判例研究
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患者の意思決定権と医師の説明義務
1乳房温存療法説明義務違反事件−
最高裁平成二二年=月二七日第三小法廷判決︵平成一〇年︵オ︶
第五七六号損害賠償請求事件︶民集五五巻六号一一五四頁︑判時
一七六九号五六頁︑判タ一〇七九号一九八頁
石 崎 泰 雄
一 事実の概要
X︵原告︑被控訴人︑上告人︶は︑昭和二三年生の既婚の女性であるが︑平成三年一月中旬頃︑右乳房右上部分の
腋の下に近いところに︑小さなしこりを発見し︑同月二八日︑Y︵被告︑控訴人︑被上告人︶医院を訪れた︒Yは︑
診療科目として︑外科︑整形外科︑胃腸科︑内科︑理学療法科に加え︑﹁乳腺特殊外来﹂を掲げる医院を開設し︑医
業を営む医師である︒また︑Yは︑乳がんの専門病院ないし専門医からなる乳癌研究会の正会員であり︑本件手術の
前に︑乳がんか否かの限界事例について乳房温存療法を一例実施した経験があるが︑放射線照射は行っていない︒
Yは︑Xを触診し︑Xの右乳房の右上部分外側の腋の下に近いところ︵外上方四半分︶に︑大きさーセンチメート
ル×ーセンチメートルのしこりがあること︑腋窩リンパ節は手に触れないことを確認した︒Yは︑Xのしこりが弾力
性があって硬く︑その表面がでこぼこしており︑その部分をつまむとエクボ状に皮膚がへこむという状態︵皮膚固
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定︶にあること︑レントゲン検査︵マンモグラフィー︶の結果︑しこり部に微細石灰様の像が見られたことから︑悪
性であるとの疑いを持った︒
平成三年一月三〇日︑Yは︑Xに対し︑乳房の超音波検査︵エコー︶と︑注射針でエコーに現れたしこり部分を刺
して細胞を吸引する吸引細胞診︵針検診︶を行った︒そして二月二日には針検診の結果が判明したが︑結果はクラス
ーであり︑悪性の細胞は出なかった︒そこで︑Yは︑Xのしこりをさらによく調べる必要があると考え︑しこりを取
り出して病理学的に調べる手術生検を実施することにした︒
平成三年二月四日︑Yは︑Xに対し︑この結果を報告するとともに︑再度触診によりしこりがあることを確認した
うえ︑手術生検が必要である旨を伝えた︒そして︑Yは︑同日︑血液検査を行い︑同月八日︑再度診察をしたうえ︑
同月一二日︑手術生検を実施し︑しこりを摘出した︒Yは︑取り出した塊をXに見せ︑﹁よく見ておくんですよ︒﹂
﹁触って見なさい︒﹂などと言った︒
摘出したしこりについてのYの肉眼的所見は悪性であり︑Yは︑その旨をXに告知した︒そして︑Yは︑摘出した
しこりを押捺細胞診と病理組織検査に回した︒同月一四日︑それらの結果が判明したが︑押捺細胞診の結果は︑パパ
ニコロー染色の判定でクラス5︑すなわち悪性であり︑病理組織検査の結果は︑Xの乳がんは浸潤性の充実腺管がん
であった︒
平成三年二月一五日︑Xは︑A新聞の朝刊で︑﹁乳房を失うのが当たり前とされた乳ガン治療は﹃可能な限り残す﹄
方向へ変わってきた﹂との紹介記事に接した︒同記事は︑その中で乳房温存療法に触れ︑その際の放射線照射や化学
療法の問題も紹介し︑大阪府立成人病センターにおける治療時の写真及び同センターのB医師のコメント︵乳房温存
手術後の放射線照射につき︑実際︑どれくらい照射したらよいのか︑はっきりとわかっていないなどとする内容のも
の︶を掲載していた︒
平成三年二月一六日︑Yは︑前記確定診断の下に︑胸筋温存乳房切除術適応と判断し︑Xに対し︑前記検査の結果
を伝えた︒そして︑入院して手術する必要があること︑生検をしたので手術は早い方がよいこと︑手術の日は同月二
八日が都合がよいこと︑乳房を残す方法も︑今きちんと分かっていないけれども行われていること︑しかし︑乳房を
残すと放射線で黒くなることがあること︑乳房を残した場合︑再手術を行わなければならないことがあることを説明
した︒
平成三年二月一九日︑Yは︑Xの手術生検の傷の抜糸を行い︑Xに対し︑手術の日は同月二八日とし︑入院の日は
その二日前︵二六日︶か︑前日︵二七日︶とすることを伝えた︒
平成三年二月二〇日︑Xは︑Y医院において︑手術に備えて︑血圧︑心電図の検査を受けた︒そして︑同日︑Yは︑
Xに対し︑本件手術につき︑﹁全部取ります︒﹂﹁筋肉は残します︒﹂などと説明した︒また︑XがYの傍にいた看護婦
に対し入院期間や自分でトイレに行けるのはいつかなどと尋ねたのを受けて︑Yは︑入院期間が一か月位であり︑手
術の翌日の午後から一人でトイレに行ける旨の説明をした︒
平成三年二月二六日︑Xは︑Y医院に入院し︑同日付けで︑﹁入院申込書﹂と夫を身元引受人とする﹁身元引受書・
誓約書﹂をY医院に提出した︒そして︑Xは︑同日︑前記A新聞の記事に触発されて便箋に書いた手紙を封筒に入れ
て回診に来たYに手渡した︒手紙の内容については︑Xは︑最近の新聞で乳がん治療は乳房を切ることから可能な限
り残す方向に変わってきたとの記事を読んだ旨︑今後四十数年間生きなければならないから︑可能であるなら乳房を
残してほしい旨をしたためたものであるといい︑Yは︑気持ちの整理がついたので全部お任せするとの趣旨であった
という︒本件手紙は保存されていないため︑その内容は判然としないが︑前記A新聞の記事に触発されて書かれたも
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のの︑本件手術を拒否する内容でもないことからすると︑乳がんと診断され︑生命の希求と乳房切除のはざまにあつ
て︑揺れ動く女性の心情の機微を書き綴ったものであると推認されている︒
平成三年二月二八日︑Yの執刀で︑Xに対し︑本件手術が実施された︒胸筋温存乳房切除術は︑乳房を切除し︑乳
腺を全部摘出したうえ︑腋窩リンパ節を郭清するが︑大小胸筋を残す方法である︒本件手術の後︑摘出した組織につ
いて行われた病理組織検査の結果では︑リンパ節転移はなく︑しこりの浸潤も認められなかった︒
Xは︑平成三年四月六日︑Y医院を退院し︑同年九月二一日までY医院に通院した︒Xの予後は順調に推移してい
る︒また︑Xに乳房温存療法を施した場合の予後は不明である︑とされる︒
︵1︶ 二 一審判決の判旨
平成三年二月当時︑乳房温存療法について︑欧米で︑多数かつ長期にわたる施術症例の比較試験により︑従来の手
術と同等又はそれ以上の安全性を示す結果が得られ︑同療法を標準術式に採用する施設すら存在しており︑また我が
国においても︑一部の専門医により︑短期間ながら︑相当数の同療法の実施により殆ど再発例がなく︑同療法を積極
的に評価する報告がなされており︑専門医の間で同療法に対する関心が高まりつつあったこと︑しかしながら︑同療
法は︑乳癌研究会に参加する乳癌の専門医の間においても︑再発のおそれ︑併用放射線療法による障害の可能性をめ
ぐり︑いまだ評価が定まっていたとはいえず︑本件要綱に基づく適応にあると判断される場合であっても︑それが同
医師らの間で︑広く原則として施行されていたわけではなく︑いまだ安全性が確立された術式ということはできな
かったのであるから︑Xが乳房温存療法の適応にあったとしても︑Yには︑Xに対し乳房温存療法を実施すべき義務
があったとするのは相当ではなく︑また︑Xに乳房温存療法を受けさせるべく︑同療法を施行している他の医療機関
に転送する義務があったということもできない︒
⁝ところで︑医師は︑手術のような侵襲的な医療行為を行う場合には︑患者の自己決定権を尊重し︑その同意を得
るために︑一般的には︑当該疾患の診断︵病名と病気の現状︶︑実施予定手術の内容︑手術に付随する危険性︑他に
選択可能な治療方法とその利害得失︑予後について説明すべき診療契約上の義務があると解するのが相当であり︑こ
れを乳癌手術についてみると︑①乳癌であること︑及び乳癌の進行程度︑性質︑②実施予定手術の内容︑③他に選択
可能な治療方法とその利害得失︑予後について説明すべきことになるが︑右③の︑他の術式の選択可能性の説明に関
しては︑乳房が体幹表面にあって女性を象徴するものであり︑本件手術のように︑手術によりこれを喪失すること
は︑当該患者に︑単に身体的障害を来すのみならず︑その外観上の変貌による精神︑心理面への著しい影響を及ぼす
ものであることを考慮すると︑治療に当たる医師は︑生存率の向上に併せて︑患者の精神的側面や家庭生活面におけ
る質の向上︵クオリティオブライフ︶にも配慮して︑患者の自己決定の機会を失わせることのないように説明すべき
義務を負っているといわなければならない︒
このような乳癌手術における特質に鑑みると︑右説明義務の対象とされるべき術式は︑手術の時点において︑一般
医師に広く知れ渡って有効性︑安全性が確立しているもののみならず︑専門医の間において一応の有効性︑安全性が
確認されつつあるもので︑当該医師において知り得た術式も包含されると解するのが相当である︒
⁝Yが本件手術を施行した時点には︑既に︑欧米で多数の被験者による比較試験で︑乳房温存療法が従来行われて
いたハルステッド法︑非定型的手術に比べて︑乳癌の再発率︑生存率において異ならないかむしろ秀れていることが
確認されており︑とりわけアメリカにおいては︑乳房温存療法を標準術式として選択するのが望ましいとされ︑相当
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数の州においては医師による乳癌患者への同療法の説明義務を法制化していること︑我が国においては︑医学会では
実施例が欧米に比べて少なく︑同療法に対する評価は分かれていたものの︑霞班による慎重な本件適応基準を定めた
うえでの右実施例においては︑併用される放射線照射による格別の障害もなく︑一例の再発例も再手術により健在で
あること︑その他の専門医らによる同僚法実施例においても再発を見ていないこと︑乳癌研究会のアンケート結果に
よっても二三六施設で同療法の実施数が一〇・三パーセントに達していることなどの事実によれば︑Yが本件手術を
行った平成三年二月二八日の時点において︑乳房温存療法は︑霞班による本件要綱の適応基準を充たす場合には︑専
門家の間において一応の有効性︑安全性が確認されつつあった術式ということができる︒
したがって︑Yは︑乳癌専門医として自ら乳房温存療法を手掛けたことがあり︑同療法について右内外の情報を知
り得たのであるから︑Xから本件手紙を受領し︑可能な限り乳房を残して欲しいとのXの意向を知った以上︑右時点
において︑再度︑Xに対し︑本件手術の術式について説明すると同時に︑前記認定した乳房温存療法の実施状況︑評
価及び霞班の本件要綱に基づく乳房温存療法の適応にあるとされていることを平易に説明し︑ただ我が国の専門医の
中には︑同療法には癌細胞の残存の問題があり︑局所再発の不安︑及び併用される放射線療法について放射線障害の
不安がある旨の見解もみられることなどを説明したうえ︑X本人が希望すれば乳房温存療法を行う医療機関へ転医す
ることも可能であることを説明して︑Xをして︑本件手術のような︑乳房切除術と乳房温存術のいずれを選択するか
の機会を与え︑Xの意思を再度確認すべき診療契約上の義務があったというべきである︒
しかるに︑Yが右説明を怠ったことは︑前記認定説示したところにより明らかであるから︑右説明義務違反の債務
不履行があったといわなければならない︒
⁝ところで︑Xは︑診療契約不履行又は不法行為に基づき︑本件手術のためYに支払った治療費相当の損害賠償を
●
も求めている︑
しかしながら︑Yは︑本件乳房切除手術の施行により︑Xの乳癌を治療し︑右癌の増殖・転移によるXの生命・身
体に対する危険性を排除した限りにおいては︑Xとの診療契約上の債務を履行していることは前記認定説示により明
らかであるから︑この点に関するXの主張は失当である︒
したがって︑Yの右説明義務の不履行と相当因果関係にあるXの損害は精神的苦痛に対するものに尽きるというべ
きところ︑Xが︑可能であるならば乳房を残して欲しい旨の手紙をYに手渡したのは︑既にYから乳房を全部切除す
るとの説明を受け︑これに応じてY医院に入院した後であり︑その文面も本件手術を明確に拒絶する趣旨のものでは
ないこと︑及び前記認定した事実の経過︑Yの右不履行の程度︑内容などを総合すると︑これに対する慰謝料として
は二〇〇万円が相当である︒
︵2︶ 三 二審判決の判旨
本件手術当時︑乳房温存療法は︑欧米での比較試験の結果及び日本における実施例の報告により︑その予後等につ
いては一応の積極的評価がなされていたというべきであるが︑日本においては実施例の報告数が少ない上︑経過観察
期間も短く︑さらに手術適応や術式の問題︑再発のおそれや再手術の可能性︑放射線照射による障害の可能性につい
てなお疑問を残し︑これらについて臨床的に研究途上にあったものである︒また︑同療法の実施を開始した医療施設
も多く︑同療法に対する関心が高まっていたということはできるが︑もとより専門医の間で広く同療法が実施されて
いたとまではいえない︒
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右の各点を総合考慮すれば︑本件要綱に基づく手術適応が肯定されるとしても︑同療法は未だその安全性が確立さ
れた術式であったと断ずることは困難であり︑したがって︑同療法の優れている点を考慮しても︑Yが本件手術当
時︑非定型的乳房切除術︵前記のとおり同術式は当時日本において六四パーセント余り実施されていた︒︶を採用せ
ずに︑乳房温存療法を実施すべき義務があったということはできず︑また︑YがXに同療法を受けさせるべく︑他の
医療機関に転送する義務があったということもできない︒
⁝Yは︑Xに対し︑乳房を残す方法があること︑しかし︑その方法によると放射線で乳房が黒くなることがあるこ
と︑また︑再度乳房を切らねばならないことがあることを伝えているから︑一応︑他に選択可能な治療方法︑その利
害得失︑予後のいずれについても言及しているというべきである︒
⁝本件手術当時︑乳房温存療法を実施するについては︑従来の術式を実施しないことについて十分なインフォーム
ド・コンセントが必要とされていた時期であること︑⁝説示したとおり︑本件手術当時︑乳房温存療法は︑欧米での
比較試験の結果及び日本における実施例の報告により︑その予後等については一応の積極的評価がなされており︑ま
た︑同療法を開始した医療施設も多くあり︑その一応の有効性︑安全性が確認されつつあったということができる
が︑同療法はその実施割合も低く︑未だその安全性が確立された術式であったということはできないことからすれ
ば︑Yにおいて︑同療法実施における危険を犯してまで同療法を受けてみてはどうかとの質問を投げかけなければな
らない状況には未だ至っていなかったと認めるのが相当である︒
したがって︑Yの前記説明は︑他に選択可能な治療方法の説明として不十分なところはなかったというべきである
し︑説明義務違反を前提とするXの本件手術の同意︵前記認定の経過によれば︑Xは︑平成三年二月一六日ないし同
月二〇日の間に本件手術について黙示的にせよ同意していると認められるし︑同月二六日に確定的に同意したものと
認められる︒︶について毅疵もなかったというべきである︒
なお︑Xが本件手術の前々日に本件手紙をYに交付したことは前記のとおりであるが︑Yの本件手術についての説
明は前記のとおり尽くされているものであり︑本件手紙の内容もYのXに対する胸筋温存乳房切除術が好適との判断
を変えさせるほどのものではなかったことからすれば︑本件手紙がYに交付されたことにより︑Yが新たに本件手紙
に対する説明をしなければならない義務が生じたということはできない︒
四 最高裁判決判旨
医師は︑患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては︑診療契約に基づき︑特別の事情のない限り︑患
者に対し︑当該疾患の診断︵病名と病状︶︑実施予定の手術の内容︑手術に付随する危険性︑他に選択可能な治療方
法があれば︑その内容と利害得失︑予後などについて説明すべき義務があると解される︒本件で問題となっている乳
がん手術についてみれば︑疾患が乳がんであること︑その進行程度︑乳がんの性質︑実施予定の手術内容のほか︑も
し他に選択可能な治療方法があれば︑その内容と利害得失︑予後などが説明義務の対象となる︒
本件においては︑実施予定の手術である胸筋温存乳房切除術についてYが説明義務を負うことはいうまでもない
が︑それと並んで︑当時としては未確立な療法︵術式︶とされていた乳房温存療法についてまで︑選択可能な他の療
法︵術式︶としてYに説明義務があったか否か︑あるとしてどの程度にまで説明することが要求されるのかが問題と
なっている︒
ここで問題とされている説明義務における説明は︑患者が自らの身に行われようとする療法︵術式︶につき︑その
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利害得失を理解した上で︑当該療法︵術式︶を受けるか否かについて熟慮し︑決断することを助けるために行われる
ものである︒
医療水準として確立した療法︵術式︶が複数存在する場合には︑患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上︑
判断することができるような仕方でそれぞれの療法︵術式︶の違い︑利害得失を分かりやすく説明することが求めら
れるのは当然である︒
しかし︑本件における胸筋温存乳房切除術と乳房温存療法のように︑一方は既に医療水準として確立された療法
︵術式︶であるが︑他方は医療水準として未確立の療法︵術式︶である場合︑医師が後者についで常に選択可能な他
の療法︵術式︶として説明すべき義務を負うか︑また︑どこまで説明すべきかは︑実際上︑極めて難しい問題である︒
一般的にいうならば︑実施予定の療法︵術式︶は医療水準として確立したものであるが︑他の療法︵術式︶が医療
水準として未確立のものである場合には︑医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできない︒とはい
え︑このような未確立の療法︵術式︶ではあっても︑医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できな
い︒少なくとも︑当該療法︵術式︶が少なからぬ医療機関において実施されており︑相当数の実施例があり︑これを
実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては︑患者が当該療法︵術式︶の適応である可能性があ
り︑かつ︑患者が当該療法︵術式︶の自己への適応の有無︑実施可能性について強い関心を有していることを医師が
知った場合などにおいては︑たとえ医師自身が当該療法︵術式︶について消極的な評価をしており︑自らはそれを実
施する意思を有していないときであっても︑なお︑患者に対して︑医師の知っている範囲で︑当該療法︵術式︶の内
容︑適応可能性やそれを受けた場合の利害得失︑当該療法︵術式︶を実施している医療機関の名称や所在などを説明
すべき義務があるというべきである︒そして︑乳がん手術は︑体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術で
あり︑手術により乳房を失わせることは︑患者に対し︑身体的障害を来たすのみならず︑外観上の変ぼうによる精神
面・心理面への著しい影響ももたらすものであって︑患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわ
るものであるから︑胸筋温存乳房切除術を行う場合には︑選択可能な他の療法︵術式︶として乳房温存療法について
説明すべき要請は︑このような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比し︑一層強まるものといわなければな
らない︒ 本件についてこれをみると︑Yは︑開業医であるものの乳癌研究会に参加する乳がんの専門医であり︑自らも限界
事例について一例ながら乳房温存療法を実施した経験もあって︑乳房温存療法について︑同療法を実施している医療
機関も少なくないこと︑相当数の実施例があって︑同療法を実施した医師の間では積極的な評価もされていること︑
Xの乳がんについて乳房温存療法の適応可能性があること及び本件手術当時乳房温存療法を実施していた医療機関を
知っていたことは︑前記のとおりである︒そして︑Xは︑本件手術前に︑乳房温存療法の存在を知り︑Yに対し本件
手紙を交付していることは前記のとおりであり︑原審の認定によっても︑本件手紙は︑乳がんと診断され︑生命の希
求と乳房切除のはざまにあって︑揺れ動く女性の心情の機微を書きつづったものというのであるから︑本件手紙に
は︑Xが乳房を残すことに強い関心を有することが表明されていることが明らかであって︑Yは︑本件手紙を受け取
ることによって︑乳房温存療法がXの乳がんに適応しているのか︑現実に実施可能であるのかについてXが強い関心
を有していることを知ったものといわざるを得ない︒そうだとすれば︑Yは︑この時点において︑少なくとも︑Xの
乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在をYの
知る範囲で明確に説明し︑Yにより胸筋温存乳房切除術を受けるか︑あるいは乳房温存療法を実施している他の医療
機関において同療法を受ける可能性を探るか︑そのいずれの道を選ぶかについて熟慮し判断する機会を与えるべき義
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務があったというべきである︒もとより︑この場合︑Yは︑自らは胸筋温存乳房切除術がXに対する最適応の術式で
あると考えている以上は︑その考え方を変えて自ら乳房温存療法を実施する義務がないことはもちろんのこと︑Xに
対して︑他の医療機関において同療法を受けることを勧める義務もないことは明らかである︒
以上の点からみると︑Yが本件手紙を受け取る前にXに対してした前記⁝の説明は︑乳房温存療法の消極的な説明
に終始しており︑説明義務が生じた場合の説明として十分なものとはいえない︒したがって︑Yは︑本件手紙の交付
を受けた後において︑Xに対してXの乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施
している医療機関の名称や所在を説明しなかった点で︑診療契約上の説明義務を尽くしたとはいいがたい︒
五 分析と検討
1 債務不履行責任と不法行為責任との関係
医療契約︵診療契約︶において︑医療契約の両当事者は︑基本的には債権者たる患者と債務者たる病院開設者であ
る︒病院開設者は︑個人の場合を除くと︑国・自治体またはそれを承継した独立行政法人等や民間の医療法人であ
︵3︶
る︒したがって︑当該医療機関に勤務する医師および看護師︑技師その他の職員は︑その履行補助者ということにな
る︒そこで︑もし当該病院で医療過誤が生じたとき︑債権者たる患者側が︑民事訴訟を提起するということになれば︑
債務者たる病院開設者に対してその債務不履行責任︵民四一五〜︶を追及することができる︒また︑当該過誤の直接
的原因者である医師等を訴えたければ︑これらの者は契約当事者ではないので︑不法行為責任︵民七〇九〜︶で訴え
ることになる︒そして︑病院開設者は不法行為を侵した医師等の使用者であるから︑病院開設者に対しては︑その使
用者責任︵民七一五︶を追及することも可能である︒
このような法律構成が可能であることから︑実際の医療訴訟においては︑たとえば︑原告は主位的請求として病院
開設者の債務不履行責任を追及し︑同時に医療過誤行為を行ったその履行補助者たる医師等に対し不法行為責任を追
及し︑予備的請求として︑病院開設者に対して使用者責任を追及する︒こうした原告の請求に対して︑裁判所が審理 ︵4︶ を行い︑当該ケースにおいて適切だと思われる法律構成を採用した判決を下す︑というのが一般的形態である︒
ところが︑本件は︑こうした医療過誤訴訟の基本的形態の例外的ケースに当たる︒というのは︑被告Yは︑個人医
院を開設する﹁病院開設者﹂であるのと同時に︑実際に当該診療行為を行った医師でもある︒つまり︑Yは病院開設
者として債務不履行の主体でもあり︑かつ︑不法行為の主体でもある︒そこで︑本ケースでは︑原告たるXが︑Yに
対し診療契約の債務不履行または不法行為に基づく責任を追及したのに対して︑第一審裁判所が︑診療契約の債務不
履行という法律構成を採用して判決を下したものである︒
したがって︑一般的によく問題提起される︑医師の責任は不法行為責任か債務不履行責任か︑との命題に対する考
察に適した事例ではない︒本件では︑医療行為を行った当該医師が︑同時に病院開設者でもあるという例外的ケース
にあたるからである︒この問題に関しては︑一般的には病院の勤務医たる医師個人は契約の当事者ではなく︑した
がって不法行為の主体とはなりえても︑債務不履行責任を負うことはない︒債務不履行の主体は︑あくまで病院開設
者であり︑医師の責任が︑債務不履行か不法行為かという問題提起自体がナンセンスであると考える︒
患者の意思決定権と医師の説明義務 ︵都法四十七ー一︶ 一七七
一七八
2 未確立の療法の説明義務
本最高裁判決で争われた主たる論点は︑医療水準として未確立の療法︵術式︶の説明義務が︑病院側に課されるか
否かというものである︒本最高裁判決は︑実施予定の療法が医療水準として確立している場合に︑未確立の療法につ
いて説明義務を負うとすることは︑一般的には認められないとするが︑一定の要件が充たされた場合には医師の説明
義務を認める︒
その要件とは︑﹁当該療法︵術式︶が少なからぬ医療機関において実施されており︑相当数の実施例があり︑これ
を実施した医師の間で積極的な評価もされているもの﹂が︑まず︑その対象として限定される︒これは︑一審判決で
﹁説明義務の対象とされるべき術式は︑手術の時点において︑一般医師に広く知れ渡って有効性︑安全性が確認され
つつあるもので︑当該医師において知り得た術式も包含されると解するのが相当である﹂とされ︑これを原審が否定
したのに対し︑再び最高裁が採用したものである︒そして︑これがさらに次の二つの要件を充たすことが必要である
とされる︒すなわち︑①﹁患者が当該療法︵術式︶の適応可能性があ﹂ることに加え︑②﹁患者が当該療法︵術式︶
の自己への適応の有無︑実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合など﹂という二つの要件
である︒ まず︑対象を一定のものに限定したのは︑すべての未確立の他の療法が︑説明義務の対象とされるのではなく︑そ
の療法が近い将来︑医療水準として一般的に確立する蓋然性のあるものに限定して認めようという趣旨ではないかと
思われ︑そうした限定は妥当だと評価できよう︒次の①﹁患者が当該療法︵術式︶の適応可能性があ﹂ることという ︵5︶ 要件は︑要件として果たして必要なものであろうか︒少なくとも︑﹁適応にあるのかないのか判断が微妙なケース﹂
では︑これも説明すべき場合に入れるべきではなかろうか︒そうしないと︑②の要件を充たす患者は︑果たして自分
がその療法の適応にあるのか否かわからないことになってしまう︒適応にない場合でも︑そのことを説明されること
に患者の重大な利益があると考える︒これに対し︑②﹁患者が当該療法︵術式︶の自己への適応の有無︑実施可能性
について強い関心を有していることを医師が知った場合など﹂の要件は︑本ケースで説明義務が存するかどうかに関
する核心的な部分だと考えられる︒ ︵6︶ というのは︑医師の説明義務の基準として提唱される諸学説の基準と大いに関係するものだからである︒まず︑合
理的医師基準説は︑当該職業の標準人たる合理的医師であれば説明するであろう情報を説明義務の範疇とする見解で
ある︒これは︑行為の注意義務違反が︑抽象的過失として捉えられる場合の行為義務違反の判断基準としては適して
いるが︑説明義務をそれと同様に解してよいかは︑患者の意思決定のための必要な情報の提供という側面を法的保護 ︵7︶ の対象とするためには︑不充分な基準ではないかと考える︒次に︑患者への必要な情報の提供という視点に立脚する
と︑合理的な患者が重要視する情報を提供すべきだとする合理的患者基準説が提唱されるが︑そのような合理的患者
は︑実際には存在しない抽象的な存在に過ぎず︑それでは当該具体的患者の自己決定権が保護されないとの批判が加
えられる︒そこで︑具体的患者を基準とし︑当該具体的患者が重要視するか必要とする情報を提供すべきであるとす
. ︵8︶ る純具体的患者基準説なるものが考えられるが︑実際には見られない︒世界的な基準では︑具体的患者基準とは日本 ︵9︶ ︵10︶ で主張される二重基準のことである︒すなわち︑具体的患者が重要視するか必要とする情報で︑医師がそのことを認
識可能である︵知つているか知りうべき︶ものを説明すべきであるとする見解である︒
この世界的基準において具体的患者基準といわれる公式と本最高裁判決の要件②﹁患者が当該療法︵術式︶の自己
への適応の有無︑実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合など﹂とを比較対照してみると
患者の意思決定権と医師の説明義務 ︵都法四十七ー一︶ 一七九
一八〇
実に興味深い︒最高裁は︑﹁知った場合﹂といわずに︑﹁知った場合など﹂と述べているが︑この﹁など﹂とは何を意 ︵11︶ 味するのであろうか︒知った場合に限るのではなく︑﹁知りうべき場合﹂をも含みうるとする趣旨ではなかろうか︒
判決で﹁など﹂という表現にとどめたのは︑本判決では︑当該医師は︑﹁知った場合﹂に当たるわけであるから︑こ
とさら知りうべき場合の検討の用はなかったからだと推測することも可能である︒
それでは︑本最高裁判決は︑具体的患者基準説︵日本の学説では二重基準説に相当する︶を採用したものと評価す ︵12︶ べきなのであろうか︒この医師の情報提供に関し︑臨床の現場での現実の適用を配慮した︑より実際的な説明基準な ︵13︶ るものが提唱されている︒段階的適用基準といわれるもので︑それは医師が患者と応接する最初の段階では︑合理的
患者として接し︑当該具体的患者と接していく中でその対話等により患者の具体性︵職業︑既往症のほか︑人生観・
価値観等︶が判明していくにしたがい︑その具体性にあった情報を提供すべきだとするものである︒
本最高裁判決では︑﹁本件手紙を受け取ることによって︑乳房温存療法がXの乳がんに適応しているのか︑現実に
実施可能であるのかについてXが強い関心を有していることを知ったものといわざるを得ない﹂とし︑Yはこの時点
において︑少なくとも﹁Xの乳がんについて⁝熟慮し判断する機会を与えるべき義務があったというべきである﹂と
判示する︒つまり︑手紙を渡されたことにより患者の具体性︵乳房温存療法に強い関心があること︶が︑判明した時
点で︑説明義務があることを認めたものであり︑段階的適用基準に沿った構成を採用している︒段階的適用基準は︑
臨床の現場への負担も少なく︑現実的であり︑医師と患者との対話・交流・相互理解を促進し︑そして両者の信頼関
係を構築するのに適した構成であると考える︒
なお︑乳がん手術の特質やそれと関連する生活の質︵クオリティ・オブ・ライフ︶の要素は︑説明義務の補強要因 ︵14︶ として挙げられているが︑これも一審判決で述べられていたものを採用したものである︒これは何も乳がんに限定さ
︵15︶ れる必要はなく︑子宮摘出手術︑その他の生活の質に重大な影響を及ぼす治療一般へと適応されるべきものであろ
・つ︒
3 医療水準論と説明義務
︵16︶ 未熟児網膜症に関する平成七年最高裁判決において︑療法等治療行為の実施が医療水準により義務づけられること
が確立された︒未熟児網膜症のケースにおいては︑その治療方法たる光凝固法が医療水準として確立されていない段
階では︑説明義務は一般的には認められないとされたが︑患者側が︑眼底検査を依頼した場合には︑本最高裁判決の
論理構成を援用すれば︑その時点で︑光凝固法を患者側が重要視していることを﹁知った場合など﹂に当たると考え ︵17︶ られ︑説明義務を肯定できよう︒
一方︑本ケースは︑一連の未熟児網膜症の事例とは異なり︑乳房温存療法という未確立の治療法の他に︑胸筋温存
乳房切除術という確立された治療法が存在していたケースである︒しかしこの場合でも︑乳房切除術を開始すべきか
否かという時点で︑医療水準としての確立はみられない療法であっても︑専門医等の間において一応の有効性︑安全
︵18︶ ︵19︶︵20︶ 性が確認されつつある療法を考慮し︑患者にこの検討の機会を提供する義務を認めるのが相当であろう︒
これに対し︑当該医師が消極的な評価をしている場合でも︑実施した者の間において積極的な評価がなされている ︵21︶ ならば︑説明義務が課されることになり︑これは医師の専門家としての立場を否定することにもつながりかねない︑
とする批判的な見解もあるが︑むしろ自分の勧めない他の治療法の説明をし︑自分は専門家としてどういう理由に基
づいてその療法には消極的な評価をするのか︑また︑どういう療法をいかなる理由に基づいて勧めるのかを説明する
患者の意思決定権と医師の説明義務 ︵都法四十七−一︶ 一八一
一八二
ことこそが肝要であり︑これこそまさに医療の専門家として面目躍如たる場面といえるのではなかろうか︒
そもそも︑人は自分の体の状態を正確に知り︑これに対する態度・方法を自ら決定する権利を持っているのであ ︵22︶ り︑この自己決定権は人間としての尊厳に由来する基本的な権利であり︑専門家といえどもそれを侵しえないもので
あるといえる︒この患者の自己決定権は︑医師が選択した療法に同意するかどうか︵インフォームド・コンセント︶︑
という側面だけではなく︑患者が他の療法を選択できるかどうか︵インフォームド・チョイス︶という療法選択の局 ︵23︶ 面においても問題とされる︒さらには︑他の療法の説明を受け︑当該医師は︑専門家としてどういう理由で一つの治
療法を勧めるのかということの情報提供をし︑これを受けて患者は︑他の医療⁝機関・医療情報源からセカンド・オピ
ニオンを求め︑さまざまな情報・意見を参考に︑自分のクオリティ・オブ・ライフ︑他の要素を熟慮した上で意思決 ︵24︶ 定を行う︵インフォームド・ディシジョン︶ということこそが重要なのである︒
医療水準論は︑医療行為を行う医師の行為に過失があるかどうかの判断基準としては︑有効なものである︒既述し
たように︑この医療水準論という理論は︑未熟児網膜症に関する最高裁平成七年判決によって確立されたが︑これに
よると︑新規の治療法が開発された場合︑それはまず︑先進的研究機関︵大学病院・専門病院︶から︑地域の基幹的
総合病院︑⁝小規模病院︑一般開業医という順序で普及していくものであるとされ︑医療機関の性格や所在地域の医
療環境も考慮に入れるべきであるから︑医療水準は一律に解すべきものではないとされる︒
ところで︑乳房温存療法は︑特にアメリカにおいては︑本件事件当時︑既に確立された療法とされていたわけであ
り︑本事件発生当時︑アメリカでは医療水準にある療法だといえる︒つまり︑アメリカでは既に医療水準にあった治 ︵25︶ 療法が︑日本では医療水準にはないということが前提となっており︑この評価枠組みには異論もありえよう︒実は︑
未熟児網膜症においても︑未熟児網膜症を発症させないためには︑保育器の酸素濃度を一定水準以下に保つことでは
なく︑動脈血酸素濃度が100冒o︒を超えず︑60〜80自昆oqに保たねばならないということが︑一九七一年
にアメリカの小児科学会胎児新生児委員会の勧告として出されている︒この勧告の指摘が正当であれば︑そもそも未
熟児網膜症の発症を未然に防ぐことができ︑光凝固の必要も生じなかったということも考えられよう︒
しかし︑ここに医療水準という考え方を持ち込み︑新規の知見・療法の普及という視点を世界的規模においても導
入すると︑一国で確立された療法でも他国でそれが医療水準として確立されるには︑やはりその普及に時間的要素他
も要するということになり︑﹁動脈血酸素濃度﹂にしても︑﹁乳房温存療法﹂にしても︑当時の日本では︑医療水準と
して確立していたとはされないとの結論となろう︒とはいえ︑インターネット等の普及により︑諸外国の文献も瞬時
に入手できる今日では︑その普及に要する時間は︑はるかに短縮されよう︒
この医療水準論は︑果たして説明義務の領域では︑いかように扱うべきものであろうか︒元来︑医療水準論は︑もっ
ぱら医師の行為に焦点が注がれた基準なので︑説明義務の目的たる患者の意思決定を保護することには適した基準で ︵26︶ はない︒したがって︑本最高裁判決は︑治療内容の決定やその判断を︑医療水準論のみによってなすのではなく︑本
具体的ケースにおける患者の意思決定の実現を図るために適した基準を探り︑それを構築し︑それに従った判断を示
したものと考えられる︒
4 おわりに
本最高裁判決では︑乳がんの手術に関する患者の一定の意思の表明があったと推測される手紙が交付された時点以
後の医師の他の療法についての説明義務が争点とされた︒それ以前の二月一二日の時点において手術生検がなされて
患者の意思決定権と医師の説明義務 ︵都法四十七ー一︶ 一八三
含