図 7
p
-クロロ安息香酸のピペリジニウム塩とピロリジニウム塩の35Cl NQR 周波数の温度変化謝辞
髙⼭光男先⽣には、環境ホルモンの研究会、ヨコハマ⽔の会、ボトルウォーター協会 をはじめ⼤変お世話になりました。髙⼭先⽣の後押しやご助⾔等のお陰で、ゼオライト や冷却塗料の研究へと⾃⾝の研究分野を展開することができました。この場を借りて感 謝申し上げます。
また、
NQR
装置作成では、以下の先⽣⽅にご協⼒頂きました。信州⼤学の笹根昭伸先⽣・⽯川厚先⽣、筑波⼤学の池⽥⿓⼀先⽣、⽇本⼤学の浅地哲夫先⽣・藤森裕基先⽣、
徳島⼤学の寺尾博充先⽣、弘前⼤学の⻑尾⾄孝先⽣、佐賀⼤学の⽯原秀太先⽣。この場 を借りてお礼申し上げます。
引用文献
[1]
実験化学講座 丸善.[2] L. S. Prabhumirashi, S. R. Nayak, R. Ikeda, and D. Nakamura, Chem. Edu., 1989, 23.
[3] R. Nakano, H. Honda, T. Kimura, E. Nakata, S. Takamizawa, S. Noro, S. Ishimaru, Hyperfine Interactions, 2008, 181, 59.
[4] R. Nakano, H. Honda, T. Kimura, S. Kyo, S. Ishimaru, R. Miyake, E. Nakata, S. Takamizawa, S. Noro, Bull. Chem. Soc. Jpn., 2010, 83, 1019.
100 150 200 250 300 350 400 33.0
33.2 33.4 33.6 33.8 34.0 34.2 34.4 34.6
T / K νQ / MHz
ピペリジン塩(軽水塩)
ピペリジン塩(重水塩)
ピロリジン塩(軽水塩)
ピロリジン塩(重水塩)
T-box
遺伝⼦の動物発⽣における機能解析Functional analysis of T-box genes in animal development
内⼭ 英穂
(横浜市⽴⼤学⼤学院⽣命ナノシステム科学研究科 教授)
■序にかえて - 環境ホルモン研究施設の思い出 -
環境ホルモンが⽣物に及ぼす影響について理学部(1995年〜2005年)でも調べようと いうことになったとき、真っ先に思いついたテーマがカエルの性分化であった。その実 験の話に⼊る前に、動物の性の⽣物学についてざっと触れておきたい。⼀般に、動物の 性を決める遺伝⼦は種ごとの違いが⼤きく、さまざまな⽣物の知⾒をたよりに地道に探 す必要がある。無脊椎動物の性を決める
2
つの遺伝⼦、ショウジョウバエのdoublesex、
線⾍
C. elegans
のmab-3(male abnormal 3)の間に相同性が⾒出され、その相同性のある
領域はDM
ドメインと名づけられた。DM
ドメインはのちにZinc finger
構造をもつDNA
結合領域であることが判明している。そこで多くの動物でDM
ドメインをもつ遺伝⼦が 探索され、DMRT1(doublesex and mab3 related transcription factor 1)遺伝⼦が無脊椎動物 から脊椎動物にいたる幅広い動物に⾒いだされた。この遺伝⼦は、オス型の発⽣と密接 に関連している(1)。しかしDMRT1
は発⽣過程で最初の性(primary sex)を決める遺伝⼦ではないことが多く、例えば哺乳類では
Y
染⾊体上のSRY(sex determining region Y)
が最初の性を決める遺伝⼦、すなわち性決定遺伝⼦であり、SRYが雄性を決定づけたの ちに、従属的に
DMRT1
が雄性のさらなる分化を指令している。哺乳類以外の例として、⽇本産メダカは多くの哺乳類と同様に
XX/XY
システムであり、DMRT1遺伝⼦も持つ。しかし
DMRT1
と相同性のある別の遺伝⼦dmY(ディミー)が Y
染⾊体上にあり、これが雄性の性決定遺伝⼦である(2)。ニワトリは他のほとんどの⿃類と同様に
ZZ/ZW
シ ステムであり、DMRT1 がZ
染⾊体上にあって雄性の発⽣を司っている。ZZ の雄ではDMRT1
が2
コピーあり、その発現量が多いためにオス型の発⽣が進⾏するが、ZW
の雌では
DMRT1
が1
コピーしかないため、発現量が閾値を下回り、その場合はメス型の発⽣をする(3)。問題は、⿃類のようなメスへテロの
ZZ/ZW
型の動物の場合、W染⾊体 上に雌性を決定する遺伝⼦があるだろうと想定されている⼀⽅、ニワトリではそれが同 定されていないことである。性決定システムがニワトリと同様のZZ/ZW
であるアフリ カツメガエルにおいてもDMRT1
遺伝⼦があり、これが雄性の発⽣を指令している。し横浜市立大学論叢自然科学系列 2020年度:Vol.68 No.1・2・3
かし、
DMRT1
と似て⾮なるDM-W
遺伝⼦が発⾒された(4, 5, 6)。DMRT1
タンパク質に は転写因⼦に⼀般的にそなわる転写調節ドメイン(DMRT1の場合は転写活性化ドメイン)があるが、
DM-W
タンパク質はC末端側のこのドメインを⽋いている。したがって DM-W
タンパク質はDMRT1
タンパク質がもつ転写活性化機能をドミナントネガティブに抑制 することが想定され、このためにオス化が妨げられて、メス型の発⽣がおこる。アフリ カツメガエルは異質4
倍体で染⾊体数は36
本あり、1〜9番まである染⾊体のそれぞれ にL
とS
がある。そのうち3L
染⾊体上にZ
特異的、あるいはW
特異的な部分があり、W
特異的な部分にはDM-W
と、そのほか2
つの遺伝⼦が座乗している。⼀⽅でZ
特異 的な部分には1
つの遺伝⼦が座乗している(7)(筆者注:この論⽂ではDM-W
が2L
染⾊体上に記載されているが、のちに染⾊体番号が修正されて現在に⾄っている)。また
DMRT1
遺伝⼦は1L
染⾊体と1S
染⾊体に座乗している。⿂類においては、性決定のしくみが性ホルモンの合成と⼀体化している例が最近発⾒
された。
ZZ/ZW
型であるブリにおいてはW
染⾊体上の雌を決める遺伝⼦であるHsd17b1
が酵素をコードしており、この酵素のはたらきで⼥性ホルモン(エストロゲン)が合成 されてメスになる。Z染⾊体上にある同⼀の遺伝⼦では
1
塩基異なっており、そのため に酵素活性が低く、エストロゲンを⼗分に合成できないためにオスになる(8)。アフリ カツメガエルにおいてはDM-W
遺伝⼦のはたらきでメス化(⽣殖巣の卵巣化)が開始さ れるが、その後、卵巣原基からエストラジオールやエストロンを主成分とするエストロ ゲンが分泌される。このエストロゲンの作⽤でメス型の発⽣が促進される。W
染⾊体を もたないZZ
のオスの胚では、メス型の発⽣を指令する遺伝⼦は発現していないが、そ の場合でも外から加えたエストロゲンが早い段階から⼀定濃度以上作⽤すれば、⽣殖巣 や体全体までも完全なメスへと性分化する(9)。そこで、環境ホルモン研究施設内でアフリカツメガエルの胚をエストロゲン、または 環境ホルモンに曝露する実験を⾏った。キャンパス近くのホームセンターで販売されて いた半透明のコンテナ容器を多数⽤意し、くみ置き⽔を⼀定の⾼さまで⼊れて胚を飼育 した。⽣殖巣の形成は変態期に急速に進むので、そのかなり前の段階である尾芽胚後期
(ニューコープとファーバーによる発⽣段階
40)から、さまざまな濃度のテスト物質を
飼育⽔に加えた。そして腹に蓄えられた卵⻩がなくなり、胚からオタマジャクシ幼⽣へ と転換して摂⾷を開始した後は、餌やりと⽔替えをしながら絶え間なくテスト物質に曝 露し続けた。変態して幼若ガエルとなったところで餌を変え、⼀定の⼤きさの⼩ガエル になるまで曝露したところで⿇酔をかけて解剖した。⽣殖巣や輸卵管(または輸精管)の形状を⾒ることで雌雄の判定ができる。結果は、ビスフェノール
A(BPA)に曝露さ
92
かし、
DMRT1
と似て⾮なるDM-W
遺伝⼦が発⾒された(4, 5, 6)。DMRT1
タンパク質に は転写因⼦に⼀般的にそなわる転写調節ドメイン(DMRT1の場合は転写活性化ドメイン)があるが、
DM-W
タンパク質はC末端側のこのドメインを⽋いている。したがって DM-W
タンパク質はDMRT1
タンパク質がもつ転写活性化機能をドミナントネガティブに抑制 することが想定され、このためにオス化が妨げられて、メス型の発⽣がおこる。アフリ カツメガエルは異質4
倍体で染⾊体数は36
本あり、1〜9番まである染⾊体のそれぞれ にL
とS
がある。そのうち3L
染⾊体上にZ
特異的、あるいはW
特異的な部分があり、W
特異的な部分にはDM-W
と、そのほか2
つの遺伝⼦が座乗している。⼀⽅でZ
特異 的な部分には1
つの遺伝⼦が座乗している(7)(筆者注:この論⽂ではDM-W
が2L
染⾊体上に記載されているが、のちに染⾊体番号が修正されて現在に⾄っている)。また
DMRT1
遺伝⼦は1L
染⾊体と1S
染⾊体に座乗している。⿂類においては、性決定のしくみが性ホルモンの合成と⼀体化している例が最近発⾒
された。
ZZ/ZW
型であるブリにおいてはW
染⾊体上の雌を決める遺伝⼦であるHsd17b1
が酵素をコードしており、この酵素のはたらきで⼥性ホルモン(エストロゲン)が合成 されてメスになる。Z染⾊体上にある同⼀の遺伝⼦では
1
塩基異なっており、そのため に酵素活性が低く、エストロゲンを⼗分に合成できないためにオスになる(8)。アフリ カツメガエルにおいてはDM-W
遺伝⼦のはたらきでメス化(⽣殖巣の卵巣化)が開始さ れるが、その後、卵巣原基からエストラジオールやエストロンを主成分とするエストロ ゲンが分泌される。このエストロゲンの作⽤でメス型の発⽣が促進される。W染⾊体を もたないZZ
のオスの胚では、メス型の発⽣を指令する遺伝⼦は発現していないが、そ の場合でも外から加えたエストロゲンが早い段階から⼀定濃度以上作⽤すれば、⽣殖巣 や体全体までも完全なメスへと性分化する(9)。そこで、環境ホルモン研究施設内でアフリカツメガエルの胚をエストロゲン、または 環境ホルモンに曝露する実験を⾏った。キャンパス近くのホームセンターで販売されて いた半透明のコンテナ容器を多数⽤意し、くみ置き⽔を⼀定の⾼さまで⼊れて胚を飼育 した。⽣殖巣の形成は変態期に急速に進むので、そのかなり前の段階である尾芽胚後期
(ニューコープとファーバーによる発⽣段階
40)から、さまざまな濃度のテスト物質を
飼育⽔に加えた。そして腹に蓄えられた卵⻩がなくなり、胚からオタマジャクシ幼⽣へ と転換して摂⾷を開始した後は、餌やりと⽔替えをしながら絶え間なくテスト物質に曝 露し続けた。変態して幼若ガエルとなったところで餌を変え、⼀定の⼤きさの⼩ガエル になるまで曝露したところで⿇酔をかけて解剖した。⽣殖巣や輸卵管(または輸精管)の形状を⾒ることで雌雄の判定ができる。結果は、ビスフェノール
A(BPA)に曝露さ
れたアフリカツメガエルにおいて、性の攪乱はまったく起こらず、雌雄の⽐率はほぼ半々 であった。⼀⽅、陽性対照実験として本物のエストロゲンの⼀種であるエストロンに曝 露したところ、明瞭にメスが増加し、10-6モル/L の濃度では解剖した個体はすべて雌で あった。従って、やはり遺伝⼦型にかかわりなく、エストロゲンに曝露されると雌にな る⼀⽅、
BPA
には遺伝的オスをメスに性転換させる作⽤は⾒られなかった(10)(表1)。
次にノニルフェノールも曝露実験を⾏ったが、こちらは胚およびオタマジャクシの成⻑
に阻害が⾒られ、実験途上に死ぬ個体が多く、環境ホルモン作⽤を⾒るというよりはそ れ以前に個体数が減りすぎてしまって実験にはならなかった。
当時出版されていた論⽂(11)によれば、我々が⾏ったのと同様な⽅法で実験が⾏わ れ、BPAにはアフリカツメガエルのメスを増加させる効果があった。当時この実験を担 当した⼤学院⽣の⽮部茂治君も、私も、この論⽂は全く信じられなかった。しかし、前 に出版されている論⽂を否定する論⽂を作成するには説得⼒が必要で、そのことをめぐ り逡巡しているうちに時間が過ぎてしまい、もったいないことをした。その後しばらく して、⽔がゆっくりと流れるシステムの中で飼育されたアフリカツメガエルにおいて、
BPA
にはオスをメス化する活性はないとする論⽂がイギリスから出版された(12)。こ のように、⼿の込んだ新しい装置を使うことで、前の論⽂が否定されている。この後も 現在に⾄るまで、BPA
またはほかのさまざまな内分泌攪乱物質のアフリカツメガエルへ の影響が調べられている。「環境ホルモンは無害であることが判明したので、もはや過去 の問題」というわけではなく、依然として重要性のある問題である。⽣きものを⽤いた 実験は奥が深く、継続的な解明努⼒や、新しい視点も必要だということが⽰されている ように思われる(13, 14)。表 1 BPA とエストロンの性比に及ぼす影響(環境ホルモン研究報告 2003 年 12 月より)
テスト物質
BPA BPA BPA E1 E1 E1
モル濃度10
-510
-610
-710
-610
-710
-8mg/L 2,280 228 22.8 270 27 2.7
オス
48% 56% 51% 0% 8% 36%
メス
44% 44% 49% 100% 90% 64%
⽣殖巣なし
5% 0% 0% 0% 0% 0%
性判別できず/
卵精巣
3% 0% 0% 0% 2% 0%
例数
61 79 57 52 52 56
■アクチビンの発見とその後
私が横浜市⼤の⽂理学部に赴任したのは
1989
年10
⽉で、その年はアクチビンがアフ リカツメガエル胚において中胚葉誘導活性をもつことを浅島誠教授がヨーロッパの学会 で発表された年である(国際発⽣⽣物学者会議 International Society of DevelopmentalBiologists Congress、於ユトレヒト)。私はその学会には出席しておらず、発表の瞬間の
雰囲気はわからないが、以後の浅島研究室は⾮常な忙しさであった。外胚葉をアクチビン 処理する濃度や時間を変えたり、アクチビン遺伝⼦がいつからどこで発現するのか確か めたり、アクチビンのタンパク質を胞胚腔の中へとマイクロインジェクションしたり、共同研究者が他の研究機関から⾒えたり、外国と⼿紙のやりとりをしたり、やることは
⼭のようにあったが、結果も⼭のように出る数年間であった。特に記憶に残るのは、川 崎にある味の素の研究所の研究員でいらした江藤譲(えとうゆずる)博⼠が、アフリカ ツメガエル胚からアクチビンを抽出した研究である。江藤博⼠は⽩⾎病の⼀種であるマ ウスのフレンド細胞(⾚⽩⾎病細胞株)F5-5を、ヘモグロビンを合成する⾚芽球へと分 化させる因⼦が、複数の細胞培養の培養上清中にあることを発⾒し、その上清中から⾚
芽球分化因⼦(EDF; erythroid differentiation factor)を同定した。K562や
THP-1
といった⽩⾎病細胞の培養上清から限外濾過や硫安沈殿、カラムクロマトグラフィー、逆相
HPLC
によりEDF
の精製に成功し、N 末端からアミノ酸の配列を決定していった結果、42残 基にわたり、⼀部の未同定アミノ酸を除けばそのアミノ酸配列はアクチビンA
と完全に⼀致したのである(15)。この研究は、⽩⾎病細胞を⾚芽球へと分化させれば症状が抑え られるのではないか、という分化療法の開発のための研究であった。そしてこのヒト細 胞の培養上清から⾼度に精製された
EDF
(=アクチビンA)がカエルの外胚葉細胞に対
しても中胚葉誘導活性を⽰したのである。この時のカエルの実験担当は当時の総合理学 研究科の⼤学院⽣であった中野浩君なので、脳下垂体からの濾胞刺激ホルモン(FSH)の分泌を促進するアクチビンというタンパク質に、それまで唯⼀の中胚葉誘導物質とし て知られていた塩基性繊維芽細胞成⻑因⼦(bFGFまたは
FGF2)よりも強い中胚葉誘導
活性があることを、世界ではじめて発⾒したのは中野君である。さらに彼は、遺伝⼦組 換え体のヒト・アクチビンA
にも中胚葉誘導能があることを確認した(16)。この技術 をベースに、江藤博⼠は培養上清よりも夾雑物をはるかに多量に含むカエルの未受精卵 や胞胚からアクチビンの抽出と精製にとりかかった。アフリカツメガエルの未受精卵および胞胚(2〜3千個ほど)を
2M
グアニジン塩酸/0.1%トリフルオロ酢酸によりホモジナイズして、カラムにかけて脱塩し、逆相 HPLC
にかけて分画ごとの⾚芽球分化誘導活性(EDF活性)およびアフリカツメガエル胚の胞胚
94
■アクチビンの発見とその後
私が横浜市⼤の⽂理学部に赴任したのは
1989
年10
⽉で、その年はアクチビンがアフ リカツメガエル胚において中胚葉誘導活性をもつことを浅島誠教授がヨーロッパの学会 で発表された年である(国際発⽣⽣物学者会議 International Society of DevelopmentalBiologists Congress、於ユトレヒト)。私はその学会には出席しておらず、発表の瞬間の
雰囲気はわからないが、以後の浅島研究室は⾮常な忙しさであった。外胚葉をアクチビン 処理する濃度や時間を変えたり、アクチビン遺伝⼦がいつからどこで発現するのか確か めたり、アクチビンのタンパク質を胞胚腔の中へとマイクロインジェクションしたり、共同研究者が他の研究機関から⾒えたり、外国と⼿紙のやりとりをしたり、やることは
⼭のようにあったが、結果も⼭のように出る数年間であった。特に記憶に残るのは、川 崎にある味の素の研究所の研究員でいらした江藤譲(えとうゆずる)博⼠が、アフリカ ツメガエル胚からアクチビンを抽出した研究である。江藤博⼠は⽩⾎病の⼀種であるマ ウスのフレンド細胞(⾚⽩⾎病細胞株)F5-5を、ヘモグロビンを合成する⾚芽球へと分 化させる因⼦が、複数の細胞培養の培養上清中にあることを発⾒し、その上清中から⾚
芽球分化因⼦(EDF; erythroid differentiation factor)を同定した。K562や
THP-1
といった⽩⾎病細胞の培養上清から限外濾過や硫安沈殿、カラムクロマトグラフィー、逆相
HPLC
によりEDF
の精製に成功し、N 末端からアミノ酸の配列を決定していった結果、42残 基にわたり、⼀部の未同定アミノ酸を除けばそのアミノ酸配列はアクチビンA
と完全に⼀致したのである(15)。この研究は、⽩⾎病細胞を⾚芽球へと分化させれば症状が抑え られるのではないか、という分化療法の開発のための研究であった。そしてこのヒト細 胞の培養上清から⾼度に精製された
EDF
(=アクチビンA)がカエルの外胚葉細胞に対
しても中胚葉誘導活性を⽰したのである。この時のカエルの実験担当は当時の総合理学 研究科の⼤学院⽣であった中野浩君なので、脳下垂体からの濾胞刺激ホルモン(FSH)の分泌を促進するアクチビンというタンパク質に、それまで唯⼀の中胚葉誘導物質とし て知られていた塩基性繊維芽細胞成⻑因⼦(bFGFまたは
FGF2)よりも強い中胚葉誘導
活性があることを、世界ではじめて発⾒したのは中野君である。さらに彼は、遺伝⼦組 換え体のヒト・アクチビンA
にも中胚葉誘導能があることを確認した(16)。この技術 をベースに、江藤博⼠は培養上清よりも夾雑物をはるかに多量に含むカエルの未受精卵 や胞胚からアクチビンの抽出と精製にとりかかった。アフリカツメガエルの未受精卵および胞胚(2〜3千個ほど)を
2M
グアニジン塩酸/0.1%トリフルオロ酢酸によりホモジナイズして、カラムにかけて脱塩し、逆相 HPLC
にかけて分画ごとの⾚芽球分化誘導活性(EDF活性)およびアフリカツメガエル胚の胞胚
アニマルキャップに対する中胚葉分化誘導能を測定した。するとアセトニトリルの濃度 勾配により溶出させた
30
ほどの分画のなかで、中程の同じ番号の分画にEDF
活性と中 胚葉誘導活性が⾒出された(17)。⼀⽅で、未受精卵や初期胞胚(St.7)からはアクチビンA
のmRNA
が⾒出されなかった。このことはアクチビンが卵や胚のmRNA
から翻訳さ れるのではなく、⺟親の卵巣内で卵⺟細胞が成⻑する段階でタンパク質のアクチビンを 取り込んだ可能性を⽰唆している。そこで、アクチビンが親の⾎清タンパク質に結合す るかどうかが調べられた。成熟したカエルの雌雄の⾎清を電気泳動し、タンパク質をPVDF
膜へと転写し、放射性ヨウ素125
で標識したアクチビンA
またはアクチビンB
を かけたところ、メスの⾎清の220 kDa
付近のバンドへとアクチビンが結合することがわ かった。このバンドを単離してN
末端のアミノ酸配列を調べたところ、ビテロジェニンB1、ビテロジェニン B2
と⼀致したのである。このことより、卵形成の途上でアクチビンがメス親の⾎漿中のビテロジェニンと結合し、そのまま卵巣中の卵⺟細胞にとりこまれ て卵⻩の成分となる可能性が⾼まった。そこで免疫電⼦顕微鏡法により、未受精卵の中 で抗アクチビン抗体に反応する部位を調べたところ、やはり卵⻩(正式には卵⻩⼩板)
にアクチビン
A
およびアクチビンB
のアミノ酸配列に対する抗ペプチド抗体への反応性 が認められた(18)。卵⻩の中に蓄えられたアクチビンA
やアクチビンB
が、胚発⽣の 途上で卵⻩⼩板を包む膜がリソソームの膜と融合することで酸性加⽔分解酵素により消 化された際に、アクチビンA
が分解されずに活性を保持したまま割球や細胞の表⾯もし くはゴルジ体などの分泌経路を構成する膜上に存在するアクチビン受容体へと結合して、細胞内にシグナルトランスダクションをひきおこすのだろうか。卵⻩⼩板に蓄えられた アクチビンタンパク質が中胚葉誘導をひきおこすには、それら諸条件がクリアされなけ ればならないが、まだその可能性は残されているように思われる。
中胚葉誘導は胞胚中期(St.8)には開始されているものと考えられ、アクチビンの
mRNA
がこの頃に転写されていないことは驚きであり、説明が必要であった。実際、RT-PCR
やRNase
プロテクションアッセイ、またはノーザンブロットで発現の時期を探ると、アクチビン
A
のmRNA
は初期原腸胚期(St.10)を超えないと検出されず、これ では中胚葉誘導に間に合わないと考えられた(上述の卵⻩内にタンパク質として蓄えら れたアクチビンが作⽤する場合を除く)。今ではアフリカツメガエルの発⽣研究ツールと して広く利⽤されているXenbase
(http://www.xenbase.org/entry/)で調べると、アクチビンA
の遺伝⼦(inhibin βAL)の RNAseq
の回数を⽰すグラフがSt.10
のときに少しだけ上昇 するのが興味深い。その後すぐに下がり、神経胚(St.15)を超えると⼤きく⽴ち上がっ てくる。当時はこの情報はなかったが、それでもアクチビンの胞胚期での発現が確認できないことから、アクチビンと類似の構造をもつ別の分⼦が探索の対象となった。具体 的には、アクチビンの属する
TGF-β
スーパーファミリーのほかのメンバーであるVg1、
ノーダルや
BMP
である。Vg1
卵のもつ⾮対称性は常に発⽣学者にとっての関⼼の対象であり、カエル卵において植 物極側(Vegetal側)に著しく偏った分布を⽰す
mRNA
として⾒出されたのがVg1
(ヴェ ジワン)である。この分⼦は現在ではGDF1(growth and differentiation factor 1)という
名称に切り替わっている。GDF1
の合成mRNA
を初期胚にマイクロインジェクションし て、アニマルキャップを切り出すアッセイを⾏うと、中胚葉誘導活性が全く⾒出されな い。さらに、GDF1はほかのTGF-β
ファミリーの分⼦と同様に⻑いプロペプチドを有し ており、そのプロペプチドと成熟ペプチドの間が切断されることで活性が現れるが、そ のプロテアーゼによる限定分解がうまくゆかず、カエル胚のGDF1
はプロペプチドと成 熟ペプチドが結合した状態で存在していると考えられ、それだと中胚葉誘導活性をもた ない。これに対してイギリスのグループは新たなGDF1
の対⽴遺伝⼦を⾒出して、こち らには中胚葉誘導活性があると主張している(19)。またニワトリ胚にもGDF1
が存在 し、これが中胚葉誘導因⼦となっている可能性も⽰唆されている(20)。さらに、次に述 べるノーダルとGDF1
とがヘテロダイマーを形成しており、このヘテロダイマーは分泌 された源から遠くまで到達しやすく、このノーダルとVg1
ヘテロダイマーは中胚葉誘導 活性も⾼いと報告されている。(21)。したがって、カエル胚のGDF1
が植物極側に⾮常 に豊富に存在するのは中胚葉誘導に関与するためであろうと考える研究者も少なくない。ノーダル
マウスにおいて発⽣初期に中胚葉形成が停⽌する突然変異体があり、その原因遺伝⼦
が
nodal
である(22)。この遺伝⼦は正常発⽣ではノード(カエルにおける原⼝背唇部にあたる)で発現しており、中胚葉誘導がなされるまさにその場であることから注⽬を集 めてきた。カエルにおいてはノーダル関連遺伝⼦がたくさん⾒出され、アフリカツメガ エルの頭⽂字
X
にnodal-related
の名称で呼ばれ、Xnr1、Xnr2、Xnr3が最初に発⾒され、続いて
Xnr4、 Xnr5、 Xnr6
が⾒出された。この中ではXnr5
とXnr6
の発現開始が最も早い(23)。この両遺伝⼦は、後に述べる転写因⼦
VegT
と、コアクチベーターであるβ
カテ ニンにより発現誘導される。すなわち受精後の背側形成シグナルであるWnt
シグナリン グおよび、植物極側に存在するT-box
型転写因⼦VegT
の局在が重なる部位である背側96
きないことから、アクチビンと類似の構造をもつ別の分⼦が探索の対象となった。具体 的には、アクチビンの属する
TGF-β
スーパーファミリーのほかのメンバーであるVg1、
ノーダルや
BMP
である。Vg1
卵のもつ⾮対称性は常に発⽣学者にとっての関⼼の対象であり、カエル卵において植 物極側(Vegetal側)に著しく偏った分布を⽰す
mRNA
として⾒出されたのがVg1
(ヴェ ジワン)である。この分⼦は現在ではGDF1(growth and differentiation factor 1)という
名称に切り替わっている。GDF1
の合成mRNA
を初期胚にマイクロインジェクションし て、アニマルキャップを切り出すアッセイを⾏うと、中胚葉誘導活性が全く⾒出されな い。さらに、GDF1はほかのTGF-β
ファミリーの分⼦と同様に⻑いプロペプチドを有し ており、そのプロペプチドと成熟ペプチドの間が切断されることで活性が現れるが、そ のプロテアーゼによる限定分解がうまくゆかず、カエル胚のGDF1
はプロペプチドと成 熟ペプチドが結合した状態で存在していると考えられ、それだと中胚葉誘導活性をもた ない。これに対してイギリスのグループは新たなGDF1
の対⽴遺伝⼦を⾒出して、こち らには中胚葉誘導活性があると主張している(19)。またニワトリ胚にもGDF1
が存在 し、これが中胚葉誘導因⼦となっている可能性も⽰唆されている(20)。さらに、次に述 べるノーダルとGDF1
とがヘテロダイマーを形成しており、このヘテロダイマーは分泌 された源から遠くまで到達しやすく、このノーダルとVg1
ヘテロダイマーは中胚葉誘導 活性も⾼いと報告されている。(21)。したがって、カエル胚のGDF1
が植物極側に⾮常 に豊富に存在するのは中胚葉誘導に関与するためであろうと考える研究者も少なくない。ノーダル
マウスにおいて発⽣初期に中胚葉形成が停⽌する突然変異体があり、その原因遺伝⼦
が
nodal
である(22)。この遺伝⼦は正常発⽣ではノード(カエルにおける原⼝背唇部にあたる)で発現しており、中胚葉誘導がなされるまさにその場であることから注⽬を集 めてきた。カエルにおいてはノーダル関連遺伝⼦がたくさん⾒出され、アフリカツメガ エルの頭⽂字
X
にnodal-related
の名称で呼ばれ、Xnr1、Xnr2、Xnr3が最初に発⾒され、続いて
Xnr4、 Xnr5、 Xnr6
が⾒出された。この中ではXnr5
とXnr6
の発現開始が最も早い(23)。この両遺伝⼦は、後に述べる転写因⼦
VegT
と、コアクチベーターであるβ
カテ ニンにより発現誘導される。すなわち受精後の背側形成シグナルであるWnt
シグナリン グおよび、植物極側に存在するT-box
型転写因⼦VegT
の局在が重なる部位である背側の内胚葉および背側の中胚葉で発現が活性化される。中期胞胚(St.8.5)には⼗分な発現 量があることから、中胚葉誘導因⼦の候補としては⼤変有⼒である。またノーダルの受 容体はアクチビン受容体であることから、ノーダルは
TGF-βスーパーファミリーの中で
はアクチビンと最も関連が深いといえる。ノーダルによる中胚葉誘導には、oep
(one-eyed pinheadもしくは
EGF-CFC、FRL-1、cripto
などとも呼ばれる)やLefty、フォ
リスタチンなどが関与する阻害機構があり、その中にはアクチビンとノーダルを共通に 阻害する機構もあれば、ノーダルのみを阻害する機構もあるが、全体としてはノーダル による誘導を特異的に阻害する機構が多い。またここで付⾔しておくべきと思うのは、Mix.1
ホメオボックス遺伝⼦やgoosecoid
ホメオボックス遺伝⼦などに代表される、アクチビンやノーダルにより中胚葉誘導がおきた直後(1 時間以内など)に転写活性化され る遺伝⼦(immediate response genes)の多くが、正常発⽣では中胚葉のみならず内胚葉で も発現しており、中には内胚葉のみで発現するものもあることから、アクチビンやノー ダルにより誘導されて形成される胚葉のことを、中内胚葉(mesoendoderm)とまとめて 呼ぶことも多い。ともあれ、カエルにおける中胚葉誘導因⼦の候補はいずれも有⼒であ り、複数の分⼦が関わっている可能性もある。
BMP4
私が横浜市⼤にきた当初より、浅島先⽣は筑波⼤学の上野直⼈先⽣と共同研究されて いた。上野先⽣は
TGF-β
スーパーファミリーの⾻形成タンパク質(bone morphogeneticprotein; BMP)に注⽬し、アフリカツメガエルの初期胚で発現している BMP2
とBMP4
の研究を進めていらした。培養細胞につくらせた遺伝⼦組換え体の
BMP4
に、アニマル キャップを腹側中胚葉へと誘導する中胚葉誘導活性があることを研究室の助⼿である⻄松伸⼀郎博⼠とともに⾒出し、国際学会などで発表されていた。この研究もアクチビン の研究とならび、⾮常に注⽬されていた。ふたつの研究室は、筑波⼭の麓でも、横浜の 伊勢⼭会館でも研究発表会を⾏い、親睦を深めていた。この頃はまだアクチビンや
BMP
の受容機構は謎に包まれていたが、ついに脳下垂体の腫瘍に由来する細胞株を材料とし てアクチビン受容体の遺伝⼦がクローニングされた(24)。アクチビン受容体は、それま でよく知られていたチロシンキナーゼをもつ膜タンパク質ではなく、セリン・スレオニン キナーゼをもつ膜タンパク質であった。この知⾒をもとにして、上野研究室の鈴⽊厚さん はアクチビン受容体と相同性をもつBMP
受容体の遺伝⼦をカエル胚からクローニング して、そのシグナルトランスダクションを⽌めたときの発⽣への影響を解析した(25)。それによると
BMP2
やBMP4
のはたらきを腹側で⽌めると、腹側に背側の構造が分化した。このことは
BMP2
やBMP4
が正常胚では腹側を、背側にならないように積極的に防 いでいることを⽰している。さらにイギリスのグループは、BMP4には中胚葉誘導因⼦アクチビンによって分化する背側中胚葉の形成を抑える活性があり、実際の発⽣過程に おいても
BMP4
は腹側に局在しており、中胚葉を腹側化させるのみならず、外胚葉も腹 側化させる。すなわち背側中胚葉が分泌すると想定された神経誘導物質が腹側まで流れ てきたとき、その神経誘導作⽤を阻害することで腹側の外胚葉は神経ではなく表⽪へと 分化させることを発表した(26)。これによりBMP4
はカエル胚を全体的に腹側化する 役割が明確になり、この役割はのちに無脊椎動物のショウジョウバエにおいてまで、広 く動物界で保存されていることが判明した。腎臓形成
以上のようなアクチビンや
BMP
の研究が新たな展開を迎えている最中に、その当時 の私⾃⾝はレチノイン酸(retinoic acid; RA)に興味を抱いていた。RAがカエル胚の頭 部を⽋損させる作⽤をもつことが発表され(27)、おそらくRA
が少ないと頭部が形成さ れ、RA が多いと尾部ができるという仮説がオランダの研究者から発表されていた。こ の論⽂を読んで⼤いに感銘をうけた経験から、アクチビンA
とRA
を同時にアニマル キャップに作⽤すると何が分化するだろうかという疑問をもった。そこで、当時浅島研 究室の修⼠課程の学⽣であった盛屋さんにお願いして実験にとりかかった。すると、予 想もしていなかったことだが、外胚葉から腎臓(より正確には両⽣類胚の前腎 pronephros)が分化した。これは⾮常に新しい成果だったので、すぐに論⽂化した(28)。今では、哺 乳類の多能性幹細胞(ES細胞や
iPS
細胞)から腎臓を形成させる研究がたくさん発表さ れているが、そのうちの何割かはこのカエルの⽅法に則って、アクチビンとRA
を加え る形で実施されており、これが脊椎動物共通の腎臓形成の原理なのではないかと思って いる。■T-box 遺伝子のクローニング
浅島先⽣とともに研究ができたのは
3
年半であり、その後浅島先⽣は東京⼤学へと転 出された。私はこの⼤学に残り、何をしようかと考えていたが、アクチビンにより外胚 葉が中胚葉に分化するのであれば、「中胚葉に分化する」とは分⼦の⾔葉ではどういうこ となのかを研究するのがよいように思われた。これに関して当時1
つ興味深い分⼦が あった。それはマウスのT
遺伝⼦である。この遺伝⼦はネズミの古典的遺伝学から⾒出 され、T遺伝⼦に異常があると尾(Tail)が短くなったり、なくなったりする。また、あ98
た。このことは
BMP2
やBMP4
が正常胚では腹側を、背側にならないように積極的に防 いでいることを⽰している。さらにイギリスのグループは、BMP4 には中胚葉誘導因⼦アクチビンによって分化する背側中胚葉の形成を抑える活性があり、実際の発⽣過程に おいても
BMP4
は腹側に局在しており、中胚葉を腹側化させるのみならず、外胚葉も腹 側化させる。すなわち背側中胚葉が分泌すると想定された神経誘導物質が腹側まで流れ てきたとき、その神経誘導作⽤を阻害することで腹側の外胚葉は神経ではなく表⽪へと 分化させることを発表した(26)。これによりBMP4
はカエル胚を全体的に腹側化する 役割が明確になり、この役割はのちに無脊椎動物のショウジョウバエにおいてまで、広 く動物界で保存されていることが判明した。腎臓形成
以上のようなアクチビンや
BMP
の研究が新たな展開を迎えている最中に、その当時 の私⾃⾝はレチノイン酸(retinoic acid; RA)に興味を抱いていた。RAがカエル胚の頭 部を⽋損させる作⽤をもつことが発表され(27)、おそらくRA
が少ないと頭部が形成さ れ、RA が多いと尾部ができるという仮説がオランダの研究者から発表されていた。こ の論⽂を読んで⼤いに感銘をうけた経験から、アクチビンA
とRA
を同時にアニマル キャップに作⽤すると何が分化するだろうかという疑問をもった。そこで、当時浅島研 究室の修⼠課程の学⽣であった盛屋さんにお願いして実験にとりかかった。すると、予 想もしていなかったことだが、外胚葉から腎臓(より正確には両⽣類胚の前腎 pronephros)が分化した。これは⾮常に新しい成果だったので、すぐに論⽂化した(28)。今では、哺 乳類の多能性幹細胞(ES細胞や
iPS
細胞)から腎臓を形成させる研究がたくさん発表さ れているが、そのうちの何割かはこのカエルの⽅法に則って、アクチビンとRA
を加え る形で実施されており、これが脊椎動物共通の腎臓形成の原理なのではないかと思って いる。■T-box 遺伝子のクローニング
浅島先⽣とともに研究ができたのは
3
年半であり、その後浅島先⽣は東京⼤学へと転 出された。私はこの⼤学に残り、何をしようかと考えていたが、アクチビンにより外胚 葉が中胚葉に分化するのであれば、「中胚葉に分化する」とは分⼦の⾔葉ではどういうこ となのかを研究するのがよいように思われた。これに関して当時1
つ興味深い分⼦が あった。それはマウスのT
遺伝⼦である。この遺伝⼦はネズミの古典的遺伝学から⾒出 され、T遺伝⼦に異常があると尾(Tail)が短くなったり、なくなったりする。また、あるアリルをホモにもつと遺伝⼦活性が
null
となり、そのとき脊索および中胚葉がほとん どできなくなる。従って、中胚葉の分化を研究するには魅⼒のある遺伝⼦であった。T 遺伝⼦はマウス17
番染⾊体上にあり、1400キロベースもの⻑い染⾊体断⽚の中から、1990
年にイギリスでクローニングされた(29)。その後、ショウジョウバエ胚における視葉の発⽣を司る遺伝⼦
optomotor blind(omb)
とマウス
T
遺伝⼦との間に相同性が⾒出された。その約200
アミノ酸からなる領域がT-box
と名づけられ、この部分にはDNA
結合活性があることが判明した。このとき⾒出された
T-box
と相同性をもつ遺伝⼦が次々と発⾒され、それらはT-box
遺伝⼦ファミリーを形成している。その
1
つがアフリカツメガエルのVegT
(ヴェジティー)である(30)。これは卵⺟細胞〜初期胚に⾄るまでの卵の植物極側で発現する遺伝⼦であり、その合成
mRNA
を胚の腹側に注射すると2
次胚を形成する。すなわち胚軸誘導活性がある。この 遺伝⼦は、しかしもっぱら腹側および側⽅の中胚葉分化に関わっていると考えられた。これときわめて似た配列の遺伝⼦(Xombi、Brat、Antipodean)も⾒出され、それぞれ論
⽂化された。同じ年、のちに⼭中伸弥教授とともにノーベル賞を受賞することになるイ
ギリスの
Gurdon
先⽣の研究室において、きわめて早期の中胚葉で発現するEomesodermin
(Eomes)がクローニングされた(31)。この遺伝⼦は脳でも発現している。
Eomes
はT-box
遺伝⼦の分⼦系統樹の中ではTbr1(T-brain1)のグループに⼊る。マウスにおいては、
Eomes
はきわめて初期の発⽣段階で、胚をつくる内部細胞塊ではなく、胎盤などの胚体外組織になる栄養外胚葉を分化させるという、哺乳類独特の新しい役割を獲得した遺伝
⼦である。
これら
T-box
研究の勢いを感じながら、私も何か新しいT-box
遺伝⼦をクローニング できたらよいなと思った。当時の私は遺伝⼦クローニングの経験がなかったので、実験 書を読みながら開始した。まず、T-box のアミノ酸配列には相同性の⾼い部分があるの で、その部分のアミノ酸配列をもとにして約20
塩基ほどの塩基混合プライマー(degenerate primer) を設計した。このとき混合塩基の組み合わせは
64
通り以下に抑え たと思う。そうしたプライマーのF
とR
を⽤意し、アフリカツメガエルの胞胚および原 腸胚期のcDNA
を鋳型にしてPCR
すると、約250
塩基対の増幅産物が得られた。これを
pBluescriptII KS(-)を元に⾃作した T
ベクターへと挿⼊してクローニングした。その後、制限酵素処理によって挿⼊
DNA
断⽚を切り出し、電気泳動してみると、⻑いものから 短いものまで幾通りかの遺伝⼦がクローニングされていることを確認した。次にT
遺伝⼦、あるいは
VegT
やEomes
など既知の遺伝⼦を特定の部位で切断する制限酵素で処理 することにより、既知遺伝⼦と判定されたプラスミドを除外し、それ以外の新規なものの候補を得た。それらのプラスミドをシーケンス解析したところ、2 つの新しい配列が
⾒出された。その配列をマウスの
Tbx1〜Tbx6
と⽐較することで、カエルのTbx1
およびTbx6
が得られたと判断した。その塩基配列を元に、5'RACE法および3'RACE
法により5'上流から 3'ポリ A
に⾄るまでのcDNA
配列を得て、その配列をつなげることで仮想のTbx1
およびTbx6
のcDNA
全⻑の配列を得た。次に、なるべくそのcDNA
の5'および 3'
の末端に近い部位にF
とR
のプライマーをそれぞれ新たに設計してPCR
を⾏い、そのF
〜Rまでが⻑い
1
つのアンプリコンとして増幅されたことから、cDNAのクローニング は⼀段落した。これらのcDNA
全⻑を使って、Tbx1
とTbx6
それぞれがどの発⽣段階で、どの部位で発現しているかを明らかにした(1998年)。当時は
PCR
クローニングしただ けでは本物の遺伝⼦であるとは認定されない雰囲気を感じていたので、λZAP ファージ に挿⼊されているアフリカツメガエルの神経胚期cDNA
ライブラリーを⼊⼿し、RI
標識 したプローブによりスクリーニングすることで、本当のcDNA
全⻑も得ることができた(1999年)。これらをもとに、Tbx6の機能解析を始めた。
Tbx6
の機能解析カエルの
Tbx6
の発現は原腸陥⼊が始まる頃に開始され、原腸胚期、神経胚期と増加し、以後減少した。in situハイブリダイゼーションにより、体の後ろで発現が強いことがわ かり、特に未分節中胚葉(presomitic mesoderm)および側板中胚葉(lateral plate mesoderm)
で発現していた。特記すべきは脊索では全く発現していないこと、神経でも表⽪でも、
また内胚葉でも全く発現せず、厳密に中胚葉でのみ発現していることであった。
St.15
以 降は発現域が後⽅へと後退し、St.40
まで、後端部の未分節中胚葉で発現していた。あた かも未分節中胚葉が増殖して前進し、分節化して体節になろうとする途端に発現は急激 にoff
となりmRNA
が消失しているようであった。この遺伝⼦機能を確かめるために、5'Capのついた合成
mRNA
を作成して2細胞期〜4細胞期にかけて動物極付近にマイクロインジェクションを⾏い、胚が胞胚に達したと ころでアニマルキャップ(予定外胚葉部分)をタングステンの針で切り出し、⽣理⾷塩
⽔中で培養するアニマルキャップアッセイを⾏った。
Tbx6 mRNA
を注射されたアニマル キャップからは、繊維芽細胞や体腔上⽪様の組織など、腹側中胚葉が分化することがわ かった。さらに、胚の腹側で発現する⾻形成タンパク質BMP4
のはたらきを抑制するノ ギン(noggin)mRNA
とともに注射すると、アニマルキャップの中に⼤きな⾻格筋が分 化した。また、T-box のすぐ3'側に核移⾏シグナルと思われる塩基性アミノ酸の連続が
⾒られたので、その推定核移⾏シグナルの後ろから
C
末端までを除き、かわりにショウ100
の候補を得た。それらのプラスミドをシーケンス解析したところ、2 つの新しい配列が
⾒出された。その配列をマウスの
Tbx1〜Tbx6
と⽐較することで、カエルのTbx1
およびTbx6
が得られたと判断した。その塩基配列を元に、5'RACE法および3'RACE
法により5'上流から 3'ポリ A
に⾄るまでのcDNA
配列を得て、その配列をつなげることで仮想のTbx1
およびTbx6
のcDNA
全⻑の配列を得た。次に、なるべくそのcDNA
の5'および 3'
の末端に近い部位にF
とR
のプライマーをそれぞれ新たに設計してPCR
を⾏い、そのF
〜Rまでが⻑い
1
つのアンプリコンとして増幅されたことから、cDNAのクローニング は⼀段落した。これらのcDNA
全⻑を使って、Tbx1
とTbx6
それぞれがどの発⽣段階で、どの部位で発現しているかを明らかにした(1998年)。当時は
PCR
クローニングしただ けでは本物の遺伝⼦であるとは認定されない雰囲気を感じていたので、λZAP ファージ に挿⼊されているアフリカツメガエルの神経胚期cDNA
ライブラリーを⼊⼿し、RI
標識 したプローブによりスクリーニングすることで、本当のcDNA
全⻑も得ることができた(1999年)。これらをもとに、Tbx6の機能解析を始めた。
Tbx6
の機能解析カエルの
Tbx6
の発現は原腸陥⼊が始まる頃に開始され、原腸胚期、神経胚期と増加し、以後減少した。in situハイブリダイゼーションにより、体の後ろで発現が強いことがわ かり、特に未分節中胚葉(presomitic mesoderm)および側板中胚葉(lateral plate mesoderm)
で発現していた。特記すべきは脊索では全く発現していないこと、神経でも表⽪でも、
また内胚葉でも全く発現せず、厳密に中胚葉でのみ発現していることであった。
St.15
以 降は発現域が後⽅へと後退し、St.40
まで、後端部の未分節中胚葉で発現していた。あた かも未分節中胚葉が増殖して前進し、分節化して体節になろうとする途端に発現は急激 にoff
となりmRNA
が消失しているようであった。この遺伝⼦機能を確かめるために、5'Capのついた合成
mRNA
を作成して2細胞期〜4細胞期にかけて動物極付近にマイクロインジェクションを⾏い、胚が胞胚に達したと ころでアニマルキャップ(予定外胚葉部分)をタングステンの針で切り出し、⽣理⾷塩
⽔中で培養するアニマルキャップアッセイを⾏った。
Tbx6 mRNA
を注射されたアニマル キャップからは、繊維芽細胞や体腔上⽪様の組織など、腹側中胚葉が分化することがわ かった。さらに、胚の腹側で発現する⾻形成タンパク質BMP4
のはたらきを抑制するノ ギン(noggin)mRNA
とともに注射すると、アニマルキャップの中に⼤きな⾻格筋が分 化した。また、T-box のすぐ3'側に核移⾏シグナルと思われる塩基性アミノ酸の連続が
⾒られたので、その推定核移⾏シグナルの後ろから
C
末端までを除き、かわりにショウジョウバエの
engrailed
ホメオボックス転写因⼦のC
末側にあるリプレッサードメイン、もしくは単純ヘルペスウイルス由来の転写因⼦である
VP16
の転写活性化ドメインと連 結することで、転写リプレッサー型のTbx6
および転写アクチベーター型のTbx6
を作成 し、それぞれmRNA
を合成してアニマルキャップアッセイをしたところ、Tbx6VP16はTbx6
と同様の中胚葉分化誘導活性を⽰したので、Tbx6
は中胚葉分化に関わるときは転写 活性化因⼦として機能していることが⽰唆された(32)。この研究がおもしろいのは、昔は
T-box
の研究はT
遺伝⼦(Brachyury遺伝⼦とも呼ば れる)を中⼼に回っている感があったが、T 遺伝⼦の発現部位は脊索であり、その脊索 は細胞死をおこして消えてゆく細胞であることから、未分節中胚葉で発現し、その後の 体節や側板中胚葉から⽣きた中胚葉である筋⾁やその他のさまざまな細胞の分化に関わ るTbx6
の研究は、有⽤性が⾼いと思う点である。またこの研究の過程で、Tbx6の合成mRNA
を初期胚の背側に注射して発⽣を観察したところ、神経管において顕著な細胞死 がおきていた(32)ことが印象に残っている。正常胚では中胚葉のみに発現するTbx6
を注射して無理に神経管で発現させると神経細胞が死ぬということは、中胚葉と神経の 分化が1
つの細胞内では両⽴しないことを⽰唆しているように感じた。それが発⽣や分 化の原理なのか、と⽣物の原理原則に触れるような思いがした。■
Tbx6r
の発見Tbx6
に続き、新しいT-box
遺伝⼦を探した。⽤いた⽅法はTbx6
のときと同じで、T-box
部分のPCR
断⽚を得て、新規なものを⾒出し、全⻑をクローニングした。その結果、Tbx6r
(Tbx6-related)が得られた。この
T-box
遺伝⼦は、Tbx6
と最も近縁の遺伝⼦であったが、配列は明確に異なっていた。in situハイブリダイゼーションによって発現部位を調べる と、Tbx6の発現域の中に含まれており、その範囲内ではより背側、より前⽅の領域のみ に限局していた。Tbx6r mRNAを合成してアニマルキャップに発現させると、神経分化 がおこり、そのことは
Tbx6r
タンパク質が転写アクチベーターであるTbx6
タンパク質 とは異なり、転写リプレッサーであることを⽰唆していた。このmRNA
を胚の背側に注 射すると原腸陥⼊運動が阻害されるため、異常な形態となる。またこの遺伝⼦の働きを 抑制するために、Tbx6r のアンチセンスモルフォリノオリゴ(アンチセンスMO)を注
射すると、胚はすこしお辞儀したような、頭部が腹側に屈曲した形態を⽰した。このこ との意味を⼗分に解析できずに、基礎的なデータを揃えて論⽂として発表した(33)。こ のとき、cDNAのT-box
より5'上流側の単離は Tbx6
の時と同様に5'RACE
で私⾃⾝が⾏い、さらに上流がとれるかどうか