労 働 力 再 生 産 と 家 族 法
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(2) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 二. ︵独立個人的家族員の権利義務関係論︶. は︑川島武宜 青山道夫に典型を看る如く︑商品交換︵契約︶法としての市民法像︵﹃資本論﹄一巻二章﹁交換過程﹂︶. の抽象の下に直接に家族関係を投影せしめる所謂﹁近代的市民家族法理論﹂. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. を︑その絶対的出発点としてきた︒だが︑市民法の等質的個人法性は︑共同体的土地所有の廃絶︵土地私有︶に拠る. ︑. ︑. ︑. ︑. ヤ. ︑. へ. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ヤ. ヤ. ﹁単純商品生産H交換法﹂ ︵原子的個人法︶. 直接生産者の生産手段からの排除︑即ち労働力商品化に基く商品流通の全一的支配領域のイデオ冒ギーにすぎず︑法 ︑. ヤ. の形式的普遍性に惑わされ︑元来商品経済関係でない家族関係にまで︑. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. なるものを敷延することは謬見であろう︒即ち労働力販売と賃金による生活資料購買の部面こそが︑商品物神性の顛. 倒腫人間依存関係の疎外としての私的個人を規範的に骨化し︑信用ー利子率の確定を基礎に﹁資本−利潤﹂ ﹁土地ー ヤ ヤ 地代﹂が利子還元され︑擬制資本擁土地価格を通して資本・土地も﹁利子を生む財産﹂として﹁商品﹂化される限リ ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. でのみ︑独立人格︵商品所有者︶の平等な対抗H自由意思交渉という法観念を一般化するにすぎない︒商品交換・契 沿−︶ 約法としての市民法像は︑精々︑三位一体的仮構としての﹁財産法﹂領域に妥当する理念でしかない︒. しかし﹁財産法﹂規範を根抵で支える労働力自体︑商品経済的に物化された位相で生産しえない︒社会的に必要な. 労働力確保は︑①単なる直接的自然人口増ではなく︑②不況期の資本構成高度化︵合理化︶に基く相対的過剰人口. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ︵予備軍︶形成に拠り実現されねばならない︒それゆえマルクスは︑ ﹁資本蓄積過程﹂ ︹一巻二三章︺を通じて︑労 ︵1︶ 働力の吸収・排出の反復H景気循環︵価格変動︶を介した労働力価値規定←労働者個人の﹁財産法的主体﹂への収敏. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 機構のみならず︑①労働力価格︵生活水準︶による日々の自己労働力再生産と次期労働力︵妻子︶生産養育実現︑②. さらに外部の過剰労働力再生産維持の機構︵H親族︶の根拠を解明している︒即ち︑生活資料の消費過程H労働力再.
(3) 生産の複合構造自体が︑ ﹁財産法﹂的価値関係︵自由平等規範︶で律しえない具体的人間間の無対価的使用価値給付. ヤ. ヤ. ﹁保護・扶養の共同体規範﹂を必然化する︑ー此所にこそ︑マルクス﹁家族法﹂理論の核心があるはずである︒ ヤ ヤ ところが︑エンゲルス﹃家族・私有財産・国家の起源﹄の圧倒的影響化にある我公認マルクス主義法学は︑ ﹁家族. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. の本質﹂を予め﹁唯物史観﹂式に﹁人間の生産U生殖﹂のみに緊縮し︑それを支える﹁婚姻﹂の支配・差別的構造. ︵H私有制︶の発生・発展過程分析に終始するのみである︒即ち近代家族︵法︶の共同体的な有機的一体的構成につい. 父権的支配﹂一般に解消. ても︑特殊U資本主義的生産関係固有の上部構造としての解明を欠落し︑①前近代的﹁家父長制︵身分婚︶の遺制﹂. とされるか︑②さもなくば︑資本主義も﹁階級社会﹂であるとして﹁単婚︵一夫一婦婚︶. され︑それ自体﹁財産法﹂物神的な﹁両性の平等U独立自由の主体﹂を彼岸化する一種の小ブルジョアデモクラシー. 視角からイデオロギー的U超越的に裁断されるにすぎない︒周知の如く︑今目なお①家族法の民主化︵個人主義的権. 利義務︶の徹底を啓蒙する近代主義家族法理論や︑②社会主義による契約的婚姻観の全面開花を待望するエンゲルス ヤ. 三. 近代市民法体系中に占める﹁家族﹂の特殊な位相の確定を図り︑併せて﹁財産法﹂に対する﹁家. ヤ. 宣託的家族理解も︑同根に咲く徒花であり座視しえない︒本稿は︑マルクス﹃資本論﹄自体の﹁家族﹂範疇の検討を 通じて︑資本主義. ︵沼正也︶の再評価をも眼目の一端とする︒. エンゲルス﹃起源﹄家族論の俗流性. 族法﹂の連関分析における所謂﹁私的保護法理論﹂. ニ. 所謂﹁種の繁殖﹂命題と経済原則 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(4) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 四. これを①﹁一方で生活資料の生産⁝⁝と. エソゲルス﹃家族・私有財産・国家の起源﹄初版序文こ八八四年︺は︑ ﹁歴史の窮極的︹ぎ蚕器二参雷震一八九一 ヤ. ヤ. 年.四版追加︺規定要因﹂を﹁直接的生活︵命︶の生産・再生産﹂と呼び︑ ︑. ︑. ︵2︶. それに必要な道具の生産﹂︑②﹁他方で人間そのものの生産・種の繁殖閃98自きN=鑛血RΩ聾§αQ﹂︑即ち︑①﹁労働﹂. と②﹁家族評旨ぎ﹂というコ一種類の生産﹂に求めている︒この二元的端緒論を巡り︑我国においても︑①クノー ︵3︶ Uスターリソ式﹁唯物史観の一元性﹂観念からする批判・修正を発端に玉城肇!青山道夫・江守五夫の論争︹一九五. 一般にエソ. 七〜六八年︺が︑また②戦後主体性論争〜スターリン批判の継承発展として田中吉六・三浦つとむ・黒田寛一等によ ︵4︶. 2八四五年︺の﹁歴史の本源的関係﹂の三つの要因説︑. る所謂・生活の生産論争︹一九六〇〜六九年︺が︑広範に展開されたのは周知の事柄であろう︒この場合︑. ゲルスニ元命題擁護者は︑根拠に﹃ドイッイデオロギー﹄ ︑. ︑. ︵5︶. 即ち①﹁物質的生活の生産﹂②﹁︵その︶欲望⁝⁝充足のための道具の生産﹂︵毅労働における自己の生活の生産︶と. 並記された③﹁繁殖﹂ ︵ 生殖における他人の生活の生産︶を掲げ﹁唯物史観U人間主義の立場﹂を強調するのに対. ︵7︶. し︑他方エソゲルス命題批判者は︑ ﹃経済学批判要綱﹄﹁序説﹂︹五七年︺の﹁諸々の個人の社会的に規定された生産﹂ ︵6︶ ﹁労働・分業﹂を端緒とする﹁上向プラソ﹂や︑ ﹃経済学批判・序言﹄︹五九年︺の﹁唯物史観の公式﹂にいう﹁物質. ︵8︶. 的生活の生産様式﹂目﹁土台﹂一元説を︑ミーチンUスターリン流機械的唯物論︵素朴反映論︶の教条から演繹して. 訓詰する傾向がみられたと言ってよい︒だが当時の論争の不毛性は︑これら諸論者が未だ﹃資本論﹄研究を欠落した. 唯物史観解釈論議の水準に留まり︑コ定の物質的条件﹂の下で﹁生産する現実的諸個人﹂を恣意的に﹁歴史の発端﹂. まで遡及させ︑原始社会の架空の﹁生産﹂から資本家的商品生産まで﹁論理黙歴史﹂的﹁生産力発展法則﹂により上.
(5) 向n展開しうると考えていた点︑即ち︑. ﹁歴史の究極的規定要因﹂. ︵普遍︶自体が︑マルクスにおいては︑. 生産 再生産過程﹂ ︵特殊︶から抽象し批判的に再検証すべき概念であることを︑忘却していた点にある︒. ﹁資本の. ︵生活手段ないし人問の生産︶. ﹃要綱﹄ ﹁序説﹂も強調している如く︑ ﹁あらゆる社会に共通に当嵌る超歴史的範疇﹂にみえる﹁労働﹂でさえ︑ ︵9︶ ﹁その普遍性と全体性⁝⁝は︑全面的に開花し多様に発達した社会的分業と社会的生産を前提とする﹂︒マルクス自身 ︵10︶. ヤ ヤ ﹃要綱﹄ ︹一八五七〜八年︺執筆過程において︑幾度も唯物史観前提的な﹁生産一般﹂. 資本家的. を端緒とする上向論を試みたが︑︵実際﹃資本論﹄冒頭﹁商品﹂における価値実体蒸溜論はその残津といえるが︑︶完成. された﹃資本論﹄︹六七年︺の﹁労働過程﹂が︑三篇五章﹁絶対的剰余価値生産﹂のうちに組込まれ︑特殊. ︑. ︑. ︑. ︑. ﹁価値︵形成︶増殖過程﹂ ︹二節︺の展開に対応して︑﹁あらゆる社会に共通な普遍的実体﹂︹一節︺として抽象されて ︵11︶ ﹁これから論証すべぎものを前に示すことは妨げになる﹂として︑唯物史 ︵11︶. いる点は肯繁に当る︒即ち﹃資本論﹄は︑. 観︵歴史の窮極的規定要因﹀自体を﹁導きの糸﹂の限度に留め︑資本主義の特殊歴史的形態規定としての﹁商品﹂を. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ︵生産手段㎞︶を客体的要因として︑生産物. ﹃資本. 端緒とする流通︵W←G←K︶の解明から出発し︑労働力商品の導入を媒介に歴史的に始めて上部構造的規制から解 ︵12︶ ︑ 放される﹁資本の生産過程﹂ ︵商品による商品の生産︶をして︑やっと﹁どんな特定の社会的形態にも関りない﹂普 ヤ. ヤ. 遍的窮極原則を透明な形で表示せしめているのである︒エンゲルスが仮説した﹁歴史の窮極的規定要因﹂は︑. ﹁労働力A﹂を主体的要因とし﹁労働対象﹂と﹁労働手段﹂ ︵13︶. 論﹄の﹁経済︵社会︶原則﹂論のうちにこそ正確なる科学的規定を与えられている︒ 人間は︑. 五. を獲得し労働力を再生産する︹労働n生産過程・一巻五章二節︺︒即ち︑必要労働と剰余労働を構成する抽象的人間労 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(6) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 六. ︵単純再生産. 働を︑使用価値生産の具体的有用労轡して配分畜するが︑多方︑生産された必要労働分の墨露盈﹂を暮. することで︑労働力︵人間︶自体が再生産されねばならない︒この関係は︑マルクスが﹁再生産表式﹂. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ﹁歴史の究極. 菰大再生産︶で具体曽総括した如く︑生産元本更新進㌍淳る生活資盈と生産手器の再生産割合も︑た ヤ. 問労働力Aの再生産に条件付けられてこそ﹁あらゆる社会に共通の基礎﹂をなすことになるのであり︑. 的規定要因﹂なるものも︑単なる﹁物質的生産﹂ではなく︑当然︑①生産的消費︵ 物質的生産︶と②個人的消費 ヤ ヤ ︵ロ労働者再生産評層a爵島8号ω>吾魯Rω︶の絶対的関係を実現する社会的物質代謝の原則的循環運動として考. 察されねばならないことを意味する︒︵このことは︑商品資本循環珍涛①Wiα・G−W︵卿A︶⁝P⁝Wといえど︑. エンゲルスの所謂﹁直接. 再生産翫実現のため護︑先ず最初のWのう詮緊あり︑それゆえ︑外部に②G−W︵㎞︶−AfGという人問 の﹁本来の生活﹂を前提せねば成立しえない点を考えただけでも明瞭であろう︒︶此処に︑. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ︵14︶. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ︑. ︵レ1ニソ︶として原則U前提にすぎず︑何らかの権力的U政. ︑. ﹁歴史的に千渉しない動植物にとっても実存する⁝⁝抽. 的生活の生産即o身一含9号ω舅目罪o霧象讐9幕諾の二重性﹂の科学的精緻化がなされていると言ってもよい︒だ. ヤ. が問題はこの先にこそある︒. ︵14︶. ︵マルクス︶即ち﹁自然的増殖法則﹂. エンゲルスのいう﹁人間の生産打種の繁殖﹂それ自体は︑ 象的人口法則﹂. 策的な消極的規制︵産児奨励・制限︶対象でありえても︑そこに人間固有の歴史H社会的な﹁家族﹂としての規定性. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. を見いだすことはでぎない︒エンゲルスの如く︑此処から直接︑﹁生殖集団としての家族﹂始源説を導出することは︑. ﹁婚姻H生殖的小家族﹂を絶対視する一種の核家族普遍説に堕する危険を孕み許容できない︑1点である︒むしろ.
(7) ︵15︶ あらゆる人間社会は﹁人口の自然的増殖の制限にはかかわりなしに﹂. ︵マルクス︶人間労働を必要に応じて確保し再. 生産する機構を保持してこそ成り立つ︒いつの社会も︑その生産力拡大を︑固定設備変革︵技術的生産方法改良︶を. ヤ. ち. ヤ. ヤ. 通した蓄積による過剰人口創出機構︵人口法則︶によって補完され︑始めて︑社会的に必要な消費生活水準を保障し. ヤ. ヤ. ヤ. うる労働力供給 物質的生産循環としての社会秩序を形成する︒ ﹁特殊齪歴史的な生産様式はいずれも︑特殊 歴史 ︵15︶ 的に妥当な人口法則を有する﹂︵マルクス︶のであり︑実際︑﹃資本論﹄の編別構成を鑑みても︑表式論︹二巻三篇︺. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ち. ヤ. ヤ. 人問の生産﹂でなく︑かかる蓄積. ヤ. 人口法則に媒介された社会的関係としての. は︑蓄積論︹人口法則・一巻七篇︺を前提にしてこそ︑始めて社会的総資本の姿態変換H商品資本循環形式のうちに ︵16︶ 実現される超歴史的な社会的物質代謝︵価値法則の絶対的基礎︶を純粋に表示するものにもなるのである︒. う. 自然的関係としての﹁種の繁殖 ヤ. ﹁労働力の再生産﹂︑それゆえその基軸たる相対的過剰人口の維持H扶養の全機構こそが︑出発点としての﹁家族. ﹁家族共同体=窪ωoqoヨoぎ8富苫としての労働力支出. 再生. 評巨冨﹂の基本規定をなす︒むろん前資本主義社会は︑その経済的基抵自体﹁政治制度・宗教儀礼・親族構造﹂と不 可分の﹁自然生的人格依存関係﹂から成立しており︑ ︵17︶. 産も︑﹁直接的に社会的﹂な︑血縁的︵アジア的︶ないし地縁的︵冒ーマ・ゲルマン的︶共同体の内部編成組織の一分肢. に﹁埋没﹂﹁融合﹂している︒此処では︑近親者や非血縁的奴隷身分をふくむ過剰人口の大家族的扶養も︑家長的権力. 工讐確①≦巴けへの奉仕H恭順関係頂9馨ω仁区↓お5<段岳一9一ωや家族構成員=窪ωα q窪8器相互のω昌暮N¢注缶まo. 七. ﹁物象的依存性に基く︵人間の︶私的. に包摂・隠蔽され︑それ自体私的保護圏域として独立することはない︒労働生産過程と労働力再生産過程が分離︵家. 計と経営の分離早︒目目磯<9頴碧筈聾毯傷評鼠害︶され︑その連繋が︑ 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(8) 八. ﹁財産法﹂的紐帯からのみなりたつ自律社会︑資本主義社会に於いてこそ︑ ﹁家族閃帥旨冨﹂. 早稲田法学会 誌 第 三 一 巻 ︵ ー 九 八 ○ ︶ ︵18︶. 独立性﹂即ち商品経済. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 労働力再生産︵人口法則︶論の家族理論としての意義に着目することなく︑自然生的. エンゲルス近代家族︵法︶理論の虚構. とその﹁法﹂を貫串する共同態的本質と全体性を確定する唯一の根拠が与えられるのである︒. 2. ﹃資本論﹄における蓄積. ﹁人間の生産﹂を基準としたエンゲルス﹃起源﹄の歴史主義的家族論は︑単なる性的結合を基準とする﹁婚姻形態変. ﹁母権﹂の想定や. 進化主義的方法に拠る先家族把握については︑既にマリノ. 遷H小家族史観﹂に堕さざるをえない︒モルガン模写の親族名称体系に拠る﹁原始乱婚ー集団婚﹂ ︵19︶. ﹁血縁家族ープナルア家族ー対偶家族﹂という自然淘汰. 家族﹂の﹁論理n歴史﹂主義の弊害が極まれるという点にある︒. フスキー以来の人類学的検証を踏まえた多義に亙る批判が在るが︑最大の問題は︑その近代家族理論においてこそ ﹁婚姻. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ﹁初めて︑. エソゲルスの近代家族発展の﹁弁証法﹂の骨子はー③先ず﹁私有財産社会H一夫一婦家族﹂なるものを想定し︑. ヤ. そのうちから﹁伝来の慣習や歴史的権利の代りに売買と自由契約を打立てた⁝⁝新興市民階級﹂により︑. 以前の一切の世界の知らなかった近代的個人的性愛の発達の可能性が与えられた﹂とし︑その法理念として﹁D双方. ﹁耐久的で相続しうる富の男︵夫︶への集積﹂と﹁父の実子へ. の自由意思により締結された契約としての婚姻︑幻夫婦家族員相互の平等なる権利義務保持︑の離婚自由﹂を挙げ る︒⑤だが現実に発展した﹁ブルジョア家族﹂では︑. の相続欲求﹂︵家産秩序︶から︑﹁共諾婚﹂が﹁便宜婚﹂と化し︑夫による妻子扶養が﹁生産手段所有者による無所有.
(9) 者支配﹂の契機に転ずるとして︑﹁妻の公然または陰然たる家内奴隷制﹂﹁娼妾・売淫・姦通に支えられた一夫一婦制﹂ ノ の実質が批判される︒⑤他方︑ ﹁プ・レタリア家族﹂では︑ ﹁相続しうる富︵家産︶の不在﹂と﹁窮乏化﹂に基き︑. ﹁ブルジョア的単婚の基盤喪失﹂と﹁妻子の労働市場進出﹂←﹁両性の真の同権化の繭芽﹂が指摘される︒◎﹁社会. 主義社会﹂は︑﹁プ揖レタリア家族﹂を基盤に﹁私有制とそれに伴う副次的経済的考慮︑妻の独立不安と子の将来不. ﹁平等なる両性の人格的性愛﹂の構築が展望される︑1という単純な図式に. 安を除去﹂するのであり︑つまりは﹁夫の優位・離婚不能の廃絶﹂である︒また﹁家事の社会化H公的産業への解 ︵⑳︶. 体﹂による﹁両性の完全なる同権化﹂ 尽きる︒. ﹁社会的生産と私的領有の矛. ︹一八八四年︺の﹁家族﹂把握は︑﹃反デューリング論﹄︹一八七七年︺〜﹃空. ︹一八八二年︺において定式化されているエンゲルス式俗流唯物史観H. 一瞥して明白な如く︑かかる﹃起源﹄. ︵21︶. 想より科学へ﹄. 盾﹂論を︑檀断化された﹁個別︵小︶家族﹂の内部身分関係にほぼそのまま敷術・当嵌した代物にすぎない︒先ず︑. 所有権﹂︑つまり原子論的個人の等価的契約関係として同市民社会への実体還元を行. ③資本主義家族の前提を︑︵封建制旺共同体にではなく︶﹁私的生産U私的領有﹂の小商品生産家族なるものに求め︑. 分業←単純流通に依る﹁労働. ヤ. ヤ. ヤ. う︒それゆえ︑﹁近代家族﹂の物的基礎も︑﹁売買と自由契約﹂と同様︑なによりも独立・平等の両性の意思の合致n. ﹁私的契約としての婚姻︵近代的性愛婚︶﹂を基礎にした経営体として解され︑妻子の監護扶養も︑小生産的家族経. 営における妻子の有用労働支出の対価︵等労働量U﹁等価﹂交換︶として︑債権債務関係に解消されて観念される︒. 九. ⑤次に﹁資本の本源的蓄積﹂〜﹁産業革命﹂が︑単にこの小生産家族の緩慢的上昇と没落の過程に楼小化され︑した 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(10) 一〇. ﹁独立的家族員の自由な権利義務関係﹂を基準にした実質的変容・齪齢として絶対. 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. がって現実の資本制下の家族が︑. ヤ. ヤ. 矛盾的に設定される︒つまりエンゲルス理論では︑@﹁私的生産目私的領有﹂←⑤﹁社会的生産晋私的領有﹂なるシ ヤ. ヤ. ヤ. 収奪論﹂に分. ﹃資本論﹄で経済原則的統一性をなした﹁資本の生産過程﹂. ヤ. ェーマのもとに︑﹁交換﹂H契約が単なる形式・仮象として退けられ︑﹁生産﹂の定在様式︵私的←社会的・生産力︶. のみが実質的歴史過程として一義化される︒このため︑. としての﹁価値形成旺増殖過程﹂が︑歴史主義的に③﹁価値法則U等価交換論﹂と⑤﹁剰余価値法則. 離され︑③単純商品生産←⑤資本家的生産の移行論に振り分けられる︒この単線的﹁生産様式発展﹂モデルは︑相即. ︑. ︑. ︑. ヤ. ヤ. ヤ. ︵家事の無償消費労働化︶U﹁夫への私. ヤ. 的に﹁生産物消費腫労働力再生産過程﹂も︑@﹁私的生産H私的消費﹂の﹁経営﹂を基礎とする﹁全的共同生活単位. ︵22︶. としての家族﹂←⑤﹁生産の社会化﹂に拠る﹁妻子の生産機能からの遮断﹂. ﹁人格的性愛﹂H契約家族理念の外被の下に︑事実上﹁生産手段. 的隷属・家内奴隷制﹂という移行論で展開せしめずにはおかない︒即ち︑﹁ブルジョア家族︵法︶﹂は︑財産法原理に ︵23︶. おける﹁領有法則転回の弁証法﹂なるものと同様︑. ﹁私有財産社会共通. 所有者︵夫︶による無所有者︵妻︶支配﹂の構造的契機をなすものと見倣され︑現実の家族内部の非商品経済的無価 ︵24︶. ﹁家族のなかで夫はブルジョア︑妻はプロレタリアを代表. 値性︵労働モ所有︶が﹁経済的抑圧の⁝⁝結果﹂たる階級関係と混同され︑特殊踊近代家族の︑. ︵25︶. ヤ. ヤ. ヤ. ﹁①労働における自分自身の生産﹂と﹁②生殖における他人の生産﹂. なる父権制単婚﹂ ﹁便宜婚﹂一般への解消に帰結する︒. ヤ. する﹂などというエンゲルスの結論はまさに︑. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. という二元的﹁生産一般﹂を端緒範疇とし︑④﹁ω社会的分業﹂と﹁②性行為における分業﹂の発展︵生産力︶から. 直接に︑﹁①財産関係︵所有権︶﹂と﹁②身分関係︵家族︶﹂を抽出したうえで︑⑤事後的に﹁分業と分配︵生産と領.
(11) 有︶の不一致﹂から階級関係︵ω資本家と②夫︵父︶の支配︶を引き出さんとするエンゲルス式唯物史観の誤謬を晒 して余りある︒. かかる家族︵法︶理解は︑しかしそう新奇なものではない︒むしろ一七世紀自然法家族理論︵T・ホヅブズ〜﹂・. 戦争状態から個人の契約を媒介とする社会状態への移行の論理により︑. pック等︶において定式化され︑更にー・カントの一八世紀市民的契約家族論に継承された標準的理解の踏襲にすぎ ない︒周知の如くホヅブズは︑自然権的自由. ﹁一般的財価の発明による富の集積﹂以後. ﹁労働により私の所有権を確立する個人の任意契約による平等な私的集団としての. 家父長制家族共同体批判の立場から︑ ︵未だ﹁同意的服従としての父権﹂の痕跡を残すとはいえ︶契約家族論の端緒 ︵26︶. を開いた︒そしてロックこそは︑. ﹁平和な調和的自然状態﹂仮定の下に確立し︑さらに︑. ﹁財産権と相続の機能に基く父権・妻子服従義. ﹁両性の性的特長の交互使用﹂に基く﹁物権的様相をもつ対人. ﹁所有原理による平等﹂が﹁現実の不平等﹂を惹起するとして︑. 家族﹂の原型を︑ は︑ ︵27︶. 務﹂への転化の可能性さえ示唆した︒またカソトの︑ ︵28︶. 権としての私的契約家族﹂から︑ ﹁夫の自然的優位﹂に基礎付けられた﹁家族成員の共通利益のための一方の所有解. 消﹂の導出論理こそは︑エンゲルス近代家族法理解の直接的前史をなすといって大過無いであろう︒それゆえ︑エン. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ゲルス家族論の独自性は︑ただ僅かに﹁否定の否定﹂の弁証法援用によって︑本来の自然法契約家族理念の完全なる. 実現を社会主義に託した点に在るにすぎない︒@小生産経営体家族を自由・平等なる契約家族の可能態とし︑⑤資本. 一一. 家家族をその﹁否定﹂ ︵父権制H矛盾過渡形態︶として設定する以上︑◎社会主義﹁家族﹂は︑資本主義の﹁生産の ノ 社会化﹂ 構成高度化蓄積の推進←過剰人口累進増←労賃下落︵人口法則の窮乏法則化︶による⑤労働者における家 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(12) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八O︶ ︵29︶. ︑︑︑︑. 二一. 社会的同. 族自然崩壊︵私的妻子扶養H﹁支配﹂の不能︶から直線的に導出されざるをえない︒即ち︑◎社会主義は︑@家族的小. 経営︵私的生産 私的所有︶の﹁否定の否定﹂として︑﹁社会的生産居社会的所有︵消費︶﹂上に︑経済的. 権の﹁個人として対等な男女の性愛的結合﹂を再構築することになるにすぎない︒今日︑歴史的に出来した社会主義. スターリン以来の定説たる﹁真の一夫一婦制強化論﹂︵家族H社会細胞論︶に大. ︵31︶. 艮ソ連邦の家族理論が︑革命初期2九二〇年代︺のコ・ンタイ︑ブランデンブルグスキイ︑ヴォリフソン流﹁家族消 ︵30︶. 滅論﹂から︑三〇年代ブハーリン. ﹁社会主義的適法性﹂の固定の下に︑ブルジョア財産法的﹁市民の同質性﹂原理. きく転換したようにみえ︑だがその実︑独立した自由な意思主体︵平等の個人︶の契約婚 家族なる市民的権利イデ オ戸ギーを止揚せず︑むしろ近年︑. の家族関係への徹底を彼岸化しているのは︑エソゲルスの末高に相応しい皮肉な現実ですらある︒. だがかかるエンゲルスの近代家族︵法︶分析は︑マルクスが一貫して意図した﹁市民社会﹂解剖の方法とは決定的. ︵32︶. に異質である︒マルクスは︑ ﹁pビンソン物語﹂的独立した個人の契約社会的表象を﹁過去に実在した前提︵ないし ︵32︶ 未来に実現すべき理想︶として表出する錯覚﹂を激しく非難し︑それ自体﹁ブルジョア社会において資本関係そのも. ヤ. ヤ. のが措定してゆく﹂観念であるとする︒それゆえ﹃資本論﹄は︑近代資本主義の成立を︑エンゲルスの如く﹁小商品. ⁝. ﹁封建制匹共同体農民からの土地収奪﹂H﹁二重の意味で自由な労働者の︵暴. に求めた︒﹁商品生産︵H交換︶は︑資本家的生産の基礎上で初めて︑生産の正常. 生産関係﹂の両極分解としてでなく︑ ︵33︶. 力的︶創出﹂︹原蓄・二四章七節︺ ︵34︶. ヤ. ヤ. ヤ. 的支配的性格として現象する﹂ ︵マルクス︶のであり︑近代市民社会H市民的家族規範も︑労働力商晶の反復的販売. を基礎に初めてその純粋かつ全面的貫徹が保障される︑とするのである︒自然法家族理論への後退としてのエンゲル.
(13) ス流﹁小生産家族. ヤ. 近代家族﹂論と全く逆に︑マルクスは︑自然法理論批判としてのへーゲル﹃法哲学﹄の﹁家族−. 市民社会!国家﹂のトリアーデ継承・顛倒から出発し︑ブルジョア﹁国家﹂の自然法的普遍性の根拠を︑商品経済の. 物象的自足運動としての﹁市民社会﹂の﹁全面依存性﹂H﹁欲望の体系﹂たる財産法的関係に求めつつも︑﹁労働力商 ︵35︶. ︑. ︑. 品化の無理﹂によりその胎内に﹁外面的現存在としての超個人主義的共同体﹂紐﹁法的人倫的な愛閃︒︒窪ぎ募葬ま訂. 犀︒ぼに基く財の共同性﹂︵へーゲル︶としての﹁家族﹂を措定せざるをえない限界性を解明している︒エソゲルスH. スターリン式﹁歴史発展の弁証法﹂でなく︑対象の﹁恰も永遠に繰り返す﹂肯定的理解のうちにそれ自身の特殊H歴 ︵36︶ 史的限界を論証する円環の弁証法によってこそ︑マルクス家族法理論の検出︵近代市民社会←家族︶が図られねばな. ヤ. ヤ. ヤ. 三 マルクス﹃資本論﹄に拠る家族法理論捌出. ヤ. 労働力再生 産 H 人 口 法 則 と 私 的 保 護 法. らない︒. 1. ﹁資本の蓄積過程﹂が﹁労働力の特殊な再生産方法﹂を問接的に要請することに照応して︑法理的にも︑. かくて原理的には﹁近代市民社会﹂に対し︑特定の家族形態を前提く9墜ωωo言窪することはできない︒むしろ論 理的には︑. oo欝窪してゆくものとして展開さ ﹁財産法﹂の主観法U当為化自体が︑その背後に非財産法領域U﹁家族﹂を措定o. 一三. れるのであり︑この労働力再生産過程の規範構造にこそ﹁︵近代︶家族法評巨密葭9窪﹂分析の基準も始めて与え られるのであるo 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(14) ヤ. ヤ. ヤ. 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 一四. ﹃資本論﹄の﹁市民社会﹂論は︑労働力が一度﹁無理﹂︹本源的・一巻二四章︺に商品化され生産過程に投ぜられると. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 新たな価値をもつ商品が自律的反復的に生産される︑という徹頭徹尾物化された社会秩序論として始まる︹一巻三篇 ︵37︶ ︑ ︑・ ・ 〜︺︒労働力価格が﹁労働賃金﹂なる形態で生産費用と見徹され︑その売買がコ雇用契約﹂として規範化されると︑資. 本の運動が純粋に価値姿態変換として現出し︑生産過程をも流通n﹁売買契約﹂に帰結せしめる︒此処では一切の社. 会関係が自己の商品︵・貨幣︶を譲渡して他人の価幣︵・商品︶を獲得する契約的意思行為として現れ︑その主体. は︑使用価値的個性を払拭された自由・平等の人格H私的所有権者として表出される︒市民法としての﹁財産法﹂. ︵38︶. 2巻二章︺ではなく︑かかる生産過程の流通化h﹁資本の流通過程﹂︹二巻・資本循環G. が︑所有権を専ら権利主体︵人︶と客体︵物︶の関係として観念し︑契約原理を単純流通の相互承認の如く抽象する 根拠は︑単なる﹁交換過程﹂. ーW⁝P⁝W−G︺を通した価値自己増殖にこそあるといってよい︒. だが︑かかる﹁所有・契約・人格﹂規範に基く形態転換H資本蓄積においては︑その拡大再生産に対応する労働力. 供給量まで規制されるなら︑資本主義は︑自由・平等の﹁財産法﹂的権利義務関係により完全に. の拡大確保が果しえない︒もし︑労働力が他の商品と同様︑資本家的に生産され︑需給均衡︵価格変動︶によって直. 接﹁人間の生産﹂. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 社会を一元化しえたであろう︒しかし資本自身は﹁人間﹂を生産しえず︑それゆえ﹁種の繁殖﹂を絶対的基準に︑資. 本が必要に応じ市場で確保しうる労働力の貯蔵庫を︑自らの運動を通じ間接的に創出せねばならない︒この原理的機 ︵39︶. 構が︑マルクスにより始めて明らかにされた﹁資本主義に特有なる人口法則﹂2巻⁝章︺を通した相対的過剰人口. の形成・維持としての﹁家族﹂の規定であった︒即ち︑固定資本の栓桔により一定の資本構成のまま追加投資 蓄積.
(15) ヤ. ヤ. ﹁種の繁殖﹂のみに依拠した労働力供給源の澗渇・絶対的限界は︑既存の固定資本の廃. ヤ. が行われる揚合︑資本蓄積の横への量的進展は可変資本H労働力需要の比例的増加を意味し︑労賃騰貴←利潤率低下 ヤ. に作用する︒この自然人口. 棄・生産方法の技術的改善により質的に解決されるしかない︒恐慌による再生産の一時的中断を積桿とした不況期の. 一挙の有機的構成高度化は︑相対的過剰人口排出←労働力供給源拡大を果し︑この圧力で労賃下落.利潤率上昇を実. 現する︒これにより︑再び資本は︑新たな構成で蓄積の量的拡大条件を獲得し︑過剰人口を吸収し発展する好況期を ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 迎えることになる︒この好況−恐慌ー不況の産業循環︵人口法則︶こそが︑同時に労働力の価格変動を通した価値規. 定であり︑それは即ち労賃による生活資料買戻し︵労働力再生産︶確立を基礎に︑生活資料生産資本家と生産手段生. ︵40︶. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. 産資本家の競争n均衡を通じ貫徹する﹁価値法則の絶対的基礎﹂︹再生産表式・二巻三篇︺←市民社会的仮象の完成を. 実現する︒このことはつまり︑蓄積二形態の交替H相対的過剰人口の膨張と収縮の反復に基く一定の被扶助.要保護 ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 人口の外的存在を絶対的条件としてのみ︑市民社会の独立・自由・平等なる財産法支配も始めて定立されることを意. ヤ. ヤ. ヤ. 味する︒では︑財産法的主体と被扶助的過剰人口の︑同市民社会n市民法︵個人財産権・私的自治.自己責任原理︶ ヤ. こ巻四章三節︺において︑労働力価値を﹁労働者の生活に必要な生活資料の生産に要. ﹁商品による商品の生産﹂確立における労働力価格の隠蔽H﹁労働賃金﹂形態の特殊な意義である︒. 観念による擬制的止揚闘統一の構造は如何に形成されるか︒ 先ず第一は︑. マルクスは﹁労働力の売買﹂. 一五. する労働時間﹂に求め︑これには︑ ﹁労働者人口の消耗︵自然死︶と生殖による永久化﹂のため﹁労働者の︵妻︶子 ︵姐︶ の生活手段﹂と﹁その養成・教育の修業費﹂を含まねぽならない︑としている︒だが諸個人の表象では︑この労働力 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(16) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. ヤ. ヤ. ヤ. ︑. ︑. ︑. ︑︵41︶. る. ヤ. ヤ. ヤ. 一六. ︵マルクス︶も︑家族のひ. 価値は︑労働者が資本家所有の新生産物を賃金で買って始めて確定されるところから︑時間賃金・出来高賃金として ︑ ︑ ︑ ︑ ︑. ヤ. 労働の報酬とされ︑それゆえ﹁市場で減少しない労働供給を保証するだけの家族の維持﹂. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. とりの労働に基くものとしてしか外観されない︹一巻六篇︺︒他方︑資本家にとっては︑賃金支出は雇用契約費︵生産. 費︶であり︑剰余価値︵利潤︶は︑この前貸資本の超過分H利子と経営努力の所産と観念される︒即ち︑資本家間競. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︵42︶. ︑. ︑. 争H利潤率均等化と信用i利子率確定←﹁利潤の・利子と企業利得への分割﹂に基き︑﹁労働ー賃金﹂と﹁企業活動ー. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ﹁所. ヤ. 人口法則を通した︑好況期の労賃騰貴・利潤低下と不況期の労賃下落・利潤上昇の交互循環に隠蔽さ. 利潤﹂が等しく﹁勤労ー所得﹂︵対価的正義︶と見倣されるのであり︹三巻七篇四八章︺︑この労資の所得水準自体︑資. ヤ. ヤ. ﹁標準的︵市民︶家族﹂維持の生活水準︵家族身分関係の物的根拠︶として一般化されるしかない︒蓋し︑. 本蓄積過程 ヤ. れ︑. 得﹂は直接には妻子の生活実現という観念を含まず︑夫︵親︶の勤労の対価︵所有権個人帰属︶という理念を超ええ. ないが︑資本家も労働者も﹁勤労﹂力能の再生産が男女の性結合︵婚姻︶と生理的未熟者保護︵親権︶を通して﹁永. 久化﹂される以上︑ ﹁所得﹂水準も妻子の生活費を含む高さで規制され︑夫親の生活扶助義務は︑市民的規範意識の ︵43︶ うちに当為化︵家族共通財産的観念の根拠︶される︒また資本循環H回転は︑その中断を阻止すべく︑利潤︵利子︶を. 通しての価値回収に長期性を有する未償却固定資本︵元本︶の安定的継承H相続を内部に︑超過利潤︵地代︶を利子. ﹁勤労ー所得﹂を超える﹁財産ー利子﹂という超階級的外観の収入源泉による. 還元する擬制資本としての土地︵元本︶所有権の相続を外部に︑各々不可欠にする︒その世代継続による回転は︑単 ︵44︶. に死者の私有財産 権 保 障 の み な ら ず ︑. ﹁市民﹂的家族維持費を支えるところから︑相続権自体︑死者の生存家族員に対する生活保障︵私的扶養︶として抽.
(17) ︵45︶. 核的家族が. 象的に規範化されることにもなる︒この超階級的な﹁扶養義務﹂の内的強制H主観法化︵したがってその裏面たる家. 族財産関係における経済的単一性n財産共通制ないし管理共通制︶を媒介して始めて︑配偶・親子関係 ︵妬︶. ︵嬰︶. ﹁性別・血縁に基く自然的属性﹂H共同体として物神化され︑相互扶助目保護義務が︑逆に﹁親族・身分的共同生活. ヤ. ヤ. 関係の結果﹂として逆立して現れる︒かくて資本主義は︑﹁相互的他人性の実存しない﹂﹁人的依存関係﹂︵マルクス︶. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. としての家族を︑市民社会の真只中に細胞として措定する︒この限りで︑奥田義人−中川善之助がいみじくも︑夫婦 ︵48︶. 親子の︵扶養︶関係を﹁夫︵父︶が︑子または配偶者の生活を自己の生活の一部として維持する義務︵生活保持義務. q算o浮巴諾琶8窪︶﹂として規定したのは正鵠を得ている︒だが︑マルクス家族法理論の核心はこの先にこそある︒. 家族﹂は︑むしろこの産業循環の起動力たる外的﹁相対的過剰人口﹂圧力に規制される︑という点である︒ ヤ ヤ. 即ち第二に︑蓄積B産業循環を通した労働力価値規定とその擬制﹁勤労−所得﹂による労働力再生産機構H﹁配偶 ・親子. したがって近代市民社会は︑核的家族形成を以ってしても所与の全人口を処理しえず︑必ず更なる被扶助人口の生存. 維持に支えられねばならない︒この﹁相対的過剰人口﹂概念を︑英国自由主義段階の歴史的実証としての﹁産業予備. 軍﹂からひとまず峻別し︑むしろ逆に︑歴史的に多様な︵流動的・停滞的・潜在的︶予備軍解明の基準として純論理 ︑. ︑︑. ︵紛︶. 的に規定したのはマルクスであった︒それゆえ﹃資本論﹄一巻二四章四節にみられる︑﹁非資本家的生産方法﹂や﹁国. 法的関係幻8窪ぎ3巴9互. 一七. のうちにこの生存維持機構. ﹁国家闘法律○︒ω①粛的⁝⁝発展から区別﹂︵マルクス︶された抽象. ︵51︶. 家救泣組織﹂を通して維持される過剰人口の歴史具体的生存状態を先ずは捨象し︑ ﹁従前の経済状態の残浮による資 ︵50︶. 本家的生産様式の不純化と混合を⁝⁝除去﹂し︑. レヴェルH自律・市民社会自体のうちに存する﹁意思関係 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(18) 早稲田法学会誌第一三巻︵一九八O︶. も解明されねばならない︒. 一八. 言うまでもなく︑労働力価値による配偶・親子関係の一般的措定は︑この過剰人口H失業者についてもなんらかの. ﹁過剰人口も現役労働者の賃金によって生存する. ﹁親族身分関係﹂を定立し︑それゆえその扶助の端緒的担手も︑血族・姻族関係を介して無対価的﹁人的依存関係﹂. ︵貌︶. としての家族︵親族︶機構のうちに包括せずにはおかない︒即ち︑. ︑︑︑ ︵53︶. もの﹂︵宇野弘蔵︶として当為化されるが︑だがこの費用は直接的労働力価値畦家族再生産費には含まれていない︒そ ヤ ヤ れゆえ︑﹁好況期に向上した生産水準を不況期には切り下げつつ﹂﹁好況期に︐動員された労働者家族員の中から不況期 ︵諺︶ の失業者を出し︑就業者の賃金によって失業者も生活する﹂ ︵宇野︶しかない︒ ︵﹁家族の絶対的大きさは⁝⁝労賃の. ヤ. ヤ. ヤ. 高さに反比例する︒﹂︹マルクス︺︶過剰人口は︑好況期には個々独立に所得をえ︑経済的共同性をなさずとも生存を保. 持しうる︒市民法的個人責任原理により︑むしろ不況期の扶養義務が︑なにか市民社会にとって例外的な﹁弱者保持. のため社会が強者に課した義務くR獣&ぎ葬窪﹂の如く観念され︑老人・疾病不具者のような自然的非歴史的労働力. ︵潜在的共同体︶として規定され︑むしろ﹁狭義の親族法﹂. ﹁相手方の生活を維持するため︑自己の地位相応なる生活を犠性にすることな. 喪失一般に解消される︒法規範において︑夫婦問と親の未成年子に対する扶養を除く所謂﹁狭義の親族扶養︵生活扶 助義務¢艮Rω呂盲臣αQ菩ぎ穿︶﹂が︑ ︵斑︶. ︵55︶. ﹁経済的給付﹂を例外とし︑後見や保佐を含む療養看護︵事実的監護︶や法定代理・同意︵行為的監. しに給与しうる限度﹂という比較的軽度の﹁人的依存﹂. の中心課題が︑. ﹁労働力商品化. 護︶という不可量的保護にあるかの如く理解されることにもなる︒だが項末にこそ本質は潜む︒近代家族法︵親族法︶. の本質は︑この狭義の親族扶養の﹁例外﹂的︵前近代的残津︶の外観の下に︑資本主義的生産関係.
(19) ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ﹁︵扶養という︶資本家的生産の空費︷窪図ヰ繊のを⁝⁝労働賃金によ. ︵マルクス︶︑事実上﹁複合︵大︶家族﹂機能を維持してのみ︑やっと﹁財産法﹂と﹁家族法﹂の. ︑. ︵商品性欠陥態︶として一括し︑. の無理﹂が集約・彌縫されるところにこそある︒過剰人口を︑財産法︵対価的取引・自由意思交渉︶的主体に対する ﹁要保護者﹂ ︵56︶. って負担せしめ﹂. ︵国家から独立した︶近代市民法︵私的自治規範︶としての統一は完成されるのである︒. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ﹁扶養︵経済的監護︶﹂を軸とする﹁私的保護法﹂. ︵非自由意思・無価値性︶こそをその中核として鋭く看破した. ︵57︶. この点︑我国の数多の民法︵家族法︶学者の中で︑近代家族法の本質を︑﹁親族・身分関係法﹂的外観から解放 ︑. し︑. のは唯一︑沼正也であった︒沼は︑①中川善之助ー来栖三郎による﹁財産法﹂と﹁家族︵身分︶法﹂の︑ ﹁経済生活 ︵58︶ 関係H利益社会原理﹂と﹁保族生活関係H共同社会原理﹂への単なる法理の類型対比論の限界を克服し︑②かつ川島 ︵59︶ 武宜−青山道夫・磯野誠一等の︑ ﹁婚姻錘契約を家族法の中核﹂とする﹁家族への財産法原理の浸透﹂追求に終始し. た﹁近代﹂主義家族法理論に対し︑家族法の指標として﹁独立主体の権利義務的対抗関係の非存在﹂と﹁法構成の表. ﹁私的扶助の公的扶. 見的次善性﹂を指摘し︑﹁財産法﹂に対する﹁舞台裏の補完︵御膳立︶﹂として﹁家族口私的保護法﹂を位置付ける市 ︵60︶. ︵60︶. 民社会の二元的規範構造の解明を提起した︒それ自体︑資本主義の特殊U歴史性分析を欠落し︑. 助への代替﹂により﹁あらゆる人間を財産法主体に高める﹂ことを標榜する社会法拝脆の社会民主主義的理論にすぎ. 一九. ﹁近代﹂主義に虫. ないが︑旧講座派系法学者の﹁家族制度日半封建制﹂論に基く﹁親族扶養批判﹂と﹁独立・対等の夫婦親子型核家族 ︵61︶. H近代化憧憬﹂を批判・超克する正当なる家族法理解の途を開いたのであり︑それゆえ沼法学は︑ 蝕まれた民法学主流から栄光ある黙殺を被ったのであろう︒ 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(20) 2. 早稲田法学会誌第一三巻︵一九八○︶. 家族立法︵私的保護法︶の段階H類型カタローグ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 二〇. 私的扶養を通じ自立的主体的に家族ロ親族関係に取込み. ヤ. ﹁近代家族法﹂は︑労働力給付と生活手段反対給付︵目財産法︶を介した資本による労働. かくて資本主義腫市民社会は︑ ﹁財産法を市民取引社会法として成立せしめるために︑ ︵人間の︶異質的要素克服 ︵62︶ の場としての家族法を⁝⁝資本制生産の基本的法構造を可能ならしめる私法的手段による補完・私的保護﹂ ︵沼︶と. して実現してゆく︒即ち︑. ヤ. 力再生産が生じめる過剰人口を︑逆に現役労働者が︑賃金. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ︵過剰人口の具体的発現形態︶にこそ典型的に規制されるのであり︑資本. 支配的資本形式. 一般的抽象的に確定される訳ではない︒むしろ厳格組. 救済してゆく﹁人的依存﹂H温情性︵私的ロ慣習法性︶の存在を前提とするのであり︑此処から直接︑権力U強行法 規的に範型される制定法望壁冨鴨器9としての家族立法が︑. ヤ. 織法としての﹁親族身分関係法﹂とそれへの要保護人口配分H﹁親族扶養統制法﹂の形態は︑歴史的 の変容に対応する﹁労働力商品化の無理﹂. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 蓄積タイプ︵商人資本・産業資本・金融資本︶の裏面をなす労働力再生産i①直接的労働力生産H夫婦親子扶養関係. とそのコ・ラリとしての家族財産関係︑②過剰労働力処理H狭義の親族扶養関係という二重心的﹁私的保護﹂強制を ︵63︶. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. もつ﹁国家の家族政策﹂類型として把握されねばならない︒以下かかる観点から﹁家族法分類カタローグ﹂を試論的. ヤ. 財産の集積統合と︑これを支える家族財産関係の非個人主義的構成←妻の. 英国絶対王制〜近世統一国家の重商主義政策︵一六世紀末i一八世紀︶①労働力商品の再生産過程を媒介しな. に提示しておく︒i ︵A︶. いGIWIG︵商人資本︶による資本. 持参動産と全ての後得財産の夫による完全所有権︵使用・収益・処分権︶掌握︒家族扶養の家父長恣意 私事性︑.
(21) 轟葺蚕一甘器島&9に基くコモンロー家族︵夫婦︶同体主義︑普通法上の不完全義務ぎ需匡090窪αq魯9化︒②王. 救貧法℃09閃亀臥>9に基く労働者家族の労. 権と商人資本の収奪による大量の無産者︵自由な労働者︶の本源的暴力的形成︒大家族制共同体からの直接生産者の. 徹底分離︵U小家族化推進政策︶のための︑国家による公法的扶助. 働力販売単位としての前提形成・共同体的親族扶養慣行廃絶︒︵貧民収容所≦餌詩缶28一括請負経営︹一七一三年 ︵64︶. 法︺〜﹁労働の能力と意思あるものの国家救済﹂︹一七八二年法︺〜賃金補助制≧δ詣睾8ω器3ヨによる一切の貧民. 家族無差別生活保障︹一七九六年法︺︒︶ーなお︑フランス革命当座の徹底した個人契約家族観の法制化︹一七九一年. 革命憲法〜一八○○年民法一章草案︺は︑後発資本主義的な労働力吸収脆弱性の特殊形態︵分割地小農民家族の均質的. 存続︶のイデオ冒ギー的反映であり︑通常︑民法学者が賛美する如き近代市民家族法の典型をなすものとはいえない. ノ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. むしろ後の①ナポレオン民法典2八〇四年︺以降の︑法定夫婦財産制H動産・所得共通制Oo筥目毒窪房号ヨ窪匡︒ω. 碧22の︵管理収益権の夫専属︶採択の方が︑G−WIOによる集積・源蓄を促進する近代化政策であったといって. よいが︑他方②小土地所有家族間連繁︵黙約による共同体︶規範の広範な残存による強固な血族姻族問扶養法制化. ︵65︶ ︹民法典二〇三〜≡三条︺は︑農民層分解H資本主義家族生成の栓浩的機能をはたした︒ ︵フランス家族法の肢行・ 非典型性︒︶. ノ. ノ. ︵B︶ 英国産業資本の自由主義政策︵嚇八世紀末−一九世紀中葉︶①機械制綿工蒙を通した商品経済の生産過程掌握︑. G−W⁝P⁝W−G︵産業資本︶による階級分解純化傾向︒労働力価値規定U価値法則の自律的展開︵市民的自己責. 一二. 任原理︶に基く労賃の家族再生産費化←契約的﹁主婦婚﹂の標準化に基く夫による妻子扶養の私法的義務化︑そのイ 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(22) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. デオ・ギー的反映としての家長の絶対的権能喪失︒. 二ニ. ︵未成年者監護後見法︹一八三五年︺︑離婚法︹一八五七年︺︑遺棄さ. れた妻財産法・既婚婦人財産法□八五七・八二年︺︒︶②相対的過剰人口H産業予備軍増減の人口法則的周期安定←一. 七九六年救貧法改廃︵失業の自由放認︶による親族扶養の私法的個人責任義務への転化強制︒︵浮浪処罰法︹一八四二. ζ曽三&≦Oヨきげ. 年︺︑新救貧法℃8二も譲>目︒注目︒算︾g︹一八三四年︺にょる貧民戸外救済廃止u国家保障最小化︒︶機械制工業硅. 単純労働化による女子・児童労働力の景気循環人口調節弁への包摂︵既婚婦人特有財産権承認 ︑︑︑︑. ︵66︶. 即名段昌>9 2八七〇〜一八八二年法︶︶←表見上︑権利義務に擬制された私的相互扶助・保護関係としての家族の. 重工業的生産力の確保︒固定資本の巨大化・有機的構成の一挙的高度化に基く階級分解阻碍n不純化傾. 規範化︵望目ヨo蔓甘器象&§>9︹一八八四年︺による扶養義務不履行に対する民事債務としての強制執行規定︒︶ ノ ドイッ金融資本の帝国主義政策︵一九世紀末〜二〇世紀初頭︶①産業資本循環と分離されたG⁝Gにょる社会 ︵C︶. 的資金集中. 向︒←旧来︵前資本家的︶の中小農民家族・自営商工業家族の広範な停滞と︑その家父長制的規範温存による人口の. 鍛寄せ・プール化政策︒︵ドイッ民法典︹BGB一八九六年公布・一九〇〇年施行︺の︑夫U家族第一次扶養者規定⊇二. 六〇条︺︑妻の家事法律行為に対する夫責任2三五七条︺︑夫婦財産制における︵夫︶管理共通制︹二三公二〜一四三一. 条︺︑親権の父専属︹エハニ七条︺︒︶②株式会社形態を通した不断継続的構成高度化による資本蓄積U景気循環過程の変. 容・長期的不況と漫性的過剰人口滞留化←親族扶養義務強化・範囲拡大︵BGB・直系血族間扶養義務統制︹一六〇. 一条︺︶︒と︑さらなる過剰労働力に対する社会保険創出uビスマルク拠出制社会保険制度コ八八○年︺及び公的扶助. ︵67︶ 制度ロ救助籍法︹一八七〇年︺︑同改正法︹一九〇八年︺による補填︒国家H社会政策の端緒的展開︒.
(23) ヤ ヤ ヤ. ヤ. ︵C︶ これに対し︑二〇世紀初頭以後の﹁家族法﹂の発展は︑金融独占的蓄積保持のための私的保護H扶養政策類. ノ. 型として分類しえない性格をもつ︒蓋し金融資本支配の矛盾集約としての第一次大戦︹一四年︺と世界恐慌︹二九年︺. による彪大構造的な失業者・寡婦孤児の激増︵H過剰人口︶と︑それを支える家父長制農民・零細商工業家族の没. 落・貧困状況︑加えて一九一七年ソ連邦成立以降の労働者・大衆への社会主義イデオ冒ギーの一定の普及という体制. ︵68︶. ﹁国民の文化生活の一定最低限の普遍的保持﹂. 的危機において︑もはや﹁国家﹂は︑産業循環を介した労働者の私的再生産H市民的家族扶養の自主編成に委ねてお ︑︑︑︑. くことができず︑金融資本への従属を脱し︑資本蓄積を制約しても︑. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. を直接に国家責任とする反革命 強権的ないし民主的﹁家族﹂維持策が要請される︒①金本位制廃棄H管理通価制に ︵69︶ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ よるインフレ政策を基礎とする国家独占資本主義の﹁体制の組織的管理﹂←恐慌回避と完全雇用による過剰人口の一. ︵例・英国国家扶助法Z器9巴︾隆誓昏8︾︒π四八年︺における私的扶養義務の︑夫婦相互と親. 応の消失を物的基盤とする家族私的扶養義務の縮小︵狭義の親族扶養の法的廃止︶H核的婚姻家族貯巨濠8三鑛巴︒ の法政策的定立︒. から十六才未満嫡出・非嫡出子に対するものへの限定に典型的に視られる︒なお核家族化政策は︑ファシズム型国独. ヤ. ヤ. ヤ. 資闘ナチス戸籍法評話oま霧欝民αQ︒8欝︹一二七年︺でも既に基本的に意図されていた点は示唆的である︒︶②金融資本的. ヤ. ︵英国扶養法を例にとれば︑一九四一年労働党入閣以後. 利害を超える国家にょる個人への直接的所得再配分・反独占的小資産保有政策︵労働者体制内化策︶としての家族内 ヤ. 個人への独立生活保障拡充←﹁社会法的家族法﹂の前面化︒. の︑国営保険を挺子とするω貯≦旨薗筥留奉鼠詠oの大社会保障推進計画︹四二年︺〜Z魯o轟=諾貫き8>β. 壬二. Z豊雲巴霞①巴浮ωRユ8>鼻Z蝕9巴獣身弩邑宜ξ奮︾︒紳︹四六年︺による失業者・老齢者・疾病者・孤児寡婦 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(24) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 二四. の生活保障〜国家扶助法︹四八年︺による無拠出国家救済責任明確化の発展系列︒ーなお︑子・妻に対する父・夫. の第一次扶養義務廃止とその裏面としての父・夫の家長的身分権の廃止︑妻の特有財産有無に拘らぬ扶養義務人的責. 任主体化H扶養当事者要件規定廃止︹以上Z魯9巴>裟器ま︒ぎ紳四八年︺︑男女の財産能力完全平等︹三五年法律改革. 法い睾評8§ζ弩民≦書gきq↓︒註︒器︒審>邑︑相続における長子相続廃止︑配偶者相続権強化︹二五年遺産管理. 法>爵葺弩毘89国舞酔8>邑︑離婚における原因拡大と財産分与請求権確立︹三七年離婚法︺︑私生児及び養子の嫡. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 出子との完全同権化︹二六年準正法・養子法9αq葺ヨゆξ>9>3冨o⇒o︷O窪耳窪︾9︺等々の法も︑その自由権的・市. 民法的外観にもかかわらず︑ ﹁国家﹂による家族内個人の直接掌握・生活操作︵結果としての家族紐帯の稀薄疎隔 ︵70︶ 化︶の一環をなすものとして︑資本主義の組織化n現代法的編成の中軸に位置付けられ分析されねばならない︒︶ ︵71︶ 個人主義化策が︑今後︑①更なる﹁行政国家の この﹁核家族化﹂と﹁扶養の公共化﹂を手段とした家族法の変質. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ﹁夫も妻も個人として自己のみを扶養﹂する事実的経. 肥大化﹂ ︵国独資の組織化進展︶に基く社会保障ー家事育児社会施設の強化・婦人労働の雇用拡大創出と強力保護・. ヤ. 子の監護教育の公共化︵H国家による個人生活管理︶に拠り︑. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 済的同権←家族の実質的解体を指向するのか︑あるいは︑②体制的組織化の財政的破綻に基く金融資本主導の蓄積優. 先型政策により︑共生義務としての私的親族扶養先行主義︵国家責任軽減︶に基く家族の再強化︵成員の機能的有機 的結合︶を指向するのかは︑各国の具体的な歴史の解答に待つより他ない︒.
(25) 四. 小結−我国家族法史分析視座1. ﹁私的保護法﹂としての家族立法の段階類型的分析を迂回して︑ようやく我々は︑我国家族法の歴史的性格も解明 しうることになる︒. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 帝国主義化を果したーよりさらに遅れ︑世界史的な帝国主義の外圧のなかで︑当初か. ヤ. 即ち︑後進国ドイッi英国の産業革命で機械化された繊維工業を輸入し﹁産業資本による原蓄﹂に基き却って急 速に金融資本による鉄工業. ら重工業生産力と株式会社形式の上からの移植に基く資本主義化H近代化を実現した我国においては︑資本構成の初 ︵72︶ 発的超高度性U労働力の非吸収性を反映して︑農民家族を中心に親族的大集団n﹁家族制度﹂の商品経済的小家族分. 解を殆んど阻止し︑旧来の前資本主義的大家族紐帯︵数個の父・夫の権威と一個の家父長制統制︑本家を中心とする ︵73︶. 分家の同族的結合︶を広範に残存せしめることになった︒家際この過小地への過剰労働力滞溜は︑農民家族の﹁自家. 経済の極度の節約と自家労働力の極端な強化﹂によって支えられ︑それゆえ﹁半ぽ自給的︑半ば商品経済的な農家と ︵73︶ しては︑封建的思想・感情乃至慣行の残存するを避けるのは極めて困難﹂であり︑むしろ︑ ﹁家族制度﹂の政策的維 ヤ. ヤ. 持こそが︑膨大な過剰人口を潜在化せしめる適切な金融資本的方策であった︑といってよい︒かかる日本の家族政策. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. の特殊性を包摂しうる近代家族法の模範は︑相対的にみて︑ボアソナードを介し輸入された︑ ﹁分割地所有﹂型小商 ヤ ヤ 品経済イデオ・ギーの濃厚な︑ ﹁家族制度から個人制度へ﹂を標榜するフランス民法︹一八〇四年︺ではなく︑不断. 二五. の過剰人口に基く労働力商品化をイデオ・ギー的に表現する︑財産法における﹁個人制度﹂と親族・相続法における 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(26) ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 早稲田法学会誌第=二巻︵一九八O︶ ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 二六. ﹁家父長制制度﹂の併存 帝国主義民法としてのドイッ民法典︵BGB︶であることは言を得たない︒目本民法典. ︵明治民法︶は︑かくて︑一八七〇年編纂開始〜一八九〇年公布予定であったフラソス型﹁旧民法﹂の断行派︵梅謙. 次郎等︶と延期派︵穂積八東等︶の激烈な抗争︵所謂﹁民法典論争﹂︶を経て︑最終的に延期派の賞揚するBGB第. 一草案︹九三年︺を参考にしつつ︑パソデクテソジステム編別方式に倣い︑ブルジョア財産法一般としての﹁総則・物 ︵%︶. 権・債権﹂︹九六年︺と後発帝国主義の特殊性を示す﹁親族・相続﹂︹九八年︺に分離制定され︑一八九八年七月ようや く施行されることに な る ︒. かかる後発性と帝国主義性に累乗された我・民法U家族法は︑その後︑第二次大戦の敗戦︵体制危機︶を契機とす. るアメリカ世界政策の一環としての戦後改革︵n反共・大衆民主主義政策︶とその法的総括たる一九四六年国家独占. 資本主義型﹁新憲法﹂制定により根本的変更を余儀なくされる︒一九四七年﹁家制度に基く戸主権・家督相続権の廃. 止﹂ ︹親族・相続に関する民法の一部改正法︺と翌四八年﹁新民法﹂制定こそは︑かかる国独資体制︹家族における個人. 民主主義革命︶﹂説や︑﹁市民法. 原子的個人としての体制的組織化の法理念. 的確立を意味するものであり︑旧講座派亜流の﹁天皇制絶対主義家族国家の崩壊︵. ﹁新民法﹂はまさに︑戦前の我国. 尊厳・両性平等・憲法二四条︺に基く︑家族扶助機能の国家による代替. 原理の家族法領域での実現﹂なる通俗的近代化論ではけっして解明し尽しえない︒. において既に開始されていた一九二五年臨時法制審議会の﹁親族法・相続法改正要綱﹂︵男女平等︹親族要綱三︑一四︑. 一六︑一七項︺︑戸主権調整︹同四︑六︑八︑十項︺︑家督相続軽減︹相続要綱一︑九項︺︶〜一九四一年﹁民法小改正﹂の直. 接的延長をなすものであり︑二〇年代末以降の世界史的な国独資の現代的家族法改革が︑敗戦という外的イソパクト.
(27) ヤ. 現代家族法の詳しい分析は別の機会に稿をゆずる︒. ヤ. ヤ. を媒介してドラスティヅクに進展したものとして︑戦前︵ファシズム︶家族法との一定の﹁連続性﹂ のうちにこそ解 ︵75︶. 明さるべきものであろう︒だが︑我国. ﹃家族問題と家族法1﹄︵酒井︶︑③﹁唯物史観と家族理論﹂. ︵戸原四郎訳・岩波文庫︶九〜一〇頁︒. 二九巻︶︑③﹁近代的土地所有権論と地代法則﹂︵同三〇巻︶ー本稿はこの続編﹁法学原理論・序説④﹂をなす︒ エンゲルス﹃家族・私有財産・国家の起源﹄. ︵法政研. ︵1︶ 青木孝平①﹁価値形態論と交換過程論に於ける法の物神性﹂︵早大法研論集一七号︶︑②﹁価値法則ー人口法則と労働法﹂︵早稲田法学会誌. ︵2︶. ︵3︶青山道夫①﹃近代家族法の研究﹄︵有斐閣︶︑②﹁家族学説の諸問題﹂. 究二八巻一号︶︑④﹁エンゲルス﹃起源﹄命題と唯物史観﹂︵法学論集一巻一号︶︒玉城肇①﹁家族史研究上における﹂・Hモルガンの意義﹂︵愛. 江守五夫①﹁法民族学の基本的課題﹂﹃今目の法と法学﹄︵動草︶︑②﹁家族史研究と唯物史観﹂﹃市民社会と私法﹄︵東大︶︑③﹁いわゆる﹃種の. 大法経論集6集︶︑②﹁家族集団と社会発展の関係﹂︵法律時報三二巻ニニ号︶︑③﹁唯物史観と家族集団﹂﹃法史学及び法学の諸問題﹄︵日評︶︒. ︵国民文庫︶四七頁︒なお①戸谷修﹃家族の構造と機能﹄︵風媒社︶︑②原田二郎﹁エンゲルス﹃起源﹄﹂︑③嶋津千利世. 繁殖﹄の命題と史的唯物論﹂︵法律論叢四一巻一号︶︒古典としてクノー﹃婚姻及び家族の発展過程﹄︵同人社・鳥海篤訳︶︑スターリン﹃弁証法 的唯物論と史的唯物論﹄. 三浦つとむ﹃この直言を敢えてする﹄︵学風︶︑②﹃マルクス主義の復原﹄︵動草︶︒田中吉六﹁史的唯物論のエレメントと二種類の生産﹂. ﹁現代社会の家族と史的唯物論﹂︵唯物論一号︶︒. ︵4︶. ︵一一二︶等の﹁主体性口人間論義﹂も﹃資本論﹄研究無き唯物哲学主義であり︑今目︑再検討がなされねばならない︒. ︵思想一九六〇年四月︶︑②﹁史的唯物論と生活の生産﹂︵情況一九六九年三号︶︒黒田寛一﹃社会観の探求﹄︵現代思潮社︶︒梅本克己﹃人間論﹄. マルクス﹃経済学批判要綱︵1︶﹄. ︵高木訳・大月︶五頁︒. 二七. ﹁唯物弁証法←史的唯物論←資本論﹂という機械的天下. ︵5︶ マルクス・エンゲルス﹃ドイツイデオロギー﹄ ︵バカトゥリヤ版・花崎訳・合同︶五四頁︒ ︵6︶. 同﹃経済学批判﹄. ︵国民文庫︶一三頁︒. ︵7︶. り法の典型である︒. ︵8︶ 例えば︑スターリン前掲書の他﹁ソ連邦における社会主義の経済的諸問題﹂等は︑. ︵9︶ マルクス﹃要綱︵1︶﹄二六頁︒. 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
(28) 早稲田法学会誌第一三巻︵一九八○︶ 文献学的には︑佐藤金三郎﹁﹃経済学批判﹄体系と﹃生産一般﹄﹂ ︵大阪市大経済学雑誌三九巻六号︶︑. ﹃著作集三巻﹄ ︵岩波︶参照︒. 0 ︵ 1︶. ︵M巨E全集刊行委訳・大月︶一巻一分冊二三三頁︒. マルクス﹃経済学批判﹄一三≧四頁︑一五頁︒. 同一巻一分 冊 二 三 三 〜 二 四 四 頁 ︒. 同﹃資本論﹄. ︵11︶. ︵13︶. マルクス﹃資本論﹄一巻二分冊八一二頁︒. 同一巻二分冊丞二頁︒②レーニン﹁人民の友とは何か﹂﹃レーニン全集﹄︵大月︶一巻四九〇頁︒. ︵2 1︶. ︵4 1︶. 宇野弘蔵﹁篇別構成について﹂ ﹃経済学方法論︵著作集九巻︶﹄二九二〜二九五頁︒. ︵15︶. 二八. なお宇野弘蔵﹁価値形態論の課題﹂. ︵東洋経済︶七〇頁︑ρO葺oP国88且︒わ簿ぼ80一罐ざ. ︵16︶. ﹃大転換﹄. 一SどP峯等最近の﹁経済人類学﹂は︑非市場社会の﹁家族経済ぎ毒魯o婆お﹂を︑土台としての﹁再分配冨象曽ユげ&oこ. ︵目経︶二六一〜二頁︑. この点︑K・ポラニー﹃経済の文明史﹄. 29<<o詩. ︵7 1︶. ﹁経済的土台の支配. ﹁互酬話9箕09昌﹂ に﹁埋込﹂まれたものとして説く︒なお︑国↓①貸曙﹂もζ費邑のヨ勉o︿讐二989仙応.︑實ぎ三く霧..博一8曾竃︒Ωo−. 山&①ぴ即毘魯巴幕9冒帥江o髭一塚聲ひ88百一ヂアルチュセール/バリバール﹃資本論を読む﹄︵合同︶三一一頁も︑. マルクス﹃要綱︵1︶﹄七八頁︒. ﹃近代法の基礎構. αo葺貯簿凶o⇒﹂を資本家的商品経済に限定し︑唯物史観にいう﹁土台の一般的決定性鮎霧窪旨ぎ&9﹂と審級農位相の相違を提起する︒. マリノウスキー目ブリフォールト﹃婚姻ー過去と現在﹄︵社会思想社︶︑江守五夫﹃婚姻の起源と歴史﹄. ︵18︶. エンゲルス﹃起源﹄八九〜二〇頁︒なお︑②べーベル﹃婦人論﹄︵岩波文庫︶︑③加古祐二郎﹁婚姻の法理学的考察﹂. ︵同︶参照︒. ︵20︶. ︵19︶. ︵同︶六五〜九二頁︒. エンゲルス﹃反デューリング論﹄︵岩波文庫と九入〜二二六頁︑. ﹃空想より科学へ﹄. 同﹃起源﹄八六頁︒. 造﹄︵日評︶︑④柳春生﹁エンゲルス﹃起源﹄における家族および国家の問題﹂︵法政研究一三巻二〜四号︶︒. ︵22︶. ︵21︶. ︵北大経済学研究二三〜四︶等参照︒宇野弘蔵﹁社会主義と経済学﹂﹃著作集十巻﹄の参照はいうまで. マルクス﹁領有法則転回論レ︵一巻ニニ章︶﹁否定の否定﹂︵二四章七節︶批判として︑石井英郎﹁商品経済と私有制﹂︵思想一九六四年一〇. 山本哲三﹁ 領 有 法 則 転 回 に つ い て ﹂. ︵23︶. エンゲルス﹃起源﹄九六頁︒. もない O. 月︶︑. ︵以︶.
(29) ︵25︶同一〇七頁︒. 洋﹃近代人の形成−近代社会観成立史﹄. ︵東大︶も参照︒. ︵26︶ ホッブズ﹃リヴァイァサン﹄ ︵岩波文庫︶三五︑七五〜七六頁等︒なお︑①小池正行﹁家父長権思想とホッブズ﹂︵思想五六七号︶︑②水田. の政治理論﹄ ︵合同︶五篇︒. ︵§泌〜26︶. ︵酒井︶参照︒. ﹃イ. ﹁資本制内部での旧来の家族制度の解体がいかに怖しく厭しくみえようと︑大. ﹃家族問題と家族法n﹄. ﹃著作集九巻法律哲学﹄一四七〜一五三頁︒なお︑①川島武宜﹁近代的婚姻のイデオロギー﹂. ︵27︶ ロック﹃市民政府論﹄ ︵岩波文庫︶五五〜八五頁︒なお︑①田中正司﹃ジョン・ロック研究﹄︵未来︶︑②マクファーソン﹃所有的個人主義. ︵28︶ カント﹁人倫の形而上学﹂. エンゲルス﹃起源﹄九四〜九八頁︒もっともマルクス自身︑. デオロギーとしての家族制度﹄︵岩波︶︑加藤一郎﹁ドイツにおける婚姻思想の発展﹂. 工業は︑それが家政の彼方なる社会的に組織された生産過程において︑婦人少年少女に割当てる決定的役割をもって︑家族および両性関係のよ. ︵29︶. ﹁労働者家族崩壊﹂を﹁平等なる婚姻家族の萌芽﹂として賛美するのは︑例えば①有地享﹁家族法秩序における論理. り高度な形態の新たな基礎を創造する﹂︵﹃資本論﹄一巻一分冊六三七頁︶として︑未だ﹁窮乏化・生産の社会化←家族変革論﹂の残津がみられ. 構成﹂︵法政研究三三巻三〜六号︶︑②江守五夫﹃母権と父権﹄︵弘文堂︶︑終章︒この批判には︑宇野弘蔵﹁いわゆる窮乏化法則について﹂﹃著. る︒iこれに依拠して︑. ︵国際研究叢書︶六章の﹁婦人国有化ウラジミール特別法令﹂の検討も参照︒. ︵批判社︶七〇頁︑④森本和夫. ﹃裏切られた革命﹄︵現代思潮社︶︑②ラ. ﹃講座家族1﹄︵弘文堂︶︑②福島正夫﹁社会主義社会の家族観﹂﹃同皿﹄︒なお③辻村明篇﹃現代ソヴェト社. 作集四巻﹄一一一頁を︑さしあたり挙げておけば足りる︒. 会論﹄. 0 ︵ 3︶藤田勇﹁社会主義革命と家族﹂. ﹃性の革命﹄. ︵角川文庫︶二二四頁もある︒なお③豊増秀俊﹃家族と革命﹄ ︵現代思潮社︶一五〇頁も参照︒. ︵31︶ スターリン流﹁真の一夫一婦制論﹂批判としては︑①トロツキ;﹁家族のなかでのテルミドール﹂. イヒ﹁ロシアにおける性の反動﹂. マルクス﹃要綱︵1︶﹄五頁︒. ︵新泉社︶二三ハ頁以下も参照︒. 二九. ︵中央公論︶三八八頁等︒なお︑①マンフレッドリーデル﹃へーゲル法哲学﹄︵清水正徳訳・福村︶. ﹃超家族への透視 ・ 家 庭 無 用 論 ﹄ ︵2 3︶. 同﹃資本論 ﹄ 一 巻 二 分 冊 七 六 五 頁 ︒. ︵33︶同﹃資本論 ﹄ 一 巻 二 分 冊 九 三 四 頁 ︒ ︵誕︶. ﹃世界の名著35﹄. 四九頁〜︑②鷲田 小 弥 太 ﹃ へ ー ゲ ル 法 哲 学 研 究 序 論 ﹄. ︵35︶ へーゲル﹁法の哲学﹂. 労働力再生産と家族法︵青木孝平︶.
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