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一︑患者本人への説明の回避

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(1)

φ

患者の意思決定権確立への道

ー1最近の最高裁判例を機軸としてー

石 崎 泰 雄

はじめに

一︑患者本人への説明の回避

 1 患者本人への説明

 2 患者の家族への説明

二︑患者本人の意思決定権の保護へ

三︑患者本人の意思決定権の確立

 1 分娩方法説明義務違反事件

 2 脳動脈りゅう説明義務違反事件

 3 第二段階での具体的説明義務

おわりに

患者の意思決定権確立への道      ︵都法四十八ー二︶ 一五五

(2)

一五六

はじめに

 近年︑医療過誤訴訟においては︑診療行為に過失があったかどうかという側面に加えて︑説明義務違反をも合わ        ユ  せて問うということが一般的な訴訟形態となっている︒従来︑説明義務違反に関する責任はなかなか認められない

傾向にあったが︑近時の最高裁判決においては︑いわばコペルニクス的転換が図られ︑旧態依然とした下級審判決

の姿勢を改めさせ︑これを領導していくような状況が現れている︒

 本稿では︑ここ十数年間の説明義務に関する重要な最高裁判決に焦点を当てながら︑患者の意思決定権実現のた

めのあるべき姿を探ってみたいと考える︒

一、

ウ者本人への説明の回避

1 患者本人への説明

 患者の病状.病名に関する説明義務についての理解に関し急展開を示している最高裁判決ではあるが︑癌等の重

篤な病気に罹患している患者本人への説明を安易に回避し︑その家族に説明すべきだとする傾向は未だに残ってい

るように思われる︒こうした傾向を濃厚に宿した判決が︑次に見る胆のう癌事件︵最判平成七年四月二五日民集四

九巻四号一一六四頁︶判決である︒

(3)

︿事実の概要﹀       ︑

 患者A︵昭和入年六月三日生の女性で死亡当時︑五〇歳︶の遺族でAの夫および子であるXら︵原告︑控訴人︑

上告人︶が︑Y︵被告︑被上訴人︑被上告人︶の開設する病院に対して︑担当医が胆のう癌の疑いがあると診断し

だのにその旨をAまたはその夫であるXに説明しなかったことが︑診療契約上の債務不履行に当たるとして損害賠

償を請求したものである︒

 Aは︑昭和五八年一月三一日︑上腹部痛のため被告Yの開設する病院を訪れ︑まず︑一般内科を受診し︑そこの

B医師の診察を受け︑次に放射線科で二月九日に超音波検査︑二月一四日にはコンピューター断層撮影を受けた

が︑放射線科のC医師は印象として胆のう癌と診断した︒そして︑Aは消化器内科に振り分けられ︑消化器内科の

D医師は︑同年三月二日︑Aを初めて診察し︑検査の結果胆のうの進行癌を疑い︑入院による精密検査が必要だと

考え︑﹁胆のう癌の疑い﹂があるとは言わないで︑﹁胆石がひどく胆のうも変形していて早急に手術する必要があ

る﹂との虚偽の説明をして︑入院を指示した︒これに対し︑Aは︑三月二二日から二入日までシンガポールへ旅行

するのでその後に入院したいと述べ︑三月一⊥ハ日に入院の予約手続をしたが︑三月一八日電話で応対したE看護助

手に対して入院を延期する旨伝えた︒

 Aは予定通り旅行し︑帰国後も医師の診察を受けずにいたところ︑同年六月八日に勤務先のF病院︵Aはここで

昭和五〇年六月一六日から昭和五入年=一月二二日まで看護師として稼動していた︶で倒れ︑Gがんセンターに入

院し︑胆のう癌と診断されて︑開腹手術が試みられたが︑既に手遅れで︑Aは同年一二月二二日死亡した︒

患者の意思決定権確立への道       ︵都法四十八ー二︶ 一五七

(4)

一五八

︿最高裁判決判旨>

 D医師にとっては︑Aは初診の患者でその性格等も不明であり︑本件当時医師の間では癌については真実と異な

る病名を告げるのが一般的であったというのであるから︑同医師が︑前記三月二日及び一六日の段階で︑Aに与え

る精神的打撃と治療への悪影響を考慮して︑同女に癌の疑いを告げず︑まずは手術の必要な重度の胆石症であると

説明して入院させ︑その上で精密な検査をしようとしたことは︑医師としてやむを得ない措置であったということ

ができ︑あえてこれを不合理であるということはできない︒

 もっとも︑AがD医師の入院の指示になかなか応じなかったのは胆石症という病気を聞かされて安心したためで

あるとみられないでもない︒したがって︑このような場合においては︑医師としては真実と異なる病名を告げた結

果患者が自己の病状を重視せず治療に協力しなくなることのないように相応の配慮をする必要がある︒しかし︑D

医師は︑入院による精密な検査を受けさせるため︑Aに対して手術の必要な重度の胆石症であると説明して入院を

指示し︑二回の診察のいずれの場合においても同女から入院の同意を得ていたが︑同女はその後に同医師に相談せ

ずに入院を中止して来院しなくなったというのであって︑同医師の右配慮が欠けていたということはできない︒

 ⁝次に︑Aに対して真実と異なる病名を告げたD医師としては︑同女が治療に協力するための配慮として︑その

家族に対して真実の病名を告げるべきかどうかも検討する必要があるが︑同医師にとっては︑Aは初診の患者でそ

の家族関係や治療に対する家族の協力の見込みも不明であり︑同医師としては︑同女に対して手術の必要な重度の

胆石症と説明して入院の同意を得ていたのであるから︑入院後に同女の家族の中から適当な者を選んで検査結果等

を説明しようとしたことが不合理であるということはできない︒

(5)

 ⁝およそ患者として医師の診断を受ける以上︑十分な治療を受けるためには専門家である医師の意見を尊重し治

療に協力する必要があるのは当然であって︑そのことを考慮するとき︑本件において右の経緯の下においては︑D

医師がA及びXに対して胆のう癌の疑いがある旨の説明をしなかったことを診療契約上の債務不履行に当たるとい

うことはできない︒

︿分析﹀

 本ケースにおける契約当事者は︑患者Aと病院開設者であるYであり︑Aの夫であり遺族であるXおよびその子

らが︑YのAに対する債務不履行責任を問うたものである︒YのAに対する診療義務違反があったとするには︑Y

の履行補助者である医師等にこの義務違反が認められることが必要である︒そこでB他の医師等に履行補助者とし

て診療契約上の義務違反があったといえるかにつき検討を要するということになる︒最高裁は︑主要な争点である

説明義務に関し︑この説明義務を負うのは︑各診療科への振り分けのため最初に診察した一般内科のB医師等では

なく︑一か月以上におよぶ数回の来院︑検査の後に担当医となった消化器内科のD医師であるとの認識があるため

か︑もっぱらこのD医師の説明義務違反の存否に焦点を当てている︒

 しかし︑債務者はあくまでYであって︑Yの病院全体の診療体制に義務違反があるかどうかが問題である︒その

観点からすると︑まず︑初診を担当した一般内科医Bの問診を中心とした診療行為こそ︑その後の診療に関して患

者に関する重要な情報を収集するに最適の場面である︒この初診の段階において︑患者の職業︑既往歴︑家族関係

等に関する情報を患者との対話によって収集し︑カルテに記載すべきものと考える︒この情報がその後の専門医に

振り分けられたときの診療に大いに役立つのである︒この点において︑まずYの履行補助者であり初診担当医であ

   患者の意思決定権確立への道       ︵都法四十八ー二︶ 一五九

(6)

一六〇

るBの問診義務違反等を認めることができよう︒

 右の問題とも関連するが︑判旨は︑Dにとっては初診の患者であって︑職業・家庭環境・性格等が不明であった

とする︒しかし︑既に数回にわたって来院し︑多くの検査を受けている患者の職業が︑看護師であるという情報す

ら得られていないということに︑病院自体の体制不備があるといえ︑この点においても︑Yの債務不履行責任を認

めることができよう︒

 ただ本事件の生じた昭和五八年当時において︑本人へ病状説明がなされないのは︑癌等の重大な病気でこれを告

げれば︑患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあり︑治療の困難が生じるおそれがあるためだとされてい

た︒しかし︑本ケースでは︑患者は当時四九歳の看護師であり︑医師と同様かそれ以上に常に患者の生死に直面し

てきた豊富な経験を有する者であろう︒いうなれば︑他の誰よりも﹁癌の疑い﹂を告げるにふさわしい人物といえ

るのではないか︒つまり︑担当医は︑当該個別具体的患者が告知するにふさわしい者かどうかの検討を全く行わず

に︑患者の家族への説明へとその思考を向けてしまっているのではないかという懸念が存するのである︒

 本ケースでは︑何度も来院し︑診察・検査を受けている患者に対して充分な問診を怠り︑患者の職業という基本

情報すら得ておらず︑そのため︑当該具体的患者が︑病状説明をなすにふさわしい者かどうかの検討も実質的には

なされていない︒結局患者本人には重要な診療情報が提供されず︑むしろ虚偽の病名が告げられており︑ここにY

の診療債務の不履行を認めることのできた事案だと考える︒

 本ケースの背景には︑昭和五八年当時の医療の現場では︑患者に対する癌という病名の不告知が原則であったと       ︵2︶ いう告知に関する医療者の過剰なパターなリズムがあったものと思われる︒しかし︑病名の告知を回避し︑これに        ︵3︶ より患者の人権を侵害することは決して医師の裁量の問題として許されるべきことではない︒また︑病名告知によ

(7)

      ︵4︶ る患者への心理的影響が深刻であるとの確実な根拠が示されてはいないことからも︑患者本人に説明することの重

要性が認識されねばならない︒そして︑このことは個人情報保護法が施行される今日の状況においては︑﹁人の生

命︑身体または財産の保護のために必要がある場合であって︑本人の同意を得ることが困難であるとき﹂︵個人情︑

報保護法二三条一項二号︶には患者情報をその同意なく家族という第三者に提供することが認められるが︑それは

きわめて例外的場合に限られる︒その例外の具体的事例を挙げる医療・介護ガイドラインにいう﹁患者本人に重大

な心理的影響を与え︑その後の治療効果等に悪影響を及ぼす場合﹂とは︑わずかな心理的動揺により心臓動脈瘤が       ︵5︶ 破裂するような場合等に対して適用されるべきものであって︑癌患者一般に安易に適用されてはならないと考え

       ノ る︒       \

 本ケースは︑﹁癌の疑い﹂が存する段階での患者への説明が問題となったものであるが︑確定診断でないという

ことは︑患者に一縷の希望を残すということでもあり︑確定診断のついている癌を告知するよりも︑患者への心理        ︵6︶ 的影響は少ないとも考えられ︑告知を肯定しやすい状況にある︒本ケースでは︑胆のうの進行がんという可能性の

他に︑慢性または急性胆のう炎による炎症産物の沈殿あるいは良性腫瘍も考えられていたわけであるから︑患者本

人にこうしたいくつかの可能性があることを説明し︑これを確かめるために検査入院が必要であるとの説明をすべ

きであったと考える︒これを﹁胆石がひどく胆のうも変形していて早急に手術する必要がある﹂と虚偽の説明をし

ており︑これが確定診断のための検査入院であることを説明していたら︑看護師であるAは︑検査入院をキャンセ

ルすることはなかったものと思われる︒

患者の意思決定権確立への道      ︵都法四十八ー二︶ 一六一

(8)

一六二

2 患者の家族への説明

 日本の医療現場では︑癌等の重篤な病気に罹患した患者本人に対して正確な病状説明をすることを回避する顕著

な傾向のあることの反面として︑それに代わり患者の家族に説明をするという実態があった︒法的には︑患者と病

院開設者とが︑診療契約の両当事者であるわけであるから︑いかなる法的根拠で患者本人に代わってその家族が病

状説明を受けることができるのかということが問題となる︒患者にとってその家族であっても︑それは他人であ        ︵7︶ り︑病名告知や病状説明を患者本人の与り知らないところで無原則になされてよいはずはなく︑個人情報保護法が       ︵8︶ 施行された今日︑患者の病状を本人に先んじて家族に知らせることはきわめて問題だからである︒この問題に関し

ては次の末期癌患者の家族への説明義務違反事件︵最判平成一四年九月二四日判時一八〇三号二﹈二頁︑判タ一一〇

六号八九頁︶をもとにして考察したい︒

︿事実の概要﹀       ︑

 A︵大正二年一〇月五日生︶は︑Y財団法人︵被告︑被控訴人︑上告人︶の運営する病院に︑昭和六〇年=月

頃から通院し︑循環器外来での治療を受けていた︒平成二年一〇月二六日胸部レントゲン撮影がされたところ︑肺

にコイン様陰影が認められたため︑心臓病の医師に代わり︑内科のB医師が︑平成二年=月一七日初めてAを診

察し︑転移性︑多発性の癌であって︑手術によって治療することは困難で化学療法も有用とは考えられず︑余命は

長くて一年程度と予測した︒B医師はその後︑BによるAの最後の診察となる平成三年一月一九日に至るまで数回

(9)

Aを診察し︑Aから肺の病気について問われ︑本人への告知は適当でないと考え︑癌と思われる転移病変につき患

者の家族に何らかの説明が必要である旨をカルテに記載した︒

 その後︑C医師がAの担当医となったが︑疾痛対策のための処方をするのみで︑他の医師らも︑Aに対して病状

説明をすることなく︑またその家族に対して連絡を取るなどして接触することもなかった︒

 Aは︑胸の痛みが治まらないため︑平成三年三月五日︑遁︵原告︑控訴人︑被上告人︑Aの妻︶に付き添われ

て︑D病院を受診し︑その第二内科で︑Aの成人した子である漉︵原告︑控訴人︑被上告人︶らに対して︑Aが末

期癌である旨の説明がなされた︒Aは平成三年三月二一ご日E病院に入院し︑同年一〇月四日に死亡したが︑Aは︑

死亡に至るまで末期癌である旨の説明を受けなかった︒

 なお︑原審では︑B医師が家族関係についての情報収集等を怠った結果︑家族への癌告知がなされず︑Aは︑家

族とより多くの時間をすごすことなどにより︑より充実した日々を送ることができた可能性を奪われたものという

べきであるから︑Aは期待権を侵害され︑債務不履行および不法行為責任が生じたとされ︑Aの精神的損害︵慰謝

料︶一二〇万円の賠償請求が認められている︒

︿最高裁判決判旨﹀

 医師は︑診療契約上の義務として︑患者に対し診断結果︑治療方針等の説明義務を負担する︒そして︑患者が末

期的疾患にり患し余命が限られている旨の診断をした医師が患者本人にはその旨を告知すべきではないと判断した

場合には︑患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと︑当該医師は︑診療契約に付随する義

務として︑少なくとも︑患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し︑同人又は同人を介して更に接触で

   患者の意思決定権確立への道      ︵都法四十八ー二︶ 一六三

(10)

       一六四

きた家族等に対する告知の適否を検討し︑告知が適当であると判断できたときには︑その診断結果等を説明すべき

義務を負うものといわねばならない︒なぜならば︑このようにして告知を受けた家族等の側では︑医師側の治療方

針を理解した上で︑物心両面において患者の治療を支え︑また︑患者の余命がより安らかで充実したものとなるよ

うに家族等としてのできる限りの手厚い配慮をすることができることになり︑適時の告知によって行われるであろ

うこのような家族等の協力と配慮は︑患者本人にとって法的保護に値する利益であるというべきであるからであ

る︒⁝本件病院の医師らの上記のような対応は︑余命が限られていると診断された末期がんにり患している患者に

対するものとしては不十分なものであり︑同医師らには︑患者の家族等と連絡を取るなどして接触を図り︑告知す

るに適した家族等に対して患者の病状等を告知すべき義務の違反があったといわざるを得ない︒

︿分析﹀

 本ケースは︑当時七七歳という年齢の末期癌の患者に対するその病状説明が問題となったものである︒そこでは

当然のように本人への説明はなされず︑家族への説明が争点とされた︒注目されるのは︑人生の最終局面というべ

き日々を充実させて過ごすという患者の﹁期待権﹂が保護されるのではなく︑家族から患者に対して施される治療       ︵9︶ への協力や余命を充実したものとする配慮が︑患者の保護利益とされた点である︒そして︑この患者の保護利益の

実現のためには︑患者の家族に患者の病状を説明しなくてはならないことから︑これを診療契約に付随する義務と        ︵10︶ 構成する︒しかし︑この法的構成の根拠については疑問も提起されている︒

 このように家族を説明の対象とすることの理論的根拠として︑患者の自己決定権︑あるいは患者のよりよい生活

状況︵ないし闘病環境︶という保護法益を第一に据え︑これらの保護法益を保護するためーすなわち︑患者の自己

(11)

決定権を補完し︑あるいは闘病環境を良好的な状態に整備するためーに必要な行為として家族への告知を考慮する        ︵11︶ という構成だと本判決を捉えるものもある︒逆に︑本件では患者本人の余命に関する自己決定や期待は権利・利益

として問題になっておらず︑したがって患者の自己決定権行使の前提としての説明義務については判断していない    ︵12︶ と把握するものもある︒この問題を考えるに︑まず︑近い将来にその死が避けられなくなると思われる患者の意思

決定の内容については︑二つの重要な要素を認めることができよう︒その一つは治療法の決定であり︑もう一つ

は︑患者が残りの人生をいかなるものにするかという決定である︒

 いずれも患者自身にその正確な病状説明がなされなければ︑その実現が困難なものである︒しかし︑どうしても

本人への説明が回避されねばならない相当の理由があるときには︑例外的に次善の方法として︑患者本人に代わっ

てこれらの実現を図り得ると思われる者にこの決定を委ねざるを得ない︒そして︑その者として﹁家族﹂でいいの

か︑またその﹁家族﹂の選択を担当医に任せることが適当なのか︑という問題がある︒これに関しては︑患者の判        ︵13︶ 断能力ないし自己決定能力が否定される場合であるから︑代理人へ説明すべきものとするのが妥当であろう︒そし

て︑それは単に﹁家族﹂というのではなく︑法定代理人や診療契約に関する代理権が付与されている任意代理人︑       ︵14︶ 患者本人から代理権を与えられた親族およびこれに準ずる者ということになろう︒

 したがって︑医療⁝機関としては︑事前に︵問診あるいはその前段階での患者への個別アンケートにおいて︶重篤

な病気であったときその診療情報を自分には告げられたくないという場合に︑誰を自己の診療情報を告げるべき代

理人として選択するかという患者の意思を確認しておくべきであり︑場合によっては︑いかなる場合であっても患

者本人に説明せよという患者の意思表明がなされることもあろう︒このように原則として︑病院の担当医に選択さ

せるのではなく︑まず第一に患者本人の意思を尊重することが肝要だと考える︒そして患者本人による指定が得ら

   患者の意思決定権確立への道      ︵都法四十八ー二︶ 一六五

(12)

       一六六

      ︵15︶ れなかった場合に︑例外的に現実に患者の世話をしている親族およびこれに準ずる者に説明されるべきであるが︑

近親者等複数いる場合には︑患者の価値観ないし選好をよく知るであろう順序に従い︑配偶者︑成年に達した子︑       ︵16︶ 親︑成年の兄弟姉妹︑その他の親族といった順序で選択されるべきであろう︒このような一応の基準が示されるこ

とにより︑選定にあたる担当医等への過度の負担も軽減されるのではないかと考える︒

 次に︑患者の病状が説明されるべき﹁代理人﹂が選定されたとき︑この者によって患者本人の意思決定に代わ

り︑﹁治療法﹂と﹁残りの人生のありよう﹂の決定が︑患者本人の意思を付度してなされることになる︒したがっ

て︑ここでは法的には︑患者の意思決定が︑その﹁代理人﹂により実現されることになる︒しかし︑忘れてならな

いのは︑患者本人自身は︑治療法に関し意思決定をしたわけではなく︑また死を迎えるまでの残りの人生をいかに

全うするかという人生の最終局面での意思決定をしたわけではないという点である︒そして︑判決では患者自身の

残りの人生に関する意思決定権という法益ではなく︑患者が︑患者の病状の説明を受けた家族によって協力・配慮       ︵17︶ されるべき法益が保護されており︑これは療養指導義務が問題とされたものともいえよう︒

 本判決により︑本来本人告知を原則とすべき癌告知の問題が︑安易に家族に告知されるようになることが懸念さ

︵18︶ れるが︑今日の個人情報保護法制の下においては︑﹁人の生命︑身体又は財産の保護のため必要がある場合﹂︵個人       ︵19︶ 情報保護法二一二条一項二号︶に︑例外的に患者の診療情報が患者の同意なく家族という第三者に伝えられるのであ

り︑安易にこの﹁例外﹂が認められるべきではないことを銘記すべきである︒

(13)

二︑患者本人の意思決定権の保護へ

 平成一二年︑二二年と相次いで患者の意思決定権に関する重要な最高裁判決が出された︒その一つは︑エホバの

証人の信者による輸血拒否事件︵最判平成一二年二月二九日民集五四巻二号五八二頁︶である︒詳細な判例研究は

齢に譲るが・本ケτスは・次のようなものである︒当時六〇歳代の女性患者が︑悪性の肝臓血管腫との診断を受

けたが︑エホバの証人の信者であったため信仰上の理由により︑手術をする場合には輸血を伴わない手術を希望す

る旨の意思表示をした︒ところが︑結局手術中に輸血をされてしまったというものである︒最判では︑﹁患者が︑

輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして︑輸血を伴う医療行為を拒否することの明確な意思を有し

ている場合︑このような意思決定をする権利は︑人格権の一内容として尊重されねばならない﹂とされ︑手術の際

に輸血以外には救命手段がない場合には輸血するとの方針をとっているにもかかわらず︑担当医らは︑本具体的症

例では︑手術の際に輸血を必要とする事態が生ずる可能性があることを認識していながら︑これを説明せず︑手術

をし︑輸血をしたことに対して︑これは︑﹁輸血を伴う可能性のあった本件手術を受けるか否かについて意思決定

をする権利を奪ったものといわざるを得ず︑この点において同人の人格権を侵害したものとして︑同人がこれに

よって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負う﹂とされた︒

 最も重要な点は︑信仰上の理由による輸血拒否という限定された局面ではあるが︑治療内容について︑患者の意

思決定をする権利が︑保護されるべき権利として認められたところである︒当然のことながら︑この患者の意思決

定権が他の局面でも保護されるべきかに関心が集まったが︑果たして︑翌年の乳房温存療法説明義務違反事件︵最

判平成=二年一一月二七日民集五五巻六号一一五四頁︶で早くもそれに関する判断が示された︒この判例研究につ

   患者の意思決定権確立への道      ︵都法四十八ー二︶ 一六七

(14)

      一六八

       ︵21︶ いての詳細も別稿に譲るが︑本ケースは次のようなものである︒昭和二一二年生の既婚の女性患者が︑乳癌の治療の

ため平成三年に胸筋温存乳房切除術を受けたが︑その際︑当時他の療法︵術式︶として未確立な療法であった乳房

温存療法について説明されるべきであったかどうかが主たる争点とされたものである︒判決では︑未確立の療法で

あっても︑それが﹁少なからぬ医療機関において実施されており︑相当数の実施例があり︑これを実施した医師の

間で積極的な評価もされているものについては︑患者が当該療法︵術式︶の適応である可能性があり︑かつ︑患者

が当該療法︵術式︶の自己への適応の有無︑実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合な

どにおいては︑⁝当該療法︵術式︶を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべき

である﹂とされ︑結局︑患者が﹁胸筋温存乳房切除術を受けるか︑あるいは乳房温存療法を実施している他の医療

機関において同療法を受ける可能性を探るか︑そのいずれの道を選ぶかについて熟慮し判断する機会を与えるべき

義務があったというべきである﹂とされ︑治療方法に関する患者の意思決定権を認めたものといえよう︒

 これは︑その当時医学的には一般的に﹁A﹂という治療法を選択するのが通常とされていたときであっても︑未

確立でもかなり有効性の存する治療法﹁B﹂が存する場合において︑患者が︑﹁患者自身の生き方や人生の根幹に

関係する生活の質﹂といった要素等を考慮して︑﹁B﹂という療法を選択すれば︑その意思決定を認めるべきもの

だとするものであり︑一般的治療内容に関しても︑一定の合理性の枠内における患者の意思決定権が認められたも

のと評価できよう︒

(15)

三︑患者本人の意思決定権の確立

 ﹁二﹂で見た患者の治療法の選択に関する二つの最高裁判決により︑患者の意思決定権が認められた︒その後に

現われた二つの最高裁判決において︑患者の意思決定権を認めることはもはや揺るぎない原則であるということが

確立されたのではないかと考えるがそのことを確認してみたい︒まず︑分娩方法説明義務違反事件︵最判平成一七

年九月八日判時一九一二号一六頁︑判タ=九二号四九頁︶から見ていく︒

1 分娩方法説明義務違反事件

︿事実の概要﹀

 患者湿︵原告︑控訴人︑上告人︶は︑平成五年八月三一日︑Y︵被告︑被控訴人︑被上告人︑国︶の設置するB

病院を受診し︑妊娠が確認され︑Bに通院し︑胎位が骨盤位であり︑分娩時には殿位となると予測された︒地は夫

である遁︵原告︑控訴人︑上告人︶とともに経膣分娩に対して不安を抱いたことから︑診察のたびごとに何度も帝

王切開術によって分娩をしたいとの希望を伝えた︒これに対し︑B病院の担当医狛︵被告︑被控訴人︑被上告人︶

は︑経膣分娩が可能であること︑分娩中に問題が生じれば︑すぐに帝王切開術に移行することができるから心配す

る必要がない旨説明した︒

 その後︑漉は入院し︑何度も帝王切開での出産を希望するが︑狙は︑何か起こったら帝王切開に移れるなどと述

べ︑取り合わなかった︒そして︑出産当日︑田は︑泣を内診し複殿位となると判断したが︑経膣分娩によることと

   患者の意思決定権確立への道      ︵都法四十入ー二︶ 一六九

(16)

       一七〇

した︒しかし︑分娩時においては︑卵膜が自然に破膜しなかったため︑狛は人工破膜を施行したところ︑破水後に

膀帯の膣内脱出が起こり︑胎児の心拍数が急激に低下した︒そこで︑田は骨盤位牽出術を施行した︒この理由は︑

破水後に帝王切開術に移行しても︑胎児の娩出まで少なくとも一五分程度の時間を要し︑経膣分娩を施行させるよ

りも予後が悪いと判断したためであった︒しかし︑結局仮死状態でAが出生し︑その後Aはまもなく死亡した︒

 そこで︑Xら︵ユ  w︶は︑田医師が骨盤位の場合の経膣分娩の危険性や帝王切開との利害得失について充分説

明しなかったため︑Xらが︑充分に検討した上で意思決定をする権利が奪われた結果︑帝王切開術による分娩の機

会を失し︑Aが死亡したなどと主張し︑田に対して不法行為に基づき損害賠償請求をし︑国の権利︑義務を承継し

た独立行政法人国立病院機構に対しては債務不履行または不法行為︵使用者責任︶による損害賠償請求をした︒

 なお︑原審では︑田医師の説明内容は経膣分娩の優位性を強調する面はあったが︑経膣分娩の場合の危険性や対

応方法などについての説明も加えているとし︑説明義務は尽くされており︑意思決定をする権利が侵害されたもの

とはいえないとする︒

︿最高裁判決判旨﹀

 帝王切開術を希望するというXらの申出には医学的知見に照らし相応の理由があったということができるから︑

狛医師は︑これに配慮し︑Xらに対し︑分娩誘発を開始するまでの間に︑胎児のできるだけ新しい推定体重︑胎位

その他の骨盤位の場合における分娩方法の選択に当たっての重要な判断要素となる事項を挙げて︑経膣分娩による

との方針が相当であるとする理由について具体的に説明するとともに︑帝王切開は移行までに一定の時間を要する

から︑移行することが相当でないと判断される緊急の事態も生じ得ることなどを告げ︑その後︑陣痛促進剤の点滴

(17)

投与を始めるまでには︑胎児が複殿位であることも告げて︑Xらが胎児の最新の状態を認識し︑経膣分娩の場合の

危険性を具体的に理解した上で︑田医師の下で経膣分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義

務があったというべきである︒ところが︑狛医師は︑Xらに対し︑一般的な経膣分娩の危険性について一応の説明

はしたものの︑胎児の最新の状態とこれらに基づく経膣分娩の選択理由を十分に説明しなかった上︑もし分娩中に

何か起こったらすぐにでも帝王切開に移れるのだから心配はないなどと異常事態が生じた場合の経膣分娩から帝王

切開術への移行について誤解を与えるような説明をしたというのであるから︑狛医師の上記説明は︑上記義務を尽

くしたものということはできない︒

︿分析﹀

 本ケースでは︑原告Xら︵ ユ  w︶が︑契約当事者である国・Y︵そしてこれを承継した独立行政法人国立病院

機構︶に対し︑債務不履行または使用者責任を追及し︑Yの履行補助者である担当医狛に対して不法行為責任を追       ヨ 及している︒そこで︑診療契約を基礎とする法的な関係を基礎とした説明義務違反を根拠として︑Yの債務不履行

責任を導くことに何の問題もないものと考える︒

 エホバの証人の信者による輸血拒否事件では︑原告が︑このような法的構成での訴訟提起をしておらず︑した

がって︑説明義務違反を契約上の責任として構成することはできず︑人格権侵害の不法行為責任として構成され

た︒そこで患者の自己決定権の実現を保障するために︑診療契約に基づき︑あるいは社会生活において必要とされ       お  る注意義務として︑国家が医療機関側に説明義務を課していると捉えられるのであり︑もちろん︑一般的ケースに       ︵24︶ おいては︑説明義務の根拠として診療契約の両当事者である患者と病院開設者との契約関係から導くことが最も妥

   患者の意思決定権確立への道      ︵都法四十八ー二︶ 一七一

(18)

       一七二

      ︵25︶ 当であり︑この場合には︑患者の自己決定権はその背景に存するとも解されよう︒

 また︑説明すべき相手は患者本人であることが原則であるが︑分娩方法という問題に関しては︑胎児が絡んでく

るので問題が複雑となる︒﹁患者﹂である母親は︑もちろん独自の自身の母体の安全という法的利益を有している

が︑胎児にも固有の保護されるべき利益があり︑出生すればその父親と母親双方がその法定代理人となるのであ

り︑この意味からも︑父親にも胎児に関し法的利益を認めることができ舞・しかし・まず第三尊重されるべき

は︑母親の母体の安全であり︑胎児の法益はこれに劣後するものと思われる︒本ケースでは︑母体の安全性に関

し︑より危険度の高い帝王切開を母親である﹁患者﹂自身が希望していることから︑こうした法益の衝突は認めら

れないものと思われる︒

 さて︑次に本ケースにおいて説明が充分であったかどうかにつき考察をしたい︒担当医は︑何か起こったらどん

な場合でも帝王切開に移行できると説明しているが︑実際には骨盤位牽出術による対応がなされており︑胎児の状

態が悪くなった場合には帝王切開までに要する一五分よりも早い︑経膣による急遂分娩がなされることを患者に説

      ︵27︶      .         ︵28︶ 明しておくべきであったのに︑誤った情報を与えて同意させており︑この点に義務違反を認めることができよう︒

また︑説明義務の基準としては︑患者と接する最初の段階で︑まだ当該具体的患者の個別的事情が定かでないとい

うのであれば︑合理的患者として応接してよいが︑本ケースでは︑﹁患者﹂の個人的事情により︑はたして経膣分

娩の出産で胎児が正常に生まれてくるのかということに﹁患者﹂は不安を抱いており︑そうした理由から母体に

とってはより危険度の高い帝王切開による出産を希望する旨を再三にわたって表明していることから︑担当医は︑

個別具体的患者の情報も充分に認識できており︑この段階では︑もはや具体的患者基準︵日本の学説では二重基準

と呼ばれている︶が適用されるべきであり︑本ケ|スも段階的適用基準︵合理的患者基準+具体的患者齢︶を適

(19)

      ︵30︶ 用するのが相当と考える︒

 もちろん︑担当医は医療の専門家として︑それでも担当医としては︑経膣分娩が医学的に見て最善であると考え        る療法であるとしてこれを勧め︑説得することは︑当然認められるべきことであり︑それでもなお患者の選択と医

師の治療方針とが合致しない場合︑現場の医師は具体的にどのように対応すべきなの甦という問いに対しては・

次のように考えるべきであろう︒すなわち︑診療契約の履行補助者である担当医は︑債務者︵病院開設者︶として

の方針を確定させるべく︑再度︑病院のカンファレンスにかけ︑そこで検討し︑院内の他の医療チームが代わっ

て︑患者の希望に添った治療法を実施する可能性はあるのか︑やはり︑病院としては︑本具体的ケースだと︑たと

えば経膣分娩を選択したいということになれば︑その結果と理由を説明・進言し︑それでも患者が︑帝王切開を希

望するというのであれば︑患者に他の医療機関において︑セカンド・オピニオンを得る機会と転医の機会を与える

べきものと考える︒そして︑その後に︑また本病院で病院の勧める治療法を受けたいという申出があれば︑これを

受け入れるべきものと考える︒

2 脳動脈りゅう説明義務違反事件

 次に脳動脈りゅうの予防的な治療法についての説明義務が問題となったケース︵最判平成一入年一〇月二七日判

時一九五一号五九頁︑判タ一二二五号二二〇頁︶を見てみる︒

︿事実の概要﹀

  患者の意思決定権確立への道      ︵都法四十八ー二︶ 一七三

(20)

一七四

 大学教授であるA︵昭和九年七月二五日生︶は︑脳動脈りゅうの疑いで︑Y︵被告︑控訴人︑被上告人︑国︶の

設置するB病院の脳神経外科を平成七年一二月七日以降受診し︑左内けい動脈分岐部に動脈りゅう︵最大径S⇔

日目︶が存在することが確認された︒Aのような無症状性の未破裂脳動脈りゅうに対しては︑保存的に経過を見る

という方法︑開頭手術または比較的新しい療法であるコイルそく栓術という選択肢があった︒担当医であるC医師

は︑平成入年一月二六日︑AおよびX︵原告︑被控訴人︑上告人︑Aの妻︶に脳血管撮影の所見を説明し︑﹇1﹈

脳動脈りゅうは︑放置しても6割は破裂せず︑治療しなくても生活を続けられるが︑4割は今後二〇年間に破裂す

るおそれがあること︑﹇2﹈治療するとすれば︑開頭手術とコイルそく栓術の二通りの方法があること︑﹇3﹈開頭

手術では九五%が完治するが︑五%は後遺症の残る可能性があること︑﹇4﹈コイルそく栓術では︑後になってコ

イルが患部から出てきて脳こうそくを起こす可能性があることを説明した︒そして治療を受けずに保存的に経過を

見ることを含めて︑2種類の手術とこれらのいずれを選ぶかは︑患者本人次第であり︑治療を受けるとしても何年

か後でもよいことを告げたところ︑同年二月二一二日︑Aが開頭手術を希望する旨伝えたことから︑同年二月二九日

に開頭手術が実施されることとなった︒

 ところが︑平成八年二月二七日の手術前のカンファレンスにおいて︑D教授により本症例における開頭手術の困

難性が指摘され︑カンファレンスの結論としては︑まずコイルそく栓術を試し︑うまくいかないときに開頭手術を

実施するという方針が得られた︒C医師・E医師はこのことをA︑Xに説明し︑Aから︑以前説明を受けたコイル

そく栓術による脳こうそくのおそれについての質問がなされ︑これに対してE医師は︑うまくいかないときは直ち

にコイルを回収してまた新たに方法を考える旨答えた︒この説明は三〇〜四〇分程度であり︑コイルそく栓術に伴

う脳こうそく等の合併症の危険性のあること︑そして死に至る頻度が二〜三%とされていることの説明がなされた

(21)

上で︑手術の承諾を得た︒

 そこで︑平成八年二月二八日︑コイルそく栓術が実施されたが︑動脈りゅう内に挿入したコイルの一部が︑りゅ

う外に逸脱してりゅうをそく栓することができず︑内けい動脈内に移動して中大脳動脈および前大脳動脈をそく栓

する危険が生じたことから︑コイルそく栓術を中止し︑コイルの回収作業が試みられたが︑うまくいかなかった︒

そこで開頭手術に切り替えられたが︑結局コイルの一部が回収できず︑これにより左中大脳動脈の血流障害に起因

する脳こうそくとなり︑同年三月=二日Aは死亡した︒

 なお︑原審においては︑コイルそく栓術の手技等に過失は認められないとした上で︑説明義務違反も認められな

いとされた︒

      ︿最高裁判決判旨﹀

      医師は︑患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては︑診療契約に基づき︑特別の事情のない限り︑

     患者に対し︑当該疾患の診断︵病名と病状︶︑実施予定の手術の内容︑手術に付随する危険性︑他に選択可能な治

     療法があれば︑その内容と利害得失︑予後などについて説明すべき義務があり︑また︑医療水準として確立した療

     法︵術式︶が複数存在する場合には︑患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上判断することができるような

     仕方で︑それぞれ療法︵術式︶の違いや利害得失をわかりやすく説明することが求められると解される︵最判平成 ︐    一〇年︵オ︶第五六七号同二二年一一月二七日第三小法廷判決・民集五五巻六号一一五四頁参照︶︒

      そして︑医師が患者に予防的な療法︵術式︶を実施するに当たって︑医療水準として確立した療法︵術式︶が複

     数存在する場合には︑その中のある療法︵術式︶を受けるという選択肢と共に︑いずれの療法︵術式︶も受けずに

        患者の意思決定権確立への道       ︵都法四十八ー二︶ 一七五

(22)

一七六

     保存的に経過を見るという選択肢も存在し︑そのいずれを選択するかは︑患者自身の生き方や生活の質にもかかわ

     るものでもあるし︑また︑上記選択をするための時間的な余裕もあることから︑患者がいずれの選択肢を選択する

゜    かにつき熟慮の上判断することができるように︑医師は各療法︵術式︶の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害

     得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきである︒

      ⁝担当医師らは︑Aに対し︑⁝開頭手術とコイルそく栓術のいずれを選択するのか︑いずれの手術も受けずに保

     存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会を改めて与える必要があったというべきである︒

︿分析﹀

 本ケースは︑二つの手術方法とも既に医療水準にあったものであるが︑患者の脳血管撮影の結果を受けた術前の

カンファレンスで︑患者の具体的病状を踏まえた開頭手術およびコイルそく栓術のそれぞれの問題点︑危険性等に

関する所見が出されており︑こうした知見について正確な情報を提供し︑それぞれを比較できるように具体的に説

明すべきであったことを示唆する︒このことは︑既に複数の治療法のそれぞれの危険性等についての一般的説明は

なされたとしても︑まさしく具体的患者を検査し︑具体的患者の客観的病状が判明したことにより︑それと複数の

治療法とのそれぞれの関係性︑問題点が新たに浮かび上がってきたのであるから︑具体的病状との関連での複数の

治療法の利害得失を新たに説明すべき義務が生じるとしたものと考える︒

 また︑複数の選択肢のうち︑本ケースにおいては︑保存的経過観察によるという方法︑すなわち︑手術を受け

蕊で・血圧等日常生活に注意して過ごすという方法もあるのであるから・患者の生き方や生活の質等を熟慮の上

判断することができるように︑経過観察の方法を含め︑二つの手術の具体的患者への適応の利害得失について説明

(23)

すべき義務がある︑としたものである︒

3 第二段階での具体的説明義務

 この二つの最高裁判決において特徴的なことは︑いずれも患者と応接する最初の段階では一応の説明はなされて

いるという点と︑それが手術前の検査等により︑個別具体的患者の病状等に関する新たな重要な情報が得られたに

もかかわらず︑それに基づいた新たなより具体的な説明を怠り︑結果として︑具体的患者が意思決定をするのに必

要な診療情報が提供されなかったところに義務違反が認められているところである︒

 患者に応接する最初の段階では︑患者との対話も診療情報も充分なものは得られていないわけであるから︑患者

に対し︑合理的患者として一般的説明をすることは当然認められるべきものであろう︒それが︑患者と接していく

中で︑より具体的な患者の診療情報等が得られていく︒この段階に至れば当然︑医師が認識しうる個別具体的患者

を対象とした説明義務が求められるものと考える︒

おわりに

 近年の最高裁判決に焦点を当てて︑患者の意思決定のための医療機関の説明義務についてみてきたが︑平成一〇

年代を境に最高裁の見解が急展開を見せたことがわかる︒特に︑原審において依然として医療機関の説明義務違反

を認めない傾向にあったものを覆し︑つまり差戻しあるいは破棄自判しており︑その結果︑下級審では︑次第に医

   患者の意思決定権確立への道       ︵都法四十入ー二︶ 一七七

(24)

一七八

     療機関の説明義務違反による患者の意思決定権の侵害を認めるようになってきている︒

      ただ︑未だ患者の家族に対して︑安易に患者の診療情報提供を認めようとする姿勢は残されているが︑個人情報

     保護法が施行された今日的状況下においては︑こうした姿勢もいずれ改められるべきであり︑患者に代わって説明

     を受ける者も厳格な法的チェックの手順に従い︑選定されていくことになるものと思われる︒

      患者の意思決定権保護の根底にあるのは︑個人の意思の実現を最大限に尊重しようという姿勢である︒ひとりひ

     とりの個人︵患者︶の人生を真に充実した意義あるものにしようという考え方である︒患者の疾病は︑その者の人

     生において︑いくつも生じ︑そして対処を余儀なくされる諸問題の一つにすぎない︒そうした身に降りかかる困難

     にどのように立ち向かうかということが︑まさにその者の人生の生き様といえよう︒たとえ末期癌の患者であろう

     と︑否︑それだからこそなおさら︑その者は︑自己の人生をいかなるものとして完成させ︑また完了させるのかと

︒    いうきわめて重大な局面に立たされているのである︒このとき︑もしその者がその⁝機会を奪われるとしたら︑それ

       ︵34︶      はその者の人生が奪われてしまうことになるのではなかろうか︒この人生の最終局面において自らの人生の選択・

     決定を可能とする法的概念が︑患者の意思決定権であると考える︒

      このような観点からすると︑患者の﹁代理人﹂によるその﹁意思決定﹂は︑本来のそれではないわけであるか

     ら︑どうしてもやむを得ないという例外的状況においてのみ抑制的に用いられるべきものであろう︒そして個々の

     多様な個性を持った個別具体的患者の人生の﹁完成﹂のために︑医療従事者は︑患者との診療時の﹁対話﹂を通し

     て必要な情報を収集しながら︑その完全なる実現に奉仕すべく診療情報の提供をしていくことが求められていくも

     のと思われる︒

(25)

︵1︶ たとえば︑加藤良夫編・実務医事法講義︵民事法研究会︑二〇〇五年︶一七六頁以下︵石川寛俊執筆︶では︑医師と   患者との間の規範を基礎づけるものとして︑﹁診療過誤﹂と﹁情報提供﹂の二つの側面に分けて考察される︒

︵2︶ 丸山英二﹁判批﹂医事法判例百選︵二〇〇六年︶二三貢︒

︵3︶ 新美育文﹁末期状態患者への﹃病名告知﹄をめぐる法理と裁判例﹂ジュリスト九四五号︵一九八九年︶四一頁︒

︵4︶ 新美・前出注︵3︶四一頁︒

︵5︶ 石崎泰雄﹁日本の病院における﹃診療情報提供﹄の法的課題﹂法学会雑誌四七巻二号︵二〇〇七年︶九頁︒

︵6︶ 新美育文﹁判批﹂私法判例リマークス︵一九九六年︿下﹀︶三九頁︒

︵7︶ 小西知世﹁癌患者本人への医師の病名告知義務︵3︶﹂明冶大学大学院法学研究論集一五号︵二〇〇一年︶一四六頁︒ ︵8︶丸山・前出注︵2︶一二三頁︒

︵9︶寺沢知子﹁判批﹂年報医事法学一八︵二〇〇三年︶一五六頁︒

︵10︶ 川原格﹁判批﹂法学教室二七一号︵二〇〇三年︶一一五頁︒

︵H︶ 草野類﹁判批﹂法学新報一一〇巻九‖一〇号︵二〇〇四年︶二四七頁︒

︵12︶ 岡林伸幸﹁判批﹂判例時報一八一二号︵二〇〇三年︶一入○頁︒

︵13︶ 新美・前出注︵6︶三九頁︒

︵14︶ たとえば︑資料﹁診療情報の提供等に関する指針﹂7︵2︶︵厚労省︶法学会雑誌四七巻二号︵二〇〇七年︶二〇頁以

  下参照︒

︵15︶ 資料・前出注︵14︶二一頁︒

︵16︶ 新美・前出注︵6︶三九頁︒

︵17︶ 寺沢・前出注︵9︶一五七頁︒

︵18︶ 飯塚和之﹁判批﹂NBL七六一号︵二〇〇三年︶七一頁︒

︵19︶丸山・前出注︵2︶一一ゴニ頁︒

︵20︶ 石崎泰雄﹁判例研究 宗教上の理由による輸血拒否事件﹂駿河台法学一八巻一号︵二〇〇四年︶四五頁︒

︵21︶ 石崎泰雄﹁判例研究 患者の意思決定権と医師の説明義務﹂法学会雑誌四七巻一号︵二〇〇六年︶一六五頁︒

︵22︶ 林道晴﹁医師の説明義務と患者の自己決定権﹂ジュリスト一三二三号︵二〇〇六年︶=二〇頁︒

︵23︶ 潮見佳男﹁説明義務・情報提供義務と自己決定﹂判例タイムズ一一七八号︵二〇〇五年︶二二頁︒

︵24︶ 川副加奈﹁療法選択をめぐる医師の説明義務について﹂金沢法学四九巻二号︵二〇〇七年︶四〇七頁︒

患者の意思決定権確立への道      ︵都法四十八−二︶ 一七九

(26)

一八〇

︵25︶ 林・前出注︵22︶一三〇頁︒

︵26︶ 小池泰﹁判批﹂民商法雑誌=二四巻三号︵二〇〇六年︶四九〇頁︒

︵27︶ 平沼高明﹁判批﹂民事法情報二三六号︵二〇〇六年︶五七頁︒

︵28︶ 良永和隆﹁判批﹂専修ロージャーナルニ号︵二〇〇七年︶一六五頁︒

︵29︶ 石崎泰雄﹁インフォームド・ディシジョン﹂早稲田法学七二巻三号︵一九九七年︶三三二頁︒

︵30︶ なお︑平沼・前出注︵27︶五七頁も︑合理的基準によりつつ︑具体的患者の有する事情も加味して説明すべきであろ

 う︑とする︒

︵31︶ 中村哲・医療訴訟の実務的課題︵判例タイムズ︑二〇〇一年︶一九七頁︒ ︵32︶ 土屋裕子﹁医療訴訟にみる患者の自己決定権論の展開と展望﹂ジュリスト一三二一二号︵二〇〇六年︶=三二頁︒

︵33︶ 手嶋豊﹁判批﹂ジュリストニ三二二号︵二〇〇七年︶八二頁は︑これが大きな意味をもつことを指摘する︒

参照

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