フランスにおける小売商業構造の変動とロワイエ法
その他のタイトル The Structural Change of Retail Trade and Loi Royer in France
著者 佐々木 保幸
雑誌名 關西大學商學論集
巻 37
号 6
ページ 871‑903
発行年 1993‑02‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00019805
関西大学商学論集第37巻第6号 (1993年2月) (871)51
フランスにおける
小 売 商 業 構 造 の 変動とロワイエ法
目 次 は じ め に
I. 小売商業構造の変動とロワイエ法の制定 JI. ロワイエ法の内容
m. ロワイエ法の運用状況
むすびにかえて
は じ め に
佐 々 木 保 幸
現在,わが国では大店法(大規模小売店舗における小売業の事業活動の調 整に関する法律。以下,大店法と略称する) の再改正I)を中心に流通規制緩 和が進められている。再改正の主な内容は,①大型店の出店調整期間を最長 1年に短縮する,R商業活動調整協議会(商調協)を廃止し,大型店の出店 調整機能を公的機関の大規模小売店舗審議会(大店審)に一元化する,③自 治体の独自規制を抑制する,④第1種大型店と第2種大型店との種別境界店 舗面積を 1,500m2 (東京都の特別区および政令指定都市では 3,OOOmり か ら3,000m2 (東京都の特別区および政令指定都市では6,000mり に 引 き 上 げ る,というものである。また,大店法再改正とともにいわゆる大店法関連法
(輸入特例法の制定,中小小売商業振興法の改正,特定商業集積整備法の制 定,民活法の改正)が整備された。
1) 1991年5月8日可決, 1992年1月31日施行。
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日米構造協議を受けて1990年5月から大店法の運用が緩和され,大型店の 郊外を中心とした出店表明が激増した2)。 その結果,市街地の商店街が衰退 し,「街」そのものの地盤沈下が問題となっている。大店法の再改正はこの 傾向をいっそう加速化させるものであり,それゆえ従来からの大型店対中小 小売店という問題だけでなく, 「街」そのものの変容をどのように考えるの かが問われており, 「街づくり」の視点を盛り込んだ新たな政策体系が求め られている3)。 そして,いわゆるゾーニング規制等の都市計画制度を備えた 欧米の小売流通政策への関心が高まっている。
本稿でとりあげるフランスのロワイエ法 (Loin°73‑1193 du decemble 1973 d'orientation du commerce et du l'artisanat. 商業および手工業 の方向づけに関する1973年12月27日の法律第73‑1193号。以下,ロワイエ法 と略称する)は大型店の出店規制を都市計画制度をふまえて行うだけでな く,社会保障制度も兼ね備え,総合的な法体系をなしている。すなわち,フ ランスではロワイエ法によって,流通近代化を前進せしめる流通経済政策的 側面と中小小売商ら経済的弱者を保護する流通社会政策的側面をあわせもっ た多面的な小売流通政策がとられている。 ロワイエ法と大店法は, ともに 1960年代中頃から70年代初頭にかけての小売業における新業態の出現,普及 といういわゆる流通革命の進展の下で,その影響を被った中小小売商らによ る反大型店闘争の結果,制定に至るという経緯をもち,基本的には,中小小 売商の大型店規制要求に対処する一方で流通近代化をも重視しつつ大型店の 出店を調整するものである。 しかし, 両法の間には政策基調や法体系その もの,そして後にみていくように法の内容や運用にかなりの相違がみられ る。
2) 1990年5月30日から1991年11月30日までの大型店の届出状況は, 1,875件(第1
種795件,第 2 種1,080件)である。(角瀬保雄監修•労働運動総合研究所編「規制
緩和問題と経済民主主義」新日本出版社, 1992年, 203ページ)。
3)例えば, 日本専門店会連盟(日専連)の「街づくり法」の提唱や全国商工団体連 合会(全商連)の「国民の豊かな暮らしに貢献する90年代流通のありかた」におけ
る提言等がある。
フランスにおける小売商業構造の変動とロワイエ法(佐々木) (873)53 中小とりわけ零細小売商の停滞, 地域の商業構造の変動, 街なみのあり 方,真の意味での消費者利益の保護等の諸問題が山積しているわが国の現状 を鑑みると,ロワイエ法に学ぶべき点は決して少なくない。それゆえ,本稿 ではロワイエ法を検討し,フランス流通政策の一端をみていくことによっ て,あらためてロワイエ法に学ぶべき点をえぐりだしてみたい。また,この ことは現代資本主義下での国家の流通への介入の1つの特殊な現象形態を明 らかにすることにもなろう。
それでは,以下において,まずロワイエ法制定の時代的背景を追い,次に ロワイエ法の内容,運用状況および問題点を検討し,ロワイエ法のもつ意義 と限界に若干言及していくこととしよう。
I. 小売商業構造の変動とロワイエ法の制定
1. 小売商業構造の変動
(1) 小売商業をとりまく環境の変化
ロワイエ法制定を促した1960年代中頃から70年初頭にかけての小売商業構 造の変動をみる前に,その基礎としての戦後フランスの経済的・社会的変化 を素描しておこう。
戦前のフランス経済は,農業への依存度が高く,後進性を色濃く残し,産 業近代化は大幅に遅れていた。人口も急激に増加することはなく,国内消費 市場は依然として狭溢なものであった4)。商業の領域も,伝統的な多数の小 規模零細小売商に担われていた。
しかし, 1949年にはじまり石油危機まで持続した「フランスの奇跡」と呼
4)フランス経済については,長部重康編『現代フランス経済論」有斐閣選書, 1983 年, F・キャロン著・原輝史監訳『フランス現代経済史」早稲田大学出版部, 1983 年,原輝史『フランス資本主義研究序説」日本経済評論社, 1979年,葉山滉粍見代 フランス経済論」日本評論社, 1991年等を参照。
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ばれる戦後の経済成長期において叫経済・社会状況は大きく変化する。
まず第1に, 19世紀初頭から長きにわたって停滞していた人口が急激に増 加した。 1930年代中頃まで4,000万人を超えることがなかった人口が,この 時期,高い伸びを示し, 1969年には5,000万人を突破した。これは死亡率の 低下と出生率の上昇による自然増や海外植民地のあいつぐ独立,自治権の獲 得により引揚者および外国人移住者が著しく増加したためである。さらに,
1940年代中頃まで低下傾向を示していた20歳未満の人口も増加しはじめた。
第2に,農業人口と農村人口が激減し,かわって第2次,第3次産業就業 人口および都市人口が増大した。産業部門別労働力人口構成比をみると,
1936年に第1次部門37彩,第2次部門30彩,第3次部門33彩であったもの が, 1954年にはそれぞれ28彩, 36彩, 36彩となり, 1975年には11彩, 37%, 52形となっている。 また,農村人口と都市人口の割合も 1930年に農村48.0 彩,都市52.0彩であったが, 1954年に44.0彩, 56.0彩, 1968年では33.8彩, 66.2彩となり叫都市への人口集中が進んだ。 しかも,フランスではそれま であらゆる面でパリヘの一極集中が顕著であったが, 1950年代後半から政府 による工業分散化政策とあいまって地方都市への人口分散化が進展し,地方 都市はめざましい発展をとげた%
第3に,このような都市化現象や都市の郊外化とも関連し,商業環境に影 響を及ぽしたものとして自動車の普及があげられる。フランスでは他のヨー ロッパ諸国と比べて, 古くから自動車の普及率は高かったが, 急速に普及
5)フランスにおける年平均経済成長率 (GDP)
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1939‑1949 1.0彩 1974‑1988 2. 2彩 Denis Brand, Maurice Durousset, La Fraance histoire et 炒lit切ueseconmiq郎sde̲加is1914, Sirey, 1991, p. 68. 6)長部重康編,前掲書, 47ページ。
7)例えば,人口5万人以上の都市は1954年に64市であったが, 1962年には77市へと 20彩増加した。
フランスにおける小売商業構造の変動とロワイエ法(佐々木) (875)55 し,一般化するのは1950年代以降であった。人口100人あたりの自家用車台 数の推移をみると, 1952年5.0台, 1960年12.1台, 1965年18.4台, 1970年25.1 台と8)' この時期に急速に自動車が浸透していったことがわかる。
第4に,フランス国民の可処分所得が増大し,消費構造が変化した。 1950 年以降の高い賃金上昇に支えられ,国民の生活水準が全般的に向上し,それ
にともない家庭消費支出の構成に顕著な変化がみられるようになった。例え ば, 1959年から1970年にかけて飲食料への支出の割合は37.7%から30.5%に 低下し,一方,住居,保健・衛生,交通・通信,文化・娯楽への支出の割合 がそれぞれ16.4;lるから18.4%, 9.5%から12.l?l,る 7.6%から9.4?l,る 6.9%か ら8.9%へと上昇した9)。これらの上昇した費目において,住居支出では電気 冷蔵庫,電気掃除機,電気洗濯機,交通・通信支出では自家用車,文化・娯 楽支出ではテレビ,ラジオ,カメラといった家庭用耐久消費財に対する支出 が増加している点が特徴的である。
第5に,女性の社会進出がより高まった。例えば, 25歳から29歳の女性の 就業率は, 1960年49.5%, 1968年52.8%, 1975年62.6%と着実に上昇し10)'
主要業種での女性就業者総数に占める既婚女性の比率も1968年には57.4%に 達している。働く女性の増加は上述の消費構造の変化をいっそう促しただけ でなく, ワンストッフ゜・ショッピングの利便性をより強く求めることに寄与 することにもなった。
また,この時期, EEC(1958年), E C(1967年)の結成により,域内関税 障壁の漸次撤廃,為替の自由化が行われ,フランスはそれまでの保護主義体
8)ジョン A.ドーソン著•前田重朗監訳「変貌するヨーロッパの流通」中央大学出 版部, 1984年, 56ページ。
9)林雄二郎編『フランス経済の現実と展望』東洋経済新報社, 1967年, 157ペー ジ
, Rapport general de la commission de commerce (社団法人日本経済調査協 議会『フランス商業近代化委員会一般報告 (19661970)」1968年, 2ページ),
Maurice Levy‑Leboyer, Jean‑Claude Casanova, Entre l'Etat et le marche, Gallimard, 1991, pp. 432‑433.
10)ジョン A.ドーソン著,前掲書, 33ページ。
第 巻 第 制から開放経済体制へ移行していった。
以上のような経済的・社会的変化が進行し, 大量生産システムが確立さ れ,いわゆる大衆消費社会が到来するようになると,それらに対応しうる大 量流通システムの構築が社会的にも要請されるようになった。
それだけではない。大量流通システムを構築するための流通・商業の近代 化は,フランスにおける支配的な資本とそれを支援する国家の要請としてあ らわれたという点にも留意しなければならない。ドゴール政権下において,
生産部門に比して遅れていた流通・商業部門を近代化し,生産過程,流通過 程を統一的に集中化していくことの意味は,独占資本の国内的制覇を保証す るだけでな<,EECの結成以降, イギリスやアメリカ等からもたらされる であろうところの激烈な通商上の攻撃,貿易競争に対抗してフランスの商企 業を強固にしていくための商業再編成の強い要求から出ておりti), 「流通・
商業の近代化の真の目的は能率の悪い零細小売商業を廃除して,産業資本の 尾大な生産商品を大量に引受け,能率的に販路を見出してくれる資本家的大 商業をまますす助長育成さしていく」12)ところにあったのである。後にふれ るように,実際, 1950年代の終わり頃から国家による流通・商業関連立法や 通達を中心とした介入がひんぱんに行われるようになっているが,こういっ た政府の姿勢が直接的,間接的に流通革新の進行を支えていたのである。
次に,このようなドラスティックな環境の変化の下での小売商業構造の変 質過程をみていこう。
(2) 小売商業構造の変動
戦前におけるフランスの小売商業は伝統的な小規模小売商を中心に, 百 貨店,バラエティ・ストア13)' 消費者協同組合等によって担われていた。と 11) 12)平実「フランスにおける商業集中化と商業使用人の問題」『経済学年報J21,
大阪市立大学経済学会, 1964年12月, 8ページ。
13)大衆百貨店 (magasinpopulaire) とも呼ばれ,廉価品を均一価格で販売する。
売湯面積は 5002,000面程度であり,取扱商品は2,5005,000品目で,主に食料 品, 日用雑貨,衣料品で占められている。
大衆百貨店の均一価格方式は,一般小売店の反発をまねき,政府は第 2次大戦前
フランスにおける小売商業構造の変動とロワイエ法(佐々木) (877)57 りわけ百貨店は世界最古の歴史をもっており, 1852年のパリのオ・ボンマル シェ (AuBon Marche)設立以後14), ォ・ルーヴル (AuLouvre 1855年), B. H. V. (Bazar de l'H6tel de Ville 1856年), オ・プランタン (Au Printemps 1865年),サマリテーヌ csamaritame 1870年), ガルリ ー・フ
ファイエット (GalerieLafayette 1895年)といった有力百貨店が次々と設 立された。 20世紀になると,廉価品を均一価格で販売する百貨店系のバラエ ティ・ストアが現れた。 1927年のユニフ゜リ (Uniprix,Nouvelles Galeries グループ)に続きプリ‑‑・ソュニック (Prisunic, Au Pnntemps‑Pnsumc グループ),モノフ゜リ (Monoprix,Galerie Lafayetteグループ)等が出現 したが,その後の小売業の近代化はあまり進展しなかった。
だが,戦後のフランス小売商業は前項で述べたような商業環境の急激な変 化を受けて,スーパーマーケットおよびハイパーマーケット等セルフサービ ス方式の大規模小売商が台頭し,その構造を大きく変容せしめた。
フランスに初めてセルフサービス方式が導入されたのは, 1948年のグーレ
・チュルバン (GouletTurpin)という食料品店であったといわれている。
また,最初のスーパーマーケットは1958年のドックス・ド・フランス (Do‑ cks de France), ハイパーマーケット第1号は1963年にパリ西部に開設され
たカルフール(Carrefour)とされている15)。セルフサービス店はフランス・
の1935年10月30日にこのような均一価格店の新規出店を法的に禁止している(ラバ ル法, ledecret‑loi Laval du 30 octobre 1935, 坂井幸三郎,堀歌子「消費者問 題としての 流通近代化 へのアプローチ ロワイエ法下のフランス小売業に関す る一考察」青山学院大学経営学会「青山経営論集」第20巻第1号, 1985年, 9ペー ジ)。
14)フランスにおける百貨店の起源は, 1826年のベル・ジャルディニエール (Belle Jardiniere)ともいわれているが,一般的には1852年のオ・ボンマルシェに求めら れる。なお, 主要百貨店の開設年次は JacquesVigny, La Distribution, Sirey, 1990, pp. 40‑41によった。
15) Ibid., p. 48, 新倉俊一•朝比奈誼•石井睛ー・稲生永・弥永康夫・鈴木康司•富 永明夫編集『事典現代のフランス(新版)」大修館書店, 1990年, 113‑114ページ参 照。
第 37巻 第 6 号
セルフサービス協会 (L'Institutede France Libre Service)によると,
次の 3つに区分されている。
スーパーレット (Superette)……売場面積 120 400m2
スーパーマーケット (Supermarche)……売場面積 4002,500m2 ハイパーマーケット (Hypermarche)……売場面積 2,500m2以上 なお,ハイパーマーケットは売上高の60 70形を食料品が占め,ワン・フ ロアーの倉庫型で,主に郊外に立地し, しかも広い駐車場をもつものとされ ている16¥
表ー1は,これらのセルサービス店の発展を示したものである。スーパー レットは1960年に約200店, 62年に約550店存在し17), 65年にはすでに 1,413 店を数え,スーパーマーケットやハイパーマーケットに比べて比較的早い時 期から発展している。スーパーマーケットは1960年に約40店であったが, 62 年には約140店18)に増え, 65年に600店, 68年には早くも 1,000店を突破し,
1960年代中頃から急成長した。一方,ハイパーマーケットは70年代初頭から 驚異的に増加しはじめた。 1969年のわずか27店が71年に113店, 73年には211 店となり総売場面積も100万m2を超えるほどの成長を示した。スーパーマー ケットもハイパーマーケットもともに,その登場から10年足らずの間にめざ ましく伸長したのであった。
このようなスーパーマーケットやハイパーマーケットの急成長は,商業構 造の急激な変動をもたらすこととなった。とりわけ,ハイパーマーケットは 大規模な売場面積 (1973年で1店舗あたり平均売場面稼は約 6,OOOmりをも ち,主に郊外に進出し,広い駐車場を備え, しかも低価格での販売を行った ため,消費者の関心を集め,都心部に立地する伝統的な小売商らに大きな影 16)竹林祐吉「フランスのハイパーマーケットについて」大阪経済大学中小企業経
営研究所所報「経営経済」25, 1989年, 2‑4ページ, JacquesVigny, Petits com‑ merces et grandes surfaces : la concurrence, Presses Universitaires de Grenoble, 1978, p. 13参照。
17) INSEE, Annuaire Statistique de la France, 1967, p. 589. 18) Ibid.
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表ー1 セルフサーピス店の発展 (売場面積の単位: 1,000mり スーパーレット スーパーマーケット ハイパーマーケット 店舗数 面 場売 積 店舗数 年加増数 売 場面 積 加年増分 店舗数 年加増数売面 積場 加年増分 1965 1,413 600
1966 1,756 733 133 1967 2,095 887 154
1968 2,519 1,032 145 11 1969 3,013 1,242 210 27 16 1970 3,512 1,556 314 71 44 1971 3,942 1,807 251 113 42 1972 4,431 2,063 256 1,508 143 30 844 1973 4,903 2,324 261 1,728 224 211 68 1,253 409 1974 4,994 2,548 224 1,943 215 259 48 1,537 284 1975 4,984 986 2,733 149 2,059 116 291 32 1,742 205 1976 5,126 1,023 2,846 113 2,182 123 305 14 1,821 79 1977 5,454 1,095 3,157 311 2,459 274 339 34 2,005 184 1978 5,701 1,149 3,302 145 2,582 126 369 30 2,102 97 1979 5,845 1,179 3,492 190 2,779 197 387 18 2,209 107 1980 5,888 1,146 3,710 218 2,967 188 408 21 2,293 84 1981 5,589 1,142 3,962 252 3,163 196 427 19 2,371 78 1982 5,724 1,182 4,261 299 3,411 248 460 33 2,560 189 1983 4,656 395 3,734 323 493 33 2,692 132 1984 5,061 405 4,156 422 521 28 2,851 159 1985 5,440 379 4,498 342 549 28 2,967 116 1986 5,945 505 5,275 777 597 48 3,372 405 1987 6,178 233 5,626 351 648 51 3,653 281 1988 6,379 201 5,890 264 691 43 3,849 196 1989 6,533 154 6,132 242 752 61 4,127 278 1990 6,776 243 6,506 374 797 25 4,337 210
(出所) INSEE, Annuaire Statistique de la France, 1973, 1981, 1988, 1990より 作成。
第 37巻 第 6 号 響を及ぽした。
表ー2にみられるように, 1960年から75年の間に店舗数は560,000店から 513,000店へと 8.4形減少した。 これに対し, 従業者数は1,282,000人から 1,517,400人へと18.4%増加し, 売上高は3倍以上に増加している。このこ とから,力の弱い中小小売商の排除が進んだことや「独立小売業の大型化あ るいは組織化・協業化がこの時期に進行」19)したことが推察される。 このこ とは,従業者規模別の商業構成比の変化を追うことでいっそう明らかになる
(表ー3)。従業員を雇用しない層は 1954年以降一貫して減少しており, し かも1958年から著しい減少傾向を表している。常時従業者1人層は1966年以 後比率を下げている。 これに対して, 2人以上の層は総じて増加傾向を示 し,とりわけ 6 9人層, 10人以上層といった大型のものが著しく比率を増
表ー2 フランス小売商業の推移
店舗数!従業者数!売上高(百万フラン)
1960 560,000 1,282,000 111,400 1971 538,000 1,465,000 239,600 1975 513,000 1,517,400 360,000
(出所)白石善章「フランス小売商業政策の展開」福岡大学
「商学論叢」第26巻第2号, 1981年9月, 122ページ。
表ー3 従業者規模別商業構成比の変化 (免) 規 模 ¥1954年 I1958年 I1966年 ¥ 1970年
0人 64.4 61. 2 50.0 43.2 1人 19.9 21. 6 22.7 19.0 2 5人 11. 9 12.8 19. 1 19.7 6 9人 2.2 2.4 3.9 8. 1 10人以上 1. 6 2.0 4.3 10.0
(出所) Fernand Bouquerel, I'Etude des Marches au Service des Entreprises 2, Presses Universitaires de France, 1975 p. 754より作成。
19)結縄昭「フランスの流通機構とロワイエ法」, 鶴田俊正編著「世界と日本の流通 政策」日本評論社, 1980年, 150ページ。