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顔の認識における方向性の問題

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顔の認識における方向性の問題

その他のタイトル The Problem of Orientation in Face Recognition

著者 池田 進

雑誌名 関西大学社会学部紀要

巻 26

号 1

ページ 15‑33

発行年 1994‑09‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00022542

(2)

顔の認識における方向性の問題

池 田 進

The Problem of Orientation in Face Recognition. 

Susumu IKEDA 

Abstract 

Face Recognition  is  profoundly affected by the orientation  (upright  or  up‑side‑down)  of  the  figure.  Recognition memory for  faces  is  interfered  with much more than that  for usual  objects by their  inversion.  This  phenomenon may be caused by a difference  in  the modes of  sensory infor‑

mat ion  processing for upright‑and  inverted  face patterns.  The So‑ca L Led  Thatcher  illusion  results  from difficulties  in  processing the connections  between facial  features.  Other  factors  affecting the  perception of  in‑ verted faces  are  discussed. 

Key words: Facial pattern recognition, Orientation of objects, Visual inversion, Thatcher  illusion, Sensory information processing. 

抄 録

顔の認識はパタンが提示される方向(正置か倒置か)によって強く影響される。倒置されたパタン は一般に再認記樟が妨害されるが,顔パタンは特に影響の程度がいちぢるしい。この現象は正置の顔 パタンと倒置の顔パタンで処理モ_ドが異なるためであると考えられる。いわゆるサッチャー・イリ ュージョンは,倒置した顔パタンでは相貌要素の相互の結合関係の処理が困難であるために起こる現 象であると思われる。さらに,倒置した顔パタンの処理にはたらく要因を 2方向性顔図形の知覚をめ

ぐって検討した。

キーワード:顔パタン認識,対象の方向特異性,倒立視野,サッチャー・イリュージョン,感覚情報

処理

(3)

関西大学「社会学部紀要」第26巻第1

( 1 )   サ ッ チ ャ ー ・ イ リ ュ ー ジ ョ ン

すでに旧聞に属するが,

Thompson,P.  (1980)

によって供覧されたサッチャー・イリュージ ョンが十何年か前に我が国でも世間の耳目を集めたことがある。

英国の元首相マーガレット・サッチャーの顔は誰もがニュース媒体などで熟知しているので,

たまたま写真が上下逆になっていてもすぐに彼女を同定することができる。

Thompson

は彼女 のそのような上下逆の写真の中で両目と口だけをそのままの位置でもう一度

180°

回転した写真を 合成した。つまり, 顔全体は逆様だが, 目と口だけは正立の方向を向いているという図形であ る。この図形を眺めると,手を加えないで単に上下逆にしただけの場合とは違ってかなり奇異な 印象を受けはするが,ある程度のサッチャーらしさはまだ残っていて,あえて奇怪というほどの ものではないように見える。ところがこの図形を回転して正しい向きに戻すと,彼女が突然に悪 鬼の相に変貌する。これがサッチャー・イリュージョンである(図 1) 。

.  . 

 

. \

Pi

"  

図 1 サッチャー・イリュージョンを生ずる顔パタン(左)

と加工前の顔パタン(右)

彼女の在任

12

年の間の大学行政に対する寓意がそこにこめられているのかどうかはともかくと してその印象は強烈であった。坂根厳夫

(1982)

は,いちはやくこの手法を鈴木善幸・元首相の 顔の写真に施して,サッチャー・イリュージョンを紹介している。

顔パクンの記憶表示はつねに正立の方向性を持つので,倒立のバタンが現れたときにはそれを 適正に認知するために心的回転が生ずるが,顔は内部に多数の弁別特徴を持つので回転の処理が 難しい

(Rock,

I . ,  

1974)

。ではなぜ,或るパタンを適切に認知するために図形の回転を行おうと するのかは,それ自体が変換視の実験の基本問題に触れるものであるが,ここではそれはさてお

‑ 16 ‑

(4)

くとして,特に,逆様のままの顔パタンでは,弁別特徴間の結合関係の把握が難しくなることに 問題を絞って考察する。

サッチャー・イリュージョンの場合のように,目と口を回転して弁別特徴の結合関係を変更し ても,パクンが逆様のままだと,正常の方向に戻った彼女の目と口の通常の見えが優先してサッ チャーの相貌の特徴はなんとか保存されるが,パターンを

180°

回転して正立させると,弁別特徴 の通常の配置のなかで再び逆様になった個別の弁別特徴がそのままの形で相貌全体の見えに影響 するために,奇怪な顔が出現するのだと説明することはできる。しかしそのような説明のために は,パタンを倒置した条件ではどのように弁別特徴の結合関係が捉えにくいのかという問題を解 決しておかなければならない。

Parks, T. E.  (1983)

は文字列を用いたデモンストレーションを提供した。その観察にもとづ いて彼は,方向特異的な対象では,対象の包括的枠組みが枠内の要素に対しても強固な関係軸と して働いて,適正な方位を割りつける役割を果たすが,対象を倒置すると枠組みはそのような力 を欠くので,環境の座標軸の拘束を内部要素に対して許すことになる。これがサッチャー・イリ

ュージョンの理解にとってひとつの示唆を与えるものになると主張した。

たとえば,倒置された漢字の文字列

暉 事 船 輯 苅 嘩

は正立の時よりは読みづらいが,それでもたいした努力なしに,普通に 感覚情報処理 と読め る。しかしそれを

180°

回転してもとの方位に戻すと,文字は裏返しに印字されており, しかも中 の一字 情 は正常に印字されていることに気がつく。倒置した条件では裏返しの文字とそうで ない文字の区別がつきにくいし,もともと文字列自体が右から左へと現代の表記の仕方とは異な る順に印字されていることも気にはならない。

もちろん英文字と漢字とでは文字パタンの形態的な構造が違うし,セマンティックな性格も異 なるが,それにもかかわらず,文字列の情報処理において,文字列全体の包括的枠組みと視的環 境の枠組みとの関係が文字列内部の文字要素の処理に影響を及ぽす点に注目することはできるだ ろう。その間の事情は文字列ではなく顔バクンであっても同じだと考えてよい。

Valentine, T. & Bruce, V. (1985)

Thompson(1980)

の図形とは異なる配置の図形を用 いてサッチャー・イリュージョンを供覧した(図

2)

。彼らの図形は, 弁別特徴の位置を入れ換 えて,上から口,鼻目の順に配列したものである。この図はそのままで十分に異様だが,

180°

回転して上下逆にして見ると,もはやこの世のものでないような奇怪な顔が出現する。

この場合には図形を逆様にして倒置することが錯視をもたらした。

Valentine

(1985)

の考

えは,顔の外郭よりも内部の弁別特徴が顔の認識にとっては有効なので,図形を回転して弁別特

徴の位置関係を顔パタンに固有の基本配列に戻すことが,錯視の発生にとって重要だとするもの

である。彼らの例示では

Parks(1983)

の枠組み説は単純にはあてはまらない。

(5)

関西大学「社会学部紀要』第26巻第1号

2 M. 

サッチャーの顔パタンを加工した

Valentine & Bruceの図形 (Valentine, T. Bruce, V.,  1985,  p.  515,  Figure 1) 

3 FSEの実験に用いられた scrambled face

の一例

(Davidoff, J.,  1986,  p.  392,  Figure 1

より)

Valentineらの図形は顔パタン優位性効果(facesuperiority effect : FSE)

の研究に用いら れたいわゆる

scrambledface

の条件のパタン(図

3)

と類似の構造であることに気がつく。

FSEの実験は,与えられた知覚対象が顔であるか顔でないかを, 顔処理の機構が作動するご

く初期の短時間に決定してしまうことが,個別の相貌要素の特徴の認知に影響を与えることを明 らかにした。すなわち,顔処理機構には,顔の個別の相貌部分の特徴の処理をおこなう機構の他 に,相貌の全体的配列の処理にかかわるもう

1

つの処理機構があって,受容器からの入カデータ は,この両方によって共有され,それぞれからの出力が次のステージで較正されると考えること ができる。

このような

FSE

との類比において,

Valentine

らの図形を正置したときの非ー顔的配置にお ける処理の方略と,倒置したときの顔的配置における処理の方略とは異なると仮定することがで きる。すなわち,問題は視空間の方位軸の中で対象がどちらを向いているかということそのもの にあるのではなくて,対象の回転を契機として図形の配列の特質が処理の方略の選択に対してど のようにかかわっているのかという点にある。

もういちど漢字パタンの文字列によって例示するならば,

感 覚 報 情 処 理

はわれわれがよく校正の時に見逃してしまうように,たいてい 感覚情報処理 と読んでしまう。

しかし, ページを逆様にして上下逆の方向から読むとかえってこの綴りの誤りに気付きやすい

ことが分かるだろう。文字列が正置されたこの条件では,われわれは通常の読書の方略にしたが

って文字列全体を一つのチャンクとして,あるいはすくなくとも,感覚ー情報一処理の区切りを

(6)

それぞれ一つのチャンクとして並列に処理するので綴りの逆転に気付かないですませてしまう。

ところが,文字列を逆様にして通常とはちがった状況が生ずると,通常の読書の方略が適用しに くくなって,文字列は一文字ずつ直列的に分析的に処理せざるを得なくなるので,この方略の変 更が,逆様にした場合にかえって誤りを検出しやすくさせる理由ではないかと推測される。

対象が顔パタンである場合にも同様の傾向が見られる。何人分かの有名人の顔写真を上下半分 に切り離しておいて,別人の半分と組み合わせると新たな一つの顔が合成される。その際,上の 部分が誰の顔で下の部分が誰の顔であるかをいいあてることは,写真が正立のときのほうが逆様 の場合よりもかえって難しい。

Bruce,V. (1989)

は正立の顔では個別の部分の認識を困難にし ていた全一体的配置の処理が,倒立の条件においては効果を減ずるので,両方の部分それぞれの 相貌の独自性が認識しやすくなるのだと考えている。

( 2 )   顔 パ タ ン 知 覚 に お け る 方 向 規 制

文字パタンと同様に,顔は方向特異的な知覚対象だとよくいわれる。逆転した顔パタンは不自 然に見え,ときには誰の顔かわかりにくいものになる。

一般に,倒置された複雑な情景は,認知が困難になることが知られている

(Dallet,

K . ,  W

ilcox,  S.  G. & D'Andrea, L.,  1968)

が,それに比較して顔の場合は更に困難が増す。

後節に述べるように

Scapinello,K

.  F

. & Yarmey, A

.  D

.  (1970)

は正置条件と倒置条件で の再認記憶を,建物の写真と人の顔の写真について比較してこのことを確かめた。

Diamond, 

R .  

& Carey, S.  (1986)

もまた同様の傾向を見出した。彼らの実験では被験者

(16

人)は

20

枚の顔の写真と

20

枚の風景写真をターゲットとして記憶し,直後にそれらを

12

枚ずつの デストラクターに混入して,正置条件と倒置条件のもとで再認をおこなった。顔の再認率は正置 条件

9096,

倒置条件

7196,

いっぽう風景の再認率は正置条件

887!

あ 倒 置 条 件

79%

で,刺激の種類

と提示方向の交互作用は有意 (p<.

03)

であった。

ではなぜ普通の複雑図形に比べて顔パタンの認知が倒置条件でとりわけ悪化するのか。これに 答えるためには,普通の複雑図形を識別するときの弁別特徴相互間と,人の顔を識別するときの 弁別特徴相互間の結合の構造の違いを確かめておくことが有用と思われる。

いまもし,弁別特徴の多さだけを問題にするならば,風景や家の形のほうが顔よりも多くの多 様な弁別特徴を備えているといえよう。それに対して,顔の弁別特徴は相貌要素を主要なそれと

しておそらく風景等よりも限られた数となる。

一般に私たちは,風景や建物などでは

2, 3

の際立った特徴を離散的に取り出して弁別の手が

かりとするだろう。いっぽう, 人の顔の弁別は,(確かに際立って特異な弁別特徴によって識別

がなされることもあるけれども,)顔という不変的な基本配列の中で,かつ限定的な形の識別を

達成せねばならぬところに特色があるように思われる。

(7)

関西大学『社会学部紀要」第26巻第1

Diamond & Carey (1986)

は , しかし,顔だけが識別にとって特別の意味を持つパクンであ るとは考えてはいない。たとえば彼らが刺激図形として用いた犬の形においても,種全般に共通 的な弁別特徴の基本配列があるように,一般に,図形の弁別は部分要素の配列の形式による規制 を受ける。

もしいま,与えられた或る対象の特徴をことばで説明しなければならないとすると,最も効率 的な記述のやり方は,まず図形全体の特徴から始めて,図形を構成する微細な部分の特徴へと説 明を進めることであろう。もちろん,認知システムによる図形の特徴の評価がこのような言語的 な記述に類比的な方法でなされるなどと推論することはおよそ無意味ではあるが,記述のための 変数に階層的な序列を見出すのもまた事実であって,認知システムが何らかのかたちでこのよう な変数の構造に依存して形の特徴を表示しているのではないかという仮定をも無意味だとかたづ けるわけにはいかない。その場合,或るタイプの図形では,主要な弁別特徴が定まった相互の位 置関係を特別には持ちあわせないが,別のタイプの図形では,主要な弁別特徴が特定の配列をな す不変的な位置関係を保つということが意味を持つ。顔図形はこの後者のタイプに属するし,

Diamond

らのいうように犬の姿態の図式的な表示も後者のタイプに属する。風景の写真は前者 のタイプに属するし,建物の写真は両者の中間に位置するであろう。

もしそうだとすると,さまざまなタイプの図形において,識別のための変数としての弁別特徴 の配列の構造に留意することは,顔をも含む図形万般に汎用的な説明の原則を提供するという意 味で重要と思われる。しかもここで問題としてとりあげられているように,逆様にした図形がど のように見えるのかという実験課題を解くためには,この弁別特徴の配列の構造が,環境座標軸 との関係において認知システムに対してどのように意味をもつかを吟味することが重要になると 思われる。

かつて

Kohler,W. 

'Dynamicsin Psychology'(1940)

の中で,顔の写真を上下逆にし て眺めると顔の表情が失われたように見えることについて述べている。彼の実験条件では,環境 の座標軸に対する図形の方向の条件に加えて,網膜的な座標軸に対する図形の方向の条件が交絡 させられているので,考察が複雑になるが,かえってそこに,サッチャー・イリュージョンとも 共通する機能を推察する手掛りが得られそうである。

彼は顔の写真の方向の要因と観察者の頭部の方向の要因を組み合わせて, ( a ) 正立した姿努で正 置した写真を見る, ( b ) 正立した姿勢で倒置した写真を見る, ( c ) 股のぞきによって倒立した姿勢で 倒置した写真を見る, ( d ) 倒立した姿勢で正置した写真を見る,の 4 条件で写真の表情がどのよう に異なって見えるかを試した。

まず,正立した姿勢で倒置した写真を見ると,顔の表情がほとんど消失して見えるほどに変わ

った。つぎに,股のぞきによって倒立した姿勢で正置した写真を見ると,顔は環境の方位に関し

て正常な方向にあるように見えるにもかかわらず,表情は,正立の姿勢で倒置された写真を見た

ときと同様に,失われて見えた。さらに,その姿勢のままで写真を倒置すると顔は逆様に見える

(8)

が,それにもかかわらず表情の見えかたは正常で奇妙な感じは起こらなかった。こうして,倒置 された顔の奇妙な見えかたは網膜上の座標に対する配置の逆転に関係があるとしている。

Kohler

の考えによれば,逆様になった顔の表情が失われて見えるのは,顔が環境の空間座標 の中で逆様にされたことだけに単純に依存するのではなくて,視皮質に生じた興奮パタンの内部 構造の配列と, 視皮質の隣接部分相互の機能的連関性

(Kohler

は視覚中枢の組織の恒久的勾配 といういい方をしている)との関係に依存するというものである。すなわち,視皮質のある部分 の興奮は,対応する網膜上の刺激の位置を記述するだけでなく,隣接部分相互の機能的連関によ ってその方位をも記述するというのが

Kohler

の仮説である。

網膜上の刺激の配置の逆転は,視皮質における媒質の勾配に対する興奮パタンの配列の逆転を もたらすので,正常の配置の場合とは異なる知覚的な表示が生じる。ここに,網膜的に逆転した 顔の表情が失われて見える原因があると推論している。

比較的最近の

Rock,I.  (1956)

の実験の結果は,形の見えに影響するのは, 環境内の図形の 方向の変化であって,網膜的な方向の変化ではないとするものである。彼の実験は,図形の向き によって

2

様の見えが起こる図形を用いた。すなわち,その

1

つは, o o ではコックの横顔のよう な形になり,

90

゜回転すると犬の形になる図形,もう

1

つは, o o では顎ひげのある男の横顔の形 になり,

90

゜回転するとアメリカの地図の形になる図形である。 この

4

とおりの空間配置で図形 を提示し,これに頭を正立させて観察する条件と

90

゜回転させて観察する条件とを組み合わせて 被験者に観察させ,どのような形に見えるかを報告させた。その結果,被験者は網膜的に正立し た形ではなく,環境的に正立した形を選択的に報告することがわかった。すなわち,この実験条 件で形の認識を規制した方向性の要因は,網膜的な座標に関する図形の回転ではなく,環境的な 空間座標に関する図形の回転であったということができる。

この結果をめぐる

Rock

の考えはつぎのようである。図形がどのような形に見えるのかは,

その図形の特質を暗黙裡に記述する認知過程の出力表示にもとづく。図形の記述にとって図形の 方向の定位が基本の要因であり,上側,下側,左右両側といった各領域における特徴によってそ の図形の特質が記述される。かつ,彼の実験条件で重要な点は,図形に対するこうした方向の割 り当てに,図形の網膜的な方位と環境的な方位の条件がどう絡んでいるかの問題である。

Rock

によれば,網膜に与えられた感覚データの網膜座標における方位が,網膜そのものの傾きの情報 によって較正されるとする。

前項での考察においては

2

つの並列的な処理機構,すなわち,

( 1 )   パタンの個別の特徴の処理:入力された感覚データの皮質各部における強度や波長やそれら の分布を記述する処理システム

( 2 )   パタンの全体的な構造の特徴の処理:入力された感覚データの皮質各部における相互の位置 関係を記述する処理システム

からの出力が高次のシステムで較正されることによって形の認識が起こると考えたが,その高次

(9)

関西大学『社会学部紀要」第26巻第1

システムからの出力を常に支援する機構,すなわち, ( 2 ) の機構からの出力が,頭位あるいは体軸 の方向の検知にかかわるシステムからの出力と常に較正されるという,階層的な機構をまって,

たとえば顔のような複雑パタンが ある方向を向いたその形 としての知覚的表示を獲得すると も考えられる。

もしそのようであるとすると,

Rock

の結果とは一見相反する

Kohler

の観察結果をどのよう に理解するかという問題が残る。

そこで,

Kohler

の生理学的な仮説はともかくとして, 彼の観察結果において重要と思われる 点は,環境的に正立の顔は見た目にはいつもの通りまっすぐ立って見え,環境的に倒立の顔はい つもとは逆様に見えるという点,および,網膜的に正立の顔は自然な表情に見えるが,倒立の顔 は表情が異様に見えるという点である。この観察は,股のぞきという日常的でない状況の下で,

自我の方位による較正を経た出力と,較正を経ない出力とによる二面的な知覚表示の成立を反映 したものと考えれば,

Rock

の考えと矛盾なく説明することができる。

( 3 )   2 方 向 性 顔 図 形 の 知 覚

Thouless, 

R .  

H. (1947)

'TheSailor and the Oldman'(

4)

は , このままの位置で は水夫の横顔のように見えるが,ページを逆様にして見ると老人の横顔が現れる。このようなパ クンを

2

方向性顔図形と呼んでおこう。

2

方向性の顔図形はわが国においても古くから存在する(稲垣進一,

1988)

。宮川知彰

(1950)

が 例示した顔図形(図

5)は,この方向では「こわい」顔に見えるが,逆様にして見ると「こわい」

4

2 方向性顔図形(その

1)

The Sailor and The Oldman,  (Thouless, R. H.,  1947, p. 132) 

5 2

方向性顔図形(その

2)

官川の実験で

用いられた刺激図形(宮川知彰,

1950, p. 20, 

4)

(10)

顔は見えなくなり,かわりに目尻のさがった「おどけた」ような顔になる。ページをもとにもど して正位置にすると,その「おどけた」顔は見えなくなって再び「こわい」顔が現れる。

2

方向性の顔図形は,要するに,順逆どちらの向きに置いてもそのままで目鼻立ちの基本配列 が成り立ち,目や鼻などの形それぞれがその基本配列の中でそれらしくまるくおさまるようにエ 夫された図形だといえる(図

6)

... 翌)砕翌甚が迄

6 2

方向性顔図形(その

3)コミック雑誌 JUMP

の新聞広告コヒ°―

そこで

Thouless(1947)

は水夫と老人の図形を,頭を正立させた条件と,股のぞきによって 頭を倒立させた条件で,

15

人の成人と

13

人の児童

(5 8

歳)に観察させた。

股のぞきによる観察結果を見ると,おおよその傾向は,網膜の座標軸に準拠する見え

(Thouless

はこれを

headdetermined

と呼んでいる)が優越した。ただし, 成人の被験者のうち

4

人は そのまま真っ直ぐだとしたが,

6

人は絵が逆様になっていると報告した。成人のうち

2

人は環境 座標に準拠した見え

(Thouless

はこれを

geographicallydetermined

と呼んでいる)を報告 したが,そのうち

1

人は逆様になったもう一方の顔も見えると報告した。このように網膜座標と 環境座標が葛藤する状況では,見えはかなり両価的で,児童の被験者ではさらにあいまいであっ た 。

一般に,対象の形の決定には網膜座標系が優越したが対象の定位は地理的な空間座標系が優越 するという二層の体験が現れて, しかもその優越の仕方には個体によるばらつきが見られるとい

う結果であった。

このような個体差が生ずる理由について

Thouless

は,形と方位の決定が, 単に精神物理学 的な変数だけに依存するのでなく, 状況への適応の仕方にも依存するのだと考えた。

Vernon, M. D. (1952)

もこの

Thouless

の実験の個体差に注目して,視野の枠組みと重力感覚の協応の 問題がここに関連しているものと考え,逆転視野への順応の問題をも考慮にいれてこれを考察し ている。

逆転視野への順応に関しては,大倉正暉

(1984)

による

11

日間連続の視野逆転眼鏡着用のもと

(11)

関西大学「社会学部紀要」第26巻第1

での実験がある。大倉の実験では,合計

12

個の

2

方向性顔図形を観察させたが,常に網膜座標に 準拠する図形が現れた。着用

2

日目と

11

日目の結果を比較すると(比較の対象になる被験者は

1

名),反応時間が

11

日目では短くなるが,図形の見え方には違いがなかった。

この結果は刺激の提示時間に関係があるかもしれない。大倉のこの実験では,刺激の提示時間 は

3

秒間(反応時間は

2

日目では

5 7

秒 ,

11

日目では

2 3

秒のオーダー)で,このような短 時間では逆転視野への順応にもとづく図柄の反転が起こらなかった。けれども,

1

分間の刺激提 示時間を用いたもう一つの実験(大倉正暉,

1975)

では,

1

1

回 ,

10

日間の反復観察において,

環境座標に依存する形の出現時間と出現頻度が,反復とともに増大する傾向が見られた。許され る判断時間が延長されたことによって,自我の方位による感覚デークの修正が,逆転視野への順 応の過程の中で,反応出力に対してかかわりを持ち始める経過が顕在化したものと解釈すること ができる。

視野を回転させる時の自我の関与の仕方もまた反応出力に対して影響を持つと予想される。宮 川

(1950)

によると,プリズムによる視野の回転が大きさの恒常性に及ぽす影響は,屋内では現 れないが野外では現れる。また,体位の変更による視野の逆転が,フープに乗せて受動的に起こ された場合には影響が小さいが,身体を能動的に前屈させる股のぞきによって起こされた場合に は大きくなる。視野の変位に関する自我のかかわり方の相違によって認知過程への影響が異な る,という意味で適応の問題は非常に複雑である。

いっぽうで,

Kaniza,G. & Tampieri, G. (1976)

は,環境座標か網膜座標かの問題以前に,

2

方向性顔図形の図形性が見えの決定要因として重要であることを示した。

彼らが用いた顔図形は,方向によって

'sad'

'smiling'

2

様の表情に見える線描画で,

段階の図形性のバリエーションを設けた(図

7)

。被験者は股のぞきによってそれぞれの図形を 観察した。刺激図形を被験者の視野の中でゆっくり回転させていって,どの方向でどのような表 情に見えるかを報告させた。被験者は

1

つの図形につき

20

人ずつであった。

結果は,網膜座標に準拠した形が見えるか環境座標に準拠した形が見えるかの決定が,提示さ れた刺激の図形性に依存することを示していた。平たくいえば,刺激図形が順逆いずれを向いて いてもそれが顔らしく見える形ならば選ばれる,そのとき,網膜座標に準拠するか環境座標に準 拠するかは被験者による。図形の如何によって,顔に見える形は選ばれるが顔に見えにくい形は いずれにしろ選ばれず,その際,どちらの座標軸に準拠するかは関係がない,という結果であっ た 。

安藤照子

(1980)

の実験においても,条件によっては準拠する座標軸の効果よりも図形性の効

果の方が大となることが示された。実験では,図柄のまとまりの強さ(言語的に記述した場合の

意味的なまとまり傾向の強さによって定義された)が,提示する方向によって段階的に異なる図

形が選ばれた。

5

歳児と

9

歳児を対象にして,正置と倒置の条件で提示した図形を,頭が正立し

た条件と股のぞきで倒立した条件で観察させた。実験の結果は,観察条件にかかわらず,まとま

(12)

顔の認識における方向性の問題(池田) @口口@ @ロロロ

1

図形の特性を変えた種々の顔図形が股のぞきによる倒 立の条件で観察された。

(Kaniza,G. & Tampieri,  G.,  1976, p. 323, Fig. 4,  p. 325,  Fig. 6 8) 

りの強い方の図柄が選ばれた。

図形性の問題は

2

方向性顔図形とサッチャー・イリュージョンの場合の顔の形の認知の問題を 考えるうえで重要である。

2

方向性顔図形では,或る方向を向いた図柄の基本配列が,そのもとでの個々の相貌要素の相 互の結合関係と個々の形質の特性を決定することにかかわって特定の表情の見えを実現するし,

逆の方向を向いたときには,同様にその場合の基本配列が,個々の相貌要素の相互の結合関係と 個々の形質の特性を決定するので,もう一つの別の表情の見えが実現する。このとき,どちら向 きであっても,相貌要素の形質は矛盾なく特定の表情に整合的に統合されるのが

2

方向性顔図形 の場合の図柄の特性である。

これと同じ仕組みが,サッチャー・イリュージョンの図形においても機能すると考えられる。

つまり弁別特徴の回転にもかかわらずそこに保存されている顔の基本配列のもとで成立した要素

の結合関係が,回転されて生じた特異の相貌要素の形質を決定するので(異様に釣り上がった両

眼 , ひどく口角が垂れ下がった唇), そこに奇怪な顔が現れる。通常の表情に整合しづらいまま

で全一体として統合されるのがサッチャー・イリージョンの場合の図柄の特性である。

(13)

関西大学『社会学部紀要」第26巻第1

( 4 )   逆様の顔の再認記憶

逆様にされた顔は表情が異様に見えるだけでなく再認もまた妨げられる。

Hochberg,

J .  

Galper, R

.  

E. (1967)

は再認の手続きによって, 顔パタンの倒置がどれほど顔の認知に影轡を 及ぽすのかを確かめた。

彼らが刺激として用いたのは,大学の年鑑から選んだ

75

枚の女性の顔写真で,この中からター ゲットとなる

15

枚とそれに組み合わせてデストラクターとする

15

枚をランダムに取り出した。

15

枚のターゲットを含む写真のシリーズが訓練刺激として被験者に提示された。被験者はランダム な順序に重ねられた写真を好みのペースで順番に観察した。訓練試行が終了するとただちにテス ト試行が開始された。テスト試行ではターゲットとデストラクターの組み合わせよりなる

15

対の テスト刺激が一定の順序で提示され,被験者は横に左右に配置された写真の対のどちら側が訓練 試行で観察したターゲットの顔であるかを,「右」か「左」かの二者択ーで報告した。

1

実験では観察条件が

4

条件あり,訓練刺激の数を

60

及び

35

とする条件と刺激の提示方向を 正置及び倒置とする条件とが組み合わされた。(刺激の提示方向は訓練試行とテスト試行とで同 じにしたので, 正置条件は正置一正置条件, 倒置条件は倒置一倒置条件と表示することができ る。)被験者は

32

人で, 各条件に 8 人ずつが配置された。第

2

実験では訓練刺激は

35

刺激。提示 方向は訓練試行とテスト試行で異なり,訓練刺激は倒置,テスト刺激は正置とされた(倒置一正 置条件)。被験者は 8 人であった。

結果は誤反応数を指標とした。訓練刺激の数は多い方

(60

刺激)が誤反応がやや多くなる傾向 が見られたが有意水準には達しなかった。提示方向の条件では,正置一正置条件での誤反応数が 倒置一倒置条件よりも少なく,その差は

5

形水準で有意であった。

1

実験の倒置一倒置条件(刺激数

35

の場合)を第

2

実験の倒置一正置条件と比較すると,再 認の結果に差はなかった。

Hochberg

らの実験の結果は顔パタンを逆様にすると再認が予想どおりに悪くなる傾向を明ら かにした。しかしこの傾向が顔のパタンに固有のものなのか,あるいは顔以外の,方向特異性を 持つ事物の認知に共通のものなのかを決めることはできない。

ちなみに,

Diamond& Carey (1986)

は犬のシルエット図形を用いておこなった個体識別の 実験で,顔と同じような倒置効果を見出した。その意味で,顔だけが認知機能にとって特別の意 味を持つ対象であるとはいえない。

そこで

Yin,

R .  

(1969)

は,方向特異的ないくつかの日常的な事物の再認において

Hochberg

らが指摘したような傾向が見出されるのか,見出されるとすればどのような範囲でそれが起こる のかを明らかにしようとする実験を計画した。

Yin

の実験では再認の精度が顔パタンと顔以外の方向特異的なパタンとの間で比較された。

(14)

用いられた刺激図形は,成人男子の顔の写真,種々の方角や距離から写した家屋の写真,各種の 飛行機の側面のシルエット,種々の動作や姿勢をしている人物の線描画で,各64 刺激。

訓練刺激はターゲット

24

刺激を含む40 刺激,テスト刺激はターゲットとデストラクターを組み 合わせた

24

刺激対によって構成した。

訓練試行では,訓練刺激がそれぞれ

3

秒間ずつランダムな順

で提示された。訓練試行が終了 後,ただちにテスト試行にはいった。テスト試行では,被験者は好みの速度でテスト刺激対を観 察して,対のどちらが訓練シリーズで畿察したものであるかを報告した。

実験は40 刺激よりなる訓練試行と24 刺激対よりなるテスト試行を

1

プロックとする

4ブロック

より成り立っている。

1

実験では被験者

(26

人)は

2プロックを正置一正置の条件で,別の2

プロックを倒置一倒 置の条件で観察した。

2

実験では被験者

(21

人)は

2プロックを正置一倒置の条件で,別の2プロックを倒置一正

置の条件で観察した。

1

表観察条件別の平均誤反応数 第1 実験 第

2

実験 刺激の種類

疇—正置 i 倒置一倒置 正置一倒置 倒置一正置

人 の 顔

0.89  4.35  3.81  5.14 

家 屋

2.23  3.42  2.86  3.43 

飛 行 機

3.65  3.85  3.19  4.14 

人 物

2.35  3.27  4.05  4.24  (Yin,  1969, p. 142,  Table 1; p. 143,  Table 2.) 

1

実験では,すべての種類の刺激について,倒置一倒置条件での誤反応が,正置一正置条件 よりも多くなるという傾向が見られた。刺激の種類ごとに誤反応数を比較すると,顔が家屋等の 他の刺激とは異なる傾向を示した。正置一正置条件では顔の誤反応数が最も少なく,倒置一倒置 条件では最も多くなった。(刺激の種類と提示条件の間の交互作用は有意。)

2

実験では,倒置一正置条件の方が正置一倒置条件よりも再認の結果が悪くなった。刺激の 種類別に比較すると,特に顔の再認が倒置一正置条件で悪くなった

(t(20)=3.12, 

p < .  

01)

。そ の他の

3

種類の刺激では有意な差は見られなかったので,ここでも顔パタン再認の特異の傾向が 指摘された。

そこで, 第

1

実験と第

2

実験の結果について顔パタンの再認の成績を並列に眺めると, 〔正置 一正置〕→〔正置一倒置〕→〔倒置一倒置〕→〔倒置一正置〕の順に再認が悪くなっていることがわか る。この性質は顔刺激についてのみ認められる傾向で,他の刺激には共通する整ー的な傾向は認 められなかった。(以上,第

1

表参照。)

この傾向は,倒置された顔パタンの記憶時にはたらく方向性の要因と,再認時に要求されるテ

(15)

関西大学『社会学部紀要」第26巻第1

スト図形の心的回転にもとづく要因の相乗効果によってもたらされると考えられた。すなわち,

顔バクンに特有の倒置効果は,この

2

つの妨害要因が交絡することによって生ずるとされた。

Yin

の第

3

実験では, 写真の輪郭をなぞった線描画が刺激として用いられた。 この刺激では 顔の外周の手掛り,髪型,耳,顎の線は描かれていない。このような刺激についても傾置効果が 観察されたので,それは写真か線描画かという画像表示の形式上の特性に関係なく,顔パタンと いう構造に特有のものであると彼は考えた。しかもこの顔パクンは相貌部分だけを取り出したも のであった。

Phillips, R. 

J .  

(1979)

は ,

1

個の顔写真から切り出した眉, 目,鼻,口の

4

つの要素だけで 形づくられた顔配置について, 顔全体の画像についてと同様の倒置効果を観察した。上記

Yin (1969)

の第

3

実験の刺激はこれと類似した配置と思われる。

Phillips

の用いた刺激は,

20

人の顔写真を,それぞれ髪型一耳一頬をつなぐ輪郭部分と輪郭内 部の眉,目,鼻,口を含む領域とを切り離したものである。これらの頭部輪郭部分と内部領域そ れぞれのうち,

10

個をデストラククーとしてランダムに選んだ。被験者はターゲットを順番に

4

秒間ずつ観察したのちに,

30

秒の休憩を置いて,

20

個の刺激の中からクーゲットを再認するよう 要求された。条件は正置一正置条件

(N=32)

と倒置一倒置条件

CN=32)

であった。

結果は正置一正置条件では輪郭部分と内部領域とで差は見出されなかったが,倒置一倒置条件 では内部領域の再認が輪郭部分に比べて有意に悪くなった。つまり,倒置効果は顔の相貌の特徴 を含む部分において見出され,輪郭部分においては見出せないというものであった。

Yin (1969)

は,倒置された顔の再認が悪くなる原因として,事物一般の再認に共通して働く ところの方向特異的な熟知性の要因と,顔パクンに選択的にはたらいて識別を困難なものにす るところの特殊要因との加重的な効果を考えている。

Yin

のいう特殊要因がどのようなもので あるのかは彼の実験から特定することはできないが, 彼はそれについての一つの仮説を提示し た 。

彼の仮説によるならば,一般に対象の記憶はパクンのなかで特に顕著な個別の弁別特徴による 符号化によってなされるが,顔は顔以外の対象とは違って顔全体の印象にによって符号化され る。ところが全体印象による符号化の方略は顔が逆様になると適用が困難になるので,方略が個 別の弁別特徴による符号化へと切り換えられる。これが方向を変えた時の顔の記憶に特有の条件

となるというのが彼の見解である。

Phillips, R. 

J .  

& Rawles, R. E. (1979)

では

Yin(1969)

のこの見解についての吟味がな された。彼らの実験では正置条件と倒置条件における再認記憶の相関関係がビアソンの積率相関 係数を指標にして求められた。

用いられた被験者の総数は9

5

人である。刺激は,①見知らぬ人物の顔の写真,②有名人の顔の

写真③イソップの絵本の動物の木版画の

3

種の組からなっている。再認実験は,①→R→⑧の

順序でおこなわれた。各実験は正置一正置条件,

5

分後に倒置一倒置条件の順序で計画された。

(16)

各実験の結果から,弁別性の指標

(discriminability:d', 

手順は示されていないが信号検出理 論のモデルによって算出したものと思われる)が算出され,それにもとづいて各刺激条件間の相 関係数が求められた(第

2

表 ) 。

第 2表 3種の刺激各条件間の弁別性の相関関係

有 正 名 置 人

倒 有 名 人 置

未正知の置人

1

末倒知の置人

動 正 物 画 置

動倒物画 置 有名人:正置

0.50  0.26  0.03  0.04  0.07 

有名人:倒置

0.50  0.32  ‑0.01  0.02  ‑0.02 

未知の人:正置

0.26  0.32  0.04  0.13  0.07 

未知の人:倒置

0.03  ‑0. 01  0.04  0.01  0.26 

動物画:正置

0.04  0.02  0.13  0.10  0.41 

動物画:倒置

0.07  ‑0.02  0.07  0 26  0.41 

(Phillips Rawles,  1979,  p.  580,  Table 2より作表)

木版刷りの動物画では正置条件,倒置条件間の相関が正であった

(r=O.41 p<. 001)

。有名人 の顔では正置,倒置間の相関は正であった

(r=O.50 p<. 001)

。未知の人物の顔では正置,倒置 間の相関は見られなかった

(r=O.04)

また彼らの結果では,全般にわたって正置条件,倒置条件間に負の相関は見られなかった。

被験者の内観報告をも参考にした

Phillips

らの解釈はつぎのとおりである。

未知の顔の再認で正置,倒置両条件間の相関が

0

に近いということは,両条件で異なる処理の 方略が適用されたことを意味すると推測された。

Yinの仮定では,未知の人物の顔の正置条件

では全体印象による符号化の方略が適用され,倒置条件では弁別特徴による符号化の方略が適用 されたというものであった。

いっぼう,有名人の顔の正置,倒置両条件間に正の相関が見られることは,両条件で共通の方 略が適用されたことを意味すると推測された。かつ,有名人の顔の正置,倒置両条件と未知の顔 の正置条件との間には正の相関があり

(r=O.26 p<. 05 ; r=O. 32 p<. 01), 

未知の顔の倒置条 件との間には相関がない。この関係から,有名人の顔の正置,倒置両条件は未知の顔の倒置条件 とは異なり,正置条件と共通の方略,すなわち全体印象による符号化の方略が適用されたことを 意味すると推測された。

ではなぜ有名人の顔の倒置条件が正置条件においてと同様に全体印象の符号化によって処理さ れるのか。

Phillipsらによると,有名人の顔が逆様に提示されると知覚者はそれを正立の顔の痕

跡に合致させるために心的に回転することを試みるが,通常はこの作業は知覚者の視覚系にとっ て負荷が大きすぎるので,

Yinのいうように弁別特徴による符号化に移行することになる。し

かし,有名人の顔は一つの全体的な相貌としてすでに高度に符号化されているので知覚者はなお 全体印象の方略に固執する。こうして,熟知した顔では正置,倒置両条件とも同じ全体印象によ

る処理がなされることになる。

(17)

関西大学『社会学部紀要」第26巻第1

動物の画は正置, 倒置両条件間

(r=.41 p<. 0)

および未知の顔の倒置条件との間に相関

(r

=0.26 p<.05)

が見られるので, それらは共通の処理の方略, すなわち弁別特徴による符号化 による処理がなされたと推論することができる。

このように

Yin(1969)

Phillips

(1979)

は,再認の実験手続きを用いて,通常,人の 顔は一般の複雑パタンと異なって全体印象によって符号化されるが,逆様になった場合には弁別 特徴による符号化に移行する特異の傾向を示すという仮説を提示した。この考え方は,情報処理 の並列的処理と直列的処理に見合う。倒置した顔の認知が困難になるのは,処理が並列モードか

ら直列モードに切換ることを意味するものと思われる。

( 5 )   顔の既知性と倒置効果

AD. Yarmey

らは顔の既知性が顔パタンの倒置効果に対してどのように関連するのかを確か めようとする実験をおこなった。既知性を操作する手続きとして,

Scapinello,K. K. & Yarmey,  A. D

.  (

1970)

は訓練試行において刺激を提示する回数を変え

(1

回または

7

回)て,さらに,

Yarmey, A. D.  (1971)

は広く熟知された有名人の顔と普通の 見知らぬ 人物の顔の像を加え て再認記憶を比較した。

Scapinello & Yarmey (1970)

が用いた刺激図形は白人男子の顔の写真類似の種の犬の顔 の写真,類似した形の建築の写真それぞれ

20

枚を

1

組とした。

訓練シリーズでは,各刺激図形の組をそれぞれ

2

分して,半数は

1

回ずつ,他の半数は

7

回ず つ提示されるようにして混ぜ合わせランダムな順序で提示した。提示時間は 5秒間。提示条件は つねに正置条件であった。

テストシリーズでは,訓練刺激のうちの半数の 3 0刺激が新たな刺激3 0刺激と混ぜ合わされテス 卜刺激として提示された。提示の条件は,図形を正置する条件と倒置する条件,および訓練シリ ーズ終了直後に再認を行う直後条件と,終了

20

分後に再認を行う遅延条件が組み合わせられ,各 条件に

20

人ずつ合計

80

人の被験者が割りつけられた。

被験者はテストシリーズで提示される刺激が訓練シリーズで観察した図形であるかそうでない かを

10

秒以内に報告するよう要求された。再認の測度は誤反応数である。

全体としては,正置一正置条件よりも正置一倒置条件で再認が悪化する傾向が見られた。直後 条件では,倒置による再認の悪化の傾向が犬や建物に比して人の顔で大きいが,熟知度が高い刺 激ではその傾向は比較的に小さいものであった。遅延条件では,やはり人の顔が倒置による悪化 の影響を強く受ける傾向が見られたが,この場合には熟知度が高い刺激も同様に強い影響をこう むっていることがわかった。

Yarmey (1971)

の実験は既知性の変数として,一般によく知られた有名人の顔を加えたもの

である。訓練シリーズでは,

Scapinello& Yarmey (1970)

で用いた

3

種類の刺激図形の組各

(18)

30

刺激と,有名人(例えばニクソン元大統領やフランク・シナトラなど)の顔の写真の組3

0

刺激 が

1

回ずつランダムな順序で提示され,続くテストシリーズでそれらの再認記憶が求められた。

実験の手続きは

Scapinello& Yarmey (1970)

と同様である。被験者は8

0

人で

4

つの条件に

20

人ずつが割りつけられた。

有名人の顔の再認では,正置,倒置の条件とも他のどの組の刺激の再認よりも正確で誤反応数 が明らかに少なく,直後と遅延の条件間での差は見られなかった。倒置の条件において再認の正 確さは相対的に悪化するが,悪化の程度は他の刺激に見られる悪化の程度よりも小さかった。

見知らぬ顔の再認では,有名人の顔よりも明らかに誤反応が多くなったが,犬と建物との差は ほとんどなかった。

また, 直後条件では, 犬と建物に較べて, 倒置による悪化の傾向がやや大きい。遅延条件で は,正置の顔の誤反応数が他の刺激よりも少ないので,倒置による影響が結果的に大きくなって いる。

Yarmey

らのこの

2

つ実験では刺激の熟知度が操作されたが,既知性が一般に再認の精度を よくするという傾向以外には,既知性が顔パタン認知の倒置効果に対して特定のかかわりを持つ という証拠は示されなかった。ただし,この

2

つの実験での倒置条件は再認時における心的回転 を必要とする条件であったことに留意しておく必要がある。

Yin (1969)

は個体差の分折から, 顔パタンで倒置効果が現れる理由としてもう一つの可能性 を予想した。すなわち,

Yin(1969)

の第

1

実験では,顔の再認が他の刺激に較べて,

(1)

正置条件 で有意にすぐれる, ( 2 ) 倒置条件で有意に困難になる,という傾向が見られた(第 1表参照)が,

この

2

点の関連が,結果的に顔刺激において最も大きい倒置効果をもたらした。この事実をめぐ って

Yin

自身は彼の被験者が示した個体差を分析した。

3

表上位下位群別観察条件別平均誤反応数

倒 置 I 正 置 倒 置 I 正 置 上位群

(n‑14) 2.88  2.36  3.29  1. 29 

下位群

(n=12) 4.25  3.19  5.58  0.42  (Yin,  1969, p. 143の結果より作表)

Yin (1969)

は再認における誤反応数によって

26

人の被験者を成績上位群

(14

人)と下位群

(12

人)に分けて,群毎に平均誤反応数を算出したところ,第

3

表に見られるように,顔刺激と 家屋その他の刺激とでは違った傾向が見出された。家屋では,倒置正置とも下位群の成績が悪 いが,人の顔では,正置条件での下位群の成績が上位群よりも良く,倒置条件で極端に悪くなる という傾向を示した。この傾向が顔刺激について見出された倒置効果に関連があると思われる。

しかし,それが何を意味するのかがこの実験からは明らかにできないが,あるいはここに顔のパ

(19)

関西大学「社会学部紀要』第

26

巻第

1

クン処理の固有の方略を探る手掛りがあるかも知れぬというのが彼の考察である。

Yin (1970)

は顔パクンの再認記憶に特有の効果の原因を,視皮質の機能の特性に求めようと した。彼は大脳の種々の部位に損傷のある患者を被験者として, 上述の実験

(Yin,1969)

で用 いた顔と家屋の再認での倒置効果を確かめた。彼は右側後頭部に損傷のある患者のグループのみ が倒置効果を示さないという理由によって,皮質のその領域に,顔という属性を備えた特定の刺 激の再認にかかわる固有の機能を想定した。

しかし彼の実験デークにおいて,右後頭部損傷者が他の部位の損傷者と異なる傾向を示したこ とは認めるとしても,その領野に顔パタンに固有の処理機能を直ちに想定するに適切なものであ るかどうかについては疑問が残される。すなわち,顔,家とも正置条件よりも倒置条件で再認が 悪くなる傾向はすべての被験者群を通じて共通で,ただ,右後部群のみが顔図形で正置・倒置間 の差が大きくなるという特殊の挙動を示す(提示方向

x

被験者群は有意 p < .

05)

にすぎない。

つまり,

Yin

が右後部群のみが倒置効果を示さないと主張する傾向はこの関係から結果的に生ず るものであって,これをもって右半球の後部に,顔パタン処理に固有の機能があるとする根拠と することは難しいように思われる。むしろ顔処理の傾向は各群に共通的で,右側後頭部の損傷群 だけに,その傾向に影響する特異の条件がはたらくと考えたほうがよいのではないか。

Ellis,  E. D. (1975)

は , 再認記憶のレベルで顔パクン刺激に固有の処理機構が皮質に存在す るという仮定に対しては否定的な見解を示している。皮質における特殊の機構の仮定について結 論を急ぐ必要はないと思われる。

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参照

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