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政治的ストライキと団体行動権の保障

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(1)次. 判例・学説批判. 労働者の政治参加としての政治スト. ストライキの目的と労働基本権の歴史的性格. 佐. 藤. 一︵. ︶. 昭. 夫. 政治的ストライキと団体行動権の保障. 目. 判決の論理と労組法. i石井説︵団交中心論︶批判・1ー 団交中心論と資本制法秩序. 一. 団結目的の拡大と不法行為責任. ー石井説︵側杖論︶批判・21. 政治的ストライキと団体行動権の保障. 一. 政治ストと民事責任. 二. 政治ストと憲法二八条. 二. 一. 最高裁判決の論理と労働組合法. 政治スト論の問題性. 二 一 三 四.

(2) 論 五. ニ. ニッパーダイ理論腰違法目的理論. 西独の新聞ストとニッパーダイの変説. ストライキと債務不履責任. 説︵佐藤︶. 三 側杖論の批判. 四 労働者の要求といわゆる純粋の政治スト 安保六・四判決と政治ストニ分論. ー沼田説・渡辺説批判− 一. 二 沼田理論についてートレード・ユニオニズムと憲法二八条 四 理論の実際的作用. 三 渡辺理論について1価値法則といわゆる純粋の政治スト. i二八条説への批判にこたえてー. お わ り に. 政治スト論の問題性. 二︵二︶. は高揚した︒だがこれにたいして︑一九四七年の二こゼネストを禁止したマッカーサー声明以後︑政令二〇一号に. 解放の一時期には︑労働者の生活危機克服のための闘争は︑目本再建の路線をめぐを闘争をふくめて闘かわれ︑運動. 影響をあたえようとする伝統的な労働運動の手段が︑政治ストである︒戦後わが国の労働運動をみると︑敗戦直後の. や民主主義の擁護といったーに当面せざるをえない︒そして権力者にたいする大衆の抗議・抵抗を組織し︑政治に. くすぐれて政治の問題−革命の問題はしばらくさておくとしても︑職業的利益との関連の比較的かくれている平和. 国の政治が人権抑圧と戦争の方向に傾むくかぎり︑労働者の人間的生存をまもるためには︑労働組合もまた︑ひろ. 山 ノ、.

(3) はじまる公務員のスト禁止︑朝鮮戦争開始直後におこなわれた全労連解散命令︑全産業にわたるレッド・︒ハージと︑. 労働運動への相つぐ抑圧がくわえられる︒そして︑こうした条件のもとで政府は︑一九五一年︑アメリカ陣営との単. 独講和︑日米安保条約による占領体制の再編強化をおこない︑アメリカの極東における反共および民族抑圧の砦とし て︑決定的一歩をふみだした︒ ︵一︶. この間︑日本の労働者は︑朝鮮戦争にさいしてたとえ部分的ないし孤立的であったにせよ︑軍需品生産と軍事輸送. に直接反対する闘争をおこない︑また単独講和にたいしては︑総評をはじめとし多くの労働組合が︑全面講和︑中立. 堅持︑軍事基地反対︑反軍備反対のいわゆる平和四原則をかかげて︑反対運動を展開した︒そして翌五二年︑破防法. 制定︑労働法規改正がくわだてられたとき︑ようやくその力を回復しつつあった労働組合は︑これに反対して五波︑. 約三〇〇万の労働者の参加した︑いわゆる労闘ストをおこなうにいたる︒またその後も︑政府のこうした方向への政. 治の継続・強化は︑平和と人権の問題をめぐ︑って労働者の政治闘争を︑つぎつぎにひきおこしていった︒警職法闘争︑. 安保闘争︑日韓条約反対︑ベトナム反戦︑沖縄におけるB52撤去要求のストライキ︑七〇年安保闘争など︑犠牲を強. いられ︑危険を感じる労働者の政治ストが︑国民の抵抗運動の中心として闘かわれてきたのである︒. ところで︑政治ストが現実に政府の政策に障害をあたえる政治的力量をもち︑また労働者を中心とする国民の攻治. 意識をたかめ︑その団結と闘争力を発展させるに役立つ可能性を持つかぎり︑支配者層のもっとも嫌うところとなる ︵二︶. のは当然である︒それだから︑平和四原則をかかげた総評にたいする占領軍の警告・威嚇︑四原則をおろした全繊︑. 三︵三︶. 海員等にたいする賞揚︑などからはじまって︑権力の側からは︑労働者の政治闘争への露骨な攻撃が︑くりかえしお 政治酌ストライキと団体行動権の保障.

(4) 論. 説︵佐藤︶. 四︵四︶. こなわれてきた︒とくに労働運動をひろく敵にまわすのが不利益となれば︑労働組合の経済的機能を一定限度におい. てみとめながら︑その政治行動をきびしく抑制することにより︑運動内部の対立を促進するという攻策が︑重要な意. 味をもってくる︒現在︑安保条約は七〇年六月をすぎて自動延長となったが︑それは実質上核安保・アジア安保とい. われるものにまで増強され︑沖縄問題にみられるように矛盾はふかまっている︒こうしたなかで政治ストの問題は︑. これらの矛盾の根源にまで眼をむける労働運動の成長と︑これを変質させようとする権力の側の志向との︑主要な対 決点の﹁つとなっているようである︒. ﹁勤労者の団結. こうした政治ストの是非は︑−まず第一に攻治的に︑そして運動論的に問題となる︒しかしそれはまた︑抽圧の主張. と関連して︑政治的利害を反映しつつ法理論的にも︑争そわれざるをえない︒目本国憲法二八条は︑. する権利及び⁝⁝団体行動をする権利は︑これを保障する﹂としているからである︒この政治的事情に︑憲法の労働. 基本権保障は争議目的による制限を規定していないのにもかかわらず︑政治ストの正当性について︑解釈の対立がは. げしさをますゆえんがある︒すでに最高裁は︑全逓東京中郵事件︵一九六六・一〇二一六︶における政治スト牽制に. ひきつづき︑安保六・四事件︵六九・四・二︶では︑安保闘争に関連して︑公務員法違反としてあおり罪成立をみと. める判断をしめした︒そして判決を批判し無罪を主張する側においても︑安保闘争を憲法二一条の保障する表現の自. 由とだけみるか︑あるいは二八条の団体行動権の行使でもあるのか︑の点については︑見解がわかれている︒その見. 解の相違は︑政治ストを肯定する側に多少の戸迷いを感じさせ︑また運動論にも微妙な関連・影響をもつと思われる︒ ︵三︶ 政治ストの法律論については︑これまで数多くの論稿が重ねられている︒筆者もまた何度かその見解を公けにした.

(5) し︑その考えはかわっていない︒それにもかかわらず︑本稿がこの問題の再検討を意図したのは︑こうした現実的.. ︵野村平爾教授還暦記念・団結活動の法理︑一九六二年︑日本評. 大河内一男・大友福夫﹁戦後労働運動吏﹂︵日本資本主義講座七巻︑一九五四年︑岩波書店︶一七八ぺージ以下︒. 理論的状況のゆえで あ る ︒ ︵一︶ ︵二︶ 前掲書二一〇五ぺージ参照︒. ㎝九六三年︶︑. ︵岡倉古志郎・ベトナム戦争とわたくしたち︑一九六六年︑労働旬報. 二二〇ぺージ以下︶︑同﹁争議行為の正当性−公共企業体等職員の政治スト﹂︵法学セミナー八八号︑. ︵三︶ 佐藤昭夫﹁争議行為の民事免責i政治スト論のために﹂ 論新社︑. 同﹁労働者は政治的行動に立ちあがる必要と権利がある﹂. 社︑補論五九ぺージ以下︶︑同・労働法学の課題︵一九六七年︑目本評論社︶一五〇ぺージ以下︑一六四ぺージ以下など︒. 最高裁判決の論理と労働組合法 ー石井説︵団交中心論︶批判・11. 政治的ストライキと団体行動権の保障. 五︵五︶. 為にも︑刑事免責のあることを承認した︒しかしその傍論で︑正当性の限界をこえるものの例示として︑ ﹁争議行為. 高裁大法廷は︑中郵事件判決︵一九六六・一〇・二六︶において従来の判例を変更し︑公労法適用の労働者の争議行. 免責︑争議行為処罰規定のおよびうる範囲︑などの問題をめぐって︑政治ストの正当性は︑刑事上も争そわれる︒最. 現在︑政治ストをそれとして禁止する刑罰法規は存しない︒しかし公労法や公務員法における争議行為禁止と刑事. 判決の論理と労組法. 二.

(6) 論. 説︵佐藤︶. 六︵六︶. ﹁使用者たる国に対する経済的地位の維持・改善に直接関係があ. が労組法一条一項の目的のためでなくして攻治的目的のために行なわれたような場合﹂をあげている︒また安保六・ 四事件︵六九・四・二︶では︑争議行為の目的が︑. るとはいえない﹂ものであったこと︑その他を理由として︑争議行動の遂行をあおった被告人らの処罰を是認した︒. さらに民事上の間題となると︑公務員・公企体等労働者だけでなく︑民間労働者にまで︑その影響する範囲はひろい︒. 下級審では︑政治ストを理由とした解雇を︑有効とするものさえあらわれている︵全港湾名古屋全検分会事件︑名古. 屋地裁一九六八・九・九判︶︒しかし他面︑こうした見解を批判し︑政暴法反対闘争がその目的において正当であり︑. これを理由に懲戒することはできない︑とする判決もみられる︵七十七銀行事件︑仙台地裁︑一九七〇・五・二九 判︶︒. 政治ストの正当性について︑民事責任の問題となると︑使用者の権利との関連で︑刑事責任の場合とは多少異なっ. た論点にふれる必要も生じてこよう︒だが刑事民事の両者に共通する基本的問題は︑政治ストが団体行動権の行使と. して︑憲法により保障されるものか否か︑ということである︒そこで︑使用者の権利との関連の詳細は後にまわし︑. 最高裁の中郵︑安保の二つの判決の︑右の基本点にかんする見解から︑検討していくことにする︒. まず︑最高裁が政治ストを正当性の限界をこえるとみる根拠にかんしていえば︑二つの判決の問に︑基本的な差は. みられない︒中郵事件判決は︑ ﹁労働基本権の保障の狙いは︑憲法二五条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念. とし︑﹂﹁経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として︑その団結権︑団体交. 渉権︑争議権等を保障しようとするものである︒﹂との理解に立ち︑﹁争議行為は︑正当な限界をこえないかぎり︑憲.

(7) 法の保障する権利の行使﹂にほかならず︑. ﹁労組法の目的を達成するためにした正当なもの炉刑事制裁の対象となら. ないことは︑当然のこと﹂だが︑ ﹁もし争議行為が労組法一条一項の目的のためでなくして政治的目的のために行な. ﹁裁判所の職員団体の本来の目的にかんがみれば︑使用者たる国に対する経済的地位の維持・. われたような場合﹂には︑ ﹁憲法二八条に保障された争議行為としての正当性の限界をこえる﹂とする︒これにたい して安保事件判決は ︑. ﹁経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保する. 改善に直接関係があるとはいえない︑このような政治的目的のために争議を行なう炉ごときは︑争議行為の正当な範 囲を逸脱する﹂とのべている︒. 要するに中郵事件判決では︑政治的目的は︑. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ﹁使用者−⁝に対する経済的地位の維持・改善﹂という労働組合の﹁本来の目的を逸. ヤ. ための手段﹂という﹁労働基本権の保障の狙い﹂に照らして︑その範囲外とされていた︒それが安保事件判決では︑ ﹁このような政治的目的﹂は︑. 脱﹂するがゆえに︑その正当な範囲をはずれる︑という展開をみたにとどまる︒. ﹁労組法一条一項の目的﹂と﹁政治. しかし︑その争議行為の正当な範囲を逸脱するとされる﹁政治的目的﹂の広狭にかんしては︑二つの判決は︑すく なくとも文言上︑かなりの変化をみせている︒すなわち︑中郵判決の表現では︑. ﹁使用者たる国に対する経済的地位の維持・改善に直接関係があると. 的目的﹂とが対立的にかかげられ︑あたかもいかなる政治的目的を以てする争議行為であっても︑すべて正当でない とするかのようであった︒だが安保判決では︑. はいえない︑このような﹂政治的目的︑という限定詞が付されている︒この点からみると︑政治的目的を以てするも. 七︵七︶. のであっても︑それが﹁使用者に対する経済的地位の維持・改善に直接関係がある﹂場合には︑これを正当な争議行 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(8) 論. 説︵佐藤︶. 八︵八︶. 為の範囲にはいる︑とするようである︒そしておそらく労働条件の基準を定める法律とか︑あるいは団結立法にかん. しても︑使用者にたいする交渉力︑つまり経済的地位に直接関係がある︑ということになるのだと思われる︒. さてそれでは︑最高裁判決が政治ストについてこのような変化をみせてきたのは︑なぜであろうか︒おそらくその. 背景としては︑中郵判決にたいする広汎な批判とともに︑公労委︑人事院にたいする要求や︑その勧告実施要求︑あ. るいはスト権奪還要求などのストライキが組合員にとって当然化してきたばかりか︑ベトナム反戦ストもくりかえさ. 2撤去要求のゼネストが組織され︑七〇年安保闘争の展望をみせてきたという情勢が指摘できるだ れ︑また沖縄のB5. ろう︒すなわち︑こうしたなかで中郵判決のように︑政治ストすべてを否定するのは説得力を欠きすぎ︑これにたい. する反対戦線ー理論的・現実的なーをひろげさせる結果になる︒だから︑それよりは︑部分的な妥協によって反. 対を狭めさせ︑もっとも重要な点で運動と対決することのほうが︑権力にとってもより賢明な途であるだろう︒そし. てこうした事情が︑無意識にではあれ︑最高裁裁判官の頭に反映したとしても︑それほど不思議ではない︒だが︑安. 保判決にいう﹁直接関係がある﹂事項とはなにか︑まだ︸義的に明確ではない︒その具体化は︑中郵判決以後の諸条. 件がつぎの安保判決をうみだしたように︑理論的な批判・闘争をもふくむ闘争の今後の発展fかならずしも逆流な. しとはいえないーにかかっている︒そこで本稿も︑もう一度中郵判決の考え方にたいする批判から︑はじめておく ことにする︒. 前述のように中郵判決は︑政治ストが正当性の限界をこえるとする判断の基礎として︑労組法一条︸項の目的規定. を以て︑憲法における争議権保障の目的を正しく表現するものとみる︒従来わが国の権力は︑基本的に労働力の集団.

(9) 的取引きの原理に立つ労組法の線にさえとどまろうとはせず︑官公労法の争議禁止を軸として︑︵使用者としての政. 府にたいする︶経済的要求の争議行為に刑事罰を加えることまで︑あえてした︒けれどもこうした抑圧は︑他面かえ. って組合の権利闘争︑スト権奪還闘争をひきおこすこととなり︑やがてILOのドライヤー委員会報告という結果を. うみだした︒それは︑経済闘争を抑圧する目本政府の労働政策の拙劣さをたしなめ︑経済的トレード・ユニオニズム. を鼓吹するものであった︒中郵判決︑安保判決は︑こうした推移の上にふたたび労組法の線にもどろうとしたものと. いえるだろう︒しかしながら︑トレード・ユニオニズムの法認には︑それ自体発展の歴史がある︒そしてすくなくと. も中郵判決の表現のように︑政治的目的を一律に刑事免責の範囲外とする解釈は︑その第二次大戦後段階におけるわ. が国労組法の文言t旧労組法︵一九四五年︶はもとより︑四九年の現行労組法のーからしても︑けっして合理的 なものではない︒. すなわち︑たしかに労働組合は︑元来仲問同志の競争を抑制することによって資本の専制的命令とたたかい︑いく. らかでもましな労働条件をかちとろうとする︑労働者の自然発生的運動からはじまった︒だからそれはまず第一に︑. 資本の直接の侵害に対抗して労働力の販売条件を規制しようとしたのであり︑そして法律も︑歴史的に労働組合合法. 化の最初の段階では︑これを直接的な労働力取引きの面にだけかぎっていた︒しかし組合が︑こうした一つのー資. 本の団体とならぶ1商業団体として単純に職業上の利益だけを守ろうとする揚合であっても︑ある法律がその職業. の共同利益にかんするかぎ9︑団体としてこれを問題にせざるをえないだろう︒そのことは資本の団体であろうと労. 九︵九︶. 働の団体であろうと︑同じことである︒だからこそ︑歴史上たとえば社会主義思想とはかかわりのない経済主義的な 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(10) 論. 説︵佐藤︶. 一〇︵一〇︶. 労働組合であっても︑労働条件や団結にかんする立法問題を︑当然のこととしてその課題にとりあげてきた︒したが. って︑労働組合を︑たんに職業利益団体としてのそのもっとも原初的・基底的性格において法認する場合でも︑こう. した立法問題にかんする活動がその正当な目的活動とされるべきことは︑むしろ当然のことー歴史的にはこのこと. 自体︑一つの発展の所産ではあるがーである︒. もっともわが国の労組法は︑労働組合を経済的利益擁護団体の一つとしてとらえながら︑しかもたんに労使の団体. に共通する団体活動の自由をではなく︑労働組合の団体行動にたいする特別の保護・免責f憲法上の労働基本権保. 障に由来するーを規定する︒しかしそれは︑資本主義社会において労働者が︑他よりきわめて不利益な地位におか. れていることをみとめた結果である︒その保護・免責規定は︑おなじく職業上の利益をまもる組合の団体行動のうち︑. 労使の直接的取引きを︑政治目的活動から区別してあつかってはいない︒その一条一項をみても︑ ﹁労働者が使用者. との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること﹂を︑同法の目的の一. つとして規定する︒そしてこの目的規定の観点からみると︑団結立法や労働条件立法は︑たんに事実上︑労働者の職. 業的利益に直接かかわりをもつというだけではない︒なぜなら︑たとえば︑労働者の立場を支える団結や行動が法的. に制限されるなら︑対等の立場ははじめから崩されることになる︒また労働条件の最低基準の法定︑その引上げが︑. 一般には労働者の団結の事実上弱い部分をまもり︑全体として対等の立場に近づくのを促進することは︑常識であろ. う︒労組法は団体交渉という形式だけではなく︑対等の立場の促進︑労働者の地位向上を法目的とした︒だから︑そ. れにもかかわらずこの種の立法にかんする政治的目的まで法の保護からはずしてしまうのは︑到底︑合目的的とはい.

(11) ﹁経済的地位の維持・改善に直接関係がある﹂事項を︑保障される目. えない︒こうして︑すくなくとも右のような攻治目的をもつものが︑法の規定する目的の達成のための行動であるこ ︵一︶ とは︑事実を無視しないかぎり︑労組法の文言からも否定できないだろう︒そして︑そうであるからこそ安保判決は︑ 法論理的に中郵判決の前提を動かすことなく︑ 的の範囲に含めるにいたったのだと思われる︒. しかしながら︑政治ストを全面的に団体行動権行使の範囲外とする中郵判決の見解は︑憲法二八条にかんする一部. の学説の支持するところでもある︒そこでつぎに︑その代表的学説であり︑おそらくは判決に影響をあたえたと思わ. 団交中心論と資本制法秩序. れる石井照久教授の見解を検討しておこう︒. 二. 石井教授が︑政治ストを団体行動権保障の範囲外とされるのは︑つぎの二つの理由による︒その一つは︑わが国の. 憲法も資本制憲法として︑その争議権保障も︑団体交渉を通しての労働者の生存確保を目的とする︑という主張であ. ﹁団結権・団体交渉権および争議権を︑その相互関連において考察するとき︑さらに︑その相. る︒すなわち︑教授はいわれる︒団結権︑団体交渉権および争議権の﹁労働三権は︑いずれも労働者の生存確保のた めの手段﹂であるが︑. 互の間に目的と手段との関係があるといえる︒即ち︑生産手段の私有が肯定され︑生産手段と労働との結合が使用者. と労働者との労働契約を媒介として実現さるべく予定され︑本来的には労働契約の揚を通して労働者の生活条件が向. 一一︵一一︶. 上さるべきものとして︑労使の実質的平等を団体交渉の形で確保せんとするのが資本制社会における労働三権保障の 政治的ストラィキと団体行動権の保障.

(12) 論. 説︵佐藤︶. 二一︵二一︶. 基本的精神とみるべきだからである︒即ち団結とか団体行動︵争議行為︶とかいうことも︑団体交渉における労使の. 対等を実現し︑或は団体交渉を有利に導くための手段として認められるものであって︑団体交渉ということと離れて ︵二︶ 観念的に保障されたものではなく︑この意味では団結および団体行動はそれ自体目的ではない︒レ﹁いずれにせよ︑資. 本制法秩序のもとにおける憲法︑そうして︑また︑わが憲法も︑これらの政治スト合法論の主張者がいう如く︑すば ︵三︶ らしい︵私が︑すばらしいと考えるという意味ではない︶ものではありえない︒﹂と︒その二は︑政治ストが使用者の. 解決することのできない︑いわば側杖であり︑使用者にその損害を甘受させることはできないという考え方︵いわゆ. る側杖論︶である︒﹁争議権は団体交渉という目的との関係において︑その限りで保障されたものというべく︑﹂﹁そ. してまた︑このように解することは︑争議権の保障のうちに︑とくに民事上の免責として︑労働者が労働契約上の債. 務を履行しないにかかわらず使用者に対する債務不履行による損害賠償の責任を免れうること︑換言すれば︑使用者. に﹃損害の甘受﹄をなさしめるものであることとの間に調和をみいだすものであるといえる︒−⁝従って争議権は︑. 使用者との関係においては︑⁝⁝労働者の団体がその目的として実現せんとするところのものが︑一般的な意味にお. いて使用者として法律的ないし事実的に処理しうるような事項に属する限りにおいて︑憲法上保障されていると解す. べきである︒この意昧から︑例えば︑特定の政府の退陣を主張し︑或は特定の労働法規の制定などに反対してなされ ︵四︶. る争議行為︑いわゆる﹃攻治スト﹄は正当な争議行為ではない︒﹂と︒この第二の点はとくに民事責任の閥題と関連. するので後にとりあけるが︑団体行動権の基本的性格にかんする第一の点は︑つぎのような批判をまぬ渉れないであ ろう︒.

(13) すなわち︑たとえ教授のいわれるように︑. ﹁本来的には労働契約の場を通して労働者の生活条件が向上さるべきも. の﹂であるとしても︑その労働契約を規律するのは団体交渉ー労働協約だけではない︒目本国憲法二七条は︑勤労条. 件にかんする基準を法律で定めるべきことを規定している︒この種の立法が︑労働契約の内容を規律する規範である. 点においては︑労働協約とかわりはない︒したがって︑労働者の生存確保のため︑団結活動が団体交渉ー協約の形成. に向うことを是認しながら︑すくなくとも労働条件立法の形成に向うのを否定する理由は︑資本制社会だということ. だけからは︑全くでてこない︒この点だけみても︑要するに目本国憲法が資本制法秩序のもとにおける憲法だという. ことから︑その団結権ないし団体行動権保障が︑使用者との団体交渉を通しての生存確保だけを目的とし︑団体交渉. の裏づけとしてだけみとめられたとする教授の見解は︑あきらかに恣意的な独断だといわねばならない︒. もとより︑資本主義社会の法が︑その社会の性格に応じた一定の限界をもつことは︑当然であろう︒また争議行為. 炉︑団体交渉の目的でだけ合法視される時期のあるのも︑事実である︒しかし︑それを資本主義の必然的な固定的限. 界とするなら︑論理的にも正しくないし︑歴史的事実にも合致しない︒すなわち︑こうした限界について語る場合に. は︑その絶対的・経済的限界と︑相対的・政治的限界とを明確に区別することが︑まず必要となる︒たとえば︑資本. 所有権ないし利潤原則の否定といったことは︑資本主義の絶対的限界にかかわるであろう︒しかしストライキについ. ていえば︑政府が人民と実質的に一体なら︑政治ストは事実上必要ない︒だからむしろ第一次的には︑資本主義にお. ける害悪を緩和するためにこそ︑政治ストをふくめてのストライキや︑ストラキ権が要求されるのである︒そして︑. 一三︵二二︶. 団結の目的が使用者との団体交渉以外にまで拡大され︑政治ストが権利の行使とみとめられたとしても︑直ちに資本 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(14) 論 ︵五︶. 説︵佐藤︶. 一四︵一四︶. 主義が資本主義であることをやめ︑あるいは崩壊するものではない︒ドイツにおける一九二〇年のカップ反乱を契機. とするゼネストをはじめ︑弾圧法令撤廃後しばらくのわが国の状態を含め︑今日までその違法性や責任が問題とされ. なかった政治ストは︑資本主義国家にいくらも存在する︒また裁判上︑政治ストが州憲法の保障する争議権行使とし ︵六︶. て確定された西ベルリン州労働裁判所判決︵一九五三・八・一七︶の例もある︒つまり政治ストの権利は︑資本主義. 社会において︑十分な権利の実体が存しうる可能性をもつ︒それだけでなく︑たとえば団体交渉の前提を形づくる団. 結立法や労働条件立法にかんしてはもちろんのこと︑国家が経済過程に直接深く介入する現段階i国家独占主義と. いう言葉で特徴づけられているーにおいては︑労働者の団結が︑すくなくともこの過程に直接関連する一定の政治︑. たとえば国家の財政政策や社会保障政策を問題とすることなしには︑むしろ労働力の再生産H資本主義の順当な運行 ︵七︶. のための基本的な経済的要請すら﹂円滑に実現しえないであろう︒このことは︑近年とくに渡辺洋三教授や横井芳弘. 教授らの詳論されているところであり︑そのかぎりでは十分に説得的だと思う︵ただし︑渡辺教授らの労働基本権に. かんする見解についての批判は後述︶︒また三井美唄労組事件の最高裁大法廷判決︵一九六八・一二・四︶も︑﹁現実. の政治.経済.社会機構のもとにおいて︑労働者がその経済的地位の向上を図るにあたっては︑単に対使用者との交. 渉においてのみこれを求めても︑十分にはその目的を達成することができず︑労働組合が右の目的をより十分に達成. するための手段として︑その目的達成に必要な政治活動や社会活動を行なうことを妨げられるものではない︒﹂こと. はみとめるところである︒この意味で︑みとめられる団結の目的が団体交渉にかぎられるかどうか︑政治ストがー. 直接に革命のための場合は別としても︵その場合は歴史的正当性︑革命の成否が問題となる︶ー争議権の行使とし.

(15) て保障されるか否か︑またどの範囲まで保障されるかは︑資本主義の絶対的限界内において︑歴史的展開のなかにあ る相対的・政治的限界の問題である︒. こうして︑たとえばドイツにおいて一八六九年の営業法一五二条は︑﹁賃金条件および労働条件﹂のための団結の. 処罰を廃止したにとどまるが︑その後半世紀をへて︑第一次大戦後のワイマール憲法︵一九︸九年︶︸五九条は︑. ﹁労働条件および経済条件の維持および改善﹂のための団結の自由を保障した︒この点につき︑若き日のニッパーダ. ﹁もちろんライヒ憲法一五九条のそのよう. イは︑つぎのようにのべている︒すなわち︑営業法一五二条に規定された団結の目的の範囲は︑その規制が個々の労 働契約の内容をなすのに適する労働条件にかぎられていた︒これに反し︑. に狭い解釈は︑可能でもなければ望まれてもいない︒団結の目的としての﹃労働条件および経済条件の改善﹄は︑ラ. イヒ憲法によれば︑具体的な労働関係に結びつけられることなく︑明白にその構成員の一般的状態の向上である︒−. ﹃経済的条件﹄はこ. 労働条件および経済条件の改善. 社会政策的利益の総体的表示である︒﹂団結はその目的を︑﹁彼らの社. −﹃労働条件﹄のなかには︑なによりも労働協約によって規制されうるすべてのものがはいる︒. れをこえて︑団結した者のあらゆる労働法的. 会的対抗者に対抗して﹂追求する︒﹁職業的団結は︑しかし社会的対抗者に対抗して︑. を擁護することに︑かぎられていない︒彼らはその構成員の利益を︑国家にたいしてもまた︑なによりも将来の立法. にかんしてはかることができるし︑はからねばならない︒一五九条の特色はまた︑その広汎な文言によって︑経済的. 団結の任務を︑社会攻策および経済政策の促進にかんするかぎり︑政治の領域にも拡張したということにある︵﹃経. 一五⊃五︶. 済条件﹄ライヒ結社法一七条を参照︶︒この国家に対抗して構成員の利益をはかることは︑社会的対抗者に対抗する 政治的スト ラ イ キ と 団 体 行 動 権 の 保 障.

(16) 論. 説︵佐藤︶. 一六︵一六︶. ︵八︶ それと全く同様に保護されている︒﹂と︒そして第二次大戦における日本軍国主義の敗戦後︑一九四六年の日本国憲. 法二入条は︑団結権の保障に﹁労働条件および経済条件﹂の維持・改善のためという限定も︑つけることをしなかっ たのである︒. このβ本国憲法について詳細はのちにゆずるが︑すくなくとも以上のようにみてくると︑労働者権にかんする石井. 教授の見解は︑あたかもワイマール憲法以前の段階に照応するにちかいようである︒その説かれるところは︑前述の. ように資本主義の限界について論理的に誤りをおかしているだけでなく︑日本国憲法についての歴史的な検討を︑全. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. くされていない点が特徴的である︒その結果︑ ﹁憲法二八条は団結権と団体行動権とを保障し︑団体交渉は団体行動 ︵九︶ の一つの例であるかの如き表現をとっているが︑これは必ずしも妥的な表現ではない︒﹂とまでいわれている︒事実︑. ヤ ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 憲法は石井理論とは異なった歴史的段階の価値体系にもとずいており︑したがって真実は︑石井説をあらわしたもの. とするのには﹁妥当な表現ではない﹂ということであろう︒石井教授が憲法の表現を非難されるのは︑実は教授が憲. 法の表現するところをあきらかにするのではなく︑それとは違った内容を恣意的に断定していることの︑計らざる表 明ではないだろう か ︒. そして︑使用者との団体交渉を通してのみ生存の確保をはかるということは︑ことに二重構造といわれる企業較差. のはなはだしいわぷ国の経済構造と国家独占資本主義の政治において︑一部の労働者層にとっては可能であるーそ. れも短期的視野においてーとしても︑むしろ多数の労働者にとって空語に近いだろう︒要するにその見解は︑歴吏. 的分析を無視し︑資本主義社会における過去のある時期の相対的・政治的限界を︑絶対的・経済的限界であるかのよ.

(17) うに説くことによって︑結果的には︑恵まれた条件にある一部の特権層の利益だけを保障する︒そして︑現代の国民. とそのなかにおける労働者組織の重要課題である政治から労働者の目をそらさせ︑団結権の基礎にある労働者階級の. 共通の利益にそむき︑企業別組合組織の利己心を助長し︑個別企業への従属をつよめようとする役割りをはたすもの といえるだろう︒. だがこうした団交中心論にたいしては︑最高裁の安保六・四事件︑三井美唄労組事件をへて︑前述のように仙台地. 裁の七十七銀行事件は︑裁判所としても︑明確な批判をしめすにいたった︒それは︑つぎのようにのべている︒. ﹁被告は従組の行なった政暴法反対闘争が本来労使問の交渉事項に該当しない事項を目的とするものであるから. 憲法第二八条の保障を受けない違法不当な争議行為であると主張する︒しかしながら︑憲法第二八は﹃勤労者の団. 結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は︑これを保障する﹄と規定し︑使用者との団体交渉により. 解決に親しむ事項のみについて団体交渉その他の団体行動をする権利を保障するといっていないのであるから︑労. 働組合の行なった行動の目的が労使問の交渉事項に該当しないからといってただちに憲法二八条の保障を受けない. ものと考えるべきでない︒同条は性質上憲法第二五条の生存権の保障を労働者の社会的地位に即して具体化したも. のと解すべきであって︑労働者の団結ないしその目的活動はこれにより労働者が健康で文化的な最低限度の生活を. 営む目的に奉仕するものでなければならない︒そして労働者は使用者に雇傭されて生活するものであるから︑この. ような目的を達成するたあには︑使用者と対等の立揚に立って︑労働条件の維持改善をはかることが最も重要かつ. 一七︵一七︶. 通常の手段であるので︑団結ないし団体行動の目的が労働条件の維持改善を通じて労働者の人たるに値する生活を 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(18) 論. 説︵佐藤︶. 一入︵一八︶. 確保するにあることはもちろんである︒しかし︑労働者の人たるに値する生活の確保は︑単に労働条件の維持改善. のみでなく︑労働者の社会的一般的地位の向上にまたねばならないので︑労働条件以外の一般的経済的条件︑たと. えば労働法上もしくは社政策上の現在または将来の労働者の利益の擁護等およそ労働者の社会的経済的な生活上の. 地位を向上せしめるために必要な行為は︑たとえそれ炉攻治的領域に属するものであっても︑すべて団結ないし団. 体行動の目的となりうるものと解さねばならない︒そして労働組合法第二条も﹃労働条件の維持改善その他経済的. 地位の向上を図ること﹄をもって労働組合の目的とすることを規定し︑このことを認めているものと解しうるので. ある︒﹂﹁そして攻暴法は︑特に濫用をいましめる旨の規定を設けてはいるが︑濫用防止の点について手続上必らず. しも充分な配慮がなされておらず︑関係機関の運用如何にょっては︑労働者の正当な団結ないし団体活動が不当に. 制限される結果を生ずる虞れがないとはいえない︒そこで労働者がこのようにその成立によって自己の団結ないし. 団体行動権を不当に制限される結果が生じないともかぎらない法案に反対することは労働者としての利益擁護の目. ヤ. 的内砂行為といわねばならず︑したがって︑本件攻暴法反対闘争がその目的において違法ということはできないの である︒﹂と︒. ヤ. さてここでは︑最高裁安保六・四判決よりすすんで︑﹁経済的地位の維持・改善に直接関係がある﹂かどうかとい. った︑直接性の点がぬけ︑﹁生活上の地位を向上せしめるために必要な行為﹂か否かという必要性の規準がうまれて. いる︒そしてこの点は︑日本国憲法二八条の歴史的内容の理解として︑正しい方向をしめすものだと考える︒つぎに︑ 二八条につき節をあらためてのべよう︒.

(19) 一九六七年︶参照︒. ︵一︶ 旧労緯法と現行労組法の目的規定︑憲法︑極東委員会﹃六原則の相互関係について︑野村平爾﹁全逓中郵事件判決と残され ︵法.律時報三九巻一号︑. 石井照久・労働法総論︵一九五七年︑有斐閣︶三﹃○ぺージ︒. た問題点﹂. ︵二︶ ︵三︶ 石井・労働基本権︵一九五七年︑有信堂︶二二五ぺ;ジ︒. 一九二〇年三月二二日にカップの率いる反乱軍がベルリソに入るが︑同日︑諸労働組合と社会民主党はゼネストのよびかけ. ︵四︶ 石井︒労働法総論︑三三九ぺージ︒. ︵五︶. を発する︒このゼネストのなかで反乱は一七日に終りをつげ︑翌一八β︑社会民主党はストライキの中止を要請する︒しかし組. 合は︑彼らの権利とゼネストの成果の確保を要求し︑九項目の条件をかかげてストライキを続行した︒そしてこれを実行すると. の政府諸党の約束をえ︑政府も交渉を約するなど一定の譲歩を宣言するにおよんで︑ストライキは二三日零時に解除される︒九. 項目条件のなかには︑さしせまったライヒおよびプ・イセソ政府の新構成にさいして︑諸政党は人事問題をゼネストに参加した. 労働組合組織の了解のもとに解決すること︑これらの労働組合は︑経済的︑社会政策的立法の新調整の上に決定的影響力をみと. 0●這密︸Z一≦お0ト嵩藤 U︾O閃①ユぎいd旨︐︿●嵩60. 一九五二年の経営組織法をめぐる︑いわゆる新聞ストにかんする事. められること︑その他を含んでいた︒国震目餌⇒pO8ε・U辞ω霞o民i↓鋤犀瓜閥以目山ω窪象£圃9お9一ω・き舞 ︵六︶. 件である︒この問題については後述参照︒. ︵七︶ 渡辺洋三﹁労働法の基本問題﹂︵社会科学研究一八巻一号︑一九六六年︑一ぺージ以下︶︑同﹁政治ストと労働運動ー憲法. と労働法との接点﹂︵法律時報三九巻一号︑一九六七年︑ニニページ以下︶︒横井芳弘﹁政治ストとしての反戦ストー1一〇・二 一ストを契機として﹂︵法律時報三九巻三︑六︑七号︑一九六七年︶など︒. 一九︵一九︶. oρωψωO下ooOO● ︵八︶ 缶.ρ2帯℃R山φざUぴO同¢β伽㎏8ゲ3鄭β島O同自⇒伍鷲一げ窪①昌伽霞菊巴9拐<R霊累仁昌σq︾oo●国騨︸這G. 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(20) 論 ︵九︶. 説︵佐藤︶. 政治ストと憲法一︑一入条. 石井・労働法総論︑三一二ぺージ︒. 三. ストライキの目的と労働基本権の歴史的性格. 二〇︵二〇︶. 資本主義的労働関係のもとにおかれた労働者の要求ー自然発生的ないし意識的ーは︑彼らの社会的立場の共通. 性のゆえに︑労働者大衆をとらえて要求実現の運動となる︒その要求は第一次大戦以後︑主として資本の支配体制の. 危機において生まれた資本主義諸国家の憲法の中にーかぎられた範囲ではあれ︑またその諸条件に応じた程度の差. ﹁人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果﹂の一部. はあれ︑資本の側の体制維持のための譲歩としてi基本権として結実した︒団体行動権はこうした権利の重要な部 分をなすものであり︑それはまさに目本国憲法のいうように︑. だといってよい︒したがって︑これを正しく把握するためには︑まず第一に︑労働者の要求と運動の正当性を一定限. 度においてみとめざるをえず︑これを実定法規範化した憲法の歴史的性格の理解を基礎として︑その保障の意味内容. を考えていく必要があるだろう︒そしてこうした観点から︑政治ストが憲法二八条の団体行動権保障にふくまれるべ ︵哺︶ きことは︑すでにはやく一九五二年の労闘ストが間題とされたとき︑野村平爾教授の説かれたところであった︒そし. て政治スト合法論は︑今日にいたるまでわが国の通説となっているーただし︑合法論内部における見解の相違点に. ついては後述1といえよう︒わたくしもまた教授の見解を基礎としつつ︑この点を述べることにする︒.

(21) すなわち第一に︑ストライキが歴史的にもたざるをえない目的と労働基本権の性格との関連︑ないしは団体行動権. の歴史的意味という点から考えて︑その保障は︑政治ストを除外するものではないということである︒元来︑ストラ. イキは︑個々人では無力な労働者が︑団結してその共通の要求を実現しようとしてとる行動の︑伝統的形態である︒. したがってその目的は︑労働者がいかなる要求をもたざるをえないかということ︑資本主義の発展の程度︑労働者の. おかれた状況︑そのなかで形づくられる労働者の意識や団結の力量︑などの諸条件により︑おのずから歴史的に定ま. ってくる︒すなわち︑まずなによりも労働者は︑労働力を売って得る賃金によって︑生活していかなければならない︒. だから︑労働者の自然発生的運動から生じた労働組合にとっては︑資本に対抗して賃金その他の労働条件をひきあげ. ることが︑最初の直接的・基礎的な要求となる︒したがってこうした問題︑ないしはそれと関連して団結承認︑組合. 保障などを要求するストライキが︑現在までひきつづきもっとも多く存在するのは当然である︒. だが労働者にとっては︑それだけですべてがうまくいくわけではない︒前述のように︑労働者仲問のもっとも弱い. 立場にある部分を守り︑破滅的な競争を防ぐためには︑最低の労働条件を法律という形で︑一般的に強制することが. 必要であった︒また労働力の価値からそれほど低くない賃金をうけとるためには︑すくなくとも団結と争議に加えら. れる制約を排除することが︑前提である︒こうして︑労働条件立法や解放立法︑団結保障立法は︑必然的に労働者の. 要求事項となってくる︒また︑労働条件にかんする要求︑すなわち労働力の販売条件にかんする使用者との取引きは︑. 労働力の需要減退をもたらす不況自体には対処しえない︒しかも他方︑時代がすすんで国家が経済過程に直接重要な. 二一︵二一︶. 役割りをはたすようになればなるほど︑労働者の生活をまもるためには︑さらにひろく国家の経済政策︑社会政策一 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(22) 論. 説︵佐藤︶. 二二︵二二︶. 般もまた︑その要求の対象とせざるをえない︒さらに︑こうした問題を解決すべき議会が労働者の意思を反映しない. とあれば︑さかのぼって議員選出の仕方︑選挙法をも︑間題とせざるをえないだろう︒それだけでなく︑資本主義は︑. 資本の利益のために労働者の国際的兄弟を相闘かわせる︑帝国主義戦争を生みだした︒またこうした戦争を強行する. ために︑国内の団結や民主主義をもふみにじっていく︒これにたいして︑労働条件の改善︑直接的な職業的な利益を. まもろうとする組合の努力をもっては︑ついに戦争をふせぐことができなかった︒また形式的な民主主義の存在だけ. では︑ファシズムヘの防波堤となりえないこともしめされている︒労働者は︑それが一見︑職業的利益と直接にかか. わりをもたないからといって︑こうした平和と民主主義の問題をも︑放置するわけにはいかない︒. 要するに労働者はー将来に社会主義の目標をいだいていると否とにかかわらずーさまざまな政治的要求をもた ︵二︶. ざるをえないし︑そのなかには平和と民主主義の問題ーもとより資本主義法秩序のもとで合法となりうる絶対的限. 界内の問題iもふくまれてくる︒たとえば︑ナチの暴虐を経験した古い労働組合員たちにとって︑﹁金融および産. 業資本家の上層の容赦のない権ヵ攻策と︑彼らのナチスとの同盟が︑ワイマール民主主義を破壊し︑ヒトラーを権カ. に導びいたこと︑それゆえに︑現代の独占資本主義社会での経済的指導にたいする社会的対抗者としての︑労働者の ︵三︶. 闘争準備と団結に︑たんに労働者の生活水準だけでなく︑デモクラシーとヨー・ッパ文明の運命もまたかかっている. ということ﹂は︑一致した︑なまなましい認識となっていたのであり︑それゆえに西独DGB︵ドイツ労働組合同盟︶. 結成大会における組合の課題にかんする報告も︑﹁今や一つの同盟に結合した五百万のドイツ労働者のもとにおいて. は︑いずれにせよ国の経済の最重要分野への強い影響力を得ることによP︑平和をみずからのために︑ドイツ国民の.

(23) ︵四︶ ために︑そして世界のために確保するという前提が︑不動のものとして確立している︒﹂とのべているのである︒. ところでこうした要求は︑個別的な労使の取引きではなく︑全国民的規模の︑政治的課題として追求されるほかは. ない︒それだからまた現実の労働運動史においても︑個々の使用者にたいする労働条件要求のストライキとならんで. ーわが国憲法の制定をみる以前の︑第二次大戦までの歴史にかぎっても1数多くの注目すべき政治的ストライキ. が存在する︒一八九〇年以来おこなわれている国際的なメーデーの労働放棄も︑最初は攻府にたいする八時間労働日. その他の労働者保護立法の要求をかかげ︑また国際協調のためのデモンストレーションとしてはじまった︒またスト. ライキによる政治的要求は︑こうした労働条件立法ないし団結立法︵たとえば一九〇三年︑四年のオランダのストラ. イキ制限法案反対のスト︶など︑直接労使関係に関連する政治目的や︑経済政策にかんする事項︵たとえば一九二六. 年のイギリスのゼネスト︶にも︑かぎられてはいない︒一つは政治的民主主義の基本にかんする選挙法の問題が︑く. りかえしストライキの目的としてとりあげられている︒すなわち︑古くは一九世紀三〇年代末に︑イギリスのチャー. チストはストライキによって︑選挙法の改革を主張した︒それ以来半世紀をへて︑一八九〇年︑九一年にイギリスで. ふたたび選挙法改革をめざすストライキがおこっている︒また同様の目的を以て︑一八八六年にはベルギ⁝で︑一八. 九三年にはベルギーとオーストリーで︑一八九六年にもプラーグとウィーンでストライキがおこなわれ︑一九〇二年. にベルギーで三度目のぜネストによりはじめて選挙権拡大が実現されたほか︑スエーデンの労働者の三日にわたるス. トライキもなされている︒一九〇五年にもまたもやオーストリーでストライキがおこなわれ︑一九〇七年の選挙法改. 二三︵二三︶. 正をみちびいた︒西欧デモクラシーの歴史は︑実にこうした攻治ストなくしては考えられない︑といわれるほどであ 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(24) ︵五︶. る︒. 論. 説︵佐藤︶. 二四︵二四︶. またさらにひろく民主主義︑さらには権力それ自体の問題︑平和や独立といった問題についても︑例外ではない︒. こうした政治問題と労働者の生活や利益との関連の理解︑国際的連帯意識などの発展するにつれ︑またそれを必要と. し可能とする状況に応じて︑政治ストがおこなわれている︒一九〇五年のロシアの大衆ストライキ︑ドイツにおける. 一九一六年のカール・リープクネヒト判決にたいする抗議スト︑一七年︑一八年の反戦︑ソビエト政権との民主的講. 和の即時的締結︑軍事独裁の廃棄︑衣食の改善などを要求する多くのストライキ︑二〇年のカップ反乱や二二年の外. 相ラテナウの暗殺を契機としておこなわれたゼネスト︑ソビエトにたいする干渉を阻止した一九二〇年のイギリスの. ゼネストの威嚇︑一九二五年および二七年の上海のゼネストなど︒右翼テロリストの釈放に関連して裁判所︑警察に. 抗議してなされた一九二七年のウィーンのゼネストもそうであるし︑フランスでも北仏炭鉱労働者の第一次世界大戦. にたいする反戦スト︵一九一三年︶︑反戦論者ジョレス暗殺者の釈放反対スト︵一九一九年︶︑ルール占領反対のゼネ. スト︵一九≡二年︶︑モロッコ戦争反対のゼネスト︵一九二五年︶︑アメリカにおけるサッコロヴァンゼッティの処刑 ︵六︶ 反対スト︵一九二七年︶︑一九三四年︑三八年の反フフシズム︑四四年の占領反対のゼネストなど︑その例は多い︒. こうして︑労働者の生存的要求とその実現のためストライキは︑必然的に平和と民主主義の問題を含む政治的目的. にも及ばざるをえない︒それは理論的に確認されるだけでなく︑歴史的に証明されたところである︒政治ストを含め︑. ストライキにはその生ずる社会的理由がある︒そしてストライキの権利を基本権として保障するのは︑すくなくとも. 原則的に︑こうした伝統的な行動形態による労働者の団結の目的追求を正当とみとめ︑これに加えられる従来の抑圧.

(25) を排除するということでなければならないだろう︒このように言うことは︑決して︑歴史的に政治ストが存在したと ︵七︶ いう事実だけから︑直ちにその規範化︑政治ストの実定法上の権利性を主張するものではない︒そうではなく︑生存. 目的達成のための必然的行動でありながら︑抑圧をうけるがゆえに保障を要求されてきたストライキの実体︑そして. 憲法が基本権として承認するにいたった団体行動権の内容をなすストライキの実体を︑歴史的︑社会的事実のなかに. 求めているということなのである︒そして目本国憲法がまさにこれを保障したものだということは︑その規定の形式︑. およびこれを支えた憲法制定当時の支配的規範意識︑ないし価値体系によりあきらかだといわなければならない︒. すなわちまず︑一九四六年こ月の目本国制定以前において︑国際的に数多くの政治ストの経験をみていたことは︑. 前述のとおりである︒それだけでなくわが国においても︑たとえば憲法草案審議中の同年八月には労調法制定に反対 ︵八︶ して︑全鉄労その他の二四時間ストなど政治ストがおこなわれている︒したがって︑もし立法者が政治目的を団体行. 動権保障から除外するというのであれば︑そのような制限規定を設けなければならなかったはずである︒この点を従. 来の立法例と比較するならば︑たとえば前述のように一八六九年のドイツ営業法は︑ストライキをもってする﹁有利. な賃金条件の獲得﹂のための団結の禁止を解いた︒一九一九年のワイマール憲漆は︑国家独占資本主義段階の憲法に. ふさわしく団結目的の範囲を﹁労働条件︑経済条件の維持・改善﹂に拡大したが︑しかしなおストライキに憲法上の. 保障をあたえることはしなかった︒その後三〇年の経験ーナチによるストライキと団結の全面的圧殺をふくむー. をへて︑ボン基本法︵一九四九年1すでに冷戦の進行︑東酉ドイツの分割という状況が明確化した時期である︶の. 二五︵二五︶. 立法者たちは︑当初一般に︑一定の政治ストおよび官吏等のストライキを除くストライキ権については︑明文の保障 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(26) 軸珊. 説︵佐藤︶. 規定をおくつもりであった︒しかしその制限規定をめぐって︑. 二山ハ. ︵二轟ハ︶. ﹁経済的および社. ﹁労働条件および経済条件の維持︑改善のためのスト. ライキ権は承認される︒⁝⁝現存法秩序排除のための攻治的ストライキ⁝−は禁止される﹂とか︑. 会的対立にさいしてストライキをする権利は︑法律の枠内において承認される﹂といったいくつかの修正案がだされ ︵九︶ たが︑意見の一致をみるにいたらず︑ストライキ権条項は結局草案から削除されている︒. だ炉︑目本国憲法の揚合はこれと異なり︑攻治ストの禁止はもちろんのこと︑﹁労働条件︑経済条件の維持︑改善﹂. 金森徳次郎. ﹁勤労者の団結に伴いまする諸種の権利は︑これは社会の現実の動きの中に於きまして実質. といった目的の制限をおくこともなく︑﹁勤労者の団体行動をする権利﹂を保障したのである︒しかも憲法草案審議 ︵一〇︶ の議会において︑政府はつぎのような答弁をなしている︒ 国務大臣. 的に決められ︑詰り勤労者の非常に熱心な動きの中に︑歴史的なる過程を取って現われて居るものでありますので︑. その線に沿ってこれを解釈しなければならぬと思っております︒﹂︵衆委一九四六.七.一八︶. ﹁御尋ねの団体行動と申しますることは︑結局嚢に高柳委員が言われましたように︑斯様なる労働関係に於きま. しての色々な歴史的発達の跡を能く遡らなければ︑本当の意味は出て来ないと思います︒結局勤労者ボ何の為に団. 体行動をするかと言えば︑勤労者としての要求を実現する為にするのでありますから︑その勤労者の要求目的を果. す為に行なわれて来ます団体行動は︑自ら一定の限界があるものと思って居ります︒文字では団体行動と云う四つ. の漢字になりまするけれども︑併し実体となるべきは︑一つの歴史を背景とした実体に相違ありませぬ︒こめ憲法. の保障して居りますのは︑その歴史的背景を持って居ります一つのものを保障して居る︒それは具体的に斯うと云.

(27) 河合良成. ﹁只今の現行組合法ではやはり労働組合は主として経済の振興を目標とすべきことになって居. うことは出来ませぬけれども︑そういう意味で御了解願いたいと思います︒﹂︵貴委九・一九︶. 厚生大臣. りまして︑大体の線は経済問題と云うことになって居りますけれども︑絶対的に政治に関与する運動をしてはいか. ぬと云うことにはなって居りませぬ︑主要点を経済問題に置いて居る︑この方針はこの憲法の下に於てもその儘続 行して行く積りであります︒﹂﹁衆委七・五︶. 要するに︑団体行動権は勤労者の要求実現のためのものであり︑社会の動きの中に歴史を背景とした実体を保障し. たものであること︑労働組合が政治にかんする目的をも持ちうることを︑明白にみとめているのである︒上述ドイッ. の例のように︑歴史的にストライキの是認を︑その目的の面からできるだけ譲歩しやすい範囲にとどめようとする権. 力の志向のあったことは︑事実である︒しかし法律的に承認される団結目的の拡大過程の上にたち︑日本国憲法にい. たり︑ ﹁勤労者﹂という社会的主体に即して保障された基本権について︑その主体の必然的要求となる攻治的目的を. 排陰するのは︑﹁勤労者の非常に熱心な動きの中に﹂﹁歴史を背景とした実体﹂をもつ団体行動権の歴史的意味からい. って︑正しくない︒そしてこのことは︑憲法二八条が第二次大戦の経験の上に︑軍国主義・ファシズムに反対する平. 和主義・生存権の理念と結びついて団体行動権を保障したものであることをみるとき︑さらにあきらかとなる︒. すなわち︑日本国憲法がつくられた当時の国際情勢をみるならば︑ほぼ時をおなじくしてフランスやイタリーでも. 二七︵二七︶. ー労働者階級を中心とした︑ファシズムにたいする地下闘争の勝利と︑戦争犯罪者の糾弾との情勢をうけて1憲 ︵二︶ 法上の争議権がみとめられてきた︒野村教授の指摘されているように︑団結権や団体行動権を否認し労働運動を弾圧 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(28) 論. 説︵佐藤︶. 二八︵二八︶. しつつ︑広汎な労働者層を戦争に動員することがファシズムの中心政策であることが︑はっきりと批判されるような. 情勢のうちで︑争議権保障が規定化されたのである︒またイギリスでも︑二六年のゼネストを契機につくられた二七. 年の制限法を廃止するなど︵一九四六年︶︑一般に政治ストを含む労働運動の解放を肯定する空気にあっただけでは. ない︒日本においても旧政府当局者らにたいする戦争犯罪人としての責任追及がおこなわれ︑また極東委員会は︑軍. 国主義勢力を除去するため︑目本の労働組合にかんする一六原則︵一九四六・一二・六︶において︑組合の政治活動. 参加︑政党支持が許されるとするだけでなく︵六項︶︑平和的民主的目本の建設︑日本の民主化計画︑軍国主義の根 ︵一二︶. 絶などへ参加することを奨励し︵一︑七項︶︑ストライキやその他の組合活動を解放する︵二︑五︑二二項︶という. 態度を︑公式にしめしていたのである︒こうして当時は︑組合の任務が使用者との団体交渉にはもとよりのこと︑. ﹁経済条件の維持・改善﹂にもかぎられるものではなく︑むしろその基本的任務として平和や民主主義のための政治. 的行動をも含むとするのが国際的規範意識であったし︑また占領軍権力も︑当初占領目的である﹁武装解除﹂︑﹁民主 ︵一三︶ 化﹂のために事実組合のカが必要だということを︑否定しえなかったのだと思われる︒. また国内的には︑日本国民はまさに﹁政府の行為によって戦争の惨禍﹂をなめ︑ようやく生き残った者も戦時利得. 者を除く大部分は窮乏のどん底と悪性インフレの中で︑生存を脅やかされいた︒そしてこうした状況の中で労働基本. 権は︑直接さしせまった生存をまもるためにとともに︑そのような事態をひきおこした支配層の責任を追求し︑平和. 的民主的日本を建設するという目的のためにも主張され︑行使されることとなった︒当時︑戦争責任の追求︑ファシ. ズムや軍国主義勢力の撲滅︑自由と民主主義的権利の獲得︑民主政府の樹立︑永久平和︑などの政治的目的がひろく組.

(29) ︵蝸四︶ 合の綱領︑規約︑宣言などにかかげられ︑運動が進められていったのである︒前述のように憲法制定前から政治スト. は行なわれていたし︑制定後その施行前のことに属する四七年の二ニストの揚合にも︑全官公庁共闘の声明書︵一. 九四七・一・二九︶は︑ ﹁も早やわれわれは二月︸日以後︸大ゼネストを以てこの亡国政府を打倒し民主政府を樹立 ︵一五︶ するのみである︒闇と不正なき明るき明日の日本建設のため一時の不便をしのんで全人民の支援を求めてやまない︒﹂. ﹁余はさし迫った非常手段. と訴えていた︒だがストライキを労働基本権の行使と意識する国民の支配的規範意識の前に︑当時は支配層といえど ︵扁六︶ も︑政治ストなるがゆえにこれを違法と主張する規範的根拠は︑まったく見出せなかったといってよい︒占領軍権力 はわずかに国民の飢餓状態どいうことを理由にゼネスト禁止を命じたが︑それでもなお︑. の一つとして今日の措置をとったが︑これ以外のことで労働者が正当な目的を達成するため今日迄与えられて来た行 ︵一七︶ 動の自由を制限するつもりは毛頭ない︒﹂︵一九四七二占二︑マッカーサー声明︶とのべざるをえなかったのである︒. 憲法二八条は︑こうした国際的︑国内的な支配的規範意識のもとに制定された︒その状勢は︑資本主義の存続をは. かる支配層としても︑もはや安あがりな経済的譲歩ー経済的要求および直接それに関連する政治目的の団体行動の. 承認を含むーだけによっては︑権力にたいする労働者組織の政治的信頼を保持しえないところまですすんでいたと. いってよい︒従来の人権抑圧︑ことにそれにたいする組織的抵抗の中心である組合運動の弾圧の記憶にたいして︑平. 和と民主主義︑人問的生存を守るカとしての団結と団体行動尊重の姿勢によってのみ︑自己をファシズムと異なった. 政治的価値をもつものとして示すことができ︑また事実︑一部分組織労働者のカに期待しさえした時期だったのであ. 二九︵二九︶. る︒この憲法において︑団体行動権保障がこうした団結目的達成のための政治ストを含むことは︑むしろ政治的に必 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(30) 論. ︑説︵佐藤︶. 労働者の政治参加としての政治スト. 然であったといってよいだろう︒. 二. 第二に︑憲法制定後今目にいたる状況をみるとき︑歴史的なこうしたその規範内容を︑. 三〇︵三〇︶. ﹁国民の不断の努力によっ. て︑これを保持﹂すべき必要ー憲法の基本原則の社会的実現のためにもーは︑さらに大きいといわなければなら. ない︒それは第二次大戦後世界各国で政府の経済政策・社会政策にかんする政治ストがますます多くなったことから. もあきらかなように︑経済が政治によって一そう強く動かされているということによるだけではない︒軍国主義︑戦. 争と人権抑圧の傾向とともに︑憲法制定時にはかげをひそめていた政治スト違法論が権力の側からくりかえされ︑ま. た政治ストを団体行動権保障の範囲からはずそうとする改憲論さえ一時期あらわれてきたように︑国民の問に生ずる. 組織的抵抗を権力的におしつぶし︑ないしは思想的に除きさろうとする攻撃が強められているからである︒. なおこれに関連して︑もう一つ注意を要する点がある︒それは︑こうした政治ストという形態における労働者の抵. 抗︑ないし政治参加の必要は︑fワイマール時代の経験が教えていたように;平等な投票権という形式によって. 消滅するものではない︑ということである︒そしてこのことは︑比例代表制でない現在の選挙制度が︑決して投票者. 全体の意思を議席数に正確に反映するようにはできていないーこれももちろん︑見逃しえない重要な事実であるが. ーという理由によるだけではない︒より基本的には︑あたかも法の下の平等と契約の自由が︑労働者にとって実質. 的な自由を意味するものではなかったと同様にー搾取する者と搾取される者との間に真の平等はないー投票権は.

(31) ﹁政治どころの話. 存在してもそれだけでは︑個々の労働者にとって形式だけの政治参加にすぎない︑という事実にもとずいている︒. すなわち︑資本主義社会においては︑彼らの多くの日常が労働と疲労︑日々の生活に追われて︑. しではない﹂こと︑そのうける情報が多くはすでに管理されたものであるこ乏など︑投票や議会参加︑ないしは政治. 的意思形成それ自体にたいして︑すでに実質上︑決定的な障害が存在する︒だがその点にしばらくふれないとしても︑. 資本主義社会における民主主義政治は︑プラント的な哲人の委員会による政治でもなければ︑資本家団体その他のプ. レッシャー・グループから自由でもない︒労働者は︑工揚や事務所で資本のカと闘かわなければならないだけでなく︑. 議会や官庁においてもこれに対抗しなければならない︒そして種々のプレッシャー・グループは︑その性質に応じた. ︵﹃八︶. それぞれの圧力形態をもつ︒資本家的グループは︑何よりも労働者のもたない金銭と入的関係によって圧力を行使す. る︒これにたいして大衆行動としてのストライキは︑労働組合の要求実現のための伝統的闘争手段︑圧力形態である. とともに︑その圧力を内に秘めることによって︑他の方法によっては無視される労働者の意思表示の︑歴史的形態と. もなってきたのである︒事実︑マスコミなどの情報伝達や教育手段の物質的支配をもたない労働者にとっては︑スト. ライキという大衆行動によるほか︑自己の意思を効果的に表明する手段はない︒したがって︑その意思表示としての. 面においては︑ストライキはまさに表現の自由の︑労働者としての実質化である︒またその圧力形態としても︑基本. 的には労働者が団結して労働を拒否するという︑その意に反する労働を強制されない自由を行使した︑典型的な非暴. 力的形態である︒民主主義は︑治者と被治者の意思の︑不断の一体化を理念とする︒ストライキによる意思表明は︑. 三一︵三一︶. 圧力を含んだ労働者の要求実現の方法であるが︑それは国家意思にたいする外部からの不当な圧力ではなく︑まさに 政治的ストライキと団体行動権の保障.

(32) 論. 説︵佐藤︶. 三二︵三二︶. その意思形成の過程における主権の行使ともいうべきものである︒真の民主主義が︑正当な手段による︑国民の平等 ︵一九︶. な実質的政治参加の方向において考えられるとしたら︑政治ストはこうした政治参加の︑労働者の性格に即した具体 化・実質化としての価値をもつといえるだろう︒. 政治ストが正当とされねばならぬ理由は︑こうして︑民主主義の理念と現代社会における政治の現実にもねざして. いる︒したがってまたその否定は︑労働者の団結目的追求の抑圧であるとともに︑実質的に労働者の表現の自由や政. 治参加の否定︑その意に反する苦役の強制にもなる︒しかしこの表現の自由の行使や政治参加は︑政治ストという︑. まさに労働契約のもとにおかれている労働者の︑労務提供を拒否する団体行動ーそれこそが不満・抗議の表明であ. るーであるがゆえに︑使用者による民事責任の追及ないしは不利益待遇にさらされるー国家権力による抑圧だけ. でなく1危険があった︒それゆえにこそそれはまさに︑労働者の権利として要求され︑そのようなものとしての保 障形態をとる必要があったのである︒. なお政治ストの︑この使用者の権利︑自由との衝突の側面︑民事免責の実質的根拠については︑つぎにいわゆる側. ︵一︶. 資本主義の矛盾は︑その社会科学的認識の発展とも関連しながら︑一方では社会主義革命の要求を生みだしていく︒そして. 野村平爾﹁争議目的とストライキの合法性﹂︵日本労働法の形成過程と理論︑一九五七年︑岩波書店︑八二ぺージ以下︶︒. 杖論と関連して︑より立ちいって検討しよう︒. ︵二︶. 平和と民主主義のための闘争は︑その革命の立場からは︑将来の完全な勝利にむかって労働者の力を準備するものとしても︑重. 視されるだろう︒しかし平和と民主主義それ自体は︑革命の要求ではない︒それ以前に資本主義社会で︑労働者はその人間的生.

(33) 存の権利をいくらかでも守るためには︑国家権力の戦争と抑圧の政策に抵抗せざるをえない︒したがって︑その限度において平. ○痒oび霞. 和と民主主義の問題は︑革命の観点からだけでなく︑現存制度内での改良を終局目的とする立場からも︑むしろ共通の要求とな るはずだろう︒. ︵三︶ミo凝師鑛︾びΦ巳8浮 U一︒号葺の含窪○︒蓄鼻8訂富p薯罐留暮町蝕ω9段一導︒讐豊8﹂3♪ψωo. ︒. Oo毒R犀gゲ臥冨団自昌儀㊦9一≦麟poげoP5︑置. ω●9鍛●のほか︑簡単には︾び曾象9Fωo巴亀αq窃o露畠器畠巽oq3℃鐵ω39︾き9−. 這09ψお︐なお歴吏について︑ω窪oさ勺O一註ω9醇ω葺o涛. ︵四︶ 国餌昌の劇9犀一①ぴ男88犀oFO目自⇒α仁旨αqの犀05鵬器誘山窃U①旨零ゲo 一〇躯Pω︒OO卜o︒. 仁P山ω貫鉱器号び甘ユ巽ゆ嵩9葺ロαq︸一3G o. ︵五︶ 閃巳9切き①びω霞①涛仁昌傷ω安鉱お魯♂︾吾①一け=づα園9窪. お①9︵野村修訳・ヨー・ッパ労働運動史︑一九六八年︑合同出版︶参照︒. ことにフラソスでは︑戦後もこの種の政治ストの例が多くあげられる︒マエシャル・プラソに反対するゼネスト︵一九四七. 富号①類紹仁昌αq. ︵六︶. 年︶︑リッジウエー大西洋軍司令官反灯デモ︵一九五二年︶︑その他イソド支那戦争反対スト︑アルジェリア戦争反対スト︑ドゴ. ール政権の出現にたいするC・G・Tを中心としたゼネスト︵一九五八年︶など︒青木宗也﹁フラソスにおける政治ストの法理﹂. ︵労働法一四号︑一九五九年︶一四二ぺージ以下︑水野勝﹁政治ストtフラソスにおける学説と判例の展開﹂︵法学新報七三巻 一九六六年︶二六ぺージ以下︒. ヤ ヤ 横井﹁政治ストとしての反戦スト・1﹂は︑﹁政治ストの合法性を詳細に基礎づけられた野村教授は︑その理由の一つとし. 二・三号︑. ︵七︶. て︵傍点佐藤︶﹃憲法第二八条における団体行動権の歴史的意味﹄をあげられ︑ここで各国の労働組合が政治ストを闘かってきた. という歴史的事実から直接に団体行動権の中味を理解していこうとされる︵野村平爾・日本労働法の形成過程と理論九八頁以下. 三三︵三三︶. 参照︶︒しかし︑はたして組合運動の歴史的事実そのものからストレートに団体行動権の中味が法的に構成されるものであるか. 政治的ストライキと団体行動権の保障.

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