許可制度の今日的意義とその実現について―産業廃 棄物処理施設設置許可制度を題材にして―
著者 千葉 実
雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report of Institute for Legal Research
巻 26
ページ 221‑280
発行年 2010‑07‑31
URL http://hdl.handle.net/10723/2231
許可制度の今日的意義とその実現について
―産業廃棄物処理施設設置許可制度を題材にして―1
岩手県政策地域部市町村課 千 葉 実 第1章 問題の所在等
従来の行政法学において、許可制度は、私人が本来自由にできるある種の行為を公共の福祉の 観点からあらかじめ一般的に禁止しておき、個別の申請に基づいて禁止を解除する行政行為、す なわち「私人の本来的自由の回復」と説明されてきた2。したがって、禁止を解除するには、許 可の対象となる行為が公共の福祉と調和しなければならない。この整理は、戦前から殆ど変化す ることなく現在に継承されている。
このような状況のもと、これまで許可制度は、「危険」をはらむ施設の設置の場合は「安全」で あれば公共の福祉と調和するとして禁止を解除することで、対象行為による「危険」を予防する との機能を一定程度果たしてきた。しかし、社会が複雑化し、発生の蓋然性が高く顕在化する「危 険」のみならず、それより前段階の―発生するか否かや内容についても不確実な要素を含み潜在 する―「リスク」が注目されるようになり、その回避まで社会全体から求められている。それな のに、法定の許可を得た「安全」であり「適法」な施設設置であるにもかかわらず周辺環境に悪 い影響を及ぼしたり、周辺住民(法人等を含む)やその他の利害関係者等(以下「周辺住民等」
という)に不安を抱かせ反対運動に発展して事実上その設置や操業等(以下「設置等」という)
ができなくなった事例が散見される。そのような状況にある現在、明確な因果関係や予見可能性 を基盤としている古典的な法の制御モデルだけではリスクへの対応は立ち行かないことが指摘さ れている3。許可制においても、従来の定義では十分に説明できない場合が増えてきたのではな かろうか4。
そもそも許可制度の目的は何か。従来からの許可制度は現代社会に十分マッチしなくなったの だろうか。そうだとすれば、許可制度の今日的な意義はどこにあるのか。また、それを実現させ るには、許可制度をどう理解し運用していったら良いだろうか。
本稿は、このような問題意識に立ち、多数ある許可制度の中から、制度趣旨と実際の機能や効 果が適合しているか議論の対象となることが少なくない廃棄物の清掃及び処理に関する法律(以 下「廃棄物処理法」または「法」という)上の産業廃棄物処理施設(以下「産廃処理施設」また は「施設」という)の設置についての許可制度(以下「施設設置許可制度」という)を採り上げ、
問題点を明らかにし、改善方法を提案することを目的とする。
以下、施設設置許可制度の性質等についての議論状況を確認し、学説や裁判例の分析を通じ、
当該制度の保護法益と対象である施設設置行為の意味および当該制度の実社会での機能等に加 え、その本来の目的を確認(第2章)した後、当該制度を取り巻く状況の変化を踏まえて、その 今日的意義を探り(第3章)、より十全に機能するよう他分野での取組み等も参考にしながら改
善の方向性を提案する(第4〜6章)。最後に、結論を振り返りつつ、本研究の課題と今後の方 向性を確認する(第7章)。
第2章 施設設置許可制度の本来的な目的
施設設置許可制度の機能を十全に発揮させるには、当該制度のそもそもの目的を踏まえる必要 がある。そこで、本章では、当該制度の内容と(第1節)、許可制度一般および当該制度をめぐ る議論と課題を概観(第2節)した後に、当該制度で保護しようとしている法益と保護の主体(第 3節)と禁止している対象行為の意味(第4節)を踏まえて、当該制度の本来的な目的を探る(第 5節)。
第1節 施設設置許可制度の手続
一般的に、制度および手続の内容の本質的な論点を探るには、その全体像を把握したうえで論 点にフォーカスしていくことが有効である。その際、関連する制度等にも注意する必要がある。
本節では、施設設置許可制度の流れを概観した後(1)、どのようにして許否判断がなされてい るか(2)、当該制度に関連し自治体がどのような取組みを行なっているか(3)を確認する。
1 手続の流れについて
産業廃棄物の処分には、焼却・破砕・溶融など減量化したり安定化したりする中間処理とそれ らの残渣等を埋め立てる最終処分5があるが、それにはそれぞれの処理を行なう施設が必要であ る。しかし、かかる施設の設置による環境への悪影響の発生は軽視できない6。そこで、廃棄物 処理法は、一定の種類や規模の施設を設置する場合、その地域を所管する知事または権限を有す る市町村長(以下「知事等」という)の許可を求めている(15条)。
施設設置許可の手続の流れは次の通りである。設置者は、構想を練り予定地を確保して基本的 な計画を策定し、環境影響調査(以下「環境アセス」という。なお、一定の規模や種類のものは 環境影響評価法や自治体の環境影響評価条例に基づく環境影響調査(それぞれの根拠に着目し、
以下それぞれ「法アセス」「条例アセス」という)を、それ以下の規模等の場合は簡略な生活環 境影響調査(以下「ミニアセス」という)がある)を行なう(15条3項)。その結果を踏まえた 基本設計をベースに許可を申請し(15条1項)、知事等は4つの許可基準である「技術上の基準 への適合性」「周辺地域の生活環境の保全等についての適正配慮」「申請者の能力が施設の設置及 び維持管理を的確かつ継続して行うに足りるものであること」「欠格要件に該当しないこと」(15 条の2第1項)に適合するかどうかを審査し、許否を判断する。設置者は、許可が得られれば実 施設計を行ない当該施設を建設し、その後の知事等の使用前検査(15条の2第5項)をパスすれ ば、稼動することができる。【図1】はその流れを図示したものである。
2 許可基準の適合性の判断について
施設設置の許否判断は許可基準の適合性の審査により行なわれる。現行の廃棄物処理法は、審 査にあたり、焼却施設、最終処分施設およびPCB処理施設についてのみであるが、有識者の意見 聴取(⑴)と利害関係者の意見受付け(⑵)により、第三者の意見を採り上げる機会を設けてい る。以下その内容を確認する。
⑴ 有識者の意見聴取
許可を要する産廃処理施設のうち、焼却施設、最終処分場およびPCB処理施設(法15条4項、
法施行令7条の2。これらの施設は、⑵により、設置計画を縦覧する必要があるので、以下「縦 覧施設」という)については、4つの許可基準のうち「周辺地域の生活環境の保全等について の適正配慮」の有無の判断において、「生活環境の保全に関し環境省令で定める事項について 専門的知識を有する者の意見を聴かなければならない」とされている(法15条の2第1項2号、
3項)。その「環境省令で定める事項」とは「廃棄物の処理並びに大気汚染、水質汚濁、騒音、
振動及び悪臭に関する事項」(法施行規則12条の3)であり、自然科学的な見地での判断を求 めていると解される。また、かかる規定は1997年(平成9年)の改正で盛り込まれたものであ るが、その際の国の通知では7、当該規定により「設置計画……が周辺地域の生活環境の保全 について適正な配慮がなされたものであるか否かの科学的な判断を生活環境保全上の観点から 審査する」ものであり、「その際には、申請書や添付された生活環境影響調査書等をもとに、
環境基準の達成状況など地域の生活環境に係る実情に配慮すること」としており、「専門的知 識を有する者の意見聴取は……科学的判断に資する意見を聴取することを目的としている」と し、「科学性」をきわめて強調している。
【図1】施設設置許可制度の手続の流れ
なお、同通知では、「科学的見地からの必要な意見を聴取できるものであれば、特定の方法 に限定」されず、「既存の審議会の場の活用、専門家への個別の意見の聴取等でも差し支えない」
としているが8、各都道府県等のホームページを参照すると、「専門委員会」という合議制を採 用して運用している場合が多いようである。専門委員会の会議を公開しているところも少なく なく9、その審議録をホームページで公開している自治体もある10。
⑵ 利害関係者の意見の提出
縦覧施設については、知事等は提出された設置計画を公告・縦覧し(15条4項)、利害関係 者の意見を求めるとともに(同条6項)、関係市町村長に意見を照会することとしている(同 条5項)。
また、それに加えて、行政手続法(以下「行手法」という)10条は、申請に対する許否判断 にあたり、許可権者が申請者以外の利害関係者に意見を聴く機会として公聴会という仕組みを 定めており、それを用いれば、周辺住民等を利害関係者としてその「意向」を許否判断に反映 することは、制度的には可能である。自治体が制定する条例や要綱に基づく処分についても、
行政手続条例(以下「行手条例」という)により、同様のスキームとなっている。
このように、施設設置許可制度においては、設置者と知事等という「二極関係」に加え、周 辺住民等を含んだ「三極関係」11へ配慮した仕組みがあると言えよう。
3 自治体独自の取組みについて
法律上の施設設置許可の手続(以下「法許可手続」という)のみでは不十分であるとして、自 治体によっては条例または要綱に基づき、事前協議を求めている場合がある。その中で、設置者 に対し施設設置について周辺住民等からの同意の取得を求める、いわゆる「住民同意制」が用い られることが少なくない。環境省の調査12によると、住民同意制は、許可権のある自治体の約6 割弱で採用されている。しかし、紛争回避のために、現行法を補完して住民の意見を反映しよう としているとの目的以外、基準や手続等は自治体間でまちまちである。
第2節 施設設置許可制度をめぐる議論状況と内在する課題
前節では施設設置許可制度を概観した。それでは、当該制度の法的な性質や位置づけはいかな るものであろうか。課題があるとすればどのようなものであろうか。
本節では、許可制度一般についての議論状況(1)を踏まえ、施設設置許可制度の議論を確認 しがら、当該制度に内在する課題を探る(2)。
1 行政法学上の「許可」について
行政法学上の「許可」について、戦前の通説は、「特定の作為が一般に禁止せられて居る場合 に特定人に對し又は特定の事件に關して其の禁止を解除し適法にこれを為すことを得せしむる行 為である」不作為義務を免除する命令的行為と説明したうえで、「許可を受くべき事柄は若し其
の制限が無ければ何人とも自由に為し得る事柄でなければならぬ」 としており13、対象行為の本 来的「自由」を強調する。戦後の通説も、「一般的な禁止を特定の場合に解除し、適法に一定の 行為をする自由を回復すること」14と説明し、現在の通説とされている議論でも「人の本来自由 な活動領域について予め禁止をしておき、一定の要件を備えると、申請に基づきその禁止を解除、
つまり自由の回復を図る」命令的行為との整理を支持している15。このように対象行為が本来的 に自由とする以上、規制は限定的にせざるを得ず、結果的に許否判断における行政裁量は狭めら れる方向に向かう16。実際に、許可における行政裁量は、要件裁量のみであり、しかも覊束され ていると解されてきた17。もちろん、領域によって、その広狭は異なるとも解されている18、19。 しかし、公衆浴場営業許可が問題となった事案であるが、当該許可の趣旨から「許可の申請が所 定の許可基準に適合するかぎり、行政庁は、これに対して許可を与えなければならないものと解 される」とするなど20、判例においても同様の考え方であるし21、実務上も概ねかかる認識で一 致していると言えよう。ただし、専門技術的判断によるものは別であり、それについては後述する。
このように、許可における行政裁量は、場合によって広狭はあるものの原則として限定的であ るという理解で古くからほぼそのまま現在に受け継がれてきた。かかる 「許可」 の概念は、国家 権力の介入からの市民的自由を確保するという自由主義的発想22とマッチし、経済成長が最優先 されていた時代では十分に機能してきた。しかし、この整理は観念的であり、現実は極めて多様 である23。明確な危険に至っていない、あるいはそもそも被害等の到来や程度等が不確実とされ る「リスク」が常態し、複雑で広範な利害関係が絡み合っている現在、許可を受けた施設でも周 辺生活環境に悪影響を及ぼすおそれがあることが広く認識されるようになり、さらに踏み込んだ 判断が行政に求められるようになったこともその証左の一つと言えよう。この点については、後 にもう少し詳しく触れる。
ところで、「許可」とよく比較される概念に「特許」の概念がある。特許とは、「本来的自由に 属しない特権ないし特別の能力を行政庁が私人に付与する行為」と定義されており、その対象行 為は、「本来的には自由ではない」 のであり、それゆえに行政裁量は広く、自由裁量であると解 されている24。ただし、現在は、許可と特許は区分を認める実体的根拠はなく、双方とも自由に 対する規制であって、質的ではなく、その手法が異なるだけであるとして、両者には相対的な差 異しか生じていないとされている25。
加えて、許可は、申請者(名宛人)と処分庁との二極関係が中心で、周辺住民等を含む三極関 係あるいは多極関係への配慮が不十分であることが指摘されているが26、一方で周辺住民等に不 利益を与える二重効果的処分(複公的処分)となる場合があるとして以前から三極関係が認識は されていた27ことにも留意すべきである。
2 施設設置許可について
施設設置許可については、国が「[許可基準の]いずれの要件にも適合する場合には、必ず許 可をしなければならないものと解されており、……知事に対して、許可を与えるか否かについて の裁量権を与えるものではない」と通知している28ことを受け、自治体の実際の許可現場におい ても、許否判断において、少なくとも効果裁量はないと捉えられている29。学説上も同様の理解
が一般的であると思われる。
判例上も一貫して当該許可を要件裁量行為かつ覊束裁量行為としている30。その代表的な例と されている釧路市施設設置不許可処分取消請求事件(以下「釧路事件」という)を見てみよう。
許可制の趣旨および性質について、裁判所は、一審判決31で「本来は自由であるはずの私権(財 産権)の行使を、公共の福祉の観点から制限するもの」とし、二審判決32も同様に、「法一五条 の許可制は、産業廃棄物処理施設の設置を一般的に禁止した上で、同条二項各号に適合している と認められる場合に、個別的に右の禁止を解除するという規制方式であり、財産権(土地利用権)
を公共の福祉の観点から制限しようとするもの」とした。また、許否判断における行政裁量につ いて、一審では、「許可に当たって都道府県知事に与えられたた裁量は、……[法定の]要件に 適合するかどうかの点に限られ、右各号の要件に適合すると認められるときは、必ず許可しなけ ればならないのであって、この点に関する裁量は覊束されていると解すべき」とし、要件裁量は 認めたが効果裁量は明確に否定した。二審も、「本来は自由であるはずの私権(財産権)の行使 を公共の福祉の観点から制限するものであるから、……法律に定める要件……に適合する場合に おいても、なお知事に対して、許可を与えるか否かについての裁量権……を与えているものと解 されるときでない限り、必ず許可しなければならないものとしていると解するのが相当である。
……法一五条については、……知事には、裁量権はない」と判断している。したがって、施設設 置は許可することが原則で、不許可は極めて例外であることを前提にしているように思われ、そ の意味では、比較的取得が容易とされている産業廃棄物処理業許可(法14条。以下「業許可」と いう。)と同様に捉えられているようでもある33。ただし、一方で、これまでの廃棄物処理法の 改正は監督を厳格化する「公的介入強化」の繰返しであり、そのことをもって、施設設置許可を
「特許」と整理する可能性を指摘する見解もある34。
このように、施設設置許可においても、許可一般と同様に「自由」が強調されているので、い きおい許否判断における知事等の裁量はきわめて限定的に解されている。しかし、一方で、「許 否判断における知事等の効果裁量を認めるべき」35、「施設設置は許可ではなく特許に服すべ き」36、「施設は公が設置すべき」37という議論がかねてよりなされてきたことも事実である。効果 裁量や特許への修正の議論は、現行の許可基準が想定したりカバーしきれないリスクも十分あり 得るので基準に適合していても安全とは言えない事態も予想されることから主張されているもの と思われる。先に見たように、領域によって、行政裁量の広狭や行使のタイミングは異なって然 るべきであり、重大な影響が懸念され、しかも個別・具体的にしか判断できないリスクを有する 以上、これらの議論は非常に魅力的な点を含んでいる。施設の公設化を求める議論は、典型的に は管理型最終処分場における水処理など半永久的な措置が必要な場合等について、景気等で活動 が左右される民間では不安なことから主張されているものと思われる。このことは、施設設置主 体として民間業者を中心としており、どこまでの自由をかかる設置主体に認めたら良いかが疑問 視されているからであり、結局のところ、設置主体を信用できていないということに帰着するよ うに解される38。これは、民間業者が中心である現在の産廃処理体制の根幹を揺るがす問題であ る。しかし、中環審専門委の専門委報告書3⑶では、今後も、かかる体制で施設整備を進めるべ きとの姿勢が明確に示されている。同委員会は、廃棄物処理法を所管する環境省の審議会の小委
員会であり、そこでの議論を前提に施設に関する政策が組み立てられていくので、同委員会で示 された方針は国の方針と同視できるであろう。
また、「少なくとも周辺住民等利害関係者との十分なリスクコミュニケーション(情報や意見 の交換)がなされるべき」39との議論もなされている。これは、リスクを完全に防止すること(ゼ ロ・リスク)は不可能であるので、社会的な受容が必要であるとの理解が前提と解される40。す なわち、施設設置許可制度のみでは施設の安全性を信用しきれないことを示しているのではなか ろうか。これは、当該制度全体の信用の問題でもあり、きわめて重い問いかけである。
なお、施設設置においては、届出制から許可制に移行されたのが1991年(平成3年)と比較的 最近であり、その後に、公聴会を規定する行手法が1993年(平成5年)に制定され、廃棄物処理 法に計画の公告・縦覧が1997年(平成9年)の改正により盛り込まれたが、それ以前から三極関 係は意識されてきたように思われる。実際の現場において、公害防止協定や住民同意制がはやく から導入され、運用・発展してきたことはそれを裏付ける。しかし、法律上の当該手続では周辺 住民等の意見の反映が十分ではないこと、公害防止協定はともかく住民同意制の意義は一定程度 認識されながらも、法的にも機能的にも限界があることが指摘されている41。
第3節 施設設置許可制度で保護しようとしている法益と保護の主体
前節では施設設置許可制度の法的性質等を検討したが、制度の本来の目的を把握するには、そ れに加えてその制度で何を守ろうとしているのか、その責任は誰が負うのかを踏まえる必要があ る。そこで本節では、当該制度の保護法益と、それを保護する主体について確認する。
法益と保護の主体は制度趣旨すなわち立法趣旨そのものであり、それを知るには、根拠法令の 解釈・運用の一次的な指針でもある目的規定が有力な手がかりとなる。廃棄物処理法1条は、「生 活環境の保全」と「公衆衛生の向上」をその目的として挙げているので、それぞれについて法益
(1、2)と保護する主体(3)を検討する。
1 生活環境の保全について
環境が無ければそもそも人間は生存できないし、劣悪な環境であると健康的な暮らしはできな い。すなわち、「生活環境の保全」とは、当該環境により影響を受ける住民等の身体、生命、健 康などの身体的人格権の保護を目的としていると解される。法的にも、環境保全は憲法に言う公 共の福祉(12、13、29条)の重要な内容であるとされている42。
なお、保全の対象である「生活環境」は、「自然環境」とは異なり、生活すなわち人間の存在 を前提にしているので、当然に人間関係を含んでいると解される。したがって、その保全には、
設置者の周辺生活環境の保全の適正配慮義務(廃棄物処理法9条の4)とあいまって、周辺住民 等の意向との調和が含意されていると言えよう43。施設設置の許否判断についての裁判例を見る と、特に周辺地域の生活環境の保全に十二分に留意すべきであるとし、周辺住民等の主観でもあ る「不安」についてまで言及しているものもある44。我々は、一般に「不安がない」という心理 状態にあって平穏な生活を送ることができ、それを邪魔されない権利すなわち平穏生活権を有す
るが、当該権利は、当然にかつ絶対的に保護される身体的人格権に準じて保護されるべきものと されている45。
2 公衆衛生の向上について
産業廃棄物は放置できないので、発生ゼロが達成されていない以上、処理しなければならない し、それは適正になされなければならない。この適正処理自体「生活環境の保全」でもあるが、
「公衆衛生の向上」でもあり、それにより、当該廃棄物に関係する者の衛生面すなわち身体的人 格権が保護される。1での議論を踏まえると、「生活環境の保全」は「施設」の設置に伴う影響 を重視しているのに対し、「公衆衛生の向上」は「産業廃棄物そのもの」の影響を重視している ものと解される。
また、適正処理には、施設が不可欠であるので、「公衆衛生の向上」は、必要かつ安全な施設 であれば設置すべきことが含意されていると言えよう。中環審専門委も、とりわけ最終処分場に ついては、「残余容量が漸減傾向にあることを踏まえ、民間事業者による施設整備を基本として 推進しつつ、……積極的に施設整備を進めていくべき」との方針を示している46。当該委員会の 方針は国の方針と同視できることは先に見たとおりである。
ところで、産業廃棄物の処理の主体の中心は民間であるならば、施設設置の中心も民間になら ざるを得ず、上記の方針もそのことを前提にしている。民間による施設設置を国が推進するとい う方針を示した以上、必然的に設置者の営業活動ひいては財産権も保護されるべきであり、国は 施設設置許可制度をそのような仕組みにしていく必要がある。
3 施設設置許可制度の主体について
1、2から、施設設置許可制度は、我々の生存や生活の基盤である生活環境の保全および周辺 住民等との調和と、産業廃棄物の適正処理のため必要な施設の設置の推進および前提となる設置 者の財産権の保護を目的としていることがわかった。したがって、当該制度は生活環境の保全と 公衆衛生の向上という「公益」と、設置者等が施設を設置する権利である「私益」や周辺住民等 が平穏に生活する権利である「私益」の間、すなわち「公益と私益の間」あるいは「私益同士の 間」の利益調整のための装置であると整理することができよう。かかる調整においては、千葉県 富津市施設建設等差止請求事件一審判決47や千葉県海上町等施設設置等差止請求事件(以下「海 上町等民事事件」という)一審判決48のように、施設の有する「公共性」が勘案されている。た しかに、ゼロエミッションが達成できていない現在の社会において、施設は必要不可欠であり、
公共性を有することは否定できまい49。業許可についての―ただし、施設設置許可にも妥当する ものと思われる―、しかも地裁レベルの裁判例であるが、許可を用いるのは「終局的には国民の 生命、健康及び財産等に対する危険・・[の]防止」であり、「社会政策的規制の側面があ」り、
「重要な公共の利益のための措置」50との判断を示している。このように、「公共性」とのバラン スという観点から、「公益と私益」、「私益と私益」の調整が当該制度の任務と言えよう。
かかる任務は、一次的には当該制度の運用主体である許可権者すなわち知事等行政庁が責任を 負うことが想定されている。しかし、行政庁が当該施設の安全性について絶対あるいは未来永劫
の「お墨付き」を与えるわけではないし、問題が生じた際に許可を得た設置者が免責されるわけ でもない51。行政庁は、許否判断時点の合理性を判定したに過ぎないのであり52、その施設の安 全性等についての最終的な責任を負う主体ではない。そもそも、許可基準に適合する安全性を確 保するのは申請者すなわち設置者の責任である。ただし、後述するように、周辺住民等の意向と の調和等、設置者だけでは実現できないものもある53。また、やはり後述するが、行政庁のリソー スはボリュームでも質的にも限界があることから、行政庁だけでは、当該制度の究極の目的であ る「生活環境の保全」と「公衆衛生の向上」の達成どころか許否判断に必要な知見さえ集められ ない54。すなわち、行政庁は、当該制度により、各主体が責務を全うしながら利益調整を行なう のをマネジメントしたり、仲介したりするという整理が合理的と思われる。
以上、施設設置許可制度は、「生活環境の保全」と「公衆衛生の向上」―環境権あるいは環境 公益(以下「環境公益等」という)55とも言い換えることも可能―という公益の保護に加え、さ らに詳しく見てみると、公共性とのバランスを取りながらだが、「生活環境の保全」は周辺住民 等の身体権や平穏生活権を含む人格権の保護を、「公衆衛生の向上」は設置者の財産権の保護と いう「私益の保護」を目指していることがわかった。また、当該制度は行政庁が運用するもので はあるが、上記の法益保護には多様なアクターが絡むので、行政庁は当該制度によりそのマネジ メントや関係者間の仲介を行なう存在と解すべきであることも確認できた。
第4節 施設設置許可制度で禁止している対象行為の意味
許可制度は対象行為の規制の一形態である。規制の意味やその規制の合理性を検討するには、
当該対象行為の意味を確認する必要がある。そこで本節では、施設設置許可制度で規制されてい る施設設置行為の意味を検討する。
当該行為は、当該制度で一旦禁止されているので、無許可で行なえば犯罪に当たるが、法定犯 に過ぎず、しかも重大な犯罪である刑法犯でもない56。そもそも施設設置は、常に周辺生活環境 に害悪を与えるわけでもない57。すなわち、当該行為自体は、一見すると倫理的にも非難されな い、本来は私人が自由にできる行為であり、これまで見てきた講学上の許可の定義に合致してい る部分が多いように見える。
しかし、やはりこれまで見てきたように、施設の内容や稼動の状況によっては、周辺生活環境 に対して、将来にわたり、甚大・深刻・不可逆的な、しかも原状回復が困難な悪影響を与えかね ないこともわかっている。それゆえ、その設置をめぐり紛争になることがあるし、それは理由の あるところであると思われる。したがって、全ての施設の設置が本来的に自由な行為とするのは 乱暴であろう。少なくとも、施設によっては、その設置により、当然に、設置者や操業者等(以 下「設置者等」という)に相当の高度な注意義務が生じると整理せざるを得ないのではなかろうか。
第5節 施設設置許可制度の目的
これまでは、許可制度一般および施設設置許可制度をめぐる議論を概観し、その保護方益等を 検討してきた。それでは、施設設置許可制度の目的とは結局何なのであろうか。本節では、当該 制度を用いてなぜ施設設置行為を一旦禁止するという強力な規制を行なうのか(1)、なぜ公益 と私益等の利益調整を行なうのか(2)という視点から検討する。
1 許可制度を採用する目的その1―行政庁による効果的な施設設置のコントロール
許可制度において、多くの場合、実際の許否判断の行政裁量は覊束されており、許可が原則で あるという意味では「緩い規制」とも言えるが、本来自由な行為を一旦禁止するという趣旨では
「極めて強力な規制」である。ここでは、施設設置行為に対する規制として許可制度が採用され た目的を探るため、誰がなぜ規制しなければならないのか(⑴)、なぜ事前の規制を行なうのか
(⑵)、なぜ対象行為を一般的に禁止するのか(⑶)という視点で検討する。
⑴ 環境保全は国家の義務の一部であること―国家の基本権保護義務―
良好な環境を保全し環境公益等を保護すべき主体は、一次的には行政とされてきたが、果た してそれは妥当であろうか。これは同時に、なぜ保護するかという問いに答えるものでもあろ う。
この点については、活発に行なわれている国家の基本権保護義務をめぐる議論―国家は国民 の基本権すなわち基本的人権を保護する義務があるとする議論―が参考になる。当該義務は、
ドイツでは憲法に根拠があるため認められているが、日本では憲法に明文の規定がないため、
根拠を見出せるかの議論は決着していない58。環境保全は理論的には「私人相互の自発的な活 動を通しても可能である」が、私人は「公的問題に腐心することなくもっぱら私的活動に勤し むことが認められている以上」、社会的な関心の高い環境リスクの「対策を講じるのは、第一 次的には国家の任務である」59から、明文の規定が無くとも、国家の存在理由として当該義務 は当然に導出されるものと解される60。現在の日本の環境法学だけでなく憲法学においても、
環境保護は国家の重要な任務とする認識で共通しているものと思われる61。判例上も、水源地 を有害物質の汚染から未然に防ぐための最も有効である、当該物質を搬入させないための必要 な施策を定め実施するのは行政であるとしたものもある62。これを、環境法で注目されている、
被害発生の蓋然性が高ければ因果関係が科学的に証明されていなくとも予防的措置を構ずべき という「予防原則」63として捉えれば、この場合の基本権保護義務は環境基本法4条を根拠に し得るとも解される64。抽象性は否定できないが、国家からの自由の象徴である私権さえ、ルー ルすなわち法制度があってはじめて保障されるのであり65、立法および運用は国家が義務づけ られているとの説明も基本権保護に関する議論の補強となろう。
このように自治体を含む国家には環境を保全する義務があると解される。もちろん、前述し たように、環境保全の責任は行政庁だけが負うものではないが、その中心的存在であることは 間違いない。
⑵ 事前規制である必要性―行政による効果的なコントロール
次に、施設設置行為自体は、自然犯でも刑法犯でもないのに、許可という厳しい「事前規制」
を採用するのはなぜだろうか。
規制には、許可のような「事前規制」と、問題行為が発覚した段階で不利益処分を行なう等 の「事後規制」がある。しかし、「事後規制」では、問題行為が発覚するまで対象行為を行な うかどうかは行為者の自由に委ねられており、抑止力という点では「事前規制」よりはるかに 劣る。また、顕在化した問題行為に対する対症療法的な措置では、対応に漏れがあることや、
深刻な事態になるまで潜在化することが懸念される。すなわち、「事後規制」では、影響が甚 大で回復が難しいものへの規制としては不適切である。しかし、施設の設置等は、生活環境に 甚大または不可逆的な悪影響を与えるおそれがある行為である。裁判例においても、埼玉県産 業廃棄物処分業変更許可処分取消請求事件一審判決で、「産業廃棄物の処理に際し、生活環境 の保全に支障を及ぼすおそれが高いので許可制を採用している」との判断があり、さらに比例 原則により、職業の自由と比してもかかる規制は合理的ともされている66。したがって、施設 設置の規制には相当程度の「確実性」と「一律性」が求められる。
また、職業の自由を含む財産権という重要な権利に対する直接的な規制でもあるため、「財 産権に対する適切な配慮」が必要である。多様かつ複雑な利害関係が潜む現在社会では、それ らとの「調整」も求められるが、「具体的な利害対立が生じていない段階での調整」でないと 実効性に欠ける。
加えて、産廃処理施設は、個々の施設のみならず、他の汚染源とあいまって重畳的な影響を 及ぼすことが懸念される67。これまでも、不許可処分の要件として当該施設の過度な集中を盛 り込むなど(法15条の2第2項)、「面的な設置バランス」は意識されてきた68。施設は必要で あり、公共性を有するという点からの適正配置という意味でも、「かかる配慮」は必要である。
もっとも、施設も含む産廃処理体制は民間が中心であることから、設置者等の自由が前提であ り、公共性のみを理由とした調整は設置者等の財産権保護の見地からの検討を要する。しかし、
その影響の大きさから、設置の調整はやはり要請され、それは、設置前でしか行ない得ない。
以上により、設置する個々の施設に安全性を求めるとともに、多様な利害関係や面的な設置 バランスへの配慮が必要であるが、それは当事者だけでは実現はきわめて困難である。したがっ て、「事前規制」も用い、中立かつ公正な機関により安定的に行なわれる必要がある。現在に おいて、主体としての条件を満たすのは行政しかなかろう。また、財産権への強力な規制であ るため法律に基づいているが69、当該行為の行政庁による一定のコントロールに他ならない70。 業許可についてであるが、「廃棄物処理法が廃棄物の処理業を許可制にしているのは……一連 の過程を行政の監視の下に置くことによって廃棄物の不法な投棄・処分を防止するためである」
とした茨城県委託基準違反事件二審判決71があり、これを補強しよう。
⑶ 対象行為を一般的に禁止する必要性―原始(まっさらな)状態の創出
行政庁による効果的なコントロールとしての事前規制にも届出制など他の手法も考えられる なかで、規制の程度が厳しい許可制を用い、「施設設置行為を一般的に禁止する」のはなぜだ
ろうか。
仮に、私人の自由に任せた「放置した状態」を想起してみよう。おそらく、産廃処理施設に ついては状態も内容もまちまちで、安全性の確保が十分なものも不十分なものも混在する、い わば「まだら」あるいは「でこぼこ」な状態になるであろう。それでは、施設からの生活環境 上看過できない影響の発生が懸念されるし、現状把握さえも困難であり、行政庁によるコント ロールも不可能または著しく非効率になると思われる。また、同じような施設であっても、以 前から存在することだけを理由に是認し、新規の設置は否定するというのでは、平等原則に反 する場合もあろう。届出制を採用した場合、届出後の行政等による監視の対象とはなるが事後 的であり、設置そのものは設置者の自由が前提である72。
しかし、保護法益の重要性を考えると確実なコントロールが必要なので73、ある程度一律的 な規制が不可欠であることはこれまで確認した通りである。それには、いったん、不適切な施 設は一切ないものと整理し、「ゼロの状態」から構築することが適当であろう。すなわち、施 設設置行為を一般的に禁止する許可制度を採用したのは、「原始状態―まっさらな状態―の創 出」にあるのではなかろうか。もちろん、社会の連続性、現実性、設置者の財産権の保護との 調和の要請から、現実には、不十分な施設でも、一定の場合は「既存不適格」的に是認する方 向で検討することになろう。しかし、それは、論理的にはあくまで例外的な措置であるとの整 理になると思われる。
2 許可制度を採用する目的その2―利益調整の視点―施設の公共性を踏まえての比較較量 前節で見たように、公益(環境公益)と私益(設置者の財産権、周辺住民等の人格権)が施設 設置許可制度の保護法益であるが、両者は対立する場合がある。しかし、いずれも公共の福祉を 構成するものであるから、両者は調和しなければならない。また、私益の中でも「設置者の財産 権」と「周辺住民等の人格権」が対立する場合があるが、生活環境の保全が含意するように双方 も調和しなければならない。
このように、総合的な利益調整が行なわれる必要があるが、それはなぜ許可制度によらなけれ ばならないであろうか。ここでは、利益調整の主体(⑴)と方法(⑵)に着目し検討する。
⑴ 行政による利益調整の必要性―行政の本務―
利益調整には中立性かつ公正性が求められることから、一義的には行政がその主体であるこ とは疑いなかろうが、ここではさらに踏み込み、施設の公共性(①)、利益調整の実効性(②)
という観点から検討を加える。
① 施設の公共性
利益調整が端的に現われるのが施設設置をめぐる裁判である。これまで見てきたように、
行政事件であると民事事件であるとを問わず、それは、施設設置の「公共性」を踏まえて行 なわれていることがわかる。単に、当事者間の満足を目指す利益調整ではない。
加えて、設置者には周辺生活環境保全の適正配慮の義務があるが(法15条の4で準用する
9条の4)、内容が抽象的であり、違反に対するサンクションもなく実効性に欠ける。しかも、
処理体制の中心は民間業者である以上、利益追求を主たる目的として設置するのは当然であ るから、「公共性」の意識をかかる設置者に期待しても限界があろう。また、周辺住民等か らの主張ももともとは自身の人格権に基づくものであり、主観や信条に大きく左右される。
このように、当事者間では利益調整は困難であり、公の見地によらざるを得ない。一方、
行政は公益の代表である。また、施設は公共性を有する以上、公益の実現に大きくかかわっ ている。しかも、国家は、民間施設が中心であるが適正な施設整備を推進するという政策を 掲げている。したがって行政が調整を行なうことが適当である。
② 利益調整の実効性
施設設置許可が施設の実際の設置行為とその後の稼動の出発点であるので、せっかく利益 調整を行なってもその結果が当該許可に反映されなくては意味がない。許可に反映されると すれば、
ア 本来は当事者間のものにとどまる設置者と周辺住民等という私人間の利益調整の結果 をそのまま―もしくはその合理性をいったん行政が確認したうえで―許否判断に反映 させるような制度設計を行なうか、
イ 行政が中心となって利益調整を行ない、その結果を許否判断の考慮事項にするか、
のいずれかであろう。アの場合は、利益調整が当事者間に委ねられており、結果的に住民同 意制と同様である。しかし、後述するように住民同意制は合理的ではないことから、イの方 向で検討するしかなかろう。
⑵ 利益調整の方法―公益と私益、私益同士の間の利益衡量―
このように、利益調整は、施設の公共性との勘案やその実効性という観点から行政が担うべ きものであるが、それはどのように行なわれるのであろうか。公益と私益(①)、私益同士(②)
に区分して検討する。
① 公益と私益の調整
第3節で見たように、施設設置許可制度も他の行政活動と同じく公益を保護するツールで あるので、私益との調整が当該制度によって行なわれてきたこと自体は妥当であろう。実際 かつ端的には、行政と設置者等や周辺住民等が対峙し、終局的な解決の場である行政訴訟ま たは民事訴訟等において、かかる利益調整が行なわれてきた面がある。しかし、訴訟は事後 的であるし、多大なコストと労力を要する。また、その構造上、どうしても当事者間の深刻 な対立関係に立たざるを得ず、心情的にも円満な解決は難しい。それを回避するために、事 前の総合的な利益調整である「許可制」が採用されたものと思われる。
問題は、そのこと自体ではなく内容である。と言うのは、調整が及ぶ範囲と方法に偏りが あったのではないかと思われるからである。私益のうち、当該許可の名宛人である設置者の 権利利益(財産権等)については、規制の影響を直接受けるため、その重要性が強調されて
きた(二極関係)。これに対し、もう一つの私益である周辺住民等の権利利益(人格権、財 産権等)については、当該制度の結果により影響を受けるが、反射的利益に過ぎないとして これまでなおざりにされてきたように思われる。抗告訴訟において周辺住民等の原告適格が なかなか認められなかったことが、これを如実に示していると言えよう。しかし、半田市事 件一審判決で示されたように私益の総和が公益であるのに、それでは目的を達成しない。行 政事件訴訟法(以下「行訴法」という)が2004年(平成16年)に改正され、原告適格が拡大 するとともに、いっそう三極関係も注目されている。最近では、千葉県海上町等施設設置許 可処分取消請求事件(以下「海上町等行政事件」という)一審判決、二審判決74のように、
周辺住民等の請求を認容し許可取消を命じる判決が現われている。
② 私益と私益の調整
私益間の調整は民事関係であり、本来は私人間で行なわれるべきものである。だからこそ、
私人とのトラブルを回避するため、住民との調整の責任を設置者に負わせる面のある住民同 意制を採用している自治体が多いものと思われる。また、私益の総和が公益であることから、
私益間の調整自体は公益との調整でもあるはずである。しかし、これまではかかる調整は許 可制度のなかではなく、施設の建設や操業等の差止請求事件として民事訴訟において行なわ れることが多かった。
住民同意制を採用すること自体、間接的にしろ私益間の調整は行政が関与しなければなら ないことを自治体自身が認めていることになるし、国家基本権保護義務の議論でも見たよう に基本的なルールを制定するのは国家すなわち行政とされている。そもそも、住民同意制は 施設設置許可制度に関連する仕組みであるので、施設をめぐる私益間の調整も行政が行なう べき余地は大きいものと思われる。
以上を踏まえると、当該制度の目的が周辺住民等の意向も含む生活環境の保全と適正な施設設 置の推進を含む公衆衛生の向上とその前提である設置者の財産権保護との調整であることから、
公益と私益を踏まえた上での制度全体の目的である多種、多様な利益の調整を行なう必要がある。
当該制度の目的は、行政が信託されている「複雑な社会的利害の対立の調整」75の一環であると 言えよう。
第6節 小括
施設設置許可制度も他の多くの許可制度一般と同様に覊束裁量行為であるとして施設設置行為 の本来的自由が強調されている。かかる整理の妥当性については、施設によって環境への甚大な 影響が懸念されることとの関係から、疑問が呈されている。また、当該制度では以前から三極関 係が意識はされていたが、実効的な配慮までには到らなかったことも指摘されている(第2節)。
当該制度の趣旨を検討したところ、廃棄物処理法の目的である生活環境の保全と公衆衛生の向 上により、公益である環境公益等と私益である設置者の財産権、周辺住民等の身体権に加え平穏
生活権も含む人格権の保護を企図していることがわかった。それぞれ重要な保護法益なので、こ れらを調和させ両立させる必要がある。その利益調整は公平、公正に、しかも安定的かつ確実に 行なわれなければならないので、当該制度の運用主体であり中立である行政が中心的な責任を有 する。しかし、行政だけが全責任を負うのではなく、関係者それぞれが応分の責任を負い、行政 はそれらをマネジメントする存在であると解すべきである(第3節)。その一環として、施設設 置行為は、影響の大きさから、全てを本来的自由とするのではなく、施設によっては、設置者に 高度な注意義務すなわち責任が生じると整理した(第4節)。
立法趣旨と行政の役割を前提にすると、施設設置行為に対する規制に許可制度を用いている理 由の一つは、当該行為は影響が大きく、中立・公正な機関の指導監督が必要であることから、行 政庁に当該行為を効果的にコントロールさせるためであると解される。環境保全は国家の義務(国 家基本権保護義務)である。それを確実かつ総合的かつ効果的に行なうには事前規制によらざる を得ず、個々の施設のみならず面的な広がりと多様な利害関係に配慮しながら行なうのでコント ロールに他ならない。しかも、当該行為を一旦禁止することで、法に適合しない施設は現存しな いという「原始状態」を創出していると考えられる(第5節1)。
許可制度を用いているもう一つの理由は、施設の有する公共性を踏まえ、公益と私益、私益と 私益の複雑かつ総合的な調整を実効的に行なうことであると解される。これまでの利益調整は訴 訟で行なわれきた面が少なく、そこでは施設の公共性が重視されてきた。しかし、低コストで円 滑な利益調整とするのであれば、事前に、公平・公正で安全・確実に行なわれることが望ましい。
しかも、当該利益調整を実効的に行なうのであれば施設設置許可制度に反映しなければならない。
これらの要請を満たすには、公共性の配慮を踏まえた総合的な利益調整を当該制度の中で行なえ ば良いのであり、それが「許可制」を採用した「狙い」でもあろう(第5節2)。
第3章 施設設置許可制度の今日的意義
前章で確認した施設設置許可制度の目的は、これまでは相当程度合理的に機能してきた。しか し、現在ではそうとばかりも言えない事態も散見されている。制度の機能は時代によってかわる ものである76。一方で、これまでの議論の前提である自由主義も法治主義も法原理であり、これ を踏まえつつ実際の現象に対応していかなければならない。それには、当該制度の今日的意義を 探り、それらが法原理に適合しているか確認する必要がある。そこで、本章では、当該制度を取 り巻く状況の変化を確認し(第1節)、その今日的意義を探る(第2節)。
第1節 施設設置許可制度を取り巻く状況の変化
制度を取り巻く状況は、当該制度に大きな影響を与えたり、逆に当該制度から影響を受けるの で、その変化は大きな意味を持つ。そこで施設設置許可制度を取り巻く状況として、周辺住民等 や社会の環境に対する意識(1)、リスク等の研究(2)、施設の意義(3)、規制緩和(4)、自 治体の法環境(5)、地方分権改革(6)について、それぞれ見ることにする。
1 環境に対する社会全体の関心の高まり
意外にも、環境の大切さが強く認識されたのは最近になってからのことである。もちろん、か ねてより、その認識自体はあった。しかし、現行法でも自然環境保全法3条等にその名残が見ら れるように、法令上は、経済活動を妨げない範囲で環境保護を行なう「調和条項」に象徴される とおり経済が優先されていた。いきおい、健康被害が生じてから対応策を講じてきたので(健康 被害中心主義)、四大公害のような激甚型の公害の発生により初めて環境に強く関心が寄せられ たと言われている77。高度経済成長期の時であるから、わずか40〜50年前のことである。そのよ うな公害が沈静化すると、住民の価値観が多様化し、それに伴い、アメニティーのための環境保 全が求められている78。こうして、環境は多様な方面でその重要性がいっそう注目されており、
今後もその流れは強まるものと思われる。
2 関連学問領域の研究の蓄積―とりわけリスク研究の蓄積と実践―
このように、環境の重要性の認識が広がるとともに深まりつつある。それに伴い、いろいろな 知見が得られ、住民の関心も高まり、危険だけではなく「リスク」にも目が向くようになった。
施設設置をめぐっては、周辺住民等の不安・安心が議論され79、国も注目しているが80、それ を取り扱うリスク学の進展には目覚しいものがある。リスク学では「安心」とは「主観的な安全 感」とされており81、その逆の「不安」は、不利益や迷惑を含むと解される82。施設について、
安全と思っていても、後日否定されるかもしれない83。住民は実際の被害が生じる前に反対運動 を起こす場合が多く、それが高じて地域を挙げての大紛争に発展することも少なくない。そこで、
それらを引き起こす「リスク」に注目が集まっている。まず、心理学、社会学、社会工学が関心 を示し、関係領域に広がっていき、現在は「リスク学」が形成されている。また、いろいろな化 学物質の発見や技術開発のように自然科学的な研究は勿論だが、関連領域も進展している。具体 的に見ると、地方分権改革や予防原則(予防的アプローチ)が反映された行政法学・環境法学等 の法学の進展が挙げられる。
このように、リスク研究は急激に進展し領域も拡大しているとともに、いろいろな分野で実践 されつつあると言えよう84。
3 施設全体の設置が困難であること―最終処分場の容量も逼迫―
このように、施設が環境影響を生じさせ得ることに社会はセンシティブになっているが、産業 廃棄物の発生量はあまり減少しておらず85、処理せざるを得ない以上、施設は必要・不可欠であ る。しかし、最終処分場については、残余容量は逼迫しているが86、設置が困難になっており、
ジレンマに陥っている。
このように施設設置は難しい状況にあるが、「生活環境の保全」と「公衆衛生の向上」を実現 させるには、真に必要かつ適切なものであれば設置を進めざるを得ない。国もそのようなスタン スを取っている87。「そこまでして」施設設置を進めるのであるから、国および自治体は厳重な 手続を採用せざるを得ないし、設置者も応分の負担を甘受せざるを得ないだろう。