hydrochloric Acid and in FeC12 Solution
Tadao OsAFUNE
(Received September 30 1974)
The cathodic behavior of pure iron in dilute hydrochloric acid and in FeC12 soiution was studied with reference to the potentiostatic transient behavior.
The following results were found.
1) The polarization curve of hydrogen evolution shifted to the direction of the base potential with decreasing acid concentration.
2) ln the hydrochloric acid solution containing 1 mol FeC12, the polarization curve of iron deposition was effected by corrosion current of iron at the range of 1ow current density.
The iron deposition reaction was observed at the range of higher current density.
On the other hand, on the effect of H+ion concentration, iron deposition reaction was not appeared at pH O.
But, iron deposition reaction was active with increase of pH.
1 緒 言
優れた磁器材料として利用される純鉄は,電解法により 得られるが,良質の純鉄を得るには,その電解条件につい て検討の余地が多分にある。たとえば,電着状態に影響す る電解浴組成,液温,pHについても,複雑な相互関係が ある。pHの低い溶液では,水索が盛んに発生するので,
鉄電析の電流効率が低下し,極板にコブの発生がみられ,
衰面状態が悪化する。一方pHの高い溶液では,水酸化鉄 の沈澱や溶存酸素あるいは,電極反応によって,第一鉄イ オンの第二鉄イオンへの酸化がおこり,コロイド状の水酸 化第二鉄が液中を浮遊し,電解鉄中の不純物濃度を増大さ
せる。1)・2)・3).4)・5)
鉄電解においてはFe2+一Fe系の平衡電位がH:+一H2系 の平衡電位よりもかなり卑であるにもかかわらず,鉄の電 着が可能である。これは純鉄上の水素過電圧が鉄の析出過 電圧より大きく,水素発生電位が著しく卑になるためであ
るが,定量的な実験データが求められていない。
*金属工学科
本実験では,純鉄電解時の鉄析出電位と純鉄上での水素 過電圧との関係を明らかにするため,純鉄の希塩酸中での 陰極挙動ならびに,塩化鉄溶液中での陰極挙動を調べるた め,各種酸濃度(pH O〜pH 5)の上記水溶液を作成し純 鉄極板上の水素発生反応および,鉄析出反応時の電流電位 曲線を測定した。
その結果,希塩酸中および塩化第一鉄溶液中のいずれも,
純鉄の陰極挙動は,低電流密度領域では,類似している。
すなわち,初期毅階では,電流値の増加にかかわらず,電 位は一一定値を保つ。この理由は,酸性溶液申で陰極電極で ある純鉄が腐食反応をおこし,いわゆる腐食電流と外部電 流との混成により,電位が保たれると考えられる。
次に電流密度を増加していくと,希塩酸中と塩化第一鉄 溶液中とで鉄の陰極挙動に差が生じてくる。
前者の場合は,電位の急激な降下が現われるが1後者で は,ゆるやかな変動である。とくにpHの増加により,一 層,電位の降下は抑えられる。すなわち,塩酸中では水素 の発生反応が活発になるに対して,塩化第一鉄溶液中では 鉄の析出反応が起っている。
また,両者の液のpH値と分極曲線との関係においては
津山高専紀要 第12号(1974)
pH値の増加にともない,電位は卑方向に移行していくこ とが確認された。
2 実 験 方 法
塩酸酸性水溶液および塩化第一鉄溶液中での純鉄の陰極 挙動を調べるために,これらの水溶液をそれぞれ,pHO〜
pH 5に調合し,液温30。Cで測定した。実際の純鉄電解で は,電解野中にさらに電着状態をよくするために添加剤を 加えるが,本実験では組成を単純化するために,.これらの 試薬は加えなかった。
2,1 陰極電位の測定
陰極板の作成は,試薬特級の硫酸第一鉄アンモニウム,
SOO 9を純水に溶解して14とした電解液を用い,鋼板,
SS41を陽極,ステンレス板を陰極とし,陰極i板を2枚の 陽極板のあいだに置き,それぜれの距離を5cmとした。
そして液温60℃,pH3.0〜pH3.2,電流密度5×10−2A/cm2 で4時間電解した。通電中は陰極板をかるくたたき,陰極 に吸着している水素気泡を除き,平滑な面ができるよう注 意した。なお,陰極は5cm×8cmで表裏80cm2を電解液 につけた。
測定溶液の調整は,水素発生電位の測定用として,塩酸 を蒸留水に加えたものと,鉄析出電位の測定には塩化第一 鉄溶液に塩酸を加えたものを用いた。ただしpHの高い液 は,pH調節のため微量のアンモニア水を添加した。それ ぞれの溶液は14を用い,pHを0,1,2,3,4,5に調節
した。
陰極電位の測定は,陽極板として鋼板SS41,陰極板と して上記方法で作成したものを用い,各電解液は30。Cに保 った。定電流電源として,北斗電工PGS−5型ポテンショ ガルバノスタッ1・を用い,飽和甘こう電極を参照電極と
し,武田理研Tr−6834型デジタルボルト計を用い,電流 100μA〜4Aの範囲(電流密度125×10−7・vs×10−2A/cm2)
で測定し,pH値の異る溶液について電流電位曲線を求め
た。
3 結果および考察 3.1 電極電位
酸性溶液におけるFe−Fe2+系の電位EFeは次式で表わ
される。
RT EFe=EOFe十
ln aFe2+
2F
EOF,== 一〇.440 volt (NHE 2s℃)
(1)
加わるので,鉄の析出電位は次式のようになる。
・蹄賑・募1・・弛・・一η・・ (・)
ここでEFeiは電流密度iの電流が流されるときのFe−
Fe2+系のカリード電極電位, OPFeiは鉄析出反応の過電圧 である。
また,H2−H+系の電極電位は次式である。
EH・一罪 ・甥 (・)
ここでEu2は水素の電極電位, aH+は水素イオンの活 量PH2は水素の分圧である。ここで, PH2 =1atmとし,
電流密度iの電流が流れているときは,水素過電圧ηH2iを 考えると,水素析出電位EH2iは次式のようになる。
RT
ln aH+ 一n H2i (4)
EH2i=
F
ここでEH2iは電流密度ゴの電流が流れるときの水素電 極電位,ηH2fはそのときの水素過電圧であある。
pH=0においては,平衡状態ではEFe・=一〇.440voltで あるから,鉄析出電位は,水素発生電位よりも卑となる。
通常,純鉄上の鉄析出の過電圧は小さいが,鉄上の水素過 電圧はかなり大きい。そこで,電流密度が増大すると,水 素過電圧が大となり,水素発生電位が卑に移行し,
EH2i<EFeiとなる。
一300
一400
一500婁
三一600圭
:, 一700
:.
8 −800
一900
.
.
e 口
口
ここで,EFe, E。FeはそれぞれFe−Fe2+系の電極電 位,標準電極電位である。
電流密度iの電流が流れると,鉄析出の過電圧η・Feiが
lo 5 loH4 lo−3 10−2 lo−t Current dems[ty CAIcm2}
O pH O A pH 1 [] pH 2 ●pH 3 ▲pH.4 圏pH 5 Bath Composition: HCI aq. solution Bath Temperature: 300C
FigユCathode polarization curves of hydrogen evolution reaction.
希塩酸および塩化第一鉄溶液中での純鉄の陰極挙動 長船
3.2 水素発生電位とpHとの関係
前述のごとく,各種pH値の塩酸水溶液中での純鉄上の 水素発生電位を測定し,Fig. 1に示した。
図より次のような傾向が見られる。
pヨが高くなるにしたがって,水素過電圧は大きくなり pHO〜pH2では,その分極曲線は極めて類似している。水 素発生電位はほぼ等間隔で卑方向に移行している。pH3〜
pH5においても,分極曲線が類似している。さらに,特定 のpH値での電流電位曲線の変化について検討すると,電 流値は0より増大させていくに従って,次の4部分に大別
できる。
初期の比較的低電流密度の領域では,鉄の溶解反応によ る腐食電流が外部電流より大きいので,鉄の腐食反応がお こり,電位を一定に保持する。
次に直線的に変化する部分は,水素の電荷移動過電圧に よるものと思われる。さらに,急激に電位が変化する領域 は水素の濃度過電圧によるものと思われる。最後に,電位 がゆるやかに変化する部分は,陽極から溶出した鉄イオン の析出反応があるのではなかろうか。pH値の変動による 上記電流電位曲線の変化傾向は,pHが高くなるにしたが って,電位が降下をはじめる点が,低電流密度領域へ移 る。また,その変動は急激である。
電流0における電位が,.pHの上昇にともなって,卑の 方向へ移行するのは,水素電極の平衡電位(RT/F)ln aH+
が下ることと定性的に一致した。
問題点としては,酸性溶液中での測定であるため,単に 水素イオンの放電反応にとどまらず,極板上の純鉄の溶出 反応をともなうことである。したがって,測定される電位
は混成電位の影響をうけていると思われる。6)・7)・8)
さらに,このことを裏づけるものとして,電流電位曲線 がpHが高くなるにしたがって,一定の割合で下がらない こと,また,電流0において実測される電位が(3)式の
(RT/F)ln aH+から計算される値よりも300mVも低いこ とである。混成電位によるものである。
電解液はpH O〜pH 1のところでは,電解終了後も同様 に無色透明であったが,pH 2以上になると,液は黄褐色に なり,電解後,水酸化第二鉄の褐色沈澱が生じていること がわかった。
3.3 鉄析出電位とpH値との関係
電解液のpH値を変えるとき,鉄析出電位がどう変化す るかを検討し,その結果をFig・2に示した。 Fig・2に示す ように,pH O〜pH 2の分極曲線は,順次,卑の方向へ電 位が移行する。これに対して,pH 3〜pH 5では曲線はほ ぼ一致した。
また,曲線の形,すなわち電位の変化の傾向は,前述の 水素析出反応の場合に示した4つの部分を含むものは少な
一500
一400
一500窪雪
A 一600三ち
;一アOO:e 8 −800
一900
A.eq
lo−5 lo−4 lo−5 Curアen奮 densi量y
O pHO A pHl
e pH 3 A pH 4
Bath Cornposition : Bath Temperature: 30℃
lO隔2 10−1 (A/cmz)
[1] pH 2
闘pH 5
FeC12 (IM) +HCI ap. solution
Fig.2 Cathode polarization curves of hydrogen evolution reaction.
く,pHが高くなるにつれて,低電流密度から電位は低下 しはじめる。pH 3以上では,電位の低下はゆるやかであ る。その結果,高電流密度ではpHの高い液の方が,電位 は貴電位を示した。
このことから,pH 3ぐらいを境として,分極曲線に大 きな差異があることがわかった。pH 3以上では,電流が 増大しても電位が下がる度合が小さくて,水素の分極曲線 より貴な電位を示すので,鉄の析出が予測された。
この測定においても,混成電位の影響があると思われ るeたとえば,電流0においては,pH 3.〜pH 5では,ほ ぼ鉄の電位(Fe2+一Fe系)一〇.440voltを示しているが,
pH O〜pH 2では,それよりも相当貴な電位を示した。ま た,pHの低い溶液においては3・2と同様に,電流0で水 素の発生がみられた。これらは混成電位で説明できる。
電解液は,pHの低い場合は,電解紛了後も青緑色に澄 んでいたが,pHの高い溶液については,水酸化第二鉄の 裾色のコロイド状沈澱が生じた。
3.4 水素発生電位と鉄析出電位の比較
鉄の優先析出の可能な領域を調べるために,既に求めた 水素発生反応の電流電位曲線と,鉄析出反応の電流電位曲 線とを比較した。Fig.3〜Fig.6は, pHO〜pH3の同一 pH 溶液について,水素発生および鉄析出の分極曲線の比較を 行なったものである。
津...山.高.専紀.要』.第12号..(.ig74)
一500
一400
O O 5
﹁山工Zい︾︵>E︸
0 0 6
一
一〇﹁.雫⊆①↑o乱
一700
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10−3 C@10rt
Current den6ity (A/cm2}
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1σ塾 10 2 C巳rrenセ densi妻y 〔Aんm2)
1げ
O hydrogen evolution e iron deposition Bath Composition
HCI aq. solution (hydrogen evolution curve)
FeC12 (1 M) 十HCI aq. solutibn (iron deposition curve)
Bath Temperature: 30℃
Fig.3 Comparison between current potential curves for the hydrogen evolution and iron deposition at pH O.
O hydrogen evolution e iron deposition Bath Comqosition :
HCI aq. solution (hydrogen evolution curve)
FeC12(1M)十HCI aq. solution(iron deposition curve)
Bath Temperature: 300C
Fig.5 Comparison between current potential curves for the hydrogen evolution and iron deposition ・ at pH 2.
一300
一400
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OO 6
一
国工Z切︾︹﹀ε
一ロ f←
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T700
10−3 lo−Z
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B。,h2齢鑑vo 鷲19き.・● 「ondep9$ ti.9 HCI aq. solution (hydrogep evolution curve)
FeC!2 (IM) 十HCI aq. polution (iron deposition ¢urve)
Fig.4 Comparis6n between current potential curves
for the hydrogen evolution and ・ iron deposition atp正11.
一500
一400
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一
国工Zり︾ 0 0 6 一
︵>EH 一ロ;⊆①↑O巳
一700
IO−5 10 2 ..1σI Currenf density 〔A./cm9〕
O hydrogen evolution ●iron deposi.tign Bath Composition:
HCI aq;.soluti6n(hydrogen evollエtion cur†6)
FgC玉2(1M)十HCI qq. solution(irQn.depo.sitio耳 curve)
Bath Temperature:.30℃
Fig。6 Comparison between current potential¢urves .for the hydrogen evolution and iron depos斗tion.
atp正王3。
希塩酸および塩化第一鉄溶液中での純鉄の陰極挙動 長 船
その結果を次に示す。
pHOにおいては,低電流密度では,鉄の方が電位が貴 で,高電流密度(5×10−2A/cm2以上)では,水素の電位 が貴となる。pH 1においては,すべての領域において,
鉄の電位が卑となる。またpH 2においては高電流密度,
(3×10−3A/cm2以上)では,鉄の電位が貴となっている。
すなわち,電流密度の増加にともなって,鉄の分極曲線は 貴方向に移り,水素の分極曲線と交わり,さらに電流密度 が増すと,鉄電位が貴となる。
これは,はじめ外部電流が0においては,純鉄カソード 表面は前述の混成電位を示すが,外部電流が増すにしたが
って,カソード面より水素の発生が著しくなり,鉄の溶出 がとまるので,水素発生の電流電位曲線に近づくのであろ う。さらに電流密度の上昇により,鉄析出反応が優先し,
カソード電位として,鉄析出反応による電位を示す。
pH 3では,低電流密度領域においても,すでに鉄析出 の分極曲線が貴電位を示す。すなわち,鉄析出反応の傾向 が,さらに増すことを示している。
錨疎上塩饗警向同野翻
︶︶︶︶︶︶︶︶12345678 文 献
電気化学協会tt電気化学便覧 P.688(1964)丸善 日本鉄鋼臨会eCde鋼便覧 P.698(1962)丸善
電気化学 20383(1952)
同上21204(1953)
電気化学10181(1942)
tt熨ョ電気化学 P.109(1971)共立
4 結 言
本実験により,次のことが判明した。
1)30年置おける塩酸酸性溶液中の鉄電極上での,水素析 出の電流電位曲線は,pHが高くなるにしたがって,卑の 方向へ移行した。これは(3)式で表わされる水素の平衡電 位が卑になるためと,水素過電圧の増大とによるものであ
る。
2) 1モルの塩化第一鉄を含む塩酸酸性溶液においては,
鉄析出の電流電位曲線は,低電流密度において混成電位の 影響をうける鉄腐食領域それより高電流密度においては 水素発生反応による電荷移動過電圧領域,および高電流密 度における鉄析出反応領域に分けられる。
pH Oでは鉄析出反応はほとんどなく,pHが高くなるに したがって,水素発生反応領域が小さくなると思われる。
pH 3以上になると,腐食領域につづいて,すぐ,鉄析出反 応領域がはじまるものと思われる。