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真宗研究56号 006佐々木秀英「大行が開く大般涅槃道――本願成就に立って因願を探るという方法論を通して――」

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Academic year: 2021

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大行が聞く大般浬繋道

||本願成就に立って因願を探るという方法論を通して||

大谷派

はじめに 親 驚 の 顕 か に し た 浄 土 真 宗 と は 、 ﹃ 教 行 信 証 ﹂ ﹁ 教 巻 ﹂ 冒 頭 で 、 謹 ん で 浄 土 真 宗 を 案 ず る に 、 二 種 の 回 向 あ り 。 一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の 教 行 信 証 あ り 。 ︵ ﹁ 定 本 ﹄ 九 頁 ︶ と宣言されるように、如来回向から始まる、大浬繋を証得する仏道である。これは、﹁証巻﹂の巻末に、 しかれば大聖の真言、誠に知りぬ。大浬撲を証することは、願力の回向に藷りでなり。 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 二 二 三 頁 ︶ とあることからも明らかである。つまり﹁大経﹄は、浬繋の証得を、人間の能力や資質を問題としない願力の回向 によって実現すると説いているということである。よって﹁大経﹂に基づく論書である﹃教行信証﹂全体も、願力 の回向による大浬繋を証する仏道を顕かにしているのである。 本論では、そのような親驚の視座に注意しながら、特に親驚独自の行理解である﹁大行﹂ということの内実に迫 J八

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大 行 が 開 く 大 般 浮 般 市 道 J¥ る こ と を 目 的 と す る 。 親 驚 は 、 大行とは、すなわち無碍光如来の名を称するなり。 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 一 七 頁 ︶ と述べている。この﹁称無碍光如来名﹂という称名念仏のところに知何にして浬繋がはたらくのか。このことを正 ︵ 2 ︶ 確に尋ねることによって、親驚の﹁我が信念﹂に直参したい。 それに先立って、親驚のとったと思われる方法論を提示する。何故ならば、同じ文言を読んでいくのにも、方法 論によって明確な差異が出てくるからである。 の、特に、行、信、証巻を﹁大経﹄本願成就文に基づいて書いている。これは、標挙の文 ゃ、各巻の冒頭に因願文と成就丈が掲げられることからも明らかであろう。本論で詳説するが、本願成就丈は、回 親 驚 は 、 ﹃ 教 行 信 証 ﹄ 心の事実をいい当てた教言である。そして、親驚は本願成就の自覚に立って、その自覚を成就せしめた本願力を推 求しているのである。少なくとも﹃教行信証﹄は本願に基づく書であり、親鷲はこのような方法論をとっていると 考 え ら れ る 。 親驚のこうした視座と方法論、 つまり、﹃教行信証﹂全体が、願力の回向による大浬般市を証する仏道を顕かにし ている書であるということと、本願成就の自覚に立って因願を探るという方法論によって、﹃教行信証﹄﹁行巻﹂を 見ていく。特に、諸仏称名の願意に着目することによって、親驚が顕かにした大行の内実の一端を明らかに出来れ ばと考えている。まずは、親鴛の原体験である法然との値遇と、それを通して親驚が築き上げた、本願成就丈に立 脚した思索の方法論の確認から論を始める。

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一、親驚の立脚地 よく知られているように、親驚は比叡における長きに亘る求道上の苦悩を、法然との値遇を通して突破し、念仏 に生きる者として新生した。その念仏する仏者親驚の原点は、﹃歎異抄﹂の伝えるところによれば、﹁よきひと﹂法 ︵5 ︶ 然の﹁ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし﹂のおおせに出遇うことによって、﹁念仏は、まことに浄土に ︵ 6 ︶ うまるるたねにてやはんべらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり﹂と、 仏教︵念仏︶に対する一切の認識の誤謬なるに驚き、その認識を離れられない以上、地獄二疋こそ我であることを ︵7 ︶ 信知したということである。それが、﹁念仏もうさんとおもいたつこころ﹂の発起という体験であり、この﹁念仏﹂ という行と、それを﹁もうさんとおもいたつこころ﹂という信が一つであるという行信の自覚が親驚の立脚地であ る また、その回心の体験を親鷲は、﹁教行信証﹄において、 雑 行 を 棄 て て 本 願 に 帰 す 。 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 三 八 一 頁 ︶ と本願に帰した体験として捉えている。﹁法然に帰す﹂や﹁念仏に帰す﹂ではなくして、﹁本願に帰す﹂との表白は、 流罪を通して師・法然と離別することによって﹃大経﹂を徹底的に聞思し、法然との出遇いの根源的意味を本願成 就丈に見出したことに起因すると考えられる。そもそも本願成就文とは、﹃大経﹂に説かれる、凡夫の身のままで 釈尊を﹁光顔轟々﹂として仰いだ阿難に対して、釈尊がその阿難に起きえている不思議の事実の意味を、本願の成 就としていい当てる教言である。 仏、阿難に告げたまわく、﹁それ衆生ありてかの国に生ずれば、みなことごとく正定の緊に住す。所以は何ん。 大 行 が 開 く 大 般 浬 般 市 道 i

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大行が開く大般浬繋道 }\ 四 かの仏国の中には、もろもろの邪緊および不定緊なければなり。十方恒沙の諸仏知来、みな共に無量寿仏の威 神功徳の不可思議なるを讃歎したまう。あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。 至心に回向せしめたまえり。かの固に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得て不退転に住せん。唯五逆と誹 誇 正 法 と を ば 除 く 。 ﹂ ︵ ﹃ 真 聖 全 ﹄ 一 ・ 二 四 頁 ︶ 衆生が仏に成ることによって如来を如来として覚知するのではなくして、凡夫が凡夫の身のままに如来を如来と して仰ぐという出来事は、阿難個人に起きた出来事ではなく、いつでも、どこでも、誰にでも起こる本願の成就で ある。このことを親驚は、自身が法然との出遇いを通して初めて自力の無効なることに目覚め、それによって初め ︵ 8 ︶ て仏を仏として仰げる者となったという体験を通してよくよく聞思していったに違いない。そして、法然との出遇 いの意味を、一個人法然に出会ったということではなく、﹁無量寿仏の威神功徳の不可思議なることを讃歎したま う﹂﹁十方恒沙の諸仏如来﹂との出遇いとし、自身に発起せる﹁念仏もうさんとおもいたっこころ﹂は、諸仏法然 が讃える﹁その名号を聞きて﹂起きた﹁信心歓喜乃至一念﹂であると、自覚化したのである。それは、法然との出 遇いを通しての、諸仏称名の歴史、即ち本願念仏の伝統の発見であり、自身もその歴史に召されたという意味をも ︵ 9 ︶ つ も の で あ る 。 そしてさらに親鷲は、﹁至心回向﹂を敬語で訓むことによって、その自身に発起せる﹁念仏もうさんとおもいた っこころ﹂さえ自身の力ではなく、阿弥陀如来の清浄願心の顕現であると領解したのである。 も し は 行 ・ も し は 信 、 一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまうところにあら、さることあることな し。因なくして他の因のあるにはあらざるなりと。 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 一 一 五 頁 ︶ この自身に発起する﹁念仏もうさんとおもいたつこころ﹂がどこまでも﹁如来の清浄願心の回向成就﹂の行信で あるという宣言は、行信の発起が真実との値遇であり、そしてそれは、衆生にはどこにも仏遣の因はないという白

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力無効の徹底を意味する。また、親驚は﹃尊号真像銘文﹄において至心を、 至心は、真実ともうすなり。真実ともうすは、如来の御ちかいの真実なるを至心ともうすなり。煩悩具足の衆 生は、もとより真実の心なし、清浄の心なし。濁悪邪見のゆえなり。 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 三 ・ 和 文 篇 ・ 七 一 一 一 I B − − 七 四 頁 ︶ と釈し、また、﹁一念多念文意﹂において、回向を、 回向は、本願の名号をもて十方の衆生にあたえたまう御のりなり。 ︵ ﹁ 定 親 全 ﹄ 二 了 和 文 篇 ・ 一 二 七 頁 ︶ と述べることから、行信の発起とは、如来の真実を自証することであり、それは名号を施与されるということであ る。勿論、真実を自証するといっても自分が真実となるわけではない。それは﹁煩悩具足の衆生は、もとより真実 の心なし、清浄の心なし﹂という、どこまでも救われることなき自身への目覚めであり、宿業の身への落在である。 このどこまでも無救済者であるという憐悔は、人聞からは起き得ない。人聞がどのように真面目に救済を欣求して も、それは自分を出発点にしている以上、絶望的ともいえる自己肯定の枠内から出ることが出来ないからである。 そのような人間心が徹底的に虚仮不実であることが知らされ、また、生涯その自己肯定の枠内から一歩も出ること ができないところに安住せしめられる。それは人聞からは起こりょうがないことであり、真実の白証としかいいよ うがないのである。親鷺はこのような真実のはたらきを如来の回向と自覚化したのである。 善知識に遇い念仏する者となったのはあくまで一衆生の体験であるが、行信が発起してみれば、その発起は全く 願心の回向によるもので、衆生の体験性を超えた事実そのものである。換言すれば、親驚が法然に出遇い念仏する 者となったという体験が、親驚個人の手を離れ、本願成就の事実として普遍化されたということである。ここに群 萌の大地に立った完全なる凡夫人、親鷲の誕生があるのである。 そして、この本願の成就の自覚こそ親驚の立脚地であり、ここに立って﹃教行信証﹄は書かれているのである。 大行が開く大般浬繋道 八 五

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大 行 が 開 く 大 般 浬 般 市 道 八 六 本願の成就とは、回心慨悔の自覚化であり、如来回向の体験なのである。であるからこそ、浄土真宗は回向から始 ま る の で あ る 。

二、親驚の方法論

このように、法然の選択本願念仏の信念との値遇における﹁念仏もうさんとおもいたつこころ﹂を親驚は﹁如来 の清浄願心の回向成就﹂の行信と捉えたのであった。そして、親驚はそれと同質の表白を、世親の﹁大経﹂ で あ る ﹃ 浄 土 論 ﹄ の 冒 頭 に 見 出 す 。 の 弘 一 醐 主 回 世 尊 我 一 心 一 帰 命 尽 十 方 無 碍 光 如 来 願 生 安 楽 園 この表白は勿論、﹁大経﹄の伝統に立った世親の本願成就の一心の表白であるが、親鷲はそれを﹃尊号真像銘文﹄ ︵ ﹃ 真 聖 全 ﹄ 一 ・ 二 六 九 頁 ︶ に お い て 、 ﹁帰命尽十方無碍光如来﹂ともうすは、帰命は南無なり。また帰命ともうすは、如来の勅命にしたがうこころ なり。尽十方無碍光如来ともうすは、すなわち阿弥陀如来なり。︵﹁定親全﹂三・和文篇・八六|八七頁︶ と註釈している。これらのことから、﹁我、一心に尽十方無碍光如来に帰命したてまつる﹂という一心帰命の信の 表白は、そのままで﹁称無碍光如来名﹂という称名念仏であり、その称名念仏が、﹁帰命尽十方無碍光如来﹂とい う名号の我への顕現に他ならない。名号とは、自身の外在的にある言葉でありつつも、信の表白そのものなのであ る。つまり、信心の表白が称名であり、称名として自身の上に表現される如来を名号というのである。 また親驚は、帰命は﹁如来の勅命にしたがうこころ﹂であるという。この﹁如来の勅命﹂としてすぐに想起され る の は 、 自 身 に 発 起 し て い る 一 心 と 本 願 の 二 一 心 の 願 意 を 問 、 っ た 、 所 謂 一 一 一 一 問 答 の 欲 生 釈 で あ る 。 親 鷲 は 欲 生 釈 に お

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い て 、 ﹁ 欲 生 ﹂ と さ 一 口 う は 、 す な わ ち こ れ 如 来 、 諸 有 の 群 生 を 招 喚 し た ま う の 勅 命 な り 。 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 一 二 七 頁 ︶ と註釈している。欲生というのは、﹁十方衆生﹂に呼びかけられている第十八・十九・二十願にある﹁欲生我国﹂ の教言であるから、衆生が﹁菩提心を発し、諸の功徳を修し心を至し発願して﹂︵第十九願︶という在り方であっ ても、﹁念を我が固に係けて、諸の徳本を植えて、心を至し回向して﹂︵第二十願︶という在り方であっても、決し て止むことなく﹁欲生我国﹂と呼び続けている法蔵菩薩の呼び声である。これは、欲生の願心が常に衆生の迷妄に 寄り添い、目覚めを促し続けているということを意味する。 つまり、﹁如来の清浄願心の回向成就﹂の行信は、法 蔵の﹁欲生我国﹂の呼び声が聞こえてきたということであり、法蔵菩薩が衆生の宿業の身を場所として阿弥陀と成 ったという本願の成就である。換言すれば、本願の成就とは、法蔵願心が衆生の上に阿弥陀として名告りをあげた ということであり、その名告りこそ生きて現にはたらく名号なのである。それは、﹁念仏もうさんとおもいたっこ ころ﹂として体験される自身の挙体の憐悔における南無の声が、そのまま法蔵の﹁欲生我国﹂の呼び声ということ で あ る 。 ここで注意したいのは、本願の成就といっても、仏の悟りを悟ってしまうのではなく、宿業の身を宿業の身とし てはっきりと知らされ、そこに安住せしめられることである。親驚の常の仰せに、 弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親驚一人がためなりけり。きれば、それほどの業をもちけ る身にでありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 四 ・ 一 言 行 篇 ︿ l ﹀ ・ 三 七 頁 ︶ とあるが、﹁それほどの業をもちける身﹂こそが、﹁たすけんとおぼしめしたちける本願﹂を感得するのである。こ の宿業の身、即ち本願文に即せば﹁唯除﹂され続けていく身こそ、本願の成就の場所である。﹁それほどの業をも 大行が開く大般湿繋道 人 七

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大 行 が 聞 く 大 般 浬 般 市 道 J¥ } \、 ちける身﹂を持つ、どこまでも徹底して救われることなどない衆生として自分を感覚するということが、そのまま 我一人にはたらいてやまない法蔵菩薩の願心の感覚なのである。 よって、この宿業の身を掘り下げて内観していくということが、常に我が身にはたらく法蔵願心を生き生きと感 覚する唯一の方法である。しかし、人聞は自分で自分のことを問うことは出来ない。何故ならば、﹁問う﹂のが自 分である以上﹁問うている自分﹂が残るからである。そのような人間に唯一自己を問うていく方法が許されるとす るならば、人聞を超え、人間を見抜いている仏の本願に、自身の事実をいい当てられる他ない。だから、親驚は本 願成就の自覚そのものである宿業の身に立って因願を探るという方法で、どこまでも背いていく身を内観し、そこ にはっきりと法蔵菩薩の願力を感得していくのである。 換言すれば、親驚は本願成就の自覚に立って、何故自分にそのような自覚が聞かれてきたのかを、本願の教えに 聞いていくということである。親驚は本願成就文の﹁聞其名号﹂の﹁聞﹂を、 ﹁聞﹂と言、つは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。 ︵ ﹁ 定 本 ﹄ 一 三 八 頁 ︶ と釈す。本願成就の自覚に立って、仏願の生起・本末を聞いていく。これが親驚の聞法であり、思索の方法論であ る。仏願の生起・本末を探っていくということを通して、仏道に立てた因はどこまでも自身にあるのではなく、仏 願の方に根拠があることを自覚化することによって、どこまでも自力無効の身が明瞭となっていく。そして、自己 が明らかになるということによってのみ、仏知日が明らかになり仰がれていくのである。 この成就に立って因願を探るという方法論で、﹃教行信証﹄は記されており、﹁行巻﹂も例外ではない。法然を通 みな共に如来無量寿仏の威神功徳の不可思議なることを讃歎したまう﹂を聞いたという事 実に立って、その因願の願意を推求していくことによって、念仏が、人間の手を離れて、如来の行である大行とし し て ﹁ 十 方 恒 沙 の 諸 仏 、 て顕かになっていくのである。

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三、諸仏称名の願成就丈 い う ま で も な く ﹁ 行 巻 ﹂ の 主 題 は 、 ﹁ 行 巻 ﹂ の 標 挙 の 丈 が 、 諸仏称名の願 浄土真実の行 選択本願の行 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 一 六 頁 ︶ と一不すように﹁諸仏称名の願﹂である。しかし、ここまでに繰り返し確認してきたように、成就に立って因願を推 求するという方法論に沿えば、﹁行巻﹂での親驚の立脚地は る 。 ﹁大経﹄諸仏称名の因願文より、むしろ願成就丈であ 願成就の文、﹃経﹄に言わく、十方恒沙の諸仏如来、 みな共に無量寿仏の威神功徳不可思議なるを讃嘆したま

一 八 頁 ︶ ︵ ﹃ 定 本 ﹄ この経言をよくよく聞思することによって、法然の懇ろなる教化の思徳に、﹁十方恒沙の諸仏如来﹂が﹁みな共 に無量寿仏の威神功徳不可思議なるを讃嘆したまう﹂事実を見出したのである。しかし、見出したといっても、諸 仏称名を聞いたという信心のところに見出したのである。信心を離れて諸仏は存在しない。信心の自覚によって、 諸仏を仰げる身となるのである。 その証拠に﹁行巻 l で ﹃ 大 経 ﹂ の諸仏称名の願成就丈が引かれた後に、引き続き﹃大経﹄からの引文として、 ﹁東方偏﹂の前の長行の無量寿仏の﹁威神無極﹂を説く文と、﹁東方偏﹂の中の仏の本願力を説く文が引かれる。 また言わく、無量寿仏の威神、極まりなし。十方世界無量無辺不可思議の諸仏如来、彼を称嘆せざるはなし、

また言わく、その仏の本願力、名を聞きて往生せんと欲えば、みなことごとくかの国に到りて自ずから不退転 大 行 が 開 く 大 般 浬 般 市 道 人 九

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大 行 が 聞 く 大 般 浬 般 市 道 九

に致る、と。己上 ︵ ﹃ 定 本 ﹂ 一 八 頁 ︶ そこではっきりと諸仏称名の願成就の内容として、諸仏の称名と、衆生の聞名における仏道成就が述べられるの ︵ U ︶ である。つまり、諸仏称名の願成就とは、諸仏の称名であり、衆生の聞名である。 それは、諸仏善知識との値遇のところに仏道の全てがあるということである。親鷲でいえば、法然との出遇いに 全てがある。回心のところに本願が成就しており、その後の歩みは、本願成就の自覚の徹底であり、段階的な歩み ではない。本願念仏の伝統の発見のところにすでにして仏道成就があるのである。

四、諸仏称名の因願文

︵ 日 ︶ そして、親驚は法然によって諸仏の称名を聞いたという事実に立って、その意味を因願に尋ねていく。﹁行巻﹂ で親鷲は、諸仏称名の困願文とその成就丈の間に、﹃大経﹄﹁重誓偏﹂の丈を引く。 また言わく、我仏道を成るに至りて名声十方に超えん。究寛して聞こゆるところなくは、誓う、正覚を成らじ、 と。衆のために宝蔵を聞きて広く功徳の宝を施せん。常に大衆の中にして説法師子肌せんこと。抄要 ︵ ﹃ 定 本 ﹂ 一 八 頁 ︶ この引丈の次第から、﹁重誓偏﹂の文は、因願を補説していると考えられる。 つまりこの﹁重誓偏﹂の丈に、親 驚は法然との出遇いの意義を聞いていくのである。 この﹁重誓偶﹂ではまず﹁名声十方に超えん﹂と、諸仏の称名が十方を超えて広がっていくことが誓われる。こ れは、到底仏法が聞ける機根でない自分のところにも諸仏称名が届いたという事実をいい当てていると考えられる。 そして次の﹁究寛して聞こゆるところなくは﹂というのは、衆生に諸仏の称名を聞こえさせようということである。

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このことが意味するのは、諸仏称名の願意は、諸仏の称名を通じて、衆生における聞名が誓われているということ である。また、続く﹁衆のために宝蔵を聞きて広く功徳の宝を施せん﹂というのは、衆生の聞が法蔵を立ち上がら せ万徳の凝集した名号となり、浬般市を衆生に開示せしめるということであろう。そして最後の﹁常に大衆の中にし て説法師子肌せん﹂とは、諸仏の称名といっても具体的な大衆の中における説法師子肌のことであり、親驚におい ては吉水の和合衆の中で、﹁善き人にも悪しきにも、同じように、生死出ずべきみちを﹂説いてやまない法然その 人こそ、諸仏称名の最も具体的な姿、だということであろう。 これらをまとめると﹁重誓偶﹂には、次のことが誓われているように思われる。 一、諸仏が阿弥陀をほめ称える名声を十方に超えさせる 二、諸仏の称名が衆生に聞こえないことがない 三、名号が聞こえた衆生に浬繋を開示する 四、諸仏の称名は、具体的な和合衆における師の教説である これらのことから、親驚は﹁諸仏称名の願﹂の願意を、具今体的には師である法然に見出した諸仏の称名と、その 称名が具体的な和合衆を通して自身に聞こえ、浬繋を聞いてくることとして尋ね当てたということである。それは 先述した、第十七願成就の事実は第十八願成就と離れてあるわけではない、ということと重なっており、成就の事 実の因が見事に尋ね当てられているといえよう。 つまり、諸仏称名の願意は、諸仏に阿弥陀を讃嘆させるというこ とと、その讃嘆の声を衆生に聞かしめるということであり、間名せしめられた衆生には﹁しらず、もとめざるに﹂ 浬繋が開示されるということである。また、その諸仏称名は具体的な師を通して感得されるということなのである。 大 行 が 開 く 大 般 浬 般 市 道 九

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大 行 が 開 く 大 般 浬 般 市 道 九

このような思索に立って親驚は﹁行巻﹂を、 謹んで往相の回向を案ずるに、大行あり。大信あり。 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 一 七 頁 ︶ の語にて始める。これは、親驚の顕かにした浄土真宗という仏道は、如来回向から始まり、回向を離れて大行はな いということであり、また、﹁行巻﹂の冒頭の丈であるにも関わらず、﹁大信﹂が述べられるのは、衆生聞名を離れ て、諸仏称名はないからである。 つまり、大行とは、諸仏が阿弥陀を讃嘆することであり、同時に、自身の聞名における﹁念仏もうさんとおもい たつこころ﹂に始まる称名念仏のことである。だから、 大行とは、すなわち無碍光如来の名を称するなり。 という具合に、大行を行じる主体︵主語︶が述べられないのである。また、その行は、 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 一 七 頁 ︶ すなわちこれもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。 ︵ ﹁ 定 本 ﹄ 一 七 頁 ︶ と述べられる。ここですぐに想起されるのは、﹃論﹄ の 不 虚 作 住 持 功 徳 で あ る 。 観仏本願力遇無空過者能令速満足功徳大宝海 ︵ ﹃ 真 聖 全 ﹂ 一 ・ 二 七

O

頁 ︶ この功徳は浄土二十九種荘厳の仏荘厳の一つであるが、親驚は大行に不虚作住持功徳のはたらきを見ているので ある。それは大行が開示する一乗海を成り立たしめる海のはたらきの内容として不虚作住持功徳が引かれることか らも見て取れる。そこで親鷲は曇驚の﹃浄土論註﹄ の不虚作住持功徳の註釈を引く。

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﹃浄土論﹄に日わく、﹁何者か荘厳不虚作住持功徳成就、偏に、仏の本願力を観ずるに、遇、って空しく過ぐる者 な し 、 よ く 速 や か に 功 徳 大 宝 海 の 満 足 せ し む が 故 に 、 と 一 二 一 口 え り o ﹂不虚作住持功徳成就は、けだしこれ阿弥陀 如来の本願力なり。今まさに略して、虚空の相を住持にあたわさるを示して、もってかの不虚作住持の義を顕 す。乃至 一一百うところの不虚作住持は、本法蔵菩薩の四十八願と、今日阿弥陀如来の自在神力とに依る。願も って力を成ず、力以って願に就く。願、徒然ならず、力、虚設ならず。力願相符うて畢寛じて差わず。かるが ゆ え に 成 就 と 日 う 。 ︵ ﹁ 定 本 ﹂ 七 九 頁 ︶ 曇驚の註釈によれば、不虚作住持功徳は、﹁本と法蔵菩薩の四十八願﹂と﹁今日阿弥陀如来の自在神力﹂として 衆生にはたらく。果力の阿弥陀とは、言葉にまでなって下さった如来、南無阿弥陀仏の名号に他ならない。そして、 その智慧の名号に凡夫が遇、つということを実現せしめるのが、衆生の聞に身を投じて衆生に根源から呼びかけ続け る法蔵菩薩の願力なのである。 つまり、親驚が法然に遇い念仏するものになったということは、法然を通して阿弥陀の智慧の名号に触れ︵諸仏 称名︶、自身の内面にはたらく法蔵願力によって︵衆生聞名︶、無明の聞が破られ、宿業の身に落在せしめられたと い う こ と に 他 な ら な い 。 また、先述したように親驚は、信心の表白がそのままで称名念仏であり、その称名念仏こそが名号の顕現である と捉えていた。そしてその自身に発起せる﹁念仏もうさんとおもいたつこころ﹂としての名号を次のように註釈す る 真実功徳ともうすは、名号なり。 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 三 ・ 和 文 篇 ・ 一 四 五 頁 ︶ の﹁我依修多羅真実功徳相﹂に起因する語であり、﹃論﹂ の丈脈に沿えば浄土の功徳荘厳のことであるが、親驚は名号として捉えているのである。そして、その真実功徳相 ここでのいわれる真実功徳とは、元々世親の﹃浄土論﹄ 大 行 が 開 く 大 般 浬 般 市 道 九

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大行が聞く大般浬繋道 九 四 の﹃論註﹂における註釈箇所を﹁行巻﹂に引用している。 ﹁真実功徳相﹂は、二種の功徳あり。 一つには、有漏の心より生じて法性に順ぜず。 いわゆる凡夫人天の諸 善・人天の果報、もしは因・もしは果、みなこれ顛倒す、 みなこれ虚偽なり。このゆえに不実の功徳と名づく。 二つには、菩薩の智慧・清浄の業より起こりて仏事を荘厳す。法性に依って清浄の相に入れり。この法顕倒せ ず、虚偽ならず、真実の功徳相と名づく。いかんが顛倒せざる、法性により二諦に順ずるがゆえに。いかんが 虚偽ならざる、衆生を摂して畢寛浄に入るがゆえなり。 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 三 一 七 頁 ︶ ここでは、真実功徳相に、不実の功徳と真実の功徳という二種類があることが述べられる。 如来の真実が二つあるように見えるが、不実である衆生が不実を自覚することは有り得ない。ということは不実の 一 見 、 衆 生 の 不 実 と 、 自覚を起こさしめる体がなければならない。ぞれが因位の法蔵菩薩なのである。そして、衆生に不実を不実として 自覚せしめるということが真実の顕現であり、法蔵が阿弥陀となるということなのである。つまり、名号は、衆生 に不実の身を教える法蔵菩薩の因のはたらきと、法性に依って清浄であるという阿弥陀如来の果のはたらきを内包 した言葉であるということである。換言すれば、名号とは、衆生の不実を包みながらも、真実としてはたらくこと によって﹁衆生を摂して畢寛浄に入﹂らしむるという真実功徳なのである。 こ れ ら の ﹃ 論 註 ﹄ の教説に導かれて、親驚は、 真実功徳ともうすは、名号なり。 一実真如の妙理、円満せるがゆえに、大宝海にたとえたまうなり。 一 実 真 如 と も う す は 、 無 上 大 浬 般 市 な り 。 : ・ 中 略 ・ : ﹁ 大 宝 海 ﹂ は 、 よ ろ ず の 善 根 功 徳 み ち き わ ま る を 、 海 に た と え た ま う 。 この功徳をよく信ずるひとのこころのうちに、すみやかに、とくみちたりぬとしらしめんとなり。 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 一 二 ・ 和 文 篇 ・ 一 四 五 | 一 四 八 頁 ︶ と了解するのである。この註釈によって明らかなのは、衆生は名号に帰した端的に、無上浬繋の功徳をはっきりと

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自証するということである。また、無上浬繋の功徳を自証するということは、果上の阿弥陀と因位の法蔵としては たらく本願力として感覚するということであり、本願が衆生の宿業の身を場所に成就したということである。 親驚のこのような了解から、大行が﹁極速円満﹂し﹁真如一実の功徳宝海﹂であるということは、衆生が行じる 行ではなく、浬般市自身が名号として現前してくるはたらきであるということができるのである。 しかし、そもそも浬撲というのは、 いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。ことばもたえたり。 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 二 一 ・ 和 文 篇 ・ 一 七 一 頁 ︶ とあるように、衆生からすれば全く捉えることのできないものである。その浬般市が、 この一如よりかたちをあらわして、方便法身ともうす御すがたをしめして、法蔵比正となのりたまいて、不可 思議の大誓願をおこして、あらわれたまう御かたちをば、世親菩薩は、尽十方無碍光如来となづけたてまつり た ま 、 え り 。 ︵ ﹁ 定 親 全 ﹄ 三 ・ 和 文 篇 ・ 一 七 一 頁 ︶ とあるように、﹁念仏もうさんとおもいたっこころ﹂として現行してくる。衆生の宿業の只中に身を投じ、安危を 共にして下さっている法蔵菩薩が、衆生の分別を突き破って名告りをあげる。このような浬繋が法蔵としてはたら き、衆生の宿業の身を場として阿弥陀と成るという事象を、世親は﹁尽十方無碍光如来﹂と名づけ、親鷲は大行と して顕揚するのである。この本来不増不滅であるはずの浬繋が法蔵となって立ち上がって下さったということが大 ︵ 円 ︶ 悲の現行である。だから、諸仏称名の願は﹁大悲の願﹂と呼ばれ、 ﹂ の 行 は 、 大 悲 の 願 よ り 出 で た り 。 ︵ ﹃ 定 本 ﹂ 一 七 頁 ︶ と、大行が大悲の現行であることが明らかにされるのである。換言すれば、我々のこの宿業の身が、浬繋を立ち上 がらせたのである。この道理の詳細を明らかにしているのが、﹁行巻﹂に願成就の内容として引かれる次の ﹃ 如 大 行 が 開 く 大 般 浬 般 市 道 九 五

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大行が開く大般浬繋道 九 六 会 ﹂ の 文 で あ る 。 ﹁無量寿如来会﹂に言わく、いま如来に対して弘誓を発せり。当に無上菩提の因を証すベし。もしもろもろの 上願を満足せずは、十力無等尊を取らじ、と。心あるいは常行に堪ざらんものに施せん。広く貧窮を済いても ろもろの苦を免れしめ、世間を利益して安楽ならしめん、と。乃至最勝丈夫修行し巳りて、かの貧窮におい て伏蔵とならん。善法を円満して等倫なけん。大衆の中にして師子肌せん、と。己上抄出 ここでの﹁かの貧窮において伏蔵とならん﹂とは、まさに貧窮としかいいようのない衆生の宿業の身に伏して下 さっている法蔵願心のはたらきに他ならず、﹁当証無上菩提因﹂とは、法蔵が衆生の宿業の身に伏して仏道の因と ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 一 九 頁 ︶ なるということある。 つまり、法蔵菩薩が衆生一人一人の宿業となって伏して下さるからこそ、宿業の身のままに 安住せしめられ、宿業の身が歩みの主体となるのである。 このような浬繋が法蔵菩薩として立ち上がり、衆生の宿業に身を伏し、そこを場所として阿弥陀となることによ って、凡夫が凡夫のままに浬繋道に立つ。ここに大行の真面目があるのである。換言すれば、浬繋の大悲としての 現行を回向というのであり、それが衆生の上に実現するこ側面が大行であり大信なのである。浬繋が名号となって ︵ 初 ︶ 我々衆生にはたらく、もっといえば、法蔵願心が我々の分別を突き破って名告りをあげる。それを往相回向による 大行というのである。

おわりに

ここまでに確認してきたように、大行とは、善知識との値遇に聞かれる聞名と称名の事実であり、それは根源的 には、不虚作住持功徳の自証であり、浬般市の現行である。浬般市は、困力と果力よりなる本願力として衆生にはたら

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くのである。だからこそ、大行のはたらきは、 しかれば名を称するに、能く衆生の一切の無明を破し、能く衆生の一切の志願を満てたまう。称名はすなわち これ最勝真妙の正業なり。正業はすなわちこれ念仏なり。念仏はすなわちこれ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀 仏はすなわちこれ正念なりと、知るべし左。 ︵ ﹃ 定 本 ﹂ 一 一 一 二 頁 ︶ というように、﹁破闇︵果︶満願︵悶︶﹂として述べられるのである。 また、大行に浬繋のはたらきが﹁みちみちる﹂とは、悟りを悟ってしまうということではなく、﹁能く衆生の一 切の無明を破し、能く衆生の一切の志願を満てたまう﹂ということであり、それは本願が成就したということであ る。そして、法蔵菩薩の志願である本願が衆生に成就するということは、衆生の無明の聞が破られ宿業の身に安住 せしめられるということであり、それが衆生の分別で考えた志願ではない本当の志願が満ちるということなのであ る。だから名号のはたらきとしての本願力に遇った衆生は凡夫に安住することが出来、そのままで無上浬繋にいた る 身 と な る の で あ る 。 このような、どこまでも宿業の身にかえっていくという自力無効の徹底こそ、浬繋のはたらきであり、﹁しらず、 もとめざるに、功徳の大宝、そのみにみちみつ﹂という大行なのである。ここに念仏による往生浄土というこ元的 な求道方向を超えて、浬般市から衆生へのはたらきとしての大行によって無上浬般市道が聞かれるのである。ここに来 たって初めて仏道の因果が全く衆生から離れ、我々は何ら力むことなく無上浬繋にいたる道を歩むことが出来るの で あ る 。 大行が聞く大般浬繋道 九 七

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大 行 が 開 く 大 般 浬 繋 道 参考文献 ・﹁教行信証講義集成﹄/中山書房 ・山辺習学・赤沼智善﹃教行信証講義﹄教の巻行の巻/法裁館 ・星野元豊﹃講解教行信証﹂教の巻行の巻/法裁館 ・寺川俊昭﹁教行信証の思想﹄/文栄堂 九 )¥ 凡 例 て旧漢字・旧仮名遣いは、原則として現行の字体に改めた。 一、原漢文のものについては、﹃真宗聖典﹄︵東本願寺出版部︶を参考に、筆者が書き下した。また、和文のものについ ても﹁真宗聖典﹄を参照して、筆者が適宜整文した︵原漢文のままのほうが意味が通りやすいものは原漢文のま ま と し た ︶ 。 一、次の経論釈は、左記のように略記した。 ﹁仏説無量寿経﹄:・::

j

i

− − : : ﹃ 大 経 ﹄ ﹃無量寿経優婆提舎願生傷﹄:::﹁浄土論﹄/﹃論﹄ ﹃ 無 量 寿 経 優 婆 提 舎 願 生 傷 註 ﹄ ・ : : : ・ ﹃ 浄 土 論 註 ﹂ / ﹁ 論 註 ﹄ ﹁ 顕 浄 土 真 実 教 行 証 文 類 ﹂ : ・ ji − − : : ﹁ 教 行 信 証 ﹄ 一、引文の出典は、左記のように略記した。 ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ ︵ 法 裁 館 ︶ : ・ ・ : : ﹃ 定 本 ﹄ ﹃ 定 本 親 驚 聖 人 全 集 ﹄ ︵ 法 裁 館 ︶ : : : : ﹃ 定 親 全 ﹄ ﹃ 真 宗 聖 教 全 書 ﹄ ︵ 大 八 木 興 文 AZi − − ﹁ 真 聖 全 ﹄ 一 、 人 物 の 敬 称 は 省 略 し た 。 一 、 ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ に つ い て は 贋 本 ︵ 高 田 専 修 寺 蔵 ︶ 、 集﹄第三巻所収︶を底本とした。 ﹁ 唯 信 紗 文 意 ﹄ は、高田専修寺本︵いずれも ﹃ 定 本 親 驚 聖 人 全

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註 ︵ 1 2 親驚にとって浄土真宗という仏道は、師・法然の顕示した選択本願念仏における往生浄土の仏道を指すことは言 を侠たない。そして﹁選択本願念仏集﹂の論難を法然の弟子の一人として背負い、それに応えようとしたのが ﹃教行信証﹄である。よって﹃教行信証﹄は論難に応えるために、大乗仏教の知見によって念仏往生の仏道を換 骨奪胎、再構築し、法然の仏道を無上浬般市道として堂々と顕示するのである。そして凡夫に浬般市を開示する本願 の道理が﹁如来の本願力回向﹂である。よって、必然的に﹁教行信証﹄の主題は、湿般市と回向ということになる と 考 え ら れ る 。 明治期において﹁今親驚﹂と呼ばれた仏者・清沢満之は、浄土真宗における自身の信仰を﹁我が信念﹂として表 白した。ここでは自覚的信仰という意味を強調したかったので使用した︵岩波書店﹁清沢満之全集﹄第六巻・一二 三 O 頁 ︶ 。 この方法論は曇驚の﹃浄土論註﹄から継承していると考えられる。﹃論註﹄では、荘厳功徳を明らかにする際に、 上巻では﹁仏本所以﹂、下巻では﹁云何不思議﹂と述べられる。これは、不思議の体験に立って、その根拠を仏 願 に 求 め て い る の で あ る 。 ﹃ 定 親 全 ﹄ 四 ・ 言 行 篇 ︵ 1 ︶ ・ 五 頁 ﹃ 定 親 全 ﹄ 四 ・ 言 行 篇 ︵ 1 ︶ ・ 五 頁 ﹃ 定 親 全 ﹄ 四 ・ 言 行 篇 ︵ l ︶ ・ 五 頁 ﹁ 定 親 全 ﹄ 四 ・ 一 言 行 篇 ︵ 1 ︶ ・ 四 頁 親驚は法然の﹁ただ念仏﹂の教説との出遇いによって地獄二厄の自覚を得、その凡夫の身のままに、 阿弥陀如来化してこそ本師源空としめしけり 化 縁 す で に つ き ぬ れ ば 浄 土 に か え り た ま い に き ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 二 ・ 和 讃 篇 ・ 二 二 五 頁 ︶ と、愚痴の法然一房として生きた法然を阿弥陀の化身として仰いだのである。 ﹁ 歎 異 抄 ﹄ で は 、 たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそ、つろう。 そのゆえは、自余の行もはげみて、仏になるべかりける身が、念仏をもうして、地獄にもおちてそうらわば こそ、すかされたてまつりて、という後悔もそうらわめ。いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄 は 一 定 す み か ぞ か し 。 ︵ ﹁ 定 親 全 ﹄ 四 ・ 言 行 篇 ︿ 1 ﹀ ・ 五 | 六 頁 ︶ ︵3 ︶ ︵4 ︶ ︵ 5 ︶ ︵ 6 ︶ ︵ 7 ︶ ︵ 8 ︶ 9 大 行 が 開 く 大 般 浬 般 市 道 九 九

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大 行 が 開 く 大 般 浬 繋 道

︵ 叩 ︶︵日︶ ︵ ロ ︶ と法然との出遇いを語った親驚が即座に、 弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御 釈、虚言したまう、べからず。善導の御釈まことならば、法然のおおせそらごとならんや。 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 四 ・ 言 行 篇 ︿ 1 ﹀ ・ 六 頁 ︶ と弥陀の本願に直結している。これが法然を通して本願の歴史に参画したということである。 ﹃ 定 本 ﹄ 一 一 七 O 頁 ﹃ 定 本 ﹄ 三 九 六 頁 ここまでに確認してきたように成就文は直接回心の体験を言い当てた教説であり、因願文はその成就の根源力を 示している。よって、成就文のほうが直接的な立脚地なのである。 この﹃大経﹄下巻の﹁東方偶﹂の前の長行の文と﹁東方偏﹂の中の文は﹁また言わく﹂の接続詞によって引用さ れる。このことからこの二文は、﹃大経﹄諸仏称名願成就文を補説していると考えられる。 ここでの﹁其仏本願力﹂を親驚は﹃尊号真像銘文﹄において、 ﹁其仏本願力﹂というは、弥陀の本願力ともうすなり。﹁聞名欲往生﹂というは、聞というは、如来のちかい の御なを信ずともうすなり。欲往生というは、安楽浄剃にうまれんとおもえとなり。﹁皆悉到彼国﹂という は、御ちかいのみなを信じてうまれんとおもう人はみなもれず、かの浄土にいたるともうす御ことなり。 ﹁自致不退転﹂というは、白は、おのずからという。おのずからというは、衆生のはからいにあらず、しか らしめて不退のくらいにいたらしむとなり。自然ということばなり。致というは、いたるという、むねとす という。如来の本願のみなを信ずる人は、自然に不退のくらいにいたらしむるをむねとすべしとおもえとな り。不退というは、仏にかならずなるべきみとさだまるくらいなり。これすなわち正定緊のくらいにいたる を む ね と す べ し と 、 と き た ま え る 御 の り な り 。 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 三 ・ 和 文 篇 ・ 七 六 | 七 七 百 ハ ︶ と註釈する。一読して明らかなように本願成就文に基づいた註釈であり、開名が信心の発起であり、それは﹁安 楽浄利にうまれんとおもえ﹂という如来の勅命であるとおさえられ、そこに住正定緊の生が聞かれることが述べ ら れ て い る 。 成就に立って因願を探り当ててみれば、因願があったからこそ成就という事実がこの身におきているのであった、 と、自身の成就に先立って悶願を感得するのである。、だから親驚は、各巻の冒頭に因願を引き、それに続けて成 13 14 15

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就 文 を 引 く の で あ る 。 この道理については次章において考察する o T 疋親全﹄三・書簡篇・一八七|一八八頁 全く同じ内容を託して親驚は名号を次のように註釈する。 ﹁尊号﹂ともうすは、南無阿弥陀仏なり。﹁尊﹂は、とうとくすぐれたるとなり。﹁号﹂は、仏になりたまう てのちの御なをもうす。﹁名﹂は、いまだ仏になりたまわぬときの御なをもうすなり。この如来の尊号は、 不可称・不可説・不可思議にましまして、一切衆生をして無上大般浬般市にいたらしめたまう、大慈大悲のち か い の 御 な な り 。 ︵ ﹁ 定 親 全 ﹄ 三 ・ 和 文 篇 ・ 一 五 六 頁 ︶ このことからも明らかなように、名号とは、因位法蔵願力と呆上の阿弥陀の光明によってはたらき、﹁一切衆 生をして無上大般浬繋にいたらしめたまう、大慈大悲のちかいの御な﹂なのである。 本論では、現行という語を﹁現象として具体的に現れること。また現象として現れたもの o ﹂ ︵ ﹁ 岩 波 仏 教 辞 典 ﹄ ︶ と い う 意 味 で 使 用 し て い る 。 親 驚 が ﹃ 一 念 多 念 文 意 ﹄ に お い て 、 回向は、本願の名号をもて十方の衆生にあたえたまう御のりなり。 と述べているのはこの事実を表していると考えられる。 ︵ 日 ︶︵口︶ ︵ 国 ︶ 19 ︵ 却 ︶ 大 行 が 開 く 大 般 浬 般 市 道 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 三 ・ 和 文 篇 ・ 一 二 七 頁 ︶

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