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患者の意思決定権確立への道
ー1最近の最高裁判例を機軸としてー
、
石 崎 泰 雄
はじめに
一︑患者本人への説明の回避
1 患者本人への説明
2 患者の家族への説明
二︑患者本人の意思決定権の保護へ
三︑患者本人の意思決定権の確立
1 分娩方法説明義務違反事件
2 脳動脈りゅう説明義務違反事件
3 第二段階での具体的説明義務
おわりに
患者の意思決定権確立への道 ︵都法四十八ー二︶ 一五五
一五六
はじめに
近年︑医療過誤訴訟においては︑診療行為に過失があったかどうかという側面に加えて︑説明義務違反をも合わ ユ せて問うということが一般的な訴訟形態となっている︒従来︑説明義務違反に関する責任はなかなか認められない
傾向にあったが︑近時の最高裁判決においては︑いわばコペルニクス的転換が図られ︑旧態依然とした下級審判決
の姿勢を改めさせ︑これを領導していくような状況が現れている︒
本稿では︑ここ十数年間の説明義務に関する重要な最高裁判決に焦点を当てながら︑患者の意思決定権実現のた
めのあるべき姿を探ってみたいと考える︒
一、
ウ者本人への説明の回避
1 患者本人への説明
患者の病状.病名に関する説明義務についての理解に関し急展開を示している最高裁判決ではあるが︑癌等の重
篤な病気に罹患している患者本人への説明を安易に回避し︑その家族に説明すべきだとする傾向は未だに残ってい
るように思われる︒こうした傾向を濃厚に宿した判決が︑次に見る胆のう癌事件︵最判平成七年四月二五日民集四
九巻四号一一六四頁︶判決である︒
︿事実の概要﹀ ︑
患者A︵昭和入年六月三日生の女性で死亡当時︑五〇歳︶の遺族でAの夫および子であるXら︵原告︑控訴人︑
上告人︶が︑Y︵被告︑被上訴人︑被上告人︶の開設する病院に対して︑担当医が胆のう癌の疑いがあると診断し
だのにその旨をAまたはその夫であるXに説明しなかったことが︑診療契約上の債務不履行に当たるとして損害賠
償を請求したものである︒
Aは︑昭和五八年一月三一日︑上腹部痛のため被告Yの開設する病院を訪れ︑まず︑一般内科を受診し︑そこの
B医師の診察を受け︑次に放射線科で二月九日に超音波検査︑二月一四日にはコンピューター断層撮影を受けた
が︑放射線科のC医師は印象として胆のう癌と診断した︒そして︑Aは消化器内科に振り分けられ︑消化器内科の
D医師は︑同年三月二日︑Aを初めて診察し︑検査の結果胆のうの進行癌を疑い︑入院による精密検査が必要だと
考え︑﹁胆のう癌の疑い﹂があるとは言わないで︑﹁胆石がひどく胆のうも変形していて早急に手術する必要があ
る﹂との虚偽の説明をして︑入院を指示した︒これに対し︑Aは︑三月二二日から二入日までシンガポールへ旅行
するのでその後に入院したいと述べ︑三月一⊥ハ日に入院の予約手続をしたが︑三月一八日電話で応対したE看護助
手に対して入院を延期する旨伝えた︒
Aは予定通り旅行し︑帰国後も医師の診察を受けずにいたところ︑同年六月八日に勤務先のF病院︵Aはここで
昭和五〇年六月一六日から昭和五入年=一月二二日まで看護師として稼動していた︶で倒れ︑Gがんセンターに入
院し︑胆のう癌と診断されて︑開腹手術が試みられたが︑既に手遅れで︑Aは同年一二月二二日死亡した︒
患者の意思決定権確立への道 ︵都法四十八ー二︶ 一五七
一五八
︿最高裁判決判旨>
D医師にとっては︑Aは初診の患者でその性格等も不明であり︑本件当時医師の間では癌については真実と異な
る病名を告げるのが一般的であったというのであるから︑同医師が︑前記三月二日及び一六日の段階で︑Aに与え
る精神的打撃と治療への悪影響を考慮して︑同女に癌の疑いを告げず︑まずは手術の必要な重度の胆石症であると
説明して入院させ︑その上で精密な検査をしようとしたことは︑医師としてやむを得ない措置であったということ
ができ︑あえてこれを不合理であるということはできない︒
もっとも︑AがD医師の入院の指示になかなか応じなかったのは胆石症という病気を聞かされて安心したためで
あるとみられないでもない︒したがって︑このような場合においては︑医師としては真実と異なる病名を告げた結
果患者が自己の病状を重視せず治療に協力しなくなることのないように相応の配慮をする必要がある︒しかし︑D
医師は︑入院による精密な検査を受けさせるため︑Aに対して手術の必要な重度の胆石症であると説明して入院を
指示し︑二回の診察のいずれの場合においても同女から入院の同意を得ていたが︑同女はその後に同医師に相談せ
ずに入院を中止して来院しなくなったというのであって︑同医師の右配慮が欠けていたということはできない︒
⁝次に︑Aに対して真実と異なる病名を告げたD医師としては︑同女が治療に協力するための配慮として︑その
家族に対して真実の病名を告げるべきかどうかも検討する必要があるが︑同医師にとっては︑Aは初診の患者でそ
の家族関係や治療に対する家族の協力の見込みも不明であり︑同医師としては︑同女に対して手術の必要な重度の
胆石症と説明して入院の同意を得ていたのであるから︑入院後に同女の家族の中から適当な者を選んで検査結果等
を説明しようとしたことが不合理であるということはできない︒
⁝およそ患者として医師の診断を受ける以上︑十分な治療を受けるためには専門家である医師の意見を尊重し治
療に協力する必要があるのは当然であって︑そのことを考慮するとき︑本件において右の経緯の下においては︑D
医師がA及びXに対して胆のう癌の疑いがある旨の説明をしなかったことを診療契約上の債務不履行に当たるとい
うことはできない︒
︿分析﹀
本ケースにおける契約当事者は︑患者Aと病院開設者であるYであり︑Aの夫であり遺族であるXおよびその子
らが︑YのAに対する債務不履行責任を問うたものである︒YのAに対する診療義務違反があったとするには︑Y
の履行補助者である医師等にこの義務違反が認められることが必要である︒そこでB他の医師等に履行補助者とし
て診療契約上の義務違反があったといえるかにつき検討を要するということになる︒最高裁は︑主要な争点である
説明義務に関し︑この説明義務を負うのは︑各診療科への振り分けのため最初に診察した一般内科のB医師等では
なく︑一か月以上におよぶ数回の来院︑検査の後に担当医となった消化器内科のD医師であるとの認識があるため
か︑もっぱらこのD医師の説明義務違反の存否に焦点を当てている︒
しかし︑債務者はあくまでYであって︑Yの病院全体の診療体制に義務違反があるかどうかが問題である︒その
観点からすると︑まず︑初診を担当した一般内科医Bの問診を中心とした診療行為こそ︑その後の診療に関して患
者に関する重要な情報を収集するに最適の場面である︒この初診の段階において︑患者の職業︑既往歴︑家族関係
等に関する情報を患者との対話によって収集し︑カルテに記載すべきものと考える︒この情報がその後の専門医に
振り分けられたときの診療に大いに役立つのである︒この点において︑まずYの履行補助者であり初診担当医であ
患者の意思決定権確立への道 ︵都法四十八ー二︶ 一五九
一六〇
るBの問診義務違反等を認めることができよう︒
右の問題とも関連するが︑判旨は︑Dにとっては初診の患者であって︑職業・家庭環境・性格等が不明であった
とする︒しかし︑既に数回にわたって来院し︑多くの検査を受けている患者の職業が︑看護師であるという情報す
ら得られていないということに︑病院自体の体制不備があるといえ︑この点においても︑Yの債務不履行責任を認
めることができよう︒
ただ本事件の生じた昭和五八年当時において︑本人へ病状説明がなされないのは︑癌等の重大な病気でこれを告
げれば︑患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあり︑治療の困難が生じるおそれがあるためだとされてい
た︒しかし︑本ケースでは︑患者は当時四九歳の看護師であり︑医師と同様かそれ以上に常に患者の生死に直面し
てきた豊富な経験を有する者であろう︒いうなれば︑他の誰よりも﹁癌の疑い﹂を告げるにふさわしい人物といえ
るのではないか︒つまり︑担当医は︑当該個別具体的患者が告知するにふさわしい者かどうかの検討を全く行わず
に︑患者の家族への説明へとその思考を向けてしまっているのではないかという懸念が存するのである︒
本ケースでは︑何度も来院し︑診察・検査を受けている患者に対して充分な問診を怠り︑患者の職業という基本
情報すら得ておらず︑そのため︑当該具体的患者が︑病状説明をなすにふさわしい者かどうかの検討も実質的には
なされていない︒結局患者本人には重要な診療情報が提供されず︑むしろ虚偽の病名が告げられており︑ここにY
の診療債務の不履行を認めることのできた事案だと考える︒
本ケースの背景には︑昭和五八年当時の医療の現場では︑患者に対する癌という病名の不告知が原則であったと ︵2︶ いう告知に関する医療者の過剰なパターなリズムがあったものと思われる︒しかし︑病名の告知を回避し︑これに ︵3︶ より患者の人権を侵害することは決して医師の裁量の問題として許されるべきことではない︒また︑病名告知によ
︵4︶ る患者への心理的影響が深刻であるとの確実な根拠が示されてはいないことからも︑患者本人に説明することの重
要性が認識されねばならない︒そして︑このことは個人情報保護法が施行される今日の状況においては︑﹁人の生
命︑身体または財産の保護のために必要がある場合であって︑本人の同意を得ることが困難であるとき﹂︵個人情︑
報保護法二三条一項二号︶には患者情報をその同意なく家族という第三者に提供することが認められるが︑それは
きわめて例外的場合に限られる︒その例外の具体的事例を挙げる医療・介護ガイドラインにいう﹁患者本人に重大
な心理的影響を与え︑その後の治療効果等に悪影響を及ぼす場合﹂とは︑わずかな心理的動揺により心臓動脈瘤が ︵5︶ 破裂するような場合等に対して適用されるべきものであって︑癌患者一般に安易に適用されてはならないと考え
ノ る︒ \
本ケースは︑﹁癌の疑い﹂が存する段階での患者への説明が問題となったものであるが︑確定診断でないという
ことは︑患者に一縷の希望を残すということでもあり︑確定診断のついている癌を告知するよりも︑患者への心理 ︵6︶ 的影響は少ないとも考えられ︑告知を肯定しやすい状況にある︒本ケースでは︑胆のうの進行がんという可能性の
他に︑慢性または急性胆のう炎による炎症産物の沈殿あるいは良性腫瘍も考えられていたわけであるから︑患者本
人にこうしたいくつかの可能性があることを説明し︑これを確かめるために検査入院が必要であるとの説明をすべ
きであったと考える︒これを﹁胆石がひどく胆のうも変形していて早急に手術する必要がある﹂と虚偽の説明をし
ており︑これが確定診断のための検査入院であることを説明していたら︑看護師であるAは︑検査入院をキャンセ
ルすることはなかったものと思われる︒
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一六二
2 患者の家族への説明
日本の医療現場では︑癌等の重篤な病気に罹患した患者本人に対して正確な病状説明をすることを回避する顕著
な傾向のあることの反面として︑それに代わり患者の家族に説明をするという実態があった︒法的には︑患者と病
院開設者とが︑診療契約の両当事者であるわけであるから︑いかなる法的根拠で患者本人に代わってその家族が病
状説明を受けることができるのかということが問題となる︒患者にとってその家族であっても︑それは他人であ ︵7︶ り︑病名告知や病状説明を患者本人の与り知らないところで無原則になされてよいはずはなく︑個人情報保護法が ︵8︶ 施行された今日︑患者の病状を本人に先んじて家族に知らせることはきわめて問題だからである︒この問題に関し
ては次の末期癌患者の家族への説明義務違反事件︵最判平成一四年九月二四日判時一八〇三号二﹈二頁︑判タ一一〇
六号八九頁︶をもとにして考察したい︒
︿事実の概要﹀ ︑
A︵大正二年一〇月五日生︶は︑Y財団法人︵被告︑被控訴人︑上告人︶の運営する病院に︑昭和六〇年=月
頃から通院し︑循環器外来での治療を受けていた︒平成二年一〇月二六日胸部レントゲン撮影がされたところ︑肺
にコイン様陰影が認められたため︑心臓病の医師に代わり︑内科のB医師が︑平成二年=月一七日初めてAを診
察し︑転移性︑多発性の癌であって︑手術によって治療することは困難で化学療法も有用とは考えられず︑余命は
長くて一年程度と予測した︒B医師はその後︑BによるAの最後の診察となる平成三年一月一九日に至るまで数回
Aを診察し︑Aから肺の病気について問われ︑本人への告知は適当でないと考え︑癌と思われる転移病変につき患
者の家族に何らかの説明が必要である旨をカルテに記載した︒
その後︑C医師がAの担当医となったが︑疾痛対策のための処方をするのみで︑他の医師らも︑Aに対して病状
説明をすることなく︑またその家族に対して連絡を取るなどして接触することもなかった︒
Aは︑胸の痛みが治まらないため︑平成三年三月五日︑遁︵原告︑控訴人︑被上告人︑Aの妻︶に付き添われ
て︑D病院を受診し︑その第二内科で︑Aの成人した子である漉︵原告︑控訴人︑被上告人︶らに対して︑Aが末
期癌である旨の説明がなされた︒Aは平成三年三月二一ご日E病院に入院し︑同年一〇月四日に死亡したが︑Aは︑
死亡に至るまで末期癌である旨の説明を受けなかった︒
なお︑原審では︑B医師が家族関係についての情報収集等を怠った結果︑家族への癌告知がなされず︑Aは︑家
族とより多くの時間をすごすことなどにより︑より充実した日々を送ることができた可能性を奪われたものという
べきであるから︑Aは期待権を侵害され︑債務不履行および不法行為責任が生じたとされ︑Aの精神的損害︵慰謝
料︶一二〇万円の賠償請求が認められている︒
︿最高裁判決判旨﹀
医師は︑診療契約上の義務として︑患者に対し診断結果︑治療方針等の説明義務を負担する︒そして︑患者が末
期的疾患にり患し余命が限られている旨の診断をした医師が患者本人にはその旨を告知すべきではないと判断した
場合には︑患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと︑当該医師は︑診療契約に付随する義
務として︑少なくとも︑患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し︑同人又は同人を介して更に接触で
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きた家族等に対する告知の適否を検討し︑告知が適当であると判断できたときには︑その診断結果等を説明すべき
義務を負うものといわねばならない︒なぜならば︑このようにして告知を受けた家族等の側では︑医師側の治療方
針を理解した上で︑物心両面において患者の治療を支え︑また︑患者の余命がより安らかで充実したものとなるよ
うに家族等としてのできる限りの手厚い配慮をすることができることになり︑適時の告知によって行われるであろ
うこのような家族等の協力と配慮は︑患者本人にとって法的保護に値する利益であるというべきであるからであ
る︒⁝本件病院の医師らの上記のような対応は︑余命が限られていると診断された末期がんにり患している患者に
対するものとしては不十分なものであり︑同医師らには︑患者の家族等と連絡を取るなどして接触を図り︑告知す
るに適した家族等に対して患者の病状等を告知すべき義務の違反があったといわざるを得ない︒
︿分析﹀
本ケースは︑当時七七歳という年齢の末期癌の患者に対するその病状説明が問題となったものである︒そこでは
当然のように本人への説明はなされず︑家族への説明が争点とされた︒注目されるのは︑人生の最終局面というべ
き日々を充実させて過ごすという患者の﹁期待権﹂が保護されるのではなく︑家族から患者に対して施される治療 ︵9︶ への協力や余命を充実したものとする配慮が︑患者の保護利益とされた点である︒そして︑この患者の保護利益の
実現のためには︑患者の家族に患者の病状を説明しなくてはならないことから︑これを診療契約に付随する義務と ︵10︶ 構成する︒しかし︑この法的構成の根拠については疑問も提起されている︒
このように家族を説明の対象とすることの理論的根拠として︑患者の自己決定権︑あるいは患者のよりよい生活
状況︵ないし闘病環境︶という保護法益を第一に据え︑これらの保護法益を保護するためーすなわち︑患者の自己
決定権を補完し︑あるいは闘病環境を良好的な状態に整備するためーに必要な行為として家族への告知を考慮する ︵11︶ という構成だと本判決を捉えるものもある︒逆に︑本件では患者本人の余命に関する自己決定や期待は権利・利益
として問題になっておらず︑したがって患者の自己決定権行使の前提としての説明義務については判断していない ︵12︶ と把握するものもある︒この問題を考えるに︑まず︑近い将来にその死が避けられなくなると思われる患者の意思
決定の内容については︑二つの重要な要素を認めることができよう︒その一つは治療法の決定であり︑もう一つ
は︑患者が残りの人生をいかなるものにするかという決定である︒
いずれも患者自身にその正確な病状説明がなされなければ︑その実現が困難なものである︒しかし︑どうしても
本人への説明が回避されねばならない相当の理由があるときには︑例外的に次善の方法として︑患者本人に代わっ
てこれらの実現を図り得ると思われる者にこの決定を委ねざるを得ない︒そして︑その者として﹁家族﹂でいいの
か︑またその﹁家族﹂の選択を担当医に任せることが適当なのか︑という問題がある︒これに関しては︑患者の判 ︵13︶ 断能力ないし自己決定能力が否定される場合であるから︑代理人へ説明すべきものとするのが妥当であろう︒そし
て︑それは単に﹁家族﹂というのではなく︑法定代理人や診療契約に関する代理権が付与されている任意代理人︑ ︵14︶ 患者本人から代理権を与えられた親族およびこれに準ずる者ということになろう︒
したがって︑医療⁝機関としては︑事前に︵問診あるいはその前段階での患者への個別アンケートにおいて︶重篤
な病気であったときその診療情報を自分には告げられたくないという場合に︑誰を自己の診療情報を告げるべき代
理人として選択するかという患者の意思を確認しておくべきであり︑場合によっては︑いかなる場合であっても患
者本人に説明せよという患者の意思表明がなされることもあろう︒このように原則として︑病院の担当医に選択さ
せるのではなく︑まず第一に患者本人の意思を尊重することが肝要だと考える︒そして患者本人による指定が得ら
患者の意思決定権確立への道 ︵都法四十八ー二︶ 一六五
一六六
︵15︶ れなかった場合に︑例外的に現実に患者の世話をしている親族およびこれに準ずる者に説明されるべきであるが︑
近親者等複数いる場合には︑患者の価値観ないし選好をよく知るであろう順序に従い︑配偶者︑成年に達した子︑ ︵16︶ 親︑成年の兄弟姉妹︑その他の親族といった順序で選択されるべきであろう︒このような一応の基準が示されるこ
とにより︑選定にあたる担当医等への過度の負担も軽減されるのではないかと考える︒
次に︑患者の病状が説明されるべき﹁代理人﹂が選定されたとき︑この者によって患者本人の意思決定に代わ
り︑﹁治療法﹂と﹁残りの人生のありよう﹂の決定が︑患者本人の意思を付度してなされることになる︒したがっ
て︑ここでは法的には︑患者の意思決定が︑その﹁代理人﹂により実現されることになる︒しかし︑忘れてならな
いのは︑患者本人自身は︑治療法に関し意思決定をしたわけではなく︑また死を迎えるまでの残りの人生をいかに
全うするかという人生の最終局面での意思決定をしたわけではないという点である︒そして︑判決では患者自身の
残りの人生に関する意思決定権という法益ではなく︑患者が︑患者の病状の説明を受けた家族によって協力・配慮 ︵17︶ されるべき法益が保護されており︑これは療養指導義務が問題とされたものともいえよう︒
本判決により︑本来本人告知を原則とすべき癌告知の問題が︑安易に家族に告知されるようになることが懸念さ
︵18︶ れるが︑今日の個人情報保護法制の下においては︑﹁人の生命︑身体又は財産の保護のため必要がある場合﹂︵個人 ︵19︶ 情報保護法二一二条一項二号︶に︑例外的に患者の診療情報が患者の同意なく家族という第三者に伝えられるのであ
り︑安易にこの﹁例外﹂が認められるべきではないことを銘記すべきである︒
二︑患者本人の意思決定権の保護へ
平成一二年︑二二年と相次いで患者の意思決定権に関する重要な最高裁判決が出された︒その一つは︑エホバの
証人の信者による輸血拒否事件︵最判平成一二年二月二九日民集五四巻二号五八二頁︶である︒詳細な判例研究は
齢に譲るが・本ケτスは・次のようなものである︒当時六〇歳代の女性患者が︑悪性の肝臓血管腫との診断を受
ぺ